の続きです
満月の水曜日から2日後
金曜日の朝も
私は鍼灸院の鍵を開けると
トイレ掃除から始めました
洗濯物を取り込んでたたみ
掃除機をかけてシーツを変え
お茶を沸かします
ヤカンを火をかけている間
予約の方のカルテを出して並べながら
時計を見ると、もう8時半でした
「今日は院長先生、遅いなぁ」
毎日8時20分頃に来るのに・・・と思いながら
ポットにお茶を入れ
スリッパを揃えていると
受付スタッフの平さんが出勤してきました
時計を見ると8時50分
「もしかして、昨日飲みすぎたとか？」
と、くすくす笑いながら
院長先生の家に電話をかける
平さんを横目に
私は待合に行き、キンセンカの
花瓶の水を替えました
「おかしいなぁ・・・」
と言いながら、平さんは受話器を置くと
「先生電話に出ないわ。寝てると思うから
ちょっと呼びに行ってくるね！」
と言って、バタバタと出ていきました
院長先生のご自宅は
鍼灸院から徒歩５分のマンションで
先生は一人暮らし
３０代の時に離婚されてから
ずっとお一人で住んでいると聞いています
9時になり、予約の患者さんが
順番にやって来くると
今日これからの段取りを考えて
私は、少し不安になって来ました
寝坊されただけだとしても
スタートが遅れたら立て込んでくるやろなぁ
問診だけしておいたほうが
スムーズに行くかもしれん・・・
そう思って、カルテとペンを持ち
患者さんのところへ行きかけた時
電話が鳴りました
「はい。○○鍼灸院です。」
という私を遮って
平さんの大きい声がしました
「院長先生が！倒れてて！
救急車呼んだから！」
「ええっ！？」
「意識はあるけど、なんか朦朧としてる感じで。
鍵が空いたままになってて、玄関で寝てたのよ。」
「とにかく、また連絡するから。
患者さんにお伝えして休診にして。」
わかりましたと返事をしながら
喉が急激に乾いた感覚になり
心臓の音は、耳のすぐそばで聞こえるようでした
私は深呼吸をしてから
待合室へ行くと
できるだけ大きな声を出して言いました
「みなさん、申し訳ありません。
院長先生、急に体調が悪くなってしまって。
今日は、休診にさせていただくことになりました。
本当に、申し訳ありません。」
患者さんたちが
残念やわ、お大事にと言いながら
お帰りになると
今日のご予約の方々に
片っ端から電話をかけて
同じ説明を繰り返しました
40人近い方に電話をかけ終わると
すでに1時間以上経っていました
やることがなくなると
院長先生のことを思い出し
急に不安になったので
普段あまり触らないところの掃除を
始めることにしました
平さんから連絡があったのは
もうお昼に近い時間で
救急搬送された病院に、しばらく
検査入院することになったこと
退院するまでは鍼灸院は休診にするので
今後１０日間の予約をキャンセルしてほしいと
伝えられました
そこからまた２００人近い患者さんに
キャンセルの電話をかけましたが、
当然、お留守などで電話が繋がらない方も
おられます
吉井さんもそのうちのお一人で
留守番電話を聞いたと
折返し、お電話を下さいました
院長先生が退院されるまで
申し訳ないけれど
施術をお休みさせていただきます
と伝えると
吉井さんからは意外な
返事が返ってきました
「院長先生でなくてもええです。
先生して下さい。お願いします。」
続く・・・
