男気 8/15
男女差別という風に思われるかも知れませんが、私は「男気」という言葉が大好きです。以前hirogで「武士道」につき触れたことがありましたが、これに通じるものがあるかも知れません。
私の中での「男気」の定義は「個人の利益や一時の感情に捉われずに信念を貫くこと」です。逆に言えば「男気」のある人はお金儲けは下手かも知れません。最近は真の意味で「男気」のある人というのは少ないように思います。それだけにそういう方にお会いすると、とても頼もしく思えますし、真っ直ぐなエネルギーを分け与えてもらったような気分になります。最近、とても「男気」のある方に出会ったのですが、「男気」のある方々に比較的共通しているのが格闘技が好きなことです(笑)。何か相関関係があるのでしょうか・・・。
先日銀行の待ち時間にとある週刊誌に目を通していたら、山口組の六代目組長について書いてあったのですが、そこには「任侠道の原点に返る」とありました。「任侠(にんきょう)」とは難しい言葉ですが、辞書によると「弱い者を助け強い者をくじき、義のためならば命も惜しまないといった気性に富むこと」とあります。ちなみに「男気」は「弱い者が苦しんでいるのを見のがせない気性」とあるので、同じような意味を持つ言葉なのだと思います。特に共通しているのは「弱い者を助ける」という部分です。是非ともそうなって欲しいものです。
TVや映画に出てくるいわゆるヒーローものは、「弱き者を助ける強い人」の場合が多いので、まさにヒーローは「男気」の象徴なのかも知れません。
ところで、「男気」という言葉に対して「女気」というのはあまり見慣れませんが、「女が自然に備えているとされる気質。しとやかで優しい気持ち。女心」とあります。単純に意味からすると対比語とも言えないですが、「男気」のある人と「女気」のある人のカップルが多いという事実は何を物語っているのでしょうか・・・。

今後のケータイ業界 8/14
ケータイ業界は、今年から来年にかけて大きな変化が訪れます。
まず、10月24日からナンバーポータビリティがスタートします。これは通信キャリア(DoCoMoとかKDDIとかvodafoneとか)を変更しても以前使っていた携帯番号がそのまま使えるというものです。これまで携帯番号が変わってしまうのが面倒で通信キャリアを変えないで居た人も結構いるのではないでしょうか?ちなみに事前調査によると、2割ぐらいがこれに伴い変更する意思があるようで、特にKDDI(au)が人気があるようです。vodafoneを買収したソフトバンクはダークホース的な存在です。おそらく相当革新的な端末や料金体系で望んでくると思われます。来年になると、規制緩和による新規キャリアが参入してきます。具体的にはイーモバイル、アイピーモバイルなどです。彼らは回線の転売などを積極的に行うことで既存キャリアとの差別化を図っていくと言われています。
ユーザーの嗜好も多様化してきていると思います。ケータイを電話として使う人、ビジネスツールとして使う人、個人情報管理として使う人、コミュニケーションツールとして使う人、ゲーム端末として使う人、カメラとして使う人、デジタルオーディオとして使う人など様々です。各通信キャリアは今後どういったコンセプトでどういったターゲット層に対して付加価値サービスを行っていくのでしょうか・・・。
つまり、これからは本当の意味での実力勝負であり、いかにユーザーの支持を得れるかにかかっています。今までは既得権でユーザー囲い込みを行っていたり、既述の番号変更など通信キャリアの自己都合でユーザーの利便性を欠いていたわけですが、それらが無くなるのです。私はやっと少しはフェアーな市場に近づくのではと期待しています。
また、こういった業界変動の中でプレイヤーとして事業展開していくことはとてもエキサイティングです。先日の会社の戦略説明会で話した戦略に基づいて、自分達が主体性をもってビジネスができるフィールドへ事業領域を拡大していくつもりです。ここ3年独自戦略で突っ走って、勝ち抜いていきたいと思います。
携帯の利用動向 8/13
まずは昨日の問題(携帯を使う手は左か右か)ですが、答えは「左」でした。私の利き手ルールに基づけば携帯が道具と考えるのであれば「右」になるはずなのですが、実際には左で使っているのです。ちなみに固定電話の受話器を持つのは右です。私にとって携帯は特別なもの(道具ではなく身体の一部?)なのかも知れません。
携帯と言えば、最近の携帯に関するリサーチ結果で興味深い結果がいくつか出ていました。
1つは携帯メールの利用率。若い人は当然ほとんどの人が使っているとは思っていましたが、60代の高齢の方でも4人に3人も携帯メールを使いこなしていて、特
に季節の挨拶や携帯写真の送信などを行っているそうです。
2つめは家族や恋人との連絡手段が、通話よりも携帯メールが多いという結果です。音声よりもテキストコミュニケーションがメインの世の中になったんですね。この結果は少し寂しい気もしましたが、逆に携帯メールを使うことで、連絡を取る機会が増えているような気もするので、コミュニケーション活性化に貢献しているのかも知れません。
3つめは携帯の必需性、携帯を持たないで外出するのは不安という人が62%もいるそうです。数年前の調査では過半以下だった記憶があるので、すっかり外出時の必需品となっているようです。
4つめは、私がまさにそうなのですが、携帯があるので腕時計を身に着けていない人が約半数にのぼることです。朝起きると必ず携帯を見る人も半数を超えていました。
5つめも私が該当者なのですが、3人に1人がトイレの中で携帯を使うことがあると答えていました。ちなみに私の知り合いでもhirogをトイレの中で読んでいると言っていただく方が少なくありません(笑)。
携帯は生活により密着してきていて必要不可欠なものになっていると思います。
そんな業界でビジネスをしていると思うとワクワクしてきます。ただ、我々のおかれているケータイ業界は今後は激動になるかも知れません。これについては明日のhirogにて・・・。
利き手 8/12
皆さんは右利きですか?左利きですか?
私はなんと両利きです。
私の両利きは、自分の記憶には無いのですが、母によると、そもそも父が間違って私に左利き用の野球のグローブを買って来たことに端を発するとのことです。
その後サッカーを始めたときにもその流れからか左で蹴るようになり、いつの間にか左利きになっていました。ただ、小さい頃から使っている鉛筆や箸を持つのは右なのです。
なんかあべこべだなーと思いながらも時が流れて、大学生のときにボーリングにはまっていた時期があるのですが、タオルでボールの油を拭き取っているときにふと全てが明らかになったのです。
つまり、私は手や足にボールが直接触れる球技(野球とかボーリングとかサッカーとか)は左になるのですが、道具を持って行う球技(バトミントンとか卓球とか)は右になるのです。もちろん鉛筆や箸は道具の一種なので右で扱うことになります。周りの人にサウスポーとか黄金の左足とか冷やかされていましたが、そんな大それたものではないのです。
以前、こういうタイプの人って世の中にどれぐらい居るのだろう、と素朴に疑問に思ったことがあるのですが、少なくとも私の身の回りには1人も居ませんでした。もしかして自分は異常なのか?と自己嫌悪に陥りそうになったのですが、よーく考えると、もしかして自分には他の人には持っていない能力があるのではないかとか、極めて器用な人間なのではないか、と自分に言い聞かせることにしました。言霊のおかげか、私はいつの間にか器用な大人になりました。
ところで、ここまで書いてきてふと、私が携帯を使うときには、どちらの手で使っているのだろうか、と疑問に思いました。さて、私が携帯で電話をしたり、メールを打ったりするときには、右左どちらの手で持っているのでしょうか?(答えは明日のhirogにて)


新規事業 8/11
新規事業というのは難しいものです。
他社が既にやっていることでもその会社にとって初めて取り組むことを新規事業と言う場合もありますが、私の定義では今までになかったアイデア、手法を用いた事業のことを指します。
斬新なアイデアを思いついても、調べてみると他社が既に行っていたり、何らかの障害があって実現が難しい場合が多くあります。また、今までに無い手法の場合には、常識的な人は懐疑的になりがちです。このため合議制で決める新規事業が果たして成功するのか?ということも考えなくてはなりません。結局は誰かがリーダーとなって宣言して旗を振り続けなくてはいけないのです。
さて、皆さんが新規事業のリーダーとなって、自分のチームを組成するとしたら、スタッフにはどういう人を揃えますか?私は比較的慎重なタイプを選びます。新規事業の立ち上げは度胸のあるスタッフがいいのか、というとそうとは限らないと思っています。むしろ、慎重なタイプの人は事前に色々なことを調べたり、シミュレーションしたりするので、何が障害となり得るかを事前にキャッチして、それらの問題を1つ1つ潰していくことが出来るので、経験則のない新規事業には向いているのです。リーダーが大胆なリーダーシップを発揮して、現場の責任者が慎重かつ確実に前に進めるというのがちょうどいい組み合わせのように思います。
スタッフに「三浦社長は思いつきだけで何にも考えていないんじゃないの?私がしっかりしなきゃダメだわ(何故か女性(笑))」のように思わせれば、しめたものだと思います。ちなみに10個以上あった(hirog「かめさんチーム」参照)プロジェクトはその後のマーケティングやフィージビリティチェックによって現時点で3個までに限定されてきています。
そんな私ですが、実は自分はもともとは慎重派な人間で、デートするときには必ず計画を立てていたし、口座に必ず預金が無いと心配な人間でした。そんな私が、
最近とある方から「大胆な経営」とか言われ、正直面食らいました。私は経営は地ではなくて、仕事として考えています。ミッションが新規事業の立ち上げであれば、新規事業を立ち上げて始めて仕事が完了するのです。私は慎重なのですが、確信が持てたときには突っ走ることができるというところがあります。
新規事業のリーダーは、勇気と信念が必要です。リスクが高すぎる、勝算が少ないと感じたときには止める勇気もまた必要です。
うちの会社は新規事業の立ち上げとM&Aを平行して行っています。確かにM&Aは新規事業に比して圧倒的に時間が短縮できるし数字が見えやすいのですが、自ら新規事業を立ち上げる努力を惜しんでいると、ベンチャーでなくなり自然淘汰されるか、単なる投資会社になってしまうので、そこは見失わないようにしたいと思っています。
ロゴマーク 8/10
10月1日からの新社名「fonfun」のロゴマークが決定しました。
一瞬マーク・ニューソン氏に依頼しようかとも考えたのですが、今後の汎用性やお財布事情などを考慮して辞めました。そこでコンペ形式のような形で数社にアイデアを出してもらい、その中からとある企画・デザイン会社に委託する形をとりました。この会社はコンセプチャルなところから時間をかけてやっていくスタイルであり、会社の経営方針や今後の戦略など一連についてヒアリングを経て、業界内でのポジションや差別化などを考えつつ、お互いのイメージやコンセンサスを合わせながら進めていくというプロセスだったので、自分達もあらためて将来像やポジショニングを再認識する良い機会になりました。
ロゴマークというものは、会社を象徴するものですし、長く使うものですから、ファーストインパクトだけではダメなのです。そこで自分の主観だけではなく客観性も大事だと思い、S取締役と広報Yをfonfunロゴマーク制作プロジェクトメンバーとして、彼らの意見も聞きながら進めてきました。
出張の合間にも何度か制作会社と意見交換をしながら内容を詰めていったのですが、色々紆余曲折したものの、結局デザイナーさんが一押ししてくれていたものに限りなく近くなったから不思議です。やはりプロはトータル的なバランスが分かるのでしょうね。初めは字体に少し違和感もあったのですが、見慣れるうちに逆に新鮮味があってよく思えてきました。fonfunという名前と同様、見ているうちに好きになる感じのロゴです。
ちなみに、このロゴマークは「スマート」をテーマに斬新性を含めたコンセプトで作られています。スタッフには来週の月曜日に披露する予定です。
さて、やっとロゴが決まったので、これから株券を含む印刷物関連を一気に推し進めなくてはなりません。また、10月1日へ向けたホームページの改訂作業も進めています。私はひとやま超えた感もあるのですが、現場はそれどころではないと思います。スタッフの皆さん、頑張ってください。
外部の皆さん、10月1日からの新生「fonfun」にご期待ください。


病院 8/9
病院が好きだという人はほとんど居ないとは思いますが、私は滅多に病院には行きません。時間が勿体無いというのが一番の理由ではありますが、自然治癒を信
じているのと、市販の薬も処方薬もあまり変わらないのではないかという思いがあるからです。
そんな私なのですが、今日はお昼に風邪としては15年ぶりぐらいに内科に行ってきました。
1週間ほど前からセキが出ていたのですが、ここ数日夜になるとセキが止まらず睡眠に支障が出るほどだったからです。夏風邪は怖いと周りからプレッシャーをかけられたのも後押ししました。
久しぶりの病院に少し緊張しながら、医師の診察を受けました。私が症状を説明しても医師はあまり聞いてくれていない様子で、聴診器で診たぐらいで、後はたくさんの薬を手渡されました。薬の説明を1つ1つ受けているうちに、結局何が原因だったのかを聞くのを忘れてしまいました。
それにしても、しばらく行かないうちに薬も色々あるのですね。これは大元を直す薬、これはセキを止める薬、これは症状をやわらげる薬、これは漢方薬・・・。5種類ほどの薬を手渡され、物は試しにと全ての薬を飲んでみました。効果は・・・今のところ何の変化もありません。
小さい頃は、とにかく薬が嫌いだったのですが、特に粉末の薬が苦手でした。飲んだ後も若干の粉末が残るあの感覚は思い出すのも嫌です。すべてが錠剤になればいいのに、と思うのですが、どうして今でも粉末剤が残っているのでしょうね。
薬と言えば、昔は子供が飲みやすいように、いかにも人工着色料の色をして、甘い味のする液体式の風邪薬がありましたが、今でも存在するのでしょうか。私は苦い薬が嫌いな割りには、甘い薬はもっとあり得ない(身体に悪そう)と思って液体式の風邪薬は飲まなかったのですが、私が甘いお酒が苦手なのは、これに通じるものがあるのかも知れません。
薬・・・、できればお世話になりたくないものです。
かき氷 8/8
なんとも涼しげな単語です。最近は道を歩いていても「氷」の旗をよく目にするようになりました。この旗を見ると思わず吸い込まれそうになります。
皆さんはかき氷というと何を想像しますか? 大人や女性の間では「宇治金時」がポピュラーなのではないかと思います。いわゆる「甘味処」に入ると宇治金時とかおいていないこともあります。
私は子供みたいで恥かしいのですが、圧倒的にイチゴとメロン派です。逆にこれら以外は邪道と思うぐらいです。まずは何よりも色が綺麗でルビーやエメラルドの宝石の山を連想させてくれます。ついで練乳をかけたときのミックスされた味が何とも言えず懐かしさと涼しさを醸し出してくれます。昔ハウスの「シャービック」という氷菓子(!?)があったのですが、それが大好きでそのときからずっと氷と言えばイチゴとメロンという意識付けがされてきたのだと思います。
ただ自宅でかき氷を作るときだけは例外で、必ずカルピスをかけていました。カルピスは濃縮液なのでシロップとしてはベストなのです。課題はどこまでかけたのか見分けがつかなくなることですが、結果多めにかけることになるので、最後まで味が残っているというメリットもあります。最近では普通の冷蔵庫のブロック氷を使った製氷機が多くなりましたが、以前は専用の製氷カップがあったので、一回食べてしまうと固まるまでに時間がかかり、子供の頃何度も冷蔵庫を開けては、今か今かと待っていた記憶があります。
私が外でかき氷を食べるときに許せないのがシロップが薄いことで、特に海水浴場や屋台でかき氷を頼むと氷が粗い上にシロップが少なく、大概外で食べるので
外気の暑さであっという間に溶けて味が薄くなってしまいます。ただ最近はシロップがセルフになっているお店もあり、先日花火を観にいったときの屋台で、シロップがセルフでかけ放題の屋台があり、つい調子にのって5種類ぐらいかけてしまったら、何とも言えない味になってしまい、結局途中で食べれなくなってしまいました。やはりシロップはシンプルが一番です。
宇治金時は食べてもあまりおいしいと思わないのですが、一度だけ京都に行ったときに入った「甘味処」で止む無く頼んだ「宇治金時」だけは絶品でした。もっともこのときはシロップではなく、氷が非常に細かくて繊細で、口に入れるとそっと溶けていく感覚が絶妙でした。
中国では何故かかき氷の大きさを競っているお店が多く、中華料理と同様に1つのかき氷を皆でつつく光景を良く目にします。もちろんミネラルウォーターを使っていない場合には味に癖があることは言うまでもありません。
今日もイチゴミルクのかき氷をいただいたので、満足して眠れそうです。
交通違反 8/7
私はかれこれ10年ぐらい無事故無違反のゴールド免許証保有者だったのですが、交通違反でキップを切られてしまいました。Uターン禁止の場所で、右折なら大丈夫だろうと思って、右折しようとしたらそこが一方通行路で止む無くバックをして切り替えしたのですが、それが結果的にUターンに該当してしまったのです。ただ、そこは広い通りで車も当時通っておらず、何ら危険も誰に迷惑を掛けたものではありませんでした。
警察官は「違反は違反」という感じで私の釈明を聞く間もなく調書づくりに行ってしまいましたが、またこの時間が長くかかること・・・。やっと戻ってきたときに「普段は安全運転をしているし、今回は確かに不注意なところはあったかも知れないが、故意なものではないし、危険や
迷惑をかけるものではないのではないか?」と伝えたのですが、否認するなら勝手にどうぞ、という感じでキップだけ手渡されました。
普段車を運転していると、本当に迷惑な路駐があったり、乱暴な運転があったり、悪質な違反が目につきますが、そういったものにはなかなか対処してくれずに、迷惑や危険性の無いエリアで、軽微な違反を指導もなくすぐに取り締まるというのはどうなんでしょうね。ノルマがあるのかどうかは分かりませんが、本来の道路交通法の目的や指導取締りの意義というのとはちょっとずれているように思えます。
軽微な違反と言えば、私は免許を取得した頃、初心者マークをつける習慣がなく、それだけで6回以上捕まり、免許停止になったことがあります。多分、初心者マーク義務違反のみで免停になったのは日本でも私ぐらいではないのでしょうか?
とにかく、いつもは安全運転を心掛けて、迷惑や危険性のある運転はしていないにもかかわらず、こうやって軽微な違反で点数が引かれたり、反則金を支払うというのに、なんとなくしっくりこない私なのでした。


バレエ 8/6
本日はとても久しぶりにバレエの公演を観にいきました。
私には姉と妹がおり、両方とも小さい頃からバレエを習っていたので、その発表会をよく観にいっていました。
バレエの発表会となると、衣装やら化粧やらでバタバタしていて大変です。また化粧はかなり特殊なものなので、化粧をすると誰が誰だか分からなくなってしまいます。何度か楽屋に花を届けに行ったことがあるのですが、本人に行き着くまでに相当な時間を要します。
姉妹の練習のために、私もよく練習場を観にいっていたのですが、周りが全員女の子で居心地が悪かったのを覚えています。よく先生や家族に私もバレエをやらないかと言われたのですが、どーもあの白いタイツを履くのが嫌で、結局一度も練習には参加しませんでした。
ところでバレエと言えば、日本では熊川哲也さんが有名ですね。外見も去ることながら彼の踊りは今までのバレエの概念を覆してくれます。私もTVでしか拝見し
たことが無いのですが、あのジャンプは人間離れした技ではないかと思います。
今度是非一度実物を観てみたいものです。私も白いタイツさえ履かなくても良かったら、きっとバレエをやっていたと思いますし、今は熊川さんのようになっていたかも知れません(笑)。でも私は根本的に身体が堅いのでダメでしょうね。バレエをやっている/やっていた方々は、本当に身体が柔らかくて羨ましいです。並々ならぬ努力があのしなやかさを演出しているのだと思います。
今日観にいったバレエは、クラシックバレエだったのですが、踊りはもちろんのこと、音楽を聴いているだけでもとても優雅なひとときを感じることが出来て、良い気分転換になりました。
最近踊りの学校がたくさんあるようですが、自分も何か踊りをしてみたくなりました。


サービス業 8/5
私はサービス業にはうるさい人間です。もっともうちの会社が行っている事業も厳密な意味では情報サービス業という分類に入るので、サービス業の一種ではあるのですが、ここでは飲食業などリアルの個人向けサービスの話に限定してお話したいと思います。
まず、飲食業でよくイライラするのが店員が少ないところです。このようなお店では、前の客の後片付けが終わっていなかったり、呼んでもなかなか来てくれなかったり、頼んでも忘れられたり、ということが多々あります。人件費の削減のためかも知れないのですが、こういったことがあると印象が悪くなって、かえって逆効果でますます客が減ってしまって本末転倒になってしまうように思います。
逆に店員の頭数が十分であっても、店員同士でおしゃべりをしていて全く周りに気が回っていなかったりするケースもあります。サービス業は、お客が何を望んでいるのかというニーズの汲み取りや状況把握が最も重要だと思うのですが、教育が行き届いていない店は本当にお粗末なもので、そういうところに限っては責任者も同種なことが多いので困ったものです。
私は、普段の生活で立腹することは比較的少ない方なのですが、サービス業で納得できないことがあるときだけは許せない性格です。以前とあるファーストフード店で自分がテリヤキバーガーを頼んだときに、フィッシュバーガーが出てきたので「すいません、頼んだものと違うのですが」と店員に伝えたところ、店員は「いいえ、確かにフィッシュバーガーと言ってました」と言われました。「あの、私は魚が好きではないのでフィッシュバーガーを頼むことはあり得ないのです」と言ったのですが、店員は私が間違っているとの一本槍だったので、かつんと来た私は「店長を呼んでください」と言いました。ところが私の期待に反して、出てきた店長の言葉は「うちのスタッフが嘘を言うとは考えられないのでお客さんが誤って注文したと思います」でした。もうここまで来ると怒るというより呆れて言葉が出ませんでした。
これはあくまで一例ですが、万が一に客が間違った注文をしていたとしても、それが故意のものでなければ交換するのがサービスの精神ではないかと思います。
私はサービス業は、サービスという付加価値について対価を払うという認識を持っており、その付加価値はお客さんが判断するものだと思っています。もちろん、それでは定価というものが決まらず現実的にビジネスが成り立たないことになりえるので、定価があるのは仕方が無いとして、サービスを受ける前に対価を支払う、という行為にも大変違和感を覚えます。
例えばマッサージ店やレストランなどで先にお金を支払うことがありますが、そういうところの経営者はサービス業というものをどういう風に考えているのだろうと疑問に思ってしまいます。
日本はサービスの精神という意味においては、世界でも上位に入る国だとは思いますが、まだまだ改善の余地は残っているのではないでしょうか?

NVFC 8/4
出張から戻ってきて久しぶりにスタッフブログを見ていたら、フットサルの試合のことが書いてありました。なんとネットビレッジフットサルクラブ(NVFC!?)初の予選突破だったらしいです。中国から強力な助っ人が来たことも後押ししたのかも知れません。
ネットビレッジフットサルクラブは、うちの会社が南大沢にあった頃なので、たぶん4年ぐらい前に設立されたと思います。といっても全くスタッフの自主組織なので会社が何かしらのサポートをしているわけではありません。毎週(!?)仕事帰りに練習をしているらしく、よく続いてるなと感心します。
ところで、かくいう私も一応メンバーに入っています。その証拠に先日ユニフォームが配布されました。背番号は23。この意味分かりますか? そう、ネットビレッジの証券コード(株式売買の識別番号)2323から取ったのです。本当は2323が良かったのですが、さすがにそれは無理だったようです。ちなみに私の車のナンバープレートも2323で、いかに会社を愛しているかが分かっていただけるかと思います(笑)。
さて、このサッカーですが、私は実は小学校からサッカーをしていました。小学校のときのミニサッカー(フットサルに同じ。当時はミニサッカーと呼んでいた)の県大会で優勝したこともあります。ただそれはもう過去の話で今の動きからは想像できないので、今では恥かしくて人に言えるものではありません。
私は比較的足が速くてちょこまか動くのは得意だったのですが、逆に身体が小さくて力が無かったので、ロングキックが苦手でした。私はフォワードをしていたのですが、コーナーキックになると憂鬱になったのを今でも覚えています。
ネットビレッジフットサルクラブには、今まで5回ぐらいしか参加したことが無いのですが、さすがにもう走り続けることができず、また調子にのっていると足をつってしまうので、いつも激しく動けないでいます。きっとKキャプテンなどは苛立っているのではないかと思います(笑)。
ネットビレッジフットボールクラブには女子社員も加入しています。最近はフットサルは女性の間でも人気があるようで、うちの女子社員もなかなかの腕前です。
最近はうちの会社のグループも大きくなってきたので、グループの総力をあげてメンバーを揃えればかなりのものになるかも知れません。
NVFCが上手い人達だけになり、私が試合に出る幕が無くなる前に、一度是非試合に出てみたいと思います。

蒸留水 8/3
中国出張中、部屋のインターネットがつながらなかったので、hirog更新が遅れてしまいました。
今は空港のレストランでご飯を食べながらhirogを綴っています。このレストラン「シャロン(沙龍)」は日本のシャロンの支店です。先行者メリットか、コネかは分からないのですが、上海の空港(浦東にある国際空港と虹橋にある国内空港)では必ずシャロンが入っています。日系中国企業応援派の私としては、ついこの店に入ってしまうのですが、やはり中国のお店と違って教育は行き届いていてサービスは悪くありません。ただ1つ許せないのは、お水が出てこないのです。
中国のレストランではお水が出てこない店が多くて(というか基本お水は出てこない)、お水を頼んでも臭い水道水が出てきたり、これを沸騰させたお湯が出てきたりします(ただ水と言うとお湯が出てくるので要注意です)。ミネラルウォーターを飲みたければ「鉱泉水(クアンチュアンシュイ)」を有料で頼まなくてはなりません。
おそらく、お水が出てこない理由は、このように水がまずいことと、飲み物の売上を稼ぐことの両方があるのだと思います。中国の不思議なところの1つは、定食などの料理のセットと飲料がほとんど同じ金額であることです。なので地元の人は飲み物を頼まない人も結構います。
では、普通の家庭やオフィスでは飲料水をどうしているかというと、蒸留水屋からタンク(というか透明な樽)で水を運んでもらい、それを飲料水機(!?)に入れてそこから水を出すのです。よって中国ではどこでもこの飲料水機は欠かせません。ただこの飲料水機の優れているところは、冷水と熱水の両方が出ることです。
逆に言うといつでもお湯が沸いているので、コーヒーを飲んだりカップラーメンを食べるのにはとても便利です。高級なレストランではお茶にこの蒸留水を使っているので飲めるのですが、その辺のレストランでは水道水を熱したものを使っているらしく、変な味がします。
中国で飲み物を頼むときには要注意です。

御香海 8/2
最近中国ネタが多いので、なんとなく中国出張中だと分かってしまいますね(笑)。
私は中国にいるときの食事は、パートナーとの会食か、社員との会食が多いのですが、会食の時には自分の好きなものが食べれないことが多くなります。ご存知の通り中国では円卓などで大人数で大皿の料理を食べるわけですが、注文する人は1人なのでその人に依存するのです。ちなみに中国の責任者は豆腐が大好きで私は豆腐が苦手なので、なかなか合うことが難しいのです(笑)。
たまに1人で食事をするときにはどこで何を食べようかいつも悩むのですが、この悩むのが楽しみの1つだったりします。今回は1人で食事する機会が2回あり、1回目は六本木ヒルズにも入っている台湾の点心屋でシャオロンポウが有名な「県泰豊」の上海支店に、2回目は表題にある「御香海」という店に行きました。
私は以前はステーキや焼肉が大好きだったのですが、最近は少しあっさりした「しゃぶしゃぶ」が気に入っています(周りからは年のせいだと言われますが)。「御香海」はしゃぶしゃぶのお店です。
上海ではかなり色々な日本料理店へ行ってみたのですが、基本的に何故か食べ放題が多くておいしい店は本当に少なく、もう一度行ってもいいかなと思ったお店は3つぐらいしかありません。「御香海」はその中の1つです。「御香海」の好きな理由は肉や野菜がまともで安心して食べられること、店内や茶碗が清潔であること、スープ、タレ、薬味なども選べること、で最後にうどんやご飯も食べれるので日本のしゃぶしゃぶのお店と何ら変わりありません。しかも食べ放題で98元(1500円ぐらい)という料金になっています(もっともこの金額は現地の人にすれば贅沢な晩餐の類に入るのですが)。
中国でお客さんと会食するときには、やはり中国料理になってしまうので、日本料理屋に行く機会というのは駐在しているスタッフと行くぐらいしかないのですが、中国料理が続くとたまに日本料理が恋しくなることがあります。今日もどうしても御香海のしゃぶしゃぶを食べたくなり、1人で行くのは気が引けたのですが、最後のMTGの訪問先がそこに近いこともあって、つい入ってしまいました。
思い出したように半年に一度ぐらいしか行かないにもかかわらずママは私を覚えてくれていて、山盛りのお肉と笑顔でサービスをしてくれました。
懐かしい味に舌鼓を打ち、最後のデザート(もちろんスイカです)をいただいて、満足感とともに店を後にしました。ちょうど店の門を出たところで駐在している日本人スタッフが夏休みから中国に戻ってきたとの電話があり、我慢できずに1人で御香海へ行ったことを伝えると大笑いされてしまいました。そんな形で私の中国出張最終日は終わったのでした。
時代劇 8/1
私は歴史が好きなのが影響してか、小さい頃から時代劇が大好きで、小学校の頃は「水戸黄門」を良く観ていました。社会人になってからは忙しくてNHK大河ドラマのような連続ものは観る時間が無いので、正月に放映される大型時代劇をいつも楽しみに観ています。
ところで、時代劇といえば、中国の時代劇はとても不思議です。かなりの割合で空を飛ぶことができます。また火を噴いたり閃光を放つのもしばしば。たまに得体の知れない怪物も出てきます。日本でも以前中国で大流行した映画「英雄(hero)」が日本でも上映されていましたが、あれも空中戦がありました。
私が中国在住当時はまってしまった「冒険王衛斯理」というアドベンチャードラマ(!?)も主人公が宇宙からやってきた男性で、地球の女性に恋をしてしまうというストーリーでした。
この現実とのギャップがあまりにも大きいので、くだらないという日本人が多いのですが、私は逆にこの現実離れなところが新鮮味があってつい見入ってしまいます。以前hirogで華流の話をしましたが、中国ドラマは観れたとしても、中国時代劇は残念ながら日本で流行ることは難しいでしょう。
とにかく中国の時代劇では格闘シーンが欠かせません。それも「こんな人が?」と思うようなかよわい女性や今にも倒れそうな老人が、超人的で圧倒的な強さを発揮して大勢の人達を倒していくので、観ていて痛快感があります。
ただ、そんなあり得ないシーンも、中国の4千年の歴史とカンフー文化が、もしかしたらあったのかも知れない、と思わせる(かなり無理がある?)から不思議です。
なぜ私が時代劇が好きなのかを自分なりに分析してみると、同じ架空の物語であっても、少しは歴史の真実が含まれているかも知れないという好奇心と、弱きを助けて悪を無くす「正義」や「強いもの」が好きなんだと思います。そしてすぐに自分を主人公に重ねて見てしまいます。そういう意味では幼い感覚が残っているのかも知れません。

中国語学習法 7/31
私は約1年半近く上海に駐在していたわけですが、当初の予定ではもう1年ぐらいは滞在する予定でした。もしあと1年長く中国に住んでいたら、中国語のレベルも結構上がったのではないかと思うのですが、ビジネスも中国語もとても中途半端な状態で帰国しなくてはいけなくなってしまったのが、何よりも残念でした。
また、上海駐在中も、毎月取締役会出席のために一時帰国をしていたこともあって、中国語の感覚が毎月進歩と一歩後退を繰り返していた感があります。
それでも一般的な中国に同じぐらいの期間滞在していた日本人と比べると、話せる方の部類に入るらしく、いつもどうやって勉強したのか?と聞かれることがあります。
私は学校に通ったこともなく、中国に住む前も中国語は勉強したことが無かったのですが、そんな私が中国語を少しできるようになった理由は大きく二つあります。
1つは「毎日現地のテレビを見ていたこと」。中国は地方によって様々な方言があり、発音が異なるため、中国のテレビの番組は結構な割合で字幕があります。
(最初は耳が聞こえない人のためにそうしているのかと思い、さすが中国人口も多ければ耳が聞こえない人も多いのだな、と勝手に思い込んでいたのですが、そうではないようです)中国語は漢字なので字幕を見るとある程度意味が想像できるので、字幕を見ながら会話を聞いているとなんとなく内容が分かってくるものです。これを勉強だと思って毎日最低1時間は必ず見るようにしていました。ただ興味の無い番組を見ていても頭に入りにくいと思ったので、私の好きな時代劇を良く観ていたのですが、このため私の中国語はどこか古代の名残があるようです(笑)。ただ、こういったテレビを見ながら、というのは中国語ならではの学習法かも知れません。
もう1つは「中国語を話す機会を意図的につくること」。そして思い切って話してみること、です。外国語だとどうしても恥かしさとか、伝わらなかったらどうしようという不安も相まって、話すのを躊躇しがちです(実は私も英語はそれに近い)。そこで外国語しか話せない人と二人になる環境を出来るだけ多くつくってしまう、のです。例えば私はマッサージが好きなので、マッサージにはできるだけ1人で行くようにしています。そうすればマッサージ士と二人になるので必然的に中国語だけの会話になります。また、タクシーに乗るときには運転手の隣に座るようにしていました。中国では1人でタクシーに乗るときには隣に座るのが一種のマナーのようで、逆を言うと隣に座ると中国語が話せると思ってどんどん話しかけてくるのです。飲みに行くときにも、気持ちが大きくなるので出来るだけ中国語を話すようにしていました。
日本人はどうしても日本人と一緒に行動しがちなのですが、私は住むエリアも日本人が居ないエリアを選び、日本人と接触することを必要最低限に抑えていました。
あとは、よく言われる当たり前のこととして、ガールフレンドやボーイフレンドをつくると覚えるのが早いと言われています(残念ながら(?)私には該当がありませんでしたが・・・)。
外国語を勉強する際には、その国に興味を持ち、もっと知りたいと思うことが一番大事なのではないかと思います。「好きこそ物の上手なれ」と言いますが、まさにその言葉通りです。

朝令暮改 7/30
朝礼暮改・・・朝に出した命令を夕方にはもう改めること。つまり、言うことがコロコロ変わることを意味する言葉です。
私は以前この言葉に対しては悪いイメージしか無かったのですが、うちのK取締役の口癖(!?)の1つでもあり、最近この言葉の意味を深く考えるようになりました。(もっともこの場合は厳密な意味での朝令暮改)
私はこれまで一度決めたことを最後まで貫くことが大事だと思っていましたし、それをポリシーにもしてきました。今も基本的にはその考えは変わっていません。
逆に言うと一度決めたことを後になって持ち出す人を軽蔑さえしていました。
ただ、その決めるときに、正確かつ正しい結論・決断を出すために十分な情報が無いということもあるかも知れませんし、その後に状況が変化することもあり得るかと思います。つまり、物事を決める段階では、予期しなかった状況の変化や新しい事実・情報などを得たことによって、より良い解が生まれたときには、決定したことにこだわるよりも、より良い方を選んだ方が良いこともあるのではないか、ということです。もちろん、この場合にはルールとして先の議論に参加した全員の了承を取る、ということが前提があっての話ですが・・・。
一方、単に優柔不断で決めたことを後ですぐに変更したり、決めたことに賛成していなかった人が感情的になんとか自分の意見を押し通そうとする動きは、コンセンサスの不一致、誤解や混乱、時間の浪費、進行障害などを招き、全くマイナスでしかないと思います。
これらの違いは表向き分かりにくいところがありますが、実質的に前向きか後ろ向きかという大きな違いがあるので、この二つを履き違えないようにする必要があると思っています。
よく一般的に「社長の考えや意見がコロコロ変わるから何を考えているか分からない」とか「社長にはついていけない」という話を聞くことがありますが、以前は「そういう社長だと大変だろうな~」と共感する部分が多かったのですが、もしかしたらその社長は優柔不断なのではなく、四六時中仕事のことを考えていて、その過程の中でよりベターなソリューションを発見している、ということもあるかも知れないと思うようになりました。経営者や上司はその時に得られている情報をもとにジャッジをしなくてはなりません。この情報の量や質は情報ルートや環境(例えば風通しが悪い会社は正確な情報が上がりにくいなど)によっても異なるし、その時々やシチュエーションによっても大分異なります。
事業戦略にしても、その戦略を立てるときの業界環境や競合状況などをもとに最適と思われる戦略を策定しているものであって、その後の前提条件の変化などに応じて時代に合わせて見直しをして最適化していくことは決して悪いことではないと思います。
昔の偉人の言葉で「良い方法が見つかって、以前のやり方を否定することは決して恥かしいことではない」という主旨の文句を聞いたことがあります。「初心貫徹」と環境順応」のバランスというのは最近私の中でのテーマもあります。

海の乗り物 7/29
私は海の乗り物への縁があまり無いようです。
先日うちの会社では有志の人達で「屋形船宴会」が催されました。会社戦略説明会を終えて帰社したら、結構な割合のスタッフが浴衣に着替えていて、一瞬どこに戻ってきたのかと目を疑ったほどです。
「屋形船」というと、昔からある船に簡易式の建物をのせて、その中が座敷になっているという伝統的なイメージがありますが、実際はどうなのでしょうか。いずれにせよ、趣がある響きですね。私は出張に来てしまったので、どんな感じだったのかは聞いていないのですが、きっと楽しい宴だったのではないかと思います。
私は海の乗り物が嫌いではないのですが、なかなか乗る機会に恵まれません。
クルーザーやヨットをお持ちの方に何人かお会いしたことがあり、社交辞令で「今度是非来てください」と言っていただくものの、一度も乗った機会はありません。上海に住んでいたときも、クルーザー(というかどちらかというとタンカー(笑))上のカクテルパーティに招待されたことがあるのですが、女性同伴ルールだったため止む無く諦めました。自分ではフェリー旅行を何度か企画したことがあるのですが、結局企画倒れのままです。フェリーで夜通し麻雀をして皆で朝日を見る、というのに憧れているのですが、容易には実現しないようです。
私は観光地へ行くと、必ずといって良いほど観光船やボートに乗ってしまいます。
なぜかというと、普通の乗り物と違って、観光船ではカモメ等に餌を上げれるケースが多く、ボートは漕ぐという行為があるので、これらには自分が参加している、という感覚が持てるからです。またボートは、プライベートな世界と時間がつくれるのが気に入っています。学生の頃は私の頭の中でデート=湖畔公園=ボートという方程式があったぐらいです(笑)。
ところで、クルーザーとヨットというのは傍目には同じように見えてしまいますが、乗る人の層が全く異なるそうです。とある方の話では、クルーザーは成金系、ヨットはセレブ系とか。もっともその方はヨットを持っているのでヨット贔屓なわけですが、ヨットに乗ると人生観が変わるとまでおっしゃっていました。
機会があれば、一度乗ってみたいものです。

戦略説明会 7/28
本日都内の会場において、メディア向けにネットビレッジの事業戦略説明会を開催させていただきました。
うちの会社がこのような形で、事業戦略について対外的に説明する機会を設けさせていただいたのは初めてです。この背景には、基盤固めの時期が終わって、社
名変更を機にこれからまさに攻めの体制になり、将来ビジョンを打ち出すとともにそれに向かって邁進していくことをPRしたかったということがあります。
うちの会社は中国に力を入れていることもあり、中国法人の責任者(5/15付けhirog『張振棟』参照)にもこれに合わせて来日してもらいました。
説明会は広報担当の初デビュー司会のもと、ネットビレッジグループの将来戦略について私から、中国での戦略について張の方から、という二部構成で行いました。私は話したいことは山ほどあったのですが、話せる内容と時間に制限があったので、消化不良の感もありましたが、目指す姿やそこに至るまでの戦略について一通り説明することができたという意味で良い機会だったと思います。張の方は最近業界では有名人になりつつあるので、しばらく見ないうちに講演慣れしたようで、不慣れな日本語というハンディがあったにもかかわらず、自信と野心に溢れたプレゼンで、聞いている身内の私自身もとても納得の行く内容でした。早速著名新聞社から個別の取材申込があったようです。
今週の月・火は大阪で個人投資家向けのIRフェアに出展したのですが、私は参加できなかったのですが、ご年配の方々に多数ご来場いただいたようです。
こういった形で、少しでも多くの方にネットビレッジという会社を知ってもらう機会を設けることは大事なことだと思いました。
中長期戦略を発表した以上は、これから実際に事業、数値で示していく必要があると思っています。
なお、今日の説明会の内容は、ケータイウォッチでは既に記事になっているようですが、後日ホームページでもアップ予定をしていますので、興味のある方は是非ご覧ください。
白い服 7/27
今年の流行色は白のようで、街中には白いスカートをまとった女性を多く見かけます。今日は私も今年初めて白のパンツをはいて会社に行ってみました。
「白」という色は清潔感があって、涼しげでいいですよね。同じ白でも素材が異なると色々バリュエーションが出てくるから不思議です。
ファッションにおいて白というのはとても重要な要素だと思いますが、同じ着る物でも、「白いスカート」「白いパンツ」だとお洒落な感じがしますが、「白いストッキング」とか「白いエプロン」というと「メイド」を思い浮かべてしまいます。また、「白いYシャツ」「白いブラウス」というと何か堅苦しい感じがするし、「白衣」というと病院とかをイメージすることが多いのではないでしょうか。白衣と言えば、給食当番や理科の実験のときに、なぜわざわざ汚れやすい白なんだろう・・・といつも疑問を持ちながら着替えていました。
ただ、何といっても代表的な白の服としては、「ウェディングドレス」でしょうか。ただウェディングドレスこそ、同じ白でもクリーム系の白から純白まで微妙な色がたくさんありますし、形や装飾も様々なので、ドレスによって全くイメージが異なるから不思議です。そういえば、白の水着というのは昔はタブーでしたが、グラビアアイドルなどが積極的に着るようになってから、今ではかなり一般的になったのではないかと思います。以前は「白=下着」
というイメージが強かったのでしょうね。
白い服と言えば、私が高校生の頃、TUBEという夏を象徴する音楽グループ(今でもありますけど(笑))が、ジーンズに白いTシャツを着ていたことから、当時男性の間でジーンズに白いTシャツというのが大流行したときがありました。このときはHane'sのTシャツが売れに売れたときです。皆競って肌を焼いて、日焼けした肌に白いTシャツという人がそこらじゅうに居たことを覚えています(笑)。
白という色は対比があって初めて際立つものだと思いますので、確かに肌が白い人が白い洋服を着ると、顔が負けてしまったり、病弱に見えたり、ということはあるかも知れません。
白い服の難点は、着ているときにとても気を遣うこと。汚れやすいので、外を歩くときや食事をするときなど、どうしても気になってしまいます。また、白は素材によっては透けてしまうので、下着までセットで考えなくてはなりません。私は白系の服は1度着たらすぐにクリーニングに出すのですが、それでも汚れが100%落ちなかったり、1年しまっておくと少し変色してしまったりと、長持ちしないのも欠点です。
ところで「白のスーツ」というと裏社会とか業界人をイメージする人が多いと思いますが、実は私は一度白のスーツを着てみたいと思っています。fonfunが将来一部上場を果たしたら、その記念パーティでは是非白のスーツで参上したいと思います(笑)。

大志を持った社長 7/26
本日は新宿高層ホテルはとてもムーディーなラウンジで、とあるゲーム開発会社の社長さんと会っていました。
火曜日の平日だと言うのに、周りはお客さんがいっぱいで、特にカップルだらけで、中年男性のカップルはちょっと寂しい感じでした(笑)。
その社長さんは、白いジャケットに胸の開いたシャツという出で立ちで、パッと見ヤンキーみたいなのですが、実際にはとてもユニークでアグレッシブな方です。ただ人と会うのが好きではないらしくて、滅多に社長同士でも会わないそうです。
彼と会っているといつも元気をもらえる気がします。もっとも彼と話しているときの90%は彼なりの持論や夢の話になり、一方的に聞き役になっていることが多いのですが、彼の物の見方や考えのベースになっている要素は興味深いものがあり、普段私がお会いしている経営者の方々とは全く違うタイプ7なので刺激を受けることが多いのです。自分は自分という部分が明確であり、そして自分がどういう人間かを十分に理解したうえで話をされるので、嫌味が無いというか、長話も思わず最後まで聞いてしまいます。
そんな彼は、読書が大好きで社会人になってから暇さえあれば本を読んでいるそうです。彼は高校には行っていないのですが、今は高校の数学の教科書にはまっ
ているそうで、毎夜数式と格闘しているとのこと。本は自分の視野を広げるヒントをくれる、とか数学は言語と同じで物事の基本的な考え方の勉強になる、とおっしゃっていますが、それだけ一般の人に比してよりピュアで吸収力が大きいから出来ることだと思います。このあくなき自己向上心には頭が下がります。
今日も「「人間は考える葦である」という言葉がありますが、その前にとても大事な文章があったことをご存知ですか?」と聞かれ、私は分からなかったのですが、「考えることは道徳の基になる」というようなことが書かれているそうです。表面的な一次的な情報だけではなく、大元に返ることで初めてこのような深い意味を知ることができる、というのを示している良い例かと思います。
私の前ではいたって温和な(ただ相当エネルギッシュですが)彼ではありますが、既に会社を興して12年と、うちの会社よりも長い社歴を持っており、既にスタッフも100人近くいるらしいので、これまで相当な苦労があったのだと思います。また、彼は明確なビジョンをもって信念をもって経営にあたっているので、会社ではまた違ったカリスマ性を発揮されているのだと思います。
彼は、ソフトウェアというもの、そしてゲームというものについて、壮大な理想と目標を持っており、これからそれを追求していかれるそうですが、是非その気持ちを忘れずに夢を実現していただきたいと願っています。
雨の日 7/25
今年は梅雨明けが遅いようで、最近ずっとぐずついた天気が続いていますね。
私は基本的には雨の日が嫌いです。もちろん気分が乗らない、ということもあるのですが、「天気に気分が左右されるようでは甘い。自分の天気を持て」と何かの本に書いてあるのを読んでから、気分は落ち込まないように意識するようにしています。とはいえ雨の日は、まず湿度が高くなってじめじめ感があること、傘を持つのが面倒であること、意図せずして洋服が汚くなりやすいこと、などが好きではありません。特に混んでいる電車や路上を歩いていると人の傘がくっついたり、車が水溜りを弾いたりと、その気を遣うのに疲れてしまうことがあります。雨の日だけは運転手付きの専用車だったら不快感無いし車内で仕事もできるのに、と一瞬思ったりします。
今日もクリーニングに出したばかりのスーツを着て家を出たら10秒もしないうちに床のタイルが壊れているところがあって、そこに足を踏み込んでしまい、膝下がずぶ濡れになってしまいました。そんな普段はうっとうしいまである雨なのですが、不思議と仕事と関係ないとき、もしくは時間があるときには時として情緒をもたらしてくれることがあります。しとしと振っている雨をボーっと眺めたり、雨音に聞き耳を立てていると、仕事の慌しさや都会の騒々しさから解き放たれたような、一瞬とても平静な気持ちになることがあります。
雨と言えば、小さい頃にふと「雨の中を2倍の速度で歩いたら濡れるのは半分で済むのだろうか?」と思ったことがあるのですが、これってどうなんでしょうね。
なんとなく早く歩けば上からの雨の当たりが少なくなる気がするのですが、その分身体の横に当たる雨は増えるような気もします。多分、これって雨の速度とか密度とか、身体の傾斜角とか、歩く速度とか、色んな要素に関係してくるのかも知れません。うーん、久しぶりにちょっと考えてみたのですが頭が働いていないようなので、
知っている人が居たら教えてください!

花火大会 7/24
今日は、調布市で花火大会がありました。私は東京では調布市に住んでいた期間が8年ぐらいと一番長く、現在もすぐ隣が調布市ということもあり、調布市の花火大会はかれこれ10年近くお世話になっています。
ただ、私の記憶では、調布市の花火大会はいつも雨に悩まされ、8月に開催されることが多かった気がします。昨年も途中から雨だった気がしますし、今年もず
っと小雨の中での開催でした。
初めてこの花火大会へ行ったときには、京王多摩川駅という各駅停車駅を降りて、とても場所が分かりにくかった覚えがあります。実はこの調布の花火は花火を打ち上げる場所が多摩川会場と布田会場の二つに分かれているので、人の波が分散するという特徴があります。具体的に言うと京王稲田堤から柴崎駅ぐらいまでの調布駅を中心とする6駅ぐらいが対象になるのです。
有料席なのか、無料席なのか、近くで見たいのか、遠くて眺めの良い位置で見たいのか、など目的を明確に持って歩かないと、思ってもいないところへ行ってしまったりします。それでも主催者側も毎年その辺を検討しているらしく、年々ところどころ改善され(通行路、観覧席、出店の位置など)、今年は誘導などだいぶ良くなったような気がしました。
私が住んでいた調布の家は、まさに布田会場の目と鼻の先にある、道路に面して立っていて、家の2階から花火が鑑賞できたので、花火大会になるとよく友達を呼んで皆でワイワイ観ていました。ただ難点はあまりに音が大き過ぎて振動があること、そして火薬や花火の欠片が飛んでくることでした。
今日は、体調が芳しくなかったこともあり、自宅から車を運転して行ったのですが、駅の近くの駐車場で待つこと2時間、やっと車を止めることが出来ました。
花火を観ると夏を感じます。特に今日はグルグル車で会場付近を廻っていたため、たくさんの観客を見ましたが、かなりの割合の女性が浴衣に身をまとっていて、日本独特の風情を感じ、日本も捨てたものじゃないなと思いました。
これから全国的に花火大会が全盛になる時期ですね。今日は雨の中、しかも車の中からの花火だったので、できればあと1回はきちんとした花火を見てみたいで
す。
花火と言えばビール、最近ほとんどプライベートで飲んでいない自分に気づきました。気の合う仲間と気楽にビールでも飲みたいものです。

土用の丑の日 7/23
明日(というか今日)は土用の丑の日なんですね。スーパーなどでもウナギが盛んに売られていました。
ところで、この「土用の丑」ってかなり難易度が高い日だと思うのですが、皆さんは真剣に考えたことってありますか?
私は冗談ではなく社会人になるまで「土用の丑」は「土曜の牛」だと思っていました。なのでなぜ「土曜以外の日」に、しかも「ウナギ」を食べるのかが理解できませんでした。加えて私は実はウナギが食べれないので、その理由を突っ込んで調べたこともありませんでした。というわけで今日は私なりに調べた知識を皆さんと共有したいと思います。
まず「土用の丑」は「土用」と「丑」に分けて考える必要がありそうです。「土用」とは五行思想(中国に端を発する自然哲学で万物は火、木、土、金、水の5種類の元素から成るという説)に基づく季節の分類の1つで、季節の変わり目の約18日間のことを言うそうです。「丑」とは十二支の丑であり、もともとは紐を差していたが覚えやすくするために動物の「牛」を割り当てたそう。よって、「土用の丑」とは土用の間で日の十二支が丑である日となります。土用は春、夏、秋、冬とあるのですが、夏の土用の丑の日は、暑い時期を乗り切る栄養をつけるためにウナギを食べる習慣ができたそうです。何故ウナギかというと説は色々あり、一番有力なのは江戸時代にウナギ屋が平賀源内に商売の相談に行ったところ、「丑の日に「う」の付くものを食べると夏負けしない」という伝承からヒントを得て、店先に「本日丑の日」と書いたところウナギが大繁盛したというものです。
夏の土用の丑の日は、年によっては2回あって、今年は7月23日と8月4日だそうです。最もウナギの食えない私には関係の無い話ですけど・・・。
ちなみに金沢ではウナギの代わりにドジョウを食べる習慣があるそうです。確かに似てるとは言え、ちょっと苦味がありそうですね。私が小さい頃実家の近くの魚屋でドジョウが売っていたのですが、私はいつも長い時間覗き込みながら、時には店のおばさんに1匹分けてもらってペットして飼っていました。私にはとてもドジョウを食べる気にはなれません。
ウナギ、ドジョウ、アナゴの中で食べれるものは・・・、「うなぎパイ」ぐらいでしょうか(笑)。

めまい物語 7/22
私はこれまで「めまい」という代物とは全くといって良いほど縁の無い生活を送っていたのですが、昨日その「めまい」なるものを体験してしまいました。今日はお恥ずかしながら自己管理が出来ていなかった私の「めまい物語」です。
原因は色々考えられるものの、基本的には「睡眠不足」と「栄養不足」が重なった結果なのだと思います。月曜日から木曜日に至るまでを思い起こしてみると・・・。(ちなみに下記記録中、私は以前hirogで触れた通り朝食を食べる習慣がないので、朝食は必然的に食べていません)
月曜日:祝日だったものの、夜に都内でMTGがあったため昼ぐらいから都内のネットカフェで仕事を始め、夜にMTGしながらフライドポテトやピクルスなどをつまむ。深夜1時ぐらいに帰宅後、翌日の取締役会資料づくりのため朝まで作業。
火曜日:1時間ぐらい仮眠した後出勤。昼過ぎに15分ぐらい空いたので昼食を買いに出たものの電話があり結局買えずに午後のMTGに突入。夜に中国からの出
張者とのMTGの際、食べ物を注文したものの、内容がシビアな話だったためほとんど喉を通らず。その後もMTGがあり深夜2時ぐらいに帰宅。色々考え事をしていたら頭が冴えて来てメモなど取っているうちにそのまま朝を迎える。
水曜日:朝からスケジュールが詰まっていて昼食は取れず。外出中に栄養が足りないかもと思いコンビニでリポビタンDスーパーを買い歩きながら喉に流し込む。夜は会食だったのだが、私の苦手な豆腐ずくしで全品豆腐料理だったため(最後のデザートまで豆腐でした(悲))、ほとんど口にできず。その後更にMTGがあり、話をするのに支障の無いスープを注文。この日は深夜2時ぐらいに帰宅、寝床についたのだが数時間後に身体の関節が何となく痛くて目が覚める。
木曜日:朝からMTGがあったため、家を出るも途中で「めまい」があり、歩くのもしんどくなったため安静状態に・・・。(ちなみにこの日も水以外何も食せず)
と、月曜から、おつまみ2食、豆腐味見、スープ、リポビタンDスーパー1本、(正確に言うと+缶ジュース数本とオフィスの机の上にあった社員のお土産せんべい)しか食べていなかったのです。めまいが来たときには一瞬自分が年を取ったのだろうか、とショックだったのですが、振り返ってみて当然かも知れないと自分を納得させました。
気力があっても、身体がついてこないこともあるのだと実感しました。それと同時に健康管理をきちんとしなくては、とあらためて反省しました。というわけで、さきほどは「肉野菜炒め」をご飯大盛りで食べてきました。
私のスケジュール表は共有になっており、スタッフなら誰でも予定を入れることが出来るのですが、スケジュールが詰まってくると必然的に昼食時間が無くなってしまいます。このhirogを読んでくれているスタッフは、今後はきっと昼食の時間として30分ぐらいは開けてくれるのではないかと思います(笑)。

いい加減 7/21
私の大学時代の友人のモットーは「いい加減に生きる」でした。
もっとも、この場合は「なにごともほどほどが良いのだ」という主旨のようなので、「良い加減に生きる」といった方が分かりやすいかも知れません。
初めて聞いたときには「それって屁理屈じゃないの?」と思いましたし、その友人の態度や行動が私の目には中途半端に見えていたので、正直共感できる部分は全くありませんでした。
社会人になってから、彼が言っていたことが納得できるシーンに何度か遭遇しました。
例えば、私が開発営業(開発といっても不動産開発)をしていた頃、とても広大な土地を持っている地主さんに上司と一緒に何度も何度も足を運んだことがありました。新入社員の私から見ても、どう考えてもうちの会社が検討対象から外れていることは明白だったのですが、上司は会社の方針だからと言って、可能性がほとんどないことを分かっていながらも結局1年以上も無駄にしました。このことから学んだことは可能性を追い求めることは大事なことだけど、どこかで見切りをつける英断も必要だということです。
また、私のとある知り合いの会社はここ数年黒字の会社だったのですが、上場準備のために上場経験のあるマネジメントを採用し、管理系スタッフを一気に増強し、内部管理制度、コンプライアンスの強化、会計士監査などを始めた結果一気に赤字に転落して、結局未だに上場できていないというケースがあります。このことからは、収益とコストのバランスがとても重要だと認識しました。
ビジネスを行う場合には、完璧を求めることが良いことではないこともあります。必要以上な投資はコストばかりが増加して採算が合わなくなることがあります。何事も程度問題というのがある、というのが最近になり、特に感じることです。
「いい加減=(中途半端)」は良くないと思いますが、「良い加減=(適度なバランス)」は大事なことだと思います。
ストーカー発見 7/20
本日、初めてストーカー(らしき、というか異常者に近い)を目にしました。
ストーカーとか話には聞くものの、実際にそのような光景を見にして、あらためて怖いものだと思いました。
今朝バスに座っているときに、停まったバス停で、1組の男女を目にしました。男性は23歳ぐらいでボサボサの髪に不潔そうな服装に身をまとっており、女性は22歳ぐらいのOLで割りと現代風な格好をしていました。男の人が傘を差しているように見えたので、カップルなんだろうとばっかり思っていました。ただ、女性は常時うつむき加減です。
バスにのってくると女性が最初にバスに乗って入り口のところで立ち止まったところ、男性もその手前で立ち止まりました。女性が次にバスの真ん中ぐらいまで歩いて来て再び止まると、男性もそこで停止します。最後には女性は私が座っている最後部の近くまで来て手すりに掴まりました。今日は雨で比較的混んでいたので、まず女性がバスの入口から後ろまで来るのがいかに大変かは分かると思いますが、その後を強引にかきわけて男性が女性の横にピタッと張り付いたかと思うと、なんと女の子が両手で掴まっている後ろから抱きかかえるように両手を回して同じ手すりを持ったのです。
私はここで何か変だなと感じました。その後男性と女性の距離は数センチぐらい、しかも時折男性が女性の髪や首の匂いをクンクン嗅いでいます。?と思った私は手をかそうかと思ったのですが、女性もさすがに変だと気づいて男の人が回している両手そのままに、潜り抜けてそこから脱出しました。ただそのときに持っていた傘を床に落としてしまい、男性が拾うではありませんか?女性はとても困った顔をしながらも、御礼を言って傘を受け取り、その御礼する女性の顔を見てニヤリとした男性の顔は間違いなく普通ではないと気づきました。
その後も女性は男性から少しでも離れようと忍び足で、距離感をおこうとするのですが、すぐに男性に追いつかれます。
その状況のままバスは駅に到着し、皆が降り始めたのですが、女性は当然男性においかけられることを想定し、先に男性を下ろそうとしたのですが、男性はいつになっても降りません。結局その男性と女性、そして私の3名になったときに、さすがに女性も急いでいたのか、先に改札口まで走り始めました。そのときです。
急に男性もバッと道路に飛び降りたかと思うと、そのまま女性をおいかけ走り続けます。
私も、これはさすがに犯罪かもと思ったので、男性を警察に連動せねばと思い、男性の後を追いかけます。ただそんなときに限って(というわけでもないのですが)パスネット残額が足りずに改札口を通れません。
その間に小叫びをあげながら、ホームまで階段を駆け上がる女性のすぐ後を男性が追いかけていきました。
ホームが逆方向だったこともあり、結局見失ってしまったのですが、あの女性がその後どうなったのかがとても気になっています。特に同じバス停から乗ってきたことを考えると、家が近いかず知れず、家を突き止められる可能性があるやも知れません。
今朝のこの事件は私にとって2つの意味でショックでした。1つはあれほど最後に捕まえようと思っていたにもかかわらず、見失うという失態をしてしまったこと、そしてもう1つは、周りの状況把握が出来ていれば、バスの中の二人の動きいは誰でも怪しいし、両手を潜り抜けたときには絶対おかしいと思うはずです。
それなのに、何もしない一般人について疑問を覚えました。(私は最後尾に座っていて身動きが取れず)。

経営者の仕事 7/19
以前、とある年配の経営者の方とお話していたときに「社長の仕事は3つしかない。それは「ビジョンを示すこと」・「ジャッジをすること」・「責任を取ること」だ」と言う話をされていました。
この言葉は一理あると思ったので、以後度々このことを思い起こすことがあります。
ビジョンを示すためには、先見性、戦略性が無ければなりません。また、ビジョンは出来るだけ具体的かつ分かりやすく、自信と信念を持ったものでなくてはならないと思います。ビジョンが無ければ会社が向かうべき方向性のコンセンサスが取れないですし、スタッフがやっている仕事がどういう意味を持つのかが分からなくなる可能性があります。
ジャッジをするためには、状況判断力や決断力が必要です。経営者がジャッジできないことは誰にもジャッジができないですし、経営者のジャッジは基本的に会社としての最終決定事項になります。
責任の取り方は色々あると思いますが、経営者が最後は責任を取ってくれるという後ろ盾があって、初めてスタッフは思う存分仕事に集中できるのだと思います。
さて、この3つの中で、自分で一番悩ましいのは責任の部分です。「責任を取る」というと一般的にはどういうイメージがあるのでしょうか?よくニュースなどで「業績悪化の責任を取って辞任」とか「不祥事の責任を取って減俸」というのを見かけますが、経済的、社会的制裁が責任を取るというのと同義になるのでしょうか?個人的にはこういった責任を取る前に、まずは「対策を講じる」とか「問題を解決する」という「責任を果たす」ということが重要なような気がします。
「責任を取る」というのを辞書で調べると「自分のした事の結果について責めを負うこと。特に、失敗や損失による責めを負うこと」とあります。責任の取り方って本当に難しいと思います。
上記3つ以外にも大事な仕事はたくさんあると思いますが、、個人的に経営者の仕事として大事だと思うのは「リーダーシップを発揮すること」そして「社員が十二分に能力を発揮する環境をつくること」だと思います。
さて、うちの会社は昨年度黒字転換を果たし、今期も増収を見込んでいますが、業績以外の部分において、私は経営者としての仕事をきちんと果たせているのか?
と自問自答する今日この頃です。

華流の来る日 7/18
韓流と言われて久しいですが、一時ほどではないにせよ、相変わらず韓国スターの人気は高いようです。私は全く韓流とは縁の無い生活を送っているのですが、私は韓流が始まる前からいつか中国ブームが来るだろうと予測しています。最近一部のメディアで「次は中国ブーム」のように言われていますが、中国ブームは「中流」ではなく「華流」と言うのが一般的なようです。
私が中国ブームが来るだろうと思っているのには幾つか理由があります。
第一に世界イベントが目白押しであることです。2008年には北京でオリンピックが、2010年には上海で万博が開催されます。これらにより、必然的に中国は国際的に注目を集めることになると思います。
第ニに中国の流行が急速に世界にキャッチアップしてきることです。一人っ子政策の結果、子供は比較的お金を持っており、ファッション、音楽、美容等に惜しみなく投資をしています。ここ数年においても特に女性のお洒落度は格段に上がってきています。メディアの影響、海外旅行の規制緩和、留まることを知らない海外企業の中国進出も、これらを後押しする結果となっている気がします。
第三に中国の技術進歩です。以前は中国製品は品質が良くないと言われていましたが、最近はそうとも言えなくなってきています。ソフトウェアやインターネットの業界においても、他の国に勝るとも劣らない製品、サービスが生まれてきています。
中国の人は思ったよりも手先が器用ですし、絶対数的に頭の良い人が多いので、教育や生産管理がきちんとしていれば、人口比で言っても他の国に劣る理由は見つかりません。日本がプロダクトや技術の逆輸入をする日も遠くないかも知れません。
現在の中国のタレントは香港、台湾出身者がほとんどを占めています。日本において知られている中国系タレントは「ジャッキー・チェーン」や「ケリー・チャン」などですが、彼らも香港人です。また、中国にあるお洒落なバーや建物は香港、台湾資本であることがほとんどです。こういったことから本土の人達は政治的な問題は抜きにして、香港、台湾に対して「ハイカラ」・「お洒落」というイメージがあるものと思われます。それこそ「セレブ」なのかも知れません。実際、香港や台湾のタレントは皆お洒落でトレンドリーダーになっています。
ただ、これも今まで本土にそういう素地が無かっただけで、中国本土の人口13億人に対して、台湾は2000万人、香港は700万人と言われていますから、統計学的
にもダイヤの原石は中国本土の方が多いはずだと思います。
昨日深夜にTVをつけていたら、以前hirogでも触れた「五月の恋」の主演女優のリゥ・イーフェイ(日本での芸名はイーフェイ)のプロモーションCMが流れていました。明日(18日)に日本で歌手デビューをするそうです。ソニーが担いでいるので、それなりに売れるかも知れません。これが華流ブームのキッカケになったりして・・・。

硬貨と小銭 7/17
硬貨と小銭は同じものだと思われるかも知れませんが、私の意識の中では明確な区別があります。簡単に言うと「硬貨」はコレクション、「小銭」は余りモノです。
私は小さい頃に切手や硬貨を集めるのが趣味で、当時使用していた硬貨の中でも珍しいもの(古いもの、希少なもの、綺麗なもの)はコレクションしていました。
例えば硬貨の成分を調べたときに、100円硬貨よりも10円硬貨の方の方が銅の使用率が高いと知ってからは貨幣価値を除いた物的価値は10円の方があると思い、
10円ばかりを何千枚も集めていました。今思ったのですが、10円硬貨の絵は平等院鳳凰堂で鳳凰まで細かく描かれているからfonfunとも縁がありますね(笑)。
また、10円の中には円周の部分がギザギザになっているものがあります。昭和26年から昭和33年まで製造されたこの硬貨は今ではオークションで売り買いまでされているそうです(私もお金に困ったら実家から出品しようかな(笑))。ギザギザ10円は割りとポピュラーですが、結構知られていないもので、5円で字体が違うものもあるのです。楷書体の5円硬貨は結構貴重です。ちなみに、私はこういった硬貨を集めると、一生懸命消しゴムで1つ1つ綺麗に磨いていたのですが、あるときコーラで洗浄するといっぺんにピカピカになると言われやってみたところ、確かにかなり綺麗になりました。500円硬貨が出たときには、なんかとても綺麗で嬉しくて、手に入ると使わないようにしていたので、かなり枚数があるのですが「新しい硬貨は取っておいても価値が上がらないから意味ない」と言われ、それもそうだと思ってからは使うようにしました。
このようにコインを「硬貨」と思うと、私にとって価値のあるものになります。
次に小銭ですが、小銭を使うのが得意な人と苦手な人っていますよね?
私は完全に後者で、いわゆる小銭持ちです。おつりをもらうと、その場で財布に入れるのが面倒で、そのままポケットやカバンなどに入れてしまうことが多いので、あちこちに分散してしまい、ついつい溜まってしまいがちです。家に帰るとその辺に置いておくのですが、それを使う機会が無いので最近やっと貯金箱を設置しました。まだ1ヶ月経っていないのですが、既に満タン近くなっています。
不思議と「小銭」と認識してしまうと、邪魔者扱いまであるから困ったものです。
海外に行くと貨幣が混同してしまうため、出張前には小銭を溜めないように小銭を使うものを想定・計算して配慮しているのですが、1つ計算間違いや想定外の買い物があると、一気に大量のお釣りをもらったまま出国する羽目になるので要注意です。
逆に出張先では、異なる硬貨はコレクションのために使い切らないようにしています。帰国後、それをセットにして知り合いにお土産とか言って渡していてることもあるのですが、よく考えるとあまり嬉しくないかも知れませんね。
雷 7/16
今日は日中都内では雷がありました。
よく自然災害の怖いものを「地震」・「雷」・「火事」・「親父」に例えて言いますが、私はこの中では一番「雷」が好きではありません。特にパッと光った後にいつくるか分からない雷鳴の根性が気に入りません(笑)。
今でも鮮明に覚えていますが、小学校のときに、すごい大雨と雷があったときに、自転車で長い道のりを帰らなくてはならず、稲妻と雷鳴に囲まれ続け、半分ベソをかきながらも大声で「雷」を怒鳴りつけながら家に帰ったことがあります。
もちろん、雷の1回の放電量は数万~数十万アンペア、電圧は1~10億ボルト、つまり電力量に換算してしまうと100万メガワットとかになってしまうので、人間がかなうわけはありません。私は雷が鳴るとよく窓際に行って外を見ているのですが、夜に稲妻を見るとその瞬間はとても綺麗です。あの音が無ければロマンチックかも知れないのですが・・・。
ところで雷鳴は何故起こるかというと、稲妻の通り道となった部分の空気は温度が数万℃に達し、急激に膨張して周囲に対して真空状態となり、この時の衝撃波と周囲から再び冷たい空気が流れ込む際の振動とによって轟音が発生するのだそうです。それにしてもあの雷鳴を傍で聞いたら鼓膜は破れるでしょうね。
ところで、小さい頃は「雷が鳴ると雷様がやってきて、そを取られるから、へそを隠しておけ」と言われていましたが、今もそう言い伝えられているのでしょうか。
雷をモチーフ(?)とした有名なお菓子に「エクレア」があります。エクレアとはフランス語で雷とか稲妻の意味で、表面の割れ目(チョコの間に入ったクリーム)が稲妻を彷彿させるからそう名付けられたという説が濃厚なようです。日本では浅草名物で「雷おこし」というのもありますが、これは私は「雷を発生させる」意味かと思っていたら、浅草の「雷門」と「事業を興す」「名を起こす」などを掛けた名前だそうです。
もっとも我々の世代の場合には、これらの食べ物よりもアリスという谷村新司が所属していたグループの大ヒット曲「冬の稲妻」の方が知られているかと思います(笑)。もっとも曲中のフレーズである「あなたは稲妻のように、私の心を引き裂いた」とは、今思えば穏やかではない歌詞ですが・・・。
「成り上がり」と「セレブ」
最近微妙なテーマが続いていますが(笑)、こういうテーマでこそ、私がどんな人間でどういう考えを持っているかが分かってもらえるかと思います。
「成り上がり」というと、マイナスなイメージを持たれる人もいるかも知れませんが、適切な言い方が見つからなかっただけで、ここでは「自分の努力や実力で成功した人」というポジティブな意味で使っています。「セレブ」は「御坊ちゃん」とか「お嬢様」のように、もともと家系が事業家、政治家、医者とか一般的に名士と言われる方を指しています。人のイメージで言うなら、「成り上がり系」が豊臣秀吉で、「セレブ系」は鳩山邦夫さんといったところでしょうか。以下の話は、あくまで私の主観による相対的な話で皆がそうということではありません。
さて、皆さんはどちらが好きでしょうか?
「成り上がり系」の人は貪欲で、アグレッシブな方が多く、それれを表に出さない方でも大概は秘めたる闘志を持っています。一方で何らかの出来事や環境が動機になっているケースが多く、コンプレックスがあったり、姑息な考え方があることもあります。
「セレブ系」の人は、あまり冒険をしない場合が多く、逆境に弱い部分がある一方で、色々な意味でスマートな方が多く、屈折していない感じがします。
勿論、「成り上がり系」で「セレブ系」の仲間入りをする場合もあると思います。
以前、セレブの知り合いが多い方とお話しているときに、「名士との付き合いは刺激が足りない部分もあるけど、逆に余裕があるので根っから悪い人は少ない」と伺ったことがあります。確かにそう言われてみれば、私が知っている名士の方々を思い浮かべても、多少わがままであったり、現実の厳しさを知らないような発言はあっても、根は純粋でピュアな方が多いかも知れません。また、教育やマナーがしっかりしているからか、周りの人に気配りができる方も結構多いように感じます。
「成り上がり系」の方とお付き合いしていると、驚くような経験をしていたり、数々の成功体験を聞けたりするので、話していてもワクワクしていて楽しいのですが、長期的な関係で考えると「セレブ系」の方々は警戒感なく安心してお付き合いできます。ただし「セレブ」の場合は、こちらの立場が変わると、お互いの関係を周りや環境が許さない、ということもあるかも知れません(笑)。
私は公務員の普通の家庭に育ち、社員から社長になったという意味においては、一般的には「成り上がり系」に見えているのかも知れません(財産は無いですけど(笑))。そんな私の将来目標は「ダンディー」な男性になることです。ただこれは「セレブ」ということよりも心に余裕を持ち、スマートな振る舞いをしていきたいという意味です。そのためにも自分に磨きをかけていかねば・・・。

資格 7/14
昨日は、学歴についての話をしましたが、今日は資格についてです。
資格が学歴と違う部分は、業務に直結する資格の場合には、その業務分野の知識の程度を客観的に証明できるというところです。つまり、例えば入社試験や面接を受ける場合に有利になることがあるかも知れません。会社によっては資格を採用の前提条件にしているところもあったりします。特に経理とか外国語を使う仕事の場合には、簿記1級とかTOEIC900点とかは間違いなくPR材料になるでしょう。
特定の知識が必要な専門職の場合に、採用前に試しに働いてみてもらうということは難しいので、知識を図る物差しが資格もしくは職務経歴から想定するぐらいしかできないからです。
ただ、業務に直結しない資格については、採用にとって有利になることは無いように思います。色々な方の面接をしていると、時にどうしてこの資格を取ったのだろうと思うときがあります。その場合には必ず動機を聞くようにしています。
逆に「とりあえず簡単そうなので取ってみた」とか「何に役立つか分からないから」と正直に答えてくれる方もいるのですが、場合によっては「目的意識がハッキリしていない」とマイナス印象にもなり得ると思います。もっとも興味が無い資格の勉強が出来る方は、私にはとても真似出来ないので、それはそれである意味大したものだと思いますが・・・。また、中には資格マニアなる人もいて、船舶技師とか無線技師とか危険物取扱者とか、履歴書に色々書いてこられる方がいます。こういったケースには資格を取ることに生き甲斐を感じている人が多いようです。
資格というのは、ある知識のレベルを証明できるという意味において、目標の1つの手段としては良いことだと思うのですが、それが目的になってしまっては意味が無いと思います。
私個人のケースで言うと、以前住宅業界に居たこともあって、宅地建物取引主任者と一級建築士という資格を持っていますが、これは不動産や建築に関連する仕事で無い限りは、ほとんど意味を成しません。勿論今の仕事とも全く無関係です(笑)。現在のプラス要素としてはこれが話や取材のネタになるぐらいでしょうか。
資格が必須もしくは前提条件でない限り、資格が無いからと言って、マイナスがあることはほとんど無いように思います。例えばうちの会社の創業社長は資格は何一つ持っていませんでしたが、幅広い分野で豊富な知識を持っており、優秀な方でした。
資格社会と言われるようになって久しいですが、近年になっても、資格はどんどん増加傾向にあると思います。最近は聞いたことが無い資格もたくさんあります。資格検定を生業としている企業は、今度は何を資格化すれば良いかを日々考えているのかも知れません。ただ、資格は客観性があるから意味があるのであって、世の中に認知されていないとあまり意味がないようにも思うのですが・・・。
なんか、資格についてネガティブな書き方になってしまったかも知れませんが、決してそういうことではなく、資格がないからといって、後ろめたさを感じることは全く無い、ということです。
仕事とは関係なく、自分の趣味に関連する資格を取ることは楽しいことかもしれませんね。

学歴 7/13
先日お会いしたとある社長は「学歴」のことを色々話されていました。また最近発売されたとあるビジネス雑誌では「学校」が特集されていました。
「学歴」という言葉を聞いた人は大きく二つの反応に分かれるのではないでしょうか?一般的に高学歴と言われる方々は「なになに」と興味深く読み入るでしょうし、学歴が無いと思う方々は「肩身の狭い」感じになるかも知れません。ここでは学歴の意義や仕事との相関関係についてあくまで私個人の意見を述べさせていただきます。
うちの会社では(というか少なくとも私は)「学歴」というのはほとんど気にしていません。社員の採用時には必ず履歴書を見ていますし、履歴書には学歴が書いてありますから、当然目は通しているわけですが、正直ほとんど覚えていません。面接のときにも、よほど何かのトピックスにつながらない限りは学校についての話はしていない気がします。むしろ、特異な体験についての記述や、本人考え方が表れる文章などは印象に残っています(変わったメールアドレスも(笑))。
中国の子会社においてもかつては同様の考え方をしていたのですが、中国では日本以上に学歴がビジネスの信用という意味において重視されているのと、中国は日本に比して学力の偏差が大きく、最低限の常識、文章能力、計算能力が無いケースもあるので、最近は多少考慮しなければと思うようになりました。
そんな私ですが、今思い起こすと社会人になりたての頃や採用という仕事にかかわり始めた頃は、学歴を気にしていたり、応募者に学校についての話題を聞いていた気がします。この変化は、多分、これまでの15年の社会人経験の中において、学歴というものとビジネスとの相関関係がほとんど無いという感覚が自然と身に付いたためではないかと思います。
日本では「頭がいい」という表現を「学校の成績が良い」・「賢い」の両方に使うと思いますが、「学校の成績が良い」ことと「賢い」ことは基本的に異なると思います。ましてや「学校の成績が良い」ことと「仕事ができる」こととは別問題です。「賢い」人は「仕事ができる」人であるケースは多いかも知れませんが、「賢い」だけではダメで「行動力」が伴って初めて「仕事ができる」人になれる気がします。勿論、確率として考えたときに、高学歴と言われる方々の方が仕事ができる場合が多い、ということはあるかも知れません。
学歴があればビジネスの世界で成功するわけではないということは、ある意味一般にも理解されつつあるとは思います。これを示す例になるかどうかは分かりませんが、上場企業が必ず開示している有価証券報告書という書類に「役員の状況」という項目があるのですが、ここには以前最終学歴を記載しなければならなかったのですが、数年前から撤廃され、現在は職歴のみを記載するようになっています(個人的には、初回商談のコネクションやトピックスのためには、あってもいいような気もしますが)。一方で未だに採用の際に書類審査で出身校で選定したり、お受験の過熱が収まらないのが個人的には不思議に思います。
私自分自身のケースで考えたときには、学歴で社会人になってから得したということはいくつかあります(最初の会社への入社のときや取引先の方が同じ大学の先輩だったりしたとき)。また、自分はそれなりに学業は努力したという自負はあるので、その頑張った証としての学歴、そして私を育ててもらった器としての出身校を誇りと思う部分はあります。でも逆に言えば、それだけであって、学歴は今の私を表すものでも、それが直接ビジネスに生かせたわけではないと思っています。
ビジネスは人が動かすものであり、逆に言えば人とのコミュニケーションが出来ない人は、ビジネスの世界で継続的に成功することはできないというのが私の持論です(オーナーの場合には例外規定があるかも知れません(笑))。
ビジネスに重要なのは、問題解決能力、コミュニケーション能力、行動力などだと思いますし、仕事や相手に対する姿勢が大事だと思います。
わらしべ長者 7/12
昨日、米国在住の男性が、ネットで赤いクリップを物々交換にかけ、そこからより価値の高いものに交換を続け、ついにマイホームを手に入れたというニュースが流れていました。1つのクリップから、ドアノブ、キャンプストーブ、発電機、パーティーセット、スノーモービル、ヤークという町への旅行、車、レコーディング契約、米フェニックスの家に1年間住む権利、アリス・クーパーと半日一緒にいられる権利、KISSのスノーグローブ、ハリウッド映画に出演できる権利を経て、カナダのサスカチュワン州キプリングという町の家にたどり着いたそうです。
これは二つの意味で、とても衝撃的でした。1つは手段がネットであることです。実際には色々交換のためにリアルの世界も歩いたようですが、極端なことを言えば、家のパソコンの前に座っているだけで取引が成立していくのです。労力も経費もかかりません。二つ目はわずか1年間で達成したということです。赤いクリップなんてゴミ箱に入っていてもおかしくない代物が、たった1年で住宅そのものが手に入ってしまったのです。普通のサラリーマンであれば、働いたお金をすべて住宅購入につぎ込んだとしても、1年では頭金か手付金ぐらいにしかならないのではないでしょうか?
これはネット社会の普及と、ネットの力のすごさを象徴した事実だと思います。
出会いサイトで生涯の伴侶を見つけたり、ネットオークションでお小遣い稼ぎをしたりという話は良く聞きますが、ネットもここまで来ると大したものです。
ちなみに、この人はその住宅のあるタウンから生涯名誉町民の称号を得たようで、更にこの住宅との交換が成立した日を記念日として、この記念日には住民に赤いペーパークリップを身に着けるよう奨励するとか。
皆さんもネットをフルに活用することで、1円が1億円に化けるかもしれません。
よほど宝くじを買うより確率が高いのでは?

ビジネスマナー違反(!?) 7/11
私は、初対面の方とお会いするときには、応接室に通された後、立ったままで相手の方をお待ちすることが多いのですが、ときになかなか入ってこられず、数十分間立ち尽くすこともあります。こんなとき、数十分も待たせるならば、他のスタッフの方でもその旨ひと言、言いに来ていただければ良いのに、と思います。
また、そうやって立っていると座ってお待ち下さい、と言われることが多いのですが、このときには座るのが正解なのでしょうか? ちなみに私は言われても座らないことが多いのでビジネスマナー違反なのかも知れません。というのは「座ってください」という言葉はあくまでそのスタッフの意思であり、お会いする相手の意思とは限らないと思うからです。逆のケースで考えてみても、私に「立ったままでお待ちだったので座っていただくようにお話しました」とスタッフが伝言してくれたことは一度もありません。
ところで、相手の方をお待ちしているとき、納得のいかないことが1つあります。
それは、電話で遅れることです。
勿論、その電話が緊急性があったり、どうしても重要な電話で切れなかったのかも知れません。それはそれで仕方無い部分もあるのですが、基本的にアポイントメントは事前に約束したものであり、突発的にかかってきた電話より優先されるべきだと思うからです。ただ私の経験では、結構な割合の方が、電話しているときにお客様がいらっしゃっても電話を話し続けたり、お客様がいらっしゃった直後に電話があったときにでも、電話に出ているように思います。
何日も前に約束したアポより、その時の電話が優先されるのであれば、アポの意味は無いと思いますし、その電話されてる間の時間は全く無駄になってしまいます。MTGに電話があったときに、電話に出るというのも同様なことです。私も緊急性の高い電話の場合には、MTGの最中に出てしまうことがあるのですが、MTGに電話に出るということは、そのMTGよりもその電話の方が重要だと思われても仕方の無いことだと思います。相手の方に、どう考えてもプライベートと思われる電話に出られると、気持ちは一気にトーンダウンしてしまいます(親しい間柄の場合は別ですが・・・)。
こんなブログを書く所以は、今日はアポの相手の方の電話のため応接室で40分も待っていたことにあります。勿論、相手の方は悪い方ではなく、MTG自体は有意義に終了したものの、この失われた40分は誰が補填してくれるのでしょうか?

匂い 7/10
皆さんは、好きな匂いってありますか?
私は以前、大好きな匂いが三つありました。1つは車の匂い、2つ目は靴屋の匂い、3つ目はお客さんの匂いです。これだと何のことか分からないかも知れないですね。
1つめの車の匂いというのは実際にはガソリンの匂いです。この話を小さい頃にすると周りの人がとても怪訝そうな顔をして、中には「将来が不安だ」という人がいました。当時は何のことか分からなかったのですが、ガソリンの匂いが好き=将来シンナー中毒になる、という方程式が頭にあったのだと思います。自分でも何故ガソリンの匂いが好きだったのか分からないのですが、匂いそのものだけではなく車への憧れのようなものも重なっていたのだと思います。ちなみに今ではあまり好きではありません。
2つ目の靴屋の匂いというのは実際には皮の匂いです。別に人が履いている靴の匂いが好きというマニアックなものではありません(笑)。これは相当好きだったらしく靴屋の近くを通ると知らないうちに一人で中に入っていたぐらいです。またうちの母が以前皮細工をやっていて、その匂いが好きだったこともあるのかも知れません。
3つ目のお客さんの匂いというのは、うちは家族が誰もタバコを吸わなかったので、お客さんのタバコの匂いが好きでした。これもタバコの匂いだけではなく、お客さんが来ると家の中が何となく賑やかになるのが好きだったのと、ケーキにありつけるかも知れないという期待感も重なっていたのだと思います。家に帰ったときにタバコの匂いがすると、何故か胸が躍っていたのを覚えています。ただ、このせいで私は小さい頃からタバコに憧れていて、大人になったら必ずタバコを吸おうと心に決めていました。
他にも、消しゴムの匂いとか、フェリックスガムの匂いとか、色々好きな匂いはあるのですが、長くなりそうなので匂いについての話はこの辺で辞めておきます。
呼び名 7/9
こういう話をすると親不孝だと言われることがあるのですが、私は正直に言うと自分の姓の三浦というのがあまり好きではありません。個性派の私としては、比較的ありふれた名前であることが、そもそも好きになれないのですが、以前日本を騒がせたロス疑惑の人が同性だったこともあって、当時はますますそんな気持ちが強くなりました。
逆に浩之という名前はとても気に入っています。ヒロユキという発音自体は、広之、博之、寛之、宏行、裕行、弘幸などたくさんあるのですが、それらの中で一番好きです。浩之のローマ字であるhiroがheroと発音が似ていること、そして浩という漢字がおおらかなイメージがあって好きです。
以前は三浦友和の三浦と沖田浩之の浩之と言って自分の漢字を紹介していましたが、今では両方とも(特に後者は)知らない人もいるので通用しなくなりました。
小学校の頃は、なぜか天才というのを名前の後につけるのが流行っていて、私は「みーてん」と呼ばれていました。皆の名前に「テン」をつけて呼ぶのですが、「みーてん」というのは語呂が良かったこともあり、未だに同級生で私を「みーてん」という人がいます。私の親しい友人は、外人を含めて「ひろ」と呼んでくれます。女性に「ひろくん」とか呼ばれるとドキッとすることがあります。また、ごく内輪の人間には「みゅうみゅう」と呼ばれることがあります。
私は社内のスタッフを「さん」づけで呼ばなくてはと思いつつも、つい愛称で呼んでしまうことがあります。ここに記載すると固有名詞のため問題があるかも知れないので控えますが、私としては親しみを込めて呼んでいるつもりでも、たまにスタッフは自分が呼ばれたのか分からず、呆気に取られていることがあります。
話は変わりますが、日本人は子供を中心とした呼び方をする不思議な民族かも知れません。外国では夫婦になってもお互いを名前で呼び合うことが多いと思いますが、日本では子供ができると、子供だけでなく夫婦がお互いを「パパ」「ママ」もしくは「おとうさん」「おかあさん」と呼ぶのが一般的です。そしていつの間にか自分のこともそう呼ぶようになります。海外に言ってお互いをファーストネームで呼び合う夫婦を見かけると、なんかとても新鮮な感じがします。
これはどういう民族的、もしくは心理学的現象なのでしょうか。
七夕 7/8
昨日は、7月7日の七夕でした。ネットビレッジが当社の社名でもあるネットビレッジサービス(インターネット上に街をつくる構想)を開始したのも、9年前の7月7日でした。
7月7日は、皆さんご存知の通り、七夕です。ロマンチスト(!?)な私は七夕の物語が大好きです。7月7日七夕の夜、天の川を隔てて輝く、 わし座 の1等星アルタイルこと「彦星」と、こと座 の1等星べガこと「織姫」が 一年に1度だけ逢うことを許された夜・・・。
実はこの七夕伝説は中国で生まれ日本に語り伝えられたものです。この伝説は以下の通りです。
「むかし、中国の漢水のほとりに、織女(しょくじょ)という機織(はたおり)の上手な美女が住んでいました。この娘は王の自慢の娘でした。あるとき娘が年頃にもなったので、父王はこの娘に農耕に熱心な牽牛(けんぎゅう)という青年が似合いと考え、婿に迎えてやりました。ところが、それからというもの、織女はあれほど好き好んでいた技芸をおろそかにし、肝心の機織も怠けるようになりました。父王が注意をしてみても一向に効き目がなく改めようとせず、ついに見るに見かねた父王が牽牛を織女から引き離し、漢水の対岸に追放してしまいました。織女は毎日泣き続けるばかりで、それではあまりにも可愛そうなので、年に一度、旧暦7月7日の夕だけ、逢いに来ることを許しました。その日が来ると、牽牛は漢水を渡って織女に逢いにいきました。その時には、鵲(かささぎ)が群がり集まってきて、橋渡しをしたということです。」
日本では、短冊に願い事を書いて、竹に飾るのが一般的です。私の地元の仙台では七夕祭りが大々的に行われます。仙台の七夕は伊達政宗の時代から行われているようで、民俗学上中暦と呼ばれる8月6日、7日、8日の3日間に開催されます。
仙台七夕まつりの特徴は、本物の和紙と竹を用いて飾りつけを行うことで、各商店街では長さ10メートル以上の巨大な竹に飾りつけを行います。飾りは数ヶ月も前から準備を始めると言われていて、1本の価格は数十万~数百万円もするといわれています。あまり知られていないのですが、一応七夕祭りは競技となっていて、8月6日の朝に一斉にお披露目されます。そして同日の午後には金、銀、銅の各賞が発表されます(金、銀、銅のプレートがつけられます)。
仙台と言えば七夕祭りを思い浮かべるほど有名なお祭りで全国から3日間で200万人もの人が訪れるので、人ごみと飾りで周りが見えないこともあいまって歩くのがしんどいぐらいです。逆に言うと観光名物なので、地元の人はデートや子供連れ以外はあまり観に行きません。
ちなみに、地元の若いカップルにとって、七夕の前夜祭である5日に行われる花火大会を誰と観にいくかはとても重要で、逆に言うとそのときに本命かどうかが分かります(笑)。七夕のロマンチックなストーリーとは別に七夕祭りが近づくと皆ドキドキしてくるのです。
ベンチャーとは 7/7
先日、テイク&ギヴ・ニーズの社長が女優の釈由美子と交際しているというニュースが流れていました。テイク&ギヴ・ニーズは、一部上場のウェディングコンサルティングの会社ですが、そのニュースには「ベンチャー企業社長と・・・」という表現で書かれていました。
また、先日私が面談をしているときに「ベンチャー精神を大事にしていきたい」という話をしていたところ、面接の相手の方から「三浦社長にとってのベンチャーの定義は何ですか?」という質問がありました。
さて、ベンチャーというのは、何を指すのでしょうか?
ベンチャーは、ベンチャー企業やベンチャービジネスのことを指して言うケースが多いと思いますが、人によってイメージは若干違うように思います。例えばベンチャー企業というと、会社規模が小さくて、リスクが高いというイメージを持たれる人もいるかも知れませんが、そうとは限らないと思います。
私がベンチャーという言葉で、すぐに思い起こすのは、企業で言えば、HISやソフトバンク、でしょうか。HISは既得権であった航空業界に数々の障害を乗り越えて参入を果たしました。ソフトバンクは、ADSLで既成概念をひっくり返す販売手法を用い、そして通信キャリアというこれまた保守的な装置産業に殴り込みを果たしました。彼らの会社規模は決して小さくは無いし、無謀なことをしているわけではありません。また、松下や本田、ソニーなどのグローバル企業も元々はベンチャーであったと思います。
ベンチャーとチャレンジは同じ方向を向いた言葉です。アドベンチャーという言葉もありますが、辞書を引くとventureが「リスクの高い賭けや冒険」、adventureが「わくわくする冒険」とあるのですが、私の感覚ではベンチャーの方がアドベンチャーよりも勝算がある、もしくは勝算をつける、という意味合いがあるように思っていて、単なる一か八かの冒険とは異なると思います。
私にとっての「ベンチャー」の定義は、「現状に満足することなく、常に革新を追及し、世の中に無い独創性のある製品、サービスを、誰よりも早く開発、提供すること」です。また製品、サービスだけではなく、今までに無い分野のビジネスや全く新しい独自手法のもとに経営を展開するのも、ベンチャーと呼べると思います。
そのためには、時として既得権を覆すような並ならぬ努力も必要でしょうし、保守的な抵抗勢力に打ち勝つための、自信と信念が無いと達成できないと思います。
ベンチャービジネスは、ハイリスクハイリターンであることは間違いないのですが、そのハイリスクをどこまで下げて、リターンをどこまで上げれるかが、ベンチャー経営者の手腕になるのだと思います。
ネットビレッジは、10月1日付けでfonfunと名前が変わりますが、fonfunはベンチャーであり続けていきます。
トマト 7/6
一番好きな食べ物は?と聞かれたときに答えている食べ物です。
トマトが好きな理由を今あらためて考えてみると、まず味が甘くも無く辛くもないちょうど良い味であること、そして何よりもあの皮を食べたときの食感(歯ざわり)と中のやわらかさのギャップを一度に味わえるところだと思います。もちろん、見た目や手触りも好きです。逆に言うと、どこかにぶつけて形が変形していたり、少し時間が経って皮がしなびたりしているトマトは嫌いで、我慢して食べるということはしません。
そのままの素材の味の好きな私は、トマトに塩をかけることがあり得ず、トマトは丸ごとガブっと食べる食べ方が一番好きです。最近は値段も割高でフルーティなトマトが良く売っていますが、私はフルーティ過ぎるのが苦手で、農家で素直に育てた野生のトマトが好きです。
私は大学生のときに、原因不明で40度を超す熱が一週間続いたことがあるのですが、その意識朦朧として食欲もない中でも、「トマト」とつぶやいて、買ってきてもらったトマトを丸ごと食べていました。その事を覚えている母は私が実家に帰るときには、とにかくトマトだけは欠かさないよう、大量に仕入れてきてくれています。ただ最近は以前のように一度に5個とかは食べなくなりました。
トマトが好きだと言うと、トマトジュースやトマトケチャップ(トマトソース)も好きなのかと聞かれるのですが、これは調味料などで加工されたものであるため、特にトマトソースはかつてはあまり好きではありませんでした。トマトジュースは大人になってから飲むようになりましたが、味はともなくとしてあの喉越しの悪さ(!?)はちょっと気になります。
中国ではトマトは何故か野菜ではなく、フルーツと認識されているようで、食後のフルーツで出てくることがあります。勿論安価なのですが、ボサッとした食感で淡白な味がするので、あまり好き好んで食べることはしません。それを中国の人達も知っているのか、丸ごと食べるのはあまり見たことがなく、現在はプチトマトが全盛である気がします。
私はもともと建築が専攻だったので、将来女性だけの営業スタッフの不動産屋をやってみたいと思っていてその名前も「とまと不動産」と勝手に決めていたのですが、「とまと銀行」に先を越されてしまいました。

スイカ 7/5
季節はもう夏ですが、夏と言えばスイカですね。
私はスイカが大好きで、小さい頃には「スイカ坊主」と言われていたほどです。私の家族は皆スイカ好きなので、私の実家では、毎年夏になると山形よりスイカを売るトラックが巡回してくるのですが、毎回30cm以上はあるであろう大玉を5つぐらい購入していました。近所の人達は割りと上品な人が多く、買う家庭でも2つがMAXだったようで5つも買うのは相当めずらしかったようで、売りに来るおじさんとはいつも仲良しでした。先方にしてみれば大のお得意ということもあり、家に誰もいない場合でも玄関に「ツケ」で置いていってくれてたぐらい
です。スイカが来ると我が家はもう大変です。私は3人姉妹なのですが、まず到着したときに運良く家にいた人がそれぞれ大玉の半分を食します。その後それらを冷蔵庫とお風呂場の水に入れておくのですが、3日もあればすべて平らげてしまうという有様でした。私も1回に半分を食べるのは日常茶飯事で、それだけでお腹がいっぱいになっていました。ちなみに昨日も書いたようにストレートな味の好きな私はスイカを食べるときには、塩はかけません。
そんな家庭にいた私が、小学校の頃に友達の家に遊びに行ったときに、妻楊枝のついた、スイカを1cmぐらいの立方体に小さく切ったものをお菓子として出していただいたときには、かなり面食らいました。
私は「みっともないからやめなさい」と言われながらも、皮が見えるぐらいまで食べていたのですが、スイカの皮って食べれるって知っていますか?もっとも私は皮は好きでは無かったのですが、おばあちゃんとかは漬け物とかにして食べていました。
スイカは、日本では割りと高いですし、基本的に夏しか食べることができませんが、中国では年中食べることができるばかりか、ほとんどのレストランの食後のデザートはスイカになっています。私が中国が好きな理由の1つかも知れません(笑)。勿論日本ほどおいしいとは言えないのですが、毎回食後にスイカを食べれることに幸せを感じます。ちなみに中国ではスイカ1個は上海でも10元(約150円)ぐらいで購入できるので、いかに庶民のデザートになっているかが分かると思います。
最近食品シリーズと化していますが、明日は、私の食べ物の中で最も大好物である「トマト」について記してみたいと思います。
コーヒー 7/4
私は、5年ぐらい前までは完璧な紅茶派で、喫茶店では紅茶ばかり頼んでいました。それまでは、仕事の関係で初対面の方とラウンジなどで会うときに、相手の方がコーヒーを注文されたのに合わせて頼むぐらいしか、コーヒーを飲む機会が無かったほです。
私の母がコーヒーが大好きで、小さい頃無理に飲んでいたのですが、砂糖とクリームを入れたインスタントばかり飲んでいたのでそれが良くなかったのかも知れません。
私はホテルや喫茶店に入ってコーヒーを飲むときには、まずそのまま一口味見をしてみて、おいしければそのままブラックで、おいしいと感じなければ砂糖を入れて飲むようにしています。中には見るからに油が浮いていたり、匂いが焦げ臭かったり、煮詰まっていたりすることがありますが、そういうときは砂糖を入れても見た目がまずそうなので、クリームを入れるようにしています。
ちなみにまだ中国でコーヒーをブラックで飲んだことは数回しかありません(笑)。
私は基本的に元々の味、かつストレートが好きなので、お酒は甘いものは基本的に飲まないし、酢豚はパイナップルが入るのが許せないし、メロンとハムが一緒なのは許せません(笑)。
ところで、コーヒーショップのチェーンの中では皆さんどこが好きですか?
私は以前はお気に入りが無かったのですが、最近はエクセシオールカフェが気に入っています。看板や内装の色合いがシックで、中にはソファーなどがあってゆったりできるからです。勿論味もチェーンの中ではスターバックスのモカを除いては一番好きです。コーヒーを飲むときには、なんとなくムードというか雰囲気も大事だと思います。中国では以前hirog「中国進出日系企業」のところでも触れたように、上島珈琲や真鍋珈琲が幅を利かせているのですが、若い人達の間ではスターバックスが最も人気があります。中国では珈琲は高級品に入ると思うのですが、中国の一物二価を象徴するように、これらの有名コーヒーチェーンでは一杯400円~500円ぐらいするものが、下町の喫茶店では100円以下で飲めたりします。
ちなみに私にとっては、コーヒーと眠気の相関関係は全く無く、よく寝る前にコーヒーを飲むことがあります。タバコを辞めてから知らずとコーヒーを飲む機会が増えたような気がします。レストランのコース料理のデザートと一緒に頼む飲み物だけはついこの間まで紅茶でしたが、最近はコーヒーに征服されつつあります。ストレスのせいかも知れません(笑)。
ネットの恩恵 7/3
ネットが接続できずに、週末hirogが更新できませんでした。
誰か社員にアップロードをお願いしようとしたのですが、当然ながらメールもインスタントメッセンジャーもつながらない状況なので、どうしようもないことを思い知らされました。
金曜日に上海の部屋に到着してインターネットに接続したときから、極めて遅くて1時間で20通のメールしか受信できなかったのですが、土曜日は朝からつながらなくなり、週末は外でのMTGばかりだったこともあり、ネットにつながらないまま本日(月曜日)を迎えました。
これまでも、たまに出張に行ったときに、ホテルでインターネットに接続できないという事態には遭遇したことは何度かあるのですが、通常1日で解決することが多いので、丸2日間ネットに接続できない環境というのは、最近ではほとんど無かったので、あらためてインターネットの重要性を再認識しました。
勿論、hirogだけではなく、週末に予定していた仕事がほとんど出来ていません。
仕事編においては、メールの送受信ができないばかりか、今週の予定の確認と予定の入力をしようとしても私のスケジュールにログインできず、費用の精算をしようとしても乗換案内を見れず、英語の契約書のチェックをしようとしてもWEB辞書が開けず、といった具合でしたし、プライベート編においても、夕食のレストランを探そうとしても無理、ワールドカップサッカーの放送時間を探そうとして諦め、という感じで、まさに八方塞がりです。
完全に私の生活はインターネットに依存していて、無くてはならない存在になっていることを実感しました。
今日は、キャッチアップをしなくてはと思い、かなり早めにオフィスに行ったのですが、オフィスの鍵が開いておらず、やっと入れたと思いインターネットにつなげようとしたら、無線LANがつながらないという始末で、今やっと有線で接続ができてひと安心したところです。インターネットつながらないとこんなに不便、しかも不安だとは思いませんでした。
ちなみに、今メールをチェックしたら週末だというのに600通近くも未読メールが溜まっていました。今日も朝から1日中MTGが詰っているのですが、その合間に少しずつキャッチアップしていこうと思います。
これを読んでいる社員がいたら返信はしばらくお待ち下さい。それとそういうわけでhirogはサボったわけではありませんので、あしからず(笑)。

上手いマッサージ(7月2日分)
マッサージを長く受けていると、どこが凝っていて、どこがツボかが自然と分かってきます。つまり自分がマッサージをするのが上手くなってくるのです。今ではちょっと触っただけで肩凝り症かどうかが分かります。
さすがに社長になってからは無くなりましたが、南大沢に居た頃は、たまにスタッフの肩揉みをしていました。特に私の担当部門は女性ばかりで、女性は肩こりが激しい人が多いので尚更でした。当時は本人の要望でしていたので、あまり気にしていませんでしたが、最近は環境セクハラというものもあるそうなので怖いものです。ただマッサージが上手くなっても自分への恩恵はなく、自分で自分をマッサージしても気持ちよくないから不思議です。
ところでマッサージが上手と言えば、マッサージはその店、その人により当たり外れが多いのが難点です。下手な人だとどんなに長時間やってもらっても気持ちよくないですし肩凝りは治りません。それだけならいいのですが、終わった後に不快感すら覚えることがあります。特に私はもう15年以上のマッサージ歴があり、多分消費に占めるマッサージ係数が極めて高いので、もう何人に施術してもらったかは数える由もありません。よって、マッサージを始めて1分も経てばその人が上手か下手かが分かってしまいます。下手な施術士についたら不運であり、1分後以降は悶々としながら施術を受けることになります。中国の場合は中国語の勉強(会話メイン)に切り替えるなどの応用もあるのですが、日本では寝るぐらいしか手はありません。
中国といえば、私が知る限りマッサージ大国であり、日本に比較して圧倒的に長時間かつ安価(上海でも1時間1000円しない)です。マッサージを受けていると良く受ける質問に、給料はいくらだ?というのがあるのですが、まともに日本の給料を言ったら卒倒するのではないかと思います。反対に彼らに給料を聞いていると1ヶ月に2万円~3万円程度が多いようです。
また、大変不思議なことに、日本では男性客には男性施術士が、女性客には女性施術士があたることが多いと思うのですが、中国は全く逆で、男性には女性が、女性には男性が施術します。中国に行き始めた頃、私は強めのマッサージが好きなので、男性がいいと一緒に行った中国語が話せる友人に伝えたら、ホモだと思われるからやめておいた方がいいと脅されて以来、女性にしてもらうようにしています。ただ、中国の場合には、マッサージ士は、地方から出稼ぎに来ている若い女性が多いので、どう考えても1ヶ月の簡単な研修しか受けていないと思われる下手な人も比較的多く、上手い人に当たる確率的には日本より低いようです。
私とマッサージ 7/1
私にとってのマッサージは、趣味であり、ストレス発散法であり、人間の3欲より好きなものの1つです。
私のマッサージとの出会いは、社会人3年目でした。
それまで肩が凝るということとは無縁だった私が、興味本位でマッサージをするとどんな気分になるのか知りたくて新宿のとあるマッサージ店でクリックマッサージを受けたのでした。感想は可も無く不可も無くといった感じで特に際立った印象はありませんでした。
それから数ヶ月して空いた時間を潰すために別のマッサージ店に行ってみたのですが、これが私とマッサージを切っても切れないキッカケになろうとは想像もしていませんでした。それまでに味わったことのない快感を覚えてしまったのです。身体全体が軽くなった感じで、その爽快感は今まで体験したことのないものでした。今考えると、1回目のマッサージをしてくれた方はうまくなかっただけなのだと思います。
仕事が好きな私は、なかなか自由になる時間が取れなかったのですが、そのせいで何とか空いた少しの時間に、何かで気分転換とストレス解消を、と思っていたのですが、マッサージがまさにそれに答えてくれるものだと確信しました。
それからというもの、時間が空いたり、仕事で嫌なことがあるとマッサージ屋に足を運ぶようになりました。その頃には、本来肩が凝らなかった私も、マッサージに慣れてしまったせいで、逆に肩が凝ってしまうようになり、しばらく行かないと肩はパンパンになり、吐き気までもよおすようになりました。
好奇心旺盛な私は、同じ店には行かずに、ありとあらゆるマッサージ屋を体験してみることにしました。稀に入ってみたら怪しいマッサージをしている店で、退散を余儀なくされたこともあるのですが、その経験のお陰で、店構えや看板や料金体系を見て、どんなマッサージ店かはすぐに分かるようになりました。
また、通常の全身マッサージだけではなく、足裏マッサージ、ハンドマッサージ、頭部マッサージ、垢すりなど、色んなマッサージを受けてみることで、マッサージの奥の深さを理解することができました。
肩が凝るという話をすると、周りの人からは運動をしてみたらとか、お風呂にゆっくり入ってみたらとか、磁気ネックレスをつけてみたらとか、針・灸をしたみたらとか色々アドバイスをいただくのですが、私は他人にマッサージをしてもらうことに気持ち良さを感じ、それをストレス発散法としているので、肩が凝らなくなってしまってはあまり意味がないのです。なので変な話、意図的に肩が凝らなくなるような施策はしないようにしていて、もうダメというときに、マッサージ店に転がり込んで鋭気を養う習慣がついてしまいました(笑)。
私がマッサージを語りだすと、ブログの5回分でも足りないぐらいなのですが、今日はこの辺で辞めておこうと思います。

株主総会とフライトアクシデント 6/30
本日は第10回の定時株主総会がありました。
議案は全て承認可決され、この1年事業に邁進する体制が整いました。社名もfonfunでFIXしたため、10月1日よりネットビレッジからfonfunへと変わる予定です。また、それに向けてロゴの作成、ホームページ改訂作業に入っていく予定です。現在7月末にメディアを対象とした会社の戦略説明会を予定しており、可能であればそこで新しい会社のロゴが公表したいところですが、かなりタイトなので、可能性は高くないかも知れません。
株主総会を終えて、夕方より北京へ出張に向かったのですが、雷雨と強風を伴う悪天候のため北京空港が閉鎖され、しばらく北京周りを巡回していたものの、燃料の問題もあり、結局日本へ逆戻りをすることになってしまいました。しかも関西国際空港に着陸となったため、ホテルや明日のフライトの手配などで時間がかかり、さきほど(3時)ようやくホテルへ到着しました。北京でのスケジュールのキャンセルを余儀なくされ、明日は直接上海に入ることにしました。手荷物だけにしたのが効を奏しました(荷物を預けた方は、明日まで飛行機に積んだままとのことでした)。
こういった事態は実は2度目の経験です。前回は中華系の航空会社だったのですが、段取りが悪くてホテルもなかなか決まらず、結局夜中にやっとホテルへ着いたものの、粗末なホテルできちんと休めなかった記憶があります。今回はたまたま日系の航空会社だったのですが、対応が大変良くて感心しました。ホテルも高級ホテルのツインルームです。
今回のリターンは、悪天候が要因であり、航空会社の責任ではないのですが、乗客は当然皆イライラして怒りのやり場が航空会社しかないので、係員に食って掛かる姿を多く目にしました。それにもかかわらずあくまでも謝罪を続けながら腰を低く丁寧に対応を行っており、予め事情説明書類や交通手段などを準備していて非常時対応が非常にきちんとしていると思いました。また、宿泊代などの費用を負担するのはサービスがきちんとしていると思いました。(つい、職業病で損失額はいくらぐらいかかるのだろうと余計なことを考えてしまいました)
もっとも、大連や青島などの中国に着陸してくれれば更に良かったのですが、時間が時間だっただけに仕方のないことかと思います。
ちょっと疲れが溜まって頭が回っていないので、そろそろ休もうと思います。
マラソン 6/29
今日はちょっと嫌なことがあって、スーツ姿で意味も無くしばらく走っていたのですが、ふと小学校の頃を思い出しました。
私は、小学校と中学校は背が小さくて一番前だったので、なんとか皆を見返したいと思っていたのですが、そんな時に格好の手段を見つけました。それはマラソンです。
あるとき小学校の先生からマラソン旅行のカードを渡されたのですが、それには仙台を起点とする各都市が載っていてゴールが東京であるスゴロクのような絵が描いてありました。そして各都市には○○周と書いてあります。つまり、グラウンドを何週するとその都市への距離分走ったかというのが分かるのです。それを見た瞬間にこれだとピンと来た私は、その日の下校時からグラウンドを走ることにしました。はじめはマラソンなんてやったことも無く、ゴボウのような細い足だった私にとって、筋肉痛の日々が続いたのですが、それでも我慢して続けていたら、まず福島市へ到着しました。勿論他の都市に到着したのは学年で一番のりでした。そしたら今まで味わったことのない達成感からか途中から走るのが楽しくなってきました。そこから那須、茨城、埼玉(だったと思う)ときて、とうとう東京に辿りつきました。仙台から東京までは360キロぐらいだと思いますので、それだけ走ったことになります。先生も東京までのカードは作ってみたものの、行けるわけがないと鷹をくくっていたようです。初めてゴールをしたということで、クラスの皆から拍手を受け、満足感とともにこれでやっとマラソン生活から開放されるかと思ったのも束の間、そのときに先生から渡されたプレゼントが、私だけに特別に作ってくれた復路用のカードでした。つまり東京へ行ったんだから帰って来いというわけです。
マジ?(当時はマジという言葉は無かったですが)と思ったのも束の間、皆から頑張れ~と声援を受けたので、男として引き下がるわけにはいきません。結局それからも毎日下校後に暗くなるまで走り続けてはるばる仙台まで戻ってきました。
そのお陰(!?)からか運動が得意になり、走り高飛びの選手に選ばれるまでになりました。今考えるとベリーロールで自分の身長よりも高いバーを飛んでいたのが不思議です。
マラソンという競技は持久力と言いますが、私に言わせれば根性だけです。身体は後のことを考えなければ、ムチを打てば動くわけでどこで自分に負けるかだと思います。
ちなみに、中学校になってもマラソンが得意だったのですが、学年で10位以内に入ると駅伝に出場しなくてはならず、それが嫌だったので11位でゴールしていました。
社会人になり、ホノルルマラソンに出たい(もしくは出た)という人にたまにお会いするのですが、あれほどマラソンに夢中だった私も、残念ながら今ではさっぱり出たいと思わなくなってしまいました。マラソンも人生も完走するのは容易ではないようです。

バス 6/28
私の高校生のときに通学でバスを使っていたのですが、ひどいときには30分も遅れるということがあったので、バスに対して良いイメージが無く、それ以来大学生からつい数年前までは全くバスとは無縁の生活を送っていたのですが、最近バスを見直し始めています。
基本的に今までバスを使っていなかった理由は、通勤や仕事での移動は特に東京の場合、時間が正確でかつ移動時間も短い電車が一番ですし、プライベートでは
ほとんどが車移動であったためです。また、バスは路線が分かりにくくて調べるのが面倒というのもありました。
上海に赴任していたときに、地元の普通の生活を体験してみたくて、何度かバスに乗ってみたことがあります。向こうは日本以上に路線が複雑になっていて、バスの前に3桁の番号がついているだけなので、外国人にとってはかなりしんどいのですが、一度は経験してみる価値があるかも知れません。というのはいまだに係員がチケットを渡してくれるバスがあったり、エアコンが効いてないバスが走っているのです。タクシーの初乗りが11元なのに対してバスは1元(エアコンなしの場合、エアコン有りはなぜか倍の2元となる)と料金比率も日本より割安感もあります。もっともラッシュ時は超満員になるのに加えて、誰も並ばずにバスが来た途端にドアに殺到するので、乗ること自体がままならないのですが・・・。
数年前に日本で引っ越した場所が、ちょうど京王線と小田急線の中間地点にあり、歩くと30分ぐらいかかってしまうので、雨の日にはバスを利用するのですが、私の乗る停留所は終点なので、いつも座って行くことができます。これに味をしめた私は、現在のオフィスの目の前から渋谷に出るバスがある(スタッフブログ参照)ことを発見して以来、渋谷経由の場所へ移動するときにはバスを利用するようにしています。ラッシュ時を除いては電車よりも早いですし、3/4の確率で座ってPCをいじることができます。最近は、ミニバスなるものも増えていて、運良くそれに乗れると料金も半額だったりします。最近は、道を歩いているときにバス停を見かけると、どこまで行くのかな、とたまにチェックしてみたりしています。
また、バス各社は以前に比較して格段にサービスが良くなっていると思います。必要以上に丁寧なアナウンスがあったり、信号で止まったときにはエンジンを止めたり、少しイライラするほどの安全運転ぶりだったりします。私の家の近くのバス停は何と電光掲示板(!?)でバスが後どれぐらいで来るかを知らせてくれるようになっているところもあります。
それでも結構空いているバスをみかけることが多く、バス会社の経営は決して楽ではないような気もしています。皆さんもたまにはバスを利用してみてはいかがでしょうか?
将来戦力 6/27
うちのようなベンチャー企業は、人、モノ、金という経営資源が限られているため、どうしても即戦力が必要で、おのずと経験のある中途採用がほとんどになります。そんなうちの会社も過去1度だけ計画新卒採用を行ったことがあります。ただその採用の年に業績が悪化してしまい、決断を迫られたときがあります。
現在の就職活動状況を考えると、大学3年のときにはおおよそ就職先が決まってしまうケースが多いと思いますが、このタイムスパンは業界の流れが速いところにおいては会社の規模にもよりますが、結構微妙なところがあります。
今まで私も人の採用をする際に何度か即戦力か将来戦力かで迷ったことがあります。例えば私が管理部長をしていた4年ほど前に管理スタッフを数名増員しなけ
ればならない時期がありました。当時の社長は即戦力を求めたのですが、私はあえて将来戦力を選択しました。具体的には一気に4名の若いスタッフの採用を行いました。新卒もしくは第2新卒者はポテンシャルが大きい反面、育てるまでに時間がかかりますし、管理者は教育やチェックに余計に時間が取られてしまいます。ただ、企業文化をつくりやすい、費用が抑えられるなどのプラス要素もあります。特にポテンシャルの高いスタッフをうまく育てると大きな戦力となるばかりか、以心伝心で余計なコミュニケーションコストがかからないという長所もあります。
私は、以前は自分の責任範囲の仕事については自分が首を突っ込まないと気が済まない性格で、若いスタッフの仕事をこと細かく指示、指導、監督していたのですが、あるとき、それが必要以上に長く続けてしまうと自発性が損なわれて成長が遅くなるということに気づき、そこからは打って変わって相談にはのるけれど、自分で判断してもらうようにしました。若いスタッフは最初は禁断症状を起こすのですが、少し経つと自分で決めざるを得ないために責任感が出てきて、頼もしくなってくるものです。それでも当然発展途上のときには、ミスは出てきてしまうのですが、同じミスを犯さないようにだけ注意をして、あとは上司が責任を取るという裏づけがあれば、自然と意識や精度が高まってきます。
最近も若いスタッフを何名か採用したのですが、さすがに私が手塩にかけて、ということはできないので、中堅社員にお任せしています。ただ、先日も新入社員が私に言えないことで悩んでいたようで、自分ではいつまでも社員に近いつもりでいたのですが、そうでもないことを再認識しました。
即戦力がいいのか、将来戦力がいいのか、というのは、ケースバイケースで、どれが正しいというのは一概に言えないような気がします。変な話、仲間意識が強
くなり過ぎてしまって、緊張感が無くなりつつあるときには、意図的に外の血を入れることもあるかも知れません。
うちの会社は今のところ計画新卒採用を行う予定はありませんが、将来のうちの会社を背負っていけるような吸収力のある若いスタッフは業容の拡大に応じて適
宜採用をしていくつもりです。
ちなみに、管理部長時代に採用をした4名のうち、結婚退職をした1名を除く3名は今や中堅社員となり、かかせない戦力として元気に働いてくれています。
また、冒頭の決断の結果採用をした新卒社員は2年目に入り、一人一人が頼もしくなって、少しずつ実績を出してくれています。
国産牛と和牛 6/26
昨夜は家の近くのお店に「しゃぶしゃぶ」を食べに行ったのですが、お腹が空いていたのでメニューもろくに見ずにコースでお願いと頼んだ後に、きちんとメニューを見たら、通常の牛のコース以外に国産牛コースというのがあって、結局それに変更してもらいました。でも国産牛だからといって、ほとんど気休めでしかないことを皆さんご存知でしょうか?一時期狂牛病騒ぎがあったので、あのときにあらためて学習された方も多いかも知れません。
国産牛は直訳すると「日本国内で飼育された牛」なのですが、裏に公正取引委員会が定めた細則があり、外国産の牛でも日本で3ヶ月以上飼育されたものは国産牛と言われるのです。極端なことを言えば牛を殺した場所が日本であれば国産牛ということです。どうしてこんな紛らわしい表記があり得るのか甚だ疑問ですが、それがまかり通っています。なので国産牛には、海外から輸入されたホルスタインなどの乳用も含まれており、これらはそもそも肉用ではないので、おいしくないし、安全とも言えない、ということになります。
これに対して和牛という表記がありますが、これは産地とは全く関係のない「品種」の名前であり、公正競争規約というもので表示の内容が定められていて、黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種の4品種のみが和牛と言っていいことになっているそうです。ちなみに、神戸牛、松坂牛、米沢牛などは黒毛和種で、正真正銘の和牛になります。
ところが他に「輸入和牛」なるものが存在するのです。これは平成10年から輸入されている牛肉で、肉自体(つまり品種)は和牛なのですが、海外で飼育されて輸入されたものだそうです。そういえば、コンビニで黒毛牛弁当なるものが売っていましたが、あれは和牛と思わせるための工夫で、実際には外国産だそうです。
いずれにしても、和牛であれば、販売する側は当然それをアピールしたいでしょうから、国産牛とは表示せずに、和牛と表示するでしょう。逆に国産牛という表示だけだったら、ホルスタインやそれらとの雑種と考えていいかも知れません。
もっとも私自身は牛肉であれば何でも好きなので、米国産だろうかオーストラリア産だろうかあまり気にしないで食べてしまいます。逆に高級過ぎる和牛は、脂がのりすぎていて苦手なときもあります。
ただ、味はおいておいたとしても、消費者のことを考えて表記や言い方は分かりやすくしてもらいたいものです。

財布 6/25
本日新しい財布を買いました。しかもなぜか2つ・・・。
私にとって財布を買うというのは、とても珍しい行為で、かつては20年前の学生のときからなんと1回しか買い換えたことがありませんでした。しかも昨日まで使っ
ていた財布は4年ぐらいなので、以前の財布は16年も使っていたということになります。
財布を買い換えるに至らない理由は、第一に財布に愛着が出来てしまうこと、第ニに使い勝手に時間がかかりそうで面倒、第三がなんとなく買いにいく機会が無い、ということなのですが、立場上周りの人には、どうしてあんな財布をいつまで使っているのだろう?と疑問に思われているかも知れません。
財布に関して私らしい(!?)とっておきのトピックスがあります。学生時代から今日に至るまで、財布を9回紛失しているのですが、9回とも手元に戻ってきているのです。しかも、9回とも現金やカードが元のままという大判振る舞い(?)です。一度は2週間ほど出てこなかったことがあるのですが、そのときも必ず出てくると信じ、新しい財布を購入しないでいたところ、警察から連絡がありました。
戻ってくると高をくくって油断をしているわけではないのですが、これはかなり運が強いというか、善意の方が多いというか、すごいことだと思います。そんな幸運な財布なので、なかなか手放せないのかも知れません。
今日は財布を買う目的で出掛けたわけではないのですが、財布売り場に遭遇し、何気に見ていたら急に買いたくなり、つまり衝動買いでした。私は小銭を使うのが下手でカードや領収書などもどんどん溜まってくるので、財布はすぐに膨れ上がってきます。それが嫌なので、今回は周りがチャック式で閉められるものを選んで購入しました。ところが別な売り場で私の比較的好きなブランドの財布を見ていたら、やはりそちらの方が気に入ってしまい、結局2つを購入する羽目になってしまいました。
ところで、私の財布の中には中国で買った金メッキのお守りが入っているのですが、この効能があるようで、持ち歩くようになってからあまりお金に不自由していない気がします。これはしっかりと新しい財布に引継ぎを行おうと思っています。
財布は高価なものの方がお金回りが良くなるとか、赤い財布はお金が出て行くとかいう話を聞きますが、本当にそうなのでしょうか?これまたアンケート統計データとかあったら知りたいものです。
新しい財布とは何年を伴にするのでしょう。
第三者の意見 6/24
ワールドカップ決勝トーナメント進出は夢と消えてしまいましたが、私はその記念すべき決戦を見損なってしまいました。
昨日のhirogを書きあげて就寝したまでは良かったのですが、目覚まし時計を試合開始10分前の3時50分に設定したつもりが、なぜか15時50分にセットされていました(悲)。つまり3時違いでした・・・。アナログ時計だったら、起こりえなかった間違いで、忘れかけていたアナログの良さを思い知らされた瞬間でした。ただ、前半リードして大敗という内容は見ていたら相当モヤモヤした気持ちが残っていたでしょうから結果オーライというべきかも知れません。
お陰で睡眠を十分取れたからか、今日は朝からパワー全開だったのですが、午後の機関投資家周りで会社や事業のPRをしているうちに、どんどんヒートアップしてきて、同席していたK取締役やIR会社の人に心配されるほどでした。でも周りの人が分かるぐらいのテンションだったので、実はここだけの話、血圧が割りと高い私は、話している途中に一瞬目の前を陰がよぎる瞬間があり、気を失うかと思いました。
今回の一連の機関投資家訪問で、うちの会社が周りからどう見えているのかが分かりとても参考になりました。特に一通りの質疑応答が終わった後に、必ず「感
想」や「意見」をお聞きするようにしていたので、中にいると気づかないビジネスチャンスや課題が明確になった気がします。
勿論、うちの会社の将来像や事業戦略については、自信をもってやっているわけですが、外にいる第三者の意見を聞くことはとても重要だと改めて実感しました。
かつて私が出向をしていたイマジニアの会議室に「素直」と書いた色紙が飾ってあったのですが、これは松下政経塾出身の同社の神蔵社長が、松下幸之助氏の名言の中で好きな言葉だということでした。つまり、自分がどういう地位や立場になろうとも「素直」な気持ちで人の話を聞く姿勢を忘れないように、という意味が含まれているものと思います。
ふとそんなことを思い出した1日でした。
2周年記念 6/23
明日(というか本日23日)は、うちの会社の中国現地法人である上海網村信息技術有限公司の設立2周年になります。
上海網村の秘書兼管理部長より「社員へメッセージを」というメールがあったのですが、私にしては珍しく1週間ほど前から気づいていました。上海網村は私自身がゼロから立ち上げた会社であり、グループで唯一社長を兼務している会社ということもあり、言わば子供のような存在でもあるのです。
当社の中国事業は、モバイルコンテンツ配信事業から始まり、既に135個を超えるコンテンツの提供実績があり、それ以外にも受託事業、メディア事業など事業領域は広がってきています。本年度からこの辺をきちんと区分けをしてやっていく方針を決めており、その第一弾として受託事業専門の会社を合肥市に設立しました。
上海網村はスタッフ数も今や90名を超えており、日系企業として数少ない成功事例となれる可能性を秘めています。一方で一気に人を増やしていることもあって、
コミュニケーションに弊害が出てきたり、管理面での課題も生まれてきています。
特に上海網村は日本本社からの100%出資子会社にもかかわらず、日本人は本社からの派遣1名だけであり、かつその1名は既存事業のオペレーションにはかかわっていないので、ほとんど中国企業と変わりありません。中国の人は比較的自己主張が強いこともあり、人数が増えてくると統率が難しくなるのも事実です。
しかしながら、会社が成長していく過程においては、うちの会社自身もそうであったように、必ずこういう時期があります。そういうときに求心力を保ち、現場が主体性をもって動けるかどうかというのが将来発展できるかどうかの鍵になると思います。上海網村は3年目に突入しますが、この過程を乗り越えてもう1つ大きくなっていって欲しいし、そうしていきたいと思っています。
話は変わりますが、あと数時間で日本の最終決戦ですね。記念すべきこの日に日本へ勝利をもたらしてくれることを祈りたいと思います。

オフィスとステータス 6/22
オフィスの格って何で決まると思いますか? またオフィスの格って会社の何を反映するのでしょうか?
ちなみにはじめに断っておきますが、今日のブログには答えはなく、ただの独り言です(笑)。
最近機関投資家周りをしていて、最も普段の訪問が多いベンチャー企業と違うと感じるのがオフィスです。
まず、場所が違います。ほとんどが主要な駅から徒歩数分内で、誰もが知っているような著名なビルに入っています。次にそのエントランスの広さに驚かされます。中にはエントランスでフットサルでも出来そうなオフィスもあります。そして会議室ですが、その内装や什器に目を見張ります。私は建築出身なので、内装は材質を見ると大体どれぐらいお金をかけているかが分かるのですが、明らかに数千万かかっていると思われるところが少なくありません。
こういうオフィスを初めて訪問した人はどう感じるのだろうか?というのが純粋に知りたくなりました。「さすが○○、儲かってるな」となるのか、もしくは「こんなにお金かけて無駄だな」となるのでしょうか。もっとも、機関投資家は数千億円規模の資金を運用しているところが多く、そのオフィスを訪れる人は、資産家か、お金を動かす仕事をしている人たちか、企業経営者などでしょうから、それなりにステータスが必要なのだと思います。信用やブランドを商売とする会社の場合には特にオフィスは大事な要素なのかも知れません。「良い場所」で「立派なビル」で「豪華な内装」であれば、会社の信用度という対外的なものだけではなく、求人がやりやすかったり、社員が快適に働けたり、という内部のメリットもあるかと思います。
中国では、オフィスのステータスというのが、ビジネスをやる場合において、日本に比べて重視されている気がします。また、海外ビジネスの長い人の話では、出張した時のMTGは、相手を高級ホテルに呼んで行った方が、こちらに有利に商談が運ぶという経験則があるとのことです。あたかもその高級ホテルがその人や会社のイメージの一部になって相手により大きく見せているのかも知れません。
でも、オフィスというのは、本当に数字に表れない会社の規模や収益性を図る物差しになっているのでしょうか? オフィスによって会社のイメージというのが形成・固定化されるのでしょうか? 一般の人は、名刺を見るときにオフィスの場所、ビルの名前などを確認するのでしょうか? こういった素朴な疑問についてアンケートでも取ってみたいものです。
ところで、最近ではハードだけでなく、ソフトで差をつけようとしている会社も目にするようになりました。例えば同業系のC社は、会議室に入ると飲み物のメニューを渡されて、その中から注文をする喫茶店風システムを採用しています。
ウェイトレス(受付!?)の礼儀正しさもあいまってとても新鮮味を感じました。
最年少社長 6/21
本日東証マザーズに上場した「アドウェイズ」という会社の社長は上場時年齢が26歳2ヶ月と最年少記録となりました。ちなみに今まではクレイフィッシュの松島社長で26歳4ヶ月だったので2ヶ月更新だそうです。
この岡村社長は彼のブログの表題にもあるとおり、金なし、コネなし、学歴なしからここまでこぎつけた努力家でもあります。中学を卒業してからとある企業で4年間働き、2001年に会社を設立、それから一気に会社を成長させて5年後に上場を果たしました。急成長の源泉となったのはアフィリエイト広告というインターネットとモバイルの成果報酬型広告を扱うビジネスが時代の流れにマッチしたためであり、この1年でも売上2.5倍、利益は4.5倍になっています。
岡村社長とは何度かお会いしたことがあるのですが、とにかく豪快でアグレッシブな方で、個性が強い分人により好き嫌いがあるかも知れません(笑)。見た目は社会人経験が長いからか失礼ながら26歳とは思えず、その証拠に上海で岡村社長にお会いしたときに、ご一緒していた人達が私の先輩と勘違いしていたぐらいです(笑)。そのときにも「絶対に中国は本気でやります」と宣言されていましたが、彼は有言実行タイプで、難しい異国でのビジネス環境の中にあって、同社は中国でも頑張っている日系企業の1つです。ちなみにアドウェイズとは、同社の中国事業の責任者が偶然私の住んでいたマンション(日本人は見たことがない)と一緒だったという不思議な縁もあります。
同社は珍しく設立1年目から新卒採用をしていて、今後は毎年100名以上の新卒社員を採用していくそうです。急成長のための先行投資とはいえ、この大胆な経営手法は私から見ていても正直大丈夫かなと思う部分があるのですが、もしかしたら今までの既成概念を変える手法が功を奏して一気にトップ企業に上り詰める可能性もあるかも知れません。今後注目してみたいと思います。
ちなみに、本日上場日は、証券会社が他の銘柄と間違えて売り注文を出してしまうというアクシデントがあったものの、初値は公募価格を上回り、ストップ高気配で終了しました。

引き分け 6/20
今日の新聞では一斉に日本VSクロアチア戦のことを報じていました。結局昨日は引き分けに終わったわけですが、私はどうもこの「引き分け(ドロー)」という言葉があまり好きにはなれません。なんとなく「妥協」という二文字を連想してしまうところがあるのかも知れません。
勿論、この世の中には優劣をつけなくてもいいことはあるとは思います。でも試合や競技というのはその性質上、そもそも勝ち負けや優劣を決めるために行うものではないのだろうか、と思ってしまいます。
「引き分け」という概念があると、どうしても選手はそれを意識する部分があるように思います。「勝ち」にいこうと頭では思っていても、どこかに「最悪引き分けでもいいかな」という潜在的な甘えがあるということはないでしょうか?例えば一進一退の攻防が続くとてもエキサイティングな試合であっても、ゲームの終了近くになると両チームとも無理をせずに、時間稼ぎをするシーンをたまに目にしますが、戦術だから仕方無いとはいえ、そういうシーンを目にするととても残念な気持ちになります。
また、たまに試合が始まる前に、監督が「今日は引き分けでいい」とか「引き分けを狙う」とか発言していることがありますが、これを聞いた選手はどう思うのだろうか、と不思議になります。プレッシャーから開放されるなどのプラス効果があるのかも知れませんが、どうしても守り優先になってしまうような気がします。私が選手なら「絶対に勝つ」とか「勝ちに行こう」と言ってくれた方が燃えてきます。
「引き分け」というのを入れることで、順位のバリュエーションや可能性が広がり、ゲームが面白くなるからなのかも知れないと考えたことあるのですが、個人的にはそれなら同点の場合にはPK戦で勝敗を決めて、PK戦で勝った場合は勝ち点2などとする方がいいような気がします。
私がサッカーをしていた頃は、全国高校サッカー選手権においても、決勝は同点だと両校優勝というのがあったのですが、個人的にはいつもしっくり来ていませんでした。
よく「スポーツは勝ち負けの厳しい世界」と言われますが、よほど現実の世界の方が恋愛を含めて引き分けというのは少ないように思うのですが、競技の世界に引き分けがあることに違和感を感じてしまうのは、私だけでしょうか?
私がもう1つスポーツでしっくりこないことがあります。今はルールが変わったかも知れませんが、私がプロ野球を見ていたときは、セ・リーグは指名打者方式では無かったので、ピッチャーがそのまま打席に立つのですが、多くのピッチャーが打つ気が全くなく、意図的に三振をするのです。冷静に考えれば、確かに積極的に打ちにいって身体に異変が生じたり、全力で走ることで体力を消耗したり怪我をしたりすることを避け、最高のピッチングに集中するための1つの戦術と言えるのかも知れません。でもプロスポーツは観客を魅せるためにもあるのではないのだろうかと思います。プロ野球の投手といえば、もともと高校時代には4番打者だった人も多いので、本来は打者でも魅せられるかも知れないのに、それを放棄してしまうというのは残念に思います。
個人的には、何事にも正々堂々と全力で戦って欲しいと思います。
ちなみに、私の経営スタイルには、引き分けという言葉はありません。こういうと「Win-Win」を標榜しているのに、それは引き分けではないのか?と思う人がいるかも知れませんが、「Win-Win」はその名の通り双方が「勝ち」なのです。でももしかしたら、それはスタッフにとってはプレッシャーとなるのかも知れませんね。
人は負けを体験することで、屈辱や挫折を味わうことがあるかも知れません。でもその悔しい気持ちがあるからこそ、次に頑張れるということもあるのではないかと思います。
私はサムライスピリッツ過ぎなのでしょうか・・・。

父の日 6/19
今日は父の日でした。6月の第3週の日曜日なんて曖昧な記念日を誰か決めたのかなとふと思い立ちWEBで調べてみたら、1910年にアメリカのとある夫人が、自分を男手一つで育ててくれた父のために、誕生日であった6月に教会にお願いをして礼拝をしてもらったことが切っ掛けと言われているそうです。ちなみに日本では1950年代頃から知られるようになったとのこと。意外と歴史は浅いのですね。
ところで、私の父は昭和11年生まれなので、もう70歳になりました。若い頃はスポーツマンで2枚目だったらしい(母の話なのでかなり怪しいですが)のですが、今となっては真っ白な頭に老眼鏡を付けていて、その頃の面影はほとんど残っていません。
私は小さい頃から母っ子だったので、どこに行くにも母にはついて行っていたのですが、父と遊んだりどこかへ行ったという記憶はあまり残っていません。父は田舎にありがちな厳格な人だったので、なんとなく距離感もあり、照れ臭さもあいまって、私が東京に来るまでは年を取る毎に話す機会は少なくなっていました。今振り返ってみると相談事もしたことが無いように思います。
一方で、父は公務員だったこともあり、平日の夜や休日にはほとんど家にいたので、いつもそばに居たという不思議な感覚もあります。私のベンチャー気質や志向は、その平凡な生活へのアンチテーゼ(反立)なのかも知れません。ただ、祭りと世話好きなところは私に似ていて、定年後はスポーツ指導員とか、町内会の役員とかそういうのばかりをしていました。私から見ていると定年後の方が忙しいようにすら感じます。私が最終的には地元に何かしらの形で貢献したいと考えるているのも、その血筋なのかも知れません。
そんな近くて遠い存在だった父も、最近は怖いぐらいに人が変わってしまって、非常に穏やかでやさしくなりました。健康のことや仕事のことを心配してたまにメールや電話をくれます。それも年のせいかなと思うとちょっと寂しい気持ちになります。
父の事は尊敬していますし、できれば今までまだ何もしてあげれていないので、今後親孝行をしていきたいとも思います。
今日は、柄にもなく故郷にいる父に電話を入れてみたのですが、「もうすぐ株主総会だけれども配当を出さないで文句言われないのか?」と余計な心配をしてい
ました。早く安心させてあげたいものです。

反応の自由 6/18
またちょっと気難しいタイトルになってしまいましたが、厳しい環境にさらされたときに、よく思い出す言葉です。
簡単に言うなら、自分の力では変えられない状況や環境の中においても、それにどう反応するかは自分の力で決められる、ということです。
例えば会社の中において、派閥のようなものがあって、パワーバランスが変わったために、冷遇されたり、関係会社へ移籍を命じられたりしたとします。そんなときは、全くついてないと思い、挫折感を味わうかも知れません。でもそこでマイナス志向になったり、自分が本来出せる力を出し切らなかったりすると、どんどん環境は悪い方向へいってしまいがちです。
でもちょっと大局的に考えて、もしかしたら逆境を経験するいい機会かも知れない、とか違う能力を身につけるチャンスかも知れない、と気持ちを入れ替えることはできると思います。勿論、逆にそういう状況のときに、思い切って転職や独立というのも考えられるかも知れません。つまり、自分に反応・選択の自由があると考えると、かなり気持ちが楽になるのではないでしょうか?
人は本来弱い生き物ですから、落ち込んだり愚痴を言うことは仕方が無いことです。でも愚痴の根源が自分ではどうしようもないことだとしたら、愚痴を言っていても自分が惨めになっていくだけで状況は好転しないですし、逆に自分でなんとか影響を及ぼすことができることなら、自分が行動をすることで状況を変えれることもあるかと思います。
私の好きな本に、「誰もその人の許可なくして傷つけることはできない」という名言があるのですが、例えば罵声を浴びせられたとしても、自分でそれを受け入れない限りは自分は傷つかない、ということだと思います。ストレス社会と言われて久しいですが、ストレスというのもある意味、自分でそれを受け入れてしまっていることは無いだろうか?被害妄想になっていないだろうか?と問うて見ることは有意義だと思います。
私の身の回りを振り返ってみても、環境が変化しても、今までと全く変わらずに気持ちを強くもって、自分のやるべきことを淡々とこなしている人は、結果環境が好転しているケースを多く見てきています。これは綺麗事ではなく、実際にそういうものだと思います。
とちょっと偉そうなことを書いてきましたが、実はこういうことを書いているときは、自分にもそう言い聞かせていたりします(笑)。
私は、いつも何か環境や物事が悪化したときには、まずその原因を分析して最悪の状況を想定します。つまり現実をありのままに受け入れて冷静に考えます(現実逃避は問題解決にはならないと思います)。
ただ、そのダウンサイドリスクは大抵自分の人生においてそれほど大きなものではなかったりします。極端なことを言えば、生死にかかわることではない、ということです。それが覚悟できると気持ちが楽になって、アップサイドのみを考えて行動するようにしています。そうしているうちに不思議と環境が好転してきて後から思えば大したことではなかったとか、結果良かったと思うことが多いのです。
人生、一度しかないですから、楽しく、自由に生きたいものです。

南大沢 6/17
表題の南大沢とは、八王子市南大沢のことで、路線でいうと京王相模原線の終点橋本の2つ手前、京王多摩センターの2つ先にあります。古くは都市住宅設備公団が開発したベッドタウンとして知られています。
うちの会社は2年前までの約6年間ここに本社をおいていました。うちの会社の社員は役員・アルバイトまで含めると現在60人ほどになるのですが、そのうち南大沢時代を知る人は1/3にも満たないと思います。南大沢から新宿に移転してからまだ2年しか経っていませんので、いかにスタッフが入れ替わったかが分かると思います。
昨日、この南大沢に行く機会がありました。私もこの地に行くのはほぼ2年ぶりのことです。電車に揺られながら山(!?)を抜け、やっと駅に辿りつきました。以前は毎日通っていたルートながら、あらためてすごく遠くに来た感じがしました。
うちの会社のオフィスを設けた1998年当時は、駅前のSOGOの撤退後、イトーヨーカドーが入ってきて、やっとオープンした頃です。当時は日本一の売り場面積を持つ店舗と言われていました。それ以外は東京都立大学(現首都大学東京)がある程度で、オフィスビルと呼べるビルは我々が入っていたビルぐらいで、他はすべて住宅地というとても静かな地域でした。新宿から移転した当初は都心の騒々しさから開放され、そのギャップに戸惑いながらも心地よい感じがしていました。
そのうちに「ラ・フェット多摩」というアウトレットショッピングモールがオープンし、それからまたしばらくして「バージンシネマズ」というシネマコンプレックスが出来て、一気に賑やかになるとともに、若者が増えてきました。イトーヨーカドーしか無かった頃は昼食を食べる場所がほとんど無く、毎日のようにオムレツ屋に通っていたため、オムレツが嫌いになったぐらいです(笑)。今ではありとあらゆるレストランが出来ていて当時の面影は全くありません。
用事が済んでから、ブラブラとその辺りを歩きながら、当時の会社を思い出していました。そしていつもそうしていたように、駅前のミスタードーナッツでドーナツとコーヒーを食し、なんとなく、以前の感覚に触れたくて、当時毎日のように乗っていた、調布まで行ける最終電車であった11時39分発の電車に乗って帰ってきました。
南大沢という独特の環境において、当時の地道な努力があったからこそ、今のネットビレッジがあると思います。
ネットビレッジを育ててくれた南大沢にあらためて感謝したいと思います。
機関投資家 6/16
本日から機関投資家訪問が始まりました。
こういったOne on One(1対1の個別面談)でのMTGは2002年に上場時に経験して以来久しぶりのことです。
ところで、機関投資家という言い方は、一般の方はあまり耳慣れないかも知れません。というのも私自身機関投資家という名前を初めて聞いたときに「機関車」と「投資家」を組み合わせてしまい、どうもイメージがしにくかった記憶があるからです。機関投資家は直訳すると「投資をすることを目的として設けられた組織」であり、組織的に資産運用を図る企業のことを指します。具体的には銀行、生保、損保、年金基金、投資信託など大口で売買を行う投資家のことです。以前は比較的サイレントホルダーの性質をもっていたのですが、最近は外国の機関投資家などが日本市場に積極的に入ってきており、議決権をきちんと行使したり、いわゆる物言う株主になってきている傾向があります。大量の売買を行うため株価への影響度が大きく、比較的中長期で保有してくれるところも多いところから安定した株価形成に寄与するとも言われています。ただ、機関投資家にはそれぞれ内規のようなものがあって、スモールキャップ(時価総額の小さいところ)には投資できないところが多く、うちの会社はまだ投資対象になりにくいというところもあります。それでも最近は小さなところでも積極的に投資する会社も出てきているそうです。
今日お会いしたのは、バイサイド(株を買う側)のアナリストやファンドマネージャーなのですが、色々貴重な意見(課題含む)をいただきました。会社説明会のような形だと1人で話している時間が長く、反応もダイレクトに見えないところもあるのですが、今回のようにコミュニケーションを取りながらダイレクトな意見をいただけることはとても大事な機会だと思います。
ちなみに本日訪問させていただいた2社の反応は悪くなく、特に2社とも中国事業には期待を持ってくださいました。彼らは数多くの企業を見て、評価してきている方々ですから、少しでもお褒めの言葉をいただくと本当に励みになります。
プラネタリウム 6/15
プラネタリウム、星空・・・、なんともロマンチックな言葉ですね。
本日はビジネスパートナーの招待でプラネタリウムの試写会に行ってきました。
中国でコンテンツを提供させていただいている日本のCGの第一人者であるKAGAYA氏がプロデュースした作品で、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」をCGで、しかもプラネタリウムで再現するというものだったのですが、圧巻でした。
この映像だけでも感動したのですが、何よりもその上映後の制作ストーリーには驚かされました。制作に要した期間は3年、1つ1つの物体を筆タッチで描く方式を取っていてハイビジョンの2倍の解像度のためパソコンを24台も導入(3台だと6年かかるそうです)したそうです。また、スクリーンにいくつもの三角標(昔の地図をつくるための測量装置)があったのですが、それは本当の天の川の星を平面に写影して位置を取り、等星(星の明るさの度合い)に合わせてそれぞれの高さを決めたというのです。気が遠くなるような話とともに、原作者である宮澤賢治への崇敬の念と作品に対するこだわりを感じました。それ以外の部分にも幾つもこだわりがあるのですが、それを描いていると3頁に渡りそうなのでやめておきます。
先日とある雑誌に、自分の好きなことを職業に出来る人の確率は総じて1万分の1、更にそれで豊かな生活を人生を全うするまで維持できる確率はそのうち100分の1とあったのですが、やはりその道を究めることは相当大変だと思いました。
KAGAYA氏は中国でも相当有名で、海賊版が後を絶たないそうです。先日北京で行われた作品展においては、KAGAYA氏のサインをもらうために600人もの人が列を作ったとか。少しでも彼の作品の認知と海賊版の排除の力になれればと思います。
ところで、ロマンチストな私は、プラネタリウムは大好きで、良く観にいっていました。星一杯の空を見ていると、自分が別の世界にいるようで、とてもワクワクします。いつも太陽が昇ってきて明るくなってくると、現実が戻ってくるようでとても残念な気持ちになります。ただこれだけプラネタリウムが好きとか言っておきながら、星座や星の名前はほとんど覚えてないので、女の人を口説くことはできません(笑)。
最近は、部屋で見れる簡易型プラネタリウムがとても売れているようです。以前友達の彼女とのクリスマスのために、部屋の天井に夜行性の星のシールを一生懸命時間をかけて貼ったことがありますが、ずいぶん進歩したものだなと感心します。「癒し」の効果ですかね。
帰りの電車から降り立ち、ふと今日のことを思い出して夜空を仰いでみたのですが、プラネタリウムのようにはいきませんでした。
ちなみに、プラネタリウム「銀河鉄道の夜」は池袋のサンシャインシティにおいて、17日より一般公開が行われるそうです。時間が出来ればプライベートでもう一度観にいきたいと思います。

有意義な会食 6/14
本日はとある投資会社の代表の方と夕食をご一緒させていただく機会がありました。様々な経営者の方々とお会いされたり、投資経験の豊富な方だったので、そのお話は色々学ぶべきところが多く、とても実りあるひとときでした。
中でも印象に残っているのは、「まず自分を知ることが大事だ」というひと言です。リスクを張れるタイプか、自分に向いた経営スタイルが取れているか、などを客観的に見れているかどうかというものです。「自分に嘘をつかない」ということも同様で、こういったことは決して容易なことではないですが、あらためてとても重要なことだと思いました。
また「誠実な経営をせずに成功しようとした人で長続きをしたことを見たことがない」という言葉も説得力がありました。これは「いつ、どんな状況であっても、自分に、そして会社に対して誠実な経営をせよ、そうすれば成功は後についてくる」というものです。これも当たり前のことと言えばそうなのですが、数々の企業の成長・衰退を目の当たりにしてこられた方の言葉の重みを感じました。これは落とし穴がたくさんある中で誠実さを貫くことの難しさを乗り越えてこそ、初めて果実が得られるということだと思います。
「会社は生き物である」という考え方にも全く同感でした。サービス、社員すべてが生命を持っているので、それを生かすも殺すも経営者次第だということです。
お話をしているうちに、次第に胸の中がスッキリしてきて、爽快感のうちに帰途に着くことができました。
社名についても、「yahoo」や「google」は今でこそ名前が定着しているが、最初はほとんどの人が違和感を感じたはず。結局は何をやるかが重要だという言葉も頂戴しました。
これから高い目標に向かって羽ばたこうとしている『fonfun』にとって、何よりの励みになりました。
端末ショップのCS度 6/13
今日はワールドカップの日本戦があったので、早めに帰宅した方も多かったのではないでしょうか?
私がネットカフェでTVをつけたときには日本は1-0で買っていたのですが、そこからロングスローを皮切りに瞬く間に逆転されてしまい、何がなんだか分からないうちに終了していました。気持ちを入れ替えて、次のクロアチアの試合は最初から応援できるようにしたいと思います。
話は変わりますが、以前5/17付『hirog』(電磁波!?)で書いたとおり、私の電気製品は頻繁に故障するのですが、商売道具でもある携帯がついに壊れてしまいました。
電源が全く入らなくなり操作不能になってしまったのです。以前から時折画面がフリーズしたり、電源が入らなかったりして調子は悪かったのですが、店に持って行ったときに限って電源が入ったりして結局修理をしないまま使用していたのが良くなかったようです。
スタッフに頼もうかと思ったのですが、それどころではない雰囲気で、かつ個人情報も入っているので、自分で外出の途中にキャリアショップへ行ってみました。
待ち時間に日経トレンディーをめくりながらConvergence(融合)」という、うちの会社の戦略にもある言葉が今後のキーワードとして書かれていて、この言
葉がメジャーになると希少価値が無くなるのでやめて欲しいな、などと勝手なことを考えながら待っていると程なく呼び出しがありました。
まずその第一声に驚きました。「この度はご迷惑をお掛けしており大変申し訳ありません」から始まったのです。勿論人為的な故障ではないのですが、既に1年以上経っていて保証期間も過ぎているというのに、この低姿勢と顧客の気持ちを考えた対応には感心しました。
その後チェックのために5分ほど待つときにもその内容の説明がきちんとあり、中味のデータ紛失の可能性や修理代金(しかも、修理自体は無料で、今回の件とは関係ない部分が壊れていたのでその修理分のみ)発生の可能性についての説明も、丁寧、明快でとても感じ良く店を出ることができました。この辺のサービス精神、社員教育には驚きました。
あまり比較にすること自体どうかとは思いますが、中国でも何度か携帯が故障したことがあるのですが(本当に嫌になります)、いずれも不躾な対応で、修理に時間はかかるし、人為的ではないにもかかわらず修理料金は取られるで大変不快な思いをしました。そういうところは、やはり差があるなという感じです。
日本では秋口にナンバーポータビリティが控えているので、尚更各キャリアともユーザーの引きとめ、獲得のためのCSの向上に必死なのかも知れません。
いずれにしても、我々ユーザーにとっては有り難いことです。
それにしても気のせいか、帰りの電車の中はサッカー敗退の暗雲のムードが立ち込めていました。

点心 6/12
あまり人前で言うのは恥かしいのですが、私は結構お菓子が好きです。
学生のときに製図で徹夜したり、仕事で夜遅くなったり、休みの日に出勤したりするときには、大抵たくさんお菓子を買い込んで、本腰を入れるのが習慣になっています。
学生から今まで既に時は20年近くも経っているというのに、買うお菓子のメニューがほとんど変わっていません。一途というか、進歩が無いというか、全くもって自分でも不思議だと思います。
お菓子には色々ジャンルがあると思うのですが、私がお菓子を買うときには3点セットなるものがあって、「甘いもの」+「しょっぱいもの」+「袋キャンディー」がスタンダードプランになっています。
「甘いもの」は通常チョコ系かクッキー系の中から選ぶのですが、チョコ系は透明な包装紙に包まれた小さい四角いチョコがたくさん入ったもの(名前思い出せません)が最も多く、気分によってロッテ「チョコパイ」や森永「チョコフレーク」などに変わります。学生の頃一番好きだったのは銀色(稀に金色も混じっている)の包装紙に包まれた小さなチョコスティックみたいなのがたくさん入っているものなのですが、最近は残念ながらほとんど目にしなくなってしまいました。クッキー系は以前はミスターイトウの「チョコチップクッキー」や「バタークッキー」が好きだったのですが、ナビスコの「オレオ」が出現して以来「オレオ」に傾倒しています。ちなみに、甘いものお菓子のメーカー(会社)の中では「ギンビス」や「ブルボン」のファンだった時期があり、その頃はギンビスの「アスパラガス」・「たべっ子どうぶつ」、ブルボンの「ルマンド」・「ホワイトロリータ」・「バームロール」・「ルーベラ」にお世話になっていました。ちなみに皆さんは「アスパラガス」や「たべっ子どうぶつ」が世界食品オリンピックの金賞受賞作品だということを知っていますか?もっともこの賞がどれだけの価値があるのかは不明ですが、「アスパラガス」と初めて巡り逢った小学生の私は、この金メダルのマークに魅了されて初指名したことを覚えています。
「しっぱいもの」は圧倒的な確率で「柿ピー」が選出されます。私はポテトチップス系はあまり好きではないので、それ以外では「せんべい」類や「サッポロポテトバーベキュー味」・「カールカレー味」・「えびみりん焼き」などを買うことが多いです。ときにオプションプランとして、「さきいか」・「酢いか」などのツマミ類をつけることがあります。
私はガムやキャンディーは、一度に2・3個食べないと気がすまない性質なので、「袋キャンディー」はキャンディーの玉の形と大きさ、をもとに品定めをすることにしており、結果大きくて丸い袋キャンディー(コーラとかソーダとかオレンジとか入っているもの)を選んでしまいます。
中国でもマンションで仕事をしていたときには、お菓子をたくさん買い込んでいたのですが、正直中国のお菓子はおいしくありません。
ちなみに中国ではお菓子のことを「点心」といいます。日本人はdim-sum(飲茶)を思い出しますが、中国では食事の間に取る少量の食べ物を指すので、飲茶のような軽食、間食やデザートまで幅広く点心と言います。ちなみに飲茶というのは本来料理名ではなく、お茶を飲みながら点心を食べることを指します。
食べていた柿ピーが無くなったので、そろそろ就寝します。

心理とカウンセリング 6/11
今日は珍しくユングが好きという方にお会いする機会がありました。
「フロイト」や「ユング」などの精神分析の巨匠は、難しい言葉で紹介されることが多いので、なんとなくとっつきにくい感じがあります。
彼ら二人の違いについては、「カウンセラーが患者を長椅子に寝かせていたらフロイト派、患者と椅子を向き合わせて腰掛けながら話していたらユング派」とか、「性欲に関心をもっているのがフロイト派、オカルトに関心をもっているのがユング派」などと聞いたこともありますが、本来はもっともっと深いところにあるのでしょう。私はその辺のことは良く分からないのですが、心理学という側面で見ると割りと身近に感じる部分も多いのではないかと思います。
例えば私は学生時代にユングの夢分析に関する本を読んだことがありますが、彼は夢は深層心理にある事柄が日常的に現れる唯一の現象と考えていたらしいです。読んでから、夢日記なるものをつけてみようと試みたのですが、夢というのは起きた瞬間までは覚えているものの、数分もすると忘れてしまうから3日しか続きませんでした。
心理学と言えば、以前好奇心で「キャバクラの心理学」という本を読んだことがあります。キャバクラに男が通う理由やキャバクラに勤める女性のテクニックなどが紹介されているだけの浅い内容の本だったのですが、読み終わって「こうやって経済循環ってしていくんだろうな」と思いました。サラリーマンが仕事で稼いだお金をキャバクラで使い、キャバクラに勤める女性がまたホストクラブへと流れ、ホストが高額商品に消費する、とても分かりやすい構図だと思います。
ところで、最近仕事としてカウンセリングに興味があるという話をよく耳にするようになりました。最近では鬱病になる確率は女性は1/4、男性は1/7にものぼるといわれているらしいですし、会社員に限定すると更に確率が上がるとのことなので、鬱病を経験された方が少しでも他の人の力になりたい、という気持ちの表れなのかなと思います。
私はこれだけのストレスがありながら(!?)これまで鬱とは全く無縁ですが、学生の頃にこれからのストレス社会を考えるとカウンセリングのニーズが増えるのでカウンセラーになるのも人のためになるかも知れない、と理系ながら心理学の授業をとっていたことがあるので、逆に精神的に強い人の動機というのもあるのでしょう。
ちなみにキャバクラ通いから抜けられない人のためのカウンセリングというのはありえるかも知れません。
ワールドカップ 6/10
いよいよワールドカップが開幕しましたね。
私は仕事の関係で開幕式は見れませんでしたが、現在ドイツ対コスタリカの熱戦が行われているようです。
私は小学校の頃よりサッカーをしていたので、サッカーは大好きなのですが、私が小学生の頃はワールドカップと言っても、日本が出場するということは考えられなかったので、どちらかというと他人事のような感じでした。
学生の頃からにわかに日本がもしかしてワールドカップに出れるかも、という期待が出始めて、社会人になってからその可能性の瞬間が訪れました。1994年の「アメリカ大会」です。最終予選の1戦1戦が手に汗を握る試合が続き、ときには大きな歓声をあげ、とくには地団駄を踏んで悔しがっていました。そして迎えた最終戦、イラクとの試合で中山が執念の勝ち越しゴールをあげ、思わず大声で叫んでいました。ところがご存知の通り、延長ロスタイムにまさかの失点でワールドカップは夢と消えたのです。
これは「ドーハの悲劇」として未だに語り継がれていますが、このときばかりは本当にショックでしばらく何も手につかない状況でした。当時は何故だか分からないのですが、リアルタイムで全ての日本戦を見れるのは今回が最後かも知れないと不思議と予感していたので尚更でした。実際それから仕事がどんどん忙しくなり、責任ある仕事になってきたので、フランス大会や日韓共催大会は全ての日本戦をリアルタイムで見れるということはありませんでした。
いずれにせよ、それ以降、ワールドカップにあまり気持ちを入れ込み過ぎないように自制していたので、フランス大会でワールドカップ出場が決まっても、勿論それなりに嬉しかったものの、前のような歓喜に浸るということはありませんでした。
また、私の凝り性な性格からいって、ワールドカップにはまってしまうと1国1国、いや1人1人の戦力分析を始めてしまうので、ワールドカップは日本代表戦だけ見ることにしています。
それにしても、ワールドカップというのは、国が1つになる瞬間をつくれるという意味で、すごいイベントだと思います。例えばドーハの悲劇のときの瞬間最高視聴率は58%だったのですから。
ワールドカップを見ていると、何故か自分がサッカーが上手いと思い込んで敗戦などを見ていると、自分が出ていればという錯覚に陥るから不思議です。でもTVを見終わってからその気分のままサッカーボールを蹴りに行って現実を知るのでした(笑)。
ところで、うちの会社が提供しているiモードサイトの「サッカーキング」は、ワールドカップ効果で今日からアクセスが急増しているようです。会社としても、サッカーで日本が勝つとユーザーさんが増えてくれるので、是非日本代表には頑張って欲しいと思います(笑)。
三浦昆虫記 6/9
夏が近づいてきたのか、今日外で虫の鳴き声が聞こえてきました。京王線に乗っていると、この季節になるといつも決まって高尾山にある、とある料亭の「ほたる狩り」の中吊り広告を目にします。
帰りの電車でその広告を見つめながら、ふと昆虫が大好きだった昔の自分を思い出しました。
私は小さいときには何でも虫を拾ってきて親を呆れさせる少年でした。小学校のときにファーブル昆虫記を読破し、親戚の間からは昆虫博士と呼ばれていました。(なぜか今はさっぱり覚えていませんが)
今思うに、私にとっての昆虫はペットのようなものであり、女性にとってのぬいぐるみみたいな存在だったのだと思います。小学校のときには近所の草むらで小さなカナヘビ(昆虫じゃないですが)を捕まえてきてカンペンケースの中で飼っていました(よく開けたときに逃げ出そうとするので蓋を閉めると何度もしっぽが切れてました)。また、トンボを捕まえてはしっぽに糸を巻きつけて飛ばしたり、カマキリを格闘させたりしていました。カマキリと言えば交尾のあとメスがオスを食べることを最初に知ったときには衝撃的でした。オスは何を思いながら恋したメスに食されていくのでしょうか?
昆虫の中ではカブトムシが一番好きでした。カブトムシには色々種類があるのですが、私が一番好きだったのは赤茶色をしたカブトムシで、夏になると必ずダダをこねて買ってもらっていたのを覚えています。また、カブトムシを幼虫から育てるのも醍醐味で、オガクズと栄養度の高い土を買ってきて、その中に幼虫を入れ毎日覗いては早く成虫にならないかと願うのでした。サナギからかえったばかりのカブトムシの羽はやわらかくて真っ白なのですが、そのときに待ちかねてよく触ってしまい、硬くなった後に私の手の後がついたその羽を見ていつも罪悪感にかられるのでした。
男の子の間ではカブトムシ派とクワガタムシ派に分かれるのですが、たしかにクワガタムシは俊敏で強そうなのですが、私はかわいらしいカブトムシを贔屓にしていました。ムシキングがあれだけ流行っているのを見ていると、カブト虫やクワガタ虫は男の子達にとっての永遠のヒーローなのかも知れません。
ところで私の特技の一つに、カブトムシ捜索がありました。カブトムシは家の中でよく脱走してしまうのですが、独特のニオイがあり、鼻を利かせてニオイを辿っていくとその行き着く先にカブトムシを発見するのです。これにはさすがの母親も感心していました。このカブトムシのニオイは実は身体のニオイというよりも餌にしていたスイカのニオイだったのだと思います。うちではスイカを買うと一番先に食することができるのは飼っているカブトムシだったので。
カブトムシの他には、綺麗なもの好きの私としてはエメラルドグリーンを彷彿させる「アオカナブン」、秋にしっぽが真っ赤に染まった「赤とんぼ」が好きでした。「オニヤンマ(巨大なとんぼ)」も好きだったのですが、動きが早くていつも数十分に渡る格闘の末に敗れ去るのでした。
ただ、そんな昆虫好きな私も、「臭いもの(カメムシとか)」・「手につくもの(蛾とか)」・「短命のもの(セミとか)」は嫌いでした。特にゴキブリは高校のときに友達と一緒に食べた焼きソバの中にこんがりと焼きあがったゴキブリがいたときから一種の恐怖症になり、また私が大好物だった母が焼いてくれたグラタンに同色の大きな蛾が落ちてきて、グラタンのど真ん中に綺麗に着地したことがトラウマになり、しばらくの間グラタンが食べれませんでした。食べ物と言えば、イナゴの佃煮(!?)を食べている人を初めて見たときにも失神しそうになりました。
あれだけ昆虫が好きだったにもかかわらず、大人になってからは、なぜか昆虫はあまり好きではなくなってしまいました。ただ今になってもカブトムシだけは欲しくなります。というかつい2年ほど前も買ってしまいました(笑)。昔はカブトムシの餌はスイカと相場が決まっていたのですが、今は人工ゼリーなんですね。かなり驚きました。
ついつい、好きなものの話のときは、筆が進んでしまい長文になってしまいました・・・。この調子で書いていると朝になりそうなのでこの辺にしておきます。
当たり日 6/8
皆さんは妙に何かがその日に集中して起こる当たり日って経験ありませんか?
今日の私は友人からの連絡が集中した1日でした。
こういうときは本当に不思議なもので、何度か連絡したのに返事が来てなかった人、もう何年も会っていない人、連絡を取りたくない人(笑)を含めて、6人もの人から電話やメールがありました。
私は、大学になると高校時代の友人と、社会人になると学生時代の友人と、会社が変わると以前の会社の友人と、という感じでかつて同じ環境にいた人との連絡がどうしても疎遠になってしまいます。つまり身近に居る人がいつも優先されてしまうという、ある意味薄情な傾向があります。その時々の友人とはなんとか年賀状でつながっているものの、逆に言うとそれしか接点が無くなっている人がとても多くなってしまっています。なので、そんな私にとって1日に6人というのは奇跡に近い数字です。もっとも日中はスケジュールが詰まっていてバタバタしているので電話に出れなかったりするので、今やっと折り返しをしたりメールの返事を終えたところです。すっかり相手に家庭があることも忘れて夜中に電話している非常識な自分に気づきました。
今日は別に何か特別な出来事があったわけではないので、そういうバイオリズムなのでしょうか?こういう「当たり日」とかがあると「運」とか「めぐり合わせ」ってやはりあるのかも知れないと思ってしまいます。
当たり日はある意味効率的なのかも知れませんが、本人にしてみると分散してくれた方がいいのに・・・と思います。特にハッピーな出来事の場合には、そのハッピーを複数日に・・・と思ってしまいます。
当たり日と言えば、今週月曜日は通常ではあり得ない悪いことが3つも重なってその日は天誅殺かと思いました。今思ったのですが、悪い出来事の場合に限っては複数日よりも一度にまとめて起こってさっさと終わってくれた方がいいかも知れませんね。ただ、今回の場合にはそのうち2つが未だに尾を引いていたりします・・・。
そのためちょっと睡眠不足気味の三浦でした。そろそろ寝なくては。

イケメン 6/7
今日はとある雑誌の取材がありました。
いつも取材と言えばうちの会社のオフィスで受けるのが常なのですが、本日は先方が予約してくれたホテルでの取材、かつ所要時間3時間ということで、気持ち緊張しながら広報担当者と一緒に待ち合わせのホテルに行きました。
取材の場所はホテルと言っても別館のガーデンパーティを開けるようなところでした。最初に写真撮影があったのですが、口と腕の上手いカメラマンに笑顔や慣れないポーズを迫られること約1時間、やっと撮影が終了しました。その後インタビューと食事をしながらの座談会があったのですが、私にとっては結構難しいテーマでした。
ちなみに、本取材のテーマは「(仮)イケメン社長が教える情報活用術」という内容で、7月7日に発売されるそうです。もう1人の取材者はG社のK社長とか。
ところで、「イケメン」という言葉が使われるようになって久しいですが、女性から聞く話によると、これに対比する言葉というのもあるそうで、イケメンというほどでもない顔立のことは「ビミョメン(微妙)」、普通の場合は「フツメン」、イケてない男性のことは「ジミメン(地味)」「ブサメン(ブサイク)」「キモメン(キモイ、気持ち悪い)」「オタメン(オタク)」「シケメン(シケてる)」「クソメン」などと言うそうです。ほとんど耳にしない言葉ですが、女性ってこういうの考えるのに長けていると感心します。その証拠にこれらの女性バージョンは聞いたことがありません。
30代からのニューリッチ向け男性誌「Leon」に端を発する「ちょいワル」という言葉も使われていますが、「イケメン」とか「ちょいワル」と言われた男性は嬉しいものなのでしょうか?
ただ、ここ数年中高年男性向けの雑誌が増えていることは間違いないので、お洒落や高級品に関する関心が高まっているのは間違いないのでしょう。ちなみに私は好奇心旺盛かつ凝り性なので、ファッションにこだわりだすと止まらなくなる恐れがあるので、意図的にこれらの雑誌は見ないようにしています(笑)。
村上ファンド 6/6
皆さんご存知だと思うのですが「村上ファンド」の異名を取るM&Aコンサルティングの代表村上世彰氏がインサイダー取引疑惑で逮捕されました。
私自身はチャンスは何度かあったのですが実際にはお会いしたことが無いので、その人となりをコメントすることはできませんが、人づてに話を聞く限りにおいては極めて合理主義というイメージが強い方です。私が初めて村上さんのことを知ったのは東京スタイルの大株主になった頃ですが、その後より積極的な活動により、日本放送、大阪証券取引所、阪神タイガースなどで名をとどろかせてきました。
強気の勝負ばかりを挑んできた村上氏だったので、最近話題になっていた阪急による阪神のTOBには応じないのではないかと個人的には思いながらみていたのですが、まるで図ったかのようにこのTOB期間に容疑がかかり、TOBに応じなければならないような状況になったことは何とも皮肉なものだと思います。記者会見では「投資からの引退宣言」まで出ていましたが、急に態度を変えた裏にはどんな意図があるのかは知る由もありません。
ただ一方で、先に逮捕されている堀江氏にせよ、村上氏にせよ、彼らの世の中への問いかけが、資本市場や企業経営に与えた影響(功績といっても良いかもしれません)は少なくないと思います。個人投資家を中心とした一般市民に市場や証券用語に関心を持たせたという貢献度は大きく、堀江さんは時価総額経営、村上さんは株主利益というものをあらためて認識させてくれました。これにより例えば経営者の株価や買収への意識は間違いなく以前とは比べ物にならないほど高くなっていると思います。
ともあれ堀江さんについで村上さんのような時代の寵児と言われてきた人達が「不正」の疑いで逮捕されるというのは何とも残念なことです。
近い業界にいることもあり、「他人の袖見て我が振り直せ」という言葉がありますが、他人事にならないように気を引き締めたいと思います。
帰国の途 6/5
今日日本に帰国しました。規程では役員はビジネスクラスの利用も可能なのですが、まだ利益がそれほど出ているわけでもないのでエコノミー利用していることもあり、10時間のフライトは正直結構疲れます。うちの役員は本当に生真面目な人間が多く、別に口合わせをしているわけではないのですが、K取締役はプライベートの用事をくっつけて自費で出張したり、他の取締役も新幹線のグリーン車は使わないようにしていたりしています。
ただ、最近は少し考え方を変えてもいいかな・・・と思ったりしています。ビジネスだと結構時間が節約できますし、ビジネスのシートでは、ノートPCの電源は勿論のこと、ネットに接続できるので、普段と変わらない環境で仕事が出来たりします。私は先のhirogにも書いたとおり、飛行機にのっているときには色々考え事をしていることも多いので、ゆったりとしたシートの方が豊かな発想ができるかも知れないと思ったりもします。また、ファーストほどではないでしょうが、ソフトバンクの孫さんが言っているように新しい人間関係が出来たり、という副産物もあるかも知れません。結局はコストに見合う効果があればOKということなのでしょう。
ちなみに、今回の米国出張チケット、日系航空会社だと通常40万円ぐらいするらしいのですが、なんと10万円程度で取れていました。うちの総務のコスト意識とそれに対する努力は大したものだと思います。
米国だと時差が結構大きいので、今はなんとなく違和感がある感じです。最近出張の帰りが日曜の夜になることが多く、そのまま日常に突入するので、頭と身体の切り替えをするのが大変だったりします。時差と言えば今回のように時差が大きいところへ出張中にブログを規則的に更新するのは正直大変でした(笑)。いつもhirogは日本時間午前0時から1時の間に書いていることが多いのですが、米国時間だと朝の7時とか8時になるので、早起きして頑張って書いてました(笑)。なのでここ数日ちょっと文章が変なところがあったかも知れません、ご了承ください。
そういえば、行きの飛行機の出会いが強烈過ぎて、5/31の『hirog』(世界三大○○)で最後に質問だけ出しておいて回答を書くのを忘れていました。Q1の世界三大美女は「クレオパトラ」・「楊貴妃」そして「ヘレネ」でした。続いてQ2の世界三大珍味は「キャビア」・「フォアグラ」、残りの1つは「トリュフ」です。そういえばすべてフランス料理に出てくる素材かも。世界三大経営者と言われるような経営者になれたら素敵ですね(ちょっと飛び過ぎ!?)。

プレゼン 6/4
今回のクアルコムカンファレンスでの一番の収穫は内容ではなくプレゼンテーションの効果性についてでした。
欧米のビジネスマンは日本に比較して圧倒的にプレゼンテーションが上手だと思います。内容も勿論あるとは思うのですが、何と言っても身体で表現するのが上手いと思います。話にストーリーを設けて高揚をつけながらジェスチャーで相手に訴えていくあの手法はかなり効果的ではないでしょうか。
更に関心するのは、ステータスのある人であればあるほどユーモアも兼ね備えていることです。例えばクアルコムのCEOは今年こそそうではありませんでしたが、昨年は天井から忍者の格好をして登場したそうです。こういう方々は場慣れしているのでそういうシーンがあっても浮かないことが日本人と違う部分かも知れません。
日本では派手なパフォーマンスをする経営者はほとんどいない気がします。強いて言えばソフトバンクの孫さんとかでしょうか?経営者ではないですが、ドコモのN氏なんかはパフォーマンスが上手だと思います。また、仮にそういったことをやると周りやアナリストから批判されること必至でしょう。でも私なんかはユーモアと仕事は両立できると思うのでそういうのに憧れる部分もあったりします。
前回のアナリスト説明会のビデオ(動画)を自分でも見てみましたが、実際見ていると色々反省点が出てきます。また、このビデオを見た人から色々アドバイスもいただきました。やはり自分はまだまだだなーと思います。
話す人の表現力のほかにプレゼンテーションファイルの見やすさとか綺麗さというのもまた重要なポイントの1つです。中味がすごい良いものであっても、見た目が悪くてチープな感じがすると見る人の観衆の注目を集めることは難しい気がします。我々の世界では主にパワーポイントというソフトウェアを使いますが、背景、フォント、色使いなどちょっとしたところで大分印象が変わるから不思議です。でもこればかりはセンスもあり、無い場合には努力して技を磨いていく必要があります。うちの会社では常務のSがとても上手で前回の女性向け説明会資料は彼にデザインをお願いしました。
CEOは業績を上げることも去ることながら自社をアピールすることも重要な仕事ですから、説得力のあるプレゼンテーションをすることはとても大事だと思いますし、こういった資質は今後ますます重要になってくると思います。
私も今後より観衆に対してインパクトをもって印象づけられるようなプレゼンテーションができるようにスキルアップを図っていきたいと思います。
未踏の地の魅力 6/3
今日はカンファレンスの中日で夜にパーティがあり参加していたのですが、アテンドしてくださるはずの方の奥様がサソリに刺された(というかサソリに刺されたということがあり得ること自体日本では考えられないですが)ということで急遽来られなくなり、その会社の方のナビゲートで参加したので初めてお会いする方がほとんどでした。そんな中とある日本人の方とご一緒させていただきました。
その方はずっと日系大手メーカーで働いておられた方でメキシコに駐在されていた経験を持たれている方でした。行ったことのない「メキシコ」という国の響きにとても関心を持った私は、彼の話を夢中で聞いていました。「メキシコ」は大統領が3期の任期を全うする6年ごとに経済が乱高下するそうなのですが、その理由は最後の1年で大統領を始めとする官僚たちが自分達の将来生活の保障のために様々な形での蓄財を始めるからというのです。幹部が総入れ替えになるとはいえ、こういったことがまかり通る世界、そしてまたそれにより経済が大きく動くというのはすごいことだと思いました。治安も当時はかなり悪かったらしく、信号で止まってはいけないと言われていたそうで、止まった時に拳銃をもった強盗らしき人が寄ってきたらひき殺しても正当防衛が成立する、というぐらいの感じだったそうです。また賄賂も日常茶飯事で、交通違反罰金は警官に5ドル手渡しで取引成立だったとか・・・。中国よりも手ごわい国かも知れないと思いました。
一方でおいしい食事や美しいカリブ海の話など、ゾクゾクする話も多く、一度行ってみたくなりました。以前とあるルートでメキシコでのモバイルコンテンツ展開について打診を受けていたことがあるのですが、人口は1億もいるのに携帯普及率はかなり低いらしく、キャリアへのネットワークさえあればこれからチャンスはあるのかも知れません。
そんな未踏の地のことに思いを馳せていると、同伴したスタッフが外でコンサートが始まると呼びに来たので、皆でコンサートを見ることに。
アース・ウィンド・アンド・ファイアーの懐かしい音色に学生時代を思い出し、思わず身体を動かしている自分が居たのですが、コンサートが盛り上がっている真っ最中にもグローバルボーダーフォン携帯で自社の株価をチェックしている私にふと我に帰り、性(さが)を感じました。
もっとも、今日はアースのヴォーカル「フィリップ・ベイリー」の声と同じように株価も昇り詰めたようですが・・・。
サンディエゴ 6/2
昨日記載の淑女との出会いの飛行機で辿り着いた先はサンディエゴです。
うちの会社の株主でもある米国クアルコム(携帯チップのグローバル企業でマイクロソフトに物言える数少ない会社とも言われる)のカンファレンスに参加することが目的です。今回はうちの会社が出資をしているUI-Magicがカンファレンスに米国版リモートメールを出展していることも私が来ることになった大きな理由です。
私は米国は恥ずかしながら西海岸しか行ったことがなく、学生の卒業旅行でサンフランシスコとロス、5年ぐらい前に出張でシアトルに行ったきりで、久しぶりです。
噂には聞いていましたが、サンディエゴはとても綺麗なところで、リゾート地さながらです。飛行機が着陸する寸前に街を覗き込むと、何よりも車の通りが少ないことに驚きました(中国ではあり得ない光景)。空港に降り立ち誰も並んでいない乗り場からタクシーに乗り込みます。最近は中国を中心にずっとアジアばかりで英語圏では無かったこともあり、久しぶりの英語に少し緊張しながら、タクシーに行き先をつげると、何やら話しかけてくるのですが、メキシコが近いからかラテン系の訛り?(自分で訛りを判断できるほど英語力は無いのですが(笑))があってよく聞き取れませんでした。仕方がないので窓から外を眺めていると、海に面して西海岸らしい樹木が並び、整然と近代的な建物が建っていて、時折お洒落なレストランがあり、そのまま映画にでも出てきそうな光景です。そして何よりも気候が良いのが気に入りました。温度は結構あるのですが、今日は天気も良くて乾燥しているので、とても過ごしやすく感じました。
ロスの空港で入国と税関で2時間も待たされた挙句にサンディエゴ行きのフライトが遅れたため、ホテルについたときにはその日のカンファレンスも終わっていてかなり疲れが出ていました。夜はクアルコムの日本法人が企画した日系企業の食事会があったためそれに参加し、その後ホテルに帰ってきて今メールのチェックが終わったところです。食事会ではamp'd mobileという米国で若者をターゲットにしたMVNOをやっている会社の人の話が興味深いものがありました。
出張に来ると環境が変わるので、視点や考える角度が柔軟になるのが一番のメリットだと思います。気持ち新たに新規事業に取り組めそうです。

機内の出会い 6/1
私は出張時の飛行機の中では普段慌しい中でゆっくり考えれないことについて、色々考えを廻らすことが多いのですが、今日はそうはいきませんでした。
席に座った途端、隣りに座っていた女性に棚に上げた荷物を取って欲しいと言われ、それを取ってあげたのが始まりでした。その荷物はスーツケースでかなり重かったのですが、最初に取った本が自分の意図するものではなかったらしく、結局2回上げ下げをする羽目になりました。その女性は話し相手が居なくて寂しかったのか、その直後から怒涛のごとく話し始め、結局私が寝たフリをするまでの数時間ずっとしゃべりっぱなしでした。
その女性の自分自身のことや家族のことから始まり、途中からなぜか私の話になったのですが、これがあまりに慣れない歯が浮くような言葉が連発だったので、さすがに返す言葉が無くなってしまいました。
まず「学生さんだよね?」というどうみてもあり得ない話から始まり、「誰かに似てるよね。あーっ真田広之だ!」から、背が高いだの、スタイルがいいだの、顔がいいだの、性格がいいだの、ファッションセンスがいいだの、姿勢がいいだの、どう考えても私に当てはまらないものが続いたうえに、しまいには「彼女はいるの?」とまで聞いてきました。途中で答えるのが面倒になったので仕事をするふりをしていたら、「何の仕事をしているの?」「へー、そういうこともあるんだ?」などどう見ても人のEメールを読んでいる風だったので、それもやめて寝たフリに入りました。少ししてその女性も寝てくれたかなと思って目を開けてみたら、ずっと人の顔を覗き込んでいたらしく、「いいのよ、寝てても。ご飯になったら起こしてあげるから」と言われ、更に「トイレはいかなくても大丈夫?」と聞かれ、飛行機が着いておりるときには、「忘れ物はな~い? 私が見てあげる」と言って散々私が座っている席と前のポケットの中を探して回られました。
約10時間にも及んだ本来充実したひとときをおくれるはずのフライトは、お蔭様で何を考えることも仕事もできませんでした。
ちなみに、この女性見掛けは50歳ぐらいなのですが、何と今年で75歳になるとか。若い頃は相当男性にモテたそうで、私にそっくりな彼氏がいたそうです。加えて息子も私に似ているとか(汗)。ロスに住んで20年にもなるというのに、英語はさっぱりのようで、なぜか食事のときは私が彼女の代わりに英語で答えるという有り様で、なんとも奇妙な出会いでした。

世界三大○○ 5/31
世界三大料理は、「中華」と「フレンチ」あともう1つは?
たまたま今日友人に質問され、迷わず「イタリアン」と答えたのですが、皆さん何か知ってますか?
正解は「トルコ」料理だそうです。そういわれてもどんな料理なのか想像できなかったので、さきほどホームページで調べてみました。それによると「ヒツジやニワトリの肉を使った焼肉料理(ケバブ)や串焼き(シシケバブ)、ヨーグルトを添えて食べるイスケンデルケバブなどが有名。鶏がらの出汁を取ったスープやライスをバターで炒めたピラフなどは街中の料理ではかかせない。海が近い地域ではイワシの仲間(ハムスィ)もよく食べられる」とあります。トルコはイスラム教国なので、豚肉や牛肉はほとんど無いようです。料理の名前は初めて耳にするものばかりで、おいしいかどうかも分からないので、今度機会があったら食べてみてまたhirogにて紹介したいと思います。
「イタリアン」・「ロシア」・「スペイン」・「ベトナム」・「日本」など数ある料理を抑えて三大に選ばれたのにはどんな理由(背景)があったのかとても気になるところです(三大料理の1つの「フレンチ」は一説では「イタリアン」「日本料理」というのもあるようですが、トルコは不動の地位を築いているようです)が、この謎解きの鍵はどうやらシルクロードにあるようです。つまり、シルクロードは中国からシリア、トルコを経て地中海につながっており、そのルート上の料理というわけです。
ところで「世界三大」というと料理の他にも幾つか思い起こすのですが、ここで向学のためにも幾つか復習しておこうと思います。世界三大河川は「ナイル川」・「アマゾン川」・「ミシシッピ川」、世界三大宗教は「キリスト教」・「仏教」・「イスラム教」ですね。私が興味がある分野の中では世界三大古墳は「ピラミッド」・「秦の始皇帝陵」・「仁徳天皇陵」ですが、この仁徳天皇陵は私が小学校のとき初めて見て感動し、歴史が好きになるきっかけになった古墳です。
さて、最後は問題です。
Q1 世界三大美女は「クレオパトラ」「楊貴妃」、もう1人は誰でしょう?
Q2 世界三大珍味は「キャビア」「フォアグラ」、もう1つは何でしょう?
正解は明日のhirog冒頭にて・・・。
良い社名とは? 5/30
新会社名が決まってから、1週間が経ちました。
相変わらず身内からの反応はパッとしないのですが、不思議と身内以外の反応は概ね良好と言った感じです。私としては既成概念を打ち破ることも目的の1つであったので結果良かったと思っています。奇しくもうちの会社を応援してくださっている方のホームページにも書いてある通り「これから何をやるのか」が重要なのであって、この会社名に戦略を1つ1つ重ねてPRしていくことで、会社名のイメージを自ら作り上げていきたいと考えています。
さて、百社あれば百通りのある社名ですが、その歴史に吸収・合併が起こるとどうしても旧社名を引きずって長めの名前になってしまうところがあるように思います。特に昨今の銀行・証券関係のM&Aではそれは顕著で、うちの会社が取引のあった中では「三菱東京UFJ」・「SMBCフレンド証券」・「ドレスナー・クラインオート・ワッサースタイン」などがありますが、あまり一般顧客を意識した名称では無い気がします。ぶっちゃけ、吸収される側の抵抗感を少なくするためのひとつの手段として、旧社名を残しているように思えてしまうのですが、それならそれを機会に全く別な名称にしてしまった方がいいように思います。逆に旧社名が2・3個残ることで、派閥意識などが解消されにくいということはないのだろうか?と余計な心配をしてしまいます。
銀行の幹部の方に話を聞くと「ブランド価値があるから」・「安心感があるから」・「混乱をなくすため」などもっともらしい回答が返ってくるものの、実際には「プライド」・「世間体」・「エゴ」などが少なからず影響しているように思います。
さくら銀行(元はこれまた太陽神戸三井銀行というとても長い名前でしたが)と住友銀行の合併に際しては、どちらを冠にするかで相当もめたらしく、結果日本名は「三井住友」、英語名は「SUMITOMO MITSUI」と逆の順番になっています。また、東京三菱銀行とUFJ銀行は、東京三菱UFJになるのかと思いきや、三菱東京UFJと何故か東京と三菱が逆に変わっていますが、こういったことはその表れではないかと思います。
そういう意味では、名前が良いかどうかは別として「みずほ」のように一気に名称変更できたのは英断だと思います。お客様への分かりやすさを考えるのであれば、短くて単純明快なのが理想的なわけですし、銀行ぐらいのPR・広告予算をもってすれば、新しい名前を浸透させることなど容易いことのように思います。ただ、ブランド統一のやり方は結構難しいかも知れません。例えばこれまた難解な社名の「セブンアンドアイホールディングス」はグループ企業の看板を全てこれに統一しているようですが、「ヨーカドー」「セブンイレブン」「デニーズ」の方がよほど個性があって良かったと思うのは私だけでしょうか?個人的にはトイレットペーパーを売っているお店とご飯を食べるお店の看板が一緒というのはどうなの?と思ってしまいます。
色々と話が脱線してしまいましたが、社名と理念・戦略・事業のイメージが一致するというのは大変難しい課題だとは思います。これから、着実に近づけていきたいと思います。
コーポレートガバナンス 5/29
「とても難解な言葉だな・・・」初めて表題の言葉を聞いたときの素直な感想です。最近あちこちで言われている「コーポレートガバナンス」は直訳すると「企業統治」、すなわち企業を誰がどのように統治するのかということであり、株主のために企業経営が行われているかを監視する仕組み、と言えるかと思います。最近では不祥事などが目につくために、特に社長が独走したり、会社やスタッフが法律に違反しないようにするシステムが存在・機能しているか?というのが注目されているポイントではないでしょうか?
ちなみに、うちの会社は取締役1名、監査役2名を社外から選任していて、決議を採る前には必ず意見を聞くようにしています。社外取締役は欧米スタイルでストレートに意見を言います。また、取締役会には常時顧問弁護士も同席していて、法令遵守が維持されるように努めています。更に、毎週行われる経営会議には常勤監査役や管理部長も出席しており、牽制・チェック機能の役割を果たしています。そういう意味では客観的に見て、うちはガバナンス機能が十分に働いている会社だと思います。
一方で、これはあくまで個人的見解ですが、いくらシステムを整備しても、一人一人の気持ちの中に道徳に反する部分があったり、悪意があったりすれば、逃げ道はいくらでもあるわけで、最終的には社長を中心とするモラルの問題だと思います。変な話ですが、会社の経営をしたり、色んな社長と会っていると必ず誘惑があります。その誘惑に負けるかどうかが分かれ目なんだと思います。こういうことを書きながら自分に再度言い聞かせているという部分もあります。
最近のhirog、難しい話題が多くてすいません。市場ではコーポレートガバナンス強化が言われており、うちの会社でもK取締役を中心にコーポレートガバナンス報告書なるものを作成中で、この週末関係者の間で盛んにメールで意見交換が行われていたものでつい・・・。

クラシック 5/28
私は音楽なら何でも好きなのですが、今日は久しぶりにクラシックCDを購入してきました。私の場合クラシックを聴きたいと思うときは、決まって日頃の生活に流されかけていてちょっと立ち止まってゆっくり考えたいという状態にあるようです(笑)。クラシックの中ではピアノが好きで、今日購入したのもピアノクラシックのオムニバスCDです。
早速聴いているのですが、ちょっと想像していたよりもスピードが速くて、個人的には考え事をするためにも、ゆっくり目の方が良かったなとは思ったのですが、さすがオムニバスとあって聴いたことのある曲がたくさん入っていて、つい懐かしく聞き入ってしまいました。
今ではこうして抵抗感なく聴いているクラシックですが、私は以前『hirog』(歌はともだち)でも触れたとおり音楽が大好きで指揮などもしていたにかかわらず、中学校の頃まではクラシックが嫌いで、音楽の時間にクラシックを聴かされるのがとても退屈でした。ドビュッシー、ドヴォルザーク、ヴィヴァルディなど、覚えにくい名前が多かったことも興味を持てなかった理由の1つかも知れません。
ただ、とある日に当時異性として気になっていたピアノを弾く女の子と話していたときに、私が「クラシックが苦手」という話をしたときに、その子がとても悲しそうにしていたのがしばらく頭に残っていて、いつか自分もクラシックを分かる男にならなくてはとは思っていました。
大学に入った頃は、ディスコソングのような煩い曲ばかりを聴いていたので、そのギャップもありある日急にクラシックを聴いてみたくなって、柄にもなく名曲集なるCDを買ってきて夜中に一人で聴いてみたら、どこかで聴いたことがある曲ばかりで、懐かしさもあいまって自然に涙が流れてきていました。
それ以来、たまにではありますが、ふと思い立ってはクラシックを聴いています。私はクラシックの専門家では無いですし、作曲家の名前もまともに覚えていないので、ただただ感性で聴いているタイプなので、恥かしくてとてもクラシックが好きという話はできません。作曲家と曲名を100%自信を持って言えるのは、私の母が大好きなシューマンの「トロイメライ」やドラマの主題歌だったショパンの「別れの曲」ぐらいかも知れません(笑)。最近も私が好きな曲の1つがサティという作曲家の「ジムノペディ」という曲だということを初めて知りました。
こんな話をした後で言いにくいのですが、うちの会社ではクラシックポータルサイト「ボーダレスミュージック」というのをピアニスト松本姉妹と共同運営しています。この詳細は機会があったらまたご紹介したいと思いますが、とっつきにくいクラシックというものをより気軽に一般の人々に知って欲しい、というコンセプトで運営しています。クラシックというと、なんとなく文化人じゃないとと思ったり、敷居が高いように思われがちなので、こういう活動には大賛成です。
こうして書いているうちに、聴いていたクラシックCDが終わりになったので、今日はこの辺にしようと思います。
「好きな女性がピアノを弾く傍らで、自分はゆったりしたソファーに座りワインを飲みながら目をつぶってその音色を聴く・・・」そんな光景を小さい頃から夢見ている三浦でした。
任せるということ 5/27
上司に「この件は君に任せる」と言われたらどう思うでしょうか?
不安に思ったり萎縮してしまう人も中には居るのかも知れませんが、ほとんどの人は嬉しくてやる気が出てくるのではないでしょうか?
私は社会人になってから、幸いにして上司にそう言っていただくことが多かったので、やる気も維持できたし場数を踏んで成長もしてこれたのだと思っています。一方で、いざ自分が仕事を任せる立場になると、仕事を任せるということは、結構難しいことなのだと分かるようになりました。つまり「任せる」側にも相当な勇気と相手に対する信頼が無いと出来るものではないのです。
今こうして書きながら、どういう人なら任せられるか、というのを考えてみると、まず任せる仕事に関する知識、能力が備わっていて適切な判断、行動ができる人、というのが挙げられると思います。ただ大きな仕事になればなるほどこれに加えて、ある程度の成功体験をしていて、万が一失敗しても大丈夫な人、というのが意外に大事な要件になるような気がします。
というのは、失敗すると会社に損失が出るということは勿論なのですが、実はうまくいかなったときには、本人が一番ショックを受けたり落ち込んでしまいがちなのです。これを後々まで引きづってしまうと、思い切った行動が出来なくなったり、責任を感じて受身になってしまったり、ということがあります。特に成功体験なくして失敗をしてしまうと、負のスパイラル効果が働いてそれが癖みたいになってしまうことがあるので尚更のことです。
知識、能力が優れていても、仕事は予想通りに進むことの方が少ないですから、予期せぬ障害や事態が発生したときにどう反応するか、ということがとても重要になります。普段は冷静で適切なジャッジが出来るのに、イレギュラーなことが起こったときに通常では考えられないミスをしてしまう人は少なくありません。逆を返せば、経験値を積ませるために仕事を任せる、ということも言えると思います。
一方で、他人に任せるより自分がやるほうが早い、ということで部下がやるべき仕事を自分がやってしまったり、いつまでも細かく指示していたりすると、その部下はいつまでも依存から脱却できないまま、自分で考えたり解決する能力がついていかず、結果として育たないということもよくある盲点です。上司はいつまで経っても部下が育たないと嘆き、部下はいつまで経っても仕事を任せてくれないと文句を言い、部下の成長も会社の成長にもつながらないのです。こういった指示と委任のバランスはとても重要だと思います。
冒頭触れたように、上司がせっかく仕事を任せようと決断しても、部下がそれに応えてくれないこともあります。仕事を任せられると不安になったり萎縮してしまうタイプの人は、自分が間違った判断や行動をしてしまったらどうしようと思ってしまうのだと思います。ただ、そう考えること自体の方が間違いで、任せる側は万が一失敗したとしてもやむを得ないと覚悟の上で任せているわけ(リスクは想定済み)ですから、そこは上司が責任を取ってくれると甘えて、自信をもって精一杯遂行するように努めた方が良いと思います。
逆に自分に知識や能力や経験が十分に備わっていないのにもかかわらず「仕事を任せてくれない」と言っている人も少なくないように思います。勿論仕事を任せられるレベルにある人に対して任せないのは上司や会社の問題ですが、何の後ろ楯もなく「任せて欲しい」と要求するのは単なるわがままだと思いますし、そういう人に仕事を任せる上司は無責任だと思います。知識、能力、経験がなければ成功確率は少なくなります。自分を分かっていない人に限って成功することしか頭にないので、失敗したときのフォローやリカバリー策を考えておらず、うまくいかなったときに大きな損失を出したり、自信を一気に喪失してしまったりすることもあります。
「仕事を任せる」ということは、それだけその人を信用しているということです。逆に任された人はその信用に応えるように一生懸命頑張るのだと思います。そのお互いの信頼関係があれば、伸び伸びと仕事が出来て、成功確率が上がり、結果として個人も会社も成長するという正のスパイラルになるのだと思います。
うちの会社も、仕事を任せられるスタッフがどんどん増えていくことを期待していますし、スタッフの成長をとても楽しみにもしています。
アナリスト向説明会 5/26
今日はアナリスト向けの決算説明会がありました。
この間の女性向け個人投資家とは打って変わってアナリスト(専門知識のもとに分析を行い主に投資家のために助言をしたりレポートを書く方)の方々が対象で、かつ決算説明会ということもあって数字が中心の説明会でした。
会社概要からはじまって決算概要、業績予想、そして今後の戦略と内容が豊富で準備したパワーポイントファイルも35頁にも及んでいたので、前回の時間配分の反省も踏まえ10分ごとに時間を確認しながら説明をしていたので、ちょうど時間ピッタリの45分で終了しました。今回もアドリブがほとんどでしたが、前回の説明会と重なる内容も多かったので、無難に終えたという感想です。手前味噌ながらいつも自分で説明をしているうちに、会社の将来についての自信が深まってきて、ますます説明に力が入ってくるのがいつものパターンです(笑)。
一通りの説明が終わると質問タイムになるのですが、アナリストの方々はたくさんの会社や経営者を見ていらっしゃって、皆さん冷静に分析されるので、いつもどういう質問が飛んでくるのかと緊張するのですが、本日の質問は、やはり今期業績予想の利益が伸びないことについてが多く、新しく始めた受託開発事業や先行投資のことについてのものもありました。説明会の模様は明日にでもホームページの動画で質疑応答も含めて紹介をする予定なので、関心のある方はそちらもご覧ください。
と綺麗なことばかり書いてきましたが、今日の説明会、実は心のうちは少しショックでした。事前にいただいていた参加者名簿の半分ぐらいしか出席がなかったのです。今の時期は説明会が集中していて忙しいとはいえ、個人的には残念でした。
ただ、私はそういう逆境(!?)があると逆に燃えるタイプなので、将来は大きな会場を埋め尽くすような、話題と期待の大きな会社になれるよう頑張っていこうと気持ちをあらたにしました。
まずは、今後数ヶ月以内に、メディアを集めての戦略説明会なるものを企画してみたいと考えています。
叱るということ 5/25
昨日取材を受けた某雑誌の見本誌を読んでいたら「叱る」ことをテーマにした特集がありました。
最近減りつつある「叱って育てる」ことをあらためて見直そう、みたいな主旨だったのですが、その代表として松下電器の松下幸之助氏やイトーヨーカードーの鈴木敏文氏が紹介されていました。
確かに普段「叱る」「叱られる」シーンというのはあまり目にしなくなっている気がします。スパルタ教育的なものや体育会系的なものがあまり好ましくないものとする風潮が主流になっているのかも知れません。確かに度が過ぎたり、体罰を加えたり、感情だけで叱るのは良くないと思いますが、ときには「叱る」ことも必要なのだと思います。
私は自分が叱られた経験が少ないからか、基本的にあまり「叱る」ということはしません。特に仕事で失敗した場合には、相手は当然反省をしているだろうし、今度は同じ間違いをしないように注意するだろう、と考えるので同じことの繰り返しでない限りは注意を促す程度にとどめています。
しかしながら、こんな私も過去2回だけ部下を大剣幕で叱ったことがあります。
1回目は以前の会社にいたときの大卒の新入社員に対してだったのですが、彼が入社して間もなく私がコピーを指示したのに対して「こういう意味のない仕事は私のするべき仕事ではありません」と断ってきたときです。そのときは「自分は何様のつもりなんだ?会社はチームプレーで成り立っているものだし、地味な仕事だからといって馬鹿にしてはいけない!」と怒鳴りつけました。そのときは彼はすぐに担当役員にクレームを言って結局会社を辞めていきました。私は自分のやったことが間違っていないという自信はあったものの、会社がせっかく時間とコストを費やして採用した新しい戦力を失わせてしまったことにしばらく罪悪感を感じていました。
2回目はうちの会社が南大沢にオフィスがあったときです。その社員はとにかく会社の文句ばかりを言っていて、指示に反して勝手に自分で仕事を進める傾向があったのですが、周りへの悪影響も次第に大きくなってきたので、たまりかねた私が注意したことに対して屈辱的な捨てゼリフを吐いたので、すぐに会議室に呼び込み、大声で叱りました。私がそういう行動をすること自体初めてのことだったので、社員は驚いて聞き耳を立てていたようで、私の声がただでさえ大きいので、結局全員が知るところとなり、社内騒然となったことがあります。
今振り返ってみると、私は自己中心的な人や筋が通ってないことに対して叱るのだと思います。
叱って育てるか、誉めて育てるかは育てる側にもよると思いますが、育てられる人のタイプ(自己反省改善が可能かどうか)にもよるのかも知れません。ただ部下に対しての接し方が異なると、不公平感が出て贔屓とかにも見られかねないので難しいところです。
ちなみに、既述したコピー作業拒否で辞めていった新入社員は、某大手IT企業を経て独立して社長となりました。社長となってしばらくしてからメールがあり、「当時は自分が間違っていました。大変恥かしい限りです。
今は三浦さんがおっしゃっていたことを肌身で感じています」と書いてありました。それを見て、私は10年ぶりに胸を撫でおろすとともに、彼も成長したものだなと思っていたら、その会社は株式上場を果たしました。

新社名決定! 5/24
本日ネットビレッジの新しい社名が決定しました。その名は『fonfun』(フォンファン)です。多分、最初に聞くと何のことか分からない方も多いのではないかと思います。それも当然で『fonfun』は『Phoenix(鳳凰)』から連想した造語なのです。
まず、『鳳凰』の中国語読みの日本語カタカナ表記が『フォンファン』となるのですが、『鳳凰』は女性のトップを表す架空上の鳥の王様である「鳳」を表現するとともに、「不死鳥」や「蘇生者」という意味を持ち、蘇って大きく羽ばたく姿が当社の現在と将来のイメージに一致している、というのが挙げられます。また『鳳凰』は雄と雌の融合とも言われ、うちの会社の戦略であるCOC(境界を越えて融合させる)にピタリと合致しています。
次に、『フォンファン』を英語表記にすると「phone fun」(携帯電話の楽しさ)もしくは「phone fan」(携帯電話の熱狂的なファン)となり、携帯を使って生活をより豊かにするといううちの会社のサービスコンセプトにマッチしている、ということがあります。
最後に、これは後付の自己満足(笑)になってしまうのですが、私の中国語名(4/25付『hirog』(私の中国名)参照)が龍をベースにしているので、私(男性トップの象徴の龍)と会社(女性トップの象徴の鳳凰)が高いレベルで融合することで大いなる果実を生み出す、ということも言えると思っています。
今回の新社名の一般公募は4月17日から5月21日までの間に行われ、応募いただいた数は約750通に及びました。応募いただいた方々、本当にありがとうございま
す。応募いただいた中で最も多かったのは、「ネット」や「モバイル」が付いた名前でした。次に多かったのが「ポータル」や「ネクスト」、「ビレッジ」、「リモート」の付くものです。また、同名応募では中国法人の名前の「アミムラ」が3通ありました。
裏話になりますが、実は『fonfun』に決定する直前まで、ほぼ内定していた社名候補があったのですが、たまたま昨年から役員の間で候補に挙がっていた名前でもあったので、なんとなく新鮮味に欠けていて踏ん切りがつかないでいました。そこへ彗星の如く現れたのが『fonfun』でした。
ではhirog特別企画、その社名が決まるまでの再現を・・・
三浦:「既に内定している社名でいいでしょうか?」
全取締役:「・・・」
三浦:「最近応募があった社名候補で『Phoenix』というのがあり、蘇生者という意味を持つ架空の鳥の王様で、当社のイメージに近いのですが、ドメインが取れないのです」
全取締役:「・・・」
三浦:「あまり関係ないのですがPhoenixは中国語では『鳳凰』と書いて「フォンファン」っていうんです」
K取締役:「その名前、良くないですか?」
他取締役:「いいかも知れない」
三浦:「そうですか?でも「フォンファン」の発音自体はphone funともphone fanにもなるのでいいのですが、fenghuangというスペルが分かりにくいと思うのです・・・」
K取締役:「では音から取った造語にして例えばfonfunにしてはどうですか?」
S取締役:「それだとデザインも作りやすいし、fがつながるとフォルテッシモ(ff)の強い感じも出て更にいいかも知れない」
全取締役:「確かに・・・」
それまで生みの苦しみが長かった反動か、ほんの10分で新社名が決まった瞬間でした。
社名決定後、スタッフを集めて新社名発表会を開き、「平成」の年号が決まったときのように社名を入れた額(本当はクリアホルダーだったのですが)を掲げて発表したのですが、やはり新しい言葉によるのか大きなリアクションはありませんでした。
ただ、私は初めて聞く言葉だからこそ、新しく、飽きが来ないと確信していますし、日に日に趣が出てきて愛着が涌いてくる気がします。
新社名移行には色々な準備が必要なため、正式運用は10月を予定していますが、これから『fonfun』旋風を巻き起こしていきたいと思っています。
月曜日 5/23
月曜日はいつもバタバタしているうちにあっという間に1日が過ぎています。
今日も今やっと仕事が一通り終わり家の近くにあるとあるレストランで、約3時間は放っておかれたであろう煮詰まりきったホットコーヒーを飲みながら書いています。この時間になると人件費の削減効果でどうしてもこういうところがいい加減になってしまうのでしょう。
私の月曜日は朝の経営会議から始まります。毎週月曜日の朝8時30分から開かれるこの経営会議には常勤役員と管理部長が参加して、経営にかかわる事項やオペレーションに関する様々な話題について協議します。K取締役はなぜか毎回キッカリ数分遅れて出席します(多分電車が同じなのでしょう)。10時からはプロデューサー会議というのがあり、プロデューサー(収益部門の責任者)と一部のマネージャー(サポート部門の責任者)参加のもと、前今週の動きや特筆すべき事項について報告・協議が行われます。遠路通勤するMプロデューサーはたまに遅刻して私に突っ込まれます。うちの会社は裁量労働制とフレックスタイム制を採っているので、出勤時間は割りとフレキシブルなのですが、月曜日ばかりは早めに来なければならないのです。プロデューサー会議の後、取締役会がある場合には通常J取締役のために11時から開催されるのですが、当のJ取締役はなぜか毎回数分遅れて出席します。普段車で移動しているはずなのに、計ったように数分遅れるから不思議です。
私はオフィスにいるときには昼ご飯を外に食べに行く時間がもったいなくて、いつも何かを買ってきて食べるのですが、月曜日には昼食を食べる時間も無くなることが多々あります(今日はあまりにお腹が空いたので食べながら会議に参加してしまいました)。
うちの会社には毎月1回、社員全員出席で行われる定例会というのがあり、通常は取締役会開催日の午後に合わせて行われるため、取締役会で決議された内容の報告や月間の大まかな事業の進捗についての報告、新入社員(準社員含む)の紹介などが行われます。最近は人を増やしていることもあり、毎月誰かしら紹介するスタッフがいます。
また、通常部長やプロデューサー、マネージャーを中心に開かれる部会と呼ばれる部署毎の会議体も月曜日の午後に実施されることが多く、プロデューサー会議内容の報告や部署毎の各案件の進捗報告などが行われます。当然のことですが私の直轄のところは私が参加しています。
このように、多いときには月曜日のほとんど丸1日が会議になってしまいます。
ちなみに今日はたまたま、通常の社内会議に加えて来客が5件、採用面談が1件あったので、夜まで全くデスクワークができませんでした。
そして、やっと一息・・・と思って飲もうとしたコーヒーが、妙にドロドロとしていて、なぜか油が浮いている・・・、こんな瞬間の私の心境を想像してみてください。
今日はもう帰って寝ることにします。
出店 5/22
仮設テントながら目立つ店構えで、ちょっとコワオモテのおじさん達が元気のいい声をあげて呼び込みをしている、出店に対する私のイメージです。
私は小さい頃から出店が大好きでした。出店の定番と言えば、食べ物で言えば「たこ焼き」・「焼きそば」・「お好み焼き」・「わたあめ」、食べ物以外でいえば「お面」・「くじ引き」・「金魚すくい」などでしょうか?夏だとカキ氷も多いですね。
昔は出店はリピートを見込む必要が無かったのか、たこ焼きと言いつつ「たこ」が入っていなかったり、お好み焼きが半焼きといったようにお粗末なことも多かったと思います。でも売っている人が怖くて文句言えなかった人も多いのではないでしょうか?最近はお客さんも賢くなって、味がおいしい店には人だかりができて、おいしくない店には閑散としていることが多く、明暗が分かれてきているように思います。
私は出店で一番好きなのはなんといっても金魚すくいでした(もっともすくうのが好きなだけでその後きちんと面倒を見ないのですが・・・)。そのうちに亀(ミドリ亀)すくいが出来て(私はこれも得意でした)、最近ではスーパーボールすくいが多くなってしまったのは残念なことです。
金魚すくいのコツは、まずモナカを挟んでいる洗濯バサミがおじさんの手で濡れていることが多いので、洗濯バサミの挟んでいる箇所を変えてモナカの乾いたところに差し替えます。次に勇気をもってあせらずに自信をもって標的を頭の方からすくい上げ、すくったときにさっと水を捨てて重量を減らすのがコツです。よく空気を吸いに上がってくる金魚を狙えと言いますが、頻繁に上がってくる金魚は弱ってるのですくってもすぐ天国行きになってしまうので注意が必要です。なんか金魚すくい講座になってきた(笑)のでそろそろ話題を変えますが、金魚すくい以外では、くじ引きやアポロガム(知っている人は年齢がバレちゃいますね(笑))のように針で型を抜くゲームが大好きでよくやっていました。食べ物は二の次だったのですが、リンゴ飴が大好きで2日ぐらいかけて食べていたのを思い出します。以前はお面とかが全盛でしたが、最近ではめっきり少なくなったように思います。
ところで、私は出店と言ってしまうのですが、一般的には屋台ということが多いのでしょうか?私は屋台というと移動式のおでんやラーメン屋で、お酒がつきもの、みたいなイメージがあるので、子供の頃から大好きだった音の響きとしては「出店」が一番ワクワクします。
大人になって、冷静になって、衛生面とか、原価とかを考えると、食べて大丈夫なのだろうか?とか、ぼったくり商売だなと思うこともあるのですが、そこはお祭りということでご愛嬌かなと思います。
書いているうちにほかほかのじゃがバターが食べたくなってきました・・・。
タバコ 5/21
私は大学生の頃からずっと一筋に同じタバコを吸っていました。銘柄はLARK MILDというタバコです。好奇心旺盛な私は当時の全ての種類のタバコを吸ってみてその中で選んだものなので間違いはありません(笑)。逆に言うとLARK(MILDが無い場合は赤LARKを吸っていた)以外はおいしいとは思わなかったので、LARKが無かったら元からタバコは吸っていなかったかも知れません。
途中何度か禁煙をしようと思い、何度か数ヶ月禁煙をしたこともあるのですが、飲んでいるとき、麻雀をしているとき、ストレスが溜まったとき、などはどうしても吸いたくなって、周りの人に薦められるのをキッカケについ元に戻ってしまっていました。
中国ではLARK MILDが売っていないので、これは禁煙のチャンスかと思ったのですが、日本にいるときよりも飲みに行く機会が多くなったので、結局成田空港で買いだめして中国でも喫煙者のままでした。
そんなとき、私が社長をすることになり、その初めての挨拶のときに、「うちの会社は約束を守らないことがあるので、1人1人約束は守るようにしましょう」という話をしていて、何か自分でも約束をしようと思ったのです、仕事では立場上も守れることが多いため、そのときの思いつきで禁煙を宣言してしまったのです。
ただ、実際言ってはみたものの、今まで1日1箱半ぐらい吸っていたタバコをやめることは容易ではなく、数ヶ月の間は毎日吸いたくてたまりませんでした。人間はダメと言われると尚更それが気になる習性があり、吸ってはいけないと思うとますます吸いたくなってくるので、吸いたいときは吸えるという気持ちを落ち着かせるために、当面の間カバンやポケットにはタバコを入れていたぐらいです。また、中国では接待などで自分がタバコを吸うときにタバコを上げるのがマナーみたいになっているらしく、よく薦められるのですが、以前吸っていただけに断るのは結構大変でした。
タバコを辞めると食事がおいしくなる、とよく言いますが、これはある意味正しくてタバコを吸っていると味覚が多少おかしくなったり、お腹が比較的空かなくなったりするような気がします。私もタバコを辞めてから食事が何よりの楽しみになっています(その割には体重は依然として変わらないのが悩みですが)。
禁煙宣言からかれこれ1年半以上になりますが、実は今でもタバコを吸いたくなるときがあります。今日も知り合いの人と飲みに行っていて、彼はヘビースモーカーなために何度も薦められてかなりしんどい思いをしました。
これからもタバコを吸いたくなるときがあると思いますが、なんとか自分と闘っていきたいと思います。

中国安徽省 5/20
本日リリースしたのですが、中国の安徽省というところに開発スタジオをつくりました。
実はこれは私の筋金入りのプロジェクトであると同時に紆余曲折もあったので、とても感慨深いものがあります。
今日はたまたまその安徽省に居ました。この安徽省というところの存在は、私の中国人の友人の出身地として知ったのが初めで、中国現地法人で私のアシスタントをしてくれていた人も安徽省出身でした。私が出会った安徽省の人は皆正直で親切で他人のことを考えれる人間が多かったので、もとから好印象は持っていました。とはいえ、ビジネスは別問題ですから、昨年1年ぐらいの間、候補地の選定や候補地の視察と体制の検討を行い、総合的な観点から安徽省に決定しました。
安徽省の省都である合肥市へは飛行機が便利(車で6時間、電車だと8時間かかる)で、上海からはわずか45分です。(ただ合肥市から上海へ戻るときは上海の空港でタクシーを1時間ぐらい待つことがあります・・・)合肥空港は小さいので長い距離を歩いたり迷ったり待たされることがなく、空港からタクシーに乗るときにも並ばなくて済みます。次にタクシーの初乗り料金は上海が11元(上海経済新聞にもあるとおり5月に値上)であるのに対し、なんと5元です。
合肥市に降り立つととにかくほっとします。昔の日本はこうだったのかも知れないと思わせるようなほのぼのとした光景と静かな街並みが続きます。車でしばらく走ると工場がたくさん並ぶ開発地域に入り、その一角に今回の開発スタジオはあります。
安徽省の人の発音は、個人的には上海の人と微妙に違うので聞き取りにくい部分もあるのですが話しかけたくなる雰囲気があります。スタッフ全員で昼食を共にしたのですが、すごく素朴で、皆発言するときにわざわざ立つような実直ぶりです。安徽料理も割りと日本人に合うような気がします。
今回は開発受託業務でのやり取りの可能性が高い日本本社のプロデューサーGとSを伴って来たのですが、彼ら二人も「帰りたくない」・「ここだと仕事がはかどる」と口々に言っていたぐらいですから、それだけストレスとは無縁のような環境と仕事に集中できる空間なのだと思います。
今回は、合肥市のオフィスの視察とメンバーとの初顔合わせ、今後の経営体制と採用面談、具体的な案件についての協議などを行ってきたのですが、20名ほどのまだまだ若いスタッフが多く、これからの成長が楽しみです。
将来的にはここを世界で最も注目されるモバイル開発拠点にしたいという夢をもっています。

TVゲーム 5/19
私にとってTVゲームの歴史は結構古く小学校まで遡ります。ちょうどその頃はTVゲームが生まれた頃でした。ちなみにTVゲームというのは今でも稀に喫茶店などにおいてあるテーブルの上がゲーム画面になっているコンピューターゲームのことです。
近所のお店にTVゲームが出来たという噂を聞きつけ、好奇心旺盛な私は早速見にいったのですが、既にゲームの周りを多くの人が取り囲むほどの人気で、その日はプレーをすることができませんでした。なんとかやりたいと思った私は、毎日夕方遅くちょうどお店が締まる頃にそこへ行くことにし、やっと念願の「ブロック崩し」をしたのでした。「ブロック崩し」はTVゲームの元祖と言える名作です。
器用な私はすぐにブロック崩しを制覇してしまい、制覇した後は店が閉まるまでずっとブロックのない画面でボールだけを弾いていました(当時のブロック崩しは終わりが無かったのです)。その後に入荷した「インベーダーゲーム」も名古屋打ち(インベーダーが極端に接近すると攻撃をしてこないという裏技)をほどなくマスターし、次に出てきた「UFO」や「ギャラクシーウォーズ」でも友達から羨望の目で見られるほどの腕前でした。
当時はゲームセンター嵐という漫画があったのですが、現実にはあり得ない裏技でギャラクシーウォーズなどで高得点をマークするもので、このせいでTVゲームブームは一層盛り上がっていました。
私は小学校からずっとサッカーをしていたので、それでも小学校・中学校時代は時間が限られていたのですが、高校の途中でサッカー部を辞めてから、かなりゲームにはまってしまった時期がありました。私の高校は自主性を重んじる学校だったので、学校へ行かなくても試験で点を取っていれば咎められることは無かったので、ゲームセンターに入り浸っていたこともあります。ただそのせいでわずか1ヶ月で100番(360人中)も試験順位が落ちてしまいました。その頃はゲーム雑誌でゲームの種類ごとに日本一を競うコーナーがあったのですが、その日本一の人の数倍の点数を取っていたぐらいです(あまり自慢にならないですね(笑))。中でも「ボンジャック」という障害をかわしながら順番に風船を割っていくゲームが得意で、ゲームセンターの開店から閉店まで50円(ワンコイン)で遊び続けれたことを覚えています。
それほどゲーム好きだった私ですが、ある日このままではいけないと急に思いたち、突然ゲームをすることを辞めました。それ以来は意図的にゲームからは離れるようにしています(社会人になってから一度だけPCゲームの「Civilization」という知的なゲームにハマったことがありますが)。なのでいわゆるファミコンやプレイステーションは買ったことがありません。私が「ゲーム好きだった」と言ってもなかなか周りの人に信じてもらえないぐらいゲームからは離れた生活を送っていますが、ゲームをやらないのは自分でハマることが分かっているからだということを知っている人はあまり居ません。
今では時間があまり無いこともあり、ゲームをやりたいという気持ちも少なくなってきましたが、そろそろ時効かな、という気もするので、会社でこれから開発を始めるオンラインゲームが完成したあかつきには久しぶりに自分でやってみようと思っています。
決算発表と反応 5/18
遅ればせながら、うちの会社の第10期の決算発表を15日に行わせていただきました。ホームページの社長メッセージのところにも書いているのですが、実はうちの会社が1回も予算下方修正をせずに決算を迎えたことは2002年の上場以来初めてのことでした。また、昨年から比較するといわゆるV字回復をした形で、利益は単体で5億円近い赤字から1億6千万円の黒字、売上も単体で10%、連結では67%の増収という結果となりました。
ただ、市場というのは分からないもので、株価は発表翌日にストップ安、本日も若干ではありますが値を下げて閉めています。正直なところ、経営者としては何とも複雑な気持ちです。
この件について多方面から問い合わせをいただくのですが、私共では理由は分かりません。特別な売買の動きがないという仮定に基づいて、強いて要因について個人の感想を述べさせていただくとしたら、市場の期待が今回発表させていただいた決算数字や来期予想数字よりも大きかったのかも知れない、ということでしょうか?
今期はリストラと基盤固めのフェーズから攻めのフェーズにちょうど変わる節目であり、将来収益のための多少の投資が必要だと判断した結果であり、中国関連事業やオンラインゲーム事業への先行投資を見込んでいます。
決算発表をすると株価はどちらかに触れることが多いわけですが、必ずしも予想通りにはならないものです。場が開いてからのちょっとした売買の動きでも大きく流れが変わる気がします。一種のムードみたいなものがあるのかも知れません。
今は決算のために延び延びになっていた中国出張に来ているのですが、気のせいか私が不在のときに株価が下落することが多く、出張をハラハラした気持ちで過ごしていることが少なくない気がします。
明日は地方に行くのですが、夜から台風になるらしく、飛行機が飛ぶのかハラハラさせられそうです(涙)。

電磁波!? 5/17
私は電化製品との相性が良くありません。これは「電化製品の操作が苦手」とか「電化製品よりもアナログが好き」ということではなく、私が保有した電化製品はかなりの確率で故障するのです。
今思い出すだけでも、1年以内に壊れた電化製品は数知れません。PC、一眼レフカメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラ、ビデオデッキ、プリンタ、デジタルオーディオプレーヤー、時計、携帯電話、電子辞書、髭剃り、FAX、電子レンジ、ヘッドフォンなどなど。どれもきちんとしたメーカー製のものなので、通常であれば考えられないレベルだと思います。仕事で使っているノートPCも、ここ3年ぐらいの間に4回ぐらい変えていると思いますが、今のPCも無線LANにつながらない、社内ネットワークにアクセスできない、VPNがつながらない、電源の持ちが悪い、突然フリーズするなどの症状が少なくありません。
中国に住んでいた1年半の間にも、新品のエアコンが壊れたので冬に寒くて暖房機を買ったらそれも故障したため何度も風邪を引いていましたし、洗濯機が壊れてしばらく下着を買い続けたこともあります。電動ポットが壊れてからはしばらく暖かい飲み物は飲めませんでした。購入したDVDプレーヤーが1ヶ月ぐらいで故障したので、中国製だからかなと思いSONY製品を購入したらやはり半年ぐらいで再生が困難になってしまいました。私の中国語学習の頼みの綱だったテレビやCDプレーヤーも半年ぐらいでそれぞれ故障してしまいました。
そういう意味ではほとんどが保証期間内に故障していると思うのですが、保証書を保存していなかったり、修理するのが面倒だったりして、ほとんどの場合には新しいものを購入してしまいがちです。
特に乱暴に扱ったりしているわけではないので、原因は未だに不明です。自分なりに色々考えてみたのですが、せめてもの身に覚えとしては、異常な静電気持ち、ということぐらいでしょうか?あるいは目に見えない電磁波のようなものが出ているのではないかと思ってきました。
これからは、電化製品が故障しても、プラスのオーラパワーが出ていると信じて自分を慰めようと思います。

張振棟(中国展開ストーリーその2) 5/16

(昨日より続き)それまでは、私1人で孤軍奮闘しており、英語や日本語が通じるパートナーと直接私がやり取りを行っていたのですが、張がジョインしてくれてから一気に営業の幅が広くなり、スピードもアップしました。私は通訳を雇わない主義だったので尚更のことです。
渉外は張がまず前線突破をしたうえで先方の責任者と私が会ってクロージング、社内は私が方針を決めて張がそれに基づいて現場をまとめていく、という機動力の高い二人三脚により、中国No.1のインスタントメッセンジャーQQを提供するテンセントをはじめ次々とパートナー契約が進み、毎月5個以上のペースでコンテンツを提供することができました。
うちの会社は前受こそあっても(中国企業から前受を取ること自体至難の業だと思います)まだ未回収がないのですが、これは中国ビジネスの常識からは考えにくいことであり、張を中心としたメンバーの営業努力の賜物です。
張は、ポイントを抑えるのが上手なので、私が気になっている部分を私が言う前に自主的に動いてくれるので本当に助かります。考えるより行動するタイプなので何か問題が起こると先送りにせずにすぐに電話を手に取っているのですが、これはなかなかできるものではありません。また、日本に居るときの彼からは全く想像できない営業トークと巧みな交渉術で、自分のペースでMTGを進めてこちらに有利な方向にもって行きます。時には私が「もういいよ」と言ってしまうぐらいに条件交渉では折れません。身内ながら大したものだと感心します。
うちの会社の中国展開は、2003年10月に現地事務所を、2004年6月には現地法人を設立と進展し、いよいよこれからという矢先に私が日本本社の代表を務めることになり、やむなく帰国するにいたりました。このとき、今度は私と張の間で、私が日本の成功のために、張が中国の成功のために頑張るという暗黙の役割分担が生まれました。以降張がCOOとして現地でオペレーションを行い、私が日本からバックアップする形となりました。
ただ、中国に常駐していたときのように頻繁にコミュニケーションは取れず、以前はその場でしていたジャッジが遅れがちになるなど、日本のビジネスの進め方を知っているとはいえ、やりにくい部分が多々あったのではないかと思います。
張にはもともと技術者という触れ込みで入ってもらったわけですが、いつの間にか技術者からビジネス開発(営業)に、そして今は社員数90名の経営を担ってもらっているわけですから分からないものです。張は経験は足りないものの、感が鋭くてバランス感覚も良いので、一番経営に向いている気がします。
1年以上の間、毎日二人で奮闘しながら苦楽を共にしていたので、上司・部下の関係を超えた信頼関係がある気がします。一方で外国人でありながらお互いに考えていることがすぐ分かるので、やりやすい面もやりにくい面もあります(笑)。
この3年間本当に色々ありましたが、張の人生の中でも最も変化があって、最も成長をした期間ではないかと思います。
彼も29歳になりだいぶ成長し、業界でも有名人になりつつあるので、今後どうなるかは分かりませんが、いつまでも同じ釜の飯の仲間で居たいものです。
今年の中国ビジネスは、今まで積み上げてきたものを開花させる年です。これから張が何をしでかしてくれるのか楽しみです。

張振棟(中国展開ストーリーその1) 5/15

今日は初めて仕事仲間を実名で紹介させていただきます。なお、この件については事前に本人の了解も得ています。
彼との出会いは2003年5月のGWのときのことでした。私は3月に中国に赴任してから初めてのGWということで地元仙台に帰省していたのですが、ドライブをしていたときに突然携帯電話に知らない人からの電話がかかってきました。「求人応募をしたのに返事がない」というのです。イキナリ当時の中国事業の責任者である私の、しかもどこから調べたのか携帯電話に休み中に連絡してくるとは非常識な奴だなとは思いつつも、この熱意と常識ハズレの行動力は面白いかも知れないと思い、東京に戻ったら面接をすることにしました。
中国事業の立ち上げのため、日本に帰国したときには1日8件ほどの営業訪問をこなしていた時期だったので、面接は訪問先であった三鷹駅の近くの喫茶店でCTOの津田と一緒に行いました(本日その喫茶店の前をたまたま通る機会があり、このタイトルになりました(笑))。彼はブリッジSEの仕事をしており、技術者としての応募だったのでCTOにも同席してもらったのですが、日本語がそれほど上手くなかったこともあってか、終始大人しい感じで私の携帯に電話してきたときのようなアグレッシブさを感じませんでした。このため採用の是非については正直迷ったのですが、中国人技術スタッフが喉から手が出るほど欲しい時期だったことと、これも何かの縁かも知れないと思い、採用を決めました。
彼の名は張振棟、上海出身の26歳(当時)の青年でした。彼は中国のソフト開発会社に勤務した後、日本の支社に来て3年ほど両国の開発の橋渡しをする仕事をしており、いつか自分の大きな夢をかなえるための転機を狙っていたところでした。
ほどなく入社してもらったのですが、その彼を待っていたのは上海長期出張でした。しかも私が日本に帰国していたときだったので、彼1人で上海に立ったのでした。日本本社の状況も良く知らないのに、入社してすぐの派遣については、会社へのロイヤリティも無いので危険ではないかという当時の社長からの意見もあったのですが、それは中国人ではなくても同じと判断した私は入社2日後には彼に上海に行ってもらうことにしたのです。
ところが、彼は文句1つ言うことなく行っただけでなく、驚いたことに、私が何も指示していないにもかかわらず、当時のパートナーを自分1人で訪問したり、新しいパートナー候補への営業活動を自主的に開始していたのです。
そして私が上海に戻った後、二人のコンビによる中国事業の本格立ち上げが始まったのでした・・・。(明日へ続く)

社員ブログ 5/14 

hirogを読んでくださっている方々は、社員ブログ(Staff Blog)も読んでくれていますか?
社員ブログはNetVillage Mobile Clubで紹介しているのですが、NMCが4月5日にオープンしたときから私は毎日チェックしています。ただスタート時から2週間で4つのアイテム(記事)しか投稿されていませんでした。Staff Blogは広報担当のYが統括しているのですが、始めの方は依頼するスタッフが手ごわいMプロデューサーをはじめ皆先輩社員だったためにお尻を叩くのに結構苦労したようです。
更新頻度についてあまり口うるさく言ったことはないのですが、私がhirogを毎日更新していることが、何よりの無言のプレッシャーになっているのかも知れません(笑)。最近は彼女の努力が実ってきているのか、頼むツボを押さえてきたのか、社員が協力的になったのか、理由は分かりませんが、休みの日を除いて毎日更新されています。
身内のことながら楽しみに見させていただいています。ローマ字でしか名前を書いていないため、文章の内容や癖をもとに、いつも誰かな~と推測するわけですが、やはり個性が出てて面白いです。でも、普段は国語苦手なんだろうな~と思っていた人が意外と文章が上手かったり、この人がこんなこと考えてるんだ、のような意外性と発見があって楽しんでいます。
hirogは幅広い方々にネットビレッジという会社や私のことを知って欲しいという目的で始めたものですが、実はその対象には社員も含まれています。うちの会社は少人数ではありますが、私が普段忙しかったり出張が多いこともあって、なかなか社外活動に参加したり1人1人とコミュニケーションを取ることができません。blogなどを通じて仕事以外のお互いを知る、というのも大事かなと思っています。
ところで社員ブログは今後PC版をオープンすることも検討しているようです。(これはモバイル専門にこだわっている私に対するプレッシャー?)
なお、社員ブログはこちら からご覧いただけます。

上場企業ということ 5/13
うちの会社は大阪証券取引所のヘラクレスという市場へ上場しているわけですが、ここでは「上場企業とは何か?」というような難しい話ではなく、いち経営者として、あらためて感じていることを記したいと思います。
株式会社というのは、株主が取締役(経営陣)を選任し、経営を委任します。逆に言えば経営陣は株主から委任を受けて株主に代わって会社の経営を行います。
日本の場合には経営と執行が分離していないことも多いので、取締役が業務執行まで行うケースが多いと思いますが、執行役員制度を採用しているところでは、経営判断をしたり業務執行の監督をする取締役と業務を執行する執行役員を分けています。
未上場企業の場合には、経営者と株主(オーナー)は一致している場合が比較的多いと思うのですが、上場企業の場合にはそうでないケースが多いと思います。
オーナーと経営者が別れている場合、その経営者は世間では「雇われ社長」と言われたりします。例えば私は創業メンバーではありますが、上場まで株をほとんど持っていなかったこともあり、未だにマイノリティの株主なので、ある意味「雇われ社長」です。
こういったことは頭では分かっていたつもりなのですが、初めて実感したのは、前社長が退任して株を売却したいという話を聞いたときでした。前社長は自分のことも、ネットビレッジという会社のこともよく理解しているし、応援者でもあるけれど、私達や事業のことを何も知らない人に株が渡ったらどうなるのだろうか?とあらためて思ったのです。そのときの感情としては、自己防衛というよりも、清水の舞台から飛び降りる覚悟で再建を引き受けたのに、志半ばにして無駄になったら無念過ぎる・・・というものでした(幸いにしてそうはなりませんでしたが)。
それ以来、自分は株主から委任を受けて経営をしているのだ、という意識を更に強く持つようになりました。今回の社名変更なども、創業者意識ではやりにくいことかも知れません。
株式会社では大株主が変われば、経営陣も変わって当然だし、大株主が同じでも経営成績が悪ければ経営陣は変わることがあります。例えば先日ソフトバンクがボーダーフォンを買収しましたが、これによりボーダフォン経営陣は一新しました。ライブドアの場合は例の事件でやむなく経営陣のほとんどが辞任したわけですが、筆頭株主は堀江前社長であることには変わりありません。
取締役の任期は会社により異なりますが短くなる傾向にあり、うちの会社も昨年から1年にしました。ただこれは逆に言うと1年で結果を出さなくてはいけないということであり、中長期的な見地で考えにくいということもあるかも知れません。最近ポッカなどのようにMBOなどの手法で逆にGO PRIVATE(非上場化)をする動きも出てきていますが、これは敵対的買収対策のみならず、中長期的な視点で思い切った投資をやりやすくするという意味合いも含まれているのだと思います。
未上場の場合には、社長は経営というよりも技術や営業力などの特殊能力が重要かも知れませんが、上場企業の社長は経営のプロフェッショナルであることが求められるのだと思います。そういう意味では、自分の意識の上では、仮に他の会社の経営を任されてもきちんとこなせるような経営センスを身につけるため、自分自身も常に勉強・向上していかなくては・・・と思う今日この頃です。
ブログのバトン!? 5/12
今日は、とある友達からブログでバトンが渡ってきた(昔で言う幸福の手紙みたいなもの?)ので、その質問に答える形でつづります。ちょっと軽い話題ですが、最近のネットの流行を感じ取っていただければと・・・。
【Q1もてたって思う時期はいつ?】
大学生のとき。特に黒服のバイトをしていたとき。
【Q2似てるっていわれた芸能人は?】
たくさん言われます。一番多いのは田原俊彦(嬉しくないけど)。他には三田村邦彦、別所哲也、三上博史、ジョン・ローン・・・、そろそろ物が飛んできそうなのでこの辺でやめときます(笑)。前田誠司(民主党前党首)、藤井隆に似てると言われたこともあります。
【Q3恋人を選ぶポイントは?】
20歳以前は外見重視、小悪魔的で、背が小さくて細くてかわいらしい子が好きでした。21歳以降はフィーリング重視でどこかに女性らしさがある人。
【Q4ここぞという時の香水や服装がありますか?】
香水はBOSSのエレメントアクア以外は使いません。
ここぞというのがデートという意味なら、服装はその日の天気と気分で変わりますが、昔はよく派手なスーツを着てました(今考えると恥かしい・・・)。
【Q5告白された事はありますか?あれば何人?】
中学校のとき後輩に初めて告白されたときは、冗談言ってるのかと思いました。学生のときグループ交際してたときに4人全員に告白されたことがあります。累計は覚えていません。
【Q6わざとデートに遅れていった事がありますか?】
この意図がよく分からなかったのですが、逆に女の子ってこういうことするのでしょうか?私はこないだ書いたとおり、わざと傘を忘れたふりして合い合い傘にしたことはあります。
【Q7このバトンを渡す5人は?】
プライバシーの関係上、控えさせていただき、本人への直接通知をもって発表に代えさせていただきます。

業務停止処分 5/11
昨日は金融庁が中央青山監査法人に業務停止処分を出す方針を決めたというニュースが大きな反響を呼んでいましたが、本日同庁より7月から2ヶ月間の業務停止命令が出されました。
業務停止処分を出すというのは異例のことで大手では初めてだそうです。停止処分を受けると、現在の会社法監査では監査契約が無効になるそうです。我々のような上場企業は証券取引法に基づく法定監査が義務付けられており、会計監査人の選任は株主総会決議事項ですから、いかに大きな問題かということが分かると思います。ちなみに同監査法人が契約している法人は2300社(うち上場企業約800社)にも及ぶと言いますから少なからず影響が出ることが想定されています。業務停止期間は1~2ヶ月ということですので、それが終わった後に再度監査契約を締結することは可能だとは思いますが、それが株主の了解を得られるかは微妙かも知れません。
この処分の直接的な引き金になったのは、カネボウの粉飾決算ですが、それ以外にもいくつかの不祥事が続いていましたので、金融庁としてもやむを得ない判断なのでしょう。
うちの会社も以前は中央青山監査法人に会計監査を委任していたのですが、カネボウの粉飾が騒がれ始めた頃に変更を決めました(カネボウ粉飾事件が直接的な変更理由ではありません)。私にとっては、古巣のミサワホーム、イマジニア、ネットビレッジと3社続けてお世話になっていた監査法人だっただけに、変更を決めるのは正直辛かったです。
私が同監査法人にコメントすること自体どうかとは思うのですが、合併を重ねて誕生した法人なだけに、旧法人間の派閥のようなものがあるのは感じており、内部管理体制の整備が十分ではなかったのかなとは推測されます。
ただ、これはあくまで三浦個人の感覚ですが、基本的には株主の利益保全のために行われる会計監査を、会社との間の契約に基づき会社が監査報酬を支払うという現行の仕組みそのものがピンと来ていないところがあります。監査法人の立場に立ってみると、自分達の報酬を支払ってくれている会社の経営陣に対して、毅然とした態度を取り続けなければならないのですから、容易なことではないように思います。
会計監査人をかばうわけではありませんが、そもそも企業側がきちんとした正しい会計処理を行うということが大事なのではないでしょうか。

ゴーストライダー 5/10
最近hirogの読者の方から「ゴーストライター使ってるんですか?」という質問を受けたのですが、想像もしていなかったこの一言を聞いてから、逆にそう思っている人が他にもいるんだろうか、と不安になりました。
勿論、三浦本人が書いていることは、まずここに誓いたいと思います(笑)。こういう文章って親しければ親しいほど、言い回しとか語尾とか文章のセンスで本人かどうかって分かりますよね。それに仮にこのhirogを私に代わって書いている人がいるとしたら、相当な三浦通だと思います(笑)。
ところで、私がゴーストライターという存在を知ったのは、そんなに昔ではなく社会人になってから、とある本の話になったときに「その本は実は私がゴーストライティングした」という人がいて、最初は言っていることが良く消化できませんでした。著名人の書籍は、多かれ少なかれゴーストライターを使っているという話を聞きます。確かに忙しい人にとっては(というよりも厳密には出版社にとっては)有り難い話なのかも知れません。
ゴーストライターの方々には申し訳ないのですが、私は自分の文章を他人に任せるということには抵抗があります。ゴーストライティングは、その人の特徴やその人についての知識をもとに、想像力を膨らませて、その人の気持ち、立場になって文章をかけるというそのゴーストライターの能力には感服しますし、文章のプロフェッショナルが書くことで、より表現力をもった文章ができるという利点もあることは理解できます。一方で、例えばその文面が法律的な問題に発展した場合には、責任の所在ってどうなるんだろう?という素朴な疑問があります。また、心情的に「自分はそれでいいの?」という納得性のところと、「読む人を騙しているのでは?」という倫理的な部分が引っかかるところがあります。特に私は自分の六感で確かめないと気が済まない性質なので尚更そう思うかも知れません。
・・・とここまでさんざん書いて来たところで、ふと会社が私の名前で公表している開示書類の原案で私以外のスタッフが書いているものがあったら、それもゴーストライターというのだろうか、と自問自答に入ってしまいました(笑)。
勿論、会社が公表している文章の原案すべてを私が作成しているとは言いませんが、自分の名前が入っているものについては内容は必ず確認しますし、加筆・修
正させてもらっています。PCホームページ上の社長メッセージも私が魂を込めて書いています。
五月之恋 5/9
今日は渋谷での夜のMTGが終わった後レイトショーで「五月の恋」という映画を観に行ってきました。普段1人で映画館で映画を観ることは無いので、かなり勇気を振り絞っての行動でした。
この映画は台湾人と中国人(本土)の物語ということで以前から気になっていたのですが、今日たまたま昼間に台湾の人の採用面接をしていて、中国人との間に感情のもつれのようなものって無いのだろうか?と気になっていたこともあり、現在日本で唯一上映している映画館の前を素通りできなかったのです(笑)。
映画の内容は・・・ハルビン(黒龍江省)で京劇をしている女子学生シュアンと台湾で人気バンドの手伝いをしている若者アレイの純愛ストーリーで、特に感動するようなものではなかったのですが、とってもほのぼのとしていて、映画を観終わった後に自分の心まで洗われたようでスッキリしました。また、この映画に出演していた女子学生役の女の子(リウ・イーフェイ)がとっても清純でかわいらしくてファンになりました(笑)。北京出身の18歳の新星女優でこの映画の撮影が始まったときは15歳だったそうです。
ところで台湾と中国本土(大陸ともいいます)は、台湾独立問題で、政治的にはますます緊張感が高まっていますが、今後どうなっていくのか中国ビジネスをしている私としてはとても気になるところです。我々日本人からすると同じ国として見てしまうのですが、以前中国のスタッフと一緒に台湾へ出張へ行こうと思ったら、中国人のビザがおりないことが判明し、急遽私1名で行ったことがあり、意識のギャップに驚いたことがあります。
台湾はもともと中華民国であり、日本が統治していた時期もあるためか親日派が多く、文化や食事も日本に似たところがあります。ただ台湾へ行ってみて思ったのは、逆に日本に近い部分が多く、かつなんとなく全体的に綺麗すぎて、私にとっては魅力を感じなかったというのが正直なところです。
また、一般的に台湾や香港経由で中国本土でビジネスをした方がうまくいくと言われていますが、実際に中国本土でビジネスをやってみると、そうでもないということが分かりました。勿論大陸にしてみるとお金をどんどん投資や浪費してくれる香港人や台湾人は表向きウェルカムなわけですが、一方で警戒心や感情的な嫉妬・抵抗なども若干あるように感じます。
ところで、本映画を観る動機にもなった「台湾人と中国人の関係」についてですが、本映画の中においては、中国語の発音が北京が巻き舌で台湾が巻かないという違いでお互い突っ込み合うシーンを除いては、全く違和感を感じませんでした。恋愛には国境も政治も無いということでしょうか。
犬 5/8
皆さんは犬と猫のどちらが好きでしょうか?「両方好き」という人もいるかも知れませんが、どちらかが好きでどちらかが苦手という人は結構多いのではないかと思います。
私は完全に犬派です。猫は昔近所の野良猫が私のペット達を散々いじめてくれたという悪印象があるのと、夜光る目がなんとなく不気味なところが気になります。
それに引き換え犬は全体的に爽やかなイメージがあり、加えて賢くて人に懐くところもポイントが高いところです。私はヨダレを垂らす犬を除けば、小型から大型まで、血統犬から雑種まで何でも好きです。特に好きなのは「ボクサー」と「チワワ」です。チワワは言わずもがな良く知られているので省略しますが、ボクサーというのはシェパードを少し小さくして顔を少しブルドックに似せたような外見をした訓練犬で、賢くて勇敢なんだけど忠実で愛嬌があるところが好きです。
こんなに犬が好きな私なのですが、実は一度も犬を飼った経験が無いのです。
実家では親が、死んじゃったときに悲しいからという理由で飼わせてくれなかったのが一番の理由です。自分達がさんざん飼って別れるのが辛かったというトラウマがあるようなのですが、私にしてみれば余計なお世話、という感じでいつも反発していました。
小さい頃は、よく近所から子犬をもらってきては「返してきなさい」と親に怒られ渋々返すという行為を繰り返していました。飼うのがダメなら、と友達の犬を1日レンタルさせてもらって1日中朝から晩まで一緒に遊んでいたこともあります。
今でも忘れられないのは、郊外のペットショップで売られていたチワワの赤ちゃんです。大きな目で心細そうに私をじっと見つめ、小さい身体を小刻みに震わせながら何かに怯えているようでした。たまたまそのとき手元に買えるぐらいの現金を持ち合わせていたのですが、散々そのチワワの前を右往左往しながら結局親の顔を思い浮かべて辞めてしまったことがあり、今でも心残りです。
東京に来たら絶対飼おうと思っていたのですが、今度はペットOKのマンションが少なかったり、仕事が忙しすぎたりで、結局犬がかわいそうかなと思って未だに実現できていません。
犬を飼っている人たちは、公園とかでもお互いすぐに打ち解けてコミュニケーションが取れていたりするのを見ると、なんとなくうらやましく思います。「犬が好き」という共通項だけで、これだけ親しみを覚えさせるものはあまり無いと思います。
一戸建てを建てる機会があったら、長い間の犬を飼うという目標を達成したいと思います。
もんじゃ 5/7
「もんじゃ」ネタで書き尽くせるのか不安ですが、考えるより手を動かすということで・・・。
今日の夕ご飯は「もんじゃ焼き」を食べにいってきました。
下町をウロウロ歩くこと30分、ようやくそれっぽいお店を見つけて入ってみました。時間はまだ17時だというのに、店内はほぼ満員。1席だけちょうど空いたということで2階の座敷に通されました。
とても雰囲気の良い空間でたくさんのお客さんがおいしそうに口に運んでいるのをみて、ここはおいしいかも、と期待に胸を躍らせながらメニューを手にとり、最初にTVでも何度か紹介されたという「特選もんじゃ」なるものをオーダー。「もんじゃ」は、実は私の人生では過去1回しか食したことが無く、それも何年も前のことで作り方すら忘れてしまったので、店の人に頼んで作ってもらいました。さすがに作る人が良いのかひとくち口にしたときから、その芳ばしい味と食感に久々に素直に「おいしい」という言葉が出ていました。「はがし」と呼ばれるヘラで食べるというその雰囲気も、おいしさを引き立てているのかも知れません。もんじゃの生地の残りの部分を剥がした「もんじゃせんべい」なるものは初めて知りました。
とりあえず「もんじゃ」を口にして目的達成したので、何かお腹が膨らむものを、と次にこちらもとあるTV番組で紹介されたというキャッチに負けて「特選やきそば」を注文、あっという間にすべて平らげてしまいました。
次に私の好物の「もやし」がたくさん入った「もやしもんじゃ」を頼んでみたのですが、本当にもやしばっかりで、生地(だし汁)がほとんどなく「おこげ」が出来ずに、もやし炒めとほとんど変わらず、これで帰ったら「もんじゃ」の印象が半減すると思い、もう1つ頼むことに。
それまで1時間足らずの経験と反省をもとに、満を帰して既に顔見知りになりつつある店員に頼んだのは「チーズとお餅入りもんじゃ」。これはさすがに想像通りの絶品でした(特に女性が好みそうな味です)。それでもまだ満腹にはならなかったので、もう1個頼もうとしたのですが、入り口にたくさん人が並んでいたので、自粛することにしました。
「もんじゃ」はもともと江戸時代に鉄板の上に文字を画きながら食したことにちなんで「文字焼き」と言われるようになり、それがなまって「もんじゃ焼き」になったそうで、東京では月島が有名ですが、浅草が発祥の地らしいです(店員談)。
お好み焼き好きの私がお好み焼きを食べずして「もんじゃ焼き」のみで店を後にしたことが、「もんじゃ」の美味さを物語っていると思います。皆さんも「もんじゃパーティ」でも開いてみてはどうでしょうか。
IKEA 5/6
今日は今話題の「IKEA」に行ってきました。スウェーデンのお洒落な家具とインテリアの店と聞いていたので、どこにあるのかと思っていたら何と船橋(千葉)にあったのですね。以前の人工スキー場であるザウスがあった場所らしいです(私はザウスに行ったことが無いのですが「ららぽーと」の近くです)。
中に入ってみると、かなり広い売り場スペースで、ショールーム→マーケット→セルフサービスと流れる独特の導線になっていました。ショールームで見て欲しいものをメモっておいて最後にセルフサービスで購入というプロセスなのですが、セルフサービスのところに行き着く頃には結構疲れて来ているので、ここで大きな荷物を積むというネガティブな動作が入ると、購買に影響があるような気もしました。
店内には広いレストランがあり、これも1つの売りのようでした(人が多すぎて入るのは断念しました)。子供連れも多くいましたが、さすが外資系企業だけあって、お子様セットは290円という低価格での提供、ゆっくり買い物ができるように、子供を預けるキッズコーナーもありました。
「IKEA」の企業理念は「機能的でデザインセンスの良いインテリアを手頃な価格で提供する」ということで、確かにデザインセンスは悪くなく、価格も全体的には非常にリーズナブルでした(たまに高い品物が混じっているのが不思議でしたが)。つまり「IKEA」の企業理念がそのまま商品に表れて「デザインが良くて安い」という評判になっている理想的な例だと思います。
価格が安くできるのは色々なノウハウの積み重ねによるものだと思いますが、見たところ大きくは、大量生産による仕入れ価格引下げ、組み立て式やセルフサービス制度の採用による人件費の節約にあるように感じました。
「IKEA」は既に40年の歴史をもち、約30ヶ国に及ぶグローバル展開をしているとか(そういえば上海にもあったような)。店内にマネジメントチームの顔触れが紹介されていましたが、半分以上は外人というチーム構成でした。他人事ながら、ドメスティック(日本)に受け入れられるサービスが提供できるのかな、と心配になりました。例えば、最寄りの高速道路を降りてからのナビゲーション(看板や人の誘導)があまりにも疎かで、辿り着くまでに相当な時間とストレスを費やしました。
オープン前後から多くのメディアで取り上げられたうえに、今日なんかはGWの中日だったこともあり、かなりの人出(それでも最近の休日にしてはマシだったらしい)でしたが、これからが本当の勝負だと思います。
日本の第1号店となる船橋店は4月末にオープンしたばかりですが、5月末には第2号店が横浜の港北に出来るそうです。今日は、店内で偶然にも同じマンションの人2組にそれぞれ会いました。世田谷の1つのマンションの住人が3組もかなり離れた千葉という土地で、同じときに同じ店に行っていたというのは相当なことだと思いました。港北店では何組と遭遇するのでしょうか・・・。
休日出勤 5/5
休日に仕事をするときには家ですることが多いのでオフィスに来ることは少ないのですが、本日は来客もあったのでオフィスに行きました。
休日出勤というと皆さんはどういうイメージを持つでしょうか?私は社会人になってから休日出勤は日常茶飯事だったので、それ自体に特別なイメージは無いのですが、休日出勤するとなんとなく「ワクワク」するのです。自分なりに分析すると、なんとなく休日出勤という行為に、非日常を感じるのかも知れません。
普段はたくさん人が働いているオフィスに自分1人だけがいて、自分だけのオフィスのような感覚になるのです。静まり帰った広いオフィスで、誰も邪魔をする人がいなくて、自分のやりたい仕事をただ黙々とする・・・。そして普段ではできない、音楽を聴いたり、お菓子をつまんだりしながら、周りに気を遣わないで仕事ができるというのも休日出勤の醍醐味です。
しかしながら、この休日出勤も夜に及ぶとだんだん寂しくなってきます。通常電気代の事を考えて自分の近くのエリアだけの照明をつけているので、周りは薄暗くなっていて、自分のパソコンを打つ音だけがオフィスに響き渡ります。そんなときにたまに電話が鳴るとかなり驚かされます。以前夜中に警備員のおじさんが突然オフィスに立ち入ってきたときも心臓が止まるかと思いました(私が音楽を聴いていたので気がつかなかったのです)。
休日出勤のネックはたまに鍵を忘れて行ってしまうことです。そんなときは、オフィスの近くに住んでいる誰かに連絡をして持ってきてもらうか、警備員の人にお願いをして空けてもらうことになります。以前のオフィスでどうしても急いでオフィスに入らなくてはいけないときに、警備員と開ける開けないで押し問答になったときがあり、警備員に「責任者に通告しますよ」と言われて困ったときがありました。休日の服装はかなりカジュアルなので責任者には見えなかったのだと思います。
今日は会社の決算発表が近いこともあり、管理部門のスタッフが数名出勤していました。会社が上場してから決算発表は毎年5月の中旬に行うので、経理チームはいつもGWは決算作業のため休日返上になってしまうのです。申し訳ない、大変お疲れさまです。

ボーイスカウト 5/4
今日外に出ていたらボーイスカウトの人達を見掛け、ふと昔の自分を思い出しました。
小学校低学年の頃に、母が私の自立心を育てるためにと、半ば強制的に入隊させたのがボーイスカウトでした。ボーイスカウトと言っても実は年齢によって呼び名が分かれていて、小学校4年まではカブスカウトという名前で呼ばれています。どのポジションにいるのかがすぐ分かるバッジのついた紺の制服にオリジナルのネクタイと帽子を身に着けているので、ひと目でそれと分かります。
ところでこの「スカウト」の意味ですが、偵察や見つけ出すということではなく、「先駆者」という意味だそうです。20世紀の初めにとある島で少年達に訓練活動を試みたのが始まりということで、主として奉仕を通じて地域社会に貢献する教育活動をすることが目的の団体です。活動内容は若干異なるのですが、女性もガールスカウトという形で活動を行います。私が在籍していた当時もジャンボリーと言われる大きな大会では世界各国からたくさんの人が集まっていて団体の横の連携の強さを感じました。現在の隊員数は日本だけでも20万弱のようで、来年でちょうど100年を迎えるそうです。大人になってからも継続している人は少ないかも知れませんが、かつて在籍していたことがある、という男性はかなり多いのではないかと思います。
カブスカウトで覚えているのは、清掃や赤い羽根運動などの奉仕活動とキャンプで、特にカレーと寝袋というイメージが強くあります(笑)。いずれにしてもアウトドア、かつ一種の教育活動なので、あまり楽しかったという印象はありません。今思えば結構縦社会だったことも抵抗があったのかも知れません(規律の維持には明確な指揮・命令系統が必要なのでしょうけど)。
そんな中でも最も印象に残っているのは、電気も何も無い山の奥でキャンプをしたときに、夜寝付けずに1人でテントを抜け出してトイレ(といっても野原)に行ったときに、用を済ましながら見上げたときの星空です。プラネタリウム顔負けの空一面に星がちりばめられていて、こんなに星って多かったんだと改めて感動をしました。そして、そこには生まれて初めて見る、いくつもの美しい流れ星が流れていきました。願い事を・・・と思ったこの瞬間、初めて流れ星を見たときのお祈りのヒントを発見しました。聞きたい人は個別に三浦まで(笑)。

漬け物 5/3
私の好物の1つに漬け物があります。
本当に漬け物には目が無くて、買ってきたりお土産でもらった一袋の漬け物を放っておくと一度に全部食べてしまいます。半分ぐらい食べたところでいつも「身体に悪いからその辺でやめておいた方がいいよ」という天使の言葉が聞こえて、一旦は食するのを停止するのですが、数分経つと「もうだいぶ食べたんだからあと半分食べても一緒一緒」、「ここで残して食べなかったら後で捨てることになってもったいない」などという悪魔の声に屈して結局残りを平らげてしまうのです。
デパートやスーパーの食品売り場で買い物をしていても、ついつい試食をしてしまいます。試食だけで買わないのに申し訳ないな~などと思いながら、試食をするのですが、大概は想定したものよりおいしかったりするので、いつの間にか買い物カゴに入っていて、逆に試食作戦にまんまとはまっているという感じです。
そんな漬け物の中での私のベストスリーです。
第3位は「沢庵」です。やはり漬け物の定番沢庵は捨てがたいものがあります。私はインチキ臭い人工着色料のたんまり入った真黄色のものから、自然色で漬け汁と一緒に梱包された本格派まで何でも来いで、沢庵があればご飯を3杯は食べることができます。
第2位は「長茄子漬」です。私の故郷仙台の名産でもある長茄子漬は、あの形と色がなんともいえない食欲をそそります。ちょっとしょっぱ過ぎるのがたまにキズですが、七味を加えるとより香ばしさが増して美味になります。
そしてダントツの第1位は「野沢菜」です。本日長野出身の人と話していて、急に食べたくなってしまいました。野沢菜の一番の醍醐味はやわらない葉っぱとコシのある茎の両方の歯ざわりを楽しめることです。(私にとっては柿の種とピーナッツを交互に食べることで飽きることのない柿ピーに通じるものがあります)
私の野沢菜好きは私の知り合いの間では有名なので、旅行のお土産に買ってきてくれる人も少なくありません。
ベスト3入りは果たせませんでしたが、キュウリ漬や白菜漬も大好きで、実家に帰るといつも母親が作ってくれます。
逆にヌカ味噌系やお酒で漬けたもの(つまり大人の味)は、あまり好きではありません。
今は帰宅する途中なのですが、書いているうちに食べたくなってきたので、これからコンビニにでも立ち寄って漬け物を調達しようと思います。ベスト3のいずれかが売っていることを祈りつつ・・・。
かめさんチーム 5/2
うちの会社には通称「かめさんチーム」と呼ばれている部署があります。私の直轄で中長期的な新規事業を立ち上げることを使命としています。
「かめさん」の名前の由来は、以下の5つから来ています。
1.中長期という事業スパンの長さを「かめさん」の長寿に掛けた
2.「うさぎとかめ」の競争は最後は「かめ」が勝つという教訓
3.「かめ」はノロマのイメージがあるので、逆にそうならないための戒め
4.「かめ」の甲羅のように強い信念と意思をもって事業を立ち上げる
5.「かめ」のようにたくさんの卵(成果)を産んで欲しいという願望
本当のところ、4番目と5番目は後から取ってつけた理由です(笑)が、とにかく常識から外れたアイデアと創造性にあふれた革新的なサービスを創り出したいという願いを込めてつけた名称です。
かめさんチームは、リーダー以外は若い社員とこのチームのミッションのために中途で採用した社員で構成された、いわばフレッシュな寄せ集め集団です。「自己主張のできる人」を判断基準にしていたこともあり、皆ハッキリと意見が言える人が揃っていると思います。
私はくだらない思いつきを含めてどんどんアイデアが溢れてくるのですが、その実現性や市場ニーズ、競合状況、採算性などを調査し、GOとなった場合には事業の立ち上げまでを担当します。勿論かめさんチームのスタッフがやりたいと思うプロジェクトも同様のプロセスを踏みます。
1週間に1度、私が参加のうえで進捗報告や方向性を決める「かめさんMTG」を開いているのですが、ここでは私が話している時間が8割ぐらいを占めてしまい、実務レベルの話に落ちないという欠点があります。よって、リーダーの社員Gさんは自主的に私を除いたメンバーで実務面を詰める「こがめ分科会」なるものを毎週開催しているようです。ここで話されている内容は残念ながら私も知りません・・・。
かめさんチームでは、現在10個以上のプロジェクトを調査・検討しています。
この中から、将来のネットビレッジの事業の柱に育つことを祈りつつ、かめさんは今日も、ゆっくりですが、着実に、走り続けます。
NHKラジオ講座 5/1
語学を学習するとき、皆さんはどうしますか? NOVAへ通う人、家庭教師をつける人、高価なCD教材を購入する人、など様々だと思います。
私は一定周期で語学を勉強しなくては、と思うことがあるのですが、波があることが分かっているのでプレッシャーにならないNHKラジオ講座を活用しています。
初めてNHKラジオ講座と出会ったのは中学生のときの「基礎英語」だったのですが、これがどうして基礎なの?というぐらいに会話のスピードが速くて発音の聞き取りが出来ませんでした。その頃は朝6時ぐらいからやっていたので、早起きが苦手な私には苦痛の日々で、ラジオを聞きながら半分寝ていました。
大学生や社会人になってからも、思い立ってはたまにテキストを購入するものの、結局長続きせず、折り目1つない綺麗なテキストだけが積み重なっていくのでした。
そこで、最近かねてより思っていたことを実行することに。つまり放送時間に合わせて聞くのは難しいので、CDを購入して自分が都合の良いときに聞く、というものです。しかしこれもCDプレーヤーはかさ張って持ち歩くのが面倒なので、ハードディスク内蔵型デジタルオーディオプレーヤーを購入し、そこにデータを入れて聞くことにしました。
最初はフランス語と中国語と英語を、と思ったのですが、そんなに欲張っても聞けるわけがないので、「中国語講座」と「ビジネス英会話」の2つにしました。
私は電車の中などでもボーっと仕事の事を考えていることが多いので、聞ける時間はかなり限られているのですが、気分転換にもなるので、一応テキストとCDだけは毎月購入しています。ただ、こういうのって不思議と教材を購入しただけで勉強したような錯覚に陥ることがあるので危険です。特にテキストには直接学習とは関係ない色々なエピソードも載っていて、ついついそれだけ読んでその月は終わり、なんてこともたまにあります(笑)。
もし、私と同じNHKラジオ講座を聞いている方がいらっしゃったら、是非スキットの内容について話をしましょう。それが良い意味でプレッシャーになるかも知れません(笑)。
ちなみに、5月の中国語講座のテーマは「世界遺産」、ビジネス英会話のテーマは「中国市場」で、まるで私のために設定してくれたようです!
5月の完読を目指して!

結婚式 4/30
GW初日の今日は、社員Kの結婚式に行ってきました。
社員と言っても以前私の秘書的な仕事もやってもらっていたり、家が近いこともあってたまに一緒に帰ったりしていて、交流が多かったので、感情に触れる部分がありました。
今回の結婚は、新郎が以前うちの会社で働いていたときに交際が始まり結婚に至ったという背景があり、半ば社内結婚のような感じで、私は新郎のこともよく知っていました。
披露パーティは50人ぐらいの身内を集めて行われたのですが、このぐらいの人数だとマイクが無くとも声が伝わるぐらいの距離感で一体感があり、とてもアットホームで雰囲気の良い披露パーティでした。
ところで、実はこの結婚式は奇跡的な出来事だったのです。本人達のプライバシーもあるのであまり詳しくは話せないのですが、新郎は新婦のことが大好きで、とにかく何度断られてもずーっとアプローチし続けたそうです。そしてついに最後は新婦がその押しに負けたとか。でも結果お互いにとって大切な人になって、こうやって結婚までいったら幸せですよね。
つい最近、別のとあるカップルからも、100回ぐらい告白してダメだったのに、急にOKになったという話を聞きました。世の中の全ての片思いの男性に伝えたいようなエピソードです。
つまり、「好きになったら思いを伝えること、そして本当に好きなら諦めずに押し続けるとその努力が報われることもある」ということだと思います。もちろんあまりしつこくし過ぎて本当に嫌われちゃったり、ストーカー容疑で警察に連れて行かれたりしないように注意しないとですけど。相手の女性の性格や、その時々のバイオリズムなど、ケースバイケースなんでしょうね。
私の好きな本に「愛する」ことは「動詞」なので、自分の意思で変えられるものだと書いてあったのですが、まさに今日はそれを現実に見た感じがしました。
KさんとAさん末永くお幸せに・・・。
色黒と色白 4/29
私は年を経るにしたがって皮膚の色が薄くなっているようです。
私は小さい頃は、本当に色が黒く「ちび黒サンボ」とか「だっこちゃん(当時は黒色のみだった)」と呼ばれてからかわれていたほどです。それが今では「色が黒いですね」と言われることは皆無となりました。最近ひょんなことから、そのことにふと気がつき、皮膚の色ってそんなに変化するのだろうか?と不思議に思っています。
小さい頃、色が黒いと言われることは一種のコンプレックスで、日に焼けたわけでもないのに会う人会う人に「すごく日焼けしてるね、どこの海に行ったの?」と言われるのが苦痛でした。今では信じられませんが、なんとか色を白くする方法は無いかと真剣に考え、お風呂上りのパウダーをたくさんつけていたことがあるぐらいです。そういう意味では皮膚の色で人種差別を受けている方々の気持ちが分かる気がします。
中学の頃、初めて、とある女の子の「色の黒い男の人が好き」という言葉を聞いたとき、その人が天使に見えました。
そんな私にとって「日焼けサロン」なるものは、最も縁の無いものです。でも日焼けサロンは、たくましく見られたいという男性や健康的に見られたいという女性などにとっては、対価を払ってでも得たいものなのでしょう。
一時期、ガングロ女子高生が流行りましたが、あれで何を表現したいのかは未だに理解できていません。初めてガングロ女子高生を見たときには、だっこちゃんと初めて出会ったときのインパクトよりも大きかったです。
大学生の頃からは、色黒なのはマイナスではないと自分に言い聞かせていたので、皮膚の色を気にしなくなったのですが、逆に気に留めなくなったせいで、皮膚が薄く(!?)なってきたのかも知れません。
でも、最近では、中性的、女性的な男性が好まれたりして、色白の方が人気があるような気がします。
ただ、皮膚の色に白黒をつけること自体、無意味なことかも知れませんね。
私の皮膚が今後これ以上白くならないことを祈りつつ、たまにはお日様にあたりたいと思います。

傘 4/28
今日は雨だったので、雨らしい話題を・・・。
私はあまり傘を持ち歩くのが好きではありません。もちろん邪魔なのが一番の理由ですが、よく失くすということも関係しています。
自慢にならないのですが、私は数年前まで傘紛失率100%を記録していました。つまり買った傘は1本も残っていなかったことになります。これはまずいと思い、まともな傘を買ってみたら、なんと奇跡的に今日までまだ手元にあります。(もっともその傘をほとんど持ち歩かないのが一番の理由だったりするのですが)
朝出掛けるときに雨が降っていない限り、天気予報が雨であっても傘を持たないで家を出るので、外出するときに雨が降っていると、雨に濡れるか、コンビニで傘を買う羽目になります。どちらになるかはオフィスビルの入り口で「雨の強度」と「外を歩く時間」という2つのファクターを基におよそ30秒で決断されます。
折畳傘を持って歩けばと人に言われるのですが、開いている時間があったら走る、みたいなところがあったり、使った後畳むのが面倒というのもあります。特に満員電車で傘を折畳むのは相当しんどい作業です。満員電車といえば人の傘がスーツに当たって汚れるのもかなりストレスです。
なかなか信じてもらえないのですが、私は中国に住んでいた1年半の間、傘を保有していませんでした。ただ中国では雨避けをしていると、人が傘を売りに来てくれるのでとても便利です。その場で安い傘を買って(色やセンスは最悪ですが)基本的に使い捨てです。
傘は、昔は手動が趣があって好きでしたが、今は効率的な自動が楽です。また、傘を差すなら濡れたら意味が無いので、私は「トトロ」が差していたような、大きくて深さのある傘が好きです。
ところで、傘と言えば「あいあい傘」を思い浮かびますが、男性の皆さんは、気になる女の子と二人で外出していて突然雨が降ってきたとき、折畳傘を持っているの
に、持っていないふりをして女の子の傘を借りてあいあい傘で歩いた経験ってないでしょうか? そんな姑息なことするのは私だけ?(笑)
傘は昔から全く進化していない気がしていて、いつか革新的な想像もつかない未来型の傘とか登場しないかと期待しているのですが、数十年経った今でもまだ出てこないので自分が考えるしかないかなと思っています。
話は全く変わりますが、本日中国食品のモバイルEコマースサイトをオープンしました。うちの中国人スタッフKが渾身を込めてつくったサイトです。お茶とかショーロンポウとか色々あるので是非のぞいてみてください。


歌はともだち 4/27
これは幼稚園卒業記念の色紙に私が書いたメッセージです。園児なので、「みんなとはなれるのはさびしいです」とか「しょうがっこうにはいってもいっしょにあそぼうね」とかのメッセージがほとんどの色紙の中で「歌はともだち」・・・。なんともませた一言だと思います。
実はこれは私の意志ではなく、母が考えた一句で、私はキザな感じが嫌だとしばらくダダをこねたのですが、母の「あなたを最も良く表す素敵な言葉よ。将来読んだときにみんなが思い出してくれるわよ」という必死の説得に屈して渋々書いたのを覚えています。
確かに私は歌が大好きでした。母は小さい頃NHKラジオで歌を歌っていたらしいので、その遺伝なのかも知れません(つい最近もNHKテレビに出たとか自慢のメールが送られてきました)。私は何よりも声が大きいので、幼稚園で歌を歌うときには私の声しか聞こえなかったようですし、小学校では先生に指名されて指揮者をやっていました。
私は成長が遅かったのか、変声期になるのが遅く、中学時代にはずっとソプラノ部隊で、学年が上がるにしたがって男性ソプラノが減り続け、3年生のときには男子は私だけで、とても恥かしい思いをしました。
高校時代には、バンドを組んで、同郷出身のロックバンド「ハウンドドッグ」のコピーをしていました。ボーカルの大友康平さんの声に似せるために海へ行って大声で叫び続け、なんとか声をつぶそうとしたのですが、私の声帯は相当丈夫ならしく、結局潰れなくてバンドは自然消滅しました。
大学生のときには、飲み会で生まれて初めてカラオケというものを歌ったときに(今も覚えていますが楽曲は安全地帯の「熱視線」でした(笑))、あまりにウケが良かったのが運のツキで、その後調子こいてしばらくカラオケに通っていました。
社会人になってからはカラオケに行く機会がめっきり少なくなりましたが、最近では上海のラウンジ5でたまに歌うぐらいです(誰も知りませんね)。
そんな歌が大好きな私も楽器は苦手みたいで、一曲でもピアノが弾けるようになりたいとの願望があります。
いつか、余裕ができたら、会社のメンバーでバンドを組んで、紅白歌合戦に出てみたいと思います(笑)。

恐るべしフリーペーパー 4/26
フリーペーパーと言って、真っ先に思いつく冊子は、何でしょうか?
最近はあちこちでR25の宣伝をよく見かけますが、ホットペッパー含めリクルート社が出しているものが人気を集めている気がします。うちの会社が共同運営をさせていただく、本日サービスを開始した「あんふぁん」も幼稚園向けフリーペーパーのモバイルサイトです。
以前は、フリーペーパーというと、「求人系」・「不動産系」・「クーポン系」などのターゲットと広告主が明確な業種に限られていた気がするのですが、最近ではフランチャイズがある店舗は、レコード店であれ、携帯ショップであれ、マンガ喫茶であれ、レストランであれ、何かしらのフリーペーパーを出しています。
駅やコンビニによっては本当にたくさんのフリーペーパーを目にします。そういう意味ではフリーペーパー全盛期と言えるかも知れません。
フリーペーパーと言うと、かつてはあまりいいイメージが無かったのですが、最近はだいぶ変わったと感じます。
昔は、ブランドが無いところが有料では売りにくいため、ユーザーには無料として広告で賄うという印象が強く、製造コストを抑えるためにデザインも、紙質も粗末なもので、情報も全く広告主の都合で一方的な押し付け情報ばかりで、安かろう悪かろうのイメージがあったように思います。
今ではこれが無料なの?と疑うような、良質なペーパーで、カラー印刷で、充実した情報を含んだものを見かけるようになりました。いかにも広告だと分かる露骨な情報は少なくなり、客観的に見えるような工夫するなどして、情報源としても読み物としてもユーザーにとって有益なように作り上げられています。
私の知り合いが出している「クーポンランド」というクーポン雑誌は、タレントを表紙に起用するなどして高級感を出しており、構成も洗練された感がありますが、これは長年のノウハウだそうです。皆さんはホットペッパーとクーポンランドならどちらを手にしますか?
フリーペーパーは結局のところ、場所取りがすべてで勝負が決まるようです。つまりラックをおかせてもらえる場所を一箇所でも多く確保することが成功への道なのです。フリーペーパーのアイデアが優れていたり内容がいかに良いものであっても、リアルでのユーザーとの接点が不可欠ということです。
一方で、昔はターゲットが分かれていたことで棲み分けができていた有料誌とフリーペーパーですが、昨今のフリーペーパーの台頭により、既存の有料雑誌のビジネスモデルが崩れていていることは間違いないと思うので、各社は四苦八苦しているのではないかと思います。特にアルバイトの求人誌で有料のものは見かけなくなりました。
今後どんな意外性のあるフリーペーパーが出てくるのでしょうか?

私の中国名 4/25
龍に天と書いて「yan」と読む・・・、これは私の中国名です。クリスチャンなどでミドルネームを持つ人は少なくありませんが、中国名を持つ人は少ないのではないかと思っており、私の1つの自慢でもあります(笑)。
この名前は中国の友人が付けてくれたのですが、私が龍を好きだということを伝えていなかったのに、この名前が発表されて、かなり嬉しくてしばらくこれを使っていました(2年前の年賀状はこの名前で出していました)。
上に龍を書いて下に天と書くこの字(それで1文字の漢字)は、日本の漢字には無く、中国人でもほとんどの人が知らない程、知る人ぞ知る漢字です。名付け親によると、中国の昔の武将の名前だったそうで、現代では使っていないとのこと。それを聞いてまたその希少価値と侍魂に満足しました(笑)。
前置きが長くなってしまいましたが、私は龍が好きです。好きな理由はいくつかありますが、空想上の動物で「強さ」を象徴していること、天に昇る龍の姿は常に上に向かうという「上昇志向」のスパイラルを感じること、そして強そうなのにどこか上品で目がかわいいことです。
私ぐらいの年代の人は、皆さん小さい頃に「まんが日本昔ばなし」を見て育ったのではないかと思いますが、あのオープニングのアニメで龍に小僧が乗っているシーンは特に印象に残っており、いつか龍の背中に乗りたいと思っていました。
私は物好きな性格なので、中国でお土産屋さんに行くと大変です。あちこちで売っているもの全てが欲しくなってしまいます。そのはやる気持ちを抑えてつつ、いつも龍の絵があるものに手が伸びています。龍の印鑑、龍の扇子、龍の茶碗などなど、こないだ中華街へ行ったときには携帯本体に龍の絵を刻む職人が居て、とっさに「お願いします」と言っていたのですが、私の今の携帯はたまにフリーズしてそろそろ買い換える時期であったことを思い出し、その場は思いとどまりました。買い換えたら彫ってもらいに行こうと思っています。
hirogの「社長室」で触れた私の席の後ろの屏風も本来龍の絵のあるものにしたかったのですが、上海では見つからなかったのです。金のものを飾っておくと金運が良くなるとよく言われるので、いつか「金の龍」を買って飾りたいと思います。
桜より櫻が好きなのと同じで、竜を語るときにはあえて「龍」と書きたくなります(笑)。
たくましくありながら、慈悲の心を持つ、私の中での龍に対するそんな意外な2面性をもつイメージの人でありたいと思います。

アイロンと私 4/24
私はアイロン掛けが得意です。
今でこそアンダーウェア以外はほとんどクリーニングに出していますが、社会人になってから数年はクリーニング費用もままならなかったので、すべて自分で洗濯・アイロン掛けをしていたからです。
アイロン掛けが最も威力を発揮するのはやはりYシャツです。アイロン掛けは面倒な作業ですが、Yシャツの他の部分の皺が無くなって、一番最後に締めの襟の部分をアイロンするときは最も爽快な気分を味わうことができます。当時は形状記憶シャツというのが流行っていたときだったのですが、あれは1人暮らしの人にとっては偉大な発明だと思いました。
アイロン掛けが得意と言いながら、東京で生活を始めた頃は霧吹きというのを知らなかったので、生地によってはかなり時間がかかっていました。特に麻などのズボンをアイロン掛けしすぎてテカテカになって着れなくなったことが少なくありません。
中国に住んでいたときには、クリーニングに出すのが正直不安だったので、基本的に自分で洗濯してアイロン掛けをしていました。むこうは非常に安価にお手伝いさんに頼むことができるのですが、一度試しに洗濯してもらったら、とても雑に扱われた上に私よりもアイロン掛けが下手だったので、それ以来一度も頼めませんでした。
ところで、クリーニングの仕組みというのは常識なのでしょうか?
私は最初、単に自分がやっている洗濯・アイロン掛けを、他人がやってくれるものだと理解していたのですが、一般的なドライクリーニングは、洗剤は水溶性のものではなく有機溶剤を使うものだと知ったときはかなり驚きました。つまり、油汚れなどは落ちるけど、汗とかニオイは落ちにくいということです。これを聞いてからクリーニング屋に出せば安心、という考えはなくなりました。一番良いのはWクリーニング(ドライ+ウェット)ですが、これには高度な技術が必要なようです。それと、クリーニングには染み抜き作業も含まれるのかと思っていたのですが、基本的には別工程なのだそうです。
クリーニングも歴史の変遷を感じます。昔はYシャツをクリーニングに出すと、糊でビシビシに固まっていたのを覚えています。最近は、洋服も高価なものが増え、サービスにうるさい顧客が増えてきたこともあり、クリーニングもきめ細かいサービスと高級化が進んでいるように思います。
私はクリーニングに出す回数が人より多いと思うのですが、室内ウェアの安価なフリースなどを何度もクリーニングに出していると、維持費の方がよっぽど高くなったりしています。
ところで、今日の表題は昔私が好きだった歌「部屋とYシャツと私」の連想からつけてみました。

日本の中華料理 4/23
知り合いにhirogを紹介したら「難しくて意味がよく分からない」というコメントをもらったのですが、自分では気づかないのですが、そんなに難しい内容になってしまっているのでしょうか・・・?
今日はとても久しぶりに横浜の中華街に行ってきました。中国に赴任してから行ったことがなかったので、本場の味を知る前と後では何か違うのではないかと思い、それを確かめたかったというのが実のところです。
というのは、私は昔から中華料理というのがあまり得意ではなくて、中国へ行き始めた頃も食べ物が不安だったのですが、実際に行ってみるとほとんどハズレなくおいしいのです。本場の香辛料とか料理法が私に合っているのかも知れません。
中国でおいしい中華が食べれるので日本ではほとんど食べなくなったのですが、最近中国へ行く機会が減っているので、たまに食べたくなるのと、もしかしたら中華慣れしたのかも知れないので、日本の中華もイケるのでは?と期待していました。
さて、横浜中華街の結果ですが、「るるぶ」のお薦めのお店に行き、確かに味は悪くなかったのですが「うまいっ!」と感動するようなおいしさではありませんでした。やはり本場とはちょっと違う、というのが今日の教訓でした。
中国に行ってみて思ったのですが、日本で大衆的な中華料理と言ってすぐに思いつくのは、「五目焼きそば」・「チャーハン」・「エビチリ」・「チンジャオロース」・「ホイコーロー」・「麻婆豆腐」などですが、結構このようなメニューが無いレストランが中国には少なくないのです。私などはこれら普通の中華を食べたいと思うことが多いので、このギャップには驚きました。また、食後のデザートは、点心もの(餃子とか饅頭とか)が多くて、杏仁豆腐のある店は滅多にありません。私は杏仁豆腐の大ファンなので、当初は本場の杏仁豆腐を好きなだけ食べれると思ったのですが、その夢も叶っていません(悲)。
味がイマイチな日本の中華料理ですが、清潔感とサービスの良さは中国とは比べ物にならないので、日本の箱とスタッフそのままに、中国の料理が盛られていたらいいのにと思います。
もしかしたら、単に私がおいしい中華料理レストランを知らないだけかも知れませんので、おいしいお店を知っている人が居たら是非教えてください。

夢ひとつ 4/22
私にはたくさんの夢があります。しかもこれらの夢は達成しない限り、消えることがないので、これから先も増えていくかも知れません。
もちろん、私の場合の夢は、夢といっても目標に近くて、自分ではすべて達成できると信じています。私の夢は時系列なので、すべて実現可能です。
たまに他の人に私の夢の一部を話すことはあるのですが、ここですべてを紹介してしまうともったいない(笑)ので、ここでは1つだけ紹介させていただきます。
「世界遺産めぐり」、それが私の夢の1つです。私は「旅行」と「建築」と「歴史」が好きなので、初めて世界遺産というのを知ってから、自然の流れでいつしかすべての世界遺産を見てみたい、と強く思うようになりました。
ただ、私の性格には「思い立ったらすぐ行動しないと気がすまない」という特徴があるのですが、仕事ではプラスなことが多いこの性格も、ときにはマイナスに働くこともあります。つまり「世界遺産を見たい」と思ったら、気持ちが高揚して、うずうずして、居ても立ってもいられなくなるのです。今ではそういう自分をよく分かっているので、意図的に世界遺産からは遠ざかるようにしています。
その証拠に「世界遺産めぐり」が夢と言っておきながら、私が名前を言える世界遺産は数箇所しかありません。万里の長城、マチュピチュ、そして今日の会食で会話に出てきたモンサンミッシェルぐらいです。毎年世界遺産は増え続け、現在は百ぐらいはある(?、こういう情報すら把握していない)かと思いますので、ほとんど理解していないのです。
自分でも変わっていると思うのですが、雑誌やTVで世界遺産というのを見かけると、すごく見たいのに我慢するのです。先日は本屋で写真集を見かけ、つい間が差して我慢できずに購入してしまったのですが、結局中は見ていません。こういう経験って私だけでしょうか?
とあるIT社長の本に「自分の夢の写真を手帳に貼って毎日見る」ことで夢に対する思いが強まり実現に近づくと書いてありました。これは「モチベーションを維持する」という意味で確かに一理あると思うのですが、私の場合は間違いなく夢を見過ぎて夢に向かって走ってしまうので危険なのです。
そんな世界遺産の詳細も理解していない私が言うのも何ですが、世界遺産の魅力は・・・間違いなく「歴史とロマン」ですね。
将来、世界遺産めぐりが実現したときに、もしhirogを継続していたら、毎日エキサイティングな報告をさせていただきたいと思います。

女性投資セミナー 4/21
今日は女性向け個人投資家説明会がありました。控え室で前半講師のマネープラスの編集長から「最近の女性は好きな会社の株を買う人が多くて、しかも長く保有する率が高い」という話をお聞きし、意気揚々として会社説明に望んだ・・・はずなのですが、やはり女性ばかり100人を目の前にすると、かなり緊張ものでした。
実は1週間以上前から主催者側からは髭を剃るように促され、社内担当スタッフからは身だしなみについて細かいアドバイスを受け、事前から神経は使っていました。ただ、今回の説明会は、女性ばかりということで、どういう雰囲気か読めなかったので、私にしては珍しく台本もつくらず、アドリブで臨みました。
結果は自分では70点・・・と言ったところです。最初に丁寧に説明し過ぎて後半時間が無くなってしまい、伝えたいことが伝え切れなかったという消化不良な感があります。
それにもかかわらず、一生懸命メモを取っていただいている方が少なくなく、説明会が終わった後に個別で説明してあげたくなりました(笑)。
最後の質問コーナーでは、アナリスト説明会よりもするどいと思われるような質問がいくつかあり、感心しきりでした。
ただ、1つとてもショックなことがありました。うちの会社のメインのサービスである「リモートメール」を知っている方が100名中8名ぐらい、実際に使っている人にいたってはゼロだったのです(涙)。今まで何度か説明会とかやったことがあるのですが、場内にユーザー無しというのは初めてで私にとってはかなり衝撃的な事実でした。でもこれは逆に考えるとチャンスでもあるかも知れないと思います。販促はやり尽くしたつもりでしたが、リーチできていないユーザー層がある、ということの裏返しでもあると思うのです。帰りにK取締役と伊勢丹の前でリモートメールの販促やるのは手かも、と冗談交じりに話していました。
いずれにせよ、そういった会社や事業に関心の高い方々に是非株を持っていただきたいなと思いました。
こういった経験は初めてだったので、大変勉強になりました。今度は関西の方でもやってみたいと思います。
本日の説明会に参加いただいた方々のアンケート結果を拝見するのが怖いけど楽しみです。

社長室 4/20
うちのオフィスは管理部門を除いてフリーアドレスになっています。長テーブルに椅子だけが並んでいて、どこでも好きな席に座って仕事をしてもいいのです。
これに伴い荷物はすべてロッカーに入れるようになっていて、PCはすべてノートPCにしています。色んな人とコミュニケーションが取れて、環境に変化をつけたいという主旨で導入したのですが、不思議と座る位置が決まってきてしまい、結局仲の良い人達が近くになってしまいがちです。もっとも最近は人が増えたため席が無くなってきていて、早い者勝ちの席取り合戦の様相を呈しつつあります。
一方私の席は固定になっているのですが、社長室というのはありません。これもコミュニケーションを取りやすく、風通しの良い会社にしたいという目的があったのですが、寂しいことに古株以外のスタッフは近くに座ってくれません(涙)。
私の席の後ろには、IT企業とはミスマッチな古風な屏風が立ててあります。私の席の背面が窓になっているのですが、中国のスタッフが屏風を置くことで風水が良くなると薦めてくれたのです。それならせっかくだからと商売繁盛のご利益に与れそうな金色の入った屏風を中国で購入して、はるばる海を渡って運び入れました。
仕事柄、他の会社を訪問したときにたまに社長室へ通していただくことがあるのですが、社長室って本当に様々です。お洒落な内装と高級家具でコーディネートされたモダンなところもあれば、ソファーに穴が開いているようなところもあります。自分は入ったことはないのですが、シャワー室やゴルフ練習台が完備されていたり、すべての会話が録音されている社長室もあるそうです。私は社長室に入ったとき、つい目が行ってしまうのが本棚です。その社長がどういったことに関心が高いのかが推測できるので、それを話題の参考にしたりします。
うちの会社のように社長室が無いことは、確かに社員との距離感を縮め、コミュニケーションの機会が増えるという意味においてメリットは大きいのですが、デメリットもいくつかあります。
1つは私の声がオフィスに響き渡ること。特に私は声が大きいので、近くの社員に話しかけたことや電話で話している内容がほぼ全社員に筒抜けになります。特に電話などで機密情報にあたる話をする場合には言い回しなどにかなり気を遣います。(逆に誰にでも座ったままで話しかけることができる、という利点にもなるのですが(笑))。
2つめは1人になりたいときにもなれないこと。たまに色々考え事をしたいときがあっても、机にいるときには社員が頻繁に報告・連絡・相談に来るので、ゆっくり考える場所が無いという難点があります。(これは意外と盲点でした)
もし今後オフィスを拡張するようなことがあったら、席の近くに私専用の小さな電話兼瞑想BOXでも作ってもらおうかと考えています。

建築家三浦浩之 4/19
そう呼ばれることを夢見ていたときがありました。
大学で建築学を学んだ私は、建築で生計を立てていくことになるのだろう、と漠然と思っていました。
ただ、私の設計はかなり独特だったようで、最初に考案した家は「ゾウの家」だったし、卒業作品「○・△・□」についても、教授に「君の作品はどう評価していいか分からん。すごい人物になるか、誰にも認められないか、どっちかだな」と喜んでいいのか悲しんでいいのかよく分からない批評を受けていました。
大学4年生のとき、自分の力を試したくて、図面を片手に、東京芸術大学大学院の教授と研究室の人達に評価してもらうために、わざわざ東京まで出向いたこともありました(芸大入学は家庭の事情で実現せず)。
ちなみに、建築学科の同窓生には、歌手で作曲家の小田和正さんがいるのですが、彼の卒業作品は優秀作品として学校に保管されており、洗練された図面の上には何故か1枚1枚手書きで歌詞が描かれています。当時から両方に才能があったのですね。
私は家が好きなので、住宅メーカーのミサワホームに入社しました。でも本当に設計が出来る人は住宅メーカーには入らないというのが業界の常識です。
確かに入社してみると、予算や規格住宅としての制限があって、自由な設計はできなかったので、まずは建築士免許を取ることにしました。一級建築士を受験する人のほとんどは資格専門学校に通うのですが、我流の私は(実際にはお金が無かったという側面もあり)独学で受験に臨みました。最初に図面を描くという鉄則があるらしいのですが、独学の私がそんなことを知る由も無く、試験が始まった途端、周りが一斉にペンを鳴らし始めたので、唖然とした記憶があります。
資格を取得した後は、他の建築士とは違う能力を身に着けて差別化を図りたくなってきたので、イマジニアというソフト会社に出向したのですが、それがキッカケでIT業界へ転身することになりました。
当時は、田村正和と木村拓也が建築家を演じるドラマが流行していた時期でもあり、建築に戻ることも考えたのですが、建設業界は旧態依然として保守的なところが多かったので、それよりは業界の流れが速くて躍動感があるIT業界の方が自分の性には合っているのではないかと思いました。今はとてもエキサイティングに仕事ができているので、転身は正解だったのかも知れません。
ミサワホームでは色々なプロジェクトに携わらせていただいたのですが、建築家三浦浩之を彷彿させる出来事としては、私が最も力を入れて企画した宅地開発案件が、後に通産省のグッドデザイン賞を受賞したことです。また、社内住宅コンペでは、私の設計した「麻雀ルームのある家」が社長特別賞を受賞しました。
日本で一番有名な建築家と言えば、東京都庁を設計された丹下健三さんか、安藤忠雄さんでしょうか? 世界的には間違いなくガウディでしょう(もっとも、ガウディの場合は、あの独特な形状が彼を有名にさせているのだと思いますが)。歴史に名の残る建築家になるためには、優等生ではなく、斬新さや独自性が必要なのだと思います。
「たまに好きな建築家は?」と聞かれることがあるのですが、特にいないというのが本音です。
将来自分が家を建てる機会があったときには、建築家三浦浩之の実力を行かんなくなく発揮したいと思います(笑)。

社名の公募 4/18
会社の社名の変更を決定するとともに、新しい名前を一般から募集することにしました。
うちの会社はもともと「インターネット上に街(コミュニティ)をつくる」というコンセプトで設立されました。この構想は、色んなテーマ毎に街が分かれていて、そこに色々な建物があり、それをクリックするとインターネットのホームページにリンクするという形で実現されました。当初はURLを打つのが面倒だったので、そのアクセスを簡単にするというソリューションと、クリック数に応じて建物を成長・衰退させることで、人気のあるホームページがひと目で分かるという便宜性を追求したサービスでした。実はこのサービスはナローバンドの時代には時期早々で撤退を強いられることになります。
このサービスの名前がネットビレッジだったということを知っている人はほとんどいないかも知れません。インターネットのネットと街→村(ビレッジ)を組み合わせた造語ですが、ネットシティというのがしっくりこなかったので、ネットビレッジと命名しました。
さて、それから早10年が経とうとしています。事業内容はホームページ制作会社からモバイルコンテンツプロバイダーへと変化し、ここ1年で株主、経営陣、スタッフ、オフィス、戦略すべてが変わりました。
社名の公募については色々な意見がありました。現在の社名を変えたくないとか、公募するのは主体性がないとか・・・。でもネットビレッジはパブリックカンパニーだし、1人でも多くの人の知恵もお借りして最もいい名前をつけたいのです。
でも社名変更するのが最もしのびないのは他でもない私だと思います。私は創業メンバーなので、ネットビレッジという名前は思い入れが深いし大好きです。大好きだけれど、新しいステージに進むためには、まず我々自身が変わらなくてはならないと思っています。それがネットビレッジの成長の引き金になって、皆がハッピーになるという好循環につなげたいと願っています。
実は社名変更は社長交代のときから考えていたことです。ただ当時は会社の基盤が固まっていなかったので、名称だけ変更して実態が何も変わっていないと言われたくなかったので、まず実態を変えることに注力してきました。基盤が整い攻めの体制に入った今が、まさにその時だと信じています。
うちの会社はリモートメールというサービス名称の方が社名よりも認知度が高いので、新社名はリモートメールより知名度をあげるべく努力したいと思います。
うちの会社のビジョンや戦略に合った、覚えやすくインパクトのある社名を是非考えてください。
社名公募に関する詳細についてはネットビレッジモバイルクラブ(http://keitai.netvillage.co.jp )をご覧下さい。

コンビニ 4/17
今では当たり前のように利用しているコンビニですが、私が小さい頃は無かったので、初めてコンビニがオープンしてからまだ30年ぐらいしか経っていないのです。日本ではセブンイレブンが最初と言われていますが、当時はその名のとおり7時にオープンして23時(午後11時)に閉店していたので、この名称が付いていました(私は高校のときセブンイレブンでバイトしていたのでちょっと詳しい)。
ところで、コンビニって全国にどれぐらいあるか知っていますか? なんと4万店以上もあるそうです。セブンイレブンだけで1万店もあるというから驚きです。逆算するなら、3000人に1店舗の割合でコンビニがあることになります。これだけコンビニがあるにもかかわらず採算が取れているのは、その驚異的なリピート率にあると思います。コンビニで働いている友人の話では、5人に1人が毎日来店するとか・・・。
多種あるコンビニですが、セブンイレブン以外の有名どころとしては、ローソン、ファミリーマート、サンクス、サークルK、デイリーヤマザキ、am/pm、ミニストップといったところが挙げられるかと思います。
皆さんはコンビニであれば、どこかを意識せずに最寄りのコンビニを使うのでしょうか?それとも近くに複数のコンビニがある場合、贔屓にしているコンビニがあればそこを使うのでしょうか?近くで便利だからコンビニというぐらいですから、多くの人はどこでも関係ないのかも知れませんね。
私にはお気に入りのコンビニがあります。明るくて楽しい感じがある「ミニストップ」がそれです。徒歩の場合には特にミニストップを選り好みはしませんが、車で移動しているときには、ミニストップの看板がついつい気になってしまいます。そういう意味ではミニストップファンと言えるのかも知れません。ミニストップのソフトクリームは自分的にはかなりイケてると思います。
コンビニは今では生活と密着した無くてはならない存在になっていると思います。夜中にお腹が空いたり生活用品で無いものに気づいたりしても大丈夫だし、お金が無くてもATMでおろすことができます。最近ネットで本を注文してみたのですが、指定した店舗で受け取ることができるので、かなり便利だと思いました。
一方でコンビニは競合も多いので、各社とも付加価値や差別化には頭を悩ませているようです、身近なコンビニを見てみても、オリジナル企画商品をつくったり、お弁当のご飯を炊飯器から盛ってみたり・・・。いずれにしても、流行やユーザーの嗜好の変化に合わせて頻繁に商品を変えていかなくていけないので大変だと思います。
コンビニに行くと、こんな商品もあるんだ?とかこういう商品が売れてるんだ?とか新たな発見もあります。そういう意味ではコンビニは今や情報発信基地にもなっているのかも知れません。
ついつい立ち寄ってしまうコンビニ、消費は確実に増えていると思います。コンビニって究極のポータルではないでしょうか。

ネクタイ 4/16
今日は久しぶりにネクタイを買いに行ってきました。
実は私は以前はネクタイが大好きで、コレクターに近かったことがあるぐらいです。しかもその始まりは高校のときでした。私の高校の卒業アルバムの写真は、カラフルなネクタイに帽子をかぶって写っています(笑)。
ネクタイが好きな理由は、ファッションの一部というよりも、ネクタイそのものの「色合い」とか「デザイン」に興味があるからです。
よって、基本的に私がネクタイを買うときは、ほとんどがTPOとは関係無い衝動買いで、スーツやシャツに合わせて買うということをしません。また、ブランドは全く関係なく自分が挽かれるものを買っています。しかしながら、気に入ったネクタイを見つけたら買っているだけなので、後日コーディネートに困ることが多々あります。最近では中国で購入したネクタイは、その独特な「デザイン」と「素材感」のために日本で付ける機会は全くありません。
時代によっての傾向も勿論あります。高校の時は原色系で派手なものが多かったですし、大学の時はシックだが光色系がほとんど、社会人になってからは模様が
複雑で落ち着いた色→シンプルなデザインで派手目の色と変化し、最近はちょっと個性のあるシンプルなものを好んでいます。かつての私では考えられないぐらいベーシックに近づいて来ていると思います。以前は「変わったネクタイですね」と言われることが多く、これを褒め言葉と思っていたのですが、あるときからそうでもないのかも知れない、と思うようになりました。スーツやシャツがベーシックな感じだとネクタイで個性や自己主張をするしかないので結構こだわりがあったのですが、最近は考え方がビジネス寄り(好印象とか)になっているのかも知れません。
ネクタイは数えたことはありませんが、現在でも200本以上はあると思います。ただ、通常身につけるのはかなり少数に限られています。これは大概朝は時間が無い(hirog「朝シャワと朝食」参照)ので、目につくものから適当に選んでしまうのと、お気に入りが限られてくるからです。また、何を持っていたか忘れてしまっているので、しばらく経って「あのネクタイがあったな」ということもしばしばです。
以前は直感で選んでいたので、売り場にどんなにたくさんのネクタイがあっても瞬時に選べたのですが、スーツやシャツと合わせることを意識すると、頭の中でコーディネートしているうちに、面倒になってきたりします。
今日は珍しく店員の話を聞きながら、トータルコーディネートしたネクタイを購入しました。
オフィスの場所 4/15
うちの会社は、もともと初台の東京オペラシティビルという国立劇場と併設された当時完成したばかりの高層ビルの53階でスタートしました(当時竹之内豊主演のWITH LOVEというドラマの撮影場所になったところです)。1年後にコスト削減のために八王子の南大沢というところに移り、そこに6年以上オフィスを構えていました。その後新宿に移転したのですが、1年もたたないうちに現在の初台というところに引っ越しています。
このオフィスの変遷理由を振り返ってみると、設立時に初台を選んだのは、ビルのステータスで、家賃は勿論高額だったのですが、会社の信用度をつけたかったのとオフィスが快適だと皆が頑張れるのではないか、というのが理由でした。八王子を選んだときには、最も優先順位が高かったのは家賃であったので、家賃が安くてもまともなオフィスが無いかと探す中で、以前から私が気になっていたビルの設備グレードは悪くないが、八王子市の土地信託物件のため賃料が割安だった南大沢のビルとしました。このときには社員が辞めてしまうのではないかという不安もあったのですが、最悪それもやむなしと決断しての移転でしたが、幸い移転を理由とした退職者は出ず、むしろオフィスの近くに引っ越してきた社員が増加し、電車が逆方向で座ってこれるなどの好評もありました。ちなみに、この移転で家賃は実に1/9に下がりました。私は南大沢のオフィスは自分で選んだこともあり、結構気に入っていたのですが、当時の社長が営業拡大のためには都心が不可欠だと決断し、都心に移転することになったのですが、最優先事項は来客に説明する必要が無いほど「知名度の高いビル」ということで、新宿のNSビルを選定したようです(私が中国に滞在していた頃)。
現在のオフィスを選んだのは私です。2004年10月に社長に就任してすぐに新宿のオフィスの解約通知を出しました。八王子から新宿へ移転したのがその年の7月で解約通知を出したのが10月なのでその間実に3ヶ月、実際に移転したのは賃料保証が終了する翌年の4月だったのですが、NSビルのテナント滞在最短記録だったようです。私は、単純に移転したと仮定して試算した結果、半年で移転効果が出る(移転コストをカバーできる)という試算が出たので、移転を強行したわけですが、新宿へ引越しをするまでの労力を間近で見たり、新オフィスのできたばかりの真新しい造作を自分で選んでいたら、もしかしたら出来ない決断だったかも知れません。
初台を選んだのは、別に古巣に戻りたかったわけではなく、社員が比較的多く住んでいる京王線沿線を中心に物件を探している中で、たまたま見つけたものです。
選定の際に重視したことは「駅から近いこと」と「ビルのグレードがそれなりのもの」の2つです。例えば新宿NSビルはビルのステータスはありましたが、設備は決して新しくは無かったし、駅からは結構歩かなくてはならなかったので、ドアトゥドアで言うと意外と時間がかかっていました。なので逆に新宿じゃなくとも駅から近ければ実質時間は変わらないと思ったのです。ビルのグレードについては、お客様を迎えても恥かしくないレベルと社員が気持ちよく働けるレベルは維持したかったところがあります。
初台という駅は、京王新線という路線にあり、新宿から1駅とは言えども割りと乗り換えが面倒な反面、都営新宿線が乗り入れているので、都心に営業に行きやすいというメリットがあります。初台は新宿から1駅なので新宿から歩くこともできるのですが、住所が渋谷なので渋谷のIT企業という見られ方をします。
オフィスの場所の選定にあたっては、「コスト」・「交通の便」・「オフィス環境」・「周辺の利便性」・「雇用のしやすさ」・「営業のしやすさ」などを総合的に勘案しなければならないので、結構難しいものです。例えば、八王子にいたときにはコストメリットは非常に大きく享受できたものの、お客様に来社いただくのは気が引けましたし、人材の採用は簡単ではありませんでした。今のオフィスはそれぞれの項目が合格点なので結構気に入っているのですが、あえて不満を言わせてもらえば、時間外空調の値段が高いのと会議室に窓がないことです。将来的に業容拡大に伴い面積が足りなくなる可能性もあるのですが、このオフィスで皆で頑張っていきたいと思います。
モチベーション 4/14
今日は久しぶりに株価がストップ高でした。しかも出来高(売買された株数)が今までで最大。理由は・・・残念ながら分かりません。
学生時代には、全く使った記憶が無いのですが、社会人になってから「モチベーション」という言葉を耳にしたり、使ったりする機会が非常に増えた気がします。
「モチベーション」は直訳すると「動機付け」であり、学者風に解説するなら「ある物事を成すにあたって、その行動を促す要因となるもの」です。
例えば、仕事をするにあたってのモチベーションは評価というのが大きいと思います。評価は結果として「報酬アップ」や「ボーナス」などの金銭的なメリットや「職位」や「昇進」などのステータスや権限の向上という直接的なメリットにつながるからです。これら直接的なメリットには「インセンティブ」という言葉の方が適しているかも知れません。
しかしながら、これらのインセンティブがあれば、人は皆やる気になるのかというと、そうでもない部分があり、「やり甲斐」や「スキルアップ」というキーワードが重要だったりするのです。経済的に豊かで、価値観の多様化が進んでいる現在は、人にちょってモチベーションが何であるかは様々なので、統一的な考え方をすることは危険なのだと思います。
「夢」を追いかける仕事をしている人達は、「夢」という非常に長期的な目標の達成のために努力と辛抱を続けて頑張っていて、すごいなと感心させられます。
私の知り合いのタレントを目指している人は月給3万とかだし、建築家を目指してアトリエで働いている友人は月給8万だったりします。もちろん、それだけで生活するのは厳しいので色々副業をするわけですが、夢の実現というモチベーションの強さはインセンティブに比べてより大きなパワーを持っているように思います。
逆に、漫然と仕事をしている人を見掛けると、この人のモチベーションって何なんだろうな~と思ったりすることがあります(余計なお世話ですが(笑))。採用面談のときに短時間で相手のことが理解できないときには、「あなたの仕事のモチベーションは何ですか?」とストレートに聞いてみたりすることもあります(意地悪な質問かも知れませんが(笑))。
自分は仕事が好きなのですが、そのモチベーションって何なのかな?と自問自答するときがあります。結論から言うと「やり甲斐」であり、どういうところにやり甲斐を感じるのかというと、自分のアイデアによってサービスや製品が具現化したり、自分の行動によって契約が成立したりしたときの達成感であったり、問題を解決していくソリューションや事業が成功するための戦術を見出したときの満足感です。社長になってからは、株価や会社の認知度の向上がモチベーションの1つにもなっている気がします。
「生き甲斐」という言葉は、生きることへのモチベーションと言い換えることができるかも知れません。もっと分かりやすくいうなら「楽しみ」と置き換えてもいいでしょう。私はできるだけいつも目先の楽しみと長期的な楽しみをつくるようにしています。長期的な楽しみだけで頑張れることは理想ですが、短期的な楽しみも無いと、やる気を持続することは結構大変だと思います。短期的な楽しみは「今日の夜は飲みにいこうかな」とかでもいいし、「週末にデートしよう」とか「給料日にヴィトンのバッグを買おう」というのでもいいと思います。
私は、いつも「楽しみ」→「目標」→「夢」という時系列でのゴールがあるので、いつも生き甲斐を感じています。
モチベーションといえば、最初に入社したミサワホームの新入社員入社式のときに、私が新入社員代表で当時の副社長に「仕事をするうえでの原動力は何ですか?(ちなみにこの質問は人事がつくって私が言わされたものでした(笑))」と質問したのに対して「責任感です」と答えたのに対し、当時の三澤社長が「あんなのはウソです。私の場合は女でした」と言っていたことを今でも鮮明に覚えています。男性社員のほとんどが話せる人かも、と思った瞬間でしょう。
ついつい、熱が入りhirog最長記録になってしまいました。
何枚目? 4/13
今日はとっても嬉しいことがありました。うちの会社が日経産業新聞の第1面に紹介されたのです。中国事業についての記事だったのですが、第1面に掲載されることは光栄なことです。
ところで、新聞記事といえば、私達の話の中でたまに「明日の三面記事に出てるかも」とか「三面記事になるところだった」とか言ったりしますが、どうして「三面」って言うか知ってますか?
新聞はもともと発刊された明治の初期頃には四枚のみだったらしく、一面には広告を、ニ面には政治関連を、三面には社会関連を、四面には経済(一説には娯楽)関連の記事を載せるという風に構成が決まっていたようです。この名残で数十頁にもなる今になっても世の中に起こったニュースのことを三面記事というんですね。なんとなく三面記事というと強盗とか交通事故とかあまりいいイメージがないので、三面記事になることは光栄なことではなさそうです。
以前私はもう1つ数字を用いた言い回しで同じような疑問をもっていたものがあります。
たまに会話の中で男の人を指して「2枚目」とか「3枚目」とか言うと思うのですが、どうしてハンサム=2枚目、お笑い=3枚目、そして女性に対しては使わないのかと思ったことってありませんか?
雑学の本とか読んだことある人は分かると思うのですが、これらの言い方はもともとは歌舞伎から来ているそうです。歌舞伎を興行するとき、一座の俳優を看板という形で劇場の前で紹介していたらしいのですが、その二番目に書かれるのが「美男役(女性と演じる)」、三番目に書かれるのが「道化役」だったことに由来しています。ちなみに今では1枚目という言い方はしませんが、1枚目は主役で最も人気のある実力者だったそうです。
この話を以前どこかで知ってから「何枚目?」とか聞かれたら「1枚目」と答えようと思っているのですが、どうもそういう機会(シーン)には遭遇していません(笑)。
旧知の人 4/12
「旧知」というのは、一般的に何年ぐらいを言うんでしょうね。年齢によっても違うのでしょうけれど、若い人は「旧知」という言葉は使わないと思うので、やはり10年以上でしょうか・・・。
今日は久しぶりにお会いした方が2人いました。
1人は社会人となる私を初めて採用してくれた方で、今はとある放送・番組制作会社にお勤めです。今日はメディアとネットの融合(どこかで聞いたことある言葉ですが・・・)の可能性について来社されました。もう1人はうちの会社が設立された年に初めてお会いして、その後上場前にうちの会社に投資をしてくれた一部上場企業の担当だった方で、今は某商社系モバイル関連企業に転身され、今日は新規事業での協業についてのMTGでした。受託開発のお仕事もいただけるかも知れません。
どちらもお会いするのは数年ぶりだったのですが、こうやって連絡をしてくれて会いに来てくれるのは嬉しいものです。ついつい仕事の話から昔のエピソードや共通の知り合いの近況などに話が脱線してしまったりするのですが、そんな話の中から新しいビジネスのルートとかが生まれたりもするから分からないものです。
旧知の方は、何年も会っていなくともわずかな時間で元の瞬間に戻れる安心感というか信頼感があるから不思議です。また、例えば友人に「この人とは旧知の間柄です」と言われると、何となくその友人に対して持つのと同じような信用というのが生まれたりといった経験は無いでしょうか?
最近は仕事が忙しいこともあり、古くからの知り合いの人達とは滅多に会う機会がなく、年賀状を交換するぐらいなのですが、ふと皆さんどうされているのかなと思うときがあります。ソーシャルネットワーキングサイト(SNS)は、まさにそういう人達との接点を保つという目的にもピッタリなのでしょうけれど、どうもまだ使いこなせていません。
SNSと言えば、日本ではmixiやGREEが有名ですが、サービス当初は日本では流行らないという意見が多数だったにもかかわらず、mixiは会員数が300万人を超えているようです。特に最近は学生はほとんどmixiに参加しているようですね。
うちの会社も負けていられないな・・・。

方向感覚 4/11
突然ですが、私は方向感覚に極めて優れているようです。どこか見知らぬ土地にいても、なんとなく方角や自分が今どこにいるかを察知することができます。以前はそれが当然のことだと思っていたのですが、最近、これってもしかして特技かも知れない、と思うようになりました。というのは、あまりにも周りに方向感覚が悪い人達がいるからです。
それを初めて感じたのは中国だったのですが、中国の人はあまり地図を見る習慣が無いからか、方向感覚が良くない人が多いように感じます。また、私の経験上は
特に比較的女性に方向感覚が鈍い人が多いようです。以前ベストセラーになった書籍に「話を聞かない男、地図が読めない女」というのがありましたが、これには男女の脳の構造の違いが深く関係しているようです。
私は、例えば仕事で外出するとき、初めて一緒に外出する社員のときには、その社員の方向感覚を信用していいのか分からないわけですが、用意周到に地図を持参している自信ありげな社員に一存します。ところが地図を見ながら先導していく社員について歩いていくうちに、これは方向違うな、と思うときがあります。こういったときはほぼ間違いなく誤った方向へ歩いているわけですが、それ以降その社員と外出するときには、自分がしっかりしなくては、と思うようになります(笑)。でも当社のT常務と外出するときだけは、なぜかこの常務が方向感覚が無いというのを忘れてしまい、話し込んでいるうちに別なところに辿り着くことがしばしばです。
私は車でも歩きでも、自分が通ったことのない道を選ぶことが多いのですが、どんなに複雑な道でも、方向感覚を失うことは滅多に無く、目的地に辿り着くことができます。しかしながら、車道の場合には、いくら方向感覚が良くても、一方通行攻めには勝つことができず、グルグル振り回された挙句に目的地に達せないということが少なくありません(笑)。
ところで、つい最近まで私は、方向感覚と平衡感覚は関連性が強いものと思っていたのですが、最近身の回りに方向感覚は全くないけど平衡感覚には極めて優れ
ている、という珍しい人と出会ったので、これらは別物のようです。
屋根の上 4/10
小さいとき、特に男の子の場合には、自分の城と呼べるような自分だけの場所ってあると思うのですが、私の場合には屋根の上がそうでした。
もともと上昇志向(?)の強い私は、高いところに登るのが好きで、しょっちゅう櫻の木や電柱に登ったり、塀(私が住んでいたところは山を切り開いた団地だったので、数十メートルとかの塀もあった)を登ったりしていました。でもこれらを登るときは大抵友達と一緒のときで遊びの1つ、これに対して屋根の上は1人だけで行きたい場所でした。
屋根の上に寝転がって空を見ていると、真っ青な空以外、何にも視界を妨げるものがなくて、とってもすがすがしい気持ちになります。小さいながらもいつもこのまま時間が止まればいいのに・・・と思っていました。私の実家は東北地方なので、冬になると雪が積もったり、つららがなるので、屋根には危険で上れなくなるのですが、私の家の屋根は昔ながらの瓦屋根で、細い針金1本でつながっているので、今思えばよく壊れたり落ちたりしなかったものだなと思います。
屋根の上ってなんとなくワクワクします。屋根の下にいる人達には分からない別な世界があるようで・・・、そしてなんか誰にも見つからないちょっと悪いことをしているような気持ちにもなります。よく映画でビルや家の屋根を走り渡っていくシーンを見かけますが、自分もいつかそんなことができたらいいなーと小さい頃によく考えていました。
その頃の感覚が続いているのか、未だに建物の屋上にはとても興味があって、屋上に上がれるところがあるとついつい何があるのかと登ってしまうのですが、日本の建物は屋上に色んなもの(空調の室外機とか貯水タンクとか)がおいてあって、その雑多さを残念に思うときがあります。空から見ても、外国の建物は結構綺麗に見えるのに、日本のそれは綺麗とは言えないと思います(これは元建築士の私としてはかなりなんとかしたい)。
東京に住むようになってから、いつも引越しのときにルーフバルコニーのある部屋を探したりしているのですが、向きや風景がよく無かったり、条件が合わなかったりして結局今までルーフバルコニー付きの部屋には住んだことがありません。
いつしかまた憧れの「屋根の上」に「自分だけの城」を築きたいと思います。

文語と感情表現 4/9
文語というと堅いイメージがありますが、ここでは口語に対して、手紙、メールなども文語というくくりで考えたいと思います。もっとも最近はこういう言い方よりも「話し言葉」と「書き言葉」と言うことの方が多いでしょうし、若い人達の間では、書き言葉が限りなく話し言葉に近くなり、双方の区別がほとんどなくなっているのが実情かも知れません。
この文語なのですが、その文章の裏にある書き手の感情や本音を理解することは結構難しいことだと思います。実際に会ったり、声を聞いたりしていれば、表情・仕草や声のトーンとかの視覚・聴覚で感じることができると思うのですが、文章の場合、その文字だけで判断しないといけないからです。特に最近は仕事もプライベートもEメールでやり取りをすることが増えましたが、その分ミスコミュニケーションも間違いなく多くなっている気がします。
ただ、同じ文語でもグローバル的に見て、日本語は割りと分かりやすい方だと思います。なぜなら日本語には平仮名、カタカタ、漢字の3種類があるので、うまく使い分けたり、どれかを多用したりすることで、文章にニュアンスを持たせることができるからです。また、日本語の場合には助詞や助動詞が多いので、それを使いこなすことでかなり豊かな表現ができますし、軽めの文章であれば女性か男性かの区別すらできるという意味においては、実はかなり特殊な言語かも知れません。
例えば私は携帯のメールを割りと使う方で、中国にいるときにもSMSで中国語のメッセージのやり取りをしているのですが、最初の方は無味乾燥な漢字ばかりが並んでいて、とても無愛想に感じたものです。当然ながら文面だけでは男女の区別もつきません(ある程度親しくなってくると助詞や感嘆詞がついたメッセージが増えてきて、感情を推測することができるようにはなるのですが)。英語や仏語などを考えても、一般的な言語はそれが普通なのかも知れません。
このような地域以外にも、時代によっても文章の感情表現が進歩してきていると思います。また、最近では言語や文字を補足する新しい表現方法も色々生まれてきています。
Eメールが一般的になってからは、インターネットでは顔文字が現れ、携帯では絵文字が流行しました。今ではかなりの比率の人がこれらを使っていると思います。正直なところ、初めて顔文字の入ったメッセージが送られてきたときには、それが男性だったこともあってかなり抵抗感があり、未だに私自身は謝罪するときのm(_ _)m以外は顔文字は使わないのですが、携帯絵文字は割りと頻繁に使っています。
また、女子高生の間では「ギャル文字」が流行っていて、うちの会社もau携帯向けに「走召!≠〃ヤ儿(超!ギャルのギャル文字)」を提供していたりするのですが、さすがに私もここまではついていっていません。
いずれにせよ、顔文字や絵文字が文章の表現力をかなり豊かにしてくれていることは間違いないと思います。
ちなみにhirogでは、たまに文末に(笑)や(恥)などを使っていることがありますが、これも少しでも私の感情をリアルに伝えたいという意図によるものです。
衣替え 4/8
4月になり、ふと衣替えのシーズン?とか思ったのですが、よく考えたら衣替えって6月と10月でしたよね。
でもどうしてそうなったのかちょっと気になったので調べてみたのですが、この衣替えというのが始まったのは平安時代で、もともとは中国に倣って旧暦の4月と10月に宮中行事として行われたようです。当時は衣装だけではなく調度品なども季節に合わせて入れ替えていたようですが、明治になって公務員の制服の衣替えの時期が新暦の6月と10月に設定されて以来、会社や学校に普及していったようです。
私自身はあまりこの衣替えというのを意識した覚えが無いのですが、思い起こしてみると、中学校の制服は夏と冬の区別が無かったし、高校は私服の男子校だっ
たので、衣替えという言葉とは縁が無かったように思います。高校では洋服には無頓着な奴が多かったので、1年中ジャージの人はジャージ、1年中半ズボンの人は半ズボンという人もいました。
社会人になってからはスーツを着るようになりましたが、季節というよりもその日の気温や天候に合わせてスーツを選ぶことが多く、衣替えだから生地を変えるという意識はあまり無いように思います。特に男性のスーツの場合、スリーシーズン用という便利なものがあり、1年中これを着ている人も少なくない気がします。
でも、これが女性の場合には、学生服にしても会社の制服にしても、夏服と冬服では生地ばかりか、長さも色も全く異なることが多いと思うので、それを目にして初めて衣替えのシーズンなんだな、と気づく人達も少なくないと思います。特に6月の衣替えのときに黒や紺の地味系の色から白などの明るい色に変わると、なんとなく夏が近づいていると視覚で四季を感じることができます。
四季を区別するという意味でも、気持ちを入れ替えるという意味においても衣替えというのは意義があるのだとは思いますが、一方で気温や天候で変更できないのはどうも不合理に思えるときがあります。ちょっと意味合いは異なりますが、飛行機にのっていてスチュワーデスが普通の制服からドリンクや食事のサービスに入るときに鮮やかなリゾート風の服に着替える(正確にはエプロンをつけているだけなのかも知れませんが)のもたまに奇異に感じることがあります。
こういったオフィシャルな衣替え以外にも、冬、春、夏、秋によって普段着は変わると思います。私は最近でこそ洋服が増え過ぎてしまい、なるべく季節の代わり目にまとめてクリーニングして区別して整理しないと収集がつかなくなっていますが、以前は部屋にはフォーシーズンの服が混在して置かれていたりしました。
そろそろ4月に入ったので冬服はしまわなければ・・・。

武士道 4/7
私は歴史が好きなのですが、日本の歴史上においては戦国時代と幕末の時代にとても興味があります。これは「能力があれば誰もがチャンスがあった時代」ということが一番の理由ですが、もう1つ共通していることがあります。それは武士の精神です。
武士道というと、皆さんは何を連想するのでしょうか?「切腹」・「忠誠」・「禅」・「情け」などがあるかと思います。映画やドラマの影響で「LAST SAMURAI」や「赤穂浪士」というのもあるかも知れません。一般的には割りと「堅い」とか「残酷」というイメージが多いようにも感じます。
体系だった文献があるわけではないのですが、武士道とは「主に武士の間で広まった日本独特の精神・文化」と言えると思います。武士道には独特の善し悪しの判
断基準があって、善には「礼・儀」・「仁・徳」・「忠節」・「潔さ」・「忍耐」・「プライド」・「情け」・「犠牲」などがあり、悪には「卑怯」・「臆病」・「二言」などがあります。独特の理論があって、例えば「切腹」は自殺ではないとされているし、「仇討ち」は目的や意識が復讐とは微妙に異なります。武士道は宗教に基づいたものではないのですが、密接な関係はあり、仏教(運命を受け入れる)、神道(忠誠)、儒教などの影響を受けていると言われています。キリスト教は性悪説に基づいていると思うのですが、武士道は「性善説」だと思います。
私が武士道に響くのは、その「潔さ」や「一途」さの部分であり、善としているものが原理・原則に近い部分が多いところに共感できるのだと思います。私は別に武士に憧れているとかは無いのですが、いかなる状況のときであっても平静心を保つなど、自分が足りない部分を悟らしてくれるときがあります。
最近は何故か武士道が注目されていて、書店にはかなりの数の書籍が平積みされているのを見かけます。経営の参考書もあるようです。
武士道の全てを肯定するものではありませんが、やはり「古き良きもの」というのは、色んな形で伝承されていくということの表れでしょうか・・・。
NMCオープン 4/6
昨日未明、ネットビレッジモバイルクラブ(NMC) がオープンしました。
NMCはうちの会社のモバイル専用ホームページです。
携帯ならではのコンテンツを用意してネットビレッジというものを違った角度から見てもらいたいという主旨でつくっています。ですので、通常の会社概要やコンテンツ紹介というのは下の方にあって、ニュースやブログがメインになっています。 特にブログは、このhirogを含む4つのブログがあり、会社のカラーやサービスの裏側にも触れていただくことができるのではないかと思います。
ところで、hirogの初投稿にあるとおり、当初はhirogはこのNMCのコンテンツの一部として同時オープンを企画していたのですが、始められるところからスタートしようということで、会社設立記念日の3月3日にhirogを先行オープンしていたものです。今まではhirogしか無かったので、せめて内容に鮮度を!と思い毎日書き記してきて、ようやくバトンタッチで少し肩の荷がおりるかと思っていたのですが、hirogの紹介コメントに「毎日更新」と書いてあるので、今後も寝る前の日課となりそうです(経験則的には、(1)体調が悪いとき、(2)お酒が入っているとき、(3)出張のとき、のいずれかの状態のときは結構しんどかったりします・・・)。
今回のNMCは携帯のビジネスをやっているのになぜ自分達の会社のモバイルホームページが無いの?という素朴な疑問から始まったプロジェクトです。サイト内のスタッフブログのコーナーで先頭バッターとしてコメントしてくれている、広報担当者Yさんがプロデュースしてくれました。ちなみにYさんはまだ入社して半年かつITとは程遠い業界からの転身なのですが、サイトの企画から監修まで全て初体験ながらスケジュール通りに、頑張ってくれました。シンプルで親しみやすいサイトに仕上がったと思います。開発をしてくれたMさん、デザインのSさんも大変お疲れさまでした。
また、このNMCは、モバイル企業ホームページの新しい提案という試みでもあるので、PCにはない味を出していければと思っています。
1日も早く皆さんにお披露目したかったので、とりあえずは最低限のコンテンツをオープンして、今後逐次機能を強化していく予定です。肝心のアドレスはhttp://keitai.netvillage.co.jp/ ですので、是非覗いてみてください。

ラブゲッCHU 4/5
今日の1時30分(深夜)から、テレビ東京系でアニメ「ラブゲッCHU」ミラクル声優白書がスタートします。
と、何かの宣伝みたいですが、実はこのアニメ製作会社のアリコシステムという会社はうちの会社が投資している会社なので、本当に宣伝したいのです(笑)。
「ラブゲッCHU」というのはもともと携帯の美少女ゲームブランドなのですが、普通はTVアニメ→携帯コンテンツという流れなのに、なんとこのコンテンツは逆(携帯コンテンツ発の初TVアニメ)を成し遂げてしまったのです。
もともとこのアリコさんとは携帯コンテンツのところで提携をさせていただいていたのですが、資本提携させていただいてからは私も役員にも入り、かなり親密な関係でお仕事をさせていただいています。数日前のブログに書いたとおり、このジャンルは私の得意分野ではないので、萌え系に強い社員Oさんの意見を聞きながら色々勉強させていただいています。
先般このアニメの収録現場を見せていただいたのですが、とにかく圧倒ものでした。私はすっかり動画に合わせて声を入れるのかと思ったら、なんと静止画+コメントのみで自分達で間合いを取ってそのシーンの役になりきって発声するのです。素人の私から見ると皆さん完璧にこなしていました。声優というと、最近はタレントと同じようなちやほやされているイメージもあったのですが、皆さんとても礼儀が正しくて気遣いができて、何より素直なことに大変驚きました。今回のアニメの副題に「ミラクル声優白書」とある通り、声優を目指す主人公の物語なので、彼女達に重ねてみてしまう部分がありました。
そういった思い入れもあり、是非このアニメが成功してほしいという願いを込めて営業しちゃいました。
これから1時間後にオン・エアーです!

株価 4/4
タイトルを書いてちょっと躊躇したのですが、たまにはリアリティのある話題も、とまた筆を戻してみました(笑)。
昨日のうちの会社の株価(終値)はジャスト30万円でした。切りがいいのとちょうど昨年の今頃を思い出していました。同じぐらいの金額だったのです。単純に1年前と比較してみると・・・会社の財務体質は堅牢になったし、赤字からV字回復したし、サービスもたくさん増えたし、中国事業も進展した・・・のに株価が変わらずというのは何とも寂しい限りですが、株価というのは市場が決めるものなので仕方ありません。といっても以前から知っていらっしゃる方はお分かりかと思いますが、うちの株価はL社騒動があってから一時1/4近くまで落ち込み、やっと騒動前の半分の水準に戻った、という感じです。
社長をしていると当然株価は気になります。株主から委任を受けて経営をしているわけですが、株主はキャピタルゲインもしくは利回り(配当)などを期待して投資しているわけで、配当の出していない会社の株主の期待は株価が上がることに他ならないからです。とはいえ株価ばかりを気にしていても仕方がないので、普段は出来るだけ事業に専念しようと努力しています。以前はYahooの掲示板なども以前は頻繁に目を通していましたが、現在は身近なスタッフに任せています。
そんな私なのですが、うちの会社の動きを事細かに紹介してくれているサイトがあり、そのサイトは頻繁にアクセスしています(笑)。こういったうちの会社を応援してくれている人がいると思うと心強いし、いつも頑張らなければと思います。
話は戻りますが、株価って本当に不思議だと思います。株式市場においては、一般的にPERとかPBRという指標で株価が計られるケースが多いと思いますが、特に個人投資家が多いところでは、人気投票みたいな要素が強かったり、理論的には考えられない株価がつくこともあります。ただ「会社はいくら?」という質問に対して唯一客観性をもって答えられる回答は「時価総額(株価×発行済株式数)」ということは否めないことだと思います。
我々の得意な事業ドメインで、地に足のついた経営をして、着実に実績を上げいくことで、いつかは会社の実態と株価が近似するものと信じて頑張っていきたいと思います。

新入社員 4/3
今日から新年度での業務が開始されます。新年度ということで30分ほど皆で集まることを予定していますが、そこでのトピックの1つは新入社員の紹介です。
今回は3名の新入社員が入社することになっています。ただこれら3名は新卒者ではありません。というのは今は新卒の採用となると2年以上前から計画的に行われなければならず、うちの会社のように単体ではまだ40名程度の規模で、業界の流れが速いところに身をおいていると、2年先のスタッフをFIXすることは難しいところがあります。
そういう事情もあり、当社では中途採用がほとんどです。ただ、それも大きく二つの種類があって、1つは業務の即戦力となるベテランの方の採用、もう1つは第2新卒と言われる社会人経験の浅い方の採用です。特に最近はうちの会社では後者を積極的に行っていて、若い人を育てていこうと考えています。これは社会人としての基礎的なことを学んだ人達に、うちの会社のカラーに馴染んでもらい、会社とともに成長して欲しいという意思が込められています。
また、社会人経験のない、いわゆるずっとアルバイトをしていた人達にも門戸を広げています。これらの人達は一般常識やマナーに一部欠けていることもあるのですが、やる気や潜在能力が高い人もいて、素直さが残っていると判断できる場合には、働いていただいています。実際当社にはそういうスタッフ(他の会社では採用にならなかったけど当社で活躍している人々)が何人かいます。
いずれにせよ、新入社員は新入社員ですから、いくらベテランであっても最初は先輩社員に色々教えてもらわなくてはなりません。また、新入社員が入社するとオフィスの空気の流れが微妙に変化して、既存の社員の中にも程よい緊張感が出てきます。自分が入社した頃を思い出して気持ちをあらたにしたり、彼らに追い越されないようにしっかりしよう、とか人それぞれ思いが巡っているのだと思います。
うちのようなベンチャー企業は研修のためだけに長い時間を裂くという余裕がないため、研修は基本的にOJTとなります。ですので自主性に乏しい人にとっては、何をしていいか分からず居づらくなる環境にあるかも知れません。
そんな新入社員も、うちの会社の場合3ヶ月もすればもう普通の社員と同じ顔をして業務に従事しているから不思議です。本日入社していただく3名も3ヶ月後には頼もしい顔になっていることでしょう。

肉食と菜食 4/2
私は基本的に肉食派です。
子供の頃からご飯のときに肉類が無いとご飯が進まないし、ご飯を食べた気もしませんでした。なので私の実家では毎日必ず肉類が入っていました。焼肉、ステーキ、ハンバーグ、カレーなどなど、かなりわがままな子供だったと思います。
ちまたでは、ベジタリアン(菜食主義者)と呼ばれる方々も増えているようですが、ベジタリアンの動機には色々な理由があるようです。世界的に多いのは宗教的な理由ではないかと思います。教義で菜食が規定されている宗教にはユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教などがあるようです。次に多いのは「健康のため」という理由のようです。菜食の方が健康に良いとか長生きするとかという話も聞きますが、本当なのでしょうか・・・。長生きのためとかドクターストップ以外でアレルギーというのも少なくないかもしれません。私の身の周りにも甲殻類アレルギーで蟹とか海老が苦手という人もたまにいて中国での食事が十分に楽しめず可哀想な感じもします。あとは良心的な理由として、「環境問題とか動物愛護」的な観点から菜食を貫いている方もいらっしゃると思います。肉食者が多いと自然破壊が進んだり、タンパク質が無くなり食物危機に影響する、ということがあるそうです。また、肉食の方が化学燃料を40倍使う(つまり地球温暖化が進む)という統計データもあるようです。もっとも日本の場合には、菜食主義なのは元から肉が苦手だったという単純な理由である人も少なく無いようです。
最近では食肉に対する不安というのもあると思われます。以前とあるファーストフードのハンバーガーに使われている肉がオーストラリアの食用ネズミだったという噂が流れた時期があってから「牛肉100%を使用してます」というキャッチが入ったりしましたし、狂牛病とかO-157なども食物としての肉に対する不安感を増大させるキッカケになったとも思います。
ちなみに私はというと、宗教的な制限はなく、長生きよりもおいしいものを食べたいし、狂牛病のときも牛肉は食べていたので、マイペースで肉を食べています。
そんな絶対的肉食派だった私ではありますが、最近は食事をしようと思ったときに野菜や魚を食べたいと思うときもたまにあり、少し寂しく年齢を感じる今日この頃です。

お花見 4/1
最近寒い日が続きますが、今の季節は櫻が綺麗ですね。なんとなく櫻を見ると心が安らぎます。関東では今週末が最高潮に達するのではないでしょうか?
うちの会社では有志社員の企画により明日お花見をするようです。「ようです」表現になっているのは、とある事情により私は参加できなさそうだから。
基本的にイベント好きな私ではありますが、実は以前は花見は好きではありませんでした。なぜかというと私はお酒があまり飲めないのですが、花見になると昼間から時間無制限で飲み続けることが多いうえに、イッキとかが多くて自分のペースで楽しく飲めないからです。つまり「綺麗な櫻の下で花を眺めながらおいしいものを飲み食いしながら楽しく話す」のならいいのですが「花を理由に昼間っから飲み潰れる」のに馴染めなかったのです。
今はどうかというと、最近のお花見は割と大人同士でやることが多いので、そういう無茶な事が少ないのと、立場上自分に無理矢理飲ませる人が減った(笑)ので、楽しく過ごすことができるようになりました。
今まで行った花見の名所の中でも、一番印象に残っているのは、大学の研究室の皆で行った秋田県の角館というところでした。シダレ櫻が川に沿って一面に広がり、東京のように人ごみも多くないのでとても綺麗でした。もっとも角館と言えば、死亡者も出ると言われる荒っぽい伝統祭りに参加したときの興奮の方がすごかったですが(笑)。
昼の櫻も美しいのですが、自称ロマンチストの私は夜櫻が好きなので、静かなところで綺麗な月と櫻を鑑賞しながらワインでも飲めたら幸せだなと思います。将来はそういう櫻のある内庭のある家をつくりたいと思います。
櫻といえば「さくらんぼ」も連想しますが、櫻から「さくらんぼ」はできないって知ってますか?「さくらんぼ」は「オウトウ」と呼ばれる櫻に似た木になる果物です。もっとも「オウトウ」は「櫻桃」とも書くようなので同じようなものだと思いますけど。
ところで日本の国花でもある「さくら」ですが、私は「桜」よりも「櫻」と書くのが好きです。なぜかというと「櫻」の方が、たわわに花が咲いている感じがして「さくら」を良く表現していると思うから。
決算日 3/31
今日は3月決算の会社の決算日です。日本の会社の多くは3月決算なので大忙しだと思います(最も本当に忙しくなるのはこれから決算書をつくるまでの間ですけど)。うちの会社も、特に経理チームは3月末までに処理をしておかなくてはならないものに漏れが無いかと、かなり緊張感がありますし、3月末に納品のある担当者はきちんと納品して売上計上ができるようにチェックに余念がありません。私自身もこの1週間最終確認モードに入っています。
うちの会社はモバイルコンテンツという特殊な商品を扱っているので、最後の押し込みとかが出来る事業の性質ではないのですが、知り合いの営業系の会社は数字を上げるために猛ダッシュをしている感じです。
3月31日は企業活動においての決算日ですが、一般生活においてもまた学年が変わるとても重要な節目でもあります。幼稚園を卒園した人は小学校へ、大学を卒業した人は社会人になることも多いでしょう。不思議なもので、就職するまでは新年度を迎えるのがなんとなく寂しくて31日は名残惜しかったのですが、社会人になってからは早く新年度にならないかなー、と新しい年度に期待することの方が多いです。
ところで、日本の場合には、1月から12月までの西暦での1年という区切りと4月から3月という学年だったり決算だったりという二つの区切りがあるので、気持ちをあらためる機会が2回あるわけですが、一般の人にとってはどちらの区切りが大きいのだろうと思うときがあります。
ちなみに、私はというと、仕事が好きな男だからか、気持ちの切り替えは4月から3月という期間で行うことが多いです。なので、私は毎年3月末が近づくとその年度を振り返るとともに翌年度への心構えを始めます。
中国は会社の会計年度は1月から12月、学年では7月から6月、加えて旧暦なので2月が正月(新年)になります。中国の人にとってはいつが新しい年度と実感するのかなーと思っていたのですが、やはり旧暦の年越しが最も実感値があるようです。
よってちょっと困るのは、私の中で年度と気持ちの切り替えは4月に行われるのに中国のスタッフにとって4月は何の特別な時期ではないので熱く語ることができないことです。以前私がすっかりリフレッシュして張り切って中国のオフィスへ行ったのですが、現地法人スタッフは全くいつもと変わらぬ雰囲気で、そこでようやく年度の意識に違いがあることを実感しました。
今日は、是非気持ちの上での決算もしたいと思います。

月刊マーガレット 3/30

私が小学校低学年の頃、女の子の間で流行っていた漫画の名前です。今も出版されているのかは分かりませんが、漫画の見ない私にはかなりショッキングなもの
でした。私から言わせると、出てくるキャラは全部一緒、男と女の違いも分かりません。
というわけで私は子供の頃から漫画があまり好きではありません。
特に連載漫画(週刊誌、月刊誌)が苦手で、小学生高学年のときに、友達に合わせようと週間少年マガジンを読むように努力したことがあるのですが、3回で力突きました。連載漫画の苦手な理由は2つあります。1つはあの素材。紙質がなんか安っぽくて(安くするため再利用紙なので当たり前なのですが)、かつ単色刷りで、しかも手にインクが付きそうなあの感じがダメです。2つ目はストーリーがあまりにも短いこと。もちろんこれは出版社側の次を読ませる仕掛けなのですが、次を楽しみにするにはあまりに短すぎて、待った甲斐を感じることができないのです。唯一私が中学校のときに入院しているときに友達がお見舞いに持ってきてくれた「コロコロコミック」という月刊漫画(?)で、これはしばらく読んでいたのですが、それは単に付録が楽しみだったという理由でした。
単行本になると、素材やストーリーの連続性の問題もある程度クリアされるのですが、それでもまともに全て読んだ記憶があるのは・・・ありません。最近何冊か読んだのは「課長島耕作」(今は常務島耕作?)で、上海勤務のストーリーだと聞いたからです。
でも、通勤電車の中では、本当にたくさんの漫画を読むサラリーマンの姿をみかけますので、私は少数派なんだろうなと思います。なので私が漫画が苦手なことを同性に話したことはほとんどありません。そんな私もたまに週刊漫画のグラビアアイドルの部分を見ている人が隣にいると、ついつい目がいってしまう弱い一面もあったりします(恥)。
漫画のニーズが高いことは、駅のトイレの大の個室に結構な割合で漫画の本がおいてあったり、駅の近くでは捨てられた漫画を回収して再販売するビジネスが盛んであることも証明していると思います。ちなみにこの再販ビジネスの歴史はそんなに長くないと思うのですが、初めて見たときは正直なところ呆れるというよりも、すごいビジネスモデルだなと感心しました。購入する人はみんな出元はどこかと分かっていても、自分ではゴミ箱から取ることはできないので、自分の代わりにゴミ箱から取ってきてることへの対価なのだと思います。
地球にやさしいリサイクルという観点からも、需要と供給のニッチなところを突いたこの視点(常連の人にはこういうのを求めていたみたいな?)も、すごいと思います。


メッセンジャー 3/29

私が初めてインターネットに接したのはミサワホームからイマジニアという会社へ出向に行った1995年のときだと思います。当時のイマジニアの専務(元当社の代表)がデジタル派で、社内はすべてLANでつながっていてEメールのやり取りが行われていました。
当時ワールドチャットというサービスがあったのですが、バーチャルな3D空間でアバターが行き交い、会った人と会話ができる(当時は日本語バージョンが無く英語のみだったのですが)というもので、世界中の人達とリアルタイムで、こんな風にコミュニケーションが取れるインターネットというのは、当時の私にはとても衝撃的でした。
それから、たくさんのチャットとかIRCとかが生まれてきましたが、私にとってEメール以外のコミュニケーション手段として一番便利で重宝しているのは、メッセンジャーです。メッセンジャーも今までAOL、ICQ、Yahoo、QQなどを使ってみましたが、結局今はMSNに落ち着いています。その一番の理由はグローバルであることです。おそらく世界で最も使われているメッセンジャーだと思いますし、何といっても多言語をサポートしているので、私がビジネスで一般的に使う、日本語、英語、中国語がすべて読み書きできるのです。
ちなみに、既述したQQというのは、うちの会社の提携パートナーでもあるテンセントという会社が提供している中国最大のメッセンジャーで3億の登録ユーザーがいます。もっとも中国のインターネットユーザーが1億人なので計算が合わないのは、一人で複数アカウントを登録しているからです。そうはいってもユニークユーザーでは6000万程度だと思いますので、とんでもないプラットフォームだと思います。このQQはビジネス向けもあるのですが、基本的にはコンシューマ向けでエンターテインメント色が強く、チャット以外にアバター、オンラインゲーム、自分の部屋、出会いなどの機能が豊富なのが特徴で、このキャラクターであるペンギンをモチーフとしたリアルのキャラクターショップが全国展開されているほどです。外人登録用に出来ていないのでユーザー登録するときには結構大変でした(笑)。
日本ではMSN、Yahooが2強だと思いますが、ディファクトと呼べるものが無いですね。最近では、ちょっと部類は違いますが、スカイプなども台頭してきていて、今後この市場がどうなっていくのかには注目していきたいと思います。
メッセンジャーはリアルタイムで必要なときにコンタクトが取れるので、とても便利な反面、メッセンジャーは立ち上げていると、突然話しかけられることが多いので、ステータスを正確に反映していないと大変なことになります。
うちの会社では社内連絡用にはIRCがメインで使われており、メッセンジャーは記録が残らない、複数での会話に向いていない、セキュリティなどの理由から当社の技術者などはビジネス利用に関しては否定的な意見も多いのですが、私の場合、中国とのやり取りが多く、対個人に話す必要のある事項が割りと多いので、ちょっと思いついたときに気軽に聞ける、話せるメッセンジャーはとても重宝しています。それに私は視覚的に分かりやすいものが好きで、IRCを昔のDOS画面を重ねてしまうところがあります。
余談ですが、私のMSNメッセンジャーのタイトルは「冒険王衛斯里」(私が好きな中国古代ドラマの主人公)と中国語で書いてあるので、初めてコンタクトした人は誰か分からないこともあるようです。


体調 3/28

私は基本的に寝ないとダメな人なので、睡眠時間はできるだけきちんと取るようにしているのですが、それでも食事が不規則だったり、夜遅くなることが多いのもあり、時折体調を崩してしまうことがあります。
ただ、最近は体調を本格的に崩す直前に何らかの兆候があるので、早めに対策を施すことにしています。兆候には関節が痛い、身体がだるい、熱っぽい、寒気がする、喉が痛いなどがありますが、ちなみに今日は「身体がだるい」・「喉が痛い」のダブル症状があって、やけに時間が経つのが遅く感じました。
このような症状が出たときには、すぐにリポビタンDを飲んで、まず元気を延命することに尽力します。それから夜はなるべく早く帰って葛根湯を飲み、早く寝ることで翌日に備えます。翌日の朝には気合を入れて早く起きてシャワーを浴びます。こうすることで大概の場合には回復します。しかしながら、稀にこれが裏目に出ることもあり、シャワーを浴びた後にやけに身体が寒くなって熱が出てくることがあります。私はヘントウセンが腫れやすく熱が出やすいみたいで、こうなると2・3日は回復しません。
体調を崩していても大事なMTGがあるときには無理して行くのですが、当然のことながら私が話さないと始まらないMTGが多く、MTGで集中しているうちはなんとか気を張っているので大丈夫なのですが、終了した途端にぐったりするのが常です。
体調を崩したときにはつくづく健康って大事なんだな~と痛感するのですが、健康なときはその有難みを忘れちゃうから困ったものです。でも最近はだいぶ自分の意識も高くなって体調管理にはかなり気を遣っています。
そんなこんなで、今日もいつもと同じヴォリュームを書こうと思ったのですが、あと5行書くより一刻も早く休むべきだと訴える天使の声を聞いて、この辺で休んで明日に備えようと思います。

映画 3/27
私は映画が好きと言えるほど観ないのですが、私の人生の中では最近5年間ぐらいが一番映画を観ている気がします。
でもきっとこれは私に限った話ではなく、TSUTAYAなどのDVDレンタルやケーブル・衛星TVがこれほどまでに普及したことでより映画が身近なものになったのだと思います。私の場合は更に出張も割りと多いので飛行機の中でも映画を観ることがあります。
映画の世界は深すぎて、私がコメントするには気が引けるところもあるのですが、私の好きなジャンルは「歴史」・「英雄」・「サクセスストーリー」です。
歴史物は、「トロイ」・「アレキサンダー」・「キング・アーサー」・「キングダム・オブ・ヘブン」などが印象に残っていますが、一番好きなのは「グラディエーター」です。歴史物は「もしかしたら本当にこんなことがあったのかも知れない」と思いを廻らせながら観ているととても興奮してきます。英雄物やサクセスストーリー物は、当然ながら主人公を自分に重ねて観てしまいます(笑)。「摩天楼はバラ色に」を観て、あのニューヨークの夜景のような夜景を望めるオフィスで仕事ができるようになろう、と決心したのを覚えています。また「ダイ・ハード」も組織テロに一人で勇敢に立ち向かう姿にかなり鮮烈な印象を受けました。
最近観た映画といえば、「sayuri」と「PROMISE」です。観たことのある方はお分かりだと思いますが、両方とも中国に関係しています。前者は結構重くて後者は割りとあり得ない映画でした(笑)。
私は辛いことではまず涙は流さないのですが、結構感動しやすいので、特に恋愛系の映画などを観て涙を流してしまうことが多々あります。ちょっと思い出すだけでも「冷静と情熱のあいだ」とか「猟奇的な彼女」は涙ものでした。恥ずかしながら「サラリーマン金太郎」でも泣いてしまいました。
私は気に入った映画は何度も観てしまうのですが、今まで一番多く観た映画は映画館で6回も観たので、セリフを言えるようになったことがあります。このタイトルは、私個人と関係する部分があるので、ここでは伏せさせていただきます。
お茶じじぃ 3/26
私は小さい頃、こたつに入り、おせんべいを食べながらお茶を飲むのが大好きでした。親戚から「お茶じじぃ」と言われていたぐらいです。
学生の頃はお茶を飲むのが格好悪いイメージがあり、あまりお茶を飲む機会が少なかったのですが、社会人になってからまたお茶をたくさん飲むようになりました。
私はお茶の専門でも茶道を嗜んだこともないので、お茶の本当の良さは分かっていないと思いますし、作法も知らないのですが、中国に居たこともあって種類については少し詳しかったりします。
私が一番好きなお茶は、中国の龍井茶という高級茶で、発酵しない緑茶の部類に入ります。中でも上海に近い杭州の西湖で作られる龍井茶は有名で、最高級の葉はそのまま食べてもおいしさが分かります。味はとても上品な感じで、どんな食事にも合います。
私がよく飲むのは、龍井茶、鉄観音(福建省が有名)、烏龍茶、ジャスミン茶、緑茶、プーアル茶(雲南省が有名)でしょうか。ほとんど網羅してしまっているかも知れませんが、私は菊茶とかのお花系は割りと苦手です。
中国というと、烏龍茶とかを想像する人が多いですが、烏龍茶はどちらかというと台湾では有名ですが、大陸では緑茶が一番飲まれています(最近「緑茶」という映画が公開されたぐらい)。ちなみに中国では烏龍茶というのは、幅が広く鉄観音は烏龍茶の一種だったりします。お茶のランクは色々分かれているのですが、飲んでみてもどこが違うのかよく分かりません。
ところで、中国に来てお茶関連で驚いたことが3つあります。1つは普通のレストランでは烏龍茶が飲めないこと(私は中国に行く前までは烏龍茶が一番好きだったので)。2つは湯のみにお茶の葉をそのまま入れてお湯をつぐこと(飲むのに慣れるのが相当大変でした)、3つはコンビニで売っているペットボトルのサントリー烏龍茶に砂糖が入っていたこと。
中国で買い物に行くと、ついついお茶を買ってしまうのですが、茶器と一緒に買うと素敵なプレゼントやお土産にもなります。ちなみに中国では観光地と言われるところへ行くと、昔ながらの煎れ方でお茶を飲ませてくれるところがあります。(お茶を買ってもらうのが目的であることは言うまでもありません)
こんなお茶が有名な中国なのですが、仕事のMTGのときには、なぜかお茶ではなく蒸留水を出されることが多いのがとても不思議です。日本においても相手先を訪問したときに出していただく飲み物がお茶というのはどんどん少なくなっている気がします。ちなみにうちの会社もコーヒーです(お茶がもっと簡単に入れれておいしければいいんですけどね)。
おいしいお茶を飲むと何となくホッとするから不思議です。ちなみに今も、中国鉄観音を飲みながらこれを書いています。中国っぽく湯のみに茶葉をそのまま入れて(笑)。
エメラルドの奇跡 3/25
私は綺麗なものが好きなのですが、中でもエメラルド色が大好きです。小さい頃から宝石に興味があったのですが、エメラルドを初めて見たときの感動は今でも忘れられません。
そのとき以来、エメラルド色のものには目が無くて、特にハウスゼリーのメロンとメロンソーダ(もしくはクリームソーダー)は身近にエメラルド色と接することのできるものとして、今日に至るまで私のFavoriteになっています。
知る人の間では私のメロンソーダ好きは有名なのですが、そもそもはその味ではなく、その色であったことを知る人はほとんどいません(知りたい人もいないでしょうけど)。仕事の打ち合わせで喫茶店などでオーダーするときにも、初めて会う人のときは印象を考慮してコーヒーにするのですが、二度目からはまずメロンソーダになります。クリームソーダーもアイスがついているところはいいのですが、アイスが溶けると綺麗なエメラルド色が濁ってきてしまうので、最初に一気にアイスを食べなくてはいけないという難点があります。私は外出中に時間が空くと、ネットカフェ等でネットにつないでメールを読むことが多いのですが、このときもメロンソーダのあるチェーン店に入るようにしています。
ただ、エメラルドグリーンは、物によってはかなり奇抜すぎるところがあります。例えば数年前にエメラルドグリーンのシャツを見つけて衝動買いしたのですが、一度それを着て外出して以来、あまりの派手さに恥かしくて家でしか着ていません。でも自分がもし女性だったら、エメラルドグリーンの下着ばかり買っているような気もします。
こんなエメラルド色好きな私ですが、なぜかエメラルドグリーンの海には行ったことがないので、今度長期休暇が取れたら是非いわゆる「南の島」へ行ってエメラルドグリーンの海を眺めながらエメラルド色のカクテルでも飲みたいと思っています。
小学生の頃には、大人になったらエメラルド色の車を買おうと決めていたのですが、今のところ世間体が優勢で、そこまでには至っていません。
もう一つ、子供の頃からの夢があります。それは25mのプールにハウスゼリエースで作ったメロンゼリーを埋め尽くし、そこに飛び込むことです。そんな夢を見ることを祈りつつ今日はベッドに入ろうと思います。
中国進出日系企業 3/24
中国で成功している大手日系企業は割りと少なく、意外に製造業などの中小企業の方が成功しているケースが多いように思います。
成功事例として有名なのは、「資生堂」と「サントリー」です。中国人女性の間で資生堂の化粧品はとても人気がありますし、レストランに行くとかなりの割合でサントリー(三得利)ビールを飲むことができます。これら2社には独自の成功の鍵があるのですが、それはレポートや記事などに譲りたいと思います。
上海の街を歩いていると、様々な日系店舗の看板を目にします。「ISETAN(伊勢丹)」・「UNIQLO(ユニクロ)」・「吉野家」・「元禄寿司」などなど。最近はカレーの「CoCo壱番館」がオープンしました。
ただ、「吉野家」や「元禄寿司」に入ってみたことがあるのですが、日本の味とは程遠いところがあります。日系レストランでおいしいと感じるところは極めて少ないのですが、稀に運良く遭遇したときに店に聞いてみると、材料を日本から直輸入していたり、水にこだわっていたりなど、やはり素材が重要なんだと痛感します。中国はお茶の社会だったので、喫茶店というのが少ないのですが、その中では圧倒的に日系の上島珈琲(UCC)や真鍋珈琲(珈琲館)などのコーヒーチェーン店が幅を利かせています。これらの店では食事も充実しており、コーヒーはお世辞にもおいしいとは言えないのですが、食事は結構おいしかったりして本業変えたら?と思うこともあります。
また、上海はコンビニ競争が最も激しいエリアで有名なのですが、コンビニ業界ではローソンがいち早く進出したにもかかわらず、現地化が遅れたために、後発のファミリーマートに押され気味な感があります。セブンイレブンも参入しより競争が激化しています。日本から取り入れた「おでん」は日本とは材料は異なるのですが、安くておいしいのでとても人気があります。
雑誌系では、女性ファッション誌の「Ray」がトップの座をキープしているようです。最近ではリクルートが「ゼクシィ」を引きさげて上海進出をしましたが、あまりうまくいっていないという話を良く聞きます。
異国の地でビジネスを成功させるためには、日本の常識や既成概念から脱皮しなければならないし、現地の文化や国民性に合わせて、ビジネスのローカライズを
する必要があると思います。
中国には毎年たくさんの日系企業が進出していますが、夢と現実のギャップに失望して撤退する企業も少なくありません。成功事例になれるよう是非頑張りたいと思います。

ステーショナリー 3/23
ステーショナリーという響き、男性の多くはとても惹かれる言葉ではないでしょうか?女性が男性へプレゼントを送るなら、ステーショナリーを選んでおけば、割りと外れがないような気がします。実用的にもかかわらず、お洒落でステータスになるものも多いからかも知れません。
ステーショナリーは文房具のことですが、床屋と一緒で横文字にすると何となくお洒落が感じがするのは私だけでしょうか。ところで、ステーショナリーのスペルって知っていますか?「stationary(固定された)」と思っている人が多いかも知れませんが「stationery」が正解です。
私も小さい頃からステーショナリーが大好きで、よく近所の文房具屋に用事も無いのによく遊びに行っていました。そこにいるだけでなんとなくわくわくするのです。様々な色の、様々な形の、様々な志向を凝らした文具がたくさん並んでいて、ずっと見ていても全く飽きなかったのを覚えています。小学生の頃には色んな形や匂いのする消しゴムをたくさん持っていたし、中学生の頃には色んなタイプのシャープペンやペンケース、高校生の頃にはシステム手帳が流行りました。
今もデパートなどに行くと、ステーショナリーに立ち寄ることが多く、ただ見るだけのつもりが気がつくといつも何かを買ってしまっています。もっとも買っても使わない確率は80%とかなり高いのですが(笑)。こないだもアイデアが涌いてくるようなノートを探して歩き、大きさ、紙質、色などにこだわり、3冊ほど買ってきましたが、まだ1ページしか書いていません。
以前とある雑誌を読んでいたら、万年筆特集をしていたのですが、かなりたくさんのブランド(メーカー)のバリュエーション豊富なラインアップがあり、お値段の方も数万円~数百万円とかなり高額でした。自分は万年筆というものを使ったことが無いし、水性ボールペン派なので、こういう世界もあるんだなと思いました。
最近は万年筆にかかわらず、ステーショナリーはますます高級志向と細分化が進んでいるような気がします。コンセプトショップ的な店にいくと、見た目が何なのかが分からない代物がこんなにするの?と思う商品がたくさんあります。
男性だけがステーショナリー好きのような書き方をしてしまいましたが、女性も好きな人は多いと思います。私は自分の所有物ではない、オフィス文具にはあまり執着がないのですが、色々迷いながらも楽しそうに事務用品を選んでいる女性社員を見ると、カタログショッピングが売れるのがよく分かります。

ヒルズ 3/22
ヒルズ族という言葉が使われ始めて久しくなりましたが、ライブドアの件もあってヒルズという言葉のイメージはダウンしてしまったような気がします。
今日は1月に完成した表参道ヒルズの商業施設に行ってきました。
祝日ともあって非常に人が多かったのですが、知り合いから聞いていた話がネガティブなことばかりだったこともあったのか、実際に見てみると思ったよりも良い印象を持ちました。
地下3階、地上3階の6層に渡る中央の吹き抜けの周りをスロープ(斜面の通路)が囲んでいて、それに面して店舗が配されていて、いわば屋内路面店感覚でショッピングを楽しめるようになっています。スロープを段々と上がっていけば全ての店を見れるので、見学はとてもしやすかったです(笑)。噂の2000円もするソフトクリームがあり、食べてみたかったのですが、並んでいたのでやめました。
ただ、車で行ったのですが、駐車場に空きがあったにもかかわらず、私の車を止めることができず、結局1時間近くもロスしてしまったので、こういう部分はなんとかして欲しいと思いました。
住宅施設は見ませんでしたが、賃貸は1ルームで月額賃料70万、2ルームで100万とか・・・。利便性とステータスはあるとは言いながら、広さからいってどうなんだろうと思いました。
ところで、この表参道ヒルズは、建築をかじったことのある人なら誰でも知っている、旧同潤会アパートの再開発です。同潤会アパートはその名前にある通り当時の内務省によって設立された財団法人同潤会が、関東大震災に際して世界各国から寄せられた義損金をもとに復興計画の一環として建築した集合住宅で、青山同潤会アパートは、80年もの歴史を持つ模範建築だったのです。
再開発のために解体されるという話を聞いたときは残念でしたが、有名な建築家の安藤忠雄が設計すると聞いて、良いものは引き継いでくれるだろうと思っていたので、関心を持って見ていたプロジェクトです。
ちなみに、このヒルズシリーズは、森ビルが開発を行っている案件ですが、森ビルは上海にも超高層ビルの建築を計画しています。もともとは5年ぐらい前に着工予定で、当時は世界最高の高さのビルだったらしいのですが、着工が遅れて他にトップの座を奪われてしまったようです。それでも101階建て、地上500m近い高さですから、相当なインパクトがあると思います。外観もとてもモダンでオブジェのようなビルです。2008年の竣工が楽しみです。

差別化要素 3/21
私が会議のときに口癖のように使う言葉に「差別化」というのがあります。
ただ、かくいう私も当初から「差別化」を意識していたわけではなく、会社のCFOとしてお金を集めるときにVC(ベンチャーキャピタル、上場前の企業に投資をして上場後のキャピタルゲインを狙う会社)や銀行から事業について色々な突っ込みを受ける中で、「差別化」ということの重要性を認識するようになった、というのが正しいところです。
差別化とは「競争相手には真似のできないこと」言い換えれば「自分達にしかできないこと」を指します。新しいサービス・商品を考えるときは、常に差別化を意識するように心がけていますし、明確な差別化が図れない場合には、参入障壁を高くするように努めています。
例えばある機能を開発するのに1年かかるとします。ある見方をすればこれは時間とコストがかかり過ぎだからやらない方がいいという判断になります。ただ、これを参入障壁という観点から見た場合、1年間の先行メリットがあるという見方もできると思います。つまり、私に言わせれば、大変なものはそれだけ他の人がやらず、参入障壁が高い可能性があるので、前向きに検討すべき、となります。
社員からの企画が上がったときにも差別化は何なのかを質問することが多く、結構答えに窮する社員も多いです。でも実は、この差別化というのは、必ずしもサービスや商品の内容に限ったことではなかったりします。その裏づけとなる技術や販売方法などに他社には真似できない要素があれば、差別化になることがあり得ると思います。例えば「技術的に優れた商品が必ずしも売れるわけではない」というのは誰でも心当たりがあると思います。逆を言えば「技術的には誰でもできる商品を売れるようにすることも可能」なのではないでしょうか。
似たようなことを最近実感したことがあります。うちの会社の中国法人で「uucun」というモバイル検索エンジン(携帯コンテンツの検索サイト)をやっているのですが、この事業検討会議で私は「差別化要素が足りない」と言っていました。ところが、サービスを開始して5ヶ月の間に1日100万ページビューを超え、中国でも有数のモバイル検索エンジンに成長しました。この成長の裏には、かつて築き上げてきた業界パートナーとのコネクションと執念にも近いスピードと営業力があったのです。ヤフーBBのADSLにしても、あの常識を覆す料金設定とパラソル隊が功を奏してメジャーになったのだと思います。
今後も「技術」・「企画」・「営業」のいずれかに差別化要素や参入障壁をつくることで、どんどん新しいサービス・商品を打ち出していきたいと思います。
理容室と美容室 3/20
今日はヘアーサロンに行ってきました。
私は髪が伸びるのが早いので、一ヶ月に1回はできるだけ髪を切りにいくようにしています。
ところで、この呼び方なのですが、床屋と言うとなんとなくダサい感じがするのですが、ヘアーサロンと言うとなんとなくお洒落な感じがするから不思議です。
その前に理容室と美容室の違いって分かりますか?理容室は男性が行くところで美容室は女性が行くところと思っている人も多いのでは?
以前ちょっと気になって調べてみたことがあるのですが、免許や登録に違いがあるようです。理容師は本来髪を切るのが専門であり、それに関連してシェービン
グをしたり、髪をセットしたりするのですが、美容師はパーマや化粧が本業で、パーマをするために必要な業務として髪を切っているだけという位置づけなので、刃物を使ってはいけないそうです。逆に理容師は女性のパーマをすることは法律で禁じられているそうです。
ちなみに、理容室は一般には床屋とも言われていますが、最近はお洒落な店づくりでヘアーサロンとかカットスタジオという名称が多いと思います。最近では駅構内などに10分1000円の価格設定でヘアーカットのチェーン展開をしているQBハウスがサラリーマンに人気があるみたいですが、ここはシャンプーやシェービングは無い、言わば新業態です。
私は美容室に通っていた時期もあるのですが、今は店構えが綺麗でカットが上手なヘアーサロンに行くようにしています。美容室を辞めたのには二つ理由があります。一つ目は既述の通りシェービングをしてくれないこと、二つ目は女性が多いことです。女性が多いというのも二つあって、女性の美容師で運悪く(!?)綺麗な人に当たると髪を切ってもらったり髪を洗ってもらうのに緊張するし、周りが女性客ばかりだとなんとなく気を遣って疲れちゃうから。今通っているところも店員がロンドンで修行をして理容師と美容師両方の免許を持っているらしく女性客はいるのですが、通い始めてもう8年ぐらいになるので、引越しをした今もなかなか変える勇気がなく車で通っています。というか正確には何度か他の店に行
ってみたのですが、結局満足できずに元サヤに戻っています(ちなみに私はいつも初めて行った店では「私に一番似合うと思う髪形にしてください」と店員に一任するので結構困るらしい)。中国に住んでいたときも毎月1回の会社の取締役会のために帰国するのに合わせて髪を切っていたので、中国では一度も髪を切ったことがありませんでした。
床屋と言えば、私が初めて他人に髪を切ってもらったのは小学校低学年のときだったのですが、その近所の床屋の鏡の横においてあった色紙に書いてあった以下の一句がとても印象的で、子供ながらに非常に感銘を受けたことを覚えています。
「まずしいから、あなたにあげられるものは、5月のやわらかな若葉と精一杯の愛情だけです」

朝シャワvs朝飯 3/19
私には中学生のときから今も続けている習慣があります。それは朝にシャワーを浴びることです(hirogでは「朝シャン」に準じて「朝シャワ」と呼ぶことにします)。
「当時好きだった女の子に寝グセを笑われた」という悲しいトリガー(キッカケ)から始まった朝シャワですが、今となっては生活の一部として切り離せないものになっています。朝シャワしないとしばらく目が覚めずに頭がスッキリしなかったり、朝シャワしないで外出着に着替えるのが気持ち悪いのでその日の気分がすぐれない、などの悪影響があります。ごく稀に寝坊をして朝シャワ抜きの日は早めに帰宅するようにしているぐらいです。「朝シャンを続けるとハゲになる」などと知り合いに脅かされながらもめげずに続けています。
こうなってくると、朝シャワへの執着は相当なもので、39度の熱があっても外出するとき(例えば病院へ行くとき)はシャワーを浴びたり、旅行先などで設備の故障や時間割のためお湯が出ないときには水のシャワーを浴びたりということも多々あります。
朝シャワにより、私の辞書から「寝グセ」という言葉は消し去ったはずにもかかわらず、何故かたまに「寝グセどうしたんですか?」と聞かれることがあり、私の髪のセットの甘さを痛感するときがあります。
ところで、基本的に夜型の私の場合、朝は非常に緊迫した時間割になっているので、朝シャワのためには何かを犠牲にしなくてはならず、朝シャワに取って代わられたのが朝食です。分かりやすく言うと、私は中学生のときから朝食を食べていません。
もっとも、他の人と旅行や出張に行ったり、ブレックファーストミーティングがあったりするときは、食べることもあるのですが、その昼に食欲が無くて、結果1日のリズムが狂うこともあります。また、一時期体重を3kg増やそうとしたときがあり、1ヶ月ぐらい朝飯を食べてた(といってもその分朝早く起きるわけではないので、外出後にコンビニで購入など)のですが、その分他の食事に影響が出て、体重は変わらなかったという経験があります。
そんなこんなで「朝シャワ」を四半世紀(25年)も続けている私ですが、いつの日かは年齢のために、朝シャワ習慣を続けるのが困難になるときが来るのだろうな、と今ブログを書きながら思いました。その日は何年後で、その日からは朝食を食べるようになるのでしょうか?

難問の答え 3/18
さて、昨日のクイズの答えは「習慣」でした。
さきほど、残業で残っていた10人ぐらいの社員達とこの回答について話していたのですが、皆意見が割れていました。意外と簡単だと思っていたのですが、冷静に客観的な視点で読んでみると、結構難しかったかも知れません。
ところで、中には答えを言ってもピンと来てなかった社員も居たので、せっかくなので、この習慣というものについて考えてみたいと思います。
習慣という言葉は身近なところでは、「朝ジョギングする習慣」・「早寝・早起きする習慣」などで使うことが多いと思います。マイナスなことに使う場合が多いですが「癖」というのも習慣の一種と考えてみると分かりやすいかも知れません。「怠け癖」・「女癖」・「酒癖」・「爪を噛む癖」など、心当たりがある人も多いかも知れませんね(笑)。逆にプラスな習慣としては「周りの人に感謝する習慣」・「大局的に物事を考える習慣」・「前向きに考える習慣」などが挙げられるかと思います。
「習慣」を辞書で調べてみると、「長い間繰り返し行ううちに、そうするのがきまりのようになったこと」とあります。「習慣は第二の天性なり」という諺は、「習慣の力は大きなもので、生まれつきの性質と変わらないほど日常の行動に影響を及ぼす」という意味です。イギリスの詩人であるドライデンという人は「はじめは人が習慣を作り、それから習慣が人を作る」と言っているし、「変化するには、古い習慣を新しい習慣に置きかえねばならない」とは米国の作家ピーターソンという人の言葉です。
習慣は、「知識」・「スキル」・「やる気」という3つの要素からなっていると言われています。つまり、何をするのか?という知識とどうやってするのかというスキルとそれを実行する気持ちが揃って初めて成り立つ、というものです。
たまに、「習慣になっちゃってるから仕方がない」のように、客観的で習慣とは変えられないもののように使われることがありますが、本来習慣は主観的なもので、「自分の意思でどうにでもなる」だと思います。昨日のクイズもそれを伝えたかったフレーズなのでしょう。
生まれながらの天性の性格は変えることはできないかも知れませんが、習慣から身についた性格は変えることができます。性格は考え方によるところが大きいですが、その考え方は習慣によるところが大きいと思います。そしてまた、その習慣は変えることができるということです。もちろんこういった事は、頭では分かっていても実行することは大変難しいことだと思います。でも習慣次第で「幸せにも不幸にもなる」・「成功にも失敗にもなる」ことが分かったら、まず「悪い習慣をやめる」・「良い習慣をつくる」ことを始めたいと思います。

真面目なクイズ 3/17
今日はクイズを出題したいと思います。
クイズと言ってもかなり真面目な問題です。私が最近読んだ本の中に書いてあるフレーズで、この本自体はあまり新鮮なものは無かったのですが、このフレーズの部分だけはとてもしっくりきたので、是非考えてみて欲しいと思います。
(ここから)
私はあなたの変わらぬ友である。私はあなたの最大の支援者、そして最大の重荷である。私はあなたの背中を押すこともあれば、失敗へと引きずり込むこともある。私は完全にあなたの思いのままである。あなたがする仕事の半分は私に託されるだろう。そうすれば私はすばやく、かつ正確にその仕事を片づけることができる。あなたが私に対して毅然とした態度をとっていれば、私は扱いやすい。どのようにしてほしいかを正確に示してくれれば、少しの訓練で自動的に与えられた仕事をこなすことができる。
私はすべての偉大な人物の召使いである。そして、悲しいかな、すべての破綻者の召使でもある。偉大な人物は、私のおかげで偉大になることができたのであり、破綻者は私のせいで破綻に追い込まれたのだ。
私は機械ではないが、人間の知性と機械のような正確さで仕事をこなす。あなたが利益を求めて私を働かせようが、破滅に向かって働かせようが、私にとっては変わりはない。私を利用し、訓練し、毅然とした態度で接すれば、私は世界をあなたの足元にひざまずかせてみせよう。私をなおざりにすれば、私はあなたを破滅に追い込むだろう。私は何あろう?
(ここまで)
答えは明日のブログ冒頭にて。(なんか視聴率目当ての番組みたい(笑))