結婚式 4/30
GW初日の今日は、社員Kの結婚式に行ってきました。
社員と言っても以前私の秘書的な仕事もやってもらっていたり、家が近いこともあってたまに一緒に帰ったりしていて、交流が多かったので、感情に触れる部分がありました。
今回の結婚は、新郎が以前うちの会社で働いていたときに交際が始まり結婚に至ったという背景があり、半ば社内結婚のような感じで、私は新郎のこともよく知っていました。
披露パーティは50人ぐらいの身内を集めて行われたのですが、このぐらいの人数だとマイクが無くとも声が伝わるぐらいの距離感で一体感があり、とてもアットホームで雰囲気の良い披露パーティでした。
ところで、実はこの結婚式は奇跡的な出来事だったのです。本人達のプライバシーもあるのであまり詳しくは話せないのですが、新郎は新婦のことが大好きで、とにかく何度断られてもずーっとアプローチし続けたそうです。そしてついに最後は新婦がその押しに負けたとか。でも結果お互いにとって大切な人になって、こうやって結婚までいったら幸せですよね。
つい最近、別のとあるカップルからも、100回ぐらい告白してダメだったのに、急にOKになったという話を聞きました。世の中の全ての片思いの男性に伝えたいようなエピソードです。
つまり、「好きになったら思いを伝えること、そして本当に好きなら諦めずに押し続けるとその努力が報われることもある」ということだと思います。もちろんあまりしつこくし過ぎて本当に嫌われちゃったり、ストーカー容疑で警察に連れて行かれたりしないように注意しないとですけど。相手の女性の性格や、その時々のバイオリズムなど、ケースバイケースなんでしょうね。
私の好きな本に「愛する」ことは「動詞」なので、自分の意思で変えられるものだと書いてあったのですが、まさに今日はそれを現実に見た感じがしました。
KさんとAさん末永くお幸せに・・・。
社員と言っても以前私の秘書的な仕事もやってもらっていたり、家が近いこともあってたまに一緒に帰ったりしていて、交流が多かったので、感情に触れる部分がありました。
今回の結婚は、新郎が以前うちの会社で働いていたときに交際が始まり結婚に至ったという背景があり、半ば社内結婚のような感じで、私は新郎のこともよく知っていました。
披露パーティは50人ぐらいの身内を集めて行われたのですが、このぐらいの人数だとマイクが無くとも声が伝わるぐらいの距離感で一体感があり、とてもアットホームで雰囲気の良い披露パーティでした。
ところで、実はこの結婚式は奇跡的な出来事だったのです。本人達のプライバシーもあるのであまり詳しくは話せないのですが、新郎は新婦のことが大好きで、とにかく何度断られてもずーっとアプローチし続けたそうです。そしてついに最後は新婦がその押しに負けたとか。でも結果お互いにとって大切な人になって、こうやって結婚までいったら幸せですよね。
つい最近、別のとあるカップルからも、100回ぐらい告白してダメだったのに、急にOKになったという話を聞きました。世の中の全ての片思いの男性に伝えたいようなエピソードです。
つまり、「好きになったら思いを伝えること、そして本当に好きなら諦めずに押し続けるとその努力が報われることもある」ということだと思います。もちろんあまりしつこくし過ぎて本当に嫌われちゃったり、ストーカー容疑で警察に連れて行かれたりしないように注意しないとですけど。相手の女性の性格や、その時々のバイオリズムなど、ケースバイケースなんでしょうね。
私の好きな本に「愛する」ことは「動詞」なので、自分の意思で変えられるものだと書いてあったのですが、まさに今日はそれを現実に見た感じがしました。
KさんとAさん末永くお幸せに・・・。
色黒と色白 4/29
私は年を経るにしたがって皮膚の色が薄くなっているようです。
私は小さい頃は、本当に色が黒く「ちび黒サンボ」とか「だっこちゃん(当時は黒色のみだった)」と呼ばれてからかわれていたほどです。それが今では「色が黒いですね」と言われることは皆無となりました。最近ひょんなことから、そのことにふと気がつき、皮膚の色ってそんなに変化するのだろうか?と不思議に思っています。
小さい頃、色が黒いと言われることは一種のコンプレックスで、日に焼けたわけでもないのに会う人会う人に「すごく日焼けしてるね、どこの海に行ったの?」と言われるのが苦痛でした。今では信じられませんが、なんとか色を白くする方法は無いかと真剣に考え、お風呂上りのパウダーをたくさんつけていたことがあるぐらいです。そういう意味では皮膚の色で人種差別を受けている方々の気持ちが分かる気がします。
中学の頃、初めて、とある女の子の「色の黒い男の人が好き」という言葉を聞いたとき、その人が天使に見えました。
そんな私にとって「日焼けサロン」なるものは、最も縁の無いものです。でも日焼けサロンは、たくましく見られたいという男性や健康的に見られたいという女性などにとっては、対価を払ってでも得たいものなのでしょう。
一時期、ガングロ女子高生が流行りましたが、あれで何を表現したいのかは未だに理解できていません。初めてガングロ女子高生を見たときには、だっこちゃんと初めて出会ったときのインパクトよりも大きかったです。
大学生の頃からは、色黒なのはマイナスではないと自分に言い聞かせていたので、皮膚の色を気にしなくなったのですが、逆に気に留めなくなったせいで、皮膚が薄く(!?)なってきたのかも知れません。
でも、最近では、中性的、女性的な男性が好まれたりして、色白の方が人気があるような気がします。
ただ、皮膚の色に白黒をつけること自体、無意味なことかも知れませんね。
私の皮膚が今後これ以上白くならないことを祈りつつ、たまにはお日様にあたりたいと思います。
私は小さい頃は、本当に色が黒く「ちび黒サンボ」とか「だっこちゃん(当時は黒色のみだった)」と呼ばれてからかわれていたほどです。それが今では「色が黒いですね」と言われることは皆無となりました。最近ひょんなことから、そのことにふと気がつき、皮膚の色ってそんなに変化するのだろうか?と不思議に思っています。
小さい頃、色が黒いと言われることは一種のコンプレックスで、日に焼けたわけでもないのに会う人会う人に「すごく日焼けしてるね、どこの海に行ったの?」と言われるのが苦痛でした。今では信じられませんが、なんとか色を白くする方法は無いかと真剣に考え、お風呂上りのパウダーをたくさんつけていたことがあるぐらいです。そういう意味では皮膚の色で人種差別を受けている方々の気持ちが分かる気がします。
中学の頃、初めて、とある女の子の「色の黒い男の人が好き」という言葉を聞いたとき、その人が天使に見えました。
そんな私にとって「日焼けサロン」なるものは、最も縁の無いものです。でも日焼けサロンは、たくましく見られたいという男性や健康的に見られたいという女性などにとっては、対価を払ってでも得たいものなのでしょう。
一時期、ガングロ女子高生が流行りましたが、あれで何を表現したいのかは未だに理解できていません。初めてガングロ女子高生を見たときには、だっこちゃんと初めて出会ったときのインパクトよりも大きかったです。
大学生の頃からは、色黒なのはマイナスではないと自分に言い聞かせていたので、皮膚の色を気にしなくなったのですが、逆に気に留めなくなったせいで、皮膚が薄く(!?)なってきたのかも知れません。
でも、最近では、中性的、女性的な男性が好まれたりして、色白の方が人気があるような気がします。
ただ、皮膚の色に白黒をつけること自体、無意味なことかも知れませんね。
私の皮膚が今後これ以上白くならないことを祈りつつ、たまにはお日様にあたりたいと思います。
傘 4/28
今日は雨だったので、雨らしい話題を・・・。
私はあまり傘を持ち歩くのが好きではありません。もちろん邪魔なのが一番の理由ですが、よく失くすということも関係しています。
自慢にならないのですが、私は数年前まで傘紛失率100%を記録していました。つまり買った傘は1本も残っていなかったことになります。これはまずいと思い、まともな傘を買ってみたら、なんと奇跡的に今日までまだ手元にあります。(もっともその傘をほとんど持ち歩かないのが一番の理由だったりするのですが)
朝出掛けるときに雨が降っていない限り、天気予報が雨であっても傘を持たないで家を出るので、外出するときに雨が降っていると、雨に濡れるか、コンビニで傘を買う羽目になります。どちらになるかはオフィスビルの入り口で「雨の強度」と「外を歩く時間」という2つのファクターを基におよそ30秒で決断されます。
折畳傘を持って歩けばと人に言われるのですが、開いている時間があったら走る、みたいなところがあったり、使った後畳むのが面倒というのもあります。特に満員電車で傘を折畳むのは相当しんどい作業です。満員電車といえば人の傘がスーツに当たって汚れるのもかなりストレスです。
なかなか信じてもらえないのですが、私は中国に住んでいた1年半の間、傘を保有していませんでした。ただ中国では雨避けをしていると、人が傘を売りに来てくれるのでとても便利です。その場で安い傘を買って(色やセンスは最悪ですが)基本的に使い捨てです。
傘は、昔は手動が趣があって好きでしたが、今は効率的な自動が楽です。また、傘を差すなら濡れたら意味が無いので、私は「トトロ」が差していたような、大きくて深さのある傘が好きです。
ところで、傘と言えば「あいあい傘」を思い浮かびますが、男性の皆さんは、気になる女の子と二人で外出していて突然雨が降ってきたとき、折畳傘を持っているの
に、持っていないふりをして女の子の傘を借りてあいあい傘で歩いた経験ってないでしょうか? そんな姑息なことするのは私だけ?(笑)
傘は昔から全く進化していない気がしていて、いつか革新的な想像もつかない未来型の傘とか登場しないかと期待しているのですが、数十年経った今でもまだ出てこないので自分が考えるしかないかなと思っています。
話は全く変わりますが、本日中国食品のモバイルEコマースサイトをオープンしました。うちの中国人スタッフKが渾身を込めてつくったサイトです。お茶とかショーロンポウとか色々あるので是非のぞいてみてください。
私はあまり傘を持ち歩くのが好きではありません。もちろん邪魔なのが一番の理由ですが、よく失くすということも関係しています。
自慢にならないのですが、私は数年前まで傘紛失率100%を記録していました。つまり買った傘は1本も残っていなかったことになります。これはまずいと思い、まともな傘を買ってみたら、なんと奇跡的に今日までまだ手元にあります。(もっともその傘をほとんど持ち歩かないのが一番の理由だったりするのですが)
朝出掛けるときに雨が降っていない限り、天気予報が雨であっても傘を持たないで家を出るので、外出するときに雨が降っていると、雨に濡れるか、コンビニで傘を買う羽目になります。どちらになるかはオフィスビルの入り口で「雨の強度」と「外を歩く時間」という2つのファクターを基におよそ30秒で決断されます。
折畳傘を持って歩けばと人に言われるのですが、開いている時間があったら走る、みたいなところがあったり、使った後畳むのが面倒というのもあります。特に満員電車で傘を折畳むのは相当しんどい作業です。満員電車といえば人の傘がスーツに当たって汚れるのもかなりストレスです。
なかなか信じてもらえないのですが、私は中国に住んでいた1年半の間、傘を保有していませんでした。ただ中国では雨避けをしていると、人が傘を売りに来てくれるのでとても便利です。その場で安い傘を買って(色やセンスは最悪ですが)基本的に使い捨てです。
傘は、昔は手動が趣があって好きでしたが、今は効率的な自動が楽です。また、傘を差すなら濡れたら意味が無いので、私は「トトロ」が差していたような、大きくて深さのある傘が好きです。
ところで、傘と言えば「あいあい傘」を思い浮かびますが、男性の皆さんは、気になる女の子と二人で外出していて突然雨が降ってきたとき、折畳傘を持っているの
に、持っていないふりをして女の子の傘を借りてあいあい傘で歩いた経験ってないでしょうか? そんな姑息なことするのは私だけ?(笑)
傘は昔から全く進化していない気がしていて、いつか革新的な想像もつかない未来型の傘とか登場しないかと期待しているのですが、数十年経った今でもまだ出てこないので自分が考えるしかないかなと思っています。
話は全く変わりますが、本日中国食品のモバイルEコマースサイトをオープンしました。うちの中国人スタッフKが渾身を込めてつくったサイトです。お茶とかショーロンポウとか色々あるので是非のぞいてみてください。
歌はともだち 4/27
これは幼稚園卒業記念の色紙に私が書いたメッセージです。園児なので、「みんなとはなれるのはさびしいです」とか「しょうがっこうにはいってもいっしょにあそぼうね」とかのメッセージがほとんどの色紙の中で「歌はともだち」・・・。なんともませた一言だと思います。
実はこれは私の意志ではなく、母が考えた一句で、私はキザな感じが嫌だとしばらくダダをこねたのですが、母の「あなたを最も良く表す素敵な言葉よ。将来読んだときにみんなが思い出してくれるわよ」という必死の説得に屈して渋々書いたのを覚えています。
確かに私は歌が大好きでした。母は小さい頃NHKラジオで歌を歌っていたらしいので、その遺伝なのかも知れません(つい最近もNHKテレビに出たとか自慢のメールが送られてきました)。私は何よりも声が大きいので、幼稚園で歌を歌うときには私の声しか聞こえなかったようですし、小学校では先生に指名されて指揮者をやっていました。
私は成長が遅かったのか、変声期になるのが遅く、中学時代にはずっとソプラノ部隊で、学年が上がるにしたがって男性ソプラノが減り続け、3年生のときには男子は私だけで、とても恥かしい思いをしました。
高校時代には、バンドを組んで、同郷出身のロックバンド「ハウンドドッグ」のコピーをしていました。ボーカルの大友康平さんの声に似せるために海へ行って大声で叫び続け、なんとか声をつぶそうとしたのですが、私の声帯は相当丈夫ならしく、結局潰れなくてバンドは自然消滅しました。
大学生のときには、飲み会で生まれて初めてカラオケというものを歌ったときに(今も覚えていますが楽曲は安全地帯の「熱視線」でした(笑))、あまりにウケが良かったのが運のツキで、その後調子こいてしばらくカラオケに通っていました。
社会人になってからはカラオケに行く機会がめっきり少なくなりましたが、最近では上海のラウンジ5でたまに歌うぐらいです(誰も知りませんね)。
そんな歌が大好きな私も楽器は苦手みたいで、一曲でもピアノが弾けるようになりたいとの願望があります。
いつか、余裕ができたら、会社のメンバーでバンドを組んで、紅白歌合戦に出てみたいと思います(笑)。
実はこれは私の意志ではなく、母が考えた一句で、私はキザな感じが嫌だとしばらくダダをこねたのですが、母の「あなたを最も良く表す素敵な言葉よ。将来読んだときにみんなが思い出してくれるわよ」という必死の説得に屈して渋々書いたのを覚えています。
確かに私は歌が大好きでした。母は小さい頃NHKラジオで歌を歌っていたらしいので、その遺伝なのかも知れません(つい最近もNHKテレビに出たとか自慢のメールが送られてきました)。私は何よりも声が大きいので、幼稚園で歌を歌うときには私の声しか聞こえなかったようですし、小学校では先生に指名されて指揮者をやっていました。
私は成長が遅かったのか、変声期になるのが遅く、中学時代にはずっとソプラノ部隊で、学年が上がるにしたがって男性ソプラノが減り続け、3年生のときには男子は私だけで、とても恥かしい思いをしました。
高校時代には、バンドを組んで、同郷出身のロックバンド「ハウンドドッグ」のコピーをしていました。ボーカルの大友康平さんの声に似せるために海へ行って大声で叫び続け、なんとか声をつぶそうとしたのですが、私の声帯は相当丈夫ならしく、結局潰れなくてバンドは自然消滅しました。
大学生のときには、飲み会で生まれて初めてカラオケというものを歌ったときに(今も覚えていますが楽曲は安全地帯の「熱視線」でした(笑))、あまりにウケが良かったのが運のツキで、その後調子こいてしばらくカラオケに通っていました。
社会人になってからはカラオケに行く機会がめっきり少なくなりましたが、最近では上海のラウンジ5でたまに歌うぐらいです(誰も知りませんね)。
そんな歌が大好きな私も楽器は苦手みたいで、一曲でもピアノが弾けるようになりたいとの願望があります。
いつか、余裕ができたら、会社のメンバーでバンドを組んで、紅白歌合戦に出てみたいと思います(笑)。
恐るべしフリーペーパー 4/26
フリーペーパーと言って、真っ先に思いつく冊子は、何でしょうか?
最近はあちこちでR25の宣伝をよく見かけますが、ホットペッパー含めリクルート社が出しているものが人気を集めている気がします。うちの会社が共同運営をさせていただく、本日サービスを開始した「あんふぁん」も幼稚園向けフリーペーパーのモバイルサイトです。
以前は、フリーペーパーというと、「求人系」・「不動産系」・「クーポン系」などのターゲットと広告主が明確な業種に限られていた気がするのですが、最近ではフランチャイズがある店舗は、レコード店であれ、携帯ショップであれ、マンガ喫茶であれ、レストランであれ、何かしらのフリーペーパーを出しています。
駅やコンビニによっては本当にたくさんのフリーペーパーを目にします。そういう意味ではフリーペーパー全盛期と言えるかも知れません。
フリーペーパーと言うと、かつてはあまりいいイメージが無かったのですが、最近はだいぶ変わったと感じます。
昔は、ブランドが無いところが有料では売りにくいため、ユーザーには無料として広告で賄うという印象が強く、製造コストを抑えるためにデザインも、紙質も粗末なもので、情報も全く広告主の都合で一方的な押し付け情報ばかりで、安かろう悪かろうのイメージがあったように思います。
今ではこれが無料なの?と疑うような、良質なペーパーで、カラー印刷で、充実した情報を含んだものを見かけるようになりました。いかにも広告だと分かる露骨な情報は少なくなり、客観的に見えるような工夫するなどして、情報源としても読み物としてもユーザーにとって有益なように作り上げられています。
私の知り合いが出している「クーポンランド」というクーポン雑誌は、タレントを表紙に起用するなどして高級感を出しており、構成も洗練された感がありますが、これは長年のノウハウだそうです。皆さんはホットペッパーとクーポンランドならどちらを手にしますか?
フリーペーパーは結局のところ、場所取りがすべてで勝負が決まるようです。つまりラックをおかせてもらえる場所を一箇所でも多く確保することが成功への道なのです。フリーペーパーのアイデアが優れていたり内容がいかに良いものであっても、リアルでのユーザーとの接点が不可欠ということです。
一方で、昔はターゲットが分かれていたことで棲み分けができていた有料誌とフリーペーパーですが、昨今のフリーペーパーの台頭により、既存の有料雑誌のビジネスモデルが崩れていていることは間違いないと思うので、各社は四苦八苦しているのではないかと思います。特にアルバイトの求人誌で有料のものは見かけなくなりました。
今後どんな意外性のあるフリーペーパーが出てくるのでしょうか?
最近はあちこちでR25の宣伝をよく見かけますが、ホットペッパー含めリクルート社が出しているものが人気を集めている気がします。うちの会社が共同運営をさせていただく、本日サービスを開始した「あんふぁん」も幼稚園向けフリーペーパーのモバイルサイトです。
以前は、フリーペーパーというと、「求人系」・「不動産系」・「クーポン系」などのターゲットと広告主が明確な業種に限られていた気がするのですが、最近ではフランチャイズがある店舗は、レコード店であれ、携帯ショップであれ、マンガ喫茶であれ、レストランであれ、何かしらのフリーペーパーを出しています。
駅やコンビニによっては本当にたくさんのフリーペーパーを目にします。そういう意味ではフリーペーパー全盛期と言えるかも知れません。
フリーペーパーと言うと、かつてはあまりいいイメージが無かったのですが、最近はだいぶ変わったと感じます。
昔は、ブランドが無いところが有料では売りにくいため、ユーザーには無料として広告で賄うという印象が強く、製造コストを抑えるためにデザインも、紙質も粗末なもので、情報も全く広告主の都合で一方的な押し付け情報ばかりで、安かろう悪かろうのイメージがあったように思います。
今ではこれが無料なの?と疑うような、良質なペーパーで、カラー印刷で、充実した情報を含んだものを見かけるようになりました。いかにも広告だと分かる露骨な情報は少なくなり、客観的に見えるような工夫するなどして、情報源としても読み物としてもユーザーにとって有益なように作り上げられています。
私の知り合いが出している「クーポンランド」というクーポン雑誌は、タレントを表紙に起用するなどして高級感を出しており、構成も洗練された感がありますが、これは長年のノウハウだそうです。皆さんはホットペッパーとクーポンランドならどちらを手にしますか?
フリーペーパーは結局のところ、場所取りがすべてで勝負が決まるようです。つまりラックをおかせてもらえる場所を一箇所でも多く確保することが成功への道なのです。フリーペーパーのアイデアが優れていたり内容がいかに良いものであっても、リアルでのユーザーとの接点が不可欠ということです。
一方で、昔はターゲットが分かれていたことで棲み分けができていた有料誌とフリーペーパーですが、昨今のフリーペーパーの台頭により、既存の有料雑誌のビジネスモデルが崩れていていることは間違いないと思うので、各社は四苦八苦しているのではないかと思います。特にアルバイトの求人誌で有料のものは見かけなくなりました。
今後どんな意外性のあるフリーペーパーが出てくるのでしょうか?
私の中国名 4/25
龍に天と書いて「yan」と読む・・・、これは私の中国名です。クリスチャンなどでミドルネームを持つ人は少なくありませんが、中国名を持つ人は少ないのではないかと思っており、私の1つの自慢でもあります(笑)。
この名前は中国の友人が付けてくれたのですが、私が龍を好きだということを伝えていなかったのに、この名前が発表されて、かなり嬉しくてしばらくこれを使っていました(2年前の年賀状はこの名前で出していました)。
上に龍を書いて下に天と書くこの字(それで1文字の漢字)は、日本の漢字には無く、中国人でもほとんどの人が知らない程、知る人ぞ知る漢字です。名付け親によると、中国の昔の武将の名前だったそうで、現代では使っていないとのこと。それを聞いてまたその希少価値と侍魂に満足しました(笑)。
前置きが長くなってしまいましたが、私は龍が好きです。好きな理由はいくつかありますが、空想上の動物で「強さ」を象徴していること、天に昇る龍の姿は常に上に向かうという「上昇志向」のスパイラルを感じること、そして強そうなのにどこか上品で目がかわいいことです。
私ぐらいの年代の人は、皆さん小さい頃に「まんが日本昔ばなし」を見て育ったのではないかと思いますが、あのオープニングのアニメで龍に小僧が乗っているシーンは特に印象に残っており、いつか龍の背中に乗りたいと思っていました。
私は物好きな性格なので、中国でお土産屋さんに行くと大変です。あちこちで売っているもの全てが欲しくなってしまいます。そのはやる気持ちを抑えてつつ、いつも龍の絵があるものに手が伸びています。龍の印鑑、龍の扇子、龍の茶碗などなど、こないだ中華街へ行ったときには携帯本体に龍の絵を刻む職人が居て、とっさに「お願いします」と言っていたのですが、私の今の携帯はたまにフリーズしてそろそろ買い換える時期であったことを思い出し、その場は思いとどまりました。買い換えたら彫ってもらいに行こうと思っています。
hirogの「社長室」で触れた私の席の後ろの屏風も本来龍の絵のあるものにしたかったのですが、上海では見つからなかったのです。金のものを飾っておくと金運が良くなるとよく言われるので、いつか「金の龍」を買って飾りたいと思います。
桜より櫻が好きなのと同じで、竜を語るときにはあえて「龍」と書きたくなります(笑)。
たくましくありながら、慈悲の心を持つ、私の中での龍に対するそんな意外な2面性をもつイメージの人でありたいと思います。
この名前は中国の友人が付けてくれたのですが、私が龍を好きだということを伝えていなかったのに、この名前が発表されて、かなり嬉しくてしばらくこれを使っていました(2年前の年賀状はこの名前で出していました)。
上に龍を書いて下に天と書くこの字(それで1文字の漢字)は、日本の漢字には無く、中国人でもほとんどの人が知らない程、知る人ぞ知る漢字です。名付け親によると、中国の昔の武将の名前だったそうで、現代では使っていないとのこと。それを聞いてまたその希少価値と侍魂に満足しました(笑)。
前置きが長くなってしまいましたが、私は龍が好きです。好きな理由はいくつかありますが、空想上の動物で「強さ」を象徴していること、天に昇る龍の姿は常に上に向かうという「上昇志向」のスパイラルを感じること、そして強そうなのにどこか上品で目がかわいいことです。
私ぐらいの年代の人は、皆さん小さい頃に「まんが日本昔ばなし」を見て育ったのではないかと思いますが、あのオープニングのアニメで龍に小僧が乗っているシーンは特に印象に残っており、いつか龍の背中に乗りたいと思っていました。
私は物好きな性格なので、中国でお土産屋さんに行くと大変です。あちこちで売っているもの全てが欲しくなってしまいます。そのはやる気持ちを抑えてつつ、いつも龍の絵があるものに手が伸びています。龍の印鑑、龍の扇子、龍の茶碗などなど、こないだ中華街へ行ったときには携帯本体に龍の絵を刻む職人が居て、とっさに「お願いします」と言っていたのですが、私の今の携帯はたまにフリーズしてそろそろ買い換える時期であったことを思い出し、その場は思いとどまりました。買い換えたら彫ってもらいに行こうと思っています。
hirogの「社長室」で触れた私の席の後ろの屏風も本来龍の絵のあるものにしたかったのですが、上海では見つからなかったのです。金のものを飾っておくと金運が良くなるとよく言われるので、いつか「金の龍」を買って飾りたいと思います。
桜より櫻が好きなのと同じで、竜を語るときにはあえて「龍」と書きたくなります(笑)。
たくましくありながら、慈悲の心を持つ、私の中での龍に対するそんな意外な2面性をもつイメージの人でありたいと思います。
アイロンと私 4/24
私はアイロン掛けが得意です。
今でこそアンダーウェア以外はほとんどクリーニングに出していますが、社会人になってから数年はクリーニング費用もままならなかったので、すべて自分で洗濯・アイロン掛けをしていたからです。
アイロン掛けが最も威力を発揮するのはやはりYシャツです。アイロン掛けは面倒な作業ですが、Yシャツの他の部分の皺が無くなって、一番最後に締めの襟の部分をアイロンするときは最も爽快な気分を味わうことができます。当時は形状記憶シャツというのが流行っていたときだったのですが、あれは1人暮らしの人にとっては偉大な発明だと思いました。
アイロン掛けが得意と言いながら、東京で生活を始めた頃は霧吹きというのを知らなかったので、生地によってはかなり時間がかかっていました。特に麻などのズボンをアイロン掛けしすぎてテカテカになって着れなくなったことが少なくありません。
中国に住んでいたときには、クリーニングに出すのが正直不安だったので、基本的に自分で洗濯してアイロン掛けをしていました。むこうは非常に安価にお手伝いさんに頼むことができるのですが、一度試しに洗濯してもらったら、とても雑に扱われた上に私よりもアイロン掛けが下手だったので、それ以来一度も頼めませんでした。
ところで、クリーニングの仕組みというのは常識なのでしょうか?
私は最初、単に自分がやっている洗濯・アイロン掛けを、他人がやってくれるものだと理解していたのですが、一般的なドライクリーニングは、洗剤は水溶性のものではなく有機溶剤を使うものだと知ったときはかなり驚きました。つまり、油汚れなどは落ちるけど、汗とかニオイは落ちにくいということです。これを聞いてからクリーニング屋に出せば安心、という考えはなくなりました。一番良いのはWクリーニング(ドライ+ウェット)ですが、これには高度な技術が必要なようです。それと、クリーニングには染み抜き作業も含まれるのかと思っていたのですが、基本的には別工程なのだそうです。
クリーニングも歴史の変遷を感じます。昔はYシャツをクリーニングに出すと、糊でビシビシに固まっていたのを覚えています。最近は、洋服も高価なものが増え、サービスにうるさい顧客が増えてきたこともあり、クリーニングもきめ細かいサービスと高級化が進んでいるように思います。
私はクリーニングに出す回数が人より多いと思うのですが、室内ウェアの安価なフリースなどを何度もクリーニングに出していると、維持費の方がよっぽど高くなったりしています。
ところで、今日の表題は昔私が好きだった歌「部屋とYシャツと私」の連想からつけてみました。
今でこそアンダーウェア以外はほとんどクリーニングに出していますが、社会人になってから数年はクリーニング費用もままならなかったので、すべて自分で洗濯・アイロン掛けをしていたからです。
アイロン掛けが最も威力を発揮するのはやはりYシャツです。アイロン掛けは面倒な作業ですが、Yシャツの他の部分の皺が無くなって、一番最後に締めの襟の部分をアイロンするときは最も爽快な気分を味わうことができます。当時は形状記憶シャツというのが流行っていたときだったのですが、あれは1人暮らしの人にとっては偉大な発明だと思いました。
アイロン掛けが得意と言いながら、東京で生活を始めた頃は霧吹きというのを知らなかったので、生地によってはかなり時間がかかっていました。特に麻などのズボンをアイロン掛けしすぎてテカテカになって着れなくなったことが少なくありません。
中国に住んでいたときには、クリーニングに出すのが正直不安だったので、基本的に自分で洗濯してアイロン掛けをしていました。むこうは非常に安価にお手伝いさんに頼むことができるのですが、一度試しに洗濯してもらったら、とても雑に扱われた上に私よりもアイロン掛けが下手だったので、それ以来一度も頼めませんでした。
ところで、クリーニングの仕組みというのは常識なのでしょうか?
私は最初、単に自分がやっている洗濯・アイロン掛けを、他人がやってくれるものだと理解していたのですが、一般的なドライクリーニングは、洗剤は水溶性のものではなく有機溶剤を使うものだと知ったときはかなり驚きました。つまり、油汚れなどは落ちるけど、汗とかニオイは落ちにくいということです。これを聞いてからクリーニング屋に出せば安心、という考えはなくなりました。一番良いのはWクリーニング(ドライ+ウェット)ですが、これには高度な技術が必要なようです。それと、クリーニングには染み抜き作業も含まれるのかと思っていたのですが、基本的には別工程なのだそうです。
クリーニングも歴史の変遷を感じます。昔はYシャツをクリーニングに出すと、糊でビシビシに固まっていたのを覚えています。最近は、洋服も高価なものが増え、サービスにうるさい顧客が増えてきたこともあり、クリーニングもきめ細かいサービスと高級化が進んでいるように思います。
私はクリーニングに出す回数が人より多いと思うのですが、室内ウェアの安価なフリースなどを何度もクリーニングに出していると、維持費の方がよっぽど高くなったりしています。
ところで、今日の表題は昔私が好きだった歌「部屋とYシャツと私」の連想からつけてみました。
日本の中華料理 4/23
知り合いにhirogを紹介したら「難しくて意味がよく分からない」というコメントをもらったのですが、自分では気づかないのですが、そんなに難しい内容になってしまっているのでしょうか・・・?
今日はとても久しぶりに横浜の中華街に行ってきました。中国に赴任してから行ったことがなかったので、本場の味を知る前と後では何か違うのではないかと思い、それを確かめたかったというのが実のところです。
というのは、私は昔から中華料理というのがあまり得意ではなくて、中国へ行き始めた頃も食べ物が不安だったのですが、実際に行ってみるとほとんどハズレなくおいしいのです。本場の香辛料とか料理法が私に合っているのかも知れません。
中国でおいしい中華が食べれるので日本ではほとんど食べなくなったのですが、最近中国へ行く機会が減っているので、たまに食べたくなるのと、もしかしたら中華慣れしたのかも知れないので、日本の中華もイケるのでは?と期待していました。
さて、横浜中華街の結果ですが、「るるぶ」のお薦めのお店に行き、確かに味は悪くなかったのですが「うまいっ!」と感動するようなおいしさではありませんでした。やはり本場とはちょっと違う、というのが今日の教訓でした。
中国に行ってみて思ったのですが、日本で大衆的な中華料理と言ってすぐに思いつくのは、「五目焼きそば」・「チャーハン」・「エビチリ」・「チンジャオロース」・「ホイコーロー」・「麻婆豆腐」などですが、結構このようなメニューが無いレストランが中国には少なくないのです。私などはこれら普通の中華を食べたいと思うことが多いので、このギャップには驚きました。また、食後のデザートは、点心もの(餃子とか饅頭とか)が多くて、杏仁豆腐のある店は滅多にありません。私は杏仁豆腐の大ファンなので、当初は本場の杏仁豆腐を好きなだけ食べれると思ったのですが、その夢も叶っていません(悲)。
味がイマイチな日本の中華料理ですが、清潔感とサービスの良さは中国とは比べ物にならないので、日本の箱とスタッフそのままに、中国の料理が盛られていたらいいのにと思います。
もしかしたら、単に私がおいしい中華料理レストランを知らないだけかも知れませんので、おいしいお店を知っている人が居たら是非教えてください。
今日はとても久しぶりに横浜の中華街に行ってきました。中国に赴任してから行ったことがなかったので、本場の味を知る前と後では何か違うのではないかと思い、それを確かめたかったというのが実のところです。
というのは、私は昔から中華料理というのがあまり得意ではなくて、中国へ行き始めた頃も食べ物が不安だったのですが、実際に行ってみるとほとんどハズレなくおいしいのです。本場の香辛料とか料理法が私に合っているのかも知れません。
中国でおいしい中華が食べれるので日本ではほとんど食べなくなったのですが、最近中国へ行く機会が減っているので、たまに食べたくなるのと、もしかしたら中華慣れしたのかも知れないので、日本の中華もイケるのでは?と期待していました。
さて、横浜中華街の結果ですが、「るるぶ」のお薦めのお店に行き、確かに味は悪くなかったのですが「うまいっ!」と感動するようなおいしさではありませんでした。やはり本場とはちょっと違う、というのが今日の教訓でした。
中国に行ってみて思ったのですが、日本で大衆的な中華料理と言ってすぐに思いつくのは、「五目焼きそば」・「チャーハン」・「エビチリ」・「チンジャオロース」・「ホイコーロー」・「麻婆豆腐」などですが、結構このようなメニューが無いレストランが中国には少なくないのです。私などはこれら普通の中華を食べたいと思うことが多いので、このギャップには驚きました。また、食後のデザートは、点心もの(餃子とか饅頭とか)が多くて、杏仁豆腐のある店は滅多にありません。私は杏仁豆腐の大ファンなので、当初は本場の杏仁豆腐を好きなだけ食べれると思ったのですが、その夢も叶っていません(悲)。
味がイマイチな日本の中華料理ですが、清潔感とサービスの良さは中国とは比べ物にならないので、日本の箱とスタッフそのままに、中国の料理が盛られていたらいいのにと思います。
もしかしたら、単に私がおいしい中華料理レストランを知らないだけかも知れませんので、おいしいお店を知っている人が居たら是非教えてください。
夢ひとつ 4/22
私にはたくさんの夢があります。しかもこれらの夢は達成しない限り、消えることがないので、これから先も増えていくかも知れません。
もちろん、私の場合の夢は、夢といっても目標に近くて、自分ではすべて達成できると信じています。私の夢は時系列なので、すべて実現可能です。
たまに他の人に私の夢の一部を話すことはあるのですが、ここですべてを紹介してしまうともったいない(笑)ので、ここでは1つだけ紹介させていただきます。
「世界遺産めぐり」、それが私の夢の1つです。私は「旅行」と「建築」と「歴史」が好きなので、初めて世界遺産というのを知ってから、自然の流れでいつしかすべての世界遺産を見てみたい、と強く思うようになりました。
ただ、私の性格には「思い立ったらすぐ行動しないと気がすまない」という特徴があるのですが、仕事ではプラスなことが多いこの性格も、ときにはマイナスに働くこともあります。つまり「世界遺産を見たい」と思ったら、気持ちが高揚して、うずうずして、居ても立ってもいられなくなるのです。今ではそういう自分をよく分かっているので、意図的に世界遺産からは遠ざかるようにしています。
その証拠に「世界遺産めぐり」が夢と言っておきながら、私が名前を言える世界遺産は数箇所しかありません。万里の長城、マチュピチュ、そして今日の会食で会話に出てきたモンサンミッシェルぐらいです。毎年世界遺産は増え続け、現在は百ぐらいはある(?、こういう情報すら把握していない)かと思いますので、ほとんど理解していないのです。
自分でも変わっていると思うのですが、雑誌やTVで世界遺産というのを見かけると、すごく見たいのに我慢するのです。先日は本屋で写真集を見かけ、つい間が差して我慢できずに購入してしまったのですが、結局中は見ていません。こういう経験って私だけでしょうか?
とあるIT社長の本に「自分の夢の写真を手帳に貼って毎日見る」ことで夢に対する思いが強まり実現に近づくと書いてありました。これは「モチベーションを維持する」という意味で確かに一理あると思うのですが、私の場合は間違いなく夢を見過ぎて夢に向かって走ってしまうので危険なのです。
そんな世界遺産の詳細も理解していない私が言うのも何ですが、世界遺産の魅力は・・・間違いなく「歴史とロマン」ですね。
将来、世界遺産めぐりが実現したときに、もしhirogを継続していたら、毎日エキサイティングな報告をさせていただきたいと思います。
もちろん、私の場合の夢は、夢といっても目標に近くて、自分ではすべて達成できると信じています。私の夢は時系列なので、すべて実現可能です。
たまに他の人に私の夢の一部を話すことはあるのですが、ここですべてを紹介してしまうともったいない(笑)ので、ここでは1つだけ紹介させていただきます。
「世界遺産めぐり」、それが私の夢の1つです。私は「旅行」と「建築」と「歴史」が好きなので、初めて世界遺産というのを知ってから、自然の流れでいつしかすべての世界遺産を見てみたい、と強く思うようになりました。
ただ、私の性格には「思い立ったらすぐ行動しないと気がすまない」という特徴があるのですが、仕事ではプラスなことが多いこの性格も、ときにはマイナスに働くこともあります。つまり「世界遺産を見たい」と思ったら、気持ちが高揚して、うずうずして、居ても立ってもいられなくなるのです。今ではそういう自分をよく分かっているので、意図的に世界遺産からは遠ざかるようにしています。
その証拠に「世界遺産めぐり」が夢と言っておきながら、私が名前を言える世界遺産は数箇所しかありません。万里の長城、マチュピチュ、そして今日の会食で会話に出てきたモンサンミッシェルぐらいです。毎年世界遺産は増え続け、現在は百ぐらいはある(?、こういう情報すら把握していない)かと思いますので、ほとんど理解していないのです。
自分でも変わっていると思うのですが、雑誌やTVで世界遺産というのを見かけると、すごく見たいのに我慢するのです。先日は本屋で写真集を見かけ、つい間が差して我慢できずに購入してしまったのですが、結局中は見ていません。こういう経験って私だけでしょうか?
とあるIT社長の本に「自分の夢の写真を手帳に貼って毎日見る」ことで夢に対する思いが強まり実現に近づくと書いてありました。これは「モチベーションを維持する」という意味で確かに一理あると思うのですが、私の場合は間違いなく夢を見過ぎて夢に向かって走ってしまうので危険なのです。
そんな世界遺産の詳細も理解していない私が言うのも何ですが、世界遺産の魅力は・・・間違いなく「歴史とロマン」ですね。
将来、世界遺産めぐりが実現したときに、もしhirogを継続していたら、毎日エキサイティングな報告をさせていただきたいと思います。
女性投資セミナー 4/21
今日は女性向け個人投資家説明会がありました。控え室で前半講師のマネープラスの編集長から「最近の女性は好きな会社の株を買う人が多くて、しかも長く保有する率が高い」という話をお聞きし、意気揚々として会社説明に望んだ・・・はずなのですが、やはり女性ばかり100人を目の前にすると、かなり緊張ものでした。
実は1週間以上前から主催者側からは髭を剃るように促され、社内担当スタッフからは身だしなみについて細かいアドバイスを受け、事前から神経は使っていました。ただ、今回の説明会は、女性ばかりということで、どういう雰囲気か読めなかったので、私にしては珍しく台本もつくらず、アドリブで臨みました。
結果は自分では70点・・・と言ったところです。最初に丁寧に説明し過ぎて後半時間が無くなってしまい、伝えたいことが伝え切れなかったという消化不良な感があります。
それにもかかわらず、一生懸命メモを取っていただいている方が少なくなく、説明会が終わった後に個別で説明してあげたくなりました(笑)。
最後の質問コーナーでは、アナリスト説明会よりもするどいと思われるような質問がいくつかあり、感心しきりでした。
ただ、1つとてもショックなことがありました。うちの会社のメインのサービスである「リモートメール」を知っている方が100名中8名ぐらい、実際に使っている人にいたってはゼロだったのです(涙)。今まで何度か説明会とかやったことがあるのですが、場内にユーザー無しというのは初めてで私にとってはかなり衝撃的な事実でした。でもこれは逆に考えるとチャンスでもあるかも知れないと思います。販促はやり尽くしたつもりでしたが、リーチできていないユーザー層がある、ということの裏返しでもあると思うのです。帰りにK取締役と伊勢丹の前でリモートメールの販促やるのは手かも、と冗談交じりに話していました。
いずれにせよ、そういった会社や事業に関心の高い方々に是非株を持っていただきたいなと思いました。
こういった経験は初めてだったので、大変勉強になりました。今度は関西の方でもやってみたいと思います。
本日の説明会に参加いただいた方々のアンケート結果を拝見するのが怖いけど楽しみです。
実は1週間以上前から主催者側からは髭を剃るように促され、社内担当スタッフからは身だしなみについて細かいアドバイスを受け、事前から神経は使っていました。ただ、今回の説明会は、女性ばかりということで、どういう雰囲気か読めなかったので、私にしては珍しく台本もつくらず、アドリブで臨みました。
結果は自分では70点・・・と言ったところです。最初に丁寧に説明し過ぎて後半時間が無くなってしまい、伝えたいことが伝え切れなかったという消化不良な感があります。
それにもかかわらず、一生懸命メモを取っていただいている方が少なくなく、説明会が終わった後に個別で説明してあげたくなりました(笑)。
最後の質問コーナーでは、アナリスト説明会よりもするどいと思われるような質問がいくつかあり、感心しきりでした。
ただ、1つとてもショックなことがありました。うちの会社のメインのサービスである「リモートメール」を知っている方が100名中8名ぐらい、実際に使っている人にいたってはゼロだったのです(涙)。今まで何度か説明会とかやったことがあるのですが、場内にユーザー無しというのは初めてで私にとってはかなり衝撃的な事実でした。でもこれは逆に考えるとチャンスでもあるかも知れないと思います。販促はやり尽くしたつもりでしたが、リーチできていないユーザー層がある、ということの裏返しでもあると思うのです。帰りにK取締役と伊勢丹の前でリモートメールの販促やるのは手かも、と冗談交じりに話していました。
いずれにせよ、そういった会社や事業に関心の高い方々に是非株を持っていただきたいなと思いました。
こういった経験は初めてだったので、大変勉強になりました。今度は関西の方でもやってみたいと思います。
本日の説明会に参加いただいた方々のアンケート結果を拝見するのが怖いけど楽しみです。
社長室 4/20
うちのオフィスは管理部門を除いてフリーアドレスになっています。長テーブルに椅子だけが並んでいて、どこでも好きな席に座って仕事をしてもいいのです。
これに伴い荷物はすべてロッカーに入れるようになっていて、PCはすべてノートPCにしています。色んな人とコミュニケーションが取れて、環境に変化をつけたいという主旨で導入したのですが、不思議と座る位置が決まってきてしまい、結局仲の良い人達が近くになってしまいがちです。もっとも最近は人が増えたため席が無くなってきていて、早い者勝ちの席取り合戦の様相を呈しつつあります。
一方私の席は固定になっているのですが、社長室というのはありません。これもコミュニケーションを取りやすく、風通しの良い会社にしたいという目的があったのですが、寂しいことに古株以外のスタッフは近くに座ってくれません(涙)。
私の席の後ろには、IT企業とはミスマッチな古風な屏風が立ててあります。私の席の背面が窓になっているのですが、中国のスタッフが屏風を置くことで風水が良くなると薦めてくれたのです。それならせっかくだからと商売繁盛のご利益に与れそうな金色の入った屏風を中国で購入して、はるばる海を渡って運び入れました。
仕事柄、他の会社を訪問したときにたまに社長室へ通していただくことがあるのですが、社長室って本当に様々です。お洒落な内装と高級家具でコーディネートされたモダンなところもあれば、ソファーに穴が開いているようなところもあります。自分は入ったことはないのですが、シャワー室やゴルフ練習台が完備されていたり、すべての会話が録音されている社長室もあるそうです。私は社長室に入ったとき、つい目が行ってしまうのが本棚です。その社長がどういったことに関心が高いのかが推測できるので、それを話題の参考にしたりします。
うちの会社のように社長室が無いことは、確かに社員との距離感を縮め、コミュニケーションの機会が増えるという意味においてメリットは大きいのですが、デメリットもいくつかあります。
1つは私の声がオフィスに響き渡ること。特に私は声が大きいので、近くの社員に話しかけたことや電話で話している内容がほぼ全社員に筒抜けになります。特に電話などで機密情報にあたる話をする場合には言い回しなどにかなり気を遣います。(逆に誰にでも座ったままで話しかけることができる、という利点にもなるのですが(笑))。
2つめは1人になりたいときにもなれないこと。たまに色々考え事をしたいときがあっても、机にいるときには社員が頻繁に報告・連絡・相談に来るので、ゆっくり考える場所が無いという難点があります。(これは意外と盲点でした)
もし今後オフィスを拡張するようなことがあったら、席の近くに私専用の小さな電話兼瞑想BOXでも作ってもらおうかと考えています。
これに伴い荷物はすべてロッカーに入れるようになっていて、PCはすべてノートPCにしています。色んな人とコミュニケーションが取れて、環境に変化をつけたいという主旨で導入したのですが、不思議と座る位置が決まってきてしまい、結局仲の良い人達が近くになってしまいがちです。もっとも最近は人が増えたため席が無くなってきていて、早い者勝ちの席取り合戦の様相を呈しつつあります。
一方私の席は固定になっているのですが、社長室というのはありません。これもコミュニケーションを取りやすく、風通しの良い会社にしたいという目的があったのですが、寂しいことに古株以外のスタッフは近くに座ってくれません(涙)。
私の席の後ろには、IT企業とはミスマッチな古風な屏風が立ててあります。私の席の背面が窓になっているのですが、中国のスタッフが屏風を置くことで風水が良くなると薦めてくれたのです。それならせっかくだからと商売繁盛のご利益に与れそうな金色の入った屏風を中国で購入して、はるばる海を渡って運び入れました。
仕事柄、他の会社を訪問したときにたまに社長室へ通していただくことがあるのですが、社長室って本当に様々です。お洒落な内装と高級家具でコーディネートされたモダンなところもあれば、ソファーに穴が開いているようなところもあります。自分は入ったことはないのですが、シャワー室やゴルフ練習台が完備されていたり、すべての会話が録音されている社長室もあるそうです。私は社長室に入ったとき、つい目が行ってしまうのが本棚です。その社長がどういったことに関心が高いのかが推測できるので、それを話題の参考にしたりします。
うちの会社のように社長室が無いことは、確かに社員との距離感を縮め、コミュニケーションの機会が増えるという意味においてメリットは大きいのですが、デメリットもいくつかあります。
1つは私の声がオフィスに響き渡ること。特に私は声が大きいので、近くの社員に話しかけたことや電話で話している内容がほぼ全社員に筒抜けになります。特に電話などで機密情報にあたる話をする場合には言い回しなどにかなり気を遣います。(逆に誰にでも座ったままで話しかけることができる、という利点にもなるのですが(笑))。
2つめは1人になりたいときにもなれないこと。たまに色々考え事をしたいときがあっても、机にいるときには社員が頻繁に報告・連絡・相談に来るので、ゆっくり考える場所が無いという難点があります。(これは意外と盲点でした)
もし今後オフィスを拡張するようなことがあったら、席の近くに私専用の小さな電話兼瞑想BOXでも作ってもらおうかと考えています。
建築家三浦浩之 4/19
そう呼ばれることを夢見ていたときがありました。
大学で建築学を学んだ私は、建築で生計を立てていくことになるのだろう、と漠然と思っていました。
ただ、私の設計はかなり独特だったようで、最初に考案した家は「ゾウの家」だったし、卒業作品「○・△・□」についても、教授に「君の作品はどう評価していいか分からん。すごい人物になるか、誰にも認められないか、どっちかだな」と喜んでいいのか悲しんでいいのかよく分からない批評を受けていました。
大学4年生のとき、自分の力を試したくて、図面を片手に、東京芸術大学大学院の教授と研究室の人達に評価してもらうために、わざわざ東京まで出向いたこともありました(芸大入学は家庭の事情で実現せず)。
ちなみに、建築学科の同窓生には、歌手で作曲家の小田和正さんがいるのですが、彼の卒業作品は優秀作品として学校に保管されており、洗練された図面の上には何故か1枚1枚手書きで歌詞が描かれています。当時から両方に才能があったのですね。
私は家が好きなので、住宅メーカーのミサワホームに入社しました。でも本当に設計が出来る人は住宅メーカーには入らないというのが業界の常識です。
確かに入社してみると、予算や規格住宅としての制限があって、自由な設計はできなかったので、まずは建築士免許を取ることにしました。一級建築士を受験する人のほとんどは資格専門学校に通うのですが、我流の私は(実際にはお金が無かったという側面もあり)独学で受験に臨みました。最初に図面を描くという鉄則があるらしいのですが、独学の私がそんなことを知る由も無く、試験が始まった途端、周りが一斉にペンを鳴らし始めたので、唖然とした記憶があります。
資格を取得した後は、他の建築士とは違う能力を身に着けて差別化を図りたくなってきたので、イマジニアというソフト会社に出向したのですが、それがキッカケでIT業界へ転身することになりました。
当時は、田村正和と木村拓也が建築家を演じるドラマが流行していた時期でもあり、建築に戻ることも考えたのですが、建設業界は旧態依然として保守的なところが多かったので、それよりは業界の流れが速くて躍動感があるIT業界の方が自分の性には合っているのではないかと思いました。今はとてもエキサイティングに仕事ができているので、転身は正解だったのかも知れません。
ミサワホームでは色々なプロジェクトに携わらせていただいたのですが、建築家三浦浩之を彷彿させる出来事としては、私が最も力を入れて企画した宅地開発案件が、後に通産省のグッドデザイン賞を受賞したことです。また、社内住宅コンペでは、私の設計した「麻雀ルームのある家」が社長特別賞を受賞しました。
日本で一番有名な建築家と言えば、東京都庁を設計された丹下健三さんか、安藤忠雄さんでしょうか? 世界的には間違いなくガウディでしょう(もっとも、ガウディの場合は、あの独特な形状が彼を有名にさせているのだと思いますが)。歴史に名の残る建築家になるためには、優等生ではなく、斬新さや独自性が必要なのだと思います。
「たまに好きな建築家は?」と聞かれることがあるのですが、特にいないというのが本音です。
将来自分が家を建てる機会があったときには、建築家三浦浩之の実力を行かんなくなく発揮したいと思います(笑)。
大学で建築学を学んだ私は、建築で生計を立てていくことになるのだろう、と漠然と思っていました。
ただ、私の設計はかなり独特だったようで、最初に考案した家は「ゾウの家」だったし、卒業作品「○・△・□」についても、教授に「君の作品はどう評価していいか分からん。すごい人物になるか、誰にも認められないか、どっちかだな」と喜んでいいのか悲しんでいいのかよく分からない批評を受けていました。
大学4年生のとき、自分の力を試したくて、図面を片手に、東京芸術大学大学院の教授と研究室の人達に評価してもらうために、わざわざ東京まで出向いたこともありました(芸大入学は家庭の事情で実現せず)。
ちなみに、建築学科の同窓生には、歌手で作曲家の小田和正さんがいるのですが、彼の卒業作品は優秀作品として学校に保管されており、洗練された図面の上には何故か1枚1枚手書きで歌詞が描かれています。当時から両方に才能があったのですね。
私は家が好きなので、住宅メーカーのミサワホームに入社しました。でも本当に設計が出来る人は住宅メーカーには入らないというのが業界の常識です。
確かに入社してみると、予算や規格住宅としての制限があって、自由な設計はできなかったので、まずは建築士免許を取ることにしました。一級建築士を受験する人のほとんどは資格専門学校に通うのですが、我流の私は(実際にはお金が無かったという側面もあり)独学で受験に臨みました。最初に図面を描くという鉄則があるらしいのですが、独学の私がそんなことを知る由も無く、試験が始まった途端、周りが一斉にペンを鳴らし始めたので、唖然とした記憶があります。
資格を取得した後は、他の建築士とは違う能力を身に着けて差別化を図りたくなってきたので、イマジニアというソフト会社に出向したのですが、それがキッカケでIT業界へ転身することになりました。
当時は、田村正和と木村拓也が建築家を演じるドラマが流行していた時期でもあり、建築に戻ることも考えたのですが、建設業界は旧態依然として保守的なところが多かったので、それよりは業界の流れが速くて躍動感があるIT業界の方が自分の性には合っているのではないかと思いました。今はとてもエキサイティングに仕事ができているので、転身は正解だったのかも知れません。
ミサワホームでは色々なプロジェクトに携わらせていただいたのですが、建築家三浦浩之を彷彿させる出来事としては、私が最も力を入れて企画した宅地開発案件が、後に通産省のグッドデザイン賞を受賞したことです。また、社内住宅コンペでは、私の設計した「麻雀ルームのある家」が社長特別賞を受賞しました。
日本で一番有名な建築家と言えば、東京都庁を設計された丹下健三さんか、安藤忠雄さんでしょうか? 世界的には間違いなくガウディでしょう(もっとも、ガウディの場合は、あの独特な形状が彼を有名にさせているのだと思いますが)。歴史に名の残る建築家になるためには、優等生ではなく、斬新さや独自性が必要なのだと思います。
「たまに好きな建築家は?」と聞かれることがあるのですが、特にいないというのが本音です。
将来自分が家を建てる機会があったときには、建築家三浦浩之の実力を行かんなくなく発揮したいと思います(笑)。
社名の公募 4/18
会社の社名の変更を決定するとともに、新しい名前を一般から募集することにしました。
うちの会社はもともと「インターネット上に街(コミュニティ)をつくる」というコンセプトで設立されました。この構想は、色んなテーマ毎に街が分かれていて、そこに色々な建物があり、それをクリックするとインターネットのホームページにリンクするという形で実現されました。当初はURLを打つのが面倒だったので、そのアクセスを簡単にするというソリューションと、クリック数に応じて建物を成長・衰退させることで、人気のあるホームページがひと目で分かるという便宜性を追求したサービスでした。実はこのサービスはナローバンドの時代には時期早々で撤退を強いられることになります。
このサービスの名前がネットビレッジだったということを知っている人はほとんどいないかも知れません。インターネットのネットと街→村(ビレッジ)を組み合わせた造語ですが、ネットシティというのがしっくりこなかったので、ネットビレッジと命名しました。
さて、それから早10年が経とうとしています。事業内容はホームページ制作会社からモバイルコンテンツプロバイダーへと変化し、ここ1年で株主、経営陣、スタッフ、オフィス、戦略すべてが変わりました。
社名の公募については色々な意見がありました。現在の社名を変えたくないとか、公募するのは主体性がないとか・・・。でもネットビレッジはパブリックカンパニーだし、1人でも多くの人の知恵もお借りして最もいい名前をつけたいのです。
でも社名変更するのが最もしのびないのは他でもない私だと思います。私は創業メンバーなので、ネットビレッジという名前は思い入れが深いし大好きです。大好きだけれど、新しいステージに進むためには、まず我々自身が変わらなくてはならないと思っています。それがネットビレッジの成長の引き金になって、皆がハッピーになるという好循環につなげたいと願っています。
実は社名変更は社長交代のときから考えていたことです。ただ当時は会社の基盤が固まっていなかったので、名称だけ変更して実態が何も変わっていないと言われたくなかったので、まず実態を変えることに注力してきました。基盤が整い攻めの体制に入った今が、まさにその時だと信じています。
うちの会社はリモートメールというサービス名称の方が社名よりも認知度が高いので、新社名はリモートメールより知名度をあげるべく努力したいと思います。
うちの会社のビジョンや戦略に合った、覚えやすくインパクトのある社名を是非考えてください。
社名公募に関する詳細についてはネットビレッジモバイルクラブ(http://keitai.netvillage.co.jp )をご覧下さい。
うちの会社はもともと「インターネット上に街(コミュニティ)をつくる」というコンセプトで設立されました。この構想は、色んなテーマ毎に街が分かれていて、そこに色々な建物があり、それをクリックするとインターネットのホームページにリンクするという形で実現されました。当初はURLを打つのが面倒だったので、そのアクセスを簡単にするというソリューションと、クリック数に応じて建物を成長・衰退させることで、人気のあるホームページがひと目で分かるという便宜性を追求したサービスでした。実はこのサービスはナローバンドの時代には時期早々で撤退を強いられることになります。
このサービスの名前がネットビレッジだったということを知っている人はほとんどいないかも知れません。インターネットのネットと街→村(ビレッジ)を組み合わせた造語ですが、ネットシティというのがしっくりこなかったので、ネットビレッジと命名しました。
さて、それから早10年が経とうとしています。事業内容はホームページ制作会社からモバイルコンテンツプロバイダーへと変化し、ここ1年で株主、経営陣、スタッフ、オフィス、戦略すべてが変わりました。
社名の公募については色々な意見がありました。現在の社名を変えたくないとか、公募するのは主体性がないとか・・・。でもネットビレッジはパブリックカンパニーだし、1人でも多くの人の知恵もお借りして最もいい名前をつけたいのです。
でも社名変更するのが最もしのびないのは他でもない私だと思います。私は創業メンバーなので、ネットビレッジという名前は思い入れが深いし大好きです。大好きだけれど、新しいステージに進むためには、まず我々自身が変わらなくてはならないと思っています。それがネットビレッジの成長の引き金になって、皆がハッピーになるという好循環につなげたいと願っています。
実は社名変更は社長交代のときから考えていたことです。ただ当時は会社の基盤が固まっていなかったので、名称だけ変更して実態が何も変わっていないと言われたくなかったので、まず実態を変えることに注力してきました。基盤が整い攻めの体制に入った今が、まさにその時だと信じています。
うちの会社はリモートメールというサービス名称の方が社名よりも認知度が高いので、新社名はリモートメールより知名度をあげるべく努力したいと思います。
うちの会社のビジョンや戦略に合った、覚えやすくインパクトのある社名を是非考えてください。
社名公募に関する詳細についてはネットビレッジモバイルクラブ(http://keitai.netvillage.co.jp )をご覧下さい。
コンビニ 4/17
今では当たり前のように利用しているコンビニですが、私が小さい頃は無かったので、初めてコンビニがオープンしてからまだ30年ぐらいしか経っていないのです。日本ではセブンイレブンが最初と言われていますが、当時はその名のとおり7時にオープンして23時(午後11時)に閉店していたので、この名称が付いていました(私は高校のときセブンイレブンでバイトしていたのでちょっと詳しい)。
ところで、コンビニって全国にどれぐらいあるか知っていますか? なんと4万店以上もあるそうです。セブンイレブンだけで1万店もあるというから驚きです。逆算するなら、3000人に1店舗の割合でコンビニがあることになります。これだけコンビニがあるにもかかわらず採算が取れているのは、その驚異的なリピート率にあると思います。コンビニで働いている友人の話では、5人に1人が毎日来店するとか・・・。
多種あるコンビニですが、セブンイレブン以外の有名どころとしては、ローソン、ファミリーマート、サンクス、サークルK、デイリーヤマザキ、am/pm、ミニストップといったところが挙げられるかと思います。
皆さんはコンビニであれば、どこかを意識せずに最寄りのコンビニを使うのでしょうか?それとも近くに複数のコンビニがある場合、贔屓にしているコンビニがあればそこを使うのでしょうか?近くで便利だからコンビニというぐらいですから、多くの人はどこでも関係ないのかも知れませんね。
私にはお気に入りのコンビニがあります。明るくて楽しい感じがある「ミニストップ」がそれです。徒歩の場合には特にミニストップを選り好みはしませんが、車で移動しているときには、ミニストップの看板がついつい気になってしまいます。そういう意味ではミニストップファンと言えるのかも知れません。ミニストップのソフトクリームは自分的にはかなりイケてると思います。
コンビニは今では生活と密着した無くてはならない存在になっていると思います。夜中にお腹が空いたり生活用品で無いものに気づいたりしても大丈夫だし、お金が無くてもATMでおろすことができます。最近ネットで本を注文してみたのですが、指定した店舗で受け取ることができるので、かなり便利だと思いました。
一方でコンビニは競合も多いので、各社とも付加価値や差別化には頭を悩ませているようです、身近なコンビニを見てみても、オリジナル企画商品をつくったり、お弁当のご飯を炊飯器から盛ってみたり・・・。いずれにしても、流行やユーザーの嗜好の変化に合わせて頻繁に商品を変えていかなくていけないので大変だと思います。
コンビニに行くと、こんな商品もあるんだ?とかこういう商品が売れてるんだ?とか新たな発見もあります。そういう意味ではコンビニは今や情報発信基地にもなっているのかも知れません。
ついつい立ち寄ってしまうコンビニ、消費は確実に増えていると思います。コンビニって究極のポータルではないでしょうか。
ところで、コンビニって全国にどれぐらいあるか知っていますか? なんと4万店以上もあるそうです。セブンイレブンだけで1万店もあるというから驚きです。逆算するなら、3000人に1店舗の割合でコンビニがあることになります。これだけコンビニがあるにもかかわらず採算が取れているのは、その驚異的なリピート率にあると思います。コンビニで働いている友人の話では、5人に1人が毎日来店するとか・・・。
多種あるコンビニですが、セブンイレブン以外の有名どころとしては、ローソン、ファミリーマート、サンクス、サークルK、デイリーヤマザキ、am/pm、ミニストップといったところが挙げられるかと思います。
皆さんはコンビニであれば、どこかを意識せずに最寄りのコンビニを使うのでしょうか?それとも近くに複数のコンビニがある場合、贔屓にしているコンビニがあればそこを使うのでしょうか?近くで便利だからコンビニというぐらいですから、多くの人はどこでも関係ないのかも知れませんね。
私にはお気に入りのコンビニがあります。明るくて楽しい感じがある「ミニストップ」がそれです。徒歩の場合には特にミニストップを選り好みはしませんが、車で移動しているときには、ミニストップの看板がついつい気になってしまいます。そういう意味ではミニストップファンと言えるのかも知れません。ミニストップのソフトクリームは自分的にはかなりイケてると思います。
コンビニは今では生活と密着した無くてはならない存在になっていると思います。夜中にお腹が空いたり生活用品で無いものに気づいたりしても大丈夫だし、お金が無くてもATMでおろすことができます。最近ネットで本を注文してみたのですが、指定した店舗で受け取ることができるので、かなり便利だと思いました。
一方でコンビニは競合も多いので、各社とも付加価値や差別化には頭を悩ませているようです、身近なコンビニを見てみても、オリジナル企画商品をつくったり、お弁当のご飯を炊飯器から盛ってみたり・・・。いずれにしても、流行やユーザーの嗜好の変化に合わせて頻繁に商品を変えていかなくていけないので大変だと思います。
コンビニに行くと、こんな商品もあるんだ?とかこういう商品が売れてるんだ?とか新たな発見もあります。そういう意味ではコンビニは今や情報発信基地にもなっているのかも知れません。
ついつい立ち寄ってしまうコンビニ、消費は確実に増えていると思います。コンビニって究極のポータルではないでしょうか。
ネクタイ 4/16
今日は久しぶりにネクタイを買いに行ってきました。
実は私は以前はネクタイが大好きで、コレクターに近かったことがあるぐらいです。しかもその始まりは高校のときでした。私の高校の卒業アルバムの写真は、カラフルなネクタイに帽子をかぶって写っています(笑)。
ネクタイが好きな理由は、ファッションの一部というよりも、ネクタイそのものの「色合い」とか「デザイン」に興味があるからです。
よって、基本的に私がネクタイを買うときは、ほとんどがTPOとは関係無い衝動買いで、スーツやシャツに合わせて買うということをしません。また、ブランドは全く関係なく自分が挽かれるものを買っています。しかしながら、気に入ったネクタイを見つけたら買っているだけなので、後日コーディネートに困ることが多々あります。最近では中国で購入したネクタイは、その独特な「デザイン」と「素材感」のために日本で付ける機会は全くありません。
時代によっての傾向も勿論あります。高校の時は原色系で派手なものが多かったですし、大学の時はシックだが光色系がほとんど、社会人になってからは模様が
複雑で落ち着いた色→シンプルなデザインで派手目の色と変化し、最近はちょっと個性のあるシンプルなものを好んでいます。かつての私では考えられないぐらいベーシックに近づいて来ていると思います。以前は「変わったネクタイですね」と言われることが多く、これを褒め言葉と思っていたのですが、あるときからそうでもないのかも知れない、と思うようになりました。スーツやシャツがベーシックな感じだとネクタイで個性や自己主張をするしかないので結構こだわりがあったのですが、最近は考え方がビジネス寄り(好印象とか)になっているのかも知れません。
ネクタイは数えたことはありませんが、現在でも200本以上はあると思います。ただ、通常身につけるのはかなり少数に限られています。これは大概朝は時間が無い(hirog「朝シャワと朝食」参照)ので、目につくものから適当に選んでしまうのと、お気に入りが限られてくるからです。また、何を持っていたか忘れてしまっているので、しばらく経って「あのネクタイがあったな」ということもしばしばです。
以前は直感で選んでいたので、売り場にどんなにたくさんのネクタイがあっても瞬時に選べたのですが、スーツやシャツと合わせることを意識すると、頭の中でコーディネートしているうちに、面倒になってきたりします。
今日は珍しく店員の話を聞きながら、トータルコーディネートしたネクタイを購入しました。
実は私は以前はネクタイが大好きで、コレクターに近かったことがあるぐらいです。しかもその始まりは高校のときでした。私の高校の卒業アルバムの写真は、カラフルなネクタイに帽子をかぶって写っています(笑)。
ネクタイが好きな理由は、ファッションの一部というよりも、ネクタイそのものの「色合い」とか「デザイン」に興味があるからです。
よって、基本的に私がネクタイを買うときは、ほとんどがTPOとは関係無い衝動買いで、スーツやシャツに合わせて買うということをしません。また、ブランドは全く関係なく自分が挽かれるものを買っています。しかしながら、気に入ったネクタイを見つけたら買っているだけなので、後日コーディネートに困ることが多々あります。最近では中国で購入したネクタイは、その独特な「デザイン」と「素材感」のために日本で付ける機会は全くありません。
時代によっての傾向も勿論あります。高校の時は原色系で派手なものが多かったですし、大学の時はシックだが光色系がほとんど、社会人になってからは模様が
複雑で落ち着いた色→シンプルなデザインで派手目の色と変化し、最近はちょっと個性のあるシンプルなものを好んでいます。かつての私では考えられないぐらいベーシックに近づいて来ていると思います。以前は「変わったネクタイですね」と言われることが多く、これを褒め言葉と思っていたのですが、あるときからそうでもないのかも知れない、と思うようになりました。スーツやシャツがベーシックな感じだとネクタイで個性や自己主張をするしかないので結構こだわりがあったのですが、最近は考え方がビジネス寄り(好印象とか)になっているのかも知れません。
ネクタイは数えたことはありませんが、現在でも200本以上はあると思います。ただ、通常身につけるのはかなり少数に限られています。これは大概朝は時間が無い(hirog「朝シャワと朝食」参照)ので、目につくものから適当に選んでしまうのと、お気に入りが限られてくるからです。また、何を持っていたか忘れてしまっているので、しばらく経って「あのネクタイがあったな」ということもしばしばです。
以前は直感で選んでいたので、売り場にどんなにたくさんのネクタイがあっても瞬時に選べたのですが、スーツやシャツと合わせることを意識すると、頭の中でコーディネートしているうちに、面倒になってきたりします。
今日は珍しく店員の話を聞きながら、トータルコーディネートしたネクタイを購入しました。