Live with Max. -21ページ目

Live with Max.

世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

 日本動脈硬化学会が、食事でコレステロールを摂取しても、体内のコレステロール値に影響がないことを発表したのは、多くの人がご存じかと思います。


 コレステロール値が高いことを気にし続けてきた国民がどれほどいたでしょうねー。そうでない人でもコレステロール値が高いことは悪であるというのが、一般常識化していたと言っても良いのではないでしょうか?

 ところがですね、コレステロールを食事から摂ることは、血中コレステロール値の上昇とは無関係ってのはもう100年くらい前から分かっていたことなんですよ。


 まず、なぜコレステロールの摂取が「悪」とうことになってしまったのか?

 1913年、ロシアのアニチコフという当時は有名だった偉い学者が行った実験があります。

 ウサギにコレステロールを含む食事を与え続ける実験の結果、血中コレステロール値が上昇したという結論を発表しました。
 それで、食事でコレステロールを摂ると血中コレステロール値も高くなるので良くない、ということになったのが始まりなのです。

 しかし、当然反発したのが鶏卵業者です。彼らは自ら1日10個の全卵を1ヶ月間食べ続けて血中コレステロール値が変化するかを実験しました。結果は変化無し。


 当時の国立栄養研究所が発表した結果が覆されたのだから、さあ大変です。専門家でもない鶏卵業者の実験結果などあてにはならないとして、研究所が同じような実験を行いました。

 しかし、やはり血中コレスロール値に変化は無し。実はアニチコフが行った実験にはとんでもない欠点がありました。それは草食動物であるウサギを使ったことです。コレステロールが上昇して当然だったのです。
 肉を食べる人間は、通り食事からの吸収量や体内合成量を調節することが出来ます(体内では食事から吸収している量の3~5倍のコレステロールが合成されている)。

 また余分に摂り過ぎても排出する機能もあります。ですからたくさん摂取したからといって問題になることはありません。問題になるのはそういった機能に異常がある場合や、家系的に値が高い場合です。そのような人は注意が必要かも知れません。


 100年前にロシアの研究所が行って結果がでていることを、今またやり直して、『やっぱりコレステロールの摂取は、体内コレステロール値に影響はない!』などと発表しているのって、おかしくない?

 ひた隠しにされてきた事実というよりは、隠しきれずに反論されてきたけど、頑張って抑え続けてきた事実を、もう抑える必要がなくなったんですよね。以前のような「おいしい理由」がなくなってきたんで。

 つづく。。。

 
 稲盛和夫氏が習慣にしていることは読書だそうだ。というのは普通に聞こえる話だけど、どんなに忙しい時でも、疲れている時でも、必ず読むという。寝る前の15分でもいいから欠かさない。

 という話を聞いて、マネをしようと思うわけではないけどね。出張中も常に3~4冊の本を持ち歩いていながら、最近はまったく開いていない。本当に本を運んでいるだけ。電車や飛行機の中でもパソコン開いているのがほとんど。

 そんな状況の時に知った稲盛さんの話は、なんだか少し勇気づけられたな。僕は5分でもいいから寝る前に読むことくらいはできる。本当は読みたくて持ち歩いているんだから。

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 今読んでいるのは、コレ。別に億万長者になりたいわけじゃないですよ(笑)DRMのお勉強。もともとマーケティングは興味があり、特にDRMに特化して。勝手にコピーライターみたいな気分で仕事をしている時もある。これを何とか今の仕事に活かしたい。




日本が誇る明治維新、捏造の疑惑・・・
維新のヒーロー坂本龍馬 彼の正体は?


海援隊は龍馬の私立の海軍です。
絶えずお金不足です。
働いていない男達を5、60人抱えているんです。

しかし龍馬は動きまわります。
薩摩と土佐と長州と肥後、一緒になったら絶対何かできる。


そこから大政奉還への道のりが始まった。
そこまで日本人は皆教えられてきたはず。


話が出来過ぎています皆さん。


31歳 169億円の武器調達
33歳 37億円の武器購入
(出典:日本銀行高知支店)


坂本龍馬、お前あれだけ動き回って、あれだけ武器を積んで、長州へ運んでいった。
膨大な量の武器・弾薬。

そのお金どこからでたの?

巨額のカネを動かし
日本の権力者とつながり


カネは誰がだしたんじゃ、おい!
龍馬、お前のスポンサー誰?


大政奉還1ヶ月後龍馬暗殺

誰が龍馬に金をだしたか?
分からない

誰が殺したか?
分からない


あれは本当に分からなかったんですか?
それとも隠しまくったんですか?



犯人は? 動機は?

明治維新は維新になった直後から御用学者がおりまして
明治維新について新しい歴史を書き始めたんです。


日本で最も有名な犯人
なぜ捕まらない?

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明治維新の黒幕

日本へ行ったら、現地のテロリストを養成して
そいつら(龍馬達)に戦わせろ

武器と作戦と そういうものはこちらから供給して
内戦を起こさせろ


誰が背後に?


わたしたちが真実を追及するとき
都合の悪いことにいっぱい出会います。

真実を知らないと、
その上に作った建物は
ガラガラと崩れます

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スタンフォード大学フーヴァー研究所教授
リアルラストサムライの異名を持つ
CIAのスカウトを蹴った、唯一の日本人

西 鋭夫先生の講演録「新設明治維新」

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以上


 ↓明治維新は誰によって計画されたのか?その目的は?
 http://saigaijyouhou.com/blog-entry-227.html 

 龍馬暗殺の黒幕は?なんてのは多分今までも騒がれてきたことだけど。僕も坂本龍馬のことが好きだった。そのことに影響はないが、それとは別な意味で西先生の話は重い。龍馬の熱烈なファンはきっと物凄い規模だろうから、明治維新について「カネ」の話なんて下品!といわれるかもしれないけど。


 カネの流れを追えば、真実がわかる。すべてがわかる。だからカネについていく人間は、その時は良くても、あとで窮地に陥る。カネの流れをたどればいいって、分かられているんだから。


 政治って、今も昔もそれは変わっていない。いや、政治だけじゃないね。カネについて行っていない?








 今、自分の仕事以外で最も注目していることは、マクドナルドがどうやって再建するのか?どうなるかではなく、どんなプロセスを選択するのか?気になる。あまりにも身近な話題過ぎて、勉強になることも何かありそうだ。


 前々関係ない話ですが、先月誕生日で40になった。妻と息子からのプレゼント。ワイシャツとネクタイと、高級そうなベルト。ありがとう。

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 僕はたぶん今まで一度も年齢のことなんて気にしたことないような気がするけど、やっぱり年代が変わるのって少し意識はする。

 それはね、『もう歳だよ』なんてことじゃなくて『残りの人生をどう生きるか?』なんですよね。まぁその話は長くなるので別な機会に。

 それよりも、『もう歳だ』とか『若くないんで』とか、いつまでもそんなこと感じずに僕は生きていきたい。今生きていることに感謝して。そうすればきっと、そんなことは感じずに生きていけるだろう。たとえ病気になったとしても。


 自分の残りの人生、今が一番若いのだから。


今日は、青森から普通電車を乗り継いで帰宅!
38駅停車達成、えらいぞ俺!できる男になった気がした(笑)
空いてたし、眠気もなく、ずっとパソコン開いてこれたからまぁいいか。
あ、あと秋田駅には乗り越し清算機ないことも今日知った。


最近、仕事も私生活も色んなことだらけで、なんだか時間が止まっているかのような感覚。
写真をみながら思い出し、たまには日常的なネタを。


 先月、娘がもうすぐ1歳になる孫を連れて我が家に遊びにきてた。最近歩けるようになって、立ってモモと遊んでいるのか、戦っているのかよく分からないけど、楽しそうにしている。
 そして、遊び疲れたら一緒に寝んね:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

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いやされるねーー




 しばらくの間、いくつかの店舗へちょこちょこ出向いて、ローカーボダイエットについての研修をずっと継続しているんで、まずは自ら実践しようと、2年ぶりのダイエットをスタート。とにかく買って食べるのが多いのでこんなメニュー。
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 店舗で新しいダイエットプログラムをスタートさせるための研修です。数年前から業界ではブームになりだした低糖質としっかりとした筋トレを組み合わせたプログラム。でも、これをスポーツクラブで展開しているとこって初ないんじゃないかな。手前みそですが、僕が考案したのは、ブームのマネごととはふた味違います。内容は内緒です(笑)

 自宅で食べられる時は、こんな感じのメニューもOK。豚肉をたっぷりと。

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 食事をしていると、僕の太ももにアゴをのせておねだりしてくるモモちゃん。上目づかいはやめなさい!
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 話は変わって、先月突然、妻が庭の芝生を植え変えると言いだした。しかも自分で。次から次と色んなものをホームセンターから買い込んで、大改造がスタート。
 新しい芝生を植える前に、まずは現状の地面を掘って掘って、雑草の根を取り除く作業。気の遠くなる作業だ。僕も少しだけ手伝ったけど、これはかなり本腰入れないと終わりが見えさそうだ。どうなることやら。

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 さて、明日はコンバットと、今月から復活のパンプとレッスン2本!店舗で担当者が十分にいるってことになったら続けられるかどうか分からないけど、他の店舗を回り始めた時に必ず聞かれたことがあった。

 「内海さんって、今でもレッスンやってるんですか?」

という質問。すべての店舗で聞かれた。そうか、これは続けた方がやっぱりいいな!とも考えましたが、やっぱり現場にできるだけ近いことって大切だな。色んな意味で、そのことが分かってきた。今までにないくらい、それがよく分かってきたこの頃です。

 明日も気合の入ったレッスンのために練習開始、どうぞ宜しくお願い致します!

 店舗を回りながら、最近新しく支配人になった人とも会って、色々と話す機会があり、そこで印象に残ったこと。

『支配人は孤独だと聞いたんですが、そういうものなんですか?』

という質問。

 よくリーダーとは孤独だ、経営者は孤独だ、なんてことを言っているビジネス書なんかもあるから、その影響を受けている人が多いのだろうか。

 リーダーは孤独だというのは、メンバーからどんな意見がでようと、最終的な決断をするのは自分であり、その責任も自分がとらなくてはいけないということ。最終的には自分に頼らなくてはいけないということだろう。
 そういうい状況や心理のことを『孤独』という言葉で表現しているだけのこと。それを知らないで、『支配人は孤独だ』だなんて言葉だけ聞かされると変に捉えてしまう。

 例えば仕事上の目標は同じでも、自分が納得するプロセスでなければ非協力的な態度をとって足を引っ張るメンバーがいた場合。そのメンバーは決断や責任をとる立場ではないので、自分が上司に気をつかわせていることも、足を引っ張っているような自覚もないだろう。
 それで上司は人間関係でうまくいかない、チームがまとまらないと悩みに悩んで『あぁ、こういう意味だったんだなぁ、孤独って』と自分に刷り込んでしまって余計に心を疲弊させてしまうことになりかねない。そういう誤解は避けてもらいたい。
 
 孤独というのは、心を通わせられる相手が1人もいないという意味ですよね。もし本当に孤独なのだとしたら、それはリーダーだからとかじゃなくて、その人の人間性がまず問題だろう。心を通わせられる相手がいないなんて。

 メンバーと意見や考え方の相違で悩むことがあっても、孤独なんかじゃない。たとえまとまらなかったとしても、自分の周りにいる人はみなん仲間であることには変わらない。
 自分の考えを尊重してくれるから、自分の言ったことをしっかりやってくれるから、だから仲間だと感じる、自分は孤独じゃないと感じることができる。もしそうだとしたら、それはただの交換条件をメンバーに求めていることになる。

 メンバー全員が仲間だということを、相手次第ではなく、自らの主観でそう思い続けることができるかどうか?そのことに気づけば、対人関係は驚くほどシンプルになる。僕はそう思う。
 これは言葉で説明できるほど簡単ではないけど、支配人となり立場が変わったことでかつての自分を振り返ることができているのなら、きっと腹に落ちてくれるんじゃないかな。

 そんなことを願いながら、支配人の方々と話をした。相手がどうであろうと、自らの主観で周囲にいる人すべてが仲間だと思えること。
 キレイごとのように聞こえるかも知れないが、少なくとも僕はそれで変わることができた。僕と話をした支配人の方々が、いつかチームの対人関係に悩んだ時に、こんな話を覚えておいてくれればなと思う。

相手を変えることはできないが、自分の主観は変えられるのだと。
『最も強い種や最も賢い種ではなく、最も変化に強い種が生き残る』byダーウィン


 一昨日は札幌で会議。その後は、北海道ジンギスカンへ!

焼き肉は、肉がなくなるまで野菜は食べない習性です。よって僕がいるテーブルの鉄板は常にこの状態。

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支配人の皆さんと共に今後について話し合う中、思わず夢中になって『まず先に僕の話を聞いてほしい』と無意識に語りはじめていた。その内容は、


★環境の変化に適応しなくてはいけないということ

 
 環境を変えよう!という思考で成功する人ももちろんいます。世の中の成功者と呼ばれる人のなかにはそんな人もきっとたくさんいますよ。それを前提に、それだけではない、別な道があるというお話。

 環境ではなく自分を変えることで成長することも可能だということ。現状にとどまらなければ、その困難を乗り越えた先を経験することができないのだから。これは企業でいえば、新たな事業を始めたり、既存の事業でも目標を達成する構造を変えるといったことになる。

『最も強い種や最も賢い種ではなく、最も変化に強い種が生き残る』

 ダーウィンの進化論は生物のみならず、企業にも言えることではないか。記憶に新しい話題でいえば、mixiの例。SNS業界で圧倒的な地位を築いたmixiが、スマホへのシフトによる広告売上減少や、他のSNSの伸びに押されて赤字経営となった。
 その状況でついには創業社長の交代。その後は多くの人がご存じの通りだ。新社長はスマホゲームを新規事業として打ち出し、奇跡的なV時回復。赤字損益から60億以上の黒字転換。売上ではなく損益である。

 ゲームはまったくしない僕ですら、モンストのことは知っている。スタッフもみんなやっているし、電車にのってもゲームしている若者だらけです。会員制の書き込みコミュニティサイトから、スマホゲームを通してのコミュニテイ提供と、共通点はあるが、その手法をガラリと変えて圧倒的な支持を得て、多くの人に楽しみを提供することに成功した。

 でもですね、自分を変えるってのはそんな簡単じゃなくて。自分が覚えてきたことや、体験してきたことのフィルターにかけて物事を見ようとしてしまうもんなんですよね。mixiも相当な苦労や痛みがあったことだろう。

 これは今やるべきだ、これはリスクが高いから回避すべきだ。これは現状には合わない、これは現状に当てはまる。これはここがおかしいからやるべきではない。
 このような判断がすべて自分が勉強したことや、興味、関心というフィルターにかかってしまう。そのことが自覚できなくなってくる。

 勉強で身に付けた「知識」は、やがて自分の持つフィルターとなりやすい。意識しようがしまいが、人間とはそういうものじゃないだろうか。そこから「見識」を広め、高められるかどうかがもっと大事だろう。
 知識は貧弱でも見識を立てられる方がずっといい。物事を自分が見たいように見ようとするフィルターを外せる人間だ。

 勉強というのは、自分が知らないこと知ろうとすることですよね。これは簡単。だけど『学ぶ』というのは、それにプラスして、

 『自分の理解が間違っているのではないか?という視点に立ち、あえて理解できる解釈を探してみる。』

 ということから生まれるものが大きい。

 物事の本質を捉えた判断力はそこから養われ、『見識』の深さ広さを生む。僕はそう思う。それがなければ、自分は物事の悪い面だけを見ようとして、他の人が良いと思っている部分については表面的にしか受け入れられなくなる。
 悪い面をみて批評家になるのは実に簡単。誰でもできる。だから「あえて理解できる解釈をさがす」「見識を養う」が大切。


『実際問題にぶつかって、いろいろな矛盾や抵抗に鍛えられ、きびきびした実行力になりますと「胆識」であります。』

 東洋思想の普及に努め、日本の権力者に対しても絶大な影響を与えていた安岡正篤先生の言葉だ。「見識」に決断力と実行力が加わったものを「胆識」という。

 胆識は『矛盾や抵抗によって鍛えられる』。それによって変化する環境の中で自分を活かしきる力を身につけていく努力をすること。これはまさに成長、そして進化の過程だ。
 だからまずはフィルターをオフにして自分を鍛えるのがいい。鍛えた後の行動段階でまたオンに、学ぶ時はオフに。この繰り返しだ。

 また、ある物事について○○という理由で受け入れることが難しい、認められないということはない。逆である。『受け入れない、認めない』という目的を達成するために、そのような理由ばかり見ようとする。自分が見たいようにしか見ることができなくなる。
 

 会議で話を終え席に着いたあともそんなことを思い返していた。興奮なのか緊張だったのか、カラダ全体が熱く火照っている自分に気付いた。フィルターをオフにし、批評的な態度を捨てることが、学びと成長の根底にある。周囲へそんなことを伝え続け、人材育成を仕事としている自分もまた、このことは信条としていきたい。そして『最も変化に強い種』となり進化していこう。


 先日、秋田の店舗の前の歩道を歩いていた時に、アメの袋が落ちていた。アメが1個だけ入っている小さい袋ありますよね、あれです。

 それを捨てておこうと拾い上げた瞬間、指先にネチョっとした感触が伝わる。うわっ!と思って袋を見ると中にはまだアメが入っているじゃないか。しかも溶けている。それが指についたのだ。

くっそーー!なんでこんなもん捨てるんだよ、バカじゃないか!?』

 以前の僕なら、200%間違いなくそう声に出して1人でムカついていただろう。でも今はそうじゃなくて、いつも『ありがたいなぁ』という気持ちがわいてくるんですね。



 外に落ちているゴミを素手で拾った時、すぐそこにゴミ箱があるなら良いのですが、ない時はそれを持ち歩くのって、せっかく良いことをしているのに正直あまりいい気分ではないんですね。しょうがなくそうしている感じで。

 そんなふうに残念な気持ちで『あーあ、汚いなぁ』と思いながらゴミを持って歩いていた時、ふとあること思いだした。
 出張先で、早朝にホテルから駅へ向かう途中にある繁華街で、ゴミを拾ったり、路面をブラシでこすって洗ってキレイにしている人達を見かけた時のこと。ボランティアなのか、どこかの職員か近隣に住む人達なのかわからないけど。
 その時は、こんな朝早くから街をキレイにする作業をしているなんて清々しいなぁ、いいことだなぁ、と思っただけだった。

 そのことを思い出したんですね。掃除をしていたあの人達はいつもこういうことをしているんだなぁ。あれだけ人が集まって皆でやっているんだからきっと定期的に行っているんだろうなぁ。

 歩道に落ちている汚いゴミを拾った時に、そんなことを思い出し、掃除をしてキレイにしてくれる人への感謝の気持ちがふっとわいてくる感覚。おそらくご共感いただけるのではないでしょうか。

 以前は、ただ残念な気持ちでしょうがなくしていたことから、そんなことに気づくことができて、感謝を感じることもできるようになった。
 僕はゴミを拾っています、なんてブログに書いてると善人ぶっているみたいな気持ちもしてしまうが、実際拾ってみようとした時はつい周囲の目が気になってできないこともあったし、かっこつけていると思われないか?なんて気にしていたこともあった。

 でも思い切ってそれを実行した時に気づいた。ゴミを持って歩きながら周囲にいる人達をチラ見してみたが、別に何も変わらない。
 恥ずかしがっていた自分がおかしくなり思わず顔が笑っていた。『なんだよ、当たり前じゃないかそんなの。』何も変わらないのである。恥ずかしがっていた気持ちと一緒にゴミを勢いよくゴミ箱へ捨ててやった。なんで緊張しなきゃいけなかったんだろう?


 普段当たり前のように目にしている光景。ゴミの無い道路、不快感なく使える職場のトイレか、またはゆっくりくつろげる自分の家のお風呂かも知れない。
 少しだけかもしれないけど、気付くことができる。『ここをキレイにしてくれている人がいる』と意識することができる。


 
 アメのカラ1つ拾うぐらい、全然大したことじゃない。しかも自分が働いている場所の前だ。むしろやって当然。それでも気づける。今まで意識していなかったことに。自分がやってみることでわかる。
 

 謙虚さと感謝の気持ち。これに気づくにはやっぱり掃除、ゴミ拾いがいい。アメのベトベトで汚れた指を洗い流しながら改めてそんなことを考えていた。



新富士駅から始発の新幹線より。


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始発だけど、ホームにはおそらく100人以上は並んでいたんじゃないかなとびっくり。早めにきておいて良かった。

 重要な案件があるので、万全を期すため駅にも改札が空く前に到着できるくらいの時間にタクシーを頼んでおいたが、正解だった。

 タクシーを予約しておいた時間の5分前にホテルの部屋をでて、エレベーターを待ちながらふと窓ガラスから地上を見下ろすと、入り口前に止まっているタクシーの車体の上の表示が目に入る。『もう来てくれてたんだ、良かったな』と思いながらさらに窓に近づくと車全体が見えた。

 運転手さんが車の前に立って背筋を伸ばし、手を前でキレイに組み、トランクも空けた状態で入り口を見つめていた。

 その姿を見た時点ですぐに分かる。こんな早い時間にホテルを出る人はあまりいないだろう。僕が下に降りて外に出ようと自動ドアが開いた瞬間に僕の名前を呼んで気持ちの良い挨拶をしてくる、確定だな。

 『内海様ですね、おはようございます。』

 『おはようございます、いつもこうやって車の外でお客様を待っているんですか?』

 『はい、会社の方針なので。』と、笑顔で運転手さん。


 そうか。。。この運転手さんがたまたまそうだったわけではないのか。たとえ仕事だから、会社の方針だからとはいえ、僕は気持が良かった、そのことについては感謝すべきことだ。

 駅には改札が開く5分前に予定通り到着。料金を支払うと運転手さんがドアを開けて降り、小走りで車の後方へ回り込み、トランクから僕のスーツケースを取り出し、歩道へと運んでくれた。運転席からトランクまで、たかだか2mくらいの距離だろう。それをわざわざ走って移動する。これも会社の方針だというのか?いや、そこまでは聞くまい。

 その2mこそが接遇だ。そこまでするのか?そう思われるくらいのことだからこそ行動する意味がある。
 礼が整った動作と言葉を繰り返すことには意味がある。お客様のお出迎え1つにも様々な要素がある。会釈のしかた、表情、お客様に座っていただくイスを引く時や、水やお茶を差し出す時の動作も、心を込めようと本当に思っているからそれを行動に表したいと思う。

 そこまでやる必要があるの?だからこそやる意味がある。

 そんなの自己満足じゃん?それでいい。

 
 もしかしたらそういう人は嫉妬しているだけかも知れない。見返りがなきゃできないのなら接遇ではないのだから。良いと信じたことをするのに、誰かに嫉妬されるなんて気にしなくていい、嫌われる人には嫌われ自由になった方がいい。

 ちゃんと心があれば形じゃないよ。それでもいいが、それでは周囲から見えるのはただの建前だけだ。心があるからこそ、形にこだわる。心は形なり、形は心なり。


 『ありがとうございました、運転手さんのおかげで朝からとても良い気持ちになれました。』

 『ありがとうございます、いってらしゃいませ。』と富士交通株式会社の運転手さん。


 絶景の富士山に、心が温まる接遇で、早起きの寝不足感が清々しい朝に変わった。まだ開かない駅の入り口の前で自然と表情がリラックスしていくのを感じた。




 相変わらずトレーニング頻度はあがらないものの、何とか気合続けてはいるので以前よりは精神衛生的には良い感じだが、そうなるとまた現状に満足しなくなってくる。不満はないが、無い物ねだりがはじまってきてしまうものです。


 そんなことを自覚しながら先日トレーニングしていた時に、久しぶりに見かる方へ声をかえた。体調を崩してしばらく休んでいるという話を耳にしていたので、心配でそのことを聞いてみた。
 
 2週間ほど入院してて、そのうち8日間絶食で体重も5kg落ちてしまったのだと言う。トレーニングをずっと継続されていてた方なので、2週間程度の入院ならすぐにカラダを戻せるだろうと思い、マッスルメモリーの話をしたんですが、その後のお客様の返事に対して思わず言葉に詰まった。

 『いやぁ、脂質の摂取制限があるから食事も大変なんだよね』

 脂肪を摂取できないとなると、これは簡単なことではなくなるし、カラダを元に戻せたたとしてもそっから先はさらに予測がつかないほど大変だろう。

 『病室で腕立てやっていたら看護師さんに怒られちゃったよ』


 そう笑いながら、ベンチ台へ向かい、いつも通りのトレーニングを黙々と続けている。


 その姿を見て、僕はなんだか勇気づけられ、自然と顔が笑っていた。
 
 よし、僕も今できることに集中しよう!なんだかとてーも新鮮な気持ちになりウェイトの付け替え動作もウキウキしてくる笑。

 未来のためではない、今、この瞬間も常に本番だ。今ここでできることをするために現在がある。未来はその積み重ねの結果に過ぎない。僕はそう考える。

 トレーニングの神様、今日もありがとうございます。そのお客様を通じて、僕にそのことを気づかせてくれたのかなと。やっぱりトレーニングは最高です!