ジェフサンプソンと再会
お互いをブラザーと呼び合う親友であるジェフと、久しぶりの再会。
ジェフはテキサス出身で現在はハワイ在住。
今から10年前、自分の歯科医院の社員旅行でグアムに行った時に彼と出会う。
その翌月から舞浜のイクスピアリ内にプラネットハリウッドを作るから日本に来るということで意気投合。
以来、お互いを兄弟と呼び合う仲に。(年齢は自分とちょうど同じ歳)
昨夜は、ジェフに敬意を表してテキサス州の形のバックルをつけて出撃。
それなのに、いまいち反応が鈍かった。。(笑)
ジェフは自分を常にVIP扱いしてくれた。
特にプラネットハリウッド舞浜店開店の時のオープニングセレモニーでは、自分の前の席がシルベスタスタローン、自分の隣はディズニーランドの社長、という破格の扱いだったが、自分は不覚にも高速道路の渋滞で間に合わず。テレビ中継もされていて、「いちょう通り歯科 甲斐拓也様」という席だけが空席だったとテレビを見た人達から言われた。
自分はそんな壮大なセレモニーとは知らず、プロレスラーのマスクをかぶって向かっていたので、間に合わなくて良かったのかも、とも、後から思えたりもした(笑)。
高校時代にレスリングでテキサス州の学生チャンピオンになった実績があるそうなので、柔道に挑戦してみようと、青い柔道着を買わせて東京の柔道の大会に一緒に乗り込んだが、ふたりとも撃墜されたということもあった(笑)。
そんな思い出を語りながら、昨夜は、南青山のインド料理店 「GHUNGROO」 へ。
何十店舗もある世界中のプラネットハリウッドは全てジェフがプロデュースした。
特にグアムのプラネットハリウッドは経営権も買い取り、ジェフがオーナー。
ついでにグアムのデューティーフリー(DFS)の中に「 SOIREE 」というシャンパンバーも出している。
ジェフは、かたくなに日本語はしゃべらないのだが、昨夜は、「スイマセン、ビール、フタツ、クダサイ」のみなぜか突如としてしゃべった。
いっさいしゃべらないけどそのくらい知ってるんだよバリの得意げな顔は忘れられない。
インド料理大好きなんだと、タンドリーチキン、シシカバブ、チキンティッカを食べる。
食べながら、エリア51やテキサス州やニューメキシコ州で起きたUFO系の事件について振ってみるが、今はまったく興味が無いようだった(笑)。
(本当はいろいろな秘密を知っているのだが。。。)
同業者として、今度、このレストランの営業時間に厨房を見学させてもらうアポイントを取るジェフ。
この10年間の思い出話からはじまり、今後やってみようよという新たなビジネスの展望まで、夜通し熱く語りあう。
8月にまた再会を約束してがっちり握手。
ふたりの物語はまた次のステージへ。。。
針はかなり効く
昨夜は仕事が終わりBRAVEへ。
伊藤先生に施療をしていただく。
体調を崩しかなり疲れていたので、昨夜は初めて針をしていただいた。
自分は注射は苦手。
人には毎日するが、自分がされるのはちょっと。。。(笑)。
なのでかなり最初怖かったが、伊藤先生の針刺し技術は最高、全然痛くなかった。
今は針が細くなってるからと謙遜されていたが、位置や角度や深さなど細かいテクニックがあるのだろう。
朝起きてみると全身爽快。
こんなにも効くものなのか。
目を覚ましてきた身体にバシッとムチを入れる。
昼間は基礎的なトレーニングを取り入れながら走り込みを。
全身の機能が高まってくると頭も回り出す。
ナイスなアイディアが湧き出てきそうな雰囲気。
庭でトレーニングしていると、知り合いの先生がレアなハーレーを手に入れたよと立ち寄る。
かなりカッコイイ。
まだ日本に8台しかないようだ。
いろいろ入れると200万円以上かかったそうだ。
またがらせていただいた。
足の位置を、本来と違うミドルポジションにしたという。
新しいバイクや車が納車された日ってすごくうれしいに違いない。
ロシアの軍用のサイドカー付きのバイクをウラジオストクから個人的に入手したりしてるくらいの人なので、今日はさぞかしウキウキだろう。
自分は今夜は都内へ出撃予定。
久しぶりに「兄弟」と会う。
夜に河川敷へ
仕事が終わり、河川敷へ走りに行く。
仕事が終わるとそのまま倒れこむように眠り、うつぶせのまま朝を迎えるような変な疲れが続いていた。
昨夜の夢に引き寄せられたか。
ダッシュで階段昇りをしてみる。
20本くらい。
その後、河川敷を10キロ走る。
事前に水分を大たくさんとり、大量に汗をかいたら、だいぶ身体が軽くなってきた。
昨日の夢で、この河川敷を黙々と走っていた辰っつあんは、自分に何のメッセージを送りたかったのだろうか。
きっと、「男は、行け!ガンガン行け!へこたれるな!」
ということだったんだろう。
また、エネルギーがあふれ出てきた。
もうこれで大丈夫。
始動開始だ。
これからまたガンガン行こう!!
辰っつあんの命日
6月6日は辰っつあんの命日。
その6日の夜に、辰っつあんが夢に出てきた。
もうすぐ辰っつあんの命日だなと自分が思っていたからなのか、
俺のこと忘れんなよと出てきたのか、
最近体調悪いとかへこたれてんじゃねーよ、と言いにきたのか。
辰っつあんとは、今から20年前に自分が福岡でシュートボクシングの道場に通っているときに自分にいろいろ指導してくれた道場の先輩。
たぶん当時40代半ばくらいだった。
見た目は昭和のどチンピラみたいな風貌でかなり怖い。
いつもこういう髪形をしていた。
辰っつあんは気性がかなり荒く、何度も街でちょっとした傷害を起こしては逮捕され、出所するとまた道場に練習に来る。
刑務所内でも食事は出るし練習できるしあまり変わらんよと言っていた。
ほとんどの練習生は怖がってあまり辰っつあんとかかわらなかったが、辰っつあんは自分にいつも声をかけてくれ、練習方法から人生訓に至るまでいろいろ指導してくれた。
その当時、道場には土間があり、練習後にいつも何人かでちゃんこを作って食べていた。
豚肉とキャベツと油揚げしか入ってないちゃんこだったが、かなりおいしかった。
いつもみんなでご飯をドンブリ4、5杯くらいずつたいらげていた。
ちゃんこを囲むときは、辰っつあんは何故かいつも自分の隣に座り、ちゃんこをつまみながら、自分に「男とはこうあれ!」を諭してくれた。
「男は、迷ったら行け!迷うくらいなんやからその意思があるんやろ、だから迷った時はGOや。」
「男は、こう思ったらガンガン突き進め、パンチだって単発じゃダメやろ連打やろ、誰になんと言われようが最後は己(おのれ)や。」
「そして、もし失敗してもナンボでもやり直しきくんやから。失敗恐れて小さくまとまっちゃダメや。」
辰っつあんからいただいたそのご教訓は、今ではそっくりそのまま自分の生き方になっている。
辰っつあんが死んだことを知ったのは、新聞記事で。
夜中に、通りで誰かと小競り合いしている最中に車が突っ込むという不幸だったという。
平成6年6月6日のことだった。
夕べみた夢では、辰っつあんは河川敷を黙々とランニングしていた。
きっと、「体調悪いとかへこたれてんじゃねーよ、走りに行こうや!」というメッセージだったのだろう。
よし!
また今日から元気出して、がんばっていくぞ!
中西学選手
すでに報道されているように、新日本プロレスの中西学選手が試合中に首を負傷され、救急車で病院に搬送されたという。
自分は中西選手にはこのところ立て続けにお世話になっており、自分の仲間たちも大変心配している。
業界屈指の太い丸太のような頑丈な首をされ、しかもお膝元の京都大会にもかかわらず、そのような受傷をされたことが非常に残念だ。
先日の福岡でのファイティングエイドトークショーでは、集まってくださったファンの方々は中西選手の熱いトークにパワーをいただいていた。
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20110503.html
4月の被災地への救済支援活動でも、現地で大活躍。
道中も、ドライバーのミスター片岡が眠らないようにずっと心配りをされておられた。
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20110412.html
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20110413.html
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20110414.html
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20110415.html
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20110416.html
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20110417.html
ミサワ整骨院のお餅つきでも大活躍。
そのパワーでもち米をみるみるうちにお餅にしていた。
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20091228.html
一日も早く回復され、またファンの前で元気な勇姿を見せてくださることを祈っている。
企業は人なり
先日、叙々苑の皆川常務にイベントのご相談をさせていただいた際に、皆川常務は「まず叙々苑という企業のあり方は」、ということをご紹介くださった。
日本中に幅広く店舗を持つ横綱企業にメスを入れる貴重なお話に、自分は生唾を飲んだ。
歯科経営もある意味サービス業。
そのノウハウを自分にもフィードバックできることがさぞかし多いことだろう。
いただいたお話は、大変勉強になるものばかりであったが、その中でも自分の考え方を根底から覆されたことがひとつあった。
それは、サービス業として一番大切なものは何か?という問い。
自分はお客様と答えた。
しかし、それは当然のことであって、その大切なお客様のために一番大切なものは、人(スタッフ)なのであるという。
大切なお客様にまず一番最初に接するのは人なのだからとのこと。
そして二番目が仕入先、大切なお客様に提供するものを搬入いただく所だから。
そして第三番目がお客様であるとのこと。
その考え方を持ってすればすべて潤滑に行き、必ずうまくいくと、堂々とおっしゃっておられた。
松下電器産業創業者の松下幸之助氏の言葉によるところの「企業は人なり」といったところなのであろう。
どんなサービス業もお客様を第一に考えることが常だと思っていたが、それは当然のことでそのためにはまず内側が大変重要なのだという理論であった。
自分は、斬新なそのお考えに心を打たれ、非常に共鳴した。
さらにはファンを作れと。
イベントのご相談にうかがったのに、たいへんな人生勉強になり恐縮する自分。
そして、九大100周年記念イベント、そしてファイティングエイドにも最大限ご協力くださると。
さらには、格闘技は大好きで藤田和之選手や高橋和生選手たちとも密にお付き合いされていると熱く語っておられた。
皆川常務、大変勉強になりました。
ありがとうございました。
心からホットになる夜だった。
九大創立100周年記念イベントの打ち合わせに
福岡での九大創立100周年イベントの件の相談に、都内の叙々苑の皆川常務のもとを訪れる。
チェジュ島門外不出の生マッコリも。
何十人前食べたであろうか、おいしいお肉をたくさんいただいた。
やはり成功者というものは物事の考え方がものすごくポジティブだ。
しかも皆川常務の“熱さ”は尋常ではなかった。
自分も熱く生きているつもりではあったが、皆川常務の熱さには圧倒させられた。
このイベントを終えた後も、引き続き、魂のお付き合いをさせていただきたいと思った。
素晴らしい知恵をたくさん授けていただき、士気が高まる実行委員会のメンバー。
合言葉は、「やろうよ九大!」(「やろうよ救大!」)
志のある人、誰でも立ち上がろう!盛り上げていきましょう。
少年ブログ相談室
先日の自分のブログを読んだという高校生1年生からメッセージをいただいた。
「いつも試験の前とか部活の試合前とか緊張して全然眠れない性格で、寝てないという気持ちが精神的プレッシャーになってしまいいつも自滅してしまうのですが、ブログを読んで大一番前に寝てないでも頑張ればいい結果出すことができるんだと、これから気持ちの持ち方をうまく変えられそうです、ありがとうございました、僕ももっと豪快に生きます。」
と、ご丁寧な文章で。
自分たちの今回の例を参考にしていただくのは、かなーり微妙です(笑)。
が、結果として若者をそうして元気づけられたことであれば、良かったです。
ある意味これもひとつの社会貢献(笑)。
自分は、試合前1週間ビシッとお酒を節制してたのに、全部無駄になりましたが。。(笑)。
でも、人のそういうものを見て自分のこれからの生き方をそういう風にスパッと切り替えられる感性の方がよっぽど素晴らしいと思うので、これからは試験も試合も好成績を出してもらいたいです。
戦国時代には、戦の前夜にみんなで宴をしてその勢いで戦場へとかあったみたいだけどね。
たしかに、チームプレーの競技においては、午後10時にそれではおやすみなさいとバラバラに客室へと戻るのと、夜通しみんなで士気を高めてそのまま乗り込むのとでは、チームとしての勢いが違う。
日本シリーズ話の、寝ないで7戦目に向かう姿勢というものもすごくカッコイイ。
しかも、もう少し実情を話すと、王手がかかっていた第6戦でジャイアンツ相手に投げ勝った若手投手の健闘をみんなでたたえて朝まで飲んだということだったみたいから。
これからのチームを背負うその若手投手の心の成長にさぞかしつながったことでしょう。
まあ、元気が一番!そして、男はトコトン熱くないと! ね。
笑いと涙の勝利の夜
試合の打ち上げで熊谷の某飲食店へ。
みんなで勝利の祝杯をあげる。
その日の試合の反省を、
緻密に反省を、
お上品に反省を、
していた、ところが。。。
流れは自然に裸祭りへと移行。
まだまだ暴れたりないとばかりに大気中に大量のパワーを発散するメンバーたち。
師匠三澤威先生の遺伝子がここ熊谷にも根付く。
胸毛があるダンディーな先生も。
ドンドン燃料を注入!
浴びるようにガンガン飲みだす先生たち。
もう心はハイオク満タン状態!
芸をご披露する先生も。
もう、説明は不要か。。(笑)
大きな先生を相手に、
なぜか、自分もアルゼンチンバックブリーカーを。
ふと気づくと、下も裸祭りに移行している先生も。
さも、サウナから露天風呂に移動するかのような自然なたたずまい。
裸祭り全部入り、といったところか。。。(笑)?
いつしかそんな異空間に迷い込んだかのような雰囲気に。
もうこの頃は、お店の店員さんはこのエリアには近寄らず(笑)。
発散されたエネルギーが頂点に達した後は、またしんみりと男同士の真剣な話を。
大先輩のご高説を賜る後輩の先生方。
このメリハリがこのチームの素晴らしいところだ。
試合では、綱島先生と有輪先生の激走トライを見て自分も火が付き、志田先生のディフェンスに感動を覚えた。
本当に皆さんとご一緒にプレーをして、忘れかけていたラグビー魂を今回思い出すことができた。
本当に、神奈川歯科大学OBチーム愛してま~す!
そして、最後は全員で輪になり、志田先生が音頭をとってみんなでチームの和の歌を歌う。
「これが、神奈川歯科大学OB会なのか。。。」
自分はその真髄をみた気がした。
歌う志田先生を見つめながら自分は思った。
今ここにいるのは、有輪先生が自分を誘ってくださったから。
有輪先生は木下信之先生が引き合わせてくださった。
木下先生は菅野和義先生が引き合わせてくださった。
お亡くなりになられた菅野和義先生の「和」というものが、今ここにも生きていたのだ。
僭越ながら、最後に会を締めさせていただく自分。
そうした世界がシッカリ形成されている組織には勝つことはできない。
モールとかラックの練習とか、そういういう話じゃない。
今回は本当にいろんなことを勉強させられ、また一人の人間として少しだけ成長できたような気がした。
本当は、一日だけラガーマンに戻ろうかと思ったのだが、来年、さらにパワーアップして、また出場させていただきたい。
腕、脚、背中、腰、と身体中の皮膚が破けまくりだけど、
ラグビー、痛くて気持ちいい!












































