ということで、4時間以上かかったオペラ、ヘンデル/アルチーナを観たばかりですが、今日はザルツブルク音楽祭名物のトリプル・ヘッダー。その後すぐに、ケルビーニ/メデアを観に、お隣のザルツブルク祝祭大劇場に移動しました。
Salzburger Festspiele 2019
Luigi Cherubini
Médée
(Grosses Festspielhaus)
Musikalische Leitung: Thomas Hengelbrock
Regie: Simon Stone
Bühne: Bob Cousins
Kostüme: Mel Page
Licht: Nick Schlieper
Sounddesign: Stefan Gregory
Choreinstudierung: Ernst Raffelsberger
Dramaturgie: Christian Arseni
Médée: Elena Stikhina
Jason: Pavel Černoch
Créon: Vitalij Kowaljow
Dircé: Rosa Feola
Néris: Alisa Kolosova
Erste Begleiterin Dircés: Tamara Bounazou
Zweite Begleiterin Dircés: Marie-Andrée Bouchard-Lesieur
Sprachnachrichten Médée: Amira Casar
Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
Wiener Philharmoniker
(写真)フェルゼンライトシューレに掛かっていたメデアの幕
(写真)開演前のザルツブルク祝祭大劇場
メデアのあらすじをごく簡単に。ギリシャ神話の物語です。英雄ジェイソン(イアソン)はアルゴー船にてコルキスの宝の金羊毛を求め、王女メデアの魔力の助けを得て奪います。2人はコリントスに逃げますが、ジェイソンはメデアと破局し、コリントスの王クレオンの娘ディルセに惹かれます。メデアは復讐として、ディルセを毒殺し、さらに自分とジェイソンの子供2人までも殺してしまうという、悲惨過ぎる物語です…。
序曲に映像が付きます。子供が2人いて幸せなメデアとジェイソンの「現代の」家庭ですが、ジェイソンの浮気から離婚に至るまでの内容。つまりは読み替えの演出です!
メデアは子供をヴァイオリンのレッスンに連れて行きますが、子供がヴァイオリンを家に忘れたので、家に取りに戻ったらジェイソンが他の女(ディルセ)を連れ込んでいて浮気が発覚。怒り心頭で子供を連れて出て行くメデア。
そして第1幕。ジェイソンと結婚するディルセのウェディングドレスの試着の場面。ウィーン・フィルが痺れるほど上手い!ディルセの歌に合わせるフルートがもう抜群!この後は演出中心の記事としますが、トーマス・ヘンゲルブロック/ウィーン・フィルのメデアの伴奏はものの見事な演奏でした。
そして歌が始まったら何とフランス語!私はマリア・カラスがメデアを歌ったイタリア語のトゥリオ・セラフィン/ミラノ・スカラ座版しか知らなかったので意表を突かれました。(初演はフランス語版ですが、カラスがメデアを得意にして名盤を残したので、イタリア語版が有名になったもよう。)
ディルセの歌には、ディルセがメデアから子供を引き取るまでの映像が付きました。夫が浮気をして、さらに子供まで手放さざるを得ないメデアが切ない…。寂しそうに子供たちを見送るメデアが印象的でした。
ホテルで親も含めて綺麗に着飾った友人たちに祝福されるジェイソンとディルセ。もしかして、このホテルにボロ切れのような出で立ちでメデアが登場するのかな?どこから出てくるのかな?と思っていましたが、ここでなぜか幕が閉じられました?
何とメデアがジェイソンにまだ未練がある、そんな内容のフランス語の電話のメッセージが、音声とスクリーンには文字で出てきました!メデアは留守番電話にメッセージを入れます。新聞でクレオンとの結婚を知った。祝福している。迷惑はかけない。お金はないけど近くまで行きたい。そんな内容でした。
その後のメデアとジェイソンの2重唱は、何と2人が直接会って対決するのではなく、2つに分けられた舞台で、電話で交わされます!メデアはインターネット・カフェから、ジェイソンはホテルの部屋で受けます。格差や貧困も思わせる凄い演出!
電話を受けるジェイソンの部屋のバスルームでは、なぜか全裸の女性がシャワーを浴びる演出が?そしてその女性が部屋から出て行って、ディルセと子供たちが帰ってきました。何とジェイソンはディルセと子供たちが出掛けた隙に、ホテルの部屋に商売の女の人を呼ぶ糞っぷり…。この男、もはや病気ですね。
そんなシーンを挟みながら、メデアとジェイソンの劇的な2重唱「情けを知らぬ敵ども」で第1幕を終わりました。意外な展開に圧倒された第1幕!しかし、ト書き通りだとあまりにも悲惨過ぎるメデアの物語を、この現代で上演する意議を大いに感じさせる演出です。この後は一体どうなるのでしょうか?
第2幕。冒頭はジェイソンとディルセの家庭が舞台。子供2人がゲームや乗り物で遊び、家政婦さんが料理を作ります。
おや!?第2幕は冒頭からメデアが歌うのに?これではメデアの居場所がないのでは?と思っていたら、舞台の上の方が開いて、”International Arrival”の大きな文字が。国際空港の到着ロビーが出てきました!
そして他の乗客とともに、メデアが降りて来ますが、空港のオフィッシャルに止められてしまいました。入国禁止、そして退去命令です!ここはト書きだと、メデアがコリントスの王クレオンに、コリントスから出て行けと諭される場面ですが、なるほど!現代に置き換えて、そう来たか!
メデアは座り込みをして抵抗します。そしてその様子をテレビカメラが撮影して、ジェイソン宅の家政婦さんがそのテレビを見ます。最初はメデアがテレビに登場したので、見ちゃいけません!と子供たちを別の部屋に移す家政婦さんでしたが、メデアの訴えの歌を聞いて、しだいに惹き込まれます。
何と、ト書きだとメデアの侍女のネリス役が、ジェイソン家の家政婦さん、という設定なんですね!これは意表を突いたあざやかな演出!家政婦さんはテレビに映るメデアの言葉に共感し、アリア「あなたと一緒に泣きましょう」を歌ってメデアを支援する決意をします。何という良くできた展開!
そしてメデアは1日だけの入国を許されて、ジェイソンと子供2人に会います。その場所はバスの停留所に似た寂れた場所。子供2人は母親を懐かしがるも、子供たちは2人の愛の結晶と歌うメデアに対して冷たい態度のジェイソン…。
続いてはジェイソンとディルセの結婚パーティの場面。メデアはメデアに共感したネリスの助けを得て、ホテルのサービスの女性をトイレで気絶させて入れ替わります。そしてサービスの女性に成りすましたメデアは、ディルセに毒の入ったシャンパンを渡すもなかなか飲まないディルセ。遂にメデアはディルセをナイフで刺し殺してしまいます!騒然となるパーティ会場!
メデアとネリスは子供2人を連れて逃げ出します。スクリーンが出てきて逃げる映像が映し出されました。メデアがトイレで血を拭いて着替えるシーン、子供2人を車に乗せて逃走するシーンなどを映されました。
そして再びメデアの独白のシーンに。メデアの声のセリフがフランス語で流されますが、途中から、それを翻訳するドイツ語と英語の字幕が出なくなりました?あれ!?と思ったら、メデアがジェイソンと幸せだった時の映像になり、メデアの言葉が映像に文字で重なります。最後の方は観念的な言葉になってきました…。
電話をかけるも、ジェイソンが電話に出なくて、留守番電話にメッセージを入れ続けるメデア。この映像を観て、最後の方はもうメデアは、気がおかしくなっていることを示しているんだと思いました…。
そしてラストはガソリンスタンドのシーン。子供たちへの葛藤の歌の後、ジェイソンや消防士も含んだ群衆に囲まれながら、最後メデアは子供を道づれにして、逃走した車もろとも焼身自殺を図ります…。とても悲惨なラスト…。しかし、舞台の一連の流れを観ると、とても説得力のある流れ。観客は割れんばかりの大きな拍手!
特にメデア役のエレーナ・スティヒナさんに盛大な拍手!実は元々メデア役は、おそらく今年のザルツブルク音楽祭の目玉であったであろう、ソーニャ・ヨンチェヴァさんの予定でした。ところが、ヨンチェヴァさんがご出産となったため、スティヒナさんが代理となったのです。観客はそのことをよく理解しているんですね。
スティヒナさんの膨よかで柔らかい歌は、今回の演出の、もともとは優しかったメデアの演出によく合っていました。新しいスターの誕生を目撃した素晴らしい瞬間でした!
それにしても、今回の読み替えの演出には度肝を抜かれました!この作品はメデアが愛するジェイソンを奪った女を殺すまでは(恐ろしいですが)まだ理解できるものの、どうして自分の子供までも殺してしまうのか?そこがどうしても理解できないオペラです。
それを現代でもありそうな男女に置き換えて、しかもメデアがジェイソンにすがって電話をかけるもジェイソンが無視して、メデアがおかしくなって最後は子供までも殺してしまう、という、とても説得力のあるストーリーを展開していました。サイモン・ストーンさんによる驚きの読み替えの演出!
もしも、別れた後、メデアの連絡に対してジェイソンが丁寧な対応していたら。メデアが子供たちに再会した際にもっと丁寧な対応をしていれば。浮気はもちろんダメですが、離婚後の対応やフォローをジェイソンが間違えなければ、こんな悲惨な最後にはならなかった。そのことを表わしていた、とてもメッセージ性のある演出に思いました。
また、途中の電話でのやりとりがフランス語でなされていたのにも魅了されました。フランス語の映画では、男女の会話のやりとりがフランス語で延々と続く映画がよくありますが、今回の演出の流れに見事に合っていました。イタリア語版だったら、このやり方は成り立たなかったのかも知れません。
社会的な問題提起を含め、大いにインスパイアされた卓越した読み替えの演出!悲惨な物語であるメデアを、敢えて現代で上演する意義を大いに感じた、素晴らしい上演でした!
(写真)ザルツブルク祝祭大劇場に掲示されていたメデアのポスター。開演前にこのガソリンスタンドのポスターを見かけて、これはいったいどうなってしまうんだろう?(メデアは初めて見るので、できればオーソドックスな演出で観たかった)と思いましたが、よく考えられた卓抜な演出でした!
(写真)帰り道にザルツァッハ川の橋の上からホーエンザルツブルク城の夜景。素晴らしい観劇の後に、心地よい夜風に吹かれながら、これを見るのが堪らなくいいんです!
(写真)終演時間は23:00を過ぎていたので、夕食はホテルで軽く。ただし、ザルツブルクのビール、シュティーグルは外せません(笑)。オペラの観劇2連発で疲れた体に、白ビールが本当に心地良かったです。