さ。しばし時が経ったが、後半を書き綴ろう。

 

 

簡単に前回のおさらいだ…。

 

①「名古屋グランパス」というネームバリューは、全国区どころか世界規模である。

 

②テレビやラジオによる「人気の一本化」からネットメディアの台頭により、これからは「人気の細分化」がより進む。

 

③これからの時代は「人気=数」から「エンゲージメント」がキーワードになる。

 

 

…ということを長々と語ってきた。

 

ではその続きを・・・。

 

 

①「名古屋グランパス」というネームバリューは世界規模

 

やはり「スポーツ」の力はすごいと思う。

なぜなら「興味がない人でも多少なりとも知っている」という奇跡的なコンテンツであるということだ。

もちろんその中でも知名度の大小はあるが、ここまで人間のライフスタイルに身近なエンタメコンテンツは少ない気がする。

 

さらに名古屋グランパスは、「スタジアムの観客動員数」をここ近年、選手やリーグ順位に左右されず驚異的に伸ばしている。

これは、SNSの活用の仕方やホームタウンとの連携、広告などの打ち出しや試合当日のアミューズメント的なイベントだったりと、とにかく色々な施策を駆使した結果でもあるが、一番大きな転機となったのは「2016年のJ2降格」だと思う。

 

Jリーグ創設からいたチームであり、世界のTOYOTAがついているチームであり、2010年にはリーグ優勝も果たした日本有数のビッグクラブと称されたチームが、その年、あろうことか降格という史上最低の屈辱を味わったのだ。

もちろん降格が目の前で決まった試合も、自分はDJとして声を出していた。

…が、力及ばず無念の降格…心底無力を感じた瞬間だった。

 

ただ、この年に感じていたことが一つあった。

「世間が名古屋グランパスの話題を口にしている。」ということだ。

 

自分と会う人は必ず…「グランパス、やばいね。大丈夫?」と、日頃サッカーに興味のない人でさえ話題にしてきたくらいだ。

そして、降格が決まり…変な意味で注目と話題が集まったまま翌年へ。

 

2017年。グランパスはそれまで在籍していた選手を大幅に入れ替え、風間監督を迎え、1年でのJ1復帰を目指し一致団結し戦った。

J2での戦いは最後の最後までもつれながらも、なんとか1年で「J1昇格」を掴み取ることができた。

自分も昇格が決まったその瞬間、膝から崩れ落ちるほどの喜びと涙が溢れて止まらなかったことを今でも鮮明に覚えている。

 

 

まさにここまでの出来事は、偶発的でありながらも…「ドラマ」だったなと。

 

 

そう。

「ドラマ」なのだ。

 

 

人間は「ドラマ」が好きなのだ。

 

 

一度は優勝し、ナンバーワンになったチームが、「降格」という絶望の淵へ落とされ、「J2」という舞台でもがき苦しみながら戦い続け、「ラスト」は念願の成功を掴み取り、J1へ返り咲いた。

 

 

およそ2年をかけたこの壮大なドラマは、日頃グランパスを、ひいてはサッカーを愛している人以外の方たちにまで飛び火し、今では、結果や人気選手の有無に関係なく、スタジアムに来てくれる人が増える大きなきっかけとなったわけだ。

 

もちろん、その出来事だけにあぐらをかかず、グランパスの各担当の皆さんが必死にグランパスの魅力を発信し続けているからこそ、今でも「名古屋は集客が難しいエリア」「なごや飛ばし」という異名がつくほど集客できないエリアなのに、10000人〜40000人のファンで毎試合スタジアムを埋めることが出来ているわけだ。

 

 

このことから導き出されるのは…コンテンツに必要なのは「ドラマ」であり、「ドラマ」にあるのは「共感性」。

盛り上がりを維持できているのは、「共に戦っているんだ、支えているんだ」という「共犯性」だ。

 

 

 

これこそ、前述した…「エンゲージメント」に欠かせないキーワードだと思う。

 

 

 

さて、次は・・・

②「人気の一本化」から「人気の細分化」へ

③「人気=数」から「エンゲージメント」がキーワードに

 

「人気の細分化」で起こっている現象は「好きが薄まっている」ということ。

 

例えば…CDだ。

今となっては「CD買うほど、そのアーティストのこと好きなんだね。」と言われる時代となってしまった。

 

一昔前はCD買うことが当たり前だったが、その当たり前はもう終わった。

「CDを買う=だいぶ好き」の証になってしまったようだ。

 

Youtubeやツイッター、インスタなどの台頭で素人が一気に有名人になれる環境ができた。

テレビやラジオは「放送局の数」しかチャンネルがないのに対し、SNSはチャンネル数に限界がない…無限だ。

 

これではテレビやラジオが勝てるはずもない。

つまらないものもゴマンとあるだろうが、面白いものもどんどん出てくるし、どんどん蓄積されていく。

 

こんなの正直「卑怯」である。

自分らの時代にはなかった。

妬ましく思うほど、今の若者は表現の場というものに恵まれてるなと思う。

 

 

・・・・がしかし。

 

逆に、とても難しい時代だな・・・とも感じる。

 

 

なぜなら、コンテンツや発信者がどんどん増えていくため、消費者は1カ所だけに「定着」しなくなるし、コンテンツの咀嚼の仕方や消費速度が尋常じゃないくらいに早い。

 

となると、がんばって、やっと人気が出てきたのに、一瞬で消費され、飽きられて、忘れ去られ、1年足らずで「過去の人」になってしまう恐れがあるということでもある。…これではまるで7年地中にいて、やっと出てきて1週間で生を全うする「セミ」のようだ(いらない情報だろうが…自分はこの世の中でセミが一番大嫌いである。)。

 

これは、もうタレントにとっては恐ろしすぎる。

 

さらに最近ではYoutubeも5分程度の長さが好ましいとか、言葉の間をカットする「ジェットカット」などが生まれているなど、まさに「間も無駄」も省かれ「不定着な時代」になってしまった。

 

そんな消費者の「不定着マインド」をうまく利用したのが「TikTok」や「インスタのリールズ」だろう。

もはや人間が定着できる時間は、今や「15秒」なのだ。これが人の興味が持つリミットとなってしまったのだ。

 

 

戦い方が激動するエンタメ業界。

 

その中で「人気=数」は、多いに越したことはない。

…が、「人気の細分化=好きの不定着」は今以上に進むだろうし、多くの分母を得ることが今以上に困難になると予想できる。

 

だからだろう…Youtuberの中でも海外のユーザーに親和性の高い「バーチャル・ユーチューバー(通称:Vチューバー)」は、すでにBiliBili動画など、中国を中心にアジア圏への進出が、ここ2年顕著だ。

 

そう…数を取りに行くなら、「海外進出」しかないのだ。

 

なぜなら、少子化に歯止めがきかない日本の未来は、必ず人口が激しく減少する。

となると、潜在的ファン数は絶望的観測となる。

 

そこで、「人気=数」の概念をもって戦えるのは「世界」しかないのだ。

5Gがやってこれば、より拍車はかかるだろうし、己の小ささに気づく人も増えるだろう。

 

とはいえ、なんでもかんでも海外に行けば当たるわけでもなく、そこはそこで戦い方が必要になっていくわけだ。

 

 

そんな混沌とした時代に、今回の主題でもある「ネームバリュー」を、これからどうやって作っていけばいいのか?


どうやったら「ナゴヤセイユウ」というタレントたちを…「TYK」という企業を…全国区、果ては世界規模のネームバリューに伸ばせるのか…?

 

それを必死に考えている。

とにかく思いついたら行動してみる。

 

 

とりあえず、今回のポイント①〜③から紡ぎ出される自分なりの今後を生きていくにあたっての見解はこうだ。

 

①「ドラマ性」を加え、「共犯性=エンゲージメント」を高める。


②人気=数で勝負するなら「海外進出」。

 

③消費される存在だけでは消えて終わる。生産者となり、何がなんでもついてくるような「エンゲージの高いユーザー」を生んでいく。

 

 

これらを念頭において弊社の未発達コンテンツ「ナゴヤセイユウ」をどうプロデュースすればいいのか?・・・だ。

 

 

あぁ、考えることがいっぱいだ。

今年で14年目を迎える「名古屋グランパスのスタジアムDJ」という仕事。

 

今年はコロナの影響で3、4ヶ月の中断期があり、"超異例"の、"超しわ寄せ"な、"超過密日程"の中…ほぼ毎週2試合をこなすというプロサッカーではありえない日程が、現在、シーズン折り返しまできている。

選手は相当な疲労困憊が予想される中、堂々と戦っている。心から尊敬だ。

 

かくいうスタジアムDJである自分も、ホームゲームは全試合稼働。AWAYはDAZN観戦かライブビューイングのMC。

例年に比べると…「終わったばっかりでまた試合の準備だ。」という感覚になっている。

 

そんな中「名古屋グランパスのスタジアムDJ」を務めていることで、すごく「ありがたい。」と感じることをここで「2つ」挙げたいと思う。

 

1つは、「イベントがみんな無くなっているこの時期に忙しくタレント稼働している」ということ。

これは、グランパスだけじゃなく、テレビ・ラジオなどのレギュラー仕事もほぼ元通りとなっている自分は、ナゴヤのエンタメ業界にいてとても幸せであり感謝をしている。

 

そして、2つ目が、今回の話の焦点だ。

 

「名古屋グランパスのスタジアムDJ」という知名度は、「名古屋にありながら全国区のネームバリュー」だということ。

これは今年に限ってだけでなく、就任してから今に至るまで変わらぬ「ありがたいポイント」。

 

たとえば、東京など、ナゴヤ(東海エリア)じゃない現場へ、仕事や打ち合わせに行った時、必ずするのが「自己紹介」。

その時、「YO!YO!YOSUKE」というふざけた(決してふざけていなく、真剣そのものなんだが…)名前をいう際、初めての相手なら、つかみとして「肩書き」を言った方が「一目置かれやすい」。

 

そこで抜群の力を持つのが「名古屋グランパス」のネームバリューだ。

 

サッカー好きはもちろんだが、そうでない人でも耳にしたことがあり、中にはメインスポンサーが「世界のTOYOTA」という観点から認知している人もいるかもしれない。

 

「そんなグランパスの試合でスタジアムでGOAL!って叫んでいるのが僕です。テレビのスポーツニュースでグランパスがゴール決めた時聴こえてくるカン高い声も僕です。」というと「お〜!w」となってくれるケースがよくあり、その後の仕事や打ち合わせがとてもスムーズだったりする。

これには本当に感謝しかない。

 

 

エンタメ業界は、ここ20年で激動の時代を迎えている。

昔は、みんながドリカムが好きで、ミスチルが好きで、B’zが好きで。ダウンタウンか、ウッチャンナンチャンか、とんねるずが好きで…といった具合に、テレビとラジオしかメディアがなかった頃は「人気は一本化」されていた。

 

でも、今は「多様化な時代」。

本当に「みんなが知る人」になるのは、超絶難しすぎる。

 

例えば、アニメ業界に目を向けてみよう。

「宮野真守さん」といえば、声優界のプリンスであり、芸能界でいうところの「木村拓哉さん的ポジション」だと自分は認識している。

先日も、話題沸騰のドラマ「半沢直樹」に「黒崎(片岡愛之助さん)の部下・古谷」として登場していたことで、声優ファンの間では騒然だった。

 

・・・が。

 

アニメ、声優に深くない人からすれば、「股間を掴まれた人、有名な声優さんなんだ〜。」としか認識していないかもしれない。

どれだけの人が「宮野真守の股間が〜〜!きゃーーーーっ!」となっていただろうか?

 

 

これは、「宮野真守さんの人気がない」わけでは決してなく…これが「現代」だということ。

 

 

「DORAGON BALL」の「孫悟空役」である「野沢雅子さん」は、国民が知る声優。

「ガンダム」の「アムロ・レイ役」の「古谷徹さん」も、国民が知る声優。

 

じゃあ、「宮野真守さん」と彼らの何が違うのか?

 

 

『生まれてくる時代が違った』・・・と、いわざるを得ない。

 

 

メディアとして、「テレビ」が絶対の存在だった時代から活躍していた「野沢さん・古谷さん」。

ネットメディアが普及し出した頃、今のアニメ人気の潮流がやってくるあたりからブレイクしはじめた「宮野さん」。

 

この違いは、はるかに大きいわけだ。

 

 

だが、「野沢さん・古谷さん」では、アリーナクラスの集客はできない。(…ま、しようともしていないが。)

…でも、「宮野さん」はそれができる。ライブや集客イベントだったら、圧倒的に「宮野さん」なのだ。

 

 

これがまさに「多様化が進んだ今の日本の姿」といえる。

 

 

昔は「人気の一本化」。

それに対し、今は「人気の細分化」が進んでしまったと僕は感じている。

 

 

ただ、中には近代になって全国区でバズった存在もいる。

 

「米津玄師」「君の名は」「菅田将暉」「あいみょん」「HIKAKIN」など。

 

それでも、子供から高齢者まで知る存在か?といわれたら…「????」だろう。

 

 

それぐらい「テレビ天下」の時代は、凄まじかったんだなと感じる。

 

 

「ラジオ」もそうだ。

ナゴヤでは抜群の認知度を誇るラジオ局「ZIP-FM」も、20年前はナゴヤから全国区の流行を音楽で作り出すような凄まじい影響力をもつラジオ局だった。だから自分は「ナゴヤで芸能やるならテレビよりもカッコいいZIP-FMのDJになりたい!」と憧れていたわけだ。

 

しかし、音楽も「ネット」からアーティストの公式が配信され、新曲の解禁もSNSが利用されるようになってから「最新の音楽を聴けるのはラジオだ!」という「ラジオファースト」の時代はすでに終焉を迎えてしまい…さらに「人気の細分化」により圧倒的人気となる音楽が出にくくなってしまったことで、CD購入は激減…音楽データ購入から、今では「サブスク」で聴き放題…という音楽の消費の姿は、瞬く間に激変してしまった。

 

ただ、いまだ「クルマ大国・愛知県」だけはラジオの存在が他の都市に比べると影響力を持っている…が、そもそもクルマ離れが著しい「若年層」には、悲しいかなナゴヤだろうと「ZIP-FM」というより、そもそも「ラジオに触れたことのない世代」ということで、全く響かせられないのだ。

 

 

余談が長くなったが、話を元に戻そう・・・。

 

 

そう考えると「ナゴヤのエンタメ」で全国的ネームバリューのあるモノって・・・一体なにがあるだろうか???

 

「SKE48」「なごやめし」

 

ほかに何が浮かぶ??

 

「世界コスプレサミット」

 

…そして「名古屋グランパス」なんじゃないだろうか?

 

 

実際に20歳、23歳の時に「イングランド」へ留学していた時、ヨーロッパ人の大半が大好きな「サッカー」の話題で、「NAGOYA」というキーワードだけで、「NAGOYA!?オ〜、ストイコビッチガイタチーム!ベンゲルガイタチーム!アルヨネ!?」という感じで「グランパス」というサッカーチームの会話で海外の人とも盛り上がることができた。

 

 

そう・・・「名古屋グランパス」は世界規模の知名度なのだ。

 

 

もう一つ例を出すと…「結婚式の司会」をやると如実に感じるのが・・・「お前、誰だ?感」。

 

それはそうだ。

結婚式とは、年齢も趣味もバラバラな人たちが一堂に介する珍しいシチュエーション。

なので、ただ単に「司会のYO!YO!YOSUKEです!」と言った日には、「もっとまともな名前の司会はいなかったのか!?」と思われたりするかもしれない。苦笑

もちろん「司会という仕事」には自信があるので、結果として「いい司会者さんだった」と言わせられる自負はある。

が、新郎新婦にとって人生一度しかない晴れ舞台の司会が「なんかふざけた名前の人」だと思われても仕方がない。

そこで前置きとして「名古屋グランパスの・・・」を入れると、みんなの僕を見る目がハッキリと変わる。

さらに当時ナゴヤエリアでは絶大な視聴率を誇る「メ〜テレ・ドデスカ!」にレギュラー出演していた時は、より一目置かれた。

 

そういうことを重ねて経験するたびに、この肩書を使える事に、本当にありがたいと感じている。

 

 

結論、なにが言いたいかというと、「人気の細分化」が進んでいることで、より大切にしなきゃいけないことに目を向けるべきだということ。

 

それが…「エンゲージメント」。

人とのつながりの深さだ。

 

 

・・・と、ここまで勇んで書き綴ってきたが、ダメだ。

ここまでで長文になりすぎたし、さらに語り尽くせぬ想いがあるので…前編・後編にして綴ることにした。

 

 

では、また。

前回の投稿からとんでもなく間があいてしまった。

そして気づいたら「夏」が終わっていた。

 

 

「夏」という季節は我々エンターテインメント人にとって、いわゆる「稼ぎどき」なシーズンだ。

しかし、今年の夏は…違いすぎた。

日本史上最大の経済効果を生み出すはずだった「東京オリンピック」が延期になった時点で、今年は喪に伏すように静かな夏となった。

 

そんな状況下にありながらも、ありがたい事にグランパスのスタジアムDJやメディア関連のレギュラーものはあったわけだが…

イベント関係はというと…まぁ「皆無」だった。

 

 

我々タレントたちにとって、イベントこそが「稼ぎどきの本命」だっただけに未曾有の大打撃は未だに続いている。

 

 

会社運営の面でいうと、タレントとは完全歩合制で契約しているので、稼働がなければ支払いもない。

その分会社は、低収入ではあるが、低支出でもあるので、なんとか出血を軽減できてはいる。

…が、あくまで応急処置。

それにタレントたちにとっては依然非常事態のまま。事務所としても根本的解決になったわけでもない…

 

 

なんとかしなければならない事に変わりはないのだ。

 

 

真っ赤な海に浮かんだ小さな島(我が社)は、あっという間に赤字の海に飲み込まれ、最後は島ごと沈没してジ・エンド…これが最悪中の最悪のシナリオだ。

 

 

そうなっていくかもしれない…と、5月ごろには気付いていたので、「コロナ前には戻らない事を前提とした新たな施策」を色々講じ、それが徐々に形になりだしてはいる…が、コロナ前の売り上げには、まだまだほど遠い状態。

さらに、この種まきが全て大輪の花を咲かせてくれる保証はどこにもない。

 

 

それでもやるしかない。蒔き続けるしかない。

 

 

コロナ前までに「人気の貯金」がある方たちは、今までのエンタメ財産でサブスクや、リモートチケット制ライブなどを行い、コロナと戦っている。

 

 

しかし、我々のような新興勢力は、母体が小さい分、打撃も少ないかもしれないが今を戦える「人気貯金」がない。

 

となると、今は新たな時代に向け新しい種まきを絶やす事なく行うしかないわけだ。

でも、それがまた案外楽しくもある。

もともと何もないところから何かを生み出す事を至上の喜びとするタイプなので、今の状況を苦慮するより、これからの事にワクワクしてしまうのだ。

 

だから決して下を向くでもなく、なんならデジタル&リモートの潮流が当初よりも早くやってきた事で、東京一極化から地方にもチャンスが巡ってきやすくなる兆しを感じているので、とてもポジティブに生きている。

 

 

…じゃあ、なぜ更新を怠っていたかというと…

 

 

「内政の見直し」に心を使いすぎているからだ。

 

これは正直しんどい。

 

 

今、僕が代表を務める声優・タレントプロダクション『TYK Promotion』と養成所『TYK STUDIO』は変革の時を迎えている。

 

最初の1年目は熱さだけでなんとかやれている気にもなってたし、実際に結果も出ていた。

…が、2年目に突入し、コロナがやってきた時に気づかされたのだ。

 

 

『このままじゃまずい』

 

 

…と。

 

コロナ禍になり、今までを振り返った時、

 

『会社として、組織として機能していない。』

 

そりゃそうだ。

 

経営の「け」の字も知らない人間が、株式会社を作り、人を雇い、40〜50人のスタジオ生を育て、新たな仕事をどんどん取っていき…逆に今まで良くやってたなと、思うほどだ。

 

だが、それでも走れていたくらいに時代の流れと沢山の仲間が我々のやっている事を後押ししてくれた。

 

 

ただ、こうやって立ち止まり振り返ると、その不完全さは一目瞭然だ。

向き合うべき問題、課題は山のように積み上がっていた。

 

 

その大半が「内政」にまつわる事ばかり。

 

 

 

まず、マネージメント・コンテンツ事業の「TYK Promotion」の現状の主体は「タレントのマネージメント」だ。

いわゆる「人のマネージメント」。

 

これに対する大きな課題の一つが…「マネージャー不足」。

 

 

どの芸能事務所もマネージャーが足りるほどいるというところは少ないだろう。

だが、うちは仕事量、稼働するタレントの数と比較すると圧倒的にマネージャーが少なぎた。

これは、去年からの課題だっただけに、急務だったが、なかなかマネージャーを志望する人材が現れなかった。

 

本当に苦しんだ「人探し」。

 

こればっかりは縁だから…と言い聞かせつつも、事業は多岐にわたり拡大していき、タレントの活動頻度が上がる嬉しい悲鳴が、徐々に本当に苦しい悲鳴に変わっていった。

 

それが遂にここ最近やっと縁に恵まれ改善されたのだ。これには本当に感謝だし、心から安堵した。

 

 

 

 

次に、養成所の「TYK STUDIO」。

 

こっちは、養成所としてのあり方から抜本的に見直しをすることになった。

 

今までが間違っていたということはない。だが何かが足りないと感じていた。

 

それは「プロになる」という事への組織としての姿勢だった。

 

 

人は同じところにいれば最初の頃の緊張は消え、よく言えば「慣れ」、悪く言えば「ダレ」が出る。

それはしょうがない事だ。

 

でも、2年目を迎えたスタジオの空気を覆っていたのは、それとは違う何かだった。

 

それが彼らによるものではあるが、もっと根元的なところにあるモノだと気づいた。

 

 

それこそがスタジオの「背骨」だった。

 

 

なんの実績もない「出来立てホヤホヤの養成所」を選んで日々研鑽を積む彼らに対し、感謝が大きすぎて、さらには、離れていくことが寂しいと感じてしまった…代表である自分の脆弱な心が、スタジオの奥深くに脆弱な背骨を根ざしてしまっていたのだ。

 

 

 

 

なんの為にTYK STUDIOを作った??

 

 

 

この原点ともいうべき問題に改めて向き直った。

 

 

そこで取り組んだのが「現状のスタジオのシステムの大幅な見直し」だ。

 

講師の方々や外部のアドバイザーなど、とにかくTYKをいつも気にかけてくれている先輩、仲間に話を聞き、今考る得るかぎりのシステムを導入することにした。

 

次に行ったのは、ハレーション(物議)が起こることを覚悟の上で、現スタジオ生たち一人一人と今後のTYKとの在り方についての話し合い…これが一番僕の心と頭を憔悴させた。

 

なぜなら、相手にとってイヤな言葉も時には発しなきゃいけないし、なんなら嫌われること覚悟で話さなきゃいけない…

例えるなら、1ヶ月で40回連続恋人と別れ話を切り出すしんどさ…みたいな。

 

こんなにも「人の人生に介入しているんだ」と改めて実感した40歳の夏だった。

 

 

タレント活動のみの頃は、1人で自由気まま、みんなと仲良くやってこれただけに、こんなにも人に嫌われたり憎まれたり、泣かれたりされる人生は、40年間で初めてで、相当に心を持っていかれた。

 

だが、人を嫌いになることは絶対になかった。

なぜなら、全ては自分の未熟さゆえに起こった「自業自得」「因果応報」な出来事だからだ。

 

 

経営者の道を歩み始めた40代…もっと早くからやっておけばよかった。

40歳でこの未熟さは情けなくなってしまう。

 

 

・・・だが、過去は戻ってこない!

 

前を向こう。

 

 

前しか変えられないし、前にしか進めないんだから。

 

 

 

と、自分を奮い立たせ、久々となるブログも書くことにした。

 

 

 

これぞ「成長痛」!!

 

 

 

そんな中、今の自分に必要なのは…「自分を律する」こと。

 

 


まずは、そこから始めることにした。

今日はとある撮影を行った。

 

かなり面白い、今までの名古屋にはないチャレンジングで、とても意義のあるプロジェクトだ。

全容はまだ言えないわけだが。

 

簡単にいうと「今までの自分」✖︎「新たな自分」を掛け合わせたエンタメビジネス。

それも、すごくリスペクトしている企業2社を巻き込んだ自分発案となるTYKとしてのニュープロジェクトだ。

 

ワクワクしているが、とてもビビってもいる。

なぜなら今まで築き上げてきた関係とは違った付き合い方を、今回を皮切りに彼らとすることになるからだ。

 

なぜ始めたか?

 

必要な変革だったからだ。

まさに今自分が求めていた「マインドチェンジ」を今回は挑戦した。

 

 

今までは「TYK Promotion=声優・タレントの育成とマネージメントの企業」とだけ思っていた。

それの何が悪いのか?というと・・・悪いわけではない。

ただ、足りないのだ。

 

 

「タレント」という存在は「生き物」。それも「かなり特殊な生き物」だ。

 

大手の事務所を見ても、当たり前のように「退所」「移籍」「急な引退」「結婚」「スキャンダル」など、ポジティブな面としては無限の可能性を誰もが秘めていると言えるが、その反面、常に全てが突然水泡に帰すという恐ろしさも抱えなければならない。

 

先行投資で手塩にかけて育てたタレントがやっと有名になり「これからだ!」と思った矢先、スキャンダルや事務所との仲違いなどで活動停止や移籍…なんてザラな出来事だ。

 

 

現代のタレントの行動・言動は、世の中に常に見張られている。

 

 

そう「SNS」の存在だ。

 

 

 

よくも悪くも10年前では考えられないほど、多くの人たちに見られる時代となり、うまくいけば誰でもどこからでも名声を手に入れられるわけだが、ご存知の通り、ほぼ毎日のように有名人のスキャンダルが後を絶たない状況でもある。

 

 

これが、もしもTYK唯一の「スター」に起こったら…と思うと戦慄が走る。

 

 

事務所総出で全てを注ぎ、積み上げて、それでも辿り着けるかわからないこの業界にあって、やっと光を浴びるスターを育てられたとしても、失う時はまさに「一瞬」だ。

 

 

TYK Promotionは、そんなとんでもなくリスクの高い事業をやっているという認識を自分は持つことができていなかった。

 

 

そんな折、愛知県の企業にあって全国区で活躍しているエンタメ企業の代表を弊社のアドバイザーに去年から迎えることができ、この恐ろしい事実を知らされ、自分の中で芽生えたのが…

 

 

『人に依存するエンタメビジネスだけでは不安要素が多すぎる。今後、生き残るためには「ヒト」だけでなく…「モノ・コト」こそ新たに着手すべきエンタメ事業である。』という事だ。

 

 

ただ、今まで自分が「タレント」だけをやってきた為、「ヒト」を扱う以外の「エンタメビジネス」のマインドを全く持っていなかったことを痛感。

「じゃあ、どうしたらいいのか?」ということに頭を抱えてしまっていたわけだが…今年に入り、徐々に「モノ・コト」に対する目線・考え方・捉え方もできてきた・・・そんな中やってきたのが、今回のチャンスだった。

 

 

来週には情報解禁できると思う。

本当に不安と楽しみが半端ない。

 

 

今回実現できたことは、自分がタレント時代に培った「人間関係」が起点となっている。

そう考えると、今までの自分がやってきたことも決して無駄ではなかった。

 

さらにいうと、ここ数ヶ月、当時仲良くしていた先輩、後輩、仲間からの新規ビジネスのお誘いがとにかく増えた。

当時は、ただの飲み仲間だったメンバー。フットサルを一緒にやってた仲間。東京に行ってしまい、なかなか一緒に何かやることもできなかった先輩、後輩。

 

 

時代もあるし、世情もあるだろう。

 

だけど、とにかくここにきて、昔培った「縁」が爆発的に実ってきている。

こんな世の中にあって、絶え間なくワクワクすることが舞い込んでくる…これはもう感謝しかない。

 

 

 

あらためて自分の強みは…「人とのつながり」だとつくづく思う。

 

 

 

 

 

今までの自分✖︎これからの自分=新たな強み。

 

 

 

それこそがTYKとしての活路なのかなと。

 

 

 

TYK Promotionは、太陽のように熱く、輝けるONLY1のヒト・コト・モノを創出し、ナゴヤをサイコーに楽しい街にするエンタメ企業を目指します。

 

 

みんな、ありがとう。

そしてこれからもよろしくお願いします。

自分は未熟すぎる。

 

もう40歳にもなるのに何をやっているんだ?

 

 

感動と悔しさが入り混じった複雑な涙が溢れて止まらなかった。

 

漠然とだったが、自分が目指す先の「理想型がコレ」なんだろうな〜と感じていた。

 

中身を深く知らずともなんとなくそう思っていた。

 

だから覗いてみることにした。

 

 

Huluの番組「Nizi Project」。

 

 

 

正直K-POPには特段興味があるわけじゃない。

ただ、そんな自分でも2PMやTWICEといったK-POPスターは知っていた。

 

が、そのグループらが「JYP」という事務所所属であることは知らなかった。

 

そして、その「JYP」の社長であり、プロデューサーが韓国では国民的スターの「J.Y.Park」という人物だ。

 

この番組「Nizi Project」を見ようと思ったきっかけは一重に「NiziU」のメンバーが可愛くて〜

…とかではなく、1番の興味は…「J.Y.Park」の存在だった。

 

 

日本人にも敬愛され、これからのエンターメインメントに憧れる日本全土の女子たちが羨望の眼差しを向ける「プロデューサーJ.Y.Park」とはいったい何者なのか?なにがそんなに凄いのか?ヒットメイカーたる所以は?

 

 

彼と比べれば、一個人としても、プロデューサーとしての実績も比べるのもおこがましいほど、「月とすっぽん級」に格差があるがわけだが、自分も自称プロデューサーの端くれ。

 

彼の存在に興味しかなかった。

 

 

 

・・・すごかった。

 

 

 

そして、自分の日々の意識の低さを思い知らされた。

 

 

彼は各地のオーディションを巡業している最中も欠かさずやっているというスケールトレーニング(音程練習)。

この練習を彼は「30年間ほぼ毎日」行っているという。

 

 

 

 

『毎日必ず30分やらないといけないんです。やりたくないことも長い間コツコツ続ければ、自分がやりたい仕事が一生できる』

『夢をかなえるためにいちばん大事なことは…毎日毎日、自分自身を管理していくこと』

 

 

 

 

ショックだった。

わかっていることでもあったはずだ。

・・・でもどこか頭の隅っこの方に仕舞い込んでしまっていた「一番大事なこと」を彼は語っていた。

 

 

 

有名になればなるほど、結果を出せば出すほど、彼は自分に厳しく、自分を律して、日々戦っている・・・。

 

 

それにくらべ自分はどうだ?

 

 

多少の経済力とそれなりに楽しめる環境を自分で作れてしまったが為に、「自分を律する」ことよりも本能の赴くままに自分を解放することを選んでいたのだと、気づかされた。

 

 

 

「おれはいままで何をやってたんだ・・・。」

 

 

 

番組内で彼が言葉を発するたびに、この言葉が頭を駆け巡る。

 

 

情けなくて、自分がいたたまれなかった…。

 

 

 

さらにそこに追い討ちをかけてくるのが…オーディションに臨む「NiziU」の候補者たちだ。

 

 

彼女たちの年齢は15歳〜20歳前後。

 

そんな年端もいかない少女たちなのに、ダンス、表現力、アドリブでの会話力、緊張を乗り越えて繰り出す高品質のパフォーマンス、それを可能にする想像を絶する練習量…

 

 

「ああ・・・もう敵わないわ・・・・・・・・」

 

 

 

これで一気に自分の涙腺は崩壊した。

 

 

 

自分が情けなくなってしまった。

タレントしても、教育者としても、プロデューサーとしても、三下だと痛感した。

 

 

 

でも、いまさら過去には戻れない。

悔しがっていても、引き返せない。

 

前に進むしかない。

 

おれは俺の人生しか歩めない。

 

 

今からでも遅くない。

もう一度、もっと人生燃やしてやる!!!

 

 

 

だから、一つでも多く、今の自分でも盗めるモノを見つけてやる。

 

こんな自分でも今からでもやれることがあるはずだ。

 

 

それに絶対になれないわけじゃない。

いつなれるかはわからない。

 

でも、「なるんだ。」という気持ちとそれに見合う努力をすれば、もしかするとなれるかもしれない。

 

 

 

自分の小ささを知り、自分の未熟さを知り、自分の怠惰ぶりを知り、その上で今からでもやれることをやる。

 

 

やれることはまだまだある。

 

 

やっていたつもりだったが、全然だ。

 

 

まだなにも成し遂げちゃいない。。。

 

 

 

「Nizi Project」に出会えたことに感謝だ。

 

 

昨日会った人物に弊社TYK Promotionのビジョンや活動へ賛辞をいただいた。

…嬉しかった…が、まだ何も成し遂げていない自分たちを改めて痛感し、自分を諫めた瞬間でもあった。


我々には過去・歴史がない。
だから未来を作るしかない。


歴史がある組織はその歴史に囚われ、変革や時代の流れにおいていかれる。

それはなぜか?


大きくなればなるほど『守るべきものが多くなるから』だ。


守るべきものを守る事と守勢に回ることは違う。
だが、それを区別し、全うする事はとても難儀な事だと思う。



『守るために攻める。』


守るものが出来た時、その選択が果たして出来るのか?



人生にもたくさんそういった選択の時がある。


自分ごとを話すとしよう。
たぶん初めて公に晒す事でもある。


30歳の時、自分は一度結婚している。
が、34歳で離婚した。


元妻は、すごく愛のある人物で一途に自分を愛してくれたし、愛されることを求める女性だった。
夫婦であれば当然の話だ。

だが、自分はどこまでいっても「仕事が一番」だった。さらに言うと、公私をうまく両立できるほど器用な男ではなかった。


『あぁ、おれは生来の身勝手、無責任なオトコなんだ』

と心の底から思った。なんなら今も思っている。


だからそれ以来「結婚する権利がない」と今も変わらず思っている。


これにより「離婚」という至極当然の結果を迎えたわけだが、事実上これで自分は独り身となり、親も早くに亡くしていて、いるのは未成年の間、育ててくれた我がゴットマザーのばあちゃんだけだ。


ここまできたら子孫も残してないし、お金も今更残してもしょうがない。
なら、人生に賭けられるもの全部賭けて、やりたい事に全部注いで、自分のDNAが残らないなら、自分の意志を残してやる。痕跡を世の中に残してやるぞ!…そう心が叫び始めた。


その心の炎は瞬く間に大きく激しくなり、自分を突き動かした。
それも「タレント」としてではなく、「事業者」になる為に。




タレントはどこまでいっても消費される商品だ。


川で言う『下流』。

だから『源流』に向かう事にした。


それがIP=コンテンツ事業だった。

アニメビジネス、タレント事務所運営、新規事業企画制作など・・・いわゆる『コンテンツプロデュース事業』を主とした企業として生まれ変わる事を目指した。


ナゴヤには『コンテンツ産業』自体が非常に少ない。
日本第3の規模を誇る地域とは思えないくらいに少なすぎる。
大きな理由の一つは東京コンテンツを借りてきてしまっているからだ。
ドメスティックなものが本当に少ないのだ。


だからほぼゼロイチの動きとなった。

高卒の自分だが、
会社を法人化し、銀行と取引を始め、「経営」というものを始めたのだ。

でも、自分には性に合っていた。


どこかに属するのが窮屈に感じる性格であり、天邪鬼な性格もある為、人と違うことをやりたいし、考えたくなる自分からすれば、ゼロから始めるのは38歳と遅いスタートではあったが、すごく人生を謳歌し始めたのだ。


もしあの時、元妻とちゃんと向き合い小どもを授かり、生きていく…そんな人生もあっただろう。
だが、自分は選べなかった。そして無責任な自分を知った。

だから、これからも僕は無責任に生きようと思う。やりたい事を目一杯やる、悔いのない人生を全うしようと思う。


守る人生はあの時選ばなかった、選べなかったんだから、守るという選択は今の僕には相応しくないし、求めてもいない。
もし、結婚や子供を持つ事が人生のトッププライオリティになったら躊躇なくするだろう。
だが、今の自分には到底考え及ばない。ある意味悲しいことだが…苦笑



だからなのか、守りに入っている人や企業、団体を見るとすぐわかるし、それはそれでそこには平和があり、調和があるわけだから、尊重はできるが、同調は一切できない。
逆に攻めている人に会うと、とてもワクワクするし、一つでも多く盗みたいし、一緒に何かやりたい!って思う…さらには、家族にもちゃんと向き合いつつ攻めている人を見ると尊敬中の尊敬で神々しささえ感じてしまう。『万能の神か!』と。


いずれ自分もそんな器の大きい人間に、オトコになりたいと思う…が、その気配は一向に訪れてこないみたいだ。




とはいいながらも、自分にも守るべき存在はいる。
マネージャー、所属タレント、スタジオ生たちだ。

特にウチのチーフマネージャーは母子家庭の二児の母だ。
本人の子供たちに加え、駄々をこねる40人近くの子供たちの面倒を一身に背負い、見ている。
計り知れない胆力と体力を要する。
そして子供の分も含めて生活費も稼がなきゃいけない。毎日悪戦苦闘している。
ほんと自己犠牲の塊のような女性だ。
尊敬する。といいながらも普段は僕の身勝手に振り回してまくっているわけだが。

次に所属タレントたちやスタジオ生たち。
こんな実績ゼロの事務所を選び飛び込んできた無謀な可愛いヤツらだ。
自分のビジョンや想いに賛同しついてきてくれているんだから、なんとかしたいに決まっている。
ただ彼らには、「オレは無責任だ。だから無責任にオレの思ったことを全てお前たちに伝える。だからそんなオレの言うことに準ずるも、反するも、自分で決めろ。お前たちの人生の尻拭いをするのは自分しかいないと思え。」と伝えている。
向き合ってくれている間は自分のことをそっちのけで彼らの事ばかりを全力で案じている。



となると「無責任を自負する自分」にも責任が自ずとのしかかっているんだと気づく。


だからなのかふとした時…
「あ、今の考え守り入ってた。」
と思ったり…

「あ、この人の話ここで聞いてなかったら、守りに傾いている自分に気づけなかったわ」
…なんて事が多々ある。



その度に自分を諫め、我に戻るわけだが、
それくらい「守り」って入りやすいんだなと痛感する。



今の名古屋のエンタメは大先輩たちが作り上げてくれた市場であり、我々はそこに息づいているわけだが、歴史はあくまで先人が作ったものだし、先人が作ったフレームワークが全てでもない。

今は今のフレームワークがあるはずだ。


『これから』を生きる我々にとっては、そんな新たなフレームワークであり、バトルフィールドを『探し、作ること』は必須なのだ。



時代も流れ、すべてのあり方が激動する昨今。
作ることをせず生きていけるはずもない。



ある一部の本では現代を第三次産業革命と銘打つほど、ITがスタンダードのなってきているこの時代は、10〜15年前までとは違うのだ。




…だか守っててはダメなのだ。攻めなければいけないのだ。




…と、自分に仲間に僕は伝え続けようと思う。

今日久々税理士と打ち合わせで5月、6月の収支報告を受けた。

正直収支は若干の赤字。
その中でも特に問題なのは売り上げだ。

そもそもタレントは原価がかからない。
だから稼働ごとにマージンとタレントへの支払いが主収入なので、タレントの稼働自体がなければ、原価もかからないわけだ。

ただ稼働がなければ売り上げは少ない。

もろコロナの影響を受けたってことだ。

それに加えて事務所としての固定費、変動費がかかるため、ちょい赤字という2ヶ月間になってしまったわけだが…

ただ、7月になり、動き出したもの、戻り出したものも増え、おそらくそれなりに回復すると思う。

…が、それだけでいいのか?


今の様子だと当面コロナは収まらないだろう。
収まってきても、目に見えない恐怖にさらされた民心が『いままで通りのリアルなエンタメを楽しんでくれる事』は2度とないだろう。

コロナが収束したとしても、第二、第三の新型ウィルスが蔓延する可能性だってこれから大いにあり得る。


そんな時だからこそ挑戦することを恐れていてはダメなのだ。

止まる…これは下降すると同意。
いままで通り…それはよくて水平。

今こそリスクを抱えながら『いままで以上』の何かを求めて、新たな事に挑むことが肝要。


その中の焦点となる一つが、タレントのマネージメントと育成だ。

これはコロナに関係なく、自分の未来を見据えた結果2年前に動いた事業だ。

まだまだこのご時世に合わせて変化し、進化し、拡大できる要素を持っている。

なぜならビフォアコロナに立ち返るほどの過去がないからだ。



ただ、本事業をやり始めて2年が過ぎ…



…感想は…正直辛い。



なにが辛いって、思い通りにいかないことばかりだから。



それもそうだ。

人の人生は自分の人生ではないのだから。

価値観も判断基準も、優先順位も全てが千差万別。さらにいうとウチとの相性もだ。

もう頭が痛くてたまらない。

ここ2年間、自分の人生を考えるよりも、他人の事ばかりを考えて過ごしてきた。



たった2年前まで自分の事だけに集中していればよかった人生から、他人の人生を背負い、介入し、さらには芸能界という不確定要素しかない世界で活躍できるよう育てようとしているのだ。


それにいくらネット社会になったとはいえ、東京の最先端の情報とサイクルには、到底追いつけない場所である名古屋にいながらなわけだ。

それでもそんな境遇に抗い「名古屋でやれること、名古屋でしか出来ないことは何か?」を模索するしながら戦う事は変わらない。



…辛いんだ…とても…だけど……それが今までの人生で一番楽しくて堪らないんだ。

生きている!って実感があるんだよね。



さらに言うと、そんな苦悩ばかりで成功もしていない自分の周りにこの2年間だけでも本当に多くの味方が増えた。…が、敵も増えた。


どうやら事務所の悪評が立っているらしい。



…ふふふ。でも、それっていいことじゃん?



良くも悪くもその人たちの中に存在しているって事でしょ?新しい事やってるから、目につくんでしょ?ダサい?田舎臭い?


うんうん。そうでしょう。そうでしょう。


だって、まだ俺たちは何も成し遂げていないんだから。そりゃ、そう言われるわな。




でも、悪評がたつって、すげーことだ。


YO!YO!YOSUKE単体でやってた時なんて、そんな「噂」さえ立たなかった。

…でも今は立ってる。


めちゃくちゃヤル気が出てくる!感謝だ。




人は何かを強く決めるという時は反発する分子も出てきてしまうのが必然。



今まで、全員が平和で仲良くて、手を繋いでずっと仲間でいられたらサイコー!…と思ってたわけだが、そんな事にはならなかった。

もしかすると出来る人もいるのかもしれない…でも自分はそんなデカい器じゃなかったらしい。



だから、自分を偽らず、何がやりたいか?それだけを追求していくことにした。


そして、自分が犯した言動、挙動で起こった出来事は、全て受け入れる事にした。

トライアンドエラーをどんどんしていく事にした。



失敗し、人を傷つけたり、自分が傷ついたり、いろんな軋轢を生んだり、叱られたり…それらに耐えながら、まだ見た事のない景色に出会うために。




人を育てる苦労って、人を使うだけの人にはわからんのよ、絶対。

成功してからしか興味がないわけだから。

でも、その中でも何か光るものを見出してくれる人たちもいる。本当に感謝だし、恩を感じるし、それに応え、恩に報いたいと心底思う。



だから、必ず起こすんだ、革命を。



こんな弱小な事務所、そして自分についてきてくれる仲間、後輩、先輩がいる。

それだけで勇気になる。

敵も出来てるけど、味方も出来てきている。

人と深く介入するようになって2年。

毎日悩んでばかり。


タレントだけやってた時の方が楽しいことばっかりだった。

ただ、その楽しいって消費するだけの楽しさだったなと今は思う。


今は、産みの苦しみの先のなんとも言えない最高の充実感こそが目標だ。



人間関係、人間育成…

人生40年生きてきたのに、まだそんな事もできない自分…。

ふとした時に情けなくなる。


周りは20代から企業し、成功し、事業規模をとても大きく展開してる友人が沢山いる。

そんな彼らは若い時、想像を絶する苦労をしているメンバーが多い。

だから今があるんだ。



自分はどうだ?



意外にたいした苦労…いわゆる挫折や泥すすってまでの苦労を人生でしただろうか?

今もしてるか?


いや、したことがない。していない。



…だから弱いのか?




違う。


『覚悟』と『行動』が足りないだけだ。


失敗を恐れ、橋を渡らなかっただけだ。





もう40歳。

お袋は享年45歳。

親父は享年55歳。


さぁ、おれはこの世に何が残せる?


先日7月22日で40歳という人生の節目を迎えた。

 

タレント人生20年目の節目でもある。

 

が、経営者としては3年目という…青二才ぶり。

 

ビジネスを学び始めて3年目…ほとほと自分が情けなくなる。

 

最近やっと覚え始めたのが…ミッション、ビジョン、バリュー、クレド、etc...

経営をする上で初歩中の初歩の言葉であり、大切な知識たち。

 

ここにきて焦りを感じ、会社経営やビジネスの本を読み漁っているわけだ。

 

「会社を経営すること」

 

なんとなく名古屋でタレント業一本でここまで「社会」と関わりながらやってきたから、なんとなく会社経営もすんなりできるのでは・・・と、思っていたが大間違いだった。

 

 

「0」からとは言わない。そしてまだ「失敗」もしていない。

しかし、「経営」という世界に足を踏み入れ味わっているのが、「僕はなんて浅瀬で幸せに泳いで生きていたんだろう」ということ。

 

もちろんタレント業をここまでやってきたからこそのアドバンテージや、経営ド新人でも一流企業の経営者とも接点を多く持つことができ、チャレンジしやすい環境にはあると思う。

 

・・・がしかし、そんな先輩経営者や、年齢は10ケ以上離れているけど、ガンガン僕より収益をあげている経営者などが近づけば近づくほど、凹む毎日なのだ。

ほとほと自分の成功体験レベルの低さに苛まれている。

 

あとは、「視野」と「ビジネスマインド」。

 

これが圧倒的に自分には見えていなかった世界だ。

 

 

だからこそ遅いとは思いつつも必死に苦手な読書をしているわけだが、

そんな中、今読んでいるのは、東京のアニメ・声優関連の放送作家をされている先輩推薦の本「シン・ニホン」

 

 

読んでいる最中だが、自分のビジネスやテクノロジー、一般教養のリテラシーの低さが露呈し、理解しきることが不可能な箇所も多々出てくる為、悪戦苦闘しながら読んでいる。

 

ただ、自分の知識でも通用する部分も多く、「これからを先読み、生きていく」には必要な情報がひしめき合っている。

とても学びになるし、知らなかったことを教えてくれるいい本を紹介してくれた。

 

そこでとてもショッキングな内容が目に止まったのだ。

 

これは筆者が「世界に遅れをとっている今の日本が追いつく為には…」を主題に綴っている文中にあったのだが、そこに「日本も過去に若者に時代を預け、新しい日本を作った」という事例の中で、260年以上の歴史を持つ長期政権「江戸幕府」が終焉をむかえた出来事「無血開城」の話が出てきたのだ。

 

この時、幕府側の代表として立ち会ったのは「勝海舟」、倒幕派の代表は「西郷隆盛」だった。

当然歴史が好きなので、この出来事は知ってはいたのだが、そこに衝撃的事実が載っていた…。

 

この会談の時、勝海舟は45歳を迎えた翌日であり、西郷隆盛は40歳だったという。

 

そう、西郷隆盛は、僕と同い年の時、日本の歴史を変えたのだ。

 

さらに、その後海外に派遣された「岩倉使節団」のメンバー…岩倉具視46歳、大久保利通41歳、木戸孝允38歳、伊藤博文30歳と…驚異的に若い集団が日本の歴史を変え、新しい日本を作ったという事実を知り・・・

 

 

またまた「おれはなにをやっているんだ?」と思ってしまった。

 

 

さらに先日、東京のアニメ業界で、年齢は後輩だけどキャリアは大先輩の友人に今後の僕自身のビジネスの話を相談した。

 

するとまさに「目から鱗」なアドバイスが飛び出した。

が、彼にとっては至極当然のアドバイスだった。

そのアドバイスは僕の心に、頭にすんなりと飛び込んできて、ぐうの音も出ないほどごもっともの内容だった。

 

 

そのことに僕は戦慄を覚えた。

 

 

自分は一生懸命やっているつもりだった。

・・・が、いつの間にか自分の視野は狭くなり、ビジネス的な立ち振る舞いとしてはセンスがなさ過ぎる行動や思考をしてしまっていた。

 

彼に説かれたことで、改めて「視野の狭さ」と「ビジネスマインドの希薄さ」を痛感することとなった。

鋭い刃で心を切りつけられるほどのショックではあったが…嫌な気分は皆無だった。

 

なぜなら、その痛恨の一撃が今の僕にとって必要不可欠であり、欲しかった言葉だったから。

彼には心から感謝している。

ぶっちゃけこんな言葉をかけてくれる、かけられるだけの知識と経験を持つ仲間は、そうそういない。

これでまた前を向いていける。

 

そしてもう一つ、気づいたことがある。

今まで僕は「情熱」だけで仕事をしてきた。それは今も昔も変わらない。

 

・・・が、変えなきゃいけないものがある。

 

それは「情熱の在り方と燃やし方」だ。

 

今までのタレント業は「僕に触れたみんなに幸せになってもらう為に頑張るんだ!」という情熱という感情を原動力に戦ってきた。しかし、それじゃもうダメなのだ。

 

いつまでも戦禍の前線にいる一個師団の長ではダメなのだ。

 

大局を見られる広い視野を持ち、時には耐え忍ぶ胆力を養い、情ではなく冷静な判断力のもと戦略を立てる力、大きな力とも手を結ぶ外交力…その中心に灯すモノこそが「情熱の炎」であるべきなのだと。

 

 

「春秋戦国時代」が舞台の「キングダム」の世界でいえば「信」ではなく秦の王「政」であり・・・

 

 

「魏呉蜀」の「三国志」の世界でいえば、蜀の「関羽・張飛」ではなく、「劉備元徳」であり・・・

 

 

 

「戦国時代」の天下統一を目指した各国の城主たちこそが、僕の目指すべき立場であり、姿であるのだと。

 

 

頭ではわかっているが20年間タレント業のみで戦ってきて、「会社」に属してことがない僕は、気づくと「タレント脳」に戻ってしまいがちになる。なんならタレント業もまだまだ現役で続けているわけだし。

 

 

でも、ロンドンブーツの田村淳氏、キングコング西野亮廣氏、オリエンタルラジオ中田敦彦氏などは僕にとっての憧れ。

 

 

無い物ねだりこそ究極のナンセンス。だから、自分を否定することはしない。

 

今までやってきたことを武器に・・・

気づくのは遅かったかもしれない。でも、始めることに遅いということはない。

 

 

 

僕の人生はまだまだこれからだ。

この度、僕のブログがアメブロ公式となりました。

とても嬉しく思っています。これからも一生懸命、ナゴヤを盛り上げる為に生きていきたいと思っています。

 

 

さて・・・前回の続きを書こうと思う。

 

リスクを取ることと、僕なりに考えた「これからの活路となるカギ」…

 

一つは『地方であること』

 

それについて前回書いたわけだが…。

👇
前回のブログ

 

 

 

今回はもう一つのカギ…『過去に囚われない』について思うことを綴る。

 

 

これが本当に盲点であり焦点だと思う。

 

 

まずは考えなきゃいけないのは…20年前までのエンタメと今のエンタメの違いだ。

 

新聞、雑誌、ラジオ、テレビといったメディアの事を、当時我々は「マスメディア」と呼んでいた。

なんなら今もそう呼んでいる。

20年前のマスメディアはその名の通り「マス=多くの人々」に届けるメディアだったが、今はどうだろうか?

と疑問を投げつつも、僕のいる名古屋ではいまだ絶大な影響力を持つメディア「マスメディア」のままだ。

 

ただ、近年のニュースで、『インターネットの広告収入がテレビの広告収入を抜いた』とあった。

そう…インターネットが台頭したことで、メディアの「当たり前」に革命が起こったというわけだ。

 

それまでのテレビは、疑いようのないほど「メディアのKING」だった。

その終焉がやってくるなんて誰も疑わないくらい莫大な潮流だったのに、今では若者たちの主流メディアは「Youtube」だ。

 

信じられない。

 

でも事実だ。

それもここ数年での出来事だ。

 

驚愕すぎる。

 

でも、事実だ。

 

 

そのことを受け入れているメディアマンと受け入れずにいるメディアマン…

 

たしかに受け入れなくても、いまだテレビの力は大いにある。

そうなるとテレビの恩寵をうけたまま走りきれる年代の人は、そのまま走りきることを選ぶだろう。

 

でも、これからのメディアマンにとっては盤石・安心な器なのだろうか?

 

僕らが気づかなければならないのは・・・

数十年前「マスメディア」といわれた強大なエンタメプラットフォームを先人たちが産み、

それ以前は、その「マスメディア」という存在はなかったわけだ。

 

ということは、我々が当たり前とおもっている「テレビやラジオ」は、偉大なる先人の作りし大いなる遺産であること。

この遺産が強大すぎて気づかなかったが、これも「0」から作られたものであることに気づくべきなのだ。

 

僕の世代は「全国ネットのテレビ」にでられるタレントが「=有名人」だった。

が、今はYoutubeにヒーローがいて、インスタにヒロインがいて、「SNS」のみで活躍する有名人が未曾有の如く存在する。

 

さらにいうと、こういったYoutube、インスタもいつまで続くプラットフォームなのかも、もうわからない。

なんなら数年でピークが終わるかもしれない。それほどサイクルは急加速をしている。

 

そんな時代に突入しているからこそ『過去に囚われず、リスクをとること』が必須なのだ。

 

ただ、今、耳にするSNSプラットフォームの影には、生まれては消えていった数知れぬ「失敗」が存在する。

中には、全てをかけて臨んだのに、跡形もないほどに打ち砕かれ散っていった失敗も多々あるはずだ。

 

そう考えると、自分は果たして成功できるのか?という不安に駆られてしまう。

 

しかし、そうやって「ない」ところに挑戦をしてきた先人たちが、今までの「当たり前」を産んできた。

だから僕もそれに付き従おう。ただ、それだけのことだ。

 

 

 

今は、「あるものへの興味」より「ないものへの挑戦」が僕の心を沸き立たせる。

 

 

それはテクノロジーの進化により、「地方であること」が「不利な時代」から「有利な時代」になってきていると僕は感じているからこそ。

近い未来実装される「5G」。

どんどんと加速しているアナログからデジタルへの進化。

 

こういった全てがこれからの「チャンスの足音」に聞こえる。

 

苦しい時代だからこそ、次代への光を、僕は愛する名古屋で掴み取りたいと思う。

 

 

見聞を広め、判断できるだけの知識を貪り、いざ動くときに必要な力「仲間や資金」、そして・・・リスクを背負う覚悟。

 

これを以て、先人たちの「成し遂げてきた事柄を」ではなく・・・

 

「過去に囚われない精神」=フロンティアスピリッツを模倣したいと思う。

 

 

ビジネスの先輩や仲間たちと話す度、自分の考えや想いがより明確に形作られていく。 

 

その中で、なかなか定まらず、最近僕の頭を悩ませるのが「リスクを取る」という言葉。

聴感上は、非常にネガティブな印象。

しかし、ビジネスも芸能も「リスク」をいかに取りながら、成功を得るかを誰もがトライしている。

 

いうなれば、もう一つ上のステージに行く為に必要な「トライ」…それこそが「リスクを取る」ということ。

 

でも、「リスクを取る=無謀」ではいけない。

ちゃんと情報を集め、仲間を集め、計算をして、やっとBETでき、やっと成功率が上がる。

それ以外は、ただの「無謀」というものだ。

ただ、どこまで備えたらそれは「無謀」ではなく「トライ」になるのだろうか・・・。

 

ありがたいことに、このコロナ禍で失ったものもあるが、新しく舞い込んでくるビジネスの話もある。

 

それは我々だけでなく、いろいろな業種が今回の事態に危機感を覚え、新たな施策に打って出ているという裏付けだ。

が、話を聞いているとコロナがきっかけではありつつも、いずれやってくる各業界の危機感に対し、策を講じている…そんな印象だ。

だからコロナが時代の流れを加速させたとも言える。

 

その中で、声優・芸能の世界にいる我々には何ができるのか?

 

・・・僕にとっての勝利の鍵は2つだ。

 

①地方である

 

②過去に囚われない

 

である。

 

まず・・・①「地方である」に関して。

 

やはり自分が「名古屋」という大きな田舎にいるという優位性をもっと考える…ということ。

 

地方が全てにおいて「首都:東京」に劣っているのか?いや、そうではない。

名古屋に関して言えば、トヨタや三菱など、世界的大企業が多数拠点としているおかげで「豊かな地方自治体」といえる。

だから、名古屋は住む場所であって、遊びに来る場所ではないということ。

それが結果的に「魅力がない街ナンバー1」の称号を得ることになる。

そもそも「観光」を一生懸命やらずとも、名古屋市や愛知県は豊かなんだから、そりゃ他の地方の如く血眼になってまで観光客を呼ぶ必要がない・・・これが魅力がない街ナンバー1の所以だと僕は思う。

 

それに「魅力」は感じていなくとも「大好き」な人は多いと思う。

とにかくココは、自分の生活に不自由がない街なのだ。

東京ほど人で溢れて息苦しくもないし、田舎ほど何もなくもない。

とってもちょうどいいのだ。

 

だからなのか、名古屋人は「欲が少ない」と思う。

芸能を目指す人間も、他の地方に比べれば「なりたい人が少ない」と思う。

もちろん人口は日本3位なので、いなくはない。でも、多くはない…と思う。

もしくは、なりたい!と本気の人は、近くて主戦場の「東京」に出て行ってしまう。

だから「名古屋・愛知出身の・・・」っていう著名人がとにかく多い。

 

あと、なれる土壌が少ないのもある。

名古屋は各ジャンル1コミュニテイしかないのでは?というくらい「界隈の人は、だいたいみんな友達」現象が起こる。

 

「あ〜、◯◯の△△△さん、知ってますよ!仲良くしてもらってます。」のオンパレード。

 

ところが、東京は各ジャンルごとのコミュニティが何個もある印象。また、それのどれもが規模がでかい。

ただ上の上はやはり「だいたい友達現象」は起こっている。

 

名古屋は本当に「パイ」がないのだ。この話は前回のブログで話したので割愛する。(イス取りゲームの回)

 

だからこそ、ここ名古屋にいて「リスクを取る」ことがとんでもなく恐ろしいのだ。

名古屋は「堅実・着実・誠実」にやっていけば、それなりに「芸能」を生業にはしていけるエリアと思っている。

もちろん「惜しみない努力」が大前提の話ではある。

 

ただ、それでは「バカ売れ」はしない。

「リスクを取る」という行為は、いい意味でも、悪い意味でも注目を集めてしまい、みんながその動向を静観している。

なぜなら業界が狭いため、だいたい情報は耳に入ってくるからだ。

 

だからなのか、「失敗」した時の「ほれみたことか感」は尋常じゃない。

もしかすると本人たちよりも「あそこはもう失敗した」と後ろ指が止まらないかもしれない。

 

一旦、この「烙印」を押されると、なかなか這い上がるのが難しい。

事実上「マイナスからのリスタート」になるからだ。これが、日本のビジネスの怖いところだ。

 

タレントなんて「イメージ」が99%。

僕も名古屋時代仲良くさせていただいていたW氏。

とても頭が切れて、当時から風格をもっていて、「やっぱり全国区で戦っている人だな〜」と大いに憧れた。

だが、そんな人も1つの大きなスキャンダルで地の底まで失墜してしまった。

あれだけ今まで称賛されていたのに、それがなかったかのように、全員が掌を返したように袋叩きだ。

 

もちろんいけないことはいけないことだ。その罪を償うべきだが・・・ここまでの罪人扱いは、過剰すぎる。

本質を知らない者の「野次馬感」がSNSの台頭により肥大化してしまっている。

 

そんな世の中で「失敗しないようリスクを取る」というのは、どれだけ難題であるか。

 

最近はYoutubeなどSNSからヒットした著名人が多くメディアに登場している。

これも上記の流れを汲んだ方程式な気がする。

 

SNSヒーロー、ヒロインは・・・「元々ただの素人」であるということ。

これが最強の武器だったりする。

正直、素人なら何やってもいい・・・という捻じ曲がった免罪符が存在しているからだ。

 

でもいつかこれも終焉を迎えるときが必ずくる。

著作権、肖像権、モラルなど、当然尊重されるべき正義が人が集まり、市民権を得ていけば執行されていくはず。

 

だから僕らのようなすでに業界入りしてしまっている人間は「ルールを守りながら、網目を探す、新しい芝生を探す」ことが至上命題となる。

 

その中での「トライ」が絶対的に必要だという話。

その時にこの「地方であること」の優位性をどれだけ探せるか・・・がカギなのだ。

 

僕の仲の良いベンチャー企業で名古屋にいながら全国、世界規模の事業を展開し成功しているメンバーがいる。

 

彼らに共通の質問をすると、同じ答えが返ってくる。

 

Q:なんで東京じゃなくて名古屋で起業したの?

A:生まれが名古屋だっただけ。

 

面白いほど、この答えが返ってくる。

最高じゃないか。

 

僕もそのスタンスでいようと思う。

名古屋がすきだから名古屋にいるのであって、

 

「名古屋に依存してはいけない。」

 

ということなのだ。

 

名古屋での活動は今まで通り・・・「堅実・着実・誠実」に重きを置き、活動する。

そこに加えて「地方の優位性」を活かすには、まずは我々が全国区、世界規模になることが絶対的最優先事項だ。

 

となると、おのずと視野は全国・世界となるし、手段としては、やはりSNS。

その上で「リスクを取る」ことを見定め、BETしていく。

 

これが①の答えとなる。

 

そう考えると、僕らが気にしなければならないのは、名古屋だけの世情ではなく、全国、世界規模の世情を意識しないといけないし、そこができていない「リスクをとったトライ」はいわゆる「無謀」に認定されるのかなと。

 

とにもかくにも、視野を広く、そして、常に新しいことを模索し、新たなワクワクを感じることをやめてはならない。

 

その考えを踏まえて・・・②「過去に囚われない」を次回話していきたいと思う。