大宮駅

埼玉県さいたま市大宮区にある駅です。

大宮は元々氷川神社の門前町として発展した街で、江戸時代はそこまで大きい街ではありませんでした。

しかし、鉄道の時代になると東北地方と上信越地方の分岐点となり、大宮には鉄道関連の施設が多く建設されました。

大宮駅は埼玉県一、関東地方有数の巨大ターミナル駅となり、駅周辺の街も埼玉県随一の繁華街として発展を遂げました。

特に新幹線はJR東日本管内で運行される新幹線が全て停車しており、上野に代わり北の玄関口の役目を果たしています。

在来線は宇都宮線、高崎線、湘南新宿ライン、上野東京ラインといった中距離列車、京浜東北線や埼京線といった近距離列車が乗り入れており終日混雑しています。

 

乗り入れ路線

・東北本線(宇都宮線)

・高崎線

・湘南新宿ライン

・京浜東北線

・埼京線

・川越線

・東北新幹線(山形新幹線、秋田新幹線、北海道新幹線を含む)

・上越新幹線(北陸新幹線を含む)

・東武鉄道野田線

・埼玉新都市交通伊奈線

 

大宮駅の巨大駅舎とペデストリアンデッキ

西口。ペデストリアンデッキを併設した橋上駅舎です。

埼玉県の中心駅に相応しい巨大な駅舎で、仙台駅に雰囲気が似ています。

大宮駅西口のそごうと駅前繁華街

西口駅前。埼玉県最大の繁華街が広がっています。

大宮駅西口のバス停と横断歩道

東口。古くから門前町として栄えたエリアです。

本来なら大宮駅の表口と言えますが、令和になった現在でも古臭い駅舎が残っています。

大規模な再開発の計画はありますが、今のところ何か工事が始まっている雰囲気はありません。

大宮駅西口の賑わう街並みとタクシー

東口。西口とは対照的に雑然とした街並みが広がっています。

大宮駅コンコースの賑わう様子

コンコース。埼玉県下最大級の駅ナカ商業施設が形成されています。

大宮駅南改札口付近の様子

南改札口。

大宮駅中央改札(南)の様子

中央改札口(南)。駅には多数の改札口があります。

大宮駅の在来線ホームと線路大宮駅の在来線ホームと線路

在来線地上ホームは5面10線。

主に宇都宮線、高崎線、湘南新宿ライン、京浜東北線などの列車が使用します。

大宮駅構内、利用客が行き交う様子

在来線地下ホームは2面4線。

埼京線、川越線の列車が使用します。

大宮駅の在来線ホームと線路

新幹線ホームは3面6線。

全ての列車が停車するため安全柵、通過線はありません。

 

訪問日:2016/07/27

 

 

 

山陽本線の概要

・基本情報

  • 路線区間:神戸~門司
  • 営業距離:534.4km
  • 管轄会社:JR西日本(神戸~下関)、JR九州(下関~門司)

山陽本線は兵庫県の神戸から福岡県の門司を結ぶ路線です。

国内では東海道本線に次ぐ主要幹線として。今日に至るまで重要な役割を果たしています。

 

山陽新幹線の開業により長距離輸送の役割は失われましたが、貨物列車の大動脈としての役割は健在で、日本の東西を結ぶ大量の貨物列車が行き交っています。

 

山陽本線の相生・上郡~糸崎・三原(以下、山陽本線岡山地区)は、岡山県から広島県の東部まで一体的な運用が行われています。

115系が最後まで活躍しているエリアですが近年は新型車両の導入が進んでおり、115系天国と言われていた岡山地区も終焉を迎えようとしています。

 

 

山陽本線(岡山地区)の路線図

山陽本線(岡山地区)路線図:相生~三原

山陽本線(岡山地区)の路線図。上郡から岡山の区間は県境を越える需要が少ないうえ、沿線に大きな都市が無いため列車本数、利用客共に山陽本線でも随一の少なさを誇ります。

岡山より西では倉敷、笠岡など岡山県の主要都市が続く為、一気に利用客、列車本数が増えます。

 

県境を越えて広島県に入りながらも運行系統の分断は行われないため、岡山の雰囲気を残しながら福山、尾道といった備後地方の主要都市を結び、糸崎・三原に至ります。

福山や尾道は広島市よりも岡山市の方が圧倒的に距離が近く、経済的・文化的にも岡山県との結びつきが強いため、県境よりも地方の繋がりを重視した運用が設定されています。

 

山陽本線の主な使用車両

・115系1000番台、2000番台

黄色い電車 L-17 227系 Urara 山陽本線115系、黄色い車両
115系は国鉄が1960年代から投入した近郊型車両で、国鉄を代表する車両として現在も親しまれています。
 
大都市の近郊圏など比較的平坦な路線での使用を想定した113系に対し、115系は山岳部や寒冷地など過酷な環境下での使用を想定されており、大都市圏から離れた地方を中心に投入されました。
 
岡山地区で使用されている1000番台、2000番台は1970年代後半から製造されたグループで、ボックスシートのシートピッチが急行型車両並に拡大されました。
 
1000番台は雪切室を備えた寒冷地仕様となっており、冬場は意外と冷え込み北部では雪が降ることも珍しくない岡山県では重宝されています。
 
2000番台は雪切室など寒冷地に対応した設備を省略した暖地仕様となっており、車端部の座席はボックスシートとなっています。

・113系2000番台(2026年3月に引退済み)

黄色の電車が駅に停車中
113系は国鉄が1960年代から投入した近郊型車両で、片側3扉の配置とボックスシートとロングシートを組み合わせたセミクロスシートを本格的に採用した車両で、近郊型車両の定義を確立し後発の車両に大きな影響を与えました。
 
主に山岳路線や寒冷地など過酷な環境での使用を想定した115系に対し、113系は比較的地形が平坦な大都市圏の郊外を走る近郊型車両として製造されました。
 
山陽本線の岡山地区で活躍していた2000番台は1970年代後半に製造され、115系2000番台同様シートピッチが拡大されています。
 
115系と共に長年山陽本線岡山地区で活躍してきましたが、2026年3月のダイヤ改正で引退し山陽本線から113系は完全に撤退しました。

・213系0番台

山陽本線 227系 Urara 岡山行き
213系は1987年に導入された快速列車用車両で、211系をベースに開発されました。
快速での運用を想定しているため片側2扉、車内は転換式クロスシートが主体となっています。
 
瀬戸大橋開業時に快速「マリンライナー」用の車両として製造され、現在は岡山地区のローカル運用で活躍しています。

・227系500番台「Urara」

227系「Urara」糸崎行き普通列車
227系500番台は岡山・備後地区に約40年ぶりに投入された新型車両で、115系に変わる岡山地区の主力車両として運用を拡大しています。
 
「Urara」の愛称が付けられており、カラーリングは岡山の特産品である桃、福山のバラ、尾道の桜をイメージしたピンクが中心となっているほか、車体側面端部の桃色の中にあるクリーム色・オレンジ色・茶色のアクセントは過去に運行されていた117系快速サンライナーのイメージを持たせています。
 
2023年に運用を開始して以降順次運用を拡大しており、115系を完全に置き換える日もそう遠くないでしょう。

 

山陽本線(岡山地区)の景色と見所紹介(相生~三原)

 

・相生~岡山【現在も山陽路の難所と恐れられる「船坂峠」を越える】

相生は山陽新幹線の他、赤穂線が分岐する駅で、姫路方面からの列車の多くは赤穂線に乗り入れ播州赤穂へ向かうため、山陽本線を西に進むには乗り換えが必要になる機会が多いです。

 

相生からはいよいよ岡山地区の車両に乗ることになり、近畿地方から中国地方へとシフトします。

 

相生を出発して隣の有年を過ぎると、大きなカーブを描いて千種川に沿って進み、川を渡ると上郡に到着します。

国道2号線が鯰峠経由で直線的に建設されているのに対し、山陽本線はなるべく平地を選び上郡を経由する遠回りなルートを選択しています。

 

兵庫県の最西端に位置する上郡は決して大きな駅ではありませんが、鳥取へ向かう智頭急行線が分岐しています。

関西圏と鳥取を結ぶ「スーパーはくと」や、岡山から鳥取を結ぶ「スーパーいなば」といった特急列車を高速で走らせるために建設された超高規格路線で、山に向かって高架線が伸びていく様子が見えます。

山陽本線 船坂峠越えの風景

上郡を過ぎると山陽本線は兵庫県と、岡山県の県境を成す船坂峠越えに挑みます。山陽本線沿線でも一際人口が希薄な地域で、家一軒も建っていないような深い山の中を進んでいきます。

山陽本線沿線の森と小屋

岡山県に入り最初に到着する三石はは煉瓦の原料となる「ろう石」の採掘地で、明治時代には煉瓦産業が発展しました。

当時の煉瓦は東京駅丸の内駅舎に代表される近代建築物やトンネル、橋の橋脚などに使用されており、日本の近代化に欠かせない存在でした。岡山の最果ての山の中にある小さな街ですが、当時は日本の経済を支えた非常に重要な街だったことでしょう。

山陽本線沿いの工場と山並み

和気から万富の手前までは吉井川に沿って走り、割と単調な景色が多い相生から岡山の区間において、この川沿いを走るこの区間は見応えがあります。

山陽本線沿いの川と山並み川沿いの鉄橋と山並み

山陽新幹線の高架と並走し、岡山市に入り旭川を渡ると岡山に到着します。

橋と川、山並みと青空

・岡山~笠岡【大半が埋め立てで造成された広大な岡山平野を走る】

岡山は山陽新幹線の他吉備線や津山線、赤穂線と言ったローカル線、山陰地方へ向かう伯備線、四国へ向かう宇野線・本四備讃線の列車が乗り入れる中国地方屈指の巨大ターミナル駅です。
 
山陽本線から特急列車は殆ど消滅してしまいましたが、山陰地方や四国地方へ多種多様な特急列車が現在も発着しており、駅のホームは非常に賑やかです。
ここまで人口が希薄なエリアを走ってきた山陽本線ですが、岡山から西は大半の岡山県民が住むエリアとなるため、一気に利用客が増えます。
 
岡山から隣駅の北長瀬にかけては広大な岡山車両区と岡山貨物ターミナルが広がっており、岡山が中国地方屈指の鉄道の中心地であることが実感できます。
 
北長瀬もかつては岡山操車場の一部で、跡地は岡山ドームや商業施設等に再開発されています。
コンテナとトラックが並ぶ貨物駅 JR山陽本線 貨物列車と車両基地
岡山県内の山陽本線は広大な岡山平野をひたすら走るので、景色は極めて単調ですが水路の多さに目が行くと思います。
 
住宅地と畑が入り混じったような光景が延々と続きますが、広大な岡山平野の大半は埋め立てによって造成されたもので、土の塩分を抜くいたり、農業用水を確保するために水路が至る所に張り巡らされています。
 
田畑や住宅地に隅々まで水路が張り巡らされた光景を見ると、単調な景色でも岡山県らしさを実感できます。
山陽本線沿線の風景、家屋と送電線 山陽本線沿いの住宅街と鉄塔

岡山の次の主要駅は倉敷は岡山に近接しているせいもあり、駅の規模はそこまで大きくありませんが、倉敷市は約48万人の人口を誇る県内第2の都市です。

 

江戸時代の蔵街が残る観光都市である一方、水島コンビナートを要する瀬戸内地方屈指の工業都市としても知られており、その高い経済力で岡山市の隣に位置しながら独自の経済圏を築いています。

 

 

山陽本線も岡山から倉敷の輸送需要が最も大きいですが、倉敷から西もそれなりに大きい都市が続く為相変わらず車内は混雑していました。

・笠岡~糸崎【広島県なのにほぼ岡山県?独自の文化を形成する備後地方へ】

笠岡は岡山県の最西端にある駅であり、岡山県内の山陽本線の駅では最も海に近い駅です。

駅の近くには笠岡港があり、北木島や白石島への航路も発着しています。

駐車場に停められた黒いバンと赤い車

岡山県と広島県の県境にはこれといって目印となるものが無く、知らぬ間に広島県に入ることになります。

岡山県西部と広島県東部は元々備後国に属していたため、広島県に入ったという印象は薄いです。

 

高架線を登ると福山に到着します。福山市は45万人の人口を誇る県内第2の都市で、広島県にありながら岡山県との繋がりが強く、独特の存在感を放つ都市です。

 

駅前には巨大な商業施設やタワーマンションが建ち並んでおり、備後地方を代表するにふさわしい風格を漂わせています。

 

駅前には岡山県でお馴染みの天満屋デパートがあり、駅構内には岡山県でお馴染みの商業施設「さんステ」が併設されているため、本当に広島県なのかと疑ってしまいます。

岡山駅周辺のバス停とビル群

↑備後地方の中心都市に相応しい風格を漂わせる都会的な福山駅前の光景

 

都会的な雰囲気が漂う一方で駅の裏側には福山城があり、大きな石垣と櫓、再建された天守閣を駅構内から見学することができます。

福山城と山陽本線の線路

↑新幹線ホームから見た福山城の様子

東尾道から尾道にかけては、車窓から尾道市らしい光景を堪能できます。

東尾道を出発してしばらくは工業都市としての尾道の側面を見ることができ、それを象徴するのが尾道造船の工場です。

尾道の名を冠する名門企業で、尾道を代表する企業と言えるでしょう。

大型船とクレーンがある港湾地区

尾道は本州側から見た四国の玄関口という役目も担っており、本土と向島を繋ぐ尾道大橋は本州と四国を繋がるしまなみ海道の起点となっています。

橋と海、夕日

尾道大橋から尾道駅にかけては、尾道市の市街地が広がっています。

かつて備後地方の商都として栄えた尾道は古くから街が築かれていたため、山陽本線は市街地を避けるようにして線路が敷かれています。

 

また尾道は坂の街としても有名で、山の斜面にびっちりと民家が建ち並んでいます。山陽本線はちょうど山の斜面と平地のキワを走るように線路が敷かれており、尾道の風情を味わうことができます。

山陽本線沿いの街並みと交通風景尾道市街と五重塔、山陽本線

尾道を出発してしばらくすると国道2号線と並走し、尾道の港を過ぎると海岸に沿って走ります。

目の前には瀬戸内海に浮かぶ島がいくつか見え、向島と因島を結ぶ因島大橋が見えます。

漁船が停泊する港の風景穏やかな海と島々、遠くの橋

海が見えなくなると到着する糸崎は両隣の尾道や三原に比べると地味な駅ですが、山陽本線有数の運行上の拠点となる重要な駅です。

 

かつてはこれから控える厳しい山越えに備える拠点として機関区が置かれ、その名残で現在も車両基地があり、当駅を境に岡山側と広島側で運行系統が分断されています。

 

山陽本線的には当駅が岡山と広島の境となり、ここから先は広島地区の新型車両227系RedWingが主力となります。

山陽本線 115系 岡山地区の鉄道風景

↑非常に広大な糸崎駅の構内

 

駅としては非常に重要な糸崎ですが、駅周辺にはこれといって何も無く、地元の人以外乗り換え以外の目的で当駅を利用する人は殆どいないでしょう。

大半の列車は糸崎が終点ですが、一部の列車は隣の三原まで乗り入れており、今回は三原まで乗車しました。
 
三原市は約8万人の人口を誇る都市で、瀬戸内海の各島への航路が伸びる海上交通の要衝である他、タコが名産品として知られています。
 
三原駅は呉線が分岐する他新幹線の停車駅となっており、新幹線ホーム側の出入り口が三原城の天守台跡に直結していることで知られています。
福山駅など城の敷地内だった場所に建設された駅はいくつかありますが、城跡に直結している駅は三原くらいでしょう。

山陽本線 岡山駅付近の石垣と駅舎

相生から乗ってきた岡山地区の115系とも三原でお別れです。2026年1月の時点で新型車両227系「Urara」とすれ違う機会が多く、115系の方が少なく感じました。

2026年3月のダイヤ改正で227系の運用が大幅に拡大したため、現在はより115系を目にする機会が少なくなったと思われます。

あと数年もすれば完全に見られなくなる可能性があるので、今が岡山の115系に乗る最後のチャンスでしょう。

山陽本線 115系 黄色い電車

 

 

  小牛田駅

宮城県遠田郡美里町にある駅です。

仙台通勤圏の北端に位置し、多数の折り返し列車が設定されている他、鳴子温泉や新庄へ向かう陸羽東線、石巻や女川方面へ向かう石巻線が分岐する宮城県北部屈指のターミナル駅となっています。

 

乗り入れ路線

・東北本線

・陸羽東線

・石巻線

 

小牛田駅 西口駅舎と駅前広場

西口駅舎。主要駅らしい2階建ての大きなコンクリート駅舎です。

現在駅舎の機能は裏手に建設された橋上駅舎に移行しており、待合室として活用されています。

小牛田駅前 広々としたロータリーと時計台

西口駅前。駅の規模の割に周辺には何もありません。

小牛田駅の券売機と改札口

西口駅舎内。

小牛田駅の通路、階段への案内標識

旧駅舎から橋上駅舎への通路。

小牛田駅 橋上駅舎と階段

東口。西口と東口は自由通路で結ばれています。

小牛田駅前 交差点の風景

東口駅前。近年開発されたであろう新興住宅地が広がっています。

小牛田駅 橋上駅舎の券売機と改札口

橋上駅舎内の切符売り場。近距離切符用の券売機と指定券券売機が設置されています。

小牛田駅の改札口と電光掲示板

改札口。少数ながら自動改札機が設置されています。

みどりの窓口は営業を終了しています。

小牛田駅に停車中のJR気動車

ホームは2面4線。ローカル列車しか乗り入れないとはいえ、主要駅らしく多くの列車が同時に発着します。

小牛田駅の車両基地に停車する列車群

駅に併設されている小牛田運輸区。宮城県や山形県の路線で使用されている気動車が所属している大きな車両基地です。

 

訪問日:2026/07/28

 

 

山陽本線の概要

・基本情報

  • 路線区間:神戸~門司
  • 営業距離:534.4km
  • 管轄会社:JR西日本(神戸~下関)、JR九州(下関~門司)

山陽本線は兵庫県の神戸から福岡県の門司を結ぶ路線です。

国内では東海道本線に次ぐ主要幹線として。今日に至るまで重要な役割を果たしています。

 

山陽新幹線の開業により長距離輸送の役割は失われましたが、貨物列車の大動脈としての役割は健在で、日本の東西を結ぶ大量の貨物列車が行き交っています。

 

山陽本線は神戸から上郡はアーバンネットワークに含まれており、神戸から姫路までは東海道本線の大阪から神戸を含めて、「JR神戸線」という愛称で案内されているため、東海道本線と一体的な運用が行われています。

 

本記事では神戸から~相生・上郡までの区間を、「山陽本線(京阪神地区)」として案内します。

 

 

山陽本線(京阪神地区)の路線図

山陽本線(京阪神地区)路線図:神戸~相生・上郡

山陽本線(京阪神地区)の路線図。神戸を出発して神戸市を出ると大阪湾に沿って進み明石市、加古川市、姫路市と播磨地方の主要都市を網羅します。

姫路から先は一気に沿線人口も減りローカルは雰囲気を漂わせながら、たつの市を経由して相生・上郡に到着します。

 

山陽本線(神戸~相生・上郡)の主な使用車両

・223系1000番台、2000番台、6000番台

227系電車「Urara」の普通列車

223系は1994年から約15年近く製造され続けた、JR西日本を代表する近郊型車両です。

アーバンネットワークの立役者となった221系の後継車として開発され、車体にはステンレスが採用され、内装も221系で好評だった転換式クロスシートを継承しつつも、ドア付近のスペースを広げるなどブラッシュアップが行われました。

 

特に新快速に投入された1000番台、2000番台は最高速度130km/h運転を実現し、京阪神圏内での新快速の存在を確固たるものにしました。

VVVFインバータ制御を採用しているため設定次第で走行性能を抑えることができ、快速運用からローカル線区での運用まで幅広くこなしています。

 

 

・225系0番台、100番台

227系電車、山陽本線で活躍

225系は2010年から約15年近く製造され続けた車両で、223系と共にアーバンネットワーク内の主力車両として活躍しています。

223系が車体の軽量化や走行性能の向上で効率化を求めた設計であったのに対し、225系は安全性を第一に重視した設計がなされており、万が一衝突事故が発生しても乗務員や乗客には影響を最小限に留められるような構造が採用されました。

 

旅客サービスの向上にも努めており、車内には影響ディスプレイが搭載されたほか、掴まりやすい手すりを採用したり、つり革の数を増やすなどユニバーサルデザインに則った内装となっています。

 

 

・207系

223系・225系新快速電車

207系は1991年から投入されたアーバンネットワーク向けの通勤型車両で、旧型車両の置き換えや片町線と福知山線を結ぶJR東西線乗り入れ用の車両として製造されました。

 

基本的な設計思想は221系に準じており、国鉄のイメージを脱却するため大きな窓や明るい内装が取り入れられました。走行性能は221系とほぼ同等となっており、通勤型車両とは思えな程の俊足ぶりを誇ります。

・321系

JR223系・225系新快速電車

321系は2005年から投入された通勤型車両です。

207系に比べより効率性を重視した設計がされており、特にすべての車両にモーターを搭載しつつ、片側の台車だけを駆動させる0.5Mシステムは編成組成の自由度を高め、全車共通設計による設計・製造の合理化によりコスト削減に成功しました。

 

山陽本線(京阪神地区)沿線の景色と見所紹介(神戸~相生)

・神戸~姫路【新快速が爆走する区間から須磨海岸と明石海峡大橋を望む】

神戸は東海道本線の終点であり、山陽本線の起点となる駅ですが、JR西日本では大阪から神戸までを「JR神戸線」として一体的な運用を行っているため、神戸は単なる中間駅という位置づけです。
 
神戸が山陽本線の起点となっている理由は、大阪から神戸に関西地方初の鉄道を国が開通させた後、神戸から西は山陽鉄道という民間企業が建設を行ったためであり、歴史的な経緯から神戸が東海道本線と山陽本線の境となっています。
山陽本線起点と神戸の街並み
 
神戸駅の近くには神戸港があり、駅の南口駅前にはかつて湊川駅という広大な貨物駅がありました。
関西を代表する物流の拠点だった神戸駅周辺は神戸市の中心地として栄華を極めましたが、現在は三ノ宮近辺に中心地が移ったため、神戸駅の立場は低下しました。
神戸駅周辺のビル群と線路
しかし現在も神戸駅には風格漂う駅舎が残っており、かつてはれっきとした神戸市の中心駅であったことが伺えます。
かつて湊川駅や神戸港だった場所はハーバーランドやメリケンパークなどに再開発され、神戸屈指のお洒落スポットに変貌を遂げています。
 
隣駅の兵庫は県の名前を名乗る駅ですが、新快速は通過する小駅です。
この辺りは元々兵庫津と呼ばれており、平清盛が港を整備した頃からの歴史があります。
 
そこから明治時代まではこの辺りが当時の摂津国の中心地であったため、廃藩置県の際には「兵庫」が県名として採用されました。
兵庫からは山陽本線の支線である和田岬線が分岐しており、工業地帯である和田岬へ向かいます。
神戸駅付近の街並みと高層マンション
須磨を過ぎると山陽本線は須磨海岸に沿って走ります。山陽本線は海沿いを走っているイメージがありますが、海が見える区間は全体のごく僅かで、その一つが須磨から明石にかけての区間です。
 
山陽本線は海岸線ギリギリを走っており、大都市圏内でここまで海に近い所を走るのは全国的に見ても珍しいです。
また大阪湾は日本第2位の都市圏である京阪神圏の経済を支える非常に重要な海であるため、多くの船が行き交っている様子が見えます。
山陽本線 須磨海岸沿い 海の景色
舞子の手前になると明石海峡大橋と淡路島が見えてきます。明石海峡大橋は1995年に開業した橋で、当時は世界一の規模を誇った吊り橋でした。
これにより関西から明石海峡大橋、淡路島、鳴門海峡大橋を経て徳島へ至るルートが完成し、物流に大きな変革をもたらしました。
特急列車や新快速が走る快速線の方が一段高い所を走るため、より橋や海が見えやすいです。
明石海峡大橋と海、鉄道線路
明石海峡大橋を見終えると明石に到着します。明石市は人口30万人をほこる都市で、近年は手厚い子育て支援施策の結果人口増加を成し遂げたことで知られています。
 
元々明石城の城下町として発展しただけあり、駅前には立派な市街地が形成されています。また統計135度線が通る日本標準時線子午線の街としても有名です。
 
隣駅である西明石は新幹線の乗換駅かつ、草津から続いた日本最長の複々線区間の終点でもあります。
そのため西明石終点の列車が多数設定されており、列車本数も減ります。
複線区間になってからは沿線には戸建て住宅が目立つようになり、大阪から続いた京阪神の都会的な景色もひと段落します。
 
次の主要駅は加古川です。駅がある加古川市は約25万人の人口を誇る県内有数の大都市で、ベッドタウンかつ工業都市として知られています。
駅からは加古川に沿って北上する加古川線が分岐しており、地味なローカル線ですが、阪神淡路大震災の時には迂回路線として活躍しました。
駅を出てしばらくすると、市の名前の由来となっている加古川を渡ります。河口付近にはコンビナートが広がっており、播磨臨海地域の経済力の高さが伺えます。
河川と病院、橋のある風景
山陽新幹線と並走するように走ると姫路に到着します。播磨地方の中心都市である姫路市は人口52万人を誇る兵庫県第2の都市で、神戸市とはまた別の経済圏を確立しています。
 
姫路駅前からは整然と揃ったビルの間に道路が敷かれ、一番奥には姫路市のシンボルである姫路城が見える景観となっており、個人的に日本で一番美しい駅前景観だと思ってます。
山陽本線を乗り通す場合姫路で乗り換える機会は多いと思うので、ぜひ見ていただきたい光景です。
姫路駅周辺の都会的な街並み
姫路は山陽新幹線の他但馬地方へ向かう播但線、岡山県の県北へ向かう姫新線が乗り入れており、県内屈指の巨大ターミナル駅となっています。
大半の新快速は当駅を終点としており、JR神戸線と案内されるのも当駅までとなっているため、姫路から本格的な山陽本線の旅が始まると言えます。
姫路から岡山まで一気に走破する列車は少なく、多くの場合播州赤穂行きの列車に乗ることになります。
姫路発着の列車は4両編成など短い列車が多く、京阪神の都会的な雰囲気はかなり薄れていきます。
 
姫路を出発してしばらくすると、車窓の左右に謎のコンクリートの構造物が見えますが、これはかつて姫路駅から手柄山を結んでいた姫路モノレールの廃線跡です。
まだモノレールが殆ど普及していなかった1966年に開業し、当時は近未来の交通機関として注目されていましたが、高すぎる運賃や不便すぎるダイヤが原因で利用客が低迷し、僅か8年で廃止となって幻のモノレールとして有名です。
 
姫路の西側には工業地帯が広がっています。姫路市は県内一の製造品出荷額を誇る工業都市で、特に沿岸部には広大なコンビナートが広がっています。
工場建屋と配管群
かつてモノレールが乗り入れていた手柄山は運動施設や娯楽施設などが集まる姫路市民憩いの場で、2026年の3月には新駅として手柄山平和公園駅が開業予定となっています。
開業まで半年も無いため、駅の設備はほぼほぼ完成しているように見えました。
手柄山平和公園駅と建設中の建物
姫路市最西端の駅となる網干は、関西圏で鉄道を利用している方なら馴染みのある駅名だと思いますが、ここには関西圏有数の巨大車両基地である網干総合車両所があるため、網干行きの列車が多数設定されています。
主に新快速等で使用されている223系や225系が所属しており、京阪神地区でも一際重要な車両基地となっています。
山陽本線で使用される車両たち
網干を過ぎると沿線には広大な田畑が広がるようになり、だいぶローカルな雰囲気が強くなります。
揖保川を渡るとたつの市の入り竜野に到着します。そうめんの有名ブランドである「揖保乃糸」の由来となっている川で、たつの市は日本有数のそうめんの名産地となっています。
竜野は市の中心部から大きく外れており、姫新線の本竜野の方に中心街が広がっています。
山陽本線沿いの田園風景と橋
竜野を過ぎると広大な播磨平野も終わり、相生に到着します。
相生は山陽新幹線が乗り入れるほか赤穂線が分岐していますが、駅周辺にはこれといって何も無く、山陽新幹線の駅でも存在意義が不明な駅として知られています。
 
相生含め兵庫県に新幹線駅が多く存在するのは、国鉄が夜行新幹線を計画していた名残で、当時の国鉄は片方の線路は夜間の保守点検に回し、もう一方の線路で上下の夜行列車を走らせようとしていました。
新幹線で単線運行を行うことになれば当然行き違い設備が必要となるので、東京から博多の中間部にある兵庫県内に多くの新幹線駅が建設されました。
 
結局夜行新幹線計画はとん挫し新幹線駅だけが残りましたが、新幹線が停まって地域に何かデメリットがあるとは思ないので、相生は割とラッキーな駅だったのかもしれません。

 

 

 

 

全国の非電化区間などを走る気動車は、10年くらい前まではディーゼルエンジンを用いた「内燃機関」による車両が一般的でした。

しかし省エネや環境保護、コスト削減が叫ばれるご時世において、気動車は内燃機関だけでなく電気の力を用いた電動化が進んでいます。

鉄道マニア的には排煙をまき散らし、爆音エンジンを響かせながら爆走する車両の方が好みとは思われますが、今後従来の気動車を置き換えていくであろう新世代の気動車を紹介します。

 

①ハイブリッド式気動車

◆ハイブリッド式気動車の概要

近年は自動車でもエンジンとモーターの動力を用いた、ハイブリッド車が主流となっていますが、鉄道車両でもハイブリッド車が年々普及しています。

 

しかし自動車と鉄道車両のハイブリッドは根本的な違いがあり、自動車で一般的に採用されいるものは「パラレルハイブリッド方式」と呼ばれ、メインの動力はエンジンを用いており、モーターはあくまでも補助的な動力として使用されています。

 

鉄道車両のハイブリッドは「シリーズハイブリッド方式」と呼ばれ、エンジンはあくまでも発電用で、発電された電気で回転するモーターを動力としています。

シリーズハイブリッドとパラレルハイブリッドの比較
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自動車でもシリーズハイブリッド方式を採用している車(日産のe-POWERなど)はありますが、主流とは言えません。

その一方で鉄道車両でシリーズハイブリッド方式が採用されているのは、以下のメリットがあるためです。

 

・変速機を削減できる

エンジンを動力とする場合、エンジンの回転を制御してスピードを調整する変速機を搭載する必要があります。

自動車の場合エンジンが小さいため変速機がコンパクトに作れるかつ、高速度で運転する場合はエンジンでタイヤを回した方が燃費が良くなるという特性があります。

 

鉄道車両の場合はエンジンが巨大なため、その分巨大な変速機を搭載する必要があり初期費用やメンテナンスコストがかかります。

 

また自動車は常に動力を回し続けて走るため、シリーズハイブリッド方式だとエネルギー変換のロスが生じますが、鉄道車両は自動車に比べて摩擦が少なく、一度スピードを出せば惰行でもほとんどスピードを落とすことなく進み続けます。

 

そのためエネルギーをロスする機会が少なく済むので、わざわざ巨大な変速機を搭載してまでエンジンを動力にする必要がありません。

 

・電車の機構を応用できる

ハイブリッド気動車は「気動車」と呼ばれていますが、モーターを動力としているため機構は電車とほとんど変わりません。

そのため既存の電車の機構を応用することで、設計思想や部品の共通化に繋がり、コストを削減できるというメリットがあります。

 

・免許を統一化できる

鉄道車両を運転する場合電車と気動車で必要な免許が異なり、電車の場合は「甲種電気車免許」、気動車の場合は「甲種内燃車免許」がそれぞれ必要でした。

 

モーターで動く電車と、エンジンで動く気動車では勝手が違うため、別々の免許の取得が求められていましたが、ハイブリッド気動車の場合はモーターを動力としているため、運転の勝手は電車とほぼ同じです。

 

そのためハイブリッド気動車の場合は「甲種電気車免許」での運転が認められており、人員確保や教育に要するコストや時間の削減、人員配置の柔軟化が可能となりました。

 

◆ハイブリット式気動車の導入例

・キハE200系【JR東日本:小海線】

キハE200系 ハイブリット気動車JR東日本

世界初の営業運転を行ったハイブリット式気動車は、2007年にJR東日本が投入したキハE200系です。

ハイブリット式気動車には電気を充電するためのバッテリーが必要ですが、キハE200系は巨大なリチウムイオン電池を屋根の上に搭載しています。

 

キハE200系はアップダウンの激しい過酷な線区での運行データを得ること、環境にやさしい列車を自然豊かな路線で走らせて環境保護のアピールをするという理由で、長野県と山梨県を結ぶローカル線である小海線に投入されました。

 

6両が量産先行車として製造されましたが、多額の費用がかかってしまったためこれ以上の量産は行われませんでした。

しかしこの車両で得られたデータは後に製造されるハイブリット式気動車に活かされており、次世代気動車の礎を築いた重要な車両となっています。

 

・HB-E300系【JR東日本:「リゾートビューふるさと」等観光列車】

HB-E300系リゾートハイブリッド気動車

▲主に長野地区の観光列車に運行されている「リゾートビューふるさと」

HB-E300系気動車:リゾートしらかみ橅編成

▲五能線で運行される「リゾートしらかみ」の橅編成

 

HB-E300系は2010年から投入された、観光列車用の気動車です。JR東日本の各地方で運行されていた観光列車には、キハ58系やキハ40系などを改造した車両が使用されていましたが、種車の老朽化が進行していたためこれらの車両を置き換えるために導入されました。

 

最大の特徴は車両の形式番号に「キハ」ではなく、ハイブリットを表す「HB」が冠された点で、本系列以降製造されたハイブリット式気動車は全て「HB」を冠するようになりました。

またキハE200系は1両編成での運行が可能でしたが、HB-E300系は2両以上の固定編成となっているため、より電車に近い形となりました。

 

大量に増備する必要が無く、普通列車よりは客単価が高くなる観光列車用車両であるため、コストが高くつくハイブリット式気動車でも導入のハードルが低く、その後は五能線で運行される「リゾートしらかみ」の橅編成、青池編成、主に羽越本線で運行される「海里」、北東北で使用される「ひなび」、南東北で使用される「SATONO」に導入されました。

 

・HB-E210系【JR東日本:仙石東北ライン】

ハイブリッド気動車HB-E210系とHB-E300系

▲左側がHB-E210系で、右側はE721系。よく似ている。

 

HB-E210系は2015年に、仙石東北ライン用の車両として投入された車両です。仙石線と東北本線で直通運転を行う計画は以前からありましたが、電化方式の違い(東北本線は交流、仙石線は直流)や採算性等の問題から実現しませんでした。

 

しかし2011年に東日本大震災が発生し、仙石線とその沿線地域が甚大な被害を受けたため、復興事業として仙石線と東北本線で直通運転を行う「仙石東北ライン」の建設が決まり、電化方式の違いを解決する方法として投入されたのが、ハイブリット式気動車のHB-E210系で、2両8編成が製造されました。

 

外装や内装はE129系をベースにした近郊型車両となっており、仙台地区で活躍しているE721系ともさほど違いはありません。

また万が一バッテリーが壊れても、発電機で供給された電気をダイレクトに動力といて使う電気式モードを備えています。

 

・HB-E220系【JR東日本:八高線、釜石線】

HB-E220系は2025年から投入された車両で、八高線や釜石線で使用されていたキハ110系を置き換えました。
 
HB-E210系投入から約10年ぶりのハイブリット式気動車で、コストの面からしばらく敬遠されていたハイブリット式気動車ですが、10年の間にバッテリーや半導体の技術が進化し、これまで屋根の上に搭載していたバッテリーが床下に収納できるようになり、従来のハイブリット式気動車に比べて導入コストを削減することに成功しました。
 
また今回置き換えの対象となったキハ110系は電車並みの走行性能を有する俊敏な車両であるため、バッテリーを用いたアシストが必要と判断された可能性もあります。
 

・HC85系【特急ひだ、南紀】

HC85系ハイブリッド気動車 特急ひだ 南紀
HC85系は2022年から投入されたハイブリット式特急型気動車で、大阪・名古屋から高山・富山を結ぶ特急「ひだ」、名古屋から新宮・紀伊勝浦を結ぶ特急「南紀」で使用されていたキハ85系を置き換えました。
 
従来のハイブリット式気動車は加速が鈍く、最高速度も100km/hほどに制限されるというのが一般的で、高い加速力と100km/h以上の最高速度を出す必要がある特急型車両には不向きとされていました。
 
JR東海はこの課題を解決すべく徹底的な車両の軽量化と、高出力エンジンによる強力な発電とバッテリーの全力アシストによる圧倒的な加速力、新幹線の技術を応用した高性能なモーターを搭載したことにより、先代のキハ85系と遜色のない走行性能を手にしました。
 
形式名に冠されている「HC」は 「Hybrid Car」の略を表し、車体番号にはキハではなくクハやクモハなど電車と同じ方式の番号が割り振られており、実質電車とほとんど変わりません。

・YC1系【JR九州:長崎本線、大村線など】

JR九州 YC1系気動車(長崎本線)
YC1系はJR九州が2020年から投入した一般型気動車で、長崎地区で使用されていたキハ66・67系やキハ40系を置き換えました。
 
ハイブリット式気動車は製造コストが高くつく為、大量の既存車両を置き換えるには適していませんでしたが、JR九州はコストが嵩む要因であるバッテリーを小型化させるため、バッテリーの用途を発車時のアシストと、ブレーキ時の電気回収だけに特化させました。
 
「YC」は 「優しくて力持ち(Yaashikute Chikaramochi)」の頭文字をとったもので、環境にやさしいながらも、従来の気動車以上の走行性能を実現しました。

 

◆今後の展望

ハイブリット式気動車は技術の発展により従来よりもコストを抑えて製造できるようになったため、今後もJR各社で投入される予定があります。

 

JR四国では一般型車両である3600系が2026年の6月から、徳島地区に投入される予定となっており、JR四国で最後まで残っているキハ40系列を置き換えられる予定です。

 

JR東海では快速「みえ」や高山本線、太多線で使用されているキハ75系を置き換えるため、HC85系や315系の技術を応用したHC35系を2028年度から導入する予定となっています。

 

②電気式気動車

次世代気動車の主流になるかと思われたハイブリット式気動車ですが、製造コストが高くついてしまうため、大量の旧型車両を一気に置き換えるには不向きでした。

 

ハイブリット式気動車のコストが高くついてしまう大きな要因はバッテリーで、投入費用と更新費用が非常に重くのしかかります。赤字ローカル線を走る車両に多額の投資はできないため、コスト高の最大要因であるバッテリーを取っ払って、燃費向上よりもコスト削減を重視したのが「電気式気動車」です。

ハイブリッド式気動車と電気式気動車の仕組み

バッテリーを取っ払ったとはいえ従来の気動車に比べれば燃費は向上しており、ハイブリット式気動車のメリットもほぼほぼ享受できるため、かなりコスパのいい車両と言えます。

 

電気式気動車の導入例

・GV-E400系【JR東日本:新潟地区、秋田地区】

GV-E400系 電気式気動車(JR東日本)

▲新潟地区仕様のGV-E400系

GV-E400系電車:JR東日本 電気式気動車

▲秋田地区仕様のGV-E400系

 

GV-E400系は2019年から投入された車両で、新潟地区と秋田地区に残っていたキハ40系列を置き換えました。

新潟地区では羽越本線の新津から酒田、磐越西線の新津から会津若松などで使用され、秋田地区では五能線や、災害復旧時に非電化区間となった奥羽本線の新庄から横堀などで使用されています。

 

「GV」は「Generating Vehicle」の頭文字で、今後電気式気動車が製造された場合は「GV」が冠されることになるでしょう。

 

電気式気動車を採用した理由は大量のキハ40系列を置き換えるにおいて、ハイブリット式気動車ではあまりにも製造費が高くついてしまうことと、長距離運用の機会が多いため重量やメンテナンス面を考慮したことが理由と思われます。

 

・H100系【JR北海道:北海道全域】

JR北海道 H100形電気式気動車DECMO

H100形(DECMO)はJR北海道が2019年から投入した電気式気動車で、2026年現在北海道全域に投入されており、キハ40系列の定期運用を駆逐しました。

 

JR北海道ではキハ40系列やキハ54系など大量の旧型車両の置き換えが急務となっていましたが、JR北海道は万年赤字体質で車両更新に投じられる予算には限りがあります。

 

ハイブリット式気動車は先述した通り製造費が高くつきますが、それ以上にバッテリーは寒さに弱いという欠点を有しており、北海道の冬の環境にとても耐えられるものではありません。また北海道では駅間が非常に長く、加速減速よりも惰性で走る時間が圧倒的に長いため、ハイブリット式気動車のメリットをまるで活かせない環境となっています。

 

そこで投入されたのが電気式気動車で、基本設計をJR東日本のGV-E400系と統一することで初期費用を削減し、さらに構造を限りなくシンプルにすることでメンテナンスコストの削減にも貢献しています。

・DEC700形【JR西日本:新山口支所配置・各線区でテスト中】

DEC700形はJR西日本が2021年から投入した電気式気動車で、現在営業運転に向けてJR西日本管内各地で試験運転を行っています。

 

「DEC」は「Diesel Electric Car」の頭文字をとったもので、電気式気動車として造られながら、後からハイブリット式気動車にアップデートできるという特徴を持っています。

床下に大容量バッテリーを後付けするという、JR西日本お得意の魔改造を行い2024年から性能テストが行われています。

これにより芸備線や姫新線のような超ローカル線には安価な電気式、山陰本線など一定のスピードを出す路線には高価なハイブリッド式を投入するなど、両方式の恩恵をフルで受けられる体制を実現しました。

 

JR西日本は2026年4月に発表した「中期経営計画2030」にて、旧型車両の大規模な置き換えを示唆しており、JR西日本管内に大量に残っているキハ40系が一気に置き換えられる予定となっています。

 

 

③蓄電池式車両

ハイブリット式気動車も電気式気動車もモーターを動力とすることで、従来の気動車に比べて大幅な燃費向上を実現しましたが、エンジンを使うという点においては従来の気動車と同じです。

鉄道会社が求める究極の気動車はエンジンを一切使わない、カーボンニュートラルな車両でありその第一陣として登場したのが蓄電池式車両です。

蓄電池式気動車の仕組みとCO2排出ゼロ

蓄電池式車両の最大の特徴はパタングラフを介して電気の供給を受けるという点で、ほぼ電車と言っても過言ではありません。

電化区間では電車として走りながらバッテリーを充電し、非電化区間ではバッテリーの電気を用いて走るため、エンジンを一切使わずに非電化区間を走ることが可能となっています。

 

また費用面においても構造がほぼ電車であるため、既存の電車と設計や部品等を共通化できるため初期費用を削減でき、メンテナンスも既存の電車と同じようにできるため、メンテナンスコストの削減も実現しています。

 

蓄電池式車両の導入例

・EV-E301系【JR東日本:烏山線】

EV-E301系はJR東日本が2014年から投入した蓄電池式車両で、JRグループとして初めて営業運転を開始しました。

「ACCUM」の愛称が付けられており、栃木県の宝積寺から烏山を結ぶ烏山線に投入され、同線で使用されていたキハ40系を置き換えました。

 

烏山線は宝積寺から分岐していますが、全ての列車は東北本線に乗り入れ宇都宮から発着しているため、宇都宮から宝積寺はパンタグラフを上げて給電&充電、烏山線内ではバッテリーで走行、終着駅である烏山には急速充電施設を設け折り返しの時間で充電します。

・EV-E801系【JR東日本:男鹿線】

EV-E301系蓄電池式気動車「ACCUM」

EV-E801系はJR東日本が2017年から投入した蓄電池式車両で、こちらも「ACCUM」の愛称が付けられ秋田県の追分から男鹿を結ぶ男鹿線に投入され、同線で使用されていたキハ40系を置き換えました。

 

EV-E301系との違いは交流電化区間で充電するという点で、詳細は後述しますが先に交流電化区間での蓄電池式気動車の営業運転を成功させた、JR九州のBEC819系の技術を応用しています。

 

男鹿線は追分から分岐していますが、全ての列車は奥羽本線に乗り入れ秋田から発着しているため、秋田から追分はパンタグラフを上げて給電&充電、男鹿線内ではバッテリーで走行、終着駅である男鹿には急速充電施設を設け折り返しの時間で充電します。

・BEC819系【JR九州:筑豊本線(若松線)、香椎線など】

BEC819系は2016年から投入した世界初の交流式蓄電池式車両で、主に筑豊本線の折尾から若松(若松線)や、宇美から西戸崎を結ぶ香椎線などで使用されています。

「BEC」はBattery Electric Carの頭文字を取ったもので、「DENCHA」という愛称が付けられています。

 

BEC819系が成し遂げた偉業は交流電化区間での蓄電池車両を実現したという点で、交流電化区間での充電では20,000Vの超高圧電気を車体に搭載した変圧器で電圧を調整し、さらに直流電気に変換してバッテリーに充電する必要があります。

バッテリーに加え変圧器や変換器を車体に搭載することが物理的に困難とされていましたが、車体の無駄をそぎ落としなんとかこれらの機器を押し込めました。
 
交流電化にはメリットもあり高圧電気で一気に充電できるという特性があり、わずか10分ほどの充電で約90kmの航続距離を確保することができます。
これにより若松線では折尾駅や乗り入れ先の福北ゆたか線内、香椎線では香椎駅のホームにちょっとした充電施設を設けれるだけで充電することが可能となりました。

 

蓄電池式車両の問題点

非電化区間でエンジンを使わないという夢を実現した蓄電池車両ですが、これらの車両が運行させるには一定の制約があり、かなり限られた条件下でなければ実用化できないという問題点があります。蓄電池車両が運行される路線には以下のような特徴があり、この特徴に当てはまらない非電化路線での蓄電池車両の運用は現状不可能となっています。

 

・都市部近郊を走っていて、路線距離が短い

蓄電池車両が投入された路線は非電化区間が30km未満とかなり短い距離となっており、蓄電池の容量的に100kmも200kmも長距離を後続することは不可能に近いです。

またどの路線も大都市部に近い平坦な場所を走っており、高低差の激しい山間部の路線には不向きと思われます。

 

・電化路線に乗り入れる、かつ運用のバリエーションが一定

蓄電池車両が使用されている運用はどれも一定の電化されている区間を走った後、非電化路線を走っています。非電化路線の駅に一から充電設備を作るには多額の設備投資がかかるため、設備投資をなるべく抑えるために既存の電化路線への乗り入れが必須となっています。

 

JR九州の場合、若松線は非電化区間が短いため終点の若松には充電設備を設けず。折尾もしくは、福北ゆたか線に乗り入れて充電を行っています。

香椎線は両端の駅が他の路線との接続が無い孤立路線となっていますが、中間駅の香椎で鹿児島本線の電化設備から電気を引っ張る形で充電設備を整備したため、充電のための設備投資を最小限に留めました。

 

JR東日本は烏山線、男鹿線共に接続路線が片方のみの盲腸線であるため、それぞれの終着駅に充電設備を整備しました。そのため全ての列車が終着駅で折り返すダイヤとなり、途中駅での折り返しは行われていません。

 

電化路線から分岐していて非電化区間での走行距離が短く、起点から終点まで往復するだけの運用に限定できる路線というのはかなり限られます。

JR東日本管内だと山形県の北山形から左沢を結ぶ、左沢線がこれらの条件におおよそ一致しますが、蓄電池車両の導入には至っていません。

HB-E300系観光列車「リゾートビューふるさと」

▲左沢線で使用されているキハ110系

 

そもそも現在使用しているキハ110系がまだまだ使えるという理由もありますが、左沢線は終点の左沢までよりも、途中駅である寒河江までの需要が圧倒的に大きいため、寒河江発着の列車が多数設定されています。そのため寒河江、左沢双方に充電設備を設ける必要があり、そこまでの設備投資を行うことは現実的ではありません。

 

さらに蓄電池車両は車両重量が重いため、2両編成以上で運行されることは原則ありませんが、左沢線は朝夕のラッシュ時に最大6両編成の列車を運行するという、かなり特殊な事情を抱えているため、現状左沢線に蓄電池車両を導入する予定はありません。

 

④水素エンジン・燃料電池車両

カーボンニュートラルを目指して導入された蓄電池車両ですが、運用には一定の制約があり今後気動車を置き換えるにあたって主流になるとは言えない状況となっています。

そこでJR東日本とJR東海が現在研究・開発を行っているのが水素を用いた車両です。

 

・FV-E991系【JR東日本】

JR東日本が現在研究開発を行っているのが、水素ハイブリット車両「HYBARI」です。

トヨタ自動車と日立製作所との共同開発を行っており、水素と空気中の酸素を化学反応させて「電気」を生み出し、その電気でモーターを回す「燃料電池」の技術を応用しています。

 

自前の水素タンクで発電するため、蓄電池車両に比べると航続距離が圧倒的に長く、長距離を走る列車や山間部を走る列車にも使用できることが期待されています。

・水素エンジン車両【JR東海】

JR東海が研究開発を行っているのが、水素を爆発させて発電エンジンを回し、得られた電気で走る水素エンジン方式気動車です。
燃料電池では高出力を出すには限界があり、多数の山岳区間や気動車特急を擁するJR東海にとっては力不足に感じられました。
そこで従来のディーゼルエンジンのようなパワーを出せる水素エンジンに目を付け、環境に配慮しつつもハイパワーな気動車を開発しています。
水素エンジンは大方完成しており、現在は模擬車体を載せた状態での走行試験を行っているようです。

 

  安房鴨川駅

千葉県鴨川市の代表駅です。

鴨川市は鴨川シーワールドや、鴨川温泉などで知られる房総半島随一の観光都市です。

安房鴨川駅は内房線と外房線の終点となっており、当駅を出発する列車は上り列車しか存在しません。

内房線は普通列車しか発着していませんが、外房線は特急わかしお号が7往復発着しています。

 

乗り入れ路線

・内房線

・外房線

 

安房鴨川駅の駅舎と正面の横断歩道

東口。平屋の木造駅舎ですが駅舎の前に張りぼてが作られ外観がよくわかりません。

西口とは併設された自由通路で連絡しています。

安房鴨川駅前、建物と横断歩道

東口駅前。駅前スペースが狭くバスターミナルは西口にあります。

安房鴨川駅:千葉県鴨川市の観光拠点安房鴨川駅西口 ロータリーとイオン

西口。駅舎はありませんがロータリーが整備されており、高速バスや鴨川シーワールドへのシャトルバスは西口から発着します。

駅前にはイオンがあり、少し国道沿いへ歩くと飲食店が充実しているため、地方の駅の割に飲食には困らなそうです。

安房鴨川駅の券売機と無人店舗

駅舎内。無人店舗のキオスクが営業しています。

安房鴨川駅の改札口と待合室

待合室。駅舎の中もリニューアルされており、広い待合室が設置されています。

安房鴨川駅の改札と電光掲示板

改札口。窓口は封鎖されていませんが、窓口業務は行っていないようです。

安房鴨川駅のプラットフォームと黄色い電車

ホームは2面3線。1番線は主に特急わかしおか使用します。

安房鴨川駅のサーフボード壁画

改札口の横には水槽が設置されており、「ミニ鴨川シーワールド」として熱帯魚が飼われていましたが、現在は封鎖されています。

 

訪問日:2026/06/13

 

 

特急「あをによし」の概要

特急「あをによし」は2022年に運行を開始した観光特急で、大阪、京都、奈良の三都を奈良線、京都線を経由して結んでいます。

大阪と京都を結ぶ特急列車は「阪京特急」として1993年まで運行されていましたが、「あをによし」の登場により約30年ぶりに阪京特急が復活しました。

「あをによし」の名前は奈良の枕詞に由来しており、近鉄としては奈良をテーマにした定期観光列車となっています。

 

 

特急「あをによし」の停車駅

特急「あをによし」停車駅一覧

特急「あをによし」は少し特殊な運行経路となっており、大阪難波発の列車は近鉄奈良で折り返した後、大和西大寺で京都線に入り京都へ向かいます。

京都発の列車も同様に近鉄奈良で折り返した後、大和西大寺で奈良線に入っており、大和西大寺から近鉄奈良を往復する経路で運行されています。

少し非効率な運行とも思えますが、効率性を求めた列車ではないので特に問題ないでしょう。

 

特急「あをによし」の使用車両

特急あをによし、深紫色の車両とエンブレム観光特急あをによしの深紫と花文様

特急「あをによし」には12200系を改造した、19200系が使用されています。

12200系は1969年から製造された特急型車両で、大阪万博来場客を伊勢・志摩に誘致するために投入されました。同時期には鳥羽線が開業しており、近鉄の伊勢志摩観光開発にとって大きな転機を迎えた時期に大量増備されました。

当時は車内には飲料や軽食を提供するスナックコーナーが設けられており、「スナックカー」の愛称が付けられていました。

 

12200系は2021年に改造された編成を除き、定期運用から撤退しましたが、4両編成の12256Fが「あをによし」用の車両として19200系に改造されました。

 

改造するにあたっては「奈良の和」の美しさ、尊さを表現したデザインとなっており、外観は冠位十二階で最上位を表す色である「深紫一色」に塗られています。

 

エンブレムは「吉祥文様 花喰鳥」というもので、正倉院に保管されている宝物など奈良時代の工芸品に使用される縁起の良い文様とされています。

前面のエンブレムは青銅でできており時間が経つとくすんでしまいますが、そのくすみも味なることを想定しているようです。

近鉄特急あをによし 黄色と青の車両

▲改造前の12200系「スナックカー」

 

 

車内の様子をお勧め座席

あをによし号の緑の座席と紫のカーペット

車内の様子。半世紀前に製造された車両とは思えないほど徹底的に改造されており、天井やカーペットには天平文化をモチーフにした模様が施されています。

全席が2人掛けのツイン席もしくは4人掛けのサロン席となっており、カップルやグループなど複数人の利用を想定した座席となっていま。

一人で乗る場合は、もう一人分の運賃と特急券(小人料金でも可)を買えば乗ることが可能です。

あをによし 車内ツイン席とサロン席

ツイン席AB側のシートは向かい合わせとなっており、間に大きなテーブルが設置されています。

シートは家具メーカーに製造を依頼した、こだわりのシートとなっており高級ソファのような座り心地となっています。

あをによし 車内ツイン席と窓からの景色

ツイン席CB側は窓側にシートが設置されており、三角形のテーブルが設置されています。

特急「あをによし」で見るべき車窓はCB側に広がっているので、個人的にはCB側の方がお勧めです。

 

各座席のテーブルには正倉院に収蔵されている宝物「瑠璃杯」をモチーフにデザインしており、トンネル内や地下区間に入ると、この青い灯りが車内に幻想的に浮かび上がり、旅のムードをより一層高めてくれます。

 

特急「あをによし」は全席がサロン席、ツイン席となっており、回転式リクライニングシートが設置されていませんが、これは近鉄奈良で方向転換した際、座席を回転させる手間を省く為です。

 

近鉄「あをによし」駅間運賃表

近鉄「あをによし」に乗る場合は乗車券と特急券に加え、210円の追加料金が一律でかかります。

大阪難波から近鉄奈良までは合計1,410円、京都から近鉄奈良までは合計1,490円で乗車することができ、どちらも1,500円以内で乗車することが可能です。

1,500円で30、40分程度ではありますが、優雅なひと時を過ごせると思えばかなり安いと思います。

 

特急券の購入は近鉄の駅窓口やインターネットで購入することができますが、かなりの人気列車なのでインターネットで早めに予約することをお勧めします。

 

特急「あをによし」の景色と見所紹介(大阪上本町~近鉄奈良~大和西大寺)

・大阪上本町~生駒【近鉄屈指の通勤路線から見る関西屈指の絶景車窓】

近鉄の本社があるターミナル駅、大阪上本町から布施までは大阪線と並走しており、近鉄唯一の複々線区間となっています。

 

大阪の中心部と奈良の中心部をダイレクトに結ぶ近鉄奈良線は、近鉄屈指の通勤路線で奈良県民の生命線とも言える非常に重要な路線です。

近鉄奈良線は近鉄の直系の前身会社である大阪電気軌道が初めて開業させた路線であり、近鉄のルーツともいえる路線です。

近鉄奈良線は鶴橋から瓢箪山辺りまでひたすら直線的な線路が敷かれ、全区間が高架、築堤となっている超高規格路線となっており、近鉄奈良線に対する近鉄の力の入れようがよくわかります。

 

奈良線は瓢箪山を過ぎると北へ向かって急カーブし、大阪府と奈良県の間に聳える生駒山地を越えるため、30‰以上の急こう配が続く山岳路線へと変貌します。

この辺りから進行方向の左側に、住宅地の向こうに広がる大阪平野を一望することができます。

天気が良ければ大阪の中心部に聳える高層ビル群が見え、特に関西一の高さを誇る高層ビル「あべのハルカス」が目立ちます。

大阪平野を見渡す住宅街と青空

 

石切を過ぎると、新生駒トンネルに入ります。

新生駒トンネルは生駒トンネルを改良したトンネルで、1964年に開通しました。

生駒トンネルは1914年に開通した日本初の標準軌複線トンネルで、開業当時は笹子トンネルに次ぐ長さを誇っていました。

 

奈良線は大阪と奈良の間にそびえる生駒山地を長いトンネルでぶち抜くことで、大阪と奈良を最短距離で結ぶことに成功しました。

これにより奈良と大阪の距離は飛躍的に近くなり、奈良は大阪のベッドタウンとして大いに発展することになります。

 

旧生駒トンネルの一部は近鉄奈良線同様、大阪と奈良を結ぶ近鉄けいはんな線のトンネルに転用されている他、奈良線の避難路や近鉄の訓練施設、ワインや日本酒の貯蔵庫として活用されています。

 

・生駒~近鉄奈良

生駒駅がある生駒市は10万人以上の人口を有する都市で、奈良市と大阪市の中間にあります。

奈良県の市町村の中ではひと際大阪に近い都市のため、山間にある都市でありながら、ベッドタウンとして目覚ましい発展を遂げました。

山の斜面にもびっちりと家が建ち並んでおり、ケーブルカーが通勤列車として使用されるほどです。

 

生駒を過ぎると矢田丘陵を貫く新向谷トンネルに入り、このトンネルを抜けると奈良市に学園前に到着します。

なんとも抽象的な名前ですが帝塚山学園を中心としたニュータウンで、近鉄が中心となって開発した街です。

近鉄はただのベッドタウンではなく、関西一の洗練された住宅街にすべく徹底的な都市開発を行いました。その結果、近鉄奈良駅周辺は史跡が多数存在する関係で大規模な開発が行われていない一方、学園前駅周辺は近代的な街並みが広がっており、奈良の副都心として十分すぎるほど機能しています。

特急あをによし、駅前道路の様子

学園前を過ぎた後も沿線には住宅がびっちりと建っており、ほどなくして大和西大寺に到着しますが、ここでは旅客扱いをしない運転停車を行います。

 

大和西大寺を過ぎると急に街が途切れ、広大な空き地の脇を通ります。

この空き地はかの有名な平城京の跡で、近年になって再建された太極殿が左手に、朱雀門が右手に見えます。

平城宮跡と緑豊かな田園風景平城宮跡の朱雀門と大極殿

今でこそいくつかの建造物が再建されたため平城京の跡地であることが容易に理解できますが、それまでは何もない更地で、当時の大阪電気軌道もまさか線路を敷いたところが平城宮の跡だったとは思わなかったでしょう。

 

平城宮の跡を電車が通るのはそぐわないので大和西大寺から近鉄奈良の区間を地下に埋めるという話もありましたが、あまりにも予算と時間がかかるため一旦保留となっているようです。

個人的には平城宮の跡地に電車が走っているのは画になりますし、平城宮が存在した期間よりも近鉄奈良線が走っている期間の方が長いので、今のままでいいのではないかと思います。

「あをによし」に乗ればこの区間を2回通ることになりますので、両側の景色を見ておくといいでしょう。

 

平城宮跡を抜けると市街地に差し掛かり、地下に入って近鉄奈良に到着します。

しばらく停車した後に方向転換し、再度平城京の脇を通ると大和西大寺に停車します。

 

総評

車窓   :★★★★

スピード感:★★★

お勧め度 :★★★★

近鉄奈良線を楽しむには、これ以上ない適した列車だと思います。

近鉄奈良線は通勤路線の側面が強いため、大半の列車は普通列車で運行されており、特急列車はライナー特急として朝夕を中心に運行されています。

 

そのため昼間に近鉄奈良線を走る特急列車は貴重で、しかも景色を楽しむにはこれ以上ないコスパのいい列車なのでお勧めです。

 

唯一欠点を上げるとすれば、乗車時間があまりにも短いということです。

大阪から奈良までは約30分程度、全区間乗り通しても1時間程度なので、ほんとは2時間でも3時間でも乗っていたい気持ちになります。

 

 

 

特急「わかしお」の概要

特急「わかしお」は東京から京葉線、外房線を経由して上総一ノ宮・勝浦・安房鴨川を結ぶ列車です。

外房線沿線は高速道路網があまり発達していないためか、高速バスに押され気味な房総特急の中では、まだ活発な運行が行われています。

 

勝浦や安房鴨川へ向かう行楽輸送と、千葉から東京へ向かう通勤客を輸送する役割を担っています。

「わかしお」の名前は黒潮の別名である「若潮」が由来です。

 

 

特急「わかしお」の停車駅

特急わかしお停車駅路線図

※2024年3月現在

特急「わかしお」は1991年に「成田エクスプレス」の運行が開始された際に、総武本線経由から京葉線経由に変更されました。

日中は安房鴨川発着の列車が運行されていますが、朝夕は通勤需要を拾うため、上総一ノ宮、勝浦発着、茂原発着の列車が設定されています。

「わかしお15号」は勝浦から普通列車に種別を変更し、安房鴨川まで向かいます。

土日には新宿を発着する「新宿わかしお」が運行されており、こちらは総武本線を経由します。

特急わかしお路線図 東京~安房鴨川

特急「わかしお」の路線図。東京から蘇我までは京葉線、蘇我から安房鴨川までは外房線を走行します。

 

 

特急「わかしお」の使用車両

E257系500番台「わかしお」列車

▲現在も使用されているE257系500番台。

特急「わかしお」にはE257系500番台が使用されています。

E257系は2002年からJR東日本が投入した汎用型特急車両で、0番台が中央線特急、500番台が房総特急に投入されました。

 

500番台は基本編成が5両編成と短めに設定されており、両端の先頭車は貫通扉車となっているため、需要に合わせ増解結に対応できる設計となっています。

特急「わかしお」は東京から上総一ノ宮まで10両編成で運行される列車がありましたが、2024年のダイヤ改正で増解結する運用は廃止されました。

特急わかしお255系車両の側面と車窓

2024年までは255系が定期運用に入っていました。

255系は1993年に導入され、当初は「ビューわかしお」として、他の車両を使った列車との差別化が図られていました。

「BOSO View Express」の異名を持っており、前面には巨大な一枚ガラスを用いるなど、90年代の特急車両らしい攻めたデザインを採用しており、房総特急の花型車両として活躍していましたが、房総特急の衰退を止めることはできませんでした。


255系は2024年3月のダイヤ改正で引退する予定でしたが、2026年現在も大型連休を中心に波動運用で使用されており、「わかしお」の運用に入ることもあります。

 

 

 

特急「わかしお」の車内の様子

特急わかしおの車両編成図(東京~安房鴨川)

特急「わかしお」は一部の臨時列車を除き、E257系500番台5両編成で運行されています。

グリーン車が連結されていないモノクロス編成で、全ての座席が指定席となっています。

特急わかしお E257系500番台の車内

車内の様子。房総特急が全車指定席となったはつい最近の話で、それよりはるか前からE257系500番台は使用されているため、座席上の予約状況を表示するランプは設置されていません。

特急わかしお E257系500番台車内特急わかしお E257系500番台の座席

普通座席の様子。E257系500番台の座席は硬いという評判がありますが、房総特急は運行距離が短いたいめ、座席はあえて硬めに設計しているようです。

2時間程度の乗車なら全然問題ないので、個人的には全く気になりませんでした。

登場時はコンセントが設置されていませんでしたが、現在は窓側にのみコンセントが設置されています。

 

特急「わかしお」の景色と見所紹介(安房鴨川~東京)

・安房鴨川~上総一ノ宮

安房鴨川から勝浦まで地図を見ると海岸沿いを走っているように見えますが、海が見えるのはわずかで大半は山の中を走ります。しばらくは鴨川市の市街地を走りますが、ひときわ目立つのは巨大なホテルや、リゾートマンションたちです。

鴨川シーワールドや多くの海水浴場が点在する鴨川市は外房屈指のリゾート地で、特急「わかしお」も行楽輸送に大きく役立っています。

特急わかしおの車両と駐車場

市街地を過ぎると太平洋が見えたかと思うと、すぐに山の中を走るようになります。

房総半島の先端部は山が海の近くまで迫っており、外房線も山の中を縫うようにして進みます。そのため線形も悪く、特急「わかしも」も控えめな速度で進んでいきます。

青い海と岩場の海岸線、沿岸の家々緑豊かな山々と青空

次の停車駅である安房小湊は、日蓮聖人生誕の地とされており、日蓮宗に所縁のある仏閣が多く存在します。

現在五井から上総中野を結んでいる小湊鉄道も、当初は安房小湊を目指して建設されたため、現在も「小湊」の名前を社名に採用しています。

 

安房小湊と上総興津の間には行川アイランド駅があり、駅前には同名のテーマパークがありました。

行川アイランドは1964年に開業したテーマパークで、フラミンゴショーやキョンの放し飼いが名物でしたが、鴨川シーワールドや東京ディズニーランドなどの競合レジャー施設が台頭し、経営権を金属加工を本業とする会社に渡したりするも経営が成り立たず、2001年に閉園しました。

現在もメインゲートの前にはロータリーが整備されていたり、ヤシの木が植わっているなどテーマパークの面影が感じられます。

緑豊かな山とヤシの木が広がる風景

一部の特急列車が停車する上総興津のすぐ手前には、巨大なリゾートマンションが建っています。最近はリモートワークやワーケションの普及で、バブル期に建設されたリゾートマンションが注目されており、外房線沿線にもそのようなリゾートマンションが多く点在すると思われます。

上総興津駅とマンション、線路

勝浦湾が見えると、列車は湾に沿って進み勝浦に到着します。

勝浦は日本三大朝市に数えられる勝浦の朝市や、勝浦タンメンなどで有名です。

また夏は涼しく、冬は暖かいという理想的な気候条件を満たしており、鴨川同様リゾート地として知られています。

海沿いを走る特急わかしおからの眺め

勝浦を過ぎると、列車は複線化された線路を走ります。外房線の上総一ノ宮から安房鴨川の間は単線区間と複線区間が混在しており、そのうち勝浦から隣の御宿までは複線化されています。

わかしお 列車から見える海岸沿いの街並み

御宿も外房線沿線を代表するリゾート地で、駅周辺には巨大なホテルやリゾートマンションが建っています。また童謡「月の砂漠」のモチーフになった場所としても有名です。

わかしお、海沿いの町並みと空

御宿を過ぎるとリゾート地の雰囲気も薄れ、房総半島の内陸部を走るようになります。

再び単線区間に戻りますが、この辺りは線形がいいためか特急「わかしお」は最高速度120km/h近いスピードで走り抜けます。

太東を過ぎた辺りから、遠くに九十九里浜が見えます。九十九里浜はいすみ市の太東から、旭市の飯岡まで約66kmにわたり続く真っすぐな海岸線で、サーフィンのメッカとしても知られてます。

外房線沿線の田園風景と青空

・上総一ノ宮~蘇我

上総一ノ宮は総武快速線、京葉線からの快速列車が乗り入れる最南端の駅で、当駅から先は東京近郊の路線というイメージが強くなります。

 

巨大な天然ガスのタンクや、大きな工場群が見えると茂原に到着します。

駅がある茂原市は外房線沿線では千葉市に次ぐ都市で、駅周辺には大きな市街地が形成されています。

茂原市には日本最大の天然ガス田があり、資源に乏しい日本では珍しく天然ガスの地産地消が行われています。

茂原のガスホルダーと工場地帯の風景

新茂原を通過して程なくすると、進行方向の右側に不自然に広い土地と、廃墟になっている構造物を見ることができます。

これはかつて存在した新茂原貨物駅で、1981年に茂原駅や房総地方各地の駅の貨物取扱機能を集約した貨物駅として開業しました。

さらに近くにある化学工場への専用線も延びており、首都圏有数の規模を誇る貨物駅として活躍していましたが、モータリゼーションの波には抗えず1994年には休止状態となり、その後正式に廃止されました。

草原と空、建物のある風景

東金線との乗換駅である大網は、1972年までは現在とは別の位置にありました。

現在の大網駅は東側に向かって線路が八の字に延びていますが、かつては600mほど北東に駅があり、南側に向かって線路が八の字に延びていました。

大網駅周辺の地図と外房線・東金線大網駅周辺の外房線と東金線の地図

当時は大網から土気の間にある勾配区間が貨物列車にとってきついため、平坦な東金線を経由するルートで貨物列車を運行するため、東金線から安房鴨川方面へ直接乗り入れられる配線となっていましたが、外房線の高速化に際しスイッチバックがネックとなっていたため、スイッチバック解消のため現在の位置に移転されました。

現在の位置に大網駅が移転した後も、貨物列車のために短絡線として新線と旧大網駅を繋ぐ線路が残っていましたが、貨物列車廃止後は撤去され、道路や商業施設等に転用されており、駅の近くにあるイオンの脇を斜めに通る道が、かつての外房線の廃線跡です。

イオンの建物を望む風景

大網と土気の間は下総台地と九十九里平野の境となっており、かつての外房線は台地を越えるため線路を蛇行させながら坂を登っていましたが、複線化と電化に際して長大な橋とトンネルで山を越えるルートに改められました。

高架橋と田園風景特急わかしお、山間部の田園風景

大網~土気間の旧線・新線比較地図

千葉市に入ると沿線には新興住宅が建ち並ぶようになり、東京近郊の雰囲気がより一層強くなります。

大網から蘇我の間には土気、誉田、鎌取の3駅があり、どの駅も線内トップクラスの利用客数を誇ります。

イオンと自転車駐輪場

・蘇我~東京

蘇我は内房線と京葉線が合流しており、千葉市内では千葉駅に次ぐ乗り換えの拠点となっています。

特急「わかしお」は当初外房線で千葉に向かい、千葉から総武本線に乗り入れていましたが、「成田エクスプレス」の運行開始によって総武本線の線路容量がいっぱいになったため、京葉線経由で東京へ向かうルートに改められました。

 

京葉線は東京の外環を貨物線で繋げる「東京外環貨物線」の一部として建設され、1970年代に蘇我から千葉貨物ターミナル(現在の千葉みなと駅の周辺)が貨物線として開業しました。

千葉貨物ターミナルから先は京葉臨海地域を通って、東京貨物ターミナルへつなげる予定でしたが、鉄道貨物の衰退、総武線の混雑緩和、京葉臨海地域の開発を見越して、残りの区間は通勤路線として建設されることになり、最終的に東京と蘇我を結ぶ「京葉線」として開業しました。

 

京葉線は大部分が臨海部の埋立地を走っており、都会の通勤路線ながら見える車窓はかなり独特です。

千葉みなと駅辺りでは、その名の通り広大な港が広がっており、かつてこの辺りに貨物ターミナルがあったのも十分納得できます。

千葉港の工業地帯と港に係留された船舶京葉線沿線の港湾風景とコンテナ

京葉線沿線は埋立地であるため、近年になって開発された整然とした街並みが広がっています。

等間隔で真っすぐな道路が敷かれ、その間に住宅や商業施設がひしめき合っている光景は、北海道の大都市を彷彿とさせます。

道路沿いの住宅街と大型マンション京葉線沿線の住宅街と道路

多くのビルやタワーマンションが見えてくると、海浜幕張に到着します。

駅周辺は幕張新都心として大規模な開発がされており、幕張メッセを始め多くの商業施設やホテル、ビジネスビルやマンションが建ち並んでいます。

多くの人が想像する「幕張」の光景ですが、本来の「幕張」は花見川区幕張町エリアの事を指しており、幕張新都心と総武線の幕張駅や、京成幕張駅がやたら離れた場所にあるのもそのためです。

千葉みなとの高層ビル群と鉄道線路

海浜幕張を出発して程なくすると、京葉線や武蔵野線の車両を管理する京葉車両センターが見えてきます。非常に広い車両基地ですが、この土地は鷺沼貨物駅を作るために確保していた土地で、京葉線を通勤路線に転用するにあたり、この広大な土地も車両基地に活用されました。

 

車両基地の反対側にはイオンモール幕張新都心があり、この商業施設へのアクセス駅として幕張豊砂駅が2023年に開業しました。

E257系500番台と建物、青空E257系500番台が留置されている車両基地

新習志野を通過すると、奥に広がるビル群の手前に谷津干潟が見えます。谷津干潟はこの辺りが東京湾だったころの名残で、かつての東京湾の環境が現在も維持されています。

京葉線が走っている場所はほぼ100%埋立地で、100年くらい前はみんな海の底だったと思うと少し感慨深いものがあります。

遠景のビル群と青空

二俣新町の手前では、武蔵野線の線路に繋がっている二股支線が分岐し、二俣新町を通過すると武蔵野線の線路から伸びる高谷支線が合流します。二俣新町周辺はデルタ線となっており、武蔵野線の列車が東京、千葉方面双方へスムーズに乗り入れることができます。

特急わかしお E257系500番台 車両

鉄道の一大ジャンクションである二俣新町ですが、高速道路にとっても非常に重要な結節点となっており、東京都心へ向かう首都高湾岸線、成田方面へ向かう東関東自動車道、東京の外環を通る東京外環自動車道が合流する高谷ジャンクションがあります。

高架線路と空、橋梁と線路

市川塩浜周辺は楽天やアマゾンなど、名だたる企業の倉庫が建ち並ぶ物流の拠点となっています。市川塩浜は一大消費地である東京に近く、先述した高谷ジャンクションが近くにあるため関東各地へのアクセスが良く、成田空港にも近いという絶妙なロケーションであるため、物流の拠点として発展しました。

藤田金属株式会社のISO9001認証工場Amazon物流倉庫と倉庫群

市川塩浜を過ぎてしばらくすると、京葉線は海のすぐキワを走ります。今でこそ関東を代表する物流拠点となっている塩浜エリアですが、昔はその名前の通り塩の生産地として知られていました。

高度経済成長期以前の京葉臨海地域一帯は漁業や、海苔の栽培、塩の産出など水産業が盛んに行われており、その名残が地名にも残っています。

東京湾の広大な景色と水平線

運河を越えると浦安市に入ります。浦安市は漁民が細々と暮らす小さな漁村でしたが、高度経済成長期以降は東京のベッドタウン、工業地帯として開発され、現在は千葉県内でも有数の人口を誇る大都市にまで発展しました。

新浦安周辺は住宅地として開発されている一方、中央公園通りを越えると広大な浦安の工業地帯が広がります。

東京近郊の街並みと青空工業地帯と倉庫群、遠景にビル群

工業地帯を抜けると、今度は夢の国が広がります。夢の国がある舞浜はフロリダ州のマイアミビーチに因んで名づけられた地名で、まだ夢の国の誘致が正式に決まる前から、一大リゾート地になることを見越して名づけられたようです。

海浜幕張駅周辺のビル群ランドホテルとシンデレラ城

夢の国を過ぎるとすぐに旧江戸川を渡り、東京都に入ります。

広大な海と海岸沿いの建物

進行方向の左側に、巨大な「ダイヤと花の大観覧車」と、海に浮かぶガラスのドームが印象的な「葛西臨海水族園」を擁する葛西臨海公園が見えてきます。 東京ドーム約17個分という圧倒的な広さを誇るこの公園は、かつての東京湾の自然を取り戻すべく作られた人工渚や鳥類園が広がる、都内最大級のウォーターフロントです。

観覧車と広大な駐車場のある景色

荒川を越えると新木場を通過します。新木場は東京臨海高速鉄道りんかい線と、東京メトロ有楽町線の乗換駅で、1990年まで京葉線の終着駅だった時代がありました。

京葉線とりんかい線は現在直通運転を行っていませんが、歴史的な経緯から線路自体は繋がっており、新木場手前で分岐する真ん中の線路はりんかい線に繋がっています。

線路と工業地帯の建物

りんかい線も京葉線と同様、東京外環貨物線の一部として建設されていましたが、国鉄の財政難のため工事が凍結。その後東京都が主体となり、国鉄が建設した遺構を活かしながら鉄道の整備が進み、1996年に初期開業、2002年に大崎まで全線開業しました。線路自体繋がっているにも関わらず相互直通運転を行っていないのは、運賃計算の複雑さなど諸事情により実現できていません。

 

新木場を通過すると、京葉線は気が変わったように急カーブを描いて、潮見に向かいます。

元々京葉線はりんかい線を通じて大井町の東京貨物ターミナルへ向かう予定でしたが、通勤路線として整備する方針に変わると、一大ターミナル駅である東京へ乗り入れさせるため、新木場から潮見、越中島にかけて急カーブを描いています。

 

京葉線が地下に入る手前で見える最後の光景が、越中島レールセンターです。

北九州市の八幡製鉄所で製造されたレールを貯蔵、加工する施設で、JR東日本管内で使用されているレールはここから搬出されています。

京葉線沿いの工場とマンション群

レールセンターが見終わると、列車は地下に潜り東京駅の京葉線地下ホームに到着します。

 

 

 

総評

スピード感:★★★★

車窓   :★★★★

お勧め度 :★★★★

安房鴨川から御宿までは房総のリゾート地の雰囲気、蘇我から東京までは京葉臨海地域の活発な経済活動の様子が感じられ、全体的に景色の見応えがありました。

外房線内では結構スピードを出す区間が多かったので、乗っててなかなか楽しい列車でした。

 

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特急「きりしま」の概要

特急「きりしま」は宮崎・国分から日豊本線、鹿児島本線を経由して鹿児島中央を結ぶ列車です。

1995年に特急「にちりん」を宮崎で系統分離した際に登場した特急列車で、宮崎と鹿児島の都市間輸送と宮崎、鹿児島都市圏の地域間輸送を担っています。

列車名は宮崎県と鹿児島県にまたがる、霧島連山に由来します。

 

 

特急「きりしま」の停車駅

特急きりしま停車駅路線図特急きりしま停車駅(上り)路線図

特急「きりしま」は現在10往復運行されており、1往復は国分発着となっています。

朝夕の列車は鹿児島中央から国分までの通勤需要を結ぶため、停車駅が多めに設定されています。

特急きりしまの路線図:鹿児島中央〜宮崎

特急「きりしま」の路線図。鹿児島中央から宮崎まで日豊本線を走行します。(厳密には鹿児島中央から鹿児島までは鹿児島本線)

 

 

特急「きりしま」の使用車両

特急きりしま 787系車両

特急「きりしま」には4両編成の787系が使用されています。

787系は博多から西鹿児島を結んでいた特急「つばめ」用に導入された車両で、JR九州の威信をかけて設計されました。

デザインは水戸岡鋭治氏が担当し、従来の車両の概念に囚われない斬新な外観と、定期特急列車用車両とは思えないほど豪華な内装は当時の鉄道業界に衝撃を与えました。

 

4両編成の787系は9両編成から中間車を抜き取り、先頭車を新造したり中間車を先頭車に改造したうえで、博多から熊本を結んでいた特急「ありあけ」に使用されていました。

特急「きりしま」には2011年から783系と共に投入され、現在は787系のみが使用されています。

 

 

 

特急「きりしま」の車内とお勧め座席

特急きりしまの座席区分図(指定席・自由席)

特急「きりしま」は4両編成で運行されており、指定席(グリーン車含む)と自由席がそれぞれ半分ずつ設定されています。

列車によっては2号車も自由席、またはグリーン席以外全て自由席で運行されるなど自由席の割合が高めに設定されています。

787系車両のデッキと通路787系特急きりしまの車両デッキ

デッキの様子。外観同様メタリックなグレーで纏められており、30年以上前に設計された車両とは思えないほど現代的なデザインとなっています。

デッキと客室を仕切る全面ガラス張りの壁と扉は、当初JR九州側が難色を示したようですが、水戸岡氏が説得した結果実現したようです。

特急きりしま787系車内、普通座席の様子特急きりしま 787系 電車の座席

普通席の様子。普通席ながら床はじゅうたん張り、読書灯が設置されており普通席ながらグリーン車に近い内装となっています。

鉄道車両としては珍しくハットラック式の荷物棚が採用されており、後のJR九州の特急車両である883系や885系にも採用されています。

半室グリーン席の1号車は4両編成化にともない1999年に新造もしくは改造された車両であるため、グリーン席、普通席共に窓側にコンセントが設置されていますが、他の号車には設置されていません。

特急きりしまの787系車内、青い座席

クハ787形以外の普通車の中間部には荷物スペースが設けられており、大きな荷物等を置けるようになっています。

インバウンド観光客が増えた現在では荷物スペースを設ける車両が多いですが、30年前から設けていたのはかなり先進的に思えます。

787系特急きりしまの座席「ARIAKE」

座席の側面には当時使用されていた特急「有明」を示す「ARIAKE」の文字が記載されています。

 

特急「きりしま」の景色と見所の紹介(鹿児島中央~宮崎)

・鹿児島中央~国分【錦江湾越しの桜島は迫力の光景】

鹿児島中央を出発した列車は甲突川を渡り、城山をトンネルでくぐって鹿児島市街地を北上します。

鹿児島中央~国分間の川沿いの街並み

城山トンネルを抜けると、鹿児島に到着します。あたかも鹿児島県の代表駅のような名前ですが、実態は地味な中間駅となっています。

とはいえ鹿児島本線と日豊本線の境は鹿児島駅となっており、重要な駅であることは変わりません。

 

鹿児島駅は港の近くにあり、物資運搬の拠点として整備されましたが、山と海に挟まれた立地はこれ以上の開発の余地が無く、戦後は西鹿児島を中心に開発が進められ、九州新幹線開業後に西鹿児島は鹿児島中央に改められ鹿児島県の代表駅として君臨しています。

 

現在も鹿児島駅は貨物ターミナルを備えており、南九州の拠点として現在も活躍しています。

787系特急きりしま車両、山並みと青空

鹿児島駅は鹿児島市の北端に位置し、鹿児島市外に出るため日豊本線は山と錦江湾に挟まれたわずかなスペースを走ります。

鹿児島市は三方を急峻に囲まれた天然の要塞となっており、島津氏がここを拠点にしたのは必然と言えます。さらに錦江湾は水深が深く波も穏やかであるため港を作りやすく、間近に火山がありながらも街を作るメリットがあったと言えます。

 

仙厳園の近くをトンネルで抜けると、列車は錦江湾に沿って進みます。目の前には桜島が聳えており、特急「きりしま」に乗車した際には絶対に見逃せない光景となっています。

桜島と錦江湾、青い空

しばらく錦江湾沿いを進むと、竜ヶ水を通過します。「竜ヶ水」という地名は大雨が降った際に「竜が下るように勢いよく水が流れる」という警鐘を込めて名付けられており、実際何度も土砂災害が発生しています。

1993年に集中豪雨がこの辺りを襲った際には列車が駅で立ち往生してしまい、この場に留まっては危険だと乗務員が判断し、乗客を避難させた後に土砂崩れが発生し停車中の列車が土砂に飲み込まれたというエピソードがあります。

桜島を望む記念碑と青い海

錦江湾は内海ながら非常に深いという特徴があり、ブリやカンパチの養殖が盛んに行われています。竜ヶ水周辺にも養殖用の筏が浮いており、主にブリの養殖が行われているようです。

湖畔の工事現場に置かれた黄色い重機

山越えの区間が終わると内陸部を走るようになり、姶良市に入ります。

姶良市は鹿児島市のベッドタウンとして発展しており、市内にあるどの駅も多くの利用客で賑わっています。

特急きりしま、桜島と田園風景

霧島市に入ると隼人に到着します。隼人からは吉松、人吉を経由して八代を結ぶ肥薩線が分岐していますが、肥薩線は元々鹿児島本線のルートとして建設された路線で、隼人から東の日豊本線の区間よりも先に開業しています。

そのため肥薩線が直進し、日豊本線の方が大きくカーブを描く形で分岐しています。

肥薩線は豪雨被害により全区間が運休状態となっており、長年列車が走っていないため線路は錆び切っていました。

特急きりしま 車窓の田園風景

・国分~都城【険しい霧島山地を越えて宮崎県へ】

国分を出発すると、日豊本線は県境を越えるための山越えに挑みます。振り返った時に霧島市街地越しに桜島が見えます。

鹿児島~宮崎の風景と桜島

霧島山地越えの区間は深い山の中を走るため、沿線にはこれといって何もありませんが、霧島神宮駅手前になると集落が見えます。

この辺りになると霧島連山が見えるようになり、特に目立つのは高千穂峰です。この山も活発な活動を続ける活火山で、山頂が少し茶色くなっている様子が伺えます。

山並みと緑豊かな木々が広がる風景桜島を望む田園風景と山並み

霧島神宮駅は名前の通り、霧島神宮の最寄り駅となっています。

近年霧島神宮駅は大規模なリニューアルが行われ、それに伴い駅周辺にはお洒落なカフェなどの出店が相次ぎ、若い人を中心に人気を集めています。

霧島神宮駅はかつて貨物を取り扱っていた名残で広い敷地を擁しており、石造りの穀物倉庫がお洒落なギャラリーに改装されたりしています。

古民家風の建物と庭園

霧島神宮を出発すると、再び険しい山を分け入るように進みます。宮崎県は陸の孤島と呼ばれることがありますが、少なくとも陸路で向かうにはかなり大変な所であると実感できます。

 

険しい山道を抜けて宮崎県に入ると、都城市の市街地に入り西都城に到着します。

西都城は都城の中心部に近く、かつては志布志線が分岐する駅でもありました。駅と駅周辺は昔から高架化が済んでおり、志布志線が分岐していた跡も残っています。

線路脇の景色と山並み

都城市は約16万人の人口を誇る県内第2番目の都市で、宮崎県南部の拠点都市となっています。ふるさと納税額日本一の自治体として知られており、近年は移住先としても人気を集めています。

西都城から都城にかけては線路が高架化されているため都城市街を一望でき、都城市の都会的な光景を見ることができます。

都市と遠景の山並み、曇り空

西都城の隣が都城で市の代表駅という扱いですが、市の中心部からは離れており駅周辺も郊外の雰囲気が漂っています。

自転車店「あさひ」と都市の道路風景

都城からは小林やえびのを経由して、吉松を結ぶ吉都線が分岐しています。今やJR九州を代表する超ローカル線として知られていますが、隼人から都城の霧島山地越えの区間が開通する前は、日豊本線として開業した歴史ある路線です。

・都城~宮崎【鰐塚山地を越えて南国宮崎へ】

都城周辺は広い盆地となっており、盆地内には広大な田畑が広がっています。盆地の奥には霧島連山が見え、ここでも高千穂峰が目立っています。

青空と畑、遠景の山並み

都城盆地と宮崎平野は鰐塚山地によって遮られており、山之口を過ぎると再び山越えに挑みます。

霧島山地同様こちらの山越え区間も沿線に集落のようなものはほとんど存在せず、九州でも有数の秘境区間と言えます。

緑豊かな山々と草原の車窓風景

田園風景と小川、遠くに山々が広がる景色

山越え区間が終わると、宮崎に近づくにつれ沿線には住宅が増え南宮崎に到着します。

南宮崎は宮崎県内における鉄道輸送の拠点駅で、広大な敷地には車両基地が併設されています。

かつては寝台特急「富士」・「彗星」が当駅を終着としていたり、現在も当駅発着の特急列車が設定されているなど、主要駅として活躍しています。

787系電車が停車する鹿児島駅

外の景色を見ると街路樹として当たり前のようにヤシの木が植えられており、南国宮崎に来たと実感させてくれます。

大淀川を渡ると、宮崎市の中心部に入ります。

大淀川にかかる橋と宮崎市街地のビル群

宮崎駅周辺は高架化されているため、高い所から宮崎市市街地を見下ろせます。

宮崎市の人口は約40万人と意外にも多く、中心部にはいくつもの高層マンションが建っています。

宮崎市街地のマンションと道路の風景

 

 

総評

・車窓   :★★★★

・スピード感:★★★

・お勧め度 :★★★★

鹿児島県内と宮崎県南部の日豊本線の最高速度は95km/hなので、他のJR九州の特急に比べると少し遅めですが、線路がロングレール化されていないので心地良いジョイント音が堪能できます。

景色はJR九州管内の特急列車の中ではかなり良く、特に錦江湾越しに見る桜島は絶景です。

ほかにも山越え区間では殆ど人の営みが感じられない景色を見ることができ、全区間を通して景色は楽しめます。

 

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指宿枕崎線の概要

・基本情報

指宿枕崎線 路線情報 JR九州
指宿枕崎線は鹿児島県の鹿児島中央から、枕崎を結ぶ路線です。
JR最南端を走る路線として知られており、錦江湾に桜島や開聞岳などを眺められる風光明媚な路線である一方、鹿児島市近郊を走る通勤通学路線としても活躍しています。
指宿枕崎線キハ40系気動車
キハ47系は国鉄時代に大量製造された一般型気動車で、キハ40系は両運転台、キハ47系は片運転台で両開きの乗降扉となっています。
指宿枕崎線では全区間にわたって使用されており、山川以南まで乗り入れる列車は基本的にこの車両が使用されています。

・キハ47系8000・9000番台(「指宿のたまて箱」用車両)

指宿のたまて箱 観光特急列車
キハ47系8000・9000番台は観光特急「指宿のたまて箱」用の車両として改造されたもので、2011年から運用を開始しました。
水戸岡鋭治氏監修のもと、外装内装共に徹底的に改造されており、屋根の部分にはたまて箱の煙を演出するためミスト噴射器が設置されています。
 
指宿枕崎線を走行する際の乗り心地を改善するため、 足回りには特急列車用の「空気ばね(エアサス)台車」へと履き替える大改造が施されています。
元々のキハ47系はゴツゴツとした金属ばね特有の揺れがありましたが、空気のクッションと縦揺れを抑える「上下動ダンパ」を新設したことで、カーブやアップダウンの多い路線ながら、観光特急にふさわしい静かで滑らかな乗り心地を実現しています。

・キハ200系

指宿枕崎線 キハ200系「菜の花」とキハ47系
キハ200系は1991年にデビューした一般型気動車で、当初は篠栗線と筑豊本線に投入され「赤い快速」として活躍していました。
パワフルなエンジンと変速機で電車並みの走行性能を実現し、車内には転換クロスシートを採用するなど、JR九州の非電化路線サービス向上に大きく貢献しました。
 
指宿枕崎線に使用されている車両は菜の花をイメージした黄色の塗装となっており、快速「なのはな」にも使用されています。
ラッシュ輸送にも対応できるようロングシート車両も投入されており、鹿児島中央から山川での運用で活躍しています。

指宿枕崎線の景色と見所の紹介

今回は指宿までは特急「指宿のたまて箱」、指宿からは枕崎までは普通列車に乗車しました。

・観光特急「指宿のたまて箱」の紹介

指宿のたまて箱列車と観光特急

特急「指宿のたまて箱」は2011年、九州新幹線開業に併せて運行を開始した指宿枕崎線用の観光特急列車です。

それまで指宿枕崎線では指定席車両を連結した特別快速「なのはなDX」が運行されていましたが、より本格的な観光列車としてデビューしました。

指宿市が浦島太郎伝説ゆかりの地であることから、浦島太郎をモチーフにたデザインとなっており、車体の半分が黒と白という塗り分けも浦島太郎が宝箱を空ける前後の髪の色を表しているようです。

指宿のたまて箱車内、木製カウンター席と窓からの景色指宿のたまて箱車両内部の座席とテーブル

車内の様子。水戸岡デザインらしく、木材を基調とした内装となっています。

座席は海側にカウンター席、山側にクロスシートが設置されいる他、車端部にはボックス席が設置されており3名以上で利用が可能です。

指宿のたまて箱 車内 和風ソファと本棚

フリースペースとして本棚とソファが設置されており、乗客であればだれでも利用可能です。

・鹿児島中央~指宿【錦江湾と桜島の絶景を見ながらリゾート地「指宿」へ】

鹿児島中央を出発した列車は、鹿児島車両センターの横を進みます。この車両基地は鹿児島県、宮崎県で使用されている車両を管理しており、構内には415系の廃車体や宮崎でしか見られない幻の国鉄型車両、713系を見ることができました。
九州でも末端のエリアであるためか国鉄型車両の置き換えがあまり進んでいないようで、キハ40・47系もまだまだ健在のようです。
指宿枕崎線の列車たち
鹿児島中央から谷山辺りまでは、鹿児島市の市街地を走ります。指宿枕崎線は本土最南端を走るローカル線というイメージがつきがちですが、喜入までは鹿児島市近郊を走る通勤通学路線となっており、ラッシュ時間帯には大都市圏の路線にも負けないほどの混雑ぶりに見舞われます。
鹿児島市は中心部から南へと市街地化が進んだため、指宿枕崎線沿線は鹿児島市でも一際人口の多い地域を走っています。
 
また谷山までは鹿児島市電谷山線が並走しており、本数と駅が少ない指宿枕崎線の代替交通として活躍しています。
JRの在来線と専用軌道の市内電車が並走する光景は広島や高知でも見られ、2つの鉄道路線が並走するほど鹿児島市が大きな地方都市であることが伺えます。
指宿枕崎線、踏切とマンションの街並み
指宿枕崎線は高架線を登ると、谷山を通過します。谷山は川内や国分などの主要駅を差し置いて、県内で2番目の利用客数を誇る駅です。
駅周辺には多くのマンションが建ち並んでおり、人口の多さが伺えます。
指宿枕崎線沿いの街並みと黄色いバス
五位野を通過したあたりから、指宿枕崎線は錦江湾に沿って走ります。
奥に見える陸地は大隅半島で、薩摩半島と共に鹿児島県を形成する非常に大きな半島です。
錦江湾は沿岸に大都市が存在する日本最南端の湾であるため、鹿児島県や沖縄県の各諸島部を結ぶフェリーや、海外からの貨物船等が行き来する海上交通の要衝となっており、車窓からも多くの船が行き来している様子が見えます。
錦江湾と桜島の絶景、指宿枕崎線
この辺りの車窓の最大の見所は、錦江湾越しに見える桜島でしょう。
薩摩半島と大隅半島に挟まれ、鹿児島県の多くの場所から見える桜島はまさに県のシンボルと言えます。
錦江湾と桜島、絶景の指宿枕崎線
中名を通過するとENEOS喜入基地が見えます。今話題になっている石油貯蔵庫の一つで、敷地面積は世界最大級、日本全体の石油消費量3週間分を備蓄できる巨大貯蔵庫で、日本で唯一の中東からのタンカーが直接乗り入れる中継基地ともなっています。
指宿枕崎線沿いのヤシの木と建物
指宿市内に入ると、沿線には南国雰囲気が漂うようになります。
この辺りの景色の見所は、本土から少し離れた所にある知林ヶ島で、3月~10月の干潮の時間になると砂州が現れ、本土から歩いて渡ることができます。
南国の海とヤシの木、指宿枕崎線 指宿枕崎線の青い海と遠くの山々
特急「指宿のたまて箱」は鹿児島中央から指宿まで約45kmの道のりを、ノンストップで走り約50分程で結びます。平均の速度は約50km/hで、ローカル線の特急列車としては結構なスピードで走っています。
指宿枕崎線は乗り心地が非常に悪いことで知られていますが、「指宿のたまて箱」に使用されているキハ47系には特殊な台車とサスペンションが搭載されているため、乗り心地はかなり改善されています。

・指宿~枕崎【開聞岳を望みながらJR最南端の地を目指す】

指宿からは枕崎行きの普通列車に乗り換えます。枕崎まで行く列車は全てキハ40・47系が使用されているので、とても旅情が感じられます。
指宿枕崎線 キハ47系車内 観光列車
指宿枕崎線は日本一揺れる路線と言われていますが、その評判は伊達ではなくそこそこのスピードを出す指宿から山川ではとんでもない揺れに襲われます。
「指宿のたまて箱」に使用されているキハ47系には特殊なサスペンションが搭載されているため、ある程度揺れを防止していますが、普通のキハ47系にはそんな豪華な設備は搭載されていないので、ダイレクトに揺れが体に響きます。
特に車端部が一番揺れるので、揺れを体感したい場合は車端部のボックス席を狙うといいでしょう。
 
指宿の市街地を抜けると、山川湾に沿って進みます。
山川は天然の良港を有する港町で、カンパチなどの養殖がおこなわれている他、大隅半島の根占までを結ぶフェリーが就航しています。
指宿枕崎線、錦江湾と桜島を望む景色
山川駅は1960年までは終着駅で、現在も折り返し列車が設定されている主要駅となっています。
JR最南端の有人駅としても知られており、2016年に一旦無人化されましたが、現在は指宿市による簡易委託駅として再度有人化され、現在もその称号を維持しています。
 
全長約1kmの山川トンネルを抜けると、進行方向の左側に代わった形の山が見えます。
竹山という山ですが、スヌーピーが寝そべっているように見えることから「スヌーピー山」とも呼ばれています。
麓ではソラマメが栽培されており、温暖な気候を活かした日本一早出しのソラマメとして知られています。
ハウス栽培と特徴的な山並み
列車はいよいよ「JR日本最南端の駅」である西大山駅に到着します。
近年西大山駅は観光地として鉄道マニア以外の人にも知られていますが、本数が少なすぎるので大半の人は車で訪れているのが現状です。指宿枕崎線の列車は2分間だけ当駅に停車して、記念碑などを撮影するための時間を設けるサービスを行っています。
西大山駅、開聞岳と指宿枕崎線
西大山からは少し北上する形で、終点の枕崎を目指します。
西大山辺りからは「薩摩富士」の異名を持つ、開聞岳を見ることができます。
薩摩半島南部のシンボルであるこの山は、古くは海を行き交う船乗りたちの目印となり、戦時中には特攻隊員たちが本土に最後の別れを告げた「見送りの山」でもありました。
周辺には一面のソラマメ、サツマイモ畑が広がっており、日本の最果てを感じられる光景が広がっています。
開聞岳とビニールハウス、農作物の風景 開聞岳と菜の花畑の風景
入野辺りからは東シナ海に沿って進みますが、指宿枕崎線は海から微妙に離れた所を走るので、海はたまに遠くに見える程度です。
また指宿枕崎線沿線は気温が温暖なせいか、列車の高さを越えるような草木が生い茂っており、窓を開けていると車内に手を引っ込めていても、草木が手にあたることがよくあります。
これだけ草木が生い茂っていると眺望性も悪く、車体も傷ついてしまうため指宿以南に観光列車を走らせることは難しいようです。
指宿枕崎線の南国集落と海
天気が良ければ東シナ海に浮かぶ薩摩硫黄島を、指宿枕崎線の車内から見ることができます。
薩摩硫黄島には現在も活発な噴火活動を続ける硫黄岳があり、本土からも噴煙が上がっている様子が見えます。
指宿枕崎線の風景、農地と海
白沢を過ぎると、水産加工関連の工場や倉庫が見えます。
枕崎といえばカツオの水揚げが有名で、特に鰹節は日本一の生産量を誇ります。
枕崎の工場と畑
終点の枕崎に近づくと、枕崎市の市街地が見えてきます。
指宿以降これといって大きな街が沿線に無かったため、この光景を見ると枕崎市が意外にも大きな街であることが実感できます。
指宿枕崎線の沿線風景、青い空と海
終点の枕崎はJR最南端の始発・終着駅として知られています。最南端の駅であることは勿論のこと、指宿から乗車しても結構時間がかかるので、降り立った時の達成感はここでしか味わえない独特のものがあります。
JR枕崎駅、本土最南端の終着駅 枕崎駅に停車する指宿枕崎線(JR最南端)