えらっきーの日記 -9ページ目

えらっきーの日記

日常の出来事を日記のように書いていきます。

今日のお昼にテニススクールに行ってきたのですが、テニススクールのテレビにメジャーリーグのワールドシリーズの放送が流れていて、みんな釘付け。

レッスン開始直前が9回裏の1アウト満塁のところだったので、もうテレビから離れない。

みんなドジャースを応援しているから、9回裏を凌いだ瞬間大歓声。

 

ギリギリレッスン開始に間に合ったから、みんなすっきりしてレッスン開始。

 

でも、延長戦のところは見られず、野球が気になる人たちはチラチラ遠くのテレビを見ていました。

ほとんど仕事を理解していないのに、なぜか出世して役員になっている人がいたりします。

何もわかっていないのに、なぜか、自信満々。

 

役員は説明しなくてよい。理解しなくてよい。重要な事項を決定できればよい。

という不思議な主張をしたりする。

だから、会議では部下に説明させるし、質問も部下に丸投げ。

役員の責任として、部下から重要事項の決定を求められると、部下の主張通りで決定し、自分が決定したと主張する。

たまに(的外れな)反論をしてみて、部下を困らせるが、自分の鋭い指摘で、部下がより深く検討できたと満足する。

 

これで自分は優秀な役員だと思って、転職したりする。

周りからは無能な役員としか思われていないのに。

 

周りからどう見られているかもわからず、自己評価が異常に高い人たち、すごくうらやましい。

私にはそんなこと、絶対できないので。

監督官庁が言っているから、これが正しい。

株主が言っているから、これが正しい。

社長が言っているから、これが正しい。

役員が言っているから、これが正しい。

上司が言っているから、これが正しい。

 

本当にそうだろうか?

 

もちろん正しいこともあるだろうが、正しくないこともある。

 

何が正しいか、それは本や論文、情報を集めて、それを自分の頭で整理して、客観的に正しい根拠を元に判断するものだと思う。

だから、誰かが主張したものが、無条件に正しいという考え方は間違えている。

 

しかし、こういう考えができない人がたくさんいて、それが偉くなって、自分で考えることなく、周りの意見で決めてしまう。

間違えているし、それを指摘されているのに、それを理解しようとしない。

 
正しいとは何か、を考えない組織は、結局、官僚的になる。
官僚的な組織は成功しないし、そこで働く人たちも成長しない。

ガバナンスというと、会議体に通すことを指していると思っている人がいますが、それはガバナンスとは言わない。

会議体のメンバーが素人だったら、会議体を通しても、中身のある議論がされることがないから。

 

最低限、担当部門よりも知識の点で優れている必要がある。

でないと、担当部門の誤りを指摘できないし、担当部門も、会議体での説明に緊張感を持たなくなる。
その結果、誤った決断をしてしまう。
 
これが満たされていない組織では、会議体では、自分はわからないけど、担当部門がきっと正しくやっているはず、という考えで承認されてしまう。
もし、担当部門と会議体の間に検証部門があったとして、検証部門の同様に知識がなければ、検証部門も担当部門がきっと正しくやっているはず、という考えでスルーされてしまう。
担当部門は、会議体や検証部門が見てくれるから、検証を省略してしまう。
その結果、誰も検証していないものが承認されてしまう。
 
実態として、こういう組織は多いのではないかと思う。
特に難しい事柄を取り扱ったときは。

テレビを見てたら、時速6kmで歩いているという話の補足で、早歩きをしている速さ、という説明がありました。

私の通常の歩行速度は、スマホの記録上は時速7km前後らしく、そうすると、私は日ごろから早歩きの人以上に早歩きをしている、ということになります。

確かに、人を追い越すことばかりだけど、そこまで差があるとは思いませんでした。

 

普通の人の普通の歩行速度って何キロくらいなのかしら?

今朝の日経新聞にオルツの粉飾決算の内部告発者の記事が載っていました。

CEO、CFO、監査役に進言したが聞き入れられなかったという話です。

 

形のある製品であれば、問題があれば、故障などの形で明らかになり、今の時代であればSNSなどを通じて拡散するので、こういう告発は聞き入れられやすいのだろうと思うが、決算のような数字しかないものであれば、故障のような形で明らかになることがないので、バレにくいことから、隠すことが起こりやすい。

数字を見て気づく人もいて、調査できれば調査してそれを告発できるのだけど、それができるのは少数なので、その少数さえ抑え込めば、問題が発覚しない。

 

さらに、それを問題ない、とお墨付きを与える人が出てくると、より一層、隠される。

 

今回の問題は決算だったが、金融機関で扱うものも形のない数字だけの世界なので起こり得る。

特に保険は専門家が調べないとわからない。

 

決算であれば監査法人が監査して問題を明らかにすることが可能だが、金融機関の商品などはそれが難しいので、やはり金融庁の立ち入り検査が必要だと思う。

ファミレスに行って周りを観察していると、猫型配膳ロボットが持ってきてくれた料理をテーブルに移動させて、それで満足してスマホをいじっている人が結構いることに気づきました。

 

料理を取ったら、ボタンを押して帰してやらないといけないのに、それをしないから、ずっと後ろで立っている。

スマホをいじっているから、後ろに立っていることに気づいていない。

しばらくしたら、店員が来て、ボタンを押して帰してやる。

 

こんなのを何度も見ました。

 

ほかにも、スマホに夢中になっていて、ロボットが来ていることに気づかず、ロボットが後ろでずっと待っているというのも。

 

せっかく人件費を削減するためにロボットを入れたのに、結局店員が戻さないといけないとなると、人件費の削減効果が薄れてしまう。

客にとっては知ったことではないかもしれないけど、結局これが値段に反映されてしまうと思うと、巡り巡って自分の負担になるのだから、もう少し、協力的になるべきなのではないか?

資格試験の勉強をしていて、グラフと解説文があって、グラフを見ながら読んでいるんだけど、どう考えても結論に結びつかず、ずっと悩んでいました。

 

仕方ないので式展開をして、解説文の結論が正しいことを確認したのだけど、グラフの説明もおかしいところが見つからず、ずっと悩んでいました。

で、最終的に1か所、グラフの数字が誤っていることに気づいて、やっとすっきりしました。

 

よくグラフを見て満足する人がいますが、グラフはあくまで説明の補助であって、これだけで完結するものではない。

それっぽいことは言えるけど、厳密に正しいことは言えない。

これが理解できないと、特に仕事で使っている場合は、損害を被る可能性がある。

 

これは数字も同じで、計算したらこの結果が出たから、この数字をもとにこうする、みたいなことがあるが、数字の意味を理解しておかないと誤った判断をすることもある。

 

ただ、パソコンの性能が上がり、高度な計算ができるソフトが出来、データを入れれば結果が出てくるような状態になっているので、グラフを見て満足、数字を見て満足している人が多くなっているように思う。

日経平均がどんどん上がっているのに、手持ちの株はどんどん下がっています。

下がるような株でもないはずなんだけど。。

 

この流れに乗れていないのが悔しい。

今日、2人の人と話をして、この人は頭がいい、この人は頭が悪い、とはっきりわかる事象に出合いました。

頭がいい人との会話は、導入部分の話をしたら、その背景を理解して、こちらが詳細を伝える前に話の意図が伝わって、会話がスムーズでした。

一方で、頭の悪い人との会話は、答えを言っているのに答えに伝わらなく、無駄に時間を費やしてしまいました。

 

したがって、前者とのミーティングはすごく短時間で終わったのに対して、後者とのミーティングは予定を大幅に超えて、結局伝わったのかどうかわからない状態で終わりました。

 

両者ともいい大学を出ているはずなので、勉強はできると思うのだけど、勉強ができるから頭がいい、という具合に単純なものではないと思いました。