タイタンを遠くはなれて。 -2ページ目

野生

 スタインべックっていう作家はすごい。

サリンジャーが「観念の王国」の旗手なら。

彼は、「野性の王国」の一部だ。

スタインベックの短篇の中に、

「朝めし」っていうのがある。

カリフォルニアの透明な朝日のなかで。

たくましくも、野性的に生きる家族の。

その、生の美しさと残酷さを。

よく焦げたベーコンの匂いまで漂ってきそうなほど。

鋭い感性で、くっきりとほりだしている。

僕が、探し求めているのは。

もしかすると、そういう種類の感覚なのかもしれない。

システム

 村上春樹さんが書いた、

「1973年ピンボール」って

本を読み返したら。

「人はみな、それぞれ自分のシステムに

従って生き始めていた。

それが、自分のシステムと違い過ぎれば、腹が立つし。

似過ぎていれば、悲しくなる。

ただ、それだけのことだ。」

ってフレーズがあって、

思わず考え込んでしまった。

国境

地球の裏側の、

見知らぬ国境にある、

名もなき町の、さらに町はずれで。

ただ一人とりのこされて。

夕暮れの中、辺りは闇に吸い込まれてゆき。

敵意と、屈辱と、いやな匂いのする汗にまみれて。

不安で引き裂かれそうになる心と。

悪意のこもった視線のなかで。

ただ、一人。

絶対に、完全に、疑う余地もなく。

ただ、一人。

助けを求めて、弱みを見せれば、

そこを狙い打ちされるだけ。

ここは、「野性の王国」。

弱い者から、食べられてゆくのだ。


僕は、人生についての多くをそんな場所で学んだ。


結局のところ、僕を助けることが出来るのは。

僕自身でしかありえないのだ。

救済

 系統的な訓練を積み重ねることでしか、

たどり着けない領域は、確かにある。

僕はそれを信じているし、

それだからこそ、今の単調な訓練生活に

耐え続けるこができるのだと自分で思う。

でも、僕は「努力」っていう言葉が嫌いだ。

村上龍さんが言ってたけど、

「才能は努力を要求するけど、

努力で才能が生まれることは決してない。」

っていうのはホントだと思うよ。

僕は、だから むだな努力って嫌いなんだ。

僕は、才能が服をきて歩いているような

人が好きなんだ。

そういう人をみると、本当にすごいと思う。

羨ましいってニュアンスとは違うけど、

ある種の残酷さを感じる。

「この人は、僕が欲しくて欲しくてたまらなかった

ものを、生まれた時から全部もってるんだな。」

ってうちのめされる。


でもね。そういう世界にはね 救いはないよ。

だから、大切なのはバランスだと思う。

訓練を重ねて、細分化された世界に

突入する気なら。バランスだ。

細分化されてしまった世界で、

バランスを見失えば、悲惨だよ。

僕は、そういう種類の悲惨さを、

幾度となくこの目に焼き付けてきたんだ。

この世界で、落ちてゆくと底はないから。

目の前で、僕より、すくなくともぼくよりは

まともな人間が、僕より先に落ちてゆくのを

見るのは。ほんとにすり減ってしまう気分だ。

だれも。

だれも。

だれも。

だれも、助けてはくれないし。

だれをも、たすけてあげることなど。


できない。

におい

 最近、「匂い」に敏感になっている。

いろんなところで、「匂い」が僕の中の

忘れていた風景や、とっくに捨て去った感情を

何の前触れもなく、引き出してしまう。

自分の中に、まだそんなものが残っていたんだな。

って、よく思っています。

 いやな気持ちだ。

自分の不注意で他人を深く傷つけてしまうのは。

本当にいやな気持ちがするものです。

特に、それが自分にとって大切な人なら

なおさらですね。

僕が他人に付けた傷によって、

間接的にきずついているのですね。僕も。

まるで、悪循環だ。やれやれ。

熱量

 「人も組織も極端な細分化のはてにあるのは、

ゆるやかな死だ。」

押井守さんが、そう語っていた。

もう、立棺の世界だよ。

私の死骸を地に寝かすな!

と叫びたい気分だよ。ほんと

もう。ぼくは、押井さんのいう「ゆるやかな死」

そのものかもしれない。

「ユルヤカな ”シ” 」

僕の死体。性的な都会の窓。

精神を細分化してはいけない。

その先に真実はない。

僕たちは、微妙なバランスの上にいきているんだ。

とんがった、エッディ。

熱量的な ”シ”の世界と。

原初の混乱状態の中での ”拡散”。

その微妙なバランスの中間に僕たちは生きているんだ。

ひつようなのはバランス感覚だ。

写経

 「写経」についての考察。

電子的な写経。

現代における無宗教的な宗教儀式。

通り過ぎてゆくもの。

本っていうのは、とっても便利のいいブラウザーだよ。

あんなに読みやすいブラウザーって他にないよ。ほんとに。

現代という名の決してまじわることのない空集合。

この時代について少し知りたければ、

辻仁成さんの「ピアニッシモ」とか「クラウディ」とか

よむといいと思うよ。個人的に。

そうそう、写経のお話。

最近、あまった時間を使って、本を写している。

もちろん、ぼくはペンや鉛筆が嫌いなので、

キーボードで写しとっている。

僕が、心から尊敬している何人かの作家の

小説を写経して暮らす日々。

まるで、修行僧だなと、最近よく思う。

悟りを求める日々も悪くはないかもしれないね。

読書

 村上龍さんが書いた「コインロッカーベイビーズ」を

読みふけった。

まったくもう。あれだけの才能がありながら、

どうしてそれしか書けないのよ。

でもまー、小説としては好きになれないけど(個人的に)

それを越えて、根底にながれている強い力は感じとった。

フィナーレの場面で主人公が

「おれたちは、コインロッカーベイビーズだぜ。」

とか、しゃべるとこがあって。

まー、かっこよすぎて鼻つまみたかったよ。

説得力にかけるよ。ほんと。

「ナチュラル ボーン キラーズ」って映画の最後に

主人公たちが同じように、

「We are Natural Bone Killers .」

っていうところあって、あれはムッチャ迫力あったよ。

暴力についての深い考察だったよ。

もう、ほとんど詩の世界だね。

老い

 最近、集中力が低下している。

肉体的な衰えとともに、頭も衰えているのかも

しれない。

集中力を維持するために、毎日走っている。

毎日、泳いでもいる。

これだけアクセク運動しても、「維持」することで

せいいっぱいだな。

トシオイタよ。

規則的な生活と、激しい運動の日々です。