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やれば出来るんじゃなくて、出来るまでやる。

為せば成る
為さねば成らぬ 何事も
成らぬは人の為さぬなりけり

非常に有名な言葉で、ご存知の方も多いと思います。
江戸時代中期、現在の山形県にあたる、米沢藩の藩主であった上杉鷹山公の名言です。
そして私が心から共感する言葉です。

彼は、当時財政危機に陥っていた米沢藩を、不断の努力により立て直した人物と知られています。
藩主になった時点で、今で言えば民事再生法の申請直前のような状態だった上、
天命の大飢饉など、藩の危機を襲う事態に幾度も見舞われたにも関わらず、
見事藩を立て直した偉大な人物です。

その彼が言ったのが、冒頭の言葉。
前半の2行は、本当に良く知られている言葉で、
ともすれば、やれば出来るよ!的な感じで使われていると思います。

でも、実際は逆で、
「やりたいことがあり、それが出来ていない状態ならば、それは努力が足りない。出来るまでやっていない、ということだ」
という意味の言葉だと認識しています。

実は私は、まるで自分に言い聞かせるかのように
「出来る出来ないじゃなく、やるかやらないかだ」
と口癖のように言っていました。

それは、当時大したスキルがないにも関わらず、当社のWeb担当となり、
そのメンバーの中ではまだ技術や知識に優れていたという点で、
なにやら実質的な中核メンバーに据えられてしまった頃のことです。
(当社はWeb制作に関すること全てを社内で行っています)

「今のままのスキルじゃどうしようもない」
と、思うことが出来る程度の知識だったため、それこそ必死に勉強しました。
「自分の成長が会社の成長につながる」という思いだけを糧に、様々な本を漁り、
独学で様々な技術・知識を身につけました。
2年未満の内に、100冊以上は読んだと思います(そう聞くと、そんなに多く感じられないな)。

特にPCを使って何かをする場合、処理をするのはあくまでCPUです。
人間は命令を下すだけ。
完全に同じ命令を記述することさえできれば、その命令を記述するのが誰であっても、
クオリティには差が出ません。
スポーツや、実際に自分の手で何かを生み出す仕事と大きく違うのがその点です。

もちろん、発想や着眼点など、いわゆるセンスや思考法など、
個人に要求される部分は非常に大きいですから、
現実的にはそれに携わる個人によって、大きな差は出ます。

しかし、少なくとも技術的な部分のみ(その技術をどう使うかは別として)で言えば、身につけ、出来るようになるまでやるかどうかが分かれ目だと思っています。

自分が「出来ない」と言ってしまえば、
どんなに必要なことでも、どんなに魅力的な内容でも、
実現することが出来ない環境が、そんな風に自分を動かしたのだと思います。

その点で言えば、誰かに教わることが出来ない環境が、
逆に自分を鍛えたのかな、と今振り返れば思います。

しかし、同時に自分がそれを行わず、無理やりにでも何とか外注へと結びつけた方が、
スピード・クオリティ共、効果の高いものが出来たのではないだろうか、
というジレンマは付きまといました。

ただ、その仕事でお金をもらっている以上、もはやそれは「プロ」です。
「プロ」として、自分のスキルを収入以上のレベルにもっていく努力を怠ってはいけない、
という意識で、何とか乗り越えてきました。

そんな中出会ったのが、冒頭の言葉。
すごく共感したと同時に、「間違ってないよ」と言われたような気がしたのを覚えています。

「成らぬは人の為さぬなりけり」

その最後の一行を、常に自分に言い聞かせていようと思います。

音楽とTシャツとテニス


昔、「部屋とYシャツとわたし」という曲があった。
それ以来、3つ言葉を並べると、何かそれっぽくなってしまう気がするけど、
別にそんな意図はないので、あしからず。

今日は、昨日の面談でもらった求人票を精査しつつ、誠に勝手ながら、第一次消去法で、
少しだけ企業を絞った。
紹介していただく以上、やはりお断りするにも明確な理由があった方がいいだろうと思い、
ひとまず辞退する理由が明確なものだけ、応募しない意思を表示した。

んで、歯医者行ってからオートテニスへ。
少しずつ勘が取り戻せてきて、前よりもいい感じだった。
で、調子に乗ってやってたら、手のひらの皮がむけてしまった。

こういうときまさに痛感するけど、「皮」って大事。
皮がむけ、剥き出しになった皮膚は、なんともデリケートで、
わずかな刺激にも敏感に反応する。
イタタ。

家に帰ったら、Tシャツの工房から、生地のサンプルが届いていた。
実はTシャツやポロシャツのデザインをしようと企んでいるのです。
ふっふっふ、楽しみだ。

さらにしばらくお休みしていた音楽活動が復活しそうな兆し。
ちょっと基礎練して、勘を取り戻さなきゃ。
でもこれまたすっごい楽しみだ。

とりあえず今回は、ラテン、ジャズ、ファンク、R&Bを混ぜたようなインストバンドになるみたい。
大好きな分野だし、頑張ろう。

なんだか最近、プライベートな時間がものすごく充実し始めた。
いいことだね。うん。
少しばかりやることが多い気もするけど、頑張ろう。

うーん、今日も今日とてやたら徒然な日記になってしまった。
オチがないし。オチのない一日だったし。
なんかホントにいわゆる普通の日記になってしまってるな。


いいのか。


転職活動日記 ~初面談~


今日は某転職支援サービス会社に、初の面談に行って来ました。
○ビルの高層階にエレベータで上がり、受付の方に名乗ると、79番の部屋にてお待ちください、とのこと。

そのフロアには無数に部屋があり、なんだかオフィスライクなカラオケボックスみたいな感じ。

担当してくれた人は、おそらく僕よりも年下の若い女性。
クリエイティブ関連業界の担当なんだそうだ。

でも、しっかり人の目を見て話すし、ちゃんと笑顔を見せるし、
そんな不安になるってことはない。

キャリアコンサルタントって、営業なんだなぁと実感した。

ああいう転職支援サービスのビジネスモデルは、基本的に転職希望者がある会社に入社した際、その人の年収の数割がその支援サービスを提供した会社に支払われる仕組み。
言ってみれば、僕は商材なわけだ。
よく転職市場における自身の市場価値、みたいな話があるけど、言い得て妙だね。

いい商材になれているといいな。

まぁ現時点では、絶対に転職するって決めているわけでもなく、
転職するかどうかを判断するために、転職情報を収集し、転職活動を行っている段階だけど。

でも、今日はカウンセリングに終始すると思ったら、聞き取りが終わったあとに、
「じゃあ求人情報をご用意してきます」
と、10分休憩を挟んだあとに、48件も持ってきた。

なるほどなぁ、こう具体的な会社名や仕事内容、待遇・条件とかを見せられると、
転職しようかな、という気持ちが首をもたげてくるわ。

とりあえず転職活動を続け、入りたいと思った会社があって、そこから内定をいただけたとしたら、もう一度冷静に今の会社を続けることと比較して、考えてみようと思う。

なんだか散文になってしまいましたが、これからも転職の話を書いていくつもりでいるので、よろしければお付き合いください。

ところで、実は3時のアポだったのですが、20分少々約束の時間に遅れてしまいまして。
いつも車で行動している僕が、なんと今日はめずらしく電車を使ったのです。
池袋駅から丸の内線に乗り、後楽園駅に着いたとき、

パッ

と、急に電気が消えました。

なんだ?と思っていたら、車内アナウンスが流れ、

「現在、原因不明の停電が発生し、丸の内線全線で運転を見合わせております」とのこと。

おいおい、原因不明って……、もしかして僕のせい?
めずらしく電車なんかに乗っちゃったから??

皆様、その節は、ご迷惑をおかけいたしました。

人のやさしさに触れた日


今日は、一昨日の『あいかた』に登場していただいたご夫婦と食事をしてきました。
どうやら僕が少し疲れているのを見透かされていたらしく、奥様の方から誘っていただきました。
ありがたいことです。本当に。
人のやさしさに触れたとき、心ってゆるやかにほどけていくものだと実感しました。
そういう人に、僕もなれていたらいいな。

ただ、疲れていた原因が、何か特定のきっかけがあったというわけでなく、
今までのものが積み重なったものだと思うから、
その原因を聞きだして、慰めようとしてくれたお二人には、何だか悪いことをしてしまった。
ごめんなさい。
人前で愚痴を言うのは、あまり得意ではないです。

そんなこんなで、何だか他愛のない会話に終始したわけですが、楽しかったです。

中華料理屋に入って、注文が終わったあと、ご主人が突然、
「そういえば、エビチリ食べたいって言ったんだった」
とおっしゃいました。

えっ?
ご主人、初耳です。

んで、追加オーダーしようってなったとき、じゃあエビチリ頼みますか、って言ったら、
「いや、そういえば俺あまりエビ好きじゃないんだった」
とおっしゃいました。

えぇっ??
ご主人、フェイントが鋭すぎです。

何でもご主人の中では「中華料理=エビチリ」という固定概念があり、
「エビチリを食べたい」って言わなきゃいけない強迫観念に駆られたみたいです。

こんなこと言っちゃ失礼かもしれませんが、かなり良質の天然素材ですね。
観る者全ての度肝を抜く、その鮮やかなフェイントは、もはや天賦の才です。

そんなこんなで、ありがたいことに心和まされてきました。

奥様から色々な話を聞くけれど、なんだかんだでとってもいい雰囲気の夫婦でした。
「夫婦」っていいものだなと思った、珍しい経験でした。

音楽では、それぞれの和音の中で不協する「avoid note(避けるべき音)」というのがあります。
でも、ジャズなどの自由度の高い音楽でアドリブをとる際、
時として、敢えてその不協する音を弾くことがあります。
その部分だけを切り出してみれば、ただの不協和音かもしれない。
でも、ソロ全体、曲全体でみると、不協するはずのその音が、鮮やかに輝き、
本当に素敵なソロ、素敵な曲になることが多々あります。

それは、人生にも、人間関係にも、仕事にも通じることだと思います。
その時に必要なのは、その音を受け入れることの出来る心の広さ、器の大きさ。
それさえ忘れなければ、きっといつか、鮮やかに輝くものへと変わっていくはず。

うん、笑っていよう。出来る限りでいいから、笑っていよう。
涙を受け入れてくれる人が、僕の周りにいてくれるのだから。

『すいか割り』の季節?


なんだか最近、「すいか割り」みたいな状況だ。

目的の場所が分からないまま目隠しをされ、色んなところから「右」だ「左」だの声がかかっている。

あ、仕事の話です。
すいません、醜いかもしれないですが、少し愚痴っぽくなってます。
失望って、意外と楽じゃないんですね。
なんだか今日は、少しだけ疲れています。

……んー。
でもまぁ、「すいか割り」って楽しいものですよね。
ってことは、きっとこの状況を楽しむことだって出来るはずです。

そうだ、楽しくいこう。

make myself happy.

まずは自分で自分を幸せにしていこうじゃない。

明日はきっと、新しい朝が来る。
だから今日は早めに、おやすみなさい。
(短めですみません。あと、いつも長くてすみません・笑)

『あいかた』


自分の恋人のことを、その恋人の名前を知らない他人に話すとき、何と呼んでいますか。

普通は「彼氏・彼女」だと思います。
まぁ、そりゃそうです。

けど、なんでか僕は「彼女」と呼ぶことがあまり好きくないのです。
とびきりのひねくれ者だからだとは思いますが、なんか「普通」過ぎる気がしまして。
「彼」という文字には、結構な距離感があるように感じるからかもしれません。

そこで僕は、「あいかた」と呼ぶようにしています。
そうです。漫才とかでよく言う、「相方」のことです。

一度、口に出してみてください。
何かほっこりと丸みを帯びた言葉で、やさしい雰囲気になりませんか?
漫才コンビが「うちの相方は~」って言うとき、それがどんな内容でも愛情がこもっているように聞こえませんか?

その要因は、そこに「あい」があるからかもしれません。

無理やり漢字を当てはめてみれば「愛方」とも書けます。
「愛する方」。
「恋する人」を丁寧にした感じかもしれません。

特別に大切なパートナーなわけですから、「あいかた」と呼ぶにふさわしいと思います。
このブログをご覧いただいている皆様(本当にありがとうございます)も、
一度使われてみてはいかがでしょう。

まぁ、たいていの場合、最初に使ったときは、きょとんとされて、
「あぁ、彼女のこと」
と補足説明が必要にはなりますが。


ところで、僕の知り合いに、ご主人に「連れ」と紹介されるのをひどく嫌がる方がいます。
その方いわく、「私が連れてんだ!」だそうです。
ご主人、今度から「こちらが私の『連れられ』です。」と紹介してください。

ちっぽけなフロンティアスピリッツ


今日は棚卸の立会いで、埼玉にあるお店まで行ってきました。

自宅から普段働いている本社までの所要時間と、
本社からそのお店までの所要時間と、
自宅からお店までの所要時間は、電車でも車でも(本社に行く際は高速使用)ほぼ一緒。約1時間半。

自宅からそのお店までは、
電車だとちょっと行きにくい位置にあり、
車だと高速を使えない分、時間にしたらほぼ同じになってしまうのです。

明日も朝からそのお店に行くため、
帰りに「きっと近道(もしくは空いている道)があるはずだ」と必死に地図と睨めっこ。

このルートは踏切があるからダメだ、とか、
このルートは国道付近で混みそうだ、とか、
頭の中でシミュレートを繰り返し、一本の道筋を導き出していく。
そんな作業が大好きなため、ナビは絶対搭載しません。

新たな道を開拓していく作業。
ちっぽけなフロンティアスピリッツ。
そんな自分も悪くないんじゃないかな、と甘やかしてみることにします。

ちなみに、WorldWideWebで公開しといて何なんですが、僕が勤めている会社は、車通勤禁止なので、
車で行ってることは内緒にしておいてくださいね。

ところで、以前同僚から、「wwwって何の略だ?」と質問されました。
何でも「WorldWideWeb」と答えると「親父・おばさん」で、
「大笑い」と答えると「若い人」だそうです。
「(笑)」→「w」ということみたいですが、それって若い人っていうか、
某chで使われ始めたものような気が……。

さて、上記の質問をされた僕ですが、
まぁわざわざそんなことを聞いてくる以上、
「WorldWideWeb」ではないのだろうな、とは予想できました。

そして頭を巡らせ、こう答えました。

「What a Wonderful World」

がんばれ、25才!

未来の自分に送る手紙

どうやらアメブロには、「自由に書いてください」というフリースペースなるものがあるらしい。
試しに書いてみたんだけど、長ったらしい文章がブログのサイドにまで表示されるのがいまいちだったので、ルームの方に書いてみました。

左の「ルーム」というところをクリックするといけるので、よろしければ見てみてください。
ま、ブログを書く意味やら意義やら理由みたいなものを書いただけなので、見なくても大した問題はないですが。

さて、今回は「リーダー」というものについて考えてみたいと思います。

残念ながら、未だ僕は組織的に明確にされた「リーダー」のポジションについたことはないのですが、
幸運にも、心から尊敬できる何人かのリーダーに出会えています。
同時に、「リーダーっていうのはこうあるべきなんじゃないかな」という理想像みたいなものも、
生意気にも持っているので、今日はいつかそういう立場に立った時の自分に対しての手紙という形で、
それを伝えてみたいと思います。

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『リーダーになった君へ』

・リーダーは被害者ではなく、加害者になった方がいいんじゃない?

リーダーよりさらに上の人間から、ちょっと無茶な依頼をされた時、
それをどう部下に伝えるか。
あるいは今まで部下がやっていたことを覆さなくてはいけなくなった時、
それをどう部下に伝えるか。

その時にリーダーには、「俺だって被害者なんだ」って立場には、あまりいないでほしい。
例え伝えにくいことであっても、上からの指示を自身の言葉で伝えてほしい。
そして、必要があれば謝罪や労いの言葉を掛けてあげてほしい。

そうすれば、きっと部下自身が「リーダーも被害者なんだしな」と思ってくれるんじゃないかな。

部下からの支持を得られない指示を出さなくてはいけない時もあると思う。
どんなに言葉を尽くしても、部下が決していい気持ちにはなれない指示もあると思う。

でも、上司に対して、その指示を何とか出さなくてすむように手を尽くしたのだとしたら、
同じくらい、何とか部下から納得を得られるように手を尽くしてほしい。

うん、簡単なことではないよね。それはわかるけど。

・背中を見せたり、お腹を見せたり、だね。

部下が自分より上の人間から責められているときは、
部下に背中を見せて、しっかりと守ってあげてほしい。
部下が悩んだり苦しんだりしているときは、
部下にお腹を見せて、しっかりと向き合ってあげてほしい。

間違っても、その逆のパターンにだけはならないで。

そうだね、きっとこれも簡単なことではないよ。

・言い訳を振りかざさないで。

自分が悩んでるときなら、部下の悩みを無視していいってわけじゃない。
忙しいとか、優先順位だとか、部下が何も言えなくなるような言い訳を振りかざすのはやめてみない?
君に言い訳されたら、部下は何も言えなくなっちゃうよ。


確かにどれも簡単なことじゃない。
そうはいっても。現実的には。
その気持ちもよくわかる。

でも、簡単じゃないからって、諦めていいことでもないじゃない。
きっと、そんな難しいことでも、出来るだろうと思われたから、その立場にいるんだよ。

頑張れ。頑張れ。
守るべき人たちがいるっていうのは、きっと幸せなことなんだよ。

軟体動物のラブソング

『1回やすみ』

幼い頃には 何度も何度も 言えてた言葉
忘れたフリして そっと笑った

僕らがこれまで 傷つき傷つけ 守ったものが
少し重たくて そっと瞳をとじる

いつでも笑って 歩いていけるわけもないさ
その苦しさを誤魔化せないときは 逃げておいでよ

君の心の空が曇ってるなら 僕は風になってみようか
ほら たいしたチカラなんてないけど つかの間の晴れ間くらいにはなれる

君の心に雨が降ってるなら 僕は傘をさしてみようか
ほら たいしたチカラなんてないけど つかの間の雨宿りくらいできる

ふと立ち止まったら たまには足下見つめてみて
そっと書いておくよ 「1回やすみ」

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突然だけど、歌詞を書いてみた。

もし自分に、大切な人たちが抱えている悩みや苦しみを、
完全に解決できる力があったら、どれだけ幸せなことだろう。

でも実際は、なかなかそうはいかなくて。
中には解決できるものもあるかもしれないけど、
大抵は、元気づけたり、勇気づけたり。
頷いたり、違うって言ってみたり。場合によっては、ただ話を聞くだけだったり。

それでも、自分が関わることが許された人たちには、
せめて自分がそこに存在する価値を感じてほしいと思う。
だから僕は、大切な人たちにとっての、ほっと息をつける場所でいたいと思う。
根本的な解決はできないかもしれない。
でも、もう一回歩き出すための、休憩所みたいな存在にはなりたいと思う。

それが肩からすっかり力が抜け落ちてる僕なりの、肩肘張らないラブソング。

そんな思いを込めて、書いてみました。

でも愛する人くらいには、「おまえは俺が守る!」とか言った方がいいのかな。

「できるかどうかわからないけど、可能な限りあなたを守れるよう善処します。」
じゃ、かっこつかないもんなぁ。

豚が空を飛んだ!

夜書けたわ。

上部右側に表示されている「時には昔の~」という一節。
これは加藤登紀子さんが唄う「時には昔の話を」からいただいてます。
宮崎アニメ「紅の豚」のエンディングテーマ。
本当にすばらしい曲。
今でも大好きな曲だけど、あと数十年したら身に沁みる曲になっているかもしれない。

ところで、「紅の豚」。あれはすばらしい映画だと思う。
特に重たいテーマが全面に出ているタイプのものでもなく(「思い出」と割り切りきれない記憶として「戦争」が描かれてはいるけれど)、気軽に見ることが出来るのだけど、出てくるキャラクターたちの平均年齢は、宮崎アニメの中でもダントツに高い。
「豚」を主人公にしようと思い立ったとして、どうしてあんな渋い世界が思い浮かぶのだろうか。
どちらかというと、あまりいいイメージを持たれにくい(特に子供たちには)豚が、あの映画を見ている間は、どんな子供たちの目にも(大人の目にも?)、きっとかっこいいヒーローとして映っていたんじゃないかな。
きっと、主人公が豚じゃなく、スマートな雰囲気の人間だったとしたら、きっとあんなに魅力的な映画にはなっていなかったような気がする。
キャストとテーマと世界観の絶妙なコントラスト、バランス感覚。
ただただ、脱帽。

「豚が空を飛ぶ」というのは、「ブルーローズ」と同じく、「ありえないものの例え」だったような。
でも、ブルーローズが科学によって生みだされるような昨今(まだ生まれてなかったっけ?)、鳥と豚と人のDNAの解析が進み、いつか空を飛ぶ豚が生まれることもあるかもしれない。
人が空想できる全ての出来事は、起こりうる現実らしいから。