先週からTOKYO MXで始まった斉藤由貴主演『あそびにおいでョ!』、前回書いた紹介記事に続き、今回もまた取り上げてみたい。劇中に出てくる、誰も気に掛けないことを小ネタ集としてズラズラズラっと!

 

斉藤由貴主演「あそびにおいでョ!」、トレンディドラマ・ブーム前夜のフジテレビドラマ | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

【その1】

山下真司演じる別府良夫の専務室や「別府屋」内のオフィスにあるパソコンとその周辺機器はすべてNEC製。主演の斉藤由貴がNECのCMキャラクターであったことから「協力」に入っていて、且つ本放送時の番組スポンサーに電器メーカーが入ってなかったことで実現した。

 

1988年夏の本放送時広告

 

 

一方、飲料製品は番組スポンサーであるサントリーのものを飲んでいて、爆発的に流行ったアサヒのスーパードライに似たサントリーの「D・R・Y」が出てくるのが当時ならでは。また、その当時の斉藤由貴はカルピスのCMキャラクターではあったが、現在のアサヒビール傘下でもその前の味の素でもなく独立したカルピス食品工業株式会社の時代だったから、酒類など競合商品でないものはOKだった。

 

 


【その2】

食品売り場の制服従業員たちが移動する際に透明な小型バッグを持っているのは理由があり、何処のデパートでも、そしていま現在もある慣習で、従業員による万引などの不正防止の為、それへ私物の一切を入れるように指示されているから。この部分の考証はリアル。

 

 

 

 

第2話にあった社員食堂の場面で、古村比呂演じる弥生がルイ・ヴィトン(おなじみLVのモノグラム柄)の二つ折り財布を取り出してアップで映っている。当然ながらルイ・ヴィトンは「衣装協力」に入ってない。だから、おそらく御本人の私物かも知れないが、高杢禎彦演じる企画部社員の天城竹夫と不意にぶつかって彼が持っていた定食を床に落としてしまう場面でもあるので、それなら汚濁を恐れて“小道具”で用意された可能性も。いずれにしろ、社会人二年目の女性が持ちがちなアイテムなので、かなりのリアル(笑)。

【その3】

劇中のデパート、「別府屋」ロケ地となったのは神奈川県川崎市にあった「さいか屋 川崎店」。JR川崎駅か私鉄の京浜急行 京急川崎駅が最寄り駅。時折、チラッと映る赤い電車が京浜急行(ちなみに、主演・斉藤由貴の実家や出身高校は、川崎市の隣、横浜市にあり、その京浜急行沿線であった)。

 



 

しかし、主人公たちが通勤する電車は、JRでもなければ京浜急行でもなく、銀色の電車、すなわち東急。主人公たちが住むアパートも東急の線路沿いにある。東急東横線か東急多摩川線を使っていると思われるが、いずれにしろ、「さいか屋 川崎店」がロケ地となった「別府屋」の最寄り駅であるJR川崎駅、もしくは京急川崎駅へはどこかで乗り換えして行かなければならないから近隣なのに通勤は不便極まりない(笑)。ここの設定はリアルじゃない。

 

 

 

 

そもそも、放送された「月9」枠で、1988年1月からの『君の瞳をタイホする!』が渋谷、1988年4月からの『教師びんびん物語』は銀座を舞台としているのに対して、1988年7月からの『あそびにおいでョ!』は特定の街を舞台にしていないし、名称もほとんど出てこない。街ではなく、あくまでもデパート「別府屋」が舞台の中心なのである。

次クール1988年10月から始まる実質的な後番組『君が嘘をついた』でもデパートが舞台の一つとなっていて、イベントコンパニオンを職業としているレギュラー女性陣がいつも働いている場面に「横浜そごう」(現・そごう 横浜店)が使われている。「横浜そごう」の最寄り駅は横浜駅で、JRのほかに京急も通っていて、京急川崎からは快速急行に乗れば、わずか一駅という近さ。

 

『君が嘘をついた』はフジの動画配信サービスFODにあり、スカパー!でも定期的に放送、ソフト化もなされている。1988年の「さいか屋 川崎店」と「横浜そごう」を見比べてみるのも一興。

 

https://fod.fujitv.co.jp/title/4266/

 

月「9」全盛時の「愛しあってるかい!」と「君が嘘をついた」 | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

【その4】

本作の収録スタジオは、渋谷の繁華街ど真ん中にあった「渋谷ビデオスタジオ」。当時のフジ自社制作と共同テレビは御用達なところで、フジ自社制作であった同時期制作及び放送のW浅野主演『抱きしめたい!』もそこで収録していた。

 

https://fod.fujitv.co.jp/title/4265/

 

1988年7月7日、「抱きしめたい!」スタート | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

ということは、本作第一話放送二日前に封切られた劇場用映画『またまたあぶない刑事』と1988年10月開始の新ドラマ番組『もっとあぶない刑事』の間でも、『あそびにおいでョ!』の中条静夫と『抱きしめたい!』の浅野温子はひんぱんに顔を合わせていたのである。

【その5】

「別府屋」食品部の女性従業員役として生稲晃子が出演。連ドラは初レギュラー出演で、実質的な女優活動開始となった作品でもある。本放送時、裏のTBS『時間ですよ たびたび』には、うしろ髪ひかれ隊の同じメンバー、工藤静香がレギュラー出演していた。

 

時間ですよ たびたび|ドラマ・時代劇|TBSチャンネル - TBS

同じグループのメンバーどうしが裏表のドラマに出ているという珍しい現象。うしろ髪ひかれ隊は1988年5月のコンサートを最後に活動休止となったが、本放送時はそれからまだ間もないこともあり、1988年夏の段階ではたんに一時的なものだと思われていた。

いま、古いドラママニアの間で“熱い!”のは何と言ってもTOKYO MXの平日早朝ベルト枠で放送されているドラマである。先ごろまでは、1980年代半ばから1980年代末にかけてフジテレビで放送されていた大映テレビ制作の青春ドラマを立て続けにやっていたのだが、一時間枠ドラマは底が尽きたから、じゃあ、今度は『スワンの涙』とかの30分枠ドラマを二話連続でやるのか?と思いきや…、その期待は儚く消えて、同じフジテレビで放送されたものでも共同テレビ制作のものに切り替わってしまった。

 

第一弾は1993年放送の『振り返れば奴がいる』。御存知のように超メジャー・タイトルで、BSでもCSでも頻繁に再放送されているものだし、ソフト化もされているものだし…と古いドラママニア的は歯牙にも掛けないものだったから「今後はこういう路線かぁ…」と幻滅していたところ、第二弾と第三弾は、未ソフト化作品で、CSのほうでも久しく放送されていなかった、宮沢りえのアイドル人気絶頂時に作られた主演作『いつも誰かに恋してるッ!』(1990年)と『いつか誰かと朝帰りッ!』(1990年)であったことから古いドラママニアが再び歓喜した。ワタクシ、茶屋町も青春時代ド真ん中で観ていた両作品について当ブログであれこれと書きたかったところなんだけれど、公私にわたって忙しくて書く機会を逸してしまったのが悔やまれる…。そして、今週7月9日(水)から始まる第四弾が、未ソフト化かつCSでも未放送の斉藤由貴主演『あそびにおいでョ!』。これは、いよいよ書かなければ!と気合を入れた次第。

 

 

 

『あそびにおいでョ!』は1988年7月から9月にかけて月曜9時、現在でも続く「月9」枠で放送された。「月9」枠は前年の1987年春改編期から開始され、その初年にあたる1987年中は「業界シリーズ」と称して、フジテレビ、扶桑社、ニッポン放送、ポニーキャニオンと、フジサンケイグループにおける各マスコミ業界の職場を舞台にしたもので綴ったのだが、1988年1月開始『君の瞳をタイホする!』からの舞台となる職場は、ごくフツーのものとなり、『君の瞳をタイホする!』が所轄警察署、4月開始の田原俊彦主演『教師びんびん物語』が小学校、そしてこの『あそびにおいでョ!』はデパートとなった。

 

1987年 業界ドラマブームと、その時代 | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

刑事ドラマの終焉 その2 『君の瞳をタイホする!』がもたらしたもの | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

フジテレビの1988年夏開始ドラマは、本作の他にも、かの『抱きしめたい!』があった。トレンディドラマの始まりとなった『君の瞳をタイホする!』のスタッフが手掛けたもので、そちらは木曜10時からの「木曜劇場」枠にて放送。元来、大人の視聴者層が観るドラマ枠で、それよりも若年の「月9」枠を観ている「F1」層、さらに「T層」と呼ばれる中高生までもが巷の話題に釣られてこぞって観たことによって、文字通りに世の流行=トレンディドラマを確立した作品となり、大ヒットを巻き起こした。

 

1988年7月7日、「抱きしめたい!」スタート | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

そして、秋改編期からそのスタッフらは「月9」枠に戻っての『君が嘘をついた』と『君の瞳に恋してる!』を2クール連続して制作及び放送したことによってトレンディドラマはいよいよブームとなり、「月9」枠はまさにその象徴となっていく。

 

月「9」全盛時の「愛しあってるかい!」と「君が嘘をついた」 | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

すべてがバラ色の、中山美穂主演「君の瞳に恋してる!」 | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

故に、『あそびにおいでョ!』は「月9」枠であってもトレンディドラマではない、エアポケットみたいな作品なのである。また、再放送も本放送直後に行われたのみで、ソフト化もされていなければ、スカパー!でも放送されたことがなくて忘れ去られたと言っても過言ではない。それが三十余年の時を経て蘇るのだ。

 

【あらすじ】田村虹子(斉藤由貴)21歳は、都内近郊にある老舗デパート「別府屋」の地下食品売り場に勤める入社二年目のごく普通な平社員だったが、ある日、突如として企画担当部長に任命されてしまう。前年の新入社員研修時に提出した作文で「買わなくたっていいじゃない」→「デパートへ遊びに行こうよ」と書いた想いが、「別府屋」の御曹司で、辣腕を振るう専務・別府良夫(山下真司)の琴線に触れたのだ。良夫の父であり、社長でもある別府伸兵衛(中条静夫)が世相を読まず、モットーの“誇りと気品と節度”ばかりに固執して、ジリ貧に陥った「別府屋」の売り上げを回復すべく虹子を抜擢した。良夫の元恋人であり、いまも腐れ縁が続いている、この戦略の仕掛け人でもある広告代理店のPRアドバイザー・水上京子(萬田久子)に虹子はマンツーマンで鍛えられながら、顔を合わせれば口喧嘩ばかりしているが何故かウマは合う、企画部の鼻つまみ者社員・天城竹夫(高杢良彦)とともに、いままでデパートに来なかった層を呼び寄せる斬新な企画を立てて実行していく。

 

 

デパート「別府屋」のロケ地となったのは、神奈川県川崎市にあった「さいか屋 川崎店」

2015年に閉店して、現在は取り壊されている

 

 

じつは、昨日まで平社員(ただのOL)が雲上の役職に突如抜擢される設定には元ネタがあり、それは赤川次郎原作の『女社長に乾杯!』。経営難に陥った会社で平社員のOLがひょんなことから社長に抜擢され、慣れない環境下で右往左往しながらも持ち前の気力で立て直していくというもの。同じフジテレビにおいて1985年に藤谷美和子主演『のぶ子マイウェイ』として単発ドラマ化され、本作の翌1989年には中山美穂主演の劇場公開映画『どっちにするの。』も制作された。

 

 

 

 

また、主人公の虹子は同期の同僚・宮ノ下弥生(古村比呂)と一つ屋根の下で暮らすルームメイトどうしであり、虹子は生真面目な性格なのに弥生は対照的に奔放な性格ということから、手助けしているつもりが逆に脚を引っ張ってしまったりしてドタバタが絶えない関係も、ニール・サイモンの戯曲『おかしな二人』そのものである。こちらも、正式な翻案ドラマとして1983年に杉浦直樹・石立鉄男主演『さらば女ともだち』(制作:テレビ朝日-オフィス・トゥー・ワン)、本作と同様に“いただいた”設定として前年の1987年に古谷一行・田村正和主演『男たちによろしく』(制作:TBS-木下プロダクション)があり、弁護すれば他のドラマでもちょくちょく見られる、ありがちなものとなっている。先に挙げた『抱きしめたい!』のW浅野が演じたものもそれにあたるし。

 

斉藤由貴と古村比呂は前年1987年末の劇場公開された映画『「さよなら」の女たち』において主演と助演で共演していて、そのコンビの息が合っているだけでなく、不思議な縁もある。それは、斉藤由貴が同じ1987年に劇場公開された主演映画『トットチャンネル』で黒柳徹子をモデルにした人物を演じ、その同時期に古村比呂はNHK「朝の連続小説」枠の主演ドラマ『チョッちゃん』で黒柳徹子の母親・黒柳朝をモデルにした人物を演じているのだ。

 

「チョッちゃん」は夏休みに入ります | 古村比呂オフィシャルブログ「艶やかに ひろやかに」powered by Ameba

NHK BSでは1987年の朝ドラ『チョッちゃん』が再放送中だが、出演者の参院選出馬に伴い、選挙が終わるまでは休止中

 

前番組は田原俊彦主演の大ヒット作『教師びんびん物語』。前年の『ラジオびんびん物語』をリブートさせたものであるが、『教師~』は熱血先生の学園ドラマだったのに対して、『ラジオ~』は熱血営業部員のサラリーマン喜劇と呼ばれるジャンルで、本作『あそびにおいでョ!』はその範疇にある。「月9」枠の企画時に立てられた柱の、若い女性視聴者(F1層)が観たい、そして共感したい内容に沿ったものでもある。昨日まで普通の平社員がエグゼクティブな世界で冒険して活躍する夢のようなドラマはウケるはずだった…

 

田原俊彦「ラジオびんびん物語」、ホムドラで放送決定! | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

だがしかし、「月9」枠に似つかわしくない!?感動路線で20%台を連発した前番組『教師びんびん物語』よりも視聴率はガタ落ちし、奇しくも喜劇ドラマ対決となった裏番組 TBS『時間ですよ たびたび』の後塵を拝して惨敗を喫す。主演の斉藤由貴はこの同じ1988年夏にフジテレビの製作で劇場公開された大作映画『優駿 ORACION』にも主演していて、フジテレビ夏のキャンペーンキャラクターを担っていた。つまり、1988年夏クールのフジテレビイチオシドラマだったわけ。結局、本作が仇となってしまったのか、「月9」枠でサラリーマン喜劇は1990年の『日本一のカッ飛び男』と『キモチいい恋したい!』までしばらく作られず、それらもまた不発に終わり、恋愛要素マシマシなトレンディドラマが主体となっていくのである。

 

 

 

【はみだし情報】

tvk(テレビ神奈川)では、7月8日(火)19時より、こちらもフジテレビ「月9」枠で1992年に放送された吉田栄作主演『君のためにできること』(制作:共同テレビ)を週一回で再放送開始。台湾で販売されていた画質が悪いDVDソフトが出ているけれど、国内では未ソフト化、そしてCSでもやったことがない逸品である。

 

現在、CSよりも地上波の独立局のほうが再放送ドラマの質、マニアック度が充実している状況。どうなっているんだ!?

 

 

今回もまた1976年ネタで、事件記者ドラマ『いろはの“い”』。

 

 

1976年8月10日から翌1977年3月29日まで日本テレビ火曜9時に放送されたものである。前番組は石原プロ初のドラマ制作となった渡哲也主演『大都会 闘いの日々』(1976年1月6日~8月3日まで全31回)。じつは、本作『いろはの“い”』と切っても切れない関係だから、まずはそっちの概要から紹介したい。警視庁城西署の組織暴力捜査を担う、通称・マル暴担当の捜査四課と大手新聞各社の番記者たちが詰める城西署記者クラブの微妙な関係を描いた刑事ドラマで、渡哲也は捜査四課の刑事、石原裕次郎は記者クラブ詰めの東洋新聞社キャップを演じた。

 

 

 

知られているように、『大都会 闘いの日々』は石原裕次郎が同じ日本テレビで主演する刑事ドラマ『太陽にほえろ!』(制作:東宝テレビ部)の成功を受けて、自社の石原プロでも同種のドラマ制作を日本テレビに願い出て手掛けたものである。また、石原プロ所属の看板俳優、渡哲也がその二年前の1974年にNHK大河ドラマ『勝海舟』の主役に抜擢されながらも病気で途中降板するはめになるアクシデントが発生し、芸能人生ドン底を味わいながら以後療養していたのからテレビドラマ復帰第一作という気合を入れた位置づけ(前年制作および劇場公開の東映映画『仁義の墓場』が初の俳優復帰作)でもあった。

 

流行りの刑事ドラマ、石原プロ初のテレビドラマ、テレビドラマ復帰一作目の渡哲也&石原裕次郎二大スターの共演という触れ込みで当初は話題作だったものの、その当時の潮流であるサスペンスアクションではなく、地味な人情噺に傾いて、刑事の悲哀と新聞記者の無力さというダウナーな設定が視聴者の趣向には合わず、視聴率と評判は望んだものを得られなかった。ただ、日本テレビ側は既に至宝となっていた“『太陽にほえろ!』のボス・石原裕次郎”に加え、渡哲也まで他局との掛け持ちもなく出てくれたことから、テコ入れしながらも当初2クール・26話分に加えて、ボーナス分として+5話分の全31話を制作させて、石原プロに成功体験をもたらせた。ちなみに、石原プロ側プロデューサーの石野憲助は、『大都会 闘いの日々』を制作する際に日本テレビ側の斡旋で国際放映から移籍してきた御仁で、テレビドラマ制作の運営を知らない石原プロがそれでツブれないようにと配慮されたもの。ちなみのちなみに、秋改編期の遥か前だった8月第一週という中途半端な時期に迎えた最終回にも理由があり、そのクランクアップは6月末で、渡哲也の体調を考慮して、本格的な夏場に入る前の気候が穏やかな時期に終わらせたから。このように、すべてが日本テレビによる石原プロ・ファーストで作られたものなのである。

 

あいかわらず、前置きが長くなってしまったが、ここからいよいよ『いろはの“い”』の話をしていこう。

 

内容は所轄署詰めの新聞記者クラブを描いた事件記者ドラマで、先に示した前番組『大都会 闘いの日々』における記者クラブの設定をそのままスライドさせた。舞台となる警視庁城西署や東洋新聞の名称も引き継いでいる。しかしながら、制作プロは東宝テレビ部に移っていて、それも『太陽にほえろ!』とほぼ同じスタッフで作られ、ゲスト出演者も似通ったものだからして姉妹作品ともいえるのだけど、やはり基本は前番組『大都会 闘いの日々』、その設定の半分をリブートしたものである。八か月後、1977年春改編期からの後番組は、石原プロの制作に戻しての『大都会PART-Ⅱ』となる。そちらにも記者クラブの設定は縮小されながらも残っていくから、まあ、いわば『いろはの“い”』は『大都会PART-1.5』といったところか。言い方は悪いが、『いろはの“い”』は石原プロの制作再開&渡哲也が良好な環境な時期に撮影が開始出来るように、世界観を変えない“つなぎ番組”として作られたものでもある。

 

ブーム変革期となった1977年春改編期の刑事ドラマ | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

事件記者もののドラマはテレビ黎明期から存在して、その名もずばり『事件記者』がヒットするなどジャンルとして常にあった。ただ、事件記者もののひとつ、記者クラブと捜査陣を一緒くたに描くことは、登場人物の多さ、場面の割り振り等、一時間のドラマとしてはボリュームがあり過ぎるのか、かの『太陽にほえろ!』でも最初期に片岡五郎と山東昭子演じるライバル社どうしの七曲署詰め番記者を出していたのだが、わずか三話分(第1話、第4話、第24話)しか使い切れずに挫折していく。同じ日本テレビ側 岡田晋吉プロデューサーによる『大都会 闘いの日々』はそれをリブートさせたものの、捜査する刑事たちに軸足を置くと記者クラブたちはおざなりになり、その反対に記者クラブたちに軸足を置くと捜査する刑事たちがおざなりになっていた。

 

1976年8月におけるアクション&刑事ドラマ 一覧

月曜 TBS『刑事くん』(第4シリーズ)、東京12『プレイガール傑作シリーズ』(いわゆる再放送)

火曜  TBS『火曜日のあいつ』、NET『新・二人の事件簿 暁に駆ける』、日テレ『いろはの“い”』

水曜 TBS『夜明けの刑事』、NET『特別機動捜査隊』

木曜 NET『非情のライセンス』(第2シリーズ)

金曜 日テレ『太陽にほえろ!』、NET『ベルサイユのトラック姐ちゃん』

土曜 TBS『Gメン’75』

日曜 なし

 

*1976年秋改編期で『火曜日のあいつ』と『ベルサイユのトラック姐ちゃん』、『プレイガール傑作シリーズ』は終了し、フジテレビにて『刑事物語 星空に撃て!』、『コードナンバー 7人のリブ』開始。

 

刑事ドラマブーム下であり、そのブームを引っ張ってきた『太陽にほえろ!』の日本テレビ・岡田晋吉プロデューサーと東宝テレビ部・梅浦洋一プロデューサーは、刑事ドラマでも、前者ではなく後者、つまり記者クラブたちに軸足を置いたドラマにすることで個性を自ずと確立させた。さらには番組タイトル『いろはの“い”』のインパクトである。当時は番組に長いタイトルを付けるのが流行っていたので、その逆を行き、「なんだかよくわかんない」ものとして気になるものにもした。


ただ、一度でも番組を観ればそれを理解出来る。

 

毎回、番組の幕開けはバンク場面で、ガス爆発火災の映像が立て続けに流れ、主演の竹脇無我が新宿の象徴であった高層ビルをバックにして公衆電話で通話相手に「現場は新宿五丁目、スナック・イグレット、“え”じゃないよ、いぐれっと!、いろはの“い”」と叫んで輪転機をバックにしたタイトルが出てきてオープニングが始まるのだ。いわゆるタイトル回収ってやつ。

 

それでは、内容のほうを見て行こう。

 

日本テレビ広報誌『うわさのテレビ』1976年秋号から

新聞記者は靴をすり減らしてナンボ、というわけで

『太陽にほえろ!』よりも走る、走る、ベテランも走る!

 

 

まず、『太陽にほえろ!』のスタッフたちが作ったものだから、主要レギュラーの登場人物たちにニックネームが付けられていて、それで呼び合っている。が、主役の竹脇無我が演じる神谷章に付けられたコベソというのはあまりにカッコ悪すぎだからか、ほとんどが本名の神谷、またはそれにさん付けで呼ばれている。せいぜい、本人が居ないところで、陰口としてそのコベソが出てくる程度。

 

それから、記者クラブの人員構成が面白い。主役の竹脇無我=コベソが勤める東洋新聞は、大先輩であり、実父役でもある金子信雄演じるベテラン遊軍記者=ヘソタツが時折出入りするけれど基本は一人、藤岡琢也=オニトウが勤めるタイムスは寺尾聡=ハイドンと神田正輝=オクの部下を含めて三人と一番の大所帯、ともに目立たない森本レオ=キクやんと三景啓司=スギが勤める大都日報はこの二人、そして黒沢年男=クロバイが勤める中央新報は一人だけ、合計7人と刑事ドラマの体裁そのもの。刑事ドラマと違うのは、常に一致団結しているわけではなく同業他社どうしだから互いが騙し騙され、抜きつ抜かれつつ行動している点。でも、ときには全員一致団結して一つの真実に向かったり、せっかく一社だけが勝ち取ったスクープのネタを捨ててまでも記者クラブ内で育まれた友情を優先するなど、東宝テレビ部の制作ならではの青春ドラマが展開される。

 

1976年4月、「火曜日のあいつ」と、その時代 | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

『いろはの“い”』の前時間帯、火曜8時からはTBSで同じ東宝テレビ部制作の青春ドラマをやっていた

 

 

キャラの配置もよく出来ていて、藤岡琢也=オニトウは本人曰くこの記者クラブの中で一番の古だぬきだから記者クラブ全員で何かをするときの指示役・幹事役も担っている。つまりは刑事ドラマにおけるボス役なのだ。オニトウと同年輩の金子信雄=ヘソタツは、ボスとツーカーのおやっさんキャラだから、部下であり、ひとつ屋根の下で一緒に暮らす息子でもある竹脇無我=コベソを仕事現場でも温かく見守る。後年、金子は『おやこ刑事』でも主役であり息子役の名高達郎とともに同じ署の捜査課に父子で勤める刑事役で、その役回りでもおやっさんポジションを演じている。1979年放送のテレビドラマ版は1977年開始の原作漫画に設定が忠実で、そちらでもヤモメ父子刑事がひとつ屋根の下に住んでいるというもので、おそらく元ネタはこの『いろはの“い”』のヤモメ父子新聞記者から来ているのかもしれない。

 

東京12チャンネルで放送された刑事ドラマ『おやこ刑事』 | 茶屋町吾郎の趣味シュミtapestry

 

黒沢年男=クロバイは一匹狼のクールキャラで、竹脇無我=コベソとの絡みでは、ときに手強い敵になり、ときに絶大な味方となる一番のライバル役。その一匹狼にも相棒が居て、当時まだ現行車種だった初代フェアレディZを専有取材車両として乗り回している。日産自動車から貸与されたツルシではなくて、ボディがカタログには載っていない黒のマット塗装が施されているのが特徴だ。竹脇無我=コベソも機動力で張り合うのだが、記者クラブ連中がたむろする城西署近くの喫茶店&スナック「えんぴつ」所有のチェリーFⅡクーペを飲食代とともに“ツケ”でその都度借り受けている格差…。ただ、これは第1話・第2話のみで、やはり主役には主役に相応しいクルマが用意されていて、放送開始の前月1976年7月にデビューしたばかりの810ブルーバードが途中から専有取材車両として与えられている。

 

【2025年現在】竜雷太の今は?亡くなったや病気と心配する声も!画像 – GN

喫茶店&スナック「えんぴつ」のママを演じるのは夏桂子

当時、竜雷太の奥さんだった方

『太陽にほえろ!』と同じ国際放映で撮られていたから同伴出勤していたかも!?

 

 

 

さて、『いろはの“い”』は、事実に沿った面白い設定を設けている。それは、新聞における記事原稿の出稿締め切り時間。当時の朝刊ならば午前2時、夕刊ならば午後2時。各社の記者たちはそれに向けて時間を気にしながら事件を追っていくのである。だから、勇み足で、警察よりも先んじて現場に踏み込んだり、容疑者と接触を持ってしまうなど、スリルある場面が出てくるのである。また、朝刊で他社に出し抜かれたりしても、夕刊でリターンマッチが出来るチャンスが常にあるから物語の運びに飽きが来ない。ここが『いろはの“い”』における、他の事件記者ドラマや刑事ドラマにない魅力となるのであろう。