辰っつあんの命日
6月6日は辰っつあんの命日。
その6日の夜に、辰っつあんが夢に出てきた。
もうすぐ辰っつあんの命日だなと自分が思っていたからなのか、
俺のこと忘れんなよと出てきたのか、
最近体調悪いとかへこたれてんじゃねーよ、と言いにきたのか。
辰っつあんとは、今から20年前に自分が福岡でシュートボクシングの道場に通っているときに自分にいろいろ指導してくれた道場の先輩。
たぶん当時40代半ばくらいだった。
見た目は昭和のどチンピラみたいな風貌でかなり怖い。
いつもこういう髪形をしていた。
辰っつあんは気性がかなり荒く、何度も街でちょっとした傷害を起こしては逮捕され、出所するとまた道場に練習に来る。
刑務所内でも食事は出るし練習できるしあまり変わらんよと言っていた。
ほとんどの練習生は怖がってあまり辰っつあんとかかわらなかったが、辰っつあんは自分にいつも声をかけてくれ、練習方法から人生訓に至るまでいろいろ指導してくれた。
その当時、道場には土間があり、練習後にいつも何人かでちゃんこを作って食べていた。
豚肉とキャベツと油揚げしか入ってないちゃんこだったが、かなりおいしかった。
いつもみんなでご飯をドンブリ4、5杯くらいずつたいらげていた。
ちゃんこを囲むときは、辰っつあんは何故かいつも自分の隣に座り、ちゃんこをつまみながら、自分に「男とはこうあれ!」を諭してくれた。
「男は、迷ったら行け!迷うくらいなんやからその意思があるんやろ、だから迷った時はGOや。」
「男は、こう思ったらガンガン突き進め、パンチだって単発じゃダメやろ連打やろ、誰になんと言われようが最後は己(おのれ)や。」
「そして、もし失敗してもナンボでもやり直しきくんやから。失敗恐れて小さくまとまっちゃダメや。」
辰っつあんからいただいたそのご教訓は、今ではそっくりそのまま自分の生き方になっている。
辰っつあんが死んだことを知ったのは、新聞記事で。
夜中に、通りで誰かと小競り合いしている最中に車が突っ込むという不幸だったという。
平成6年6月6日のことだった。
夕べみた夢では、辰っつあんは河川敷を黙々とランニングしていた。
きっと、「体調悪いとかへこたれてんじゃねーよ、走りに行こうや!」というメッセージだったのだろう。
よし!
また今日から元気出して、がんばっていくぞ!
