令和7年度第68回恵那市文化祭
華道展 11月8、9日
今年も出品させていただきました。
花材
紅葉
ローゼル(ハイビスカスの実)
カーネーション
ヤツデ
ピンクッション
拙作 鎬(しのぎ)大花器で活けさせていただきました。
拙い腕ですが
いかがでしょうか
山梨県立美術館 2025.10.25
生誕100年 山下清展-百年目の大回想
2025年9月20日(土)~11月24日
私が幼少の頃、毎日遊びに行き、可愛がってもらっていた伯父の家に山下清が来て、作品も作っていますし、私の実家の玄関には山下の代表的な作品の花火の貼絵も飾ってあり、子供の頃から山下清の作品はとても身近に感じていました。
その山下清の生誕100年展があるというので甲府まで行きました。
今回の展覧会は代表的な花火や鉄道、富士山等の貼絵の作品だけではなく、幼少期の鉛筆画から晩年までの貼絵、油彩、水彩画、ペン画、陶磁器の絵付けなど約190点を展示し山下芸術の豊かさ、奥深さを紹介し山下清の人物像にも迫っていました。
10歳頃の絵にはもう美的感覚が観えていて、まるで熊谷守一の絵の様な作品もあり、15、6歳ではすごく緻密でありながら構図の取り方、描写力の素晴らしさが溢れかえっています。
学園を勝手に飛び出し、日本各地を自由気ままに旅する生活を好んだ清ですが、驚異的な記憶力を持っており、スケッチやメモを取らずとも、旅先で見た風景を細部まで正確に思い出し。旅から戻ると、高い集中力で、手で細かくちぎった紙片を緻密に貼り合わせ、超絶技巧の貼絵を制作しました。そこに見られる丁寧な細部描写と豊かな色調という魅力は、油彩やペン画、水彩画など他の作品にもよく表れています。
油性マジックは一度書くと書き直しができませんが、見事に緻密な点描を書いています。
貼り絵はあまりにも細かい1mmほどにちぎった紙を重ねて貼り合わせ、その緻密さ正確さには驚くばかり。
生涯に油彩画は10数点しか書いていないのですが、ヨーロッパへ行った時の油彩の点描は、緻密な貼り絵の技術が生かされておりとても見事。
今回の時系列を追うこの会は、山下清の新しい面の発見もたくさんありとても充実した展覧会でした。
貼り絵は一般的な絵とは異なり、重ねて貼っていくので微妙な立体が場所によっては高く低くなっていますから、 写真ではこの実物の良さが全くわかりません。
是非、本物を鑑賞してその良さを確認してくださいね。
少し残念だったのは、山下清という子供の芸術的才能を見つけ、苦労して導き続け開花させた式場隆三郎(清の文に出てくる「先生」)について、何ら触れられていないことです。
式場隆三郎は新潟大医学部で親友の吉田翔也と共に、柳宗悦の民芸運動最初期に加わり、その後、雑誌民藝の創刊から携わっているが、山下清が世界的芸術家になれたのも式場隆三郎の苦労あってのもので、更に日本各地の民芸運動の仲間たちの協力も大きかったとおもわれます。
その一例ですが、
1956年8月、34歳の山下清は、彼を指導した式場隆三郎に連れられ、吉田璋也の招きで鳥取の牛ノ戸焼を訪問し、その後、倉吉市の知的障害児施設・皆成学院を訪問し、「裸の大将」として多くの人々に歓迎されました。
皆成学院は児童の教育に陶芸を取り入れており、大きな登り窯建設や陶芸指導には、美術教諭で染織家の吉田たすく(私の父)が関わり、学院の学校医は彫刻家でもある伊藤宝城(筆者の伯父)でした。
二人は吉田璋也とも親しく、山下清の訪問を提案したのはこの兄弟だったのではないかと考えられます。
山下清は倉吉滞在中、伊藤宝城の家を訪れ、そこで作品を制作していますが、その場所は伊藤病院の一室で、私が子どもの頃に遊んだ思い出の部屋でもありました。
(この展覧会は、残念ながらすべて撮影禁止でしたので、ネットにあったものから引用し、モノクロ写真は伯父の家で創作する山下清と伯父です)
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山梨県立美術館
生誕100年 山下清展-百年目の大回想
2025年9月20日(土)~11月24日
民藝好きの人なら誰でも知っている超有名店。
長野県松本の喫茶を併設した民藝旅館『まるも』
大学生の頃、松本民芸館へ行った時に泊まりたくて、初めて泊まり、また半世紀ぶりに泊まってきました。
旅館まるもは、時代がまさに江戸から明治へと移り変わる慶応4年(1868年)に創立、現在の建物は明治21年建築。築130年の古い建物 白壁に黒々とした木の面格子が映える風情あるたたずまい。木造三階建の旅館は、旅館というより昔ながらの旅籠の雰囲気。家具は松本民藝家具。できる限り「そのまま」を残していて、昔の日本らしい宿泊ができる貴重な宿。部屋は8部屋で、大人気でなかなか予約が取れません。
昨年も先月も泊まりたい日には予約がとれず、今回ようやくタイミングよく取れました。
昔は夕食で民藝の器に郷土料理が食べられましたが、現代は朝食付きか素泊まりのみ。料金は1万円くらい。
普段朝食は全く取らないのですが、まるもの素朴な朝食は人気が高く、今回は朝食付きでお願いしました。

女鳥羽川沿いにある昔ながらの白壁に海鼠塀の洒落た宿
館内は半世紀前にお邪魔した時にタイムスリップした様に何も変わらず
昔のまま 中庭を囲って廊下があり落ち着いた雰囲気で松本民藝家具を使い、ポイント的に民藝創始者の柳宗悦や、バーナードリーチ、濱田庄司、などの作品がかけられています。

夕食は、まるもから女鳥羽川沿いを歩いて7分。
ここも予約がまず取れないが、うまくとれた長野県で一番好きな店、『蕎麦と料理 滿(mitsu)』で、素晴らしい食事をいただき、
さて、翌日
日本らしい朝ごはん。

お漬物、煮物、お味噌汁も美味しく
どれもちょうど良い感じの味付けです。
あれ! このお皿やお茶碗。 特徴のある装飾技法。
宿泊費が1万円位で宿泊者皆が食べる普通の朝食なのに。使うだろうか?
なぜ? まさか。
でもこの器の模様は間違いない。

どう見てもその器は成形した陶土を半乾きの状態の時に、縄文人のように組紐を転がして縄目のくぼみを作り模様を入れるこの装飾技法。
人間国宝 島岡達三の代表的装飾技法の縄文象嵌(じょうもんぞうがん)皿とお茶碗です。
少し象嵌の模様が単純で深みが浅いので、念の為、器の底を確認してみると、


やはり、なるほど。
島岡達三特有の陶印がありません。
島岡は、初期の象嵌の模様は浅く、銘も入れていないので、1950年代位だと予想ができました。
島岡達三は東京工業大学で柳宗悦・浜田庄司ら民藝運動の思想に共鳴し、戦後、栃木県益子で濱田庄司の下で制作を始め(1946年)ます。
河井寛次郎と濱田庄司は民芸運動開始の後は『作家ではなく、一陶工にすぎない』と生涯、作品に銘を入れていませんが、島岡もそれに倣って、陶印はつけませんでした。しかし、その後、縄文象嵌技法を確立するころから、銘を入れるようになります。
寛次郎の縁戚以外の直弟子で、生涯銘を入れなかったのは、唯一、生田和孝です。
生田さんは私の父の高校の頃からの親友で、河井寛次郎のところで修行した後、丹波で作陶をして、戦後の丹波焼再興の3人の祖の一人ですが、個展をした時に売れ残った皿や器などをよく父の元へ送っていただいていたので、私達家族は毎日の食事は生田さんの様々な器で食べていました。温かみのある良いお茶碗達でした。
さて、まるも旅館の朝食のですが、普通の朝食に他の器と共に人間国宝の器を使うとは。
民藝の本筋をちゃんと理解されていて、すごく嬉しかった。
器は無名有名の多くの職工が、無心で心地よく使って欲しいと生み出してきたもの。
使われるために生まれてきたものです。器も生きています。どんなものでも飾って死蔵するものではない。
使ってあげることにより、器も生きて時代がつき、良い味わいの器となっていきます。
私も、器も生きもの、器への感謝の気持ちで河井寛次郎や濱田庄司、バーナード・リーチ、島岡達三などの器も飾りながら、他の雑器と同じように料理に使っていますが、使うことでさらに愛着が増しますね。
まるもさんは、島岡達三の器が戸棚の奥にしまわれていたのを見つけて、人間国宝だし、飾ろうかどうしようか迷われて、使ってあげることが一番器のためだと、最近使われるようになったそうです。
食べログなどに投稿されているまるも旅館の食事の器を見ると、この島岡達三の写真はまだ載っていませんから、直近に始められたのでしょうね。 とても素晴らしいと思いますし、何よりもこういう心で使われていることが、本当に嬉しかった。
(写真の最後は私が使っている島岡達三の 柿釉緑釉 縄文象嵌皿と、三色赤絵角皿で、これも料理に使用しています)

今回もまた
楽しさを
心の機に織り込ませていただきました。
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まるも旅館
長野県松本市中央3-3-10
0263-32-0115
子供の頃から日本人はどこから来たのかちょっと興味がありましたが、南、ニューギニア方面から、西は上海や朝鮮経由の西ルート、北は樺太からの北ルートの三方向から人々が渡来しています。
縄文時代以前から黒潮に乗って南方系の人々が、縄文晩期から弥生時代には西方系の影響が強まったと考えられます。
沖縄やアイヌの人々は共通して眉や髭が濃く目や口の大きい特徴をもっていますが、日本武尊の日本各地への遠征や出雲族の国譲りのように、本州中心に上海や朝鮮経由の人々(弥生系)が増えていくに従い縄文人は混血しながらも沖縄や南九州と東北北海道というように南と北と分かれて移動しているようです。近年のDNA鑑定でも裏付けられるように縄文人のDNAが本州人より多く残っています。
ニューギニア人も眉や髭が濃く目や口の大きく、特徴も似ていることから、南方ルートとのつながりを示唆するものであり、こうした古代の交流を土器や出土品など生活の痕跡からも知りたいと考えていたところ、まさにそれをテーマにした展覧会が山梨県立考古博物館で開催されました。
これは絶好の機会!
見なければ!と、行ってきました。
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⚫︎山梨県立考古博物館
第42回特別展
【日本・パプアニューギニア国交樹立50周年】
PAPUA × JOMON
縄文文化の謎を考える―パプアニューギニアの民族誌一
9月27日~12月7日
リーフレットより
南太平洋に位置するパプアニューギニアは、オセアニア州に属する一万近くの島々で成り立つ広大な島国で、 熱帯雨林や火山といった、 厳しくも多彩な自然環境が織りなす独自の文化で知られています。中でも「プリミティブ・アート(部族芸術)」と総称されるPNG (パプアニューギニア) アートには、800を超える部族の歴史と信仰が刻まれており、アフリカン・アートや日本の縄文文化を彷彿とさせるような躍動感あふれる美しいデザインが今なお息づいています。 本展では、 早稲田大学考古学研究室が長きに渡り調査・研究してきたパプアニューギニアの民俗資料とともに、多種多様な日本の縄文資料を比較紹介することで、遠く離れた両地域における儀礼や精神文化の共通性を探りながら、縄文文化を新たな視点から深掘りします。
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今回の展覧会、ニューギニアの縄文の土器を見て回りますと、形や線刻等類似したものやそっくりなものもあり、何千年前は同じ民族だったのかなとも思える作品もあり参考になり、良い展覧会でした。
ただ山梨県は縄文土器の出土が多く、出品もニューギニアよりとても多く、ニューギニアのものがまだちょっと物足りない。
もっと資料を揃え、数千年前からの対比等をやりながら近現代まで、更に大々的な展覧会をどこかでやって欲しいと思います。
山梨県立考古博物館
山梨県甲府市下曽根町923
山梨県立美術館の山下清生誕100年展と5つの美術館を観て、拘りの蕎麦を食べる旅。
全国の蕎麦屋400軒ほど行っていますが、山梨県の蕎麦屋はまだ数軒しか行けてなくて、SNSで甲府市の手打蕎麦屋を検索。
どの検索も筆頭に出ていて山梨県一とか絶品等書かれているのが「専心庵」。更に有名な蕎麦通のT氏のHPでも、もう1人蕎麦ブロガーT女氏も2023年に行かれてベタ褒めされていたから、これなら間違いないだろう、もしかしたらとても素晴らしい蕎麦が食べられるかもと、ワクワクして行ってみました。
甲府の住宅街の中にありました。
開店時はすごく混み早々に売り切れる等書かれていたが、オープン10分前にきたら一番で入れた。
座敷に上がると大きな陶器製スピーカーや変わったオブジェ、壺、花器などが飾られていた。
これも使用している食器も全て専心庵 陶工房一意さんの手作りとのこと。
「食器は料理の着物である」という魯山人の有名な言葉があり、
自分の料理を自作の器で供する。 これぞ作るものにとっては真骨頂で、私も下手な器で蕎麦懐石をやっていますが、さてその器は料理の着物になっているでしょうか。
蕎麦の種類は5種類あり
それぞれ特徴がある5種類が食べられる様に下記の2種類注文。
鴨汁1540円
(二八蕎麦)
四種類の十割そばの食べ比べ 2200円
(粗びき蕎麦、韃靼そば、生粉蕎麦、くろきこ蕎麦)
鴨汁 (二八蕎麦)
いつもの如く、何もつけないで味わいを楽しみ、塩で楽しみ、あとで鴨汁。
少し黄みがかった新蕎麦風の色。細打ちで甘みもあり結構美味しい蕎麦。
これなら後の4種類も期待できそうだ。
鴨汁は甘すぎず結構おいしい。
次は四種類の十割そば。
1.粗びき蕎麦
上村下栗産の手狩り天日干しの、今日では入手し難い貴重な玄そばを、小さい石うすで荒い粉を、大きな石うすで細かい粉をつながる程度に調整して十割そばにしました。石うす引きにして17メッシュでふるっています。と書かれていた。
(上村下栗は、過去に3度ほど行ったことがあるが、長野県飯田市の標高1000mの谷川沿いの日本のチベットとも呼ばれるすごい場所であまりにも急斜面なので、米作りができず民家やそば畑、茶畑がへばりつくように広がる山岳地区で、特に下栗産のそばは霧下そばと呼ばれ珍重されている。)
これは旨いだろうと思わせるどっしりと存在感のある超太打ちの蕎麦だが、ちょっと赤い。
超々粗挽きを出す店でも蕎麦粉の粒子は20メッシュが最大だが、更に粗い17メッシュだとはすごい。
(一般の粗挽き蕎麦は30~40メッシュで粒子は約0.5mm位だが、20メッシュ=0.841mm 17メッシュ=1.08mm と、倍くらいに大きくなる)
挽きぐるみで17メッシュだったら、粗すぎてプロでも繋ぐのは難しいが、こちらのお店は超粗挽きに、十割の微粉を使ってつなぎにしているので、うまくつながっている。
鬼皮の黒っぽい中に1mmほどの大きな白い星が入った存在感十分な美味しそうな感じだが。
そば特有の芳しさが蕎麦を持ち上げるとくるものだが、来ずに微かにひね香 ひね味を感じる。
丸抜きでなく鬼皮を入れた黒蕎麦なのでこの香りと味は時間の経過とともに出やすく、色も微かに赤みがあるので、打ってから常温で1日位、冷蔵庫で2日くらい寝かせたのかなっ、それとも玄そばを常温で保存してあるのかなとも思う。
これがこちらのお店の好みなのだろうが、僕の好みは癖が出る少し前なのですが、これもまた面白い。
超粗挽き蕎麦は何もつけずそのまま食べると噛めば噛むほど旨みがじわーっと出てくるもので、塩だけ添えてもその旨味で美味しく、蕎麦つゆはあまり使ったことがないが、この蕎麦は癖が出ているので蕎麦つゆにくぐらせてたべた。
2.韃靼そば
あれ? ダッタンそばらしい独特の苦味がない。
青臭い苦味というかその独特の味で食べさせる蕎麦なのに、なんか普通の蕎麦っぽいと思ったら十割そばだが、ダッタン蕎麦粉としろい生粉蕎麦の粉をブレンドして韃靼そばの苦さを調整しています と書かれていた。
(生粉蕎麦とは十割蕎麦のことです)
3.生粉蕎麦
北海道産あるいは十日町産の、黒い鬼皮を取り除いた抜き蕎麦
十割の細打ち
40メッシュ位の切り幅1.8mm位
4.くろきこ蕎麦
馬頭産の玄そば十割細打ち
30~40メッシュの20本打ち(1.5mm幅)位
食べ終わって、
結局鴨汁の二八蕎麦が一番美味しかった。
どれも美味しくて良いけど、遠方から特別に食べに行くというより、近場にあれば度々食べに来るだろうという感じのお店でした。
あんなに褒められていた店なので、今回たまたま私のものだけがどこか違っていたのかもしれない。
蕎麦は生き物 次回また違う味
もう一度来て食べてみたいと思う。これもまた楽しみだ。
専心庵
山梨県甲府市高畑1-13-18
055-233-6095
映画『ヒポクラテスの盲点』観てきました。
新型コロナワクチンをめぐる驚愕の記録映画
今、愛知県は3館その他全国各地の映画館で10月10日より放映中です。
大手メディアでは殆ど報道されない新型コロナワクチン後遺症の影響を多角的な視点で描く、ドキュメンタリー映画『ヒポクラテスの盲点』
初めて知る事も多く、ワクチン肯定の方、中立の方、否定の方もぜひこれを観て自分なりに考えていただければと思います。
コロナワクチンが国や大手メディアにより半強制的に効くという報道されていましたが、間違っていたり、深刻な副反応の多さを描いたドキュメンタリーです。
コロナが流行っている頃に、私はFBで反対意見等ではなく日常のことで「コロナ」という言葉を入れた文を投稿したら、「コロナ」について述べるなというニュアンスのアラートが来たことが2度ほどありました。
軍部統制の太平洋戦争中ならまだしも、自由と言われる現代において、国による報道統制を感じたのは、初めての経験ですし、すごくショックした。
映画の中で実際の報道でもフェースブックCEOのザッカーバーグが国の検閲が厳しくて、コロナについての投稿を抑えたと言っていましたが、
日本でも反対ではなく、ささやかな疑問にまで国が押さえ込むというのはなぜか。何か知られたらいけない 陰で何か大きなものが動いている感じです。
コロナの流行初期に医療従事者が真っ先に職域接種されましたが、その時にこの人たちは「モルモット」だと思いましたが、そういう時にも、何よりも、個人で研究し正しいと思い顔出しでアンチワクチンを訴え続けたドクター達には頭が下がります。
彼らは、医師会や大手製薬等の影響が大きい大病院や地方の中核医院ではなく、どちらかというと小医院のドクターや、個人的に動くドクターでしたが、それでもきっと、保健所から医師会、厚労省から製薬会社、一般のSNS等で滅茶嫌がらせされただろう。 中には家族に害が及ぶのを避けたくて挫折せざるを得ない人もいただろうな、本当に頑張ってこられたと思います。
コロナについては皆さんの中に、様々な意見があると思いますが、ぜひこの映画を観ていただき、また考えていただきたいと思います。
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映画の案内より
新型コロナウイルス蔓延という未曽有の危機を経て国の感染症対策は変化を重ねた。しかし、今なおくすぶり続けている問題のひとつに、従来のワクチンとは根本的に異なる新技術で開発された新型コロナワクチン(mRNA遺伝子製剤)による後遺症被害がある。当初からその安全性を不安視する声もあったが、ワクチン接種はあくまで強制ではなく努力義務・推奨としつつ、多くの国では2~3回接種までが主流である中、日本ではその安全性に「重大な懸念はない」として、一度も中断することなく7回目のブースター接種まで推奨が続けられた。
そしていまなお、新型コロナワクチンの後遺症に苦しむ患者や、接種直後に死亡した方の遺族の悲痛な声を聞き、真実を究明しようとしている医師たちがいる。コロナワクチンの問題に早々に気がつき、「全国有志医師の会」を立ち上げたほんべつ循環器内科クリニックの藤沢明徳理事長をはじめ、有志の医師たちは「新型コロナワクチンとは何だったのか」を明るみにするために、同士の専門家らとともにあらゆる角度からデータを精査、調査を開始。国内外の学会発表や論文のデータベース化、コロナワクチン後遺症の治療法や検査法の開発を行うワクチン問題研究会を2023年9月に発足した。
この度解禁された映像は、新型コロナウイルス感染症が広がり、政府が緊急事態宣言を出し、新型コロナワクチン接種を推奨するシーンから始まる。しかし、そのワクチン接種によって国に認められた死者数が2,000人を超え、研究者からは接種によって逆に感染者が増えたという証言や、この問題に対し立ち上がった医師からは医学会への提言や、接種によって心不全や不整脈が多発した、心臓が融けた患者もいるといった悲痛の声が続々とあがっていく。一方、パンデミックワクチンとしてはベストだったというワクチンの専門家からの証言も映され、さまざまな立場での意見を多角的にみることで、「反ワクチン運動」や「陰謀論」などとは⼀線を画す、 科学と事実に基づいたドキュメンタリーが展開される。
映画「ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家」
子供の頃からとても好きだった作曲家「ミシェル・ルグラン」のドキュメント映画をミリオン座で観てきました。
僕が13歳以降様々観た様々な映画のシーンとルグランの美しい曲が、どんどんと流れ、それに同調し記憶の中からドンドン波のようにそれらのイメージが溢れ、10代~20代の青春の時間へ戻った様で、すごく良かったです。
ミシェル・ルグラン(1932年- 2019年1月26日)は、フランスの男性の作曲家、ジャズ・ピアニスト、映画監督、俳優。パリ出身。
18歳の頃からジャズで売り出し70年間第一線で活躍
『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』等の映画音楽で知られ、手掛けた映画は200本以上。アカデミー賞®受賞3回、唯一無二の音楽家。
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ミシェル・ルグランの思い出
シェルブールの雨傘(1963)
この映画 初めて観たのは僕が中学2年生 同級の彼女と交換日記をしていた頃。
素晴らしい曲が全シーンに流れ、ドヌーブが最も愛くるしく美しかった20歳の時のミュージカル映画。
美しすぎるドヌーブに 雨の日 パラソル 素晴らしい曲に 13歳の僕は涙を流していました。
そのシーン、その曲は心深く残り、今も時々口ずさんでいます。
その後、映画館で1度、テレビでも3度ほど観ていますが、何度見ても美しい曲と映画です。
華麗なる賭け
(1968年)スティーヴ・マックィーン、フェイ・ダナウェイ共演による犯罪サスペンスだが、マックィーンがとても格好良く、挿入歌「風のささやき」は本当に素晴らしい曲で、学生の頃、フルートでも吹き、そのメロディは今でも脳裏に流れている。
ロシュフォールの恋人たち (1967)
太陽が知っている アラン・ドロンとロミー・シュナイダー
おもいでの夏 (1971)これも綺麗な曲だった
栄光のル・マン (1971)スティーヴ・マックィーン格好よかった。
ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実 (1972)
三銃士 (1973)
うず潮(1975)イヴ・モンタンとカトリーヌ・ドヌーヴ
ネバーセイ・ネバーアゲイン ご存知の007ジェームズ・ボンド
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今回のドキュメント映画
数々の映画音楽で後世に影響を与え続けているミシェル・ルグラン。2019年に亡くなるまでの75年間の音楽人生の中で、特にジャック・ドゥミ監督とのコンビで名作映画を数多く生み出し、マイルス・デイヴィス、シャルル・アズナヴール、バーブラ・ストライサンドなど伝説的なアーティストとも共演を重ねてきた。 ジャン=リュック・ゴダールなどヌーヴェルヴァーグの監督たちから評価され、以後多くのフランス映画音楽を手掛ける。名声は海を越えハリウッドの映画音楽でも次々と成功を収め、『華麗なる賭け』(68)で第41回アカデミー歌曲賞、『思い出の夏』(71)では第44回アカデミー賞作曲賞を受賞し、計3度の受賞を誇る。『シェルブールの雨傘』(64)はセリフの代わりに全て音楽で物語を展開させるという画期的な手法で、第17回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞。後にデイミアン・チャゼルが『ラ・ラ・ランド』(16)のモデルにしたことでも知られる。本作ではルグラン本人と関係者が映画を振り返る形で貴重な作曲の舞台裏が明かされる。練習において自他共に一切の妥協を許さない厳格な姿勢、数々の栄光に隠された挫折と苦悩など、これまで知ることのなかったルグランの姿も余すところなく描かれる。