えらっきーの日記 -2ページ目

えらっきーの日記

日常の出来事を日記のように書いていきます。

金融機関は数字を扱うので、数学を背景に数字を出していくのが大事。

大事なんだけど、顧客に直接関わらない数字を扱う人たちの中には、

・正確な数字を出さなくてもよい

・大体の水準感がわかればよい

という人がいます。

 

もちろん、正確な数字を出すための情報が得られないとか、それを出すためのコストが高いなど、理由がある場合もあるけど、出そうと思えば出せるのに、正確な数字を出そうとしない人がいます。

追及すると、正確な数字をどうだせばよいかわかっていなかったり、そもそも数学的な知識が乏しいなどの原因がわかります。

 

が、数学に弱い、数字を扱わない部署の役員などは、こういうことをいうのがすごいと思うのか、正確な数字を出す人よりも、こういういい加減なことを言っている人たちの方を評価する傾向にあります。

 
こうして、正確な数字を出すことができない人が責任ある立場に着くと、大体、その部署の業務が崩壊します。
正確ではない数字なんだから、何を根拠に出されているかがわからないし、正確な数字を出す仕組みが使われなくなり、メンテナンスもされなくなる。
その結果、こういう人がいなくなった後、元に戻すのがすごく大変になる。
 
さらに、まともな人たちが嫌気をさして辞めるから、さらに元に戻すのが困難に。
 
こういう場面では、こういう人を評価する人たちも同罪。
だからこそ、役員になったら、幅広い知識と何が正しいかを判断する能力が必要。
 
数字を使う部署が崩壊したら、金融機関の体をなさなくなるのだから

「まだそんなに保険料を払っているの!?」みたいなCMを見かけますが、

「まだ保険料を払っているの!?」というCMはないです。

保険料が不要な保険は法令上、認められないからです。

 

でも、実際には銀行などからたまに、すごく少額の保障だけど、保険料不要の保険の案内が来ます。

これは、申し込んだ人が被保険者になるだけで、契約者は別にいるからで、団体扱いの契約で、その団体に所属していることになっている。

 

これが認められるのであれば、本当に保険料が不要な保険が作れるのではないかと思う。

たとえば、被保険者がスマホやスマートウォッチなどの情報(データ)を保険会社に提供し、それを第三者に提供することを認める代わりに、第三者が情報料を保険会社に支払い、それを保険料に充てる。

情報を提供している間は保障が継続し、情報の提供を止めたら契約が終了。

提供される情報により対価が決まるので、それに応じて保険料建で保険を契約する。

 

・情報料を支払ってくれる第三者が安定しているのか

・同じ人が複数の保険会社の同様の保険に契約したときの取り扱い

・情報料の過不足の取り扱い

などの課題はあるが、データが資源となった今の時代、検討の余地があるのではないかと思う。

瓶入りの薬を飲もうとして、薬を取り出し、ふたを閉めようとしたら、ふたが瓶に当たって、その拍子で大量の薬が落ちてしまいました。

さすがに床に落ちた薬を瓶に入れなおして、あとで飲む、というわけにもいかないので、捨てました。

すごくもったいないことをしました。。

今の会社、優秀な人たちが次々と去っていったため、話が通じる人がいなくなってしまいました。

 

専門職の関係で社外の人と議論をすることが多かったのだけど、コロナでオンラインになり、その機会も減って、ストレスだったのですが、対面で議論する機会が出てきて、自由に議論ができるようになり、ストレスが少し軽減している気がする。

やはり優秀な人たちと話をすると、自分の話を理解してもらえるし、得るものも多い。

 

彼らと対等に話せるように自分も高めていこうと思えるようになるし、優秀な人たちに囲まれてする仕事はどんなに幸せか、改めて感じています。

先日本屋に行って買った数学の専門書。

数式が誤植だらけで唖然としています。

もちろん、学校の教科書じゃないから、多少の誤植は受け入れているのだけど、この本はちょっと多い。

 

で、アマゾンで見たら、コメントの半分は誤植だらけの指摘で星1つでした。

 

出版社はこの本をきちんと校閲したのだろうか?

本を出すのだから、最低限の校閲は必要だと思う。

 

 

ちなみに、昔読んだ本は、英語の翻訳本だったけど、訳がめちゃくちゃで、結局英語の本と並べて読まないと意味が分からない状態でした。

しかも1万円くらいするし。

さらには、英語の本も数式とか誤りが多かった。

こちらは高いこともあり、読む人が少なく、コメントも少なかったけど。

特定のチャンネルを見ると、ACジャパンのCMをたくさん見るようになったけど、その中でSNSで決めつける刑事の話があって、その最後のシーンの刑事のどや顔が、役員の態度に似ているなと思いました。

間違えているのに、自分が正しいと思って偉そうに語り、どや顔で背もたれにもたれる。

 

あとで陰口で、間違えているのにあの態度は恥ずかしいね、といわれているけど、もちろん、陰口だから本人には伝わらず。

間違えていることを知ることがなく、ずっと間違えていることを周りに言い続けているので、かわいそうだなって思うけど、自分じゃないから、放置。

 

忘れたころに実害が出るから、放置し続けるのがいいのかわからないけど。

昨日のテレビ番組で、マネージャーは仕事が優秀だからマネージャーになったので、部下の指導ができるということでマネージャーになったわけではないから、部下の指導を求めるのは酷、という話があって、その通りだと思いました。

 

私も仕事ができるから、資格があるから、というので管理職になったけど、正直、部下の指導は面倒だからしたくない。

自分でやったほうが質が高く精度の高い仕事ができるし。

部下が成長しなくたって、自分ですべてできるから問題なし。

 

人事は部下のキャリアを考えろ、というけど、自分のキャリアは自分で考えるものだから、自分で頑張って成長する気がないのであれば、そんな人を助ける必要もない。

 

同様に、無能な管理職はいない方がよい。

仕事ができて管理職としては能力がない人は仕事をすればよいし、仕事すらできない人はさっさと去ってほしい。

(そんな人がいるのか?というと、口だけ達者で中身のない人がすごくたくさんいる)

高校生のスポーツマンガを見ていたら、3年後に全国大会に出る、みたいな発言がありました。

高校は3年しかないから、入学直後でも3年後は卒業後。

高校3年の時に全国大会に出るということを言いたいんだろうけど、よくある間違いですよね。

 

建物の1階から5階に行くのに、5階分上がると思ってしまうのと同じ。

5ー1=4だから、上るのは4階分なんだけど、思わずそのままの数字を言ってしまう。

 

無意識で言ってしまうと間違えるので、要注意です

今話題の問題、他のテレビ局でも起きていたら、どうなるのでしょう?

テレビは衰退したとしてもまだ広告戦略の重要なツール。

広告をやめるという選択肢は取れないのではないか?

そうすると、どこかで落としどころを見つけるしかなくなると思う。

 

最近はどこの業界でも、大企業が不祥事を起こしている。

保険業界も、少し前まで、損保がいろいろやらかして問題になっていた。

でも、多くはそのまま存続している。

 

政権与党ですら、いろいろやらかして、本来であれば政権の座から降ろされてもおかしくないのに、まだ与党でいる。

 

結局、今回の件も、なんとなく収まるのではなかろうか?

そこまで生き延びられる体力があれば、だが。

 

テレビの音声のように、わかりやすいエラーもあるけど、金融機関の多くのエラーは、なかなかわからない。

わからないから、気づかずに放置されるし、気づいていてもバレないから隠そうとする。

 

まともな金融機関とそうではない金融機関を判別するのは、専門家でも不可能だと思う。

数字を見ても、余程のことがない限り、エラーに気づくことはないから。

 

だから、専門性の高い社外取締役を導入し、金融庁が検査をする、という体制が必要。

そして、彼らに社内の経営者や社員が適切な行動を取るような態勢が必要。

 

この役割の一端をリスク管理部門が担うのだけど、余程のことがない限り問題にならないから、いい加減になることもある。

 

金融庁の定期検査はなくなってしまったので、この態勢を取ろうとしない会社も出てくる。

適切な態勢整備ができない会社を見つけ出し、公表する、という姿勢が金融庁には必要なのではなかろうか。