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自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

染めと織の万葉慕情53

  梅、橘の歌

   1983/04/15 吉田たすく

 先週はアセビの花を袖にとき入れる歌と、それに続いて藤の花房を袖に入れる歌でしたから、もう一度花をこき入れる歌を取り上げてみましょう。 桜の花もすぎた今日では、梅の花の歌であいすみませんが。

 引きよじて

  折らば散るべみ

    梅の花

   袖に抜き入れ

   染(し) まば染むとも

 梅の枝は、他の花の枝に比べて硬いものですから、手折るのに力がいります。そのはずみに、梅の花がはらはらと散る様の風情をうまくとらえ、その散花を地面で汚すのをいとおしみ、袖にこき入れるのです。散って来るピンクの花のような可憐(かれん)な乙女の心を袖にうけとめ、染めば染まってもいいよと詠います。「シマバシムトモ」とは、何ともリズミカルな言いまわしで、しっとりと心にしみる表現でしょう。橘の歌の中にも、袖に橘の実をこき入れるところがあります。昔むかし、神の大御代に田道間守(たじまもり)という人が(万葉時代のそのまた昔の話です。 たじまがなまって、タチバナになっ

たといわれます) 海の向こうの常世という永久に生命のある国(浦島の行った国)に渡って行き、多くの苗木を持ち帰ったが、その時橘の木の実をたくさん下さって国も狭いほど生えて、春になると新芽が出てホトトギスの鳴く五月には初花をつけ、枝を手折りて乙女らに土産にやり、白楼(しらたえ)の袖にもこき入れ、香ぐわしんだ。 置いて枯らした橘の実は、珠として緒に貫いては手に巻き、ブレスレットにして見ても見飽ることのない美しさである。

 美しい花を袖にこき入れ、抱きしめたい心情の現れです。

もう一首あります。

海神(わだつみ) の手まきの玉を袖に入れる歌

 難波の港から韓国(からのくに)に大船に乗りまちして水脈を行き、淡路島に船泊りして浜辺より浦礎をながめていると、妹のいる家恋しさにただ泣けて来る。

 海神(わだつみ) の手まきの玉(真珠の玉なのか)を妹に贈ろうと拾い取り、袖には入れては見るが、家に帰る使者はなく、持って居ても送るすべなく、また浜に置いてしまった。

 妹への贈り物の玉を袖に入れてあたためたけれど、送ることが出来ず、浜に帰してしまうという詠いかたで、妹への想いが一層つのる気持ちを表しています。

 心のうちを袖のしぐさで表した歌が、まだたくさんあります。

      (新匠工芸会会員、織物作家)

染めと織の万葉慕情52

  アセビの歌

   1983/04/8 吉田たすく

 

 春といえば桜。今日ごろが七分咲きの花も盛りというところでしょうが、私は桜よりも早く白い花をつけるコブシが好きです。若芽のまだ出ない紫がかった春先の山のあちこちに、白い斑点のコブシが見え始めると、もう春だなあという気持ちです。 コブシに次いで形は違いますが白い花をつけるのがアセビスズランのような愛らしいつぼ形の花が房にたれ、長い冬に耐えた人の心を慰めるように咲くのがアセビです。うちの庭のアセヒも今盛りです。

 昔から日本にあったと思われるのですが、万葉集にはコブシの歌がありません。けれども、アセビの歌は十首もあるのです。

 

磯影の見ゆる池 水照るまでに 咲けるあしびの 散らまく惜しも

 

万葉時代、アセビの花房の白さは春の来た喜びであったのでしょう。

 

 磯の上に

  生ふる馬酔木(あしび)

   手折らめど

  見すべき君が

   ありと言はなくに

 

 この一首は、大伯皇女(注1)が弟の大津皇子が反逆の罪で刑死したのを嘆き作った歌で、かれんなアセビの枝を手折っても見てくれる弟君はもういない。 アセビが、皇子と関係があったのかも知れません。皇女のやるせない憂愁の気持ちを詠っています。

 

大伴家持のアセビの歌。

 

 池水に

  影さへ見えて

   咲きにほふ

  馬酔木の花を

  袖にこき入れ

 

 庭池にきれいに影を映しているアセビの房から、小さなつぼ花を袖にこき入るというのです。

あの小さなかわいい花を見れば、だれでも指でしごいてみたくなるものです。それを袖にこき入れてと、自分の衣服に取り入れてめでたい気持ちがよく現われています。 

家持は染織の衣服で、自分の気持ちを詠うのが上手です。

 アセビではないのですが、藤の花を袖にこき入れる一首があります。

 

 桃の花  紅色(くれなひいろ)に にほひたる 面わのうちに 青柳の 細き眉根(まよね)を ゑみまがり 朝影見つつ 乙女らが  手に持てる 真澄鏡(まそかがみ)……

 

 ピンク色のほっぺたに、柳の細葉のような眉を持った純心かれんな乙女が、鏡にうつす姿を書き出しに作った長歌で

 

 藤波の

  花なつかしみ

   引きよじて

  袖にこき入れつ

   染まば 染むとも

 

というのがあります。

 

 袖にこき入れた藤の花の紫色が、袖に染めつけば染まってしまってもいい、というのです。 自分の着ている服の袖に染まるというのは、自分自身が染まるという気持ちです。染まるとは、心と心がび

ったり添って相愛することなのです。

 

         (新匠工芸会会員、職物作家)

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(注1)

大伯皇女(おおくのひめみこ )

[661~701]天武天皇の皇女。大津皇子の同母姉。斎宮として伊勢で一三年間奉仕。万葉集に弟大津皇子をおもう歌六首がある。大来皇女。

はしゃぎすぎ

 車のゆりかご

   ねむりいる







野点する

 花の香りも

   風にのり

 

愛犬の

 はしゃぐ陰にて

  野点かな



春の海

 ひねもすのたり

  のたりかな

     与謝蕪村

絵羽着物「州浜春風」1983年 吉田たすく

 

 

潮騒を

 聞きつつ浜の

      桜風

     周之介

たそがれて

 花もねむりに

  恵那の湖(うみ)

 

 寿司幸さんは半世紀以上恵那で続いてきたお寿司屋さん。

こちらへ行くといつも感心するのは、1m以上ある大きな生け花で、それが2箇所もあり、小さなものまで入れると7箇所ぐらいあります。

1箇所は大きなお部屋の中で、他のお客様たちがいらしたので、チョイ覗きでしたが、今回もほぼ全てを拝見させていただきましたが、 

 今回は階段の上の踊り場の飾りが特に良かったですね。



階段の下から上がっていき、これをみると一瞬高級料亭へでも入った様な感じもします。





 生花と言ってもお花は生き物ですから枯れたりしますから細心の注意を払って活け続けなければなりません。また、これだけの規模ですと花材の手配が特に大変。いくら生花が好きといってもなかなかやれるものではありませんが、いつも頑張って飾っておられ、感心します。

本来こういう演出も料理の値段に入るものですが、寿司幸さんは料理のお値段に入れておられません。


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 最高の料理とは

  身土不二

   地産地消

山にあるものは山で

海にあるものは海で食べる

その土地で作られる食材で作った料理をその土地でたべる、

そして自然食品・自然栽培、次いで無農薬有機栽培。

今まで、世界7カ国へ何度も行き、日本各地でもその土地を代表する店で美味しい料理をいただいてきましたが、どこに行っても美味しい料理はその土地の良さを知り、その土地の食材の長所短所を把握し尽くした料理人が作られたものでした。

 

 食とはあらゆる芸術を包含した総合芸術。

味覚.嗅覚.視覚.触覚.聴覚 五感の全てを使って表現する芸術は食だけしかありません。

更にその魅力は、出来た瞬間から食べられて無へとつながり、余韻だけ残すという「時間」までも包含した至高の刹那的芸術です。

 料理は沢山の楽章をもつ交響曲

駐車場前のアプローチから演奏会場(店内)へ、 そこは様々な雰囲気、調度品があり、夫々の楽曲それぞれの楽器(食材・器)とのハーモニー。 更に料理人と演奏会場に来られたお客様まで すべてが自然に調和してこそ 初めて完成するものです。 

 例えばラーメン屋にはラーメン屋の良さがあり、どんな料理屋にもそれぞれの機微があり、美味しさへ導く様々な要素が溢れています。

 おにぎりは野山で食べるととても美味しいのに、豪華なフレンチレストランでおにぎりを食べてみても全く美味しくない。どんな料理でも環境・調度・器全てが調和してこそおいしさは膨らみます。

 これは私が普段から飲食店や、食について思い、書いていることなのですが、

 今回もいつものように、辛口で斜に構えた目で観ながら料理について書いてみたいと思います。

 …………………………

 今回は特別な会で、寿司幸さんのお店で出されているものではなく、特別コース料理「体よろこぶ発酵コース」というのを頂いてきました。

 結論から申しますと普段のメニューにない特別料理を全七品で「発酵」に留意しながら作られて、食材選びも大変だと思いますのに、美味しい料理のコースを4840円(税込)というとても安い値段で提供されていました。

 とても値段を抑えたお値打ちな料理でしたが、もう少しアレンジして、調度品、展示スペース、器をらしくされたら、約1.4倍の7000円位でもおかしくない良い料理でした。


さて、今回の特別なコースはどんなお料理が食べられるか楽しみです。


「体よろこぶ発酵コース」全七品

 ●四種の先付

 ●刺身

 ●焼き物

 ●蒸し物

 ●肉料理

 ●ご飯

 ●デザート

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それでは一品ずつ

これ以降は写真と連動した方がわかりやすいと思いますので、よろしければ 私のブログへどうぞ。

●四種の先付

・とろ湯葉 (塩麹ジュレ)、

・チーズ豆腐とゆべし 

 (中山道のおくりもの”より、たっぷりナッツのゆべしを使用)

・ホタルイカの酢味噌和え・プチトマトのワイン

・とろ湯葉 (塩麹ジュレ)

けっこう美味しい。

 欲を言えば湯葉と塩麹が色も味もよく似た感じで、同化した感触。

例えば、和芥子を塩麹に混ぜてかけてあれば、白い湯葉に黄金色の添え色が付き、味も締まるのじゃないかな。 又は、塩麹+抹茶だと湯葉の上に春の緑が乗って良いかな。

・チーズ豆腐とゆべし

柚餅子はこちらのお母さんの作品。

 中のナッツ類などがとても細かく刻んであり、味も濃すぎず、優しい舌触りの良い柚餅子でした。

・ホタルイカの酢味噌和え・プチトマトのワイン煮

器は仕切りの入ったカジュアルな白いプレート。とても使い勝手は良いと思うのですが、イメージがファミレスっぽいかな。値段を抑えた料理には良いかもしれませんが、陶器のちょっと良いお皿だったらもっと美味しく高級に見えたでしょうね。

 特に最初の一皿は、これから出るコース料理のイメージをふくらますようなお皿なら更に良かったでしょうね。

 

●刺身

・鮮魚盛り合わせ

お寿司屋さんの料理だから刺身も用意されたと思いますが、

身土不二の観点からも、恵那は山国、遠くから来られるお客様にはどうかな?山国に来てまで遠くの海の生魚を食べたいだろうか

こういう特別メニューには必要ないと思います。

地元の鯉の洗いや鮎、天魚などなら良いと思いますが、なかなか良いものを手配するのが大変。

今まで鯉の洗いが名物だというものを日本各地で食べてきましたが、泥臭さと生臭みが無いと言われてもやはり多少あり、完全に取れた素晴らしいものは日本一予約の取れないという京都花背の美山荘や、滋賀県一と言われる比良山荘など、特別のお店で経験していますが、水の素晴らしさもそうですが、生まれた時からきちんと育てるのが大変すぎますね。天魚もこれは美味しいというものになかなか出会えませんし、海の魚の方が美味しいものがあると思いますし

それより、熟鮓や、麹漬や粕漬け、それらに少し漬けておいて炙ったものや、千枚漬けに巻いたものなど何か発酵に関係するものが良いでしょう。

魚ではなく野菜だけで何か考えても面白いとお思います。

器 ターコイズブルーで海を想定されたのかな? ちょっと驚き。

 

●焼き物

・鰆の塩麹焼き

(恵那市みかさぎ麹屋様にて丁寧につくられた塩麹を使用)

これは鰆にしては素晴らしく美味しかった。

 僕は普段は鰆は食べません。割烹や寿司屋で刺身等を食べるとき、魚は何がありますかと聞いて、鰆だったら別のものをお願いしています。鰆はたんぱく過ぎるので、旨味のあるものが好きな私が食べると鰆が可哀想だからです。しかし、鰆はとても淡白であっさりとした味なので、西京焼きや、てり焼き、ムニエルなど、何か味をつけて食べるのに最適な魚で、フレンチでよく使われる舌平目の様な魚です。

 鰆はこの様に加工向きの魚で、料亭などで よく西京焼きなどで出されますが、それでも中々美味しい料理にお目にかかれません。

所が、今回の鰆は見事でした。

鰆は魚編に春で春の魚ですが、春先に多く獲れることから「春が旬の魚」を意味していますが、美味しいのは脂の乗ってくる11月12月の冬に入ってからです。

この様に時期では無いのですが、こちらでいただいた鰆は、

 鰆にしては旨みもあり、今まで数々食べた西京焼きの中では一番美味しかった。

鰆の質も良く、塩麹のレベルも良くて、絶妙の漬け時間、この組み合わせがうまく行ったのでしょうね。これは一流どころの日本料理店にも負けませんね。 お見事!

このレベルを安定して年中出されるのなら、すごい店すね。

器は料理と同系色にまとめてあり収まりは良いですね。

 

●蒸し物

・新じゃがいも饅頭 米麹あんかけ

上に緑が少しありますが、青寄せとお抹茶少々を使って餡を緑にされたらどうでしょう、白いじゃがいも饅頭の周りが緑で、春らしくなるとおもいます。

(青寄せとは日本料理の色染めで、木の芽味噌や流し物に緑色を付ける時に作ります。作り方は、ほうれん草や大根の葉などの葉だけを当り鉢で塩少々と共によくあたり、水を加えすいのう(超細かな篩)に通して青汁を取り、この汁を鍋で加熱して、浮き上がってくる青い色素を布巾にとり、布巾を丸め水で冷やしたあと水気を絞れば天然の色素ができます。私も懐石を作る時に時々作っています。)

 

●肉料理

・(恵那の三浦豚を使用した) 豚の甘酒味噌角煮

肉の感じが丁度良い柔らかさに煮てあり、美味しくいただきました。煮が足りないとこの柔らかさが出ず、煮過ぎると繊維同士が離れて食感が悪くなるのですが、上手で味も良く美味。

 

●ご飯

・握り寿司 (塩麹づけマグロ、イカの塩麹レモン、

茗荷の漬物など4貫)、赤だし

少しでも多くと4貫にされたのだと思いますが、ここは和の基本である奇数の 3貫で良いと思います。

まだ旬には早いけど茗荷があるのは嬉しいですね。

特にどこの寿司屋も魚ばかりで草もの野菜ものが中々ないので困るのですが、こちらでは付いてて良かった。

それと、旬の始まる梅雨時分に茗荷を食べると いつも ああ日本人だなっと思います。

 塩麹づけマグロは、結構美味しい。

これが、あと1mm位厚くしてもうちょっと漬ける時間を増やせば更に美味しいでしょうね。また、それをちょっと炙ればメイラード反応で旨みも広がるでしょうね。そうすると赤身より中トロあたりの方がと思いますが、それではコストがかかってしまいますから欲張りすぎかな😅

めはり寿司の様に野菜の漬物で巻いても良いね。

握り寿司のスタイルで出されたので、そうするとネタの厚さや大きさが気になります。

ネタが少し薄いので、逆にもう少し薄くして手毬ずしにしても良さそう。

またシャリを丸いおにぎり状扁平の丸型一個にしてその上にこれらのネタを放射状に並べ麹付け野菜の細切りや微塵切り、トロロでも載せたものはいかがでしょう。

カジュアルな器で美味しいお寿司が。これが長方形のかっこいいまな板皿でだされたら、これだけで2000円くらいにみえたのにもったいないですね。

 

●デザート

・手作りチーズケーキ、

甘麹と (恵那市阿部農園様にて収穫された) 苺のソース

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ごちそうさま

どれもいいお料理でした

 

発酵コースですから、最初に一口 料理へのお誘いとして、軽い発酵飲み物を出された方がコースが活きると思います。

例えば、スパークリング麹ドリンクや、スパークリング日本酒、

甘麹を漉し炭酸で割ったものにレモン一滴落としただけでも、清涼感があり、炭酸は食欲を増進させる効果もあります。

甘麹を漉して豆乳と合わせたものも簡単で良いでしょう

 料理のどこかに熟鮓(なれずし)が少しでもあると一気に発酵食品のイメージが拡大しますね。

(熟鮓の鮒鮨やクサヤ等は本当はすごく美味しいものなのですが、土産物等で売られているものに酷い臭いや酷い味のものが多く、これらを初めて食べた人が臭い臭いと敬遠し、それが口コミで広がり更、残念ですね。)

美味しい料理がたくさんありましたが、これらの器も料理とのコーディネートをちょっと変えたら一気に高級料理に見えますね。

 

 少し前こちらとは逆の経験をしました。

ある地方で、日本料理屋さんの食べ比べをしようと、数軒行き、ある日、その地方で一番と言われる日本料理屋さんへ行きました。ここは随分前はとてもよかったので時々食べに行っていたのですが、数年前に来たときは少し落ちていて、料理人が変わったのかと思いましたら、ご主人が以前のまま作られていました。人の作るものですから、味も変化するので、今回はどうかなっとお邪魔すました。
メニューは5000円7000円10000円というお任せがあり、いくら田舎とはいえ、有名日本料理屋にしてはちょっと値段が安いと思いましたが、久しぶりなので真ん中の7000円のものをお願いしました。今回も器のレベルや盛り方などはきちんと上品で流石この地方一番の日本料理屋さんです。
 所がどうした事でしょう、食べてみると、また以前より味が落ちて、格好だけは良いけどこの味は 味が濃く辛くなっていてまるで居酒屋の様。 いいとこ5000円位だねと思いました。
今回も、ご主人が料理を作っておられましたが、どうしたのでしょう、それほどの年でも無いのにせっかくの名声が……… 悲しいですね。

 

 こういう経験をしたものですから、寿司幸さんの様に料理が良くてワンランク上の評価ができたことはとても嬉しいです。

今回の料理は特別品なので、まだ食べられませんが、おそらく、数ヶ月以内には何らかの動きがあり食べられる様になると思います。

 

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ここからはどのお店にも共通することですが

 よく売れているファッション店では、毎日2回以上、自分が初めて来た客だと思い、店の外に行き店と周りを観て、そこから客動にあわせて店内に入り全てを客目線で見ながら歩いてまわりチェックしています。これが客商売の基本。

そして料理も同じで、いつも自分が初めて来た客だと思って、テーブルセッティングから、接客、盛り付けまですべてチェックし客と同じ盛り付けで同じ量を食べてみる。

これも欠かせません。ここまでしないと客の心理はわかりません。

また、レストラン等に食べにいって感じることですが、濃すぎたりくどかったり、濃い味の料理が続いたり、似た食感の料理が続いたりします。

原因は、料理人は小指のさきほど味見していますが、客はその何倍も食べるから味の濃さも感触も違います。ちょっと食べただけと一人前食べたのでは味わいが大きく変わります。多くの料理人がこれを気にせずに客に出すから、おかしくなるのですね。

 常に客になったつもりで全てを考え、料理を作り考えましょう。

とても大変な仕事ですが、やり切ったところが より 繁栄していく厳しい世界です。

 

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(注)身土不二

「人と土(環境)は一体で、人のいのちと健康は食べもので支えられ、食べものは土(環境)が育てている」という考え方

暑い国で育った野菜や果物は、そこで暮らす人にとって暑さをしのぎ体調を整えるために必要でも、寒い地方の人にとっては体を冷やし、逆に体調を崩しかねません。

人は何百年も同じ場所で生活し、何代もその環境の食物で生きてきました。地元のものをたべることは何よりも健康な体を育むのです。

染めと織の万葉慕情51

  水江の浦島の子

   1983/04/1 吉田たすく

 春の海の岬で、釣り人が糸をたれる季節になりました。先週まで竹取の翁の長歌でしたので、もう一つの長歌をおめにかけましょう。

 水江(みづのえ)の浦島子(うらしまこ)を詠む一首。伽噺(おとぎばなし)の浦島太郎のはなしが、万葉集にのっているのです。

 

 春の日の 霞める時に 墨吉(すみのえ)の

    岸に出て見れば 古のことぞ思ほゆる

 

 春の岬に出てみると、昔ばなしが思われると前書があって水江の浦島子が、カツオを釣りに出かけて鯛を釣って調子づき、七日までも家にも帰らず、海の果てを過ぎて漕いで行くうちに、海神(わだつみ)の神の娘に出逢いました。求婚して話がまとまり、契りを結びます。常世(とこ)の国に至り、わだつみの神の宮殿の奥の方の霊妙な御殿に、手を取りあって二人で入って行きました。

老いもせず、死にもしなくて永遠にいられたというのです。

 ところで、この万葉の浦島は、子供にいじめられていた亀をたすけるでもなく、亀の背中にのって行ったのでもありません。亀の話は、勧善懲悪の思想が仏教伝来で日本に入った後に着け加えられた話かも知れません。

 この話は、大陸から仏教が入る以前のおとぎ話であったのでしょうか。日本書紀では、丹波の国の話となっていますけれど、私が思うにはこの浦島は大陸から来た話ではなくて、仏教に関係ない南方諸島から黒潮にのって運ばれた話ではないでしょうか。

 

 浦島はカツオを釣りに出かけて行き、帰って来なかったのです。カツオは黒潮の魚、太平洋のかなたに女神のすむ常世の国があったのです。

「ほんのちょっとの間、家に帰って父母にこの話をして明日にでも来よう」と妻に話せば「常世の国にまた帰って逢おうと思うなら、この箱を開けないで、けっして」といって美しい箱をわたし、堅くちかったけれど、すみの元に帰った浦島は家も里も見あたらない。

「家を出て三年間に垣もなく家もなく、この箱を開けてみれば、元に戻るかもしれない」と、その美しい箱を少し開ければ、白雲箱から出て常世の方へたなびいて行きました。飛び上り、叫び、袖を振り、ころげまわってじだんだ踏んだが、たちまち失神してしまい、若い肌もしわがより、黒髪も白くなり、呼吸も絶えてあげくの果て死んでしまった、という水江の浦島の子。昔々、その島が住んでいた跡が見えるよ。

 

万葉集を読んでいると、こんな話が時々とびだして楽しいものです。

 

           (新匠工芸会会員、織物作家)

 

染めと織の万葉慕情50

  麗しき姿 (2)

   1983/03/25 吉田たすく

 

竹取の翁が、青春時代に麗しき染織品の衣服をあのように着飾って、乙女たちにもてはやされた話をして来ましたが、まだ続くのです。

 本文は紙面の都合ではぷきまして、小学館の古典文学全集の訳文を借りますが。

 春もすぎ秋になって、山辺の野原を歩いていると、懐かしいと私を思うのでしょう。 空の雲までも、ゆったり遊んでたなびいている。

 野山から帰ってみると、宮仕えの美しい乙女たちはもちろんのこと、宮仕えの高官の舎人壮士(とねりをとこ)までも、私をそっと振り返って見て、あれはどこの御曹子(おんぞうし) かしら、などといわれていたのです。

 その昔、このように華やかな私だったんだけれども、なんということだ。今日は、あなたたち九人の美しいお嬢さんにお会いして、このような昔話をしてもほんとかしらと思われているのではないのかな。

 年を取ると、情けないものですね。あなたたちにからかわれて、でもね、昔の賢い人は後の世の鑑にしようと思って、老人を送って行った車を引いて帰ったという話があるんですよ。 ばかにしないでね。

 ここで、竹取の翁の長歌は終わるのです。

 この竹取の翁の長歌に続いて、反歌があります。

 白髪し

  子らも生(お)いなば

   かくのごと

  若けむ子らに

   罵(の)らえかねめや

 白い髪が、九人のあなたたちにも生えてくる年になったなら、今、私がされているように、あなたたちはもっと若い人に罵られるにちがいないよ。

 乙女たちは翁の気持ちに依ったのでしょう。 九首の反歌が次に続きます。

 そのうちの二首

 住吉の

  岸野の榛(はり)に

   染(にほ) ふれど

  染はぬわれや

   にほいて居らむ

 翁の歌にある若かりしころに着ていた「住吉の遠里小野のま榛もちにほしし衣に」にかけて詠っています。

 そのハリの木で染めてもなかなか染まらない私だけれども、この翁の気持ちに(友達同様に)依り従うだろうか。

  否(いな)も諾(を)も

   欲しきまにまに

    赦(ゆる)すべき

   貌(かたち)は見ゆや

    われも依りなむ

 私たちがいやと言ってもはいと言っても、どちらででもこちらの思うままを受け入れてくれる翁の顔つきが見えますから、私も翁の気持ちに依り従いましょう。

 華やかな翁の青春と、今の翁のなんともやるせない気持ちを詠った歌で、この歌を読んでいますと、吾が身のよる年波をつくづく考えさせられ

てしまいます。

    (新匠工芸会会員、織物作家)

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 この項の最後に「我が身のよる年波を」と書いていますが、

父が生まれたのは大正11年(1922) 4月9日ですから、これを書いたのは61歳の時。それほどの歳ではないと思いますが、亡くなったのが昭和62(1987)年7月3日 65歳ですから、記述してから4年後なので、もしかしたら何か感ずるものがあったかもしれません。

 …………………………

 父が新聞に毎週一度2年にわたって連載した「染めと織の万葉慕情」全100回も、ようやく半分の50回。

 古い新聞のコピーを判読し一部補足を交え、間違いを訂正し投稿してきましたが、4500もある万葉集の歌の中から見つけ出してこれを書いて行った凄さに感心しながら、万葉集は数歌見た位の何も知らない私が、父のおかげでほんの隅っこだけでも触れる事ができて良い勉強です。

  去りてなお

    親に庇護さる

       ありがたさ

 

 

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『染と織の万葉慕情』は、私の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982年(昭和57年)4月16日から 1984年(昭和59年)3月30日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。

 これは新聞の切り抜きしか残されていず、古いもので読みづらい部分もあり、一部解説や余話を交えながら私が読み解いていきます。

 尚このシリーズのバックナンバーはアメーバの私のブログ 「food 風土」の中のテーマ『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、そちらをご覧ください。

https://ameblo.jp/foo-do/

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吉田 たすく(大正11年(1922年)4月9日 - 昭和62年(1987年)7月3日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。

風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい入門書として『紬と絣の技法入門』を刊行する。

東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。

代表的作品は倉吉博物館に展示されているタピストゥリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士

 尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいます。

吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく