快速「HIGH RAIL 1375」の概要

快速「HIGH RAIL 1375」は小淵沢から小海線を経由し小諸を結ぶ列車です。

「八ヶ岳高原線」の愛称を持ち、JRで最も標高の高い所を走る小海線用の観光列車として2017年にデビューしました。

列車名は高いを表す「HIGH」と線路の「RAIL」、JR線最高地点である標高1375mの「1375」が由来となっています。

 

 

快速「HIGH RAIL 1375」の停車駅

HIGH RAIL 1375 停車駅路線図

快速「HIGH RAIL 1375」は主に土休日に1日1往復運行されています。

所要時間はおよそ2時間15分弱で、野辺山で20分ほどの長時間停車があります。

一時期小海線で運行されていた定期快速列車「たてしな」・「きよさと」に比べると停車駅はかなり絞られており、野辺山での長時間停車が無ければ全区間を2時間ほどで結びそうです。

また夜中には星空を見るための「HIGH RAIL 星空号」が下り列車のみ運行されています。

 

 

快速「HIGH RAIL 1375」の使用車両

快速「HIGH RAIL 1375」にはキハ100系700番台とキハ110系700番台が使用されています。

どちらもキハ100系とキハ110系の100番台を「HIGH RAIL 1375」用に改造したものです。

20m級車体のキハ110系は小海線の普通列車に使用されていますが、16m級車体のキハ100系は主に東北地方で使用されており、甲信越地方では見られません。

「HIGH RAIL 1375」に使用されているキハ100系は元々盛岡車両センターに所属していた物を改造し、長野総合車両センターに転属させたものです。

エクステリアデザインは「天空に一番近い列車」をコンセプトにしており、星空をイメージしたデザインが採用されています。

HIGH RAIL 1375 車両と八ヶ岳高原線

 

 

乗車レポート(2025/12/07)

この日は小淵沢から小諸まで全区間乗車しました。今回はボックス席を使用しました。

HIGH RAIL 1375 ボックス席

「HIGH RAIL 1375」には様々なタイプの座席が用意されていますが、1号車の2区画だけ設置されているのがこのボックス席です。

窓の配置的に片方の座席からは身を乗り出さないと景色が見辛いという欠点はありますが、座席は非常に快適です。

HIGH RAIL 1375 内部の座席とテーブル

1号車の座席はボックス席以外の座席は窓側を向いており、片方は一人で利用するソロシート、もう一方は二人で利用するペアシートとなっています。

HIGH RAIL 1375の車内、座席の様子

2号車には特急車両に準じたリクライニングシートが設置されています。

HIGH RAIL 1375 車内 図書コーナー

2号車の車端部にはプラネタリウムが設置されており、常時星空を楽しむことができます。

また星空に関する本も多数用意されており、乗客は誰でも利用することが可能です。

運転室横の展望スペースは信濃川上から中込の間だけ解放されます。

・小淵沢~信濃川上

小淵沢を出ると進行方向の右側に八ヶ岳、左側には南アルプスが見えます。
八ヶ岳は快晴の日でも頂上付近に雲がかかることが多く、この日も若干ではありますが雲がかかっていました。
八ヶ岳と草地、遠景に町並み
しばらくすると列車は小淵沢の大カーブに差し掛かります。小海線随一の撮影スポットとして名高く、列車は大きなカーブを描いて標高を登っていきます。見える山の位置も逆転し、進行方向の右側には先ほどまで左側にあった南アルプスと富士山が見えます。山梨県の名だたる3つの山を一気に見ることができる小海線屈指の絶景区間と言えるでしょう。
快晴の八ヶ岳風景と線路 八ヶ岳高原線、富士山と田園風景
甲斐大泉を通過すると清里高原を目指し川俣川が作った谷に沿って進みます。
川俣川が作った谷は非常に深いため、一旦上流方向へ向かいある程度谷が浅くなったところに橋を架けて川を越えます。
そのため地図を見ると小海線は大きなオメガループを描いているのがわかります。
一旦川を渡りトンネルを抜けると再度川を渡りますが、この時右側に吐竜の滝と呼ばれる滝が見えます。
小海線、冬の山並み 小諸から小淵沢の渓谷風景
林を抜けると八ヶ岳山麓屈指の観光地である清里に到着します。
清里はバブル時代には「高原の原宿」と呼ばれるほど若者が押し寄せ、駅周辺には若者をターゲットにしたメルヘンな見た目の建物が多く建ち並びましたが、バブル崩壊と共にブームも過ぎ駅周辺には多くの廃墟が残ってしまいました。
しか駅から少し離れた所にある萌木の村や清泉寮などは現在も多くの観光客で賑わっており、清里の観光地としてのブランドは健在です。
標高1375m、八ヶ岳高原線の石碑と風景 HIGH RAIL 1375 八ヶ岳高原線 駅風景
清里はJR線で2番目に標高が高い駅ですが、ここからJR線最高地点に向けて坂を登っていきます。
しばらく林の中を走り川を渡ると長野県に入ります。長野県に入ると急に周囲の景色が開け、高原の雰囲気が高まります。
踏切を渡る手前がJR線最高地点となっており、標高は列車名の由来にもなっている1375mです。
国鉄民営化直前にこの辺りにフォトデッキ駅と呼ばれる仮設駅が1か月ほど設置されていました。
HIGH RAIL 1375最高地点標識と建物
野辺山の手前はこれまでの山岳区間が嘘のような直線区間となっており、列車もほぼ最高速に近い速度で駆け抜けます。
進行方向の左側には八ヶ岳が見え、右側には野辺山宇宙電波観測所の巨大なアンテナが見えます。
雪山と畑、赤い屋根の建物 雪景色と山並み、アンテナと木々
野辺山はJR線で最も標高が高い所にある駅として知られており、標高は1345mです。
駅前にはJR駅最高地点を示す記念碑が建てられていますが、なぜか表記が「国鉄」最高地点となっています。
野辺山駅、八ヶ岳、高原、車
野辺山から信濃川上にかけては広大な野辺山高原の中を走ります。この辺りでは高原の気候を活かしたレタスやキャベツなどの高原野菜の栽培が盛んに行われており、沿線にも広大な畑が広がっています。
青空の下、広がる緑の畑と山々

・信濃川上~小諸

信濃川上を過ぎると高原の雰囲気も終わり、千曲川の谷に沿って山を越えます。
日本一長い川として知られる信濃川は長野県内では千曲川と呼ばれます。
小海線から見える千曲川は上流に近いため、川の流れは急で川幅は狭いです。
そのため小海線は何回か千曲川を渡りながら進んでいきます。
海尻から松原湖にかけては大きい岩が転がるような渓谷となっており、小海線と対岸にある国道141号線にはロックシェッドが設けられています。
小諸から小淵沢の渓谷風景 小海線 吐竜の滝と渓谷
八千穂を出発すると千曲川の渓谷区間も終わり、佐久盆地に入ります。
佐久盆地に入ると周囲の景色も開け、目の前にはこの地域のシンボル的な山である浅間山が見えます。
線路も直線的に敷かれており、列車も最高地点に近い速度で走ります。
小海線 HIGH RAIL 1375 沿線風景
中込、岩村田と佐久市内の中心部に近い駅に停車し、新幹線との乗換駅である佐久平に到着します。
佐久平での小海線ホームは高架上にあるため、高い所から駅周辺の様子を見ることができますが、国道141号線のバイパスを中心に巨大なショッピングモールやローサイド店舗が建ち並んでおり、佐久盆地屈指の商業地となっています。
新幹線駅開業でここまで駅周辺が発展したのは全国的にも珍しいと思います。
観光列車にとって新幹線と接続しているのは非常に重要であり、乗客の大半がこの駅で降りていきました。
八ヶ岳を望む山梨の街並みとAEONビル
佐久平を出発するとすぐに高架を降りて地上区間を走ります。駅を少し離れると広大な農地が広がっていますが、昔の佐久平駅周辺もこのような農地が広がっていたようです。
また奥に見える山は八ヶ岳です。八ヶ岳に始まり八ヶ岳に終わるのが「HIGH RAIL 1375」の旅です。
小海線沿いの畑と遠景の山々
乙女の手前で小海線は元信越本線ことしなの鉄道線と並走します。
小諸周辺は浅間山の火山活動と千曲川によって複雑な地形が形成されており、小海線も最後の勾配を登って終点の小諸に到着します。
青空と山、建物のある風景

 

 

 

総評

車窓   :★★★★

スピード感:★★★

お勧め度 :★★★★

小海線の魅力を手軽に堪能できる列車でした。

小海線は景色がいい反面、普通列車で全区間乗り通すと2時間半くらいかかることもあり、全区間乗車が少し億劫に感じます。しかし、今回乗車した「HIGH RAIL 1375」はテンポよく駅を通過してくれて、車内の設備も非常に豪華だったため体感時間は実際の所要時間の割に短かったです。

 

上越線の概要

上越線は群馬県の高崎から新潟県の宮内を結ぶ路線です。上州国と越後国を結ぶことから「上越」と名乗っています。

上越線開業以前は関東と日本海側最大の都市である新潟までを結ぶルートは、信越本線を使用し長野や直江津を経由する遠回りルートしかありませんでした。

そこで上越国境に聳える谷川連峰のにトンネルを掘り、関東と新潟を短絡的に結んだ路線が上越線です。

上越新幹線開業後線内を走る定期優等列車は特急「草津」を除き全て廃止されてしまいましたが、貨物輸送の大動脈として現在も活躍しています。

 

上越線の使用車両

上越線では管轄支社が変わる水上を境に使用される車両が異なります。

高崎から水上の高崎支社管内では211系3000番台が使用されています。

211系は国鉄末期からJR発足直後の時期に製造された近郊型車両で、ステンレス車体とスタイリッシュな前面デザインが特徴的です。

2010年代前半までは東京の近郊路線で使用されていましたが、115系置き換えのため2010年代半ばから高崎地区のローカル線に投入されました。

上越線211系電車、鉄道風景

水上から宮内までの新潟支社管内ではE129系が使用されています。

E129系は新潟地区向けに製造された一般型電車で2014年にデビューしました。

115系など旧型車両の巣窟となっていた新潟地区待望の新型車両で、E233系をベースに設計されています。

車内はセミクロスシート、当然ながら耐寒設備も備えており新潟地区のほぼ全ての電化区間で活躍しています。

上越線E129系電車が駅に停車中

 

車窓案内(越後湯沢→津久田)

・越後湯沢→越後中里

越後湯沢を出発すると上越新幹線の高架とリゾートマンションを見ることができます。

こんな山間の町に高層マンションが何棟も聳え立つ光景はなかなか異様な光景です。

元々湯沢は三国峠の麓になる知る人ぞ知る温泉地という場所でしたが、上越線の開業により東京からアクセスしやすい温泉地として発展し、上越新幹線の開業で栄華を極めました。

一時期はバブル崩壊で暴落したリゾートマンションも、近年はリモートワークの普及でワーケーション先として注目されています。

越後湯沢の街並みとリゾートマンション

上越新幹線はすぐ大清水トンネル群に入ってしまいますが、上越線はしばらく地上を走ります。

岩原スキー場前を出発すると岩原の大カーブと呼ばれる大きなカーブを曲がります。

このような大カーブがあるということは距離を稼いで急こう配を登っている証拠であり、上越線はここから上越国境越えに向けて坂を登り続けることになります。

上越線沿線の山々、田畑、集落の風景

次の越後中里はスキー場と直結していることで有名ですが、新潟側における上越国境越え手前の最後の街となります。

上越線沿線の山間にある住宅街

・越後中里→水上

越後中里を出発すると本格的な上越国境越え区間に差し掛かります。

上越線は魚野川を渡る手前で上下線が大きく離れます。

ここから湯檜曽までの上下線はそれぞれ全く別の時期に建設されており、上り線は1931年に上越線が開業した当時の路線をそのまま使用しており、下り線は複線化のため1967年に開業しました。

上越線、川と山並みの風景

上り線は川を越えるとループ線で一気に高度を上げていきます。ループ線は全てトンネルで覆われているためあまり実感はできませんが、ずっと右側にカーブしていることが実感できると思います。

トンネルを抜けると下り線と合流し毛渡沢橋梁で毛渡沢を越えます。

上り線の橋梁は石造りの橋脚が見事な橋梁で、土木遺産にも指定されています。奥には上越国境越えを控える関越自動車道も見え、上越国境越えのボトルネックという雰囲気が感じられます。

上越線 魚野川橋梁 鉄橋

毛渡沢を越えると土樽に到着します。土樽は元々信号所として開業した駅で、川端康成の小説「雪国」の冒頭でも語られています。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号場に汽車が止まった。」という有名な書き出しがありますが「国境の長いトンネル」は清水トンネルのことであり、信号所のことは土樽駅のことです。

現在下り列車がこの線路を走ることは無いので川端康成の追体験をする事は叶いません。

土樽を出発すると清水トンネルに入り、いよいよ上越国境越えが始まります。

清水トンネルは19331年に開通したトンネルで、当時の日本の物流に大きな革命をもたらしました。

明治時代に清水国道と呼ばれる清水峠を越えるための近代的な道が整備されましたが、過酷な環境に耐えることができず開通から僅か1年足らずで崩壊し、それ以降人類が清水峠を近代的な交通手段で越えることはできずにいました。

それから約半世紀が経過し当時の土木技術の粋を集めて建設されたのが清水トンネルです。

かつては三国街道を経由したり、碓氷峠を越えて長野を経由しなければ越えられなかった清水峠をわずか数分で越えられるというのは、先人たちの苦労に感謝しなければなりません。

清水トンネルを抜けると群馬県に入ります。日本海側と太平洋側の気候を分ける分水嶺となっている谷川連峰を抜けると、天気が一変していることがよくあります。

この日も新潟側は曇っていましたが群馬側は快晴でした。

群馬県に入って最初に到着する駅は土合です。トンネル駅として知られる土合ですが、トンネル内にホームがあるのは下り線で、上り線のホームは地上にあります。最近は駅にグランピング施設が併設されたり、駅舎内でカフェが営業するなど駅自体が観光地として開発されています。

上越線 土合駅の標識と山々

土合から湯檜曽にかけては上越国境越え区間で最も景色の見応えがある駅です。

線路は山の斜面の中腹に建設されています。線路のために元々山だったところを整地して線路を敷いたのでしょう。

ループ線の手前ではこれから走る線路と、湯檜曾駅の上りホームを見ることができます。

なお昔の湯檜曾駅はこの山の中腹に設置されていたようで、現在もホームの跡が残っています。

上越線の山並みと集落

トンネル内でループし、高度を一気に落として湯檜曽川と湯檜曽の温泉街を越えると湯檜曽に到着します。

上越線沿いの山間に建つ温泉街の風景

・水上~津久田

水上からは高崎支社管内となるため、必ず乗り換えが必要になります。
水上は群馬県有数の温泉地として知られており、利根川沿いには大きな旅館が見えます。
雪景色とリゾートマンション
温泉街が見えたあたりから上下線が分かれ、上り線はトンネルの中に入り、下り線は利根川に沿って進みます。
この辺りは諏訪峡と呼ばれる渓谷となっており、下り列車であればこの渓谷を車窓から見ることができます。
上越線、雪景色と橋脚 上越線 渓谷の積雪と木々
またこの辺りからは時折谷川連峰を見ることができます。
群馬県側からだと基本的に順光になるためとても綺麗に見えます。
上越線沿いの雪景色と山々
後閑辺りになると周囲の土地も開けます。この辺りからだんだん南下するにつれ雪の量も少なくなります。
雪景色と山並みの広がる町並み 上越線の雪景色と山並み
後閑の次の駅は沼田です。沼田は河岸段丘のお手本のような地形をしており、奥に見える丘の上に沼田市の市街地が広がっています。
駐車場に停められた軽自動車と SUVs
沼田を出発し利根川を渡ると、列車は利根川に沿って進みます。上越線と言えば水上以北の景色がよく取り沙汰されますが、高崎支社管内も結構景色がいいです。特急列車が走っておらずロングシートの車両でしかこの景色が見られないのは少し残念です。
上越線 渓谷と河岸段丘の景色 利根川沿いの河岸段丘と冬の景色
津久田辺りまではひたすら利根川に沿って進みます。
河岸段丘の壁面が見事で、上越線高崎支社管内の景色のハイライトでしょう。
上越線風景、畑と断崖 上越線沿いの山里と河岸段丘の風景

 

 

 

 

  魚沼丘陵駅

新潟県南魚沼市にある駅です。

ほくほく線の駅では唯一開けた場所にある駅で、駅周辺からは雄大な越後山脈と田園地帯を見ることができます。

 

乗り入れ路線

・北越急行ほくほく線

 

魚沼丘陵駅 entrance

駅入り口。ホームは築堤上に設置されています。

魚沼丘陵駅の階段とポスター

ホーム上に待合室が設置されています。

魚沼丘陵駅 プラットフォームと線路

ホームは1面1線。

魚沼丘陵駅からの越後山脈と田園風景

駅周辺から眺める越後山脈と田園地帯。

 

訪問日:2025/11/30

 

  土合駅

群馬県利根郡みなかみ町にある駅です。

上越線の複線化により上り線ホームが地上、下り線ホームがトンネル内の深い地下にあるという日本一のもぐら駅として有名です。

また谷川岳登山口への玄関としても知られている一方、駅周辺には民家等は無くかつては谷川岳への登山客か鉄道マニアしか当駅を利用する人はいませんでした。

しかし近年は日本一のもぐら駅という物珍しさや、駅に隣接する形でグランピング施設が開業するなど観光地として当駅を訪れる客層も多くなっています。

 

乗り入れ路線

・上越線

 

土合駅 駅舎と山並み

駅舎。1968年に改築された駅舎で、谷川岳の登山口であるためか山小屋をイメージした駅舎となっています。

土合駅駐車場と山並み

駅前。谷川岳ロープウェイの乗り場へはバスでアクセスしており、駅周辺には何もありません。

土合駅の跨線橋と周辺の自然

駅前からは駅舎からトンネル内にある下りホームを結ぶ通路の外観が見えます。

土合駅の待合室とベンチ

駅舎内。上越新幹線開業前は多くの登山客で賑わっていたためか、かなり広い構内となっています。

土合駅の切符売り場とカフェ

切符売り場。無人化されていますが昔の雰囲気を留めています。

現在はカフェが営業しており、駅を訪れる目的のひとつにもなっています。

土合駅の山小屋風駅舎と掲示物

改札口。

土合駅 改札口と駅員募集ポスター

改札口にはラッチが現在も残っています。

土合駅 上り線ホームへの通路土合駅上り線ホームと線路

上り線ホーム。現在は棒線ホームとなっていますが、昔は片面にも線路が敷いてあり島式ホームだったようです。

ホームへはかつての構内踏切でアクセスします。

土合駅 下りホームへの長い通路土合駅通路、トンネル内の長い通路

下り線ホームへの通路。すでに開業から半世紀以上経っておりなかな雰囲気があります。

階段が長いことに注目が向きがちですが、この通路もなかなか長いです。

土合駅の462段階段メッセージ

トンネル側の通路出入口。東京方面からやって来た訪問者を労っているのか煽っているかわからない土合駅からのメッセージが書かれています。

土合駅トンネル内の通路

先ほどの扉から少し進むといよいよ階段が始まります。

土合駅 462段の長い階段土合駅の長い地下ホームへ続く階段

下り線ホームへの階段。462段の階段が一直線に伸びる光景は圧巻です。

新清水トンネルの工事のために作られた工事用斜坑を、ホームへの連絡階段として流用した物です。

階段の隣には舗装されていないスロープがありますが、これは斜行エレベーターを建設するために残された用地です。

土合駅:日本一のもぐら駅、地下ホーム土合駅 地下ホーム トンネル駅構内

下り線ホーム。新清水トンネルの中にあります。

昔は通過線と待避線があり、現在のホームは待避線廃止後に通過線に面して建設されました。

土合駅のトンネル内ホームにある醸造所

ホーム上の待合室ではビールの醸造が行われています。

 

訪問日:2025/11/29

 

  湯檜曽駅

群馬県利根郡みなかみ町にある駅です。

上りホームが地上にある一方、下りホームは新清水トンネル内に作られたもぐら駅として隣の土合と共に有名な駅です。

駅から少し離れた所に湯檜曽温泉の街が広がっています。

 

乗り入れ路線

・上越線

 

湯檜曽駅:JR上越線、群馬県みなかみ町

駅舎。コンクリート打ちっぱなしの簡素な駅舎が建っています。

駅舎というよりはほぼトイレです。

湯檜曽駅の簡素な駅舎と駐車場

現在の駅舎の隣には旧駅舎の土台が残されています。土合みたくかなり大きな駅舎ですが解体されてしまいました。

湯檜曽駅の簡素な駅舎と駐車場

駅前。郵便局がありますが他には特に何もありません。

湯檜曽駅 上りホームと山肌の風景湯檜曽駅 上りホームと山肌の風景

上り線ホーム。線路自体は開業時に建設されましたが、このホームは上越線複線化時の駅移設に伴い建設されました。

湯檜曽駅 上りホームと山並み

上り線はループを描いて急坂を下るため、ホームからは山の中腹に建設されたホームを見ることができます。

移設前の駅はこの斜面にへばりつく様に設置されており、一時期ホームと駅舎を繋ぐエスカレーターも設置されていたようです。

湯檜曽駅 上り線ホームからの眺め

現在も不自然にカーブしている線路や、ホームと駅舎を繋いでいた地下道の跡がかつて駅があった面影を残しています。

ホームも残っているようですが草に埋もれてよくわかりませんでした。

湯檜曽駅 下りホームへの地下通路

駅舎と下りホームを結ぶ地下道。トンネルの坑口のすぐ近くにあるため土合駅のような長いトンネルはありません。

湯檜曽駅下りホーム 新清水トンネル内のもぐら駅湯檜曽駅 下りホーム 新清水トンネル内

下りホーム。水上側に新清水トンネルの坑口が見えます。

 

訪問日:2025/11/29

 

 

 

特急「リバティ会津」の概要

特急「リバティ会津」は浅草から東武伊勢崎線、東武日光線、東武鬼怒川線、野岩鉄道会津鬼怒川線、会津鉄道会津線を経由して会津田島を結ぶ列車です。

同区間で運行されていた区間快速を特急列車に格上げした形で2017年に運行を開始しました。

途中の下今市までは「リバティけごん」と併結運転を行っています。

 

 

特急「リバティ会津」の停車駅

リバティ会津 停車駅一覧

「リバティ会津」は1日4往復運行されています。

全区間の走行距離は約190km、所要時間は約3時間と私鉄線内で完結する特急列車としては近鉄の京伊特急に次ぐ長さを誇ります。

東武鉄道線内や会津鉄道線内の停車駅はそれなりに絞っている一方、野岩鉄道線内の駅は男鹿高原以外の全駅に停車します。

また鬼怒川温泉から会津田島間での利用に限り、特急料金不要で乗車可能という特例が設定されています。

これはこの区間の普通列車の本数が少なく、元々区間快速だった列車を特急に格上げしたうえ特急料金を徴収するのは沿線の利用客の負担増となるため、このような措置が取られていると思われます。

 

 

特急「リバティ会津」の使用車両

特急「リバティ会津」には500系(Revaty)が使用されています。

500系は2017年に登場した汎用特急型車両です。基本編成は3両と短く併結運転にも対応しているため、柔軟な運用への対応を可能としています。

車内にはWi-Fiや充電用コンセントを各座席に備えており、現代の特急型車両として標準的なサービスを提供しています。

特急「リバティ会津」や「リバティけごん」の他、伊勢崎線系統の特急列車である「リバティりょうもう」にも使用されています。

さらに都市部の通勤時間帯に走る「スカイツリーライナー」や、かつて野田線で運行されていた「アーバンパークライナー」といったライナー特急にも使用されており、ビジネスにも観光にも使えるオールラウンダーな特急型車両として活躍しています。

リバティ会津 500系車両

 

 

乗車レポート(2025/11/17)

この日は会津田島から鬼怒川温泉まで乗車しました。

・会津田島~会津高原尾瀬口

会津田島を出発した列車は阿賀川に沿って南下します。会津田島がある南会津町はそれなりに大きな街で、会津荒海辺りまでは家が建ち並びます。
会津の秋景色とリバティ会津
会津高原尾瀬口までは会津鉄道会津線を走ります。会津線は元々国鉄の路線として開業し1953年に会津滝ノ原(現在の会津高原尾瀬口)まで延伸しました。
当時は野岩鉄道線が開業しておらず接続路線が一切ない盲腸線だっため、国鉄赤字リストに挙げられ廃線の危機に瀕していました。
路線を維持するべく沿線自治体等が出資した第三セクター鉄道会社「会津鉄道」が発足し、会津線は経営移管されました。
その後会津鉄道は会津高原尾瀬口で接続する野岩鉄道線、さらにはその先で接続する東武鉄道を介して首都圏からの直通列車を会津地方に呼び込むため、会津田島から会津高原尾瀬口までの区間は電化されました。
「リバティ会津」もその恩恵を受け首都圏から福島県の南部まで乗り換えなしで行き来できるようになりました。
会津山村道場を通過すると会津鉄道線内屈指の見所スポットを通ります。
会津山村道場から七ヶ岳登山口まで短尺レールが採用されています。一般的にレールの長さは25mですが短尺レールはそれよりも短く、独特のジョイント音と乗り心地を体感できます。
短尺レールを現在も採用している区間はごく僅かで、更に特急列車が通過する短尺レール区間は全国でもここくらいでしょう。
なお沿線の景色は田畑が広がるかなり長閑な雰囲気となっています。
秋の紅葉と田畑、車
会津高原尾瀬口に近づくと阿賀川は荒海川に名前を変え、渓谷の雰囲気が漂うようになります。
紅葉の山と川、リバティ会津の車窓

・会津高原尾瀬口~新藤原

会津高原尾瀬口から新藤原野岩鉄道会津鬼怒川線を走ります。
会津鬼怒川線は元々国鉄により会津田島から今市を結ぶ東北本線のバイパス的路線として計画されており、1966年に野岩線として鉄建公団により工事が行われました。
しかし国鉄の経営状態が悪化すると、野岩線は不要不急路線として工事が凍結しました。そこで栃木県と福島県が中心となって第三セクター鉄道会社「野岩鉄道」を設立し、工事を引き継いで1986年に全線開業させました。
終点の新藤原では東武鬼怒川線と接続しており、首都圏と会津を結ぶルートの一翼を担っています。
会津鉄道線も野岩鉄道線も国鉄にルーツがある路線ながら、現在は東武鉄道と強固な関係を築いているという点が興味深いです。
野岩鉄道線は長いトンネルで県境を越え栃木県に入ります。栃木県最初の駅は野岩鉄道線内唯一の通過駅である男鹿高原です。
秘境駅として名高いこの駅は周辺に何もありません。元々駅周辺をリゾート開発する計画があり先行して駅を開業させましたが、リゾート開発計画は立ち消えとなり駅だけが佇んでいます。
リバティ会津の駅名標識 リバティ会津、紅葉の山道

 

野岩鉄道線は深い山の中を長大トンネルと橋で貫く様に建設されているため、車窓の大半はトンネルもしくは橋から見える川の光景です。

川を渡るときに一瞬だけ見える鬼怒川の渓谷はなかなか見事です。

またほとんどの駅が温泉に関する駅名となっており、「ほっとスパ・ライン」という愛称が付けられています。

秋の山と川の風景紅葉の山と集落、ダム施設

・新藤原~鬼怒川温泉

新藤原からは東武鬼怒川線を走ります。東武鬼怒川線は新藤原から下今市までを結ぶ路線で、開業は1917年と歴史のある路線です。会津鉄道線や野岩鉄道線に比べ遥かに歴史が古い路線で、線形も悪く特急列車でもかなりスピードを落として進みます。
会津の紅葉と川、田園風景
鬼怒川温泉といえば旅館の廃墟群で知られていますが、その多くは鬼怒川公園駅周辺に集中しています。
鬼怒川温泉は東武鬼怒川線開業後東京からアクセスのいい温泉地として、バブル景気時には社員旅行の聖地として脚光を浴びていました。
団体旅行客を受け入れるための巨大な旅館が所狭しと建ち並ぶ光景は、鬼怒川温泉を象徴する光景といえます。
しかしバブル崩壊後旅行の形態が個人旅行にシフトすると、時代の流れに対応できなかった旅館は続々と廃業していきました。
鬼怒川温泉の廃墟群、リバティ会津 鬼怒川温泉の廃墟群と紅葉の山々
これだけ聞くと鬼怒川温泉は衰退したと思われがちですが、現在もあさやホテルや金谷ホテルなど時代の波を乗り越えた一流旅館、ホテルは多く点在しており、鬼怒川温泉のブランド力が現在も健在です。
実際この日乗車した「リバティ会津」は平日の月曜日にも関わらず鬼怒川温泉温泉以降の座席は満席となっていました。
鬼怒川温泉 あさやホテルと山々
鬼怒川温泉の巨大旅館群が見えてくると鬼怒川温泉駅に到着します。

 

 

 

総評

車窓   :★★★

スピード感:★★★

お勧め度 :★★★

今回はわずかな区間の乗車でしたが、本来は浅草から会津田島までの長距離を結ぶ列車であるため、全区間乗車するとかなり乗り応えのある列車だと思います。

また鬼怒川温泉より北は日本でも有数の豪雪地帯であるため、真冬の時期に乗れば首都圏から乗り換えなしで雪国に行ける体験ができるためお勧めです。

 

 

快速「SLばんえつ物語」の概要

快速「SLばんえつ物語」は新津から磐越西線(森と水とロマンの鉄道)を経由して会津若松を結ぶ列車です。

SL列車として1999年に運行を開始して以降、磐越西線の看板列車として活躍しています。

 

 

快速「SLばんえつ物語」の停車駅

SLばんえつ物語 停車駅路線図

快速「SLばんえつ物語」は磐越西線の内「森と水とロマンの鉄道」の愛称が付けられている新津から会津若松を1日1往復走っており、主に冬季を除く土日祝日に運行されています。

走行距離は111kmにも及び、走行時間は途中停車も含めて約3時間半となります。これは全国のSL列車でも最長の営業距離と走行時間を誇ります。

2018年までは新潟まで乗り入れていましたが、新潟駅高架化により急こう配を登るとこが厳しくなったため、現在は新津までに運行区間を短縮されています。

 

 

快速「SLばんえつ物語」の使用車両

快速「SLばんえつ物語」にはC57形蒸気機関車180号機と12系客車が使用されています。

SLばんえつ物語 C57 180号機と客車SLばんえつ物語:C57-180号機と12系客車

C57-180号機は1946年に製造された機関車で、その優美な姿から「貴婦人」の愛称が付けられています。

元々は新津機関区に所属し、新潟県内を中心に活躍していました。

1969年に廃車となり新潟市内の小学校に静態保存されていましたが、JR東日本の大宮工場で再整備され1999年に「SLばんえつ物語」の牽引機として復活しました。

12系客車は国鉄時代に製造された急行列車用客車で、大阪万博に併せ量産されました。

電源車の代わりに一部の車両に発電用エンジンを取り付けた分散電源方式を採用した車両で、客車車両として初めて冷暖房装置を完備しました。

「SLばんえつ物語」では普通車4両、グリーン車1両、フリースペース車2両の7両編成が組まれており、SL列車としては最長の編成を誇ります。

 

 

乗車レポート(2025/11/16)

この日は新津から会津若松まで全区間乗車しました。今回利用したのは普通車です。

SLばんえつ物語のレトロな車内SLばんえつ物語の車内、赤い座席と窓

「SLばんえつ物語」に使用されている12系客車は大正ロマンを思わせる内装に大改造されており、SL列車に相応しい雰囲気を演出しています。

グリーン車の方が快適ですが窓が開くのは普通車だけです。

SLばんえつ物語の車内展望席

4号車は誰でも利用可能なフリースペースで展望車となっており、大きな窓から磐越西線の景色を楽しめます。

これ以外にも1号車もフリースペースとなっており「オコジョ展望車両」と呼ばれる展望車兼子供向けのプレイルームが備わっています。

さらに5号車は半分が物販コーナーとなっているため編成数の割に旅客定員が少ないです。これだけのサービスを提供していながら乗車券+普通指定券840円で3時間半楽しめるので、ここまでコスパが良い車両は無いと思います。

・新津~津川

出発駅である新津はC57-180号機が所属する新津機関区やJ-TREC新津工場(新津車両製作所)などを有する、県内屈指の鉄道の街として栄えました。
そのような場所でSLが再び動いている光景は感慨深い物があります。
現在も新津は広大な鉄道用地を有しており、鉄道の街としての貫禄を現在も伝えています。
SLばんえつ物語、新津駅周辺の線路と住宅街
列車はしばらく越後平野の中を走り、沿線には多くの住宅や田畑が見えます。
多くの人達が「SLばんえつ物語」に対して手を振る光景が見え、地域からも愛されているという印象を受けました。
煤がまき散らされるので洗濯物を干せないなどの問題はありますが、SL列車が走る光景は沿線地域にとっての誇りなのかもしれません。
客層も我々のような鉄道マニア以外にもお子様連れのファミリー、若いカップル、熟年夫婦の方々など普段鉄道にはそこまで接していないような層が中心でした。
SLというのは鉄道マニア意外の方々を魅了する魅力があるのだと思います。
SLばんえつ物語:田園風景と送電線
広大な越後平野が広がるのも馬下までで、ここからは阿賀野川に沿って山を越えていきます。
磐越西線は上越線が開業するまでは首都圏と新潟を結ぶ主要ルートの一つとして活躍しており、そのような歴史もあってか幹線に指定されています。
現在は地方輸送が主体のローカル線となっており、線形もローカル線そのものでスピードもあまり出せません。
乗車した日はまだ紅葉も残っており、川の向こうには赤く染まった美しい山並みを見ることができました。
磐越西線、秋の山々、川沿いの集落 磐越西線 渓谷と紅葉の川景色
三川と津川の間では阿賀野川と旧国道49号線に沿って走ります。
並走している道路は対岸にバイパスが開業し、落石の危険性があるとして廃道となっています。
割と最近まで使用されていた近代的な道路だったようで、交通案内表示機などがツタに覆われていました。
落石の危険性があるのはここを走る磐越西線も同じで、所々に落石や土砂崩れから線路を守るためのロックシェッドが設置されています。
磐越西線SLばんえつ物語の車窓風景 磐越西線SLばんえつ物語、紅葉の渓谷と湖

・津川~山都

津川では給水作業や点検のため約20分弱停車します。ホーム上では地域の方による弁当やお菓子などの販売が行われます。
SLばんえつ物語 C57 180号機
津川は狐に扮した花嫁を中心に、狐に扮した人々が練り歩く狐の嫁入り行列で有名な所です。
駅の周りにはこれといって何もなく、津川の街は川の対岸に広がっています。
磐越西線沿いの紅葉と水面
津川を過ぎると県境に近づくためか、沿線の民家も少なくなりより深い山の中を走るようになります。
SLばんえつ物語、秋の田園風景と山々
磐越西線で一番長いトンネルである平瀬トンネルを越えると日出谷に到着します。
日出谷は県境を越える前の拠点として整備された駅で、転車台や給水施設、乗務員の宿泊施設が置かれちょっとした鉄道の街として栄えました。
その名残かはわかりませんが日出谷は小さい無人駅にもかかわらず、「SLばんえつ物語」の停車駅に設定されています。
豊実を通過して阿賀野川を越えると県境を越え福島県に入ります。それと同時に川の名前も阿賀川に変わります。
この辺りはだいぶ山深いためか、川岸には荒々しい岩壁が見えるようになり、渓谷の雰囲気が高まります。
磐越西線、紅葉の渓谷と川 SLばんえつ物語、紅葉の渓谷を走る
野沢の手前になると少し周囲が開け、奥には飯豊山地を見ることができます。
東北のアルプスと呼ばれる飯豊山地は日本で屈指の降雪量を誇り、11月中旬でもすでに雪化粧をまとっていました。
SLばんえつ物語、田園風景と雪山
山都を出発すると磐越西線屈指の撮影スポットである一ノ戸川橋梁を渡ります。
数ある磐越西線の橋梁の中でも一際歴史的価値の高く、完成当時は東洋一の規模を誇っていました。
中央部分は「上路式ボルチモアトラス橋」と呼ばれる構造で、現役の橋としてはかなり貴重な存在です。
橋の見た目が美しいのは当然ながら、橋からの景色も素晴らしく眼下には一ノ戸川と周囲に広がる田園、奥には飯豊山地も見えます。磐越西線屈指の絶景スポットでしょう。
一ノ戸川橋梁の黄色い橋と山並み 秋の磐越西線、山々を望む田園風景
山都の次の駅は喜多方ですがこの間は約10kmも距離が離れています。
「SLばんえつ物語」は会津盆地に向けて最後の山越えを行います。山越え区間を抜けると周囲の景色が開けいよいよ会津盆地に入ります。奥の方には喜多方や会津若松の街並みが見えます。
SLばんえつ物語、田園風景と山々

・喜多方~会津若松

喜多方は会津地方第2の都市であり、ラーメンと蔵の街として知られています。「SLばんえつ物語」でも当駅での乗り降りが多かったです。
喜多方から会津若松にかけては会津盆地の開けた所を進むため、ひたすらまっすぐな線路を進んでいきます。
この区間は普通列車が100km/h近い速度で爆走することで知られていますが、「SLばんえつ物語」はさすがにそこまでのスピードは出しません。
またこの区間には普通列車でも通過するような小駅がいくつかあります。これは並走するバスに対抗して駅を増やしたためです。
その中で唯一全列車が停車するのが塩川で、「SLばんえつ物語」も上り列車のみ停車します。
塩川を過ぎると雄国山や猫魔ヶ岳の奥に会津地方のシンボルである磐梯山を見ることができます。
後ろを振り返ると飯豊山地も見ることができ、会津盆地を囲む雄大な山々を望めます。
SLばんえつ物語、田園風景と山々 雪山と川、紅葉の山並み
会津若松に近づくと現役の扇形庫や転車台が残る郡山車両センター会津若松派出所の横を通ります。
会津若松は新津以上にSL現役時代の面影を残しており、SLの終着駅としてこれ以上相応しい駅は無いでしょう。
SLばんえつ物語の車両と線路風景

 

 

 

総評

車窓   :★★★★

スピード感:★★

お勧め度 :★★★★

現在運行されているSL列車では最も乗りごたえがあり、面白い列車だと思います。

速度は最高60km/hまでしか出さないのでそこまで速くはありませんが、それでもSLの迫力は十分に伝わります。

景色も基本的に川に沿って走るため、全体的に景色はよく3時間半の乗車も飽きることは無いと思います。

長年磐越西線の看板列車として活躍している「SLばんえつ物語」ですが、SLの老朽化も進んでいるためいつまで走るかは正直わかりません。

全国各地ではSLの老朽化や部品、技術者の確保に苦難し引退したSL列車もあるため、乗れるうちに乗っておくことをおすすめします。

 

 

 

  下今市駅

栃木県日光市にある駅です。

旧今市市の中心部にある駅で、日光線と鬼怒川線が乗り入れる主要駅です。

日光と鬼怒川への分かれ道となっており、乗り換え客でも賑わいます。

2017年にSL大樹の運行が開始に併せ下今市機関区が新規開設されたことにより、SL大樹の運行拠点として再整備されました。

 

乗り入れ路線

・東武鉄道日光線

・東武鉄道鬼怒川線

 

下今市駅舎とSL大樹

駅舎。平屋建ての木造駅舎です。「SL大樹」の運行開始に併せレトロな雰囲気にリニューアルされました。

下今市駅のレトロな切符売り場

切符売り場。駅舎の内部もレトロ調にリニューアルされています。

下今市駅のレトロな改札口

改札口。

下今市駅のプラットフォームと線路下今市駅のホームと線路

ホームは2面4線。跨線橋は2基設置されており、東武日光・鬼怒川観光方面のホーム終端部には登録有形文化財にも指定された古い跨線橋が残っています。「旧跨線橋ギャラリー」として整備されており昭和初期の景観を今に伝えています。

下今市駅のレトロな水道設備

ホーム上もレトロ調に整備されており、SL時代の雰囲気を伝えるためタイルづくりの洗面所も設置するほどの徹底ぶりです。

下今市機関区SL転車台とレンガ造り機関庫

駅の裏側にはSLに関する資料の展示施設や、「SL大樹」の運行拠点となっている下今市機関区が整備されています。

下今市機関区とSL大樹

機関車の整備・点検等を行う車庫はレンガ造り風となっています。

下今市機関区の転車台とSL

転車台は山口県の長門市駅に設置されていた物です。

 

訪問日:2025/11/17

 2010年訪問日の様子

下今市駅のレトロな駅舎と駐車場

駅舎。主要駅らしい大きな木造駅舎です。

2017年にSL大樹の運行開始に伴いレトロ調に改装されています。

下今市駅の改札内、切符売り場

駅舎内。訪問時はレトロさを押し出していた訳ではありませんでしたが、当時から随分レトロな雰囲気でした。

下今市駅の自動改札機と駅構内

改札口。自動改札機が設置されています。

下今市駅ホームと線路の様子

ホームは2面4線。

 

訪問日:2010/04/03

 

 

  鬼怒川温泉駅

栃木県日光市にある駅です。

日光と並ぶ栃木県を代表する観光地、鬼怒川温泉の玄関口です。

特急「きぬ」、「きぬがわ」、「SL大樹」、「AIZUマウントエクスプレス」などの優等列車が発着する主要駅です。

大型ホテルの廃墟群が取り沙汰されがちな鬼怒川温泉ですが、少なくとも当駅周辺は一大観光地らしい活気が感じられます。

 

乗り入れ路線

・東武鉄道鬼怒川線

駅舎。大きなコンクリート駅舎です。SL大樹の運行開始に合わせ2017年にリニューアルされました。

駅前。広く綺麗に整備された駅前広場があります。

周辺各地への路線バスも発着しており鬼怒川観光の拠点として機能しています。

駅前にはSL大樹の方向転換を行うための転車台が設置されており、稼働時には多くの見物客で賑わいます。

この転車台は元々広島県の三好駅にあったもの移設した物です。

駅舎内。待合室と売店があります。

切符売り場。券売機の他に特急券やバス乗車券、各種テーマパークの入場券を販売する窓口が営業しています。

改札口。自動改札機が設置されています。

ホームは2面4線。跨線橋で連絡しています。

 

訪問日:2025/11/17

 

 2010年訪問日の様子

 

駅舎。2006年にJR線直通特急の乗り入れ開始に併せて回収されました。

駅舎内。特急券、バス乗車券等を販売する大きなカウンターがあります。

改札口。自動改札機が設置されています。

ホームは2面4線。

1番線は行き止まりホームとなっており、当駅始発の列車が使用します。

 

訪問日:2010/04/02

 

  会津田島駅

福島県南会津郡南会津町にある駅です。

会津鉄道は当駅より南は電化されており、野岩鉄道、東武鉄道の列車が乗り入れています。

浅草からの特急「リバティ会津」の終点ともなっており、東京から乗り換えなしで会津地方の南端まで行くことができます。

駅構内には車両基地も併設されており、会津鉄道の運行上の拠点として活躍しています。

 

乗り入れ路線

・会津鉄道会津線

 

駅舎。「会津田島ふれあいステーションプラザ」を併設する大きな駅で、会津鉄道の当駅以南電化に併せて改築されました。

飲食店やお土産屋なども併設されており、乗り換え時間の消化にも困りません。

駅前。

駅舎内。1階に売店、2階に飲食店があります。

切符売り場。窓口が営業しています。

改札口。寒い地域であるためか屋外と出札所、コンコースはドアで仕切られています。

ホームは2面4線。構内踏切で連絡しており、跨線橋は老朽化のため使用禁止となっています。

 

訪問日:2025/11/17