うつくしまふくしま | flighty life

うつくしまふくしま

福島県いわき市の、スパリゾートハワイアンズにほど近い
かつて炭鉱の町だったところは祖母が生まれ育った場所。
海も山もある美しいその町は、決してにぎやかではないけれど
野菜も魚もおいしく、温泉も出るし、とても豊かなところで大好きな土地だ。


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写真は、去年7年振りくらいにいわきに訪れた時に食べたカツオとほたて。
子供の頃からわたしたちが行くたびに、親戚のおじさんは小名浜港まで行って新鮮な魚を用意してくれた。
今、その港には原発の作業者が停泊しており、漁港も閑散としている。

当然親しい親戚もたくさんいるので、今回の地震が東北だったと分かった時には
一番仲のいいわたしよりも少しだけ年上の親戚の男の子に使えない携帯から電話をかけまくった。
ようやく届いたメールで全員無事だったことがわかり、
被害と言えば祖母の姉の家の屋根が少し壊れただけで済んだと聞いて胸をなでおろした。

そんな安堵感にひたれたのもつかの間、地震の後には原発の問題が出てきた。
親戚のおじさんの中に、昔その原発の関係者だった人がいたこともあり、
子供の頃から恐ろしい話を聞かされていたわたしは震えあがってしまった。
仕事で忙しい親戚の男の子に、うんざりするくらいメールや電話をし、
「何事もなかったらわたしが大げさだったって笑って帰ればいいじゃない。
とにかく東京のわたしの実家にみんなで来なさいよ。
窮屈かもしれないけど、みんなが泊まれるくらいの場所はあるよ。」
そうやって説得を繰り返していたが、はじめはのんきに笑っていた彼も、
だんだん事態が楽観していられなくなったことを知り、
地元の消防関係で働く知人にも「避難したほうがいい」と言われたことでようやく決心してくれた。
とにかくうちの家系は自分も含めて物事を深く考えずに楽観的すぎる。

わたしの独断で勝手に説得していたので、すぐに実家にその旨を伝え、準備をしてもらった。
その間にも、事態は深刻になっていったため、親戚の男の子は小田原の別の親戚の家へ行くことになった。

そして先週の土曜日。すでに東京の水にも規定値以上の放射能が報道されていた頃、
親戚の男の子から電話があった。
「風評被害もあるし、街を活性化するために市から要請があっていわきに戻ってきた。」とのこと。
驚いた。風評被害を心配して行政が動くには、事がすでに悪い方に進み過ぎている。
彼は明るく言った。
「今回は色々心配かけたなぁ。いっそのこと政府が避難命令でも出してくれれば、
新しい土地で新しい生活を始められるから楽なんだけどな。
とにかく、今は使命だと思って仕事を頑張るわ。あんたも働きすぎだから、たまにはゆっくり休みなさい。」

正直、かける言葉が見つからなかった。「気をつけてね。」と喉まで出かかったけど
すぐに「どうやって?」と自問して言葉を飲み込むしかなく、
思いつく言葉全てに自分自身による厳しいつっこみが入り、何も言えない。
ただ、わたしにも生活があり、現実として起こっている事に憂いているよりも、
国を支える末端の人間として仕事を頑張ろうと思うしかなかった。
とにかく、今はアリのように働くか!今までがキリギリスだったのだから。

Cheers!!