石油の問題から、容器の価格上昇や容器そのものの不足が話題になっていますが、そうすると、底上げ容器もなくなるんですかね。
平らにするより多くの材料を必要とするし、薄っぺらい場合は面積を狭くして少し厚みを付ければ、同じ容量で材料は少なく済むはずだから。
それとも紙の容器にして、底上げ継続するのかしら?
石油の問題から、容器の価格上昇や容器そのものの不足が話題になっていますが、そうすると、底上げ容器もなくなるんですかね。
平らにするより多くの材料を必要とするし、薄っぺらい場合は面積を狭くして少し厚みを付ければ、同じ容量で材料は少なく済むはずだから。
それとも紙の容器にして、底上げ継続するのかしら?
「あなたは不正をしている」
と指摘されて、
「私は不正をしていない。だから不正はない」
と回答して、それを信じる人がどれだけいるだろうか?
このような話は政治の世界ではいつも起きているが、普通は、この政治家の主張を信じない。
なぜ信じないのかというと、客観性がないから。
第三者が調査して不正がないと結論を出したら、それを信じる人が増えるでしょう。
それは客観性 があるから。
信じない人もいる。
その第三者が不正を疑われている政治家に関連している可能性があるから。
たとえば、報酬を受け取っているとか、圧力をかけているとか。
そういう疑いを持っているから。
その回答にどこまで客観性があるか、というのが問題の結論への信頼性に関わっている。
政治家はなぜか客観的な調査を拒むことが多いように思う。
潔白なら客観的な調査で証明してもらえばいいのに。
その理由は、逆算すれば想像できるけど。
今朝の日経の記事で、生命保険の健全性の話が書かれていたのですが、ソルベンシーの規制が変更になるのに、古いソルベンシーの話を書いていました。
まだ新しいソルベンシーの数字は公表されていないから仕方ないのですが、なぜこのタイミングでこの記事を書くのかが不思議でした。
古いソルベンシーマージン比率は、簡便な計算で求めているため、200%を超えているかどうか以外はそれほど意味はない。
だから、大きいからいいというものでもない。
今年の10月末から11月頭にかけて各社公表するであろう新しいソルベンシー・マージン比率は、古いものよりは意味があるが、やはり新しい基準である100%を超えているかどうかしか意味がない。
会社の健全性を1つの指標だけで判断するのは難しい。
いくつもの指標で基準を超えるかどうかを見て判断していくしかない。
保険会社の役員を含む多くの社員でも、意味を分かっておらず、値が大きい方がよいかのような理解をしている人が多いので、一般の人が正しく理解できなくても仕方がないかなとは思う。
ただし、今回の新聞の記事のように数字だけ注目されて、その大小が営業に影響するような事態になれば、無駄にソルベンシー・マージン比率を高めようという動きは起きるでしょうけど。
新しい規制は、会社の恣意性の働きやすい制度になるから、不正も起こると思う。
そういう意味でも、あまりこの数字に判断を左右されない方がよいと思う。
今の保険会社は、そんなに簡単につぶれないと思うし
(不正で経営が苦しくなることはあるかもしれないが、数字で表せないから、わかりようがないし)
雨の日の新聞は袋に包まれていることが多い。
濡れないように、という配慮だと思うが、このご時世、資源節約のためにも、袋に入れなくてもよいのでは?と思ったりする。
どうせ読んだら捨てるものなので、そこまでサービスしなくてもよいとも思う。
こちらはこのご時世とは関係なく。
東京などの都会で走る電車は、席が壁に並行に並び、その前に人が立つ形になっていて、立っている人はつり革をつかんで座席の方向を向くか、進行方向を向くのが多いと思う。
たまに進行方向と逆に向いている人はいるが、意図的にというより、混んでいるから仕方なく、という感じだと思う。
今日、私の後ろに立ったおっさん、座席に背を向けて立っていました。
手に荷物を持っていて、幅の狭い車両だったので、その荷物が私の膝の裏に当たる。
座席方向を向いていれば、ぶつかる可能性は低いし、当たってもおしりとかなのに。
そもそもつり革をつかむのも大変でしょう。
その向きでつかむことを想定していないわけだし。
その隣の人たちは普通に座席方向を向いて立っていたので、不自然極まりない。
普段からこういうことをしている人なのか知らないが、迷惑だった。
電車でまだリュックを背負っている人がいますね。
これが迷惑だというのが20年以上前には言われていたのに、知らないのでしょうか?