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ブログネタ:卒業したいこと、もの 参加中


どびゃっくしょんっっ!(*`<´))゙;`;:゙;



今年はスギ花粉の飛ぶ量が例年の5倍だそうで、3/1の春一番の直後、2年ぶりに花粉症とリターン・マッチが始まった。先週は連日3時間睡眠で、過労から免疫力低下、試合は劣勢が続いている。ひゃっくしょんっ!( >д<);`;:゙;

そんなわけで、頂いたたくさんのメッセージに返信もできず、すい、すい、すい、{{(>_<)}} おっと、出なかった。返信できずに、すい、すい、ぶぁっくしょーんっ!( >Д<)з゚゚・。・゚゚・

とにかく、今年の花粉飛散量は1cm四方に100個以上、落ちて来るくらいで、花粉症でない方も、
「わて、関係あらへん。」
「うち、関係あれへん。」
と言わず、マスクで予防を。大量の新患が見込まれているので。



と、さりげなく、大阪弁(関西弁、関西標準語)と京都弁の違いを書いてみた。関西以外の人にとっては大阪弁も京都弁も全部同じ、全部まとめて「関西弁」である。

しかし、そういうことを言うと、誇り高き京都人は気分を害して、
「あないなお人と、一緒にしやはったらあかんえ。そら、大阪は『天下の台所』か知りまへんどすけど、せいだい、おだいどこでお気張りやす。ほほほほほ。うちら、おじゃるでおじゃる。」
と皮肉を言う人もいる。などと、京都人でない僕が皮肉ると、
「ええ加減にしぃよし。箕面(みのお)の山に帰らはったらよろしおすんとちゃいますか?」
と皮肉で返される。僕、箕面には猿を見に行っただけで、奈良出身なんだけどぉ。そういう京都人を見るのが面白くて、
「すんませんなぁ。それはそうとほんま、『京都の大文字焼き』、よろしぃなぁ。」
とワザと京都人の癇に障るようなことを言ってみると、
「あれは、『五山の送り火』、言うんどす。『三笠焼き』みたいに言わんといとくれやすっ!」
と柳眉を上げて、奈良の隠れた銘菓(と呼ぶにはいまいちの、大きなドラ焼き)をなじられる。奈良には目ぼしいお土産物がない、持ち帰ると汁が垂れて新幹線で大ゴトになる『奈良漬け』と、東京に着いて次の日には腐って食べられない『柿の葉寿司』しかないというイタいところを突かれる。


$GIPSY☆TOSHI ♭\(∂_∂)/♯ の「る・る・る♪」 (笑える・学べる・タメになる)-1

奈良がいまいちイケてないということは別の機会に書くとして、関西弁(関西標準語)と大阪弁・京都弁などの各方言の違いを独断と偏見に基づいて説明するのが、今日の記事の内容である。

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前の記事のおさらいをしておくと、関西弁の特徴は、
1.省略形・短縮形である。
2.抑揚(イントネーション)が激しい
 (音の高低差が大きい)

ということであり、これらは忙しい大阪商人が使う大阪弁に由来する。もっと言えば、「そやそや」「ほんまほんま」といった繰り返し言葉や、「ばーっと言う」「しゅっとしてる」などの擬音でアピールしようとするのも大阪由来の関西弁の特徴である。

このように関西弁は、大阪弁から派生した各方言の共通部分ではあるが、大阪以外の関西弁文化圏に住む人は、大阪人(の商人の、さらに一部の人)のようにせっかちな訳ではない。

ここで、関西弁文化圏を明らかにすると、大阪、京都、兵庫、奈良、和歌山、滋賀、三重の近畿7府県だけでなく、西は徳島、東は福井、石川に及ぶ。香川、愛媛、高知の四国地方や、岡山、広島、山口、鳥取の中国地方も、東京など他の地方の人にとっては広い意味での関西弁文化圏かも知れない。前の記事で書いた、ヒューマン中村さんは石川出身だし、西川きよし師匠は高知出身で、友近さんは愛媛出身。その他、お笑いでは千鳥の二人が岡山出身で、生粋の関西人(近畿人)にはちょっと違和感のある「きしょくのわるい」しゃべりをするが、東京人にはあれも「関西弁」だろう。


$GIPSY☆TOSHI ♭\(∂_∂)/♯ の「る・る・る♪」 (笑える・学べる・タメになる)-2


余談になるが、上の関西弁文化圏に島根は入っていない。島根のいわゆる出雲弁は抑揚が関西弁とは違うからである。不思議なことに、島根のイントネーションは東北弁に似ている。これは歴史的に見て、大阪弁文化が流入する前に島根には出雲弁に根ざした文化があったためと考えられる。

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などと書くと、また京都の人が、
「おお、コワいこと、言いはる。うちらの文化は、大阪から来たもんとちがいますえ。京が本家どす。」
と気分を悪くし、広島の人に、
「おどりゃー、いびせーこと、たいがいにせにゃぁ。広島、なめたらいけん。しごーするでぇ。」
と近畿人には意味不明の言葉でスゴまれるので言い訳をしておく。大雑把に言えば、語彙や抑揚の伝播の向きは京都から大阪だろうし、また広島やその他の地方の言葉がすべて京都・大阪に由来しているわけでない。すべてが京都・大阪由来なら、平安時代以前は広島に人が住んでなかったことになるが、そうでないことは言うまでもない。問題は複雑で、すでに混乱している方もおられるだろうから、このあたりの言葉の変遷を、以下でざっくりと説明する。

ひとつの例として、
「しておられる」(標準語)
という言葉を取り上げる。これ、「日本のまほろば、奈良」では、
「してらる」(奈良弁)
と言う。ヒトもモノも、多くが大阪から入って来ている今ではあまり使われなくなった言い方だか、それでも奈良の郡部では、「してらる」を使う。

これが京都に行くと、かの有名な、
「してはる」(京都弁)
になる。そして大阪では、
「したはる」(大阪弁)
冒頭に書いた、「あれへん」(京都弁)、「あらへん」(大阪弁)と同様、母音が「え(e)」から「あ(a)」に変化する。口に出して言ってみると分かるが、「したはる」「あらへん」の方が、より短い時間で発音できる。忙しい大阪商人は口の形を、
し「て・は」る: 「え(e)・あ(a)」、
「あ・れ」へん: 「あ(a)・え(e)」(京都弁)
と切り替える時間を惜しんで、
し「た・は」る: 「あ(a)・あ(a)」、
「あ・ら」へん: 「あ(a)・あ(a)」(大阪弁)
という言い方を作り出した。もちろん、今では京都人も人によっては、「したはる・あらへん」表現を逆輸入して使う。

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さらに兵庫(神戸)では、「しておられる」は、
「しとぅ」(神戸弁)
になる。おそらく、「したはる」が「しとる」「しと」になり、音として「しとお」になったものと思われる。もはや、「しておられる」に含まれていた敬語の意味(丁寧さ)はなくなっているが、それほど乱暴な意図は兵庫人にはないと言う。生まれて初めて、兵庫の友達に、
「トシ、なに、しとぅや?」
と言われたときは、何て乱暴なやつだと思ったが、本人は普通に、
「なに、してるんだい?」
くらいの意図だったらしい。

神戸弁の「しとぅ」に敬意(丁寧さ)は含まれていないと書いたが、この「敬意下落現象」は、実は京都弁でも起こっている。京女に「してはる」表現を使われて、
「京都の女性は何て丁寧なんだろう。京都が好きになりました。」
と鼻の下を伸ばしている東男(あずまおとこ)は少なくないが、やつら(?)にそんな意図はない。ただ乱暴でないだけで、「してはる」は至って普通の言葉である。
「なに、してはる?」
は、もはやタメ口だし、丁寧さの価値が下落したタメ口「してはる」を丁寧表現にするときは、
「なに、してはりますのん?」
と「ます」をちゃんとつける。まあ、関西標準語(大阪弁)の、
「なに、してんのん?」
からさらに、
「ワレ、なに、しとんじゃ、ボケ、カス! しばいたろかっ!」
と言われなかっただけ、丁寧とは言えるが。

話を戻して、兵庫(神戸)で「しとぅ」に化けた「しとる」は、
「しとる」(岡山・広島弁)
になり、さらに、
「しちょる」(山口弁)
となり、山口の人は自他ともに、
「ちょる語族」
と呼ばれている。って、一部の人が言ってるだけだが。ヾ(- -;
ついでに書くと、京都弁の「してはる」は奈良に逆輸入されて、
「しちゃる」(後期奈良弁)
となり、意外にも山口弁に似ている。


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こうして見て行くと、東京など他の地方からは同じに見える関西弁も、微妙に違うことが理解できると思う。関西弁と大阪弁は必ずしも同じものではないし、関西人のすべてがせっかちなわけでもない。特に関西の田舎から大阪に出て来た人は、その目まぐるしいスピードに戸惑うほど大阪人とは違う。

大阪に住んだことがない僕も、大阪の効率の良さには驚く。朝のマクドナルドでは、長い行列がすごい勢いでさばけて行く。
「次の方。」
「3番。」
「はい、どうぞ。次の方。」
「1番。」
「ありがとうございました。お次、どうぞ。」
「2番。」
朝マックのメニューはあらかじめ番号が振ってあり、客は番号を言うだけ。店は一人当たり5~10秒で、注文聞き取りから出来立ての商品提供まで終わらせる。関西の田舎モン(僕のことでーす)は戸惑いながらもひとつひとつ学習して行く。

これが大阪で仕事をする場合、戸惑いはハンパないものになる。高知から大阪に出て来た西川きよし師匠や、和歌山出身の桂文福さんは相当、苦労したと聞く。そののんびりさにイライラした師匠に、
「だぁほ! なに、もさもさしてけつかんねん!」
と叱責される。文福さんは、師匠から和歌山弁を徹底的に絞られたと言う。徳島出身の芸人さんだったかは、師匠にものを頼まれて、
「ほなけんど、それは、でけん。」
と、タメ口(でけん)のような実は丁寧語(できません)をゆったりとした口調で答え、
「あー、イライラする! 『ほなけん』言うな、『ほなけん』!」
とキレられたと言う。「ほなけんど」(しかし)や「ほなけん」(だから)に罪はなく、「通れません」を「通られん」、「のぼれません」を「のぼられん」とタメ口っぽく言うのが徳島弁(阿波弁)の特徴だったりする。


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そんなふうに言葉は似ていても、大阪と他の関西弁文化圏の人間は気質も文化も違う。もちろん、個人差はもっと大きい。だから、東京人が関西人を見て、
「あ~、あの人は関西出身だから気が短い。」
「どうせ、関西だからヤクザでしょ。」
「関西人なのに、面白くない。」
と十把ひとからげにレッテルを貼るのは、完全な誤解である。僕はこのバイアスがかかった(下駄を履かされた)見方をされるのがイヤだから、東京では無味無臭の標準語を通している。

もちろん、この、
「遠距離による想像力(イマジネーション)の欠如」
は東京人だけのものでなく、日本全国すべての地方の人、もっと言えば世界万国すべての人間に共通のものである。

北米に滞在していた時、
「トシ、日本から『タナカ』という人が来てるよ。懐かしいだろ。会ってみるか?」
と言われたりしたが、縁もゆかりもない人が懐かしいはずもない。だからと言って、日本人は想像力が出来ているかというと、これも怪しい。ナイジェリア人の知り合いに、
「ヌワンコさん、ナイジェリアから『ババンギダ』という人が来てるよ。知り合い?」
と言ってしまいそうになる。ナイジェリアって、日本より人口、多いんですけどぉ。┓( ̄∇ ̄;)┏

東京にいると仙台も青森もつい同じに思ってしまうし、関西にいたときは盛岡のちょっと先に札幌がある感覚でいた。関西の人間は東京以北のことに疎いものである。



距離が離れると、人間は無関心・鈍感・冷淡になるし、ときには冷酷・残忍にもなる。素手で殴り合っていた古代戦から、刀剣・弓矢・鉄砲・ミサイルと武器の効果が遠距離に及ぶようになって、人間は平気で人を殺せるようになった。

今日3/11は、東日本大震災からちょうど2年。石巻や陸前高田の被害、福島の原発事故は報道されていても、たとえば茨城が実は被災県であることはなかなか想像しにくいかも知れない。今日くらいは、無関心・鈍感さ・冷淡さに打ち克つ、
「距離を越えた想像力(イマジネーション)」
を働かせたいものである。


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あらすじキーワード: 2013年のスギ花粉飛散量は例年の5倍 関西弁と大阪弁その他各関西方言の違い 関西弁の特徴は大阪商人由来 関西弁文化圏は中国・四国・北陸に及ぶ 「してはる」と「したはる」 効率重視の大阪文化 気質・文化が違う大阪以外の関西弁文化圏 遠距離による想像力の欠如 距離を越えた想像力で東日本大震災を見直す 陸前高田の「奇跡の一本松」は今




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