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NOTRE MUSIQUE

Elle est retrouvee.
Quoi? - L'Eternitee.
C'est la mer alleee
Avec le soleil.

DoorsDoorsの記念すべきデビューアルバム。
近所の中古CD屋で数年前に出た中古盤をわずか500円で購入しました。
中学生の頃に買ったCDをまだ持っているのですが、Remasterと安さにつられて購入してしまいました。
で、帰ってさっそく聴いてみたところ、なんと歌詞が違う!
正確には1曲目の“Break On Through”で、中学の頃に買ったワーナーパイオニアのCDには入っていないフレーズが入っているのです。サビの部分、古いほうでは“シゲー(ライナーにはSeek itと記載)”と歌われているのが、今回買ったほうは“シゲッハーイ”と歌われています。
気になって調べたところ、後者のほう、つまりオリジナルの歌詞は“She get high”が正解。
“get high”という表現がタブーで“She get”で切ってしまい、日本人翻訳家が“Seek it”と聴き間違えたのが真相のようです。(she getだけじゃ全然意味がわからないから無理もないか・・・)
当時の日本盤にはこの件に関して一切記載がありません。つまり15年以上だまされていました・・・
このフレーズがどれほどマズいのかはよくわかりませんが、そういうことにこだわるとドアーズのCDなんて1枚も発売できなくなってしまうような気がします。
特にこのアルバムの最後の“The End”は、暗くシュールな詩で、父親を殺し母親を犯すといった内容があのジムモリソンの悪魔的なボーカルで歌われていますのでなおさらヤバいです。
詩の話ばかりになりましたが、このアルバムは"Light my fire"などのヒットも生まれた捨て曲なしの非常に完成度の高いアルバム。サウンドはベーシストのいないバンドにも関わらず非常に重たく、ジムモリソンのカリスマ的な存在と演劇的なパフォーマンス・文学的な詩の世界は後世に多くの影響を残しました。
この時代に、同じく若くして死んでしまうジャニスが年を追うごとに作品のクオリティを高め絶頂期で死んでしまったのに対し、このジムモリソンの場合は、このデビューアルバムと次作“Strange Days”がピーク。その後は作品を出すごとにクオリティが下がり、死んでしまいました。

中学生の頃はこのジムモリソンの知的で文学的な悪さがカッコよくて、このアルバムは死ぬほど聴きました。当時の明るく陽気なウエストコーストロックの中で異彩を放ったドアーズの文句なしの傑作です。

FleetwoodMacFleetwood Macの1969年の名盤“English Rose”。邦題は漢字で“英吉利の薔薇”。
このバンドは1970年代中旬にアメリカに渡って劇的に音楽性がPOPに変わっていきますが、こびアルバムは渡米前のブリティッシュロック(ブルース)期の最高傑作。
この時期は個性の違うギタリストが3人もいて、John Mayall & Blues Breakers出身のB.B.キング風正統派のPeter Green、エルモアジェイムズ風のJeremy Spencer、2人に比べるとややブルース色が薄くてポップなDanny Kirwanとそれぞれ独自の持ち味があって、ギタリスト3人という珍しい編成で絶妙なバランスがとれていました。
結成時の中心的人物だったPeter Greenのギターに代表されるように、かなりブルース色の強いバンドでしたが、このアルバムではサンタナがカバーし有名になった“Black Music Woman”など彼らならではのブルースに対する批評性も表れてきています。
その他にも初のシングルヒットとなった“Albatrass”など初期のブルースべったりな曲に比べてオリジナル曲の完成度も高くなっています。
この後、残念ながらギタリストは3人とも脱退して、バンドは渡米し新たな方向に進み始めます。この変貌はマイケルマクドナルド参加後のドゥービーブラザーズ以上かな・・・
特にB.B.キングに汗をかかせた唯一の白人ブルースギタリスト、Peter Greenのギターは素晴らしい!とにかくブルースロックギター好きにはたまらないアルバムです。
Negotiator現在公開中の映画“交渉人 真下正義”のサントラ。
手がけたのは“踊る大走査線”シリーズと同じく松本晃彦氏。
実は映画を見る前にサントラだけ聞いてしまったのですが、日本公開だけ遅れた洋画でもないのにこの時期公開の邦画になぜクリスマスの曲が2曲入っているのか?、オリジナル曲に混じってなぜラヴェルの“ボレロ”なんか入っているのか?・・・当たり前ですが意味が分かりません。
そのあたりの疑問は映画をみるとすべてクリアされます。特にボレロについては映画のストーリー上でも重要な役割を担っています。(最初に聴いたときになんとなく盛り上がりのなさ感じたのは、アノ音がはいってないからでしたね。。。) 

全体的に前半のアンダーグラウンド(地下鉄)なシーンでデジタルな音を多用し、クラシック中心の後半とコントラストをつけることにより、このハイライトの“ボレロ”を惹きたてています。
また“踊る・・”シリーズでは初の洋楽曲“Santa Claus Is Comin' To Town”がTemtationsとJackson5の2ヴァージョン収録されていて、それぞれオープニングとエンディングで使用されています。やっぱりJackson5の頃のマイケルの歌声は抜群。トラディショナルな曲ですが、思いっきり“ソウル”しています。
その他のBGM曲もこれまでの“踊る~”シリーズに引けをとらず、オーケストラからデジタルロックまでダイナミックかつ贅沢に使っており非常に完成度は高いです。ちょっと大げさな感じがするのもこれまでどおり。普通この手の歌ものの少ないBGM中心のサントラは退屈であまり聞かないのですが、このシリーズは飽きずに聴けます。狙いすぎなジャケットも良いです。
いつもの“RHYTHM AND POLICE”も“Love Somebody”もなかったけれど物足りなさは感じませんでした。
“RHYTHM AND POLICE”は今の職場環境のせいで素直に楽しめなくなってしまったのでちょうど良かったです・・・(わかる人の少ないオチですみません)

SavignacBlogの主旨とズレますが、今日は音楽ではなく絵(画集)のお話。

先日Blue Noteに行くついでに、表参道の某インテリアショップで購入したレイモン・サヴィニャックの画集です。
2002年のサヴィニャックの回顧展の際に出版された作品集らしく、初期のめずらしいものから代表的なものまでほぼコンプリートに近い数の作品が掲載されています。なにしろ500ページ以上もある本で、かなり見ごたえがあります。ところどころ解説も書かれていますが、フランス語なんで全くわかりません・・・
以前から洋書を扱う書店で立ち読みで眺めながらいつかは欲しいと思っていながらも価格の高さでなかなか買えずにいた本で、その店の店員と社長に絶版になったことを聞かされ購入しました。

値段は税込み約9000円。(書店によっては1万円以上の価格設定がされているとのこと)
もう一冊、現在大阪天保山で行われている展覧会の画集もあり、東京ではそこでしか手に入らないと言われどっちを買うか悩みに悩み、結局そっちの画集は相方が買いました。そちらは日本語の解説付きなのです。


サヴィニャックのほとんどの作品はフランスの商業用広告ポスターです。

カラフルでどこかとぼけていながら、風刺さえ感じさせる彼のポスターは古き良きパリの高度成長期を連想させます。
題材となった商品はチョコレート、文房具などの小さなものからエールフランス、映画など多岐にわたります。その中でも、ごく日常にありふれた小さなものを描いた作品に彼の真価が表れているような気がします。

BIC社のボールペンひとつとっても、彼のポスターを見ることによりなぜか魅力的なものに見えてくるのです。

おそらく彼はモデルとなる商品についてはどんなものにでも愛着をもってキャンパスに向かっていたのではないかと思います。

普段見慣れたなにげない光景の中にもアートがあり、常に一方的なモノの見方ではなくいろんな角度から見ることが重要ってことでしょうか。


以前、誰かが

「詩を書くときには男の気持ち、女の気持ちどちらか一方の視点で書くと平面的な世界しか描けないが、詞の世界に男女両方を登場させて、ずれた両者の観点から描くことによって詩の世界が立体的になり奥行きがでる」

というようなことを言っていたのを思い出しました。(ユーミンだったかな・・・)


一方的な見方、考え方をせず常にいろんな視点でいろんな人の立場になって物事を考える・・・
新しいアートや音楽を生み出すために限らず、すべてにおいて大事なことですね。

GeorgeBenson先日行った下北沢のジャズ喫茶マサコでかかっていたGeorge Bensonの1968年のアルバム。
ジョージベンソンはFusion的な歌もの路線への転向でセールス的な成功と引き換えにJazzギタリストとしての評判を落としました。このアルバムはFusion転向前の60年代Verve在籍時の音源です。
その後CTIに移りセールス志向で洗練された路線を進んだため、彼のキャリアの中でもこの時期のアルバムについては忘れられがちです。曲調こそやや古さを感じますが、Wes MontgomeryやCharlie Chiristianの影響を受けた正統的でスィンギーなジャズギターが聴けます。ジャージーかつファンキーでブルージーという多種多様な彼の本来持つ黒いフィーリングがよく出ています。Wesが“A Day In The Life”でヒットをした翌年のアルバムで、Wesの後釜として確実に名実ともに人気があったそうです。
Eric Gale (g)、Ron Carter(b)、Herbie Hancock(p)、Billy Cobham(ds)がバックを務めており、特に“Billie's Bounce”“What's new”は名演。ハービーも良いソロを弾いています。
そしてジャケット写真。美しい女性が食事をしているところを横からニヤニヤしながら見守るベンソンの顔、いい味出してます。 ちょっと怪しいけどね・・・
Roger友人のA氏からZAPP&ROGERの映像をいただきました。

おそらく数年前に衛星放送かなんかで放送されたものだと思いますが、ライブで真価を発揮するバンドなのに正規のライブ映像がないので非常にありがたいです。
このアルバムはRoger名義でリリースされた1987年の3枚目のソロアルバム。
Rogerのソロ名義ですが、基本的にバンドであるZAPP名義のアルバムと音楽的な方向性は変わりません。

P-Funk直系のリズムのループによるグルーブ作りから一歩進み“I Want To Be Your Man”というスローバラードがヒットしセールス的にも成功しています。この曲によって、トーク・ボックス(ヴォコーダー)がスローな曲にも有効であることを証明しました。
その他、どの曲も捨て曲がなくロジャーの幅広い音楽性が発揮されたアルバムで、JBのカバーの“Papa's Got a Brand New Bag”の斬新な解釈は特筆に価します。
トークボックス他先端のテクノロジーを大胆に導入するという、一歩間違うとんでもなくダサいものになってしまう危険を冒し、ソウル、ジャズ、ブルースといった伝統的なブラックミュージックを現在進行形な音楽として見事に蘇らせました。これだけ新しい音を使いながらもソウルを見失わないどころか、こんなに黒さを感じさせるサウンドは驚異です。
このZAPP&ROGERという集団は、独特で自由奔放なサウンドだけでなく、エンターテイナーとして並々ならぬ才能をもった人たち。私は1995年、1996年と2年連続で渋谷クアトロで行われたライブを見ましたが、おそらくこれ以上のライブはもう見ることはできないでしょう。間違いなく生涯一のライブです。
その後、Roger Troutmanは1999年に実兄であり彼のマネージメントを手がけていたLarry Troutmanの凶弾によりこの世を去りました。心より冥福を祈りたいと思います。Rest in Peace・・・

BettyDavis帝王マイルスの元奥様Betty Davisの1973年のデビュー盤。
マイルスの“キリマンジャロの娘”のジャケットにも登場する女性で、マイルスからアレンジ、作曲などを学びニューヨークではソングライターとしても注目されるようになったそうです。
このアルバムはプロデュ-スとドラムが初期Sly&The Family Stoneのグレッグエリコで、ベースが同じく初期スライのバンド出身でGraham Central Stationのラリーグラハム、コーラスにポインターシスターズ、ホーンにTower Of Powerとベイ・エリアの一流ミュージシャンが参加したアルバム。この豪華なメンツは彼女の交友関係で自然と集まってきたそうです。
彼女のビッチな豪快な歌いっぷりもバックのメンバーに負けていません。
このアルバムはマイルスと別れてからのアルバムですが、マイルスにジミヘンを紹介し、キリマンジャロの娘からBitches Brewと進化するマイルスにとって一番重要な過渡期に大きな影響を与えた功績は大きい。
しかし、マイルスとの離婚の原因がジミヘンとの浮気っていうんだからとんでもない女性です・・・

Poison先日発表された雑誌Guitar Worldが行った“史上最悪のギター100選”でポイズンのC.C.デビルがワースト1に選ばれたそうです。1991年リリースの2枚組ライヴ・アルバム“Swallow This Live”の中の“Guitar Solo”が「面白味、構成、安定したテンポがまったくない」と評価されたそうです。
本作はそのC.C.デビルが脱退した後、Richie Kotzenを迎えて作成されたアルバム。ギタリストが変わるとここまで音楽性が変わるのかという見本のようなアルバムで、今までのグラム色の強いパーティーロックバンドから一転してブルージーなバンドに変貌しました。

とはいってもBret Michaelsのボーカル他既存メンバーの成長はあまりみられず、リッチーのギターワークとハスキーなコーラスによるところが大きいのです。ギター一本でこのバンドにソウルとゴスペルの要素を投入し生まれ還らせました。しかもこのときリッチーは弱冠23歳。
ブルースをベースにしたロックでありながらここでのリッチーのプレイはとにかく難しいんです・・・ソロはもちろんバッキングひとつとってもセンスの良い小技が利いててコピーするとかなり苦労します。(苦労しました・・・)ちなみにこのアルバムはシーラEとTower Of Powerのホーンセクションが参加しています。

音楽性はUPしたにもかかわらず、皮肉にも当時のグランジブームに隠れてしまい、セールス的には全く振るわなかったようです。
結局この後リッチーは女性関係でもめて脱退し、ポイズンはこれまた技巧派ギタリストのブルースサラセノを迎えますが、現在はC.C.デビルが復活しています。
今や音楽シーンに彼らの入る隙はなくなってしまいましたが、現在でも安定した活動をしているようです。ワーストに選ばれたソロは、確かに意味のない退屈なソロでしたが、その無意味さもある意味このバンドの大きな魅力だった気がします。やはりこのバンドの“無意味で底抜けに明るいパーティーロック”にはこのワーストギタリストが必要なのでしょう。

JoeZawinulBlue NoteでJoe Zawinulをみてきました。
一曲目の“Patriots”から飛ばしまくりで、最新作“faces & peaces”からの曲を中心に“動”と“静”のメリハリのあるあっというまのステージでした。(アンコールはなし・・・)
ギターがソロ以外はほとんどシングルト-ンのカッティングしかしないので、リズム楽器以外の上物はJoeのキーボードのみ。私はキーボードの知識がないので、あのめまぐるしい音色の変化がどうなっているのかはよくわかりませんでしたが、ひとりであれだけ表情豊かな世界が作れるのはさすがですね。
厳選されたミュージシャンによるアフリカンビートは完璧で、Joeの緻密に計算された音色選択とインプロヴィゼーションのバランスが見事でした。
ライブの雰囲気は以前に紹介した“World Tour”を聴いてもらうのが一番ですが、本作はその前にリリースされたワールドミュージックを大幅に吸収して作られたコンセプトアルバム。
現在まで続く音楽性のベースになったアルバムで、“音楽に国境なし”という彼のポリシーが具現化された傑作。リチャードボナやサリフケイタも参加しています。
Joe曰く「私にはまだまだやりたいことがあり、Joe Zawinulはまだまだ発展途上なんだ」とのこと。
73歳だというのにいったいこれ以上なにがやりたいんだろうか・・・音楽には国境どころか年齢すら関係なしということをつくづく思い知らされました。
Litning_In_A_Bottle映画“Lightning In A Bottle”のラストは同映画のサウンドトラック。
昨日までで特に印象的だったアーティストについては書きましたが、まだまだ見どころはあります。
サッチモのカバーを披露したナタリーコール、1953年の自身のヒット曲を披露した生きる伝説ルースブラウンの貫禄と頑固ババアっぷり、ナタリー・コールとルース・ブラウンとメイヴィス・ステイプルズの3人で歌う“Men are like streetcars”にビル・コスビーが飛び入りするシーン、寡黙なギタリストであるロバートクレイがまったく年を取っていなかったり、元ニューヨークドールズのデビッドヨハンセンがハウリンウルフのサイドギタリストだったヒューバードサムソンをサポートしていたり、あのヴァーノンリードが大御所の中に存在感が埋もれてしまっていたり、終始バックバンドとして参加していたドクタージョンの存在感、そしてとりで現在79歳にも関わらず現役のブルースキングっぷりを見せ付けたBBキングなどなど・・・
なお、このサントラのみ映画ではなぜかカットされていたグレッグオールマンのレイボーンのカバー“Sky Is Cryins”が収録されていて、これまた名演!
全体の構成としては、ブルースのルーツであるアンジェリークキジョーのアフリカンミュージックに始まり、順にルーツを辿っていくような選曲になっています。随所でブルースの歴史を伝えるドキュメント、貴重な故人の映像やインタビューが含まれ、改めてアメリカンミュージックにとってのブルースの重要性を感じさせられます。
ただ、出演者たちはそんな理屈や歴史の重み云々ではなく、それぞれの音楽のルーツであるブルースを至極自然体で楽しみながら演奏しているのが素晴らしい。この頑固なじいさん・ばあさんを仕切った監督マーティンスコセッシ、音楽監督を務めたスティ-ブジョーダンに拍手!
コンサート会場であればスタンディングで拍手喝采ですが、映画なのでそれができないのが残念。
映画を見ながらなんども拍手しそうになったのは私だけではないはず。
早めのDVD化を希望します。
以上、ブルースにとりつかれたゴールデンウィークも今日で終わりです。(実際は連休なんてなかったんですが・・・)