映画『凪待ち』について思ったこと全部書く!前篇 | 冷やしえいがゾンビ

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めっきりノータッチですが、メインは映画に関する垂れ流し。

脚本・加藤正人

監督・白石和彌

主演・香取慎吾


凪待ち




2019628日より公開中の日本映画です。SMAPのメンバー香取慎吾が、日本で一番キレのある映画監督とタッグ結成。少し前までは「絶対見たい!」というモードではなかったのですが、映画館で予告編を見た瞬間に「これは見ておかなければいけないぞ!」モードになりました。


というわけで、ここに予告編を差し込みます。これを映画館で見なかったら、私は「2019年上半期最高の映画」に出会えなかったわけです。





ネタバレ感想を述べて行く前に、上半期最高の映画である理由を5つに絞って挙げていきます。


ー俳優・香取慎吾の再発見。


彼の演技について、才能の片鱗こそ聞き及んでいたものの、広く知れ渡る機会には恵まれていなかったように思います。今作では香取慎吾の持つ本来の魅力と、どんな監督も引き出せていなかった潜在能力の高さに驚かされました。



ー素晴らしい脚本、まさかのオリジナル。


サスペンス、社会性、意外性、緊張と爆発、リアリティ、オチどの角度から見ても拍手したくなるストーリー。小説が原作なのだとばかり思っていたのですが、オリジナルの書き下ろし作品と聞いて驚愕しました映画ならではの「旨味」に満ちた展開は、まさに必見です。



ー寂れた風景、されどゴージャスな撮影。


今作の舞台は神奈川ー川崎と宮城ー石巻。きらびやかな情景はほとんど見られませんが、カメラマンが切り取った映像は気迫と意気込みがひしひしと伝わってきます。ロケーション選びも素晴らしいし、単にストーリーを伝えるだけの平凡なカメラワークとは差が歴然。是非その部分にも注目してほしいです。



ー熱演を見せたのは香取慎吾だけではない。


西田尚美、リリー・フランキー、音尾琢真、恒松祐里、吉澤健、黒田大輔、宮崎吐夢、佐久本宝、麿赤兒などなどなど脇役1人1人に演技上の見せ場があるのは、彼らが主人公と同等のリアリティを体現しているから。これは並大抵の監督には出来ない事です。白石和彌恐るべし、と改めて思い知らされました。



ー定型的でない、震災後の日本の描き方。


どこか他人事と思ってしまいがちな東日本大震災の惨禍。忘れてはならない記憶と、乗り越えていくべき痛み。さりげなくモチーフとして取り入れながらも、物語全体と有機的に結び付けた手腕には感心するしかありません。震災について考え直すきっかけとしても今作はオススメできます。



と、どうしかしてポイントに絞ってみました。以下、物語を順に追いながら、心を打たれた描写について書いていきます。


オープニング。ロードバイクに乗った男が道路を走っている。決してオシャレではないファッションを身にまとった香取慎吾。髪はボサボサでカラーリングも乱雑、無精髭。「オッサンやん」とは一緒に見た従兄弟のつぶやき。


男の行き先は競輪場(日本独自の公営ギャンブル)。観客席の良ポジションを確保すると、すぐに中年男性=小汚い格好の宮崎吐夢が話しかけてくる。周りにいる客も全員宮崎吐夢みたいなものなんですが、そこにSMAPメンバーがいても違和感がないところが凄い。競輪場に入り浸るような、負け組オーラ濃厚な男になりきっている。


次のシーンで、木野本(香取慎吾)とナベさん(宮崎吐夢)は同じ職場を同時にクビになった事が分かる。もらった退職金もすぐに競輪に溶かしてしまう、かなり深刻なギャンブル依存。木野本はナベさんに「東北に引っ越して、あちらで働くことになりました」と告げる。嘆くナベさんに木野本はロードバイクを託す。代わりにナベさんはワンカップ酒を木野本に渡す。なにこの物々交換(泣


木野本は彼女=アユミ(西田尚美)と同棲している。彼女にはミナミ(恒松祐里)という娘がいる。2人と共に東北での新生活を歩もうとしている木野本。アユミのセリフで「お酒は控えめにしてね」と、木野本の酒癖の悪さを暗示しており、これが映画全体の緊張感をワンランク高めている。


引っ越し当日になっても2人でモンハンに興じている木野本とミナミ。仲の良さがうかがえる場面だか、同時に2人が引っ越しや新生活という現実に向き合いきれていないという側面も暗示している。ミナミは「ろくに学校も行かずにゲームばかりしてるしさー」と述懐する。


病院のシーンになり、アユミは自分の老いた父親が末期的なガンである事を知る。父親は診断結果を受け入れず、入院も拒否。このキャラクターも現実を受け入れられていない。


高速道路で東北へ移動している木野本とミナミ。ミナミは木野本に、アユミと結婚する意思はないのか尋ねるが、木野本は踏ん切りがついていない様子。ミナミはそれを望んでいる気配。


宮城県石巻市にあるアユミの実家に辿りついた木野本とミナミ。同居人になるアユミの父親に挨拶するが、無視される。その家で何かと世話を焼いているのが、近所に住む小野寺(リリー・フランキー)。木野本に新しい仕事を紹介するなど、とにかく優しすぎる男。


新居の2階、ミナミは木野本に「この部屋、昔お母さんが使ってた部屋なんだー」と告げる。「ふーん」と反応する木野本。窓の外ののどかな風景、そこに被さるタイトル『凪待ち』。「おぉ、ここで来るか!」と意表を突かれました。


小野寺に誘われ、スナックで呑んでいる木野本。当たり障りのない会話ののち、小野寺は電話の着信で席を離れる。1人になった木野本に話しかけてくる酔客=村上(音尾琢真)。その馴れ馴れしい態度とハラスメント発言にイラつく木野本。村上はかつてアユミが通っていた中学校の教師らしい。酒も入っている木野本だが、ここでは爆発しない。


翌日、印刷所で働き始めた木野本。資格を持っているだけあってテキパキとした仕事っぷり。その様子を見ている上司も(いい奴が入ってきたな)とばかりに微笑む。都会から来た余所者への排他的な雰囲気を描かないところが逆に意外だったが、これはある意味で伏線になっていて


昼休み、食い方の汚い同僚=尾形(黒田大輔)らが競輪の話をしている。気になってしまう木野本。「この辺、車券買えるところあるんですか?」その問いにニヤニヤする同僚コンビ。


尾形たちに連れられて木野本が向かった先は寂れた雑居ビル。よどんだ空気の一室には、明らかにヤクザもんが運営するノミ屋があった。自分は賭けないつもりの木野本(だってアユミと約束したから)、結局は誘惑に勝てず車券を買ってしまう。


ギャンブル辞めなきゃいけない、重々承知している、それでも賭けてしまう木野本の依存性を明快なカメラワークで示しています。傾いていく、堕ちていく、この演出が劇中に何度登場するのか、見ものです。


ノミ屋のシーンの最初のカットで、ビールの販売機をさりげなくも強調した撮影も見事。不穏なムードを着実に高めています。


定時制高校に通う事になったミナミ。不安げな表情で校内を歩いていくが、すれ違った金髪男子が小学生時代の同級生=翔太(佐久本宝)だと分かり、安堵の表情。


ミナミと翔太の何気ない会話で、ミナミが不登校になった原因が語られる。震災被害で関東に引っ越したが、被曝者扱いをされるイジメを受けていたために不登校に。さりげない会話なのにすごく刺さるシーン。


不登校や引きこもりの子供を描く映画自体は珍しくありませんが、その背景が震災に由来するような描写はガツンと食らいました。震災の影響が悪意に満ちた人災に転じて罪なき人々を苦しめ、社会的な孤立を招くって、震災被害で亡くなる事よりも(ある意味)もっと深刻な問題だと思うわけでそういった視点を提示する脚本に物凄く感銘を受けました。


ーー突然ですが、ここで凪待ち感想エントリ前篇を終わります。映画の感想を本気で書こうとするとアメブロの限界を超えた文字数になってしまうので、僭越ながら前後篇に分割させてもらいます。続きは後篇にて


[映画『凪待ち』について思ったこと全部書く!後篇]