昨日は、来年度の新卒社員研修のため早朝から新所沢へ移動。研修後に、店舗のメンバーでの飲み会あると知らされたが、どうしてもその日に仕上げたい資料作成があったため断りつつ皆と店舗を後に。
駅への道のりをほんのちょっとだけ遠回りしてメンバーと一緒に歩いているとすぐに飲み会のお店に到着。いいなぁ、行きたいなぁと思った瞬間に気持ちを読まれたように『内海さん、ここまで来たら行くしかないでしょ』と言われた。
皆と飲みたいという目的を達成するために、そこまで言われたら僕も断るわけにはいくまい!と理由と必要性をこしらえて店内に。店の前で再び誘われてラッキ~~である。
しかし仕事が気になるので、軽く付き合う程度と思いつつ、熱い話を聞きながら結局最後まで笑。良き時間を過ごさせてもらった。
↓まぐろ祭り~、しーすーるーびー≧(´▽`)≦
そこでの会話から。
メンバーの1人が読書について語り始める。『社会人になって本を月に1冊も読んでいないなんて、裸で外を歩いているのと同じくらい恥ずかしいことだ(というくらいの気持ちで自分に言い聞かせている)。』という。
それに対し、他のメンバーが『学び方は人それぞれだから、本を読むことだけっていうわけではない。』と言う。
本を読んで学ぶことを実践していない人は、間違いなく後者が正しいと言うでしょう。その方が楽ですからね。ですが、それを言っている人物は本で学ぶことを好む人です。
僕はどちらの意見でもいいと思う。人は言葉の正しさよりも、それを言っている人物の方に関心があると思うので、それを言っている人物次第だ。
本を読まないことを恥だと言うのは結構だが、それを聞いた人がそんなことを言われても何も影響力を受けないような人物であれば、むしろそっちの方が裸の王様の危険性もある。
逆に、『学び方は人それぞれ』と言う人が、本まったく読まない人物だったら話にならない。自分が本から学ぼうとしていないことをただ正当化しているだけだと思われてもしょうがない。
それを発している人物が、聞く人にとって影響力があるかどうか?それで決まるんじゃない?
そんなことを思いながらやりとりを聞いていた時に、もう1人のメンバーが言う。
『本は出会うものでしょ』
悩み毎も、知りたいことも、好きなことも何の無いなんて人はこの世にはいないだろう。そして程度の差はあれど、おそらく本で学べないことって皆無なんじゃないかな。
だから本に会いに行ってみるのはいい。買う気なんかなくても、なんとなーくでもいいし、とりあえず書店に行って自分が少しでも興味のある本が置いてありそうな棚を眺めてみる。本のタイトルを見た瞬間、思わず手にしたくなる一冊があるかもしれない。
まるであなたが手にしてくれるのを待っていてくれたかのように。そこにいるかも知れない。
↑「情熱ホルモン」は凄いなぁ。これを食べにいった時におもしろいと思ったお話です。
最近色んなところで、キャッチ・声かけセールスを受ける機会が増えた。まず空港です。大きな空港では航空会社のクレジットカードの声かけセールスを毎回必ず受ける。
空港にはそれ専用のブースもいくつかあるので、航空会社としてもそれなりに力を入れているつもりなのだろう。ノルマとかあるのかな。でもですね、ファーストコンタクトがみんなお約束のように『マイル貯めませんか?』なんですよね。あれじゃ難しいだろうなぁ。
『マイル貯めませんか?』ってことは『我が社のカードにすればマイルが貯まりやすくてお得ですよ』ってことを言いたいわけだから、どのくらいの期間で、どれだけ貯まり、それで何ができるのかってことを伝えなきゃですよね。
ターゲットはスーツ姿にビジネスバッグを持った人だろうから、
『飛行機の利用回数が月に平均○回以上なら、年間で○○旅行できるマイルが貯まりますよ!』
『年間のカード決済100万円で、沖縄往復分マイルがたまりますよ~』
みたいなことを僕なら何パターンも考えるかなぁ。
『マイル貯めませんかぁ?』
『あ、結構です、すみません』
『じゃぁボールペンだけでもどうぞ』
僕は毎回こんな感じの繰り返し。ちなみにどんなセールスにも笑顔で答えるのが僕のルール。
『マイル貯めませんか?』だと、スポーツクラブでいうなら、見学しようかなぁと恐る恐る入ってきたお客様へいきなり『ご入会ですか?』みたいなもんだろうな。
マイル貯めて、入会してどうなんの?ってこと。そこを絞りこむとレスポンスは変わる。
出張中に駅からホテルまで歩く時に飲み屋が多い通りを歩くと次々と声かけセールスを受けたり目にする。
『カラオケいかがですかぁ~』
『居酒屋どうですかぁ~』
『もうお帰りですか?これから○○いかがですか?』
『ガールズバーいかがですか?』
だいたいこんな感じばかりですが、たまになるほどね、と思うこともある。先日同僚と新宿駅近くの「情熱ホルモン」へ向かった時のこと。
ファーストコンタクトが『おっぱいどうですか?』
こういう声かけだ。
極端な例ですけど、これはきっちりターゲットを絞っていますよね。分かりやすい。『居酒屋どうですかぁ』は広すぎる。そうじゃなくて
『本日限定、体が温まるキムチ鍋3人前が500円です!お鍋ビールどうですかぁ』
という感じが良い。お店の名前や、何屋さんなのかは、一瞬で決まる声かけセールスでは必要ない。
ティッシュ配りも、お店の名前を言って「よしくお願いします」と差し出すのがお決まりだ。
『何かあった時のためにお一つバッグの中にどうぞ』
『お化粧直しの時にどうぞ』
『お食事の後にご利用下さい』
ティッシュなんだから、こんなふうにその使い道を考えれば受け取ってもらえる確立はアップするだろうに。店の名前を言っているだけじゃただの売り込みだから、ティッシュ自体ではなく、それを避けられてしまう。だいたい受け取ってもらえなければ全く無意味なんだから。
最近いろんな所を歩くことで、そんな事を考えるようになった。目の付けどころを変えながらセールスを受けるとまぁまぁ面白いもんです。
ちなみにカードは航空会社のマイルは航空会社よりも楽天ポイントの方が色んな技が使えるので、毎回ごめんさいだ。あと『おっぱい』にも行っていません。情熱ホルモンは凄いですよ~笑
そしてFB経由で、このブログタイトルみて読んじゃった人は『いいね』ですよ~、その理由はもうわかりますよね?
小倉北区京町のスタバより。
今日はこれからまもなく来年度の九州地区新入社員の皆さんと研修。
の前にちょくら早めに昼休み。
いままではディカフェしか注文したことがなかったけど、最近はソイラテもちょいちょい飲むようになった。シナモンパウダーたっぷりぶっかけて健康的!
カウンターでカップを受け取る時に、店員さんから『豆乳お好きなんですか?』と笑顔で話しかけられた。『顔や体つきはソイっぽくないですけど』とでも言いたかったのか?
そんなはずはない(たぶん)。もしかしたら『植物性のタンパク質もしっかり摂っているんですね』と言いたかったのか?いや、見た目でそこまでは読めないだろう(きっと)。
スタバに行くと毎回ではないが、このように一言話しかけられることがちょいちょいあるんですね。確実に店員さんと目があって会話をする機会が。
他ではそういうことがないから、やっぱりまた「このお店に来たい」としばらくは感じるものです。相手に話しかけてもらおうとするのではなく、自分から話しかけることの意味を考える。
あなた自身や周囲の人はどうだろうか?話しかけてもらうのを待っている人、躊躇している人。
プラスのストロークを待つ側か、与える側か。久しぶりにそんなことを考えました。それにしても素敵な笑顔の店員さんだった。
気のきいた言葉や、相手が喜ぶような言葉でなくてもいい。話しかけるというストロークそのものに意味があるんだな。笑顔で相手を見る、これだけでもプラスのストローク。
あ、これ今日の研修に使えるな!笑
ちなみにその店員さんにこう返事をした。『そうやって一言いってもらえるのって、嬉しい気持ちになりますね。ありがとうございます。』と。もちろん笑顔で。
名付けて『接遇返し!』
お客様の笑顔を目指して、お互いのサービスがより向上しますように。そういう願いだ。
今日はこれからまもなく来年度の九州地区新入社員の皆さんと研修。
の前にちょくら早めに昼休み。
いままではディカフェしか注文したことがなかったけど、最近はソイラテもちょいちょい飲むようになった。シナモンパウダーたっぷりぶっかけて健康的!
カウンターでカップを受け取る時に、店員さんから『豆乳お好きなんですか?』と笑顔で話しかけられた。『顔や体つきはソイっぽくないですけど』とでも言いたかったのか?
そんなはずはない(たぶん)。もしかしたら『植物性のタンパク質もしっかり摂っているんですね』と言いたかったのか?いや、見た目でそこまでは読めないだろう(きっと)。
スタバに行くと毎回ではないが、このように一言話しかけられることがちょいちょいあるんですね。確実に店員さんと目があって会話をする機会が。
他ではそういうことがないから、やっぱりまた「このお店に来たい」としばらくは感じるものです。相手に話しかけてもらおうとするのではなく、自分から話しかけることの意味を考える。
あなた自身や周囲の人はどうだろうか?話しかけてもらうのを待っている人、躊躇している人。
プラスのストロークを待つ側か、与える側か。久しぶりにそんなことを考えました。それにしても素敵な笑顔の店員さんだった。
気のきいた言葉や、相手が喜ぶような言葉でなくてもいい。話しかけるというストロークそのものに意味があるんだな。笑顔で相手を見る、これだけでもプラスのストローク。
あ、これ今日の研修に使えるな!笑
ちなみにその店員さんにこう返事をした。『そうやって一言いってもらえるのって、嬉しい気持ちになりますね。ありがとうございます。』と。もちろん笑顔で。
名付けて『接遇返し!』
お客様の笑顔を目指して、お互いのサービスがより向上しますように。そういう願いだ。
1854年1月、黒船で知られるあのペリーが再来した時、その船に乗り込んで密航しようと様々な手を尽くしたが願いわ叶わず、牢獄へいくこととなった人物がいた。
『外国へ行くことは禁じられているが、世界が見たい。密航が知られれば殺されるが、慈愛の気持ちで乗船させてほしい』という手紙がアメリカでも発見されている。しかしペーリは彼の必死の頼みを拒絶した。
その人物とは、あの吉田松陰。
投獄された松陰だったが、いつでもどこでも学ぶことは忘れなかった。長年にわたり獄にある囚人たちに「孟子」の講義を始めた松陰。牢獄は学びの場へと変わった。
松陰が説いたのは「孟子」の教えだった。それは言葉にすることは簡単だが、実行するとなると極めて難しく厳しい教え「好善」だ。
それを実行しようとしつつ努力を重ねることが前提ならば、時には老荘思想のように、自分はやるべきとを行い、あとはなるようになるという生き方、両方を融合させてよいと僕は思う。
なぜん突然こんなことを書き始めたかというと、最近また孟子の言葉を読み始めてみた。今の自分は「孟子」の教えを目指したい。そんな気持ちのこの頃です。こんな言い方をすると批判を浴びるかもしれないが『孟子モード』の日々だ。
今日の孟子の一言。
『流水物たるや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。』
訳)
流れ行く水というものは、途中にある窪みを1つひとつ満たさなければ、決して先へは流れていかない。心ある立派な人が成人の道を学ぶことも同じで、1つひとつ区切りをつけて完成させなかれば、決して最後の目的に到達することはできない。
さぁ、心身専一に歩を進めよう。
『外国へ行くことは禁じられているが、世界が見たい。密航が知られれば殺されるが、慈愛の気持ちで乗船させてほしい』という手紙がアメリカでも発見されている。しかしペーリは彼の必死の頼みを拒絶した。
その人物とは、あの吉田松陰。
投獄された松陰だったが、いつでもどこでも学ぶことは忘れなかった。長年にわたり獄にある囚人たちに「孟子」の講義を始めた松陰。牢獄は学びの場へと変わった。
松陰が説いたのは「孟子」の教えだった。それは言葉にすることは簡単だが、実行するとなると極めて難しく厳しい教え「好善」だ。
それを実行しようとしつつ努力を重ねることが前提ならば、時には老荘思想のように、自分はやるべきとを行い、あとはなるようになるという生き方、両方を融合させてよいと僕は思う。
なぜん突然こんなことを書き始めたかというと、最近また孟子の言葉を読み始めてみた。今の自分は「孟子」の教えを目指したい。そんな気持ちのこの頃です。こんな言い方をすると批判を浴びるかもしれないが『孟子モード』の日々だ。
今日の孟子の一言。
『流水物たるや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。』
訳)
流れ行く水というものは、途中にある窪みを1つひとつ満たさなければ、決して先へは流れていかない。心ある立派な人が成人の道を学ぶことも同じで、1つひとつ区切りをつけて完成させなかれば、決して最後の目的に到達することはできない。
さぁ、心身専一に歩を進めよう。
2日にわたり受講してきました。
第1回Harvard medical school 主催加圧スペシャルインストラクター養成講習。
もう加圧ジャパンでも、加圧国際大学でもなく、ついにハーバードになったんですね。
合否通知は2週間以内に届くらしい。
加圧に限らず、やっぱりトレーニングはやるほどに奥が深いなぁ。改めてそんなことを感じてきた。
2日目の実技では今までやったことのないような加圧トレーニングを体験。自重パーシャルスクワット限界回数!と言われ、やりはじめたら1000回まで!30秒休んで2回目は110回くらいで撃沈。。。昼食を「飲むヨーグルト」だけで我慢しておいて正解だったーー。
そんなトレーニングをするのにももちろん目的があってのことですが、ガクガクでした。
加圧はどんどん世界に広まっていっている。スリランカでは政府が加圧を治療として認可したというからすごい。
アメリカでも加圧療法による医療費償還制度が適用されようになっているし、GoogleやYahooの本社でも導入されようとしているという。さらにNFLのチームでも導入されることが決まったらしく、とんでもない勢いでアメリカに広まるかも知れない。
あと、僕はまったく知らなかったのだが、ハロッズでも加圧トレーニングが行われているらしい。加圧ビューティーがまた盛んになるのかな。なんだか日本発祥なのに日本がどんどん遅れているような。
ひょっとすると、外国での反響により日本にまた大きな波がきてもおかしくないかも知れないですね。
今後は加圧インストラクターを養成する立場になっていくけど、自らが実践することと当然、そしてセッション数は少なくなるけど現場のトレーナーとしてお客様と接し続けていきたいと思います!

僕がいつも読んでいるサプリメントメーカーから「歴史的大転換」というタイトルのメルマガが届いた。
『?』と思い開いてみると、石油の解禁に関しての内容だった。確かにここ数カ月間、世の中を最も大きく動かしている変化だとは思う。ご存じの通りの暴落。
ヨーロッパも景気低迷中とか、中国などの新興国の景気が落ち着いてきたことなどもあるだろうけど、一番はアメリカの『シェールオイル』増産が本格化したことですよね。
原油純輸入国だったアメリカが、数年で産油国として世界のトップに躍り出てきたのだから、冒頭の『歴史的大転換』という言葉はオーバーとは思えない。この革命で化石燃料枯渇を前提としたOPECの価格設定は終わり。
供給が過剰であれば生産量を抑え、価格下落を調整する力がOPECにはあるはずなのに、今回はそれを放棄したのだから、談合組織としての機能はなくなり、当然市場からの信頼も崩壊。あとは転がり落ちる一方だ。
素人目にも、その下落ぶりは採掘コストを下回ってしまうんではないかと思わせるほどの勢いでしたよね。
先月から原油安の影響で、ガソリン価格が過去最長期間に渡り値下がり続けたニュースなんかも飛び交っている。物流だけでなく、原油は生活に直結する部分が大きいので様々なコストが削減されるだろうから、徐々に消費が刺激されることは実感できるはず。買い物にいく主婦なんかは、『あ!こんなに安くなった』とか。
これは良い影響。企業の業績向上にもつながり、給与もアップしてくれれば本当に景気の回復も実感できることでしょう。当然それによって株価もさらにアップする。
少し前にある大手証券会社の役員の方とお会いした時に、『本来、株価というものは景気を映す鏡のようなものなのに、アベノミクスは鏡の方ばかり良く見せようとしている。まだまだ本筋ではない。』というような話を聞いた。恩恵を受けている人は少ないということだ。
しかし、原油安で上記のようなことが起これば、鏡に映る実際の景気の回復も本格的に良くなったと実感できるようになってくるかも知れない。それも手伝い、アベノミクスはますます称賛されるかもですね。
と、ここまでは良い話ですが、そう楽観できない材料もある。産油国は原油輸出が財政の根幹ですから、原油安になれば一気に財政赤字となり通貨は売られる。実際に世界2位の産油国ロシアの通貨が昨年11月に急落。
今後も産油国でそのようなことが続けば、世界的につながっている金融市場へあっと言う間にマイナスの波紋が広がり、株価にも甚大なダメージを与えてくるかも。もしかしたらとんでもないことが再び起こるかも知れない怖さもある。
というようにプラスの面と、マイナスの面が同時に世の中へ揺さぶりをかけてくることになる。
この原油安が、本当の『歴史的大転換』であることを実感するのは、いつになるだろうか。いずれにせよ、原油国によるカルテル崩壊がこのような形で訪れるなどとは、数年くらい前では考えられなかったのではないだろうか。今後はどこまで原油安が続くか次第。
『変化は必ず起こる、それは不変。』これが一番書きたかったこと。
そして変化は、いきなりくる時もある。決して悲観するわけではない。そのことをしっかり意識し続けながらチャレンジしていければと思う。でなければただ死期を遅らせているだけ。そんな気持ち、危機感をあらためて強く意識した。
僕はTDK時代に、社会人2年目くらいでITバブル崩壊の悲劇を目の当たりにした経験がある。あの出来事は忘れらない。あれほどの世界的大企業の製造現場ではとんでもないことが起きていた。
ある日、国内の携帯電話関連会社の大手が、期首計画を数十億円下方修正する発表をした時、僕は同じ部署の課長に『うちも携帯がメインですけど大丈夫ですか?』と質問した。すると課長はこう言いました。『うちは国内じゃなくて世界が相手だから大丈夫。』
そんな会話してから半年も経たずに、その事態は突然きた。工場内では仕事がない従業員が止まっている設備の横で、床にずっと座っているだけ。調整休暇といって公休以外に週1~2回の休みを取らなくてはいけなくなり、もちろんその分は賃金カット。希望退職が募られ、大勢の人が会社を去った。
だから知っている、少しは分かっている。分かっているようで実はそうではないのが危機感だと。これは言葉で簡単に言えるほど生ぬるいものじゃない、自分のまわりから、数百人の社員が一気にいなくなるという現実は。
それでは、最後に僕が好きな言葉で締めます。これ知っている人いるかな。
『恐れるな、ただし侮るな。その両方がミスを生む。』byワニ蔵
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お元気さまです!
先日、新将命(あたらしまさみ)先生のセミナーを受講できる機会がありました。
新先生→プロフィール

実際に会ってみて驚いた。とてーもフランクな人柄ですっかりそこに引き込まれてしまった。
セミナの内容は「勝ち残る企業づくりとリーダー」について。という内容。
本当は、そこから素晴らしいと感じたことをここに書くつもりだったが、ちょっと違う方向性というか、自分的に意外だった内容に変更。
それはリーダーシップについて『メンバーの育成には8割褒めて、2割叱るくらいがいい。』という言葉がでてきた時のこと。褒めることが大事だと。
でも僕のスタンスは褒めることも叱ることもしないこと。それを実践しているので、一瞬「ん?」となったけど、その場はそれを忘れて素直に注意深く新先生に耳を傾けてみることに。こういう時はまっさらな気持ちで聞くのがいい。
ちなみに褒めも叱りもしない理由は、その相手が褒められたから嬉しい、叱られたから残念、というような受け身になってほしくないから。たとえ上司に褒められなくても、周囲に対して貢献できていると、自ら感じられる時、人は自分を好きになることができる。
誰かの期待を満たしそれが言葉や形で認められたら、それもいいとは思うが、たとえそれがなくても、自らの主観で自分が役にたっていると感じられること、それが大切だと思うからです。
褒められれば嬉しいし、やる気もアップすると思う。でもですね、そうやって上司に褒められないとモチベーションが上がらないのだとしたら、その本人にとってはたして幸せなことなのだろうか?
実はこの考え方は僕が実践している「アドラー心理学」から引っ張りだしたものです。褒めも叱りもせずに、相手が「自分は貢献できている」という主観を感じるにはどうすればよいか?それはここでは割愛します。気になった人はアドラーをどうぞ。
しかし新先生のような人から、褒め叱りの話を聞くと「なるほどなぁ」という気はするんですね。アドラーを信じて自分の人生のために実践してはいますが、それが絶対だとは別に思ってはいません。
リーダシップについていくつかの大事なお話を聞いたのですが、僕が一番考えさせられたのはそんなことだった。
セミナー終了からのちょっとした懇親会のようなものが終わり、会場をでて歩こうとした時に、ちょうど新先生が僕の後ろからやってきたので、改めて「ありがとうございました」とお礼のあいさつをした時のことです。僕にこう言いました。
「あんたは、いいぞ。顔つきが違う。問題意識を持っているツラだ、期待してるからね」と言いながら、結構な力で僕の肩をバンっと叩いたのです(ちなみに新先生は「顔つき」を「ツラつき」と言う。「面つき」なのかな)。
ここからがおもしろいところです。僕がここで新先生に褒めらて嬉しかった!などと言ったら?褒めることについてあんなことを書いておいて「なんなんだよそれ!」って突っ込みたくなるでしょう。
はっきり言います。嬉しかったですよ笑。おまけにめちゃくちゃモチベーションアップしましたよ!自分でもびっくりするくらいです。
でも、僕が今後もっと立派なビジネスパーソンになり、できる・できた人間へと成長し仕事でも成果をあげたとしても、新先生は僕の上司ではありませんし、そのことを褒めてくれるわけではない。僕も新先生に認められるような人間へ成長したいが、そのために仕事をするわけではない。
それでも、僕は嬉しくて、やる気がメラメラと燃えてきている。そしてふと思った。僕は、新先生から、『そういう言葉をかけることの大切さ』を教わったのではないだろうか。
それが一番の気づきだったのです。そのことを書きたかったわけで、別に褒められたことをひけらかしたいわけではない。そこははっきり謙遜しますし、調子にのることも全くない。
そして自分が嬉しかった理由はというと、やっぱり新先生のような方に声をかけていただけたからだと思うのです。
『何を言われたかよりも、誰に言われたか』
この力は強力だなぁ。なるほど、新先生がおっしゃる、リーダーは人間力が必要だということを実感した。褒めることはいい。だけどその前に自分がメンバーからどんな人間だと思われているか?信頼関係ができているか?それが条件。でなければ小手先のワザにすら満たないかも。
そしてもう1つ気づいたこと。新先生の「問題意識を持っている」という言葉を思いだしながら考えた。
以前の僕は、とにかく自分を高めたくて、成長したくて、そのために勉強したい、学びたいということばかり考えてた。ところが、いつのまにかそんなことを考えなくなっていたことに、その日初めて自分で気づいた。いつからそうなったかも覚えていない。
今は、仕事の面では、これを良くしなきゃいけない、変えなきゃいけない、という目下の課題について没頭しているような感じだ。自分が勉強している、学んでいるという実感はそれほど感じない。課題を解決・クリアした結果として、そうなれてればいいか。そんな感じかも知れない。
今の状態が良いかどうかははっきりわからないけど、自分では悪い気はしない。新先生の一言で、そんな自分の変化にも気づいたのでした。また新先生とお会いできる日が楽しみ。
『さぁ頑張ろう!今日も仕事が僕を待っている!』(新先生のマネ)
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セミナの内容は「勝ち残る企業づくりとリーダー」について。という内容。
本当は、そこから素晴らしいと感じたことをここに書くつもりだったが、ちょっと違う方向性というか、自分的に意外だった内容に変更。
それはリーダーシップについて『メンバーの育成には8割褒めて、2割叱るくらいがいい。』という言葉がでてきた時のこと。褒めることが大事だと。
でも僕のスタンスは褒めることも叱ることもしないこと。それを実践しているので、一瞬「ん?」となったけど、その場はそれを忘れて素直に注意深く新先生に耳を傾けてみることに。こういう時はまっさらな気持ちで聞くのがいい。
ちなみに褒めも叱りもしない理由は、その相手が褒められたから嬉しい、叱られたから残念、というような受け身になってほしくないから。たとえ上司に褒められなくても、周囲に対して貢献できていると、自ら感じられる時、人は自分を好きになることができる。
誰かの期待を満たしそれが言葉や形で認められたら、それもいいとは思うが、たとえそれがなくても、自らの主観で自分が役にたっていると感じられること、それが大切だと思うからです。
褒められれば嬉しいし、やる気もアップすると思う。でもですね、そうやって上司に褒められないとモチベーションが上がらないのだとしたら、その本人にとってはたして幸せなことなのだろうか?
実はこの考え方は僕が実践している「アドラー心理学」から引っ張りだしたものです。褒めも叱りもせずに、相手が「自分は貢献できている」という主観を感じるにはどうすればよいか?それはここでは割愛します。気になった人はアドラーをどうぞ。
しかし新先生のような人から、褒め叱りの話を聞くと「なるほどなぁ」という気はするんですね。アドラーを信じて自分の人生のために実践してはいますが、それが絶対だとは別に思ってはいません。
リーダシップについていくつかの大事なお話を聞いたのですが、僕が一番考えさせられたのはそんなことだった。
セミナー終了からのちょっとした懇親会のようなものが終わり、会場をでて歩こうとした時に、ちょうど新先生が僕の後ろからやってきたので、改めて「ありがとうございました」とお礼のあいさつをした時のことです。僕にこう言いました。
「あんたは、いいぞ。顔つきが違う。問題意識を持っているツラだ、期待してるからね」と言いながら、結構な力で僕の肩をバンっと叩いたのです(ちなみに新先生は「顔つき」を「ツラつき」と言う。「面つき」なのかな)。
ここからがおもしろいところです。僕がここで新先生に褒めらて嬉しかった!などと言ったら?褒めることについてあんなことを書いておいて「なんなんだよそれ!」って突っ込みたくなるでしょう。
はっきり言います。嬉しかったですよ笑。おまけにめちゃくちゃモチベーションアップしましたよ!自分でもびっくりするくらいです。
でも、僕が今後もっと立派なビジネスパーソンになり、できる・できた人間へと成長し仕事でも成果をあげたとしても、新先生は僕の上司ではありませんし、そのことを褒めてくれるわけではない。僕も新先生に認められるような人間へ成長したいが、そのために仕事をするわけではない。
それでも、僕は嬉しくて、やる気がメラメラと燃えてきている。そしてふと思った。僕は、新先生から、『そういう言葉をかけることの大切さ』を教わったのではないだろうか。
それが一番の気づきだったのです。そのことを書きたかったわけで、別に褒められたことをひけらかしたいわけではない。そこははっきり謙遜しますし、調子にのることも全くない。
そして自分が嬉しかった理由はというと、やっぱり新先生のような方に声をかけていただけたからだと思うのです。
『何を言われたかよりも、誰に言われたか』
この力は強力だなぁ。なるほど、新先生がおっしゃる、リーダーは人間力が必要だということを実感した。褒めることはいい。だけどその前に自分がメンバーからどんな人間だと思われているか?信頼関係ができているか?それが条件。でなければ小手先のワザにすら満たないかも。
そしてもう1つ気づいたこと。新先生の「問題意識を持っている」という言葉を思いだしながら考えた。
以前の僕は、とにかく自分を高めたくて、成長したくて、そのために勉強したい、学びたいということばかり考えてた。ところが、いつのまにかそんなことを考えなくなっていたことに、その日初めて自分で気づいた。いつからそうなったかも覚えていない。
今は、仕事の面では、これを良くしなきゃいけない、変えなきゃいけない、という目下の課題について没頭しているような感じだ。自分が勉強している、学んでいるという実感はそれほど感じない。課題を解決・クリアした結果として、そうなれてればいいか。そんな感じかも知れない。
今の状態が良いかどうかははっきりわからないけど、自分では悪い気はしない。新先生の一言で、そんな自分の変化にも気づいたのでした。また新先生とお会いできる日が楽しみ。
『さぁ頑張ろう!今日も仕事が僕を待っている!』(新先生のマネ)
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2日間に渡る支配人会議を終えて一息。僕から支配人の皆さんへ提案と説明も行ったが、そのことについて振り返ってみた。
あれで良かっただろうか?腑に落ちない点はなかっただろうか?研修で何かを教えたり、会議で発言やプレゼンをした後というのは、そんなことが気になり何度も考えてしまう。
『あそこは、○○というふうに言えばよかった』
『あのタイミングで一度だれかに意見の発言をお願いすればよかった』
『自分の提案対し、自らもっとデメリットも考えておくべきだった』
といったことがポロポロとでてくる。
そして一番気になるのが、『もっと事前に合意を確認できるやりとりを重ねておいた方が良かったかなぁ』ということ。
自分の案で問題なくまとまると予測できていた。それでもあえて事前に合意をえる手間をかけるのは、結果だけを見れば時間の無駄とも思えるが、これがそうとは言い切れないことを痛感し、忘れられない失敗をした経験がある。
数年前、有料のダイエットプログラムの企画を、僕が中心になって進めたことがあった。それを担当するであろうメンバーが集まって研修を行った時のこと。
そのプログラムのトレーニング内容は、すべて科学的な根拠を詰め込んだもので、僕にとっては何の問題も考えられなかった。
そして研修メンバーには事前に資料等も配布済みだったので大丈夫だと思っていたら、いざ本番になって何人かが予想外の決裂。完全に収拾がつかない状態になってしまったことがあった。
当時の僕は、ただがっかりするだけだったが、後に自分の失敗に気づく。スピード・効率を優先して、メンバーの事前合意を得ることを怠ったのが明らかにダメだったのだ。
決裂したメンバーもしばらく日数が経過してから、100%といっていいくらいに僕の提案に乗ってくれて収まったくれたのだから、やはり原因は明らかだ。
結果が読めていても、合意を得る過程に重要な意味があることを忘れると思わぬことが起こることもある。それが当時の教訓として残ってはいたのだが、今回はそれを少し怠ってしまった。
しかし僕の失敗例のように決裂するなら、実はまだマシだ。口にださずに不満をためこまれることの方が怖い。相手との人間関係の解れが、知らない間に進んでいくことになる。
すべてのことに関してそのような手間をかける必要はないし、トップダウンの決定事項でスピード優先のこともある。でも、『ここぞという時』には欠かせないプロセスだということを僕は経験した。効率を優先し、自分の案を過信したたがために、結局は非効率で余計な時間と労力がかかった。
自分が事前に積み上げた積木を一度あえてぶっ壊し、メンバーとあらためて一つずつ積んでいく。異なる積み方をあえて引き出し、それについてメリット、デメリットを一緒に考える。手間はかかっても実はそれが最短の道なのかも知れない。
そしてそれは僕にとっては初めから見えていた積木の完成型であっても、メンバーにとっては自らが考えて作ったものに見えるはずだから、まったく意味が違う。
まぁ、今回の会議の内容については、そこまで深刻になるようなことでなかったというのもあるが、途中までは合意を得るプロセスを進めながら、最後は間に合わなくてやめてしまったことが、自分的に後味悪く反省点。
そしてもう一つ。実はその数年前の研修メンバーが何人か今日までの会議にも参加していたのだ。それで改めて思い出したわけです。
あと、これは余談になるが、提案や話しの内容ではなく、合意を築くプロセスそのものだけに関心がある人もいるから、そこにも気をつけなくてはいけない。
要は、何か事が進む時に、自分が納得できる手順がとられていないと、それが気に入らなくてヘソを曲げ、不満を漏らすという更に難しいタイプの人もいる。それでもやはり『ここぞという時』には、しっかり手間をかけてなくてはならない。僕はそう思うのです。
これからまだまだ大きな事が起こってくることもあるだろうから、改めてそんなことを思い出す良い機会だったなぁ。それをこれからも大切にしていきたい。

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あれで良かっただろうか?腑に落ちない点はなかっただろうか?研修で何かを教えたり、会議で発言やプレゼンをした後というのは、そんなことが気になり何度も考えてしまう。
『あそこは、○○というふうに言えばよかった』
『あのタイミングで一度だれかに意見の発言をお願いすればよかった』
『自分の提案対し、自らもっとデメリットも考えておくべきだった』
といったことがポロポロとでてくる。
そして一番気になるのが、『もっと事前に合意を確認できるやりとりを重ねておいた方が良かったかなぁ』ということ。
自分の案で問題なくまとまると予測できていた。それでもあえて事前に合意をえる手間をかけるのは、結果だけを見れば時間の無駄とも思えるが、これがそうとは言い切れないことを痛感し、忘れられない失敗をした経験がある。
数年前、有料のダイエットプログラムの企画を、僕が中心になって進めたことがあった。それを担当するであろうメンバーが集まって研修を行った時のこと。
そのプログラムのトレーニング内容は、すべて科学的な根拠を詰め込んだもので、僕にとっては何の問題も考えられなかった。
そして研修メンバーには事前に資料等も配布済みだったので大丈夫だと思っていたら、いざ本番になって何人かが予想外の決裂。完全に収拾がつかない状態になってしまったことがあった。
当時の僕は、ただがっかりするだけだったが、後に自分の失敗に気づく。スピード・効率を優先して、メンバーの事前合意を得ることを怠ったのが明らかにダメだったのだ。
決裂したメンバーもしばらく日数が経過してから、100%といっていいくらいに僕の提案に乗ってくれて収まったくれたのだから、やはり原因は明らかだ。
結果が読めていても、合意を得る過程に重要な意味があることを忘れると思わぬことが起こることもある。それが当時の教訓として残ってはいたのだが、今回はそれを少し怠ってしまった。
しかし僕の失敗例のように決裂するなら、実はまだマシだ。口にださずに不満をためこまれることの方が怖い。相手との人間関係の解れが、知らない間に進んでいくことになる。
すべてのことに関してそのような手間をかける必要はないし、トップダウンの決定事項でスピード優先のこともある。でも、『ここぞという時』には欠かせないプロセスだということを僕は経験した。効率を優先し、自分の案を過信したたがために、結局は非効率で余計な時間と労力がかかった。
自分が事前に積み上げた積木を一度あえてぶっ壊し、メンバーとあらためて一つずつ積んでいく。異なる積み方をあえて引き出し、それについてメリット、デメリットを一緒に考える。手間はかかっても実はそれが最短の道なのかも知れない。
そしてそれは僕にとっては初めから見えていた積木の完成型であっても、メンバーにとっては自らが考えて作ったものに見えるはずだから、まったく意味が違う。
まぁ、今回の会議の内容については、そこまで深刻になるようなことでなかったというのもあるが、途中までは合意を得るプロセスを進めながら、最後は間に合わなくてやめてしまったことが、自分的に後味悪く反省点。
そしてもう一つ。実はその数年前の研修メンバーが何人か今日までの会議にも参加していたのだ。それで改めて思い出したわけです。
あと、これは余談になるが、提案や話しの内容ではなく、合意を築くプロセスそのものだけに関心がある人もいるから、そこにも気をつけなくてはいけない。
要は、何か事が進む時に、自分が納得できる手順がとられていないと、それが気に入らなくてヘソを曲げ、不満を漏らすという更に難しいタイプの人もいる。それでもやはり『ここぞという時』には、しっかり手間をかけてなくてはならない。僕はそう思うのです。
これからまだまだ大きな事が起こってくることもあるだろうから、改めてそんなことを思い出す良い機会だったなぁ。それをこれからも大切にしていきたい。

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