タクヤNote -2ページ目

タクヤNote

元mixi『東大寺』『南都七大寺』コミュニティ管理人で、
現在は古都奈良の歴史文化の紹介、
アメーバピグや、配信アプリ『RIALITY』で知り合った人の
アバターの絵を描くなどの自作イラスト紹介をしています。

今年も桜の季節となりまして、このブログでも桜の花の撮影レポを上げたいと思います。…というか、昨年3月28日に行って4月5日の記事で紹介をしました「石舞台古墳夜桜ライトアップ」に今年も行って来たので、今年も同じ場所での夜桜撮影を記事にします。

 

 

元々、夜桜だけを写真に撮りに行ってブログ記事に上げるってこれまであまりしてなかったのですが、今年は石舞台の夜桜だけはブログに上げようと思っていました。それは昨年のこと、逆光からの撮影では桜が暗く写ってしまいまして、それが心残りだったのです。

 

画像引用:タクヤNote2023年4月5日記事

 

今年はその対策として、撮影機材に新たな武器を用意しました。ストロボのニコン スピードライト SB-910です。これまで「出来るだけ、自然光を活かした写真を撮りたい」と今まで外付けのストロボは使わない方針でやってきたのですが、夜間撮影というより、日中とかで逆光の補正用補助光が必要な時もあり、遠くでも照らせる強力なストロボが要ると思ったのです。スピードライトSB-910はガイドナンバー32、少々離れた被写体でも明るく照らす十分なパワーを持つストロボです。

さらに、広角・標準ズームレンズとしてこれまで愛用して来たシグマ17-50mm f/2.8 DC OS HSM を、同じ明るさのAF-S DS ニッコール 17-55mm f/2.8 IF ED に換えました。シグマのレンズのズームリングが動かなくなって新たな標準ズームレンズが必要になったのと、以前からもっと描写力の高いレンズの方がいいと希望していたこともあったので、これをきっかけにしてシグマから純正のニッコールレンズに換えたのです。

逆光対策に、強力なストロボに明るくて描写力の高いレンズを加え、昨年のリベンジという気持ちで今年も石舞台古墳の夜桜撮影に臨みました。

 

 

今回の夜桜撮影には、いくつも不安要素がありました。まずは桜の開花状況。昨年の石舞台夜桜撮影をしたのは3月28日で、昨年は桜の開花が早くてまだ3月なのにすっかり満開でした。今年も当初は同じくらいの3月30日を予定していたのですが、桜の開花状況が昨年とは全然違っていて…

 

引用:TBS NEWS DIG(2024年3月25日)

 

今年は桜の開花が遅く、3月どころか4月に入っても桜の木はまったく花を付けず、家の近くでも桜の見ごろが全然来るような様子は無かったのです。やもうえず3月30日から4月4日に順延したのですが、それでも家の近くの桜の木もとても花見を満喫出来る開花状況では無く、果たしてまともな夜桜撮影が出来るような開花状況なのか、それが非常に気になっての飛鳥入りでした。

それに天気、実は前日の4月3日は一日雨で、翌日の予報も近畿中部には傘のマークが。雨天の写真撮影は毎回苦労させられるので、果たして天気がどうなるか非常に気がかりでありました。

 

画像引用:BIGLOBEニュース(2024年3月30日)

 

そういういくつかの憂慮を抱えながら、夕方の石舞台古墳へと出掛けました。昨年と同じように近鉄橿原神宮前駅から、バスでまだ明るさの残る午後5時くらいに石舞台古墳に到着となりました。

問題の天候と桜の開花状況は…。

 

 

夜桜撮影をした4月4日は朝から雨は降り止んでいました。どんより曇ってはいたので「もしかしたら降り出すのでは」と心配しながらの飛鳥入りでしたが、まとまった降雨も一日無く雨の中の写真撮影にはならずに済みました。さらに夕刻には西の空から雲が切れ、美しい夕焼け空まで見ることが出来たのです。

また、桜の開花状況ですが、石舞台古墳は見頃に近い桜風景になっていました。奈良の桜の開花宣言は3月31日だったのですが、その後気温の高い日が続いたこともあり、わずか4日でみごとな美しい桜を見る幸運に恵まれました。

 

 

 

とりあえず天候・桜の開花状況を見て安堵した小生は、石舞台ライトアップが始まる午後6時を待ちます。飛鳥の里は暮れてゆき、夕焼けが二上山を赤く浮かび上がらせます。

 

 

午後6時になり、石舞台古墳のライトが点灯。この時点ではまだ明るさが残っているので、さらに陽が暮れてゆくのを待ちます。

 

 

まずは石舞台古墳の東側に回って、夕焼けをシルエットにした古墳石室を撮りました。手前の桜の枝を浮かび上がらせるのに、新たに手に入れたストロボが威力を発揮です。

 

 

 

美しい夕景にシャッターを切った後、本格的な夜桜ライトアップを撮るために、さらに夜闇が深くなるのを待ちます。

ここからはコメント少なめで、ライトアップされた石舞台古墳と夜桜のコラボ写真を紹介していきます。撮影データは感度設定ISO2500、ほぼマニュアルモードでの撮影で、三脚は使わずすべて手持ちです。

まずは昨年も多く撮影した、ライトで照らされている西側からの撮影。

 

 

 

今年は石室の入口方向である南側からも撮りました。

 

 

 

昨年は石室内にもライトが入れられ、夜の石室内の写真もブログに上げましたが、今年は石室内にはライトの点灯はされず、中は真っ暗なままでした。

せっかくなので、新たなストロボで石室内の撮影をしましたが、昨年のようにフィッシュアイレンズは使えませんでした。

 

 

そして、昨年は逆光で苦労した東側からの撮影。そのために強力ストロボを用意して来たのですが…

昨年と同じ撮影ポイントに立ってビックリ!! 実際に撮影した写真をご覧下さい。

 

 

この撮影にストロボはまったく使っていません。昨年は無かった東側からのライティングが今年はされていたのです。

もしかして、鑑賞に来られた方で東側からのライティングを希望された人が多くいて、運営さんがその声に対応していただいたのかも知れません。

 

 

 

今年もお花見は飛鳥の石舞台古墳となりました。数々の幸運が重なって撮影出来たこれらの夜桜写真。ここにお披露目できてとてもよかったというのが感想です。

 

 

アクセスカウンター
コーヒーメーカー通販ホームベーカリー通販デジタルブック

ニュースにもなっている富雄丸山古墳から出土した蛇行剣の実物が初めて一般公開されるということで、3月最後の土曜日となる30日に日本考古学の殿堂・橿原考古学研究所の附属博物館に行って来ました。

今回はその橿原考古学研究所附属博物館で行われた『特別公開 富雄丸山古墳の蛇行剣 ─ クリーニング作業が明らかにした巨大鉄剣のすがた ─』のレポを記事に書きます。

 

画像引用:橿原考古学研究所附属博物館HP

 

この日は博物館のある橿原市に向かう前に、まず富雄丸山古墳へ行きました。これまで数回現地説明会も行われていますが、小生が富雄丸山古墳に行くのは初めて。現地説明会に蛇行剣などの出土品の公開はされなかったと聞いていたので、博物館での公開を待って行かずにいたのです。

富雄丸山古墳があるのは奈良市の西南部、丸山の住宅地区の中に緑豊かな丘。最近は自家用車での奈良入りが続いていたのですが、この日は電車とバス。富雄丸山古墳へは、学園前駅から出ているバス(奈良交通 学園前若草台線)若草台中央バス停で降ります。

 

 

現地到着は午前8時、周辺には古墳への案内がいくつもあり、歩道の上にもこんな感じで案内が書かれていました。現地は児童公園になっていて、古墳はそのフェンスに囲われた裏山という感じで整備されています。

 

 

 

富雄丸山古墳についての説明の看板は、その公園のフェンスに設置されていました。以下にこの古墳について解説をします。

 

 

富雄丸山古墳は円墳、昭和47(1972)年の測量では径86mとされましたが、その後の測量で現在の発表では径109mとされ、それまで日本一とされていた埼玉県行田市の丸墓山古墳の105mを抜いて日本最大の円墳と言われています。ただ、小さな造り出し部分があることから、小生は円墳と言うより奈良県桜井市の纒向古墳群に多く見られる『纒向型前方後円墳』(別名・帆立貝型古墳)とするべきでは無いかと思っています。

纒向古墳群が3世紀後半から4世紀前半という最古の古墳であるとされているのに対し、富雄丸山古墳は出土品の特徴などから、少し時代の下った4世紀後半に築造されたと推測されています。径100mを超える古墳は1号墳で、その東には2号墳、3号墳も見つかっています。

 

航空レーザー計測に基づく立体地図 画像引用:2022年10月現地学習会ハンドブック(pdf)

 

 

富雄丸山古墳は江戸時代後期の文献には藤原帯子(桓武天皇 皇太子時代の妃)の墓と書かれるなど、既に古墳であることは知られていました。明治時代には盗掘の被害に遭い、その際に掘り出されたと伝えられる玉製品や鉄製品は国の重要文化財に指定され、京都国立博物館の所蔵となっています。

 

伝 富雄丸山古墳出土品[重文](京都国立博物館所蔵)

画像引用:京都国立博物館 館蔵品データベース

 

その後、周辺地区の宅地化に伴い昭和47(1972)年の第一次から令和6(2024)年の第七次までの発掘調査が行われ、目を見張る調査結果によって大変に注目される古墳となったのです。

小生も、その発掘現場を見るために、公園から階段になっている墳丘に登りました。

 

 

墳丘は径100mの富雄丸山古墳と、2号墳・3号墳との間が道になっているのですが、墳墓はフェンスで入れなくなっていました。注目の富雄丸山古墳でこの3月16日・17日に行われた、現地説明会での見学者の誘導案内などがまだ残っていました。

 

 

階段を登り切ると、フェンス越しに富雄丸山古墳の発掘調査現場が見えます。右奥の青いパーティーションに囲われた建物が、この3月に現地説明会が行われた第七次発掘調査現場を覆う覆屋です。現地説明会には多くの見学者で賑わい、16日には2,200人が集まりました。覆屋の手前には、その時の見学者の誘導整理のために張られたロープも残っていました。

左の白いテントの中には警備員か現場職員が駐在されていて、小生が訪れた時にも人がおられ、カメラを向ける小生に対して、テントの中の人から丁寧に「おはようございます」と声かけをされてしまいました。

 

 

この覆屋で覆われた発掘調査現場は円墳と造り出しの間の部分にあたります。ニュースにもあった蛇行剣や鼉龍文盾型銅鏡が発掘された下から、全長5.6mもある大きな木製の棺が発見され、3月の説明会ではこの木棺が開けられて内部が見える状態で公開されました。

 

木棺出土状態 画像引用:第七次調査現地説明会パンフレット

 

木棺は現在も現地で保存されているようです。ほとんどは朽ちてしまう古墳時代の木製品としては異例の保存状態の良さで、古墳時代の木棺の構造などを知る一級品の発見であります。

 

約一時間ほど富雄丸山古墳を一通り見学した後、小生は橿原考古学研究所附属博物館のある橿原市に移動です。このブログでは現地説明会では無い富雄丸山古墳レポですが、現地説明会の時も注目の出土品は取り出され、現地で実物は見ることが出来なかったそうです。

小生は事前にそのことを聞いていたので、これまで現地説明会に行かなかったのですが、今回は出土品の中から蛇行剣の実物が、橿原考古学研究所附属博物館で初公開されるという情報を聞いて、これはぜひ見ようとこの日足を運んだのです。

富雄丸山古墳の現地から、近鉄橿原線で移動するため、もう一度近鉄奈良線の学園前駅に戻ります。古墳のある現地はバスは本数が少なく最寄りの駅まで歩くのも覚悟していましたが、たまたま上手く時間が合って行きも帰りもバスに乗ることが出来ました。それでも橿原考古学研究所附属博物館へは、バスや徒歩の時間も含めて一時間ほどを要し、午前10時頃に着きました。

 

 

博物館の入口に行くと、何と…

 

 

入口の外に並ぶ入館者が。さらに「入館制限」のパネルを手にした職員まで。この行列は館内のエントランスから続き博物館入口の外まではみ出しているということなのです。

今回の特別公開は3月30日(土)~4月7日(日)の約一週間という短期公開。小生が訪れたのは3月30日の初日の午前中、しかも土曜日ということもあって入館者が集まり、行列が長くなっていたのです。

 

 

ロビーの窓際に設置されたテレビモニターでは、今回特別公開となった蛇行剣のビデオ映像が放映されていました。TBSのニュース報道番組『報道特集』で2023年7月8日に放送された『“国宝級の発見” 巨大蛇行剣の謎』の番組VTRが、富雄丸山古墳と蛇行剣を紹介するビデオとして放映されていたのです。

 

 

 

結局展示室に入るまで、30分強ほど並びました。

蛇行剣が展示されていたのは、受付から入ってすぐの『特別展示室』。昨年12月にこのブログで紹介をした高松塚復元木棺が展示されたのと同じ展示室です。入館制限が功を奏してか、展示室内は人がごった返すという感じにはなっていませんでした。

 

 

展示室入口には『カメラ・スマートフォン・携帯電話による撮影可。フラッシュ撮影、三脚・自撮り棒の使用、ビデオ撮影は禁止』というパネル掲示が。このパネルによるお墨付きをもらったということで、ここからは展示室内の写真をいっぱいアップして行きます。

 

 

…と言っても、この特別公開での出展物は蛇行剣一つだけで、他は全て写真パネル展示という特別展示でした。四角い展示室の三面が全部ガラスケースで、時計回りでパネル展示を一通り鑑賞した後、最後に蛇行剣の展示コーナーに至るという内容でした。

パネル展示はまず富雄丸山古墳の解説パネルから始まり…

 

 

発掘現場での出土状況は発掘作業の模様を撮影した、記録写真の解説パネルが続き…

 

 

博物館での調査やクリーニング、保存処理の記録写真パネルが続きます。

 

 

作業現場の記録写真の他に、蛇行剣のレントゲン写真や、3DスキャンモデリングによるCG画像のパネルの展示もありました。実物大のパネル展示には、蛇行剣の巨大さを実感させられました。

 

 

 

蛇行剣は円墳の造り出し部に、木棺の上に覆い固められた粘土槨の中から、鼉龍文盾型銅鏡と共に出土しました。蛇行剣も盾型銅鏡も主要埋葬部とされる円墳に対して横向きに埋められており、まるで結界のように埋葬者を護っているようです。

 

蛇行剣・鼉龍文盾型銅鏡 出土状態(第六次発掘調査)

画像引用:第七次調査現地説明会パンフレット

 

蛇行剣(だこうけん)は全長237cmという世界的に見ても最長の剣。並状にうねり曲がっていることから、蛇行剣と分類されています。蛇行剣は西日本を中心に多くの出土例がありますが、もちろん2メートルを超える剣は富雄丸山古墳しかありません。

蛇行剣と同時に発見された盾型銅鏡は一般的な丸い鏡では無く、盾の形をした鏡。長さ64cm・幅31cmというサイズも出土した鏡としては日本最大となります。他に例の無い形状と大きさの鏡で、全く未知の発見となりました。今後の調査研究には大いに期待します。

 

鼉龍文盾型銅鏡 画像引用:第六次調査現地説明会パンフレット(pdf)

 

蛇行剣も盾型銅鏡も発見されたのは昨年の第六次発掘調査でありましたが、調査や保存作業が1年にわたって慎重に行われていたのです。今回の特別公開では鼉龍文盾型銅鏡の公開はまだでしたが、蛇行剣は保存作業が完了し、満を持して公開される運びとなりました。

蛇行剣はたくさんの写真パネルと同じガラスケースでの展示となっていて、目玉展示に入館者も集中していたのでガラスに近寄らないと見えないような状況でしたが…

 

 

一瞬でしたが、ガラスケースの前に人がいないタイミングがあって、その一瞬にシャッターを切る幸運に恵まれました。これが長さ2メートルを超える、蛇行剣の全容です。

 

 

全体の撮影は出来ましたが、とにかく細長い遺物なので、一枚の写真で見せるのはなかなか大変。やはりこの剣は下の画像のように、真正面より横からの撮影の方が見やすいかも知れません。

 

 

1年間の調査を経て、この剣は木製の把が付けられ、木製の鞘に納められていたことがわかりました。把や鞘などの木製部は朽ちてしまっていましたが、奈良文研の調査研究で刀身に付着した多くの木片が検出されたのです。

 

蛇行剣復元図 画像引用:蛇行剣特別公開パンフレット

 

把は大きなくさび形柄頭が目立ちます。5世紀以後の刀に多く用いられた把のかざりで、この蛇行剣はくさび形柄頭としては最古の例になるそうです。

把の部分は黒っぽくなっていますが、これは把部分に塗られていた漆です。木製部はほとんど朽ちて無くなっているものの、出土時に黒い漆が木製の把や鞘に塗られた状態で、薄皮のように残っていたそうです。

 

 

この漆の薄皮によって剣の把の形状が残されていたわけで、保存には漆の形の保護に重点が置かれました。発掘当初からこの今にも壊れてしまいそうな薄皮になってしまった遺物の保存には細心の注意が払われたのです。

発掘時には剣は周囲の土ごとウレタンで包んで慎重に取り出され、丹念な保存作業で壊れる寸前の遺物の強化処理がなされ、今回の特別公開にこぎつけました。公開まで1年を要したのも納得です。

 

ウレタンで包まれた、取り出した状態の蛇行剣

画像引用:蛇行剣特別公開パンフレット

 

鞘の先端には、金属製の18.5cmの金属製の突起が付いていました。剣を立てて置く時に用いられる『石突き』と推測されています。槍や長刀の柄などによく見られる装備品ですが、古代の刀剣での石突きはこれまで例がありませんでした。蛇行剣がどのように使われたのかを知る、大きな手がかりと言えます。

 

 

蛇行剣という国宝級とも言われる出土品の特別展示のフィーバーにあやかる感じの博物館鑑賞となりましたが、行った感じ解明されていないことがあまりにも多いという印象でした。それだけに、未知のロマンが深まります。

蛇行剣はどういう用途でどのように使用されていたのか、その全ては謎。日本全国で70本もの出土例があり、すべては西日本、しかも九州、特に九州でも南部に集中しているそうです。

今回、ヤマト朝廷のあった大和国の地から日本最長の蛇行剣が出土したことにより謎はさらに深まり、富雄丸山古墳に目が離せなくなりました。

この特別公開では出展されなかった、鼉龍文盾型銅鏡や木棺の今後の特別公開が待ち望まれます。

 

 

アクセスカウンター
コーヒーメーカー通販ホームベーカリー通販デジタルブック

配信アプリREALITYの友だち紹介とイラスト、今回はヤカイソウさんです。ヤカイソウをこのブログで書くのは初めてになりますが、実は前に紹介している夜顔さんのこと。事情があって改名をされたのです。

 

画像引用:ヤカイソウ(夜顔)さんX(旧twitter)

 

2022年12月の休止宣言以後の小生(タクヤ@Takuya)は、これまで続けてきたREALITY友のアバターのイラスト作成もそれまでの旧友ばかりを描くこととなって来ました。

夜顔さんはその中でも特に親しくしていた一人であり、実はイラスト紹介ブログ記事はこれが3度目、過去に2021年12月19日2023年2月27日の記事で描いたイラストを紹介しています。小生とは休止中だった間もXなどを通じて交流を続けていました。

そのヤカイソウ(夜顔)さんですが、ここ最近はメンタルシックの波の上がり下がりがあって、REALITYやXも休止や再開を繰り返すという状況。今回は今年の春になって承けた依頼でのイラスト紹介ですが、実は昨年7月にも一度依頼をもらっていたのです。その時の依頼内容は「AI作成の仮想リアル画像とREAITYのアバターのツーショットを描いて欲しい」という、ちょっと風変わりな依頼でした。

ヤカイソウさんが送られたAIのセルフポートレートが下の画像。

 

 

依頼を承けて、上の画像から描いたのが下のイラストです。背景は仮想空間風に、アバターにはREALLYの衣装では無く、AIと同じ服を着せてみました。

 

 

イラストは二枚描くのがこれまでのほとんどの依頼で、小生は続いて二枚目のイラストのことをヤカイソウさんに聞いていたのですが、一枚イラストを描いたところでヤカイソウさんのメンタルシックが悪化し、二枚目は保留でイラストのアップもXにするに止まっていたのです。

そのヤカイソウさんが昨年末にREALLYの活動再開を宣言、イラストの話もこの3月になってから本格的に再開となりました。ヤカイソウさんからは新たな二枚がされ、昨年7月の依頼の続きと思っていた小生は、新規の依頼と気持ちを切り替えて描くことになりました。

ヤカイソウさんからのイラストの依頼内容は、以下のような二案でした。

 

 

ここから新たな二枚のイラストの依頼を、順番に紹介して行きます。まずは一つ目の依頼、ヤカイソウさんの案では…

 

・寺社仏閣での、地図など(ここは都合のつくものに)を持ったTwo Shotイラスト←詳細は打ち合わせで綿密に話したいです

 

小生がアメーバブログで奈良の寺社のことを毎回記事を書いているのを見ての案です。どのお寺にするかは寺社に詳しい小生の方から案をいくつか出しましたが、小生ベースで決めた方がよさそうな感じだったので、mixi東大寺コミュニティの管理人だった身として、東大寺で行くことになりました。鏡池からの大仏殿というややベタな構図を背景に選びました。

 

2012年11月1日 小生撮影

 

今リアルな依頼者をイラストにするという意図から、本人愛用の衣装などの画像を送ってもらい、それをアバターに着せるという方法を今回のイラストでも取りました。その企画に合わせていただいたヤカイソウさんの愛用の衣装が下の画像です。

 

 

 

夜顔(ヤカイソウ)さんのアバターのイラストは過去に二回依頼を承けていますが、これまではREALLYのアバターの服か仮想の服でした。他の依頼者にはリア服を見せて欲しいというお願いはしていましたが、ヤカイソウさんは初めてということで言った時にはかなり緊張されたご様子でした。

 

 

今回は小生(タクヤ)とのTwo Shotということで小生も描かなくてはならない。ということで、最近奈良の寺社の取材の時に着用している服装をアバターに着せることとしました。ダブルカメラにアクセサリーなどを持った、フル装備姿が下の画像。小生は実際に下の装備で出かけてます。

 

 

2月のゆいちゃんのイラストに続けて、小生のアバターとのツーショットです。自分としてはイラストは他の人を描くという目的で描いてますので、自分のアバターを描くのはちょっと小恥ずかしい。特にカワイイ女子アバターと一緒に描くのは「仮想デートイラスト」と、変に意識して緊張をしてしまいます。

ヤカイソウ(夜顔)さんとは何度もコラボもしていまして、スクショも多くあります。身長差などはそのスクショを参考にアバターに合わせました。

 

 

桜の季節ということで、桜の花も取り入れて完成したイラストが下の画像です。タクヤには愛機のカメラ・ニコンD7000を、ヤカイソウさんには奈良のマップを持たせてみました。

 

 

小生は何度も訪れている東大寺鏡池前ですが、先にアップした写真のようにカエデがあって紅葉の季節には写真をよく写すものの、イラストのような桜はここには実際には無いんです。こういうのも自由な表現が出来るイラストならではです。

 

二枚目のイラストの依頼、ヤカイソウさんが出した案は…

 

・ぬり絵Book←最近なかなか沼です笑……の最中の、ななめアングル(机の奥/壁側からの、集中してペンを取った上半身が見えるような)のイラスト

 

趣味のぬり絵を机に向かって夢中になっているという依頼。複雑で難しい題材では無いのですが、それだけに人に評価してもらえるような作品をどうやって描いたらいいのかなかなか悩む依頼でありました。

こちらの依頼には、東大寺前のツーショットイラストとは別の服ということで、ヤカイソウさんから画像をいただきました。鮮やかな赤のVネックセーターに、チャコールグレーのパンツ

 

 

 

そして、ぬり絵Bookというのがピンと来なかったのですが、ヤカイソウさんから参照サイト等を紹介してもらいました。最近では大人の趣味としても広く行われているのですね。

 

画像引用:https://otononanonurie.xyz/travel-of-a-bird-of-miracle-20160708/

 

ヤカイソウさんからは色々とぬり絵Bookを紹介してもらいましたが、版権のこととかいろいろと大人の事情もありますので、イラストは紹介してもらったぬり絵Bookを参照しながら、似て非なる絵柄を描きました。

見栄えするイラストをどう描くかという課題には、背景もぬり絵にすることで補いました。

 

 

ヤカイソウさんからの参回目の依頼、ちゃんと紹介出来て無かったAI肖像画も合わせて3枚一気にアップしました。昨年の夏から約1年を経てやっと終わったという気持ちです。

そのヤカイソウさんですが、REALLYに浮上したタイミングで承けた依頼でこれらのイラストを描いたものの、今はまた沈んでいます。思えばヤカイソウさんは沈んでいる間もX等を使って小生にはよくコンタクトを取ってこられ、悩みとかをひっそりと小生にして来たりされていたんです。

推しの配信を聴きたくてずっとREALLYを続けて来た小生でしたが、その推しが次々とREALLYから消えて、最初の頃の情熱がどんどんと失われていく自分の気持ちと最近はずっと向かい合っていました。

でも、今もREALLYをなぜ辞めずに続けているのか、足元を見た時にかつて自分が推しに夢中になっていたのが、いつの間にはささやかながら小生を推してくれるという人が徐々に現れてくれるようになったのです。ヤカイソウさんはその中の一人であり、小生にとっては今REALLYを続けている理由の一人になっていると言えるかも知れません。

今はREALLYは沈んでいるヤカイソウさんですが、いつかまた一緒の枠に並んで立ちたいと思っています。

 

画像引用:ヤカイソウ(夜顔)さんX(旧twitter)

 

アクセスカウンター
コーヒーメーカー通販ホームベーカリー通販デジタルブック

今年もやって来ました、東大寺二月堂お水取りの季節が。小生も修二会のハイライトである3月12日、このブログでは毎年恒例のお松明と、平成27年以来8年ぶりの香水汲み上げの撮影に夜の東大寺へ行きました…が、

色々とありました、正直これまででもかなり気力体力を使う奈良レポになったと思います。

 

この日のスケジュールは、12日午後7時半からお松明の撮影、日付変わって13日午前1時半から香水汲み上げの撮影。機材はレンタルなので昼間に機材レンタル店に回りました。機材を運ぶために自家用車での奈良入り、翌日朝にはレンタルの機材を返却しなくてはならないので、駐車場で車中泊をしました。

この日のまず難関は雨。毎年お松明の撮影の時には気がかりになるのが天候で、6年前の平成27年、2年前の令和4年の撮影の時には雨が降られ、大変に苦労をしました。そして、今年の12日の天気予報は…

 

 

夜からはやや降水確率が下がっているとは言え、しっかり傘のマークが。機材は1ヶ月前からレンタル予約をするので、レンタル時には当日の天候は予想できず。雨でも予定は変えられず、天候で言えばお松明の撮影はギャンブルなのです。

そんな懸念がいっぱいの中12日を迎え、機材を借りに車を出しました。ちなみに家を出たときはかなり強い雨が降っていました。

 

機材をレンタル店で借りた後、奈良市内の撮影場所へ。新たな撮影スポットを見つけることが出来ず、今年も去年と同じ不退寺に近い法蓮町の住宅地の高台からを撮影場所としました。到着した時は今にも降り出しそうなどんよりとした空模様でしたが、何とか雨は止んでいて、天気予報の回復傾向を信じて撮影準備を開始しました。

昨年は理由不明のブレで撮影に失敗。年はそのリベンジという気構えでの撮影となりました。

 

昨年のお松明 撮影:2023年3月7日

 

昨年の技術的なミスを受けて、今年は原点に戻ろうと過去に作ったお松明撮影のチェック項目一覧を見直すことにしました。4年前のお松明撮影の記事で自分で作ったチェック項目。ここに再掲しますと…

 

① まず、もう少し時間に余裕を。遅くとも午後5時半には平城宮跡に到着し、撮影のセットを始められるように段取りする。

② レンタルの望遠レンズであることを気にしてテープ固定などを省き、撮影に失敗してしまっては元も子もない。傷つけたり汚したりしないように気を付けながら、慎重にピントやズームリングをテープで固定する。 

③ レンタルの時は超望遠レンズと合わせて、大型望遠レンズの重さに対応した大型の三脚も同時に借りる。 

④ ニッコール200-500mmズームレンズには“VR”(手ブレ補正)機構ががあります。このVRを活かす。 

⑤ 以前に二月堂近くから撮影した時はISO100の絞りf8~11くらいで撮影していましたが、今回の超望遠での撮影では露光時間が長くなるため、f16まで絞りを絞る。 

⑥ 今回の撮影では双眼鏡が非常に役に立ちましたが、手持ちだったので見辛かった。カメラとは別に双眼鏡用ににスタンドを用意し、双眼鏡も固定をする。

 

今年はこの一覧から特に、事前チェックが必要と思った4つの項目を紙に印刷し現地に持って行きました。そして現地でこのチェック項目を一つ一つ確かめながらセッティングをしました。

 

 

まず、①遅くとも5時半には到着するということで、現地到着は5時20分過ぎくらいに到着、チェックの意味も込めて現地で時計の写真を撮りました。

 

 

そして、②レンズのピントやズームリングをテープで固定する は現地に仮止め紙テープを持ち込みしっかりと、そして④カメラのVR(手ブレ補正)機能を活かすということで。レンズの操作リングに貼った紙テープと、VRのスイッチがオンになっているのも写真に撮ってチェック。

 

 

 

そうして撮影セットをして、お松明の上堂を待ちました。下の画像を説明しますと、左の大きな三脚が愛機のニコンD7000にレンタルしたAF-S ニッコール 200-500mm f/5.6 ED VR、テレコンバーターTC17IIで850mm超望遠効果での撮影です。カメラを乗せた三脚はハスキー4段(HT-1040)でこれもレンタルした大型三脚。これで③の条件をクリア。

真ん中は愛用のパソコンで、hdmiケーブルでデジカメに繋ぎビデオキャプチャー画面を表示。精密なピント合わせをしました。そして右の小さい三脚には双眼鏡。⑥の条件でもある三脚セットの双眼鏡は、撮影中はキャプチャー画面が見れなくなるので双眼鏡でお松明の動きを見るためのものです。さらにカメラを入れてきたアルミカメラケースを椅子にしようと座布団まで用意とセッティングはバッチリ。お松明が上堂する午後7時半を待ちます。

 

 

ところが、お松明が上堂する午後7時半直前になって、急に雨がパラパラと降り出してきたのです。「ここまで何とか持ってたのに、よりによって何でこのタイミングで降り出すの」と、少々腹立つ気持ちで、借り物の望遠レンズが濡れて故障でもしたら大変と、用意したポリ袋を慌ててかぶせ、寒い中雨に濡れ、過酷な状況での雨に煙る2.7km先の二月堂お松明を撮影をしました。

露光はチェック項目では絞りf16と書きましたが、f11とf9.5と少し絞りを開けて撮りました。まず、下の画像がf11と絞りを絞ってのお松明。

 

 

上の画像をレタッチソフトで、露光と色補正したのが下の画像です。

 

 

そして明るくお松明を写るように、f9.5に絞りを開けて撮ったのが下の画像。

 

 

上の画像をレタッチソフトで明るさと色補正をしたのが下の画像です。

 

 

絞りf9.5の方は火がハレーションのように白く飛んでしまってますが、自分的には火の粉が光条のように写っていて、f11の方よりアクティブな出来でいいなと思いました。

出来た写真を自己評価すると、かなり厳密にピント合わせはしたつもりでしたが、画像にシャープさがやや欠けているという気がします。雨の影響か、それとも超望遠撮影の限界なのか検証するべきとは思いますが、とりあえずは過去の自身のミスは防げた撮影となりました。来年こそは天候に恵まれて欲しい、雨さえ降らなければ、おそらく来年がこの撮影方法の最終トライになるのではと思われます。

 

時々強くもなった雨に濡れながらのお松明撮影を終えて、食事を済ませると籠松明が夜空を焦がした東大寺二月堂へ。同じ夜に行われる香水汲み上げを撮影へと場所を移動です。香水汲み上げとは修二会の通り名でもある『お水取り』の別称。東大寺HPの修二会についてのサイトから説明を引用しますと…

 

「お水取り」は、12日後夜の五体の途中で勤行を中断してはじまる。「お水取り」の行列は灑水器と散杖を携えた咒師が先頭となり、その後に牛玉杖と法螺貝を手にした北二以下五人の練行衆が続く。13日の午前1時過ぎ、南出仕口を出ると咒師童子が抱える咒師松明が行列を先導し、篝火(かがりび)と奏楽の中、堂童子、御幣を捧げ持つ警護役の講社の人たちや、汲んだ水を入れる閼伽桶を運ぶ庄駈士(しょうのくし)も同道して、「お水取り」の行列はしずしずと石段を下り、途中興成神社で祈りを捧げ、閼伽井屋(若狭井)に至る。

「お水取り」の井戸は閼伽井屋という建物の中にあり、当役の者以外は誰も入ることもうかがうことも出来ない。行列が閼伽井屋に到着すると咒師、堂童子等が中に入り水を汲む。これが二荷ずつ、閼伽井屋と二月堂の間を三往復して、お香水が内陣に納められる。「お水取り」が終わると閼伽井屋に下っていた練行衆等は再び行列を組んで二月堂へ戻り、中断していた後夜の「時」が再開される。

 

お水取りの由緒と言われるのは、修二会を始めたと伝えられる実忠和尚が全国一万七千余の名を読み上げ参集したが、若狭の遠敷明神だけが川で魚釣りをして遅刻をされた。若狭の神はそのお詫びとして二月堂の前で祈ると、二月堂下から白と黒の鵜と共に霊水が湧き出たのです。

実忠はその霊水を二月堂の十一面観音に供えた。それが修二会がお水取りと呼ばれる由緒として今の伝えられ、若狭井は今も二月堂下の閼伽井屋の中にあり、修二会の13日の深夜に汲み上げられ、十一面観音に供えられるのです。我々はついお松明 = お水取りと言ってしまってますが、本当の意味でのお水取りとは、この香水汲み上げのことを指すのです。

 

香水汲み上げのことは、8年前に見学した時のことを2015年4月6日のブログ記事で、その時に撮影した写真と合わせて紹介をしています。

 

 

2015年の香水汲み上げ 撮影:2015年3月13日

 

電灯の光の無い、ストロボも使えない夜間での望遠撮影という極めて難しい条件での撮影、8年前にこのような望遠撮影に使っていたレンズはAFニッコール35-135mm f/3.5-4.5という望遠効果も低くF値も暗く夜間撮影に適しているとは言えないレンズで、納得のいく撮影をするのにかなり難儀しました。

その後愛用の望遠ズームレンズがAF-Sニッコール70-200mm f/2.8 ED VRIIになったことを3年前の2020年9月22日の記事で紹介しています。望遠効果もF値の明るさも格段にアップした新しいレンズで、購入したことを書いた3年前の記事では2015年の香水汲み上げの撮影を引き合いに出してるくらいに、買った当初から再度の香水汲み上げの撮影を意識していました。

そして、今年は8年ぶりに香水汲み上げの撮影をするチャンスを迎え、深夜の二月堂に行ったのです。香水汲み上げが行われるのは大体13日の午前1時半、8年前に二月堂を訪れた時間は午前0時半でしたが、この夜は日付の変わる前の午前0時前。

にも、かかわらず、既に大勢の見学者がいたではありませんか。

 

 

大勢の見学者がここに集まっていたのは8年前も同じでしたが、小生の印象では8年前よりもさらに見学者が増えていた、おそらく倍くらいになっていたのでは無いかと思われました。そして、既に大勢の見学者が集まった現場での撮影に適した場所取りを行わなくてはなりませんでした。

…何とか場所取りは出来たのですが、香水汲み上げが始まる一時間弱前になる午前0時半に事件が起きたのです…

直前になって場内整理の係の人が、徳前に集まった見学者全員に場所の移動を求めて来たのです。行事に影響のある場所にも見学者が大勢入っていたので、詰めろということを会場全体の見学者に伝えて来たのです。見学者はベストポイントを維持しようと係の人の指示にもなかなか動かずにらみ合いのような時間がしばらく続き、やがて渋々という感じで人が動き出したのですが、この後がさらにとんでもない事に。

当初は高齢の人などが前の列に座り、大きなカメラを持ったカメラマンは後列という整然とした状態だったのですが、この場内整理の後は、ベストポジションの前列をカメラマンがちゃっかり占拠。しかも立ったままで後ろの人のことを考えもしない場所取りに出てしまったのです。小生は前の人は姿勢を低くするだろう(自分が前ならそう振る舞うつもりでした)と思い少し後ろに下がったのですが、小生の前を体格の良い男性二人が前を覆い塞ぐように位置取りをして来たのです。

これでは写真が撮れないと、二人の隙間に割り込むようにカメラを差し込んだのですが、何とその二人から「撮影の邪魔をするな」と苦情を言われる始末。そこで小生は察しました…

「この場での撮影は、強い者勝ち。他の人に気遣いをした者は損をする」

そう察して、何か気持ちの糸が切れたのです。いくら苦情を言われても「前に立ち塞がるな!」と言い返し、構わず撮影を行いました。それまでの、出来る限りまわりの状況を見て撮影をして来たこれまでの自分はそこにはありませんでした。

そうしてかなり殺伐とした状況の中、またも香水汲み上げのタイミングでも小降りの雨が降り出す徹底的な悪条件。そのような状況の中で撮ったのが、以下の写真です。行事の解説は8年前のこちらの記事に譲ります。まず、堂童子か抱え持つ咒師松明に続いて練行衆咒師が下堂。

 

 

 

師松明に続き、『閼伽井棚』と呼ばれる香水を汲み上げる桶を吊るした、天秤棒を担ぐ庄駈士が石段を降ります。

 

 

二月堂下の興成社詣に入った練行衆および童子を、咒師松明を立てて石段脇で待つ堂童子。

 

 

そして、咒師と庄駈士が閼伽井屋に入り、若狭井の香水を汲み閼伽桶に入れます。その前で童子が待機し、運び出されます。

 

 

汲み上げられた香水は閼伽桶に入れられ、庄駈士が担いで二月堂へと石段を登り運ばれて行くのです。香水汲み上げではこれが3回繰り返されます。

 

 

8年前には3回の汲み上げが終わるまで撮影を行いましたが、今年の香水汲み上げは始まったのが例年の午前1時半より少し遅れて、午前2時半時点ではまだ2回目の汲み上げが終わったところでした。翌朝にはレンタルした撮影機材をレンタル店に返却するスケジュールもありましたし、とにかくハードな1日で疲れたので、この夜の小生は3回目の汲み上げを前に二月堂を後にしました。

今回は8年前の補足という意図も大きかったこともあったので、今回はこれだけの写真が撮れて及第点と思ったというのもありました。すべて70-200mmの望遠レンズで撮影、すべてf/2.8の開放絞りで、感度設定はISO6400を使ったので、ここに貼った写真はレタッチソフトで補正はしているものの、シャッタスピード1/30~1/100秒という高速シャッターが使え、粒子の荒れも耐えられないほどの酷さにはなりませんでした。写真の出来は課題はいっぱいですが、とりあえず愛機のニコンD7000、AF-Sニッコール70-200mm f/2.8 ED VRIIの性能の高さは立証出来たとは思います。

 

大阪在住の小生ですが、この夜は家に帰らず、東大寺から近い駐車場で車中泊。3時間半ほど眠るための時間を取りましたが、眠れたのは結局1時間ほどでした。計画を伝えた奥さんからは「車中泊では寒いのでは?」と心配されましたが、車に毛布を2枚積んで行ったこともあり、寒さはそれほどでも。ただ、深夜までの撮影で気持ちが昂ぶったことが眠れなかった理由では無いかと思います。

過去10年以上も奈良の行事を追ってブログ記事を書くために取材を行いましたが、今回は過去最悪レベルの状況での撮影でありました。家に帰ってただただ「とにかく疲れました」というのが率直な感想です。

家に帰った13日の昼にTVを観ていたら、奈良の空模様がライブ映像で出まして、天候が回復し、日差し一杯の快晴の奈良市街の映像が映っているのを見て疲れが倍増したような気がします。

 

アクセスカウンター
コーヒーメーカー通販ホームベーカリー通販デジタルブック

2022年12月9日の記事『配信アプリREALITY最後の思い出』で休止を発表して以後、小生のREALITYでの活動は週3回だった配信を月に数回に減らし、枠まわりもごく一部しかしなくなりました。

最推しがいなくなったことを理由に1年半にわたり休止宣言をしていましたが、この4月から休止を解き本格的にREALITYをすることにしました。

最推しが戻って来たわけでは無いので、晴れた気持ちでの復帰と言えないのは残念ではありますが、いつまででも同じ気持ちでいても良くないとようやく思うようになれました。ただ、これまでとは色々と変更しての再開になります、以下4月からの変更について書きます。

 

4月からのREALITYですが、このアカウントでは無く新規に別アカウントを作ってそちらをメインとします。 新アカウントの名前は現アカウントと同じ タクヤ@Takuya です。(タクヤ@ は全角、Takuya は半角)。このアカウントの最後にフォローします。フォローリストからいけます。アバターの姿も現アカウントのものに似せて作ります。

 

 

ここからが重大発表になるので、現在REALLYで交流のある方にはしっかり読んでいただきたいと思います。(同じ内容をREALLYのプロフィールにも書いてます)

 

新アカウントで現アカウントのフォローをこちらから継続するのは、新アカウント作った後にそちらから新たにフォローしてくれた人、もしくは新アカウントでの配信に来てくれた人(特に現アカウントでフォローしている人は優先してフォロバします) 。

この3月にフォロー継続すると話がまとまった人もフォローします。

以上の条件を満たさない人については、こちらから新アカウントでフォローはしない予定。また、新アカウント作成後しばらくは新アカウントでは身内でのコラボ雑談枠はしない予定です。

相方制は新アカウントでは当面しない予定、原則配信は一人でやるつもりです。現アカウントは残しこれまで通りの交流を引き続き行っていきますが、現アカウントでの配信は休止中と同程度の頻度で、主にログインするのは新アカウントとなります。

いずれは現アカウントは使わなくなる可能性もあるので、引き続き交流を望まれる方は、新アカウントの方にお願いします。

 

現在1,000人を超えるフォロワーを持つ小生ですが、休止中とは言え自枠への入室者は毎回10人未満。フォローリストにはいっぱい人がいてREALLYをしているのに、ほぼ全ての人は小生の枠やアカウントにまったく関わって来ない状況が定着してしまっていることを、ずっと憂いておりました。

元々配信者としてスタートに失敗した経緯がありまして、その経験を活かして一度新アカウントですべてを白紙にし、人を集められるビギナーとして今度は失敗しないように気を付け配信者として再スタートを図ろうと思います。

…と言っても現アカウントで出来た人脈を全部絶つつもりはありません。もしも新アカウントでも交流を維持したいと言っていただける人がいればそれはとても有り難いことだと思い、歓迎しようと考えています。

 

REALLYつながりの皆さんに重ねてお願いをしますと、4月1日にREALITYの新アカウントを作成しますので、知り合いの皆さんはフォローをして下さい。よろしくです。

 

アクセスカウンター
コーヒーメーカー通販ホームベーカリー通販デジタルブック