えらっきーの日記

えらっきーの日記

日常の出来事を日記のように書いていきます。

政府のコロナ対策は、最初の緊急事態宣言時に感染者を大きく減らすことができてしまったために、それが成功体験として残ってしまい、それ以外の対策を検討することもなく、緊急事態宣言ばかりしている。

もう効果がなくなったのに気づかないのは、この国の政治屋らしい。

 

もし最初の対策が失敗だったら、いろんな対策を検討したでしょうけど、成功してしまったのが失敗だった。

 

企業もそうで、最初に成功すると、それをすればまた成功する、と考えてしまうことが多い。

だから、私は、会社が新しいことを始めるときは、失敗してほしいと願ってしまう。

もちろん、ずっと失敗してしまうと会社がなくなるので困るけど、最初に成功すると、たぶん、その後失敗をしても方向転換ができずに失敗を繰り返して潰れてしまうはず。

 

多くの情報を元に、いろんな対応を考えて、その中でベストなものを実施していく、というのを繰り返していかないと、何事もうまくいかないと思う。

 

日本は、とりあえず、政権交代して一からやり直さないとだめでしょう。

さっき、本屋で立ち読みしていたら、ある商品が「業界初」と紹介されていました。

いやいや、この商品は私がその3年前に作っていますし、この時点で業界初でしたから!!

 

会社の方針で、新商品を作っても大々的に発表しているわけではないから、業界の商品開発者とマーケットがバッティングしている会社の営業しか知らない商品ではあったのだけど、本を書くなら、もっとちゃんと調べてよ

今は、ソーシャルディスタンスを取るために、レジ待ちとかの行列ができそうなところには、ステップマークが貼ってあることが多いですよね。

でも、この位置に立てない人が少なからずいます。

 

特に気になるのは、後ろの人が近づきすぎるとき。
今の時代、これはすごく不快ですよね。
 
逆に、ステップ一よりも後ろに立つ人も多くて、私が近づいているように見えるのが不快。
これはカートを使っている人に多い現象で、ステップ位置にカートの先端をセットしているために起こる。
そこにカートの先端を置いても意味ないじゃん。

 

 

話は変わりますが、自転車置き場もひどいことになっています。

コロナで行く場所が限られてしまったために、人が集まりやすいところができているためでもあるのですが、

自転車置き場に自転車を置くスペースがないから、と通路に置く人がたくさんいます。

普通、諦めるか、待つだろ。

 

でも、彼らはそれができない。

通路に自転車が置けるので、置いちゃう。

その結果、他の人が自転車を出せなくなって、困る。

そういう想像力に欠けているのも原因でしょう。

 

さっきは、入り口をふさぐように自転車を止めている人がいました。

×マークが床に貼ってあるのに。

×が何を意味しているか、理解できていないのでしょうね。

在宅勤務が長期化して、一日何歩歩いているかが気になったので、歩数計を買いました。

で、毎日外出時には歩数計を付けているのですが、さっき、遠くまで買い物に歩いていったのに、歩数計を忘れてしまいました。

 

今、何歩以上歩いたら、保険料が割引になる、という保険がありますが、歩数計を忘れたらおしまいですね。

あと、部屋の中でも結構歩いているのですが、部屋の中で歩数計を付けているか?というと忘れそう。

 

そもそも歩数だけで健康になるわけではなく、その1歩1歩の強度も重要だと思うのだが、それを評価しなくてよいのか?

自転車でも結構いい運動になっているはずなのに、自転車だと歩数は稼げないのはどうなのか?

 

いろいろ疑問に思うのだけど、この保険に入っている人たちは疑問に思っていないのだろうか?

保険会社に質問していないのだろうか?

今の時代は、天動説を唱える人は少ないと思うし、言うと誤りを指摘されるでしょう。

 

でも、たとえば、建物を指して、動いている、と言うと誤りを指摘されるでしょう。

地球が動いているのであれば、建物も動いているはず。

であれば、止まっている、という方が誤りのはず。

 

それなのに、地球は動いているが、地球上の建物が動いていない、という意味不明なことを言っている。

 

どういう座標系を採用しているか、という問題だと思う。

地球が動いているという場合は、座標を宇宙に置いたときの話で、今いる場所に座標を置いたら、地球は止まっていて、宇宙が動いている。

 

こういう話をするときは、前提が大事だと思う。

 

これは、仕事でもいえることで、話の前提を共有して、理解した上で、物事を進めるべき。

ランドセルの販売時期が少しずつ早まって、とうとう1年前になりました。

ラン活と呼ぶんですか?

 

「らんかつ」というと「卵割」を思い出します。

受精卵が細胞分裂していくこと。

 

高校時代、生物で卵割を習って、すぐに国語の試験で「割」を「かつ」と呼ぶ単語を挙げろ、という問題で、私は「卵割」と書いて、×をもらいました。

常用漢字ではないから、という理由。

分割とか割愛のような解答を求めているのだから、卵割なんて論外、ということでした。

 

でも、割礼と書いた人は〇をもらっていました。

納得できない。

 

高校の成績なんて、大学受験に影響しないから、どうでもよかったけど。

会議での質問にはいろんな意図がある。

・純粋にわからないことを確認する

・発表の内容を確認する

・発表者の理解を確認する

・発表の内容が不十分なところを補う

 特に、委員会などでは、記録として残すべき点が資料にない場合に、質問の形で議事録に載せる

・他の参加者の理解を深める

・他の視点が出るようにして、議論を深める

などが挙げられる。

 

役員レベルでこれを理解できず、わからないことを聞いているか内容の確認程度に受け止めている人がいることに衝撃を受けました。

これまで、何を考えて会議に参加していたのだろう?

会社の残念な人たちを見ると、継続的に勉強をしていかないとだめだなって思います。

残念な人たちは、勉強不足で、的外れなことを言って、周りに迷惑をかけています。

本人はすごいことを言っているつもりなので、質が悪い。

 

あんなんみたいにならないように、勉強しなきゃ。

私のいるマンションはピアノ禁止なのですが、お昼に、ピアノを搬送しているのを見ました。

部屋から出す方向です。

これまで弾いていたってことでしょう。

ルール違反。

 

管理室の前を通っていたのだから、管理人はどの部屋から搬出されたのか、確認すべきでしょう。

今の時代、挨拶で声を発するのは非常識だと思います。

たとえマスクをしていても、飛沫が全く飛ばないわけではないわけだし。

日本人には会釈という挨拶方法があるのだから、それで十分

 

挨拶をしない人が無礼だというのは過去の話で、今は、挨拶をする人が無礼。

 

 

 

私の今のマンションでは、元々挨拶をする人たちはマンションのルールを無視する人たちなので、昔から挨拶をする人は無礼だったけど。