長良川と郡上竿の世界

長良川と郡上竿の世界

ディープな世界にようこそ

10月10日(日)

前日の土曜日は天気が良かったのに高原でお付き合いの芝刈り。

鮎釣りシーズン中のゴルフは、気もそぞろだからミスばかり(笑)

その晩、知人から長良中央で良型を20匹ほど釣ったと電話があった。

日曜日は家庭サービスの予定だった。

だけど・・・

もう納竿宣言もしたはずなのに、まだ諦めきれていなかった顔をしていたのだろう。

「ドライブはいつでも行けるから釣りに行ってきたら?」

(・・・見透かされていた・・・)

やったぁ!

 

朝7時に到着。

瀬の中を歩くと、川の中の石が全部と言ってもいいくらい食み跡で驚くほどピカピカに磨かれている。

過去にも何年かに一度、終盤の釣行でこのような状況に遭遇しているが、いつも瀬の中に鮎の姿は皆無だった。

もちろん、釣れたためしも無い。

どうやら夜中にかなり大きな群れ鮎が下りながら食んだ跡のようだ。

長良川中央は、竿がどこへでも差せる渇水状態だから竿抜けはないだろうし、かなり抜かれた後だろう。

今日の目標は10匹。

どこを狙うか?

やはり、この時期鮎が溜まる場所は深場しかないだろうと淵の心にオトリを鉛で沈める。

しかし、朝は深場も追い気は薄い。

日が差して来たらやっと黄色い鮎が掛かってきた。

メスも前週より少しサビが出てきた。

それからは、忘れた頃にボツボツ掛かって昼には目標達成。

満足して13時半に早あがり。

終わってみれば12匹。

どこを探ってもそれほど大きな鮎はいないようで、この日は最大でも26.5センチ止まり。

これで心置きなく、本当に納竿ができる。


秋草や釣り人どもが夢のあと。

 

 

ご無沙汰しておりました。

長い長い緊急事態宣言が明けたのでブログを再開します。

 

とは言え、長良川の鮎釣りはもう終盤。

真っ赤だった曼殊沙華も枯れてしまった。

8月上旬には既に26センチ台がコンスタントに掛かっていたが、盆休みに大水が出てから水が引かず、どうやっても大鮎の住処には竿が届かなかった。

一方で郡上美並の簗には既に尺鮎が何本も乗ったらしく、最大は34センチだという。

今年は、間違いなく誰かが尺を釣り上げるだろうと皆が噂している。

長良川中央の鮎がこれほど大きくなるのは10年に一度のことだろう。

 

10月02日

高かった水がやっと引いた。

今年最後のチャレンジ。

大鮎は何処にいる?

荒瀬か深淵か・・・

まずオトリをとりたい。

しかし、神経質になった鮎は、急に水位が下がった平瀬には居ないようだ。

しかたない、ヘロヘロになった養殖オトリを荒瀬の中の白泡の盛り上がりの下にネジ込んで3秒。

コツン・・・居た。

だが、すぐには走らない。

たぶんデカい。

直後、荒瀬の白泡の中を5メートルほど横っ走り。

姿勢を整え、剛竿をタメて両手で思いっきり抜く。

予想以上にデカい。

落ちそうになる鮎をもう一度持ち上げてタモで受ける。

ドスン。

オイオイ、欲しいのはオトリ頃のサイズなんだけど(笑)

仕方ない。

今度は大淵。

1匹目の養殖はグロッキーなので、2匹目の養殖の出番。

3号玉を3個つけてやっと流心の底で安定する。

また、コツン・・・

掛かったのか???

やはりアタリは小さい。

直後、竿先が水中に突き刺さる。

深淵の底を這う鮎は、潜水艦のように重い。

しかし、掛けてしまえばこっちのモノ、荒瀬のようなテクニックはいらない。

竿でタメていれば、そのうち寄ってくる。

そして、最後は長い手尻をつまんで慎重にすくい込む。。

もう少し小さいオトリ頃が欲しいんだけど・・・(笑)

次も

この日は、どうやっても寄らない奴にフロロ0.8号をブチ切られたのが2回。

悔しいが、また来年の課題ができた。

これで私の今年の鮎釣りは終わり。

最終日、気持ちよく納竿ができた。

今回の最大は29センチ弱。

26~27センチ台は多数。

面白かった。

でも、やっぱり長良川中央で尺は遠いなぁ・・・

長良川

今年もたくさん楽しませてくれてありがとう。

また来年。

 

当面、釣行記事は自粛します。

別に誰かに指摘された訳でもないのですが・・・
いよいよコロナ感染のリスクも無視できなくなり、私の記事を見た他の誰かが動いて感染の可能性が大きくなることは避けたいと思います。
(私個人が罹患するのは私の責任ですが)
そう考えると、当面このブログの釣行記事は自粛した方が良いと考えました。
その間、人流リスクが無い記事を探してUPするかもしれませんが、釣行記事を期待していた皆さんには申し訳ございません。
ご理解をお願いいたします。
キレイな尻尾。

21年7月31日 長良川中央で修業

長良川は先週から一転、渇水状態。

鮎も神経質になっているだろう。

朝5時の御神手洗(オミタラシ)の瀬。

恒例になった、水温が上昇する前の活性が高い時間(モーニングサービス)を狙って1時間ほどで良型オトリを5匹確保する。

さんざん叩かれまくったここで粘っても数は望めないだろう。

それならと、少しでも水量の多い下流に移動する。

今日は師匠と一緒。

師匠は69歳。

現役バリバリの瀬釣り師。

私より16歳も年上だが、荒瀬への立ち込みも余裕の貫禄で、危なさは微塵も感じさせない。

しかも、私とは違い、見事な抜き技と繊細な泳がせもこなすテクニシャンでもある。

私は、この人から多くのことを学ばせて頂いた。

それは瀬釣りの技術だけではなく、鮎釣りに対する心構えや、釣り人として歳を重ねる意味など。

この日は、師匠の釣りを見せていただく。

それにしても、今年の長良川中央は鮎が薄い、薄すぎる。

ここまで酷い年は記憶にない。

更にはこの暑さである。

日中は水温が高いので、オトリを無理して引くとすぐ弱って色が変わってしまう。

一回使っただけで引き舟の中で死んでしまう鮎も少なくなかった。

掛からない上に弱るから、オトリのローテーションが極めて難しい。

こういう時は、弱りにくい養殖オトリを上手に使い回す。

鮎は薄いが、荒瀬の中で掛かればデカい。

 

こんなのも掛かる。

いつのまにか師匠が後ろに座って私の釣りを見ていた。

そして、私の瀬釣りの方法を詳しく知りたいから教えてほしいという。

師匠レベルになっても、まだ私ごときから学ぶことがあるというのだ。

こんなところが、そこら辺のただ上手な人との違いであり尊敬するところでもある。

私も釣り人として、こんな風に年を重ねられるだろうか・・・

 

この日、私は一日釣って、なんとか20匹を釣るのがやっとだった。

それでも、23~25センチクラスが半分以上で、最大は先週より一回り大きな26センチ。

まだ7月なのに、ここまで大きくなるとは今年は末恐ろしい・・・

 

 

 

21年7月24・25日 長良川中央でドッカン!ドッカン!

23日(金)は、遠来の客人を郡上大和へ案内し、20匹以上釣って長良川の素晴らしさを思う存分堪能してもらった。

24日(土)は、やっと自分の釣りができるので、釣果情報がほとんど無い長良川中央の本流に入る。

他人の情報なんてあてにできない、本当の事は自分の竿で知るべし。

この日は、前日上流で降った夕立で濁っている上、水位も20cmほど高いが、だんだん引いていくはず。

引き際の最高のコンディション。

先客は一人のみで、川を見に来た釣り人のほとんどが、濁りと水量を見てあきらめて上流へ去っていく。

狙い目は午後からだろう・・・

それにしても、今年の長良川中央の本流は鮎が薄い。

浅瀬を歩く際に逃げる鮎が極端に少ないのだ。

昨年の半分以下ぐらいだろうか?

でも、過去の経験から言うと、こんな年は鮎がデカくなる。

案の定、荒瀬の鮎はデカい。

7月の鮎じゃない(笑)

とりあえず、午前中は午後のために元気なオトリを確保する。

昼頃には、周囲にいた釣り人もほとんど掛からず皆帰ってしまった。

午後2時半、やっと朝から水位が10センチほど引いた。

いよいよ・・・そのタイミングが来た。

まだ、誰も渡っていない馬の背に渡る。

狙い通り、そこは「サラ場」パラダイスだった。

ドッカン!ドッカン!

まさに入れ掛かり。

掛かる鮎は全て23センチ以上、25センチクラスも混じる。

前日の郡上大和周辺の鮎より体高が高く一回り太い。

半端な道具立てではとれない。

8号の掛け針でも小さい。

よく見ると、いつの間にか針先が曲がって広がっている。

8.5号に替えて強引に抜く。

この時期に出番があるとは思ってもいなかったが、ベストに忍ばせておいてよかった。

釣り方も釣れる鮎も8月中旬頃のよう。

しかし、同じポイントでの釣り返しが効かないのは鮎が薄い証拠だ。

一通り釣り切ると追いがピタリと止まる。

午後4時半、まだ釣れそうだったが、上流の黒い雲が気になって夕立が来る前に上がった。

この日は、翌日のオトリ数匹だけ残して出荷。

さて、明日はどこに行こうか・・・

 

25日(日)

朝、川を見ると意外にも水位は5センチほど下がっている。

しめた・・・

4連休の最終日だが、昨日まで誰も竿を入れられなかったサラ場ができたはず。

今日は御神手洗(オミタラシ)に入ろう。

経験上、この状況なら早朝から掛かる。

早朝5時、長い瀬に自分以外誰もいない。

友釣りのセオリーなんて関係ない、最初からサラ場だと思われる流心にオトリを差す。

狙いはドンピシャ。

即、5秒で目印がひったくられる。

それも良型。

そこから日が出るまで、入れ掛かりパラダイス。

しかし、日が出ると掛かりが遠くなったので、更に立ち込んでだれも触っていないド芯を狙う。

25センチのオトリに25センチが掛かるとスリル満点(笑)

荒瀬釣りの真骨頂。

ギリギリまで立ち込んで、掛かれば竿を限界まで絞って、流芯の水底から浮かせた鮎を返し抜き。

しかし、連日の荒瀬立ち込みで足腰が悲鳴をあげだしたので、これ以上は危ないと判断して昼12時に納竿。

この日は底バレが多く、水底から浮かせる際に掛かりどころが悪いと身切れも結構あって、実際には針に触った半分ぐらいしか取れなかったのは反省。

それにしても、荒瀬の鮎は型が揃う。

23センチ以上がほとんどだった。

25センチクラスも10本ほど混じった。

 

今年の長良川中央の本流は鮎が薄いので、例年のように平瀬やトロでの泳がせではほとんど掛かっていなかった。

立ち込みが苦手な方やお年寄りには厳しい年になるかもしれない。

また、この時期にしては鮎が大きいので、掛かってもブチブチ切られている姿も散見された。

できれば、強い竿とフロロ0.6号より強度のある金属糸が安心だと思う。

掛け針は8号以上。

針ハリスは最低でも1.5号。(この日はそれでも何度か飛んだ)

これから8月に入れば、渇水か台風で鮎の着き場も釣り方も刻々と変わってくるだろう。

さあ、今年は何センチまで大きな鮎が釣れるか楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

職漁師の境地には程遠い 【二話目】

「道具で釣れるわけではない」

私がそれを思い知らされた二つ目は、長良川美並の福手さんの出荷所での出来事。

その日、私は長良川本流で二十数匹釣って意気揚々と出荷した。

直後、よく見かける初老の漁師がやって来て、引き舟の鮎を出荷所のスノコの上にブチ開けた。

その数、ゆうに三十匹は超えていただろう。

(イメージ画像)

今年は解禁からずっと鮎の追いが悪く、福手さんのところに集う手練れ達でもツ抜け(10匹超え)ができないと嘆いていた直後のことである。

それも、ひと目で瀬の芯から抜いた鮎だと分かる良型ばかりだった。

総重量では、なんと私の2倍。

私も含め周囲の俄か漁師達は、あんぐりと口を開けて見つめるしかなかった。

もちろん、伸びていた私の鼻も見事にヘシ折れていた(涙)

しかし、皆が一番驚いたのは釣果ではなかった。

(イメージ画像)

その後、皆で道具の話になり、誰かがその老漁師に使っている竿のことを尋ねると、

「竿など、もう何十年も買ったことはないが見るか?」

「この竿の調子は今までの中でも最高だぞ」

と言って見せてくれた。

伸ばした竿は9メートルぐらいで、手元は茶色、胴は銀と赤、穂持ちが黒で穂先は青の、見たこともないカラフルな竿だった。

????

近くでよく見ると、なんとそれは継ぎはぎだらけの竿だった。

詳しく聞くと、河原で拾った5種類以上のカーボン竿のパーツを自分でつなぎ合わせて作った竿だという。

(折れて捨てられた竿ばかりで)

その通り、色々な箇所を瞬間接着剤でくっつけてあった。

しかも驚くなかれ、箸の先ほど太い穂先に使っていたのは、なんと穂持ちのパーツだった。

だいたいそんな竿はガタガタいうか、曲がりに違和感があるはずだと、そこに居た誰もが思った。

しかし・・・

持たせてもらったその竿はガタつきも持ち重りもなく、胴の曲がりもスムーズで、穂先・穂持ちの感度も良い竿で、ただただ驚くしかなかった。

それは寄せ集めなんかではなく、見た目とは裏腹に、多くの大鮎を引き抜く目的があって作られた完成形だった。

そんな私たちの駄話を、鮎の仕分け作業をしながら静かに聞いていた福手さんが、誰にいうでもなくポツリと言った。

「穂先が太くても、胴がきれいに曲がれば糸も切れないし鮎の身切れもしないんだ」

そのひと言で私は気がついた。

そう、この竿の調子は、まさに福手さんの作る竹の郡上竿の調子そのものだった。

太い穂先、張りのある穂持ち、しなやかに曲がる胴・・・

やはり、長良川美並の本流では、この竿でなければ釣れない鮎がいる。

 

私も道具や仕掛けに振り回されているうちは、一生掛かってもこの老漁師達や福手さんの境地には近づけないだろう。

職漁師の境地には程遠い 【一話目】

私の鮎釣りもそろそろ30年になるが、気がつけば釣り方も考え方もパターン化してしまっている。

それは・・・

良く言えば「到達点」

悪く言えば「自分の限界点・凝り固まった考え」

だといえる。

もちろん、鮎釣りに対する熱意はまったく冷める気配もなく、三度の飯や家人への奉仕より鮎釣りが優先なのは昔と変わらない。

一方で、最新のテクニックや竿や仕掛けへの興味は年々薄れてきている。

これだけ長い間やってきて、

「道具で釣れるわけではない」

やっと、それだけは判ったような気がしている。

先日、それを象徴する出来事がふたつあった。

 

一つ目は、先週の吉田川での出来事.。

その日は、前夜の大雨で長良川の本流筋は増水で竿が出せないためか、支流の吉田川には多くの釣り人が並んでいて、さながら解禁日の混雑様。

水温も低く、朝方は追いが極端に悪くて私は早々に諦めモードだった。

そんな中、日が昇った10時頃に対岸の土手に軽トラックが停車して、すぐに降りてきたのは、既に釣り支度を整えた小柄な老人である。

水際で古い8メートルもないような短竿を伸ばしたその姿は、引き舟さえ持っていなければアマゴ釣りと見まがうようだった。

恰好もタイツではなくナイロンウェーダーで、腰に差した古い木枠のタモにはヨレヨレの網がついていた。

そして、最新の道具で全身をキメた釣り人達の間を、おぼつかない足取りで申し訳なさそうに分け入って、目をつけた浅瀬に立って釣り始めた。

(イメージ画像)

私は、その小さな老人に対して心の中で(今日は無理だよ、ぜんぜん追わないし増水で危ないから帰った方がいいよ)と言ってしまった。

その後も、私の下流にいた老人の姿はずっと視界に入っていたのだが、遠目では手元が良く見えず、何度もタモを持ってしゃがみこんでいても最初は気にもしなかった。

てっきり、仕掛けを直しているのだとばかり思いこんでいた。

しかし、それは大きな勘違いだった。

よくよく見ると・・・入れ掛かりだったのである。

私も含めて多くの釣り人皆の竿がほとんど曲がらない中で、なぜかその老人の竿だけには頻繁に鮎が掛かるのだった。

そこは、朝から何人もの人が狙った場所である。

しかも、そのポイントだけでなく、老人がちょっと移動した先々では常に竿が曲がるのである。

それはとても不思議な光景で、皆の注目を集めていた。

老人は10メートル四方ほどの狭い範囲を一通り釣り終わると、おぼつかない足取りで浅瀬を切って土手に上がり、軽トラに乗り込んで去っていった。

時間にしたら、ほんの2・3時間くらいだっただろうか。

その間に30匹近くは釣っていたに違いない。

(イメージ画像)

明らかに、その老人は、この厳しい状況下でも掛かる時刻と場所と釣り方を分かっていた。

そこに、最新の道具やテクニックなど関係ないことは明らかだった。

二話目は次回。

 

21年7月3日 吉田川はむずかしい

土曜日は長良川は増水で天気も悪いのが分かっていたが、届け物があって郡上へ。
(無理は承知の上で一応道具は積んで・・・)
案の定、長良川本流は増水の上に濁って真っ茶色。
どこか谷が抜けたなぁ。
内ヶ谷か明宝か?
相生で見ると亀尾島川は濁っていない。
???
それなら、てっきり吉田川だと思ったら違った。
大和か白鳥の谷だったのだろうか???
知人宅に届け物をして吉田川を見ると朝から多くの釣り人が逃げ込んでいた。
できない程の水量ではないので、私も混じって一応竿を出してみた。
夕飯のおかずに4匹くらい釣れればいいや。
水温が低いからか、午前中は激シブの中でやっと4匹。
強い瀬の中は留守。
掛かるのは、水深があって流れが早くない石裏みたいな場所のみ。
その鮎は、姿も性格も長良川本流の天然遡上鮎とはまったく違った。
どうやら、尻ヒレと尾ヒレの間隔が短くてずんぐりしているので湖産だと思われる。
昨年の吉田川が、天然遡上ばかりで絶好調だったのとは対照的だ。
・・・実は、私は湖産鮎が苦手なのだ。
それは、追い気の無い時間はまったく反応せず、時合いが来ると狂ったように追いだす気分屋だから。
短気な私は、時合いを待てずにオトリを引っ張りまわして必ずお手上げ状態になる。
そもそも湖産鮎は、引き釣りより立て竿の泳がせの方が効率よく釣れるのだが、私はそれができない。
(やろうとも思わないのが問題だが)
あと、場所ムラが強いのも湖産鮎の特徴。
しかし、今日は付き合わないといけない。
午後は陽が出てきて目印が飛ぶようなアタリも出たが、オトリが弱ると見向きもされない(涙)
引き釣りをしたいのを我慢・我慢。
いつもの自分の釣りを押し殺した?横竿の泳がせ釣りで、なんとかオトリ鮎の尾を振らせてやっとこさ12匹。
私の実力ではこれが精一杯。
やっぱり湖産放流鮎の特徴か?サイズもキレイに揃っていた。
明日の日曜日は大雨予想なので、自宅で長良川本流の大物用仕掛けでも作ろう。
 
帰ってニュースで熱海の土石流災害が起きたことを知る。
毎年梅雨の終わりには全国どこかで大きな被害が出るが、これも地球温暖化の影響か・・・。
この度の被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。
 

2021年の長良川本流もやっと掛かり始める

6月の上旬に解禁した今年の長良川の鮎釣り。

近年の中では遡上量も多くなく、例年初期から好調の最上流部の高鷲や白鳥の釣果も芳しくないらしい。

あまり良い情報は入ってきていないが、実際はどうなっているのか?

6月26日(土)

私は自分の竿で探ってみないと納得できないので、遅ればせながら長良川本流で竿を出すことにした。

ほとんど釣果情報の無い長良川中央エリアを車窓から横目で見ると、バーベキュー客のコロナ感染防止のため河川敷に車の乗り入れができないためか、釣り人の姿は極端に少ない。

(残念ながら、この感染状況ではたぶん今シーズン中はバリケードの撤去はされないのではないか・・・)

少し前に好調との情報が出た美並エリアでは多くの人が竿を出していた。

私も半信半疑で川に立つ。

足元の底石は意外にもキレイに磨かれている。

一通り探るが、やはりアタリは無い。

深トロにも群れ鮎はいなくて、荒瀬の白泡の下にも飛びつき鮎はいない。

マグレで掛かるビリ鮎もいないということは、鮎の絶対数が少ないと思えた。

しかし、石が磨かれているから鮎はいるはずだと信じて、諦めずにこの日のパターンを探る。

2時間後やっと一匹。

掛かったのは意外にも良いサイズ。

そこからポツポツ掛かるが、やはり鮎は薄い。

そもそも掛かるのは天然遡上の鮎ばかりなので、極端な場所ムラなど無いはずなのだが、なぜか掛かる場所が限られた。

荒瀬の芯やチャラの波立ちに鮎はいない。

言葉ではうまく説明できないが、釣れる場所には一定の共通点があった。

流れは、浅くも深くもなく、荒くも淀みでもなく、早くも遅くもなく・・・

釣り方も、泳がせるでも引くでもなく・・・

まだまだ盛期の長良川のコンディションとは程遠いと感じたが、一方で例年に比べ掛かればサイズは良い。

これは想定外で、めったにない高切れをしたので早々に仕掛けをワンランク上に張り替えた。

それからは、やっとこの日のパターンを掴んで、広範囲を拾ってなんとか20匹超え。

最大は23㎝(105グラム)の郡上の出荷サイズでいう特大。

久しぶりに福手さんのところに出荷。

話を聞くと解禁から前日までは、福手さんのところに集うプロ達でもツ抜けができない日が続いていたが、この日からやっと掛かりだしたとのことだった。

今年の美並本流は数が出ない分サイズが良く、数日前には、なんと既に150グラムが出ていた。

(この時期にこのサイズはビックリ)

また、今年は鮎が集まらないため、先週は岐阜市場で大1枚(約1㎏)が1万6千円という超高値がついていたというが、それもすでに過去形で今は落ち着いた価格になったという。

この日は、私以外にも続々と鮎が持ち込まれて、集めた鮎は一旦氷で締められた後、奥さんと二人で手際よくサイズを揃えて箱詰めされていた。

更にこの後、隙間に細かく砕いた氷を詰められて出荷される。

大・中サイズを中心にこれだけの枚数(箱数)が揃ったのは今年初めてで、福手さんも嬉しそうだった。

この日の長良川本流の鮎は、良く肥えて容姿も肌もキレイな最高の鮎だった。

(私も、梅雨前後のにこのタイミングの鮎が、皮が柔らかく香りも高くて一番美味しいと思う)

ひとつ心配なのは、吉田川から持ち込まれた鮎の数匹に冷水病の兆しが出ていたこと。

昨年絶好調だった吉田川も今年は当面ダメかもしれない。

 

翌日の日曜日は、友人に誘われて飛騨白川で竿を出すがボウズ(笑)で諦めて昼あがり。

増水した白川の本流の瀬を前日の長良川以上に丁寧に引けども、まぐれアタリすらゼロだった。

天然遡上河川と完全放流河川のギャップについていけなかった。

まだまだ勉強しなくてはいけないと痛感した。

郡上の伝統を継ぐ者たち 2021春

コロナ禍の第3波が一旦静まり、もうすぐ来るだろう4波までの束の間の休息。

福手さんから「顔が見たいからどうしても来い」と呼ばれて、かれこれ約1年振りに会いに行った。

郡上の桜は満開だった。

実は、私もずっと会いたかったが、コロナが広がった昨年春以降は釣りに行っても寄ることはせずに、度々電話で話すだけで我慢していた。

福手さんも今年で86歳の高齢であり、私も万が一のことを考えてのことだった。

今回も、もちろん念入りに消毒をしてマスク越しでの再会だった。

そんな1年振りに見た福手さんは少し痩せていた。

病気を患ったことは聞いていたので心配していたが、この日見た顔は以前と変わらず元気で安心した。

福手さんはコロナ禍の中でも精力的に竿作りを続けていて、この日も青森の釣り人と竿の注文の件で電話をしていた。

遠く見知らぬ人との電話でも、竿の話をする福手さんは嬉しそうだった。

また、福手さんが作る竹の「虫入れ」(餌箱)は郡上の釣具屋に来る釣り客に人気で、作るのが間に合わない程だという。

 

この日は、郡上魚籠職人の益田君も来てくれた。

そう言えば、益田君を福手さんと引き合わせたのは3年ほど前のことだった。

(その時の記事)

https://ameblo.jp/fk3yi8anpontan/entry-12507762700.html

一方で、久しぶりに会った若い郡上魚籠職人の益田君は少し太っていた。

この日は、益田君が以前より挑戦している古式郡上魚籠を持ってきて、福手さんにプレゼントしてくれた。

古式魚籠はこの角が特徴的。

(古式郡上魚籠の記事)

https://ameblo.jp/fk3yi8anpontan/entry-12507764004.html

それを手に取った福手さんは

「本来の郡上魚籠らしい、いい形だ。自分ももう少し若かったら益田君に魚籠作りを習いたいんだけどなぁ」

と笑っていた。

福手さんもお返しに、その古式魚籠が作られていた時代の古い鮎竿を益田君のため修理してプレゼントしていた。

この日、年の差60歳という二人の職人の話は尽きなかった。

益田君の郡上魚籠は、ここ数年でかなり知られるようになり、郡上の釣具屋の何軒かではいつでも買えるようになった。

私だけでなく、多くの人が郡上の伝統が引き継がれたことに安堵していることだろう。

事実、この日の帰りに寄った八幡の釣具屋にも並んでいて、そこの店主も、益田君の腕がここまで上達したことや、将来のある若者が郡上魚籠の伝統を継いでくれたことを心底喜んでいた。