美祢駅

山口県美祢市の代表駅です。

美祢市は山口県屈指の観光地である秋吉台・秋芳洞があります。またセメントの原料となる石灰石が採掘されるため、宇部興産の専用道路が宇部市まで延びています。

美祢駅は美祢線随一の主要駅で、かつては石灰輸送を行う貨物列車が頻繁に行き来していましたが、宇部興産が専用道路を建設してからは貨物列車が全て廃止されてしまいました。

利用客の減少に追い打ちをかけるように2022年から災害による全線不通の状態が続いており、廃線の可能性も濃厚となっています。

 

乗り入れ路線

・美祢線

 

美祢駅の駅舎と駅前、タクシー

駅舎。地方の主要駅らしい平屋建てのコンクリート駅舎です。

美祢駅前広場と駐車車両

駅前。市の代表駅だけありそれなりの市街地が形成されています。

美祢駅の看板と待合室、観光ポスター

待合室。昔は売店や立ち食いそば屋が営業していたようです。

美祢駅の券売機と案内板

切符売り場。みどりの窓口は封鎖されており、近距離切符用の券売機のみ設置されています。

美祢駅のホームと市街地の風景

改札口。

美祢駅ホームと町並み

ホームは2面3線。現在ホームには立ち入れなくなっています。

 

訪問日:2026/01/07

前編はこちら

 

 

 

 

広島地区(糸崎~岩国)

・糸崎~広島

糸崎の次は三原に到着します。三原は山陽新幹線の他、呉を経由して海田市で合流する呉線が分岐します。

三原市自体も8万人の人口を擁するそこそこ大きい都市で、新幹線が停まるにふさわしい規模の街が形成されています。

岡山地区の115系が乗り入れるのも当駅までで、岩国までしばらく115系はお預けとなります。

 

 

 

三原は在来線の線路が高架化される際に線路の付け替えが行われています。

かつては西側の山を迂回するように線路が敷かれていましたが、高架化にあたり新幹線同様トンネルで山を抜けるルートに変更されました。

山陽本線は日本を代表する大幹線ながら、山陽新幹線の建設が早い段階で決まっていたため、輸送改善のための線路の付け替えは殆ど行われませんでした。

三原の西側で山陽本線でほぼ唯一大規模な付け替えが行われた区間と言えます。

街並みにそびえる山と店舗群山陽本線沿いの住宅街の風景

本郷から河内にかけては沼田川の渓谷に沿って走ります。広島県は意外と山地が多く、特に三原から海田市まではひたすら山の中を走るような区間となっています。

沼田川の渓谷には山陽自動車の橋と、広島空港大橋が架かっています。特に広島空港大橋はアーチの間隔が380m、地上からの高さは約190mととんでもなく巨大な橋で、見上げないとその全貌を見ることはできません。

広島空港大橋と沼田川渓谷橋脚と山、住宅地、山陽本線

白市からは広島シティネットワークに入り、列車本数も一気に増えます。

広島では列車の編成数を短くする分、列車本数を増やす「シティ電車」と呼ばれるダイヤ形態が国鉄末期に実施されました。

現在も広島地区の他岡山や仙台、静岡など中規模都市圏でこの形態のダイヤが採用されています。

西高屋辺りからは西条盆地に入り、盆地の中心地である西条に到着します。酒の産地として知られる西条こと東広島市は盆地であるため冬場の冷え込みが厳しいため、寒さに強い石州瓦を葺いた屋根の家が多く見られます。

 

八本松から瀬野にかけては「セノハチ」という愛称が付けられるほど、マニアの間では有名な区間です。

この区間は厳しい勾配が延々続く区間で、現在も長大編成貨物列車は補機を連結してこの勾配区間を登っていきます。

かつてはセノハチ専用に開発された電気機関車、EF67形が使用されていましたが、現在はEF210形が使用されています。

山陽本線くらいの主要路線であれば新しい土木技術で勾配を緩和するのが一般的ですが、上記の理由で山陽本線のテコ入れは行われなかったため、現在も補機を連結するという光景が残っています。

セノハチ区間は広島県内でも一際冷え込みが厳しいようで、沿線には少量の雪が残っていました。

田園風景の農村住宅と山並み日没の山間にある田舎の集落

瀬野は広島市の東端に位置する駅ですが、駅の裏の山には大規模なニュータウンが造成されており、2024年までは駅とニュータウンの間でスカイレールが運行されていました。

スカイレールはモノレールとロープウェイを組み合わせたような革新的な交通機関でしたが、特殊過ぎる構造のためメンテナンス費用が高騰し、現在はEVバスに置き換えられ廃止されました。

 

山陽本線は瀬野川に沿って走り、一旦広島市を抜けて海田町に入るとようやく平野に抜けます。

海田市からは先ほど三原で分かれた呉線が合流し、大半の列車は広島まで乗り入れるため列車本数がさらに増えます。

山並みと町並みの風景

次の向洋は広島市ではなく府中町にある駅です。府中町にはマツダの本社があり、その強固な経済地盤で広島市との合併を回避しています。

向洋駅前にはマツダの工場が広がっており、車窓から見える殆どの建物はマツダ関連の物です。

また向洋は高架化工事が行われており、一番左側の線路は廃線になっていました。

セノハチ区間の特徴的な建物

天神川からは再び広島市に入ります。

進行方向の左側にはコストコと広島カープの本拠地であるマツダスタジアムがありますが、ここには元々広島操車場がありました。

広島駅付近のスタジアムと線路

赤いローソンと現在も踏切監視員が駐在する愛宕踏切を過ぎると広島に到着します。

・広島~岩国

広島は120万人の人口を誇る広島市の代表駅で、山陽新幹線の他に呉線、可部線、芸備線の列車が乗り入れるターミナル駅です。在来線特急は全て廃止されたため、在来線は通勤通学客の利用が主ですが非常に多くの利用客で賑わっています。

広島駅は市の中心部から外れた駅の典型例として語られることが多いですが、新駅ビル「ミナモア」が開業してからは広島市の新たな商業拠点として発展を続けています。

路面電車が駅ビルの2階部分に直接乗り入れる構造も大きな話題になりました。

 

広島市は太田川が作ったいくつもの三角州に跨って築かれた都市であるため、広島駅から西に行くにはいくつかの川を渡ります。

京橋川を越えると新白島、太田川を越えると横川、太田川放水路を越えると西広島に到着します。更にこれらの駅は路面電車、アストラムラインと連絡しており、広島市の強力な交通ネットワークを形成しています。

 

西広島から宮島口までは広島電鉄と並走します。広島電鉄は広島中心部では路面電車として走っていますが、西広島からは専用軌道を使って宮島口まで向かいます。

阿品を過ぎると海が見えるようになり、宮島や厳島神社の鳥居が見えると宮島口に到着します。

夕日と瀬戸内海の海岸線、白い車

宮島口はその名の通り宮島への玄関口で、現在JRが唯一運営する航路である宮島航路が発着しています。

かつては18切符でも乗船することができました。

宮島は昔から広島県を代表する観光地だったため、かつては名だたる寝台特急も停車しており、ホーム上には乗降口案内の跡が残っています。

 

大野浦から玖波にかけてが広島シティネットワーク内では最も海がよく見える区間と言えます。
左側には宮島、右奥には大竹のコンビナートが見え瀬戸内の風情が感じられます。

海沿いを走る車と夕日

大竹を過ぎて小瀬川を越えると山口県に入ります。

広島県側、山口県側双方で重化学工場が操業しており、この地域の高い工業力を感じさせます。

工場地帯を流れる川と橋

 

山口地区(岩国~下関)

・岩国~徳山

岩国は広島シティネットワークの西端に位置する駅で、殆どの列車は当駅で折り返します。
いよいよ山陽本線も山口地区へと差し掛かり、ラストスパートといったところです。
山口地区では基本的に115系が使用されており、特に新山口以東では主に3000番台が使用されています。
3000番台は近郊型車両である115系でありながら、片側2扉かつ転換クロスシートが設置されており、117系のような快速用車両の要素を備えています。
クロスシートには窓側にも手すりが設置されており、乗り心地は非常に快適です。
車内画像 115系電車内部 電車内の座席と窓
岩国から徳山へ向かうルートは2つ存在し、一つは海側を経由する現在の山陽本線と、山側を経由する岩徳線です。
元々開業したのは海側ルートですが、さらに短絡的に両都市を結ぶため山側のルートが建設され、海側ルートは柳井線というローカル線に格下げされました。
その後山陽本線の電化、複線化をする際にトンネルが多い山側ルートは新しいトンネルを掘り直すなどの面倒が生じるため、柳井線が再度山陽本線として復活し、山側ルートは岩徳線というローカル線に格下げされ、非電化単線のまま今に至ります。
なお岩国から徳山の区間は距離が長い山陽本線に乗車しても、岩徳線の距離で計算されこれは山陽新幹線にも適用されています。
山陽本線の方が距離は長いものの本数も多く、所要時間も短いため岩徳線を選ぶメリットはほとんどありません。
 
南岩国の裏手には一面の湿地が広がっていますが、これはレンコン畑です。岩国のレンコンは普通の物よりも穴の数が多いようです。
夕日と工業地帯の広がる田園風景
南岩国から柳井港にかけてはずっと海岸線に沿って走るため、瀬戸内海が見えます。
古い時代に建設された鉄道の名残がよく感じられます。
またこの辺りは島が自然の防波堤の役割を果たしているため、線路と海の間に遮るものが無く非常によく見えます。
山陽本線で一番海が近くに見えるのはこの辺りだと思います。
青い空と穏やかな海、砂浜の風景 瀬戸内海の穏やかな風景と遠くの島々
大畠の手前では本土と周防大島を結ぶ大島大橋の下を潜ります。
周防大島は昔から本土との繋がりが強く、橋が架かる前は大畠から連絡船が発着していました。
大島大橋と瀬戸内海の夕日
柳井港からは内陸部を進み主要駅である光に到着します。
光を出発すると一瞬だけ海沿いを走りますが、この辺りには工場が建ち並んでいます。
光から福川にかけては山口県でも屈指の工業地帯を通るため、瀬戸内地方の強い工業力を感じられることでしょう。
下松の手前には日立製作所笠戸事業所がありますが、ここは鉄道車両の作る工場として有名です。
建物の並ぶ風景と空
岩徳線が合流する櫛ヶ浜から徳山にかけては、徳山コンビナートの真横を走ります。
在来線からでも迫力のある光景が見れますが、新幹線で高い所から見下ろした方が遥かに迫力が感じられるので、新幹線の乗車した時には徳山前後の景色に注目してみてください。
工場敷地内を走行するタクシー

・徳山~新山口

徳山は約13万人の人口を誇る周南市の代表駅です。周南市は先述した通り県内有数の工業都市で、特に駅の真後ろにコンビナートが広がっているのが特徴です。

 

徳山を出発した後もコンビナートの光景が続きます。
工場群から煙突が煙を上げる風景

次の新南陽は徳山近辺の貨物輸送の拠点として、非常に広い鉄道用地が広がっています。

特に日本で最後までヤード継走式輸送が行われていたことでも知られています。ヤード継走式輸送は行き先がバラバラの貨車を数珠つなぎにつなげ、各地の操車場で連結・解結を繰り返しながら目的地へ運ぶ手法です。

かつての鉄道貨物はヤード継走式輸送が一般的でしたが、非効率すぎるという理由で現在はコンテナ式輸送に置き換えられています。

操車場はあまりにも広大すぎるため、不要になった操車場の跡地は再開発されるのが一般的ですが、新南陽は操車場の光景を今に留めており、ハンプヤードの跡が現在も残っています。

山陽本線沿いの線路と住宅街線路と茶色の建物

戸田からは防府にかけては山陽本線で最後の海が見える区間となります。

この辺りになると海に浮かぶ島が少なくなり、だいぶ広い海が見えるようになります。

また奥にうっすら見える陸地は大分県の国東半島で、山口県と大分県は意外と近いことがわかります。

一方で島が少ない分波がダイレクトに陸地に届く為、線路沿いには高い防波堤が築かれ全く海が見えない区間もあります。

穏やかな瀬戸内海の景色と島々青い空と海、遠くに島が見える風景

海沿いの区間も終わり高架線を走ると防府に到着します。駅がある防府市は人口約11万人の都市で、山口県内の都市では少し地味な存在ですが、人口密度は県内一で駅周辺の光景は非常に都会的です。

また防府市には日本三大天満宮に数えられる防府天満宮がある事でも有名です。

無印良品のある立体駐車場と街並み

椹野川を渡り、広大な鉄道用地が見えると新山口に到着します。

赤い電車が並ぶ山陽本線沿いの風景

・新山口~下関

新山口は山陽新幹線の他に山口線、宇部線が分岐する山口県屈指のターミナル駅です。

元々は「小郡」を名乗っており、所在地も小郡町でした。山陽新幹線の駅が開業する際山口市から「新山口」に改称するよう小郡町に求めましたが、小郡町が拒否し続けていました。その後小郡町が山口市と合併したため、晴れて「新山口」を名乗るようになりました。

なお山口市の中心部は山陽本線から外れた内陸部に広がっており、山口線でアクセスできます。

新山口が山口県かつ、山口市の代表駅かと言われると少し微妙ですが、山口県の玄関口として機能していることは間違いありません。

 

 

新山口から先はひたすら内陸部を走るため景色は割と単調です。

厚東川に沿って進むと宇部に到着します。駅がある宇部市は約15万人の人口を誇る都市で、周南市や下関市に並ぶ工業都市として有名です。

特にセメント製造で有名な宇部興産の創業地であり、海岸沿いには巨大なセメント工場群が聳えています。

宇部は市の中心部から大きく外れており、宇部線に乗り換えて宇部新川まで行くと市の中心部にアクセスできます。

黄色い電車が停車する駅のホーム

小野田、厚狭と言った主要駅を過ぎると本州最西端の都市である下関市に入ります。

幡生の手前では山陽本線に次ぐ中国地方の主要幹線である山陰本線が合流します。

この事実からもわかる通り幡生は西日本を代表する鉄道の街で、駅周辺には下関総合車両所や操車場の跡が残っており、広大な鉄道用地が広がっています。

また幡生はスクラップの名所としても有名で、JR西日本管内で廃車になった車両の多くはこの幡生で解体されます。

建設現場の重機と線路

幡生の次の駅はいよいよ本州最西端の駅である下関です。

関門トンネル区間

・下関~門司

下関市は本州最西端の都市であり、山口県最大の都市です。
歴史的にも下関市は非常に重要な位置にあり、壇ノ浦の戦いや下関戦争など歴史の舞台として幾度となく登場しています。
当然ながら下関駅も非常に重要な駅で、本州と九州を繋ぐという重役を担っていました。
現在の下関駅は関門トンネル開通後に開業した駅で、かつてはシーモールや海峡ゆめタワーなどがある位置に駅がありました。
トンネルが無かった時代は関門連絡船が下関と門司(現在の門司港)の間で運航されていました。当初は貨車から船に荷物を積み替えていましたが、非効率という事で貨車をそのまま船に詰め込む車両航送が日本で初めて行われました。
これにより関門間での荷物の輸送効率が劇的に改善し、それを記念したレリーフが現在も残っています。
また日本が朝鮮半島を占領していた時代には朝鮮半島への連絡線も発着しており、その名残で現在も関釜フェリーが運行されています。

 

関門トンネル開業後も下関の重要性が下がることはありませんでした。本州側が直流電化されているのに対し、関門トンネル以西は交流電化となっているため、電気機関車の付け替えのためにほぼ全ての優等列車が停車していました。

新幹線が開業し、寝台特急が廃止になって以降下関から発着する優等列車は無くなりましたが、関門経済圏の繋がりは未だに強く、多くの乗り換え客で賑わっています。

下関が山陽本線の終点と思いきや、まだ終わりではありません。ここから関門トンネルで九州を渡った先にある門司が山陽本線の終点となります。

下関から先の区間はJR九州の管轄となり、交流電化区間となっているため必ず乗り換えが必要になります。
下関の先にはかつては下関運転所と呼ばれた広大な車両基地が広がっています。
日本で最後の国鉄型車両の巣窟として知られていますが、227系の姿も見え時代の流れを感じました。
工場地帯と線路、車両が並ぶ風景
狭い海峡を渡ると山陽本線は一瞬離島である彦島を走ります。
この彦島に関門トンネルの本州側の坑口があります。
夕暮れの河川と橋、山並み
関門トンネルは1942年に開通した世界初の海底鉄道トンネルです。
戦時中にも関わらずなぜ関門トンネルの工事が行われたかと言えば、九州で製造された軍需物資や石炭を本州へ効率的に運ぶことが、戦時中の日本にとって急務でした。
関門トンネルの長さは約3.6km程で今の感覚からすると決して長くはありませんが、戦時中に掘られた海底トンネルと思えば関門トンネルの偉大さが感じられると思います。
関門トンネルを抜けて九州、福岡県に入ると山陽本線の終点、門司に到着します。
駅周辺の建物と木々、夕日

 

総評

山陽本線を普通列車で乗り通してみましたが、景色は非常に変化に富んでいて面白かったです。

大都会から山間部、海岸沿いなど多種多様な景色を楽しめます。

また最初から最後までずっと転換式クロスシートの車両に乗れたので、普通列車の旅ながら非常に快適でした。

さらに岡山地区や山口地区ではまだ115系に乗れるという点がポイント高いです。ただし2026年1月現在、岡山地区ではすれ違う車両の殆どが「Urara」であるほど新型車両の運用拡大が続いており、山口地区でも227系「Kizashi」の導入が決まっています。もしかしたら2026年が山陽本線の115系を楽しむ最後のチャンスかもしれません。

 

 

 

 

山陽本線の概要

・基本情報

  • 路線区間:神戸~門司
  • 営業距離:512.7km
  • 管轄会社:JR西日本(神戸~下関)、JR九州(下関~門司)

山陽本線は兵庫県の神戸から福岡県の門司を結ぶ路線です。

国内では東海道本線に次ぐ主要幹線として。今日に至るまで重要な役割を果たしています。

山陽新幹線の開業により長距離輸送の役割は失われましたが、貨物列車の大動脈としての役割は健在で、日本の東西を結ぶ大量の貨物列車が行き交っています。

東海道本線に比べると沿線人口が少なく、ローカルな雰囲気を味わえるのも山陽本線の特徴です。

 

山陽本線の使用車両

・神戸~相生など(関西地区)

京阪神圏のアーバンネットワークに含まれる神戸から上郡の区間では新快速が運行されており、主に223系と225系が使用されています。

また各駅停車の列車には通勤型車両の207系や321系が使用されています。

227系電車「Urara」の普通列車227系電車、山陽本線で活躍

▲主に新快速で使用されている223系と225系

223系・225系新快速電車JR223系・225系新快速電車

▲主に各駅停車に使用されている207系と321系

・相生~糸崎など(岡山地区)

兵庫県の姫路以西から岡山県、広島県の東部にある糸崎にかけては主に岡山車両センターの車両が使用されています。
日本で最後に残る国鉄型王国の一つで115系や113系が主力車両として活躍しています。
2023年から新型車両は227系「Urara」の投入が始まり、2026年3月のダイヤ改正で一気に運用範囲が広がる予定となっています。
国鉄王国岡山もいよいよ終焉を迎えようとしています。
黄色い電車 L-17 227系 Urara
▲岡山地区の115系は寒冷地仕様の1000番台や、暖地仕様の2000番台などが使用されています。
黄色の電車が駅に停車中
▲113系も使用されていますが2026年3月のダイヤ改正で引退する予定です。
山陽本線 227系 Urara 岡山行き
▲元々はマリンライナー用の車両として投入された213系
227系「Urara」糸崎行き普通列車
▲岡山地区待望の新型車両である227系「Urara」。

・糸崎~岩国など(広島地区)

広島県の糸崎から山口県の岩国を走る全ての列車には227系が使用されています。
かつては「國鐵廣島」とネット上で揶揄されるほど国鉄型車両しか走っていなかった広島地区ですが、2015年に広島地区向けの新型車両として導入されたのが227系です。
「RedWing」の愛称が付けられており車体カラーには厳島神社の鳥居や、広島東洋カープをイメージした赤が採用されました。
山陽本線以外にも呉線や可部線にも投入されたほか、一部の列車は福山や新山口まで乗り入れています。
山陽本線 227系 RedWing 快速 広島行き

・岩国~下関(山口地区)

山口県内の山陽本線では主に115系3000番台が使用されています。3000番台は広島・山口地区のために製造された車両で、115系としては異例の片側2扉が採用されました。
内装にも製造当初から転換クロスシートが採用されており、急行型車両並の快適性を実現しています。
山陽本線115系黄色車両
新山口より西では2両編成のT編成を見ることができます。この編成には寒冷地仕様の1000番台の中間車を先頭車に改造した車両が組み込まれており、115系とは思えない独特の顔つきをしています。。
黄色い電車、山陽本線227系「Urara」

・下関~門司(関門トンネル区間)

下関から門司の関門トンネル区間では415系が使用されています。
下関駅の構内は直流電化されている一方、関門トンネルから九州にかけては交流電化されているため、交直流電化区間に対応した415系が使用されています。
鋼鉄製の415系は全車引退しましたが、国鉄末期に製造された211系1500番台は現在も活躍しています。
1500番台は同時期にデビューした211系同様のデザインが採用されており、車体はステンレス製となっています。
交直流対応車両は製造コストがかかるため国鉄型車両が長らく使われてきましたが、JR東日本のE501系がJR九州に譲渡され置き換えられる予定となっています。
山陽本線115系下関行き

 

沿線概要

京阪神地区(神戸~相生)

・神戸~姫路

神戸は東海道本線の終点であり、山陽本線の起点となる駅ですが、JR西日本では大阪から神戸までを「JR神戸線」として一体的な運用を行っているため、神戸は単なる中間駅という位置づけです。
なぜ神戸が山陽本線の起点になったかと言えば、大阪から神戸に関西地方初の鉄道を国が開通させた後、神戸から西は山陽鉄道という民間企業が建設を行ったからです。
また神戸駅の近くには神戸港があり、駅の南口駅前にはかつて湊川駅という広大な貨物駅がありました。
関西を代表する物流の拠点だった神戸駅周辺は神戸市の中心地として栄華を極めましたが、現在は三ノ宮近辺に中心地が移ったため、神戸駅の立場は低下しました。
しかし現在も神戸駅には風格漂う駅舎が残っており、かつてはれっきとした神戸市の中心駅であったことが伺えます。
かつて湊川駅や神戸港だった場所はハーバーランドやメリケンパークなどに再開発され、神戸屈指のお洒落スポットに変貌を遂げています。
神戸駅周辺のビル群と線路
隣駅の兵庫は県の名前を名乗る駅ですが新快速は通過する小駅です。
この辺りは元々兵庫津と呼ばれており、平清盛が港を整備したころからの歴史があります。
そこから明治時代まではこの辺りが当時の摂津国の中心地であったため、県名にも採用されました。
兵庫からは山陽本線の支線である和田岬線が分岐しており、工業地帯である和田岬へ向かいます。
神戸駅付近の街並みと高層マンション
須磨を過ぎると山陽本線は須磨海岸に沿って走ります。山陽本線は海沿いを走っているイメージがありますが、海が見える区間は全体のごく僅かで、その一つが須磨から明石にかけての区間です。
山陽本線は海岸線ギリギリを走っており、大都市圏内でここまで海に近い所を走るのは全国的に見ても珍しいです。
また大阪湾は海上交通の要衝であるため、多くの船が行き交っている様子が見えます。
山陽本線 須磨海岸沿い 海の景色
舞子の手前になると明石海峡大橋と淡路島が見えてきます。明石海峡大橋は1995年に開業した橋で、当時は世界一の規模を誇った吊り橋でした。
これにより関西から明石海峡大橋、淡路島、鳴門海峡大橋を経て徳島へ至るルートが完成し、物流に大きな変革をもたらしました。
特急列車や新快速が走る快速線の方が一段高い所を走るため、より橋や海が見えやすいです。
明石海峡大橋と海、鉄道線路
明石海峡大橋を見終えると明石に到着します。明石市は人口30万人をほこる都市で、近年は手厚い子育て支援施策の結果人口増加を成し遂げたことで知られています。
元々明石城の城下町として発展しただけあり、駅前には立派な市街地が形成されています。また統計135度線が通る日本標準時線子午線の街としても有名です。
 
隣駅である西明石は新幹線の乗換駅かつ、草津から続いた日本最長の複々線区間の終点でもあります。
西明石終点の列車が多数設定されているのもこのためです。また複線区間になってからは沿線には戸建て住宅が目立つようになり、大阪から続いた京阪神の都会的な景色もひと段落します。
 
次の主要駅は加古川です。駅がある加古川市は約25万人の人口を誇る県内有数の大都市で、ベッドタウンかつ工業都市として知られています。
駅からは加古川に沿って北上する加古川線が分岐しています。地味なローカル線ですが、阪神淡路大震災の時には迂回路線として活躍しました。
駅を出てしばらくすると、市の名前の由来となっている加古川を渡ります。
河川と病院、橋のある風景
山陽新幹線と並走するように走ると姫路に到着します。播磨地方の中心都市である姫路市は人口52万人を誇る兵庫県第2の都市で、神戸市とはまた別の経済圏を確立しています。
姫路には山陽新幹線の他播但線、姫新線が乗り入れており県内屈指のターミナル駅となっています。
大半の新快速は当駅を終点としており、JR神戸線と案内されるのも当駅までとなっているため、姫路から本格的な山陽本線の旅が始まると言えます。
姫路から岡山まで一気に走破する列車は少なく、多くの場合播州赤穂行きの列車に乗ることになります。
列車の編成数も4両編成と一気に短くなり、京阪神の都会的な雰囲気はかなり薄れていきます。
姫路を出発してしばらくすると、車窓の左右に謎のコンクリートの構造物が見えます。
これはかつて姫路駅から手柄山を結んでいた姫路モノレールの廃線跡です。
まだモノレールが殆ど普及していなかった1966年に開業し、当時は近未来の交通機関として注目されていましたが、利用客が低迷し僅か8年で廃止となって幻のモノレールとして有名です。
姫路の西側には工業地帯が広がっています。姫路市は県内一の製造品出荷額を誇る工業都市で、特に沿岸部には広大なコンビナートが広がっています。
工場建屋と配管群
かつてモノレールが乗り入れていた手柄山は運動施設や娯楽施設などが集まる姫路市民憩いの場で、2026年の3月には新駅として手柄山平和公園駅が開業予定となっています。
開業まで半年も無いため、駅の設備はほぼほぼ完成しているように見えました。
手柄山平和公園駅と建設中の建物
姫路市最西端の駅となるのが網干です。網干は関西圏で鉄道を利用している方なら馴染みのある駅名だと思いますが、ここには関西圏有数の巨大車両基地である網干総合車両所があります。
主に新快速等で使用されている223系や225系が所属しています。
山陽本線で使用される車両たち
網干を過ぎると沿線には広大な田畑が広がるようになり、だいぶローカルな雰囲気が強くなります。
揖保川を渡るとたつの市の入り竜野に到着します。そうめんの有名ブランドである「揖保乃糸」の由来となっている川で、たつの市は日本有数のそうめんの名産地となっています。
しかし竜野は市の中心部から大きく外れており、姫新線の本竜野の方に中心街が広がっています。
山陽本線沿いの田園風景と橋
竜野を過ぎると広大な播磨平野も終わり、相生に到着します。

相生~糸崎(岡山地区)

・相生~岡山

相生は山陽新幹線の他、赤穂線が分岐する駅です。播州赤穂は赤穂線の駅なので、山陽本線を西進する場合は相生で乗り換えが必要になることが多いです。

 

相生からはいよいよ岡山地区の車両に乗ることになり、近畿地方から中国地方へとシフトします。

相生を出発するとしばらく直進しますが、有年を過ぎると大きなカーブを描いて千種川に沿って進み、川を渡ると上郡に到着します。

国道2号線が鯰峠経由で直線的に建設されているのに対し、山陽本線はなるべく平地を選び上郡を経由する遠回りなルートで岡山に向かいます。

上郡は決して大きな駅ではありませんが、鳥取へ向かう智頭急行線が分岐しています。

「スーパーはくと」や「スーパーいなば」などの特急列車を高速で走らせるために建設された超高規格路線で、沿線の景色には似合わない高架線が建設されています。

 

上郡を過ぎると兵庫県と岡山県の県境となっている船坂峠を越えます。峠の前後には殆ど民家等はなくかなり山奥を走っていることが分かります。山陽本線の相生から岡山はこれといった大きい都市が無く、利用客も少ないため本数も少なく、18キップユーザーの難所としても知られていますが、この沿線の景色を見れば納得です。

山陽本線沿線の森と小屋

岡山県に入り最初に到着する駅が三石です。三石周辺には大きな煙突が何棟も建っていますが、これらは耐火煉瓦の工場の物です。三石では煉瓦の原料となる「ろう石」が採掘できたため、明治時代に煉瓦産業が発展しました。

山陽本線沿いの工場と山並み

和気から万富の手前までは吉井川に沿って走ります。相生から岡山の車窓は割と単調ですが、この川沿いを走るこの区間は見応えがあります。「サンライズエクスプレス」で乗っていてもこの区間の景色は良いなと感じます。

山陽本線沿いの川と山並み川沿いの鉄橋と山並み

岡山市に入り旭川を渡ると岡山に到着します。

橋と川、山並みと青空

・岡山~笠岡

岡山は山陽新幹線の他吉備線や津山線、赤穂線と言ったローカル線、山陰地方へ向かう伯備線、四国へ向かう宇野線・本四備讃線の列車が乗り入れる中国地方屈指の巨大ターミナル駅です。鉄道マニアの方なら岡山で降りたことは無いでしょう。
山陽本線から特急列車は殆ど消滅してしまいましたが、山陰地方や四国地方へ多種多様な特急列車が現在も発着しており、駅のホームは非常に賑やかです。
また岡山から西は大半の岡山県民が住むエリアとなるため、大量の乗客が流れ込み4両編成の列車はほぼ満員となります。
岡山から隣駅の北長瀬にかけては広大な岡山車両区と、岡山貨物ターミナルが広がっています。
北長瀬もかつては岡山操車場の一部で、跡地は岡山ドームや商業施設等に再開発されています。
コンテナとトラックが並ぶ貨物駅
岡山県内の山陽本線は広大な岡山平野をひたすら走るので、景色は極めて単調です。
住宅地と畑が入り混じったような光景が延々と続きます。こんな単調な景色でも岡山らしさを感じることができます。
それが水路の多さです。岡山平野の大半は埋め立てによって造成されており、土の塩分を抜くいたり、農業用水を確保するために水路が張り巡らされました。
山陽本線沿線の風景、家屋と送電線

岡山の次の主要駅は倉敷です。倉敷市は約50万人を人口を誇る県内第2の都市です。江戸時代の蔵街が残る観光都市である一方、水島コンビナートを要する瀬戸内地方屈指の工業都市としても知られています。

 

 

山陽本線も岡山から倉敷の輸送需要が最も大きいですが、倉敷から西もそれなりに大きい都市が続く為相変わらず車内は混雑していました。

・笠岡~糸崎

笠岡は岡山県の最西端にある駅であり、岡山県内の山陽本線の駅では最も海に近い駅です。

駅の近くには笠岡港があり、北木島や白石島への航路も発着しています。

駐車場に停められた黒いバンと赤い車

岡山県と広島県の県境にはこれといって目印となるものが無く、知らぬ間に広島県に入ることになります。

岡山県西部と広島県東部は元々備後国に属していたため、広島県に入ったという印象は薄いです。

高架線を登ると福山に到着します。福山市は45万人の人口を誇る県内第2の都市です。広島県にありながら岡山県との繋がりが強く、独自の経済圏と存在感を有する都市です。

駅前には多くのビルが建ち並んでおり、その光景は非常に都会的です。

Sun Station Terraceと街並み

東尾道から尾道にかけては、尾道市らしい光景を堪能できます。

東尾道を出発してしばらくすると尾道造船の工場が見えます。尾道の名を冠するまさに尾道を代表する企業です。

この辺りからは工業都市としての尾道の姿が見えます。

大型船とクレーンがある港湾地区

続いて尾道大橋の下を潜ります。この橋は本土と向島を繋ぐ橋で、四国へ繋がるしまなみ海道を構成する橋の一つでもあります。

尾道は本州側から見た四国の玄関口という役目も果たしています。

橋と海、夕日

尾道大橋から尾道駅にかけては、尾道市の市街地が広がっています。

かつて備後地方の商都として栄えた尾道は古くから街が築かれていたため、山陽本線は市街地を避けるようにして線路が敷かれています。

尾道を出発してしばらくすると国道2号線と並走し、尾道の港を過ぎると海岸に沿って走ります。

目の前には瀬戸内海に浮かぶ島がいくつか見え、向島と因島を結ぶ因島大橋が見えます。

漁船が停泊する港の風景穏やかな海と島々、遠くの橋

海が見えなくなると糸崎に到着します。糸崎は両隣の尾道や三原に比べると地味な駅ですが、山陽本線有数の運行上の拠点となる駅です。

かつては糸崎機関区が置かれ、これから控える厳しい山越えに備える拠点として活躍しました。

その名残で現在も車両基地があり、当駅を境に岡山側と広島側で運行系統が分断されています。

つまり山陽本線的には当駅が岡山と広島の境となり、ここから先は新型車両227系RedWingが主力となります。

駅自体は非常に主要な糸崎ですが、駅周辺にはほとんど何もなく、地元の人以外乗り換え以外の目的で当駅を利用する人は殆どいないでしょう。

 
後編に続く・・・

 

 

 

特急「しなの」の概要

・基本情報

  • 運行区間:名古屋~名古屋
  • 所要時間:3時間
  • 運行本数:13往復
  • 使用車両:383系
  • 座席種類:自由席、指定席、グリーン車
  • 車内設備:コンセント無し、Wi-Fi無し
  • 車内販売:無し

特急「しなの」は名古屋から長野を中央本線、篠ノ井線、信越本線を経由して結ぶ特急列車です。

日本初の振り子式車両である381系が初めて導入されるほど、ほぼ全区間に渡りカーブが連続する厳しい山の中を走ります。

また、日本で最後まで「L特急」を名乗っていた特急列車でもあります。

日本有数の俊足特急列車であり振り子式車両で急カーブを猛スピードで駆け抜ける姿が、特急「しなの」の伝統となっています。

列車名は長野県の旧国名である「信濃」が由来となっています。

 

 

 

特急「しなの」の停車駅

特急しなの停車駅と運行図

全ての列車が停車する駅は千種、多治見、中津川、木曽福島、塩尻、松本、篠ノ井となっています。

全区間を乗り通す需要は勿論のこと、長野県の二大都市である長野と松本を結んでいるため、この区間の需要も大変多いです。

また、多客時には松本から大糸線に乗り入れ白馬から発着する列車もあります。

2016年までは大阪から発着する「大阪しなの(愛称)」も設定されていました。

 

特急「しなの」の使用車両

特急「しなの」383系電車特急しなの383系車両の走行シーン

特急「しなの」には383系が使用されています。

383系は先代の381系同様振り子式車両ですが、制御付き振り子式車両のため乗り心地は改善されています。

パノラマグリーン車を連結した6両編成と増結用の4両編成、2両編成が存在し、最大10両編成で運行されています。

デビューからすでに30年が経過したため、新型車両による置き換えも計画されています。

新型車両の385系は特急「しなの」伝統の振り子式車両、パノラマグリーン車を引き継いでおり、デビューが楽しみです。

 

 

 

乗車レポート(2024/11/13、2026/01/14)

今回は名古屋から塩尻、塩尻から長野と2回に分けて乗車しました。

まずは車内の紹介をします。
特急「しなの」383系普通車車内 特急しなの383系座席
普通車の様子。かつて「ワイドビュー」を名乗っていただけあり、大きな窓が特徴的です。
JR東海の車両らしく普通席にもフットレストが設置されています。
特急しなの 383系普通車座席 特急しなの 383系 車内 panorana
グリーン車は2列+2列の配置ですが、クッションは肉厚で座席幅も広いので2+2列のグリーン車としてはかなり快適だと思います。
383系はパノラマグリーンを採用しており、最前列の座席からはパノラマ展望を楽しむことができます。
しかしパノラマ展望は基本最前列でしか堪能できないため、しばしばぼったくりと言われることもありますが、常に混雑している特急「しなの」においてグリーン車は割と空いているので、静かな空間を手に入れるために課金するのも有りだと思います。

・名古屋~中津川

名古屋を出た列車はしばらく東海道本線、東海道新幹線、名鉄線と並走し金山から名古屋市の東に進みます。

中央本線は比較的名古屋市の中心部の近くを走るためビルやマンションが断続的に続く光景を見ることができます。

東海道本線や関西本線よりも名古屋の都会っぷりを感じることができます。

特に片側数車線にも及ぶ幅の広い道路と、高速道路は車社会名古屋を象徴する光景と思えます。

都市部の交差点と高速道路の風景

名古屋中心部へのアクセス駅である千種を過ぎると、ビルやマンションも減り郊外の雰囲気が漂います。

庄内川を越えると名古屋市内を抜け春日井市に入ります。

春日井市は名古屋市のベッドタウンとして発展した都市で、沿線にはマンションや新興住宅が目立ちます。
広がる街並みと川の風景

 

高蔵寺を過ぎると景色の雰囲気が一気に変わり、庄内川の渓谷を走るようになります。

この渓谷は古虎渓とも呼ばれており、ついさっきまで名古屋近郊を走っていたとは思えない光景です。

山間の緑と空、廃屋

 

愛知県と岐阜県の境は険しい山で阻まれており、中央本線はいくつものトンネルで越えていきます。

特に県境にある愛岐トンネルは約3kmほどの長さがあり、中央西線では最も長いトンネルとなっています。

現在のトンネルは昭和40年代に作られたもので、開業当時のトンネルは「愛岐トンネル群」として保存されています。

特急しなの、トンネルへ進入

 

山間部の区間を過ぎると急に土地が開け、東濃地方の中心都市である多治見に着きます。

多治見から先は土岐川に沿って進みますが、この辺りからカーブも多くなり勾配もきつくなるため、山岳路線の雰囲気が漂うようになります。

まだまだ名古屋の近郊圏で長編成の普通列車が行き来していますが、沿線の雰囲気は非常に長閑なので違和感を感じます。

特急しなの、カーブを走る383系電車

 

美乃坂本はリニア中央新幹線の岐阜県駅建設予定地であるため、大規模な工事が行われていました。

名古屋から1時間ほどで主要駅の中津川に到着します。

・中津川~塩尻

中津川は名古屋近郊の東端に位置する駅で、ここから先が中央西線の深淵とも呼べる区間となります。

中津川を出てしばらくすると民家も途切れ、落合川と木曽川の合流地点に築かれた落合ダムを見ることができます。

ここから中央西線はしばらく木曽川に沿って進んでいきます。

名古屋近郊、利根川沿いの風光明媚な風景

 

岐阜県最東端の駅である坂下を過ぎると、長野県に入り南木曽に到着します。

南木曽は妻籠宿の玄関口としても知られており、ここから中央西線は中山道に沿って進みます。

いわゆる「木曽路」と呼ばれるエリアで、非常に険しい道のりながら東西の都を結ぶ超主要ルートとして重宝されていました。

特急「しなの」に乗れば木曽路の険しさを手軽に感じることができます。

「木曽路はすべて山の中」と言われる通り、この辺りの中央西線は急カーブと急こう配が連続する山岳路線となっていますが、特急「しなの」はそんな線形をもろともせず、約100km/h近いスピードで木曽路を駆け抜けていきます。

十二兼を過ぎると名古屋から続いた複線区間も一旦終わり、塩尻までは複線と単線区間が入り混じるようになります。

本当は全線複線化されるのが理想ですが、とてももう1本線路を敷く余裕もないような場所が多く、これ以上複線化されることはないでしょう。

山間部の紅葉と渓谷の風景特急しなの、夕暮れの山間部と川

中央西線は中山道に沿っているため、宿場町ごとに駅が設置されているのも面白い点です。

特に須原手前では須原宿の街並みを見ることができ、間口の狭い民家が宿場町であった名残を感じさせます。

山間の町並みと山々

上松の手前では木曽路随一の景勝地である寝覚の床を見ることができます。

浦島太郎が玉手箱を開けて夢から覚めたという逸話から、寝覚の床と呼ばれているこの渓谷は特急「しなの」からほんの一瞬だけ見ることができるので、見逃さないようにしましょう。

特急「しなの」が渓谷を走る様子

▲寝覚めの床の脇を通る特急「しなの」

 

名古屋から1時間半程で主要駅の木曽福島に到着します。

中津川から塩尻の区間で唯一全列車が停車するのがこの木曽福島で、駅周辺には木曽路随一の市街地が形成されています。

江戸時代には福島の関が置かれており、中山道でもかなり重要なポジションに位置していました。

山間集落と紅葉の山並み

藪原を過ぎると木曽路最大の難所である鳥居峠に差し掛かります。

木曽川に沿って走るのもここまでで、太平洋側と日本海側との分水嶺となっています。

昔は越えるのに相当苦労したと思われますが、現在は中央西線、国道19号線共にトンネルが掘られており、簡単に峠を越えることができます。

鳥居峠を越えると、中山道最大級の宿場町として栄えた奈良井を通過します。

現在も「奈良井千軒」と呼ばれていた江戸時代の宿場町の雰囲気を色濃く残しており、観光地として知られていますが、中央西線からその様子を伺うことはあまりできません。

特急しなの 383系 展望車からの車窓

 

奈良井からは奈良井川に沿って進みます。信濃川水系のため最終的には日本海に流れます。

木曽漆器で有名な平沢や、関所があった贄川を過ぎると木曽路も終わりを迎えます。

洗馬を過ぎると松本平に入り、久しぶりに開けた土地を走るようになります。

沿線にブドウ畑が見えると、主要駅である塩尻に到着します。

特急「しなの」沿線の風景と送電鉄塔

・塩尻~長野

塩尻から先はJR東日本の管轄となり、篠ノ井線に入ります。

松本平は長野県内第2の人口を誇る盆地で、特に塩尻から松本には人口が集中しているため、断続的に市街地が続きます。

県内第2のターミナル駅である松本を過ぎると、奈良井川・梓川越しに北アルプスの山並みを見ることができます。

北アルプスといえば大糸線が有名ですが、篠ノ井線から望む北アルプスも素晴らしいです。

雪山と川、雪景色広がる風景

▲奈良井川と梓川の合流地点の奥にそびえる北アルプス。

 

明科から先は再び山越え区間となり、篠ノ井線は長いトンネル区間に入ります。

1988年に完成した第1~第3白坂トンネルは、地滑りなど自然災害に対して脆弱だった区間を付け替えるために掘削されたもので、旧線は現在遊歩道として整備が進んでいます。

第1~第3白坂トンネルは複線化を見据えて複線の規格でトンネルが掘られましたが、国鉄の経営難を理由に複線化されることはありませんでした。

 

このトンネル区間を抜けると長閑な里山の中を走ります。

篠ノ井線は松本と長野という県内の2大都市を結ぶ主要幹線ですが、両都市は険しい山によって隔たれており、沿線に大きい街はありません。

西条からは善光寺街道に沿って走り、西条付近は街道の宿場町の面影が感じられます。

田園風景に建つ集落と山並み

冠着を過ぎると、開業当時は日本一の長さを誇った冠着トンネルに突入します。

蒸気機関車の時代にはトンネル内で機関士が煙に巻かれて窒息死する可能性があったため、松本側の坑口にはトンネル内を換気するための巨大な送風機が設置されていました。

 

この冠着トンネルを抜けると、日本三大車窓の一つである姨捨を通過します。

標高が高い姨捨から眺める善光寺平の景色は本当に見事で、三大車窓に選ばれるのも納得です。

夜景がきれいなことで知られていますが、冬の朝もお勧めです。

特急しなの、雪景色と山並みの車窓姨捨からの善光寺平の雪景色

▲昼の姨捨からの善光寺平

姨捨からの善光寺平の夜景雪景色と町並みの夜景

▲夜の姨捨からの善光寺平

 

篠ノ井線は標高の高い姨捨から善光寺平の平地へ向かうため、盆地を形成する山の際に沿って線路が敷かれています。

姨捨から稲荷山の間には、桑ノ原信号所と呼ばれるスイッチバック式の信号所があり、普通列車が特急列車や貨物列車をやり過ごすための施設として現役で稼働しています。

篠ノ井線は長野県内の2大都市を結ぶ超主要路線であり、大量の特急列車や貨物列車が行き来していますが、ほぼ全区間が単線であるため駅以外にもすれ違い設備を用意する必要があります。

坂の途上に列車を停めることは昔の技術では不可能だったため、本線から外れた平らな土地に列車を停めるスイッチバック方式の信号所が設置されました。

雪景色の広がる田園風景と線路

 

篠ノ井で篠ノ井線の区間は終了となり、ここから長野までは信越本線となります

北陸新幹線が金沢まで延伸開業した際に、篠ノ井から長野は引き続きJR東日本が管轄することとなったため、現在も信越本線となっています。

わずか10kmほどの距離ですが、長野県内でも特に列車本数、利用客が多い区間であるためJR東日本が管轄していると思います。

この辺りは善光寺平の真ん中であるため久しぶりの直線区間となり、北陸新幹線も並走します。

川中島を過ぎると、長野県北部を代表する河川である犀川を渡ります。

犀川はこの後千曲川と合流しますが、犀川と千曲川に挟まれたエリアを川中島と呼びます。

犀川を過ぎてしばらくすると県庁所在地の長野に到着します。

特急しなの、鉄橋と川の景色雪景色を走る特急「しなの」383系

 

 

 

総評

車窓:   ★★★★★

スピード感:★★★★★

お勧め度 :★★★★★

第一印象はとんでもなく速いという印象でした。

単線区間のポイント分岐など速度を落とさざるを得ない場所は多かったですが、速度を出せる区間では常に全速力で走っているイメージでした。

「しなの」が走っている区間は非常にカーブが多いですが、振り子式車両のためお構いなしに速度を出している印象を受けました。

車窓に関しては北アルプスや姨捨からの善光寺平など純粋に景色のいい区間もありますが、景色の移り変わりが楽しめるのも「しなの」の車窓の特徴です。

速度が速いうえ、景色のバリエーションも豊富なので3時間乗っていても全く飽きません。

また、中津川から塩尻では大部分が中山道と並走しており、歴史ロマンを感じられるのも「しなの」ならではの楽しみです。走りも景色も超一級の特急列車でした。

パノラマグリーン車は長野行きの列車のみ前面展望を楽しめることができます。

グリーン車なので当然特急料金は高くなりますが、「しなの」は指定席も自由席も基本混んでいる一方、グリーン車はあまり混んでいないことが多いため、非常にコスパは高いと思います。

 

 

特急「サンダーバード」の概要

◆基本情報◆

  • 運行区間:大阪~敦賀
  • 所要時間:1時間20分
  • 運行本数:25往復
  • 使用車両:681系、683系
  • 座席種類:全車指定席、グリーン車
  • 車内設備:コンセント有(普通車は車端部の座席のみ、グリーン車は全席)、Wi-Fi無し
  • 車内販売:無し

特急「サンダーバード」は大阪から東海道本線、湖西線、北陸本線を経由して敦賀を結ぶ特急列車です。

かつては金沢や富山までを結んでいましたが、北陸新幹線が敦賀まで延伸開業してからは、新幹線とのリレー特急として運行されています。

 

関西圏と北陸地方を結んでいた特急「雷鳥」が前身となっており、「雷」と「鳥」をそのまま英語訳して「サンダーバード」という名前が付けられました。なお「雷鳥」の英語訳は「ThunderBird」ではないので注意が必要です。

民営化後に681系を使用した特急列車に対して「スーパー雷鳥(サンダーバード)」という愛称が付けられていましたが、長

すぎるという理由で現在の愛称に改められました。

 

ほぼ全区間が高規格な路線となっているため、日本最速の表定速度を誇る特急列車としても知られています。

 

 

特急「サンダーバード」の停車駅

サンダーバード停車駅路線図

新幹線が敦賀まで延伸開業する前の特急「サンダーバード」の停車パターンは複雑怪奇なことで知られていましたが、運行区間の短縮により多少は整理されました。

基本の停車パターンは大阪、新大阪、京都、敦賀となっており、朝夜の一部列車は高槻、堅田、近江今津に停車します。

 

なお湖西線が強風により運転見合わせとなって場合は、米原を経由するルートで運行されます。

特に冬の時期は比良おろしと呼ばれる強風が吹き荒れるため、迂回運転が行われることが多いです。

 

 

特急「サンダーバード」の使用車両

特急「サンダーバード」には681系もしくは、683系が使用されています。

681系は北陸地方を走る特急列車のサービス向上のためにJR西日本が投入した車両で、「より速く、より快適に」をコンセプトに開発されました。

 

非貫通扉先頭車には新幹線のような流線形の輪郭が採用された一方、貫通扉先頭車はシンプルに纏められており、後のJR西日本特急車両のデザインの基礎を作りました。

走行性能は最高速度160km/h運転が可能となっており、北陸地方を走る特急列車のスピード向上に大きく貢献しました。

 

特急「サンダーバード」の他、北陸と中京圏を結ぶ特急「しらさぎ」にも使用されている他、かつて越後湯沢で上越新幹線と接続し、北陸と首都圏を結んでいた特急「はくたか」にも使用されていました。

現在は老朽化のため「サンダーバード」での運用はかなり限定的になっています。
雪景色の中を走る特急「サンダーバード」

 

683系は681系の改良版として2002年から投入されました。

基本的な設計は681系に準じており貫通扉先頭車のデザインはほとんど同じですが、非貫通扉先頭車のデザインには変更が加えられました。

 

現在「サンダーバード」の主力として活躍してるのは2009年から投入された4000番台で、両端の先頭車が非貫通扉車になっているのが特徴です。

一部の車両は直流電化区間専用車両に改造され、特急「くろしお」や北近畿地方の特急列車に使用されています。

特急サンダーバード 681系車両特急サンダーバード 681系車両

 

 

 

 

乗車レポート(2026/01/06)

この日は敦賀から大阪まで乗車しました。

・敦賀~京都

特急「サンダーバード」は新幹線ホームの真下に作られた31~34番線ホームから発着します。

このホームは北陸新幹線が敦賀まで延伸開業した際に建設されたもので、新幹線との乗り換えを考慮した構造になっています。

敦賀は三方を山に囲まれ、一方を海に囲まれた要塞都市と形容されることがありますが、陸路で敦賀を抜ける場合は必ず山を越える必要があります。

勾配を登る上り線は下り線をオーバークロスした後、ループ線で急こう配を登っていきます。

雪景色の山間部を走るサンダーバード

「鳩原ループ」と呼ばれていますが大部分がトンネルで構成されているため、ループを体感するのは難しいです。

しかしトンネルと抜けると、進行方向の右側に見えていた敦賀市の市街地が左側に見えてきます。

少し高い所から見下ろす敦賀市の景色は素晴らしく、非常に短い時間ではありますが北陸本線有数の絶景区間と言えます。

敦賀市街地の眺め、山と空

しばらく上り線は下り線に対して右側を走りますが、鳥越城跡の下辺りで上下線の位置が入違います。

サンダーバード、山間の集落と列車

現在の北陸本線は新疋田から深坂トンネルに入り県境を越えますが、かつての北陸本線は柳ケ瀬を経由するルートで建設されました。

北陸本線が敦賀まで開業したのは1884年と日本初の鉄道が開業してわずか12年後のことでした。

なぜ当時の日本がまだ土木技術が未熟な時代に敦賀まで鉄道を通したかというと、敦賀が日本の物流において非常に重要な役割を果たしていたからです。

敦賀は江戸時代から物流の拠点として位置づけられており、敦賀港で陸揚げされた荷物は一旦陸路で山を越え、琵琶湖の北端にある塩津の港から船に積み込まれ、琵琶湖を使って大津や京都、更に淀川を使って大阪まで運ばれました。

そのため敦賀に鉄道を通すことは日本の近代化にとって急務だったのです。

 

1957年に北陸本線の輸送力増強のため現在の深坂トンネルルートが開業し、旧ルートは柳ケ瀬線というローカル線に格下げされた後1964年に廃止されました。

廃線跡の一部は県道140号線に転用されたほか、柳ケ瀬トンネルや小刀根トンネルなど日本の鉄道黎明期に建設された歴史的価値の高いトンネルが現存しています。

サンダーバード停車駅と旧北陸本線ルート図

深坂トンネルを抜けて滋賀県に入ると、「サンダーバード」は近江塩津駅の構内に入り北陸本線から分岐して湖西線に転線します。

北陸本線と湖西線の分岐は完全立体交差となっており、他の列車の走行を一切妨げずに転線できるようになっています。

この分岐点から約2kmほど走るとようやく駅のホームが見えるので、近江塩津駅はかなり広い構内を持つ駅と言えます。

雪景色の中に広がる墓地と線路

近江塩津から山科までは湖西線を走ります。琵琶湖の西岸を走ることから湖西線と呼ばれていますが、この路線は北陸と関西地方を最短距離で結ぶ短絡線として1974年に開業しました。

ほぼ全区間が築堤・高架線によって建設されている超高規格路線で、「サンダーバード」は最高速度130km/hでこの区間をぶっ飛ばします。

近江塩津からマキノはトンネルが連続する区間となっており、あまり景色はよく見えませんが南下するにしたがって沿線の雪が減り、厚い雲がだんだん晴れている様子が伺えます。

工事現場に置かれた黄色い重機と雪景色雪景色、田畑、集落が広がる風景

近江高島辺りからは琵琶湖の湖畔に沿って走ります。日本一大きい湖である琵琶湖は流石に巨大でさながら海のようです。

琵琶湖の西岸は湖の近くまで比良山地が迫っているため、さすがの湖西線も琵琶湖の湖畔に沿って通らざるを得ないようです。

比良山地は「比良おろし」と呼ばれる突風を吹かせる山であり、殆どの区間が地上より高い所を走っている湖西線はこの風により運休になることがよくあります。特に冬から春の時期にかけて吹きやすく、「サンダーバード」は米原迂回運転を余儀なくされることがあります。

琵琶湖畔の景色とサンダーバード

近江舞子付近の琵琶湖の湖畔には砂浜が広がっており、関西圏の人からは湖水浴場として親しまれています。

周辺もリゾート開発がされており、ゲストハウスのような建物が目立ちます。

湖畔の車と海岸線、荒れた空模様

小野を過ぎると沿線周辺の土地が開け、急に市街地が広がります。

特に湖西線屈指の主要駅である堅田周辺にはマンションや商業施設が建ち並んでおり、これまでの景色とは比べ物にならないほど都会です。

また堅田付近では琵琶湖の幅が急に狭まっており、対岸の守山市とを結ぶ琵琶湖大橋が架けられています。

湖西線の車両からでも橋の様子を見ることができます。

空に雲が広がる街並み敦賀駅周辺の街並みとJoshin電気店

おごと温泉を通過すると一旦山の中を走りますが、再び市街地に出て大津市の中心部を目指します。

特に大津京付近はJR線の駅としては最も大津市の中心部に近く、駅周辺には何棟ものマンションが建ち並んでいます。

高層マンション群と駐車場のある街並み

滋賀県と京都府の境にある長等山を長等山トンネルでくぐり、列車は京都市山科に入ります。

山科は大津と京都市中心部の間の盆地にあるなんとも微妙な立ち位置のエリアです。しかしながら人口は多く、狭い盆地に民家がひしめくように建ち並ぶ光景が見えます。

街並みと山並み、晴れた空

山科を通過し東山トンネルを抜けると京都に到着します。

・京都~大阪

京都を出発すると進行方向の左側に京都貨物駅と梅小路機関庫が見えます。

京都貨物駅は京都府の鉄道貨物の拠点として現在も活躍しており、梅小路機関庫は現在京都鉄道博物館の一部となっている日本最大級の扇形庫です。

梅小路はまさに京都の鉄道の中心地と言えます。

特急サンダーバード車両基地と青空

桂川を渡る桂川橋梁は、明治時代に作られた橋脚が現存する非常に歴史のある橋です。

特に上り線の橋脚は明治時代に建設されたもので、国内に現存する鉄道橋梁の中でも有数の古さを誇ります。

赤色の鉄骨橋と山々

向日町を通過すると「サンダーバード」に使用されている681系、683系が所属する吹田総合車両所京都支所(向日町車両区)が見えます。

旅客車両の他にもドクターWESTことキヤ141系やDEC741形、クモヤ145形などの事業用車両も多数在籍しており、マニアを楽しませくれる車両基地と言えます。

特急サンダーバード車両群と街並み鉄道車両基地と電線、太陽

京都府と大阪府の府境である大山崎は天目山と淀川に挟まれた非常に狭い土地に、東海道本線、東海道新幹線、阪急京都線、名神高速道路と名だたる主要交通路が集まるボトルネックとなっています。

山崎を通過し大阪府に入ると、進行方向の右側にサントリー山崎蒸留所が見えます。ウイスキーの銘柄として有名な「山崎」はここで作られています。また工場の前にあるカーブは撮影スポットとしても有名で、「サントリーカーブ」と呼ばれています。

サントリー山崎蒸留所と踏切

千里丘辺りから吹田貨物ターミナル駅の構内が広がり始めます。

大阪の物流の拠点となっているこの駅は全長4kmにも及ぶ超巨大な貨物ターミナルで、かつては東洋一の操車場とも言われていました。

貨物駅の裏手には公園やマンション、病院などが整備されていますが、これらも昔は操車場の一部だったでしょう。

コンテナとビル群、鉄道線路

大阪クラスの大都市にもなれば貨物列車と旅客列車を同じ線路に走らせるわけにはいかないため、四方八方に貨物線が伸びています。

神崎川の手前では城東貨物線と合流しますが、近年は貨物線を使った新たな系統の旅客列車も運行されており、城東貨物線はおおさか東線の列車が使用しています。

特急サンダーバード、高架下から望む街並み

神崎川を渡り大阪市に入ると、東淀川を通過してものの数十秒ほどで新大阪に到着します。

新大阪は東海道新幹線の終着駅として開業した駅で、大阪の玄関口として非常に大きな役割を果たしています。

新幹線、在来線ともに非常に広大な敷地を有しており、日本でも有数の規模を誇るターミナル駅です。


新大阪を出発すると、列車は大阪の中心部へ向かて淀川を渡ります。

淀川と都会のビル群、橋の風景

大阪に近づくにつれビルが増え、阪急百貨店の観覧車とぴちょんくんが見えると大阪に到着します。

大阪駅周辺の近代的なビル群

 

 

総評

  • スピード感:★★★★
  • 車窓   :★★★
  • お勧め度 :★★★★
日本最速の特急列車だけあり、最初から最後までとにかく速かったです。
ほとんどの区間が高規格路線であるため高速度で走れるのは当たり前ではありますが、走行中ほぼ全ての区間でトップスピードを出し続ける特急列車は珍しいでしょう。
お勧めの座席は琵琶湖が見えるCD側です。ただ午前中は逆光気味になるのでそこは注意が必要です。
また冬の時期に乗れば1時間足らずの乗車で太平洋側と日本海側の気候の違いや、天気が変わる境目を体感することができるのでお勧めです。

 

  柳井駅

山口県柳井市の代表駅です。

柳井市は海上交通の要衝であり、商業の街として発展しました。特に重伝建に指定されている白壁の町並みは有名です。

柳井駅は岩国から徳山の間では比較的重要な駅で、かつては寝台特急「あさかぜ」や「富士」も停車していました。

 

乗り入れ路線

・山陽本線

 

駅舎。2階建てのコンクリート駅舎です。

駅前。白壁の町並みは駅から歩いて10分ほどです。

駅舎内。柳井市の伝統工芸品である金魚ちょうちんが至る所にぶら下げられています。

売店は撤退しておりだだっ広い空間が広がっています。

切符売り場。みどりの窓口は封鎖されており、指定券券売機が設置されています。

改札口。自動改札機が設置されています。

ホームは3面4線。2番線は欠番となっています。

古レールを使ったレトロな上屋が使用されています。

 

訪問日:2026/01/08

 

  岩国駅

山口県岩国市の代表駅です。

岩国市は山口県の最東部に位置する都市で、錦帯橋と言った観光地や県内有数の工業都市として知られています。

また位置的に広島県との経済的つながりが強く、県内有数の人口を誇る都市でありながら、山口県という雰囲気はあまり感じられません。

岩国駅は広島シティネットワークの最西端に位置しており、運行系統は基本的に当駅で分断されています。

当駅から広島方面へは列車本数が多くなり、いかに岩国市が広島県、広島市に依存しているかを示しています。

 

乗り入れ路線

・山陽本線

・岩徳線

・錦川鉄道錦川清流線

 

西口。2017年に供用を開始した橋上駅舎です。

岩国市と言えば錦帯橋ですが、特にそれを意識したデザインではないようです。

西口駅前。約12万人の人口を抱える都市だけあり、駅前には立派な市街地が形成されています。

東口。橋上化により新設されました。

東口駅前。

自由通路。

切符売り場。みどりの窓口が営業しています。

改札口。県内の駅としてはかなり早い段階から自動改札機が設置されています。

ホームは3面6線。主に山口県内で活躍する山陽本線の115系が乗り入れるのは当駅までです。

 

訪問日:2025/07/17,2026/01/07

 

 

特急「しらさぎ」の概要

◆基本情報◆

  • 運行区間:名古屋・米原~敦賀
  • 所要時間:1時間40分(名古屋~敦賀)
  • 運行本数:下り16本、上り15本
  • 使用車両:681系、683系
  • 座席種類:全車指定席、グリーン車
  • 車内設備:コンセント有(普通車は車端部の座席のみ、グリーン車は全席)、Wi-Fi無し
  • 車内販売:無し

特急「しらさぎ」は名古屋・米原から敦賀を結ぶ特急列車です。

北陸新幹線が敦賀まで延伸する前は金沢まで、金沢まで延伸する前は富山や和倉温泉まで乗り入れていました。

中京圏と北陸を結ぶ特急列車は「加越」、「きらめき」などがありましたが、全て「しらさぎ」の統合されました。

列車名は山中温泉の開湯伝説に登場する白鷺が由来となっています。

 

 

特急「しらさぎ」の停車駅

特急しらさぎ停車駅路線図

2024年に北陸新幹線が敦賀まで延伸開業すると、敦賀が終点となったため走行区間はだいぶ短くなりました。

米原発着の列車と名古屋発着の列車が約半々運行されている形態は、北陸新幹線延伸開業前と変わりません。

 

 

特急「しらさぎ」の使用車両

特急「しらさぎ」には681系、もしくは683系が使用されています。

主に「しらさぎ」で使用されている車両はJR西日本のコーポレートカラーである青と、JR東海のコーポレートカラーであるオレンジのラインが入っています。

基本的に6両編成で運行されていますが、多客時には増結され9両編成で運行されます。

特急しらさぎ681系電車特急しらさぎ 681系・683系車両

▲「しらさぎ」カラーの681系

特急しらさぎ681系列車 parked at station特急しらさぎ 681系 683系車両

▲「しらさぎ」カラーの683系

 

 

乗車レポート(2026/01/05)

この日は名古屋から敦賀まで全区間乗車しました。

・名古屋~大垣

名古屋から岐阜に関しては特急「ひだ」の記事で触れているので省略します。
岐阜を出発すると市街地を西に進みます。岐阜駅の東西は高架化されているため、岐阜市の市街地を高い所から見下ろすことができます。
都市の街並みと空の風景
西岐阜を通過すると岐阜貨物ターミナルの脇を走ります。大きい都市の代表駅の隣には大体貨物を扱う駅がありますが、岐阜も例外ではありません。
コンテナヤードにトラックとフォークリフト
岐阜貨物ターミナルを過ぎると直ぐに長良川を渡ります。広大な濃尾平野を流れる木曽三川の一つだけありとても大きな川です。ちなみに長良川に架かっている東海道本線の鉄橋は100年前に架けられた非常に古い物です。
濃尾平野の広大な景色と遠くの橋
岐阜県の2大都市である岐阜市と大垣市の間にあるのが瑞穂市で、市内には穂積駅があります。
穂積を通過すると再び大きな川を渡りますが、これも木曽三川の一つに数えられる揖斐川です。
岐阜や愛知から西に向かう場合はどうしても木曽三川を越える必要があり、橋を容易に架けられなかった昔の時代は苦労したことでしょう。
長良川にかかる橋と空の反射
揖斐川を越えると大垣市に入り、主要駅である大垣に到着します。

・大垣~米原

大垣は鉄道マニアにはお馴染みの駅で、普通列車で東海道本線を乗り通す場合は基本的に当駅で乗り換えが必要です。
また2020年までは「ムーンライトながら」など大垣行きの夜行列車も運行されていました。
大垣がここまで重要な地位を占めているのは、ここから先関ヶ原の勾配を越えるための拠点として発展したためです。
大垣を出発して程なくすると大垣車両区が見えます。
特急しらさぎ、681系・683系車両 しらさぎ車両681系・683系
現在はJR東海の名古屋近辺で活躍する在来線車両を管理する車両基地となっていますが、この原型となったのは峠越えの拠点として整備された大垣機関区です。
関ヶ原までの区間は勾配が非常に急なため、補機を連結しての運行が戦前まで行われていました。
補機の連結のために大垣には当時日本一の花形特急列車であった「つばめ」も停車しており、大垣夜行が運行されていたのもその名残と言えるでしょう。
 
大垣車両区を抜けると南荒尾信号所を通過します。この信号所は東海道本線が3方向に分岐する重要な信号所です。
東海道本線は元々垂井を経由する形で関ヶ原へ向かっていました。しかし、この線路は当時の鉄道としてはとても勾配が急で、戦時中輸送力増強のために勾配を緩和するルートが建設されました。
これが垂井の北側を経由するルートで、新垂井線と呼ばれています。これにより旧来のルートは上り列車専用、新垂井線は下り列車専用の線路として使用されていました。
しかし、垂井駅に上り列車しか停車しないのは不便なため、垂井駅を経由する下り線こと垂井支線が建設され現在に至ります。
これで新垂井線はお役御免かと思われますが、現在も下りの特急列車と貨物列車が使用しており、今回乗車している敦賀行きの特急「しらさぎ」も新垂井線を経由します。
なお3方向目の線路は美濃赤坂支線と呼ばれており、セメント輸送兼旅客輸送を行っています。
新垂井線と上り本線&垂井支線の地図
田園風景と鉄塔、空に光が差す景色
新垂井線は垂井町の北側に沿う形で進みます。新垂井線内には現在駅はありませんが、1986年まで新垂井駅があり現在もホームの跡が残っています。
新垂井駅は当初下り列車専用の駅として建設され、従来の垂井駅は上り列車しか停まらない運用が行われていましたが、不便すぎるため戦後すぐに垂井支線が建設され一部の下り列車が垂井駅に停車するようになりました。
両駅は3kmほど離れており連絡バスが運行されていたようです。
しばらく垂井駅と新垂井駅は共存していましたが、垂井駅に全ての下り普通列車が停車するようになると存在意義を失ったため廃止されました。
田園風景と家々、遠くの山々
広大な濃尾平野を抜け山がちな地形になると上り本線、垂井支線と合流し関ヶ原を通過します。
鉄塔と山並みの風景
関ヶ原は天下分け目の「関ヶ原の戦い」で有名ですが、交通の難所としても知られています。
特に冬の時期は日本海側からの湿った空気が流れ込むため、大量の雪が降ります。
にもかかわらず関ヶ原には東海道本線に加え、東海道新幹線や名神高速道路など名だたる日本の大動脈が集中しており、交通事業者の悩みの種となっています。
この日は降雪こそ無いものの、沿線には雪が残っており冬の関ヶ原の風物詩を感じることができました。
山間の集落と曇り空
滋賀県に入り柏原を通過すると、進行方向の右側に伊吹山が見えます。
伊吹山は日本海側からの湿った空気がもろに直撃するため、世界一の積雪を記録した山として知られています。
当然この時期は積雪しており、これも特急「しらさぎ」に乗るのであれば見逃せない光景です。
タイミングがよければ新幹線も見えます。
雪山を背景に走る特急しらさぎ

・米原~敦賀

米原からは進行方向を変えて北陸本線に入線します。
かつては米原から新潟県の直江津までが北陸本線でしたが、北陸新幹線の開業により現在は敦賀までの区間が北陸本線を名乗っています。
しばらくすると進行方向の左側に琵琶湖が見えますが、北陸本線は少し離れた所を走っているためあまり良く見えません。
田園風景に差し込む夕日と家並み
一部の特急列車が停車する長浜は琵琶湖沿岸を代表する港町で、かつての東海道本線は長浜を終点としていました。
当時は長浜と大津の間で琵琶湖を渡る連絡船が運航されており、長浜は東側から見て西日本への玄関口という役割を果たしていました。
琵琶湖を使った水運が便利なので滋賀県内に鉄道は不要との声も出ていましたが、米原から大津まで現在の東海道本線が開通したことにより、長浜は北陸本線のみが通る駅となりました。
また北陸本線からも伊吹山が見えます。山の北側は厚い雲に覆われており大雪が降っていることでしょう。
積雪した山と田園風景、建物
北上するに従って、北陸本線沿線の天気もどんどん悪くなっていきます。
近江平野の北端にあたる木ノ本を過ぎると、沿線の雰囲気は完全に雪国です。
北陸本線は米原ずっと直線的なルートを辿ってきましたが、木ノ本を通過してしばらくすると気が変わったかのように、大きなカーブを描いて西に進みます。
元々北陸本線はさらに直進して柳ケ瀬を経由するルートで建設されました。
琵琶湖と日本海を鉄道で結ぶことは日本の近代化にとって非常に重要であったため、日本国内で初めて作られた鉄道による山越え区間でした。
1957年に輸送力増強のため近江塩津を経由する現在のルートが建設されると、旧線は柳ケ瀬線というローカル線に格下げされ、1964年に廃止されました。
現在廃線跡の一部は国道140号線に転用されており、車窓からと新線と旧線が分岐する様子を見ることができます。
雪景色、山里の集落
余呉湖の脇を通り山を越えると、湖西線との合流駅である近江塩津を通過します。
実際に両線が合流するのは駅から北に2kmほど離れた所で、全列車が立体交差で合流できるよう大規模なジャンクションが建設されています。
日本でも有数の豪雪地帯によくこんなジャンクションを建設したものだと感心します。
雪景色と橋、田舎の家
滋賀県と福井県の県境には深坂峠が聳えていますが、北陸本線は全長約5.2kmの深坂トンネルでこの峠を越えます。
福井県に入り新疋田を通過すると、下り列車は直線的な線路を進む一方、上り列車は坂を登るためにループ線を走るため、上下線の線路が大きく乖離します。
上下線が離れているところは全国的に珍しくありませんが、ここでは下り線が上り線の下を潜って進むため、上下線の左右が入れ替わります。
雪景色と集落、山並み
山越えが終わり敦賀の市街地に近づくと、進行方向の右側に北陸新幹線の車両基地が見えてきます。
特急「しらさぎ」は従来の線路から分岐し、新幹線の高架下に潜り込むと終点敦賀に到着します。
スピード感:★★★★
車窓   :★★★
お勧め度 :★★★
北陸新幹線の敦賀延伸開業により、特急「しらさぎ」の運行区間は大きく短縮されてしまいましたが、景色の見所がある区間はほぼほぼ残っているので、今乗っても十分楽しめます。
特に冬の時期に乗れば関ヶ原の雪や、日本海側と太平洋側の気候の違いを楽しめるのでお勧めです。
 

 

  三原駅

広島県三原市の代表駅です。

三原市は三原城の城下町として発展し、タコの名産地としても知られています。

また広島空港がある他、瀬戸内海の各諸島部への定期航路も発着しており、県内を代表する交通の要衝となっています。

三原駅は山陽本線、呉線、山陽新幹線が乗り入れており、折り返し列車も多数設定されています。

 

乗り入れ路線

・山陽本線

・呉線

・山陽新幹線

 

三原駅の駅舎と駅前広場

南口。三原城を意識したとも思われる和風のデザインです。

 

三原駅南口と駅前広場、噴水

南口駅前。徒歩5分ほどの所に三原フェリーターミナルがあり、瀬戸内海への島々へのアクセスも容易です。

三原駅、南口、石垣三原駅、線路、空、水中景観

駅北側。三原駅は城の敷地内に作られたことでも知られており、駅と天守台跡が直結しています。

三原駅 天守台跡への階段

天守台からの入り口。

三原城 天守台跡への案内表示

天守台への入り口。

駅の案内で「天守台跡」が出てくるのは日本でもここだけでしょう。

三原駅コンコース、お土産売り場とJR乗り場

コンコース。

三原駅の切符売り場と自動券売機

切符売り場。みどりの窓口も営業しています。

三原駅の改札口と新幹線乗り場案内

改札口。新幹線専用の改札口はありません。

三原駅の在来線ホームと線路

在来線ホームは2面4線。

 

訪問日:2026/01/06

 

  相生駅

兵庫県相生市の代表駅です。

相生市は兵庫県の西部にある都市で、牡蠣の養殖や造船業で有名です。

相生駅は山陽本線、山陽新幹線、赤穂線が乗り入れる運行上の拠点駅で、特に岡山方面からの列車の多くは当駅で折り返します。

一方、人口3万人程度の街に新幹線駅が作られたことに疑問を持たれることが多いですが、これはかつて計画されていた夜行新幹線運行のための待避設備として造られたと言われています。

 

乗り入れ路線

・山陽本線

・山陽新幹線

・赤穂線

 

相生駅南口の駅舎と広場

南口。新幹線開業に併せ橋上化されました。

国鉄のらしい味気ないデザインです。

相生駅南口駅前広場とバス停

南口駅前。有名な割に何があるのかよくわからない相生ですが、正直駅前には何もありません。

相生駅 南口 外観

西口。

相生駅周辺の幹線道路を走るトラック

西口駅前。すぐ目の前を国道2号線バイパスが通っています。

相生駅の自由通路と店舗

自由通路。コンビニ型のキオスクが営業しています。

相生駅の切符売り場と自動券売機

切符売り場。

相生駅 南口改札口の様子

改札口。利用客に合わせ自動改札機の設置数は少なめです。

新幹線専用の改札口は無く、必ず乗換改札口を通る必要があります。

相生駅ホーム、新幹線・山陽本線・赤穂線が乗り入れる

ホームは2面3線。

 

訪問日:2026/01/06