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自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

京都嵐山は紅葉真っ盛り、紅葉より人の方が多いと感じさせる混みっぷりですが、何十回も京都に来ている身とすれば、そういう時でも混雑を避けて紅葉を眺められる場所へいきますが、今年一番の艶やかな紅葉を楽しみ、同じく艶やかな上村松園の美人画を福田美術館で楽しみました。

 福田美術館は、渡月橋が最も美しく見えるロケーションで、「誰もが感動できる」日本画の美術館

所蔵品は琳派、円山応挙・長澤蘆雪などの円山四条派、伊藤若冲や与謝蕪村、近代は竹内栖鳳や上村松園といった京都画壇や横山大観など幅広い時代の有名画家を網羅した日本画のコレクションです。

 

福田美術館

上村松園と美人画の軌跡

 2025.10.11~2026.1.18

上村松園生誕150年を記念して、当館の所蔵品から、松園をはじめとする作家たちの美しく麗しい美人画コレクションの数々を展示。松園が生み出した、近代の美人画というジャンルがたどってきた軌跡をご覧ください。

 

 江戸時代の肉筆浮世絵から、松園の活躍に惹かれて同じ道に進んだ池田蕉園、島成園、伊藤小坡等女性画家たち、鏑木清方、伊東深水、大林千萬樹、門井掬水、甲斐荘楠音、岡本神草、一部洋画の岸田劉生、岡田三郎助、小磯良平、東郷青児等、明治・大正・昭和を代表する洋画家たちの競演もたのしめます。

過去にも様々な日本画家を見ていますが、鏑木清方も良いですが、美人画は何度見ても誰よりも松園がいちばんですね。

 

紅葉を満喫し、松園の美人画を閉館時間まで堪能し、日も暮れました。

さて、徒歩1分。

京料理の名店と評される「たん熊北店」の「嵐山熊彦」で、本日の美の世界は終演です。

宝厳院で紅葉を愛でながらゆったりとお抹茶をいただき、保津川から桂川に名前を変えた嵐山河畔を450m徒歩7分 磨き上げた漆黒の座卓を鏡に見立てた紅葉が見事な嵐山祐斎亭へ。

「嵐山祐斎亭」は、約800年前に造営された後嵯峨・亀山上皇の離宮、亀山殿跡に立地する築150年の明治期の建造物で、元々は料理旅館「千鳥」という、京都の舞妓、芸妓憧れの地であり、ノーベル文学賞を受賞した文豪・川端康成が逗留し「山の音」を執筆した場所としても知られています。

 祐斎亭のある京都・嵐山は、平安時代より風光明媚な景勝地として知られ、源氏物語の舞台となりました。当時の貴族はこの地に別荘を構え、船遊びをして、美しい四季の移り変わりを楽しみ歌に詠まれ、そこから小倉百人一首も生まれました。

 祐斎亭の丸窓から眺める桂川は今も翡翠色に輝き、訪れるあなたを1200年前の世界へ誘います。

 切り取られたような角障子、まる障子からみる紅葉も美しく、磨き上げた漆に映る紅葉も見事。水鏡の紅葉も艶やかで、高台の建物から紅葉越しに見下ろす桂川もどれも素晴らしかった。

 ここは他のところと違い、少人数の限定の30分ごとの入場で、各部屋5分ごとに移動して観て行きます。ちょっと忙しそうですが、部屋の中からなので、それほど感じません。

しっかり堪能させていただきました。

 さて次は美人画でいちばん上手いと思いますし、いちばん好きな日本一の上村松園展を観に徒歩9分600m 福田美術館へ。

 大河内山荘を出て保津川方面に降りて行き、1.5km徒歩20分 鴨を眺め、保津川下りの船を横に見て河畔から少し入ったところの宝厳院(ほうごんいん)へ。

臨済宗大本山天龍寺の塔頭寺院のひとつで、春秋に特別公開されるお寺。

 夢窓国師の法孫、策彦禅師の作といわれる「獅子吼(ししく)の庭」は、嵐山を借景とした回遊式庭園である。庭園内にある「獅子岩」といわれる大きな岩は、眺めていると獅子の姿のように見えるとか。初夏の新緑と秋の紅葉名所として知られ、江戸時代の名所名園案内記『都林泉名勝図会』でも紹介された名庭である。

ここも紅葉で有名なので、少し混みます。

 紅葉を愛でながらゆったりとお抹茶をいただきました。

次は徒歩7分450m漆塗りの座卓を鏡に見立てた紅葉が見事な嵐山祐斎亭へ。

鹿王院を出て1.2km 約18分歩き超有名な嵐山竹林の小径経由で

大河内山荘へ。

 

さすが竹林の小径。すごい人。

 しかし、ここを通るのが最短。

竹林の小径の突き当たりに大河内山荘はあります。

でもね、渡月橋にも近く、竹林の奥、大河内山荘の入り口近くまで観光客は来ているのに、何故かいつも大河内山荘内はそんなに混まないんです。

 おかげで、ゆったりと静かな京の庭園を歩きたいときは時々お邪魔しています。

 

小倉山

 峰のもみぢ葉

    心あらば

 

  今ひとたびの

   みゆき待たなむ

 

百人一首でもお馴染みの小倉山の南面2万㎡の斜面を敷地に持つ雄大な「大河内山荘庭園」。

 

昭和の時代劇 大俳優・大河内傳次郎が34歳から手がけ始め、64歳で亡くなるまで30年の歳月を費やして自ら造り続けた別荘庭園

 比叡山や東山三十六峰、 双ヶ岡、 嵐山、 保津峡を随所から眺めることができ、 その雄大な景色に魅せられたという。

 嵯峨野の竹林の小径を抜けていくと、入り口の大きな黒い門に到着する。 園内は回遊式庭園で、 植栽の合間に石灯籠が立っている。順路を進むと、寝殿造書院造・数寄屋造を融合した大乗閣、 持仏堂、 草庵風の茶室 滴水庵、 そして山の頂上近くの月香亭へたどり着く。 ここは非常に見晴らしがよく、 しばらく座って眺めていたくなるほど。 最後は大河内傳次郎の資料館へ。 パネル展示があり、 往時の姿を見ることができます。

 

小倉山

 

今回の大河内山荘は紅葉が本当に美しく、観光客も少なく、今年いちばんの美しさでした。おそらく、いちばんゆったりと紅葉を堪能できる京都でもいちばんの場所でしょう。 これだから数年に一度はここに来たくなります。

 

大河内山荘を出て保津川方面に降りて行き、1.5km徒歩20分河原から少し入ったところの宝厳院(ほうごんいん)へ。

京都での2025.11.28(金)は、普段からインバウンドと日本の観光客でごった返す嵐山ですが、紅葉の季節は最高潮。さらに、行ったのは紅葉が最高の金曜日。

 それでもどんなに観光客が多くても、ちゃんと穴場があり、いつもゆったりと紅葉は楽しめます。

 今回は一日中嵐山を歩いて紅葉と上村松園の美人画と懐石料理の1日です。

京都駅からJRで11分嵯峨嵐山駅で下車。

 徒歩500m7分で、覚雄山・鹿王院

 鹿王院は臨済宗の単立寺院で、康暦2年(1380年)に3代将軍足利義満が創立。「鹿王院」の名は、建立の際、野鹿の群れが現れたことによると伝えられます。

 この舎利殿庭園は、築山を築いたり、池を掘ったりせずに、もともとの平らな地面を利用して作った平庭形式で、地形的な変化は少なく、閑静な雰囲気が醸し出されています。

舎利殿を中心に、立石や横石が据えられ、白砂敷の地面にはコケが一面に広がり石組の近くには樹形の整えられた常緑の高木や刈り込みが配されています。初夏には沙羅双樹(ナツツバキ)の白い花が、秋にはモミジの紅葉が平庭一面のコケ敷の緑に映え、客殿側から眺めると、遠方の嵐山を背景に、舎利殿、昭堂などの伽藍の屋根とモッコクなどの樹形が重なって、非常に奥行き深い景観をつくっています。

鹿王院

京都市右京区嵯峨北堀町24

9時~午後5時(無休)

 

次は鹿王院を出て1.2km 約18分歩き超有名な嵐山竹林の小径経由で

和歌に出てくる小倉山にある 紅葉に囲まれた広大な庭園の大河内山荘へ。

 

叡山電車「もみじのトンネル紅葉ライトアップ」
 
フレンチディナーを堪能した後、
 外は 寒い でも、帰りの叡山電車の駅で、まだこの時間なら走る電車の中でライトアップの紅葉のトンネルが見られるというので、帰路とは逆の鞍馬方面へ乗って市原駅~二ノ瀬駅間の約250メートルが「もみじのトンネル紅葉ライトアップ」で、
明かりを消した列車内から幻想的に照らし出された紅葉を観ました。
 
21時過ぎに終了なので、間に合うように急いで電車へ。
 紅葉のトンネル近くになるとスピードを落として徐行してくれます。
最前面 運転手のすぐ後ろで観ながらビデオ撮影。

 

ゆっくり紅葉を楽しんだ最初の駅 二ノ瀬駅で降りて
反対ホームへ周り、
 寒風のホームで帰りの電車を待ち またライトアップの紅葉のトンネルを観ながら戻りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終点 出町柳駅到着は22時近く。
 
登りも下りもほんの数分ですがとても良かったです。

叡山電鉄の元田中駅から徒歩3分

 

グリーンを基調としたシンプルな外観

 店内もシンプルなイメージに所々お花や野の植物を飾り 落ち着いた感じ

 

ラ・パール・デューは京都の地で取れる素材をベースに、

フランスを感じさせる調理法で、食事の楽しい 時間を過ごせるレストラン

(普通の量のコース料理ですと、メイン料理に行き着くまでに満腹になってしまい、満腹になると美味しいものでも、それほどでもなくなり、せっかくのメイン料理がどうでも良い料理になってしまい料理が可哀想なので)

 いつも予約の時に

「少食なので、できるものだけで結構ですから

      少しづつ軽めに出していただければ嬉しいです」とお願いしています。

 

 

まず スパークリングワイン

 ロワール産

一日中歩いていたから喉が渇いていてすごく美味しい

⚫︎アミューズブーシュ

 赤い柿の葉や紅葉に囲まれ

 秋の想いの一口のお楽しみ

カリフラワーのムース 蟹 黒枝豆

 

⚫︎スペシャリテの花冠〜 自然からの恵み〜

~70種の花・野菜・野草・ツブ貝・ブリ・イカ~

オーガニック野菜と様々な花が入ったサラダ

 野草や花の香りがさまざまミックスされ結構美味しい

野草、野菜等の香りがさまざまミックスされ結構美味しい

かかっているソースも花や野菜を生かして主張しすぎず、でも、美味しい これがとても良いバランスで素晴らしいんです。

 

白ワイン

 ブルゴーニュ アリゴテ 

 

⚫︎足赤海老 カブラの三時間ロースト

焦がしバター  レモンの泡。。。

レモンの泡がうまく生きていていい感じ

 

⚫︎柚子味噌 鰆 ホッキ貝

白味噌に柚を入れて更に伸ばし鰆とホッキ貝のボイルが乗っているが、見栄えはそれほどよくはないが、柚子白味噌がうまくおいしさを出している

 

⚫︎ターキーッシュな色の更にオレンジピンクのソース ちょっと小ぶりでいい感じのセッティング

 オマール海老 人参

  人参と生姜を使ったソース

    美味しいね

 

オレンジワイン

 

⚫︎メイン

佐賀牛ヒレ  ほうれん草の根

 どこかの固有種のずいぶん長い根のほうれん草

 

 佐賀牛のヒレも美味しいけど、ほうれん草の根がとても甘くいい味を出している

 

 

⚫︎デセール

カシスモンブラン

黒文字と数珠玉のお茶

どの料理も派手さはないが優しい味わい。

これで12000円

値段もリーズナブルで、ゆったりと気兼ねなく料理を楽しみたい方に良いですね。

近くにあれば毎週来るだろうと思わせる

いいレストランでした。

さて、外は 寒い でも、叡山電車の駅で、まだこの時間なら走る電車の中でライトアップの紅葉のトンネルが見られるというので、帰路とは逆の鞍馬方面へ

●La Part Dieu

京都府京都市左京区田中里ノ前町59

075-711-7643

 紅葉真っ盛りの京。紅葉より観光客の方が多い様な永観堂には寄らず前を通り過ぎ5分 泉屋博古館(せんおくはくこかん)へ。

 南禅寺等にも近く、結構便利なところにありながら いつ行っても見学者が少なく、住友財閥収集の、今から3000年以上前の殷時代の世界有数と名高い中国青銅器がゆったりと観られる素晴らしい美術館です。

広い敷地に紅葉も美しい美術館

 泉屋博古館

  ブロンズギャラリー 中国青銅器の時代

特集展示「殷周青銅器 解体新書」

 2025年9月27日(土)~ 12月14日(日)

 

 

リーフレットより

模と範が生み出す青銅芸術──いまから約三千年前の殷周時代、古代の工人たちのイマジネーションと超絶技巧によって生み出された青銅器の数々は、美術工芸の「模範」としてのちの時代に大きな影響をおよぼしてきました。今年、約半世紀ぶりのリニューアルを迎えた泉屋博古館では、世界最高峰とも称される住友コレクションの青銅器を、新しくなったブロンズギャラリーにて一挙に公開。動物をかたどったユーモラスで愛らしいものから、金属ならではの厳しくも優美なる造形まで、中国古代の青銅芸術を存分にお楽しみいただけます。秋季は殷周青銅器の鋳造技術にせまる特集展示を公開。奥深き殷周青銅器の世界へとみなさまをご案内いたします。

 【特集展示】殷周青銅器 解体新書 複雑繊細な殷周青銅器の造形は、いったいどのような技術によって生み出されたのか。その謎に、当時の鋳型づくりの角度からせまっていきます。台湾中央研究院歴史語言研究所、芦屋釜の里との共同研究にもとづく成果を一挙に公開。

 …………………………

 

 

泉屋博古館

京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町24 075-771-6411

 

 

 夕の空

  満月写し

    銀の峰

 

  静かに眠る

   中央アルプス

 

 

 寒風に

  満月照らす

   野球場

 

 

2025/12/05は見事な満月でした

京都市京セラ美術館

 特別展「民藝誕生100年—京都が紡いだ日常の美」

  2025年9月13日~12月7日まで

 

 本来は、展覧会が始まった9月にすぐに行こうと思いましたが、京都はまだ熱帯のような気温ですから、京都市内の紅葉が一番綺麗なときと合わせていこうとして、終盤になってしまいました。

 

 「民藝」は、柳宗悦が京都に移り住み10年近く過ごす間、河井寛次郎や濱田庄司ら民藝の関係者と、京都の人々の交わりもあり1925年「民衆的なる工芸=民藝」として生まれました。

「民藝」の歩みは、大正、昭和へと社会が近代化する中で、人々の衣食住の概念を変革させていくものであり、その活動は大きなうねりとなって、日本そして世界へと広がっていきます。

 

 私は子供の頃から民藝関連の展覧会にもよく行っていますが、2025年は民藝誕生100年ということで、昨年から今年にかけては日本各地多くの場所で民藝の展覧会がたくさん催されています。

 多くの民藝展では超有名な柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司、棟方志功、芹沢銈介等が中心ですが、今回の展覧会は、もう少し幅広く京都をベースに「上加茂民藝協団」で活動した黒田辰秋(木工)、青田五良(染織)、青田七良(金工)、鈴木実(染織)の作品や「民藝館」「三國荘」のために制作された河井寬次郎、濱田庄司、バーナード・リーチらの工芸作品。京菓子の鍵善良房、牛肉水炊きの祇園十二段家、山口書店、民藝の建築を推し進めた上田恒次など、京都における民藝運動の推進者や支援者をめぐる作品や資料などとあわせ、京都と民藝との関わりを総合的に紹介しています。

 また、日本統治下の朝鮮で柳宗悦に民藝運動へのきっかけを作った浅川伯教 巧にも軽く触れていますし、吉田璋也や文筆面で民藝を広めた式場隆三郎も紹介しています。

吉田璋也は多くの民藝展覧会でも新民藝の開拓者としてよく出てきますが、式場隆三郎が取り上げられることはあまりなく、民藝に関係した人たちを幅広く扱っているとてもすばらしく良い展覧会でした。

 

 

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 (この展覧会では直接触れられていませんが、皆さんは「民藝樹」というのをご存知でしょうか。

これは、民藝運動を実践させるための三本の柱、「美術館・出版・流通」を明示したもので、『月刊民藝』の創刊号(1939年発行)から掲げられている図です。

 「美術館」は工芸品の蒐集展示を行う「日本民藝館」。

 「出版」は機関誌『工藝』『月刊民藝』、その他の書籍を編集・発行する「日本民藝協会」。

 「流通」は個人作家や全国の民藝品を販売する「たくみ工藝店」を表しています。

「出版」では式場隆三郎が自ら昭和十四年に「月刊民藝」を創刊し、これにより一気に全国に民芸運動が普及しました。

「流通」では、古い民芸品の掘り返しではなく、鳥取の吉田璋也が、鳥取民芸館を作ると同時に「新民芸運動」としてディレクターとなり名もなき工人に自費でデザインや仕様等の指導をするとともに、彼らの作品を販売する場として、「たくみ工藝店」を鳥取で開店し、東京銀座にもつくり、これに刺激され全国に民芸店ができていきます。

 吉田璋也と式場隆三郎の二人は大正六年現・新潟大学医学部に入学した同級生で、白樺派に傾倒して文芸誌 「アダム」を刊行。武者小路実篤講演会などの活動を展開し、同九年我孫子に柳宗悦らを訪ね、これが機縁となって二人は柳を生涯師として慕うことになります。

 「新潟大学医学部を出て、二人は医者にはなったが、式場はその余暇に文学をやるといい、吉田は工芸に興味を持つようになって、互いに医者ではありながら民藝に関わっていきます。昭和十三年吉田が軍医として北支戦線に応召する際「東京の「たくみ工芸店」の世話をよく頼むと」言うと、式場は「躊躇していた私も決心がついた」「自分に出来る援助は文筆による宣伝よりないといって」 昭和十四年「月刊民藝」を創刊します。吉田は「これが彼の民藝運動に本格的に巻き込まれる奇縁ともなった」とし、「この雑誌は・ 民芸運動を普遍化して、今日の民芸ブームを生む素因を造った大きな一つとも言えます」

 文による式場隆三郎の「月刊民藝」 物による吉田璋也の「新民芸運動」と「たくみ工芸店」これら両翼があることにより、民芸運動は更に広まり、現代に続く確固たる位置に存在するといえます。

吉田璋也は、倉吉市の医師で現代彫刻家であった私の伯父伊藤宝城と私の父とも懇意であり共に民芸運動に参加していますし、鳥取たくみ工藝店で父の作品も販売していました。

 式場隆三郎は民藝と関わりながら、その後、精神科医士とし児童養護施設の八幡学院で、児童の山下清の隠れた才能を発見し、芸術家山下清を育てました。

京都市京セラ美術館

 特別展「民藝誕生100年—京都が紡いだ日常の美」

  2025年9月13日~12月7日まで

会期はあと数日ですが、ぜひお出かけください。