最高に楽しかった一昨日のアンドレアス・オッテンザマーさんとヴィンタートゥール・ムジークコレギウムの来日公演。そのスイスの楽団の音楽の余韻のもと、観に行くなら今しかないでしょ!ということで、スイスで活躍した画家、オットー・ネーベル展の2回目を観に行きました。
(参考)2017.10.29 オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代
2回目を観に行くに当たり、購入した図録をじっくり読んで行きました。特に気になった解説は以下の通りです。
○オットー・ネーベルは1920年代、ルドルフ・ブリュムナーとともにドイツの町を訪れ、自作の反戦的テキスト「戦場への行進」を多くの聴衆の前で朗読した。ネーベルのかつての演劇の師であるブリュムナーは独自の朗読スタイルを生み出し、朗読をひとつの独立した芸術にまで高めた。彼が目指していたのは、抽象的で音楽的な言語技術であり、耳のための詩だった。
○(新聞への批判から)ネーベルは使い古しでない、権力に買収されていない言葉を探し、1922年、「ルーン文字の本」と呼ばれる作品を制作した。(中略)ゲルマン民族の文字であるルーン文字に立ち返るということの意味は、アヴァンギャルド芸術家たちのプリミティヴィズムという背景を考慮して解釈しなければならない。最小限の素材への限定という動きは、しばしば原始的な芸術に突き動かされて生じる。
○(ネーベルの1931年10月27日の日記、「イタリアのカラーアトラス」に関して)「ある国の光の世界をこうして調べ、記すことは、他のどんな方法よりもずっと意味深く、創造的・未来的であるということはすでに明らかだ」
○モザイクの技法を、ネーベルはラヴェンナ滞在中に習得している。小さな石を、彼はフーゲン(つなぎ目。音楽のフーガを表すドイツ語と同音)と呼んでいた。そのモザイクのように、筆を使って、ネーベルは石また石を描いた。それは彼が多くの絵画を覆うように描いた「点のヴェール方式」の延長とも言える。ネーベルはしばしば音楽用語を用い、個々の構成要素を「ともに鳴る音符」と考え、それが完全に「響く」ことを目指していた。
○(1936年の「新しい絵画の本質と精神」という講演で)「根本的には、芸術の中では『抽象』と『具象』の境界は存在せず、また存在し得ないと言うべきである。芸術においてはフォルムが、内容の表現だからである」
○ゲルトルート・グルノウ(ネーベルが教えを得たバウハウスの女性マイスター)が音楽に倣って12の色彩を12音階に組み合わせていたことは、ネーベルの抽象画での色彩の選択、比重のかけ方、調和への努力に影響を与えている、無調音楽は、カンディンスキーをはじめとする「新しい」絵画の代表者たちにとってと同様、ネーベルのルーン文字の詩だけでなく、絵画にとっても重要なインスピレーションとなっている。
○ネーベルは自分の努力を、ある楽譜をオーケストラとともに読み込み、練習する指揮者の仕事にたとえている。たゆむことなく、ネーベルは彼の絵を見る者から、押し寄せる「響き」に向けて心を開くことを要求する。
難しい解説もありますが、どれも非常に興味深く、特に、オットー・ネーベルという画家が、いかに音楽を意識していたのかがよく分かり、その作品を楽しむに当たって、貴重な示唆を与えてくれます。
前回の記事は美術展前半の作品をご紹介したので、今回は後半の音楽やルーン文字などにちなんだ作品を中心にご紹介します。
※購入した絵葉書より
今回ネーベルの「音楽的」作品は9作品展示されていましたが、それらの中で、私が最も気に入ったのがこの作品です。曲線的な造りと絶妙なバランス、情熱と冷静さが混在したような色遣い、今にも音が聴こえてきそうな作品です。中央の青い曲線はサックスやホルンをも連想させます。グッズでこの絵のチケットファイルがあったので購入しました。この絵に包まれたチケット、全て名演になる予感!
ワシリー・カンディンスキーは著作「芸術における精神的なもの」の中で、「音楽の音色は魂へと直接に通じる。人間は『自らの内に音楽を持っている』ので、音はそこで即座に反響を得るのだ」と論じています。音楽を愛する者として、非常に頷ける言葉です。
(写真)オットー・ネーベル/ドッピオ・モヴィメント(二倍の速さで)
この絵、12音階の各音を思い起こしますし、音が2倍の速度になって弾けている印象をよく伝えています。あるいは、1つ1つが分子で、陽子に対して電子が2倍の励起状態になっているような、そんな印象も持ちました。なお、作品名の「ドッピオ」を見て、一瞬、イタリアのエスプレッソを連想してしまいました。きっと、お腹空いていたのね(笑)。
この他、写真はないですが、「ロンド・コン・ブリオ(元気に)」と言う、暖色の色遣いの中、泡のように弾ける曲線が踊っていて、「叙情的な答え」と対をなす、素晴らしい作品もありました。
(写真)オットー・ネーベル/輝く黄色の出来事
ここからは「抽象/非対象」というコーナーになります。この絵は構図と黄色を基調とした色のバランス良く、質感も見事な作品です。パッと見で、魔笛のタミーノとパミーナに、赤ちゃんができた喜ばしい出来事を連想しました。
(写真)オットー・ネーベル/自らの内に浮揚して
紫が基調で、瞑想的な雰囲気の作品です。スクリャービンのプロメテウスの冒頭の混沌とした音楽によく合うような気がします。
ここの「抽象/非対象」コーナーは本当に観応えのある作品ばかりで、上記の他に、以下の作品が特に気になりました。
◯オットー・ネーベル/ネープルズイエローが外をまわる
構図と色、曲線的な雰囲気が素晴らしい。寒色系にネープルズイエローがとても映えます。イタリアのカラーアトラスのナポリの後で観ると、どんだけネープルズイエローの醸し出す雰囲気が素晴らしいか分かります。
◯オットー・ネーベル/幸福感
黄色を基調とした絵。もうドーパミン、バーン!みたいな絵です(笑)。
◯オットー・ネーベル/純潔と豊潤
濃い黄色と赤と青の絵。タイトルのイメージもあり、即座にタンホイザーを、エリーザベトとヴェーヌスを連想しました。
(写真)オットー・ネーベル/冬の構成
冒頭の解説でも書いたように、ネーベルはルーン文字に意義を見出し、ルーン文字を用いた作品をいろいろ残しています。解説によると、ルーン文字を独立した言語の単位として捉え、その音声・音響的側面と視覚的側面とが作品の中で引き立ちあうことを目指している、ということでした。
この「冬の構成」という作品は、雪をイメージさせる白の中で、葉っぱを連想させるルーン文字が踊る、素敵な作品です。黄色や茶色に枯れた葉っぱもあれば、冬でも緑を保つ常緑樹の葉っぱもあって、寒々しい景色というよりは、冬の中の豊かな賑わいを感じました。
(写真)オットー・ネーベル/満月のもとのルーン文字
この作品は私には満月の月のもと、男女の語らいを示す作品にしか見えません。どんなやりとりがなされているのでしょうか?クラシック音楽好きとして連想するのは、シェーンベルク/浄夜(浄められた夜)です。温かい色調なので、前半の寒々しい場面が過ぎて、後半の温かみのある長調以降の場面が合いそうです。とか言って、ネーベルがイメージしていたのは、同じシェーンベルクでも、月に憑かれたピエロの方だったりして?(笑)
この他、「赤色に集う収穫のルーン文字」という、大きな赤い丸の周りをルーン文字が取り囲む作品が印象的でした。ローゲの炎とヴォータンのルーン文字の刻まれた槍、ワルキューレの第3幕最後の、ヴォータンの別れと魔の炎の音楽の場面を連想します。
(写真)オットー・ネーベル/近東シリーズよりイスタンブールⅣ
これはルーン文字のコーナーでなく、その先の「近東シリーズ」の作品です。1962年にネーベルはドゥブロヴニクとミコノスを経由し、イスタンブール、ソチ、ブルサへと旅をしました。そこで見た、アラビア文字やキリル文字がネーベルのインスピレーションを掻き立てたようです。ネーベルは「ここで、アラビアの巨大なルーン文字が、私の絵画にアーメン、然りと歌う壮麗な鐘の音のように鳴り響いた」と日記に記しています。
このイスタンブールという作品はあざやかな青と黄色の対比、イスラムの豊かな文化を思わせる作品です。トルコはまだ行ったことがなく、ぜひ行ってみたい国の1つです。都内のトルコ料理のお店はかなり楽しんでいますが(笑)。
オットー・ネーベルの作品以外にも、ネーベルと親交のあった画家の作品がいろいろあり、非常に楽しめました。絵葉書がなかったので、写真はありませんが、特に気になった作品を以下にご紹介します。
◯マルク・シャガール/夢
シャガールらしい青を基調とした正に夢のある絵。シャガールの絵は大好きです。
◯ワシリー・カンディンスキー/小さな世界
4つの作品からなりますが、さすがはカンディンスキーという作品です。まだ具象的な要素も混ざった絵で、イメージしやすいです。
◯ワシリー・カンディンスキー/複数のなかのひとつの像
カンディンスキーの描いたバーバーパパのような絵(笑)。
◯パウル・クレー/ホルンの出番
クレーらしいシンプルながらホルン讃歌の絵。「ホルンの起源は、動物の角(Horn)で作った笛であった」「クレーの絵では、ホルンが本来、鳴るところ、つまり森が舞台となっている」という解説と絵から、即座にブルックナー4番を連想しました(笑)。
オットー・ネーブルは「私の芸術の中には、もっとも奥深い内面の生の純粋な出来事のみが存在している」と明言されていたそうです。この言葉の持つ意味は、ネーベルの作品を観る時だけでなく、他の画家の美術作品や、音楽の作品に対峙する時にも、とても響いてくる、大切な言葉のように思いました。
スイスの画家はフェルディナント・ホドラー、アルノルト・ベックリン、パウル・クレー、ジョヴァンニ・セガンティーニ、フェリックス・ヴァロットンと個人的に好きな画家が目白押しですが、また一人、特別な画家が加わりました。今回、とてもいい美術展の企画を本当にありがとうございました!!