山本貴志 ピアノリサイタル
【日時】
2023年6月8日(木) 開演 19:00
【会場】
兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール
【演奏】
ピアノ:山本貴志
【プログラム】
ショパン:ノクターン 第2番 変ホ長調 op.9-2
ショパン:バラード 第3番 変イ長調 op.47
ショパン:4つのマズルカ op.24
ショパン:舟歌 変ヘ長調 op.60
ショパン:序奏とロンド 変ホ長調 op.16
ラフマニノフ:前奏曲 嬰ハ短調 op.3-2 「鐘」
ラフマニノフ:前奏曲 ニ長調 op.23-4
ラフマニノフ:楽興の時 op.16
※アンコール
ショパン:ノクターン 第16番 変ホ長調 op.55-2
好きなピアニスト、山本貴志のコンサートを聴きに行った。
ショパンとラフマニノフから数曲ずつ選んだリサイタルである。
ショパンのノクターン第2番で私の好きな録音は
●コルトー(Pf) 1929年3月19日セッション盤(CD)
●コルトー(Pf) 1949年11月4日セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube)
●フアンチ(Pf) 2016年セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube)
●チョ・ソンジン(Pf) 2021年3月セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube)
あたりである。
濃厚なロマンを持つコルトー、爽やかなロマンを持つクレア・フアンチとチョ・ソンジン、対照的だがいずれも素晴らしい。
そして山本貴志は、後者のタイプの演奏。
彼のCDの同曲演奏は音がやや地味なのだが、おそらく録音の音質のせいなのだろう。
生で聴くと大変美しくて、フアンチやチョ・ソンジンに全く劣らない。
山本貴志とクレア・フアンチとチョ・ソンジン、この3人こそ現代最高のショパン弾きだと、10年前は考えていた。
それから10年の間に、下記に例を示す通り、数々の若き名ピアニストたちのショパン名演奏が、百花繚乱のごとく登場した。
それでも、私にとってこの3人は、今でも特別な位置を占めている。
ショパンのバラード第3番は、数年前に聴いた山本貴志(その記事はこちら)と鯛中卓也(その記事はこちらとこちら)が理想的な名演であった。
この名曲の光の部分を表現しつくしたのが山本貴志、影の部分を表現しつくしたのが鯛中卓也、と言ったらいいか。
古今の巨匠たちがこぞって録音しているけれど、山本貴志と鯛中卓也ほどこの曲からショパンの“心のひだ”を引き出した演奏には、私は出会っていない。
決して、日本人びいきしているわけではないのだが。
鯛中卓也のほうは、幸いにも
●鯛中卓也(Pf) 2018年10月28日神戸ライヴ(動画)
がアップされているが、山本貴志のほうは録音がない。
記憶が美化されているのかとも思ったが、今回彼の演奏をまた聴いて、彼がこの曲の最高の解釈者であることを再確認できた。
一つ一つの音が光り輝いているのみならず、光の裏に潜むショパンの繊細な情感が、あらゆる音に込められている。
それがゆえに、最後の輝かしい再現部がよりいっそう感動的なものとなる。
申し分のない、決定的な演奏。
これが聴けただけでも、最高の演奏会だったと言っていい。
ショパンの「4つのマズルカ」op.24で私の好きな録音は
●フランソワ(Pf) 1956年2,3月セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube1/2/3/4)
●フアンチ(Pf) 2010年10月10日ショパンコンクールライヴ(動画1/2/3/4)
●キム・スヨン(Pf) 2015年10月14日ショパンコンクールライヴ(動画1/2/3/4)
●山本貴志(Pf) 2021年6月21日京都ライヴ(その記事はこちら)
●ヴェルチンスキ(Pf) 2021年10月14日ショパンコンクールライヴ(動画) ※1:15-
●JJ ジュン・リ・ブイ(Pf) 2021年10月15日ショパンコンクールライヴ盤(Apple Music/CD/動画) ※8:24-
あたりである。
この山本貴志の2年前の京都ライヴを実演で聴き、感銘を受けた。
今回も2年前とほぼ同じ解釈で、特に第4曲の激しい情念が印象的。
ただ、同じ解釈とはいえ、京都のカフェ・モンタージュの1905年製スタインウェイから聴かれた鄙びた音色と違って、今回は現代スタインウェイの燦然たる音色であり、味わいは異なる。
どちらも素晴らしく、甲乙つけがたい。
ショパンの舟歌で私の好きな録音は
●藤田真央(Pf) 2020年6月29日東京収録(動画) ※30:40-
●牛田智大(Pf) 2021年10月10日ショパンコンクールライヴ(動画) ※16:23-
あたりである。
しかし、これらを聴くまでは、私はずっと山本貴志の2005年ショパンコンクールライヴ盤を好んで聴いていたのだった。
ショパンの舟歌が名曲であることを私に初めて教えてくれたのは、その演奏である。
今となっては、(上記のバラード第3番での書き方に倣うと)この名曲の光の部分を表現しつくしたのが藤田真央、影の部分を表現しつくしたのが牛田智大、と考えている。
若い2人がいかにしてショパンの晩年の曲をここまで表現できたのかは分からないが、ともあれ今回の山本貴志の実演を聴いても、その考えが覆るまでには至らなかった。
それでも、この曲を長年弾いてきた彼ならではの円熟があったと思う。
ショパンの「序奏とロンド」op.16で私の好きな録音は
●ホロヴィッツ(Pf) 1971年4月14日セッション盤(Apple Music/CD/YouTube)
●中川真耶加(Pf) 2015年10月11日ショパンコンクールライヴ(動画)
●小林愛実(Pf) 2015年10月14日ショパンコンクールライヴ(動画)
●古海行子(Pf) 2021年10月15日ショパンコンクールライヴ(動画) ※0:40-
あたりである。
ショパンの作品中最も相性のいいこの曲を生き生きと華麗に弾くホロヴィッツと、そんなこの曲の巨匠風イメージを一新するように三者三様の個性をみせる日本人ピアニストたち。
今回の山本貴志は、指が転びがちな部分が少しあったけれど、それでも相当弾けているほう。
華やかさあり力強さあり、上記名盤たちに劣らない演奏と言っていいように思う。
ラフマニノフの前奏曲 嬰ハ短調 op.3-2 「鐘」で私の好きな録音は
●ラフマニノフ(Pf) 1928年4月4日セッション盤(YouTube)
●ルガンスキー(Pf) 2000年9月18-22日セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube)
●マイボローダ(Pf) 2015年12月2日浜コンライヴ盤(CD)
●ルガンスキー(Pf) 2017年9月セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube)
あたりである。
今回の山本貴志は、これらの名盤に聴かれる“ロシアの音”はなかったけれど、中間部の迫力などなかなかのものだった。
ラフマニノフの前奏曲 ニ長調 op.23-4で私の好きな録音は
●リヒテル(Pf) 1954年12月4日モスクワライヴ盤(NML/Apple Music/CD/YouTube)
●リヒテル(Pf) 1959年4月セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube)
●リヒテル(Pf) 1971年9月セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●ルガンスキー(Pf) 2000年9月18-22日セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube)
●マイボローダ(Pf) 2017年1月以前私家録音(動画)
●ルガンスキー(Pf) 2017年9月セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube)
あたりである。
今回の山本貴志の演奏も悪くないが、やはりロシアの音が欲しくなるのと、ラフマニノフにしてはフレージングの息の短いのが気になる。
彼の演奏の呼吸は、やはりショパンに合っているように思う。
ラフマニノフの「楽興の時」で私の好きな録音は
●ルガンスキー(Pf) 2000年9月18-22日セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube1/2/3/4/5/6)
あたりである。
この数年前に録音された「音の絵」とともに、これらの曲集に必要な全てを表現し得たと言いたくなるような、完全無欠の名盤。
今回の山本貴志は、例によってロシアらしさはなかったけれど、それでも予想以上の名演となった。
特に凄かったのが、有名な第4曲。
彼はこの曲を、ショパンの「革命のエチュード」のように扱う。
これほどまでに激烈な表現は、ルガンスキーからさえ聴かれない(ルガンスキーの曇りなき強打は、依然としてこの曲の演奏のスタンダードだとは思うけれど)。
今回のハイライトともいうべき、圧巻の演奏だった。
終曲も、ショパンのエチュードop.25-12「大洋」のように情熱的。
この曲集をショパン的な視点で見つめ直した、個性的な解釈だったように思う。
そして、アンコールの、ノクターン第16番。
この曲も、上記のバラード第3番と同様、山本貴志か鯛中卓也でなければならない、といった曲である。
なんと今回、アンコールに限っては録画・アップロード自由とのこと。
山本貴志のノクターン第16番が録音できるなんて、なんということだろう!
彼の2005年ショパンコンクールライヴ盤の同曲演奏をこれまでずっと聴いてきたが、そのオンマイクのデッドな音質に対し(それはそれで良いのだが)、今回は豊かなホールトーンを捉えることができた。
夢見るような美しさ、この曲でこれ以上の演奏があり得るだろうか?
最高の宝物となった演奏動画を、ぜひ皆様にもおすそ分けしたい。
(画像はこちらのページよりお借りしました)
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