バングラデシュ大使館訪問 ~大使閣下と面談~
勉強したくても、
教育が受けられないバングラデシュの子供達のために、
給食のでる学校を建設し、
それを運営していくことを目的に設立した
「一般社団法人日本バングラデシュ協会」。
その活動を支援してもらうために
外務省や関係機関に
訪問を重ねているが、
過日
新しく着任したバングラデシュ大使館の
特命全権大使を訪問した。
JR目黒駅から
バスで大塚山まで10分もかからない。
この建物2棟が
バングラデシュ大使館。
右側の棟が
一般の人の受付・面会棟。
バングラデシュの国旗がかかっているが、
国旗のデザインは、
イメージとしては
日本の日の丸の白地のところを、
濃い緑に替えてもらえればよい。
太陽と
そして大地の緑を現わすが、
残念ながら本国は
湿地帯が多くて
農作できる農地は限られる。
だからこの
国旗の緑は、
安定した緑の大地への希望が入っている。
大使館の名前が
燦然と輝く。
「EMBASSY」と
「CHANCERY」は
「大使館」と
「大使館政治部」程度の意味だと思うが、
敢えて重複させてあるところを見ると
他の意味で使われているかもしれない。
郵便受けの下の表示は
また違う。
上はバングラデシュ語。
これはアラビア語と違って、
ちゃんと左から読みます。
下は普通の英語表示。
前の写真の
金色表示との違いが
語学がまるで駄目な私には分からないが、
あるいは
金色表示はキングズイングリッシュ表示、
黒色表示はアメリカンイングリッシュ表示程度の違いだろうか。
どなたかお分かりの方があったら、
教えてください。
さてそこで
特命全権大使にお会いして
30分ほどお話をさせていただいた。
大使は日本語をまるで話せないため、
当然通訳が必要なのだが、
私は
協会の副理事長で
バングラデシュ出身のマスド・ラナ氏(日本名:橋本羅名氏)と同伴したので、
彼が通訳兼務。
大使に名刺を頂いたが、
日本語での表記がないため、
とても読めない。
人の名前は
発音を間違って呼んだら、
とても失礼になるので、
結局その時は
名前を呼べずじまい。
彼は
日本の地に着任したら、
まず自分の名前の名刺には
カタカナのルビをふった方が良い、と、
教えてくれる取り巻きがいないので、
これから先大変だろう。
ちなみに
私は日本モロッコ協会にも所属し、
モロッコ大使館にも良く出入りするが、
モロッコ大使館の大使以下は
ちゃんと初対面でも分かるように、
呼び方が書いてあるか、
表裏を使って、
一方は日本語、
片方は英語で書いてある。
日本で活動しようと思えば、
この程度の気遣いは最低でもしてほしい。
さてその指導は大使館の取り巻きに任せて、
大使との話は
我々の協会の紹介と、
支援のお願いだったが、
学校建設の予定地が
たまたま大使の出身地だったため、
大いに話が盛り上がり、
できる限りの支援をさせてもらうと
お約束いただいた。
そのあと、
近々実施予定の
バングラデシュビジネスセミナーのことも話をし、
案内状などを大使館受付に置いてもらって、
そこを後にしたが、
実り多い訪問であった。
次回は
そのあと実施された
バングラデシュビジネスセミナーの様子を記します。
花や鳥ではなく
硬い話になりましたが、
こんな話にもぜひお付き合いください。
こんな話題が苦手であればある程、
必ずや何か得るものがあると確信します。
知識は美しさの源。
決して服装や化粧で出せない輝きが出ます。
アナベルとドラゴン ~龍に乗ってアナベルは天に昇る~
『アナベル・リー』
- 昔々のお話です
- 海のほとりの王国に
- 一人の娘が住んでいた
- その子の名前はアナベル・リー
- いつも心に思うのは
- 僕への愛と僕の愛
2012.6.13 我が家の「ドラゴンロード(青龍の道)」。
道の突き当たりに「アナベル」。
お隣からの訪問者です。
- 僕もあの子もふたり子供
海のほとりの王国で
愛し愛して愛以上
僕と僕のアナベル・リー
翼あるあの天使さえ
僕らの愛をうらやんだ
「アナベル」
- そしたら昔のお話です
- 海のほとりの王国で
- 雲が木枯し吹きつけた
- 僕のかわいいアナベル・リー
- そしたらえらい親戚が
- あの子をたちまち連れてって
- お墓にぴしゃり閉じ込めた
- 海のほとりの王国で
やさしいお隣からの訪問者。両脇には小さな付き添いまで引き連れて。
こんなお客様はいつでも大歓迎。
- お空の天使はさびしくて
- 僕とあの子をねたんでた
- そう! すべてはそのせいで(ご存じ
- 海のほとりの王国で)
- 雲から木枯し夜通し吹いて
- 凍えて死んだアナベル・リー
白無垢の清純さ。天使が集っているようです。
- だけどふたりのその愛は
- 年寄り物知りみんなより
- ずっとずうっと強かった
- だからお空の天使でも
- 海の底の魔物でも
- 僕とあの子のたましいを
- 引き離せないアナベル・リー
- 月輝かず、汝が夢は来たらず
- かの美しきアナベル・リー。
- 星出でず、されど見る汝が輝かしき瞳
- かの美しきアナベル・リー。
- さればこの夜の季節、われかたわらに身を横たう
- わが愛する、愛する、わが生命、わが花嫁よ。
- あの海のほとりの墓所にて、
- 海鳴るほとりの霊屋にて。
『アナベル・リー』(Annabel Lee )は、
1849年に書かれた
アメリカの作家
エドガー・アラン・ポーによる最後の詩。
ポーの死後2日目に地元新聞「ニューヨークトリビューン」紙に発表された。
原文は下記の通り。
よろしかったらお読みください。
- IT was many and many a year ago,
- In a kingdom by the sea,
- That a maiden there lived whom you may know
- By the name of ANNABEL LEE;
- And this maiden she lived with no other thought
- Than to love and be loved by me.
- I was a child and she was a child .
- In this kingdom by the sea:
- But we loved with a love that was more than love --
- I and my ANNABEL LEE;
- With a love that the winged seraphs of heaven
- Coveted her and me.
- And this was the reason that, long ago,
- In this kingdom by the sea,
- A wind blew out of a cloud,chilling
- My beautiful ANNABEL LEE;
- So that her high-born kinsman came
- And bore her away from me,
- To shut her up in a sepulchre
- In this kingdom by the sea.
- The angels, not half so happy in heaven,
- Went envying her and me -
- Yes! - that was the reason (as all men know,
- In this kingdom by the sea)
- That the wind came out of the cloud by night,
- Chilling and killing my Annabel Lee.
- But our love it was stronger by far than the love
- Of those who were older than we—
- Of many far wiser than we—
- And neither the angels in Heaven above
- Nor the demons down under the sea,
- Can ever dissever my soul from the soul
- Of the beautiful Annabel Lee
- For the moon never beams, without bringing me dreams
- Of the beautiful Annabel Lee;
- And the stars never rise, but I feel the bright eyes
- Of the beautiful Annabel Lee
- And so, all the night-tide, I lie down by the side
- Of my darling - my darling, - my life and my bride,
- In the sepulchre there by the sea,
- In her tomb by the side of the sea
バラ・クリスチャンディオール ~剣弁高芯咲きの高貴さ~
庭にあるバラの花は
わずかに7種。
それぞれに思い入れがあることは、
そのたびごとに書いている。
その思い入れの一つに、
どうしても譲れない花の形がある。
バラの花はこのように咲かなくてはいけない。
それは
「剣弁高芯咲き」
クリスチャンディオールが
それを見事に見せてくれる。
「クリスチャンディオール」
6月5日の映像。
血は隠せないもので、
蕾の内からその気配が漂う。
輝くような赤色なので、
オートで撮影したらこれが限界。
太陽を写しているようなもので、
陰影を制御できない。
しかしそれは良い。
問題は姿。
6月8日には見事に開花。
この尖った感じをご覧ください。
これこそ薔薇。
バラはこう咲かなくてはいけない。
今はやりのイングリッシュローズに
今一つ馴染めないのは、
私の考え方が古いからだろうか。
イングリッシュローズなるものが出て来た時には、
薔薇の品格が落ちるようで、
見るのも嫌だったのだが、
しかし慣れとは怖いもの。
それなりの花として
愛でることができるようになった。
でも
薔薇の花としてではない。
陰にして撮影すると、
少しは立体感が出る。
この花の形が私は大好きで、
迷わずに購入した花である。
この花への思い入れは
次のラベルを見ていただけば分かる。
このラベルは手作り。
この花のために
雨にぬれても大丈夫な材質で、
自分で何枚も作り上げた。
花が余りにもお気に入りのため、
切り花にした後の枝を捨てがたく、
挿し木にして新しい株を作り、
薔薇の好きな方に差し上げているが、
その時に
この名札を一緒に付けて差し上げている。
大事にしてほしいという
自分の気持ちを込めて。
その花が、
今どんどん蕾を膨らませている。
今年もまた、
ラベルと一緒に
新しい株が
誰かの元に行くだろう。
ミニバラ「ドーラ」 ~仲間をしのんで咲く花~
たびたび登場してもらっているので、
みなさんもご記憶だと思うが、
ポールセンローズのミニバラ、
パレードシリーズの
「ドーラ」。
すでに栽培は終了し、
世に出ているものだけになっている。
ミニバラは、
胡蝶蘭などと同じで、
咲いている時にもてはやされたら、
1シーズンで命を終える
はかない命の花として扱われているものが多い。
バラを植えてある
家庭の庭を覗いても、
ミニバラが繁栄しているところを
見たことがない。
我が家に来た植物は、
一年草でない限りは、
それなりに命を永らえさせているが、
このミニバラは、
もう二度の冬を越した。
2012年6月6日の姿。
2010年に頂いた時には、
写真の鉢に5株も寄せ植えしてあったのだが、
余りにもギュウギュウ詰めでかわいそうだったので、
翌年に時期を見て一株ずつに株分けした
その一株がこれである。
小さな株なのに、
たくさんの花をつけてくれた。
その2日後の写真をご覧いただきたい。
2012年6月8日の姿。
左上と一番左の蕾を除いて、
他のすべての花は、
右下から伸びている
一枝に咲いている花である。
ミニバラなれど、
結構力がある。
そしてこのミニバラの
最大の特徴は、
真ん中で一番最初に咲いた花みたいに、
ダリアのように
ポンポン咲きになってからが、
結構花の寿命が長いことである。
普通のバラは、
花びらが開ききったら、
時を待たずにバラバラと、
いわゆるバラの花の散り方をするのだが、
このミニバラは、
花びらがしっかりと結びついていて、
バラバラと散ることがない。
ダリアのように寿命が長く、
いよいよという時には、
花が丸ごと萎れてくる。
もちろん
現実的にはそうなる前に切ってやるのだが、
小さいながら、
なかなか根性のある花である。
見てくれる人のためではなく、
己の誠を自然に咲く、
そんな花は
どのような姿であっても美しい。
それは人も同じ。
バラ・ピンクパンサー ~いろいろなピンクパンサー~
「ピンクパンサー」
アニメーション映画で余りにも有名な名前だが、
花を見なくても
すぐにその色を想像のできるバラ。
このバラは
私が「命のスーパースター」と巡り合った公園の中で、
その近くに咲いていた花である。
花後の枝を一枝頂き、
挿し木で育てたものだが、
ピエールドロンサールのピンクとは
全く色を異にする。
「ピンクパンサー」
6月7日撮影。
ピンクと言うよりオレンジ。
私は
ピンクよりオレンジの方がはるかに好きだから、
我が家の庭に来たら、
花の方が気を使って、
少し変身してくれたのかもしれない。
その花の2日後。
またもや変身。
6月9日撮影。
いよいよ顔を朱に染めて、
恥ずかしげに咲いている。
バラの「ピンクパンサー」は、
フランスで1981年に創出された、
ハイブリッド・ティーローズ。
我が家に
20年以上前からいる
「ピンクパンサー」。
このピンクパンサーの誕生日は
1963年だから、
多分前述のバラを創出した園芸家が、
このアニメのキャラクターの名前を
拝借したものだろう。
名前はいいが、
色合いがぴったり来ない。
でも、
我が家のバラの苗木はまだ若いから、
少し年季が経てば
良い色が出てくるかもしれない。
「ピンクパンサー」といえば、
もう一つ
名前のイメージとは程遠い
悪党集団がいる。
東京・銀座の高級宝飾店で
平成19年6月、
2億8400万円相当のティアラセットが2人組に奪われた事件で、
警視庁は強盗致傷などの疑いで
国際強盗団「ピンクパンサー」のメンバーの1人を
国際指名手配した。
この犯人は、
後にモンテネグロの捜査当局に
身柄を拘束されたが、
そのあとこの強盗団が、
解体されたのかどうかは知らない。
ピンクパンサーとは
良きにつけ悪しきにつけ、
世界的に屈指の名前である。
そんなピンクパンサーが
我が家には2匹もいる。



















