ファン・ジョンミン主演『人質』が残念だったという話。 | 冷やしえいがゾンビ

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 笑顔の似合う韓国おじさん俳優、ファン・ジョンミン。彼の主演映画は毎年1本に近いペースで公開されているわけですが、ファン・ジョンミンがファン・ジョンミン役で主演する作品が日本公開。変な日本版の予告編を何度も見せられてきましたが、やっと見ることができました。

 

 

 タイトルにも書いた通り、個人的には「残念」だったので、思った事をざっくりかつ細々と記録しておこうと思います。

 

 

 

 まず良かった点としては、ファン・ジョンミンの熱演。体も張っているし、誘拐されたスター俳優という設定にリアリティを持たせるだけの真剣味がありました。やっぱり役者としてすごく魅力的。リメイク元の香港版『誘拐捜査』ではアンディ・ラウが主人公を演じていたらしいので比較して見てみたい気もします。

 

 他のキャストではイ・ユミが輝きまくってました。ファン・ジョンミンと同じく誘拐されてしまった若い女性なのですが、悲壮感が映える顔立ちにシリアスな演技がばっちりハマっていて素晴らしい。『イカゲーム』『今、私たちの学校は…』で彼女を認識した私ですが、改めて今後の大活躍に期待したいと思いました。なにしろ彼女、イカゲームでエミー賞のゲスト出演女優賞を獲得してしまったので、世界進出してもおかしくないですね。

 

 しかし他のキャストについてはあまり魅力を感じられなかったです。キャストの魅力を引き出すための設定に工夫が足りないので、「60点満点で60点を出すか出さないか」という感じ。この辺についても詳しく述べていきます。

 

 ルック/ビジュアル/ロケーション/セットなどは韓国映画らしいゴージャスさで、汚いところは汚いし。今作の監督が撮影監督出身らしいので画面から受ける印象は流石でした。

 

 画面と演技、編集も含めて韓国メジャー映画を見たなーという感触はあるものの、個人的にはやはり、脚本に決定的な不満を覚える作品でした。

 

 端的に言って「誘拐犯が馬鹿すぎる」。今作最大の欠点がここでした。

 

 ファン・ジョンミンが誘拐される瞬間は予告編でも再三見せられたわけですが、誘拐犯がファン・ジョンミンと出会うきっかけが偶然に過ぎないのです。

 

 のちのちの展開のためのフリのためでもあるのですが、ファン・ジョンミンが独りでコンビニに立ち寄り、店を出たところで誘拐犯の3人と出会います。3人は"あのファン・ジョンミン"であることに気づき、直後に強引な拉致を実行することになります。

 

 たまたま出会ったから誘拐した。この展開に納得ができないし、こんな形で被害に遭うファン・ジョンミンも、スター俳優らしからぬ危機意識だったのではないか?と思わざるを得ない。誘拐の瞬間から主人公と悪役の知能指数がそこそこであると判明してしまう。計画性のない行き当たりばったりの犯人グループと、不注意かつ不運だった主人公。見ていて不安を覚える立ち上がりでした。

 

 その後の展開の作り方に脚本家の知性を感じられるような部分があれば良かったのですが、そこも期待はずれで。リメイク元が香港映画と聞くと脚本が大雑把なのも仕方ないかなとも思うし、それでもそれを上手に再構成しえるのが韓国映画界であると信じたかったです。好例として思い浮かぶのは『天使の眼、野獣の街』と『監視者たち』の関係性。

 

 誘拐されたファン・ジョンミンはパイプ椅子に縛り付けられ、誘拐犯たちから暴力と罵声と脅迫を浴びせられます。誘拐犯たちは知能指数が低いので誘拐によって大金を得るための手順も全然なっておらず、誘拐事件を扱ったサスペンスとして、面白くなるべき展開が無い。脅してファン・ジョンミンの預貯金を奪おうとするだけ。身代金要求するわけでもない。

 

 予告編でもバレているのですが、ファン・ジョンミンは誘拐された場所から逃げ出す事に成功します。俳優という設定をちゃんと生かし、演技力を駆使して逃げ出す展開は素晴らしいんですけど、見張りが簡単にいなくなったり、ロープを切るのにうってつけのガラス片が部屋に散乱していたりするところを見ると「なんでやねん」と言いたくなります。ここも結局、「誘拐犯グループが馬鹿」という要素を強める事になり、サスペンスとしてどんどん弱くなっていく要因になっているわけです。

 

 皆さんは『チェイサー』で監禁された女性が手足を縛っているロープを切るまでに要した労力とスリル、サスペンス性を覚えておられますでしょうか。チェイサーのイカれた殺人鬼でさえ、「このバスルームから逃げられる事はないであろう」という予測を済ませていたはずなのです。しかしそんな予測を上回る執念によって彼女は活路を見出した。

 

 あれに比べると『人質』の犯人たちは迂闊にもほどがある。見張り3人のうち2人がセックスしていて1人がそれを覗いていた、だからファン・ジョンミンが策を弄する事が出来た…こういう詰めの甘さ、知能指数の低さがもたらす展開とサスペンスは日本映画によく見られるダメさだと思っていますが、韓国映画でも同様のダメさが噴出し得るという事が今作で分かりました。

 

 前述の通り「演技力」という武器によって逃走が成功する展開にはちょっぴり期待に応えてくれたとも思うのですが、自分と同じ場所に監禁されていた少女と共に逃げた後の「俺がおとりになるから隠れるんだ」というアイディアも、あっという間に無駄になって少女が見つかってしまう。主人公と悪役の駆け引きみたいなものがすごく浅いレベルに落ち着いてしまっているところも残念ポイント。

 

 物語の早い段階から、誘拐事件を追う警察/刑事の動きも描かれていくのですが、こちらも詰めが甘いというか…そもそも誘拐グループの主犯格の男が雑な計画で動くおバカなので、そんな男に先手を打たれて不意をつかれて戸惑ったりする警察自体も良いところが見えなくなっていくのです。

 

 展開を作るために警察側がミスを冒すのも仕方ないのですが、展開のためだからといって警察の予測能力が低すぎるのは見る側としてストレスを感じる。犯人が自首することによって警察が油断した部分はあったにせよ、クライマックスの仕掛けが効果を発揮すると、いよいよ「警察ダメすぎるだろ…」と感じてしまいました。そうなると自分が見たかったサスペンス・スリラーからはどんどんかけ離れてしまう。(『チェイサー』の警察も無能感がありましたが、それによって主人公の執念やアレコレが際立っていた)

 

 クライマックスで決定的に落胆したのは、結局ファン・ジョンミンが頑張って犯人を打ち倒すという展開。主人公が悪役に勝つ、映画として当たり前の構図のように見えるのですが、その手前で2人の刑事が犯人を取り押さえようとして失敗するんですよ。この2人の刑事、中盤で主犯男と対峙して逮捕しようとしたところで失敗しているんですね。

 

 ずっと追ってきた誘拐犯、逮捕のために心血を注いできたにも関わらず直前で逃げられてしまう。その後で犯人は図々しくも自首してきたあげく、卑劣な手段で同僚の刑事たちに大ダメージを負わせて再び逃走しようとする、そんな憎き存在を相手にした刑事たちが、あっけなく打ち倒されてしまう。そして犯人は、おじさん俳優の手で絞め落とされて逮捕される…

 

 このオチはあかんやろ!

 

 刑事たちが何一つ成果を挙げられず、俳優に過ぎないおじさんにも劣る存在になってしまうというこのオチ。もちろん見せ方としては刑事たちを惨めに描いているわけではありませんが、主人公としてのファン・ジョンミンに花を持たせる結末にするという事は、相対的に刑事たちの能力の無さが強調されてしまっているわけです。

 

 長く華やかなキャリアを持つファン・ジョンミンは、魅力的な刑事役を演じた事もあります。今作では『生き残るための3つの取引』『ベテラン』という刑事役の代表作にも言及されています。演技を通して刑事という職業の苦労についても理解しているはずなんです。

 

 今作でファン・ジョンミンが演じたのはファン・ジョンミン本人。2022年時点で52歳となった中年俳優であり、アクション映画を主戦場にしてきたタイプでもないですし、あくまでも演技力こそが評価されてきた人だと思うのです。

 

 それならば。クライマックスで犯人を逮捕するのは刑事であるべきです。ファン・ジョンミンが犯人逮捕のために助力する展開はあってしかるべきですが、主人公としてのファン・ジョンミンのために刑事たちが引き立て役に成り下がっている構図は、この作品を許せるかどうかという点において致命的な落ち度であるという認識です。

 

 事件解決後のシーンとして描かれるラストシーンも、完全に蛇足。トラウマが残って俳優としてのキャリアを断たれた(ように見える)ファン・ジョンミンなんて誰が見たいのでしょうか? 再起のためのきっかけを得るなり、待望の復帰作が大ヒットしてバンザーイ! これでいいでしょう。どうせ後日談を描くならファン・ジョンミンと共に救出された少女のその後を絶対に描くべきなのにその気配もなし! 後味が悪いだけ、脚本のセンスを疑うばかりでした。

 

 というわけで…見たかったものが見れなかった、という意味で「解釈の不一致」を多々感じられるような作品でした。Twitterでネタバレなしの感想を並べても自分が感じた不満の中身が伝わらないなと思ったので久々にblogに書き残してみましたが、共感を得られる可能性は低いとも思います。

 

 誘拐サスペンスとして創造性とか知性を感じられる展開が少なかった、一言でまとめるとそんな感じです。誘拐された男のサバイバルものでもあるのでテーマ的にも深みはないし。韓国映画への期待値が高いゆえの失望もありますし、カーチェイスなどは流石のクオリティなんですけどね…

 

 ちなみに『人質』は2021年の韓国国内の興収ランキングで3位だったようですが、ランキング上位の作品がじわじわと国内でも上映されてきそうです。

 

 自分は1位、3位、5位、6位、7位を既に見ることが出来たので、映画館で予告編も流れている2位『奈落のマイホーム』や4位『声 姿なき犯罪者』には期待したいところ。8位の『手紙と線路と小さな奇跡』は4月に公開済みで見逃しているので早急にチェックします。

 

 以上、不満多めの『人質』レビューでした。