尊敬すべき友人Tom-H@ckこと大嶋文博くんと今日サシメシをした。


アニメ『けいおん』で作曲家デビューし、超絶ヒット。その後もずっと売れつづけているスーパー音楽家の1人でありながら、経営者としても4つの会社を持ち、さらには不動産投資なども行う…ほぼFIRE(ファイア:Financial Independence, Retire Early…経済的自立し早期リタイアを実現する)状態の男…まさに身近にいる大成功者だ。


そんな彼が、しがない名古屋のタレントであり、経営3年目の新米社長である自分と仲良くしてくれている事にまずは甚だ感謝だし、それだけでなく色々なアドバイスをくれて、気付きをいっぱい与えてくれる…とても大切な友人だ。


そんな彼と話している中で、気づかされた事がたくさんあった。


例えば…


『自分を出す事を恐れている。とくに嫌われる勇気=弱みを出す事を恐れている。』


…だったり…


『自己承認欲求が誰よりも強く、コンプレックスも強い男』


だということだった。


『自己承認欲求』


僕がいま一番向き合うのに苦戦している言葉だ。

なぜなら、この言葉に、そしてコレが強い者たちにとても頭を悩ませているからだ。


そんな嫌悪している言葉の権化が、まさか自分であることに気付かされ、相当ショックを受けた。


でも、否定できないくらい該当していた。


じゃあ、その原因がどこにあるのか?


人は幼少期の頃の出来事が自分の性格に多大な影響を及ぼす。


自分は中1で母親、高1で父親を亡くした。


まぁ、これも言わばショッキングな出来事ではある。…が、今回はそこではなく、その出来事以降の人生こそが、今の『自己承認欲求の権化』となってしまった自分を作り上げていたのだ。


両親が他界し、それからは母方のバアちゃんに20歳まで育ててもらった。

彼女は両親がいない事を補って余りあるほどの愛情で自分を育ててくれた。


20歳になり、タレント活動を始め、24歳には東海エリア最大のラジオ局ZIP-FMでナビゲーターとして芸能デビュー。

そこからグランパスのスタジアムDJなどに就任したりと、順風満帆なタレント人生を送ってこれたのは本当に感謝している。



そんなタレントとしての人生を振り返りながら気づいた事があった。



『自分は嫌われる事をずっと避けて生きてきた。』


ということだ。

とにかく人に嫌われないよう明るく笑顔で元気でい続ける。本名の陽介の如く、太陽のように明るい人間であり続ける…


『YOSUKEに任せていれば期待以上の事をやってくれる』


『YOSUKEのおかげでイベントが成功したよ。』


『YOSUKEにしかできなかったよ。』


『YOSUKEが相手だとすごくやりやすい。』


これらの言葉は、自分に居場所と存在の意味を与えてくれた。


とにかく人からの賛辞が欲しくて欲しくてたまらないし、必要とされたいし、逆に叱られたり、失望させたりすることを心の底から嫌ったし、自分が関わった全ての人にハッピーになって欲しいし、感謝されたい。そうじゃなきゃ、心が耐えられなかった。だから叱られるどころか、褒められる為に必死に準備したし努力したし、いい顔をして生きてきた。



自分は今も両親の残してくれた実家のマンションに一人暮らしをしている。

留学時代以外の40年間変わらず住んでいる場所だ。

だから自分と同じマンションに住んでいる方々は当然幼い頃の自分を知っているわけで•••


『臼井さんの息子さん、早くにご両親亡くしてしまったから、あんな風になっちゃって…。両親がかわいそうだわ。』


とか、ぜっっったいに思われたくない。


『ご両親が亡くなっても、息子さん頑張ってるわねぇ、偉いわぁ』


って、思って欲しい。

早くに死んだ両親を悪く言われたくない!

(たぶん、何も思っていないというのが現実かもしれないけど。)


そして今も健在で、90歳を超えたバアちゃん。


『この前保険屋さんが、「おバアさんのお孫さん、YO!YO!YOSUKEさんなんですか?グランパスのスタジアムDJさんですよね!すごい!」って言われたわぁ。』と電話口で嬉しげにしゃべってくる。


バツイチで子供のいない孫である自分にとって、唯一のバアちゃん孝行がコレかも知れない…。



とにかく自分は、『人の顔色をこんなにも伺って生きていたんだ。』と改めて気づいたわけだ。


いわゆる『世間体』というヤツだ。


決してそれを気にすることが悪いことではない。

ただ、そんな狭い範囲の世間体を気にするがために、弱さや悩んでいる自分などが出せずにいるより、ありのままの自分をさらけ出した方が、もっとYO!YO!YOSUKEや臼井陽介の魅力は出るはず。



…と助言を受けたのだ。



ごもっともだ。



僕は人に嫌われるのが大嫌いだ。


人に愛されたい。

だから人を信じ、愛したいと思う。


ただ、経営者になり、タレントの時には一切味合う事のなかった…『人に嫌われる』ことがとても多くなった。

正直まだ慣れてこない。心は痛いし、散歩中とかずっと頭の中に雑念としてまとわりつく。


『タレントだけやってりゃ良かったのに。』


『タレントが調子に乗って会社とか作るからだよ。』


『人を雇ったり教えたりするなんて偉くなったもんだ。』



とか言われないようにしなきゃ…


そして…

『自分の一挙手一投足で、所属タレントたちにまで被害が及んだらどうしよう…』


『自分の判断ミスで、みんなを露頭に迷わせたらどうしよう…』


『これだけ巻き込んでしまって、彼、彼女の人生の大事な時間をこんなにも奪っていいのかな…』


『自分の発言や言動が原因で、関係各社からキラれたらどうしよう•••』



毎日こんな事ばっかり考えている。



自分はどうしようもなく弱い。



だから今まで読んだこともなかったビジネス書ばかりここ数年読むようになり、ビジネスのノウハウやマインドを学ぶようにしている。とても参考になるし、本当にビジネス書は面白い。自分の価値観や固定概念を壊してくれるから、もっと前から読んでおくべきだったと後悔するほどにはハマっている。



だから読めば読むほど痛感するのが…まだまだ果てしなく未熟すぎる…ということ。



こう思うことのタチの悪さが…『人からは認められたいくせに、自分が自分を認めていない事』なのだ。



自分がやってきた事や、やってる事なんて誰でもできる。数多いる経営者やタレントの足元にも及ばない。これを本気で思ってしまっているわけだが、ほんとはそんな事ない。でも、そう思えない。



これが良くないんだと、彼は言う。



そうか…




自分のやってきた事に誇りを持ち、もっと口に出していく。そして、背伸びした言葉ではなく、等身大のカッコつけない言葉を素直に発していく。




20年間のタレント人生により、こびりついたこの『ありのままの自分を出さないクセ』をどうにか払拭していくことが、今後のミッションだ。




うまく出せるかなぁ…。。。

とにかくやってみるよ。



ありがとう、トムくん。




次回は『自分はコンプレックスの塊。』をお届けします。

僕の憧れの存在「オリエンタルラジオ」の中田敦彦さん。

 

彼の行動と決断、才能、ビジョンなど、とにかく自分がなりたいロールモデルとして燦然と輝いている存在。

そんな彼が「顔出しを卒業する」というネットNEWSが流れた。

『どういうこと!?win win wiiinとか絶対あっちゃん必要じゃん!Youtube大学も?まじか!』

『でも、その決断も面白い!羨ましい!彼の視野には何が映っているのか超気になる!』と、羨望の眼差しを持ち続けている。

そんな彼ともう1人「両学長」が大好きで、彼らが発信している「投資」の話に俄然興味がわき、まずは「積立NISA」から始め、40歳にして投資に挑戦しようとしているのである。

そんな自分がもう一つ始めるのが「Youtube番組」だ。

もはやコロナ禍で数多のタレントさんの参入はもちろん、素人さんもやっているYoutube。

 

そう…まさに「今さら」始めるわけだwww

 

「中田敦彦を崇拝しているわりに行動が遅い」といわれても仕方ないなと。

なぜこんなにも遅れてしまったのか?

それは「今までは覚悟が持てなかったから」だ。

 

なんの覚悟か?

それは「Youtubeを本気でやる覚悟」だ。

「Youtubeなんて、気軽に始めたらいいじゃん」と思う人もいるだろう。

だが、Youtubeで名を馳せた人物たちの配信をみていると、彼らが口を揃えて言うのが「Youtubeと本気で向き合えるかどうかが明暗を分ける」と。

それを聞いて、前までの自分は「覚悟をもって臨む準備ができていなかった」わけだ。

やるならちゃんと時間をしっかり確保し、続けていける体制を作らなければと。

そんな中、今の自分に難しかったのが「固定の時間を確保すること」だった。

しかし、それができなければ一生始められないなと思ったので、毎週固定で時間を空ける覚悟をすることにした。

 

やっと自分にとって「Youtube番組収録は仕事」と割り切ることができたのだ。

そうじゃないと、今だに「YO!YO!YOSUKE」を使ってくれる取引先に「この日のこの時間はNGです。」と言えないからだ。

なし崩しに予定を入れていってしまっていた過去からの脱却。

とはいえ、もちろん今までの仕事や取引を無碍にするつもりは一切ない。最大限努力を重ねるつもりだ。

だが、今後の自分の人生を考えた時に、この決断は「必要」と感じ、やっと腹を括ることができたので、この度、始めることにした。

 

じゃそもそも、なんでYoutubeをはじめることにしたのか?

これにはちゃんとした「自分なりの考え」がある。

 

過去2年間を振り返ると「名古屋から声優を誕生させ、全国区・全世界で活躍する人材を育成・プロデュースしていくんだ!」という気概のもと、代表を勤めるタレント事務所「TYK Promotion」に「声優部門」を新設し、養成所「TYK STUDIO」をつくり、「ナゴヤセイユウ」と呼ばれる東海エリア在住の声優・タレントを誕生させること…これに自分のタレント活動以外の時間・心・頭をほとんど捧げてきた。

そのおかげで、周りには「無謀」としか見られていなかった挑戦も、最近では着実に「声」を使ったお仕事をいただけるようになり、「名古屋でアニメ系の映像に声を入れるとしたらTYK」という口コミは徐々に広まってきているなと実感しており、とても感謝している。

 

ただ、TYK STUDIO&ナゴヤセイユウが誕生し、3年目となった今年…とても大きな異変を自分の中に感じたのだ。

 

それは、2年間でとても大きく成長してくれたナゴヤセイユウだが、このまま3年目も同じような環境で彼らが学んでいっていいのか?ということだった。

 

2年間は、とにかく自分もTYKの内部にだけ目を向け、彼らの成長になることを試行錯誤しながら挑戦、アクションしてきた。

そのおかげで、なんの土壌もない名古屋であったにも関わらず、講師の皆さんの尽力もあり、この2年間で彼らは相当成長したと自負している。実際に仕事が増えていっているのも、その証拠だろう。

がしかし、逆に2年間やってきて、衝撃的に強く感じてしまったことがある。

 

それが…「外部の刺激を与えず育ててきてしまった」ということだ。いわゆる「外で揉まれる経験」だ。

 

TYKという親鳥が、巣の中で口を開けて待っているひな鳥に餌をもってくるという行為ばかりしてきた2年間。

コロナ禍ということでイベントなども激減し、外部と接触する機会も減ったというのも原因の一つではあったが。

ただ、これからは飛べるかわからない…でも、飛ぼうとしなければ、いつまで経っても広く大きな空を知ることはできない。

だから飛ぼう!その勇気を持つんだ!と。

 

新たなバイトでもいい、旅でもいい、東京のワークショップにいくでもいい、ドラマのエキストラをやるでもいい…とにかく「外で揉まれ、人間的に成長をすることが、次なるステージに上がる絶対条件」だと気づいてしまった瞬間…

 

『よし!オレも新たな空へ飛ぶ勇気を持ち、皆との向き合い方と時間の使い方を変えよう!』となったのだ。

 

タレントとして現状いただいている仕事に加えて、新たなバトルフィールドを探し、熾烈な戦いを乗り越え成功してみせることで、今一度、彼らの身近なTYK=太陽のように輝く存在になれるのではないか?

Youtubeという県境も国境もない戦場の中で、改めて「0」から戦いに出ていくことを率先して見せる時なのでは?

そしてYoutubeを通して自分自身、新たな出会い、ビジネスを始める大きなきっかけになるんじゃないか?ということで、放送作家の後輩にも手伝ってもらって、自腹の先行投資をして、現在、4月配信スタートに向け動画を収録している真っ最中なのだ。

 

『ナゴヤセイユウにとってSNSは絶対的必須活動であり、最大の武器になる。』

 

これは、ナゴヤセイユウを産んだ時からの普遍のマインドだ。

しかし、なかなかSNSに本気で向き合ってくれるメンバーも少ないのが現状だ。

 

僕が目指しているのは「今の声優の形」ではなく「新たな未来の声優の形」だ。

「なる」のではなく「つくる」のだ。

 

それを実現するためにも言うばかりではなく、同じ「タレント」として彼らの最も近い「成功者」にならなければいけないのだ。

 

アニメ「シキザクラ」と共に成長と挑戦をしてきた2年間。とてもわかりやすい目標だった。

このアニメ放送後、我々はわかりやすい目標を失うことになる。

その時に挫折するも、次のステージを見つけるも自分次第。

 

「ナゴヤから革命を」の精神に揺らぎは1mmもない。

 

中田敦彦さんから学んだこと…それは人がやってきたことには興味がない。人がやったこともないことに挑戦をする。

 

僕もいつまでも「誰もやったことのない挑戦」を続けようと思う。

 

 


2月16日は僕にとってとても大切な日です。

2つあります。

まずは、株式会社TYK Promotion創立記念日🎉

今期で4年目に突入となります。

ずっと個人事業主から法人化することを躊躇っていた自分。法人税やらその他諸々さっ引いても個人事業主の方が支出が少ない…などの理由で。

そんな自分が法人化するきっかけは…

「ナゴヤセイユウ創生計画」の始動であり、
ナゴヤアニメ第一弾作品『シキザクラ』制作決定でした。

自分のことではなく、未来のナゴヤを考えた時に…

『自分の世代は、このまま芸の道でなんとか生きていけるけど、次世代の若者達はエンタメに夢を持てなくなってしまう。ナゴヤのエンタメが死滅する。』

と危惧してから、
自分がナゴヤの未来の為に出来ることはないか?
と考えた結果が…

『デジタル化が進む今、ナゴヤからでもアニメを生み出すこともできるはずだし、強力なエンタメコンテンツ《声優》もいつしか東京以外でも活躍できる日がくるのではないか!?よし!新しいエンタメIPをナゴヤに作るんだ!』

そう思った時、たかだか「法人税」の為に一歩を踏み出さない自分の小ささに気づき、一瞬で蹴り飛ばしてやりました。

そして生まれたのが株式会社TYK Promotion。

僕の本名は、臼井陽介といいます。
親が付けてくれた『陽介』には…

太陽のように明るく輝ける人間になってほしい☀️

という願いが込められています。
その名に、期待に恥じない自分でありたいと、ずっと思って生きてきました。

そして思いついたのが…

T:太陽の 
Y:ように 
K:輝く

《TYK》という屋号でした。

今度は自分が親となり、TYKの元に集まってくれた《通称:ナゴヤセイユウ》と呼ばれる太陽のように輝く存在を、ここナゴヤから生み、全国、世界の人たちを照らしていきたい。

しかし、経営はもちろん、人材を抱え育てマネージメントする事、その全てが未知数で無謀な挑戦でした。

それでも今期4期目を迎える事ができ、また、このコロナ禍で一度は、昨対比70%減までいった売上も、昨年末には手を変え品を変えやってきたおかげで、昨対比ほぼ変わらぬ所まで持ち直す事ができました。

コロナ禍でエンタメ業界が大打撃を受け、周りを見れば下を向いている人や、愚痴やネガティヴな言葉しか聞こえてこない中…この状況下だからこそ出来ることが逆にあるのでは?ピンチこそチャンスだ!!

その言葉を強く胸に刻み、悩むことや壁にぶち当たることも多々ありながらも、乗り越え、結果昨年よりも楽しい今を生きる事が出来ました。

そうなれたのも、個人事業の頃から自分の掛け替えのない右腕として支えてくれている存在チーフマネージャーの田中。そして、TYKの看板として全国区で戦ってくれている最古参の矢方美紀。さらには演者としてもマネージャーとしても内外を支てくれている頼もしい2人のプレイングマネージャー。
そんな彼らの支えの中、所属メンバーたちも立ち上げ2年で成長しナゴヤでの仕事量はどんどん増えてきています。そんな彼らにチャンスをくださる取引先の皆様に心から御礼申し上げます。ナゴヤの新たな太陽になれる日を目指し、日々精進している彼らをどうか応援よろしくお願い申し上げます。

また、養成所TYK STUDIOにて、所属タレント達に追いつき追い越せと息巻くスタジオ生達もこの2年でとても成長してくれていますし、彼らをそこまで引き上げてくれた講師の皆さんには多大なる感謝を感じずにはいられません。

そんな未来の太陽達を見ていると、自分の使命がよりくっきりとメラメラと魂奮え、自分1人だった頃の数十倍のパワーと充実した日々を送る事が出来ています。

たった1つの心がけで、こうも変わった3年間。

40代に突入し、さらに人生が楽しくなった決断の1つが、法人化だったかもしれません。


今年は法人化4年目。スタジオ開設3年目。

立ち上げの1年目に、地盤固め&内政の2、3年目。今期からは「攻め」に転じます!

TYKイズムが染み込みはじめたメンバーたちがそれぞれ大海に繰り出す1年にしたいと思います。大海原は強者揃い。その強者たちを倒さなければ道はない。これは演者だけでなく、事務所も同じ。世の中はまさに戦国時代。そこへ戦いを挑み、国取りをする。メッカからの船出でなく、極小の国からの天下統一!!

そこで掲げ、誓ったのが…《TYK20年計画》。

T:太陽のように輝く(育成期:Shince2018〜2025)全国区、世界的に活躍できる実力を持ったスターを生み出す。

Y:夢を掴む(成熟期:Shince2025〜2032)スターが誕生し、そのブレイクを持続。確固たるファンをスケールし続け、前代未聞の「初」に挑戦。日本・世界のエンタメに名を残す。

K:革命を起こす(変革期:Shince2032〜2038)TYKが旗振り役となり、ナゴヤにエンタメの中心地を築く。新たなエンタメ産業、文化の礎を作る。


残り18年。もう焦りしかありません。でも必ずやり遂げます。

そして、やり遂げて迎える60歳…そうなれば早逝した両親に『お前の一人息子は、なかなかだっただろ?』ってドヤれるかなと。



そして、2月16日、大切なもう一つの日は…

愛息子(愛犬)ぽん太の誕生日ですww
6年前に独り身となった自分にとって今は唯一の家族。そんな小さな命も10歳になりました。

もう愛しすぎてしょうがないぽん太。いつまでも健康でいて欲しいし、彼の最高の笑顔が毎日僕に癒しとパワーを与えてくれます。

そんな世界一大切なぽん太の誕生日に法人化した、まさに公私混同の記念日は、他の人には理解されないし、されなくてもいい程に、すごーーく思い入れが深い特別な日となりました。


沢山の《大切》が詰まった、心の底から感謝を感じることのできる1/365日。


また来年の今日、今日以上の最高の1日を目指して。


ここ1ヶ月以上ブログの更新は止まっていた。

 

さぼっていたというより、書いては途中で止まって、書いては内容に自問自答するようになってしまい、結局最後まで書ききれず削除したり…。

だから今書いているこれも、果たして最後まで書き終えることができるのか?と思いながら綴り出しているわけだが…

 

最近は、色々な「インプット」をしていた。とくにビジネス関連の本をよく読んでいる。

あとは話題の「NIZIプロジェクト」「愛の不時着」「梨泰院クラス」など、人気の韓国コンテンツを総ざらい。

その中でも梨泰院クラスは、韓国ナンバーワン外食企業のトップに復讐を誓った若き飲食経営者のクライミングストーリーで、予想外に今の自分に大きく影響を残してくれた。こういう新しい出会いには脳が刺激されてとても良い。

 

改めて経営者としての自分の武器・財産は、なんといっても「タレントYO!YO!YOSUKE」のキャリアであり、人脈だ。

そのおかげで、芸能・声優プロダクション/養成所の経営もなんとか成り立っていると言っても過言ではない。

 

とはいえ、莫大な成功を納めているかといえば、全くである。

 

そんな中、とても尊敬している1個下の友人経営者がいるんだが、彼は名古屋に本社を置く世界規模で事業展開している会社の代表で、とにかく自分とは全く違うキャリア、感覚と視野、行動力、決断力を持っている。

まさに身近にいる唯一のスーパー経営者だ。

 

彼には自分の「経営者としての未熟さ」を隠すことなく吐露しているわけだが、とにかく次元が違い過ぎて「俺は今まで何をやってきたんだ。もう40歳なのに…情けなさすぎるだろ…。」という自分への失望と「年齢は関係ない!絶対に成功するんだ!」と奮起する自分とが、まさに50:50で混在する事がよく起こる。

でも、そんな友人がそばにいてくれることこそ、自分にとっての「幸運」だと感謝している。

 

そんな彼からはいつも「貴重な言葉」をもらう。

もらう度にその言葉が、自分の経営者としての指標となっていくことを実感する。

最近もらった言葉は「会社の大きさは、経営者の器の大きさだから。」という言葉。

 

なんて重くのしかかる言葉なのか…。

志を持って立ち上げた会社でも、今の自分の会社規模は本当に脆弱だ。

彼の器が「ズンドウ鍋」なら、僕の器は「おちょこ」だ。

正直、聞いた瞬間自信喪失したが、でも改めて自分に足りていない言葉だとも思った。

 

そして、もう一つ「とても重要な言葉」をもらった。

 

その言葉をつたえる前に、最近なぜSNSやブログを投稿するまでに至れなかったのか?について話そうと思う。

 

最近ではブログだけでなく、ツイッターもなかなか呟けていない。

呟こうとしても様々な雑念・邪念が頭をよぎり、削除してしまうのだ。

 

その大きな理由はやはり「コロナ」だ。

「コロナ」発生以降、SNSでの世間の批判が悪化しているような気がしている。

はじめにそれを感じたのが「木村花さんの自殺」の一件だった。

あの頃から度重なる芸能界の不祥事や事件が起こる度、SNSでの批判がエスカレートしているように思えた。

 

「見えない敵・コロナによるストレスの吐け口」としてSNSに罵詈雑言を載せ発散しているような感覚だ。

 

もちろん不祥事などは断罪されるべきだ。

が、有名人だからとはいえ、他人がどうこう言い過ぎではないか?

他人に言えるほど、自分は清廉潔白で、すべてを善に全うし、生きているのか?

 

どうやらコロナによって人の心がどんどん荒んでしまっていることを感じずにはいられなかった。

 

匿名性のものだからといっても、すでに市民権を得てしまったSNSでの批判の嵐は、ひと1人くらい簡単に死に追いやることもできれば、芸能界から追放することもできてしまう。

すでにSNSは「凶器ともなりうる力をもったメディア」となのだ。

 

そして、アンジャッシュ渡部くん。

12年前、名古屋のテレビ局で彼が司会を務める番組に、自分はレポーターとしてレギュラー出演していた。

おかげでよく彼とは名古屋で交遊していた。

その時の彼は、東日本代表のお笑いコンビとして名を馳せながらも、司会業をやることで「まわし」や「フリートーク」の技術を高め、その上、東京のお洒落ラジオ局「J-WAVE」でもソロで冠番組を持ち、「しゃべりの技術」を研鑽することに執心する「プロの芸能人の姿」を間近で見せてくれていた。

だからどんどん売れていく彼が僕にとっては「納得」の一言だったし、羨ましくもあり、そんな彼を知っていることを誇らしくも思っていた。それは今でも変わらずそう思っている。

 

そんな彼がしてしまったことは無論間違っていただろうし、それが明るみに出ることによって、色々な関係者にも迷惑をかけてしまったことだろう。さらに、そのNEWSを見て不快に思った人もいると思う。

でも、それで今までの彼が果たしてきた功績の何もかもを否定してしまえる権利は、僕ら部外者にはないと思う。

ただそれがSNS時代であり、生活の一部として強大な力をもってしまった今のありようだというのであれば、もうそれに従わざるを得ないだろうとも思う。

 

さらに最近では、悲しいことにJリーグの度重なる不祥事や伊藤健太郎さんのひき逃げ事件など、有名人による事件が後を絶たない。これが「コロナ」の影響かどうかはわからない。

 

でも、こういった事件を見ていると…「これって人ごとじゃないよな…」と警鐘が鳴る。

 

有名・無名にかかわらず、罪を犯す事は許されない。

とはいえ、有名人であればあるほど世間の注目はどうしても集まってしまう。

コツコツ何年もかけて積み上げてきたキャリアが、泡のように一瞬で弾けて消えてしまうわけだ…。

一つの判断ミス、一つの軽率な行動・言動で…だ。

芸能人にとって、それは仕事を失うのと同意。それも永遠に元に戻れないほどの。

中にはそれでもヘコたれずに芸能界復帰を果たす人もおり、それを見ると「ほんと、すげ〜な〜」とメンタルのタフさに脱帽してしまう。

 

こんな恐ろしいことが、もしも自分自身に起こったとしたら…そう考えるだけで戦々恐々となる。

 

そして今は「コロナ禍」だ。

自分がレギュラーをもっている某メディアでは「コロナにかかるのは罪」というような空気感が蔓延している。

批判しているのではなく、会社を守るためには仕方のないことだし、その徹底ぶりは同じ経営者として感心の一言。

たしかにコロナにかかってしまえば2週間は隔離生活。番組や仕事に穴をあけてしまう。

さらにそれだけでなく、濃厚接触者も現場にいけないという…個人だけの問題ではなく集団問題になる。

これは「インフルエンザ」以上に深刻である。

 

そう考えれば、以前のように人に会ったり、いろいろなところに行ったりすることに、少なからず「罪に意識」「後ろめたさ」を持って行わなければならない状況も仕方のないことなのかもしれない。

 

この「見えない足かせ」に、ほとほと嫌気がさしてはいるのだが、発信者として「責任」がそこにはある。

だから極力自粛するようにしている。

GoToトラベルなども情報は発信はしても、使おうとは思えないのである。

エンタメも観光も僕にとっては大事なフレームワークなのに、そこへ貢献ができない心苦しさは尋常ではない。

 

そんなこんなを考えていると、ツイッターで今までにように普通にあげていたつぶやきにもその都度「疑問」が生じてしまう。

まるで針の筵に自分を投げ込むような気がするし、いつ爆発するかわからない爆弾を自らセットするような気もしてしまって。

 

タレントプロダクションの代表でなければ…

タレントでなければ…

 

という無意味なことまで口にする始末・・・。

ことの他、重症である。

 

エンタメ人としてどうするのが正解なのか??

 

だれかこの問いに答えられる人はいますか????

 

ということで、答えがいまだに見つからない間は、仕事に関わるつぶやきだけになってしまっている。

…というわけだ。

 

とはいえ、所属タレントには「今こそSNSだ!」と言っているジレンマ。

ま、元々ウチの所属タレントたちは、概ねインドアだからうまくやっている。

だが、自分は外向きの活動が多かった分、非常に辛い。

 

ま、愚痴っていても仕方がないので、自分は仕事のやり方もライフスタイルも今に適応した形に変えていこうと今は躍起になっているわけだ。

 

世間は、アメリカ大統領選が注目を集めていたが、その中でトランプ元大統領はコロナ禍でもマスクをしないことで「コロナに負けるな!」という意思を誇示していた。

ある種の蛮行と一般論では捉えるのであろうが、そこには一定の支持者もいるわけで…。

小さく見れば個人的な価値観。

でも、影響力の強い人は、その価値観を他人の価値観に上書きする力も持っている。

 

これがいいのか悪いのかはわからない。

でも、タレント、経営者としてその強さに一種の憧れを抱いているのも事実。

なぜなら自分にはできないからだ。

 

いつになったら、今の世の中に適応した自分を作りだし、SNSと上手く付き合っていけるだろうか・・・。

 

 

 

さて、では話を元に戻し、僕のスーパー(超)経営者の友人のとても大事な言葉…それは…

 

『ジャンプの主人公とかって、絶対倒すの無理!っていう強敵に勝つために、馬鹿みたいに修行して努力して、最後は勝っちゃうわけだよね?それが一番ワクワクするっていう事をYOSUKE君は知っているはずなのに、なんでそれを実践しないの?』

 

僕のDNAには「DRAGON BALL」という作品が深く刻まれている。

孫悟空の口癖は「強ぇヤツと戦いてぇ〜、オラ、ワクワクすっぞ。」だ。

 

なのに全然、自分の人生に反映できてないじゃないか!!

 

いや…待てよ。

コロナ前の自分は少なからずそういう潜在意識はあったと思う。

 

そうなのだ…自分の気づかないところで自分はコロナという毒にしっかりと侵されいていたのだ。

 

気づかぬうちに「視野は狭くなり」「足元のことばかりに目がいき」「手堅い仕事だけをコツコツやり」「地元だけで完結できるビジネスを考えだし」…など、上げたらキリがないほどに、この言葉を言われた瞬間自分の内側から「膿み」のように溢れ出てきた。

 

 

彼は続けた…。

 

『YOSUKE君が本当にナゴヤ盛り上げたいなら、ナゴヤを見るんじゃなく、TYKの声優やタレントを全国区、世界規模のスターにすることだけを考えたほうがいいんじゃない?つまるところ、声優なら今は「鬼滅の刃」に出ることだし、タレントなら「ヒルナンデス」でしょ!ww』

 

 

ああ・・・。

言葉が出なかった。

 

 

『じゃあ、そういうのに出ることが無理だと思うのはなんで?手が届かなすぎるから?それなら、なんで無理なのか書き出して、その無理を一つずつクリアしていけば、その無理は無理じゃなくなるよね?』

 

 

『それにその無理が無理じゃなくなった時、最高に面白いよね。』

 

 

悲しいほどの経営者としての未熟さ。

そのことに気づかせてくれた友人がそばにいてくれて本当に自分は幸運だった。

 

 

いつの間にか「ウチの子たちをどうにかして食わせてやりたい!」という気持ちと、コロナによる閉塞した状況が、「夢のない考え方」をする脳へと自分を変えてしまっていたみたいだ。

 

もちろん今いただけている仕事は、どれも大切で、どれもが我々タレントにとっての生命線だ。

 

でも、エンタメ業界にいて、「夢」を失ってしまっては、それはもうエンターテイメントではない。

 

一番大事なことに気付かされた宝物のような言葉を友人は授けてくれた。

 

 

ありがとう。

やっぱりこんなコロナだとしても自分は会えるだけの人にはやはり会いたい。

「罪」にならぬよう最善の対応をしながらでも自分は動きたい。

 

コロナ禍の答えは、まだわからない。でも、コロナなんかのために人生を無駄にはできない。

 

 

最高にワクワクする人生を僕は仲間と共有していこうと思う。
 

 

「夢」

これこそ人生の活力剤だ。

 

 

と、やっと最後までとりあえず書き切れたので、投稿しようと思う。

 

 

そして最近自分が読んだビジネス書は以下の著作も挙げておく。

この作品のどれもが今の自分を後押ししてくれたし、新たな考え方を教えてくれた。

感謝すべき本たちだ。

YO!YO!YOSUKEのmy Pick

 

さ。しばし時が経ったが、後半を書き綴ろう。

 

 

簡単に前回のおさらいだ…。

 

①「名古屋グランパス」というネームバリューは、全国区どころか世界規模である。

 

②テレビやラジオによる「人気の一本化」からネットメディアの台頭により、これからは「人気の細分化」がより進む。

 

③これからの時代は「人気=数」から「エンゲージメント」がキーワードになる。

 

 

…ということを長々と語ってきた。

 

ではその続きを・・・。

 

 

①「名古屋グランパス」というネームバリューは世界規模

 

やはり「スポーツ」の力はすごいと思う。

なぜなら「興味がない人でも多少なりとも知っている」という奇跡的なコンテンツであるということだ。

もちろんその中でも知名度の大小はあるが、ここまで人間のライフスタイルに身近なエンタメコンテンツは少ない気がする。

 

さらに名古屋グランパスは、「スタジアムの観客動員数」をここ近年、選手やリーグ順位に左右されず驚異的に伸ばしている。

これは、SNSの活用の仕方やホームタウンとの連携、広告などの打ち出しや試合当日のアミューズメント的なイベントだったりと、とにかく色々な施策を駆使した結果でもあるが、一番大きな転機となったのは「2016年のJ2降格」だと思う。

 

Jリーグ創設からいたチームであり、世界のTOYOTAがついているチームであり、2010年にはリーグ優勝も果たした日本有数のビッグクラブと称されたチームが、その年、あろうことか降格という史上最低の屈辱を味わったのだ。

もちろん降格が目の前で決まった試合も、自分はDJとして声を出していた。

…が、力及ばず無念の降格…心底無力を感じた瞬間だった。

 

ただ、この年に感じていたことが一つあった。

「世間が名古屋グランパスの話題を口にしている。」ということだ。

 

自分と会う人は必ず…「グランパス、やばいね。大丈夫?」と、日頃サッカーに興味のない人でさえ話題にしてきたくらいだ。

そして、降格が決まり…変な意味で注目と話題が集まったまま翌年へ。

 

2017年。グランパスはそれまで在籍していた選手を大幅に入れ替え、風間監督を迎え、1年でのJ1復帰を目指し一致団結し戦った。

J2での戦いは最後の最後までもつれながらも、なんとか1年で「J1昇格」を掴み取ることができた。

自分も昇格が決まったその瞬間、膝から崩れ落ちるほどの喜びと涙が溢れて止まらなかったことを今でも鮮明に覚えている。

 

 

まさにここまでの出来事は、偶発的でありながらも…「ドラマ」だったなと。

 

 

そう。

「ドラマ」なのだ。

 

 

人間は「ドラマ」が好きなのだ。

 

 

一度は優勝し、ナンバーワンになったチームが、「降格」という絶望の淵へ落とされ、「J2」という舞台でもがき苦しみながら戦い続け、「ラスト」は念願の成功を掴み取り、J1へ返り咲いた。

 

 

およそ2年をかけたこの壮大なドラマは、日頃グランパスを、ひいてはサッカーを愛している人以外の方たちにまで飛び火し、今では、結果や人気選手の有無に関係なく、スタジアムに来てくれる人が増える大きなきっかけとなったわけだ。

 

もちろん、その出来事だけにあぐらをかかず、グランパスの各担当の皆さんが必死にグランパスの魅力を発信し続けているからこそ、今でも「名古屋は集客が難しいエリア」「なごや飛ばし」という異名がつくほど集客できないエリアなのに、10000人〜40000人のファンで毎試合スタジアムを埋めることが出来ているわけだ。

 

 

このことから導き出されるのは…コンテンツに必要なのは「ドラマ」であり、「ドラマ」にあるのは「共感性」。

盛り上がりを維持できているのは、「共に戦っているんだ、支えているんだ」という「共犯性」だ。

 

 

 

これこそ、前述した…「エンゲージメント」に欠かせないキーワードだと思う。

 

 

 

さて、次は・・・

②「人気の一本化」から「人気の細分化」へ

③「人気=数」から「エンゲージメント」がキーワードに

 

「人気の細分化」で起こっている現象は「好きが薄まっている」ということ。

 

例えば…CDだ。

今となっては「CD買うほど、そのアーティストのこと好きなんだね。」と言われる時代となってしまった。

 

一昔前はCD買うことが当たり前だったが、その当たり前はもう終わった。

「CDを買う=だいぶ好き」の証になってしまったようだ。

 

Youtubeやツイッター、インスタなどの台頭で素人が一気に有名人になれる環境ができた。

テレビやラジオは「放送局の数」しかチャンネルがないのに対し、SNSはチャンネル数に限界がない…無限だ。

 

これではテレビやラジオが勝てるはずもない。

つまらないものもゴマンとあるだろうが、面白いものもどんどん出てくるし、どんどん蓄積されていく。

 

こんなの正直「卑怯」である。

自分らの時代にはなかった。

妬ましく思うほど、今の若者は表現の場というものに恵まれてるなと思う。

 

 

・・・・がしかし。

 

逆に、とても難しい時代だな・・・とも感じる。

 

 

なぜなら、コンテンツや発信者がどんどん増えていくため、消費者は1カ所だけに「定着」しなくなるし、コンテンツの咀嚼の仕方や消費速度が尋常じゃないくらいに早い。

 

となると、がんばって、やっと人気が出てきたのに、一瞬で消費され、飽きられて、忘れ去られ、1年足らずで「過去の人」になってしまう恐れがあるということでもある。…これではまるで7年地中にいて、やっと出てきて1週間で生を全うする「セミ」のようだ(いらない情報だろうが…自分はこの世の中でセミが一番大嫌いである。)。

 

これは、もうタレントにとっては恐ろしすぎる。

 

さらに最近ではYoutubeも5分程度の長さが好ましいとか、言葉の間をカットする「ジェットカット」などが生まれているなど、まさに「間も無駄」も省かれ「不定着な時代」になってしまった。

 

そんな消費者の「不定着マインド」をうまく利用したのが「TikTok」や「インスタのリールズ」だろう。

もはや人間が定着できる時間は、今や「15秒」なのだ。これが人の興味が持つリミットとなってしまったのだ。

 

 

戦い方が激動するエンタメ業界。

 

その中で「人気=数」は、多いに越したことはない。

…が、「人気の細分化=好きの不定着」は今以上に進むだろうし、多くの分母を得ることが今以上に困難になると予想できる。

 

だからだろう…Youtuberの中でも海外のユーザーに親和性の高い「バーチャル・ユーチューバー(通称:Vチューバー)」は、すでにBiliBili動画など、中国を中心にアジア圏への進出が、ここ2年顕著だ。

 

そう…数を取りに行くなら、「海外進出」しかないのだ。

 

なぜなら、少子化に歯止めがきかない日本の未来は、必ず人口が激しく減少する。

となると、潜在的ファン数は絶望的観測となる。

 

そこで、「人気=数」の概念をもって戦えるのは「世界」しかないのだ。

5Gがやってこれば、より拍車はかかるだろうし、己の小ささに気づく人も増えるだろう。

 

とはいえ、なんでもかんでも海外に行けば当たるわけでもなく、そこはそこで戦い方が必要になっていくわけだ。

 

 

そんな混沌とした時代に、今回の主題でもある「ネームバリュー」を、これからどうやって作っていけばいいのか?


どうやったら「ナゴヤセイユウ」というタレントたちを…「TYK」という企業を…全国区、果ては世界規模のネームバリューに伸ばせるのか…?

 

それを必死に考えている。

とにかく思いついたら行動してみる。

 

 

とりあえず、今回のポイント①〜③から紡ぎ出される自分なりの今後を生きていくにあたっての見解はこうだ。

 

①「ドラマ性」を加え、「共犯性=エンゲージメント」を高める。


②人気=数で勝負するなら「海外進出」。

 

③消費される存在だけでは消えて終わる。生産者となり、何がなんでもついてくるような「エンゲージの高いユーザー」を生んでいく。

 

 

これらを念頭において弊社の未発達コンテンツ「ナゴヤセイユウ」をどうプロデュースすればいいのか?・・・だ。

 

 

あぁ、考えることがいっぱいだ。

今年で14年目を迎える「名古屋グランパスのスタジアムDJ」という仕事。

 

今年はコロナの影響で3、4ヶ月の中断期があり、"超異例"の、"超しわ寄せ"な、"超過密日程"の中…ほぼ毎週2試合をこなすというプロサッカーではありえない日程が、現在、シーズン折り返しまできている。

選手は相当な疲労困憊が予想される中、堂々と戦っている。心から尊敬だ。

 

かくいうスタジアムDJである自分も、ホームゲームは全試合稼働。AWAYはDAZN観戦かライブビューイングのMC。

例年に比べると…「終わったばっかりでまた試合の準備だ。」という感覚になっている。

 

そんな中「名古屋グランパスのスタジアムDJ」を務めていることで、すごく「ありがたい。」と感じることをここで「2つ」挙げたいと思う。

 

1つは、「イベントがみんな無くなっているこの時期に忙しくタレント稼働している」ということ。

これは、グランパスだけじゃなく、テレビ・ラジオなどのレギュラー仕事もほぼ元通りとなっている自分は、ナゴヤのエンタメ業界にいてとても幸せであり感謝をしている。

 

そして、2つ目が、今回の話の焦点だ。

 

「名古屋グランパスのスタジアムDJ」という知名度は、「名古屋にありながら全国区のネームバリュー」だということ。

これは今年に限ってだけでなく、就任してから今に至るまで変わらぬ「ありがたいポイント」。

 

たとえば、東京など、ナゴヤ(東海エリア)じゃない現場へ、仕事や打ち合わせに行った時、必ずするのが「自己紹介」。

その時、「YO!YO!YOSUKE」というふざけた(決してふざけていなく、真剣そのものなんだが…)名前をいう際、初めての相手なら、つかみとして「肩書き」を言った方が「一目置かれやすい」。

 

そこで抜群の力を持つのが「名古屋グランパス」のネームバリューだ。

 

サッカー好きはもちろんだが、そうでない人でも耳にしたことがあり、中にはメインスポンサーが「世界のTOYOTA」という観点から認知している人もいるかもしれない。

 

「そんなグランパスの試合でスタジアムでGOAL!って叫んでいるのが僕です。テレビのスポーツニュースでグランパスがゴール決めた時聴こえてくるカン高い声も僕です。」というと「お〜!w」となってくれるケースがよくあり、その後の仕事や打ち合わせがとてもスムーズだったりする。

これには本当に感謝しかない。

 

 

エンタメ業界は、ここ20年で激動の時代を迎えている。

昔は、みんながドリカムが好きで、ミスチルが好きで、B’zが好きで。ダウンタウンか、ウッチャンナンチャンか、とんねるずが好きで…といった具合に、テレビとラジオしかメディアがなかった頃は「人気は一本化」されていた。

 

でも、今は「多様化な時代」。

本当に「みんなが知る人」になるのは、超絶難しすぎる。

 

例えば、アニメ業界に目を向けてみよう。

「宮野真守さん」といえば、声優界のプリンスであり、芸能界でいうところの「木村拓哉さん的ポジション」だと自分は認識している。

先日も、話題沸騰のドラマ「半沢直樹」に「黒崎(片岡愛之助さん)の部下・古谷」として登場していたことで、声優ファンの間では騒然だった。

 

・・・が。

 

アニメ、声優に深くない人からすれば、「股間を掴まれた人、有名な声優さんなんだ〜。」としか認識していないかもしれない。

どれだけの人が「宮野真守の股間が〜〜!きゃーーーーっ!」となっていただろうか?

 

 

これは、「宮野真守さんの人気がない」わけでは決してなく…これが「現代」だということ。

 

 

「DORAGON BALL」の「孫悟空役」である「野沢雅子さん」は、国民が知る声優。

「ガンダム」の「アムロ・レイ役」の「古谷徹さん」も、国民が知る声優。

 

じゃあ、「宮野真守さん」と彼らの何が違うのか?

 

 

『生まれてくる時代が違った』・・・と、いわざるを得ない。

 

 

メディアとして、「テレビ」が絶対の存在だった時代から活躍していた「野沢さん・古谷さん」。

ネットメディアが普及し出した頃、今のアニメ人気の潮流がやってくるあたりからブレイクしはじめた「宮野さん」。

 

この違いは、はるかに大きいわけだ。

 

 

だが、「野沢さん・古谷さん」では、アリーナクラスの集客はできない。(…ま、しようともしていないが。)

…でも、「宮野さん」はそれができる。ライブや集客イベントだったら、圧倒的に「宮野さん」なのだ。

 

 

これがまさに「多様化が進んだ今の日本の姿」といえる。

 

 

昔は「人気の一本化」。

それに対し、今は「人気の細分化」が進んでしまったと僕は感じている。

 

 

ただ、中には近代になって全国区でバズった存在もいる。

 

「米津玄師」「君の名は」「菅田将暉」「あいみょん」「HIKAKIN」など。

 

それでも、子供から高齢者まで知る存在か?といわれたら…「????」だろう。

 

 

それぐらい「テレビ天下」の時代は、凄まじかったんだなと感じる。

 

 

「ラジオ」もそうだ。

ナゴヤでは抜群の認知度を誇るラジオ局「ZIP-FM」も、20年前はナゴヤから全国区の流行を音楽で作り出すような凄まじい影響力をもつラジオ局だった。だから自分は「ナゴヤで芸能やるならテレビよりもカッコいいZIP-FMのDJになりたい!」と憧れていたわけだ。

 

しかし、音楽も「ネット」からアーティストの公式が配信され、新曲の解禁もSNSが利用されるようになってから「最新の音楽を聴けるのはラジオだ!」という「ラジオファースト」の時代はすでに終焉を迎えてしまい…さらに「人気の細分化」により圧倒的人気となる音楽が出にくくなってしまったことで、CD購入は激減…音楽データ購入から、今では「サブスク」で聴き放題…という音楽の消費の姿は、瞬く間に激変してしまった。

 

ただ、いまだ「クルマ大国・愛知県」だけはラジオの存在が他の都市に比べると影響力を持っている…が、そもそもクルマ離れが著しい「若年層」には、悲しいかなナゴヤだろうと「ZIP-FM」というより、そもそも「ラジオに触れたことのない世代」ということで、全く響かせられないのだ。

 

 

余談が長くなったが、話を元に戻そう・・・。

 

 

そう考えると「ナゴヤのエンタメ」で全国的ネームバリューのあるモノって・・・一体なにがあるだろうか???

 

「SKE48」「なごやめし」

 

ほかに何が浮かぶ??

 

「世界コスプレサミット」

 

…そして「名古屋グランパス」なんじゃないだろうか?

 

 

実際に20歳、23歳の時に「イングランド」へ留学していた時、ヨーロッパ人の大半が大好きな「サッカー」の話題で、「NAGOYA」というキーワードだけで、「NAGOYA!?オ〜、ストイコビッチガイタチーム!ベンゲルガイタチーム!アルヨネ!?」という感じで「グランパス」というサッカーチームの会話で海外の人とも盛り上がることができた。

 

 

そう・・・「名古屋グランパス」は世界規模の知名度なのだ。

 

 

もう一つ例を出すと…「結婚式の司会」をやると如実に感じるのが・・・「お前、誰だ?感」。

 

それはそうだ。

結婚式とは、年齢も趣味もバラバラな人たちが一堂に介する珍しいシチュエーション。

なので、ただ単に「司会のYO!YO!YOSUKEです!」と言った日には、「もっとまともな名前の司会はいなかったのか!?」と思われたりするかもしれない。苦笑

もちろん「司会という仕事」には自信があるので、結果として「いい司会者さんだった」と言わせられる自負はある。

が、新郎新婦にとって人生一度しかない晴れ舞台の司会が「なんかふざけた名前の人」だと思われても仕方がない。

そこで前置きとして「名古屋グランパスの・・・」を入れると、みんなの僕を見る目がハッキリと変わる。

さらに当時ナゴヤエリアでは絶大な視聴率を誇る「メ〜テレ・ドデスカ!」にレギュラー出演していた時は、より一目置かれた。

 

そういうことを重ねて経験するたびに、この肩書を使える事に、本当にありがたいと感じている。

 

 

結論、なにが言いたいかというと、「人気の細分化」が進んでいることで、より大切にしなきゃいけないことに目を向けるべきだということ。

 

それが…「エンゲージメント」。

人とのつながりの深さだ。

 

 

・・・と、ここまで勇んで書き綴ってきたが、ダメだ。

ここまでで長文になりすぎたし、さらに語り尽くせぬ想いがあるので…前編・後編にして綴ることにした。

 

 

では、また。

前回の投稿からとんでもなく間があいてしまった。

そして気づいたら「夏」が終わっていた。

 

 

「夏」という季節は我々エンターテインメント人にとって、いわゆる「稼ぎどき」なシーズンだ。

しかし、今年の夏は…違いすぎた。

日本史上最大の経済効果を生み出すはずだった「東京オリンピック」が延期になった時点で、今年は喪に伏すように静かな夏となった。

 

そんな状況下にありながらも、ありがたい事にグランパスのスタジアムDJやメディア関連のレギュラーものはあったわけだが…

イベント関係はというと…まぁ「皆無」だった。

 

 

我々タレントたちにとって、イベントこそが「稼ぎどきの本命」だっただけに未曾有の大打撃は未だに続いている。

 

 

会社運営の面でいうと、タレントとは完全歩合制で契約しているので、稼働がなければ支払いもない。

その分会社は、低収入ではあるが、低支出でもあるので、なんとか出血を軽減できてはいる。

…が、あくまで応急処置。

それにタレントたちにとっては依然非常事態のまま。事務所としても根本的解決になったわけでもない…

 

 

なんとかしなければならない事に変わりはないのだ。

 

 

真っ赤な海に浮かんだ小さな島(我が社)は、あっという間に赤字の海に飲み込まれ、最後は島ごと沈没してジ・エンド…これが最悪中の最悪のシナリオだ。

 

 

そうなっていくかもしれない…と、5月ごろには気付いていたので、「コロナ前には戻らない事を前提とした新たな施策」を色々講じ、それが徐々に形になりだしてはいる…が、コロナ前の売り上げには、まだまだほど遠い状態。

さらに、この種まきが全て大輪の花を咲かせてくれる保証はどこにもない。

 

 

それでもやるしかない。蒔き続けるしかない。

 

 

コロナ前までに「人気の貯金」がある方たちは、今までのエンタメ財産でサブスクや、リモートチケット制ライブなどを行い、コロナと戦っている。

 

 

しかし、我々のような新興勢力は、母体が小さい分、打撃も少ないかもしれないが今を戦える「人気貯金」がない。

 

となると、今は新たな時代に向け新しい種まきを絶やす事なく行うしかないわけだ。

でも、それがまた案外楽しくもある。

もともと何もないところから何かを生み出す事を至上の喜びとするタイプなので、今の状況を苦慮するより、これからの事にワクワクしてしまうのだ。

 

だから決して下を向くでもなく、なんならデジタル&リモートの潮流が当初よりも早くやってきた事で、東京一極化から地方にもチャンスが巡ってきやすくなる兆しを感じているので、とてもポジティブに生きている。

 

 

…じゃあ、なぜ更新を怠っていたかというと…

 

 

「内政の見直し」に心を使いすぎているからだ。

 

これは正直しんどい。

 

 

今、僕が代表を務める声優・タレントプロダクション『TYK Promotion』と養成所『TYK STUDIO』は変革の時を迎えている。

 

最初の1年目は熱さだけでなんとかやれている気にもなってたし、実際に結果も出ていた。

…が、2年目に突入し、コロナがやってきた時に気づかされたのだ。

 

 

『このままじゃまずい』

 

 

…と。

 

コロナ禍になり、今までを振り返った時、

 

『会社として、組織として機能していない。』

 

そりゃそうだ。

 

経営の「け」の字も知らない人間が、株式会社を作り、人を雇い、40〜50人のスタジオ生を育て、新たな仕事をどんどん取っていき…逆に今まで良くやってたなと、思うほどだ。

 

だが、それでも走れていたくらいに時代の流れと沢山の仲間が我々のやっている事を後押ししてくれた。

 

 

ただ、こうやって立ち止まり振り返ると、その不完全さは一目瞭然だ。

向き合うべき問題、課題は山のように積み上がっていた。

 

 

その大半が「内政」にまつわる事ばかり。

 

 

 

まず、マネージメント・コンテンツ事業の「TYK Promotion」の現状の主体は「タレントのマネージメント」だ。

いわゆる「人のマネージメント」。

 

これに対する大きな課題の一つが…「マネージャー不足」。

 

 

どの芸能事務所もマネージャーが足りるほどいるというところは少ないだろう。

だが、うちは仕事量、稼働するタレントの数と比較すると圧倒的にマネージャーが少なぎた。

これは、去年からの課題だっただけに、急務だったが、なかなかマネージャーを志望する人材が現れなかった。

 

本当に苦しんだ「人探し」。

 

こればっかりは縁だから…と言い聞かせつつも、事業は多岐にわたり拡大していき、タレントの活動頻度が上がる嬉しい悲鳴が、徐々に本当に苦しい悲鳴に変わっていった。

 

それが遂にここ最近やっと縁に恵まれ改善されたのだ。これには本当に感謝だし、心から安堵した。

 

 

 

 

次に、養成所の「TYK STUDIO」。

 

こっちは、養成所としてのあり方から抜本的に見直しをすることになった。

 

今までが間違っていたということはない。だが何かが足りないと感じていた。

 

それは「プロになる」という事への組織としての姿勢だった。

 

 

人は同じところにいれば最初の頃の緊張は消え、よく言えば「慣れ」、悪く言えば「ダレ」が出る。

それはしょうがない事だ。

 

でも、2年目を迎えたスタジオの空気を覆っていたのは、それとは違う何かだった。

 

それが彼らによるものではあるが、もっと根元的なところにあるモノだと気づいた。

 

 

それこそがスタジオの「背骨」だった。

 

 

なんの実績もない「出来立てホヤホヤの養成所」を選んで日々研鑽を積む彼らに対し、感謝が大きすぎて、さらには、離れていくことが寂しいと感じてしまった…代表である自分の脆弱な心が、スタジオの奥深くに脆弱な背骨を根ざしてしまっていたのだ。

 

 

 

 

なんの為にTYK STUDIOを作った??

 

 

 

この原点ともいうべき問題に改めて向き直った。

 

 

そこで取り組んだのが「現状のスタジオのシステムの大幅な見直し」だ。

 

講師の方々や外部のアドバイザーなど、とにかくTYKをいつも気にかけてくれている先輩、仲間に話を聞き、今考る得るかぎりのシステムを導入することにした。

 

次に行ったのは、ハレーション(物議)が起こることを覚悟の上で、現スタジオ生たち一人一人と今後のTYKとの在り方についての話し合い…これが一番僕の心と頭を憔悴させた。

 

なぜなら、相手にとってイヤな言葉も時には発しなきゃいけないし、なんなら嫌われること覚悟で話さなきゃいけない…

例えるなら、1ヶ月で40回連続恋人と別れ話を切り出すしんどさ…みたいな。

 

こんなにも「人の人生に介入しているんだ」と改めて実感した40歳の夏だった。

 

 

タレント活動のみの頃は、1人で自由気まま、みんなと仲良くやってこれただけに、こんなにも人に嫌われたり憎まれたり、泣かれたりされる人生は、40年間で初めてで、相当に心を持っていかれた。

 

だが、人を嫌いになることは絶対になかった。

なぜなら、全ては自分の未熟さゆえに起こった「自業自得」「因果応報」な出来事だからだ。

 

 

経営者の道を歩み始めた40代…もっと早くからやっておけばよかった。

40歳でこの未熟さは情けなくなってしまう。

 

 

・・・だが、過去は戻ってこない!

 

前を向こう。

 

 

前しか変えられないし、前にしか進めないんだから。

 

 

 

と、自分を奮い立たせ、久々となるブログも書くことにした。

 

 

 

これぞ「成長痛」!!

 

 

 

そんな中、今の自分に必要なのは…「自分を律する」こと。

 

 


まずは、そこから始めることにした。

今日はとある撮影を行った。

 

かなり面白い、今までの名古屋にはないチャレンジングで、とても意義のあるプロジェクトだ。

全容はまだ言えないわけだが。

 

簡単にいうと「今までの自分」✖︎「新たな自分」を掛け合わせたエンタメビジネス。

それも、すごくリスペクトしている企業2社を巻き込んだ自分発案となるTYKとしてのニュープロジェクトだ。

 

ワクワクしているが、とてもビビってもいる。

なぜなら今まで築き上げてきた関係とは違った付き合い方を、今回を皮切りに彼らとすることになるからだ。

 

なぜ始めたか?

 

必要な変革だったからだ。

まさに今自分が求めていた「マインドチェンジ」を今回は挑戦した。

 

 

今までは「TYK Promotion=声優・タレントの育成とマネージメントの企業」とだけ思っていた。

それの何が悪いのか?というと・・・悪いわけではない。

ただ、足りないのだ。

 

 

「タレント」という存在は「生き物」。それも「かなり特殊な生き物」だ。

 

大手の事務所を見ても、当たり前のように「退所」「移籍」「急な引退」「結婚」「スキャンダル」など、ポジティブな面としては無限の可能性を誰もが秘めていると言えるが、その反面、常に全てが突然水泡に帰すという恐ろしさも抱えなければならない。

 

先行投資で手塩にかけて育てたタレントがやっと有名になり「これからだ!」と思った矢先、スキャンダルや事務所との仲違いなどで活動停止や移籍…なんてザラな出来事だ。

 

 

現代のタレントの行動・言動は、世の中に常に見張られている。

 

 

そう「SNS」の存在だ。

 

 

 

よくも悪くも10年前では考えられないほど、多くの人たちに見られる時代となり、うまくいけば誰でもどこからでも名声を手に入れられるわけだが、ご存知の通り、ほぼ毎日のように有名人のスキャンダルが後を絶たない状況でもある。

 

 

これが、もしもTYK唯一の「スター」に起こったら…と思うと戦慄が走る。

 

 

事務所総出で全てを注ぎ、積み上げて、それでも辿り着けるかわからないこの業界にあって、やっと光を浴びるスターを育てられたとしても、失う時はまさに「一瞬」だ。

 

 

TYK Promotionは、そんなとんでもなくリスクの高い事業をやっているという認識を自分は持つことができていなかった。

 

 

そんな折、愛知県の企業にあって全国区で活躍しているエンタメ企業の代表を弊社のアドバイザーに去年から迎えることができ、この恐ろしい事実を知らされ、自分の中で芽生えたのが…

 

 

『人に依存するエンタメビジネスだけでは不安要素が多すぎる。今後、生き残るためには「ヒト」だけでなく…「モノ・コト」こそ新たに着手すべきエンタメ事業である。』という事だ。

 

 

ただ、今まで自分が「タレント」だけをやってきた為、「ヒト」を扱う以外の「エンタメビジネス」のマインドを全く持っていなかったことを痛感。

「じゃあ、どうしたらいいのか?」ということに頭を抱えてしまっていたわけだが…今年に入り、徐々に「モノ・コト」に対する目線・考え方・捉え方もできてきた・・・そんな中やってきたのが、今回のチャンスだった。

 

 

来週には情報解禁できると思う。

本当に不安と楽しみが半端ない。

 

 

今回実現できたことは、自分がタレント時代に培った「人間関係」が起点となっている。

そう考えると、今までの自分がやってきたことも決して無駄ではなかった。

 

さらにいうと、ここ数ヶ月、当時仲良くしていた先輩、後輩、仲間からの新規ビジネスのお誘いがとにかく増えた。

当時は、ただの飲み仲間だったメンバー。フットサルを一緒にやってた仲間。東京に行ってしまい、なかなか一緒に何かやることもできなかった先輩、後輩。

 

 

時代もあるし、世情もあるだろう。

 

だけど、とにかくここにきて、昔培った「縁」が爆発的に実ってきている。

こんな世の中にあって、絶え間なくワクワクすることが舞い込んでくる…これはもう感謝しかない。

 

 

 

あらためて自分の強みは…「人とのつながり」だとつくづく思う。

 

 

 

 

 

今までの自分✖︎これからの自分=新たな強み。

 

 

 

それこそがTYKとしての活路なのかなと。

 

 

 

TYK Promotionは、太陽のように熱く、輝けるONLY1のヒト・コト・モノを創出し、ナゴヤをサイコーに楽しい街にするエンタメ企業を目指します。

 

 

みんな、ありがとう。

そしてこれからもよろしくお願いします。

自分は未熟すぎる。

 

もう40歳にもなるのに何をやっているんだ?

 

 

感動と悔しさが入り混じった複雑な涙が溢れて止まらなかった。

 

漠然とだったが、自分が目指す先の「理想型がコレ」なんだろうな〜と感じていた。

 

中身を深く知らずともなんとなくそう思っていた。

 

だから覗いてみることにした。

 

 

Huluの番組「Nizi Project」。

 

 

 

正直K-POPには特段興味があるわけじゃない。

ただ、そんな自分でも2PMやTWICEといったK-POPスターは知っていた。

 

が、そのグループらが「JYP」という事務所所属であることは知らなかった。

 

そして、その「JYP」の社長であり、プロデューサーが韓国では国民的スターの「J.Y.Park」という人物だ。

 

この番組「Nizi Project」を見ようと思ったきっかけは一重に「NiziU」のメンバーが可愛くて〜

…とかではなく、1番の興味は…「J.Y.Park」の存在だった。

 

 

日本人にも敬愛され、これからのエンターメインメントに憧れる日本全土の女子たちが羨望の眼差しを向ける「プロデューサーJ.Y.Park」とはいったい何者なのか?なにがそんなに凄いのか?ヒットメイカーたる所以は?

 

 

彼と比べれば、一個人としても、プロデューサーとしての実績も比べるのもおこがましいほど、「月とすっぽん級」に格差があるがわけだが、自分も自称プロデューサーの端くれ。

 

彼の存在に興味しかなかった。

 

 

 

・・・すごかった。

 

 

 

そして、自分の日々の意識の低さを思い知らされた。

 

 

彼は各地のオーディションを巡業している最中も欠かさずやっているというスケールトレーニング(音程練習)。

この練習を彼は「30年間ほぼ毎日」行っているという。

 

 

 

 

『毎日必ず30分やらないといけないんです。やりたくないことも長い間コツコツ続ければ、自分がやりたい仕事が一生できる』

『夢をかなえるためにいちばん大事なことは…毎日毎日、自分自身を管理していくこと』

 

 

 

 

ショックだった。

わかっていることでもあったはずだ。

・・・でもどこか頭の隅っこの方に仕舞い込んでしまっていた「一番大事なこと」を彼は語っていた。

 

 

 

有名になればなるほど、結果を出せば出すほど、彼は自分に厳しく、自分を律して、日々戦っている・・・。

 

 

それにくらべ自分はどうだ?

 

 

多少の経済力とそれなりに楽しめる環境を自分で作れてしまったが為に、「自分を律する」ことよりも本能の赴くままに自分を解放することを選んでいたのだと、気づかされた。

 

 

 

「おれはいままで何をやってたんだ・・・。」

 

 

 

番組内で彼が言葉を発するたびに、この言葉が頭を駆け巡る。

 

 

情けなくて、自分がいたたまれなかった…。

 

 

 

さらにそこに追い討ちをかけてくるのが…オーディションに臨む「NiziU」の候補者たちだ。

 

 

彼女たちの年齢は15歳〜20歳前後。

 

そんな年端もいかない少女たちなのに、ダンス、表現力、アドリブでの会話力、緊張を乗り越えて繰り出す高品質のパフォーマンス、それを可能にする想像を絶する練習量…

 

 

「ああ・・・もう敵わないわ・・・・・・・・」

 

 

 

これで一気に自分の涙腺は崩壊した。

 

 

 

自分が情けなくなってしまった。

タレントしても、教育者としても、プロデューサーとしても、三下だと痛感した。

 

 

 

でも、いまさら過去には戻れない。

悔しがっていても、引き返せない。

 

前に進むしかない。

 

おれは俺の人生しか歩めない。

 

 

今からでも遅くない。

もう一度、もっと人生燃やしてやる!!!

 

 

 

だから、一つでも多く、今の自分でも盗めるモノを見つけてやる。

 

こんな自分でも今からでもやれることがあるはずだ。

 

 

それに絶対になれないわけじゃない。

いつなれるかはわからない。

 

でも、「なるんだ。」という気持ちとそれに見合う努力をすれば、もしかするとなれるかもしれない。

 

 

 

自分の小ささを知り、自分の未熟さを知り、自分の怠惰ぶりを知り、その上で今からでもやれることをやる。

 

 

やれることはまだまだある。

 

 

やっていたつもりだったが、全然だ。

 

 

まだなにも成し遂げちゃいない。。。

 

 

 

「Nizi Project」に出会えたことに感謝だ。

 

 

昨日会った人物に弊社TYK Promotionのビジョンや活動へ賛辞をいただいた。

…嬉しかった…が、まだ何も成し遂げていない自分たちを改めて痛感し、自分を諫めた瞬間でもあった。


我々には過去・歴史がない。
だから未来を作るしかない。


歴史がある組織はその歴史に囚われ、変革や時代の流れにおいていかれる。

それはなぜか?


大きくなればなるほど『守るべきものが多くなるから』だ。


守るべきものを守る事と守勢に回ることは違う。
だが、それを区別し、全うする事はとても難儀な事だと思う。



『守るために攻める。』


守るものが出来た時、その選択が果たして出来るのか?



人生にもたくさんそういった選択の時がある。


自分ごとを話すとしよう。
たぶん初めて公に晒す事でもある。


30歳の時、自分は一度結婚している。
が、34歳で離婚した。


元妻は、すごく愛のある人物で一途に自分を愛してくれたし、愛されることを求める女性だった。
夫婦であれば当然の話だ。

だが、自分はどこまでいっても「仕事が一番」だった。さらに言うと、公私をうまく両立できるほど器用な男ではなかった。


『あぁ、おれは生来の身勝手、無責任なオトコなんだ』

と心の底から思った。なんなら今も思っている。


だからそれ以来「結婚する権利がない」と今も変わらず思っている。


これにより「離婚」という至極当然の結果を迎えたわけだが、事実上これで自分は独り身となり、親も早くに亡くしていて、いるのは未成年の間、育ててくれた我がゴットマザーのばあちゃんだけだ。


ここまできたら子孫も残してないし、お金も今更残してもしょうがない。
なら、人生に賭けられるもの全部賭けて、やりたい事に全部注いで、自分のDNAが残らないなら、自分の意志を残してやる。痕跡を世の中に残してやるぞ!…そう心が叫び始めた。


その心の炎は瞬く間に大きく激しくなり、自分を突き動かした。
それも「タレント」としてではなく、「事業者」になる為に。




タレントはどこまでいっても消費される商品だ。


川で言う『下流』。

だから『源流』に向かう事にした。


それがIP=コンテンツ事業だった。

アニメビジネス、タレント事務所運営、新規事業企画制作など・・・いわゆる『コンテンツプロデュース事業』を主とした企業として生まれ変わる事を目指した。


ナゴヤには『コンテンツ産業』自体が非常に少ない。
日本第3の規模を誇る地域とは思えないくらいに少なすぎる。
大きな理由の一つは東京コンテンツを借りてきてしまっているからだ。
ドメスティックなものが本当に少ないのだ。


だからほぼゼロイチの動きとなった。

高卒の自分だが、
会社を法人化し、銀行と取引を始め、「経営」というものを始めたのだ。

でも、自分には性に合っていた。


どこかに属するのが窮屈に感じる性格であり、天邪鬼な性格もある為、人と違うことをやりたいし、考えたくなる自分からすれば、ゼロから始めるのは38歳と遅いスタートではあったが、すごく人生を謳歌し始めたのだ。


もしあの時、元妻とちゃんと向き合い小どもを授かり、生きていく…そんな人生もあっただろう。
だが、自分は選べなかった。そして無責任な自分を知った。

だから、これからも僕は無責任に生きようと思う。やりたい事を目一杯やる、悔いのない人生を全うしようと思う。


守る人生はあの時選ばなかった、選べなかったんだから、守るという選択は今の僕には相応しくないし、求めてもいない。
もし、結婚や子供を持つ事が人生のトッププライオリティになったら躊躇なくするだろう。
だが、今の自分には到底考え及ばない。ある意味悲しいことだが…苦笑



だからなのか、守りに入っている人や企業、団体を見るとすぐわかるし、それはそれでそこには平和があり、調和があるわけだから、尊重はできるが、同調は一切できない。
逆に攻めている人に会うと、とてもワクワクするし、一つでも多く盗みたいし、一緒に何かやりたい!って思う…さらには、家族にもちゃんと向き合いつつ攻めている人を見ると尊敬中の尊敬で神々しささえ感じてしまう。『万能の神か!』と。


いずれ自分もそんな器の大きい人間に、オトコになりたいと思う…が、その気配は一向に訪れてこないみたいだ。




とはいいながらも、自分にも守るべき存在はいる。
マネージャー、所属タレント、スタジオ生たちだ。

特にウチのチーフマネージャーは母子家庭の二児の母だ。
本人の子供たちに加え、駄々をこねる40人近くの子供たちの面倒を一身に背負い、見ている。
計り知れない胆力と体力を要する。
そして子供の分も含めて生活費も稼がなきゃいけない。毎日悪戦苦闘している。
ほんと自己犠牲の塊のような女性だ。
尊敬する。といいながらも普段は僕の身勝手に振り回してまくっているわけだが。

次に所属タレントたちやスタジオ生たち。
こんな実績ゼロの事務所を選び飛び込んできた無謀な可愛いヤツらだ。
自分のビジョンや想いに賛同しついてきてくれているんだから、なんとかしたいに決まっている。
ただ彼らには、「オレは無責任だ。だから無責任にオレの思ったことを全てお前たちに伝える。だからそんなオレの言うことに準ずるも、反するも、自分で決めろ。お前たちの人生の尻拭いをするのは自分しかいないと思え。」と伝えている。
向き合ってくれている間は自分のことをそっちのけで彼らの事ばかりを全力で案じている。



となると「無責任を自負する自分」にも責任が自ずとのしかかっているんだと気づく。


だからなのかふとした時…
「あ、今の考え守り入ってた。」
と思ったり…

「あ、この人の話ここで聞いてなかったら、守りに傾いている自分に気づけなかったわ」
…なんて事が多々ある。



その度に自分を諫め、我に戻るわけだが、
それくらい「守り」って入りやすいんだなと痛感する。



今の名古屋のエンタメは大先輩たちが作り上げてくれた市場であり、我々はそこに息づいているわけだが、歴史はあくまで先人が作ったものだし、先人が作ったフレームワークが全てでもない。

今は今のフレームワークがあるはずだ。


『これから』を生きる我々にとっては、そんな新たなフレームワークであり、バトルフィールドを『探し、作ること』は必須なのだ。



時代も流れ、すべてのあり方が激動する昨今。
作ることをせず生きていけるはずもない。



ある一部の本では現代を第三次産業革命と銘打つほど、ITがスタンダードのなってきているこの時代は、10〜15年前までとは違うのだ。




…だか守っててはダメなのだ。攻めなければいけないのだ。




…と、自分に仲間に僕は伝え続けようと思う。