「成り上がり」と「セレブ」
最近微妙なテーマが続いていますが(笑)、こういうテーマでこそ、私がどんな人間でどういう考えを持っているかが分かってもらえるかと思います。
「成り上がり」というと、マイナスなイメージを持たれる人もいるかも知れませんが、適切な言い方が見つからなかっただけで、ここでは「自分の努力や実力で成功した人」というポジティブな意味で使っています。「セレブ」は「御坊ちゃん」とか「お嬢様」のように、もともと家系が事業家、政治家、医者とか一般的に名士と言われる方を指しています。人のイメージで言うなら、「成り上がり系」が豊臣秀吉で、「セレブ系」は鳩山邦夫さんといったところでしょうか。以下の話は、あくまで私の主観による相対的な話で皆がそうということではありません。
さて、皆さんはどちらが好きでしょうか?
「成り上がり系」の人は貪欲で、アグレッシブな方が多く、それれを表に出さない方でも大概は秘めたる闘志を持っています。一方で何らかの出来事や環境が動機になっているケースが多く、コンプレックスがあったり、姑息な考え方があることもあります。
「セレブ系」の人は、あまり冒険をしない場合が多く、逆境に弱い部分がある一方で、色々な意味でスマートな方が多く、屈折していない感じがします。
勿論、「成り上がり系」で「セレブ系」の仲間入りをする場合もあると思います。
以前、セレブの知り合いが多い方とお話しているときに、「名士との付き合いは刺激が足りない部分もあるけど、逆に余裕があるので根っから悪い人は少ない」と伺ったことがあります。確かにそう言われてみれば、私が知っている名士の方々を思い浮かべても、多少わがままであったり、現実の厳しさを知らないような発言はあっても、根は純粋でピュアな方が多いかも知れません。また、教育やマナーがしっかりしているからか、周りの人に気配りができる方も結構多いように感じます。
「成り上がり系」の方とお付き合いしていると、驚くような経験をしていたり、数々の成功体験を聞けたりするので、話していてもワクワクしていて楽しいのですが、長期的な関係で考えると「セレブ系」の方々は警戒感なく安心してお付き合いできます。ただし「セレブ」の場合は、こちらの立場が変わると、お互いの関係を周りや環境が許さない、ということもあるかも知れません(笑)。
私は公務員の普通の家庭に育ち、社員から社長になったという意味においては、一般的には「成り上がり系」に見えているのかも知れません(財産は無いですけど(笑))。そんな私の将来目標は「ダンディー」な男性になることです。ただこれは「セレブ」ということよりも心に余裕を持ち、スマートな振る舞いをしていきたいという意味です。そのためにも自分に磨きをかけていかねば・・・。

資格 7/14
昨日は、学歴についての話をしましたが、今日は資格についてです。
資格が学歴と違う部分は、業務に直結する資格の場合には、その業務分野の知識の程度を客観的に証明できるというところです。つまり、例えば入社試験や面接を受ける場合に有利になることがあるかも知れません。会社によっては資格を採用の前提条件にしているところもあったりします。特に経理とか外国語を使う仕事の場合には、簿記1級とかTOEIC900点とかは間違いなくPR材料になるでしょう。
特定の知識が必要な専門職の場合に、採用前に試しに働いてみてもらうということは難しいので、知識を図る物差しが資格もしくは職務経歴から想定するぐらいしかできないからです。
ただ、業務に直結しない資格については、採用にとって有利になることは無いように思います。色々な方の面接をしていると、時にどうしてこの資格を取ったのだろうと思うときがあります。その場合には必ず動機を聞くようにしています。
逆に「とりあえず簡単そうなので取ってみた」とか「何に役立つか分からないから」と正直に答えてくれる方もいるのですが、場合によっては「目的意識がハッキリしていない」とマイナス印象にもなり得ると思います。もっとも興味が無い資格の勉強が出来る方は、私にはとても真似出来ないので、それはそれである意味大したものだと思いますが・・・。また、中には資格マニアなる人もいて、船舶技師とか無線技師とか危険物取扱者とか、履歴書に色々書いてこられる方がいます。こういったケースには資格を取ることに生き甲斐を感じている人が多いようです。
資格というのは、ある知識のレベルを証明できるという意味において、目標の1つの手段としては良いことだと思うのですが、それが目的になってしまっては意味が無いと思います。
私個人のケースで言うと、以前住宅業界に居たこともあって、宅地建物取引主任者と一級建築士という資格を持っていますが、これは不動産や建築に関連する仕事で無い限りは、ほとんど意味を成しません。勿論今の仕事とも全く無関係です(笑)。現在のプラス要素としてはこれが話や取材のネタになるぐらいでしょうか。
資格が必須もしくは前提条件でない限り、資格が無いからと言って、マイナスがあることはほとんど無いように思います。例えばうちの会社の創業社長は資格は何一つ持っていませんでしたが、幅広い分野で豊富な知識を持っており、優秀な方でした。
資格社会と言われるようになって久しいですが、近年になっても、資格はどんどん増加傾向にあると思います。最近は聞いたことが無い資格もたくさんあります。資格検定を生業としている企業は、今度は何を資格化すれば良いかを日々考えているのかも知れません。ただ、資格は客観性があるから意味があるのであって、世の中に認知されていないとあまり意味がないようにも思うのですが・・・。
なんか、資格についてネガティブな書き方になってしまったかも知れませんが、決してそういうことではなく、資格がないからといって、後ろめたさを感じることは全く無い、ということです。
仕事とは関係なく、自分の趣味に関連する資格を取ることは楽しいことかもしれませんね。

学歴 7/13
先日お会いしたとある社長は「学歴」のことを色々話されていました。また最近発売されたとあるビジネス雑誌では「学校」が特集されていました。
「学歴」という言葉を聞いた人は大きく二つの反応に分かれるのではないでしょうか?一般的に高学歴と言われる方々は「なになに」と興味深く読み入るでしょうし、学歴が無いと思う方々は「肩身の狭い」感じになるかも知れません。ここでは学歴の意義や仕事との相関関係についてあくまで私個人の意見を述べさせていただきます。
うちの会社では(というか少なくとも私は)「学歴」というのはほとんど気にしていません。社員の採用時には必ず履歴書を見ていますし、履歴書には学歴が書いてありますから、当然目は通しているわけですが、正直ほとんど覚えていません。面接のときにも、よほど何かのトピックスにつながらない限りは学校についての話はしていない気がします。むしろ、特異な体験についての記述や、本人考え方が表れる文章などは印象に残っています(変わったメールアドレスも(笑))。
中国の子会社においてもかつては同様の考え方をしていたのですが、中国では日本以上に学歴がビジネスの信用という意味において重視されているのと、中国は日本に比して学力の偏差が大きく、最低限の常識、文章能力、計算能力が無いケースもあるので、最近は多少考慮しなければと思うようになりました。
そんな私ですが、今思い起こすと社会人になりたての頃や採用という仕事にかかわり始めた頃は、学歴を気にしていたり、応募者に学校についての話題を聞いていた気がします。この変化は、多分、これまでの15年の社会人経験の中において、学歴というものとビジネスとの相関関係がほとんど無いという感覚が自然と身に付いたためではないかと思います。
日本では「頭がいい」という表現を「学校の成績が良い」・「賢い」の両方に使うと思いますが、「学校の成績が良い」ことと「賢い」ことは基本的に異なると思います。ましてや「学校の成績が良い」ことと「仕事ができる」こととは別問題です。「賢い」人は「仕事ができる」人であるケースは多いかも知れませんが、「賢い」だけではダメで「行動力」が伴って初めて「仕事ができる」人になれる気がします。勿論、確率として考えたときに、高学歴と言われる方々の方が仕事ができる場合が多い、ということはあるかも知れません。
学歴があればビジネスの世界で成功するわけではないということは、ある意味一般にも理解されつつあるとは思います。これを示す例になるかどうかは分かりませんが、上場企業が必ず開示している有価証券報告書という書類に「役員の状況」という項目があるのですが、ここには以前最終学歴を記載しなければならなかったのですが、数年前から撤廃され、現在は職歴のみを記載するようになっています(個人的には、初回商談のコネクションやトピックスのためには、あってもいいような気もしますが)。一方で未だに採用の際に書類審査で出身校で選定したり、お受験の過熱が収まらないのが個人的には不思議に思います。
私自分自身のケースで考えたときには、学歴で社会人になってから得したということはいくつかあります(最初の会社への入社のときや取引先の方が同じ大学の先輩だったりしたとき)。また、自分はそれなりに学業は努力したという自負はあるので、その頑張った証としての学歴、そして私を育ててもらった器としての出身校を誇りと思う部分はあります。でも逆に言えば、それだけであって、学歴は今の私を表すものでも、それが直接ビジネスに生かせたわけではないと思っています。
ビジネスは人が動かすものであり、逆に言えば人とのコミュニケーションが出来ない人は、ビジネスの世界で継続的に成功することはできないというのが私の持論です(オーナーの場合には例外規定があるかも知れません(笑))。
ビジネスに重要なのは、問題解決能力、コミュニケーション能力、行動力などだと思いますし、仕事や相手に対する姿勢が大事だと思います。
わらしべ長者 7/12
昨日、米国在住の男性が、ネットで赤いクリップを物々交換にかけ、そこからより価値の高いものに交換を続け、ついにマイホームを手に入れたというニュースが流れていました。1つのクリップから、ドアノブ、キャンプストーブ、発電機、パーティーセット、スノーモービル、ヤークという町への旅行、車、レコーディング契約、米フェニックスの家に1年間住む権利、アリス・クーパーと半日一緒にいられる権利、KISSのスノーグローブ、ハリウッド映画に出演できる権利を経て、カナダのサスカチュワン州キプリングという町の家にたどり着いたそうです。
これは二つの意味で、とても衝撃的でした。1つは手段がネットであることです。実際には色々交換のためにリアルの世界も歩いたようですが、極端なことを言えば、家のパソコンの前に座っているだけで取引が成立していくのです。労力も経費もかかりません。二つ目はわずか1年間で達成したということです。赤いクリップなんてゴミ箱に入っていてもおかしくない代物が、たった1年で住宅そのものが手に入ってしまったのです。普通のサラリーマンであれば、働いたお金をすべて住宅購入につぎ込んだとしても、1年では頭金か手付金ぐらいにしかならないのではないでしょうか?
これはネット社会の普及と、ネットの力のすごさを象徴した事実だと思います。
出会いサイトで生涯の伴侶を見つけたり、ネットオークションでお小遣い稼ぎをしたりという話は良く聞きますが、ネットもここまで来ると大したものです。
ちなみに、この人はその住宅のあるタウンから生涯名誉町民の称号を得たようで、更にこの住宅との交換が成立した日を記念日として、この記念日には住民に赤いペーパークリップを身に着けるよう奨励するとか。
皆さんもネットをフルに活用することで、1円が1億円に化けるかもしれません。
よほど宝くじを買うより確率が高いのでは?

ビジネスマナー違反(!?) 7/11
私は、初対面の方とお会いするときには、応接室に通された後、立ったままで相手の方をお待ちすることが多いのですが、ときになかなか入ってこられず、数十分間立ち尽くすこともあります。こんなとき、数十分も待たせるならば、他のスタッフの方でもその旨ひと言、言いに来ていただければ良いのに、と思います。
また、そうやって立っていると座ってお待ち下さい、と言われることが多いのですが、このときには座るのが正解なのでしょうか? ちなみに私は言われても座らないことが多いのでビジネスマナー違反なのかも知れません。というのは「座ってください」という言葉はあくまでそのスタッフの意思であり、お会いする相手の意思とは限らないと思うからです。逆のケースで考えてみても、私に「立ったままでお待ちだったので座っていただくようにお話しました」とスタッフが伝言してくれたことは一度もありません。
ところで、相手の方をお待ちしているとき、納得のいかないことが1つあります。
それは、電話で遅れることです。
勿論、その電話が緊急性があったり、どうしても重要な電話で切れなかったのかも知れません。それはそれで仕方無い部分もあるのですが、基本的にアポイントメントは事前に約束したものであり、突発的にかかってきた電話より優先されるべきだと思うからです。ただ私の経験では、結構な割合の方が、電話しているときにお客様がいらっしゃっても電話を話し続けたり、お客様がいらっしゃった直後に電話があったときにでも、電話に出ているように思います。
何日も前に約束したアポより、その時の電話が優先されるのであれば、アポの意味は無いと思いますし、その電話されてる間の時間は全く無駄になってしまいます。MTGに電話があったときに、電話に出るというのも同様なことです。私も緊急性の高い電話の場合には、MTGの最中に出てしまうことがあるのですが、MTGに電話に出るということは、そのMTGよりもその電話の方が重要だと思われても仕方の無いことだと思います。相手の方に、どう考えてもプライベートと思われる電話に出られると、気持ちは一気にトーンダウンしてしまいます(親しい間柄の場合は別ですが・・・)。
こんなブログを書く所以は、今日はアポの相手の方の電話のため応接室で40分も待っていたことにあります。勿論、相手の方は悪い方ではなく、MTG自体は有意義に終了したものの、この失われた40分は誰が補填してくれるのでしょうか?

匂い 7/10
皆さんは、好きな匂いってありますか?
私は以前、大好きな匂いが三つありました。1つは車の匂い、2つ目は靴屋の匂い、3つ目はお客さんの匂いです。これだと何のことか分からないかも知れないですね。
1つめの車の匂いというのは実際にはガソリンの匂いです。この話を小さい頃にすると周りの人がとても怪訝そうな顔をして、中には「将来が不安だ」という人がいました。当時は何のことか分からなかったのですが、ガソリンの匂いが好き=将来シンナー中毒になる、という方程式が頭にあったのだと思います。自分でも何故ガソリンの匂いが好きだったのか分からないのですが、匂いそのものだけではなく車への憧れのようなものも重なっていたのだと思います。ちなみに今ではあまり好きではありません。
2つ目の靴屋の匂いというのは実際には皮の匂いです。別に人が履いている靴の匂いが好きというマニアックなものではありません(笑)。これは相当好きだったらしく靴屋の近くを通ると知らないうちに一人で中に入っていたぐらいです。またうちの母が以前皮細工をやっていて、その匂いが好きだったこともあるのかも知れません。
3つ目のお客さんの匂いというのは、うちは家族が誰もタバコを吸わなかったので、お客さんのタバコの匂いが好きでした。これもタバコの匂いだけではなく、お客さんが来ると家の中が何となく賑やかになるのが好きだったのと、ケーキにありつけるかも知れないという期待感も重なっていたのだと思います。家に帰ったときにタバコの匂いがすると、何故か胸が躍っていたのを覚えています。ただ、このせいで私は小さい頃からタバコに憧れていて、大人になったら必ずタバコを吸おうと心に決めていました。
他にも、消しゴムの匂いとか、フェリックスガムの匂いとか、色々好きな匂いはあるのですが、長くなりそうなので匂いについての話はこの辺で辞めておきます。
呼び名 7/9
こういう話をすると親不孝だと言われることがあるのですが、私は正直に言うと自分の姓の三浦というのがあまり好きではありません。個性派の私としては、比較的ありふれた名前であることが、そもそも好きになれないのですが、以前日本を騒がせたロス疑惑の人が同性だったこともあって、当時はますますそんな気持ちが強くなりました。
逆に浩之という名前はとても気に入っています。ヒロユキという発音自体は、広之、博之、寛之、宏行、裕行、弘幸などたくさんあるのですが、それらの中で一番好きです。浩之のローマ字であるhiroがheroと発音が似ていること、そして浩という漢字がおおらかなイメージがあって好きです。
以前は三浦友和の三浦と沖田浩之の浩之と言って自分の漢字を紹介していましたが、今では両方とも(特に後者は)知らない人もいるので通用しなくなりました。
小学校の頃は、なぜか天才というのを名前の後につけるのが流行っていて、私は「みーてん」と呼ばれていました。皆の名前に「テン」をつけて呼ぶのですが、「みーてん」というのは語呂が良かったこともあり、未だに同級生で私を「みーてん」という人がいます。私の親しい友人は、外人を含めて「ひろ」と呼んでくれます。女性に「ひろくん」とか呼ばれるとドキッとすることがあります。また、ごく内輪の人間には「みゅうみゅう」と呼ばれることがあります。
私は社内のスタッフを「さん」づけで呼ばなくてはと思いつつも、つい愛称で呼んでしまうことがあります。ここに記載すると固有名詞のため問題があるかも知れないので控えますが、私としては親しみを込めて呼んでいるつもりでも、たまにスタッフは自分が呼ばれたのか分からず、呆気に取られていることがあります。
話は変わりますが、日本人は子供を中心とした呼び方をする不思議な民族かも知れません。外国では夫婦になってもお互いを名前で呼び合うことが多いと思いますが、日本では子供ができると、子供だけでなく夫婦がお互いを「パパ」「ママ」もしくは「おとうさん」「おかあさん」と呼ぶのが一般的です。そしていつの間にか自分のこともそう呼ぶようになります。海外に言ってお互いをファーストネームで呼び合う夫婦を見かけると、なんかとても新鮮な感じがします。
これはどういう民族的、もしくは心理学的現象なのでしょうか。
七夕 7/8
昨日は、7月7日の七夕でした。ネットビレッジが当社の社名でもあるネットビレッジサービス(インターネット上に街をつくる構想)を開始したのも、9年前の7月7日でした。
7月7日は、皆さんご存知の通り、七夕です。ロマンチスト(!?)な私は七夕の物語が大好きです。7月7日七夕の夜、天の川を隔てて輝く、 わし座 の1等星アルタイルこと「彦星」と、こと座 の1等星べガこと「織姫」が 一年に1度だけ逢うことを許された夜・・・。
実はこの七夕伝説は中国で生まれ日本に語り伝えられたものです。この伝説は以下の通りです。
「むかし、中国の漢水のほとりに、織女(しょくじょ)という機織(はたおり)の上手な美女が住んでいました。この娘は王の自慢の娘でした。あるとき娘が年頃にもなったので、父王はこの娘に農耕に熱心な牽牛(けんぎゅう)という青年が似合いと考え、婿に迎えてやりました。ところが、それからというもの、織女はあれほど好き好んでいた技芸をおろそかにし、肝心の機織も怠けるようになりました。父王が注意をしてみても一向に効き目がなく改めようとせず、ついに見るに見かねた父王が牽牛を織女から引き離し、漢水の対岸に追放してしまいました。織女は毎日泣き続けるばかりで、それではあまりにも可愛そうなので、年に一度、旧暦7月7日の夕だけ、逢いに来ることを許しました。その日が来ると、牽牛は漢水を渡って織女に逢いにいきました。その時には、鵲(かささぎ)が群がり集まってきて、橋渡しをしたということです。」
日本では、短冊に願い事を書いて、竹に飾るのが一般的です。私の地元の仙台では七夕祭りが大々的に行われます。仙台の七夕は伊達政宗の時代から行われているようで、民俗学上中暦と呼ばれる8月6日、7日、8日の3日間に開催されます。
仙台七夕まつりの特徴は、本物の和紙と竹を用いて飾りつけを行うことで、各商店街では長さ10メートル以上の巨大な竹に飾りつけを行います。飾りは数ヶ月も前から準備を始めると言われていて、1本の価格は数十万~数百万円もするといわれています。あまり知られていないのですが、一応七夕祭りは競技となっていて、8月6日の朝に一斉にお披露目されます。そして同日の午後には金、銀、銅の各賞が発表されます(金、銀、銅のプレートがつけられます)。
仙台と言えば七夕祭りを思い浮かべるほど有名なお祭りで全国から3日間で200万人もの人が訪れるので、人ごみと飾りで周りが見えないこともあいまって歩くのがしんどいぐらいです。逆に言うと観光名物なので、地元の人はデートや子供連れ以外はあまり観に行きません。
ちなみに、地元の若いカップルにとって、七夕の前夜祭である5日に行われる花火大会を誰と観にいくかはとても重要で、逆に言うとそのときに本命かどうかが分かります(笑)。七夕のロマンチックなストーリーとは別に七夕祭りが近づくと皆ドキドキしてくるのです。
ベンチャーとは 7/7
先日、テイク&ギヴ・ニーズの社長が女優の釈由美子と交際しているというニュースが流れていました。テイク&ギヴ・ニーズは、一部上場のウェディングコンサルティングの会社ですが、そのニュースには「ベンチャー企業社長と・・・」という表現で書かれていました。
また、先日私が面談をしているときに「ベンチャー精神を大事にしていきたい」という話をしていたところ、面接の相手の方から「三浦社長にとってのベンチャーの定義は何ですか?」という質問がありました。
さて、ベンチャーというのは、何を指すのでしょうか?
ベンチャーは、ベンチャー企業やベンチャービジネスのことを指して言うケースが多いと思いますが、人によってイメージは若干違うように思います。例えばベンチャー企業というと、会社規模が小さくて、リスクが高いというイメージを持たれる人もいるかも知れませんが、そうとは限らないと思います。
私がベンチャーという言葉で、すぐに思い起こすのは、企業で言えば、HISやソフトバンク、でしょうか。HISは既得権であった航空業界に数々の障害を乗り越えて参入を果たしました。ソフトバンクは、ADSLで既成概念をひっくり返す販売手法を用い、そして通信キャリアというこれまた保守的な装置産業に殴り込みを果たしました。彼らの会社規模は決して小さくは無いし、無謀なことをしているわけではありません。また、松下や本田、ソニーなどのグローバル企業も元々はベンチャーであったと思います。
ベンチャーとチャレンジは同じ方向を向いた言葉です。アドベンチャーという言葉もありますが、辞書を引くとventureが「リスクの高い賭けや冒険」、adventureが「わくわくする冒険」とあるのですが、私の感覚ではベンチャーの方がアドベンチャーよりも勝算がある、もしくは勝算をつける、という意味合いがあるように思っていて、単なる一か八かの冒険とは異なると思います。
私にとっての「ベンチャー」の定義は、「現状に満足することなく、常に革新を追及し、世の中に無い独創性のある製品、サービスを、誰よりも早く開発、提供すること」です。また製品、サービスだけではなく、今までに無い分野のビジネスや全く新しい独自手法のもとに経営を展開するのも、ベンチャーと呼べると思います。
そのためには、時として既得権を覆すような並ならぬ努力も必要でしょうし、保守的な抵抗勢力に打ち勝つための、自信と信念が無いと達成できないと思います。
ベンチャービジネスは、ハイリスクハイリターンであることは間違いないのですが、そのハイリスクをどこまで下げて、リターンをどこまで上げれるかが、ベンチャー経営者の手腕になるのだと思います。
ネットビレッジは、10月1日付けでfonfunと名前が変わりますが、fonfunはベンチャーであり続けていきます。
トマト 7/6
一番好きな食べ物は?と聞かれたときに答えている食べ物です。
トマトが好きな理由を今あらためて考えてみると、まず味が甘くも無く辛くもないちょうど良い味であること、そして何よりもあの皮を食べたときの食感(歯ざわり)と中のやわらかさのギャップを一度に味わえるところだと思います。もちろん、見た目や手触りも好きです。逆に言うと、どこかにぶつけて形が変形していたり、少し時間が経って皮がしなびたりしているトマトは嫌いで、我慢して食べるということはしません。
そのままの素材の味の好きな私は、トマトに塩をかけることがあり得ず、トマトは丸ごとガブっと食べる食べ方が一番好きです。最近は値段も割高でフルーティなトマトが良く売っていますが、私はフルーティ過ぎるのが苦手で、農家で素直に育てた野生のトマトが好きです。
私は大学生のときに、原因不明で40度を超す熱が一週間続いたことがあるのですが、その意識朦朧として食欲もない中でも、「トマト」とつぶやいて、買ってきてもらったトマトを丸ごと食べていました。その事を覚えている母は私が実家に帰るときには、とにかくトマトだけは欠かさないよう、大量に仕入れてきてくれています。ただ最近は以前のように一度に5個とかは食べなくなりました。
トマトが好きだと言うと、トマトジュースやトマトケチャップ(トマトソース)も好きなのかと聞かれるのですが、これは調味料などで加工されたものであるため、特にトマトソースはかつてはあまり好きではありませんでした。トマトジュースは大人になってから飲むようになりましたが、味はともなくとしてあの喉越しの悪さ(!?)はちょっと気になります。
中国ではトマトは何故か野菜ではなく、フルーツと認識されているようで、食後のフルーツで出てくることがあります。勿論安価なのですが、ボサッとした食感で淡白な味がするので、あまり好き好んで食べることはしません。それを中国の人達も知っているのか、丸ごと食べるのはあまり見たことがなく、現在はプチトマトが全盛である気がします。
私はもともと建築が専攻だったので、将来女性だけの営業スタッフの不動産屋をやってみたいと思っていてその名前も「とまと不動産」と勝手に決めていたのですが、「とまと銀行」に先を越されてしまいました。

スイカ 7/5
季節はもう夏ですが、夏と言えばスイカですね。
私はスイカが大好きで、小さい頃には「スイカ坊主」と言われていたほどです。私の家族は皆スイカ好きなので、私の実家では、毎年夏になると山形よりスイカを売るトラックが巡回してくるのですが、毎回30cm以上はあるであろう大玉を5つぐらい購入していました。近所の人達は割りと上品な人が多く、買う家庭でも2つがMAXだったようで5つも買うのは相当めずらしかったようで、売りに来るおじさんとはいつも仲良しでした。先方にしてみれば大のお得意ということもあり、家に誰もいない場合でも玄関に「ツケ」で置いていってくれてたぐらい
です。スイカが来ると我が家はもう大変です。私は3人姉妹なのですが、まず到着したときに運良く家にいた人がそれぞれ大玉の半分を食します。その後それらを冷蔵庫とお風呂場の水に入れておくのですが、3日もあればすべて平らげてしまうという有様でした。私も1回に半分を食べるのは日常茶飯事で、それだけでお腹がいっぱいになっていました。ちなみに昨日も書いたようにストレートな味の好きな私はスイカを食べるときには、塩はかけません。
そんな家庭にいた私が、小学校の頃に友達の家に遊びに行ったときに、妻楊枝のついた、スイカを1cmぐらいの立方体に小さく切ったものをお菓子として出していただいたときには、かなり面食らいました。
私は「みっともないからやめなさい」と言われながらも、皮が見えるぐらいまで食べていたのですが、スイカの皮って食べれるって知っていますか?もっとも私は皮は好きでは無かったのですが、おばあちゃんとかは漬け物とかにして食べていました。
スイカは、日本では割りと高いですし、基本的に夏しか食べることができませんが、中国では年中食べることができるばかりか、ほとんどのレストランの食後のデザートはスイカになっています。私が中国が好きな理由の1つかも知れません(笑)。勿論日本ほどおいしいとは言えないのですが、毎回食後にスイカを食べれることに幸せを感じます。ちなみに中国ではスイカ1個は上海でも10元(約150円)ぐらいで購入できるので、いかに庶民のデザートになっているかが分かると思います。
最近食品シリーズと化していますが、明日は、私の食べ物の中で最も大好物である「トマト」について記してみたいと思います。
コーヒー 7/4
私は、5年ぐらい前までは完璧な紅茶派で、喫茶店では紅茶ばかり頼んでいました。それまでは、仕事の関係で初対面の方とラウンジなどで会うときに、相手の方がコーヒーを注文されたのに合わせて頼むぐらいしか、コーヒーを飲む機会が無かったほです。
私の母がコーヒーが大好きで、小さい頃無理に飲んでいたのですが、砂糖とクリームを入れたインスタントばかり飲んでいたのでそれが良くなかったのかも知れません。
私はホテルや喫茶店に入ってコーヒーを飲むときには、まずそのまま一口味見をしてみて、おいしければそのままブラックで、おいしいと感じなければ砂糖を入れて飲むようにしています。中には見るからに油が浮いていたり、匂いが焦げ臭かったり、煮詰まっていたりすることがありますが、そういうときは砂糖を入れても見た目がまずそうなので、クリームを入れるようにしています。
ちなみにまだ中国でコーヒーをブラックで飲んだことは数回しかありません(笑)。
私は基本的に元々の味、かつストレートが好きなので、お酒は甘いものは基本的に飲まないし、酢豚はパイナップルが入るのが許せないし、メロンとハムが一緒なのは許せません(笑)。
ところで、コーヒーショップのチェーンの中では皆さんどこが好きですか?
私は以前はお気に入りが無かったのですが、最近はエクセシオールカフェが気に入っています。看板や内装の色合いがシックで、中にはソファーなどがあってゆったりできるからです。勿論味もチェーンの中ではスターバックスのモカを除いては一番好きです。コーヒーを飲むときには、なんとなくムードというか雰囲気も大事だと思います。中国では以前hirog「中国進出日系企業」のところでも触れたように、上島珈琲や真鍋珈琲が幅を利かせているのですが、若い人達の間ではスターバックスが最も人気があります。中国では珈琲は高級品に入ると思うのですが、中国の一物二価を象徴するように、これらの有名コーヒーチェーンでは一杯400円~500円ぐらいするものが、下町の喫茶店では100円以下で飲めたりします。
ちなみに私にとっては、コーヒーと眠気の相関関係は全く無く、よく寝る前にコーヒーを飲むことがあります。タバコを辞めてから知らずとコーヒーを飲む機会が増えたような気がします。レストランのコース料理のデザートと一緒に頼む飲み物だけはついこの間まで紅茶でしたが、最近はコーヒーに征服されつつあります。ストレスのせいかも知れません(笑)。
ネットの恩恵 7/3
ネットが接続できずに、週末hirogが更新できませんでした。
誰か社員にアップロードをお願いしようとしたのですが、当然ながらメールもインスタントメッセンジャーもつながらない状況なので、どうしようもないことを思い知らされました。
金曜日に上海の部屋に到着してインターネットに接続したときから、極めて遅くて1時間で20通のメールしか受信できなかったのですが、土曜日は朝からつながらなくなり、週末は外でのMTGばかりだったこともあり、ネットにつながらないまま本日(月曜日)を迎えました。
これまでも、たまに出張に行ったときに、ホテルでインターネットに接続できないという事態には遭遇したことは何度かあるのですが、通常1日で解決することが多いので、丸2日間ネットに接続できない環境というのは、最近ではほとんど無かったので、あらためてインターネットの重要性を再認識しました。
勿論、hirogだけではなく、週末に予定していた仕事がほとんど出来ていません。
仕事編においては、メールの送受信ができないばかりか、今週の予定の確認と予定の入力をしようとしても私のスケジュールにログインできず、費用の精算をしようとしても乗換案内を見れず、英語の契約書のチェックをしようとしてもWEB辞書が開けず、といった具合でしたし、プライベート編においても、夕食のレストランを探そうとしても無理、ワールドカップサッカーの放送時間を探そうとして諦め、という感じで、まさに八方塞がりです。
完全に私の生活はインターネットに依存していて、無くてはならない存在になっていることを実感しました。
今日は、キャッチアップをしなくてはと思い、かなり早めにオフィスに行ったのですが、オフィスの鍵が開いておらず、やっと入れたと思いインターネットにつなげようとしたら、無線LANがつながらないという始末で、今やっと有線で接続ができてひと安心したところです。インターネットつながらないとこんなに不便、しかも不安だとは思いませんでした。
ちなみに、今メールをチェックしたら週末だというのに600通近くも未読メールが溜まっていました。今日も朝から1日中MTGが詰っているのですが、その合間に少しずつキャッチアップしていこうと思います。
これを読んでいる社員がいたら返信はしばらくお待ち下さい。それとそういうわけでhirogはサボったわけではありませんので、あしからず(笑)。

上手いマッサージ(7月2日分)
マッサージを長く受けていると、どこが凝っていて、どこがツボかが自然と分かってきます。つまり自分がマッサージをするのが上手くなってくるのです。今ではちょっと触っただけで肩凝り症かどうかが分かります。
さすがに社長になってからは無くなりましたが、南大沢に居た頃は、たまにスタッフの肩揉みをしていました。特に私の担当部門は女性ばかりで、女性は肩こりが激しい人が多いので尚更でした。当時は本人の要望でしていたので、あまり気にしていませんでしたが、最近は環境セクハラというものもあるそうなので怖いものです。ただマッサージが上手くなっても自分への恩恵はなく、自分で自分をマッサージしても気持ちよくないから不思議です。
ところでマッサージが上手と言えば、マッサージはその店、その人により当たり外れが多いのが難点です。下手な人だとどんなに長時間やってもらっても気持ちよくないですし肩凝りは治りません。それだけならいいのですが、終わった後に不快感すら覚えることがあります。特に私はもう15年以上のマッサージ歴があり、多分消費に占めるマッサージ係数が極めて高いので、もう何人に施術してもらったかは数える由もありません。よって、マッサージを始めて1分も経てばその人が上手か下手かが分かってしまいます。下手な施術士についたら不運であり、1分後以降は悶々としながら施術を受けることになります。中国の場合は中国語の勉強(会話メイン)に切り替えるなどの応用もあるのですが、日本では寝るぐらいしか手はありません。
中国といえば、私が知る限りマッサージ大国であり、日本に比較して圧倒的に長時間かつ安価(上海でも1時間1000円しない)です。マッサージを受けていると良く受ける質問に、給料はいくらだ?というのがあるのですが、まともに日本の給料を言ったら卒倒するのではないかと思います。反対に彼らに給料を聞いていると1ヶ月に2万円~3万円程度が多いようです。
また、大変不思議なことに、日本では男性客には男性施術士が、女性客には女性施術士があたることが多いと思うのですが、中国は全く逆で、男性には女性が、女性には男性が施術します。中国に行き始めた頃、私は強めのマッサージが好きなので、男性がいいと一緒に行った中国語が話せる友人に伝えたら、ホモだと思われるからやめておいた方がいいと脅されて以来、女性にしてもらうようにしています。ただ、中国の場合には、マッサージ士は、地方から出稼ぎに来ている若い女性が多いので、どう考えても1ヶ月の簡単な研修しか受けていないと思われる下手な人も比較的多く、上手い人に当たる確率的には日本より低いようです。
私とマッサージ 7/1
私にとってのマッサージは、趣味であり、ストレス発散法であり、人間の3欲より好きなものの1つです。
私のマッサージとの出会いは、社会人3年目でした。
それまで肩が凝るということとは無縁だった私が、興味本位でマッサージをするとどんな気分になるのか知りたくて新宿のとあるマッサージ店でクリックマッサージを受けたのでした。感想は可も無く不可も無くといった感じで特に際立った印象はありませんでした。
それから数ヶ月して空いた時間を潰すために別のマッサージ店に行ってみたのですが、これが私とマッサージを切っても切れないキッカケになろうとは想像もしていませんでした。それまでに味わったことのない快感を覚えてしまったのです。身体全体が軽くなった感じで、その爽快感は今まで体験したことのないものでした。今考えると、1回目のマッサージをしてくれた方はうまくなかっただけなのだと思います。
仕事が好きな私は、なかなか自由になる時間が取れなかったのですが、そのせいで何とか空いた少しの時間に、何かで気分転換とストレス解消を、と思っていたのですが、マッサージがまさにそれに答えてくれるものだと確信しました。
それからというもの、時間が空いたり、仕事で嫌なことがあるとマッサージ屋に足を運ぶようになりました。その頃には、本来肩が凝らなかった私も、マッサージに慣れてしまったせいで、逆に肩が凝ってしまうようになり、しばらく行かないと肩はパンパンになり、吐き気までもよおすようになりました。
好奇心旺盛な私は、同じ店には行かずに、ありとあらゆるマッサージ屋を体験してみることにしました。稀に入ってみたら怪しいマッサージをしている店で、退散を余儀なくされたこともあるのですが、その経験のお陰で、店構えや看板や料金体系を見て、どんなマッサージ店かはすぐに分かるようになりました。
また、通常の全身マッサージだけではなく、足裏マッサージ、ハンドマッサージ、頭部マッサージ、垢すりなど、色んなマッサージを受けてみることで、マッサージの奥の深さを理解することができました。
肩が凝るという話をすると、周りの人からは運動をしてみたらとか、お風呂にゆっくり入ってみたらとか、磁気ネックレスをつけてみたらとか、針・灸をしたみたらとか色々アドバイスをいただくのですが、私は他人にマッサージをしてもらうことに気持ち良さを感じ、それをストレス発散法としているので、肩が凝らなくなってしまってはあまり意味がないのです。なので変な話、意図的に肩が凝らなくなるような施策はしないようにしていて、もうダメというときに、マッサージ店に転がり込んで鋭気を養う習慣がついてしまいました(笑)。
私がマッサージを語りだすと、ブログの5回分でも足りないぐらいなのですが、今日はこの辺で辞めておこうと思います。