ノーベルウィークが始まった。

ノーベルウィークというのは、アルフレッド・ノーベルの命日12/10に行われるノーベル賞授賞式の前後、さまざまな行事が催される一週間程度のことである(ノーベル賞決定発表の時期のこともノーベルウィークと呼ぶことがある)。今年2019年は化学賞に日本人研究者、吉野彰氏(71)が選ばれたことでノーベルウィークに俄然、注目が集まっている。以下、氏に敬意と好々爺然たる風貌に親しみを込めて、吉野さんと呼ぶことにする。



家族11人でストックホルム訪問(吉野さん夫妻はファーストクラス)


テレビやネットではすでに吉野さんの動静に関する報道が過熱気味であり、これから授賞式に向けて連日連夜、ニュースが流れることになるだろう。吉野さんのノーベルウィークのおおよその予定は(時差の関係で少しごちゃごちゃしているが)、← ジュショウシキト、バンサンカイハ、ニホンジカンデ、ヒヲ、マタグ、トカー
12/5(木) 吉野さん、ノーベル賞授賞式に向けて日本を出発
12/6(金) 吉野さん、ストックホルムに到着。恒例の椅子にサイン
12/7(土) 吉野さん、さまざまな記者会見。子供向け記念授業
12/8(日) 吉野さん、ノーベル賞記念講演(ノーベルレクチャー)を行なう
12/9(月) 吉野さん、ノーベルコンサートで疲れて眠る、いや聞き入るw
12/10(火) 吉野さん、ノーベル賞授賞式に臨む
12/11(水) 吉野さん、ノーベル賞記念晩さん会で舌鼓打つも舞踏会は欠席w
12/12(木) 吉野さん、現地企業を視察、社員を激励
12/13(金) 吉野さん、ストックホルム大学パーティーで恒例の蛙跳び披露w
12/14(土) 吉野さん、超多忙による疲労w
12/15(日) 吉野さん、ストックホルムを離れ、帰国の途に就く

いやはや何とも忙しい日々が10日以上も続く。吉野さんが何をしてもニュースバリューがあるため、毎日、テレビでは数分程度の「吉野さんの今日」が紹介されることになると思われる。ニュース曰く、
「吉野さんが笑った」「吉野さんがしゃべった」「吉野さんがころんだ」
まるで赤ん坊を見守る親であるw ← アルイハ、ダルマサンガ、コロンダ、テキナー



孫に引かれてマーケット(手袋を買った模様)



ふだん科学にまったく興味がない人も、ノーベル賞発表と授賞式のときだけは科学に目を向ける。それは決して非難されることではなく、いつもは科学の話を語り始めると、
「えー、なにー? そんな話、聞いてないしぃ。てか、忙しいしぃ。」
と言う「トリニクって何の肉!?」状態の方々、そして読者の皆さんにもノーベルウィークは科学をアピールする良い機会であると思う。

このノーベルウィークの期間は人が2,3人集まると次のような会話が交わされると聞いている。← ダレニ、キイタンダ?
「えーっと、この吉野さんってヒト、何やったんだっけ?」
「うーん、なんか、電池、作ったとからしい。」
「ふーん、どっかの会社の工場で働いてんだ。」
「へー、うちらと一緒じゃん♪」
「そうそう、旭化成とか言ってた。」
「げっ、一流じゃん。だからノーベル賞か。」
「でも、電池って昔からなくなくね?」
「たぶん、新しい電池、作ったんじゃなくなくね?」
「スマホの電池、作ったとか聞いた。」
「すごいじゃん。丸い電池、四角くしたんだ。」
「そうそう、丸い電池、スマホに入んないし。」
「四角くするのにすごい力、いるよね。」
「それな♪ ノーベル賞のはずだわ。」
このような一般の人たちに一日数分のニュースは何も教えてくれない。吉野さんが何をしたのか、何が新しいのか、まったく知ることなく、ノーベルウィークが過ぎると人々の科学への関心は急速に薄れていく。

そこでワタクシ、浅学非才を顧みず、読者の皆さんに吉野さんの功績を分かりやすく伝えようとペンを取った(パソコンを叩いている)次第である。



サインの出来栄えは「パーフェクト!」とのこと(さすが本番に強い企業人)



「ノーベル化学賞受賞の吉野彰氏は何を行なったのか」
その答は上の会話で当たらずとも遠からずである。もう少し正確に言うと、
「スマホなどに使われるリチウムイオン電池の安全で実用的なものを研究・開発した」
ということになる。こう言えば、たいていの人はその偉大さに納得し、惜しみない拍手を送る。だから、テレビなどのニュースではこういう紹介の仕方がされる。番組には尺というものがあり、詳細な説明は一切、省かれる。
「リチウムイオン電池とはどういうもので、何が新しくて、何が従来の電池と違うか」
さえも番組で紹介されることはまれである。この疑問に対する答を知ることで、吉野さんの業績の大きさを理解できるのだが、その説明には時間がかかる。のみならず、説明を視聴者なり読者に分かってもらうことは、受け手の知識や理解力に合わせる必要性があるため、なかなか困難である。

そこで説明者が犯しやすい過ちは、初めに「電池とは何か」「電池の作用」「電池の構造」などを「電池の基礎」だとして順序立てて語ってしまうことである。そんなことは化学の教科書に書いてある。教科書を読みたくないから聞いてるのに、ひとりで学問されると聞く気が失せる。せっかく芽生えかけた科学に関する好奇心が、あっという間にしぼんでしまう。
「そんな話、聞いてないしー。てか、LINE来たから黙っててくれるー。」
と、再び「トリニクって何の肉!?」状態に戻ってしまう。

「ねぇねぇ、いつになったら話が始まるの?」
と思っている読者さん、話はもう始まっている。順序立てて話すと興味がなくなるだろうから、こうしてウダウダと書いている。ここまで読んだ方にはすでに少しずつ情報や答えるべき問題が伝わっているという次第である。



現地日本人学校にて記念授業(この後、花束贈呈と生徒らとのハイタッチお見送り)


「ノーベル化学賞受賞の吉野彰氏は何を行なったのか」
を理解するのに必要な知識は、
「電池にはプラス極(正極)とマイナス極(負極)がある」
ということ。吉野さんが行なったのは、
「リチウムイオン電池において、安全で実用的なマイナス極(負極)の材料を発見した」
ということである。このように聞くと、
「えっ、それだけ? 吉野さんがリチウムイオン電池を全部ゼロから作ったんじゃないんだ。吉野さんの前からリチウムイオン電池ってあったんだ。」
という感想を抱く人が多いかと思う。事実はその通りである。ここで「なーんだ」と言ってはいけない。吉野さんの前にあったのは、たやすく爆発する使い物にならないリチウムイオン電池である。それに対して、
「吉野さんはリチウムイオン電池の研究・開発というパズルにおいて、いわば『最後のひとつのピース』をはめてパズルを完成させた」
のである。このように聞くと、
「あっ、やっぱり吉野さんってすごいわ。」
と、手のひら返しをする人が多いと思う。

材料などというもの、この世にいくらでもあるから、適切な材料を発見すること、適切なものが無ければ新たに材料開発をすることは極めて困難で重要性の高い作業である。実際、リチウムイオン電池のマイナス極材料探求では、電機各社が材料メーカーを巻き込んで熾烈なライバル争いを繰り広げた。中でも日本の三洋電機(ニッカド電池=ニッケル・カドミウム電池などで有名)の池田宏之助氏(89)のグループ、ソニー(アルカリ乾電池・ボタン電池などで有名)の西美緒(にし よしお)氏(78)のグループはそれぞれの材料を見出し、リチウムイオン電池の研究・開発に大きな貢献をした。さらに、ソニーは世界初のリチウムイオン電池を市販している(1991)。それにも関わらず、旭化成の吉野さんが独自のマイナス極材料(ポリアセチレン)を見出したことが今回のノーベル賞受賞に輝いたのは、吉野さんのグループが特許出願の先陣争いに勝ったからである(出願は1984~1991)。

と聞くと、
「なーんだ。吉野さんって、ちょっと研究が早かっただけじゃない。」
と、再び手のひら返しをする人がいると思うが、それが事実である。
「研究は1番でないといけないんです。2番じゃだめなんです。」
ということである。しかし、先陣争いに勝ったことは吉野さんの功績をおとしめることにはならない。むしろ、少しだけ後塵を拝した池田宏之助氏や西美緒氏を讃えるべきであろう。もしかすると、今回、ノーベル賞を受賞していたのは池田氏、西氏だったかも知れないし、ノーベル賞が多くの研究者に同時に授与されるならば、彼らも吉野さんとともに受賞していたかも知れない。ノーベル賞の同時受賞は3人までと決まっているのである。



ノーベル賞記念講演(記者の質問に「何を話すか決めてない」という嘘も方便w)


ここで、「あれっ?」と思った読者の方もいるかと思う。
「同時受賞が3人までなら、池田さんや西さんにもあげてよー。」
その気持ちは分かるが、残念ながら日本人トリプル受賞とはならなかった。なぜならば、吉野さんとともに同時受賞した人がほかにいるからである。日本では吉野さんに隠れて影が薄いが、アメリカのグッドイナフ氏(John B. Goodenough氏(97))とウィッティンガム氏(M. Stanley Whittingham氏(77))である。ちなみにグッドイナフ氏はノーベル賞受賞の史上最高齢である。両氏が吉野さんとともに受賞する理由を少し書いておく。なぜ、池田氏や西氏でなく、グッドイナフ氏とウィッティンガム氏なのかが分かるというものである。なお、西氏は「工学分野のノーベル賞」と呼ばれるチャールズ・スターク・ドレイパー賞を吉野さんとともに受賞している(2014)。また、池田氏には紫綬褒章が授章されている(1983)。← ヨカッタ、ネー

上に、「吉野さんはリチウムイオン電池の適切なマイナス極(負極)材料を見出した」ことを書いたが、
「グッドイナフ氏はリチウムイオン電池において、十分なパワーをもつプラス極(正極)の材料を発見した」
ということである。その材料とはコバルト酸リチウム(LiCoO2)なのだが、忘れてもらっても構わない。とにかく、あまたある物質の中から適切な材料を発見したのである。実は、この発見はグッドイナフ氏と東芝の水島公一氏(78)の共同研究によってなされたものである。したがって、水島氏もノーベル賞の呼び声が高かったが、残念ながら今回の受賞の選から漏れた。ただし、今回のノーベル賞発表を受けて、水島氏は東京大学総長特別賞、東芝特別賞を授与されている。← ギョウセキガ、ヒョウカサレタンダー

一方、もうひとりのノーベル化学賞同時受賞者であるウィッティンガム氏。
「マイナス極が吉野さん、プラス極がグッドイナフさんだったら、もうあとはなくね?」
ちっ、ちっ、ちっ。それは違う。
「ウィッティンガム氏はリチウムイオン電池の原型を作った」
のである。「そうかー、そう来たかー」だろうw ウィッティンガム氏の研究以前にはリチウム電池というのはあったが、リチウムイオン電池はなかった。そう、リチウム電池とリチウムイオン電池は違うのである。何が違うか、難しそうだが、簡単に説明することもできる。リチウム電池は使い捨て電池(乾電池、1次電池)であるのに対して、リチウムイオン電池は充電式電池(蓄電池、2次電池)である。
「そっかー、それは簡単。スマホは充電できるもんね。だからリチウムイオン電池なんだよね♪ リチウム電池、しっ、しっ、あっち行け。」
いや、あっちに行ってもらっては困るw リチウム電池は現在でもデジカメなどの使い捨て電池として使われている。← カメラヨウデンチ、トイウヤツ



記念講演はストックホルム大学大講堂にて(当然ながらちゃんとスライドを用意)


電池には使い捨て電池と充電式電池があることはたいていの人が知っているだろう。しかし、何が違うか。言い換えれば、
「リチウムイオン電池とはどういうもので、何が新しくて、何が従来の電池と違うか」
この疑問に部分的に答えるならば、繰り返しになるが、
「リチウムイオン電池は充電式電池(2次電池)で、古くからある電池は使い捨て電池(1次電池)である」
と言える。初めての充電式電池がリチウムイオン電池というわけではないが、実用的な充電式電池はリチウムイオン電池、ニッカド電池、ニッケル水素電池、鉛蓄電池の4つしかない。この中で重さ当たりの電池としてのパワー(電力量)が飛び抜けて高いのがリチウムイオン電池である。単位は省略するが、鉛蓄電池、ニッカド電池は50、ニッケル水素電池は100。これに対して、リチウムイオン電池は250である。つまり、
「リチウムイオン電池は充電式電池(2次電池)の中で、従来の充電式電池に比べて軽くてパワフルである」
と言える。このため、現在、自動車に搭載されているバッテリーである重い重い鉛蓄電池に代わって、電気自動車(EV)やハイブリッドカーではリチウムイオン電池(やニッケル水素電池)が使われている。車体重量の軽さがいわゆる「燃費」の向上につながることはよく知られているだろう。

なぜ、リチウムイオン電池が鉛蓄電池よりも軽いかと言えば、
「うーん、リチウムってよく知らないけど、鉛って重そう。」
それで良いことにしよう。一方、
「充電式であるリチウムイオン電池と使い捨て電池(マンガン電池やリチウム電池など)がどう違うのか」
に疑問を持ってしまったそこのあなた、深みにはまったなw その答を知ることは人によっては好奇心を満たす喜びであるが、人によっては頭を悩ませる不幸の種かも知れない。「トリニクって何の肉!?」の人は、
「そんな話、聞いてないし。LINEまた来たし。話、ウザいんですけどー。」
「聞いてないって、どう違うか、疑問に思ったのは君の方だろ。」
「難しいんだったら、もういいよ。聞かなかったことにするー。」
って言うんだろうなぁ。ほんと今どきの子は難しいw ← オジサン、ニガワライ



「(ノーベルコンサートは眠っていたので)疲れがとれました」
「ホホホホホ(よく寝てましたもんねぇ)」




ここまで、「電池とは何か」「電池の作用」「電池の構造」などを一切、解説することなく、吉野さんらの業績を説明した。このまま終われば平和であるが、読者としてはいろいろと疑問があることだろう。上に書いた、
「リチウムイオン電池と使い捨て電池の違い」
のほかにも、
「リチウムイオンって何? 電池からリチウムイオンが流れるの?」
「電気って何? ビリビリ来るのはリチウムイオンが尖ってるせい?」
とか考えるかも知れない。したがって、続きは気が向いたら、あるいは読者さんのリクエストがあれば書き記したい。← ナカッタラ、ドウシヨウ…


なぁに、ノーベルウィークはまだ1週間ある。吉野さんの授賞式を見たり(12/10)、パーティーでの蛙跳びを見たり(12/13)してからでも遅くないw



ノーベルウィーク中、「アタッシェ」と呼ばれる美人外交官がお世話をする♡




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5日間英語集中講義第3回 ~会話文~
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