の続きです
その日から
次の水曜日まで
私は、あの時に見た映像を
繰り返し思い出していました
大きな痣と
男の人の後ろ姿
うずくまる女性
うずくまっていたのは
吉井さん？
もしかしたら
痣は転んで出来たものでは
ないのかもしれない・・・
だとしたら
どうやって出来たのか？
私が吉井さんの痣から感じた
痛い！という感覚と
あの映像
あの男性は誰だろう？
色んなことが気になって
吉井さんが来られたら
色々尋ねてみたいと考えるのですが
ただ鍼灸の施術を
担当しているだけの私が
患者さんに、そんな
プライベートな事を聞くなんて
ちょっと出来そうにないなぁと
すぐ打ち消し
打ち消してはまた、
でも・・・
と考える事を繰り返していました
吉井さんが来られる水曜日は
雨が雪になるかもしれないという
天気予報で
雨か雪なら、車椅子の吉井さんは
キャンセルになることが多く
今日は無理かもしれないと
今にも降り出しそうな曇り空を
ちらちらと見ていました
しかし、午後になっても
雨は降り出さず
予定通り2時に吉井さんが
来院されました
いつものようにお灸を始めます
雨が降り出す前という事もあって
吉井さんの体調は思わしくないらしく
その日の院長先生の指示は
とても多いものでした
腕と足のツボ、それから背中にもお灸と
カルテに書いてあります
吉井さんに伺いたいことは
たくさんあるのに
先日のお礼も言いたいのに
指示どおりに施術することが精一杯の私は
話しかける余裕もありません
無言のまま腕と足の施術を終え
次は背中
通常はうつ伏せの姿勢に
なっていただくのですが
吉井さんは膝の変形もあり
うつ伏せになる事は難しいです
「どちらでもいいので、向きやすい方で
横向きに寝ましょうか。」
とお声がけをして
失礼しますと洋服を捲くりあげました
あっ！
と思うほど大きな痣が2つ
目に入り、それを見られることを
吉井さんも知っていて黙っている
そんな空気になりました
私はできるだけ冷静を装って
「ここは、避けますね」
と伝えてお灸をはじめました
そして、施術が終わると
「少し冷やしておきますね」
と、シップを半分に切って痣に貼りました
そっと痣に触れると
また先週見た映像と
ほんの一瞬だけれど
痛みを感じました
この人は暴力を受けている
一度そう思うと
もうそうとしか思えない感覚になり
「どうしよう」が頭の中を
ぐるぐると回り始めました
何か一言でも
今、彼女を癒す言葉を思いつきたいと
必死で頭は動くのに
結局、何一つ言葉を
発する事が出来ない私に
吉井さんは微笑んで
こう言いました
「先生、おおきに。
気持ちよかったです。」
そして
カバンからバナナを一つ出して
私の白衣のポケットにそっと入れ
口に人差し指を当てて
ないしょね🤫という仕草をしました
吉井さんが帰られてからも
私は彼女の事が気がかりで仕方なく
その日の仕事が終わってから
院長先生に相談してみよう
と思いました
院長先生は、私の話を聞くと
眼鏡を外してため息をつきました
「あなたねぇ、痣があっただけで
暴力だって証拠もないのに
そんなことに気をとられていないで
もっと自分の仕事をしなさい！」
そうだった・・・
暴力を受けている証拠なんて
どこにもない
吉井さんが訴えている
わけでもない
院長先生の言う通りだ
帰り道、自分の無力さと
それでも、私にできることがないかと
いう思いを交互に感じながら
降り始めた雪に
追われるように
歩くのでした
続く・・・
