にこやかな笑顔と明るい挨拶ほど、世の中を楽しくするものはない
「和顔愛語(わげんあいご)」について、 心に残る話を一つ紹介しましょう。 ------------------------------------------------------- ジョン・ワナメーカー氏は、デパート王といわれる。 店員募集の広告を見て、一人の青年がやってきた。 自ら面接したワナメーカーの質問に彼は、 「イエス・ノー」 と、適切に即答して少しの誤りもなかった。 体格も立派だし、学力も十分。 同席者は採用を確信して疑わなかった。 ところがどうしてか、不合格になったのだ。 「大層、良い青年のようでしたが、 どこかお気に召さないところがありましたか」 側近の不審にワナメーカーは、こう言っている。 「あの青年は私の質問に、『イエス・ノー』と、 ぶっきら棒に言うばかりで 『イエス・サー、ノー・サー』(敬称)と、 丁寧な物言いをしなかった。 あんな風ではきっと、お客に親切を欠くことがあるに 違いない。親切第一がモットーの私の店には、 雇うわけにはゆかないのだよ」 たったの一言が、如何に大切か。 「社長が愉快げに“お早う”と挨拶されると、 一週間は楽しく働ける」 こう言ってワナメーカー氏の店員達は、嬉々として働き、 店は栄えに栄えたという。 なにが社会奉仕といっても、 にこやかな笑顔と明るい挨拶ほど、 世の中を楽しくするものはない。 彼は街頭をゆく楽隊のように、四方に光明をバラ撒く。 笑顔と挨拶を出し惜しむ者ほどの、 ドケチはないといってよかろう。 ちょっと目元の筋肉を動かし、わずか一・二言を話すだけで、 人に幸福を与えることができるのに、 それすらもケチるからである。 シドニー・スミスは、面白いことを言っている。 「少なくとも一日に一人を喜ばせよ。 十年すれば三千六百五十人を喜ばせることになる。 一町村あげて喜ばせる、寄附金をだしたのと同様だ」 まさに釈尊の和顔愛語の布施行である。 ------------------------------------------------------- あらためて「笑顔」の素晴らしさを知らされます。 人を幸福にするのに、 一番簡単で、一番間違いないものかも知れません。 (*^-^)* 公共施設を使用して全国各地で仏教勉強会を開催しています。 仏教のこと、親鸞聖人のことがわかる勉強会です。http://www.shinrankai.or.jp/koza/bukkyo.html* mixi(森安のページです)http://mixi.jp/show_friend.pl?id=4172667 * facebook(森安のページです)http://www.facebook.com/h.moriyasu