ヘルドッグスは日本の逸材が結集した最高のヤクザ潜入サスペンス映画(ネタバレ注意)。 | 冷やしえいがゾンビ

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めっきりノータッチですが、メインは映画に関する垂れ流し。

ヘルドッグスは2022年公開映画の中でもトップクラスの大傑作であり、日本のヤクザ映画史およびアクション映画史に名を刻む大傑作だと思ったので、そう感じた理由をちまちまと書き残しておきます。

 

 

 

 

 

「岡田准一がヤクザ組織に潜入捜査」という設定、タトゥー入りのごっつい肉体をさりげなく見せつけるメインビジュアル。この2つの情報を摂取した段階で見に行く事は確定していたのですが、Twitterから伝わってくる評判も上々だったため公開週にレイトショーで観賞しました。

 

 

 

自分が「韓国映画の魅力」としてなんとなく感じている要素の多くが『ヘルドッグス』にはたっぷりと含まれており、「日本映画でこの感覚を得られるのはいつ以来だろう…」と、映画の内容そのものというより「日本映画の底力」を目の当たりにできた感動を観賞後の座席で味わうことができました。

 

ヘルドッグス感想、とりとめもなく書いていきます。

 

オープニング。『哭村』みたいな田舎町をズンズン進む岡田准一、風格ありすぎ。精気に欠けるが殺気をまとう彼は、養鶏場にいる男を問いつめて殺す。

 

現場の雰囲気からしてウソっぽくないし、それを切り取る撮影のトーンも素晴らしいし、そこで繰り広げられるアクションは生々しくブルータル。格闘ゲームの如きパンチ&キックの華麗さなど全く描かず、痛めつけて腕を折り、首を折る。

 

「ん?どういうこと?」と一瞬思わせておきつつ、ぐったりと力の抜けていく相手の姿を描く事で「なるほど、今の流れで首を折ったんだ」と理解させる。とっっても地味ではあるが、このファーストシーン/ファーストキルを見ただけで岡田准一の意気込みが伝わってきました。

 

オープニングを経て、岡田准一演じる主人公が「ヤクザに潜入捜査してこい」というミッションを与えられる流れが描かれていきます。

 

オープニングの殺人の後で何者かに拉致された岡田准一(養鶏場の後で自首したのかもしれない)、彼がどんな人物なのか、彼を拉致した人間の素性、オープニングの殺人の背景、潜入するヤクザの事情と幹部構成…などなどを一気に説明し始めます。セリフのテンポも早く、イメージカットこそ見せつつも、「パワポを使ったプレゼン始まった?」みたいな過度な分かりやすさは皆無なので混乱の要因になっていると言わざるを得ません。

 

が、こういった優しさ排除の説明シーンこそがリアリティ重視の原田眞人監督らしい味わいなのでしょうし、付いていくのがやっとな情報過多っぷりも日本映画らしからぬハードなムード作りに貢献しているため、ますます心が奪われていきました。

 

要点としては、「関東随一の巨大なヤクザ組織=東蛸会に潜入捜査するため、無茶な荒事に長けた実働部隊=ヘルドッグスの一員である室岡に近づいて(ケンカを売って)仲良くなれ」という使命を託されます。

 

偽りの身分を借りてヤクザに潜入しろ、という無茶なオーダーに対して主人公はどう反応するのか? いわゆる動機/モチベーションの描き方は重要なんですが、序盤では主人公にハッキリとした葛藤や不満を抱かせないままストーリーを進行していきます。

 

物語自体を潜入後のタイミングから始めることで、潜入までのジレンマを省略するパターンはよくありますが、第三者から潜入するように命じられるシーンを描きつつ素直に承諾させるところは新鮮に思えました。

 

なにしろ主人公、オープニングの時点で腕にキルマークを5つも刻んでいる殺意高めの男なので、殺しもいとわないヘルドッグスへの潜入の結果、殺しのライセンスを与えてもらう事はむしろ好都合だったのかもしれません。

 

しかし安心してほしいのは、倫理観ぶっ壊れのキリングマシーンに見える主人公も、実のところ、主人公に相応しいルールを内包していることが後々判明していきますので。

 

ミッションを受諾した主人公、次のシーンでは後に兄弟分となる室岡(坂口健太郎)と共に行動しています。つまり2人の馴れ初めは描かない。この潔さも素晴らしい。動機を省略し、潜入までの行程も省略する、このストーリーテリングは、語り口自体のスマートさも手伝って、とても心地よく感じられます。

 

元警察官であり正義の執行人=パニッシャーでもあった出月(岡田准一)は、兼高という新たな身分を与えられて巨大ヤクザ東蛸会に潜入に成功。そののち、兄弟分の室岡と共に殺しの仕事を実行中。潜入以降のファーストシーンが人殺しなのも、たまらんのです。メタ的に言えば岡田准一がどんどん汚れていく。

 

オープニングは主人公に殺す理由があったものの、潜入後に組織の兄弟分と共に行う殺人は潜入捜査という仕事の副産物。使命とために殺人の罪を重ねる事に対してどのようなスタンスなのか、これを早い段階で明確にするところも刺激的な作劇で大好きです。相手はヤクザとはいえ、躊躇なく殺していく兼高。

 

さらには殺した死体をどうするかの描写もすごく新鮮。こういう何気ないシーンの斬新さも韓国映画みたいなセンスで最高です。ヘルドッグスと呼ばれる集団のモラルがどの程度なのか、つまりは主要キャラクターを掘り下げるという手順をきっちりと踏んでいるのです。(すべてのシーンはキャラクターを掘り下げるために存在すべき、という見方もある)

 

出張を終えた主人公と相棒は、自分たちが仕えるオヤジの事務所へ帰還。このシーンもいちいちたまらない。ヤクザの事務所には当然ヤクザが詰めており、主人公たちと出迎えヤクザ連中のイキり合戦が始まります。体格こそ小さめながら筋肉の鎧をまとったスーツ姿の兼高が、ズイズイと事務所を進みつつヤクザの罵声を受け流す。流石の演出力、流石のスターオーラ。凡百のヤクザ映画とは格が違う。

 

2人を受け入れるオヤジ=土岐(北村一輝)は、事務所の中に床屋を常設していてひげそりの真っ最中。このヤクザがどのような形で己の権力を誇示しているのか、という大喜利に対して「バーバー常設」という回答はめちゃめちゃクール! こういうセンスも日本映画とは思えないキレ味だと思います。

 

そんな土岐からボディをぶん殴られる兼高はダメージを受ける素振りを見せず、土岐から「タイヤみてえな腹してるよ」という褒め言葉さえ引き出します。主人公の強さやオヤジとの距離感をこのような表現で描くところも最高。その後の兄弟分室岡が「俺も叱って(殴って)くださいよ」と言い出すところも最高(KAWAII)。いかつい面子の中で逆に異彩を放つ、はんにゃ金田。彼の芝居も良い…

 

自分好みの描写、それでいて「見たかったやつ」「これでいいんだよ」みたいな定番の再生産ではなく、フレッシュな描写が次々と飛び出してくるところがこの映画のクールさなんです。

 

出張から帰還した2人のポジションがどの辺にあるのか、オヤっさんの下に就く主要キャラクターの顔見せ、カシラと他の幹部の関係性、兼高&室岡コンビに与えられる新たなミッションの提示など、情報量の多いシーンが続きますが、こういうシーンでも新鮮さを提示しようとするスキの無さが感じられます。あの女性キャラなんて、あんなリーゼントなのに演技面ではエキセントリックさを強調していない。そんなさじ加減も素晴らしい。

 

土岐の愛人エミリ役に松岡茉優、マッサージ師ノリコ役に大竹しのぶが登場。男だらけの今作において女性キャラクターの扱いがどうなるかはとても重要だと思うのですが、自分はとても好感が持てました。

 

松岡茉優は主人公に早々と近付いてセックスしようとします。その尻軽描写はいかにも男性客が喜びそうな展開にも見えるのですが「冷たくされたら(土岐に)しゃべっちゃうかも」などと兼高をさりげなく脅迫する描写もあるし、終盤に至ると彼女の立ち位置が判明し、さらに整合性が強化される結果になります。演技の質は改めて言うまでもないのですが、原田演出らしい自然体の芝居が彼女の魅力をさらに引き出しています。

 

自然体といえば大竹しのぶも素晴らしい演技力。色付けをしようと思えばいくらでも出来そうなのですが、変なインパクトで印象づけるのではなく、キャラクターとしての必然性があるがゆえの超地味演技。彼女がどうして今の地位に着いたのかを知れば、大竹しのぶの芝居の意味がちゃんと理解できるのです。

 

登場キャラクターも増え、相関図がぼんやりと出来上がってきた頃、兼高&室岡に新たなミッションが与えられます。東蛸会会長・十朱(MIYAVI)の護衛任務。

 

ハリウッド映画でもよく見かけるMIYAVI、ヤクザのボスというイメージからは乖離しまくりですが、ハリウッドの日本描写にありがちなエキセントリックアジア感のためのキャスティングでもなく、クールとブチギレの二面性を強調するでもない。「もしかするとこの男リーダーとして理想的かも?」と思わせるようなキャラクターになっているところが面白い。

 

めちゃくちゃイヤな奴とか、ものすごい悪事を企んでいるとか、ひたすらに威圧的/暴力的とか、そういうラスボス像とは一線を画すデザインなんですが、そういった組織トップが登場する事によって、むしろ物語のクライマックスがどこへ向かうのか見えなくなってきます。

 

主人公兼高も冷静な仕事人なので、会長に対してどういう感情を抱いているのかがビジュアル的に分かりにくい。感情の変化を具体的に見せることでクライマックスに向けた上昇曲線を作るのも1つのセオリーではあると思うのですが、潜入捜査官としてさらなる出世を達成するべく感情を殺すという描き方も、これまたリアリティ重視の演出ですごく良いんだよなあ。

 

会長のボディガード役に選ばれるための選抜会シーン。格闘技大好き野郎どもが汗を光らせる地下空間に足を踏み入れていく兼高&室岡。彼らが選抜会を勝ち抜くための手段がカッコよさの対極にあるんですよ。岡田准一と坂口健太郎というイケメンを主演に据えておきながらこういう描写ができる映画、信頼度がどんどん増していくわけです。このシーンで兼高が最後に決める技(柔術系)もマニアックでたまらんのですが…

 

ボディガードとして合格した2人に対して勤務体制や会長オフィスの間取りなどが説明されていくのですが、こういうディティール描写も好きですね…。ストーリーを進行させるためではなく、映画世界の深みを増すために解像度を上げていくシーンというか。もちろんストーリーのフリとして機能する部分もあるし、アクションシーンのためのフリにもなっているのですが、そういう機能性を度外視しても情報の質にセンスを感じられて心地良いんですけども。

 

十朱組長の優雅なルーティーンに付き合いながら情報収集を進める兼高。警察側の人間ともたびたび接触して「捜査」自体も進行していきます。「会長の金庫の中身を回収しろ」「どうやって開ける」「指紋認証をこれで開けろ」「会長は常に手袋をしてる。どうやって指紋なんて採取したんだ」「そんなのはいくらでも方法がある」「もし会長を襲ってくる相手がいたら片っ端から殺すぞ」と、改めてここで兼高のスタンス/優先事項が示されます。

 

十朱会長の悪行っぷりが強調された結果主人公の中に憎悪が生まれ…みたいな明快な流れが無いので物語の方向性は相変わらず見えにくいのですが、「組織内での立場を守りつつ潜入任務もおろそかにしない」というスタンスを表明しているだけとも言えます。「クライマックスがどうなるのか予測できない」というのも、場合によってはワクワクするものです。

 

会長は関西系ヤクザ華岡組の幹部を東京へ招いて交渉を持ちかけます。簡単に言うと「3億円やるから裏切れ。独立することでこっち側につけ」と要求。ボディガードに過ぎない兼高と、兼高に近い位置にいる観客は交渉の行方を見守るしかありません。この交渉シーンも、「でかい悪事が進められようとしている」わけでもなく、「この悪事を止めなければ!」みたいな主人公の動機に結びつくわけでもないところが面白いところ。

 

交渉が終わり、来客である関西ヤクザと共に高級クラブで息抜きすることに。「ホステスの接待を受けるヤクザ達」なんていかにもセクハラ描写が盛り込まれそうなシーンなのですが、そこも何気に回避しているところが良い。

 

セクハラこそないものの、この高級クラブ接待シーンは「映画ヘルドッグスの中でも最高にインパクトが強い場面」であると思っています。まさに名場面。「ホステスのうちの1人が暗殺者で、十朱会長の命を狙っていたが、護衛の兼高がそれに気付いて暗殺を防ぐ」というシーンで、文章にすれば何気ないんですけど、流れが素晴らしい。

 

バーカウンターに座って接待の様子を見守っていた兼高が接待席のソファーに座り、1人のホステスに話しかける。「この前は何してたの?(前職の職種を確認)」その口調はあくまでも穏やかで、接待の空気を壊さないよう配慮している事がわかります。それゆえに観客は兼高の思考が見えないので「何が起こっているんだ?」と緊張させられます。

 

兼高は瞬時の洞察力でホステスが殺し屋である事を見抜いているのですが、あくまでもロジカルにホステスを追い詰めていく。接待の空気が確実に壊れていき、十朱会長も兼高の動向に目を奪われくが、あくまでも冷静に成り行きを見守る。

 

兼高はホステスを殺し屋だと見抜いた根拠を披露。自分が作った酒(毒入り)を飲むように強要されたホステスは観念して兼高に襲いかかる。兼高の「冷静な口調から→怒声でホステスを威嚇」という変化も最高にカッコいいのよな…

 

このホステスアサシン(中島亜梨沙さん。元宝塚!?)は岡田准一&坂口健太郎コンビとの戦闘シーンに突入していくのですが、アクションがしっかりできる女優さんで(スタントダブルも使ってるだろうけど)素晴らしい。岡田准一自身がデザインしたリアル系アクションも見事すぎて。リアルでありながら超派手な技も見られるし、導入からオチまで最高のアクションシーン。サスペンス演出という点だけでも『新しき世界』の中盤倉庫シーンに匹敵すると思います。

 

兼高が暗殺を防ぎ殺し屋を撃退。十朱会長は殺し屋を自ら拷問するため「処理場」へと直行。「女性が不当に扱われていない」みたいな書き方をしましたけど、暗殺に失敗した女殺し屋は当たり前のように半裸にされ血みどろ状態で虫の息。こういう場面で拷問される女性がバストトップを隠してもらっていたりすると逆に嘘っぽくなるので、インティマシー・コーディネーターの起用を含めた出演者への最大の配慮をした上で、リアリティを追求してほしい。

 

女性はヌードにされているものの凄惨な拷問描写は特に描かず、観客のサディスティックな欲求に応えようとしていないところ(おまえら拷問シーン大好きだろ?と言いたげなやつ)も好感が持てます。拷問へのこだわりという十朱会長の一面を描くためのシーンかと思いきや、ストーリーはどんどんと加速。

 

土岐(北村一輝)は会長には内密に、関西ヤクザに渡した3億円入りアタッシュケースに発信機を忍ばせており、十朱会長に良い顔をしていた関西ヤクザの企みを暴くことに成功。思考を巡らせた結果、女アサシンの体内にも発信機があり、死んだも同然の女アサシンがいる場所に十朱会長がいるであろう事が関西ヤクザにもバレている事、その場所を知る事こそが関西ヤクザの狙いだったという事まで推測します。

 

処理場ビルには関西ヤクザの放った刺客が次々と来襲。兼高&室岡と会長秘書熊沢は十朱会長を護る事ができるのか…! ここから始まるのはヤクザ映画らしからぬ本格ガンアクション。展開的にも意外性があったし、刺客たちはヘルメットとゴーグルまで装備したマジの殺し屋軍団だったりして、「おいおいどうなっちゃうんだよ」感で頭がおかしくなりそうでした。

 

岡田准一といえば、天才的な殺し屋が主人公の『ザ・ファブル』ほか様々な作品でも銃撃戦を披露してきたのですが、今回のガンアクションは彼個人の趣味も多分に活かされたデザインになっており、それはつまり日本トップレベルという事です。ビルの内部構造も複雑で戦闘シーンのシチュエーションとして面白い。やってることはジョン・ウィック。しかもジョン・ウィックみたいな無敵感とも違うリアルさが心地良い。長ドスを使っての刃物アクションも見せてくれるし、岡田准一には感謝しかないのです。

 

血みどろの殺し合いの末に熊沢は死亡。凌辱され屈辱を浴び続けた瀕死の女殺し屋が執念によって熊沢に一矢報いるという点も見逃せないポイントですね。

 

襲撃をしのいだ兼高はオヤっさんに呼び出され、その日のうちに決行される関西ヤクザへの仕返しにも参加。ここはアクションというほどのアクションはなく、ストーリー展開に終始。宿敵だった氏家組(関西とつながっていた)を壊滅させたものの、関西ヤクザへの分裂工作は失敗に終わった上、熊沢という幹部を失った事で東蛸会は足元がゆらぎ始める。

 

かなり派手なアクションシーンの後で熊沢の葬式(通夜?)が始まると、またもや「これからどうなるんだ?」「クライマックスはどうなる?」「もしかしてこれで終わりだったりする?」と、いい意味の混乱に包まれました。広いホールでパイプ椅子に座りながら仕出し弁当を食べ始める描写とか、いちいち斬新。

 

会長の右腕である熊沢の死によって会長秘書が不在に。熊沢の後継者が誰になるかという話題になり、会長の意向で兼高が指名を受けます。

 

兼高が会長秘書に選ばれる、この展開を目にした時点で自分の頭は「なんだよこれ面白すぎるだろ!?」と冷静さを失っていました。他の幹部達が「あぁん!? なんでこんな若造が秘書になれるんだよぉ!?」みたいに喚き散らすありがち展開になるわけでもなく、トップ層の幹部は了承済み。十朱、土岐、新会長秘書となった兼高の3人は通夜の場を離れて別室へ。「秘書として最初の仕事をしてもらう」と土岐。

 

3人だけになったところで、土岐は十朱会長のボディを殴打。「熊沢が死んだのはあんたの失態だ」と、目上であるはずの十朱を非難する土岐。殴られ、非難された十朱は土岐の言い分を受け入れる。

 

土岐は怒りをぶちまけながら、組のトップに反抗した責任を取って指を詰めると宣言。「兼高!俺の骨は太いからドスを踏みつけて全体重で切り落とせ!」とか言い始める…! もう、このハイテンポすぎる展開についていけない! ついていけなくて混乱する! だからこそ興奮する!

 

異変を察知した他の幹部たちが3人の元に集まり、お家騒動は有耶無耶になって解散…

 

と思いきや、兼高の会長秘書就任によって「引いてはいけなかったトリガー」が引かれることになります。兼高を兄弟として慕い、生死の境を共に乗り越えてきた男、室岡に決定的な変化が訪れることに。

 

兼高の抜擢に対して唯一不満をあらわにした三神(はんにゃ金田)だったが、それを見て冷静さを失い暴行をはたらく室岡。兼高に制止された室岡ですが、自分の中のブレーキを失った彼はトイレに向かった三神を再び襲撃。

 

三神は葬儀の準備中子分から伝えられた情報を元に兼高が警察と関係のある存在であるという事を半ば確信しています。その旨を室岡に告げて暴走を止めようとする三神ですが、室岡の心は既に壊れてしまっているので聞き入れる余地がありません。

 

三神からは「三下サイコボーイ」と呼ばれた室岡ですが、ここに至るまではサイコっぷりが強調されているわけでもなく、いわゆる狂犬キャラのような描き方はまったくされていません。しかし兼高の大抜擢によるコンビ解消という事実に彼の心は耐えられず、遂にサイコボーイとして開花。三神に対して暴行してからキスするという見事な狂いっぷりの末、吹き抜け階段の下へ三神を突き落として殺害。

 

しかしトイレの個室に入っていた大前田のボディガードが室岡の暴走を目撃しており、幹部を手にかけた室岡にドスで襲いかかります。ちなみにこのボディガード役、邦画アクションの大傑作『ベイビーわるきゅーれ』で最強の敵役を演じた三元雅芸さんだったので個人的に大興奮。今作でもキレッキレのアクションを見せてくれます。

 

兼高は葬儀のクライマックスである賛美歌合唱の途中で抜け出し、室岡の元へ。室岡はドスで刺されたり切られたりしながらも必死に抵抗し、序盤の伏線を回収する関節技を駆使しながらボディガードを撃退。その様子を見守った兼高は、室岡に「逃げろ!」と指示。

 

土砂降りの雨に打たれながら、室岡は「兄貴とはずっとうまくやっていけるはずだったんだ…」と傷心した胸の内を吐露。その思いを受け止めきれない兼高。葬儀中に壊れてしまった室岡の変化を見るとグッときます。暴走室岡に対して受け芝居するはんにゃ金田もめちゃくちゃ良いんですけどね…

 

会長秘書の死、新参者兼高の会長秘書抜擢、幹部候補だった三神の死により、組織として安定を欠いた東蛸会。兼高は警察側から「あと1人殺してくれ。そしたら引退してくれて構わない」と打診を受けます。標的は、東蛸会トップの十朱会長。

 

このラストミッション依頼のタイミングで、ネタバらしされる情報が2つあります。1つは「十朱は警察とFBIが東蛸会に送り込んだ潜入捜査官だった」という事。もう1つが「土岐の愛人エミリも警察と通じているスパイである」という事。こういった「実はこうでした」という仕掛けが最小限なところもシナリオとして好きです。ちなみに「マッサージ師のノリコが警察と通じていて東蛸会を恨む理由がある」という情報は早い段階で説明していましたね。

 

エミリが土岐を、ノリコが大前田を、兼高が十朱を殺すことで東蛸会の壊滅を狙う。3人の刺客は捨て身の暗殺計画実行を決意します。

 

松岡茉優と大竹しのぶがヤクザを殺すというメタ的に面白い場面がやってくるのですが、見せ方もスリリングで、なおかつタイプが違うのでとても味わい深かったです。

 

そして兼高。十朱会長を殺す前に護衛の2人をどうにかする必要があります。ここは岡田准一先生の見事なアクションデザインが爆発。戦闘開始のタイミングからして最高。ヒロイックにならず、実践的な格闘技を身に着けた者同士のガチンコファイトクラブ! 廊下を背中で這い進む(そして隠しておいた拳銃を取る)描写なんて柔術を実際に学んでいる岡田准一だからこその発想。たまらんです。

 

十朱と対峙する兼高。十朱は兼高に対し「おまえもこちらに来い」「おまえと俺が組めば世界を牛耳る事も難しくない」と闇堕ちするよう誘ってきます。改めて振り返るとドラゴンクエストの竜王みたいですね。

 

十朱の申し出を断る兼高のセリフが「俺、アフリカゾウ好きなんで」なのも不器用でいいじゃないですか。ちなみに個人的には、十朱が常に手で転がしていたボールが象牙で出来ているという事もここでようやく気付きました。兼高が十朱を憎む(殺す)理由が少ないのも、主人公の闇堕ちENDを予感させる効果につながっていて良いですね。

 

お互いの言い分を言葉にしたところで決戦開始。1vs1の至近距離で拳銃を撃ち合う姿はジョン・ウーばりのケレン味にも見えるのですが、劇中最高のスタイリッシュさでありながらリアルさからも離脱しないバランス感が素晴らしい。そして十朱にトドメを刺すため兼高が選んだフィニッシュホールドも地味~な柔術技スピニングチョークだったりするところに、技闘デザイン岡田准一のこだわりがビンビンに感じられて最高でした。

 

兼高は潜入捜査最後の仕事を終えたものの、エミリを拉致した室岡に呼び出されます。室岡は兼高が潜入捜査官だったという事実に行き着いてしまった。兼高はかつての兄弟分の元へ向かいます。

 

兼高と室岡の再会、それはつまり悲しいラブストーリーの終わり。兄貴としての兼高にずっと憧れを抱いてきた(そういう描写を劇中で積み上げてきた)室岡。彼を演じる坂口健太郎の集大成的な演技をここで堪能できます。事実に気付いてしまったけれど、それでも兼高への思いを捨てきれない。ひどい境遇で育ち、ヤクザという生き方を選択してしまった"少年"。

 

そんな室岡に向けて兼高が選ぶセリフ。「おまえがいなかったらここまで来れなかった。1人じゃ無理だったよ」室岡がかけて欲しかったのはこんな慰めの言葉ではなかったのかもしれません。あるいは、何よりも欲しかった言葉なのかもしれません。このセリフを受け止めた次の瞬間、カメラとライティングで室岡の瞳がかすかに潤んでいるように見えます。これぞ映画の醍醐味。

 

額に銃弾を撃ち込まれた室岡は即死。兼高はあくまでもクールに弟分を撃ち殺しました。人質を取っている室岡は、兼高に銃を捨てさせる事も出来た。それをしなかったということはつまり…兼高に銃を向けられて自分が殺される事も覚悟していたという事でしょう。そう考えると、室岡というキャラクターが大好きになってしまうんですよ…

 

ラストシーンとして「1年前」が描かれるんですけど、この構成はどうしても『新しき世界』を思い出しますね。兼高と室岡がバンコクで出会った運命の日。喧嘩に発展し、2人が組み合いながら笑顔を浮かべるラストカット。「楽しい!」「楽しい?」 ノワール的かつブロマンス的な本作に相応しい最期ではないでしょうか。

 

というわけで。大オチまで明記する完全ネタバレ感想文となってしまいました。こうやって「全編を振り返らないといけない映画」というのが時々私の人生に到来します。ヘルドッグスは、そんな一作でした。まだまだ語り足りないところもありますが、そろそろ〆にかかりましょう。

 

今作を見ていて明らかに不満を覚えた点として、兼高が歌舞伎町をふらふらと歩き、交番勤務しているかつての同僚に目撃される事をきっかけにして潜入捜査官であることが東蛸会内部の人間に知られてしまうという流れ。「迂闊さが引き起こす展開」によって物語を動かす手法が好きではなく、「いつか潜入がバレるんだな」と予測できてしまったところは残念。もっと丁寧なサスペンスを構築してほしかった。

 

あとは兼高と室岡が別行動になったところで2人のシーンをやたらと細かく行き交うような編集がなされるところ。シーンそのものに魅力がないと感じているのか、オチのついていない段階でさっきのシーンに戻る、という編集が目立ったのは残念。

 

いくつかのシーンでセリフが聞き取りづらく、提示されている情報の多くを聞き逃してしまう点や、処理場でのアクションが暗がりなので見えづらいといった点も目にはつくものの、わかりやすさに擦り寄る事で解決しようとしないところは逆に好感が持てました。全ての情報を整理できていないまま見ても十分に面白いとも言えます。

 

韓国ヤクザ潜入ものの傑作『新しき世界』が公開されたのは2013年。香港ヤクザ潜入もの『インファナル・アフェア』は2002年。どちらも大好きな自分にとって、2022年公開作『ヘルドッグス』は、日本ヤクザ潜入ものとして、そして近代アクション映画として、どちらの視点からも最高傑作であると感じました。

 

岡田准一がいよいよ本気を出した(自分の趣味を押し出した)アクション映画としても歴史に残ると思いますし、今後の彼がどんなキャリアを歩んでいくのかが楽しみで仕方ありません。オープニングで彼の体つきと佇まい、当たり前のように体現したアクションを見た瞬間「嗚呼…岡田准一、ドニー・イェンと対決してくれないかな」と思いました。

 

公開から1週間、まだ映画館で見られます。決して大ヒットにはならなさそうですが、アクション映画好きなら絶対に見ておくべき一本。

 

圧倒的に、おすすめです!