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アラビアン★ディナー

先日、以前仕事でお世話になったお兄さんと下北で飲んでいたところ、
たまたまあたしの隣に座っていた中東系の男性A君と会話が弾み、
その店での飲み代をごちそうしてくれたばかりでなく、
翌週にはあたしとお兄さんをディナーに招待してくれた。

ディナーの日、早々に仕事を切り上げて、地下鉄で東京の真ん中辺りに向かい、
ホームでお兄さんを偶然見つけたので二人でレストランへ向かった。
A君が連れて行ってくれるはずだった中東料理屋さんがなくなっていたとのことで、
予定を変更して地中海料理を食べに行くことに。
店に着くと、まだA君は来ていなくて、あたしとお兄さんは待ち切れずトルコビールを注文。
本当は、彼が来るまではお酒を頼まないでいようと考えていたのだけど…。
というのも、下北で会ったときに彼はお酒を飲んでいなかったから
それは宗教上の理由だと思ったので、あたしたちがお酒を飲んでもいいかをまず伺おうと思っていたわけ。

あたしは生まれて初めての歯痛に前日から悩まされていたので
こっそりトルコビールで鎮痛剤を流し込み、準備万端。
なかなかスッキリ味のトルコビール、原料にお米が入ってるよ~とか話しているところに
A君、極上の笑顔で登場!
前回ごちそうしてもらったので、今日はあたしとお兄さんでA君にごちそうしようと決めていたので、
どんどん好きなものを頼んでくれていいのだけど、
それにしても日本人2人とA君の3人で量的に頼み過ぎなんじゃないか!?ってくらい注文した。
あたしはハマスとラム肉があればそれでいいとA君に伝えた。
お兄さんも好き嫌いのない世界を旅する人なので、何でもOK。楽しい夜になりそう。


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これは大皿に盛られたディップあれこれ。焼き立ての大きな丸いパンにつけて食べたのだけど、
それだけでお腹いっぱいになりそうだった。

A君は、あたしやお兄さんよりもだいぶ年下で、某中東の国の大使館で働いているらしい。
英語圏の大学を出ているので英語も達者。
今の生活の話や、住んでいる家のことや、お給料のことなど、
聞けば聞くほど日本人のあたしたちとは全く別世界の人だなぁ~と思う。
けれど、お互いが英語を共通語として楽しい時間を共有できたりするのは本当にすてきなこと。
A君も若いころから海外生活を経験しているから、異文化を受け入れたりすることに慣れている。
教養もあり、とても拓けた国際人だ。そりゃそうだ、アラブのおぼっちゃんだもん。

A君にとって、あたしとお兄さんは初めての日本人の友達だそう。
12月に大使館のパーティーがあるというので、行っていいかと聞くと、あっさりOK。
自分で聞いておきながら「いいの?」と思ったけど、
そんなノリで今までもそういう場所に行ってきたから別にいいんだろう。

お料理はどれも本当においしくて、しかしやっぱり量がハンパなく、
お腹に余裕がないために、結局ビールとお兄さんとわたしでワイン一本にとどまった。
普段ならありえない。
途中のベリーダンスが少し残念な感じで、見ていられなくて黙々とひたすら食べた。
これがお友達のベリーダンサー、関根ゆみちゃん だったらいいのにと何度思ったことか。
散々食べて、結局またA君がごちそうしてくれることになり、
非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、次回は日本食に招待するということで落ち着いた。

今あたしが働く職場はとてもインターナショナルで、非常に自由な雰囲気だけれど、
日本の社会にどっぷりつかっていると、やっぱり次第に視野が狭くなってくる。
だから時々、全く違う文化に触れることはあたしがあたしでいるためにとても大切なこと。

この日の反省点は、英語勉強中?のお兄さんとA君の間でどう言葉のサポートをすれば
失礼にならずに退屈させないかを朝から考えていたのに、あんまりうまく立ち回れなかったかも。
まぁ、お兄さん、自分で思ってるより英語できるから大丈夫か。

Cheers!!

そして、タイトルのアラビアンディナーは結果的にメディテレニアンディナーになったのす・・・。



バランス

日本に帰国して、もうすぐ3年になる。
やっぱり自分の愛すべき国なだけに、思った以上になじむことは簡単で、
さらに思った以上に毎日楽しく、充実した日々を過ごせている。
行く場所によっては、やっぱり「海外帰り」というレッテルを貼られ、
異端児扱いされることも少なくないが、
あたしを古くから知る友人や家族は、あたしが海外に行ったからこうなんじゃなくて、
もうずっと昔からこうなんだよってことを知ってる。
それに、「海外帰り」は事実なので、彼らの言うところの「海外帰り」って言葉に
どんな先入観があるのかはあたしの知ったところではないのだ。
なんとでも形容してくだされ!あたしは笑顔で全てを受け入れまっせ!というスタンス。
ある種の開き直りにも近いが、自分が自分であることを偽らずに全身で表現していると、
「海外帰り」と異端児扱いする人たちにも受け入れてもらえるようになり、
次第に仲良くやっていけるものなのだ。まぁ、素直が一番!

しかし、時間が経つにつれ、20代の半分を海外で過ごしてきたことが
日本の社会で生きて行くのに良くも悪くも大きな影響があることに気づく。
日本の社会での一般常識とか、そんなことはちょっとしたカルチャーショックみたいなもんで
大したことではないし、そもそも日本の一般常識を知らずして海外の現地企業で
日本人として働くことは不可能なのだ。
そこはカナダで働いていた頃、常にあたしが感じるジレンマだった。
社内で唯一の日本人スタッフとしてカナダ人の中で働くには、
カナディアナイズされてしまったほうが遥かに楽だが、
あたしは日本人と取引をしなくてはならないから、日本人らしさを絶対に失ってはいけないと思っていた。
カナダでバカにされないためには、いや、個人的にバカにされるだけならいいのだけど、
それが仕事に影響するのは最高に面白くないので、
日本人よりも日本語ができなくてはいけないし、カナダ人と同じように英語もできなくてはいけない。
そういうあたしの中の、普段滅多に現れることのない完璧主義みたいな部分が
カナダ生活を支えてくれていたことは間違いない。

今、日本の社会で付き合いのある人々の多くは、
すでに10年以上社会人を日本でやってきている人ばかり。
みんないろんな苦労や転職を重ねて、今は自分なりの余裕みたいなものを手にしていて
仕事も難なくこなし、結婚したり、趣味にお金や時間を投じることができている。
あたしは、日本ではまだまだそこにはたどりついていなくて、
なりたい自分になるためとか、まだまだ努力をしなければならないことが山積みなのだ。
そこの温度差が、ちょっと時につらいこともあるんだけど、
あたしはただ別の時間を過ごしてきたってだけで、やっぱりあんまり関係ないなとも思う。
もう少し自分に厳しくなれれば、理想に近づくのも早いのかもしれないけど、
楽しい誘惑には、わかっていながら簡単に負けちゃうし、それはそれで楽しいので良し。
うまくバランスをとって毎日過ごすことを心がける今日この頃。

Cheers!!


Just be optimistic as always!

気づけばもう5月も終わり…。
どんだけブログを放置していたのだ??

震災後は、震災の影響で社内の外国人が100人近くもいなくなってしまったりと、
ただでさえ忙しい仕事に追われたり、
死にかける家族が続出したり(続出って言っても2人だけ。今はウソのように元気w)
なんだかちっとも心が休まらない日々だった。

相変わらず仕事は本当に忙しく、終電がなくなってしまうこともしばしば。
仕事自体はかなりキツイけど、会社の雰囲気がとにかく自由で風通しが良く、
のびのびと仕事をできるし、大きなプロジェクトに関わっている充足感と達成感があるから耐えられる。
今はそういう時期なんだろうし、業種的にもそうだし、海外と仕事をしていることもあり、
昼夜関係ないっていうのはもう宿命だろうね。
肉体的な疲労に鈍感な自分に感謝。
けれど、仕事のあとにはもうあまり脳みそが動かない。
そんなこんなでブログを放置していたわけだけど、
やっぱりせっかく続いてるもんだから続けていきたいなぁと思うのです。


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全然関係ないけど、今育てているパクチーw
かいわれ大根にしか見えないけど、頑張って育ってほしいもの…。

いつもメールをくれたり、とても良くしてくださる海の向こうのお兄さんが言ってた。
読む人がいなくても、記録として残すのは大切だって。
そうかもねー。
自分で過去のものを読むこともほとんどないし、
恥ずかしいけど、それも自分が感じたり思ったりしたことで、
その上に今の自分が立ってるからこそ、
今の忙しい生活の中にいても常にしあわせなのよね。

いやぁ、毎日エキサイティングでしあわせ。
将来のことや世の中のこと、自分の暮らす国のことを思えば
いくらでも憂える材料はあるけど、それとは別にやっぱりポジティブに色々楽しんでいきたいわね。

というわけで、ブログもぼちぼち書いて行こうと思う今日この頃。

Cheers!!!



自然にかえろう

自然にかえろうなんて言ったって、慣れすぎちゃったあたしたちには難しいね。
それは、飼いネコが野生に戻れないようなもの。
先月で始めてからちょうど6年も経ったこのブログだって、電力の恩恵あってこそのもの。

けれど、それにしても東京はあらゆるモノがやっぱりちょっと過剰だったと思うし、
5年のカナダ生活を終えて帰国して以来、そのことについてはこのブログで結構語ってきた。
だって、あたしが暮らしたカナダ一の大都市トロントだって
夜は暗かったし、何度か訪れたニューヨークも中心の一角をのぞいては
東京よりも随分暗かったように思う。
トロントはエコに対する意識 も強く、鳥たちを守るための節電 も謳われていた。
キューバなんて、キューバで一番のリゾート地の空港でさえ真っ暗で、
都会っ子のあたしたちは「こんな真っ暗でちゃんと着陸できるのかしら?」と不安になったほど。
おまけにキューバは観光地ですら、限られた物資しかない貧しいところだったけど、
人々はとても思いやりがあって明るかった。
そこそこの観光客向けホテルでも、ついたその日に水が出なかったり、
食事も常に質素だし、ちょっと遅れるとバイキングもすっからかん。
(興味のある方は、キューバ考察というテーマの記事をみてください)

今の東京は、つい3週間前と比べると随分暗い。
それでもあたしたちはそれに慣れつつあるよね。
物が溢れていた時も知っているし、物が急に手に入らなくなることも知った。
知ることは強い。そこがまずスタート地点だね。
あたしたちは短い時間の中でたくさん学んで、意識が高まったから強くなった。
この先、世界に良い影響を与え、お手本になれるような国をつくっていかなければね。

Cheers!!






うつくしまふくしま

福島県いわき市の、スパリゾートハワイアンズにほど近い
かつて炭鉱の町だったところは祖母が生まれ育った場所。
海も山もある美しいその町は、決してにぎやかではないけれど
野菜も魚もおいしく、温泉も出るし、とても豊かなところで大好きな土地だ。


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写真は、去年7年振りくらいにいわきに訪れた時に食べたカツオとほたて。
子供の頃からわたしたちが行くたびに、親戚のおじさんは小名浜港まで行って新鮮な魚を用意してくれた。
今、その港には原発の作業者が停泊しており、漁港も閑散としている。

当然親しい親戚もたくさんいるので、今回の地震が東北だったと分かった時には
一番仲のいいわたしよりも少しだけ年上の親戚の男の子に使えない携帯から電話をかけまくった。
ようやく届いたメールで全員無事だったことがわかり、
被害と言えば祖母の姉の家の屋根が少し壊れただけで済んだと聞いて胸をなでおろした。

そんな安堵感にひたれたのもつかの間、地震の後には原発の問題が出てきた。
親戚のおじさんの中に、昔その原発の関係者だった人がいたこともあり、
子供の頃から恐ろしい話を聞かされていたわたしは震えあがってしまった。
仕事で忙しい親戚の男の子に、うんざりするくらいメールや電話をし、
「何事もなかったらわたしが大げさだったって笑って帰ればいいじゃない。
とにかく東京のわたしの実家にみんなで来なさいよ。
窮屈かもしれないけど、みんなが泊まれるくらいの場所はあるよ。」
そうやって説得を繰り返していたが、はじめはのんきに笑っていた彼も、
だんだん事態が楽観していられなくなったことを知り、
地元の消防関係で働く知人にも「避難したほうがいい」と言われたことでようやく決心してくれた。
とにかくうちの家系は自分も含めて物事を深く考えずに楽観的すぎる。

わたしの独断で勝手に説得していたので、すぐに実家にその旨を伝え、準備をしてもらった。
その間にも、事態は深刻になっていったため、親戚の男の子は小田原の別の親戚の家へ行くことになった。

そして先週の土曜日。すでに東京の水にも規定値以上の放射能が報道されていた頃、
親戚の男の子から電話があった。
「風評被害もあるし、街を活性化するために市から要請があっていわきに戻ってきた。」とのこと。
驚いた。風評被害を心配して行政が動くには、事がすでに悪い方に進み過ぎている。
彼は明るく言った。
「今回は色々心配かけたなぁ。いっそのこと政府が避難命令でも出してくれれば、
新しい土地で新しい生活を始められるから楽なんだけどな。
とにかく、今は使命だと思って仕事を頑張るわ。あんたも働きすぎだから、たまにはゆっくり休みなさい。」

正直、かける言葉が見つからなかった。「気をつけてね。」と喉まで出かかったけど
すぐに「どうやって?」と自問して言葉を飲み込むしかなく、
思いつく言葉全てに自分自身による厳しいつっこみが入り、何も言えない。
ただ、わたしにも生活があり、現実として起こっている事に憂いているよりも、
国を支える末端の人間として仕事を頑張ろうと思うしかなかった。
とにかく、今はアリのように働くか!今までがキリギリスだったのだから。

Cheers!!


わたしにできること

もう、テレビも見たくないくらい死者数がどんどん増えて行く。

わたしは親戚が福島にたくさんいるから、
昨日は電話で「とにかく考えずに東京に逃げてきてほしい」と説得して、
夜に決断してくれたみたいだけど、海沿いの道は津波で通れないから
逃げるに逃げられない状態なのか再び連絡が途絶えてしまって、
もうどうしたらいいのかわからない。

近所に住むカナダ時代からの親友であるひっとん のおばあさんの家が津波で流され、
誰とも連絡がとれない状態だと聞いた。
その場所は、今ずっとニュースでやっている南三陸町の辺りで、
人口17800人のうち、1万人が安否不明というところ。
おばあさんの家は海から100メートルくらいの場所だそうだ。
とにかく無事であることを願うばかり。
こういうことを近いところで聞くと、すでに他人事ではないので、
自分は無力だけど思いつくことは何でもしてみようと思う。

まず、facebookとかで心配してくれている世界中の友人に
海外のニュースが報道しきれない現実を伝えて自分の安否を知らせた。
メールもたくさん来る。カナダのシンガーであるLori Nuic という人がいるのだけど、
彼女がとても愛のあるメールをくれて、ひらめいた。
彼女のように影響力のある人に広めてもらったら募金とかが増えるかも。

その後に、恐らく海外での報道を見て、あたしに聞くに聞けないであろう友人たちにメールをした。
あたしが経験したこと、何が起こっているか、今はどんな状況かを。
「5ドルでいいから募金して!でも詐欺には気をつけてね」とお願いした。
普段あたしは人に頼ったりすることがほとんどないから、こんな時くらいは許されるだろう。
しかも、カナダ人は困っている人を助ける精神がかなり強いから。

facebookはリアル友達ばかりだけど、現状をアップデート。リアルタイムで知ってもらいたい。
その時に気づいたのだけど、先述のひっとんも、
もう一人のご近所さんヤスくん も英語で同じようにしていた。

ひっとんはテレビに出たり、モデルとして活躍しているし、
ヤスくんもミュージシャンで影響力のある人なので、とても心強い。

昨日は弟と祖母の見舞いに行き、その後実家に戻ったのだけど、
スカイツリーのふもとにはさすがに見物客がほとんどいなくて
押上駅周辺はスカイツリーの建設前みたいな静かな雰囲気でとにかく落ち着いた。
弟と実家を出た時、目の前のスカイツリーを見て、
「もしアレがこっちに倒れたら、やっぱりウチは終わるね。」と話したけど、
もし直下型が来て、それで倒れなかったとしても、周辺の建物と一緒に液状化現象で沈むのだろう。

看護婦をやっている幼馴染とも連絡がついた。
地震の時彼女は勤務中で、体中アザだらけになりながら患者を守ったらしい。
祖母の見舞いに行ったときに、いざって時には看護婦も自分で動けないような年寄りや病人をほったらかして
逃げてしまうのではないかと不安に感じていたので余計に感動した。

地元にいる時に観光客らしい外国人二人組が、
「帰国の飛行機が飛ぶのか旅行会社に確認したいけどなぜか英語を話せる人に繋がらなくて困っている」
と横で話していたので、「あたしが代わりに聞いてあげるわ」と声をかけた。
こういうことをすると、困っている外国人にやたらめったら話かけたりするのは恥ずかしいから本当にやめてほしいといつも弟に言われるのだけど、それは弟がずっと日本にいて、
自分が海外で困って現地の人に助けてもらったりしたことがないから
そんな風に思うんだといつも反論している。
だけど弟も今回そういうのがわかったんじゃないかしら。

せっかく日本くんだりまで来てくれて、しかもこんな恐ろしい目にあって
少しでも良い思いをして帰国して欲しいと思うし、
日本人としての自覚と誇りがあれば「恥ずかしい」なんて思わないはず。
それを帰国した後に、その人の国のその人の家族や友人に「日本は良かった」と伝えてもらうことが、
将来的に日本を豊かな国にすることに繋がると思うしね。
確かに弟にはできないことかもしれないけど、それが今わたしにできることだ。

Cheers

The quake was the biggest I've ever experienced

今日の地震を経験されたみなさん、ご無事ですか?

わたし、最初の地震の時、ちょうどお昼ご飯食べていました。
今月に入ってからとにかく会社が忙しくて、
おまけに来週からわたしの仕事が増えるってことを言われた直後で、
いつもは4時とかまでお昼食べない代わりに昼休みは意地でも仕事しなかったんだけど、
今日はそうも言っていられず、食べながら仕事をすることに。
というわけで、自分の席で左手にサンドイッチ、右手にマウスを持ちながら
ぼさーーーっと山のようなメールを読んでいた時にきましたな。ゆらゆらっとな。

今月になってから会社も遅いし、家でカリカリやっている仕事も悲惨で
毎日2時間くらいしか寝てなかったりで、
生まれてからほとんど経験したことない偏頭痛ってやつに3日くらい悩まされていたこともあり
「ああ・・・急にご飯とか食べたからくらくらしてんだ。疲れてんだわぁ。」とぼんやり考えながら、
もっしゃもっしゃウサギのようにサンドイッチを食べていたのです。

そしたら、隣の席の人が一言。「地震!?」
わたし、すかさず「ですよねぇ?」

と、みんなでなぜか天井を眺めながら、どんどん激しくなる揺れに驚いていました。
誰かが外に出た方がいいって言ったので、みんなでぞろぞろ外へ。
恐らく地震など経験したことのないであろう外国人たちが「ヒャッホゥ!」とか言いながらウキウキ。
タイ人とかインド人とかは悲惨具合を知っているせいか神妙な顔つき。
電柱がぐわんぐわんしている。

何年か前にイランで大地震があった時、カナダ時代の同僚イラン人君が受付にいたあたしに
「家族から電話があるかもしれないから、そしたらすぐ呼んで!」
って言ってきたことを急に思い出しながら、明治通りの上を走る首都高を眺めていました。
寒いのでとりあえず社内に戻り、テレビを見に行きました。
どうやら仙台がえらいことのよう。
お隣福島の浜通りもアウトの模様。

フクシマハマドオリ!

うちの親戚がごっそりいるじゃないの!一気に血の気が引いた瞬間。
その後、UstreamでNHKのニュースを自分の席で見ながら仕事。
ついでにGoogle Newsでカナダとアメリカのニュースをチェック。
ついでに夕方の時点でWikipediaにSendai eathquake and tsunami ページが
すでにできていることを発見!早っ!!
ニッポンの経済に大打撃!うちの会社も大損害!
今日納期の仕事については、アメリカのクライアントから心配と諦めのメール。そりゃそうだ。
そして家族とも、福島の親戚とも連絡が取れない。

そうこうしている間にも、東北出身の社員はパニックになり、社長がすぐに社内にアナウンス。
とりあえず、今日はもう帰っていいと。社内の一部は金曜恒例のビールの会を始めていましたが…。
帰りたくても帰れない人もいるし、あたしは歩いて帰れるし、
とりあえず一人で家にいるよりも、家族の誰かと連絡がとれるまで会社で仕事をすることに。
途中、なんとか実家のそばに住んでいる叔母と連絡が取れたので 19時半頃会社を出たものの、
バスが停まってくれない。通り過ぎる時に「ご覧のとおり満員でぇ~す!」的なアナウンス。
仕方なく歩いて帰ることにしましたが、寒いし、道はすんごい人だし、
渋谷なんか人間だらけでごった返していたし、渋谷からの道にも人だらけだし、
コンビニもスーパーもすっからぴんでした。


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歩いている間も実家に電話が繋がらないから困っていたのですが、ここでひらめいた!
スカイプに20ドルくらいあったのを思い出しました。
すぐに実家にかけたら繋がった~!iPhoneで良かったと思った瞬間です。

スカイツリーのふもと生まれ育ちのわたしは、子供の頃から大地震の恐ろしさを叩きこむ
「震災英才教育」を受けているので、とにかく怖かった。

帰り道、とにかく嬉しかったのは世界中から心配の声が届いたこと。
Twitterでも、Facebookでもいろんな友達からメッセージが届きました。
国際電話までかけてきてくれた人もいましたよ!(どうして携帯の番号知ってるんだろう?)
福島の親戚も全員無事で、家の屋根がちょろっと壊れただけで済んだそう。
日付が変わった頃、同じく都内にいる弟ともようやく連絡がとれ、無事を確認。
自宅の壁にヒビが入ったそう…。今月引っ越したばかりなのに、かわいそう。

一番被害の大きかった仙台には、去年仕事で本当にお世話になった方々が沢山いて心配です。
出張でわたしも行きました。みなさんご無事でしょうか。気になって仕方がない。

東京もまだ余震は続いていて、油断はできないし眠れないけれど、
この痛みをきっかけに日常の視点を変えて、日本人としてもっと頑張っていこうよ!
みんなで力を合わせて日本をもっと元気にしていこうよ!

亡くなった方々のご冥福を心より祈ります。
本当に恐ろしかったし、自分が今生きているのは奇跡だとしか思えない…。

ジョニー・マッド・ドッグ

先日たまたま観た映画。

ジョニー・マッド・ドッグ [DVD]/出演者不明
¥3,990
Amazon.co.jp

相次ぐ内戦で混乱しているアフリカで戦う15歳の少年兵マッド・ドッグの日常は、
暴力とレイプと略奪によって敵を根絶やしにするというひとつの目的だけで成り立っていた。
しかし、そんな日々の中で荒んでいた彼自身も、戦いの中で恋をし、人間らしい感情を抱くようになる。

結局、どこで生まれて、どんな文化を持って、どんな言葉を話しても、
蚊に刺されりゃかゆいし、ビンタされれば痛いのは人間なら誰でも同じ。
それをしっかり認識したのは、カナダに行ってまだまもない24歳の頃だったと思う。
それまでは、そんなこと頭でわかっているようでも考えたことなんてなかったな。

この映画を手にとったのは、アフリカの混乱に関するニュースは常にあるのに、
リアルな現地の状況がまったく伝わってこないから
作りものでもいいから映像で観てみたかったというのがきっかけ。
たまたま見つけて、そのまま借りたのだ。

そして今月、リビアの混乱のニュースを毎日見てはこの映画のシーンを思い出す。
NZの地震も、リビアや他の国の内戦も、
世界中の人々に出会ってきたあたしにとっては全く他人事ではない。
実際、初めてカナダでバイトした店の店主は、
内戦を逃れてカナダに難民としてやってきたエチオピア人 だったし、
去年のワールドカップの時に一躍有名になったK'naan も内戦を経験して
トロントにやってきたソマリア人だ。
ハイチの地震のときはハイチ人の友人のことで頭がいっぱいになった。
けれど何もできないね。胸が痛むだけで、知ろうとすること以外何にもできない。


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早く春にならないかな~。花粉よなくなれぇ~!

わけあり

知り合いが持っていたライター。


flighty life-lighter

熟女倶楽部

わけあり


ネーミングセンスがすごすぎてツボ。
どんなわけがあるのか、お姉さま方に聞いてみたいもんです。
わけありの枕詞には「熟女」と言わんばかりの破壊力w

ちなみに持主は行ったことないらしい。


Cheers!!!

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気になり過ぎて、一度行ってみたくなっちゃうよね。
これぞマーケティング戦略だw

プレゼント

友人のコバ と初めて二人で食事に行った。
コバはあたしよりもちょっとだけお兄さんで、
去年の年末にあたしが激しく落ち込んでいたとき、
つい酔って愚痴をもらしてしまった時には別の友人と朝まで付き合ってくれたりと、
いつも何かと優しくしてくれるご近所さんなのだ。
その日のことはあまり覚えていないのだけど、とにかく心配をかけまくってしまったあたしに
「flightyには何かの才能がある!何でもできるよ!」
と言ってくれたのを覚えてる。嬉しかったなぁ。
普段酔って愚痴をもらすことなんてほとんどないけど、
コバとその場に一緒にいたもう一人の友人につい甘えてしまったんだろうね。

大体いつもそんな感じで数人で集まる場所でお互い会うのだけど、
たまたま時間が合った時に聞きたい事や話したいこともあり、二人で食事に行くことになった。
コバは今禁酒中なのに、二人で居酒屋へ行った。
あたしが一人で勝手に飲んでどんどん酔っていく様子は
コバの目にはどんなふうに映ったんだろう?(笑)
面白いかもしれないし、みっともないかもしれないし、情けないかもねw

彼は日本にいながらにして、ちょっと普通ではありえないような異文化生活を送っている。
去年はイスラエル人?作家の著書に登場したとかで、
出版記念パーティー参加のためにイスラエルまで行ってしまったほど。(笑)
彼の日常の話を聞いているだけで、人生何が起こるかわかったもんじゃないから、
常に自分自身を準備のできた状態にしておかなくちゃいけないなと思う。
彼の異文化日記、なかなか面白いので興味のある方はこちらへ→コバのユダヤ日記
ユダヤ日記というタイトルだけど、彼はユダヤ教徒ではありませぬ。


flighty life-gingertea

週末に風邪をひいてしまったあたしに、コバが生姜茶をプレゼントしてくれた。
あたしも普段からいろんな人に贈り物をするけど、
この人はいつも周りの人のことを思って、与えることを自然にできる人。
お料理も上手で、本当に優しくて尊敬する友人のひとり。
コバと、今年はお互いいろんなことをもっともっと頑張ろうと誓ってこの日は別れた。


Cheers!!!

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こばぴ~、いつもありがとう☆
生姜茶、スーパーまいう~でしたよ~ん!