映画『凪待ち』について思ったこと全部書く!後篇 | 冷やしえいがゾンビ

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映画『凪待ち』感想の続きです。前篇をご覧になっていない方はこちら↓からどうぞ。


[映画『凪待ち』について思ったこと全部書く!前篇]



転居して2日目の夜、いい雰囲気の寝室で語らう木野本とアユミ。「カリブ海の◯◯島に連れて行ってくれるって約束、覚えてる?」アユミの問いに曖昧に答える木野本。自分は何気なく答えた一言が、恋人にとっては大事な約束として5年間も機能していた


幸せでありながらもどこか気まずい、という心情が演技からもすごく伝わってきてとても印象的なシーン。しかし伏線としても非常に重要で…「(約束は)まだ有効だよ」いかにも香取慎吾らしいソフトな声色。萌えました。


この後、リリー・フランキーが自分の職場で働いているシーンが挿入されます。他に働く同僚の姿は見えず、フォークリフトを運転し、片足を引きずって歩く。暗い工場から外に出て強烈な光に包まれる異様なカット


木野本、アユミ、ミナミが3人で外食。「ミナミ、友達できたの?」「うん」なんて会話をしていると、割り込んできたのはスナックでからんできた村上。彼の姿を見て気まずそうにしているアユミとミナミ。村上はアユミの元夫であり、ミナミの元父親だった。嫌味の応酬の末、村上の妻であるフィリピン人女性が妊娠で大きくなった腹を自慢する。このシーンは色んな崩壊を引き起こす口火のような位置付けになっていて


次のシーン、朝食を食べている木野本とミナミ。そこにアユミがやってきてタバコの箱をミナミに見せる。「これどういうこと? タバコ吸ってるの?」「友達(翔太)から預かっただけだよ」ここから始まる母子喧嘩。口論の場面で「どっちもどっち」感を出すのが上手い。最終的にアユミはビンタしてしまい、ミナミは「母さんもあいつ(元父)と一緒なんだね!」と言って家を飛び出していく。


夜になり、結局帰宅しないままのミナミ。心配になったアユミは若者の集まるスポットを探すが、ついには木野本の職場にまで出向いてくる。2人で車に乗るが、イラ立ちから木野本に対して攻撃的になってしまうアユミ。「あの子が変態にさらわれて殺されたらどうするの?」「そんな最悪の事考えてもしょうがないでしょ?」


この車内喧嘩シーンのリアルさが凄い! 2人の性格や距離感を表す場面でありながら、主人公に決定的な後悔/罪悪感を残す意味合いでも重要なので、綿密な打ち合わせを要した場面だと思われます。自己正当化や議論のすり替えの末、木野本はアユミを車から降ろしてしまう。


1人になっても探し回った木野本、翔太と一緒にいるミナミを発見。喧嘩直後でストレスを溜め込んだ木野本はミナミに対してもイラ立ちをぶつけてしまう。歯向かってきた翔太に対してはもっと激しく「てめうるせんだよ!」とブン殴る始末。木野本の心情とストレス量の変化をすごく緻密に描いていて、それを完全に体現している香取慎吾の芝居はお見事。


「母さん心配してるから電話しろ」仲の良かった木野本から「命令」されたミナミ、しぶしぶアユミの携帯へ連絡。しかし通話口から聞こえてくる相手はどうやらアユミではなくただならぬ空気を察する木野本。


移動中の車内から見えるのは大量に光るパトランプ、多くの警察官、黄色と黒の立ち入り禁止テープ。嫌な予感しかしない。前のシーンでは何が起こったのかを下手に説明せず、シーンが変わった最初のカットで「起こるべきでない最悪の事態が起きてしまった」事を描写する。下手なセリフで説明しない。これぞ映画! 最後に映る、泥まみれのアユミの死体。


続くシーンはアユミの通夜。この展開の早さも見事。事実婚状態だったとはいえ、霊前から離れた位置に座っている木野本。「本当なら木野本さんは親族席にいるべきだったんだけどね」語りかけてくる小野寺。(彼自身はなぜか通夜で最前列に座っていた) 事実婚がゆえに未婚のままだった事、正式にプロポーズできないまま死別してしまったのが余計につらい。このドラマ性は構図として新鮮。


通夜の後、ミナミの処遇について話し合う遺族。小野寺はミナミを実父の元へ託そうとしている。「籍を入れてない木野本さんと一緒には暮らせないんだ」言葉が出てこないミナミ。彼女の表情を見つめる小野寺だが、ひととき視線をかわすと目を逸らしてしまう。やがてミナミは家を飛び出していく。その後ろ姿を目で追う木野本。その微かに潤んだ瞳!! 最高!!


木野本はアユミとの喧嘩についてミナミに告白。鏡越しにしか表情をうかがえないほど離れてしまった2人の距離が、さらに致命的な決裂を迎えてしまう。ここで木野本は「『車から降りろ』ってどなった」と言っているのですが、実際の喧嘩シーンではそういう言い方はしていない(ように思う)。後悔から生じる記憶の不透明さ/誤認について描いているのかもしれない。


さらに生気を失った様子で印刷所の仕事に復帰した木野本だが、職場に警察がやってくる。「アユミを殺したのはおまえだろ?」カマをかけられて立腹する木野本。シナリオ的にも観客的にもストレスが溜まっていく展開。


職場に警察が来た事で木野本を取り巻く空気は一変。おまけに上司からは会社の金を着服したと疑われてしまう。上司から叱責されるところをこっそりと見ていた同僚の尾形の態度から、木野本は尾形が自分に罪を着せようとしていると察して激怒。木野本が初めてキレる場面、乱闘描写のリアルさは流石の白石組。フルスイングしたパイプ椅子で操作盤を破壊して、木野本は職場をクビになる。


アユミとの死別、ミナミとの決別、縁のない地域での孤立、警察には殺したと疑われ、上司の信頼も失い主人公にストレスを上乗せしていくシナリオのリアルさと綿密さが見事。


失職して借金(修理代)まで背負った木野本を救ったのは小野寺。借金を肩代わりした上に当座の生活費として数万円を木野本に渡す。「どうしてこんなに優しくしてくれるんですか?」観客の中にも「どうしてなんだ?」と疑問が浮かんでくる頃です。


金を手にしたものの行き場を失った木野本は再びノミ屋に向かってしまう。小野寺から借りた数万円はあっという間に飲み込まれるが、ノミ屋を仕切っているヤクザが「タネ銭、貸してやるよ」と言いながらセラミック丸出しの白い歯を見せつけるように微笑みかけてくる。闇金地獄への第一歩。


ノミ屋シーンの後か前か、木野本が町中で尾形を見つけて追いかける場面があります。尾形のみっともなさすぎる逃走っぷり、彼のみじめさを強調するために何度もゲロを吐かせる白石演出に笑いが止まらない。何度も何度もゲロを吐かせるために、尾形が直前に家系ラーメンを食べているところも特筆したいディテールですね!


またも一文無しになった木野本はアユミの私物からヘソクリを探し出し、そこから数枚抜き取り。そこへ入ってきたミナミが改めてヘソクリの封筒(まだ数万円残っている)を発見、「これはイクオ(木野本)のものだよ」と言って木野本に渡すこの優しくもつらすぎる展開、木野本の代わりに大声で叫びたくなりました。


木野本と一緒に暮らすという選択肢もあったはずのミナミだが、木野本との心の距離を埋める事が出来ずに実父の元へ行く事を選択。木野本には彼女を引き止めるための材料がない。仕事も無い、金は無いどころかヤクザに借金がある、アユミを間接的に殺したという罪悪感、アユミの夢を裏切った事に対する胸の痛みはまだ消えそうにない


木野本が去っていく姿を見たミナミは、「自分のせいでお母さんが死んだと思ってるみたいよ」と祖父につぶやく。このセリフ、重要なんです。このセリフによってアユミの父=ミナミの祖父=勝美が、木野本と初めて向き合うようになるのです。


なぜなら「自分と木野本は同じ苦しみを背負っているのだ」と理解するきっかけだから。勝美は震災時の津波で妻を失い、そこから抜け殻のように生きてきた人間。ミナミのセリフによって木野本に自分を重ね合わせ、家族として受け入れなかった自分の頑なさに気付くのです。


アユミの美容院で酔いつぶれている木野本を見つけた勝美は、小野寺に肩代わりしてもらった金について問いただす。「明日から福島に行ってきます。とりあえず1ヶ月、除染作業を」ヤクザに借金を返すための除染作業。嘘みたいだけど現実味ありすぎ。


「ちょっと顔貸せ」勝美は木野本を自分の漁船に乗せ、漁をしながら死に別れた妻との思い出話を始める。黙って耳を傾ける木野本。港に戻ると、勝美は自分の船を売却した事を告げる。「この金で綺麗にして、やり直せ」


勝美がステージ4のガンになっても固執した船を売らせてしまった木野本。ミナミも勝美も自分を信じてくれているのに、その思いにどうしても応えられない期待が大きいから、大切にしたい人からの信頼だからこそ、裏切るのが怖くなる。逃げ出してしまう。木野本はものすごく繊細な人間性の持ち主として描かれている。


木野本はヤクザへの借金を返済するが、残った金でまたもノミ屋へ行ってしまう! 「泣いても笑ってもこれで最後だ」誰に言うでもない決意表明をつぶやいて連勝1点買いに50万を突っ込む。見てるこっちとしては「勝てる訳ないよなんでそうなっちゃうんだよ」とダウナーな気分に。


ところがこの勝負、木野本が勝っちゃうんですね。審議になってからのアナウンスも絶妙な面白さで。劇中で初めて大はしゃぎする木野本。ところが元締めヤクザと受付ヤクザは配当金を払わずに店から逃走。木野本はそれを追いかけるが逆にボコられ、車券もヤクザに飲み込まれてしまい、またもや一文無しに


勝美やミナミの信頼を裏切って(信頼から逃げ出して)、結局ギャンブルで有り金を使い果たしてしまった木野本。彼の逃げ場はもはや酒しかありません。泥酔状態で出店が集まる夏祭り会場へ辿り着くと、千鳥足で若い男にぶつかってしまい、大乱闘の幕開け。エキストラの規模も、暴力と破壊のダイナミズムも文句なしの名場面。臨場感のあるカメラワークの中で香取慎吾がズタボロになっていきます。


そんな木野本の元に駆け寄るのは小野寺。「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか」木野本の言葉に、私はどうして小野寺が木野本に優しいのか、その理由についてなんとなく感づいていましたがそれはそれとして、おっさん2人が寄り添い抱き合う光景には涙を禁じ得ませんでした。


小野寺の働く製氷工場で働き始める木野本。すべてを失ってからの再スタート。


勝美、ミナミ、木野本は3人でアユミの殺害現場へ。勝美は木野本にミナミとの同居を懇願する。木野本は一旦承諾するものの、2人に宛てた手紙を残して町を去ろうとする。どうしても他人の期待に耐えることが出来ないのが木野本という人間。海岸沿いに設置された防波堤の前を黙々と歩いていく。


駅で電車を待つ。電車が到着する。発車寸前、テレビが報じたとある事件。それを目にした木野本は何かを決意して踵を返す。


501点買いの配当を求めてノミ屋に殴り込む木野本。大暴れするだけではなく、破壊描写もしっかり。香取慎吾は暴れさせてはいけない。この映画を見た人全員の共通認識といえるでしょう。


木野本がヤクザに拉致された事を漁師の友人から聞き及んだ勝美。「仲間、あつめっか?」と言われるも「いや、俺1人で大丈夫だ」と、単独でヤクザの事務所へ乗り込んでいく。この辺りはさりげない伏線が回収されていく流れが綺麗ですね。


ヤクザの事務所から生還した木野本、傍には勝美と、ミナミ。同じ方向に歩いていく3人を正面から捉えた長回しカット。身長182cm40代男の、みっともなさすぎる大号泣。その胸に去来するのは「家族」の前で初めて弱さを見せる事ができた安堵なのかもしれません。


順番は違うかもしれませんが、終盤、木野本の職場にパトカー数台がやってくる場面。警察官は木野本でなく、あの人物を逮捕。今作における1つの疑問点が解消される場面。個人的に、この展開は予想していました。序盤からの伏線とミスリードがこの結末を予見させていました。さらに個人的には、「この問題」が解決しないまま映画が終わっても悪くないとさえ思いました。


金、船、家族ーーすべての面でクリアになっていくこの物語の着地点が個人的にはものすごく大好きです。綺麗すぎると感じる人もいるかもしれませんが、木野本は主人公として踏み越えてはいけないラインを踏み越えずに思い留まることができたからこそ、ささやかな幸せをつかむ事ができた。一時的なものとはいえ凪を感じられた。とても心地良いエンディングでした。


本編のラストカットは、木野本が海に捧げたあるアイテムが海中に沈んでいくのを水中カメラで追うのですが、その先に見えてくる海底の様子がこの映画の余韻をより一層深いものにしてくれます。エンドロールの後ろにもこの映画を作った方々の思いがしっかりと感じられるわけです。皆さんもエンドロールをお見逃しなきよう



ーーそんな感じで、ほぼほぼ全編の感想を書き終えました。ご覧になった方々のご意見や、映画の感想そのものなんかもコメントしていただけるととても嬉しいです。令和元年に生まれた傑作日本映画。多くの方とこの感動を共有していきたいですね!


以上、「凪待ちについて思うところ全部書くぞ」エントリでした。長文、乱筆、お目汚し、失礼いたしました。