「ブータン:農村で家族のように暮らす3泊4日」
「ブータンの魅力は Simple, Small & Slow Life ・・・・・・」
<チャンス>
チャンスは来るんじゃなくて、チャンスにするんだ。
By よしだまさき
私はブータン人と結婚を機に、ブータンに住んでいます。
夫がブータンで「Bhutan Retreat」というツアー会社をやっています。
よろしければ、ブータンへの旅も候補に入れていただければと思い、
メールさせていただきました。
ブータンの魅力は Simple, Small & Slow Life ・・・・・・
住んでみて、実に良い国だなぁと感じています。
人々は優しく、穏やかで、貧しくとも工夫して、心豊かに生活しています。
“いま”に生きている姿は、たくさんのことを考えさせられます。
ブータンの智慧は、行き詰った日本に多くのヒントをくれるような気がしています。
実はずっとブータンに行きたいと思っていた・・・
まさに思いが現実を引き寄せたと感じた。
旅客スタッフなぐ
がどんどんカタチにしていった・・・
オレが行くつもりだったが、なぐの仕事ぶりに、なぐに行ってもらうことに決めた・・・。
「ブータン:農村で家族のように暮らす3泊4日」
■日程: 2012年6月10日(日)~6月16日(土) 7日間
*日本発着最短日程:2012年6月9日(土)~6月17日(日) 9日間
■定員: 11名
■発着場所: バンコク(タイ)
*バンコク(タイ)~パロ(ブータン)間の航空券はツアー代に含みます
■同行スタッフ(予定): 南雲直樹
国民総幸福(GNH:Gross National Happiness)で知られるヒマラヤの小さな国ブータン。
昨年のワンチュク国王の来日で一気に注目されました。地球探検隊では、
ブータンの旅行会社の代表と結婚した、中村隊長の知人からのアプローチで、
地球探検隊初のブータンの旅のメインは、古き良きブータンの原風景を色濃く
残しているといわれるガンテ(フォブジカ)でのファームスティ。
農家の家族と寝起きをともにして、農作業の手伝いをしたり、家庭料理を作ったりと、
暮らすように滞在します。この土地では最近まで電気のない
自給的な暮らしをしていたといいます(ソーラー電力はあり)。
電気はなくとも、豊かに生きるブータンの智慧を、
農家の家族とともに生活をして感じてみませんか。
大きな旅立ちというものは、
書物の、第一行の文章のように、
重要なものなんだよ。
その一行が、この一瞬が、
すべてを決定づけるんだ。
「ムーミンパパ海へ行く」
「話したい事が沢山ある大人でいたい・・・」
隊長がこれまでに体験されたエピソード、楽しいワクワクするお話から
昨日もブログに書いたように 、リピーター隊員がいると、どんなトークライブも
気持ちよく話せる・・・毎回、リピーターにも参加してほしいな。
毎月、「地球探検隊を知る夕べ」
開催中(10名限定・要予約) !
2月28日(火)、3月13日(火)、3月27日(火)予約
受付中!
「誰の心にもある子どもの心・・・」
という考えには否定的で、
むしろ、
幸せに人生を成功していく人は、
何事がおこっても
ハッピーエンドストーリーに
こじつける想像力が豊かである、
と言い換えたい。
奥田弘美
「地球探検隊 東北復興支援バス」
ボランティア支援ベース絆の『サンライス元気村』プロジェクト に参加して、
仮設住宅に住むお年寄りにお米とメッセージを配ります。
“がってん”は、北海道・道東、弟子屈町に住むカナディアンカヌーのガイドです。
地球探検隊といっしょに開催している、釧路川の川旅を通して、道東の冬旅を通して、
いろんなことを語りかけてくれました。自然に寄り添うように生きている彼の姿、
発する言葉に影響を受けた隊員も少なくはありません。
その“がってん”は、東日本大震災が発生後すぐに、東北へ復興支援に向かいました。
その後、6回にわたり支援活動を行っていて、継続する大切さを訴えています。
3月、地球探検隊は、がってんといっしょに石巻に行きます。
震災以来、機会を見て何かしたいと思っていた方もいらっしゃると思います。
動き出すことに遅いということはないと思います
地球探検隊の仲間と“がってん”と、東北へ元気を届けにいきましょう。
■日程: 2012年3月23日(金)~3月25日(日)*3/23は夜23:00集合
■定員: 34名
■集合場所: 東京・新宿御苑前 エクスプローラ「地球探検隊」
■解散場所: 東京・新宿駅西口
>>詳細はこちら
また、3/3(土)の地球探検隊16周年パーティーに“がってん”が参加します。
今までの活動と『サンライス元気村』プロジェクト、3月の支援活動について
お話してもらいます。
>>詳細はこちら
<“がってん” からのメッセージ>
昨年6回程現地でボランティア活動をへて、あらためて
『人は一人では生きていけない』ということを痛切に感じた次第です。
町並みは元の風景とはかけ離れた整然とした景色です。
歩行や生活に危険な状態は過ぎ去ったものの、整然とした風景は、
そこに生きる人々に深く悲しさに似た寂しさを落としている気がしてなりません。
3000棟にも及ぶ仮設住宅に暮らす人々は、
互いの顔を知らず、また交流の場としての自治会も
独居で暮らすご年配の方々は1000世帯にも及びます。
お米を通して広がるつながりの中で、一人でも多くの人に夢と希望と笑顔が
見つけるきっかけになればと思っています。
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株式会社エクスプローラ「地球探検隊 」
〒160-0022
東京都新宿区新宿1-2-6 御苑花忠ビルB1
電話:03-3353-4455 Fax:03-3353-4577
営業時間 / 10:00~18:00
定休日 / 水・日・祝
mailto:mail@expl.co.jp
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「俳優 渡辺謙が語った魂のスピーチ!」
俳優の渡辺謙さんは、昨年被災地を22箇所巡り、被災者3000人と対話したという。
ダボス会議で渡辺謙さんが語ったスピーチをシェアしたい。
初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。
まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。
私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。
その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。
しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。
それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。
私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。
そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。
「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。
いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。
国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。
私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。











