中国語学習法 7/31
私は約1年半近く上海に駐在していたわけですが、当初の予定ではもう1年ぐらいは滞在する予定でした。もしあと1年長く中国に住んでいたら、中国語のレベルも結構上がったのではないかと思うのですが、ビジネスも中国語もとても中途半端な状態で帰国しなくてはいけなくなってしまったのが、何よりも残念でした。
また、上海駐在中も、毎月取締役会出席のために一時帰国をしていたこともあって、中国語の感覚が毎月進歩と一歩後退を繰り返していた感があります。
それでも一般的な中国に同じぐらいの期間滞在していた日本人と比べると、話せる方の部類に入るらしく、いつもどうやって勉強したのか?と聞かれることがあります。
私は学校に通ったこともなく、中国に住む前も中国語は勉強したことが無かったのですが、そんな私が中国語を少しできるようになった理由は大きく二つあります。
1つは「毎日現地のテレビを見ていたこと」。中国は地方によって様々な方言があり、発音が異なるため、中国のテレビの番組は結構な割合で字幕があります。
(最初は耳が聞こえない人のためにそうしているのかと思い、さすが中国人口も多ければ耳が聞こえない人も多いのだな、と勝手に思い込んでいたのですが、そうではないようです)中国語は漢字なので字幕を見るとある程度意味が想像できるので、字幕を見ながら会話を聞いているとなんとなく内容が分かってくるものです。これを勉強だと思って毎日最低1時間は必ず見るようにしていました。ただ興味の無い番組を見ていても頭に入りにくいと思ったので、私の好きな時代劇を良く観ていたのですが、このため私の中国語はどこか古代の名残があるようです(笑)。ただ、こういったテレビを見ながら、というのは中国語ならではの学習法かも知れません。
もう1つは「中国語を話す機会を意図的につくること」。そして思い切って話してみること、です。外国語だとどうしても恥かしさとか、伝わらなかったらどうしようという不安も相まって、話すのを躊躇しがちです(実は私も英語はそれに近い)。そこで外国語しか話せない人と二人になる環境を出来るだけ多くつくってしまう、のです。例えば私はマッサージが好きなので、マッサージにはできるだけ1人で行くようにしています。そうすればマッサージ士と二人になるので必然的に中国語だけの会話になります。また、タクシーに乗るときには運転手の隣に座るようにしていました。中国では1人でタクシーに乗るときには隣に座るのが一種のマナーのようで、逆を言うと隣に座ると中国語が話せると思ってどんどん話しかけてくるのです。飲みに行くときにも、気持ちが大きくなるので出来るだけ中国語を話すようにしていました。
日本人はどうしても日本人と一緒に行動しがちなのですが、私は住むエリアも日本人が居ないエリアを選び、日本人と接触することを必要最低限に抑えていました。
あとは、よく言われる当たり前のこととして、ガールフレンドやボーイフレンドをつくると覚えるのが早いと言われています(残念ながら(?)私には該当がありませんでしたが・・・)。
外国語を勉強する際には、その国に興味を持ち、もっと知りたいと思うことが一番大事なのではないかと思います。「好きこそ物の上手なれ」と言いますが、まさにその言葉通りです。
また、上海駐在中も、毎月取締役会出席のために一時帰国をしていたこともあって、中国語の感覚が毎月進歩と一歩後退を繰り返していた感があります。
それでも一般的な中国に同じぐらいの期間滞在していた日本人と比べると、話せる方の部類に入るらしく、いつもどうやって勉強したのか?と聞かれることがあります。
私は学校に通ったこともなく、中国に住む前も中国語は勉強したことが無かったのですが、そんな私が中国語を少しできるようになった理由は大きく二つあります。
1つは「毎日現地のテレビを見ていたこと」。中国は地方によって様々な方言があり、発音が異なるため、中国のテレビの番組は結構な割合で字幕があります。
(最初は耳が聞こえない人のためにそうしているのかと思い、さすが中国人口も多ければ耳が聞こえない人も多いのだな、と勝手に思い込んでいたのですが、そうではないようです)中国語は漢字なので字幕を見るとある程度意味が想像できるので、字幕を見ながら会話を聞いているとなんとなく内容が分かってくるものです。これを勉強だと思って毎日最低1時間は必ず見るようにしていました。ただ興味の無い番組を見ていても頭に入りにくいと思ったので、私の好きな時代劇を良く観ていたのですが、このため私の中国語はどこか古代の名残があるようです(笑)。ただ、こういったテレビを見ながら、というのは中国語ならではの学習法かも知れません。
もう1つは「中国語を話す機会を意図的につくること」。そして思い切って話してみること、です。外国語だとどうしても恥かしさとか、伝わらなかったらどうしようという不安も相まって、話すのを躊躇しがちです(実は私も英語はそれに近い)。そこで外国語しか話せない人と二人になる環境を出来るだけ多くつくってしまう、のです。例えば私はマッサージが好きなので、マッサージにはできるだけ1人で行くようにしています。そうすればマッサージ士と二人になるので必然的に中国語だけの会話になります。また、タクシーに乗るときには運転手の隣に座るようにしていました。中国では1人でタクシーに乗るときには隣に座るのが一種のマナーのようで、逆を言うと隣に座ると中国語が話せると思ってどんどん話しかけてくるのです。飲みに行くときにも、気持ちが大きくなるので出来るだけ中国語を話すようにしていました。
日本人はどうしても日本人と一緒に行動しがちなのですが、私は住むエリアも日本人が居ないエリアを選び、日本人と接触することを必要最低限に抑えていました。
あとは、よく言われる当たり前のこととして、ガールフレンドやボーイフレンドをつくると覚えるのが早いと言われています(残念ながら(?)私には該当がありませんでしたが・・・)。
外国語を勉強する際には、その国に興味を持ち、もっと知りたいと思うことが一番大事なのではないかと思います。「好きこそ物の上手なれ」と言いますが、まさにその言葉通りです。
朝令暮改 7/30
朝礼暮改・・・朝に出した命令を夕方にはもう改めること。つまり、言うことがコロコロ変わることを意味する言葉です。
私は以前この言葉に対しては悪いイメージしか無かったのですが、うちのK取締役の口癖(!?)の1つでもあり、最近この言葉の意味を深く考えるようになりました。(もっともこの場合は厳密な意味での朝令暮改)
私はこれまで一度決めたことを最後まで貫くことが大事だと思っていましたし、それをポリシーにもしてきました。今も基本的にはその考えは変わっていません。
逆に言うと一度決めたことを後になって持ち出す人を軽蔑さえしていました。
ただ、その決めるときに、正確かつ正しい結論・決断を出すために十分な情報が無いということもあるかも知れませんし、その後に状況が変化することもあり得るかと思います。つまり、物事を決める段階では、予期しなかった状況の変化や新しい事実・情報などを得たことによって、より良い解が生まれたときには、決定したことにこだわるよりも、より良い方を選んだ方が良いこともあるのではないか、ということです。もちろん、この場合にはルールとして先の議論に参加した全員の了承を取る、ということが前提があっての話ですが・・・。
一方、単に優柔不断で決めたことを後ですぐに変更したり、決めたことに賛成していなかった人が感情的になんとか自分の意見を押し通そうとする動きは、コンセンサスの不一致、誤解や混乱、時間の浪費、進行障害などを招き、全くマイナスでしかないと思います。
これらの違いは表向き分かりにくいところがありますが、実質的に前向きか後ろ向きかという大きな違いがあるので、この二つを履き違えないようにする必要があると思っています。
よく一般的に「社長の考えや意見がコロコロ変わるから何を考えているか分からない」とか「社長にはついていけない」という話を聞くことがありますが、以前は「そういう社長だと大変だろうな~」と共感する部分が多かったのですが、もしかしたらその社長は優柔不断なのではなく、四六時中仕事のことを考えていて、その過程の中でよりベターなソリューションを発見している、ということもあるかも知れないと思うようになりました。経営者や上司はその時に得られている情報をもとにジャッジをしなくてはなりません。この情報の量や質は情報ルートや環境(例えば風通しが悪い会社は正確な情報が上がりにくいなど)によっても異なるし、その時々やシチュエーションによっても大分異なります。
事業戦略にしても、その戦略を立てるときの業界環境や競合状況などをもとに最適と思われる戦略を策定しているものであって、その後の前提条件の変化などに応じて時代に合わせて見直しをして最適化していくことは決して悪いことではないと思います。
昔の偉人の言葉で「良い方法が見つかって、以前のやり方を否定することは決して恥かしいことではない」という主旨の文句を聞いたことがあります。「初心貫徹」と環境順応」のバランスというのは最近私の中でのテーマもあります。
私は以前この言葉に対しては悪いイメージしか無かったのですが、うちのK取締役の口癖(!?)の1つでもあり、最近この言葉の意味を深く考えるようになりました。(もっともこの場合は厳密な意味での朝令暮改)
私はこれまで一度決めたことを最後まで貫くことが大事だと思っていましたし、それをポリシーにもしてきました。今も基本的にはその考えは変わっていません。
逆に言うと一度決めたことを後になって持ち出す人を軽蔑さえしていました。
ただ、その決めるときに、正確かつ正しい結論・決断を出すために十分な情報が無いということもあるかも知れませんし、その後に状況が変化することもあり得るかと思います。つまり、物事を決める段階では、予期しなかった状況の変化や新しい事実・情報などを得たことによって、より良い解が生まれたときには、決定したことにこだわるよりも、より良い方を選んだ方が良いこともあるのではないか、ということです。もちろん、この場合にはルールとして先の議論に参加した全員の了承を取る、ということが前提があっての話ですが・・・。
一方、単に優柔不断で決めたことを後ですぐに変更したり、決めたことに賛成していなかった人が感情的になんとか自分の意見を押し通そうとする動きは、コンセンサスの不一致、誤解や混乱、時間の浪費、進行障害などを招き、全くマイナスでしかないと思います。
これらの違いは表向き分かりにくいところがありますが、実質的に前向きか後ろ向きかという大きな違いがあるので、この二つを履き違えないようにする必要があると思っています。
よく一般的に「社長の考えや意見がコロコロ変わるから何を考えているか分からない」とか「社長にはついていけない」という話を聞くことがありますが、以前は「そういう社長だと大変だろうな~」と共感する部分が多かったのですが、もしかしたらその社長は優柔不断なのではなく、四六時中仕事のことを考えていて、その過程の中でよりベターなソリューションを発見している、ということもあるかも知れないと思うようになりました。経営者や上司はその時に得られている情報をもとにジャッジをしなくてはなりません。この情報の量や質は情報ルートや環境(例えば風通しが悪い会社は正確な情報が上がりにくいなど)によっても異なるし、その時々やシチュエーションによっても大分異なります。
事業戦略にしても、その戦略を立てるときの業界環境や競合状況などをもとに最適と思われる戦略を策定しているものであって、その後の前提条件の変化などに応じて時代に合わせて見直しをして最適化していくことは決して悪いことではないと思います。
昔の偉人の言葉で「良い方法が見つかって、以前のやり方を否定することは決して恥かしいことではない」という主旨の文句を聞いたことがあります。「初心貫徹」と環境順応」のバランスというのは最近私の中でのテーマもあります。
海の乗り物 7/29
私は海の乗り物への縁があまり無いようです。
先日うちの会社では有志の人達で「屋形船宴会」が催されました。会社戦略説明会を終えて帰社したら、結構な割合のスタッフが浴衣に着替えていて、一瞬どこに戻ってきたのかと目を疑ったほどです。
「屋形船」というと、昔からある船に簡易式の建物をのせて、その中が座敷になっているという伝統的なイメージがありますが、実際はどうなのでしょうか。いずれにせよ、趣がある響きですね。私は出張に来てしまったので、どんな感じだったのかは聞いていないのですが、きっと楽しい宴だったのではないかと思います。
私は海の乗り物が嫌いではないのですが、なかなか乗る機会に恵まれません。
クルーザーやヨットをお持ちの方に何人かお会いしたことがあり、社交辞令で「今度是非来てください」と言っていただくものの、一度も乗った機会はありません。上海に住んでいたときも、クルーザー(というかどちらかというとタンカー(笑))上のカクテルパーティに招待されたことがあるのですが、女性同伴ルールだったため止む無く諦めました。自分ではフェリー旅行を何度か企画したことがあるのですが、結局企画倒れのままです。フェリーで夜通し麻雀をして皆で朝日を見る、というのに憧れているのですが、容易には実現しないようです。
私は観光地へ行くと、必ずといって良いほど観光船やボートに乗ってしまいます。
なぜかというと、普通の乗り物と違って、観光船ではカモメ等に餌を上げれるケースが多く、ボートは漕ぐという行為があるので、これらには自分が参加している、という感覚が持てるからです。またボートは、プライベートな世界と時間がつくれるのが気に入っています。学生の頃は私の頭の中でデート=湖畔公園=ボートという方程式があったぐらいです(笑)。
ところで、クルーザーとヨットというのは傍目には同じように見えてしまいますが、乗る人の層が全く異なるそうです。とある方の話では、クルーザーは成金系、ヨットはセレブ系とか。もっともその方はヨットを持っているのでヨット贔屓なわけですが、ヨットに乗ると人生観が変わるとまでおっしゃっていました。
機会があれば、一度乗ってみたいものです。
先日うちの会社では有志の人達で「屋形船宴会」が催されました。会社戦略説明会を終えて帰社したら、結構な割合のスタッフが浴衣に着替えていて、一瞬どこに戻ってきたのかと目を疑ったほどです。
「屋形船」というと、昔からある船に簡易式の建物をのせて、その中が座敷になっているという伝統的なイメージがありますが、実際はどうなのでしょうか。いずれにせよ、趣がある響きですね。私は出張に来てしまったので、どんな感じだったのかは聞いていないのですが、きっと楽しい宴だったのではないかと思います。
私は海の乗り物が嫌いではないのですが、なかなか乗る機会に恵まれません。
クルーザーやヨットをお持ちの方に何人かお会いしたことがあり、社交辞令で「今度是非来てください」と言っていただくものの、一度も乗った機会はありません。上海に住んでいたときも、クルーザー(というかどちらかというとタンカー(笑))上のカクテルパーティに招待されたことがあるのですが、女性同伴ルールだったため止む無く諦めました。自分ではフェリー旅行を何度か企画したことがあるのですが、結局企画倒れのままです。フェリーで夜通し麻雀をして皆で朝日を見る、というのに憧れているのですが、容易には実現しないようです。
私は観光地へ行くと、必ずといって良いほど観光船やボートに乗ってしまいます。
なぜかというと、普通の乗り物と違って、観光船ではカモメ等に餌を上げれるケースが多く、ボートは漕ぐという行為があるので、これらには自分が参加している、という感覚が持てるからです。またボートは、プライベートな世界と時間がつくれるのが気に入っています。学生の頃は私の頭の中でデート=湖畔公園=ボートという方程式があったぐらいです(笑)。
ところで、クルーザーとヨットというのは傍目には同じように見えてしまいますが、乗る人の層が全く異なるそうです。とある方の話では、クルーザーは成金系、ヨットはセレブ系とか。もっともその方はヨットを持っているのでヨット贔屓なわけですが、ヨットに乗ると人生観が変わるとまでおっしゃっていました。
機会があれば、一度乗ってみたいものです。
戦略説明会 7/28
本日都内の会場において、メディア向けにネットビレッジの事業戦略説明会を開催させていただきました。
うちの会社がこのような形で、事業戦略について対外的に説明する機会を設けさせていただいたのは初めてです。この背景には、基盤固めの時期が終わって、社
名変更を機にこれからまさに攻めの体制になり、将来ビジョンを打ち出すとともにそれに向かって邁進していくことをPRしたかったということがあります。
うちの会社は中国に力を入れていることもあり、中国法人の責任者(5/15付けhirog『張振棟』参照)にもこれに合わせて来日してもらいました。
説明会は広報担当の初デビュー司会のもと、ネットビレッジグループの将来戦略について私から、中国での戦略について張の方から、という二部構成で行いました。私は話したいことは山ほどあったのですが、話せる内容と時間に制限があったので、消化不良の感もありましたが、目指す姿やそこに至るまでの戦略について一通り説明することができたという意味で良い機会だったと思います。張の方は最近業界では有名人になりつつあるので、しばらく見ないうちに講演慣れしたようで、不慣れな日本語というハンディがあったにもかかわらず、自信と野心に溢れたプレゼンで、聞いている身内の私自身もとても納得の行く内容でした。早速著名新聞社から個別の取材申込があったようです。
今週の月・火は大阪で個人投資家向けのIRフェアに出展したのですが、私は参加できなかったのですが、ご年配の方々に多数ご来場いただいたようです。
こういった形で、少しでも多くの方にネットビレッジという会社を知ってもらう機会を設けることは大事なことだと思いました。
中長期戦略を発表した以上は、これから実際に事業、数値で示していく必要があると思っています。
なお、今日の説明会の内容は、ケータイウォッチでは既に記事になっているようですが、後日ホームページでもアップ予定をしていますので、興味のある方は是非ご覧ください。
うちの会社がこのような形で、事業戦略について対外的に説明する機会を設けさせていただいたのは初めてです。この背景には、基盤固めの時期が終わって、社
名変更を機にこれからまさに攻めの体制になり、将来ビジョンを打ち出すとともにそれに向かって邁進していくことをPRしたかったということがあります。
うちの会社は中国に力を入れていることもあり、中国法人の責任者(5/15付けhirog『張振棟』参照)にもこれに合わせて来日してもらいました。
説明会は広報担当の初デビュー司会のもと、ネットビレッジグループの将来戦略について私から、中国での戦略について張の方から、という二部構成で行いました。私は話したいことは山ほどあったのですが、話せる内容と時間に制限があったので、消化不良の感もありましたが、目指す姿やそこに至るまでの戦略について一通り説明することができたという意味で良い機会だったと思います。張の方は最近業界では有名人になりつつあるので、しばらく見ないうちに講演慣れしたようで、不慣れな日本語というハンディがあったにもかかわらず、自信と野心に溢れたプレゼンで、聞いている身内の私自身もとても納得の行く内容でした。早速著名新聞社から個別の取材申込があったようです。
今週の月・火は大阪で個人投資家向けのIRフェアに出展したのですが、私は参加できなかったのですが、ご年配の方々に多数ご来場いただいたようです。
こういった形で、少しでも多くの方にネットビレッジという会社を知ってもらう機会を設けることは大事なことだと思いました。
中長期戦略を発表した以上は、これから実際に事業、数値で示していく必要があると思っています。
なお、今日の説明会の内容は、ケータイウォッチでは既に記事になっているようですが、後日ホームページでもアップ予定をしていますので、興味のある方は是非ご覧ください。
白い服 7/27
今年の流行色は白のようで、街中には白いスカートをまとった女性を多く見かけます。今日は私も今年初めて白のパンツをはいて会社に行ってみました。
「白」という色は清潔感があって、涼しげでいいですよね。同じ白でも素材が異なると色々バリュエーションが出てくるから不思議です。
ファッションにおいて白というのはとても重要な要素だと思いますが、同じ着る物でも、「白いスカート」「白いパンツ」だとお洒落な感じがしますが、「白いストッキング」とか「白いエプロン」というと「メイド」を思い浮かべてしまいます。また、「白いYシャツ」「白いブラウス」というと何か堅苦しい感じがするし、「白衣」というと病院とかをイメージすることが多いのではないでしょうか。白衣と言えば、給食当番や理科の実験のときに、なぜわざわざ汚れやすい白なんだろう・・・といつも疑問を持ちながら着替えていました。
ただ、何といっても代表的な白の服としては、「ウェディングドレス」でしょうか。ただウェディングドレスこそ、同じ白でもクリーム系の白から純白まで微妙な色がたくさんありますし、形や装飾も様々なので、ドレスによって全くイメージが異なるから不思議です。そういえば、白の水着というのは昔はタブーでしたが、グラビアアイドルなどが積極的に着るようになってから、今ではかなり一般的になったのではないかと思います。以前は「白=下着」
というイメージが強かったのでしょうね。
白い服と言えば、私が高校生の頃、TUBEという夏を象徴する音楽グループ(今でもありますけど(笑))が、ジーンズに白いTシャツを着ていたことから、当時男性の間でジーンズに白いTシャツというのが大流行したときがありました。このときはHane'sのTシャツが売れに売れたときです。皆競って肌を焼いて、日焼けした肌に白いTシャツという人がそこらじゅうに居たことを覚えています(笑)。
白という色は対比があって初めて際立つものだと思いますので、確かに肌が白い人が白い洋服を着ると、顔が負けてしまったり、病弱に見えたり、ということはあるかも知れません。
白い服の難点は、着ているときにとても気を遣うこと。汚れやすいので、外を歩くときや食事をするときなど、どうしても気になってしまいます。また、白は素材によっては透けてしまうので、下着までセットで考えなくてはなりません。私は白系の服は1度着たらすぐにクリーニングに出すのですが、それでも汚れが100%落ちなかったり、1年しまっておくと少し変色してしまったりと、長持ちしないのも欠点です。
ところで「白のスーツ」というと裏社会とか業界人をイメージする人が多いと思いますが、実は私は一度白のスーツを着てみたいと思っています。fonfunが将来一部上場を果たしたら、その記念パーティでは是非白のスーツで参上したいと思います(笑)。
「白」という色は清潔感があって、涼しげでいいですよね。同じ白でも素材が異なると色々バリュエーションが出てくるから不思議です。
ファッションにおいて白というのはとても重要な要素だと思いますが、同じ着る物でも、「白いスカート」「白いパンツ」だとお洒落な感じがしますが、「白いストッキング」とか「白いエプロン」というと「メイド」を思い浮かべてしまいます。また、「白いYシャツ」「白いブラウス」というと何か堅苦しい感じがするし、「白衣」というと病院とかをイメージすることが多いのではないでしょうか。白衣と言えば、給食当番や理科の実験のときに、なぜわざわざ汚れやすい白なんだろう・・・といつも疑問を持ちながら着替えていました。
ただ、何といっても代表的な白の服としては、「ウェディングドレス」でしょうか。ただウェディングドレスこそ、同じ白でもクリーム系の白から純白まで微妙な色がたくさんありますし、形や装飾も様々なので、ドレスによって全くイメージが異なるから不思議です。そういえば、白の水着というのは昔はタブーでしたが、グラビアアイドルなどが積極的に着るようになってから、今ではかなり一般的になったのではないかと思います。以前は「白=下着」
というイメージが強かったのでしょうね。
白い服と言えば、私が高校生の頃、TUBEという夏を象徴する音楽グループ(今でもありますけど(笑))が、ジーンズに白いTシャツを着ていたことから、当時男性の間でジーンズに白いTシャツというのが大流行したときがありました。このときはHane'sのTシャツが売れに売れたときです。皆競って肌を焼いて、日焼けした肌に白いTシャツという人がそこらじゅうに居たことを覚えています(笑)。
白という色は対比があって初めて際立つものだと思いますので、確かに肌が白い人が白い洋服を着ると、顔が負けてしまったり、病弱に見えたり、ということはあるかも知れません。
白い服の難点は、着ているときにとても気を遣うこと。汚れやすいので、外を歩くときや食事をするときなど、どうしても気になってしまいます。また、白は素材によっては透けてしまうので、下着までセットで考えなくてはなりません。私は白系の服は1度着たらすぐにクリーニングに出すのですが、それでも汚れが100%落ちなかったり、1年しまっておくと少し変色してしまったりと、長持ちしないのも欠点です。
ところで「白のスーツ」というと裏社会とか業界人をイメージする人が多いと思いますが、実は私は一度白のスーツを着てみたいと思っています。fonfunが将来一部上場を果たしたら、その記念パーティでは是非白のスーツで参上したいと思います(笑)。
大志を持った社長 7/26
本日は新宿高層ホテルはとてもムーディーなラウンジで、とあるゲーム開発会社の社長さんと会っていました。
火曜日の平日だと言うのに、周りはお客さんがいっぱいで、特にカップルだらけで、中年男性のカップルはちょっと寂しい感じでした(笑)。
その社長さんは、白いジャケットに胸の開いたシャツという出で立ちで、パッと見ヤンキーみたいなのですが、実際にはとてもユニークでアグレッシブな方です。ただ人と会うのが好きではないらしくて、滅多に社長同士でも会わないそうです。
彼と会っているといつも元気をもらえる気がします。もっとも彼と話しているときの90%は彼なりの持論や夢の話になり、一方的に聞き役になっていることが多いのですが、彼の物の見方や考えのベースになっている要素は興味深いものがあり、普段私がお会いしている経営者の方々とは全く違うタイプ7なので刺激を受けることが多いのです。自分は自分という部分が明確であり、そして自分がどういう人間かを十分に理解したうえで話をされるので、嫌味が無いというか、長話も思わず最後まで聞いてしまいます。
そんな彼は、読書が大好きで社会人になってから暇さえあれば本を読んでいるそうです。彼は高校には行っていないのですが、今は高校の数学の教科書にはまっ
ているそうで、毎夜数式と格闘しているとのこと。本は自分の視野を広げるヒントをくれる、とか数学は言語と同じで物事の基本的な考え方の勉強になる、とおっしゃっていますが、それだけ一般の人に比してよりピュアで吸収力が大きいから出来ることだと思います。このあくなき自己向上心には頭が下がります。
今日も「「人間は考える葦である」という言葉がありますが、その前にとても大事な文章があったことをご存知ですか?」と聞かれ、私は分からなかったのですが、「考えることは道徳の基になる」というようなことが書かれているそうです。表面的な一次的な情報だけではなく、大元に返ることで初めてこのような深い意味を知ることができる、というのを示している良い例かと思います。
私の前ではいたって温和な(ただ相当エネルギッシュですが)彼ではありますが、既に会社を興して12年と、うちの会社よりも長い社歴を持っており、既にスタッフも100人近くいるらしいので、これまで相当な苦労があったのだと思います。また、彼は明確なビジョンをもって信念をもって経営にあたっているので、会社ではまた違ったカリスマ性を発揮されているのだと思います。
彼は、ソフトウェアというもの、そしてゲームというものについて、壮大な理想と目標を持っており、これからそれを追求していかれるそうですが、是非その気持ちを忘れずに夢を実現していただきたいと願っています。
火曜日の平日だと言うのに、周りはお客さんがいっぱいで、特にカップルだらけで、中年男性のカップルはちょっと寂しい感じでした(笑)。
その社長さんは、白いジャケットに胸の開いたシャツという出で立ちで、パッと見ヤンキーみたいなのですが、実際にはとてもユニークでアグレッシブな方です。ただ人と会うのが好きではないらしくて、滅多に社長同士でも会わないそうです。
彼と会っているといつも元気をもらえる気がします。もっとも彼と話しているときの90%は彼なりの持論や夢の話になり、一方的に聞き役になっていることが多いのですが、彼の物の見方や考えのベースになっている要素は興味深いものがあり、普段私がお会いしている経営者の方々とは全く違うタイプ7なので刺激を受けることが多いのです。自分は自分という部分が明確であり、そして自分がどういう人間かを十分に理解したうえで話をされるので、嫌味が無いというか、長話も思わず最後まで聞いてしまいます。
そんな彼は、読書が大好きで社会人になってから暇さえあれば本を読んでいるそうです。彼は高校には行っていないのですが、今は高校の数学の教科書にはまっ
ているそうで、毎夜数式と格闘しているとのこと。本は自分の視野を広げるヒントをくれる、とか数学は言語と同じで物事の基本的な考え方の勉強になる、とおっしゃっていますが、それだけ一般の人に比してよりピュアで吸収力が大きいから出来ることだと思います。このあくなき自己向上心には頭が下がります。
今日も「「人間は考える葦である」という言葉がありますが、その前にとても大事な文章があったことをご存知ですか?」と聞かれ、私は分からなかったのですが、「考えることは道徳の基になる」というようなことが書かれているそうです。表面的な一次的な情報だけではなく、大元に返ることで初めてこのような深い意味を知ることができる、というのを示している良い例かと思います。
私の前ではいたって温和な(ただ相当エネルギッシュですが)彼ではありますが、既に会社を興して12年と、うちの会社よりも長い社歴を持っており、既にスタッフも100人近くいるらしいので、これまで相当な苦労があったのだと思います。また、彼は明確なビジョンをもって信念をもって経営にあたっているので、会社ではまた違ったカリスマ性を発揮されているのだと思います。
彼は、ソフトウェアというもの、そしてゲームというものについて、壮大な理想と目標を持っており、これからそれを追求していかれるそうですが、是非その気持ちを忘れずに夢を実現していただきたいと願っています。
雨の日 7/25
今年は梅雨明けが遅いようで、最近ずっとぐずついた天気が続いていますね。
私は基本的には雨の日が嫌いです。もちろん気分が乗らない、ということもあるのですが、「天気に気分が左右されるようでは甘い。自分の天気を持て」と何かの本に書いてあるのを読んでから、気分は落ち込まないように意識するようにしています。とはいえ雨の日は、まず湿度が高くなってじめじめ感があること、傘を持つのが面倒であること、意図せずして洋服が汚くなりやすいこと、などが好きではありません。特に混んでいる電車や路上を歩いていると人の傘がくっついたり、車が水溜りを弾いたりと、その気を遣うのに疲れてしまうことがあります。雨の日だけは運転手付きの専用車だったら不快感無いし車内で仕事もできるのに、と一瞬思ったりします。
今日もクリーニングに出したばかりのスーツを着て家を出たら10秒もしないうちに床のタイルが壊れているところがあって、そこに足を踏み込んでしまい、膝下がずぶ濡れになってしまいました。そんな普段はうっとうしいまである雨なのですが、不思議と仕事と関係ないとき、もしくは時間があるときには時として情緒をもたらしてくれることがあります。しとしと振っている雨をボーっと眺めたり、雨音に聞き耳を立てていると、仕事の慌しさや都会の騒々しさから解き放たれたような、一瞬とても平静な気持ちになることがあります。
雨と言えば、小さい頃にふと「雨の中を2倍の速度で歩いたら濡れるのは半分で済むのだろうか?」と思ったことがあるのですが、これってどうなんでしょうね。
なんとなく早く歩けば上からの雨の当たりが少なくなる気がするのですが、その分身体の横に当たる雨は増えるような気もします。多分、これって雨の速度とか密度とか、身体の傾斜角とか、歩く速度とか、色んな要素に関係してくるのかも知れません。うーん、久しぶりにちょっと考えてみたのですが頭が働いていないようなので、
知っている人が居たら教えてください!
私は基本的には雨の日が嫌いです。もちろん気分が乗らない、ということもあるのですが、「天気に気分が左右されるようでは甘い。自分の天気を持て」と何かの本に書いてあるのを読んでから、気分は落ち込まないように意識するようにしています。とはいえ雨の日は、まず湿度が高くなってじめじめ感があること、傘を持つのが面倒であること、意図せずして洋服が汚くなりやすいこと、などが好きではありません。特に混んでいる電車や路上を歩いていると人の傘がくっついたり、車が水溜りを弾いたりと、その気を遣うのに疲れてしまうことがあります。雨の日だけは運転手付きの専用車だったら不快感無いし車内で仕事もできるのに、と一瞬思ったりします。
今日もクリーニングに出したばかりのスーツを着て家を出たら10秒もしないうちに床のタイルが壊れているところがあって、そこに足を踏み込んでしまい、膝下がずぶ濡れになってしまいました。そんな普段はうっとうしいまである雨なのですが、不思議と仕事と関係ないとき、もしくは時間があるときには時として情緒をもたらしてくれることがあります。しとしと振っている雨をボーっと眺めたり、雨音に聞き耳を立てていると、仕事の慌しさや都会の騒々しさから解き放たれたような、一瞬とても平静な気持ちになることがあります。
雨と言えば、小さい頃にふと「雨の中を2倍の速度で歩いたら濡れるのは半分で済むのだろうか?」と思ったことがあるのですが、これってどうなんでしょうね。
なんとなく早く歩けば上からの雨の当たりが少なくなる気がするのですが、その分身体の横に当たる雨は増えるような気もします。多分、これって雨の速度とか密度とか、身体の傾斜角とか、歩く速度とか、色んな要素に関係してくるのかも知れません。うーん、久しぶりにちょっと考えてみたのですが頭が働いていないようなので、
知っている人が居たら教えてください!
花火大会 7/24
今日は、調布市で花火大会がありました。私は東京では調布市に住んでいた期間が8年ぐらいと一番長く、現在もすぐ隣が調布市ということもあり、調布市の花火大会はかれこれ10年近くお世話になっています。
ただ、私の記憶では、調布市の花火大会はいつも雨に悩まされ、8月に開催されることが多かった気がします。昨年も途中から雨だった気がしますし、今年もず
っと小雨の中での開催でした。
初めてこの花火大会へ行ったときには、京王多摩川駅という各駅停車駅を降りて、とても場所が分かりにくかった覚えがあります。実はこの調布の花火は花火を打ち上げる場所が多摩川会場と布田会場の二つに分かれているので、人の波が分散するという特徴があります。具体的に言うと京王稲田堤から柴崎駅ぐらいまでの調布駅を中心とする6駅ぐらいが対象になるのです。
有料席なのか、無料席なのか、近くで見たいのか、遠くて眺めの良い位置で見たいのか、など目的を明確に持って歩かないと、思ってもいないところへ行ってしまったりします。それでも主催者側も毎年その辺を検討しているらしく、年々ところどころ改善され(通行路、観覧席、出店の位置など)、今年は誘導などだいぶ良くなったような気がしました。
私が住んでいた調布の家は、まさに布田会場の目と鼻の先にある、道路に面して立っていて、家の2階から花火が鑑賞できたので、花火大会になるとよく友達を呼んで皆でワイワイ観ていました。ただ難点はあまりに音が大き過ぎて振動があること、そして火薬や花火の欠片が飛んでくることでした。
今日は、体調が芳しくなかったこともあり、自宅から車を運転して行ったのですが、駅の近くの駐車場で待つこと2時間、やっと車を止めることが出来ました。
花火を観ると夏を感じます。特に今日はグルグル車で会場付近を廻っていたため、たくさんの観客を見ましたが、かなりの割合の女性が浴衣に身をまとっていて、日本独特の風情を感じ、日本も捨てたものじゃないなと思いました。
これから全国的に花火大会が全盛になる時期ですね。今日は雨の中、しかも車の中からの花火だったので、できればあと1回はきちんとした花火を見てみたいで
す。
花火と言えばビール、最近ほとんどプライベートで飲んでいない自分に気づきました。気の合う仲間と気楽にビールでも飲みたいものです。
ただ、私の記憶では、調布市の花火大会はいつも雨に悩まされ、8月に開催されることが多かった気がします。昨年も途中から雨だった気がしますし、今年もず
っと小雨の中での開催でした。
初めてこの花火大会へ行ったときには、京王多摩川駅という各駅停車駅を降りて、とても場所が分かりにくかった覚えがあります。実はこの調布の花火は花火を打ち上げる場所が多摩川会場と布田会場の二つに分かれているので、人の波が分散するという特徴があります。具体的に言うと京王稲田堤から柴崎駅ぐらいまでの調布駅を中心とする6駅ぐらいが対象になるのです。
有料席なのか、無料席なのか、近くで見たいのか、遠くて眺めの良い位置で見たいのか、など目的を明確に持って歩かないと、思ってもいないところへ行ってしまったりします。それでも主催者側も毎年その辺を検討しているらしく、年々ところどころ改善され(通行路、観覧席、出店の位置など)、今年は誘導などだいぶ良くなったような気がしました。
私が住んでいた調布の家は、まさに布田会場の目と鼻の先にある、道路に面して立っていて、家の2階から花火が鑑賞できたので、花火大会になるとよく友達を呼んで皆でワイワイ観ていました。ただ難点はあまりに音が大き過ぎて振動があること、そして火薬や花火の欠片が飛んでくることでした。
今日は、体調が芳しくなかったこともあり、自宅から車を運転して行ったのですが、駅の近くの駐車場で待つこと2時間、やっと車を止めることが出来ました。
花火を観ると夏を感じます。特に今日はグルグル車で会場付近を廻っていたため、たくさんの観客を見ましたが、かなりの割合の女性が浴衣に身をまとっていて、日本独特の風情を感じ、日本も捨てたものじゃないなと思いました。
これから全国的に花火大会が全盛になる時期ですね。今日は雨の中、しかも車の中からの花火だったので、できればあと1回はきちんとした花火を見てみたいで
す。
花火と言えばビール、最近ほとんどプライベートで飲んでいない自分に気づきました。気の合う仲間と気楽にビールでも飲みたいものです。
土用の丑の日 7/23
明日(というか今日)は土用の丑の日なんですね。スーパーなどでもウナギが盛んに売られていました。
ところで、この「土用の丑」ってかなり難易度が高い日だと思うのですが、皆さんは真剣に考えたことってありますか?
私は冗談ではなく社会人になるまで「土用の丑」は「土曜の牛」だと思っていました。なのでなぜ「土曜以外の日」に、しかも「ウナギ」を食べるのかが理解できませんでした。加えて私は実はウナギが食べれないので、その理由を突っ込んで調べたこともありませんでした。というわけで今日は私なりに調べた知識を皆さんと共有したいと思います。
まず「土用の丑」は「土用」と「丑」に分けて考える必要がありそうです。「土用」とは五行思想(中国に端を発する自然哲学で万物は火、木、土、金、水の5種類の元素から成るという説)に基づく季節の分類の1つで、季節の変わり目の約18日間のことを言うそうです。「丑」とは十二支の丑であり、もともとは紐を差していたが覚えやすくするために動物の「牛」を割り当てたそう。よって、「土用の丑」とは土用の間で日の十二支が丑である日となります。土用は春、夏、秋、冬とあるのですが、夏の土用の丑の日は、暑い時期を乗り切る栄養をつけるためにウナギを食べる習慣ができたそうです。何故ウナギかというと説は色々あり、一番有力なのは江戸時代にウナギ屋が平賀源内に商売の相談に行ったところ、「丑の日に「う」の付くものを食べると夏負けしない」という伝承からヒントを得て、店先に「本日丑の日」と書いたところウナギが大繁盛したというものです。
夏の土用の丑の日は、年によっては2回あって、今年は7月23日と8月4日だそうです。最もウナギの食えない私には関係の無い話ですけど・・・。
ちなみに金沢ではウナギの代わりにドジョウを食べる習慣があるそうです。確かに似てるとは言え、ちょっと苦味がありそうですね。私が小さい頃実家の近くの魚屋でドジョウが売っていたのですが、私はいつも長い時間覗き込みながら、時には店のおばさんに1匹分けてもらってペットして飼っていました。私にはとてもドジョウを食べる気にはなれません。
ウナギ、ドジョウ、アナゴの中で食べれるものは・・・、「うなぎパイ」ぐらいでしょうか(笑)。
明日(というか今日)は土用の丑の日なんですね。スーパーなどでもウナギが盛んに売られていました。
ところで、この「土用の丑」ってかなり難易度が高い日だと思うのですが、皆さんは真剣に考えたことってありますか?
私は冗談ではなく社会人になるまで「土用の丑」は「土曜の牛」だと思っていました。なのでなぜ「土曜以外の日」に、しかも「ウナギ」を食べるのかが理解できませんでした。加えて私は実はウナギが食べれないので、その理由を突っ込んで調べたこともありませんでした。というわけで今日は私なりに調べた知識を皆さんと共有したいと思います。
まず「土用の丑」は「土用」と「丑」に分けて考える必要がありそうです。「土用」とは五行思想(中国に端を発する自然哲学で万物は火、木、土、金、水の5種類の元素から成るという説)に基づく季節の分類の1つで、季節の変わり目の約18日間のことを言うそうです。「丑」とは十二支の丑であり、もともとは紐を差していたが覚えやすくするために動物の「牛」を割り当てたそう。よって、「土用の丑」とは土用の間で日の十二支が丑である日となります。土用は春、夏、秋、冬とあるのですが、夏の土用の丑の日は、暑い時期を乗り切る栄養をつけるためにウナギを食べる習慣ができたそうです。何故ウナギかというと説は色々あり、一番有力なのは江戸時代にウナギ屋が平賀源内に商売の相談に行ったところ、「丑の日に「う」の付くものを食べると夏負けしない」という伝承からヒントを得て、店先に「本日丑の日」と書いたところウナギが大繁盛したというものです。
夏の土用の丑の日は、年によっては2回あって、今年は7月23日と8月4日だそうです。最もウナギの食えない私には関係の無い話ですけど・・・。
ちなみに金沢ではウナギの代わりにドジョウを食べる習慣があるそうです。確かに似てるとは言え、ちょっと苦味がありそうですね。私が小さい頃実家の近くの魚屋でドジョウが売っていたのですが、私はいつも長い時間覗き込みながら、時には店のおばさんに1匹分けてもらってペットして飼っていました。私にはとてもドジョウを食べる気にはなれません。
ウナギ、ドジョウ、アナゴの中で食べれるものは・・・、「うなぎパイ」ぐらいでしょうか(笑)。
めまい物語 7/22
私はこれまで「めまい」という代物とは全くといって良いほど縁の無い生活を送っていたのですが、昨日その「めまい」なるものを体験してしまいました。今日はお恥ずかしながら自己管理が出来ていなかった私の「めまい物語」です。
原因は色々考えられるものの、基本的には「睡眠不足」と「栄養不足」が重なった結果なのだと思います。月曜日から木曜日に至るまでを思い起こしてみると・・・。(ちなみに下記記録中、私は以前hirogで触れた通り朝食を食べる習慣がないので、朝食は必然的に食べていません)
月曜日:祝日だったものの、夜に都内でMTGがあったため昼ぐらいから都内のネットカフェで仕事を始め、夜にMTGしながらフライドポテトやピクルスなどをつまむ。深夜1時ぐらいに帰宅後、翌日の取締役会資料づくりのため朝まで作業。
火曜日:1時間ぐらい仮眠した後出勤。昼過ぎに15分ぐらい空いたので昼食を買いに出たものの電話があり結局買えずに午後のMTGに突入。夜に中国からの出
張者とのMTGの際、食べ物を注文したものの、内容がシビアな話だったためほとんど喉を通らず。その後もMTGがあり深夜2時ぐらいに帰宅。色々考え事をしていたら頭が冴えて来てメモなど取っているうちにそのまま朝を迎える。
水曜日:朝からスケジュールが詰まっていて昼食は取れず。外出中に栄養が足りないかもと思いコンビニでリポビタンDスーパーを買い歩きながら喉に流し込む。夜は会食だったのだが、私の苦手な豆腐ずくしで全品豆腐料理だったため(最後のデザートまで豆腐でした(悲))、ほとんど口にできず。その後更にMTGがあり、話をするのに支障の無いスープを注文。この日は深夜2時ぐらいに帰宅、寝床についたのだが数時間後に身体の関節が何となく痛くて目が覚める。
木曜日:朝からMTGがあったため、家を出るも途中で「めまい」があり、歩くのもしんどくなったため安静状態に・・・。(ちなみにこの日も水以外何も食せず)
と、月曜から、おつまみ2食、豆腐味見、スープ、リポビタンDスーパー1本、(正確に言うと+缶ジュース数本とオフィスの机の上にあった社員のお土産せんべい)しか食べていなかったのです。めまいが来たときには一瞬自分が年を取ったのだろうか、とショックだったのですが、振り返ってみて当然かも知れないと自分を納得させました。
気力があっても、身体がついてこないこともあるのだと実感しました。それと同時に健康管理をきちんとしなくては、とあらためて反省しました。というわけで、さきほどは「肉野菜炒め」をご飯大盛りで食べてきました。
私のスケジュール表は共有になっており、スタッフなら誰でも予定を入れることが出来るのですが、スケジュールが詰まってくると必然的に昼食時間が無くなってしまいます。このhirogを読んでくれているスタッフは、今後はきっと昼食の時間として30分ぐらいは開けてくれるのではないかと思います(笑)。
原因は色々考えられるものの、基本的には「睡眠不足」と「栄養不足」が重なった結果なのだと思います。月曜日から木曜日に至るまでを思い起こしてみると・・・。(ちなみに下記記録中、私は以前hirogで触れた通り朝食を食べる習慣がないので、朝食は必然的に食べていません)
月曜日:祝日だったものの、夜に都内でMTGがあったため昼ぐらいから都内のネットカフェで仕事を始め、夜にMTGしながらフライドポテトやピクルスなどをつまむ。深夜1時ぐらいに帰宅後、翌日の取締役会資料づくりのため朝まで作業。
火曜日:1時間ぐらい仮眠した後出勤。昼過ぎに15分ぐらい空いたので昼食を買いに出たものの電話があり結局買えずに午後のMTGに突入。夜に中国からの出
張者とのMTGの際、食べ物を注文したものの、内容がシビアな話だったためほとんど喉を通らず。その後もMTGがあり深夜2時ぐらいに帰宅。色々考え事をしていたら頭が冴えて来てメモなど取っているうちにそのまま朝を迎える。
水曜日:朝からスケジュールが詰まっていて昼食は取れず。外出中に栄養が足りないかもと思いコンビニでリポビタンDスーパーを買い歩きながら喉に流し込む。夜は会食だったのだが、私の苦手な豆腐ずくしで全品豆腐料理だったため(最後のデザートまで豆腐でした(悲))、ほとんど口にできず。その後更にMTGがあり、話をするのに支障の無いスープを注文。この日は深夜2時ぐらいに帰宅、寝床についたのだが数時間後に身体の関節が何となく痛くて目が覚める。
木曜日:朝からMTGがあったため、家を出るも途中で「めまい」があり、歩くのもしんどくなったため安静状態に・・・。(ちなみにこの日も水以外何も食せず)
と、月曜から、おつまみ2食、豆腐味見、スープ、リポビタンDスーパー1本、(正確に言うと+缶ジュース数本とオフィスの机の上にあった社員のお土産せんべい)しか食べていなかったのです。めまいが来たときには一瞬自分が年を取ったのだろうか、とショックだったのですが、振り返ってみて当然かも知れないと自分を納得させました。
気力があっても、身体がついてこないこともあるのだと実感しました。それと同時に健康管理をきちんとしなくては、とあらためて反省しました。というわけで、さきほどは「肉野菜炒め」をご飯大盛りで食べてきました。
私のスケジュール表は共有になっており、スタッフなら誰でも予定を入れることが出来るのですが、スケジュールが詰まってくると必然的に昼食時間が無くなってしまいます。このhirogを読んでくれているスタッフは、今後はきっと昼食の時間として30分ぐらいは開けてくれるのではないかと思います(笑)。
いい加減 7/21
私の大学時代の友人のモットーは「いい加減に生きる」でした。
もっとも、この場合は「なにごともほどほどが良いのだ」という主旨のようなので、「良い加減に生きる」といった方が分かりやすいかも知れません。
初めて聞いたときには「それって屁理屈じゃないの?」と思いましたし、その友人の態度や行動が私の目には中途半端に見えていたので、正直共感できる部分は全くありませんでした。
社会人になってから、彼が言っていたことが納得できるシーンに何度か遭遇しました。
例えば、私が開発営業(開発といっても不動産開発)をしていた頃、とても広大な土地を持っている地主さんに上司と一緒に何度も何度も足を運んだことがありました。新入社員の私から見ても、どう考えてもうちの会社が検討対象から外れていることは明白だったのですが、上司は会社の方針だからと言って、可能性がほとんどないことを分かっていながらも結局1年以上も無駄にしました。このことから学んだことは可能性を追い求めることは大事なことだけど、どこかで見切りをつける英断も必要だということです。
また、私のとある知り合いの会社はここ数年黒字の会社だったのですが、上場準備のために上場経験のあるマネジメントを採用し、管理系スタッフを一気に増強し、内部管理制度、コンプライアンスの強化、会計士監査などを始めた結果一気に赤字に転落して、結局未だに上場できていないというケースがあります。このことからは、収益とコストのバランスがとても重要だと認識しました。
ビジネスを行う場合には、完璧を求めることが良いことではないこともあります。必要以上な投資はコストばかりが増加して採算が合わなくなることがあります。何事も程度問題というのがある、というのが最近になり、特に感じることです。
「いい加減=(中途半端)」は良くないと思いますが、「良い加減=(適度なバランス)」は大事なことだと思います。
もっとも、この場合は「なにごともほどほどが良いのだ」という主旨のようなので、「良い加減に生きる」といった方が分かりやすいかも知れません。
初めて聞いたときには「それって屁理屈じゃないの?」と思いましたし、その友人の態度や行動が私の目には中途半端に見えていたので、正直共感できる部分は全くありませんでした。
社会人になってから、彼が言っていたことが納得できるシーンに何度か遭遇しました。
例えば、私が開発営業(開発といっても不動産開発)をしていた頃、とても広大な土地を持っている地主さんに上司と一緒に何度も何度も足を運んだことがありました。新入社員の私から見ても、どう考えてもうちの会社が検討対象から外れていることは明白だったのですが、上司は会社の方針だからと言って、可能性がほとんどないことを分かっていながらも結局1年以上も無駄にしました。このことから学んだことは可能性を追い求めることは大事なことだけど、どこかで見切りをつける英断も必要だということです。
また、私のとある知り合いの会社はここ数年黒字の会社だったのですが、上場準備のために上場経験のあるマネジメントを採用し、管理系スタッフを一気に増強し、内部管理制度、コンプライアンスの強化、会計士監査などを始めた結果一気に赤字に転落して、結局未だに上場できていないというケースがあります。このことからは、収益とコストのバランスがとても重要だと認識しました。
ビジネスを行う場合には、完璧を求めることが良いことではないこともあります。必要以上な投資はコストばかりが増加して採算が合わなくなることがあります。何事も程度問題というのがある、というのが最近になり、特に感じることです。
「いい加減=(中途半端)」は良くないと思いますが、「良い加減=(適度なバランス)」は大事なことだと思います。
ストーカー発見 7/20
本日、初めてストーカー(らしき、というか異常者に近い)を目にしました。
ストーカーとか話には聞くものの、実際にそのような光景を見にして、あらためて怖いものだと思いました。
今朝バスに座っているときに、停まったバス停で、1組の男女を目にしました。男性は23歳ぐらいでボサボサの髪に不潔そうな服装に身をまとっており、女性は22歳ぐらいのOLで割りと現代風な格好をしていました。男の人が傘を差しているように見えたので、カップルなんだろうとばっかり思っていました。ただ、女性は常時うつむき加減です。
バスにのってくると女性が最初にバスに乗って入り口のところで立ち止まったところ、男性もその手前で立ち止まりました。女性が次にバスの真ん中ぐらいまで歩いて来て再び止まると、男性もそこで停止します。最後には女性は私が座っている最後部の近くまで来て手すりに掴まりました。今日は雨で比較的混んでいたので、まず女性がバスの入口から後ろまで来るのがいかに大変かは分かると思いますが、その後を強引にかきわけて男性が女性の横にピタッと張り付いたかと思うと、なんと女の子が両手で掴まっている後ろから抱きかかえるように両手を回して同じ手すりを持ったのです。
私はここで何か変だなと感じました。その後男性と女性の距離は数センチぐらい、しかも時折男性が女性の髪や首の匂いをクンクン嗅いでいます。?と思った私は手をかそうかと思ったのですが、女性もさすがに変だと気づいて男の人が回している両手そのままに、潜り抜けてそこから脱出しました。ただそのときに持っていた傘を床に落としてしまい、男性が拾うではありませんか?女性はとても困った顔をしながらも、御礼を言って傘を受け取り、その御礼する女性の顔を見てニヤリとした男性の顔は間違いなく普通ではないと気づきました。
その後も女性は男性から少しでも離れようと忍び足で、距離感をおこうとするのですが、すぐに男性に追いつかれます。
その状況のままバスは駅に到着し、皆が降り始めたのですが、女性は当然男性においかけられることを想定し、先に男性を下ろそうとしたのですが、男性はいつになっても降りません。結局その男性と女性、そして私の3名になったときに、さすがに女性も急いでいたのか、先に改札口まで走り始めました。そのときです。
急に男性もバッと道路に飛び降りたかと思うと、そのまま女性をおいかけ走り続けます。
私も、これはさすがに犯罪かもと思ったので、男性を警察に連動せねばと思い、男性の後を追いかけます。ただそんなときに限って(というわけでもないのですが)パスネット残額が足りずに改札口を通れません。
その間に小叫びをあげながら、ホームまで階段を駆け上がる女性のすぐ後を男性が追いかけていきました。
ホームが逆方向だったこともあり、結局見失ってしまったのですが、あの女性がその後どうなったのかがとても気になっています。特に同じバス停から乗ってきたことを考えると、家が近いかず知れず、家を突き止められる可能性があるやも知れません。
今朝のこの事件は私にとって2つの意味でショックでした。1つはあれほど最後に捕まえようと思っていたにもかかわらず、見失うという失態をしてしまったこと、そしてもう1つは、周りの状況把握が出来ていれば、バスの中の二人の動きいは誰でも怪しいし、両手を潜り抜けたときには絶対おかしいと思うはずです。
それなのに、何もしない一般人について疑問を覚えました。(私は最後尾に座っていて身動きが取れず)。
ストーカーとか話には聞くものの、実際にそのような光景を見にして、あらためて怖いものだと思いました。
今朝バスに座っているときに、停まったバス停で、1組の男女を目にしました。男性は23歳ぐらいでボサボサの髪に不潔そうな服装に身をまとっており、女性は22歳ぐらいのOLで割りと現代風な格好をしていました。男の人が傘を差しているように見えたので、カップルなんだろうとばっかり思っていました。ただ、女性は常時うつむき加減です。
バスにのってくると女性が最初にバスに乗って入り口のところで立ち止まったところ、男性もその手前で立ち止まりました。女性が次にバスの真ん中ぐらいまで歩いて来て再び止まると、男性もそこで停止します。最後には女性は私が座っている最後部の近くまで来て手すりに掴まりました。今日は雨で比較的混んでいたので、まず女性がバスの入口から後ろまで来るのがいかに大変かは分かると思いますが、その後を強引にかきわけて男性が女性の横にピタッと張り付いたかと思うと、なんと女の子が両手で掴まっている後ろから抱きかかえるように両手を回して同じ手すりを持ったのです。
私はここで何か変だなと感じました。その後男性と女性の距離は数センチぐらい、しかも時折男性が女性の髪や首の匂いをクンクン嗅いでいます。?と思った私は手をかそうかと思ったのですが、女性もさすがに変だと気づいて男の人が回している両手そのままに、潜り抜けてそこから脱出しました。ただそのときに持っていた傘を床に落としてしまい、男性が拾うではありませんか?女性はとても困った顔をしながらも、御礼を言って傘を受け取り、その御礼する女性の顔を見てニヤリとした男性の顔は間違いなく普通ではないと気づきました。
その後も女性は男性から少しでも離れようと忍び足で、距離感をおこうとするのですが、すぐに男性に追いつかれます。
その状況のままバスは駅に到着し、皆が降り始めたのですが、女性は当然男性においかけられることを想定し、先に男性を下ろそうとしたのですが、男性はいつになっても降りません。結局その男性と女性、そして私の3名になったときに、さすがに女性も急いでいたのか、先に改札口まで走り始めました。そのときです。
急に男性もバッと道路に飛び降りたかと思うと、そのまま女性をおいかけ走り続けます。
私も、これはさすがに犯罪かもと思ったので、男性を警察に連動せねばと思い、男性の後を追いかけます。ただそんなときに限って(というわけでもないのですが)パスネット残額が足りずに改札口を通れません。
その間に小叫びをあげながら、ホームまで階段を駆け上がる女性のすぐ後を男性が追いかけていきました。
ホームが逆方向だったこともあり、結局見失ってしまったのですが、あの女性がその後どうなったのかがとても気になっています。特に同じバス停から乗ってきたことを考えると、家が近いかず知れず、家を突き止められる可能性があるやも知れません。
今朝のこの事件は私にとって2つの意味でショックでした。1つはあれほど最後に捕まえようと思っていたにもかかわらず、見失うという失態をしてしまったこと、そしてもう1つは、周りの状況把握が出来ていれば、バスの中の二人の動きいは誰でも怪しいし、両手を潜り抜けたときには絶対おかしいと思うはずです。
それなのに、何もしない一般人について疑問を覚えました。(私は最後尾に座っていて身動きが取れず)。
経営者の仕事 7/19
以前、とある年配の経営者の方とお話していたときに「社長の仕事は3つしかない。それは「ビジョンを示すこと」・「ジャッジをすること」・「責任を取ること」だ」と言う話をされていました。
この言葉は一理あると思ったので、以後度々このことを思い起こすことがあります。
ビジョンを示すためには、先見性、戦略性が無ければなりません。また、ビジョンは出来るだけ具体的かつ分かりやすく、自信と信念を持ったものでなくてはならないと思います。ビジョンが無ければ会社が向かうべき方向性のコンセンサスが取れないですし、スタッフがやっている仕事がどういう意味を持つのかが分からなくなる可能性があります。
ジャッジをするためには、状況判断力や決断力が必要です。経営者がジャッジできないことは誰にもジャッジができないですし、経営者のジャッジは基本的に会社としての最終決定事項になります。
責任の取り方は色々あると思いますが、経営者が最後は責任を取ってくれるという後ろ盾があって、初めてスタッフは思う存分仕事に集中できるのだと思います。
さて、この3つの中で、自分で一番悩ましいのは責任の部分です。「責任を取る」というと一般的にはどういうイメージがあるのでしょうか?よくニュースなどで「業績悪化の責任を取って辞任」とか「不祥事の責任を取って減俸」というのを見かけますが、経済的、社会的制裁が責任を取るというのと同義になるのでしょうか?個人的にはこういった責任を取る前に、まずは「対策を講じる」とか「問題を解決する」という「責任を果たす」ということが重要なような気がします。
「責任を取る」というのを辞書で調べると「自分のした事の結果について責めを負うこと。特に、失敗や損失による責めを負うこと」とあります。責任の取り方って本当に難しいと思います。
上記3つ以外にも大事な仕事はたくさんあると思いますが、、個人的に経営者の仕事として大事だと思うのは「リーダーシップを発揮すること」そして「社員が十二分に能力を発揮する環境をつくること」だと思います。
さて、うちの会社は昨年度黒字転換を果たし、今期も増収を見込んでいますが、業績以外の部分において、私は経営者としての仕事をきちんと果たせているのか?
と自問自答する今日この頃です。
この言葉は一理あると思ったので、以後度々このことを思い起こすことがあります。
ビジョンを示すためには、先見性、戦略性が無ければなりません。また、ビジョンは出来るだけ具体的かつ分かりやすく、自信と信念を持ったものでなくてはならないと思います。ビジョンが無ければ会社が向かうべき方向性のコンセンサスが取れないですし、スタッフがやっている仕事がどういう意味を持つのかが分からなくなる可能性があります。
ジャッジをするためには、状況判断力や決断力が必要です。経営者がジャッジできないことは誰にもジャッジができないですし、経営者のジャッジは基本的に会社としての最終決定事項になります。
責任の取り方は色々あると思いますが、経営者が最後は責任を取ってくれるという後ろ盾があって、初めてスタッフは思う存分仕事に集中できるのだと思います。
さて、この3つの中で、自分で一番悩ましいのは責任の部分です。「責任を取る」というと一般的にはどういうイメージがあるのでしょうか?よくニュースなどで「業績悪化の責任を取って辞任」とか「不祥事の責任を取って減俸」というのを見かけますが、経済的、社会的制裁が責任を取るというのと同義になるのでしょうか?個人的にはこういった責任を取る前に、まずは「対策を講じる」とか「問題を解決する」という「責任を果たす」ということが重要なような気がします。
「責任を取る」というのを辞書で調べると「自分のした事の結果について責めを負うこと。特に、失敗や損失による責めを負うこと」とあります。責任の取り方って本当に難しいと思います。
上記3つ以外にも大事な仕事はたくさんあると思いますが、、個人的に経営者の仕事として大事だと思うのは「リーダーシップを発揮すること」そして「社員が十二分に能力を発揮する環境をつくること」だと思います。
さて、うちの会社は昨年度黒字転換を果たし、今期も増収を見込んでいますが、業績以外の部分において、私は経営者としての仕事をきちんと果たせているのか?
と自問自答する今日この頃です。
華流の来る日 7/18
韓流と言われて久しいですが、一時ほどではないにせよ、相変わらず韓国スターの人気は高いようです。私は全く韓流とは縁の無い生活を送っているのですが、私は韓流が始まる前からいつか中国ブームが来るだろうと予測しています。最近一部のメディアで「次は中国ブーム」のように言われていますが、中国ブームは「中流」ではなく「華流」と言うのが一般的なようです。
私が中国ブームが来るだろうと思っているのには幾つか理由があります。
第一に世界イベントが目白押しであることです。2008年には北京でオリンピックが、2010年には上海で万博が開催されます。これらにより、必然的に中国は国際的に注目を集めることになると思います。
第ニに中国の流行が急速に世界にキャッチアップしてきることです。一人っ子政策の結果、子供は比較的お金を持っており、ファッション、音楽、美容等に惜しみなく投資をしています。ここ数年においても特に女性のお洒落度は格段に上がってきています。メディアの影響、海外旅行の規制緩和、留まることを知らない海外企業の中国進出も、これらを後押しする結果となっている気がします。
第三に中国の技術進歩です。以前は中国製品は品質が良くないと言われていましたが、最近はそうとも言えなくなってきています。ソフトウェアやインターネットの業界においても、他の国に勝るとも劣らない製品、サービスが生まれてきています。
中国の人は思ったよりも手先が器用ですし、絶対数的に頭の良い人が多いので、教育や生産管理がきちんとしていれば、人口比で言っても他の国に劣る理由は見つかりません。日本がプロダクトや技術の逆輸入をする日も遠くないかも知れません。
現在の中国のタレントは香港、台湾出身者がほとんどを占めています。日本において知られている中国系タレントは「ジャッキー・チェーン」や「ケリー・チャン」などですが、彼らも香港人です。また、中国にあるお洒落なバーや建物は香港、台湾資本であることがほとんどです。こういったことから本土の人達は政治的な問題は抜きにして、香港、台湾に対して「ハイカラ」・「お洒落」というイメージがあるものと思われます。それこそ「セレブ」なのかも知れません。実際、香港や台湾のタレントは皆お洒落でトレンドリーダーになっています。
ただ、これも今まで本土にそういう素地が無かっただけで、中国本土の人口13億人に対して、台湾は2000万人、香港は700万人と言われていますから、統計学的
にもダイヤの原石は中国本土の方が多いはずだと思います。
昨日深夜にTVをつけていたら、以前hirogでも触れた「五月の恋」の主演女優のリゥ・イーフェイ(日本での芸名はイーフェイ)のプロモーションCMが流れていました。明日(18日)に日本で歌手デビューをするそうです。ソニーが担いでいるので、それなりに売れるかも知れません。これが華流ブームのキッカケになったりして・・・。
私が中国ブームが来るだろうと思っているのには幾つか理由があります。
第一に世界イベントが目白押しであることです。2008年には北京でオリンピックが、2010年には上海で万博が開催されます。これらにより、必然的に中国は国際的に注目を集めることになると思います。
第ニに中国の流行が急速に世界にキャッチアップしてきることです。一人っ子政策の結果、子供は比較的お金を持っており、ファッション、音楽、美容等に惜しみなく投資をしています。ここ数年においても特に女性のお洒落度は格段に上がってきています。メディアの影響、海外旅行の規制緩和、留まることを知らない海外企業の中国進出も、これらを後押しする結果となっている気がします。
第三に中国の技術進歩です。以前は中国製品は品質が良くないと言われていましたが、最近はそうとも言えなくなってきています。ソフトウェアやインターネットの業界においても、他の国に勝るとも劣らない製品、サービスが生まれてきています。
中国の人は思ったよりも手先が器用ですし、絶対数的に頭の良い人が多いので、教育や生産管理がきちんとしていれば、人口比で言っても他の国に劣る理由は見つかりません。日本がプロダクトや技術の逆輸入をする日も遠くないかも知れません。
現在の中国のタレントは香港、台湾出身者がほとんどを占めています。日本において知られている中国系タレントは「ジャッキー・チェーン」や「ケリー・チャン」などですが、彼らも香港人です。また、中国にあるお洒落なバーや建物は香港、台湾資本であることがほとんどです。こういったことから本土の人達は政治的な問題は抜きにして、香港、台湾に対して「ハイカラ」・「お洒落」というイメージがあるものと思われます。それこそ「セレブ」なのかも知れません。実際、香港や台湾のタレントは皆お洒落でトレンドリーダーになっています。
ただ、これも今まで本土にそういう素地が無かっただけで、中国本土の人口13億人に対して、台湾は2000万人、香港は700万人と言われていますから、統計学的
にもダイヤの原石は中国本土の方が多いはずだと思います。
昨日深夜にTVをつけていたら、以前hirogでも触れた「五月の恋」の主演女優のリゥ・イーフェイ(日本での芸名はイーフェイ)のプロモーションCMが流れていました。明日(18日)に日本で歌手デビューをするそうです。ソニーが担いでいるので、それなりに売れるかも知れません。これが華流ブームのキッカケになったりして・・・。
硬貨と小銭 7/17
硬貨と小銭は同じものだと思われるかも知れませんが、私の意識の中では明確な区別があります。簡単に言うと「硬貨」はコレクション、「小銭」は余りモノです。
私は小さい頃に切手や硬貨を集めるのが趣味で、当時使用していた硬貨の中でも珍しいもの(古いもの、希少なもの、綺麗なもの)はコレクションしていました。
例えば硬貨の成分を調べたときに、100円硬貨よりも10円硬貨の方の方が銅の使用率が高いと知ってからは貨幣価値を除いた物的価値は10円の方があると思い、
10円ばかりを何千枚も集めていました。今思ったのですが、10円硬貨の絵は平等院鳳凰堂で鳳凰まで細かく描かれているからfonfunとも縁がありますね(笑)。
また、10円の中には円周の部分がギザギザになっているものがあります。昭和26年から昭和33年まで製造されたこの硬貨は今ではオークションで売り買いまでされているそうです(私もお金に困ったら実家から出品しようかな(笑))。ギザギザ10円は割りとポピュラーですが、結構知られていないもので、5円で字体が違うものもあるのです。楷書体の5円硬貨は結構貴重です。ちなみに、私はこういった硬貨を集めると、一生懸命消しゴムで1つ1つ綺麗に磨いていたのですが、あるときコーラで洗浄するといっぺんにピカピカになると言われやってみたところ、確かにかなり綺麗になりました。500円硬貨が出たときには、なんかとても綺麗で嬉しくて、手に入ると使わないようにしていたので、かなり枚数があるのですが「新しい硬貨は取っておいても価値が上がらないから意味ない」と言われ、それもそうだと思ってからは使うようにしました。
このようにコインを「硬貨」と思うと、私にとって価値のあるものになります。
次に小銭ですが、小銭を使うのが得意な人と苦手な人っていますよね?
私は完全に後者で、いわゆる小銭持ちです。おつりをもらうと、その場で財布に入れるのが面倒で、そのままポケットやカバンなどに入れてしまうことが多いので、あちこちに分散してしまい、ついつい溜まってしまいがちです。家に帰るとその辺に置いておくのですが、それを使う機会が無いので最近やっと貯金箱を設置しました。まだ1ヶ月経っていないのですが、既に満タン近くなっています。
不思議と「小銭」と認識してしまうと、邪魔者扱いまであるから困ったものです。
海外に行くと貨幣が混同してしまうため、出張前には小銭を溜めないように小銭を使うものを想定・計算して配慮しているのですが、1つ計算間違いや想定外の買い物があると、一気に大量のお釣りをもらったまま出国する羽目になるので要注意です。
逆に出張先では、異なる硬貨はコレクションのために使い切らないようにしています。帰国後、それをセットにして知り合いにお土産とか言って渡していてることもあるのですが、よく考えるとあまり嬉しくないかも知れませんね。
私は小さい頃に切手や硬貨を集めるのが趣味で、当時使用していた硬貨の中でも珍しいもの(古いもの、希少なもの、綺麗なもの)はコレクションしていました。
例えば硬貨の成分を調べたときに、100円硬貨よりも10円硬貨の方の方が銅の使用率が高いと知ってからは貨幣価値を除いた物的価値は10円の方があると思い、
10円ばかりを何千枚も集めていました。今思ったのですが、10円硬貨の絵は平等院鳳凰堂で鳳凰まで細かく描かれているからfonfunとも縁がありますね(笑)。
また、10円の中には円周の部分がギザギザになっているものがあります。昭和26年から昭和33年まで製造されたこの硬貨は今ではオークションで売り買いまでされているそうです(私もお金に困ったら実家から出品しようかな(笑))。ギザギザ10円は割りとポピュラーですが、結構知られていないもので、5円で字体が違うものもあるのです。楷書体の5円硬貨は結構貴重です。ちなみに、私はこういった硬貨を集めると、一生懸命消しゴムで1つ1つ綺麗に磨いていたのですが、あるときコーラで洗浄するといっぺんにピカピカになると言われやってみたところ、確かにかなり綺麗になりました。500円硬貨が出たときには、なんかとても綺麗で嬉しくて、手に入ると使わないようにしていたので、かなり枚数があるのですが「新しい硬貨は取っておいても価値が上がらないから意味ない」と言われ、それもそうだと思ってからは使うようにしました。
このようにコインを「硬貨」と思うと、私にとって価値のあるものになります。
次に小銭ですが、小銭を使うのが得意な人と苦手な人っていますよね?
私は完全に後者で、いわゆる小銭持ちです。おつりをもらうと、その場で財布に入れるのが面倒で、そのままポケットやカバンなどに入れてしまうことが多いので、あちこちに分散してしまい、ついつい溜まってしまいがちです。家に帰るとその辺に置いておくのですが、それを使う機会が無いので最近やっと貯金箱を設置しました。まだ1ヶ月経っていないのですが、既に満タン近くなっています。
不思議と「小銭」と認識してしまうと、邪魔者扱いまであるから困ったものです。
海外に行くと貨幣が混同してしまうため、出張前には小銭を溜めないように小銭を使うものを想定・計算して配慮しているのですが、1つ計算間違いや想定外の買い物があると、一気に大量のお釣りをもらったまま出国する羽目になるので要注意です。
逆に出張先では、異なる硬貨はコレクションのために使い切らないようにしています。帰国後、それをセットにして知り合いにお土産とか言って渡していてることもあるのですが、よく考えるとあまり嬉しくないかも知れませんね。
雷 7/16
今日は日中都内では雷がありました。
よく自然災害の怖いものを「地震」・「雷」・「火事」・「親父」に例えて言いますが、私はこの中では一番「雷」が好きではありません。特にパッと光った後にいつくるか分からない雷鳴の根性が気に入りません(笑)。
今でも鮮明に覚えていますが、小学校のときに、すごい大雨と雷があったときに、自転車で長い道のりを帰らなくてはならず、稲妻と雷鳴に囲まれ続け、半分ベソをかきながらも大声で「雷」を怒鳴りつけながら家に帰ったことがあります。
もちろん、雷の1回の放電量は数万~数十万アンペア、電圧は1~10億ボルト、つまり電力量に換算してしまうと100万メガワットとかになってしまうので、人間がかなうわけはありません。私は雷が鳴るとよく窓際に行って外を見ているのですが、夜に稲妻を見るとその瞬間はとても綺麗です。あの音が無ければロマンチックかも知れないのですが・・・。
ところで雷鳴は何故起こるかというと、稲妻の通り道となった部分の空気は温度が数万℃に達し、急激に膨張して周囲に対して真空状態となり、この時の衝撃波と周囲から再び冷たい空気が流れ込む際の振動とによって轟音が発生するのだそうです。それにしてもあの雷鳴を傍で聞いたら鼓膜は破れるでしょうね。
ところで、小さい頃は「雷が鳴ると雷様がやってきて、そを取られるから、へそを隠しておけ」と言われていましたが、今もそう言い伝えられているのでしょうか。
雷をモチーフ(?)とした有名なお菓子に「エクレア」があります。エクレアとはフランス語で雷とか稲妻の意味で、表面の割れ目(チョコの間に入ったクリーム)が稲妻を彷彿させるからそう名付けられたという説が濃厚なようです。日本では浅草名物で「雷おこし」というのもありますが、これは私は「雷を発生させる」意味かと思っていたら、浅草の「雷門」と「事業を興す」「名を起こす」などを掛けた名前だそうです。
もっとも我々の世代の場合には、これらの食べ物よりもアリスという谷村新司が所属していたグループの大ヒット曲「冬の稲妻」の方が知られているかと思います(笑)。もっとも曲中のフレーズである「あなたは稲妻のように、私の心を引き裂いた」とは、今思えば穏やかではない歌詞ですが・・・。
よく自然災害の怖いものを「地震」・「雷」・「火事」・「親父」に例えて言いますが、私はこの中では一番「雷」が好きではありません。特にパッと光った後にいつくるか分からない雷鳴の根性が気に入りません(笑)。
今でも鮮明に覚えていますが、小学校のときに、すごい大雨と雷があったときに、自転車で長い道のりを帰らなくてはならず、稲妻と雷鳴に囲まれ続け、半分ベソをかきながらも大声で「雷」を怒鳴りつけながら家に帰ったことがあります。
もちろん、雷の1回の放電量は数万~数十万アンペア、電圧は1~10億ボルト、つまり電力量に換算してしまうと100万メガワットとかになってしまうので、人間がかなうわけはありません。私は雷が鳴るとよく窓際に行って外を見ているのですが、夜に稲妻を見るとその瞬間はとても綺麗です。あの音が無ければロマンチックかも知れないのですが・・・。
ところで雷鳴は何故起こるかというと、稲妻の通り道となった部分の空気は温度が数万℃に達し、急激に膨張して周囲に対して真空状態となり、この時の衝撃波と周囲から再び冷たい空気が流れ込む際の振動とによって轟音が発生するのだそうです。それにしてもあの雷鳴を傍で聞いたら鼓膜は破れるでしょうね。
ところで、小さい頃は「雷が鳴ると雷様がやってきて、そを取られるから、へそを隠しておけ」と言われていましたが、今もそう言い伝えられているのでしょうか。
雷をモチーフ(?)とした有名なお菓子に「エクレア」があります。エクレアとはフランス語で雷とか稲妻の意味で、表面の割れ目(チョコの間に入ったクリーム)が稲妻を彷彿させるからそう名付けられたという説が濃厚なようです。日本では浅草名物で「雷おこし」というのもありますが、これは私は「雷を発生させる」意味かと思っていたら、浅草の「雷門」と「事業を興す」「名を起こす」などを掛けた名前だそうです。
もっとも我々の世代の場合には、これらの食べ物よりもアリスという谷村新司が所属していたグループの大ヒット曲「冬の稲妻」の方が知られているかと思います(笑)。もっとも曲中のフレーズである「あなたは稲妻のように、私の心を引き裂いた」とは、今思えば穏やかではない歌詞ですが・・・。