終末
例えば、終末のための終末。
日本と呼ばれたものの、滅亡。
繁栄と衰弱。 そして滅亡。
国際市場での競争力の著しい低下。
アジアの国々は確実に力をつけている。
日本が誇った技術力でさえも、差は縮まる一方で。
それに、この国のみじめなほどの英語力のなさ。
僕はプラティマティストだ。
だから、英語が世界語だと(個人的に)信じている。
だから 言葉も喋らないのに おそろしく高い人件費と、
その割に働かない若い人々に。
確実にそれは、
終末への終末。
荒廃していくアメリカ社会と、
腐敗の泥沼の中で自滅してゆく日本社会。
増え続ける人口に
混乱を余儀なくされる世界経済と。
大きな流れ。
流されてゆくもの。
だからそれは、
終末への 、 終末。
信用
長く旅をつづけて思う事は。
国や、通貨なんて、信用できたもんじゃない。
ってこと。
そんなものは、ただの フェイク だ。
そんなものは、ただの約束事にすぎない。
”日本” も ”円” も。
ほんとのところ、実体のない架空のデットヒート。
人と人のつながりだけが、この世で唯一
信用に値するのだ。
戦火
この世界には、レッキとした階級が存在している。
よいものは、ますます良くなるし。
わるいものは、どんどん転がり落ちてゆく。
なぜなら、それはギフトだからだ。
彼は、No , it's a gift と叫んだ。
叫ばれてみれば、確かにその通りだ。
そう、才能はギフトなんだ。
才能も、金も、環境も。すべて僕たちが生まれる前に
仕組まれていたものなんだ。
僕たちは、仕組まれた庭で、
定められた舞いを踊っているのだ。
確かに、平凡なのは一番幸せだ。
健全な意味で平凡な物には、かないはしない。
でも、この国にはびこるある種の意図を見抜いた者たちは。
戦い続けなければならない。
健やかであり続けるために。戦わなければならないのだ。
平凡からも、幸せからも遠ざかっても。
ここで退くわけにはいかない。
僕は、この戦線の最前線にまでたどり着く。
あらゆる種類の砲火をかいくぐって。
いつの日が必ず最前線に立つ。
そして、そこから道を切り開いてゆく。
僕の意図に賛同するものは、
僕の足跡をたどってさらに先に進めば良い。
僕が示唆し導く道をさらに切り開いてゆけば良い。
僕がまだティーエイジャーだったころ。
「ぼうやみたいな子がたくさんいてくれたら、
私も日本に帰れるのにね。」
って言われた。
僕がアメリカで出会ったすごく若い日本人の
何人かは、本当に魅力的な人達だった。
彼らは、たくさんを持っているのだ。
そして、たくさんを与えられているのだ。
「惜しみなく人に与えられるものは、
常に与えられているものである。」
って誰かが言っていた。
彼らは、お金も、才能も、容姿も。
すべての意味で優れているから、
余裕があるのだ。
本当の意味で、「リッチ」なのだ。
僕は、そういう人達が好きだ。
でも、与えられなかった者は。
自分を研ぎすまさなければならない。
なぜなら。ある意味では、
みんなここからのしあがってゆくからだ。
煮え湯を飲まされるならば、
それを飲み干してでも、先に進んでゆくのだ。
この、小気味よいリズムが聞こえるかい?
そう、すべてはリズムと抑揚の中に。
この、ウェーブにのるんだ。
踊り続けるんだ。
重ね会わせようと願って。
自分の存在と、このウェーブとを。
決して、足を踏み外してはいけない。
踏み外した時には、君は虚無の底に落ちている。
君には、後がないんだ。
だから、真剣に、でも落ち着いて。
踊るんだよ。
上手に踊るコツはね。
楽しむことなんだ。
自分の踊りを楽しまなければいけない。
楽しく、上手に踊るんだ。
周りのみんなが関心しちゃうぐらい。
上手におどるんだよ。
表面
例えば、それは自己破壊への誘い。
アンプリファイス、傾向の拡大。
または、単純なる触媒?
振り上げた拳を、どこにふりおろせばいい?
けっきょく、そこからはどこへも行けない。
だれも、どこにも行けない。
誰が悪いわけでもない。
誰のせいにもできはしない。
ただ、一つだけ確かなことは、僕は傷ついている。
自分の無力さに、僕は傷ついている。
振り上げた拳は、結局僕自身に向かって振り下ろされるし。
そこからは血も流れる。
僕が親から生まれ受け継いだもの。
その影の部分。
僕は、完全に無力で、惨めなほどに無能で。
その感覚が一種のイルージョンであることすら。
輪郭がはっきりしすぎていて、信じられない。
僕自身をすり減らしていく。
一呼吸ごとに、自分が擦り切れてゆくのが分かる。
それは、とてもたまらない。
そこに救いなどないから。
それは、才能と快楽の時代の影の部分。
この、乾いた時の、表面。
遭難
比叡山で、遭難しかけてしまった。
京都側から、ロープーウェーに乗って
山頂までいったら、もう一面 雪!
京都の友達と、エンリャクジ に
まいろう、と登ったのはいいけど。
20cm は積もっていました。
おまけに、ガスがでていて、
吹雪いていて、
もう下界とは別世界。
まいった、まいった。
頂上から、エンリャクジまで
行くのに、1時間以上かかってしまった。
雪で道わからなかったし。
吹雪いてさむかったし。
そのうち暗くなってきて、
あわてて駅にもどったら、
なんとロープーウェーの
最終便がでてしまったあとで、
まわりに誰もいなかった。
ぼくは、セーターとジーンズ
とスニーカーっていう、
全然冬山用でない格好を
していたので、雪の積もった
登山道を夜降りたら、
まじで 遭難なんてことに。
ちょっぴり、パニックってしまった。
ほんと、下にいたときには、
すげー 晴れてて あったかかったのに。
だれもいない エンリャクジ を
ただで サンパイ できて
友達と、もうけ もうけ って
よろこんでたのに。
ここまでくると、 マジで
しゃれにならねー。
そのうえ、坂本側まで また歩いて
そこにあった派出所にいって
「どうやったら下までおりられますか?」
ってきいたら。
もう、ここに泊まっていくしか
方法はない。なんて言われて。
がーん !
すげーこまった。
結局 親切な警官の人に
バスがくる下のホテルまで
車で送ってもらうハメに。
もう、感謝。
心に染みます。
なんか、人の心に触れた気がしました。
こんどから、人に迷惑を
かけぬように。心します。
死と生殖
死と生殖の道。
進化の流れに、組み込まれること。
私たちにできること。
例えば、 死と生殖の道。
私には、死にゆくものの
「声」が見えます。
そこに流れている、
「祈り」が聞こえます。
自殺が悪だとか、
すべての文化は 等価だとか。
きれいごとなら、
いくらでも、言えるのです。
その、当たり前のコンセプト
を越えたところに、
本当のものは。
存在してるのです。