TOKYO
私は、雨女じゃないけれど、東京に行くとなぜか雨に降られる…
今回も、3日中2日間が雨だった
そのうえ、この3日間は、あまりにも最悪な出来事が続いた
それをもう一度なぞるように書き連ねるのも気分が悪いので、やめておくけれど、
わざわざ展示しに行ったのに、9時までかかり、人の作品ばっかり展示して、
自分の作品に一度も触れなかったり
予約していたホテルの門限に3分程遅れて、泊まれなかったり
この3~4倍くらい色んな出来事があったけど、まあほんとに最悪だった
ゆりかもめに乗って、つーよく♪つーよく♪って口ずさみながら、
光る東京タワーを眺めていたら、涙がポロポロ流れたよ
これもいつものことね
東京に来ると、一度は泣いてしまう
ついこの前は、地下鉄の中で泣いたな(笑)
一人で歩くには、あまりにも切ない街だ
それでも、大好きな街
今回も大好きな東京をひとつ見つけた
ゆりかもめの車窓から見える素敵な景色に、思わず汐留で飛び降りた
グングン伸びる高層ビルの群れ
電通本社ビルのあまりのカッコよさには、驚いた
ずばり、私の中の「日本の道100選」にノミネートされました
THE ★麦茶
今日、麦をいただいた
その方のお家では、麦茶のために麦を作っているらしい
「フライパンで真っ黒になるまで煎るのよ」
という彼女の言葉を聞くだけで、香ばしい香りがぷう~んと広がり、
「いいなあ~」を連発してしまった
きっと、そのせいだろうな
今朝、黄金色の麦をビニール袋いっぱいに持ってきてくださった
本当にありがとうございます
で、さっそく家に帰って、お母さんに一部始終を話した
説明の仕方が悪かったのか、あんまり良い反応じゃなかった…。ちっ。
私のお家は、麦茶を飲む習慣が、あんまりない
冷たいお茶といえば、烏龍茶やプーアール茶だったし、
最近は、めっきり「母子のお番茶」である
麦茶はなんだか頼りない感じがするんだと思う
そして、麦茶の事なんてすっかり忘れて、制作していると、
ぷわあ~んと、焦げた匂い
んっ!?
パンを焼いてるのか!?
まさか、布が燃えてるのか!?
すると、お母さんが階段をトントンと登ってきて
「麦茶はいりました~!!」
なんや、やりたかったんやん
透き通る黄金色、この香ばしい香り、
さすが夏のお茶の代表選手、ただものではない
ゴクゴクゴク…
飲んでがっかりするこの味は、
まさに新幹線で飲む珈琲のようだ
アトリエ
展覧会が近い
制作をしていると、嫌でも部屋の景色が目にはいる
みんなは、立派なアトリエを持っているみたいだけれど、
私のアトリエは、しょぼい
特別な道具も、そんなに広いスペースもいらないから、
実家の自分の部屋の隣の元弟の部屋が今のところ、私の城なのです
部屋は、北向きだけど、大きな窓と、天窓があって、とても明るい
ロフトには、昔の作品を山積みにしている
贅沢を言わなければ、そんなにわるくない
だけどお嬢様は、贅沢を言いたい
この部屋は、弟が結婚して出ていってしまってから、ずっと倉庫のように使われていたため、
家族の服やお母さんの趣味の道具など、支離滅裂で、もう手におえない状態になっている
そして、壁一面スライド式の本棚いっぱいに並ぶ少女漫画
あのピンク色の背表紙には、憎しみすら覚える
その上、何よりも許せないのは、自分のスタイルである
本当は、でっかい木の机に、ドイツ軍の椅子にでも座って制作したい
だけど、小さい頃から、厳しく正座で育てられたから、
どうしても、床に座らないと落ち着かない
だから現実は、着物を仕立てる用の低い机に、無印良品の座椅子となってしまう
まったく趣味じゃない
まあ、強い作家は、そんなことにとらわれない
見えないように、何も見ないように、窓側を向いて、手元に集中しよう
かいかい病
一年前のちょうど今頃、私は突然持病を持つことになった
毎晩、体中のいたるところに出没する蕁麻疹
もともとのアレルギー体質もあって、蕁麻疹には慣れていたけれど、
一ヶ月以上もつづいたのは、初めてだった
いつもと少し膨らみ方も違うような気がして、怖くなって病院に行った
「ストレスからきてますね。薬を飲んでも完全に治癒するまで6年はかかります」という診断だった
6年って何か訳があるのかな?分からないままだけど、
そのお薬を飲むと、毎夜赤い大陸のように広がっていた蕁麻疹は、きれいさっぱり消えた
「6年飲み続けても、体に悪い影響を与えることはありません」
先生は、そう言ったけど、こんなに効くのに、何もないわけがない
少しずつ飲む量を減らして、1週間ほどで飲むのをやめてしまった
もともと、そんなに毎日何かを続けられるような性格じゃない
その後もリンパ腺の腫れやら、胃腸炎やら、色々あったけど、
その度に、お医者さんには「ストレスです」と言われ続けた
ストレスなんて誰にだってある
私は、ただ疲れていたんだと思う
あの頃の私は、毎日眠くて眠くてしかたがなかった
春からは暮らしも変わり、のんびりと、ご機嫌に暮らしている
相変わらず展覧会の直前になるまで、作品には追われているけれど、
それは、そんなに悪くない
なのに…
なのに、今年も蕁麻疹の花咲いた
かゆかゆかゆかゆかゆーい
痒さは、全身を消耗させる
お願いだから、夜だけはゆっくり眠らせてね
SOT
私は、公にはしていないけれど、実はボーリングチームの一員である
このチームは、高校の同級生6人(男2、女4)で構成されている
チーム名は、S.O.T.★
名前の由来は、もちろん秘密である
本当のところ、果たしていつ頃、どういういきさつで結成されたのかも思い出せない
それどころか、最近はボーリングをすること自体を忘れてしまっている
そんなことは、どうだっていいんだ
大切なのは、ある一時期、私達がとても熱心にボーリングをしたということだ
ボーリングを忘れてしまっても、私達はあいかわらずで、
集まっては、友達の話、仕事の話、恋人の話をし、
そして最後に、次回の集会について企画をするのだった
夕べの題目は、「台湾写真大会」&「シークレット・バースデーパーティー」
3月にみんなで行った台湾の写真を、台湾料理を食べながら、大笑いして見た
そして、SOTの中で、いつも一番はじめにお姉さんになるAちゃんのお誕生日のお祝いをした
お誕生日は、お祝いされるのも本当に嬉しいけれど、お祝いするほうも嬉しい
一年にたった一度、愛と感謝を伝える日です
Aちゃん、そしてSOTのみんな、ありがとう 大好きです
暗い僕を~もりあげるからね~♪(Fishmans!!)
次回のSOT集会は、キャーンプ!に決定!!
暑くなってきたしね
今日は、図書館で「関西オートキャンプ場」って本を借りてきたから、今から熟読いたします
どなたか、とっておきの場所があれば、教えてください
そして、一年で一番のビッグイベント
迫りくる8月5日、SOT総会(神戸海上花火大会)に向けて、
コンディションを整えて、調整してゆきたいと思います
青春を謳歌するみなさま、
どうぞよろしく
ジャイアンツの頃
私は、中学生になる頃まで、プロ野球のナイターを見るのが好きだった
母親が仕事から帰ってくるまで、毎晩のようにナイターを見ながら、百字帳にひたすら漢字を書いている
そんな奇妙な少女であった
一番最初にファンになったのは、桑田真澄だったかな
超熱烈巨人ファンの親戚のおじちゃんとおばちゃんに連れられて、
甲子園に巨人ー阪神戦を見に行った時のことである
私は、ネット裏の最前線に行って、知ってる選手を探していると、そこに桑田があらわれた
「桑田~」って叫んで、ネットの間から手を出したら(まだ小さかったから腕まですっぽり入った)
彼は、わざわざ近寄ってきて、握手をしてくれた
まあ単純なもので、すぐに桑田のファンになった
写真集はもちろん、秘かに等身大ポスターまで持っていた
時代は、ちょうど藤田監督の頃、駒田、吉村なんて、とても華やかな良い時代
次にファンになったのは、川相だった
ヒットを打って欲しい時や、2ストライクの時でも、バントをきちんと決める
地味だけど、確実なそのプレーは、当時のわたしには、とっても新鮮だった
今日、読んだ本のなかで、糸井重里がその川相について語っていた
衝撃だったのは、あんなに地味な風貌なのに、
チームの中で、一番灰皿を蹴り飛ばして、ロッカーを殴っていたのは、
何を隠そう、川相だったそうだ
意外と、熱い人だったのねー
そういえば、いつだったかホームランを打った時のヒーローインタビューで、
3人の子供の名前を思いっきり叫んでいたな
糸井さんは、その本の中で、
春のキャンプ、みんなの期待を一身に受けて清原が練習をしている奥で、
一人で黙々と練習する選手が、川相だった
期待もされていないのに、頑張る川相はすごい!それは、自分に対する期待と自信なんだ
…って書いていた
それを受けた藤田監督は、
「川相はすごい選手だ。ああいう選手が億を超える年俸をもらって活躍してくれるのは嬉しい。
だけど、その前に1番バッターが出塁していないと、川相はバントができないんだ。」と言った
吉村が太ももの大怪我を乗り越え、見事復活して試合に出場した時、
「よかった。だけど、まだ栄村(衝突した相手)がのこってるんだよ」
と言った、監督らしい一言だ
栄村選手、乗り越えてくれているといいな
この夏こそ、ビール片手にナイターを観に行こう
ANARCHY★
晴れた日のお昼ご飯は、たいてい外で食べることにしているんだけれど、
今日は、今週最後の晴れになるだろうと思って、12時ちょうど、勢いよく外に出た
仕事場の隣が、大きなダイエーのビルで、その屋上の左から2番目のベンチが、私の指定席である
ここは、お昼休みをひとりぼっちで過ごす人の秘密の場所で、
今日の4人も、いつもと同じ顔ぶれだった
ひとつ、いつもと違ったのは、ダイエーから、わずかに聞こえてくる音楽が、
なんとオルゴール版、SEX PISTOLSだったのである
そう、「アーナーキー♪」だ
高校の文化祭で、、友達がやった「Anarchy」は、本当に素敵だった
それは、私達の熱い高校生活の象徴のようだった
放課後になると、聴こえてくるベースの音に耳を傾けながら、
私は、美術室で、ひたすらコカコーラの瓶や、石膏像を描いた
セーラー服に、マッシュルームヘア
Dr.Martinのブーツをはいて、皮のリュックには、雑誌をわざと丸めて突っ込んだ
そして、とても熱心に勉強した
今日のファンシーなピストルズは、悪い子になりきれなかった私達のようで、なんともほほえましかった
お昼休みを終えて、机にもどったら、
隣の席のおじちゃんに、「あんたは、外国育ちか?」と、唐突に訊ねられた
「ちょっと、イギリスのほうで…」とでも、答えておけばよかったかな
それにしても、何で外国育ち?
彼の住む町
広島県福山市
彼の住む町は、私が想像していた以上にひどかった
錆色の景色を、あなたは見たことがあるだろうか?
建物や自転車はもちろん、空気までも錆びついてしまっている景色
この世の中に、魂の抜け殻のはきだめがあるとしたら、
ちょうどこんな感じだろう
本当にひどい町だ
この町に、D&Departmentみたいなつくりの、素敵なパン屋さんがある
そのパン屋さんは、町の新鮮な空気をすべて吸い込んでしまっているかわりに、
香ばしいパンの匂いをモクモクと吐き出しているようだった
彼は、ここで毎日パンを焼いている
彼の話をすると、
生まれたのは、予定日よりも1ヶ月以上も早い8月だった
両親は、お医者さんに、「あとは彼の生命力にかけるだけです」と、宣告された
ちいさな体いっぱいにチューブをつけて、彼は生きる方を選んだ
ロマンティックな両親は、救ってくれたお医者さんの名前を一文字頂いて、こどもの名前につけた
父親は、とても厳しく、何度も手をあげたが、彼のことを必ず見守っていた
母親は、底抜けに明るく、いつもおいしいものを作って彼に食べさせた
そうして彼は、何事もなかったかのように元気に育ち、走る速さは誰にも負けない男の子になった
そのかわり勉強は、見事なまでにできなかったけれども、
両親は、それについて一度も彼に何かを言ったことはなかった
ただ、あなたの人生を変わって生きてあげることはできないから、
自分がやることは、自分で決めないさいと教えた
そして、決めたことに対しては、真摯に努力することを教えた
心優しい彼は、母親が好きな神戸の老舗のケーキ屋さんに勤めることを決めた
いろいろあって、今は福山のパン屋さんで働いている
本当のところ、家族はみんなパン屋さんなら神戸に帰っておいでよ、と思っている
だけど、だれも彼には言わない
彼、私の弟、26歳、2児の父親
錆びた町で、がんばっている
無人島
仙人が酔う島「仙酔島」
江戸時代の香りが残る鞆の浦から、船で1渡ること10分
無人島に着く
この島のキャッチフレイズは、
「人生観が変わる島」
何のためにうまれてきたか分かる島だそうだ
ここにひとつ、テレビもない車も入れない国民宿舎がある
こんなところに家族で旅に来るなんて、ちょっと変な気分だ
船着場に着くと、そこには宣伝文句とは少し違う陽気な島が待っていた
鯛網の船が大きな歌を流して、いりくんだ入江を横切っていった
波は穏やかだ
3歳の姪っ子は、裸で砂浜を走り回った
妹と、気になっていた「江戸風呂」に行くことにした
夜の間中、薪を燃やした熱で蒸し風呂にしてある
竹の枕を敷いて、ひじきのような海草に、ヨモギ、枇杷の葉っぱの上に寝転がる
サウナみたいに息苦しくないのに、ぐんぐん玉のような汗が出てくる
次の胎内風呂では、母親の胎内にいるように、プカプカと浮く…はずだった
脂肪たっぷりの妹は、起き上がれないくらいに浮かんじゃってるのに、
私は、ちっとも浮かない
力がうまく抜けないのは、力んで暮らしてるせいなのかな。悲しい
その後は、世界一大きいお風呂
ご想像の通り、目の前の大海原に10秒つかる
元祖デトックスです
そして、本当に本当に静かな夜がやってきた
真っ暗な空と、キラキラ光る水面を眺めていたら、
何のために生まれてきたか分かるっていうのも、嘘ではないかもしれない
だけど、私はそれどころではなかった
不意に北朝鮮に拉致された人達のことを思い出してしまったのだ
地村さんも、蓮池さんも、こんな穏やかな海を、二人で肩を寄せて眺めている時、
連れ去られたんだろうな
そうなったら、真っ暗闇が怖くて、怖くて仕方がなくなった
体の毒素は、スッキリ出ていったけれど、
人生観なんて、そう簡単には変わらない
Our Generation
勤勉に働くことが良しとされるこの価値観
これは、近代の生産主義になってからできた価値観である
それまでの人間は、もう少し違う美学を持っていたんだろうと思う
でも、私達は好むと好まざるとにかかわらず、今の時代に生きている
このパラダイムの中で生きるのは、正直しんどいなと思う
最近、自分に正直になりすぎるのは、良いことじゃないような気がしてるけど
そして、もうひとつ
何が不幸かって、
私達が追いかけなければならない最先端が、何なのかよく分からないのに、
最先端でなくてはならない強迫観念を持ってること
前衛でなければ意味がなかった芸術が、反・前衛までも包括してる
ファッションは、、モードもアンチモードもモードである
見たこともない誰かが決めた流行に躍らされるのは、違うけど、
「その時、世界が動いた」みたいな、世の中を動かす力を感じられない
こんな世の中のことを、カオスとかいうけど、
雑然としてるだけで、混沌としているわけではない
いろんなことに抑揚がなくて、のっぺりとしている
その上、バブリーなおじいちゃんも、ベビーブームのおっちゃんやおばちゃんも、
「今の子は元気がない」とか言って嘆く
日本の素敵な文化をバブルとともに消してしまったのも
学生運動のノリで、自分の上の世代にも下の世代にも、有無を言わせないのも
みんなあなたたちが作ったものでしょう?と思う
人は、自分の間違いになかなか気づかないし、
過去は美しく拡がって見えるものみたい
だから、どうしたらいいんやろうね…
結論もない、とりとめのないことを書いてしまった
なんかね、まわりの友達が元気がないみたいだったから、
私も同じってことを伝えたかっただけです




