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えらっきーの日記

日常の出来事を日記のように書いていきます。

しばらく自宅を離れていたら、株価が下がり、急激に円が上がり、手元の資産が大きく減少してしまいました。

投資活動できないタイミングで市場が動くことが多い気がする。

特に為替は、私にいない間に為替介入されて、大きな損失を被ることが何回もあった。

 

本当にタイミングが悪い。

すでに多くの人がやっていると思いますが、商品・サービスを探すのにAIが使えます。

逆に言うと、商品・サービスを売る側はAIに選ばれるようにする必要が出てきています。

 

検索の結果、上位に来るものを信用している人はいるでしょうけど、AIで推奨される商品・サービスを信用する人は、もっと多いと思うと、ここを押さえておかないと、売り上げが減少するというリスクがある。

 

学習データに自分の会社の商品・サービスをたくさんつぎ込むくらいしか思い浮かばないけど、皆さん、どうしているのでしょう?

最近、目に見えているものと体の動きが合っていないのか、予期せぬところでものにぶつかってけがをしてしまうことが増えました。

いま、一番つらいのは、足の指を思いっきりものにぶつけて、青くなっていること。

折れてはいないと思うけど、歩きにくい。

 

その前は冷蔵庫のドアの隙間に指を挟んだし。

 

少し間違えると大けがになりかねない。

 

少し余裕を持った動きをするしかないですね。

個人向け国債の利子に課税されるというのが不思議でならない。

国が借金の対価として利子を支払い、その利子の一部を税金として回収する、ということは、実際の金利は表示の約8割ということになる。

一方で、国は、利子の支払だけ示すので、負担が増えたとアピールする。

実際増えてはいるけど、それに対する課税で回収できているから、本来の負担とは異なるのに。

 

税優遇の議論をしているようだが、NISAなんかではなく、国債の在り方から無税とするくらいの議論をすべきではなかろうか?

議論をするには、一定水準の知識のレベルが必要になる。
一般的な知識とその議題に関する知識が必要になる。
知らないと議論にはついていけないし、質問されても質問の意図が理解できない。
意図が理解できない人が正しい回答をすることはできない。
だから議論にならない。
 
多くの人はそれがわかっているから事前準備をするし、継続的に勉強をしていくのだけど、一部の人はそれを怠る。
そして、それっぽい回答をして逃げる。
 
困った一部の人は、わかっていると思って、的外れな回答をする。
周りは困惑し、失望するけど、本人はわかっていない。
わかっていないどころか、周りがわかっていないと思ってすらいる。
 
どちらも迷惑。
 
迷惑な人を作らない、迷惑な人がいたら排除する仕組みが、組織には必要だと思う。

消費税減税について、反対意見を出している企業のトップがいますが、そんなに反対なら、彼らの会社の商品だけ消費税を下げなければよいのではないかと思う。

さらに言うなら、消費税減税を反対する新聞社の新聞も軽減税率をやめて消費税率を10%にすればよいと思う。

そうすれば、多少なりとも、消費税減税の影響は軽減されるでしょう。

高学歴とは大学を卒業していることを指していると思うのだけど、偏差値が一定水準以上の大学を出ているという条件を示している人もいる。

大学の偏差値は、大学の入試に合格できるラインを指していて、偏差値が低い大学でも個人としての偏差値はかなり高い場合もある。

大学は勉強・研究する場なので、その目的に合った大学であれば、偏差値はそれほど問題ではないはず。

 

不思議なのは、どこの高校を出たか、というのも評価されていること。

同じ東大出身者でも、有名進学校の出身者だと、すごいらしい。

テレビで「本物のエリート」みたいなことを言っていたし、職場でも、やはり「本物だ」と言われている。

田舎出身だと、そんな高校に行くことはないので、どんなに優秀でもこういう評価はされない。

優秀かどうかは、その時点の状態で評価されるべきなのに。

不祥事を起こした会社が、経営者を一新して、再スタートしたとき、その経営者は社員に対して、「不祥事は二度と起こさせない」というけど、対外的には「不祥事を二度と起こさない」という。

不祥事を起こした社員は会社を去っているかもしれないが、すべての社員が去っているわけではないので、これらの社員やそれを黙認していた社員たちに対して、二度はないというメッセージを伝える一方で、

会社の代表だから、自分たちは二度と同じ過ちを起こさないというメッセージを伝えている。

 

日本は過去に大きな過ちを犯したので、日本という国を代表する人は、日本が同じ過ちを起こすことはないという宣言をしている。

それが使役動詞になったとき、その主体は誰なのか?という疑問を感じてしまう。

国内の誰かなのか、国外の誰かなのか。

国外の誰かが過ちを犯さないように、武力行使をするという意味なのか。

 

勝てる見込みのない戦争をしたことが問題だという人もいる。

勝てる見込みのある戦争ならやってもよいのか?

 

何を反省しているのかがわからなくなる。

(というか、反省していないのでしょうけど)

経験者を即戦力として採用したのに、全然使えない、という発言を聞いて疑問に思った。

 

即戦力になる経験者は、その分野の知識が十分にあると思うが、採用された会社の知識があるわけではない。

たとえば、どういうシステムになっているのか、どういうデータがあるのかなど。

会社固有の情報がないと、生かせる知識も生かせない。

 

だから、この会社のことを教育する必要がある。

教育をせずに、使えない、と言っているのは、その会社に問題がある。

人が減ったことに伴い採用した場合であれば、その人が辞めた原因も教育にあったのかもしれない。

 

もちろん、戦力になるほどの知識も経験もない場合もあるけど、

即戦力として採用した人が戦力になっていないのであれば、

自分たちに問題があるかもしれないと考えることも必要でしょう。

現政権は物価高対策を進めているらしいのですが、皇室典範改正や国旗損壊罪が物価高対策にどういう効果があるのかわからなかったので、AIに聞いてみました。

結論は、どちらも物価高対策には関係ないという回答でした。

 

いくら考えても関係がわからないし、AIも関係ないといっているのに、現政権はどうしてこれらの政策を優先して進めたのでしょう?

不思議です。