Live with Max. -61ページ目

Live with Max.

世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

先日、ネットであることを検索していた時に、

まったく関係ない面白い書き込みを偶然見つけました。





突然ですが質問です。


◆◇◆◇---------------------------------


あなたが空気を吸っている理由はなんですか?


---------------------------------◆◇◆◇



ちょっとここで読み進むのを止めて、考えてみて下さい。


何故でしょう・・・


この先を読む前に答えを出してみて下さい。


・・・・

・・・・

・・・・

・・・・

・・・・



とある掲示板のカキコです。

================================================

494 :彼氏いない歴774年:2011/01/19(水) 23:54:40 ID:4Bzxd8bT
自宅の前の通りは小学校の通学路になってるので
よく小学生がでっかい声で話してるのが聞こえる

低学年っぽい男子2人の会話

A「B~、お前何で空気吸ってんの?!」

B「吸わなきゃ死んじゃうから!」

A「じゃあお前『死んじゃう~!死んじゃう~!』
  って思いながら空気吸ってんの?!」

B「違うよ! じゃあお前は何で空気吸ってんの?!」

A「楽しいから!」

B「じゃあお前『楽しい~!楽しい~!』って思いながら
空気吸ってんの?!」

A「そうだよ!!」



============================================


まぁ、これが本当にあった会話かどうかは別として、

この質問をしたA君は凄いなぁ!と私は思いました。



だって、空気を吸うことが楽しいって感じたことなんて

私は一度も、これっぽっちもありませんから。



私はゲオフィットネスにいつも徒歩で出勤していますが、

この書き込みを読んだ後に、歩きながらそのことを考えて

いたら、本当に


『空気を吸うって楽しいな!』


って気がしたんですね。




あまりに当たり前過ぎて、それ自体が本当に素晴らしい

ことだというのを忘れてしまっていることって結構

あるんじゃないかなぁと感じたんです。




例えば、この空気を吸うってことだって、ひどい喘息に

かかったことのある人ならその素晴らしさを感じたことが

あるだろうし、風邪をひいて、息を吸う度に酷く咳き込ん

だりした経験がある人も多いでしょう。




もしそれが、ずっと続くものだとしたら、

本当にゾっとしますよね。



なんてことを考えると、お風呂で湯船につかれるのも

楽しいしことだし、水道の水を飲めるもの幸せだ。



世の中には、自分が当たり前にしていることさえ

ままならない人達がいることを知っているのに、

自分はそのことに感謝や喜びを感じられなくなって

いるんじゅないかなぁということを、考えさせられた。




たまたま出勤途中にそんなことを考えたせいか、

今の世の中の流れを考えると、こうやって仕事に行く

ことが出来ることにも、もっと喜びと感謝を感じても

良いんじゃなかいかなぁという気がした。



仕事自体にモチベーションを感じたり、常に仕事を

通じて自身の成長を目指している人もいると思いますが、

『生活のため』

『お金のため』

という人も多いでしょう。



そうだとしても、何かしらの理由があって働いている

のだから、仕事に対して不満や愚痴をこぼしたりするのも

どうかなぁ・・・という気がするんですね。




派遣切りや就職難、ニュースを見れば頻繁に見聞きする

失業率や『長引く不況』などという言葉。



働きたくても働けない人がたくさんいるはず。


そんな世の中を考えると、働く理由が何であれ、働ける

環境があること自体が本当に素晴らしいことなんだなぁ

ということを改めて感じるんです。



そうやって日々働けることに感謝しながら仕事をするのと、

働ける環境を当たり前に感じて、その素晴らしさを意識する

ことなく愚痴りながら仕事をするのと、どちらが良い人生を

送れるだろうか?




空気を吸うことが『楽しい!』と感じながら生きてるA君を

本当に見習わなくてはいけない。



当たり前のように与えられてるものだから、そういう気持ちが

薄れてしまうのではなく、それが当たり前だからこそ本当に

ありがたいんだなぁ。



そんなことをA君に教えられたような気がした。


今自分が当たり前のように手にしているもの、

与えらえているものや環境。



それが突然なくなったとしたらどうだろうか?

仮にそれが現実には起こらないと思えるようなことでも

そのことに対して、意識的に感謝の気持ちを持つぐらいは

してもいいことなのではないでしょうか。



そんなことを考えさせられたのでした。

 


【今年のコンテスト出場予定】



9月4日 東北・北海道選手権


9月11日 東日本クラス別選手権 70kg級



7月の日本クラス別も考えたが、トレーニング方法をかなり


いじくったので、その成果を見るためにバルクアップ期間を


出来るだけ長くとりたいので、見送ることに。




とりあえず、日程から逆算して、コンテスト準備の計画も立てた。


今年は5月8日からダイエット開始です。




とにかくケガだけには気を付けて、昨年のような状態になら


ないように。東北・北海道は勝ちます。



ところで東北・北海道のゲストは鈴木雅選手ですね。


こりゃ楽しみです。



**************************************************



特に男性の方からよくうける質問があります。




『筋肉をつけながら、体脂肪を落としていきたいのですが…』



確かにそれは理想的なのだが、


カラダの中では、体脂肪と筋肉が、合成と分解が絶えず繰り返し


行われていて、残念なことに




★『筋肉の合成』と『体脂肪の分解』は同時進行はしない




と考えてもらった方が良い。






トレーニングが全くの未経験者であれば、方法さえしっかり


していれば、少しは可能かもしれないが、筋肉をつけながら


体脂肪を減らすことは出来ないでしょう。





===================================================



・体脂肪が付きやすい状態では、筋肉も発達しやすい。


・体脂肪が減りやすい状態では、筋肉も落ちやすい。



==================================================


ということです。




では、筋肉量を増やして、尚且つ体脂肪の少ないカラダを作るには

 

どうすればよいか?



・カロリー摂取量をしっかりと増やして、筋肉量を増やす期間


・カロリー摂取量を制限して、体脂肪を減らす期間



この2つを分けて行うのが近道。


というのが、私の答えです。




体脂肪を付けずに筋肉量を増やすことは理想だが、それでは


遠回りと言わざるを得ない。




筋肉を増やしたい人は、多少の体脂肪増加は恐れずに摂取カロリーを


増やすようにした方が良いと思うのです。もちろん極端に食べ過ぎて


脂肪ばかりが勢いよく増えてしまうようでもいけない。




運動内容もしっかりと区切る方が良い。



トレーニングはガンガン行っているが、体脂肪が付くことを嫌うあまりに


有酸素運動も常に行っていないだろうか?



100mのスプリンターが、タイムを0.1秒縮めるために


毎回30分のジョギングを欠かさず行うだろうか?



 

筋肉を発達せるか、体脂肪を減らすか、どっちつかずのことを

 

続けていれば、文字通り『一兎を追う者は・・・』状態になる。




体脂肪の少ないカラダを維持することが目的であれば


ここに書かれているようなことは気にしなくても良いでしょう。




大事なのは今、なんの為に、時間と労力とお金を投資し、


トレーニングをしているのか?



その目的をはっきさせることだと私は思います。


そうやって、運動と食事内容を常に管理し続けることで、


望ましいカラダの変化を手に入れることが出来るのです。





トレーニングは一生懸命やっているのに、筋肉が発達しないことで


お悩みの人は、トレーニング方法に拘るよりも、食事内容を


見直した方が良い場合も意外に多いものだ。




~本日のまとめ~


□■□■-------------------------------------------



まずは、増量なのか減量なのか、目的をはっきりさせて、


摂取カロリーや運動内容をそれに合わせて一貫継続する


--------------------------------------------□■□■


それでも、筋肉はつけたいが、体脂肪は嫌だとう方。

 

体脂肪の増加を最小限に抑えながら、摂取カロリーを増やす方法は

 

もちろんあります。

 

 

 

食べるものや、カロリーを増やすタイミングなどが重要になります。

 

こちらは、また別な機会に、このブログかメルマガでお伝えしたいと

 

思います。




筋肉をつけることを優先する期間は、食事も増量することも


忘れないで下さい。




筋肉の発達に必要なのは、たんぱく質とカロリーです!










さて、今日は、本日のメルマガの続きです。


メルマガでは、G1で行う食事指導の一例をご紹介致しました。

『へぇ!自分もやってみよう!』

と思う人もいる一方で、



『そこまでして痩せようと思わない』

『その方法は自分には合わない』

『そんなの続けられる気がしない』


このように感じた方もいらっしゃるでしょう。



確かに、自分に出来る、或いは向いている手段・方法に拘る

というのは必要な場合もあります。



1つ1つを実践・検証して試行錯誤しているのなら分かりますが、


■□■□------------------------------------


今の自分がしていることは出来るだけ変えずに、

結果は望むように変化することを期待している。

------------------------------------□■□■


という状態になっているとしたら、それはちょっと考えものです。



何故かというと、こういった状態だと、


『今、自分に出来ることは何かを考える』

という気持ちすらなくなっていってしまうからです。




日頃から色々なお客様とダイエットのお話をしていますが、

本気で実践してみようという気持ちになれない方の話を

聞いていると、共通点があるような気がします。




それは、分かってはいるけど行動に移せない理由として

『意思の力が必要』だと考えているんじゃないかなぁ

というニュアンスの言葉が多いのです。




『食事を我慢するんだから、意思の力は必要だろ!』

と突っ込みがきそうですが、私はそうは思わないのです。



これは、決して私がそうだからという訳ではなく、

G1にご参加されて成功しているお客様を見てきて

気づかされたことです。



言い換えると、『成功者の共通点』です。



では、誤解を恐れずに、改めてはっきりと言います。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


意思の力は役立ちますが、それが必要だというのは

考え方としては誤りです。

_________________________



意思の力は気持ちを奮い立たせ、『やる気』を発火させる

ことは出来る。ですが、その奮い立たせたモチベーションを

維持する燃料としては、心細くてあやふやなのです。



・何となくやる気が起きない時

・活力が湧いてこない時

・やろうかやらないか迷ってしまう時



こんな時があるということを、あなたも経験したことが

あるはずです。そして断言します。それも1度や2度どころの

話ではないはず。




成功するために必要なのは、やる気が出ない時でも

前進することが出来る方法なのです。



意思の力だけでは、つい諦めてしまうような状況でも、

続ける必要性がなくならないように自分自身を支える

ものが必要なのです。




それは、環境と計画と責任です。




このことがG1に参加されて成功している人の

共通点だと感じるのです。



G1では、

運動と食事の計画を立てて、トレーナーがそれを管理します。


自分で決めた約束事ならば、簡単に反故することは出来ても、

他人(トレーナー)との約束ともなればそうもいかない。


まして26,250円というお金まで払って行っているし、

期間も決められている。



今までのように自分自身を欺くこともなければ、至らない点に

目をつむっていることも簡単には出来なくなる。



このような責任感が参加者にも生まれることが、

有料であることの一番のメリットかも知れない。



もちろんG1では、脂肪燃焼を促すためのトレーニング

指導や食事指導も徹底しています。



参加されたお客様のほとんどが、運動にしても食事にしても、

それまでの習慣を変えることに成功しています。




わざわざお金を払ってまで、『やろう』と決めた時点で、

自分の環境と行動を変える一歩を踏み出しているとも

言えるのではないでしょうか。



参加した時点で、願望が目標に変化しているのです。



願望と目標には、決定的な違いがある。

それは戦略的な計画があるかないかだ。



意思の力が時間とともに萎えたとしても努力を

継続出来る戦略とは?


・継続しなくてはいけない環境

・運動と食事の計画を立てる

・責任をはっきりさせる


G1参加で自ずと発生するこの3つが、必ずあなたを支え、

継続するためのガソリンとなってくれるでしょう。



意思が弱くなっても、行動を継続する必要性は変化しない。

ガソリンが燃え続ける戦略です。




G1は、決して成功率100%というわけではありません。



ですが、もしあなたが、意思の力に頼るという過ちを

犯してきたことに今気づき始めているのならば、

G1を試してみる最高のタイミングかも知れません。



最後は、ちょっと宣伝っぽくなってしまいましたが、

自力で頑張るのならば、



・求める成果を手に入れるのに『望ましい環境』とは何か?

・逆に『失敗に繋がる環境』や状況は何か?



これをしっかり分析するところからスタートすることを

お勧めしたい。G1でも一番最初に食生活を事細かに

把握するところからスタートします。



誘惑や挫折の機会が何であるかを認識しなければ

それに対抗する戦略は立てられないからです。




『自分は意思が弱いから・・・』

『多分続かないと思う・・・』


その考え方が既に間違ったスタート地点に立っている。



これが、G1で成果を手に入れたお客様を見てきて

私が新たに気づいたことでした。



では、最後にもう1度繰り返します。

===============================================

成功に必要なのは、意思の力ではなく、

やる気が出ない時でも前進することが出来る方法なのです。

===============================================

伝説のマナー講師


エレガントマナースクール学院長


平林 都さん。


3月に秋田で講演会を開きます。



ってことで、早速チケットを購入してきました。



テレビなどにも、ちょくちょく出ているのでご存じの方も多いと思います。


私も、平林さんの『接遇道』で勉強をさせていただきました。




photo:01


平林さんは、主に企業研修などで接遇を広める活動をされています。


褒めて伸ばすコーチングを重視する人からは、平林さんの講習の


やり方は批判を受けています。とにかく受講者への叱責がスゴいのです。




では、なぜ平林さんは、全国の企業から引っ張りだこなのでしょう?



受講生が


「講習では言われた通りにやったけど、実際の業務では使わなかった」


で終わることがないからです。




実際に現場にも自ら入り、徹底させるのです。


それによって受講生がお客様に認められるようになってくると


受講生の気持ちにも変化が起きてくる。




受講生が接遇によって喜びを感じるシステムを作り出している。


それが平林さんの凄さなんじゃないかと私は思います。






さて、辞書では、ちょっと違った表現でしょうが、接遇とは



★心を形にして伝えること



だと私は思うんですね。それによって相手に喜んでもらったり


気持ちよく感じてもらうことです。




『相手が喜んでくれたら、自分も嬉しいですか?』


それとも


『自分が満足できれば、それで良いですか?』



ということです。




接遇マナーは、仕事上で使うだけのものではなく、人間関係の

 

潤滑油として、一生役立つものです。





なぜなら、マナーや礼儀というものを知らない人間は、一生損をするか、


ただ密かに周囲から 「あ~しょうがないね、あの人は」と思われるか。




そう言ってもいいくらい、どこに行っても、ずっとついてくるもの


だからです。





さて、マナーというのは「躾」と言い換えることも出来ますよね。


そして、そこには基本的な「型」もありますよね。



だから、


「マナーが好きだ」という人はそうそういないと思うんです。


好きだと言うなら、「私は型にはまるのが好きだ」ということことに


なるからです。私だって型にはめられるのは好きではありません。

 


 

自分の思った通りに、自由に振る舞う方が簡単だし、 周囲に気を


遣わせる必要もないのですから、誰だってそっちの方が楽です。




例えば、接客業では


言葉づかい、姿勢、挨拶、礼の角度、視線、声の大きさ、


お茶の出し方や電話対応まで、更には服装や髪の色、髪型まで、


いろいろな「型」がありますよね。


こいうったものがそのお店の従業員の「躾」でもあるわけです。




私自身、型にはまるのが嫌いだとは言いましたが、



■□■□----------------------------------------------


「躾」というのは、自分が嫌でもやらなくてはいけないもの


-----------------------------------------------□■□■



なのではないだろか。私はそう思うのです。




それが分からなければ、


意味も分からず嫌々やらされている子供同然。


公と私のけじめをつけなくてはいけない。





でも、そいうった「躾」をしっかりと身に付けることで、相手に気持ちよく


感じてもらい、それによって自分自身も気持ちよくなる。


その方法が接遇なんだと思うのです。




平林さんの著書には、そのことが具体例とともに、


明快に述べられている。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いったん接遇が身についてしまえば、仕事だけでなく家族や友人など


幅広い人間関係をさらに良くする潤滑油として、この先、何度でも


あなたを助けてくれるでしょう。


接遇が出来るようになれば、誰でも幸せになれるのです。




平林都の接遇道 「人を喜ばせる対応のかたちと心」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




平林さんと、お会い出来ることが、今から楽しみです。




iPhoneからの投稿

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00192388.html

 

↑これは、長年愛用していたファンの間で、とんでもない反響がでるでしょうね・・・



多分、同様のサイトは他にもあったはずですが、

一斉に閉鎖されたことでしょう。



今後、国内で同様の手段でDVDやCDを入手することは、たとえ

オークションでも永久に不可能でしょうね。



レスミルズジャパンも、今後はインストラクターの研修ツールや

ライセンスに対して、さらに厳しい管理や処分も行ってくるのではないでしょうか。



因みに、このサイトでの売上はこれまでに約6千万円にものぼったそうです。

DVDやCDをコピーして送るだけですから、文字通り『荒稼ぎ』です。


*****************************************************************


ところで、この手の犯罪を見聞きすると、いつも考えるのが


★望まない結果になると分かっていても、人はうまくいくことを続ける


ということです。



「これは犯罪で、罪に問われる」


ということは、犯人も承知しています。

でも逮捕はされたくないと思っているに決まってますよね。



その行為によって自分が苦しむかもしれない、自分の人生を


ぶち壊してしまうかも知れないと分かっていることを続ける。



冷静に考えると、これって本当に不思議なことですよね。


やりたくないことをやって、自分をひどい目に合わせている


と言ってもいいのではないでしょうか。




ある段階までは、その望ましくない行動によって、なんらかの


見返りを得ている。そして、その見返りに自分を支配させることを


意識的であろうと無意識であろうと許してしまう。



でも、犯罪になるならないは、別問題として、このような性質は多分誰にでも

あるのではないでしょうか。



見返りというのは、この事件のようにお金だけではない。


心理的なモノや身体的なモノもある。むしろそういったもの方が


強力かもしれない。




安心、保身、称賛、認知、愛、満足感、支配、優越感、


達成感、回避、評価、貢献、などなど様々だ。




そしてこれらには、健全な見返りもあれば、不健全なものもある。




例えば、


喫煙や過食、度が過ぎる飲酒などは分かりやすい例だ。


健康に悪いことは誰でもわかっている。自身が苦しむだけでなく、


家族や他人にも心配をかけ、面倒や心労をかけることは誰も望むまい。


だが、そうなる前の過程では、そのことを現実としては考えられても


行動をコントロールすることが出来なかったり。


なぜなら、それを繰り返すことで得られるものがありますよね。




それとか、


周囲の人に気をつかわせるような人間になりたくはないのに、

思ったことを何でもそのまま口にしたり、態度に出したりして


他人をうんざりさせてしまったり。

 


こういったことも、それをすることで何かを得られているからだ。



『自分はもともとこういう人間だから・・・』


『そうかもしれないけど、いつもそうだと限らない』


と、思う人もいるかも知れないが、自分では気づかずに


何かを得ているということもあると思うのです。





それをすることによって、自分がいつもと変わらず同じように


生活や人生を送れいてる、楽しめている、居心地が良い、という


ようなレベルの見返りがそれに当たる。


それらに自分の言動が支配されていることを素直に認めないと


望まない結果を引き起こすことになってしまうのではないだろうか。



だから、今回のようなニュースを見聞きした時に


★今の自分の行動で、望まない結果を引き起こすモノはないだろうか?


ということを、私はよく考えさせられてしまうんです。



何故なら、こういうことを、さも十分承知したように書いている私自身、

自分をコントロール出来ずに何かを失ったり、失敗を繰り返してしまったり、

みっともない、恥ずかしい、情けない経験をたくさんしてきたからです。


その度に、

・自分の行動によって結果が変わる

・どんな行動を選択するかは、自分が決定出来る

・そしてその責任が全て自分にある


ということを痛感させられるんですよね。



『行動を選択した時、それに伴う結果も選んでいる』

そしてその行動は何らかの見返りが原動力となっている。




レスミルズという、より身近な出来事だっただけに、また今回もこのような

ことを改めてじっくりと考えさせられてのでした。

昨日、コンバットレッスンに向けて、現在やっている新曲について


コリオシートやらを確認していたら、新曲の研修を受けた帰りの


電車で書き留めたメモがありました。




1曲毎に、伝える内容や、間違いやすそうなキューイングのタイミング


などがズラズラっと書かれていたのですが、メモの内容が途中から全く


違う内容に変わってしまっていました。



テーマは


★なぜ車内での携帯通話に人はイラつくのか?





その原因は、近くの席の人が、携帯電話で通話しはじめたことが発端でした。



マナー違反の通話に気をとられてしまい、完全に集中力を欠いて、


コンバットどころではなくなってきてしまったのです。




イラついてきたのですが、その日はかなり疲労していたこともあり、注意しよう


などという気力も無く、とりあえず別なことに気持ちを切り替えることを考えました。





そこで、ふと思ったのが、


-----------------------------------------------------------------


・車内通話は禁止というルールを破っているからイラつくのか?


・話し声そのものがイラつく原因なのか?


-----------------------------------------------------------------


ということでした。



だいたい、こうういことって心理学的な見解が存在するものなんですね。



なぜどこからでも聞こえてくる対面の会話より、携帯通話の方が


ストレスを感じてしまうのか?




ただイライラしていてもしょうがないので、iPhoneで色々と検索をはじめると


すぐに答えが見つかった。




アメリカのコーネル大学の心理学者である、ローレン・エンバーソン博士が


その違いについて研究を行っている。




結論だけいうと、ローレン博士は以下のように述べている。




「人間は簡単に想像のつくものに対して、無視することができる。


 しかし次に何が起こるかわからないものに対しては、常に注意を払ってしまう。


 ケータイは話が半分だけ聞こえるために、無意識に話の全体像をつかもうと


 脳は緊張した状態を持続することになる」




やっぱり話し声というよりは、その内容にイラついてしまうということなんですね。




『例え、通話が禁止ではない公共の場所であっても、やはり周囲への配慮には


 十分注意しなくてはいけない。』



メモの最後は、このように締めくくられていた。





で、昨日コンバット確認中に、そのメモを読み返して考えさせられたのが



■□-------------------------------------------------------- 

 ★人間は、次に何が起こるか分からないもの対しては、脳が緊張する


---------------------------------------------------------□■



というローレン博士の言葉についてでした。




これって、ひょっとしてレッスンでお客様が


どれだけ楽しめるかにも影響するのかな?


って思ったんですね。




・次の動きが分かりづらいキュー出し


・マイクや曲の音量がデカ過ぎたり、小さ過ぎたりして聞きとれない


・無駄な動きや、中途半端な動きがあって紛らわしい




こういったものはお客様の脳を緊張させてしまい、楽しさが減少してしまう、


ということも言えるのではないだろうか、ということです。




こういうことを知ってから、自分自身を振り返ると、本当に怖いもんです。





このメモがレスミルズと全く無関係に書かれたものだったら、多分ここまで


結び付かなかっただろうが、ちょうどレッスンの台本作りをしている最中だった


おかげで、改めて自分のレッスンを確認する大きなきっかけになった。




こんな形で、あのメモが意味のあるものになるとは



あそこで、マナー違反の通話に出くわしたことは、きっと私に



『もっとしっかりお客様のことを考えたレッスンをしろよっ!』


というお告げなのかも知れませんね。



参加者が動きやすいレッスンは、確かに大前提だ。


でも、最近の自分はどうだろうか?と考えると、



『どうやったら盛り上がるかなぁ?』



とうことに思考の比重がおかれていたような気がする。




盛り上げることは確かに必要ですし、考えなくてはいけない。


でも、まずは『参加者が動きやすい、分かりやすいレッスン』、


それにプラスして60分間、正確で、参加者を引き込むことが


出来る力強さとスタミナ。


そういった基本を常に徹底出来た上での話だろう。



レスミルズインストラクターマニュアルには『ロールモデル』という


言葉があるが、まさにこのことだ。




マナー違反の携帯使用が、思わぬ形で自分を振り返るのに


役立った。不思議なもんです。





と言いつつ、本日のコンバット、1つだけ笑いをとりにいったのだが、


見事に『 し~~~~~ん』でした(汗)


レッスン後、いつもオリコリ満載のミスターコンバット様から


『ありゃフリ逃げだよぉ~自分でやらなきゃぁ(笑)』と突っ込まれてしまいました。



来週はリベンジしますよ! 




例えば、筋肉が持っている現在の力を100としよう。


それに対して、70の負荷をトレーニングで加えたとする。



この時、負荷を加えられたその筋肉は、


全ての筋繊維が70%の力を発揮するのではなく、


その筋肉の、70%の筋繊維が100%の力を発揮し、


残りの30%の筋繊維は全く仕事をしていない状態なのです。




■□■□----------------------------------------------


ある一定以上の刺激に対しては、100%の反応を示し(全)、

それ以下の刺激に対しては、全く反応をしない(無)。


---------------------------------------------■□■□



電気のスイッチのようなものだ。ONかOFFしかないのです。


負荷の強さによって、動員される筋繊維の数が変化するのであって

1本の筋繊維が収縮する強さが変化するということではない。





骨格筋を構成する筋繊維や、神経線維ではこのような両極端な

反応しか存在しなく、これを生理学で


『全か無の法則』


と言いいます。




では、この法則をトレーニングにあてはめると、


どのようなことが言えるのか?




ここからは、私の持論であって、研究などによって同じことが証明されて

いるかどうかはちょっと分かりませんが、的を得ている自信はあります。





-----------------------------------------------------------


セット毎に重量を減らして続けるトレーニング方法に効果はあるのか?

-----------------------------------------------------------



これは非常によく用いられているトレーニング方法だろう。




例えばベンチプレスで


1セット目 100kg×10回

2セット目  95kg×10回

3セット目  90kg×10回



というような方法である。



まずこのようなやり方で、一番気になるのが、セット毎に強度が

下がっていることだ。




強度が下がっていくということは、『全か無の法則』によれば、

刺激される筋繊維数も減っていくと考えられる。





では、この方法に対し、


強度(重量)は変えずに行ったとすればどうなるか?


1セット目 100kg×10回

2セット目 100kg×9回

3セット目 100kg×8回



この場合、セット毎にレップ数が減っていくことは避けられないが、

 

筋肉が発揮する出力は常に100kgということになる。



 

 

動員される筋繊維数も100kgに対しての



反応になるはずだ。




いかがでしょうか?



『全か無の法則』に従って、両者を比較てみると、


重さを変えずに行う後者の方が、



より多くの筋繊維に、より強い刺激を与えることが出来る



ということになる。



よって、私は【基本的には】、重量を変えずにセットをこなす方が

効率的だと思うのです。



ただし、注意点がある。



★セット間のインターバルをしっかりとること




インターバルが短いがために、セット毎のレップ数の差が

大きくなるようでは意味がない。出来れば1レップくらいに抑えられる

くらいのインターバルが適切だろう。


筋肥大のためには、6~10RMくらいは維持したいところだ。



重さを減らしてでも、回数を維持するというのは、どちらかと言うと

持久力的な要素が高くなってくる。


 

重量を減らしながら行えば、いくらでもセット数をこなすことができるが、

重量を維持しながら行えば、2~4セットでもう限界である。




また、一般的なスポーツクラブでは、1つの器具を長時間独占するのは

周囲から迷惑がられる存在になってしまうのは間違いないですし、

強度を下げながらだらだらとセット数を重ねるのは、量のこなすだけの

トレーニングになりやすい。




もちろん、重量を減らしながらボリュームのあるトレーニングを

行うことも時には有効だ。大事なのは同じことばかり続けないことです。




ただし、それをやっていいのは、こういった基本的な考え方を理解

している場合だけだと思う。それを知らなければ、効果が出ていない

ないのに、いつも同じ種目を同じように延々長々と繰り返すだけだに

終わってしまう。




もし、このようなことを知らずに、ただやみくもに量だけをこなす

トレーニングになっているのならば、一度、強度を下げない方法に

変えてみると、大きく異なる刺激を与えることが出来るでしょう。




とてもじゃないが、それまでやっていたセット数をこなすことなど

不可能だと実感出来る強いショックを感じられるはずです。




誤解の無いように繰り返しますが、強度を下げながらセット数を

重ねるトレーニング方法を否定しているわけではありません。




両者を融合させたり、わけて行うことには意味がある。



それを理解して行っているかどうか?



それが大事だと私は思うのです。







今週の火曜日、レスミルズの新曲発表会が終わって、


解放感があったのか・・・



『今日は吐くまでやってやる!』と意気込んで脚のトレーニングを


行ったら、本当にもどしてしまいました。




ですが、『なんぼでもこんかいっ!!』って意地になって


きっちりプロテインは飲んでやりました(笑)



久々の感覚でしたね。




20代の頃は、それ程頻度が高いわけではないが、そのくらいの


ことは当たり前って感じで追い込んでいた。




吐かないにこしたことはないが、そのくらいの意気込みは


まだまだ維持していかなくては、今以上のカラダは絶対に


作れない。




改めて、そんなことを感じた。


これからはビニール袋をポッケにいれてトレーニングしようかな。




【現在の脚トレ】


----------------------------------------------------


フルボトムスクワット 8reps/3sets


スミスマシンハイバーナロースクワット 10reps/4sets


レッグエクステンション 20reps/3sets


レッグカール 12reps/3sets


ウォーキングランジ 30steps/3sets


ブルガリアンスクワット 12reps/3sets



---------------------------------------------------



これに腹筋もプラスして、だいたい2時間くらでしょうか。



最近は、私にしては、ボリュームのあるトレーニングを


意識的に行っています。



スクワットの重量も脚のサイズも順調に回復してきています。





『なんでそこまでやるの?』


『いったい何目指しているの?』


真剣にトレーニングに打ち込んでいる人に対して、


軽々しくそんな言葉を聞くこともたまにはある。




バカにされたものだ。血気盛んな頃はそう思っていた。




でもですね、己の肉体と精神的限界に向き合い、挑み、


理想のカラダ作りに打ち込む者同士だけには分かるん


ですよね。




そのおかげで、自分にとってまったく未知の分野に打ち込む人の


熱意や努力というものをリスペクトする気持ちと理解力は、かなり


高いのではないだろうか。




己と向き合うために必要な忍耐は、トレーニングに対するもの


だけではない、相手を受け入れるパワーにもなるんでえす。





『トレーニングは、バーベルに人生を描く鍛錬』


『鍛錬とは己の心と肉体に向き合うこと』




真剣にやればやるほど、生き方も変わっていく。



今日も無機物達を相手に、鍛錬なのです。




***********************************************************




Kさん、お持たせしました。我が家のパソコンです。


やっぱ家庭のメインはデスクトップが良い。



置く場所もタワーのない一体型なので気持ちいい。


キーボードもマウスもワイヤレスで非常にきれい。



見た目が落ち着きを与えてくれる感じですね。



眺めているだけで私はいいきぶんです。



photo:01



photo:02




iPhoneからの投稿

先日、スーパーの『いとく』に行った時のことでした。


入り口には、カートとカゴが置かれているスペースがあるのですが、


そこに男性の従業員がいました。


多分、年齢は70歳くらいじゃないだろうか。



使い方終わったカゴをキレイにふいてそこに戻す、


という仕事をしていたんです。



そしてそこで、来店されたお客様に挨拶をして、

『いらっしゃいませ、どうぞ』

と言ってカゴを差し出してくれるんです。



私は驚きました。




スーパーで、買い物カゴをもって、お客様を入り口で


お出迎えしているなんて、今まで一度も見たことがなかったからです。



そんなスーパーありますか?




私は、それがとても気持ちよかった。ちょっとしたことですが、


出迎えてもらえるのって、やっぱり嬉しいと感じるものです。




シルバー人材の雇用にもつながっているし、他のスーパーでは


見られないサービスだし、そのおじいさんの愛想も良かったし、


とてもいいことをしているなぁ感じました。


もちろん帰る時にも、


『ありがとうございました』


と言って、カートを預かってくれました。




そういうことを、いちいち『素晴らしい!』と称賛したり、


それがあるからいい店だ、という人がいるかどうかはわかりません。


まして、直接お客様から、そのような声をいただけることなど


ないかも知れません。




それに、もしこのおじいさんが愛想のない適当な感じの人だったら


店の入り口でお客様を不快にさせてしまう可能性もあるでしょう。




だからこそ私は、その姿勢に価値を感じました。


それがスーパーという、そんなものが無くて当たり前の


場所だったからです。




普段は私もサービスを提供する側の人間ですから、


こんな捉え方をしてしまうのかも知れません。




でも、客の立場であっても、そういうサービスを受けた時に、


何も感じないような人間ではありたくない思うのです。




なかなか日中の時間に、いとくに行くチャンスは少ないのですが、


また、あのおじいさんに会えることを楽しみにしています。



自宅でラーメンを食べながらパソコンをしていたら、ひっくり返してしまい、


麺とスープを思い切りパソコンにぶっかけてしまいました。


勿論、パソコンはご臨終です。


おかげで月曜の更新もできず…




翌日、仕事から帰宅すると、私の読書部屋にあるデスクが、


リビングに運ばれていた。



食事をするテーブルでパソコンは禁止ということだった。


ごもっともです。


で、代わりに安価なeマシーンでも買おうかと、先日ヤマダ電機に


行ったら、素晴らしい衝動買をしてしまった。




やっぱ、最新のデスクトップPCはいい!


当初の予算の倍以上の金額だったが、大満足です。



***************************************************************





漫画、タイガーマスクの主人公である伊達直人を名乗る人物が、


児童養護施設にランドセルを寄付したニュースは皆さんご存知でしょう。



漫画の伊達直人が「ちびっこハウス」存続のために貢献したように。





『いい話だなぁ』

『優しい人がいるんだなぁ』


と、思っていまが、メディアで取り上げられると、


全国各地で同じようなことが次々と起き始めた。




それはタイガーマスク運動と呼ばれるようになり、


一種の社会現象と言ってもいいくらいだ。



連日のようにメディアで取り上げられると



『素敵な話だなぁ』

『互助主義の意識は大切だなぁ』


と感じている人もいるでしょう。



その一方で

『単なる自己満足じゃないのか?』

『メディアが作り上げたブームだ』


といった批判的な意見もある。


皆さんは、どちらでしょうか?




このような活動をする当事者が現れないのだから、真の意図は分からないし、


タイガーマスク運動という呼び名も、メディアが面白がって取り上げて


広めている感も、確かに否めない。





でも仮に、エゴだとしでも、特定の境遇にいる子供達に、


何かをしてあげたいと思う気持ちは、どんな大人にもあると思うんですね。




それがタイガーマスク運動を知ったことで、

あぁ、こういう方法もあるんだ

と知ったことが、その人の行動に繋がったことは間違いない はずです。


便乗ではあっても、悪意などあるわけありませんし。




それでも尚、

『いいことかも知れないが、そのやり方はどうかと思う。』


という意見もあるでしょう。



そう思う人は、別な方法で行動すればいいのであって、


無責任な立場から是非を問うことこそ自己満足だろう。



単なる見解を述べるのと、


自ら起こした行動とその結果を述べるのでは、


次元が違い過ぎる。




タイガーマスクは、絶対に素顔を知られてはいけない。


それがマスクマンの掟。




敢えて、伊達直人を名乗るのは、確かにその人物の主張や欲求の現れかも知れない。


でも、名乗ったからこそ、このような社会現象に至ったと考えることも


出来るのではないだろうか?




近頃の世の中では、児童虐待などの痛ましい出来事が後を絶たない。

そのようなことが身近で起きたすれば、『自分にも何かできることがあれば』


と感じるのは当然だ。




そんな中で登場した伊達直人は、私たちにある潜在的な互助意識にまで


影響を及ぼし、何人かの人は、それを行動に移すきっかけやエネルギー


に変えることも出来た結果だと思う。



特に子育てを終えたシニア世代には、この伊達直人という名前が


持つパワーというのは、絶大なのではないでしょうか。





ダイガーマスク運動は、一時的な注目で終わるものかも知れません。


でも、人間の持つ潜在的な『優しさ』と『次世代を担う子供を大切にしたい』


という気持ちがある限り、また次の伊達直人がいつか現れるのでは


ないだろうか。





誰にでも『他を思いやる優しさ』はあると思うのです。


ただ、それを自分でも認識できないような状況というのもあるかも知れない。


伊達直人は、そのことを気づかさせてくれたのだと、私は思うのです。



タイガーマスク運動に参加したいと思いますか?


お金があったら参加したいですか?


あっても参加したいくないですか?



参加したいがお金がないですか?


参加したいが、それだけのエネルギーがないですか?


何とも思いませんか?




こんなことを自問してみると、自分のもつ


『他を思いやる気持ち』


というのが、どのくらい認識出来ているのかが分かるかも


知れません。