私の中での「男気」の定義は「個人の利益や一時の感情に捉われずに信念を貫くこと」です。逆に言えば「男気」のある人はお金儲けは下手かも知れません。最近は真の意味で「男気」のある人というのは少ないように思います。それだけにそういう方にお会いすると、とても頼もしく思えますし、真っ直ぐなエネルギーを分け与えてもらったような気分になります。最近、とても「男気」のある方に出会ったのですが、「男気」のある方々に比較的共通しているのが格闘技が好きなことです(笑)。何か相関関係があるのでしょうか・・・。
先日銀行の待ち時間にとある週刊誌に目を通していたら、山口組の六代目組長について書いてあったのですが、そこには「任侠道の原点に返る」とありました。「任侠(にんきょう)」とは難しい言葉ですが、辞書によると「弱い者を助け強い者をくじき、義のためならば命も惜しまないといった気性に富むこと」とあります。ちなみに「男気」は「弱い者が苦しんでいるのを見のがせない気性」とあるので、同じような意味を持つ言葉なのだと思います。特に共通しているのは「弱い者を助ける」という部分です。是非ともそうなって欲しいものです。
TVや映画に出てくるいわゆるヒーローものは、「弱き者を助ける強い人」の場合が多いので、まさにヒーローは「男気」の象徴なのかも知れません。
ところで、「男気」という言葉に対して「女気」というのはあまり見慣れませんが、「女が自然に備えているとされる気質。しとやかで優しい気持ち。女心」とあります。単純に意味からすると対比語とも言えないですが、「男気」のある人と「女気」のある人のカップルが多いという事実は何を物語っているのでしょうか・・・。
まず、10月24日からナンバーポータビリティがスタートします。これは通信キャリア(DoCoMoとかKDDIとかvodafoneとか)を変更しても以前使っていた携帯番号がそのまま使えるというものです。これまで携帯番号が変わってしまうのが面倒で通信キャリアを変えないで居た人も結構いるのではないでしょうか?ちなみに事前調査によると、2割ぐらいがこれに伴い変更する意思があるようで、特にKDDI(au)が人気があるようです。vodafoneを買収したソフトバンクはダークホース的な存在です。おそらく相当革新的な端末や料金体系で望んでくると思われます。来年になると、規制緩和による新規キャリアが参入してきます。具体的にはイーモバイル、アイピーモバイルなどです。彼らは回線の転売などを積極的に行うことで既存キャリアとの差別化を図っていくと言われています。
ユーザーの嗜好も多様化してきていると思います。ケータイを電話として使う人、ビジネスツールとして使う人、個人情報管理として使う人、コミュニケーションツールとして使う人、ゲーム端末として使う人、カメラとして使う人、デジタルオーディオとして使う人など様々です。各通信キャリアは今後どういったコンセプトでどういったターゲット層に対して付加価値サービスを行っていくのでしょうか・・・。
つまり、これからは本当の意味での実力勝負であり、いかにユーザーの支持を得れるかにかかっています。今までは既得権でユーザー囲い込みを行っていたり、既述の番号変更など通信キャリアの自己都合でユーザーの利便性を欠いていたわけですが、それらが無くなるのです。私はやっと少しはフェアーな市場に近づくのではと期待しています。
また、こういった業界変動の中でプレイヤーとして事業展開していくことはとてもエキサイティングです。先日の会社の戦略説明会で話した戦略に基づいて、自分達が主体性をもってビジネスができるフィールドへ事業領域を拡大していくつもりです。ここ3年独自戦略で突っ走って、勝ち抜いていきたいと思います。
携帯と言えば、最近の携帯に関するリサーチ結果で興味深い結果がいくつか出ていました。
1つは携帯メールの利用率。若い人は当然ほとんどの人が使っているとは思っていましたが、60代の高齢の方でも4人に3人も携帯メールを使いこなしていて、特
に季節の挨拶や携帯写真の送信などを行っているそうです。
2つめは家族や恋人との連絡手段が、通話よりも携帯メールが多いという結果です。音声よりもテキストコミュニケーションがメインの世の中になったんですね。この結果は少し寂しい気もしましたが、逆に携帯メールを使うことで、連絡を取る機会が増えているような気もするので、コミュニケーション活性化に貢献しているのかも知れません。
3つめは携帯の必需性、携帯を持たないで外出するのは不安という人が62%もいるそうです。数年前の調査では過半以下だった記憶があるので、すっかり外出時の必需品となっているようです。
4つめは、私がまさにそうなのですが、携帯があるので腕時計を身に着けていない人が約半数にのぼることです。朝起きると必ず携帯を見る人も半数を超えていました。
5つめも私が該当者なのですが、3人に1人がトイレの中で携帯を使うことがあると答えていました。ちなみに私の知り合いでもhirogをトイレの中で読んでいると言っていただく方が少なくありません(笑)。
携帯は生活により密着してきていて必要不可欠なものになっていると思います。
そんな業界でビジネスをしていると思うとワクワクしてきます。ただ、我々のおかれているケータイ業界は今後は激動になるかも知れません。これについては明日のhirogにて・・・。
私はなんと両利きです。
私の両利きは、自分の記憶には無いのですが、母によると、そもそも父が間違って私に左利き用の野球のグローブを買って来たことに端を発するとのことです。
その後サッカーを始めたときにもその流れからか左で蹴るようになり、いつの間にか左利きになっていました。ただ、小さい頃から使っている鉛筆や箸を持つのは右なのです。
なんかあべこべだなーと思いながらも時が流れて、大学生のときにボーリングにはまっていた時期があるのですが、タオルでボールの油を拭き取っているときにふと全てが明らかになったのです。
つまり、私は手や足にボールが直接触れる球技(野球とかボーリングとかサッカーとか)は左になるのですが、道具を持って行う球技(バトミントンとか卓球とか)は右になるのです。もちろん鉛筆や箸は道具の一種なので右で扱うことになります。周りの人にサウスポーとか黄金の左足とか冷やかされていましたが、そんな大それたものではないのです。
以前、こういうタイプの人って世の中にどれぐらい居るのだろう、と素朴に疑問に思ったことがあるのですが、少なくとも私の身の回りには1人も居ませんでした。もしかして自分は異常なのか?と自己嫌悪に陥りそうになったのですが、よーく考えると、もしかして自分には他の人には持っていない能力があるのではないかとか、極めて器用な人間なのではないか、と自分に言い聞かせることにしました。言霊のおかげか、私はいつの間にか器用な大人になりました。
ところで、ここまで書いてきてふと、私が携帯を使うときには、どちらの手で使っているのだろうか、と疑問に思いました。さて、私が携帯で電話をしたり、メールを打ったりするときには、右左どちらの手で持っているのでしょうか?(答えは明日のhirogにて)
斬新なアイデアを思いついても、調べてみると他社が既に行っていたり、何らかの障害があって実現が難しい場合が多くあります。また、今までに無い手法の場合には、常識的な人は懐疑的になりがちです。このため合議制で決める新規事業が果たして成功するのか?ということも考えなくてはなりません。結局は誰かがリーダーとなって宣言して旗を振り続けなくてはいけないのです。
さて、皆さんが新規事業のリーダーとなって、自分のチームを組成するとしたら、スタッフにはどういう人を揃えますか?私は比較的慎重なタイプを選びます。新規事業の立ち上げは度胸のあるスタッフがいいのか、というとそうとは限らないと思っています。むしろ、慎重なタイプの人は事前に色々なことを調べたり、シミュレーションしたりするので、何が障害となり得るかを事前にキャッチして、それらの問題を1つ1つ潰していくことが出来るので、経験則のない新規事業には向いているのです。リーダーが大胆なリーダーシップを発揮して、現場の責任者が慎重かつ確実に前に進めるというのがちょうどいい組み合わせのように思います。
スタッフに「三浦社長は思いつきだけで何にも考えていないんじゃないの?私がしっかりしなきゃダメだわ(何故か女性(笑))」のように思わせれば、しめたものだと思います。ちなみに10個以上あった(hirog「かめさんチーム」参照)プロジェクトはその後のマーケティングやフィージビリティチェックによって現時点で3個までに限定されてきています。
そんな私ですが、実は自分はもともとは慎重派な人間で、デートするときには必ず計画を立てていたし、口座に必ず預金が無いと心配な人間でした。そんな私が、
最近とある方から「大胆な経営」とか言われ、正直面食らいました。私は経営は地ではなくて、仕事として考えています。ミッションが新規事業の立ち上げであれば、新規事業を立ち上げて始めて仕事が完了するのです。私は慎重なのですが、確信が持てたときには突っ走ることができるというところがあります。
新規事業のリーダーは、勇気と信念が必要です。リスクが高すぎる、勝算が少ないと感じたときには止める勇気もまた必要です。
うちの会社は新規事業の立ち上げとM&Aを平行して行っています。確かにM&Aは新規事業に比して圧倒的に時間が短縮できるし数字が見えやすいのですが、自ら新規事業を立ち上げる努力を惜しんでいると、ベンチャーでなくなり自然淘汰されるか、単なる投資会社になってしまうので、そこは見失わないようにしたいと思っています。
一瞬マーク・ニューソン氏に依頼しようかとも考えたのですが、今後の汎用性やお財布事情などを考慮して辞めました。そこでコンペ形式のような形で数社にアイデアを出してもらい、その中からとある企画・デザイン会社に委託する形をとりました。この会社はコンセプチャルなところから時間をかけてやっていくスタイルであり、会社の経営方針や今後の戦略など一連についてヒアリングを経て、業界内でのポジションや差別化などを考えつつ、お互いのイメージやコンセンサスを合わせながら進めていくというプロセスだったので、自分達もあらためて将来像やポジショニングを再認識する良い機会になりました。
ロゴマークというものは、会社を象徴するものですし、長く使うものですから、ファーストインパクトだけではダメなのです。そこで自分の主観だけではなく客観性も大事だと思い、S取締役と広報Yをfonfunロゴマーク制作プロジェクトメンバーとして、彼らの意見も聞きながら進めてきました。
出張の合間にも何度か制作会社と意見交換をしながら内容を詰めていったのですが、色々紆余曲折したものの、結局デザイナーさんが一押ししてくれていたものに限りなく近くなったから不思議です。やはりプロはトータル的なバランスが分かるのでしょうね。初めは字体に少し違和感もあったのですが、見慣れるうちに逆に新鮮味があってよく思えてきました。fonfunという名前と同様、見ているうちに好きになる感じのロゴです。
ちなみに、このロゴマークは「スマート」をテーマに斬新性を含めたコンセプトで作られています。スタッフには来週の月曜日に披露する予定です。
さて、やっとロゴが決まったので、これから株券を含む印刷物関連を一気に推し進めなくてはなりません。また、10月1日へ向けたホームページの改訂作業も進めています。私はひとやま超えた感もあるのですが、現場はそれどころではないと思います。スタッフの皆さん、頑張ってください。
外部の皆さん、10月1日からの新生「fonfun」にご期待ください。
じているのと、市販の薬も処方薬もあまり変わらないのではないかという思いがあるからです。
そんな私なのですが、今日はお昼に風邪としては15年ぶりぐらいに内科に行ってきました。
1週間ほど前からセキが出ていたのですが、ここ数日夜になるとセキが止まらず睡眠に支障が出るほどだったからです。夏風邪は怖いと周りからプレッシャーをかけられたのも後押ししました。
久しぶりの病院に少し緊張しながら、医師の診察を受けました。私が症状を説明しても医師はあまり聞いてくれていない様子で、聴診器で診たぐらいで、後はたくさんの薬を手渡されました。薬の説明を1つ1つ受けているうちに、結局何が原因だったのかを聞くのを忘れてしまいました。
それにしても、しばらく行かないうちに薬も色々あるのですね。これは大元を直す薬、これはセキを止める薬、これは症状をやわらげる薬、これは漢方薬・・・。5種類ほどの薬を手渡され、物は試しにと全ての薬を飲んでみました。効果は・・・今のところ何の変化もありません。
小さい頃は、とにかく薬が嫌いだったのですが、特に粉末の薬が苦手でした。飲んだ後も若干の粉末が残るあの感覚は思い出すのも嫌です。すべてが錠剤になればいいのに、と思うのですが、どうして今でも粉末剤が残っているのでしょうね。
薬と言えば、昔は子供が飲みやすいように、いかにも人工着色料の色をして、甘い味のする液体式の風邪薬がありましたが、今でも存在するのでしょうか。私は苦い薬が嫌いな割りには、甘い薬はもっとあり得ない(身体に悪そう)と思って液体式の風邪薬は飲まなかったのですが、私が甘いお酒が苦手なのは、これに通じるものがあるのかも知れません。
薬・・・、できればお世話になりたくないものです。
皆さんはかき氷というと何を想像しますか? 大人や女性の間では「宇治金時」がポピュラーなのではないかと思います。いわゆる「甘味処」に入ると宇治金時とかおいていないこともあります。
私は子供みたいで恥かしいのですが、圧倒的にイチゴとメロン派です。逆にこれら以外は邪道と思うぐらいです。まずは何よりも色が綺麗でルビーやエメラルドの宝石の山を連想させてくれます。ついで練乳をかけたときのミックスされた味が何とも言えず懐かしさと涼しさを醸し出してくれます。昔ハウスの「シャービック」という氷菓子(!?)があったのですが、それが大好きでそのときからずっと氷と言えばイチゴとメロンという意識付けがされてきたのだと思います。
ただ自宅でかき氷を作るときだけは例外で、必ずカルピスをかけていました。カルピスは濃縮液なのでシロップとしてはベストなのです。課題はどこまでかけたのか見分けがつかなくなることですが、結果多めにかけることになるので、最後まで味が残っているというメリットもあります。最近では普通の冷蔵庫のブロック氷を使った製氷機が多くなりましたが、以前は専用の製氷カップがあったので、一回食べてしまうと固まるまでに時間がかかり、子供の頃何度も冷蔵庫を開けては、今か今かと待っていた記憶があります。
私が外でかき氷を食べるときに許せないのがシロップが薄いことで、特に海水浴場や屋台でかき氷を頼むと氷が粗い上にシロップが少なく、大概外で食べるので
外気の暑さであっという間に溶けて味が薄くなってしまいます。ただ最近はシロップがセルフになっているお店もあり、先日花火を観にいったときの屋台で、シロップがセルフでかけ放題の屋台があり、つい調子にのって5種類ぐらいかけてしまったら、何とも言えない味になってしまい、結局途中で食べれなくなってしまいました。やはりシロップはシンプルが一番です。
宇治金時は食べてもあまりおいしいと思わないのですが、一度だけ京都に行ったときに入った「甘味処」で止む無く頼んだ「宇治金時」だけは絶品でした。もっともこのときはシロップではなく、氷が非常に細かくて繊細で、口に入れるとそっと溶けていく感覚が絶妙でした。
中国では何故かかき氷の大きさを競っているお店が多く、中華料理と同様に1つのかき氷を皆でつつく光景を良く目にします。もちろんミネラルウォーターを使っていない場合には味に癖があることは言うまでもありません。
今日もイチゴミルクのかき氷をいただいたので、満足して眠れそうです。
警察官は「違反は違反」という感じで私の釈明を聞く間もなく調書づくりに行ってしまいましたが、またこの時間が長くかかること・・・。やっと戻ってきたときに「普段は安全運転をしているし、今回は確かに不注意なところはあったかも知れないが、故意なものではないし、危険や
迷惑をかけるものではないのではないか?」と伝えたのですが、否認するなら勝手にどうぞ、という感じでキップだけ手渡されました。
普段車を運転していると、本当に迷惑な路駐があったり、乱暴な運転があったり、悪質な違反が目につきますが、そういったものにはなかなか対処してくれずに、迷惑や危険性の無いエリアで、軽微な違反を指導もなくすぐに取り締まるというのはどうなんでしょうね。ノルマがあるのかどうかは分かりませんが、本来の道路交通法の目的や指導取締りの意義というのとはちょっとずれているように思えます。
軽微な違反と言えば、私は免許を取得した頃、初心者マークをつける習慣がなく、それだけで6回以上捕まり、免許停止になったことがあります。多分、初心者マーク義務違反のみで免停になったのは日本でも私ぐらいではないのでしょうか?
とにかく、いつもは安全運転を心掛けて、迷惑や危険性のある運転はしていないにもかかわらず、こうやって軽微な違反で点数が引かれたり、反則金を支払うというのに、なんとなくしっくりこない私なのでした。
私には姉と妹がおり、両方とも小さい頃からバレエを習っていたので、その発表会をよく観にいっていました。
バレエの発表会となると、衣装やら化粧やらでバタバタしていて大変です。また化粧はかなり特殊なものなので、化粧をすると誰が誰だか分からなくなってしまいます。何度か楽屋に花を届けに行ったことがあるのですが、本人に行き着くまでに相当な時間を要します。
姉妹の練習のために、私もよく練習場を観にいっていたのですが、周りが全員女の子で居心地が悪かったのを覚えています。よく先生や家族に私もバレエをやらないかと言われたのですが、どーもあの白いタイツを履くのが嫌で、結局一度も練習には参加しませんでした。
ところでバレエと言えば、日本では熊川哲也さんが有名ですね。外見も去ることながら彼の踊りは今までのバレエの概念を覆してくれます。私もTVでしか拝見し
たことが無いのですが、あのジャンプは人間離れした技ではないかと思います。
今度是非一度実物を観てみたいものです。私も白いタイツさえ履かなくても良かったら、きっとバレエをやっていたと思いますし、今は熊川さんのようになっていたかも知れません(笑)。でも私は根本的に身体が堅いのでダメでしょうね。バレエをやっている/やっていた方々は、本当に身体が柔らかくて羨ましいです。並々ならぬ努力があのしなやかさを演出しているのだと思います。
今日観にいったバレエは、クラシックバレエだったのですが、踊りはもちろんのこと、音楽を聴いているだけでもとても優雅なひとときを感じることが出来て、良い気分転換になりました。
最近踊りの学校がたくさんあるようですが、自分も何か踊りをしてみたくなりました。
まず、飲食業でよくイライラするのが店員が少ないところです。このようなお店では、前の客の後片付けが終わっていなかったり、呼んでもなかなか来てくれなかったり、頼んでも忘れられたり、ということが多々あります。人件費の削減のためかも知れないのですが、こういったことがあると印象が悪くなって、かえって逆効果でますます客が減ってしまって本末転倒になってしまうように思います。
逆に店員の頭数が十分であっても、店員同士でおしゃべりをしていて全く周りに気が回っていなかったりするケースもあります。サービス業は、お客が何を望んでいるのかというニーズの汲み取りや状況把握が最も重要だと思うのですが、教育が行き届いていない店は本当にお粗末なもので、そういうところに限っては責任者も同種なことが多いので困ったものです。
私は、普段の生活で立腹することは比較的少ない方なのですが、サービス業で納得できないことがあるときだけは許せない性格です。以前とあるファーストフード店で自分がテリヤキバーガーを頼んだときに、フィッシュバーガーが出てきたので「すいません、頼んだものと違うのですが」と店員に伝えたところ、店員は「いいえ、確かにフィッシュバーガーと言ってました」と言われました。「あの、私は魚が好きではないのでフィッシュバーガーを頼むことはあり得ないのです」と言ったのですが、店員は私が間違っているとの一本槍だったので、かつんと来た私は「店長を呼んでください」と言いました。ところが私の期待に反して、出てきた店長の言葉は「うちのスタッフが嘘を言うとは考えられないのでお客さんが誤って注文したと思います」でした。もうここまで来ると怒るというより呆れて言葉が出ませんでした。
これはあくまで一例ですが、万が一に客が間違った注文をしていたとしても、それが故意のものでなければ交換するのがサービスの精神ではないかと思います。
私はサービス業は、サービスという付加価値について対価を払うという認識を持っており、その付加価値はお客さんが判断するものだと思っています。もちろん、それでは定価というものが決まらず現実的にビジネスが成り立たないことになりえるので、定価があるのは仕方が無いとして、サービスを受ける前に対価を支払う、という行為にも大変違和感を覚えます。
例えばマッサージ店やレストランなどで先にお金を支払うことがありますが、そういうところの経営者はサービス業というものをどういう風に考えているのだろうと疑問に思ってしまいます。
日本はサービスの精神という意味においては、世界でも上位に入る国だとは思いますが、まだまだ改善の余地は残っているのではないでしょうか?
ネットビレッジフットサルクラブは、うちの会社が南大沢にあった頃なので、たぶん4年ぐらい前に設立されたと思います。といっても全くスタッフの自主組織なので会社が何かしらのサポートをしているわけではありません。毎週(!?)仕事帰りに練習をしているらしく、よく続いてるなと感心します。
ところで、かくいう私も一応メンバーに入っています。その証拠に先日ユニフォームが配布されました。背番号は23。この意味分かりますか? そう、ネットビレッジの証券コード(株式売買の識別番号)2323から取ったのです。本当は2323が良かったのですが、さすがにそれは無理だったようです。ちなみに私の車のナンバープレートも2323で、いかに会社を愛しているかが分かっていただけるかと思います(笑)。
さて、このサッカーですが、私は実は小学校からサッカーをしていました。小学校のときのミニサッカー(フットサルに同じ。当時はミニサッカーと呼んでいた)の県大会で優勝したこともあります。ただそれはもう過去の話で今の動きからは想像できないので、今では恥かしくて人に言えるものではありません。
私は比較的足が速くてちょこまか動くのは得意だったのですが、逆に身体が小さくて力が無かったので、ロングキックが苦手でした。私はフォワードをしていたのですが、コーナーキックになると憂鬱になったのを今でも覚えています。
ネットビレッジフットサルクラブには、今まで5回ぐらいしか参加したことが無いのですが、さすがにもう走り続けることができず、また調子にのっていると足をつってしまうので、いつも激しく動けないでいます。きっとKキャプテンなどは苛立っているのではないかと思います(笑)。
ネットビレッジフットボールクラブには女子社員も加入しています。最近はフットサルは女性の間でも人気があるようで、うちの女子社員もなかなかの腕前です。
最近はうちの会社のグループも大きくなってきたので、グループの総力をあげてメンバーを揃えればかなりのものになるかも知れません。
NVFCが上手い人達だけになり、私が試合に出る幕が無くなる前に、一度是非試合に出てみたいと思います。
今は空港のレストランでご飯を食べながらhirogを綴っています。このレストラン「シャロン(沙龍)」は日本のシャロンの支店です。先行者メリットか、コネかは分からないのですが、上海の空港(浦東にある国際空港と虹橋にある国内空港)では必ずシャロンが入っています。日系中国企業応援派の私としては、ついこの店に入ってしまうのですが、やはり中国のお店と違って教育は行き届いていてサービスは悪くありません。ただ1つ許せないのは、お水が出てこないのです。
中国のレストランではお水が出てこない店が多くて(というか基本お水は出てこない)、お水を頼んでも臭い水道水が出てきたり、これを沸騰させたお湯が出てきたりします(ただ水と言うとお湯が出てくるので要注意です)。ミネラルウォーターを飲みたければ「鉱泉水(クアンチュアンシュイ)」を有料で頼まなくてはなりません。
おそらく、お水が出てこない理由は、このように水がまずいことと、飲み物の売上を稼ぐことの両方があるのだと思います。中国の不思議なところの1つは、定食などの料理のセットと飲料がほとんど同じ金額であることです。なので地元の人は飲み物を頼まない人も結構います。
では、普通の家庭やオフィスでは飲料水をどうしているかというと、蒸留水屋からタンク(というか透明な樽)で水を運んでもらい、それを飲料水機(!?)に入れてそこから水を出すのです。よって中国ではどこでもこの飲料水機は欠かせません。ただこの飲料水機の優れているところは、冷水と熱水の両方が出ることです。
逆に言うといつでもお湯が沸いているので、コーヒーを飲んだりカップラーメンを食べるのにはとても便利です。高級なレストランではお茶にこの蒸留水を使っているので飲めるのですが、その辺のレストランでは水道水を熱したものを使っているらしく、変な味がします。
中国で飲み物を頼むときには要注意です。
私は中国にいるときの食事は、パートナーとの会食か、社員との会食が多いのですが、会食の時には自分の好きなものが食べれないことが多くなります。ご存知の通り中国では円卓などで大人数で大皿の料理を食べるわけですが、注文する人は1人なのでその人に依存するのです。ちなみに中国の責任者は豆腐が大好きで私は豆腐が苦手なので、なかなか合うことが難しいのです(笑)。
たまに1人で食事をするときにはどこで何を食べようかいつも悩むのですが、この悩むのが楽しみの1つだったりします。今回は1人で食事する機会が2回あり、1回目は六本木ヒルズにも入っている台湾の点心屋でシャオロンポウが有名な「県泰豊」の上海支店に、2回目は表題にある「御香海」という店に行きました。
私は以前はステーキや焼肉が大好きだったのですが、最近は少しあっさりした「しゃぶしゃぶ」が気に入っています(周りからは年のせいだと言われますが)。「御香海」はしゃぶしゃぶのお店です。
上海ではかなり色々な日本料理店へ行ってみたのですが、基本的に何故か食べ放題が多くておいしい店は本当に少なく、もう一度行ってもいいかなと思ったお店は3つぐらいしかありません。「御香海」はその中の1つです。「御香海」の好きな理由は肉や野菜がまともで安心して食べられること、店内や茶碗が清潔であること、スープ、タレ、薬味なども選べること、で最後にうどんやご飯も食べれるので日本のしゃぶしゃぶのお店と何ら変わりありません。しかも食べ放題で98元(1500円ぐらい)という料金になっています(もっともこの金額は現地の人にすれば贅沢な晩餐の類に入るのですが)。
中国でお客さんと会食するときには、やはり中国料理になってしまうので、日本料理屋に行く機会というのは駐在しているスタッフと行くぐらいしかないのですが、中国料理が続くとたまに日本料理が恋しくなることがあります。今日もどうしても御香海のしゃぶしゃぶを食べたくなり、1人で行くのは気が引けたのですが、最後のMTGの訪問先がそこに近いこともあって、つい入ってしまいました。
思い出したように半年に一度ぐらいしか行かないにもかかわらずママは私を覚えてくれていて、山盛りのお肉と笑顔でサービスをしてくれました。
懐かしい味に舌鼓を打ち、最後のデザート(もちろんスイカです)をいただいて、満足感とともに店を後にしました。ちょうど店の門を出たところで駐在している日本人スタッフが夏休みから中国に戻ってきたとの電話があり、我慢できずに1人で御香海へ行ったことを伝えると大笑いされてしまいました。そんな形で私の中国出張最終日は終わったのでした。
ところで、時代劇といえば、中国の時代劇はとても不思議です。かなりの割合で空を飛ぶことができます。また火を噴いたり閃光を放つのもしばしば。たまに得体の知れない怪物も出てきます。日本でも以前中国で大流行した映画「英雄(hero)」が日本でも上映されていましたが、あれも空中戦がありました。
私が中国在住当時はまってしまった「冒険王衛斯理」というアドベンチャードラマ(!?)も主人公が宇宙からやってきた男性で、地球の女性に恋をしてしまうというストーリーでした。
この現実とのギャップがあまりにも大きいので、くだらないという日本人が多いのですが、私は逆にこの現実離れなところが新鮮味があってつい見入ってしまいます。以前hirogで華流の話をしましたが、中国ドラマは観れたとしても、中国時代劇は残念ながら日本で流行ることは難しいでしょう。
とにかく中国の時代劇では格闘シーンが欠かせません。それも「こんな人が?」と思うようなかよわい女性や今にも倒れそうな老人が、超人的で圧倒的な強さを発揮して大勢の人達を倒していくので、観ていて痛快感があります。
ただ、そんなあり得ないシーンも、中国の4千年の歴史とカンフー文化が、もしかしたらあったのかも知れない、と思わせる(かなり無理がある?)から不思議です。
なぜ私が時代劇が好きなのかを自分なりに分析してみると、同じ架空の物語であっても、少しは歴史の真実が含まれているかも知れないという好奇心と、弱きを助けて悪を無くす「正義」や「強いもの」が好きなんだと思います。そしてすぐに自分を主人公に重ねて見てしまいます。そういう意味では幼い感覚が残っているのかも知れません。