音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~ -27ページ目

音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

山本貴志 ピアノリサイタル

 

【日時】

2023年6月8日(木) 開演 19:00

 

【会場】

兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール

 

【演奏】

ピアノ:山本貴志

 

【プログラム】

ショパン:ノクターン 第2番 変ホ長調 op.9-2

ショパン:バラード 第3番 変イ長調 op.47

ショパン:4つのマズルカ op.24

ショパン:舟歌 変ヘ長調 op.60

ショパン:序奏とロンド 変ホ長調 op.16

ラフマニノフ:前奏曲 嬰ハ短調 op.3-2 「鐘」

ラフマニノフ:前奏曲 ニ長調 op.23-4

ラフマニノフ:楽興の時 op.16

 

※アンコール

ショパン:ノクターン 第16番 変ホ長調 op.55-2

 

 

 

 

 

好きなピアニスト、山本貴志のコンサートを聴きに行った。

ショパンとラフマニノフから数曲ずつ選んだリサイタルである。

 

 

 

 

 

ショパンのノクターン第2番で私の好きな録音は

 

●コルトー(Pf) 1929年3月19日セッション盤(CD

●コルトー(Pf) 1949年11月4日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●フアンチ(Pf) 2016年セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●チョ・ソンジン(Pf) 2021年3月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

 

あたりである。

濃厚なロマンを持つコルトー、爽やかなロマンを持つクレア・フアンチとチョ・ソンジン、対照的だがいずれも素晴らしい。

 

 

そして山本貴志は、後者のタイプの演奏。

彼のCDの同曲演奏は音がやや地味なのだが、おそらく録音の音質のせいなのだろう。

生で聴くと大変美しくて、フアンチやチョ・ソンジンに全く劣らない。

山本貴志とクレア・フアンチとチョ・ソンジン、この3人こそ現代最高のショパン弾きだと、10年前は考えていた。

それから10年の間に、下記に例を示す通り、数々の若き名ピアニストたちのショパン名演奏が、百花繚乱のごとく登場した。

それでも、私にとってこの3人は、今でも特別な位置を占めている。

 

 

 

 

 

ショパンのバラード第3番は、数年前に聴いた山本貴志(その記事はこちら)と鯛中卓也(その記事はこちらこちら)が理想的な名演であった。

この名曲の光の部分を表現しつくしたのが山本貴志、影の部分を表現しつくしたのが鯛中卓也、と言ったらいいか。

古今の巨匠たちがこぞって録音しているけれど、山本貴志と鯛中卓也ほどこの曲からショパンの“心のひだ”を引き出した演奏には、私は出会っていない。

決して、日本人びいきしているわけではないのだが。

 

 

鯛中卓也のほうは、幸いにも

 

●鯛中卓也(Pf) 2018年10月28日神戸ライヴ(動画

 

がアップされているが、山本貴志のほうは録音がない。

記憶が美化されているのかとも思ったが、今回彼の演奏をまた聴いて、彼がこの曲の最高の解釈者であることを再確認できた。

一つ一つの音が光り輝いているのみならず、光の裏に潜むショパンの繊細な情感が、あらゆる音に込められている。

それがゆえに、最後の輝かしい再現部がよりいっそう感動的なものとなる。

申し分のない、決定的な演奏。

これが聴けただけでも、最高の演奏会だったと言っていい。

 

 

 

 

 

ショパンの「4つのマズルカ」op.24で私の好きな録音は

 

●フランソワ(Pf) 1956年2,3月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

●フアンチ(Pf) 2010年10月10日ショパンコンクールライヴ(動画1234

●キム・スヨン(Pf) 2015年10月14日ショパンコンクールライヴ(動画1234

●山本貴志(Pf) 2021年6月21日京都ライヴ(その記事はこちら

●ヴェルチンスキ(Pf) 2021年10月14日ショパンコンクールライヴ(動画) ※1:15-

●JJ ジュン・リ・ブイ(Pf) 2021年10月15日ショパンコンクールライヴ盤(Apple MusicCD動画) ※8:24-

 

あたりである。

この山本貴志の2年前の京都ライヴを実演で聴き、感銘を受けた。

 

 

今回も2年前とほぼ同じ解釈で、特に第4曲の激しい情念が印象的。

ただ、同じ解釈とはいえ、京都のカフェ・モンタージュの1905年製スタインウェイから聴かれた鄙びた音色と違って、今回は現代スタインウェイの燦然たる音色であり、味わいは異なる。

どちらも素晴らしく、甲乙つけがたい。

 

 

 

 

 

ショパンの舟歌で私の好きな録音は

 

●藤田真央(Pf) 2020年6月29日東京収録(動画) ※30:40-

●牛田智大(Pf) 2021年10月10日ショパンコンクールライヴ(動画) ※16:23-

 

あたりである。

しかし、これらを聴くまでは、私はずっと山本貴志の2005年ショパンコンクールライヴ盤を好んで聴いていたのだった。

ショパンの舟歌が名曲であることを私に初めて教えてくれたのは、その演奏である。

 

 

今となっては、(上記のバラード第3番での書き方に倣うと)この名曲の光の部分を表現しつくしたのが藤田真央、影の部分を表現しつくしたのが牛田智大、と考えている。

若い2人がいかにしてショパンの晩年の曲をここまで表現できたのかは分からないが、ともあれ今回の山本貴志の実演を聴いても、その考えが覆るまでには至らなかった。

それでも、この曲を長年弾いてきた彼ならではの円熟があったと思う。

 

 

 

 

 

ショパンの「序奏とロンド」op.16で私の好きな録音は

 

●ホロヴィッツ(Pf) 1971年4月14日セッション盤(Apple MusicCDYouTube

●中川真耶加(Pf) 2015年10月11日ショパンコンクールライヴ(動画

●小林愛実(Pf) 2015年10月14日ショパンコンクールライヴ(動画

●古海行子(Pf) 2021年10月15日ショパンコンクールライヴ(動画) ※0:40-

 

あたりである。

ショパンの作品中最も相性のいいこの曲を生き生きと華麗に弾くホロヴィッツと、そんなこの曲の巨匠風イメージを一新するように三者三様の個性をみせる日本人ピアニストたち。

 

 

今回の山本貴志は、指が転びがちな部分が少しあったけれど、それでも相当弾けているほう。

華やかさあり力強さあり、上記名盤たちに劣らない演奏と言っていいように思う。

 

 

 

 

 

ラフマニノフの前奏曲 嬰ハ短調 op.3-2 「鐘」で私の好きな録音は

 

●ラフマニノフ(Pf) 1928年4月4日セッション盤(YouTube

●ルガンスキー(Pf) 2000年9月18-22日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●マイボローダ(Pf) 2015年12月2日浜コンライヴ盤(CD)

●ルガンスキー(Pf) 2017年9月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

 

あたりである。

 

 

今回の山本貴志は、これらの名盤に聴かれる“ロシアの音”はなかったけれど、中間部の迫力などなかなかのものだった。

 

 

 

 

 

ラフマニノフの前奏曲 ニ長調 op.23-4で私の好きな録音は

 

●リヒテル(Pf) 1954年12月4日モスクワライヴ盤(NMLApple MusicCDYouTube

●リヒテル(Pf) 1959年4月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●リヒテル(Pf) 1971年9月セッション盤(NMLApple MusicCD

●ルガンスキー(Pf) 2000年9月18-22日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●マイボローダ(Pf) 2017年1月以前私家録音(動画

●ルガンスキー(Pf) 2017年9月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

 

あたりである。

 

 

今回の山本貴志の演奏も悪くないが、やはりロシアの音が欲しくなるのと、ラフマニノフにしてはフレージングの息の短いのが気になる。

彼の演奏の呼吸は、やはりショパンに合っているように思う。

 

 

 

 

 

ラフマニノフの「楽興の時」で私の好きな録音は

 

●ルガンスキー(Pf) 2000年9月18-22日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube123456

 

あたりである。

この数年前に録音された「音の絵」とともに、これらの曲集に必要な全てを表現し得たと言いたくなるような、完全無欠の名盤。

 

 

今回の山本貴志は、例によってロシアらしさはなかったけれど、それでも予想以上の名演となった。

特に凄かったのが、有名な第4曲。

彼はこの曲を、ショパンの「革命のエチュード」のように扱う。

これほどまでに激烈な表現は、ルガンスキーからさえ聴かれない(ルガンスキーの曇りなき強打は、依然としてこの曲の演奏のスタンダードだとは思うけれど)。

今回のハイライトともいうべき、圧巻の演奏だった。

終曲も、ショパンのエチュードop.25-12「大洋」のように情熱的。

この曲集をショパン的な視点で見つめ直した、個性的な解釈だったように思う。

 

 

 

 

 

そして、アンコールの、ノクターン第16番。

この曲も、上記のバラード第3番と同様、山本貴志か鯛中卓也でなければならない、といった曲である。

なんと今回、アンコールに限っては録画・アップロード自由とのこと。

山本貴志のノクターン第16番が録音できるなんて、なんということだろう!

彼の2005年ショパンコンクールライヴ盤の同曲演奏をこれまでずっと聴いてきたが、そのオンマイクのデッドな音質に対し(それはそれで良いのだが)、今回は豊かなホールトーンを捉えることができた。

夢見るような美しさ、この曲でこれ以上の演奏があり得るだろうか?

最高の宝物となった演奏動画を、ぜひ皆様にもおすそ分けしたい。

 

 

 

 

 

(画像はこちらのページよりお借りしました)

 

 


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ラーゲリより愛を込めて

 

【劇場公開日】

2022年12月9日

 

【解説】

二宮和也が主演を務め、シベリアの強制収容所(ラーゲリ)に抑留された実在の日本人捕虜・山本幡男を演じた伝記ドラマ。作家・辺見じゅんのノンフィクション小説「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」を基に、「護られなかった者たちへ」「糸」の瀬々敬久監督がメガホンをとった。

第2次世界大戦後の1945年。シベリアの強制収容所に抑留された日本人捕虜たちは、零下40度にもなる過酷な環境の中、わずかな食糧のみを与えられて重い労働を強いられ、命を落とす者が続出していた。そんな中、山本幡男は日本にいる妻や子どもたちのもとへ必ず帰れると信じ、周囲の人々を励まし続ける。山本の仲間思いの行動と力強い信念は、多くの捕虜たちの心に希望の火を灯していく。

山本の妻・モジミ役に北川景子、山本とともにラーゲリで捕虜として過ごす仲間たちに松坂桃李、中島健人、桐谷健太、安田顕と豪華キャストが集結。

 

【スタッフ】

監督:瀬々敬久

原作:辺見じゅん

脚本:林民夫

企画プロデュース:平野隆

プロデューサー:下田淳行、刀根鉄太、辻本珠子

共同プロデューサー:原公男、水木雄太

音楽プロデューサー:溝口大悟

ラインプロデューサー:及川義幸

撮影:鍋島淳裕

照明:かげつよし

録音:高田伸也

美術:磯見俊裕、露木恵美子

装飾:大庭信正

小道具:柳澤武

衣装:大塚満

ヘアメイク:那須野詞

VFXスーパーバイザー:道木伸隆

VFXプロデューサー:小坂一順

編集:早野亮

音楽:小瀬村晶

主題歌:Mrs. GREEN APPLE

助監督:海野敦

スクリプター:江口由紀子

制作担当:馬渕敦史

 

【キャスト】

山本幡男:二宮和也

山本モジミ:北川景子

松田研三:松坂桃李

新谷健雄:中島健人

山本顕一(壮年期):寺尾聰

相沢光男:桐谷健太

原幸彦:安田顕

奥野瑛太

金井勇太

中島歩

田辺桃子

佐久本宝

山時聡真

奥智哉

渡辺真起子

三浦誠己

山中崇

朝加真由美

酒向芳

市毛良枝

 

【作品データ】

製作年:2022年

製作国:日本

配給:東宝

上映時間:133分

受賞歴:第46回 日本アカデミー賞(2023年)

 ノミネート 最優秀主演男優賞 二宮和也

 ノミネート 最優秀美術賞 磯見俊裕、露木恵美子

 

 

 

 

 

以上、映画.comのサイトより引用した(引用元のページはこちら)。

 

 

少し前に観た映画だけれど、感想を書き忘れていたので、備忘録として書いておきたい。

これはもう、最初から最後まで泣きながら観るしかない映画である。

瀬々敬久監督ということで、納得。

以前に観た「明日の食卓」も、どっと泣かされる映画だった(その記事はこちら)。

 

 

山本幡男の業績面よりも、周りの人々とのふれあいを描写した映画で、情緒的な表現のウェイトが大きい。

最後の手紙のシーンなど、泣かせに来すぎているというか、さすがに少しあざといかな、と感じなくもなかった。

先日観た坂元裕二脚本の映画「怪物」(その記事はこちら)の構成面でのあざとさとはまた違った、情緒面でのあざとさである。

とはいえ、そのぶん俳優陣の演技力は際立ったし、それにこういったことは、たとえ欠点であるとしても些細なことである。

今こうして普通に生きているだけでどれだけ幸せか、それを知るために、こういった映画は必要不可欠だろう。

 

 

ところで、昨年(2022年)も映画をいくつか観たが(「トップガン マーヴェリック」「エルヴィス」「ジュラシック・ワールド 新たなる支配者」「ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー」「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」)、それらの感想についてはもう書かなくていいかな、と思う。

本年(2023年)観たこの「ラーゲリより愛を込めて」、それから「ばらの騎士」(その記事はこちら)、「怪物」(その記事はこちら)、これらほど感銘を受けたものは、昨年にはなかった(そもそも映画のジャンルが違いすぎるか)。

 

 

 

 

 

 


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怪物

 

【劇場公開日】

2023年6月2日

 

【解説】

「万引き家族」でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した是枝裕和監督が、映画「花束みたいな恋をした」やテレビドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」などで人気の脚本家・坂元裕二によるオリジナル脚本で描くヒューマンドラマ。音楽は、「ラストエンペラー」で日本人初のアカデミー作曲賞を受賞し、2023年3月に他界した作曲家・坂本龍一が手がけた。

大きな湖のある郊外の町。息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、そして無邪気な子どもたちが平穏な日常を送っている。そんなある日、学校でケンカが起きる。それはよくある子ども同士のケンカのように見えたが、当人たちの主張は食い違い、それが次第に社会やメディアをも巻き込んだ大事へと発展していく。そしてある嵐の朝、子どもたちがこつ然と姿を消してしまう。

「怪物」とは何か、登場人物それぞれの視線を通した「怪物」探しの果てに訪れる結末を、是枝裕和×坂元裕二×坂本龍一という日本を代表するクリエイターのコラボレーションで描く。中心となる2人の少年を演じる黒川想矢と柊木陽太のほか、安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、角田晃広、中村獅童、田中裕子ら豪華実力派キャストがそろった。2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され脚本賞を受賞。また、LGBTやクィアを扱った映画を対象に贈られるクィア・パルム賞も受賞している。

 

【スタッフ】

監督:是枝裕和

脚本:坂元裕二

製作:市川南、依田巽、大多亮、潮田一、是枝裕和

エグゼクティブプロデューサー:臼井央

企画:川村元気、山田兼司

プロデュース:川村元気、山田兼司

プロデューサー:伴瀬萌、伊藤太一、田口聖

ラインプロデューサー:渡辺栄二

撮影:近藤龍人

照明:尾下栄治

録音:冨田和彦

音響効果:岡瀬晶彦

美術:三ツ松けいこ

セットデザイン:徐賢先

装飾:佐原敦史、山本信毅

衣装デザイン:黒澤和子

衣装:伊藤美恵子

ヘアメイク:酒井夢月

音楽:坂本龍一

キャスティング:田端利江

スクリプタ−:押田智子

助監督:森本晶一

制作担当:後藤一郎

 

【キャスト】

麦野早織:安藤サクラ

保利道敏:永山瑛太

麦野湊:黒川想矢

星川依里:柊木陽太

鈴村広奈:高畑充希

正田文昭:角田晃広

星川清高:中村獅童

伏見真木子:田中裕子

 

【作品データ】

製作年:2023年

製作国:日本

配給:東宝、ギャガ

上映時間:125分

受賞歴:第76回 カンヌ国際映画祭(2023年)

 受賞 コンペティション部門 脚本賞 坂元裕二

 出品 コンペティション部門 出品作品 是枝裕和

 

 

 

 

 

以上、映画.comのサイトより引用した(引用元のページはこちら)。

 

 

好きな俳優、高畑充希が出演する映画「怪物」が公開されたため、観にいった。

映画に疎い私が言うのもナンだけれど、良い映画だったと思う。

以下、ほとんど何もネタバレしないけれど、この映画を観る予定の方は、これ以降読まないことをお勧めしたい(既に観た方や、観る予定のない方、観ようかどうか迷っている方は、よろしければお読みください)。

 

 

この映画は、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したのだという。

むべなるかな、と感じた。

芸術系というか、非エンタメ系というか、こういう映画の場合、ストーリーの流れが冗長で眠くなることも多いけれど、本作は話の組み立てが巧く、無駄なシーンがない。

時系列が前後する展開もあるのだが、例えば先日観た演劇「宝飾時計」(その記事はこちら)などは、時間軸が戻った際のシーンの繰り返しがややくどかった(そのぶん分かりやすくはあったが)のに対し、今回の「怪物」は、シーンの繰り返しもそれぞれ全く違う見せ方をしており、かつ必要十分なだけおこなっていて、スマートだった。

 

 

脚本家の坂元裕二は、先日観たドラマ「問題のあるレストラン」(その記事はこちら)の脚本を手掛けた人でもあるらしい。

そのドラマはポップでえげつない話、今回の映画は芸術系の雰囲気、とテイストは全く異なるが、そういえば確かに共通点がある。

それは、あらゆる人の“生きにくさ”に焦点を当てていること。

どんな人でも、周りからどう見えていようとも、誰もが皆それぞれ生きにくくて、必死にもがいて生きている―それを多角的に浮き彫りにするのが、坂元裕二の持ち味といえるかもしれない。

彼が才能ある脚本家であることは、私のような素人にもよく分かった。

 

 

そうした脚本の巧緻さが、「お気に入りの作品」というところに必ずしもそっくりそのまま直結するとは限らないのが、映画や舞台の奥深いところではあるのだけれど、ともあれ見ごたえのある映画であったことは間違いない。

俳優陣の演技力も、言うことなし。

高畑充希は、友情出演といった程度の出番の少なさだったが、それでも味のある演技でこの作品に華を添えていた。

今後も、こういう系統の映画にぜひどんどん出演してくれたらと思う。

 

 

 

 

 

 


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METライブビューイング2022-23

R.シュトラウス「ばらの騎士」

 

【劇場公開日】

2023年5月26日

 

【解説】

ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)で上演される最新オペラ公演を映画館で上映する「METライブビューイング」2022~23シーズンの第7作。青年伯爵と恋に落ち自身の老いにおびえる元帥夫人の揺れ動く思いを描いたシュトラウスの人気オペラ「ばらの騎士」(2023年4月15日上演)を収録。

20世紀初頭のウィーン。元帥夫人マリー・テレーズは年下の青年伯爵オクタビアンと熱愛中だが、彼が若い恋人を作って離れていくのではないかとおびえていた。そんな中、元帥夫人は従兄弟のオックス男爵が婚約者ゾフィーに届ける「銀のばら」の使者を探していると知り、悪戯心からオクタビアンを推薦する。しかし、ゾフィーのもとを訪れたオクタビアンはひと目で彼女と恋に落ちてしまう。

 

【スタッフ・キャスト】

指揮:シモーネ・ヤング

管弦楽:メトロポリタン歌劇場管弦楽団

演出:ロバート・カーセン

作曲:リヒャルト・シュトラウス

出演

元帥夫人:リーゼ・ダーヴィドセン(ソプラノ)

オクタヴィアン:サマンサ・ハンキー(メゾソプラノ)

ゾフィー:エリン・モーリー(ソプラノ)

オックス男爵:ギュンター・グロイスベック(バス)

ファーニナル:ブライアン・マリガン(バリトン)

アンニーナ:キャサリン・ゴルドナー(メゾソプラノ)

ヴァルツァッキ:トーマス・エベンシュタイン(テノール)

 

【作品データ】

製作年:2023年

製作国:アメリカ

配給:松竹

上映時間:280分

MET上演日:2023年4月15日

言語:ドイツ語(日本語字幕付き)

 

 

 

 

 

以上、映画.comのサイトより引用した(引用元のページはこちら)。

 

 

ニューヨークのメトロポリタン歌劇場のオペラ公演を録画し、映画として全世界で公開するシリーズ、METライブビューイング。

今回は好きな指揮者、シモーネ・ヤングの振るR.シュトラウスの「ばらの騎士」とのことで、楽しみに観に行った。

彼女がメトに出演するのはなんと20年ぶりとのこと、貴重な機会である。

 

 

 

 

 

R.シュトラウスの「ばらの騎士」で私の好きな録音は

 

●E.クライバー指揮 ウィーン・フィル 1954年5月29日-6月28日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●カラヤン指揮 フィルハーモニア管 1956年12月10-15、17-22日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●C.クライバー指揮 バイエルン国立歌劇場管 1979年5,6月ミュンヘンライヴ盤(DVD

●ショルティ指揮 コヴェントガーデン王立歌劇場管 1985年2月14日ロンドンライヴ盤(DVD

 

あたりである。

名曲中の名曲だけあって名盤が山ほどあるが、絞りに絞るならば、私はこの4つを残したい。

 

 

この曲の渦巻く情熱や沸き立つ躍動感を、モダンな明晰性や推進力をもってすっきり辛口に表現した、巨匠の風格漂うエーリヒ・クライバー盤(重厚かつメリハリの利いた前奏曲や、第2幕フィナーレのむせ返るようなウィーンの薫り!)。

この曲のシンフォニックな構築性や室内楽的な精緻さを追求した、最高の音楽的完成度を誇るカラヤン盤(交響曲のように充実した前奏曲や、重唱・モノローグのこの上なく繊細な美しさ!)。

父クライバーの躍動感をさらに推し進め、センスあふれるリズム感や切れ味鋭いオーケストラ・ドライヴで魅せるカルロス・クライバー盤。

最高の歌手陣のアンサンブルを安定した職人芸で支えるショルティ盤。

 

 

今回のヤング&メトロポリタン歌劇場管は、これらに迫らんばかりの名演だった。

オーストラリア出身の彼女は、なぜかオーケストラからドイツ・オーストリアの音を引き出すことができる現代の数少ない指揮者の一人である。

母方の家系がクロアチアの出身だからか、あるいは25歳でドイツに留学して以来同地を中心に活動しているからか。

ともあれ、彼女の振るヴァーグナー、ブルックナー、ブラームス、R.シュトラウスは、現代最高のものである。

 

 

ドイツ・オーストリアの音が出せる現代の指揮者としては、他にクリスティアン・ティーレマンやパーヴォ・ヤルヴィもいる。

しかし、ヤングの振る「ばらの騎士」は彼ら以上に、上記名盤たちの美徳、すなわちE.クライバーの重厚感や推進力、カラヤンの構築性や繊細さ、C.クライバーの躍動感を、色濃く受け継いでいる。

現代ニューヨークの楽団から往年のドイツ・オーストリアの味わいを、高い音楽性をもって引き出している。

もしウィーン・フィルだったら、という贅沢は言うまい。

この曲の21世紀の演奏としては最高のものだろう(映画館で聴く音質には限界があり、できれば生で聴いてみたかった)。

 

 

 

 

 

歌手については、カラヤン盤のエリーザベト・シュヴァルツコップの元帥夫人、E.クライバー盤のセーナ・ユリナッチのオクタヴィアン、そしてショルティ盤のバーバラ・ボニーのゾフィーが私には理想的な配役。

今回の歌手陣は、この3人の格別な歌唱とは比べられないが、みな一定の水準ではあった。

オックス役のギュンター・グロイスベックは、2014年のザルツブルク音楽祭のDVDでも同役を歌っており、それから10年近く経って、歌も演技もよりいっそう板についている印象。

他の歌手たちも、みな演技達者である。

 

 

演出については、ロバート・カーセンということで、おそらく2004年ザルツブルク音楽祭と同じものだろう(奇抜を嫌うメトだからか、全裸のおじさんは半裸くらいにとどめられていたが)。

多少猥雑ではあるが、概ね一般的な舞台である。

18世紀の設定を20世紀初頭に読み替えており、同じ20世紀初頭読み替えならハリー・クプファーのもののほうが見栄えがよいが、まぁ気になるほどの差異ではない。

何よりR.シュトラウスの音楽が、そしてホーフマンスタールの台本が良い。

“若さ”とは、それゆえの失敗さえ眩しいような、本当に他に代えがたい、輝かしい、かけがえのないものである。

それを失った元帥夫人の、若いオクタヴィアンへのまなざし。

第1幕終盤や第3幕終盤の元帥夫人の歌を聴いていると、涙を禁じえない。

 

 


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クロックタワーコンサート

~京都大学と京都市立芸術大学による交流の午後~

モーツァルトと一緒に楽しむ交響曲の歴史の旅

 

【日時】

2023年5月21日(日) 開演 15:00

 

【会場】

京都大学百周年時計台記念館 百周年記念ホール

 

【演奏】

指揮:東尾多聞 *、福澤佑樹 #、森脇涼 +、中田延亮 ‡

管弦楽:京都市立芸術大学アカデミーオーケストラ

 

【プログラム】

モーツァルト:交響曲 第1番 変ホ長調 KV16 *

C.P.E.バッハ:弦楽のための6つのシンフォニア より 第1番 ト長調 wq182/1, H657 #

ハイドン:交響曲 第88番 ト長調 Hob.I;88 「V字」 +

モーツァルト:交響曲 第39番 変ホ長調 KV543 ‡

 

 

 

 

 

京都市立芸術大学アカデミーオーケストラの演奏会を聴きに行った。

指揮は、京都市立芸術大学音楽学部非常勤講師を務める中田延亮と、音楽学部指揮専攻在学中の3人。

交響曲というジャンルが始まって間もない草分け時代の交響曲4曲を、作曲年代順にたどるというプログラム構成になっている。

優秀な若き音楽家たちの演奏が無料で聴け、分かりやすい楽曲解説もあって楽しい。

2005年から毎年やっている(コロナ禍を除いて)とのことであり、これまでも聴きにきておけばよかった。

 

 

 

 

 

最初のプログラムは、モーツァルトの交響曲第1番、続いてC.P.E.バッハの「弦楽のための6つのシンフォニア」第1番。

普段録音ではあまり聴かないこれらの曲も、生演奏だとスルスル耳に入って楽しく聴けてしまう。

作曲年代は十年も違わない、でもモーツァルトは8歳、C.P.E.バッハは59歳時に書いた作品。

新旧の巨匠の競演を聴くようで面白かった。

モーツァルトは子どもの頃から“バランス感覚おばけ”だったのだと改めて気づかされる(逆にC.P.E.バッハは歳取ってもとんがっている)。

 

 

 

 

 

次のプログラムは、ハイドンの交響曲第88番「V字」。

この曲で私の好きな録音は

 

●C.クラウス指揮 ウィーン・フィル 1929年セッション盤(YouTube

●フルトヴェングラー指揮 ベルリン・フィル 1951年12月4,5日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

●ライナー指揮 シカゴ響 1960年2月6日セッション盤(Apple MusicCD

●ベーム指揮 ウィーン・フィル 1972年9月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

●飯森範親指揮 日本センチュリー響 2016年12月9日大阪ライヴ盤(NMLApple MusicCD

 

あたりである。

ウィーン・フィルの美音をとことん引き出したクラウスとベーム。

この曲を“ハイドンのエロイカ交響曲”としてベートーヴェン風に力強く扱ったフルトヴェングラーとライナー(前者は重量級、後者は豪速球)。

古楽器風の軽快さを取り入れつつも壮麗さを失わない飯森範親。

 

 

今回の京芸オケも、これらの名盤に並ぶとは言わないが、なかなかの演奏。

心なしか、先の2曲よりも少し充実度の高い演奏に聴こえた。

音の強さの変化などの工夫は先の2曲でも聴かれたのだが、それがより堂に入っているというか。

音の質もパキッとして鳴りが良い。

良い指揮者、ということかもしれない。

あるいは、編成が少し大きめの曲だからそう聴こえたのか。

ともあれ、今回の演奏会では最も印象に残った。

 

 

 

 

 

最後のプログラムは、モーツァルトの交響曲第39番。

この曲で私の好きな録音は

 

●ワルター指揮 BBC響 1934年5月22日セッション盤(CD

●カラヤン指揮 ウィーン・フィル 1949年10月20,26日、11月10日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

●ワルター指揮 ニューヨーク・フィル 1953年12月21日、1956年3月5日セッション盤(Apple MusicCDYouTube1234

●ベーム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管 1955年9月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

●ワルター指揮 コロンビア響 1960年2月20,23日セッション盤(Apple Music

●ベーム指揮 ベルリン・フィル 1966年2月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

●クリップス指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管 1972年6月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

●ベーム指揮 ウィーン・フィル 1979年3月セッション盤(CD

●ワーズワース指揮 カペラ・イストロポリターナ 1988年9月セッション盤(NMLApple MusicCD

●アバド指揮 モーツァルト管 2008年6月9-11日ボローニャライヴ盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

 

あたりである。

たくさん挙げすぎてしまったが、これでも絞ったつもり。

モーツァルトのスペシャリストであるワルターとベームのそれぞれ3種のセッション盤は外せない。

世界三大オケを振って最高の名盤を残したベームと、時代に翻弄されてそれは叶わなかったけれど別の三つのオケを振って全く遜色ない名盤を残したワルター。

そんな彼らのノーブルな歌を受け継いだクリップスとワーズワース。

また、推進力と流麗さで勝負するカラヤンとアバド。

 

 

今回の中田延亮&京芸オケの演奏は、いかんせん名曲だけあって耳のほうも贅沢で、もっと美しくあってほしい箇所もあったけれど、最善は尽くされていたように思う。

序奏があっさりと速めで主部とのテンポ差があまりない今風の様式であり、その点では上記名盤のうちアバド盤に近い。

ただ、その主部の主要主題には甘美なポルタメントが付されており、その点では昔風である(実はアバドもわずかにポルタメントをかけているが、今回の演奏ではよりはっきりと聴こえた)。

つまり折衷的ということになるが、今風の様式でも歌は大事にしたいという指揮者のこだわりが感じられた。

 

 

 

 

 

このホールはステージがガラス張りになっていて、外の光が入って明るく、ステージの後ろの樹木も見ながら心地よく聴ける。

音響はデッドなので奏者は大変だと思うが、また聴きに行きたい。

 

 

 

(画像はこちらのページよりお借りしました)

 

 


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