それは、
ほんの些細なやり取りでした。
ある日、
朝からどうしても体がだるくて、
頭もぼんやりしていました。
体の芯が冷たいような、
でも顔は熱を持って火照っていて、
ただ横になっていることしか
できなかったんです。
いつものように
朝ごはんの支度も子どもの準備も、
何ひとつできませんでした。
寝室のカーテン越しに、
家族の支度の音が聞こえてきます。
どこか申し訳ない気持ちで
いっぱいなのに、どうしても
体が動かない。
「またか…」
という自分へのため息が
胸の中で渦を巻いていました。
そんなとき、
夫が寝室をのぞいてきて一言、
こう言ったんです。
「熱あるの?薬飲んだ?
……またかぁ」
たったそれだけでした。
たったそれだけなのに、
その「またかぁ」が
胸に深く突き刺さったんです。
夫に悪気がないのは
分かっていました。
たぶん、心配してくれたんだと
思います。
責めているつもりも、
咎めているつもりも、
きっとなかった。
でも、わたしには
その一言がまるで
「またサボってるの?」
「また調子悪いの?」
「また家のことできないの?」
そんなふうに聞こえてしまって——
苦しくて、悲しくて、
どうしようもなかったんです。
「構わないでほしい」
「もう、何も言わないでほしい」
心の中で何度も
そう叫んでいたけれど、
声には出せませんでした。
どうせ言っても分かってもらえない。
更年期のつらさって、外からは
見えないことが多いから、
「なんでそんなにしんどいの?」
「寝てれば治るでしょ?」
って思われてしまうことが
少なくないんです。
痛みや不調を説明するのも
面倒で、うまく言葉にできなくて、
そのうち誰にも
何も言わなくなりました。
気づけば、
わたしは自分の感情を
どうやって外に出したらいいのか、
分からなくなっていたんです。
「わたしってこんなに弱かったっけ?」
「もっと頑張れる人だったのに…」
そんなふうに
自分を責めてばかりいました。
あのときのわたしは、
まるで「自分の殻」の中に
閉じこもっていたような感覚でした。
助けを求めたいのに、
助けてほしいと言えない。
わかってほしいのに、
わかってもらえる
はずがないと最初から
諦めてしまう。
そんなふうに、
誰にも言えない「孤独な戦い」
を毎日繰り返していました。
頭の中では、
ちゃんと分かってるんです。
夫は忙しい中で
家事や育児を手伝ってくれているし、
わたしを責めている
わけじゃないって。
でも、心はついていかない。
「またか」なんて言われたら、
自分でも嫌になるくらい
沈んでいるのに、
さらに心を締めつけられて
しまって…
だから、わたしは黙るしかなかった。
口に出せば涙があふれて
しまいそうで、声に出せば
自分が壊れてしまいそうで。
あの日を境に、
わたしはさらに無口に
なっていったように思います。
家庭の中で、自分の居場所が
なくなっていくような感覚。
母であること、妻であること、
人としての役割を
果たせない自分に、
どんどん自信を
失っていきました。
ただの疲れだと思いたかった。
でも、これはもう
「ただの疲れ」ではない。
体も心も、限界が近いんだと
気づいてしまったんです。
それでもわたしは、
誰にも言えませんでした。
この気持ちを言葉にする強さも、
誰かに頼る勇気も、
当時のわたしにはなかったのです。
だからこそ今、
もしあなたが同じように
「言えないつらさ」を
抱えているなら、伝えたいんです。
あなたは、弱くなんかありません。
黙っていることは、
あきらめていること
じゃありません。
耐えているのは、
ちゃんと家族を
思っているからです。
泣いていないからといって、
傷ついていないわけじゃ
ありません。
わたしはそうでした。
わたしは、
声にならない叫びを
ずっと抱えていました。
だからこそ、
少しでも気持ちが
軽くなるようなヒントを
届けたくて、
今この物語を書いています。
