山本貴志 ショパン全曲チクルス
~ショパンと巡るポーランド~
第4回「静かな小川のせせらぎと鳥の声」
【日時】
2017年 9月23日(土) 開演 14:30 (開場 14:00)
【会場】
青山音楽記念館 バロックザール (京都)
【演奏】
ピアノ:山本貴志
【プログラム】
ショパン:
パガニーニの想い出(変奏曲) イ長調(遺作)
即興曲 第1番 変イ長調 Op.29
ワルツ 変イ長調(遺作)
3つのワルツ Op.64 (第6番 変ニ長調、第7番 嬰ハ短調、第8番 変イ長調)
ノクターン ホ短調 Op.72-1(遺作)
3つのマズルカ Op.56 (第33番 ロ長調、第34番 ハ長調、第35番 ハ短調)
バラード 第3番 変イ長調 Op.47
ポロネーズ ト短調(遺作)
ポロネーズ 変ロ長調(遺作)
2つのノクターン Op.37 (第11番 ト短調、第12番 ト長調)
舟歌 嬰へ長調 Op.60
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op.22
※アンコール
ショパン:ワルツ 第7番 嬰ハ短調 Op.64-2
山本貴志のリサイタルを聴きに行った。
ショパン全曲チクルスの第4回である。
私は今のところ、このチクルスの全ての演奏会を聴いてきた。
そのときの記事は、下記である。
いずれも大変素晴らしい演奏会だったが、今回もやっぱり相変わらず素晴らしかった。
プログラム冒頭の「パガニーニの想い出」、この曲は今まで知ってはいたものの、それほど気に留めていなかったのだが、こんなに美しい曲だったとは。
山本貴志の手になると、今回の演奏会のサブタイトルではないが、本当に小川のせせらぎのような美しさである。
なお、終演後の彼のスピーチによると、彼はショパンの生家のあるジェラゾヴァ・ ヴォラという村にある小川をイメージして、今回の曲を選んだとのこと。
そして、4曲のワルツ、これらももちろん素晴らしいのだが、どこか少し「違う」ような気もする。
何となく生真面目というか。
とてもうまいということは百も承知の上での、贅沢な意見なのだが。
ワルツという舞曲には、パリやウィーン特有の「粋」のようなものが必要ということだろうか。
私は何も、「ショパンのワルツはリパッティに限る」などと考えているわけではないのだが。
そんな中でも、嬰ハ短調のワルツ、これは美しかった。
中間部で長調へと転調するのだが、その部分の最初のアウフタクトの一音を、親指で弾くのではなく、あえて小指で弾いてから親指へと変えていたのが、印象的だった。
アウフタクトなので、できるだけ弱い音にしたかったのだろう、意図通りのふわっと浮遊するような最弱音が聴かれた。
ワルツに比べ、それぞれ3曲ずつのマズルカとノクターンでは、まさに本領発揮といったところだった。
ポーランドで長く研鑽を積んできた彼には、こういった音楽はもう身に沁みついているのかもしれない。
マズルカ Op.56は、昨年1月にケイト・リウの名演を聴いたが、今回の山本貴志もそれに劣らず素晴らしかった。
ケイト・リウからは内省的、山本貴志からは開放的な印象を受けたが、どちらも実に繊細で情感豊かな演奏だった。
ノクターンのほうも、特にOp.37-1の、主部における重い足取りと、中間部における静かなコラールとの対比が印象的だった。
そして、大曲である、バラード第3番、舟歌、「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」。
この3曲は、とりわけ素晴らしかった。
バラード第3番は、名曲ながらこれまで決定的な演奏に出会ってこなかった。
今回の山本貴志の演奏は、まさに決定的な、最高の名演だった。
明るく穏やかな第1主題といい、たゆたうようなリズムに支えられた第2主題といい、実に美しく繊細で、さわやかでありながら独特の「色気」がある。
ショパンは、こうでなくては。
第2主題が展開される部分での激しい情感も、彼ならでは。
この曲のポイントをことごとく押さえた、理想的な名演だった。
舟歌は、彼の2005年ショパンコンクールでのライヴ録音盤が大好きなのだが(CD)、今回の実演でも同様の名演を聴かせてくれた。
彼のタッチはきわめて柔らかで、音色は彩り鮮やか。
水面に陽光がきらめくような、大変美しく雄弁な舟歌である。
彼の演奏を超える舟歌を、私は知らない。
ゆらゆらとした舟の動きのような伴奏音型、これにはドミソだけでなく、レという非和声音が含まれており(階名表記)、そのためペダルの踏みかえが難しい。
ずっと踏んでいたら響きが濁ってしまうし、かといって頻繁に踏みかえると響きは濁らないけれどもとぎれとぎれになってしまう。
ここで山本貴志は、濁るか濁らないかというぎりぎりのところでペダルをコントロールし、美しいなだらかさを実現していた。
さすがというほかない。
そして、最後の「アンダンテ・スピアナート~」。
私は、この曲ではクレア・フアンチの演奏が大変好きなのだが(動画はこちら)、今回の山本貴志の演奏はそれに匹敵するものだった。
フアンチの明るく燦々とした演奏に比べると、朝もやのかかったように幻想的な、それでもやはりさわやかな、美しいアンダンテ・スピアナートだった。
そして後半の大ポロネーズでは、彼の力強いタッチと豊かな表現力が遺憾なく発揮され、最後は急速なパッセージをものともせず弾きこなして、一気呵成に曲を終える。
あまりの鮮やかさに、圧倒された。
これほどの演奏を聴かせてくれる山本貴志、やはり日本と言わず、世界を代表するショパン弾きの一人であるとの思いを新たにした(もちろん、彼の演奏はショパン以外も素晴らしいけれど)。
彼のショパン全曲チクルス、次回は来年3月であり、「序奏とロンド」 Op.16や、「12の練習曲」 Op.25が予定されている。
待ち遠しいことこの上ない。
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