タイタンを遠くはなれて。 -5ページ目

真実

 彼らは、僕の言ってることが、
、、、
本当に 分からないのだ。


僕も、きっと彼らの言ってることが

真剣に 理解できていないのだろう。

直立

 僕は、垂直な生と

それに対して水平な死の間に生まれ。

僕は、臨死の体験。

あるいは、経験それ自体の 死 。

本当の生は、耳元でささやかれるのだ。

暗い場所では、偽りの死ですら。


ぼくは、体験的な 死。

あるいは、ただの技巧的な 生。

技巧的な生に精一杯しがみついてゆくもの。

ゆっくり時間をかけて 変わってゆくもの。

姿勢

逆境にあるときには、ファイティングポーズを

くずしてはいけない。

「戦う姿勢」を示さなければ、飲み込まれてしまう。

でも、僕は、

こんなに、のたうちまわって、はいつくばって、

いったい 何と戦ってるんだろう?

まるで、自分の影を相手にシャドーボクシングを

しているみたいだ。

でも、ぼくは、目では見えない物と戦い、

耳では聞こえない声を 聴くのだ!

帰国

また、日本に帰ってきました。

いろいろ思うに、僕は移動し続けてないと

不安にかられるんだと思う。

常に移動すること。

移動しながら休息すること。

休みながら 戦うこと。

戦いながら 休むこと。

僕をこの地に縛り付ける

さまざまな 呪縛たちと。

戦いながら、、、ながされてゆくこと。。。

旅客機


太平洋を渡る旅客機は、みな疲れ顔。

やれやれ また日本か。

現実が僕を待つ。

おしては かえしてゆく 現実のなかで、

何も考えず。

ただ、その瞬間を 乗り切ってゆくだけ。

何も考えず、ただゆられてゆくだけ。

チャールズ川

明日から、しばらくチャールズ川の

岸辺で、ジョギングをして暮らすことにします。

9月になれば、この場所に戻ってくるつもりです。

バンジージャンプ

バンジージャンプ

50メートルの高台の先端に立った時。

それは、恐怖ですらなかた。

精神的な痛みに比べれば、肉体の恐怖なんて恐れるに足りないと

おもっていた。

自分のごう慢さを悔いた。

後には引けないことはわかっている。

その時僕を捉えた感情は、絶望感に近かったかもしれない。

僕は、抵抗するすべもなく殺さてゆく、たみ。

自分が殺される事もわかっている。

それを回避できない事もわかってしまったとき。

それは、悲しみですらない。

どうにでもなれ。すべてに現実逃避。

弱い心の、自己防御機構。

肉体は、僕を操縦している遺伝子たちは、

僕が想像しているより、はるかに強く。

僕の中をウェーブになって駆け抜ける、

その場に僕を崩れ落とす。

僕は負けたくはなかったし、僕を操縦するのは

僕一人で十分だと思った。

隣で、係りのお兄さんの、”バンジー”っていう

叫び声に押し出されるように、飛び降りた。


自分で踏み切れなかったのが残念だけど、

バンジーは、遺伝子たちの力を知るには

ちょうどいい遊びだと思いました。

鈍痛


感覚が鈍っている。

もう、限界に近い。

このままでは、飲み込まれてしまう。

自分を見失う。

ここは、流れが強いんだ。

気をつけて、渡らなければ。

自分が流されていることにすら

気ずかないまま。飲み込まれるのはごめんだ。

すべての価値観なんて、相対的で、実態のないものなんだよ!

もし、僕が何かに捉えられたとしたら、

それは、僕の脳がつくり出している、幻想にすぎないんだ。

認識だけが、世界を変えてゆくのは、その幻想の種類に

過ぎないからだ。

あまり熱くはなりたくないが、自分がどこまで流されて

しまったか分からないから、ちょっと不安にかられているだけ。

もっときれいに 笑いたい。

売り物

売春婦は、その肉体を売りものにする。

小説家は、その貴重な体験を売りものにする。

本物の、ロック ミュージシャン は その魂をも 売りものにする。

でも、しがないプログラマーは自分の人生そのものを

切り売りしないと 食いつなぐこともできない。


友人

懐かしい友達に会った。

その人はもう、なんていうか才能が服を着て歩いている

ような人で、僕はいつも圧倒される。

彼のような「革命的インテリジェンサー」達が、この国には

生きている。また彼らのような人達が、いまだこの国を

見放さないでくれているからこそ、日本が世界のなかで

何とかやってゆけているんだと僕は思う。

彼らは、この国で本当の意味で「自由」にいきているし、

それは、この国で本物の自由が欲しければ、人を圧倒する

だけの「才能」が必要なんだよって、いわれているようで。。。

なんともいえない気持ちになる。