気になったこと

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いろいろ発信したいと思うことで、特に書き留めたいことをこのブログにて発信してまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。

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新潮45が休刊。今後保守派はどこで発信するのか。

 

新潮45が休刊となった。

 

直接の原因は新潮45の10月号の特別企画そんなにおかしいか「杉田水脈」論文。

 

杉田水脈論文も読んだし、この特別企画も読んだ。

 

もちろん内容には強い反発を覚えたし、けしからんと思った。しかし、考えてみればこれらの極端な論理は完全な保守派の論理。新潮45も保守派雑誌と思えば、こういう記事が出ること自体は不思議ではないと思った。

 

ここ最近の世の中の動きはフェイスブックやツイッターによって意見の表明がしやすくなり、以前よりも人と人との交流が広がり、多様性を認める社会になってきたと思われているが、実際にはより分断化が進んでいる面もあると感じる。

 

なぜなら、個人同志の交流が広がるのは基本的には同じ価値観同志の間で広がり、異なる価値観同志の間では広がらない。その結果同じ価値観の者同士の結びつきがより一層強くなり、その価値観が増勢される。

 

SNSによって多くの人と結びつきが強くなったと感じるのは同じ価値観同志が結びつきやすくなっただけ。

 

実際にはソーシャルネットワークは、ホモフィリーの力(個人を類似の、同類の他者と紐づける傾向)を重視する。フェイスブックは、無数の「同類」のグループにフレームワークを提供する。しかし、それはコミュニティではない。(「さよなら、インターネットーGDPRはネットとデータをどう変えるのか」から引用)https://amzn.to/2QYIzzE

 

そういう風に考えると、今回の新潮45の特集はだれがなにを考えているのかわかったことは価値あることだと思った。実際に杉田水脈論文を肯定するばかりか、より発展した論文を寄稿した人もいた。また安倍政権の対応によっても安倍政権がなにを考えているのかもわかった。

 

今後このような言論が封じられと彼らはどこで発信するのか。明らかに自他ともに認める極右雑誌か、それとも外部への発信は一切やめてアンダーグランド化するのか。

 

実際にアメリカのトランプ大統領は、それまでのリベラルやポリティカルコレクトネスに反発し、アンダーグランド化した保守派、極右勢力によって支持され結果、予想外に突然生まれたと考えられている。

 

同じように日本では保守派の発言を封じ込めることで、より保守派の人たちを圧迫して、今以上に安倍政権を応援していくのではないかと思ってしまう。

 

実際に今回の新潮45の特別企画を読んでみて真っ先に感じたことは、安倍政権だけでなく、保守派は多数派を代表し、多数派のためだけの政策を推し進めようとしている。

 

それは選挙に絶対勝ち続けなければならない安倍政権と全く同じ。差別だとかの前に選挙に勝ち続けるための政策を推進する。

 

今後保守派はリベラル派によって言いたいことが言えなくなった。つまりリベラル派によって住みにくい世の中になってきたとプロパガンダを広めていくだろうと思う。

 

それはトランプ前のアメリカとよく似ている。

 

新潮45をほぼ廃刊に近い休刊に追い込んで、今後リベラル派はどのような戦略を取っていくのだろう。相手を追い詰めるのは得意だが、その後の処置がリベラル派は苦手ではないかと思う。

 

個人的には新潮45を休刊させずに、新潮45でリベラル派が反論する機会を与えるように動くべきだったのではないかなと思う。そうすることでもっと議論が深まり、保守派とリベラル派がまともに議論をすれば、おそらく大勢の人がリベラル派に共感したのではないかと思う。そして新潮45を休刊に追い込んだことは、リベラル派にとっては少し失敗だったのではないかと思ってしまう。

貴乃花、自殺しないように周囲が見守ってほしい。
アメフト、体操、相撲とスポーツ界ではパワハラが横行しているが、
指導者はこの本を読まなければならない。

孤高のランナー 円谷幸吉物語 
青山 一郎 
固定リンク: http://amzn.asia/d/6WhrBa5

円谷選手は東京オリンピックマラソンで銅メダル獲得後、
メキシコでも期待を一身に背負った。
しかし、実際には自衛隊上司のパワハラで
結婚は反対されて破談、長年一緒に戦ってきた専属コーチは左遷。
その後相談できる相手もなく、最後には自殺してしまいました。

専属コーチの畠野コーチはとても素晴らしい人で、
常に円谷選手、過去に実績のあった選手に相談しながら、
独自の練習方法を編み出して無名の円谷選手をオリンピック選手に育てた。

威圧感で話しかけることもできない、
なにかしようとしたら有言無言の圧力をかける。
そんなコーチ、上層部は一掃しなければならない。

円谷選手が自殺して今年でちょうど50年。
半世紀が過ぎてもスポーツ界は全く変わっていない。

東京高裁の岡口基一裁判官を強く応援しています。

 

https://www.asahi.com/articles/ASL927RGZL92UTIL022.html

https://www.bengo4.com/internet/n_8523/
 

今回、ツイッターで訴訟の当事者の感情を傷つけたとして、

東京高裁長官から懲戒相当だとして処分申し立てしている。

これに対して岡口裁判官は「表現の自由への侵害だ」として争う姿勢を示している。

 

しかし、この問題は表現の自由への侵害以上に大きな二つの問題を抱えている。

 

ひとつは「トーンポリシング」による岡口裁判官への攻撃。

トーンポリシングとは簡単に言うと、社会正義の議論を話ししている人に対して、議論の内容ではなく、話し方や態度を批判し、その発言者を批判する方法。つまり議論のすり替え。

 

岡口裁判官はツイッターでパンツ姿や縄で縛られた上半身の写真をツイッターに投稿するなどして批判を受けてきました。そして今回も公に知られた情報であるヤフーニュースを転載してツイートしただけ。どうも高裁長官は岡口裁判官がツイッターをしていることが気に入らないらしい。しかし、裁判官だからと言って法律に違反しない限り、人権に違反しないかぎり表現の自由は保障されるべきであるし、もしそれが本当に法律違反なら、そのことで検挙されるべき。

 

しかし、実際には検挙されていないので、法律違反ということではない。つまり法律には違反していないが、態度が悪いと言うことでの分限裁判。しかも公開されると都合が悪いので、非公開。これは完全にトーンポリシングではないか。

 

しかし多くの人が違和感を感じているのは、「裁判官とは、これこれこういう人だ」という固定概念を持っていることから来ている。

 

それでも考えてほしい。みんなはすべての裁判官の顔、姿、価値観を知っています?たぶんほとんどの人は知らないでしょう。

そして時々裁判官の犯罪が出て初めて「けしからん」となるのです。つまり裁判官というだけで、「こんな人だろう」という妄想を抱いているだけ。

 

実際にはそれぞれの裁判官はそれぞれのプライベートでの価値観はあるし、プライベートではいろいろなことをやっている人もいます。そしてそれが普通。

 

反対に岡口裁判官のようにいろいろなことを発信してくれるほうが裁判にも法律にも親しみやすくなって国民にとっては大いに利益があると思う。

 

二つ目の問題は裁判は誰のためにあり、法律は誰のためにあるのかと言うこと。もちろん裁判をする権利は国民にあり、法律は国民の権利を守るためにある。しかし、今回それが危ぶまれているのではないかと言うこと。

 

裁判は国民の権利。そして法律は国民の権利を守るためのもの。

そして裁判官の職務は憲法に書かれています。「すべて裁判官は、中立の立場で 公正な裁判をするために、その良心に従い独立してその職権を行い、日本国憲法及び法律にのみ拘束されるとされる」(憲法第76条)

 

そして判決、判決文とはどのように作られるのか。

「裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を採用すべきか否かを判断する。」(民事訴訟法247条)

「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。」(刑事訴訟法318条)

 

裁判官の非常に重要な仕事は「独立して」「中立な立場で」「公正な」裁判をすること。そして裁判官の独立して中立で公正で自由な心証に基づき判決が下される。

 

上司からツイッターを辞めろと言われて辞める裁判官に「独立して」「中立な立場で」「公正な」裁判ができるのか?裁判官が制約を受けるのは日本国憲法と法律だけ。

 

もしそこに法解釈の違い、事実誤認があるなら、上級審を受けられるし、これも国民の権利。

 

さして最終的には最高裁判所で判断が下される。そしてその判断が疑問があれば、その最高裁判所判事は国民審査によって審査を受け、国民によって罷免されることが可能となる。

 

しかし、実際には最高裁判事は内閣によって任命され、天皇が認証。最高裁長官は内閣の指名に基づき天皇が任命と実際つ現内閣によって決められている。そしてこれまでに国民審査によって罷免された最高裁判事は誰一人としていない。

 

一度最高裁判事になれば、国民審査による罷免以外では定年と死亡、本人の意思以外の方法で最高裁判事を罷免することできない。

 

しかも、国民審査は、 任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際に受け、その後は審査から10年を経過した後に行われる衆議院総選挙の際に再審査を受け、その後も同様とすると定められている(日本国憲法第79条第2項)。

 

つまり一度審査を受ければ、その後10年は死なない限り、定年にならない限り、自ら辞めない限り、その身分は保証される。

 

ちなみに現在の最高裁判事は岡部喜代子判事を除いてすべて安倍内閣によって任命。

 

もし安倍内閣が自分の都合のいいように最高裁判事を任命していたら。もし安倍内閣が東京高裁長官に忖度していたら。

 

今回の分限裁判は最高裁判所で非公開で行われるそうです。もし公開して裁判を行ったら、表現の自由の制限について大きな議論が起こるでしょう。

 

そしてそれは憲法解釈にもつながる。そして憲法改正を狙っている安倍内閣としては国民に憲法の勉強を絶対にしてほしくない。

なぜなら次回国会で提出されるかもしれない、自民党による憲法改正案は国民の自由を制限するから。

 

それがわかってしまうと憲法改正どころか、自分の内閣まで潰れてしまう恐れがあるから。

 

そして万が一最高裁判所で「公開で」分限裁判が行われ、「懲戒相当」との処分が下されたら、非常に大きな議論が引き起こされ、場合によっては次回国民審査で懲戒相当の判断を下した判事全員が罷免されることにもなり兼ねない。

 

政府としては念には念を入れて最高裁判所で「非公開で」分限裁判を行い、「秘密裡に」岡口裁判官を懲戒相当とし、ツイッターを辞めさせ、これからも裁判所当事者が裁判についてSNSで発信しないよう、今まで通り裁判所という秘密の花園を守っていくことになるのでしょう。

 

まあそんなことはないとは思うが、それでも裁判官というのは、職務によって評価されるべきで、プライベートによって評価されるべきではない。

 

裁判官の職務とは、「すべて裁判官は、中立の立場で 公正な裁判をするために、その良心に従い独立してその職権を行い、日本国憲法及び法律にのみ拘束されるとされる」(憲法第76条)

 

これに尽きると思います。

 

最後に岡口基一裁判官の素晴らしいところは、高裁長官から注意されても、それに疑問符をつけたことです。

 

それまでの習慣や慣習に従うばかりの裁判官が多い中でその習慣や慣習に疑問符をつける。そしてよく考えてみると非常に問題が多いことに気づいてしまう。多くの人が習慣や慣習に従っているのは、なんの疑問も抱かず、考えることも面倒くさい。そうした理由からではないでしょうか。

 

しかし、今回の問題は考えれば考えるほど大きな問題だと考えています。表現の自由だけの問題だけでない。

臭いものには蓋をする。

国民には真実を明かさない。

国民には議論させない。

国民には表面だけよく見せておく。

そんな影の意図がなんとなく見えてくるのです。

「LGBTは生産性が無い」発言の杉田水脈氏に物申す!

 

https://goo.gl/Z4AhoK

 

https://goo.gl/BQ7EXJ

 

この記事に関して怒り心頭に発しているが、その理由は簡単。

少子化問題について、あたかもLGBTがその原因の一つを担っていると断じているところであり、少子化問題の根本的な原因を探ろうともしないで、簡単に攻撃しやすいLGBTをターゲットにしているところだ。

 

少子化の問題は子育てを性差別されている女性に投げ、家庭に閉じ込め、自己責任で行政が支援しないことと大いに関連があるはず。そして世論もまだこの性差別を支持し、根本的な問題解決に動こうとしないところだ。

 

さらに政治家は選挙に勝つために人口においてマジョーリティの高齢者の方を優遇した政策を立案しがちで、選挙においてマイノーリティである子育て世代を含む若者世代を優遇する政策をほとんどしていない。

 

そういう若者と高齢者が分断された日本で勝つための選挙をすることについて、日本を良くするという大義名分があるならそれも良しとする。ただし、もしそうであるなら現在分断され、差別されている、男性と女性、高齢者と若者が、分断のない、差別のない世界にしていく、そしてその目的を実現するための政策を立案するのが政治家の役目ではないか。

 

今回のこの議員の発言はそれに照らし合わせて言うと、自分の無知無策をLGBTになすりつけ、責任転嫁をしている最低最悪の政治家であると断言できる。

 

また、このような議論になったときに単純に数字だけ示してLGBTのなかでも同性愛者は生物学的に子どもを産めないので、少子化にひとつも貢献していないという論理もある。

 

これについても1+1=2という計算しかできない単純な考え方であると断言できる。なぜなら1+1は必ず2になるのか?一人の男と一人の女がいて、結婚して普通の結婚生活をしていたら子どもが必ず生まれるのか?これはあたかも日本の社会が太平洋上に浮かぶ孤島であるかのような表現に思えてしまう。

 

実際にはこどもは男女二人のカップルで作られるのではないし、育てられるのではない。

周囲の多くの人々の支援があるから産めるし、育てられるである。

 

つまり実際には子育てには単純に1+1で1や2は生み出せず、1+1+1、あるいは1+1+1+1+1+1+1くらいあってようやく1が生み出せるのだ。実際に孤島であれば、仮に1+1であっても子どもを産む余裕はその島に豊富な食糧がなければ不可能であろう。仮に子どもを産めたとしても一人がやっとであるというのは容易に想像できる。

 

このように社会はひとりひとりが勝手に動いているのではなく、総合的にそれぞれが助け合って成り立っている。LBGTであっても、子育てを助ける社会の立派な一員なのだ。これはLBGTだけではない、未婚の人もDINKSも同様である。

 

そして一番大きな問題は子どもが欲しいのにも関わらず、支援を得られないばかりに子どもをあきらめている夫婦やカップルがいることである。つまり1+1=2どころか、支援があれば、1+1=3でも4でも5でも6でも7でも8でもしたいというカップルがいるのに支援が不足していてそれができないということがあることだ。

 

つまりみんながやりたいこと、好きなことをできる社会になれば、多様性を認め合える社会になれば、自分が本来与えられて使命を全うすることができるのである。本来与えられた使命とは、その人の能力であり、やりたいことであり、個性であり、その人が最も得意とすることなのだ。

 

子どもは要らないと言う人もいれば、

子どもはたくさん欲しいと言う人もいる。

 

結婚には興味はないけれど、

仕事はどんどんして社会に貢献したいと言う人もいる。

 

中には仕事もして子育てもしたいと言う人もいるだろう。

 

それぞれの個人がその能力を100%発揮できれば、日本という国はもっともっと住みやすいいい国になれるのである。

 

そして好きなことができる社会になれば、ストレスフリーになり、病気にも無縁でいつも楽しく人生を送ることができるのだ。

 

そのためにも政治家は国民一人一人が自分の能力を発揮できるような環境を作ることに邁進しなければならない。同様にだれもが活躍できるように平等な仕組みを作らなければならないのだ。

 

そこには男女の区別もないし、年齢による区別もない。

もちろん人種による区別も学歴による区別もない。

 

それを自分の価値観にだけ基づいて、国民それぞれの個性を一つの型にはめようとする政治家がいることは非常に残念、というよりもこうした政治家は絶対に退場させるべきである。

プロのナレーターの篠原さなえさんのナレーションゼミ-「発声・滑舌・無声化」セミナーに参加してきました!

 

きっかけは、今年の初めにはっきりと話すことに重点を置こうと思い、ネットで調べたところ、篠原さなえさんにあたりました。そこで、ナレーションゼミがあることを知り、すぐに予約して今回の参加となったのです。

 

参加者は約20名ほど。ほとんどの人がしゃべることを職業としているプロの方か、それを目指している方々。ぼくのようにアマチュアが発声をよくするために参加している人はあまりいなかったような気がしました。しかし、今回参加して非常に勉強になりました。

 

実は、最近、健康に気を遣うようになり、1年半前にアルコールをやめ、最近では玄米、全粒粉に主食を変え、そのほかにもいろいろと習慣を変えていきました。

 

また、身体が年々固くなっていくので、ストレッチポールを買ってやったり、去年は筋膜はがしもやりました。

 

とにかく身体が固くなってくると、動かせない部分が増えてくる。さらに動かさなくなる。こうなると悪循環です。さらに長年の姿勢の悪さが健康にも非常に悪い影響を及ぼしている。姿勢が悪く、肩が巻き肩になっていたり、首が前に傾いていたりすると骨盤にまで悪影響を及ぼし、太ももの裏が突っ張ってきて、ますます姿勢が悪くなる。

 

そんなことをやっている中での今回のセミナー受講でした。

 

で、今回新たにわかったことは、恐ろしいことですが、極端に言うと、発声が悪いと姿勢が悪くなって健康にも害を及ぼすということです。いろいろ健康法がありますが、食事療法、ストレッチング、運動といろいろありますが、絶対に外せないのが発声法!特に舌力の強化!今回セミナーに出るまで発声法が、これほど重要なこととは全く認識していませんでしたよ。

 

それに日本語の発声法は学校でも教えてもらえない。というか、英語の発音は学びますが、日本語の発声法は全く学ばない!本当に悪いけど、英語の発音はどうでもいい!!日本語の発声法を学ぶほうが非常に重要だと思いました!!!まあ、たぶん日本語の発声法を勉強させろ!なんて言うと「日本人なら日本語を発声できて、当たり前だし、実際に通じているし不都合はない!」と言われそうですが、あえてそうした常識を疑ってみる!ちゃんと日本語の発声できていますか~?

 

まあ、ともかく、発声の悪さはいろいろな原因がありますが、まずは舌力がないことが多いようです。実際、ぼく自身も舌力がありませんでした。

 

舌力がないとどうなるか。舌がだらーんと下顎に拡がります。本来、舌は上あごにつかないといけない。そして舌力がないので、舌がうまく使えず日本語の発声がうまくできなくなるばかりではなく、顎も弱くなり、舌や顎の力で顎が支えられなくなる。

 

支えられなくなるとどうなるかというと、実際に頭が前のほうに垂れてくる。そうすると、姿勢が前方に向くようになり、背骨のS字が保持できなくなり、骨盤にも悪影響を及ぼしていく。そういう風に舌の力が弱くなることで身体のバランスが悪くなっていくのです。

 

反対に舌力をつけると、顎回りの筋肉も鍛えられ、頭をしっかりと支えられるようになる。そうすると背中もS字カーブを描けるようになり、骨盤が正しい位置にくる。そうすると足も正しい位置に来て、身体のゆがみが解消されていく。もちろん歪んでしまった骨格はこれだけでは改善しないので、矯正が必要です。しかし、少なくとも今以上に悪くなることはないです。反対になにも対策をしないと悪くなる一方になる可能性がある。

 

「姿勢を直すな!舌力をつけよ!」とさえ言われる医者もいるそうです。

 

ということで、舌力。とても重要です。篠原さんの最新の本も「舌力」のつくり方。実際にトレーニング方法も書かれているので、現代人必須の書物です!

 

それから今回、できなかったのは腹式呼吸。

 

わかってはいるけど、できない!これができないとやはり健康にも問題がでてきます。胸式呼吸をしていると、どこかに力が入って無理をします。今回も呼吸法で指摘していただき、それは実感しました。どこかに変な力が入っています。で、呼吸時にほとんど全くと言っていいほど横隔膜を利用していない。

 

最後に気になったのは、発声は子どもにも影響するということです。親が正しい発声をしていなければ、子供もそれでいいと思って正しい発声ができなくなる。

 

そういえば、フランスに行ったとき、こどものフランス語の発音が悪い時、お父さんが何度も何度も発音を矯正していたことを思い出します。フランス語は日本語と比べると発音も複雑で、音節も多い。母音の発音を間違えると伝わらないですから。

 

反面、日本語は発音も音節も少なく、同音異義語が多い。さらには相手を思いやる習慣があるので、発音が悪くてもなにを言おうとしているのか相手が考えてくれます。そうすると間違った発音のままだと治すきっかけも生まれない。さらに間違った発音のままだと姿勢も悪くなり、不健康にもなってしまう。もしかしたら、日本人の健康寿命が短いのは日本語の発音が影響しているのかもしれないという仮説さえできるのではないかと思います。

 

ということで、今日は篠原さなえさんのセミナーに参加して非常に勉強になりました。早速発声法について、教えてもらったことを練習していきたいと思います。

 

発声法についての詳しいことは篠原さんの本に書かれています。また本だけでなくこうしてセミナーに出るとよりわかりやすい。一度では取得できないと思うので、自宅で練習して定期的にセミナーに参加できたらいいかなと思います。

 

篠原さなえさんの本です。

 

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北斎とジャポニスム展
 
国立西洋美術館で開催中の「北斎とジャポニスム」展を見てきました。
 
平日の午後と言うのにものすごい人込みでした。チケットはネットで購入しましたが、入場制限があり、入場するのに10分ほどかかりましたよ!
 
北斎の浮世絵は日本が開国したときに、日本の輸出品の包み紙として使われていた包装紙から最初フランスに伝わったようです。そこから浮世絵の人気がフランスに広まり多くの浮世絵がフランスに渡ったそうです。
 
19世紀といえば、当時の世界の中心はフランス。特に1804年にナポレオン皇帝が即位してからナポレオン大法典による個人の権利の保護やメートル法による単位の統一、組織だった軍隊と徴兵制などで、世界の最先端を行き、政治、経済、文化の中心だったのですね。
 
しかも古い概念から新しい概念に移る真っ最中。古い枠組みから新しい枠組みへの転換の真っ最中だったのです。
 
そうした中で、今までになかった自由な作風の浮世絵がフランスにやってきたので、それはフランスでは熱狂的に迎えられたのは当然の成り行きだと思います。
 
折しも当時はフランスでは17世紀以来、新古典派の影響下にあるアカデミーが美術に関する行政・教育を支配し、その公募展(官展)であるサロンが画家の登竜門として確立していた時代。
 
そのサロンに真っ向対立していたのが、見たままを自由に描こうとした印象派の画家たちなのですが、もしかしたら、印象派も浮世絵に刺激されて印象派になったのかもしれません。とにかく、フランスの絵画もこの時期を境に大きく移り変わっていくのです。それはそれまでの権威主義的なものから自由主義的なものに移るかのように。
 
少しここで当時のフランスの歴史について振り返ってみたいと思います。
 
1789年 フランス革命
1804年 ナポレオンによるフランス第一帝政
1815年 ナポレオンの百日天下、ワーテルローでの大敗北。
1816年 ブルボン朝の王政が復古し、ナポレオン派の大粛清。
1830年 7月革命でブルボン朝からオルレオアン朝の王政に。
1848年 2月革命で王政が廃止され、第二共和政に。
1851年 ナポレオン三世による帝政が復活
1858年 日仏修好条約
1862年 レミゼラブル発売
1867年 パリ万博 日本も江戸幕府が出展。
    浮世絵も展示されジャポニズムのブーム起こる。
1868年 明治維新
1871年 普仏戦争。終了と同時にフランス第三共和制に。
1873年 パリで第一回印象派展
1889年 エッフェル塔が完成。
 
今回の「北斎とジャポニズム」展では音声ガイドを聞きながら展示物を見て回ったので、よく理解できました。
 
印象に残ったのは、人の動きの中で、一瞬「これは」と思うような瞬間がありますが、北斎はそれをよく観察して絵に残している思ったことです。
 
それから富士山を描くときに手前に木を配置したりと、今まで北斎の富士山を普通に見ていたので気づかなかったが、言われてみれば主役の富士山の手間に木を描くことは普通じゃないと気づかされたことです。
 
そういう部分では、日本人は浮世絵の影響を無意識のうちに影響を受けているのではないかと思います。実際浮世絵は対象物の枠線を書いています。これは西洋ではあまりないようです。
 
そして最後に当時のサロンに出展するような西洋の絵画と比較すると北斎の絵は自由な作風だと感じました。当時のフランスの絵画はサロンを中心とした厳格な世界。作風も厳格に決められており、自由な作風は幼稚だと相手にされなかったのです。そうした中で当時のフランスの人々や画家たちは、北斎の自由な作風に出会ったので、非常に大きな刺激を受けたと思います。
 
そう考えると今の日本はどうなのかなと思いました。
 
今の日本は本当に自由なのか?
 
海外からいろいろなものを取り入れるときじゃないのかなと思いました。
日本の司法の最高機関であるのにその裁判官の任命は内閣によってなされ、国民が関与できるのは国民審査のみです。しかもその国民審査には制度上の欠陥があり、国民が審査し、罷免することはなかなか困難な可能性が高いと思うのです。と言うことは三権分立と言っても国会も自民党、内閣も自民党であれば、司法も自民党の影響を強く受けるのではないかと思ったのです。
 
最近特にそれを感じるようになったのは、最近の最高裁判所の判例について非常に疑問に思うことが多いからです。
 
(1)一票の格差が最大3.08倍を合憲
 
合区が初めて導入され、「一票の格差」が最大3・08倍だった昨年7月の参院選について、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は27日、「合憲」と判断した。最大3.08倍で合憲。これは合憲とみなしてもいいのでしょうか。いくら都市部で票を集めてもその他大勢の地方部の少ない票で多くの議員が生まれるので、都市部の大勢の人の意見は国会に反映されなくなる可能性があると思うのです。
 
(2)NHKの受信契約について合憲
 
NHKの受信料制度について、6日の最高裁判決は初めて「合憲」との判断を示した。現在の受信料制度や徴収のあり方を追認する内容だ。しかし、テレビがないことをどうやって証明するのか?NHKを見ない権利はどうするのか?
 
(3)美濃加茂市藤井浩人市長収賄事件の上告棄却(冤罪の可能性大)
 
浄水設備導入を巡り現金を受け取ったとして、事前収賄などの罪に問われた岐阜県美濃加茂市長、藤井浩人被告(33)の上告審で、最高裁第3小法廷(山崎敏充裁判長)は13日までに、市長の上告を棄却する決定をした。しかし、控訴、上告の要件を満たしているとは思えないのです。
 
【最高裁判所長官と判事は誰が任命するのか。】
 
最高裁判所の長官1人と14人の最高裁判所判事の任命については、長官は内閣の指名に基づいて天皇が任命、他は内閣が任命して天皇が認証する。総選挙のさいに国民審査に付される。定年は70歳。
 
【最高裁判所判事国民審査の制度上の欠陥】
 
最高裁判所裁判官は「識見が高く法律の素養がある40歳以上の者から任命される」と定められている(裁判所法第41条)。ただし、50歳以下の者が任命された例はない。1964年1月31日以降は、全員が60歳以上から選ばれている。定年は70歳。
 
最高裁判所裁判官は、任命後初めて行われる衆議院総選挙の際に国民審査を受け、その後は審査から10年を経過した後に行われる衆議院総選挙の際に再審査を受け、その後も同様とすると定められている(日本国憲法第79条第2項)。つまり全員が60歳以上の最高裁判所裁判官は一度国民審査を受けたら、定年まで二度と再審査を受けることがないということです。
 
国民審査の制度上の欠陥はこちらのYahoo Newsに詳しい記事が出ています。
 

 

 

 

 

今年の8月9日に出版されたばかりの本です。

是非読んでみてください。

 

こんなアメリカの政治事情、文化について詳しく

知っている日本人はいるでしょうか。

 

かなり目からうろこな情報でした。

アメリカの文化には関係ない?

いやいや日本も多いに影響を受けているので、

その根源となっているアメリカを知っておいた

ほうがいいと思います。

 

この本はニューヨークに留学してニューヨークの弁護士資格を

取られた山口真由さんが書かれた

詳細なアメリカの共和党と民主党の違い、

そしてアメリカにおけるリベラルとはなにか、

平等とはなにか、そしてポリティカルコレクトネスとはなにかを

とてもわかりやすく解説してくれた本です。

 

共和党と民主党の違いは根本的には

イデオロギーの違いともいえる。

共和党はコンサバでキリスト教を信仰し、

民主党はリベラルで信仰には冷淡。

 

そして共和党は小さい政府をめざし、

できるだけ国民生活に政府の関与を少なくする。

反対に民主党は大きな政府をめざし、

政府の力で平等な世界をめざしていく。

 

そして今回行き過ぎたリベラルの信仰によって

アメリカが内面と外面のギャップに疲れたところに

トランプ大統領が生まれた一因があると言うのです。

 

もちろんそれ以外にも要因はあり、

それはアメリカ連邦最高裁判事の人選もからみ、

政治的な色が濃い連邦最高裁の判事がリベラル派で

多数を取られるとコンサバ派が非常に困ることになる。

よってコンサバ派は4年くらいの辛抱ならトランプ氏を

支持したという説も大いに頷けます。

 

まあ、行き過ぎたリベラルも困ったものですが、

このように行き過ぎたコンサバも困ったものです。

 

しかし、そこはアメリカ。

このように共和党と民主党という政権を担当できる

二大政党が互いに主義主張を繰り返し、

行き過ぎたところや間違いを訂正しながら前に

進んでいると感じました。

 

本書でも記載がありましたが、

日本の政党はどうなのでしょうか。

 

それぞれの政策が矛盾だらけで、まあ簡単に言えば

財源はどこからもってくるのかという疑問が多いのですが、

それでもまあ聞こえのいい、実現困難な

政策ばかりではないのかなと思います。

 

民進党の場合は非常に顕著で財政健全化を唱える一方

年金をかさ上げして受給資格の拡大、

および医療・介護等の自己負担の軽減。

矛盾していますよね。

 

反対に自民党は本来民進党のような野党がやるべき

労働者の賃金引上げにや労働条件の改善に熱心に

取り組んだりしているのですねえ。

 

しかもせっかくの政府による改善なのに朝日新聞など左派は

官制春闘だと批判しているのですねえ。

本当に???です。

 

まあ、そういう風にこの本を読んだことによって

日本の政治についてももっとじっくりと深く考えられる

ようになりました。

 

そして時はまさに総選挙。

10月22日に投票日がやってきます。

 

この選挙によって日本はどのように変えなくてはならないのか。

自分はどうしたいのか。

 

この選挙で自分の意思表示をしなくてはなりませんねえ。

それにしてもこの本はとても参考になりました。

先日、仕事で京都に行くことがありました。

 

日産キャラバンに乗って、会社を出ました。

途中から第二京阪自動車道にのり、

一番左の走行車線を走っていると、

前を行く軽四トラックが急に左に避けて、

いきなり路上に落下物が見えたのです。

 

 

落下物を跨ごうかなと思いましたが、

跨ぐと右車線にはみ出るので、路肩に逃げました。

その時の速度はだいたい時速80キロです。

 

左にハンドルを切り、落下物を避けてハンドルを右に戻しました。すると戻そうとした瞬間、まだキャラバンの重心が左にあったのですね、ハンドルを右に切った瞬間キャラバン挙動が一瞬おかしくなりました。

 

ほんの一瞬です。

 

https://youtu.be/2fKAZOCm-gU

 

それで、ハンドルを急に右に回さず、ハンドルを抑えながら、

ゆっくりと路肩にまたいでの走行から走行車線にもどったのです。

 

そのときほんの一瞬ですが、ハンドル操作を誤ったら横転しているなあと思いましたよ。なぜ車がハンドル操作で横転してしまうのか。それは車の足回り、ショックアブソーバーにも原因があると思います。

 

ハンドルを左に切ると、ショックアブソーバーは左に沈みます。

そしてゆっくり元に戻りますが、そのときにハンドルを右に回すとゆっくりもどらないで、急激に重心が左から右に移ります。

 

ショックが固めならそういうことは起きないんでしょうけどねえ。

 

自動車の重心が高い状態で安定しないので、横転するのですねえ。これが時速30キロくらいなら、遠心力がかからないため、

それほどの重心の移動はないと思います。

 

しかし、高速走行のときは、簡単に重心が移動します。高速道路に出たら、ハンドル操作は必ず慎重に。そして車間距離を取って、前方をよく見て運転ですね。

 

一瞬ですが、ヒヤッとしました。

夏休み最終日、自宅でくつろいでいると、もう夜の10時。もうとっくに子供たちが寝る時間は過ぎています。それでもなんだかんだと兄弟二人であそんでいるのですねえ。

 

とりあえず、やさしく、

「もう寝る時間やで」

「はーい」

 

しかし、一向に遊びをやめて寝室に行く気配はありません。

 

「もう寝ないとあかんなあ」

と言っても全く聞かず、逆に

「パパも遊ぼ~」

 

もうこの辺でブチ切れました(笑)!

 

「もう寝やんとあかん言うとるやろがーーーーー!何時や思とんじゃーーーーー!」

と怒鳴ったところで、全員どたどたどたどたーと二階に上がっていきました!

 

というところで、「あー、こういう言わんと寝ることさえできないのかあ」とがっくり来ました。

 

しかし、どうなんでしょう。

なぜ最初は優しく言って、最終的に怒鳴ってしまうのか。

考えてしまいました。

 

すると子供時代にはまったあるテレビ番組を思い出しました。

 

それは関西で毎週日曜日の正午から朝日放送で始まる吉本喜劇の

「あっちこっち丁稚」

https://goo.gl/F4PeHf (ウィキペディアから)

 

大正時代の大阪が舞台で、カステラの老舗「月果粋 木金堂(げっかすい もっきんどう)」の丁稚らが騒動を起こす喜劇なんです。

 

丁稚には間寛平や坂田利夫ら、旦那さんは前田五郎、その妻の御寮さんは山田スミ子。

 

まあいろいろお約束の定番ネタがあり、とても面白いんですけど、なんといってもこの喜劇の一番の見どころは、この御寮さんである山田スミ子がいつブチ切れるかなのです!

 

だいたいブチ切れるパターンはこんな感じ。

 

丁稚がなにかを御寮さんに頼んでもそれは無理な話で、御寮さんが聞いてくれないとき。

 

丁稚            「お願いします。」

御寮はん    「あかん」

丁稚            「なんとかお願いします。」

御寮はん    「だからあかん言うてるやろう」

丁稚            「そこをなんとかお願いします。」

としつこく言ったところで、御寮さんが旦さんや3人の丁稚たちに対して激怒し、「あかんって言うてんのんがわからんのんか〜!」とぶち切れして激昂!(笑)!

 

しかし、この直後にこの木金堂に全く関係のない裸の赤ふん姿の

ぽっちゃりした赤ふん男が舞台の上手や二階部分から出てきて

平泳ぎのポーズをしながら下手へと去っていくのですよ(笑)!

 

音楽も、ズンズンチャチャ、ズンズンチャチャ、ズンズンチャチャ、ズンズンチャチャ、、、ポッポー!と言う感じで(笑)!

 

まあとにかくこれがクライマックスで、ここから先はみんな落ち着いてハッピーエンドに向かうわけなんですけどねえ。

 

この山田スミ子がこのブチ切れ御寮はんにピッタリのはまり役で、当時の大阪で山田スミ子を知らない人はいなかったんじゃないかあ?

 

それにしてもこのお約束のブチ切れ激高によってこの喜劇がどれほど面白くなったことでしょう!当時この番組を見ていた人で覚えていない人はいないはず!それくらい面白かったのです!

 

そう考えるとブチ切れるのも悪くないなあと言う気がするのですねえ。つまり、ブチ切れるのもお約束(笑)!それがないと前に進めない(笑)!そして赤フン男みたいなのが出てきて、場を和ましてくれたらもっといいような気がしますねえ(笑)!

 

あ、でもやめとこ。そんなことしたら、子どもたちがもっと喜ぶではないか(笑)!

 

このあっちこっち丁稚の当時の映像はほとんど見られることがないですねえ。とても残念ですが、あっちこっち丁稚の30年記念公演はこのYouTubeでご覧いただけます!

 

https://youtu.be/ZAro2n9S8-w

 

1:24:30あたりから山田スミ子のブチ切れシーンが見られますよ!