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foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

 近くにできた蕎麦屋さん。昨年11月オープンで 便利でちょくちょく食べに行っている。

自販機でチケット購入し、カウンターに行き番号札をもらい、自分で席に行きその後、お茶機械の所に行ってお茶を出し、番号を呼ばれるのを待ち、呼ばれたら蕎麦を取りに行く。

ちょっと面倒だが仕方ない。

 蕎麦粉は地元阿木地区の「安岐そば」という良いそばの実を使用しているが、手打ちではなく、ところてんの様なノズル式の機械抽出。

 私は蕎麦探求をしているので、基本的に手打ちの蕎麦しか食べないのですが、ここは味が良い阿木産のそば粉であり、機械打ちでも許せる味に仕上がっていたので普段使いに良しですね。

 

今回は

 おろしそば880円・かき揚げ200円を注文。

(かき揚げはカウンターの所にいつも揚げて置いてあるのを忘れていた。)

 

 

 

 

 話は変わりますが、作り置き天ぷらで思い出しました。

10年以上前 多治見市に「すなは」という「天ころうどん」が売りのいつも混んでいる超有名なうどん屋があり、一度行ったことがあります。店内に入ると海老天が沢山積まれていました。こんなに沢山だと冷めて不味くなるのに、この冷たい海老を食べるのか?っと思いましたが、人気店だからいいのかな?とも思い、食べてみると案の定 冷たい天ぷらは油が回ってベトベトで食べられたものじゃなかった。油も良くない。良い油なら冷めてもまだいいのですが、何故こんな天ぷらのうどんが名物なのかと驚きました。

 数年前も丸亀製麺(東京が本社)というセルフのうどんチェーン店(讃岐うどんほど腰は無く讃岐うどん風でした)で、天ぷらを食べたら胸焼けをして油のゲップが何度も出ました。油の質が良くないのですね。それ以降トラウマになりもう行かないですが、天ぷらは要注意ですね。

 

さて元に戻って

 蕎麦屋でかき揚げを頼むと、当然揚げたてを出されて、箸で崩すとサクサクっと音がするが、 ここは揚げおきだというのを思い出した。

案の定

箸で崩しても音がしない。

 

揚げてからの時間経過でサクサクが消えてる。

でも 食べてみると、油が回っていない。セーフ。

後の胸焼けもなし。 良かった。

 

 しかし 天ぷらはやっぱりサクサクで食べたいね。

 

 揚げ置きするなら、食べる直前にもう一度サッと高温の油に潜らせればいいのにね。

 

 おろしそばには大根おろしと大根おろしのしぼり汁の両方が別々にいれてあり、これはとても好感もてる。

大根のしぼり汁と蕎麦の相性は凄く良いから。

 

(蕎麦屋ではワサビがつきものなのだが、本来は辛味大根であり、辛味大根の無い時期の代用品として江戸時代末期に始まったのが、山葵であり、江戸に船で運びやすい伊豆に沢山あるという利点があり、急速に広まった。)

 蕎麦で大根を使う場合 辛さを求めてわざわざ高価な辛味大根を使うことが多く、大根の辛味で蕎麦を甘くし、味を絞めるのだが、

所が こちらの大根は全く辛味が無かった。

 骨折り損とは言わないけどちょっと残念。

 

さて、本筋の蕎麦であるが、阿木で製粉した「安岐そば」で、粒子は50メッシュの中挽き粉。

機械打ちなので、麺の幅は統一されているが1.8mmと3.6mmの2種類あった。

 

 先月食べた時は旨味も甘さもあり結構良かったが、今回はそれが弱い。

 一応確認のため「安岐そば」ですよねと聞いたら、やはりそうだと言われた。

 製粉所は同じだし、同じ阿木地区産のものだから同じだと思って製粉するだろうが、味が違うのだ。

 先月食べた蕎麦とは同じ阿木地区でも畑が違うのだろう。

 同じ畑で作った野菜でも南斜面と北斜面では味が異なるし、少し場所が異なるだけで土も変化し、味も変わる。

そばも同じ。 同じ産地のものだけを使う蕎麦屋に行くと、そのたびに味が違うのでその違いがよくわかる。

今回も同じだ。 

次回の味はどうなっているだろう。多少でも美味しくなっていると良いな。

 実は、数日前にも食べに行き、(この店はザル蕎麦は無くて、盛りそばだが)、盛りそばを食べたら、味が変わっていることに気が付き、再確認も含めて再訪した。

蕎麦はやはり味が少し弱い。

今回はそれを見越して、盛りそばではなく。おろしそばを注文したが、

やはり正解。

おろしがあることによって蕎麦本来の味をそれほど感じなくて済むのと、大根により少し甘味も出る。

 まあこんな細かなことを思いながら食べるバカな客は、蕎麦フェチの僕ぐらいで、誰も気にしないだろうから何もなく時は流れていく。いつ頃味の良い安岐そばに当たるか分からぬから、僕もしばらくは、盛りそばより、おろしそばや、肉そばなど他のものを食べるようにしよう。

ほんとに車ですぐにこういう店があるだけで、日頃の食事に変化を入れられるので大助かりです。

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おへそば

岐阜県恵那市東野171-5

090-8237-088

営業 11時~14時 水曜休

名古屋の芸術の一等地なのに、看板は素晴らしいちょっと軽いアメリカンの ランチを食べ、少しブルーな午後の展覧会は

  赤い燃え色。

岡本太郎は岡本太郎だね。

愛知県美術館 岡本太郎展 2023/1/14

 …………………………

岡本太郎は岡本太郎だ。

おもしろい ただ楽しいのじゃなくて

 深い絵だ

太郎も徴兵されて戦地に行って 抑留もされ 心深く傷ついている。

岡本太郎を強調するのは赤だが、

 その太郎の赤は

 陽気な色ではなく 戦場で見た赤でもあり

だから生きなければならない

  赤であり

     パッション!

     深いと思う。

 

音声ガイド

ナビゲーターは阿部サダヲだった。

 阿部サダヲそれ自体は特になんとも思わないが

岡本太郎の強烈さに

阿部サダヲを組ませると

 本人は頑張ったと思う

   というより頑張らざるを得ない。

  頑張りすぎて

   元気がありすぎて頑張れば頑張るほど

    軽くなり

  滑稽になる。

   可哀想だがキーが上がっている。

       役者が違い過ぎるのだ。

 

 

こういう場合はもっと静かに

 淡々と話せる重鎮か

  あまり知らない者をナビゲーターを使うべきだろう。

 岡本太郎展 とても良い展覧会でした。

 太郎の両親の岡本かの子と岡本一平はどちらもおもしろい。

この展覧会、両親に触れる部分を入れたらもっと良かっただろうと思う。

 

ウルフギャング・パック 愛知芸術文化センター店 2023/1/14

愛知県美術館へ行くのに雨降りの日には同じ10Fフロアにあり、とても便利なレストラン。

「レストラン界のアカデミー賞と言われるジェイムズ・ピアド賞の最優秀シェフ賞に輝いたウルフギャング・パック氏がプロデュースする本格メニューの数々。ならではのピッツァセレクション、産地指定のこだわりの素材をふんだんに使った創作料理の数々をお楽しいいただけます。」と書かれているレストランです。

天井が高くちょっとだけ豪華でシンプルモダンなデザイン。

ランチ メニューは少ない。

仕方ないから、

チーフ スペシャル セットと別にスパークリングワインを。

そして赤ワイン。

 

ただ 1700円でスペシャルとは?

大丈夫かな?

 

サラダ

あっさりと盛り付けした ごく普通の味

 

ハンバーグ

 

何これ?

 

すごくシンプルというか ………

 

ゆで卵を刺しただけ ………

 

アメリカン カジュアルだね

 

アメリカの有名な料理人が監修とは言え

もう少しやりようがあるだろう。

 

ハンバーグはデミグラスソースも まあまあの味で安心したが、

この立地でこれではね。

 

歴代の首相の中で、一番アメリカのポチになって懸命に尾っぽを振って嬉々としているどこかの国の首相と同じレベルで、アメリカのシェフから見ると名古屋はこの程度と思われているのかもね。

 

コーヒー

 大きなカップ やはりアメリカンだね。

 

味はアメリカンじゃ無くて良かったが。

 

超有名シェフを宣伝しながら、内容はこういうこと。

愛知県の中心の展覧会や音楽会など芸術の場所である。

豪華にも高価にもする必要はないが、せめて3000円位で 多少でもゆったりと楽しめるランチを出して欲しいと思う。

 昔からあらゆるカルチャーが「名古屋飛ばし」されてきたが、 現代でもこういうことなので、まだまだ名古屋は仕方ないのかな。

 

 残念な雨の昼。

さて 元気をもらいに 

すぐ横で行われている岡本太郎展へ行こう。

 …………………………

 

ウルフギャング・パック 愛知芸術文化センター店

 

『カリフォルニア料理、ハンバーガー、ダイニングバー

アカデミー賞公式シェフ“WOLFGANGPUCK プロデュースの本格カリフォルニア・レストラン

ウルフギャングならではのピッツァセレクション、産地指定のこだわりの素材をふんだんに使った

創作料理の数々をお楽しみいただけます。カリフォルニアらしいカジュアルな雰囲気から

落ち着いたダイニングまで立地やシーンに合わせた様々なご提案をしております。

プロバンスのボウマニエー(Baumaniere)を経てモナコのオテル・ド・パリ (Hotel de Paris)やパリのマキシム(Maxim's)といった3つ星レストランで修行をした後1973年渡米。インディアナポリスのラ・トゥール(La Tour)を経て、ロサンゼルスのマ・メゾン(Ma Maison)のシェフ兼パートナーとなる。1982年、ハリウッドのサンセット・ブルバードにスパーゴ(Spago)をオープン。竈で焼くデザイナー・ピザをはじめ、フレンチをベースにしたユニークなフュージョン料理とユニークな店舗デザインで、スパーゴとパック氏は一躍話題になる。その後も、オリエンタルなフレーバーの色濃いシノワ・オン・メイン(Chinois on Main)、地中海料理の影響を受けたグラニタ(Granita)、サンフランシスコのプレスコットホテルにポストリオ(Postrio)と、様々なコンセプトのレストランを次々とオープンしていく。毎年恒例のアカデミー賞授賞式後のパーティーの総責任者を歴任するほか、テレビ出演や数々のチャリティ・オーガナイザーとして多忙な日々を送る。

2001年1月からフードネットワーク・チャンネルにてスタートした「ウルフギャング・パック」シリーズ(料理番組)も高視聴率を誇り、2002年にはエミー賞を受賞。シェフとしての全米での認知度は全国民の85%以上を誇る。アメリカ料理業界での多大な功績が認められ、レストランのアカデミー賞といわれるジェイムズ・ビアド協会による最優秀シェフ賞ほか、多数受賞している。全米NO1シェフとしての呼び声も高い。』

らしい。

 

 

050-5872-0811

電話番号:052-957-5755

愛知県名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター 10F

11:00~23:00

定休日 月曜日

染めと織の万葉慕情41

  正月の歌

   1983/01/21 吉田たすく

 先週は、大伴家持が越中守の折、天平勝宝三年の正月に作った

 新しき

  年の初めは

    弥年(いやとし)に

   雪踏み平(なら)し

     常かくにもが

 という歌を詠みましたが、この歌を見ればどうしても次の歌を出さなくてはならなくなりました。

 さきの歌を作った家持は、越中から転じて因幡の国ヘまわされます。八年後の正月、因幡の国庁の憂悶の正月に詠んだ歌、一首

 新しき

  年の始の

    初春の

  今日降る雪の

   いや重け吉事

 この歌は、越中守の勝宝三年正月の賀歌が頭に残っていて作ったものと思います。あの年は大雪の正月であったが、今年の因幡の正月も雪が降っている。この雪が降り積もるように、吉事(よごと)が積もってほしいものだ。

家持自身また大伴家にとって、その近年は凶事の方が多かったのです。

 当時、歌というものは、呪力(じゅりょく)を持つものと信じていました。しかし、吉事にはなかなかなりません。宝字八年には薩摩の国まで左遷させられてしまいました。

 まつこと久し、十年後の宝亀元年から吉事が現れて来だしたのです。そのまた十年後には、参議・右大弁といった高官に昇格したのです。

 因幡の雪の正月に詠った「いや重け吉事」の歌が呪力を発揮したのです。家持は憂々として、因幡で詠んだ当時を思い起こしたに違いありません。

 たくさん作った歌の中で、最高の歌であったとも思ったことでしょう。しかし、大伴家はその後長くは吉事が続かなかったのであります。

 万葉集の編纂(ヘんさん)ははっきりしていませんが、市原王(いちはらのおおぎみ)や大伴家持などといわれていいます。万葉集四千数百首の最後の最後、巻末にこの因幡の正月を詠った「いや重け吉事」をのせて終わっているのてす。

 藤原氏の盛力が伸びるにつれ、大伴家はだんだんと落ち目をみてまいります。大伴家持は、この歌の後に歌を詠んだかもしれませんが、万葉集にはこれが最後の歌なのです。悲運な家持は、この歌の呪力で大伴家のいやさかを懇願したのだと思います。

    (新匠工芸会会員、織物作家

 …………………………

 因幡の国 (いなばのくに)は今の鳥取県の鳥取市を中心とした東部地域で、西部の伯耆国(ほうきのくに)との二つで今の鳥取県はできています。

新しき

  年の始の

    初春の

  今日降る雪の

   いや重け吉事

 年の初めに雪が降るのは大変だと思われるでしょうが、平安時代 新年の雪はその年の豊年の吉兆として喜ばれていました。
 この正月の雪とその年の豊作を祈念した歌として万葉集に収められている葛井連諸合(ふじのむらじもろあい)作の歌に
「新しき 年のはじめに 豊の年  しるすとならし 雪の降れるは」
という有名なうたもあります。

大伴家持は因幡で迎える最初の正月であり、「新」、「初」、「雪」、「吉」とめでたい言葉を重ねて世の平安と繁栄を願ったのですね。

 ご存知のように、万葉集は、7世紀後半から8世紀後半に約130年間かけて編纂された、現存するわが国最古の歌集であり、作者層は天皇から農民まで幅広い階層に及び、詠まれた土地も東北から九州に至る日本各地に及び、全20巻からなり、約4500首の歌が収められています。


4516首を締めくくるのが、759年(天平宝字三年)の巻二十の4516番で、この大伴家持の歌です。

万葉集は最後に良いうたをいれて終わっていますね。

ところが、

 ここで謎があります。

万葉集で家持の歌は万葉集最多の473首の歌が収められていますし、

この歌は、万葉集の最期を飾る歌となっていますが、何故かこの歌を最後に、家持のうたがどこにも一切残っていないのです。

この歌を詠んだその後26年も生きているというのにのに、後半生の歌は残っていない。

何故でしょう。

何故歌を詠んでいないのでしょう。

何故残らなかったのでしょう

あれほどの歌人であり、様々な場所で歌を詠むことも官僚としての彼には仕事の一つであるから、詠まなかったのではなく、残らなかったと考える方が正しいでしょう。

突然の「沈黙」は、

誰かの陰謀でしょうか

最後の歌が「いや重け吉事」

最後に良いことが重なれと歌ったが・・・・・・・

小寒の

 空燃ゆる夕

    寒気炎

 

 …………………………

小寒とは、

季節を表す二十四節気の23番目のことを指します。

小寒の前は冬至、後は大寒で、本格的な冬の寒さが訪れる時期で、小寒から節分までを「寒(かん)」といい、小寒に入る日を「寒の入り」ともいいます。暦のうえでは冬の寒さが一番厳しい時期で、寒中見舞いを出し始める時期でもあります。

2023年の小寒は1月6日~1月19日です。

 

     《恵那市三郷町より 中央アルプス夕景》

手打ちそば 花もも 2022.12.23

  (蕎麦屋備忘録として)

今回は、長年行こうと思っていた仙洞御所の拝観予約が取れた。

理想的には春や紅葉の時に拝見したかったのだが、いつも予約が取れなかったので冬枯れの仙洞御所拝見に、また京都へ。

 蕎麦屋行脚の一環として、遠くに出かける時お昼はたいてい蕎麦屋。

美味しそうなお店を探すのだが、少し離れていたりして時間があまりとれない時は、最低でも手打ち蕎麦をやっている店を選ぶ。

というわけで今回は御所の南 道路を挟んですぐに蕎麦屋があったのでお昼に訪問。

場所的に客が入りやすい 

1Fは厨房と6人掛けの大テーブル1と小さい空間。

2階があったが何客かは不明。

信州出身のご主人 野菜等は信州の実家からのものも使われるらしい。

祝12周年の祝儀袋が壁に貼ってあった。

 

メニュー

ざるそば800円

おろしそば900円

きのこそば1200円

鴨ざる蕎麦1400円

蕎麦掻きと天ぷらは載ってなかった。

蕎麦前はできるが、種類が少ない。夜の営業は、されないからだろう。

 

おろしそば900円

おろしは辛味大根だと言われた。

 写真では刻みネギの横に黒胡麻が混ざった感じで見えるのが辛味大根。色は黒いものが混ざっている。

こういうタイプの辛味大根らしい。

辛味はあるが、辛味大根というほどでもない。

つゆは、かつお等の生臭みもなくいい感じ

 

尋ねたら、蕎麦は全国の蕎麦粉からブレンドの二八といわれた。

来たものは黒い点がない。

まる抜き(黒い鬼殻を剥いたもの=抜き実ともいう)の二八蕎麦だ。

粒子は細かい。50~80メッシュくらいか。

蕎麦の麺線のエッジは特に切れていない。手切りなら包丁の刃が潰れていなければエッジが立つと思うが、ノズル式の機械なのだろうと思う。

ちょっとプリっとした感じでしっかり腰もある

甘味も良い。

まあまあの蕎麦。

 田圃のある田舎で完全セルフで750円という蕎麦屋もあるというのに、この一等地でざるそば800円というのは安いね。

近所の人が普段使いで寄ろうという感じの味のお店。

近場のサラリーマンの昼食狙いなのだろう。

御所近くで軽く済ませたい時には便利で良いね。

この味なら場所が良くても、値段を上げても850円までだね。

 二八蕎麦は 形・出汁・蕎麦の3拍子が揃うものが江戸の蕎麦の基本。

 だから個人的には、二八にするなら、キリッとした麺線で、もう少し旨みのある様にしたいな。

蕎麦湯は ただ蕎麦をゆがいた湯だった。

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手打ちそば 花もも

京都市中京区丸太町通麩屋町西入ル昆布屋町398

075-212-7787

11時~18時30分

ちょっと楽しい いいお店

   「やわい屋」 飛騨高山 2022.12.17

 

高山の中心地から20km弱 車で25分ほど山に入っていく。

山奥の田んぼの中の150年前の古民家で暮らしながら営むお店。

お店というけど入り口が慣れたものしかわからないような感じだ。

 民芸の器を中心とした生活道具の小さなお店

 

スリップウエアやとびかんな、瀬戸本業窯、その他 馴染みのある民芸の器などを販売してある。


 

吹きガラスのペンダントライトや小物も。

2階があるので上がってみるとそこは薄暗い書斎のような空間。

本が沢山

古本屋も併設していた。

 

 

ゆっくり読めそうな場所

真冬なら雪が150cmは積もるような山奥で、人よりも猪や鹿の方が多そうな田舎。

ここに来るとゆったりと自分の時間で本が読めそうな雰囲気。

 ここの空間いいなっと思った

 

蔵書を見ていると

柳宗悦及び宗悦関連の本、民藝関連の本がやたらと多い。

何故? こんな場所に?

 

レジの後ろにも柳宗悦全集もある。

そしてこんなに宗悦の本が置いてあるところは初めてだ。

店主の朝倉圭一さんと

 民芸の話や宗悦の話をすこしした

 宗悦の研究者でもあった。

まだ若い方だが、面白い。

大自然の中

 不便なればこその

  温かい器や

   温かい本のある

    温かい空間

 これが本当の温かさを生む生き方

 

岐阜県高山市国府町宇津江1372-2

0577-77-9574

https://yawaiya.amebaownd.com/

営業日

金〜月+祝祭日

open/13時〜17時

定休日

火・水・木

侘び寂びを
 愛で(めで)求めつつ
   生きるとも

  未だ錆びなく
   侘しくもなし



 侘び寂びは
  愛れば尚更
   温かき魂(たま)

 …………………………
  達観と
   いう字も読めぬ
       ガキの道



今年は卯年

 うさぎを祀った神社は全国にありますが、名前にうさぎの字が入った神社がある事をご存知ですか。

『古事記』に描かれた神話、因幡(いなば)の白うさぎで有名な白兎神社(はくとじんじゃ)です。 因幡国(いなばのくに)は鳥取県の東部で、白兎神社は鳥取市にあります。

 祀られるのは、出雲の大国主命と因幡の八上姫(やかみひめ)との縁を結んだ因幡の白うさぎ(白兎神)で、日本で初めてのラブストーリーの発祥地「白兎」として、2010年に「恋人の聖地」に認定され、縁結びスポットとして脚光を浴びていて若い女性の方が多くおとづれています。

出雲大社は縁結びで有名ですが、その出雲大社の祭神である大国主神のと八上姫の縁を取り持ったのが因幡の白うさぎですから、出雲大社より縁結びには良いかもしれませんね。

「古事記」の白うさぎが包まって身体を治したように、(蒲(ガマ)は古くから吐血剤として用いられています)このことから日本の医療、動物医療の発祥の地と云われ、古来、皮膚病、傷疾に霊験あらたかな神様が鎮座する神社となっています。

 本殿の礎石は菊の紋章で作られていて、皇室とも深い関係があるようです。隣には「道の駅神話の里 白うさぎ」もあり、近くには雄大な白兎海岸があり、ウサギの住んでいた沖の島、「大黒さま」の曲の歌碑もあります。

うさぎは争いを好まない穏やかな性格で跳躍力があるため、干支では「平安」「安全」「飛躍」の象徴と位置づけられ、うさぎの子だくさんにあやかって、子宝・安産・子孫繁栄を願うのです。

 うさぎは神話の世界で、大国主命と一緒に語られてきました。大国主命(おおくにぬしのみこと)は心優しい国津神(くにつかみ/国造りの神)で、各地に恋愛伝説を残しています。このため『うさぎ神社』は、縁結びのパワースポットとなることが多いです」

卯年には白兎神社にお参りしたら、車で20分程で鳥取砂丘もあります。

私の実家のある蔵の町倉吉市からは36kmです。

鳥取県は因幡国と伯耆国の二国でできていますが、江戸時代中期までは海上輸送は日本海側が表であり、神代の時代からたたら製鉄と織物で栄えた国でした。

 …………………………

いなばの白うさぎ

あらすじ

 出雲の国にだいこくさま(大国主神おおくにぬしのかみ)という神様がいらっしゃいました。 その神様はおおぜいの兄弟があり、その中でもいちばん心のやさしい神様でした。

 兄弟の神様たちは因幡の国に八上比売(やかみひめ)という美しい姫がいるという噂を聞き、みんなで会いに行こうと決められました。 だいこくさまは兄弟達の家来のように大きな袋を背負わされ、一番後からついていくことになりました。

 兄弟たちが因幡の国の気多の岬を通りかかったとき、体の皮を剥かれて泣いている一匹のうさぎを見つけました。

 兄弟たちはそのうさぎに意地悪をして、海水を浴びて風にあたるとよいと嘘をつきました。

 そのうさぎはだまされていることも知らずに、言われるまま海に飛び込み、風当たりのよい丘の上で風に吹かれていました。そうしていると海水が乾いて傷がもっとひどくヒリヒリ痛みだしました。

 前よりも苦しくなって泣いているうさぎのところに、後からついてきた だいこくさまが通りかかりました。

 だいこくさまはそのうさぎを見てどうして泣いているのかわけを聞きました。

そのうさぎは言いました。

 わたしは隠岐の島に住んでいたのですが、一度この国に渡ってみたいと 思って泳がないでわたる方法を考えていました。するとそこにワニ(サ メ)がきたので、わたしは彼らを利用しようと考えました。

わたしはワニに自分の仲間とどっちが多いかくらべっこしようと話をもちかけました。

ワニたちは私の言うとおりに背中を並べはじめて、私は数を数えるふりをしながら、向こうの岸まで渡っていきました。

 しかし、もう少しというところで私はうまくだませたことが嬉しくなって、つい、だましたことをいってしまいワニを怒らせてしまいました。 そのしかえしに私はワニに皮を剥かれてしまったのです。

 それから、私が痛くて泣いていると先ほどここを通られた神様たちが、私に海に浸かって風で乾かすとよいとおっしゃったのでそうしたら前よりもっと痛くなったのです。

 だいこくさまはそれを聞いてそのうさぎに言いました。 かわいそうに、すぐに真水で体を洗い、それから蒲(がま)の花を摘んできて、その上に寝転ぶといい。そういわれたうさぎは今度は川に浸かり、集めた蒲の花のうえに、静かに寝転びました。

 そうするとうさぎのからだから毛が生えはじめ、すっかり元のしろうさぎに戻りました。

 そのあと、ずい分遅れてだいこくさまは因幡の国につかれましたが、八上比売(やかみひめ)が求められたのは、だいこくさまでした。

(文は 出雲大社より)

染めと織の万葉慕情40

  正月の宴

   1983/1/14 吉田たすく

 年があけましたので、新年の染織の歌をさがしましたが、みつかりませんでした。染織の歌ではないのですが、雪の間からのぞくヤブコウジの歌と、正月の宴(うたげ)の歌をお送りします。

大伴家持が越中守をしていたころの雪の日に作った歌です。

 この雪の

  消残(けのこる)時に

   いざ行かな

  山橘の

   実の照るも見む

 この雪がまだ消え残っている間に、さあ行こう。山橘はヤブコウジの事です。 ヤブコウジの実が赤く雪に照っているのも見 よう。今年は私のうちのヤブコウジも沢山赤い実をつけてくれました。 この可憐な赤い実はサンゴのかんざしのようで、白い雪にはえるものです。

 次の歌は天平勝宝三年の作で、この年は大佛開眼の前年にあたります。藤原仲麿との衝突もまだなく、大伴一族も平安な正月を迎えて喜び、越中守の館で正月二日作った歌です。

 新しき

  年の初めは

    彌年(いやとし)に

   雪踏み平(なら)し

    常かくにもが

 新しい年の初めは、毎年毎年、このように雪を踏みならして、いつも太平でありたいものだ。 この年の雪は「時に降る雪殊に多く、積みて四尺あり」と記されています。大雪の正月だったのですね。

正月二日は家持の館での宴でしたが、翌三日には縄麿の館の宴楽(うたげ)に、家持はその大雪をおして出かけます。

 降る雪を

  腰になづみて

    参り来し

   験(しるし)もあるか

    年の初めに

 腰まで降り積もった雪の宴に難儀しながら参上したので、しるしが有ることです。年の初めに、車も自動車もなく腰までの雪をかきわけて宴に行けばねうちがあることでしょう。

こんなにして雪道をやって来てくれる客ですから、そのもてなしに「作りもの」を作って待っています。館の内庭に雪を積みあげて岩の形に彫刻し、その雪の岩山に「奇巧(たくみ)に草樹の花を採(いろど)り発(つ

くる)」 木や草をさして、花などあしらって、デコレーションを作り、客を迎えます。

 この作りものを褒めて、家持と同席の久米の朝臣廣縄の作る歌一首

 なでしこは

  秋咲くものを

     君が家の

   雪の厳に

    咲けりけるかも

 なでしこは秋咲くものと思っていたら、あなたの家では雪の岩に今咲いてるのですね。おどろいたなあ。宴も夜を徹してたけなわですが、鶏が鳴きはじめます。

 うち羽振(はぶ)き

  鶏は鳴くとも

   かくばかり

  降り敷く雪に

    君いまさめやも

 鳴く鶏は

  いやしき鳴けど

    降る雪の

   千重に積みこそ

    われたちかねて

 主人の縄麿は歌います。「鶏が鳴いて朝になっても、この降りしく雪ですもの。君はお帰りになるはずはありません。どうぞゆっくりと」

家持こたえて、「千重に積もる雪ですから、立ち帰りかねていますが、 そろそろおいとまいたしましょう」

お正月の宴も、こんな問答の歌で楽しく進行していくのです。

 

              (新匠工芸会会員、織物作家)