ショーエイのアタックまんがーワン -11ページ目

ショーエイのアタックまんがーワン

タッグチームLiberteenの漫画キャラクター・ショーエイが届ける、笑えるブログ・ショーエイの小言です。宜しくお願いします。

どうも…ショーエイです。

メタヴァース…案の定上手く行きませんでしたね。

 

そもそも計画時点で失敗する要素満載だったのです。

 

メタヴァースをどうゆう形の世界にするのか?

この時点で各社は

仮想空間に求める世界観を全く理解してませんでした。

 

且つてセカンドライフというゲームが

それに近いところを目指したわけですが、

そもそもが1社で構成を行おうとした時点で間違いなのです。

 

現在フォートナイトなどのゲームは可能性を期待して、

挑戦する意識を捨ててないみたいですが、

ゲームの世界観に

ユーザーを留めるという発想にとらわれている限り

決して成功しないと言っておきます。

 

ある意味、日本ではスクエア・エニックスの

ファイナルファンタジーXIV(14)が有るわけです。

その空間で色々な商売が出来たりという構想に成ってます。

一見、こうした仮想空間で生活できるような世界観が、

メタヴァースを生み出すと思いがちです。

ところが実際は

その空間はゲーム内の空間に留まるものでしかなく、

結局は…別にそこに留まる必要性のない

世界に成ってしまうのです。

いわばゲームに飽きたら離れるという作用によって、

メタヴァース本来の空間として機能しない訳です。

これは1日のユーザーの活動としても発生し、

長期的な活動としても何れは飽きるで終焉を迎えます。

 

【メタヴァースの始まりとは…】

メタヴァースは生み出すのではなく、

宇宙の始まりとされるビッグバーンの様に、

引き起こすものなのです。

 

メタヴァースを引き起こすという点に発想を得る意味としては、

企業が生み出そうとするのではなく、

個々の一人一人のユーザーが衝撃と共に、

メタヴァースの空間に取り込まれていくという発想に成ります。

まあ…これでは意味が解らないとは思いますが…

 

先ず…様々な要素で

個人個人がそれぞれの生活を送ってます。

ここでパソコンを使って生活する個人をターゲットに、

その多くの個人の中で共通に言える活動は、

パソコンの前に座って活動する事です。

携帯電話なら携帯電話を見て暮らす習慣もこれに値します。

 

以前にもブログで書きましたが、

このパソコンの前に座る空間では、

WindowかマックのOSが常にその空間を提供してます。

携帯ならGoogleかiphoneのOSです。

そのOSの空間によって

実際は第一次メタヴァース空間が成立しているのです。

 

では…そのメタヴァース空間とはどういう意味なのか…

いわばパソコンであり携帯を使用した空間では、

必ずそのOSの機能を介して

個々の用途に合わせたアプリが

実行されるという事になるからです。

 

いわばアプリとアプリを繋ぐ必須空間が

メタヴァース本来の空間で、

パソコンや携帯を用いる以上、

そのOSは常に必須なものとして機能しているという点です。

 

これと比較して、

その中の一つのアプリでしかない空間では、

決してそのOS以上の必須性から

逃れられないという事に成ります。

 

言い方を変えれば…

人間のネット活動はアプリを転々として、

情報や快楽の取得を目指すところにあるという事に成ります。

 

そういう意味では

アバターも特殊な世界観も存在しないOSの機能を、

一応は第一次メタヴァースという形で表現しているのです。

 

今、多くの企業が目指しているのは、

本来は第二次メタヴァースという世界に成ります。

まあこれをディメンション的な意味で言うなれば、

OSという回線のみで構成された世界を

1Dメタヴァースと言い、

そこにUIというインターフェイスを用いて

2次元空間の意味で利用できる形に成った現在のOSを

2Dメタヴァースとします。

そうなってアバターという3D化した空間を用いて

OS機能を目指すという意味では

3Dメタヴァースが現時点の構想段階にあるという形で

理解できます。、

こういう形の発想に転換して

多くの人に第二次メタヴァースの意味を伝えれば、

現在語られているメタヴァースの意味は理解できると言えます。

 

【メタヴァースの設計図】

先ず最初に…

この設計図を読めば

メタヴァースを作れると勘違いする人も居るでしょうが、

実際は競合他社を多く存在させて、

結果として今と同じ様に失敗するだろう事は、

前もって伝えておきます。

かと言って設計図を理解しなければ、

その競争の主軸にすら参加出来ないという事です。

成功への足掛かりは…

盤石な世界観の構成を的確に調整する事なので、

発想力に乏しい企業は所詮海外の大手に押しつぶされます。

いわば携帯電話の電波規格の争い同様に、

世界観の構成は提携アプリの取り合いに成る為、

ビジネス的にも賢く進められなければ

全く上手く機能が反映されないという事に成るわけです。

 

諸葛孔明がこれを記す場合…

メタヴァースの競合崩壊をあえて市場に与え、

秘かに進める所に勝機を与えるものに成ります。

 

太公望がこれを記す場合は、

ビルゲイツがWindowsに齎した戦略同様に、

太公望レベルの英知が

必要と伝えるもので有る事を言っておきます。

 

いわば…これだけの設計図を無償で示しても、

この価値を実現するにはそれだけ優秀な英知がいるので、

ほぼ多くの企業は挑戦しても失敗するだけと断言しておきます。

優秀な英知は最低でもIQ200が必要で、

アインシュタイン・クラスの人材が世界にどれだけ居るか…

ここの部分を履き違えて失敗するという事にも成ります。

メタヴァースのビジネスとはそれだけ旨味の有るもの故に、

それだけ下克上な世界になるという事です。

 

では…設計図。

 

先ずはアプリとアプリを繋ぐという要素を

決して外しては成りません。

現在のパーソナル機器=PCならパソコン、

携帯なら携帯を意味しますが、

その機器の中のメタヴァースは

第1次メタヴァース上のOS機能が

賄う場であることは理解しましょう。

 

では、第2次ではどこをターゲットにするか?

 

ネット上のアプリとアプリを繋げる場です。

現状Steamなどのゲーム販売機能がそれに近いですが…

アプリとアプリを繋げるとは販売する場では有りません。

OSは購入したアプリを

PC上、携帯上で立ち上げられるという形で

繋げているという事です。

これをネット上で行うのが第2次メタヴァースです。

 

例えるなら、

ファイナルファンタジーXIVとフォートナイトというゲーム。

その2つのゲームは

今だとOS上のアイコンをクリックすることで

行き来する形に成ります。

2つのゲームは

別他社同士のプラットフォームで立ち上がる為、

必ずID認証とローディングを挟む時間が生じるのです。

これはSteamというゲーム販売のプラットフォームを介しても、

同じ事が生じます。

 

単純な話で言うなれば…

このID認証や不必要なローディングを省いた形が、

第二次メタヴァースの場と成るのです。

 

いわば…同じネット上の同じ世界の場で、

ファイナルファンタジーXIVから

別ゲームのフォートナイトにそのまま飛べるというのが、

ネット上のアプリとアプリを繋ぐという機能に成るわけです。

 

ただし…前述の通り…競合他社が存在する中では、

この空間ビジネスが争われる事に成る為、

同じメタヴァースの成功を目指す

ファイナルファンタジーXIVのスクエア・エニックスと

フォートナイトのEpicゲームスが

同じ提携上の空間で機能することは難しいと考えるのです。

双方が双方の主力商品である以上、

特に争われる要素と成ります。

その点、仮に双方を商品として取り扱っているSteamが

ここに入り込むと構成はまた別な可能性を秘めてくるのです。

 

アプリとアプリを繋ぐ場と言う説明は

以上の内容で理解できると思います。

 

【Steamの販売網を生かした場合の設計図】

Steam - 究極のオンラインゲーミングプラットフォーム (steampowered.com)

一応、上記にリンクを貼っておきます。

ご存じない方は見てみてください。

 

現状アプリとアプリ…

いわばゲームという概念で繋げる空間の場合、

Steamという場所は最適と言えます。

正しメタヴァースとして利用する場合、

現状の販売契約とは別な契約が必要と成る為、

Steamでも簡単には構成できないだろうという事は

伝えておきます。

 

ただし…一部のゲームアプリを繋げられれば、

メタヴァースの機能を先行した状態にすることはできます。

その前に言っておくのは、

メタヴァースはガソリン自動車を製造する行程ではなく、

寧ろ電気自動車を造る工程と同じで考える。

いわばガソリン自動車は下請け他社を含めて

大本の…トヨタ自動車ならトヨタ自動車の規格で、

自社ブランド中心で製造が行われます。

電気自動車の場合、自社の規格ではなく

寧ろ優良製品を選別して

自社の製品の構成に組み込むのです。

この電気自動車の優良製品を選別することが、

メタヴァース成功の足掛かりという事を言っておきます。

 

なので…当ブログが

メタ社(旧フェイスブック)などが失敗すると断言したのは、

ここの違いを解かっていなかった点で言えることで、

Epicゲームズなども同じ思考で考えているので、

決して上手く行かないだろう点を予測できたのです。

 

では現在開発終了した製品で先ず伝えます。

Sims4 エレクトリック・アーツ 人生シミュレーション

Cities Skyline パラドックス 都市シミュレーション

 

この2つの製品をリンクさせてMMO化する必要性があります。

MMO化とは多人数参加型の世界です。

ある意味、セカンドライフというアプリが

2つを合わせたMMOとして以前は機能していたと言えます。

ただし、セカンドライフはその機能のみに留まった為に、

メタヴァースのプラットフォームに成れなかった事は

先に伝えておきます。

 

ユーザーが利用する意味で

ベースと成るのは人生シミレーションの方で、

都市シミュレーションは寧ろ企業が利用する方です。

ここで言う企業とは参画企業でいわばスポンサーに成ります。

 

スポンサーは資本金を下に都市開発を計画して、

そこに住むシム=Sims4をプレイするユーザーを

住民として引き込みます。

多種多様な都市が存在すれば、

それは旅行を楽しむ機能として成立する為、

ベースとなる都市は多い方が良いのです。

そして架空都市として機能すればするほど、

景観の意味で現実世界との差別化が出来るので、

その方が好ましいです。

 

更にはSims4のユーザーには

LocalとCityの二つが与えられる環境も大事な要素です。

Sims4では家族構成を自分で自由に作れます。

全て血縁でも、全て友人でも問題ありません。

この自由な構成は決して外しては成らない要素でもあります。

多分、アホなゲーム思考の人は

一人1アバターに拘って開発を考えるでしょうが、

それではメタヴァースの商品化として

劣化させる事を伝えておきます。

いわば家族構成をどうするかは

そのユーザーの趣向に委ねる方が

それだけ多くの趣向にマッチングするという事なのです。

またその家族構成は人間である必要性も有りません。

3Dアバターであれば全て自由にします。

 

そしてLocalとCityの2つに住居を持つ事が許される環境にし、

家族内のアバターならどれでも好きな時に好きな様に

操作できる状態にします。

Sims4の機能ならそれが可能です。

これはいわばMMORPGの中で

色々な職や種族の操作キャラクターを持つのと同じ要素で、

更にMMORPGなどでは

ゲーム内に一つの操作キャラクターしか

映し出せないわけですが、

それがSims4の家族構成という場の中では、

同じ家に操作しないキャラクターと同居するという空間が

反映されることに成るのです。

この辺の設定もユーザーの趣向に合わせて

調整できる方が望ましく、

不要なキャラは同時に存在不可という設定を設けます。

 

色々細かく伝えてますが…

ザックリというと、

ユーザーの好みで家族構成が色々組めるという事です。

そして仮にビジネスで考えるなら、

最初は4人まで作れて、

それ以上欲しい場合は課金によって増やせるという形にするのが、

理想と言えます。

 

そしてこの多人数の家族構成がLocalとCityで遊ぶ要素を

リアリティ有る形で結びつけます。

先ず大事なのは必ずLocalとCityの二つが必要と言う点です。

Localは田舎を意味して、

その周辺の土地は自分好みで開発できる場に成ります。

Cityはいわば企業が運営する大都市です。

キャラクターが多ければ、

Localに住むキャラクターと、

Cityに住むキャラクターとで使い分けができるのです。

Cityでは基本街の変化はスポンサー企業に委ねられます。

Localは自分のエリアで自分で好きな様に開発できる。

Cityで家を購入して

自分の敷地の中を自由にデザインするのも

Localを開発して他のユーザーと共有しながら

Cityを目指して開発して行くのも、

ユーザーの選択と成るのです。

勿論、ローカルは自分の都市空間故に

他のユーザーの確保が無くLocalのまま

自分好みの大都市にするのも、

大農場を構築するのも、

ユーザーの好みと成るのです。

ただし…個々の好みで構成された

Localの空間はLocalの空間で個性的な観光地という事で、

ある意味世界観に寄与する部分にも成ります。

マインクラフトで誰かの作った街に行くような感じなのかな…

 

2つの空間を同時に操れる事で、

どちらかに限定された環境は回避できます。

それゆえにLocalモードに飽きたら、

人が多く存在するコミュニティ空間のCityモードで遊ぶなど、

いわば飽きさせない構成に成るのです。

ここを外すと…仕様が面倒なゲームに成って、

むしろメタヴァース空間の趣旨を維持するのに邪魔に成ります。

メタヴァース空間の趣旨はあくまでアプリとアプリを繋ぐなのです。

アプリとアプリを繋ぐ空間ではCityの様な構成が重要で、

逆にSims4やCities Skyalineという

ゲーム本来の機能を扱うにはLocalの空間が必要という事です。

まあ、Localにはおじいちゃん、おばあちゃんが住んでいて、

Cityには自分の投影キャラが住んでいるという扱いで、

構成しても問題ないという感じで考えるのです。

そしてCityにはビジネスが有るという事で、

 

ユーザー同士の商品売買、

Sims4ではサバイバル要素も含まれ、

衣食住の環境が商売に反映できます。

アバターが食事をとるにも、

Localなら自作自農が可能でも、

Cityではマーケットで商品を買う必要性が生じる。

そのマーケットにLocalで作った品物を売って商売するなど、

その世界での生活を自分なりにデザインすることで、

ゲームとしてまたメタヴァースでの生活空間として

楽しむ要素をベースにするわけです。

 

ここまでが

2つの人生シミュレーションと都市シミュレーションを

MMOとして融合させたデザインです。

このベースが確りと構築されてから、

本格的なアプリとアプリを繋げる構成に成るのです。

 

ここで発想を現実的に考えてみます。

人々は都市でありローカルで生活する中で、

必ず趣味を娯楽活動とします。

先ずはスポーツ。

サッカー、野球、バスケ。

現実世界では草野球、フットサルなどやる人も居ます。

では…Cityというメタヴァース空間では…

そうですeSportsがそこに有るのです。

なので…スポーツゲームを選別して、

各種スポーツのeSportsの場をそこに設けるのです。

サッカーなら

EA SportsのFIFAシリーズやコナミのウィニングイレブンまたはeFootnall?などどちらかをその空間に転用できるようにします。

スタジアムをスポンサー好みにデザインできたり、

ユニフォームやアバターも自分好みデザインできて、

サッカーゲームとして機能のみその製品が利用できる形で、

構成するです。

 

こうすることで

今度は各Cityのプロチームが最上位の目標と言う形で成立します。

そうしてeSportsとしてのプロサッカーリーグが生まれれば、

eSports本来の機能としてもメタヴァース空間で成立するのです。

いわば今度は見る楽しみと、

自分のCityのチームを応援する楽しみが

現実世界同様に成立するのです。

今現在のeSportsは現実世界の中で大会が行われてます。

ある意味、ゲームの大会として扱いがどうしても頭を過るのです。

しかし、これがメタヴァース空間の大会に成ると、

その大会を意識する環境は、

仮想空間としての没入感も合わさって、

仮想空間の中のスポーツに成って見えてくるのです。

これは他のゲームの大会でも同じです。

そしてその大会をメタヴァース空間の中で中継する

メディアというビジネスがそこに生まれるのです。

 

まあ、ここまで出来上がってくるとその空間は

メタヴァースとしての機能で成立してくると言え、

その中でスタジアムで観賞できる制限と、

スタジアムで見れる特典…視点やデータ上の可視化、

いわばプレイヤーの操作情報などが

スタジアムだと見れるなど、

そういう特典を設けることで、

結果だけを楽しむテレビ視聴との差別化を上手く設けながら、

構成して良ければよりこの空間の没入感や、

生活感にバラエティを与えて行けるのです。

 

更にはアイデア次第でビジネスを成立させていく空間。

アバター向けの洋服をデザインして、

お店を設けて販売するなど、

色々なビジネスがゲーム的な要素として構成されていくのです。

 

その空間にVR機能や他の機能は先ず必要ないのです。

メタヴァース空間が先ず成立して、

更にその空間の環境により酔いしれる刺激を求めるのなら、

その時はじめてVRや色々な機能が

より没入感を与えるものとして製品化できるのです。

 

メタヴァースの商品として大事な事は、

デザインの自由度という事を伝えておきます。

現状のサッカーゲームならFIFAシリーズの様な構成ではNGです。

その他、チームデザインや選手デザインが自由に変えられたり、

また選手の能力値を自由に操作できないゲームは、

正直、この空間に使用できません。

自由な設定用途を満たしたうえで、

いわばメタヴァース空間のアバターの能力値と

併用できる環境が理想で、

まあ…筋トレでどの筋肉を鍛えるかで変わる程度の

身体能力以外は全て操作技術に任せるレベルで無いと、

メタヴァース空間のスポーツとして面白みが出ないかな…

 

今はオンラインゲームはカードゲームの要素が多いわけですが、

選手カードではなく、スキルカードに変更するのも大事です。

ただしスキルカードが無くても

操作次第では十分以上に戦えるのも前提で、

その上でスキルカードは…

例えるならエラシコというフェイントが使えるように成る

とかいったものを用いて商品化する感じ。

ある意味、個人個人の動作の趣向に合わせた

モーションに限定されるべきで、

そのカードのスキルが使われると

相手は自動的に惑わされるような機能は不要です。

 

根本的に自由度の低い商品を選んで

アプリとアプリを繋ぐ構成を行っても、

ユーザーはより公平で自由度の高い方へ流れていくか、

より流行性のある方に流れていくかのどちらかです。

 

自由度が低く流行性の流れで

メタヴァースの主流が決まり始めると、

メタヴァースのプラットフォームは下克上化する感じに成ります。

いわば携帯電話のキャリアーを選ぶのと同じ感じかな。

 

逆に自由度の高いプラットフォームが強者に成ると、

Windows現象の様な巨大な所で集約されてきます。

実はこちらの方がメタヴァースとして成功と言えます。

ただし…色々なシガラミで

自由度の高いプラットフォームは中々成立しにくいかなと思い、

結果、下克上化してビジネス採算が取れず、

次第に潰しあう形になる気もするので、

この設計図で作るには

相当な頭脳による選別と調整の技術が必須とも言っておきます。

 

まあ、日本人の様に自由度に制限を設けて、

余計なビジネス思考を働かせるようでは、

必ず失敗します。

 

ビジネスモデルを先行して考えると、

一番大事なベースの機能を上手く構成せずに進めてしまう。

大事なのはアプリとアプリを繋ぐ機能とはいっても、

ゲームとして没入感のある環境づくりのベース部分が雑だと、

ユーザーはその世界に入り込めないのです。

 

有名なVTuberが沢山活動してます?

 

そんな売りで普通の人が入り込む訳がない!!

如何に世界中の人を魅了して、

バーンという衝撃をその世界に与えて引き込むか、

このバーンという衝撃が難しいのです。

 

メタヴァースの成功は、

WindowsがPCのOSを席巻したのに匹敵するビジネスです。

この設計図はある意味ビル・ゲイツの様な頭脳が見れば、

この構図の趣旨は既に見えるだろうけど、

そうでない人が見ても、

何となく行けそうな感じ思えても、

そこに生じる障壁をどう打開するかまでは見えていない分、

その障壁で頓挫するのです。

 

メタヴァースのもう一つの鍵は、

既存のゲームのユーザーを

どれだけそこに吸収するかも大事なのです。

かといって…マインクラフトのブロックアバターでは、

その形が嫌いな人は絶対に受け付けません。

では…どうやってマインクラフトと結びつけるのか?

 

ユーザーの目的の合致を探るのです。

マインクラフトのユーザーは

マインクラフトの中での創造性を大事にします。

その創造した世界を上手く

メタヴァースプラットフォームに反映させれば良いのです。

いわばマインクラフトで作った建物を、

データ転用によってメタヴェース空間にトランスフォームさせる。

そうすることでマインクラフトで遊びながら、

自分の作りたいデザインを別な環境に持っていけるが成立します。

 

これは今僕がやっている3D制作からの発想で、

Blenderというソフトが使い易く慣れているから

そちらで作る訳ですが、

そのデータが例えるなら

ゲームや動画に特化したソフトで動かせるなら、

そちらに活用して動かすという発想も持てる。

こうしたユーザーの遊び慣れた使い慣れたという部分を、

どれだけ多くそのメタヴァースの世界で合わせられるかが、

もう一つの大きなカギと成るのです。

 

更にはMMORPGなどを異世界空間として

どの様にメタヴァース空間と併用するか。

ただ空間の転用だけでは

メタヴァース空間とそのゲーム空間の繋がりは、

没入感として欠けます。

では、何を以て没入感として繋げるのか?

 

ここも現実の発想を転用して考えていくのです。

いわば旅行に行ってその旅行の思い出をどうするか?

いわば記念品を買うなど

現実世界では何かのコレクション意識で満足感を満たすわけです。

RPGなどのゲーム空間ではトロフィーなどが有ります。

例えるならこのトロフィーを

メタヴァース空間に飾れる品物として繋げるのも一手です。

無論トロフィーのみ限らず、武器や宝石、宝なども、

3D化してメタヴァース空間に持ち替えられるなら、

それはそれでコレクション要素として繋がっていきます。

同じゲームをする人が他にも居る場合、

メタヴァース空間でのトレードまたは売買などが出来ると、

そのMMORPGをプレイすることでビジネスが発生する訳です。

おそらくこのトレードで

色々なゲーム性の障害も発生する訳ですが、

こうした部分を上手く調整しながら、

メタヴァース空間のアプリとアプリの繋がりに

如何に没入感を与えるかが最終的な手腕と成るのです。

 

簡単そうで難しいわけですが、

こういう世界が成立した時、

ユーザーとしては

確かに仮想現実の世界は必須と感じるようになる点は、

ご理解いただけるかなと思います。

 

アプリとアプリを繋げる…

最終的にはここを見失ってしまうのだろうけど。

どうも…ショーエイです。

人間はどうしてもデータに拘り、

それを充てにしてしまいます。

 

しかし、データは統計として参照するものでは有りますが、

結局はその時の結果でしかない。

 

データで観察するスポーツで特徴的なのが野球です。

打率、防御率、ホームラン数、長打率などなど…

データによって選手の凄さを観察して楽しむ要素が豊富です。

ただし、そのデータはあくまでそのシーズンでの結果であって、

次のシーズンも同じ状態に成るとは言えません。

オンタイムの数値も、タイトル争いという項目の中で、

どれだけその数値を伸ばして結果を示すか

観察するものでしか無いのです。

まあ、ある意味そういうデータを参考に見ていると、

タイトル争いをワクワクしながら見守れるのは事実です。

 

逆に科学においてのデータは全てが参照する題材で、

そのデータから真理の追究を求めていくのです。

いわば現状取得できる数値の結果として扱われるのです。

そしてそこから計算上不足するものを見つけ、

更なるデータ取得によってその誤差や誤りを修正して行きます。

 

2021年のコロナ化の時、

山中教授が「科学的に」と言った意味は、

数値による統計を充てにするのではなく、

数値=データを参考に実態の究明や対応の効果を模索して、

一番効果を発揮できる対応を見極めるという事だったのです。

 

これを野球に当てはめると、

選手の能力を適切に分析するのは

バッターなら得意なコースや不得意なコースを

見極めて分析する部分。

そしてそうしたデータから選手に

不得意なコースの修正を促すのが科学的な手法と成ります。

逆にストイックに自己の向上を求める選手は、

自然と自己の得意不得意を見極めて修正する訳で、

そこを積極的に自己修正していく選手が、

最終的に安定した結果というデータに結び付けていくのです。

また野村監督の様にデータを下に

対戦相手の得意不得意を分析して、

効果的な投球の組み立てを模索するのも

科学的な戦術に当てはまります。

 

経済に於いて最近よく囁かれるのは「インフレ率」です。

この「インフレ率」は野球で言う「打率」などと同じで、

結果のデータでしか有りません。

日本に限らず、

アメリカの政治家、中央銀行総裁、官僚のレベルでは、

このインフレ率を上げれば彼らの仕事の結果として

アピールできるというものでしか無いのです。

それをアピールするために

物価上昇を引き起こす方向に舵取りするのは、

科学的には間抜けという事でしかないのに、

彼らは全く気付いていません。

 

科学的にインフレ率は

発展途上国の成長を参照にする部分で寄与する訳で、

経済的に安定する国に於いては

寧ろインフレ率「0%」を維持していく方が良いのです。

逆に安定した国では、

科学的に経済状態を把握するのに、

「一般消費率」を参考に見る方がいいのです。

一般消費率とは…

一般の所得から食費、光熱費を差し引いた消費が、

どれだけの割合を占めているかのデータです。

実は現状の消費税の詳細をデータ化して統計を出せば、

この数値は見えてきます。

ある意味今使われている旧世代の消費者物価指数より、

経済状況が明確に見えてくるデータに成ります。

では…何故この「一般消費率」が使われないのか…

 

それは政治家も官僚も頭が悪いからです。

ハッキリ言います。

これを見て不思議に感じる人も

寧ろデータの実態を知らないからです。

 

「へ…政治家や官僚がこんな単純な計算できない訳が…」

 

そう感じるでしょうが…

一般消費率を求めるのには

莫大な国民の個人データを全て適切に

計算しなくては出せないから、

今までのデータ化されていない旧世界では、

これを求めるのは不可能だっただけの事です。

逆にデータ化が進んだ今であり、

クラウド化技術も進んだ状態なら、

この数値はスパコンで求められる数値に成っているのです。

 

この実態を知らない政治家は、

古くかびた頭でしかないという事に成るわけです。

 

更に経済状態を適正に把握するには、

企業消費率も参照して、

消費税の支出関係から

下請けに流れている数値、設備投資で使っている数値などを、

こまかく求めて行けば

より判別しやすい経済状態が見えてくるのです。

 

旧世代から使われているインフレ率とか消費者物価指数は、

寧ろ紙社会の時代の産物で、

国の各省庁が把握できる大まかな国家統計から

割り出した計算でしか無いのです。

 

インフレ率の計算方法

原則として、インフレ率は次の計算式を使って求めます。

 

(B-A)÷A×100(A=基準時の価格、B=現在の価格)

計算自体は単純で、

これを日本なら総務省が人海戦術?ともいうか、

ある程度の人数を掛けて参照する商品を選別し、

各地方、分野で数値を計算して統計を出す仕組みです。

それでも万単位詳細は扱えるかどうかというレベルです。

 

いわば旧世代の統計は人間の手で計算できる限界であり、

その限界の中で統計として見られる

最低ラインを割り出したものなのです。

 

インフレ率の中には一応、

人件費も統計として割り当てられるので、

上昇することは一般給与の上昇にも結び付いている

データとして見ることもできます。

 

バイデンの様な愚か者の例の様に、

だから経済が順調という話で理解して良いものでは無いのです。

勿論、旧世代でも別なデータを適切に参考にすれば、

その辺の実態は見えてきますが、

実はこういう分析力は科学的な知能を必要とするのは、

言うまでもなく、

むしろ愚かな政治家で自分の票田のことしか考えていない、

自分の実績をアピールすることに拘る人間は、

見えやすいインフレ率などの数値に注視してしまうのです。

これはある意味無知なメディアにも責任が有ります。

メディアは数値を下に上下する状態で、

勝ち負けを示す方が一般人に解りやすい。

 

野球の話で伝えた様に、

結果でしかない数値…打率、勝率、防御率など…

こういう結果の数値を見せて例えるなら…

今、移している選手はこういうデータで期待できますよ…

という形で伝える方が

一般視聴者はその選手がどれだけ期待できるかを

計りやすいのです。

 

しかし、データの中には得意不得意なコースや

相手投手との相性など他にもいろいろあって、

寧ろこういうデータの中で指揮官は判別する方が、

実際の試合を左右する部分に成るわけです。

ただ…そんなデータを一般の視聴者が見ても、

訳わからんレベルで、むしろ面白みがない。

逆に一般視聴者は打率やホームラン数を見て、

その打者の調子の具合を確認して、

その打者が何かしてくれる…

ある意味大谷選手ならホームランを打てくれる…

そういう期待を以て見ている方が、

楽しく見れるのです。

 

こうした形で様々なニュースもメディアは

視聴者解りやすいというよりも、

視聴者が興奮しやすいデータを下に伝えることで、

その報道に興味を持たせる訳です。

 

いわば…ロシアの事情など詳細を伝えるより、

アメリカと日本の同盟関係から、

ウクライナをサポートする意味で、

ロシアは悪者だ!!

という報道の方が

一般人は興奮してこういうニュースを見るという事。

そしてロシアが悪者になればなるほど、

ロシアを打倒せねばという興奮要素が膨らみ、

ロシア軍の弱体化報道に対しても、

スポーツで応援しているチーム…

WBCで言うなら日本代表がリードしている状況に映り、

視聴者の興奮度をより引き上げて伝えられるのです。

 

ただし…こうした報道はエンターテインメントでしかなく、

情報の本質伝えるニュースでは無いのです。

 

経済の本質は…インフレ率「0%」を維持する方が、

安定を示す意味で適正なのです。

逆に日本は寧ろ偶然にもこの0%レベルを維持していたので、

今まで物価はそんなに変わらなかった。

各種の給与体系が上昇すると自然と物価も上昇します。

ただしこうしたバランスを調整しながら、

中低所得サラリーマン世帯生活レベルが低下しない形で、

インフレ率上昇という結果を出すのには、

かなり優秀な頭脳が必要に成る事は言っておきます。

 

アメリカや韓国は最低賃金の上昇から

このインフレ上昇を促してバランスを取りました。

なので物価は上昇したが、

国民の生活レベルもそれに伴って上昇したため、

さほど変化を感じる状態とは言えませんが、

それでも上昇した物価の値段に対して

給与の上昇を実感すると

逆にその分良い製品を買えてる気分が付与されて、

心理的に豊かになった感じは得られると言えます。

 

逆に物価の上昇がない国の製品対しては、

ある意味、日本の製品は特に価格の変動が無い分、

それだけ安く感じるようになったとは言えます。

この反対の現象は、

日本でアメリカ製品が高く感じるようになった点で

理解できるとも言え、

為替の影響もあってのことではありますが、

特に米国産の牛肉の値段が

安く感じなくなったことでも感じる点です。

これを逆算して見ると…

米国からすると和牛の値段は据え置きであるにしても、

他の商品の価格と比較すると高くは感じない値段になった…

と、いう事です。

それで…輸出面で日本の優位性が有ったのかというと…

寧ろ高級感の無くなった日本製品への興味は薄れ、

給与面での優位性から人材の流出を招き、

技術面での台頭を許してしまったのが実情です。

まあ、優秀な技術者などは、為替の影響を観見しても、

日本より給与が高くなる国で働く方が良いと考えるのは当然で、

そういう人が国外に流れるという実情を招いたことは

言うまでもない。

 

どれだけ日本が大好きな日本人でも、

日本の企業では月給30万で、

韓国の企業なら40万貰えるとういう話なら、

40万もらえる方に行きたがるのは言うまでも有りません。

 

これが寧ろインフレ率という数値だけを見て

成功したか否かの実態な訳ですが…

アメリカの様に諸外国との生活水準差が十分なほどあり、

物価の水準も生活レベルに支障がないという状態なら、

寧ろインフレ率は「0%」のラインを維持するべきなのです。

二世代前の輸出貿易至上主義みたいな考えと違って、

グローバル化が進んだ現在では、

国内市場の活性化、いわばインフレ率上昇こそが、

輸入品を安く買えて製品化する際の

コスト削減になるという考えに変化し、

インフレが成功したその国の市場では、

消費者がそのコスト上昇分を十分に消化できのだという事は、

現時点では証明されたという事です。

筆者はこの理論を20年前には気付いており、

それ故にグローバル化推進をサポートする考えにありました。

ただし…ここからは

グローバル化の副作用に発展することに成る為、

インフレの成功した国は寧ろ「0%」の維持に努めて、

インフレに失敗した国の生活面…

いわば給与面での追従を

待つべき局面に成っていると言えます。

 

インフレの大きな失敗例が日本で有るわけですが、

日本の間抜けな政治家は最低賃金上昇ではなく、

大手企業の給与上昇からこれを目指そうとしている訳です。

これでは寧ろ低中所得の給与は上がらずに、

逆に生活物価だけが上昇する副作用が見える話なのです。

インフレ率自体はそれで上昇します。

しかし、経済活動は寧ろ停滞するという話なのです。

いわば消費者としての層が大きい所が伸びないと、

結局は国内の消費活動は活発化せず、

生活面での支出が増えれば、

一般家庭の生活余剰金が残らなくなる仕組みだからです。

 

これを簡単に説明すると・・・

10万円のテレビの消費で考えた場合、人口の少ない中高所得層(年収1000万以上)が伸びても、

10万円以上のテレビを必要とするのは人数に限りが有ります。

なのでこの層で売れてもそこまで売り上げとしては伸びないのです。

逆に中低所得層が

10万円のテレビの消費に手が届く状態に成ると、

逆に売り上げとしては伸びやすく成るのです。

更に詳細を言うなれば循環消費者という年齢層で、

学生をターゲットに考えると、

寧ろ最低賃金の上昇こそ

消費活動の活性化を促す要素であることは明白なのです。

 

勿論、最低賃金を2倍とは言わずとも1.5倍にすると、

いわばコンビニを例に、

人件費の上昇が店舗価格に影響を及ぼします。

そうなるとかなりの混乱を市場に生じさせる感じが出ます。

米国などでは寧ろそこを思い切った形で改革し、

結果としてここまでは上手く行ったわけですが、

政治としてそこに踏み込むには相当な覚悟がいる話でもあります。

ところが…コンビニを例に挙げてその実態を考えてみると・・・

人件費として時給1000円の1.5倍は1500円です。

どれだけ人が居ない状態でも、

1時間に平均5人位は1000円分の消費をします。

寧ろ…それが無いお店はヤバすぎるぐらいです。

下にサバ呼んで5人が1000円使う計算で、

店員一人の賃金上昇分を補うには、

1.1%の価格を上乗せすればいいのです。

100円に対して110円です。

1000円買う客からは一人当たり100円取れます。

これがたったの5人で、1.5倍になった店員の人件費上昇分の

500円が賄えるのです。

逆に時給が1.5倍になるのなら1000円にたいして200円の価格上昇分である1.2倍でも全然問題ありません。

いわば給与上昇分=製品物価上昇分と

考える必要性はないのです。

 

実は…これが最低賃金を思い切って倍にするトリックなのです。

 

最低賃金が上昇するという事で、

寧ろ低所得層の生活が明確に向上する訳です。

ただし・・・日本の場合、

こうした最低賃金上昇として店舗人件費救済の価格上昇分を

卸売りや製品メーカーも乗せてくるから問題が生じるのです。

確かに最低賃金上昇1.5倍の中には、

運送配達員、卸売りで仕分け作業をする従業員なども含まれます。

それらを考慮して価格は1.1倍ではなく1.2倍で考えているのです。

しかも…売り上げ目標としては1000円分の消費を

5人居ればという基準で設定してます。

 

これを日本の政治家は単純に最低賃金1.5倍引き上げに対して、

小売価格の設定を1.2倍にしても良いという形で、

この政策を進めようとするわけですが…

頭の悪い彼らは、

ずる賢い搾取する人が居る事を考えていないのです。

いわば価格上昇分の1.1倍分は

確実に小売店舗の人件費に反映されなければ成らない訳で、

そこを明確に経理上、税務上で管理できる状態にしなければ、

小売り店舗と卸売りの契約上、

製造業と卸売の契約上の中で、

割り引いた形の資金の流れが発生する事を

先に想定しなければ成りません。

なので・・・予め消費税同様に各業種間の支払い名目の中に、

総額の10%を人件費補助金として盛り込ませる形にするのが、

大事に成ってきます。

更には契約上で10%分を

製品価格割り増しで契約するケースも出ます。

こういう契約を許してしまうと、

結局は小売店舗が破綻します。

そういうブラックな事を想定し、

司法上、民法上で管理する必要性も生じます。

いわば…

 

基本価格の据え置きと異なる契約で、

価格の割り増し、または割引が発生する場合は、

一般的に認知できる理由がない限り、この契約は違法とする。

 

民法というより商法に成りますが、

ある意味、人件費補助金の上昇分を

製品提供者、その消費関係にある者が不正に価格に

反映させては成らないという事にするわけです。

ある意味、商品を買う際の不当な値引き交渉もココに含まれます。

 

実はアメリカの司法ならこんな事は必要ないといえます。

まあ、それでもこうした項目は設けたかも知れませんが、

裁判で不当な契約を持ち込まれて

不利益が生じると考慮されれば、

アメリカの裁判ではちゃんと弱者が勝てる形に成っているのですが、

日本の場合、どれだけ弱者救済の主張で不当性を説いても、

裁判所は明確に法律上の不利益が見えないという理由で、

全く受け付けようとしない問題も有るからです。

なので日本では明文化して

裁判官が弱者救済を考えられるように

マニュアル化しないとダメという実情が有るわけです。

 

いわばインフレ率を適正な形で上昇させるには、

これだけ色々な手を打たねば成らないわけで、

色々な分析ももっと詳細に進めなければ成りません。

特に日本の様に上辺だけ性善説の国では、

立場上の弱者救済すら真面に出来ない事情もあり、

それらを含めて改革しなければ成らないと言えます。

 

なので…日本の政治の中枢は所詮は無能で

こういう科学的な話もついてこれない人たちなのだから、

こういう政治家や官僚には

インフレ率「0%」の維持を務めるように働かせた方が、

国民の生活は安定するという話になる訳です。

 

こうした研究であり分析は新しい学説であるので、

20年前、30年前に卒業した人たちは、

ある意味ついて行けていない科学でもあるのです。

いわば…米国や韓国で最低賃金上昇させて

何故その国の市場は混乱しなかったのか…

こういう理由すらネット上でも出てこない訳ですから…

ちゃんと研究している学者と話さない限り知る由も有りません。

なので彼らの知識がどれだけ高学歴でも、

所詮は旧世代の学識しか知らないに等しいのです。

バイデンの頭はそれでも2世代前ではなく、

オバマ大統領の副大統領だった経験もあって、

1世代前のインフレ率理論は多少理解しているかも知れませんが、

それでも2世代前の輸出貿易至上主義の頭が残っているから、

中国を警戒する程度の低い発想に成るわけです。

ここで満足しているバイデンの様な人物を老害といい、

寧ろ探求心を持ち続けて新しい事実を受け入れる姿勢の、

まあビル・ゲイツやまだ若いけどイーロン・マスクの様な

技術系の経営者層とでは、

全く異なるという話で伝えておきます。

 

今まではインフレ率を上昇させて、

外国の安くなった製品を買って、

製造して国内需要で利益を上げるで上手く行ったわけですが、

次の段階ではインフレ率を安定させ、

国内需要を維持した形で

外国のインフレを促してグローバル需要を拡大させる。

これがグローバル戦略に成るのです。

そして均等化した頃合いを見計らって、

再びインフレ率上昇へ結びつけて、

外国との間で優位性を保つのが妙技といえる政治なのです。

なので…バイデンらの老害が

中国と揉めている現状は愚作なのです。

寧ろ中国人がアメリカ製品を喜んで買える状態の方が望ましい。

中身に多くの中国製が混ざっていても、

商品ブランドはアメリカな訳で

これがアメリが製品のビジネスモデルなのです。

そしてその商品が中国の製造業を支えている一つであれば、

中国の人も喜んで買うでしょう。

 

逆に中国と揉める形で中国人の心に反米感情を植え付けると、

米国製の品物より、中国企業の品物を選びます。

大きな市場の中で技術的に台頭した状態の現状では、

これこそ中国企業にとって逆に

大きなビジネスチャンスと成るわけです。

 

何故…こうした事が言えるかというと…

中国が市場経済を解放した時に、

中国政府は内国企業の海外技術取得に

大いに役立つことは解ってはいたものの、

内国企業の需要が海外ブランドにほぼ支配される事は、

懸念の一部として有ったわけです。

そこで今までは都市(自由経済指定都市)と

その他に格差を広げ、

都市圏には外国製品を、

その他には中国製品をという形で

需要のバランスを維持してきた訳です。

こうして徐々に格差の中にその他に豊かさを齎す形で、

徐々に中国製品の品質向上にも寄与する政策だったわけです。

まあ、中国の政治の流れ(自由経済都市圏を構築した点など)

や市場の状態(欧米ブランドの浸透状態)を

観察していれば解る事だし、

中国の頭脳の中枢が優秀なら

こうした形の国家運営は想定していたから言える話です。

そうなると次の手は…

中国の国内市場の中で、

海外ブランドから中国ブランドが取って代わる流れなので、

ある意味現状の米国との関係は、表向きとは異なって、

中国政府にとっては寧ろ歓迎でも有ります。

ただし!!中国政府は

それでも戦争が無い国際秩序とグローバル経済の繋がりこそ、

世界の理想的な場であることは現状承知しているところで、

可能なら国内の市場は現状維持したまま、

寧ろ中国企業のグローバル展開を目指す方を望んではいます。

いわば、仮に中国市場が中国企業で埋まっても、

10年先、20年先を考えると

且つての孤立化していた冷戦時代同様に

技術的に再び遅れを取る事も想定されるからです。

寧ろ米国がここ100年近く技術大国として

君臨できた意味を理解すれば、

中国は寧ろグローバルな関係を維持する方が

永続的な発展の保証になる訳です。

 

日本人は馬鹿にして見ているのですが、

中国の中身は結構優秀です。

 

そうした状況を把握して中国政府が戦略的にどう考えるかを、

己を知り、彼を知る意味で分析すると、

米国の態度によって打開できない現状を、

寧ろ活用して且つての日本化…

いわば日本国内の需要が日本製品で満たされたバブル期

の様な状態に結び付け、

米国との関係改善の機会を待つか、

または…戦争5年という期間で、

グローバルな戦いに結び付け米国の失墜を目論むか、

それを見定める状態と言えます。

その布石としてBRICSの関係構築が有る訳で、

逆に米国の失墜を目論んでが前提ではなく、

あくまで米国の対応に変化がない場合を

想定しての足固めなのです。

 

まあ、米国側から見れば…

中国の動きは警戒するところに見えるのですが、

だから中国は敵だとするのか…

それともグローバルな世界を構築する意味で、

協力しあう関係に結びつけるのか…

ある意味現状単なる分岐点でしか無いという事です。

 

世界を一つにという利害は双方に利が有る話で、

敵対して戦争という流れは双方に害をもたらす可能性を含む。

いわば戦争に負ける場合、また戦禍が生じる中では、

害しかない訳です。

そういう中で外交的にどう対処するのか…

大きな節目なのかな…

 

数値の落とし穴であり、見える状況の落とし穴。

インフレ率は結果として見るもので、

目標として想定するものでは無い。

戦略上の動きも見えている結果でしかなく、

相手を推し量る目安とするべきではない。

逆に外交上では

双方が現状の見える結果に、

警戒し合う状態であるという認識で、

お互いが歩み寄れる接点を討議するべきなのです。

警戒しなければいけないから警戒するは、

馬鹿でも動物でもできるレベルです。

でも、人間には意思疎通できる言葉があり、

お互いの警戒を解くことが可能な訳ですが…

動物同様に警戒して

相手が動いたら戦闘の低俗なレベル考えてて

それ人間として優秀なのか…

今の老害政治家はその程度なのだと言っておきます。

 

また新しい学説故に、定説までには成っていないから、

内容を論理的に細かく理解できる能力が無いと、

受け入れる許容も無いわけで、

老害が蔓延る現代の民主政治に於いては、

実は絶望的な状態なのです。

民主制でこれらが老害であることを糾弾できればいいのですが、

マスメディアなど利害の関係性

(国の重大発表やリークを貰えなくなる利害)から

彼らをネット上の様に老害と言えないのも事実です。

まあ、マスメディアの経営陣も老害蔓延る状態ゆえに、

老害同士が老害と認め合う話にも成らないと言えます。

 

数値に踊らされているこの社会…

馬鹿が支配すれば民主制も誇れる制度ではなく、

何が完璧なのか…

そんなものは捨ててしまい、

寧ろ人々は居心地のいい場所を選べるように、

世界中で自由に行き来生活できる方が望ましいのです。

ある意味、故郷という概念を捨てる話に成りますが…

自分の国の制度が嫌なら、他の国に行ければ、

個人の自由は守られる。

ここから国の制度が間違っていれば、

その国民は他へ流れて国は過疎化してしまうわけです。

そうして行くうちに無理に体制を変えさせずとも、

体制を魅力的な国に合わせるようになる流れが、

実はグローバル世界統合による恩恵として成立するのです。

 

且つて風と太陽のイソップ物語例に挙げてこれを話しましたが、

「民主化の風」でいくら風を吹き荒らしても、

独裁国家は独裁のコートに身を包み抵抗するだけです。

寧ろ「自由」という暖かい太陽の下で、

人々を照らせば人々は居心地の良い方に流れて、

コートに身を包んだ者も自然と脱がざるを得なくなる。

 

心理的な見識でいうなれば…

敵とみなされた相手は

自己の破滅を敵から警戒するわけで、

それによって身を固めようと必死に成るのは当然です。

故にコートに身を包むのです。

身に包んだコートを脱がせることは難しいが、

コートに身を包む人間を減らす事は十分可能です。

 

故に世代交代を繰り返して

これを実現していかねば成らないのです。

 

バイデンら老害は

自分の生きている時にこれを実現しようして

逆に世代間の融和に亀裂を生じさせてしまう。

ロシア人とウクライナ人の間に出来た亀裂は言うまでもなく、

アメリカ人とロシア人、

アメリカ人と中国人、

そういう亀裂を生じさせて、

コートに身を包む人間を増やしても、

結局は戦争にしか発展しない流れだと気づきもしない訳です。

 

まあ、戦争するならしても良いのだけど…

僕はこうして警告して止める事に一応は努めている訳です。

 

世の中道理や摂理を理解できない人間が、

支配層の中に蔓延るわけで、

彼らは自己の勝敗に捉われて、

自分が否定される事に脅えるのです。

特に民主制の政治家は、

自己が否定される事は、

選挙の意味で負けに繋がる為、

絶対に妥協しません。

 

ある意味、政治家が民衆の支持に

捉われれば捉われるほど、

愚かしい考えに向かってしまうと言えます。

 

このブログではそうした人をこっぴどく否定してます。

ある意味、バカとも罵っています。

まあ、こういう対象と成った人は、

このブログを敵と認識して、

このブログの内容を否定しようと躍起に成るでしょう。

ただ…かれらが科学的論拠に基づいて、

私に反論できるのなら受け入れますよ。

論拠さえ明確で説得力あれば、

それは私にとっては新たな発見に成るのですから。

 

しかし、彼らの誰一人として、

ネット上でもメディア上でも、

反論に値するだけの見識が出てこないのです。

そして…結果としてニュースを拝見すれば…

案の定失敗しているだけの話なのです。

これをもって馬鹿と罵られても文句は言えないのでは…

 

正直、彼らにどれだけ説明しても、

馬の耳に念仏でしか無いのも事実で、

結局は彼らが対話と言う手段で、

双方が良い関係性を構築できる討議が出来ないから、

コチラも戦争という意味に近い状態で、

戦うしかなく成るわけです。

寧ろこちらに権力があるなら、

排除するか、絶対服従させるしかない話で、

相手が権力を駆使して挑むなら、

同じ事で対抗する訳です。

 

対話という中で、

お互いが踏み込んではいけない境界線を用いても、

彼らは自分が劣勢に立たされると平気でこれを破ります。

まあ、ある意味そういうストーカーに

狙われているようなものです。

こうなったらどうすれば良いのでしょうか?

 

これが国際関係にも影響している訳で、

軍事的な活動で警戒するのは当然の事だが、

警戒する事と外交上の対話の話とは別なのです。

いわばアメリカの国防省は

何かに備えて常に警戒するのが役目。

でも、国務省は警戒する状態だから相手を信用しないでは、

外交上の機能として働いていないのです。

外交上の機能としては、

警戒状態の相手に対して

双方が警戒を緩和できる形を模索する事。

 

アメリカでも日本でも民主制の国家の

外務大臣であり国務長官は、

常に防衛大臣だか国防長官にでも

成ったかのように動いてます。

こんな間抜けな人材しか配置できないから、

国際問題を円満に解決できないと言っておきます。

優秀な外交官は、

国の懸念を上手く弁明し、

相手の実情や事情を把握した上で、

国のトップの見識と調整を図るものです。

ところが民主制を謳っている国は、

この外交の長を国のトップが指名する形行われます。

国のトップがちゃんと

政治的な機能を理解していれば良いのですが、

結局は自分の代弁者を

国務長官であり外務大臣に選ぶゆえに、

円満な問題解決の討議が出来ない機能と成るのです。

いわば…

バイデンが老害した考えのまま、

「中国やロシアの様な国は信用できない!!」

と、言えば、

その国務長官はそのまま間抜けな形で、

「中国やロシアは人権を粗末に扱う国だから信用できない!!」

と伝えます。

これ…歴史小説とかでよく見る、

間抜けで暗愚な将のセリフですよね。

勿論、歴史小説に限らず、ハリウッドの映画であっても、

こんな代弁者は脇に置かれる存在です。

 

しかし…現実の世界では…

この暗愚で脇に置かれるような存在が、

権力の中枢で目立って活動している訳です。

別段、中国やロシアを立てる話ではなく…

アメリカももっと優秀な人材を配置すれば、

クダラナイ戦争なんて簡単に回避できるのにという事なだけです。

 

でも、有権者の大半が

見える数値や表面上の話でしか判断できない現実では、

誤った方向へ進む現実を眺める事しか出来ないのだろうか…

どうも…ショーエイです。

まあドラマなので歴史的な表現は自由なのですが、

ドラマの筋書きとして脱線してたらアウトです。

 

多分、姉川の戦いの話は

小早川秀秋を裏切らせる

関ヶ原の前振りの流れなのは解るけど…

 

結局は作家の古沢さんは瀬名(有村架純)が

殺されるという流れで、

設定を困惑させたという事でしかない。

自由に自分の世界観で書き出せる話と違って、

大河ドラマの様に既に大方の流れが見えているストーリーでは、

寧ろ瀬名の方への変化が望まれます。

今の流れでは信長に逆らえなくて

泣く泣く殺す様な方向かなと予測して、

何だか面白みがない…

と、いうより深みの欠ける流れに見えてきます。

 

また魔王的なイメージの信長像は

一世代か二世代古いもので、

ストーリーの質を戦隊ものレベルに落とす様なものです。

最初の今川義元を人格者として登場させた点は、

逆に新鮮味があったのですが、

桶狭間時点の乱暴な信長が

人格者として成長する流れで、

戦乱の中に潜む策略、謀略の中で、

家康自身が苦渋の選択を迫られるという形で描く方が、

ドラマのストーリーとして濃厚になったと言えます。

 

実は浅井長政が裏切った事は、

歴史家の間でも謎と成っている部分で、

これを上手く筋書きとして表現できれば、

とても新鮮味のある流れに成りました。

義という言葉を用いて裏切りに走るのは、

寧ろ不義理な話でこの時点で辻褄が合わなく成ります。

更には不意な裏切りという行為自体に

その義を語る資格は有りません。

逆に義を通す流れなら浅井長政が先に宣告をして、

朝倉に着く旨を信長に通達する位の流れにした方がいいのです。

勿論、それに呼応してしまう

家康も義を重んじるという設定から外れます。

 

これらを踏まえて、

古沢氏のリーガルハイの様な流れで、

義理を通して裏切りを宣告した浅井長政の行為に対して、

当てが外れて撤退を余儀なくされた信長軍が、

足利義昭に弁明する流れの中、

浅井長政が通達して裏切った事実を、

実は不意に裏切られたという事で、

秀吉か光秀辺りが改竄して義昭に報告したという流れの方が

ストーリー的には面白く描けたと言えます。

そういう設定の中では

寧ろ足利義昭の描き方が間違っているのと、

光秀の設定も間違っている状態と言えます。

 

その中で魔王信長は

長政から裏切りの旨を通達された文をすぐさま焼き捨て、

撤退する決断をすぐさまつけた上で、

秀吉か光秀辺りから、

将軍様への報告は

「如何にいたしますか?」という言葉に対して

「好きにせよ」とだけ伝える流れでも成立するかと思う。

 

そういう意味では信長の設定は、

尾張の田舎から成りあがって、

桶狭間時代のイケイケさが削ぎ落ち、

将軍の権威に圧倒され、

むしろその補佐として出世した事に

浮足立っているような設定の方が

史実の流れにも逆らわず

面白みのある新鮮なストーリーにできたと言えます。

寧ろコミカルに描くのならこういう設定の方が

良かったという話です。

 

まあ、ヤンキーボウーイがベンチャーから成りあがって、

大手企業の社長に媚びへつらってしまうのは、

リアリティ有る感じなので、

寧ろ…「へ?強面のあの信長がこうなったの?」

を盛り込み、ある種処世術の中で耐え忍ぶ強かさを

見せつける格好良さを演出するべきだった。

 

そうした中で光秀か秀吉辺りが、

信長に都合の良い報告を足利義昭に伝えたことで、

朝倉討伐が頓挫する流れと、

本願寺率いる一向宗との戦いの中で、

天下平定という結果が出ない事に苛立ちを覚えて、

足利義昭が

信長を信用できないという流れに結び付けた方が、

リアリティ有るコメディに結び付けたと言えます。

まあ、そういう流れで考えるなら

光秀辺りに根回し上手なキャラ設定を加えて、

義昭と信長の間を引っ掻き回す方が、

現代風なコメディとして成立するのではとも言えます。

本当に残念過ぎる話です。

 

こうした流れの中から、

信長は足利義昭と決別する形で、

ある種の挫折を味わう事で再び自身に変化が生じ

再びヤンチャな信長に戻って、

イケイケな姿勢を取り戻した事で、

瀬名と信康の裏切りに対して

家康に決断を迫るという流れの方が、

話の筋としてまだ成立するという事です。

その流れからなら

本能寺の変への辻褄も合わせやすくなり、

新鮮味のあるストーリーとして評価できたとも言えます。

 

その中で家康の「どうする」を盛り込めていれば、

古沢氏の作品らしさが表現できたのではと言えます。

 

 

既にこの程度の低い流れでは、

多分、作家が歴史に翻弄されて、

自分らしさを表現できずに終わった作品になると感じて、

正直この作品は終わったと言っても良いかも知れません。

 

別段、「うつけの兵法」の流れとは異なりますが…

まあ、「うつけの兵法」が本能寺まで書く場合は、

寧ろそういうリアリティ有る部分を外さずに行くとは言えます。

 

ただ光秀の設定は韓信か曹操的な感じで、

足利義昭も寧ろ世間知らずな感じに成るところで、

コミカルに描く要素とは少し違って来るけど…

コミカルに描く場合でも史実の流れを外さずに

実は表現できる事は言っておきます。

いわば…歴史は改竄されたもの…

という意味での表現なら

史書を覆しても問題なく成立するという事です。

 

勝てば官軍という言葉を

皮肉って伝えるように考える方が、

視聴者も面白みを感じる流れだったという事です。

 

では…浅井長政が裏切った理由は…

将軍の要請に従わなかったという理由だけで

朝倉を滅ぼすというやり方に対して、

浅井長政は武力による天下平定を危ぶんで考えた。

ここは応仁の乱、明応の政変の話が絡んできますが、

武力を用いても

反対側が新たに別な将軍を立てて挑めば、

その戦乱の状況は改善しないという考えでもいいと思います。

いわば朝倉を今攻めずに徐々に足利義昭の権威を認めさせ、

外交を以て屈服させるべきという所に、

長政は固執した。

故に、

「今朝倉を攻めるのなら自身(長政)はそれに反抗します。」

と、信長に伝えた形でも良いと言えます。

結果として長政の制止を聞かずに

信長が朝倉攻めに進んだため、

「では、朝倉に味方します」

という形で裏切ったという流れなら、

ある意味政治的な対立が原因と言う辻褄が成立する。

また「義」という意味でも成立する訳です。

 

実はこれは史実的な見解ですが、

信長が同盟者を対等に扱うようにしていたのなら、

同盟者は信長に対して率直な意見を言えた訳です。

寧ろ魔王的な意味と違い、

信長の緩さが意見の対立から

裏切りを発生させた部分であるとも言えるのです。

地位が対等である場合、

人によっては全てが対等だと勘違いする訳です。

いわば対等だから

自分の意見を聞いてもらえると考える人も居るのです。

ある意味、現代政治の世界では

政治家同士は比較的対等です。

自民党内での派閥の長同士は

ほぼこういう同盟関係の間柄と言えます。

そういう中で意見の対立は

党内の分裂を招くこともあるわけですが、

政治的な決定権は、

内閣総理大臣または自民党の総裁が持つわけです。

信長の同盟者への姿勢はこれに似ているもので、

お互いへの敬意を表して対等な形を取っているだけで、

信長は同盟間の盟主としての決定権は

譲っている訳では無いのです。

対等に意見を申す事は歓迎でも、

その話が信長の考えと異なる場合は、

如何なる理由があっても「NO」なのです。

 

長政は外交によって朝倉を懐柔する方針で説明しますが、

信長にとっては畿内の統一もままならない状態で、

朝倉が反旗を翻せる状態を維持しているのは、

戦略的に危ういと考えての事です。

また、時期的に姉川の戦い前後は

三好衆が信長に従う形になった時で、

寧ろ後顧の憂いを断つ意味で

朝倉への対応を考えなければ成らなかった。

それに対して朝倉方がある意味

家柄に固執して信長に従わない姿勢であったため、

信長としては見せしめの意味で朝倉を討伐しておくほうが、

後に将軍の権威を示すのに有利に成ると見ていたのです。

それを長政は平和的に進める方が

将軍の威光を他の大名が理解しやすい

前例に成るからと言う意見で対立した訳です。

 

結果としてどちらが正解は解りません。

ただ事実としてこうした意見の対立から

裏切りに結びつく流れに成る事は想像できるのです。

いわば長政が信長を恐れていなかったから裏切れたのです。

 

逆に従来の魔王的イメージで同盟者を圧迫していた状態なら、

長政が裏切る状態はほぼ皆無だったと言えます。

 

実は…こういう話は秀吉が天下を治めた際に、

「信長ほど自分は甘くはない」

という言葉で寧ろ秀吉の方が魔王的支配をしたことでも、

薄々読み取れる話でも有るのです。

いわば…信長は人を立てる配慮に気遣いすぎたため、

多くの裏切りを産んだという奇妙な話でもあるのです。

 

一見、その方が裏切られないのでは…

と、思うかも知れませんが、

人によってはこうした姿勢に寧ろ敬意を感じて

感銘を受けるでしょうが、

一部の勘違いした人間で特に頭の悪い自信家の人は、

なめて考え「自分を恐れている」とはき違える場合も

多々生じるのです。

 

実際に秀吉の恐怖支配ではほぼ裏切りは生じておらず、

信長はあれだけ圧倒的な勢力を保持した中でも、

多くの裏切りが生じていた訳です。

勢力を拡大していく過程の中では、

恐怖による支配では寛容な支配に勝てない。

何故なら人々は恐怖による支配を望んでおらず、

自然と寛容な支配へ支持が流れるからです。

ところが皮肉な話・・・

支配が確定した状態では、

圧迫された恐怖政治の方が裏切りらしい裏切りが生じにくく成る。

何故なら多くの人が恐怖し

恐怖に従順な姿勢が求められるからだ。

しかし、その恐怖が崩れ去るともろく崩れやすい。

 

多くの人は寛容で平等な社会を理想とするが、

それは力が無い人間が求める理想で、

権力を握るとそれらを自由に支配したい欲望に駆られる。

故に人々は無知な欲望に権限を与えて、

自然と理想から遠ざかってしまう。

 

まあ、民主制に於いて、

弱者である市民が

如何に無能な権力者に権力を与えない選択をするかが、

大きなポイントなのですが、

憲法改正ひとつ許してしまうだけで、

こんな状態は簡単に崩れてしまう事を、

殆どの人が知ろうともしないのも事実です。

そして恐怖に逆らえず、恐怖に抗う人をこぞって排除することで、

恐怖の中に自己の平穏を求めて生きていくのが、

人間の嵯峨なのです。

 

因みにロシアも然りとして…

ウクライナの国でロシアと仲良くしようという意見は、

反ロシアの恐怖支配の中で淘汰される状態なのは、

どれだけの人が気付いているのだろうか・・・

 

いわばここでは本意とは異なるが・・・

ゼレンスキーの対ロシアの姿勢が

信長の朝倉に対する姿勢で、

親ロシアの立場が

浅井長政の朝倉に対する考えとして対立したなら、

長政が信長を裏切る理由としては成立すると言える話なのです。

しかし、恐怖政治の下で親ロシアは排除される状態なら、

親ロシアの勢力は裏切ることすら敵わない訳なのです。

もし、親ロシアの意見が民主的に対等なら、

ウクライナの政治状態は分裂を許す形に成るわけですが、

それではウクライナが一体となって

ロシアと戦う事は難しいのも事実です。

 

なので・・・これが浅井長政が

信長を裏切る事ができた実情の話に成るのです。

 

因みに現実的な心理分析で、

姉川の合戦に先陣を申し出た家康の話を考えると、

浅井の裏切りを寧ろ家康は許せなかった。

いわば信長に対して

自分は決して裏切らないという証明を意味して、

あえて先陣を切る意思を申し出たのです。

信長はその気持ちだけで十分としたのですが、

家康はあえて頑固に申し出る姿勢を貫くことで、

信長から一切の猜疑の目を向けられないように努めたのです。

ある意味、この家康の姿勢の方が賢いです。

 

寧ろ家康からは信長の心情は解りません。

ただし浅井長政の裏切りによって、

自分の立場もそう見られる可能性は察知したのです。

故に先陣を切る事で

浅井長政を許せないという姿勢を見せる事でしか、

信長に対して寧ろ家康自身が

安心できる立場を保持できないと危惧したからと言う流れです。

 

ここで大事なのは信長がどう考えたかでは無く、

寧ろ家康がその状況をどう考えどう対応したかが、

心理分析の対象と成るのです。

それに対して総括して信長が家康をどう感じたかは、

家康が手柄まで持って行く功績を示すことで、

信長に対する本気度は

十分に伝わったのではという話で考えるのです。

 

なので…大河の「どうする家康」の姿勢は、

現実的に寧ろ大間違いという話でしかないのです。

もし友人で大河のような姿勢で感じた場合、

決して信用できない相手と見るだろうし、

家康自身もそれで事が

無事に収まる安心感も得られなかったでしょう。

ある意味、後の家康と信長の関係性から考えるなら

不成立な心情が生じるわけで、

浜松に戻った時点で

家康は信玄に着く流れにしか成らないと言えます。

信長もその可能性を感じるなら、

むしろ敵と成った家康を生かしては置かないと言えます。

そういう意味で辻褄が崩壊する流れでも有るのです。

 

もうここからは「どうする家康」という期待感で見るのではなく、

「どうした(古沢)家康」という結果で

何の期待もせずに古沢氏が

どうこの話を繋ぎ合わせて終わらせるかだけを見るものに

なったという事です。

どうも…ショーエイです。

人間は恰好ツケという事に拘るもので、

過去には寡黙でクールを気取った感じが

格好いいとい時代もありました。

ただ、結局はそれらは恰好ツケなだけで、

中身は全然クールでも何でもない

見せかけだけの気取り屋さんなのが見抜かれ、

寧ろナイス・ガイに転じる方が

好感を持たれるようになった訳です。

 

ただ・・・これもキレイごとを言っているだけの、

上辺だけのナイス・ガイが横行しているので、

徐々に気持ち悪い存在になりつつあります。

 

人間のクールさ、いわば恰好良さは、

本質を見極めて考える所に有ります。

 

【戦争という認識に関しての違い】

ナイス・ガイは人を殺し合うという戦争自体を否定します。

人が人を殺し合うことは好ましくないと訴えますが、

戦争にしても喧嘩にしても、

発生の本質に有るところは対話の崩壊です。

 

暴力は良くない事だから、

暴力を振るったら負けという論理の下で、

数の圧力を持って少数派を黙らせる。

これが民主制のルールという形で主張してます。

一見、道徳的に正しいように見えますが、

結局はこれ古代ギリシャの民主制が

崩壊したのと同じ論理なんです。

 

では…少数派の人たちは

黙って自分の権利を放棄するだけなのか?

 

例えるならタバコの件。

タバコを禁止にするという多数派の意見が横行し、

徐々に喫煙者には肩身の狭い状態が続いてます。

タバコの値段も上がり、その上で喫煙場所も限られ始めている。

ただし現状ではまだ喫煙可能という事で、

何とか権利は維持されていると言っても良いです。

 

しかし、タバコの値段が上がり続け、

ある意味貧乏人には

タバコが買えないという状態にまでなると、

一部喫煙者の道徳は崩壊します。

いわば「盗んででもタバコを吸いたい」

なんて考える人も出てくる訳です。

 

多数派が決めたことだから

黙って従いなさいという状態では、

少数派の我慢の限界を見極めずに、

どんどんと多数派の支配を広げる議論が蔓延します。

タバコの例でもあるように、

その流れは自己の権利を守ろうとする人の

限界を超える方向にしか向かない事に成るわけです。

この時点で一部、

一部とはその言葉の通り10%の人とします。

その一部は絶望視が先行して暴力的な思考、

または非道徳的な思考に走ります。

法治社会なら犯罪ですが、

法治から外れた中ではテロリストに走ります。

多くの人が中国とウイグルの問題で、

ウイグルの人たちを擁護するのなら、

先ず、ここの本質は理解するべきで、

道徳的に思考するのなら中国政府の立場を

理解して考えるべきなのです。

 

それでも対話の解決に向けて

少数派から多数派へ向かう努力をする人たちも居ます。

こう説明するとその人たちの考え方は立派に見えるでしょう。

しかし、その少数派の努力で多数派に台頭してくると、

今度は多数派の道徳心がねじ曲がります。

いわば多数派を維持するために手段を択ばなくなるのです。

我々が良く知るその手段は「誹謗中傷」です。

誹謗中傷によって対話への努力は評価されず、

多くの人が少数派を「悪」として

認識するような議論が展開されます。

 

ココからはタバコでは無く、

ウイグルの話を例に考えてみましょう。

 

議論するべき本質は、

中国政府がウイグル人に対して講じるテロ対策の

人権的な超過部分です。

勿論、これは「テロ対策」であることを忘れてはいけません。

しかし、中国政府を「悪」と認識させる意味では、

「テロ対策」という部分を差し置いて、

「人権的な超過部分」のみを主張する訳です。

国家としてテロ対策は大事な事は誰もが理解できるでしょうが、

人権問題のみを取り上げて主張すると、

テロ対策という部分の話は「言い訳」に聞こえてしまうのです。

 

科学的かつ誠実な議論の場では、

中国政府が懸念するテロ対策部分を考慮した上で、

人権問題として過度に対応している部分は無いかを

論じなければ成りません。

その上で「過度」に感じる点は中国政府の見解を配慮した上で、

是正するように働きかけ、

その上で中国政府とウイグルの人たちにとって

ベストには成らなくともベターな解決へ推し進めるべきなのです。

 

そうした議論がクールな議論な訳ですが、

ナイス・ガイを装って「人権問題」のみを取り上げて、

中国政府を「悪」とするのは、

寧ろ揚げ足取りの議論でしか無いわけです。

これを多数派がこぞって中国政府「悪」という形で話が進むと、

むしろ少数派の中国政府は

対話が成立しない状況と判断せざるを得なく成ります。

多数を目指して我慢強く努力しようとした結果、

この様に理不尽な形でいわば内政に干渉される状態は、

これこそ国連憲章違反の

「内政不干渉」に抵触する行為なのです。

しかし、多数派がそれを無視するとなると、

その問題は国連憲章違反としての議論も成立しません。

そこでここまで来た状態で状況を打開するには、

ある意味「暴力的な手段」を講じるしか術を無くします。

 

これが「戦争」が起きる論理なのです。

このケースはロシアのケースにも当てはまる訳で、

そういう形で戦争が勃発して、

今更キレイごと並べて非難しても、

その戦争に巻き込まれた人たちの命は帰ってこない訳です。

また、「暴力的な手段」でしか解決しないと判断した側に、

どれだけ「悪」というレッテルを貼って非難しても、

相手には何の効果も有りません。

寧ろ、「対話による解決」を放棄して、

相手に「悪」のレッテルを貼りつけて議論している時点で、

「最悪」という評価に転じようとも、

対話という手段の中では、

一向に評価を変える術を与えていないのだから、

戦争と言う手段で「最悪」という形に成っても

一緒と言う事で割り切れてしまうのです。

 

【米国憲法は対話によって問題解決をするためにデザインされたもので、多数派が明確な論拠なく施行できるものでは無い!!】

大統領選挙を見るとその名残が有ります。

元々米国の政治は「有識者」のみで選挙を行い、

大衆の意見に惑わされずに、

科学的な論拠に基づいて議論し、

その上で上下両院議会の評決と大統領の判断という

三重の決定の過程を得て行うというシステムです。

 

大統領選が大衆による表決のみで決まるシステムでは無いのは、

その名残です。

独立直後の状態であれば、

寧ろトランプが大統領に成るという事は許されなかった。

どれだけ50%近い支持を民衆から得ていても、

有識者が不適正と見極めたら、

民衆の評決を無視しても、

投票権を持つ代表者がそれを自身の判断で行使出来たのです。

そもそもは一般市民にすら

当時は投票権を与えていなかったわけで、

有識者が選んだ票を無視しても

理由を明確に説明できれば問題なかったと言えます。

 

現代ではその選挙人は選ばれた州の評決に従う様に、

道徳的に行うように努めているに過ぎないのです。

ただし現代ではその選挙人が

各政党の代表として存在しているため、

民主党の選挙人が選ばれた州は

その選挙人を総取りできるというシステムに成っているため、

各州ごとの判断は一応は絶対という形に成っています。

ある意味、これも選挙人の裏での操作や陰謀論的な選挙を回避し、

民意が反映する結果として改善されたシステムである点は、

否定しません。

 

しかし、国際秩序を担う国連の中では、

票決(Vote)ではく評決(Verdict)ベースのシステムなのです。

それを票決(Vote)にすり替えて議論している時点で、

国連の機能を阻害しているに過ぎないのです。

 

【票決は結果が解りやすいものでしかない】

票決は多数が賛成したという結果が解りやすいだけで、

実際には議論の中身が空っぽでも、

結果だけで納得するというものでしかないのです。

これを民主制の有り方だとするなら、

理由も無くある人物を「悪者」の票決で決めたので、

皆でその人を悪者として扱うようにしましょうという事も

正当化されてしまいます。

そんな幼稚な事は…まず無い?

それをロシアや中国にたいして行っている事は、

実際にどうなのでしょう?

 

評決という形で、拒否権も有る中での議論なら、

拒否権を持つ側を説得しなければ成りません。

それが拒否権を持つ双方が関わる事案ならば、

双方が妥協できる所まで徹底的に議論しなければ成りません。

この議論は大変な労力を伴います。

その議論を面倒くさがるから

票決という手段にしようとするわけですが、

ウイグルの問題を挙げたように、

中国政府の内政上の治安維持を理解した上で、

人権問題として考える配慮も無く、

ただ単に人権問題としてのみ取り上げて、

中国政府の治安維持の名目を完全に無視した議論で、

「中国が嫌い」という票決または、

「アメリカ君とチャイナ君、どっちを選ぶ?」

という天秤に掛けただけの票決で、

何の科学的な論拠が

話されるのかという事にしか成らない訳です。

いわば…「悪者」を票決で決めた幼稚な話そのものなのです。

 

【圧力によって悪者にする手段】

例えるならこのブログに関して…

「このブログは人々を洗脳してます。」

と、言われればそういう風にも見えます。

ある意味、反民主制の様な形で

人々を説得している様にも見えなくは無いです。

 

頭の悪人は

「これは洗脳なのか?」

と、思えばそう感じてしまうことも有るでしょう。

しかし…寧ろこの場合、

何の根拠無く「洗脳している」という表現で、

このブログを「悪者」と認識させることが、

寧ろ「洗脳」している行為なのです。

このブログでは明確に根拠を示して説明してます。

また、戦争を「善」という表現で用いている訳でも、

民主制を「悪」として用いている訳でもありません。

寧ろ、何が「適切」なのかを伝え、

そして読み手に考えてもらう切っ掛けを与えているだけです。

 

バイデン政権を悪くもいいますが、

そもそもが「何の解決も齎さない愚かな判断」

という形で話しており、

実際に何の解決にも導いていない事実が

それを証明しているに過ぎないのです。

これを「洗脳」と表現しても、

読み手がその判断力を失って

誤った考えに転じる様な内容でない事は、

誰もが解る事です。

しかし、大衆がこうした詳細を理解せずに、

または内容を読みもしないで、

ニュースの見出しに、

「ショーエイのブログは反民主を洗脳!!」

と伝えたら…恐らく多くの人は

そういうものという先入観を抱いて

真面に内容を理解しようとしなくなるでしょう。

これが寧ろ「洗脳」であり「プロパガンダ」の手法なのです。

 

中国やロシアの主張に対して聞く耳すら持たない姿勢は、

正にこうした手法によって齎された状態なのです。

 

さて…根本的な問題は…

ロシアや中国を「善」と見なすか

「悪」と見なすかの問題では有りません。

西欧にも西欧の権利があり、中露にも中露の権利がある。

そういう中でお互いが上手く付き合うには、

どういう形で纏まるのが一番いい形か…

そこを話し合う形で無ければ、

善と悪に分かれた戦争と言う形で、

暴力という手段で支配者を決定する

作業しか残されなく成るだけなのです。

 

戦争は悪者を排除する為に行う事。

 

中露からすれば「悪者」を生み出す「悪者」を排除しなければ、

嫌われ者は全て「悪者」に成る。

ある意味、悪者を排除する根拠として成立する意味にも成ります。

逆に彼らから「悪者」にされた西欧は、

中露が「悪者」の癖に何を言っているのか?

という形で対抗する根拠にもできます。

 

と、言うわけで結局は「戦争」を肯定する流れを、

彼らは議論上で推し進めているだけなのです。

 

孫子の兵法では、

「戦争は最終の手段とするべき」

と、いう形で説明しており、

「外交によって解決することを良策」

と、伝えてます。

 

これを逆の法則で説くと、

敵を最終の手段に追い込むことは、

外交による良策を用いていない愚策と言えるわけです。

なのでロシアを戦争へ誘ったバイデン政権の外交は、

愚か者でしかないという評価になります。

で…戦争仕掛けたロシアが悪者か?

そもそもロシアを冷戦時代からの名残で

「悪者」扱いしてきた訳だから、

今更何を馬鹿げたこと言っているの?

と、言う話でしかありません。

それを更に「悪者」として

どれだけロシアが悪者に成れば良いのかな?

成らばロシアが核兵器を用いても、

「所詮は悪者だから悪者だ」

で、終わり?

それで核兵器の使用を食い止められない

無能な流れで良しとしている方が

頭おかしいのではと思うのです。

 

中国に対しても、

「悪者」としている状態で、

結果として中国が「悪者」であることを証明して戦争に成っても

何をどうして外交的な解決が出来ているという話?

 

結果として、ナイス・ガイを気取っている人たちは、

自分たちの価値観で悪者とした人が、

悪者としての行動を選択する結末に導いて、

やっぱり悪者だったという証明が出来て

喜んでいるだけという意味不明な満足感を望んでいるだけ?

それで多くの犠牲者が発生しても、

悪者仕業として片付けて何が平和なの?

これを大衆が望んでいること自体が、

地球的には大問題という話なのですが…

 

本当にアホですかという話で…

何とも言いようが有りません。

まあ、ここまでくると

もうネタとして活用するしか無いというのも事実で、

どんどん滅茶苦茶にして下さいという感じ。

 

頑固な大人が、

幼稚な喧嘩に没頭した状態は、

寧ろ彼らを消し去るしか止める方法は無いのです。

消し去ることが出来ないのなら、

徹底的に滅茶苦茶にさせて、

自身の愚かしさを反省させるしかないでしょう。

 

私ら無力の良識人に何が出来るのでしょうか?

 

方法は有るけど・・・

まあ、幼稚な人間は自己顕示に走って

それを妨害することしかしない訳で、

愚かな連中に権力を持たせている現状を、

まあ呪うしか無いのも事実なのかな?

 

とは言え…一応、彼らが妨害しているのは表面上の事。

実態は…まあこの話がうまく伝わるなら、

結果はそういう事なのかなと言っておきます。

 

どうも・・・ショーエイです。

最近、中国の動きが活発です。

サウジとイランの国交正常化など…

 

そして米国では中堅銀行の破綻が相次ぎ、

更にはクレディ・スイスまで危機に直面した。

 

この状況で大量の預金引き上げという手段が、

一種の戦略的な駆け引きとして

利用できる状況に成ったと言えます。

 

中国人が世界中に分散して持つ預金であり、

サウジ…特に王族が保有する大口預金。

こうした資金を引き上げという事に成ると、

ある意味、とんでもない事が起りそう。

 

実際にはグローバル化している状況故に、

奥の手を使えば中国もサウジも苦しみます。

中国に於いても外資が資金引き上げを報復でやると、

中国の銀行も危くなる。

なので恐らくはと思いますが、

大ぴらにその様な手口は使わないだろうとは思いますが、

更に破綻しそうな銀行を狙って、

信用問題という理由を付けて、

預金引き上げを仕掛けてくる可能性は否定しません。

 

ここでバイデン政権ないし、欧州の政権は、

もう少しグローバリズムの恩恵を理解して欲しい。

相互に依存しているから、

何か問題が生じたときに相互で助け合う機能が

上手く作用するわけで、

リーマンショックの時などは

中国の市場の助けもあってある意味早い段階で、

改善したと言えるのです。

 

これが相互依存ではなく敵対意識で結ばれると、

こうした危機に直面した際、

双方は駆け引きを用いて、

場合によっては相手を苦しめる方の手段を講じます。

 

今のバイデン政権などは

中国資本の助けを求めることはしないと思います。

それはそれで構わないのですが、

逆に中国と揉める外交を維持して、

中国に資金的な足元をすくわれることに成る方が、

寧ろ米国独自解決を難しくする可能性はあるのです。

 

ペロシの台湾訪問の時もそうでしたが、

習近平政権は

寧ろグローバル経済を破壊しない様に気を使っています。

もし、その気ならあの時点で戦争を仕掛けてます。

今回の金融危機に関しても、

恐らく習近平政権は悪手の一手を打たずに

我慢するでしょうが、

米国や欧米の政権がそうした配慮に気づかない場合は、

もうその限りではないという事は言っておきます。

 

因みに台湾で有事が発生した場合、

台湾を中心とした海戦に成るとは言えます。

米軍も奮闘するでしょうが、

これもまた決着を付けるのが難しい戦いになるでしょう。

 

先ず、一般人が勘違いしては成らないのが、

米国が第二次大戦の様に敵国の首都を攻略、

いわば北京を攻略するような事はほぼ不可能という事です。

下手したら中国の大陸に上陸するのも難しい。

唯一の手段は台湾との海峡を封鎖して

死守する事くらいです。

ミサイルは双方で飛び交う事態が生じるでしょうが、

台湾本島は地獄と化することは言うまでも有りません。

そして中国は寧ろ人海戦術を駆使して戦うことが可能な分、

長期化することで

米軍が撤退を余儀なくされる可能性は大です。

これはロシアとウクライナの戦争を見ると分かる事です。

 

恐らく既に米軍も

ここまでのシミュレーションは出来ているはずで、

寧ろ政治家よりも軍人たちの方が

戦争に消極的かつ絶望視した見識と成っており、

外交による友好的な関係維持が望ましい事を知っています。

 

これは過小評価で言っているのではなく、

米軍のアフガニスタン、イラクでの

圧倒的な軍事力でもあるに関わらず

長期化した苦戦状況から導き出せる計算です。

 

【政治家は小学生ゲーマーと同じ程度】

米軍と中国軍が衝突した場合、数値的な被害だけを見ると、

米軍は圧倒的に被害が少なく、

中国軍の方が被害が大きくなる。

だから勝てる!!

と、考えるのは小学生ゲーマーと同レベルです。

小学生ゲーマーでもそういう数値の差位は理解し、

それで強気に成れるのですから。

これは平和ボケの典型なのです。

 

戦争の怖さは、スポーツと違い、

TKO無し、ラウンド無しのボクシング

と言う感じで考えても良いと思います。

相手が立ち続ける限り戦いは続きます。

更にここに選手交代制まで加わった状態で、

最強のボクサー一人が

最強クラスの挑戦者をボコボコに出来ても、

次から次へと交代して挑んでくる状態に成るのです。

ウクライナのバフムートの激戦が情報通りで

ロシア側の被害が甚大だったとしても、

結局はこうした戦いで苦戦を強いられるのです。

 

最強とも言われる信長たまを

最も苦戦させる戦い方だったわけで、

本願寺相手にトラウマに成りそうなゾンビ戦術と言えます。

 

なので数値だけ見れば米軍は

被害も少なく守り切れるように見えますが、

寧ろその数値は過大評価で、

実際はもっと苦戦を強いられると想定するべきです。

ある意味、押し寄せる人海戦術相手には、

下手したら核兵器の威力を用いて、

敵を大量に一揆殲滅する位の手段が無ければ、

最後は疲れ果てて撤退と言う結末しかなくなる。

無論、米軍が核兵器を用いれば相手も容赦なく用いるので、

少なくとも戦争の中心と成る台湾は地獄と化するのは必須です。

 

まあ、現代の戦争がこういう状態に成る事を知っている層は、

すでに戦争は無意味という結論に至っており、

逆にグローバリゼーションを用いた世界統合こそが

理想的な形に落ち着いているのです。

 

信長たまも「天下布武」は無理で、

「天下布舞」と改めて、

文化の融合による平定こそ最良の手段と言うでしょう。

 

【一般人の抱えるヘイトは平和を齎さない】

先ず、ヘイトを相手に浴びせて、

ヘイトを受けた相手が友好的になるという事はあり得ない。

ヘイトを浴びせて力でねじ伏せて相手を黙らせて屈服させる。

結局はこういう手段に向かうだけの話です。

なのでこういう人たちが平和を語るのは無理が生じ、

寧ろ戦争によって解決する方法に向かわせているだけの話です。

 

自分たちから手を出さないから大丈夫?

 

そもそも頭が悪すぎて、

その最終的な結末いわば戦争でしか解決できないという事を、

予期すら出来ないだけの馬鹿と言っておきます。

 

まあ、別な意味で彼らにジーザスの言葉で皮肉を言うなれば、

「右の頬を打たれたら、左の頬を出せ」

それを徹底して相手にヘイトをぶつけるのなら

平和的に解決するだろう。

と、いう事に成ります。

まあ、下手すれば自分は殺されるかも知れませんが…

 

ほぼ欧米の人はキリスト教徒が多いので、

更にジーザスの言葉で伝えるなら、

「自分を愛するように隣人を愛せ」

いわばヘイトを相手にぶつけるのは

生産的でないと伝えてもいるのです。

 

キリストの哲学の基本中の基本です。

欧米の人間はこんな程度の言葉の理解も無いのでしょうか?

ならばキリスト信仰を捨てて、悪魔でも信仰してください。

特にオリンピック問題で

ロシアやウクライナの選手を受け入れないという意識の人は、

キリストでは無く、

悪魔を信仰しているのと同じだと言っておきます。

 

では、ジーザスはロシアの行為を支持しているのか?

否!!

戦争自体は支持してませんが、

戦争が起きた理由そのものが

ジーザスの教えに反する行為だったため、

その双方に肩入れする気は毛頭なく、

寧ろヘイトを浴びせられたロシアに多少の慈悲を感じるまです。

 

いわば欧米諸国がもともと

ロシアへ対するヘイトを向けた行動を取らなければ、

こういう戦争は回避できただろうという事で、

寧ろそういう意識の改善を促せと伝える事でしょう。

この典型がNATOの拡大な訳です。

 

この地球を統治するのは神では無い!!

寧ろこれが現実的な姿です。

人間同士がこの地球を統治しているのです。

キリスト教であり、イスラム教であり、仏教もしかり、

それらの言葉であり哲学は、

人間同士が平和的に

この地球を分かち合って享受できる方法を

其々の形で指し示したものなのです。

戦争が起るのは自然、それらの教えに反したからで、

戦争が起きる流れに導いたもの全ての責任でも有ります。

ロシアのプーチン大統領は

既にその教えに逆らう行為に転じる覚悟を示した。

それ故に戦争に踏み切ったと考える。

しかし、NATO諸国の代表たち、また英国の首相、

そしてアメリカのバイデン政権は、

彼らの思考そのものが

ジーザスの教えに反するもので有った事を知らず、

不当な正義をかざして、

ウクライナの人々の生活を犠牲にした。

人間の顕示欲が齎した罪であり、

独占欲によって過ったヘイトという罪である故に、

そういう彼らの思考をジーザスは決して擁護しません。

 

なのでジーザスはロシアも含めて、

ジーザスの教えに従って、

罪あるところ双方が懺悔し、

双方で生じる誤解を対話によって解決する形に成らない限り、

人間同士の罪による被害を食い止める気には成らない…

と、言うより現実的に人間同士の統治の話ゆえに、

解決を齎すことは出来ないという事です。

まあ、民主制という状態で、

人々が神に平和を嘆願するのなら、

この罪を犯した人間たちを知り、

そして彼らの民意によって排除し、

彼らの望む社会に導ける人間を選ぶことが、

すでに神より受けた社会構成であることを理解した方が良いです。

懺悔もない罪人を放逐している事は、

どれだけ神に嘆願しても解決しない事を知るべきです。

 

まあ、現実的に説けばこういう事です。

 

神と言う表現で考えるより…

地球そのもので時間の流れを考えると、

地球にとっての1秒は、ある意味人間の20年と考えても良い。

それを神の時間として表現するのなら、

停戦から和平、そして友好関係へと繋がるには、

神の時間では一瞬でも、

人間の時間では20年以上の歳月擁するのです。

 

人間は神の時間で物事を期待し、

停戦したら全てがその時点で

平和に成ると勘違いしてしまいます。

なので停戦した双方が身構えて軍備を整える行為を、

寧ろ背信行為として警戒するのです。

ある意味お互いが警戒心を解いて、

双方が平和的に信頼を得るまでには、

20年以上の時を擁するもので、

その時間を知った上で双方が

上手く付き合っていかねば成らないのです。

お互いに不利益であり無意味な戦争という事を

理解しても、そこは神の時間の話であり、

人間の時間では

相手が隙を狙って来るのでは、

相手が自分を騙そうとしているのでは、

別な手でこちらを脅かそうとするのでは…

という猜疑の念が双方に生じて、

身を守る為に双方が対応を整えるのです。

双方が対応を整えることにお互いの警戒心がぬぐい切れず、

神の時間で無意味な行為と双方が理解しても、

結局双方が解りあえるまで、

また納得するまでには20年以上の時が掛るという話です。

 

それでもようやく歩よって関係改善に向かっても、

猜疑の目をぬぐい切れない勢力が

相手を試す様な行為で仕掛けると、

いわば仕掛けられた側は騙し討ちであり、

信用されていないという事に絶望し、

再び関係が膠着してしまうのです。

これが欧米とロシア、中国の関係を

拗らせている要因なのです。

人間の時間の問題に加えて、

人間の愚かさが全てを無駄にするのです。

 

では・・・神の時間で物事を見るのなら、

猜疑の目を向ける世代は永続しない!!

敵魏心を抱く世代は何れ死に絶えていなくなるのです。

友好的な関係で次の世代に繋げる事で、

双方は友好状態の依存を高めて、

敵愾心を抱く思考は双方で薄まるのです。

神の時間では3秒程度の話で考えるなら、

人間の時間では60年です。

この時間の間、

お互いがそれぞれ警戒して行動を起こすところは、

認識しておく必要性があり、

その中でお互いが踏み切るべきではない境界線は、

徹底して尊重し合う形で交渉していく事が大事なのです。

人間の時間では60年という長い年月に成るが、

そこを神の時間では一瞬だという認識で、

忍耐強く守ることが大事なのです。

 

本来、この時間間隔の意識が無い政治家は、

政治家として向いていないとも言っていい話ですが・・・

 

中国が軍事的に警戒するのは、

アメリカも中国を軍事的に警戒するからで、

双方に野心的な意図がなくても、

この警戒感が双方に不信感を与える要因になるのです。

 

かつての帝国時代とは異なって、

侵略戦争が如何に不毛で、無益なものであるか、

今のウクライナ戦争を見ても理解できる話で、

ロシアがウクライナ4州を併合したとしても、

それを守り切る意味でも不利益しかないという状態は、

察しがつく話です。

苦戦するロシアも

もうこんな戦争はしたくないと考えているのは当然で、

ただ単に野心的な領土拡大を目指すだけの話なら、

既にロシアも手を引いているでしょう。

 

ロシアがここまでしても手を引かない理由は、

ロシアにとって引くに引けないプライドが有るからで、

それは欧米に対する不信感で有る事を理解する方が賢明です。

いわばロシアからすれば

欧米はロシアの国際的な地位の失墜を狙っているという部分で、

これは逆に欧米の一部の人々が望む所で、

欧米化というより欧米主導の世界構築に、

ロシアや中国の意見は邪魔と考える所で衝突する部分です。

 

馬鹿は自らの内心に

表面上の嘘で誤魔化せていると信じているが、

その誤魔化しが通用するのは自分の支持者のみで、

敵はその嘘を容易に見抜いて警戒するのだ。

 

敵に嘘が無いと信じさせるには、行動で示し、信念を貫き、

更には相手を理解する姿勢を示すことでしか伝わらない。

そこが欠落したものは、

すべては口に出さない嘘の扱いに成る。

ビジネスの交渉上の話では腹の探り合いに成りますが、

外交上では寧ろ相手にされません。

なのでこういう場合は

双方の足元を見た駆け引きしか成立しないのです。

まあ、日本の外交はこいう外交しか出来ないので、

アメリカの様な強い相手に

尻尾を振るしか出来ないのも事実です。

人間の裁く裁判では証拠が残らない話だろうが、

神の裁く裁判ではその内心を見透かして証拠と出来る事を、

知っておくべきである。

神の裁く裁判とは、

ある意味法治の届かない国際社会の外交上の話であり、

戦争や有事が起こる事は

寧ろ神からの判決という形で表現しても面白い。

 

いわば、今のグローバリゼーションが浸透しつつある、

地球にとって理想的な状態に於いて、

神の望む平和を維持するのなら

神の判決は戦争を齎さない!!

と、言っても良いと思います。

 

この意識が消えない限り、

戦争が終わらない現実は永続するわけで、

如何にウクライナの戦争が停戦に成ったとしても、

双方の警戒感であり様々な調略、謀略行為は治まりません。

 

1980年の残飯と揶揄する話で、

2000年以降、これらの意識を緩和させる形で、

本格的なグローバリゼーションを齎しました。

グローバリゼーションはそれ以前には存在してません!!

誰かが勘違いして20世紀後半の

グローバル・サブコントラクションの時代も含めて

表現してますが、

グローバリゼーションはサブコンストラクトの状態から、

発展途上国の賃金上昇を促して

市場経済圏拡張へ導いた流れです。

なのでグローバリゼーションは実は2000以降からの話です。

 

ある意味、1980年代物の残飯たちは、

この時代からの流れと勘違いしてる層でもあり、

その本質すら理解できていないのです。

更にはグローバリゼーションによる

経済相互依存を高めることで、

戦争で領土拡大を目指す意識を取り除き、

貿易や資本流入、産業拡張の分野で

競争させる状態へ導いたものなのです。

いわば

「戦争で領土拡大」<「交易による生活の安定」

の図式を定着させる仕組みなのです。

 

寧ろ

「領土拡大」>「交易による生活の安定」

という帝国時代であり

あえて言うなれば2000年以前の状態なら、

中国は既にペロシ訪台の時点で、

台湾進攻を優先していても可笑しくは無かったのです。

むしろその考えを躊躇させたのは、

「交易による生活の安定」を捨てきれなかったからで、

いわばこの図式が功を奏している証明とも言えます。

 

逆にロシアの場合、経済制裁という形で、

徐々に「交易により生活の安定」が崩されたため、

「領土拡大」というより、

「戦争による抵抗」という部分の選択肢が

生まれたと言えるのです。

 

【如何に民衆が認めなくともバイデンの罪は重い!!】

浅はかな思考によって

止められるべき戦争を止められなかった罪は重い。

態々、使徒を遣わしてこの地球にグローバリゼーションを齎し、

平和に結びつける意味で寄与させたのに、

全てを台無しにする行為は、

グローバリゼーションの意図を

まるで理解していなかったトランプより罪は重い。

 

ココはあえてジーザスの言葉を代弁するように述べます。

 

寧ろ、バイデンやブリンケンは

民衆が支持しているから正義であると信じて、

今の愚かな思考を反省することなく、

自己肯定して粋がっているだけだ。

 

仮に地球が破滅に向かう大きな戦争に発展したとしても、

その罪を反省することすらしないだろう。

ただし、彼らの信じるキリストの加護は

一切期待するべきものでは無く、

彼らはジーザスが生前に皮肉った金持ち同様に、

所詮は「ラクダを針の穴に通すより難しい」行為に陥っただけ。

こればかりはどれだけ知恵を絞って実現したとしても、

その知恵の真意を悟らないだけで

人間失格と言う皮肉を理解できない愚か者という事です。

 

バイデンに至っては死ぬ間際に

地獄を夢見て死ぬことに成ると言っておきます。

科学的には精神分析上の話です。

いわば周りに自分の罪を誤魔化して生きていても、

結果として自分が愚か者であった自負は拭いきれなくなる。

故に天国を夢見る事は許されないのです。

 

プーチン大統領はウクライナ人の屍の上に立つことを

ある意味覚悟してこの戦争に踏み切っているが、

バイデンやブリンケン、そしてボリス・ジョンソンは、

彼らの決断がウクライナの人々の屍を

積み上げることになったことすら理解しようとしていない。

いわば回避できた戦争を回避する努力すらせずに、

結果として一方に罪を背負わせることで、

自らの愚かさという罪を認識すらしていない。

 

もし彼らの信じるキリスト教の神がこれを裁くのなら、

愚かな人間が考えるより遥かに公平であり、

この罪は双方に圧し掛かるものであることを、

その教えの真意として伝えているはずである。

そして懺悔の意識とは、覚悟の中にも含まれ、

むしろその覚悟の真意はその神よって些かの情状を与える。

これもキリスト教の懺悔の真意に該当する。

その懺悔の真意すら無視して、

自らの行いを悔い反省する事も無く、

ただ一方的に相手を嘲笑する行為は、

全く公平な目線で見る神の目からは、

醜悪なものにしか見えない。

 

どれだけ自己顕示によってこの罪を誤魔化しても、

彼らが崇拝する神はそれほど愚かな存在で無いという事を

知るべきである。

寧ろ、その様な自己顕示で誤魔化せると思うのなら、

彼らは自らの崇拝を冒涜しているだけなのだ。

これまた現実的に愚かしい話だ。

 

と…いう事で、中国政府とサウジアラビラ政府に

神というより、

ある意味地球としての裁きの札が渡ってたりして…

という話にしておきます。

まあ、考えようによっては仏教などアジア系の宗教と、

イスラム系の宗教が、

今回のキリスト教圏で発生した銀行破綻の状態をどう用いるのか、

裁きの鉄槌を下すか、それとも慈悲を与えるのか…

そういう風に考えるとちょっと面白いですね。

 

ジーザスはこれに対して…

「自分を愛するように隣人を愛せ」

とだけ伝えるでしょう。

まあ、この言葉がYoutube動画の最初に出した、

「the world is mine, and yours, and Theirs」

と同じで・・・

「この世界は自分の物であり、貴方の物であり、そして彼らの物だ」

決して皆の物という言葉では無く、

 

自分の物として大切に考え、

愛する人のものであると慈しみ、

そして他人の物であると尊重しなさい

 

と、いう言葉に成るのですが…

まあ、中訳でも付けないと理解されないのは

残念では有ります。

 

ちょっと残念に感じる事ですが…

「the world is mine, and yours, and Theirs」

やっぱりこういう言葉を奥深く考えさせるのは

時間が掛かるのかな?

 

単純に「結局は皆のものって話でしょ」

と締めくくれる内容でも有るけど…

そもそもコンセプトが違います。

 

皆のものと考えるから、

自分の権利を大事にしないわけで、

社会がNOを言うから自分の権利は諦めるというのも、

理不尽な話です。

 

自分のものだから、自分の権利は大事にしてもよく、

愛する家族や友人たちと権利を分かち合うものだと伝えている。

その上で他人の権利を尊重することで、

社会は平和を保って共存共栄が齎されるという意味です。

 

逆に皆のものだからと言って、

自己の価値観を押し付ける話は、

他人の権利を尊重しない行為な訳で、

結局はこれで争いが生じるという話です。

その究極が戦争な訳です。

 

なのでこの言葉を安易に「皆のもでしょ」と解釈する人は、

浅はかで、

結局はジーザスの哲学、

「自分を愛するように隣人を愛せ」

の真意にも到達できないのです。

 

ある意味、こういう言葉を適当に真意を知らずに解釈して、

嘲笑する人は・・・ああ残念な人たちと見下すしかなくなる。

もう彼らの様な人間と仲良くする気も失せた。

という事で

別に平和でなくても良くない?

こいつらと戦争して駆逐した方が良くない?

人間とは結局はそういう生き物なのです。

 

だから戦争はいつでも起こるのです。

 

そして戦争で苦しんで負けてから始めて反省する。

一方勝った方は反省する事すらしない。

なので寧ろ負けるわけには行かない。

負けるくらいなら死ぬまで戦う方が自己の正義を貫ける。

 

戦争に成ればこういう事に成るのです。

 

なのでどれだけ人を理解し、尊重し合えるか…

これが平和を維持する秘訣なのです。

日本には本来そう言う伝統が根付いているのに…

そういう伝統を薄めた社会に成りつつあることで、

逆に日本を規範として世界を導くことは難しくなる。

また、日本人は戦うべき方向を間違えている。

日本は徹底して平和を維持する方向で戦うべきで、

戦争に加担するなどもってのほか。

平和の為ならアメリカ政府にNOを突き付ける勇気を持つべき。

その真意が平和に准じたもので有るのなら、

世界の世論は日本を支持するだろう。

もちろんその支持を得られるだけの勇気と言葉を、

日本人が上手く伝えられなければ成らないのですが・・・

 

因みにICCの逮捕状の話・・・

無駄!!

戦争を終わらせる為のもので無いので却下!!

 

こんな程度の低い話・・・

欧米の政治が

日本レベルに低下しているだけの状態にしか見えません。

 

内容を見ても…子供連れ去り?

では、戦火の中で保護者を失った子供たちを放置していた方が、

良かったのかという話でも考えられます。

ロシアがそれを見殺しにして

子供たちの犠牲者をもっと増やしてくださいという嘆願書ですか?

そうすればロシアの非道さをもっとアピールできるのに…

というお悔みですか?

そういう内容にも捉えかねない逮捕状なら、

これほど間抜けな捜査はあり得ない!!

 

逮捕状突き付けて、NATOの参戦に結び付ける気ですか?

いよいよロシアが核兵器を用いる状況に成るだけです。

 

まあ、もうその位滅茶苦茶にして

世界を混沌とした状態に陥れても良いかも知れませんね。

中国も扇動して米国の銀行からガンガン預金を引き出させて、

金融危機を誘発させても良いのでは…

サウジまで加われば、

リーマンショックどころの騒ぎでは無く成りますね。

その上で台湾進攻なんて有事も勃発したら・・

確かにペロシ訪台の時より凄まじい状況に成るかも。

 

日本も巻き込まれて、

こうしてブログを書いていられるような生活とも

おさらばな状態になること覚悟した方が良いのかもね。

 

ある意味…未だ対岸の火事みたいに

考えてしまっている自分が居て、

この状況を楽しみだしては居るけど…

もう…楽しむ事しか出来ないよね!!

だって馬鹿どもが馬鹿な事で馬鹿な決断しかしないんだから。

 

絶望視していても仕方がない!!

混沌とした状態を楽しみましょう!!

 

 

 

どうも…ショーエイです。

今回はガーシ―の件でお話しします。

 

先ず陳謝に応じれなかったガーシ―を

未だに立てる人たちは

彼を見捨てた方が良いです。

 

正直、帰国しないで地獄へ歩む方を期待してたわけですが、

案の定、帰国しませんでした。

 

もし彼が帰国したら、一部の人たちから英雄扱いされることで、

ちょっと面倒な社会現象に発展しかねなかった。

無論、逮捕される可能性は有るけど、

実は弁護の仕方次第では

脅迫罪を免れる弁明が出来たのも事実です。

無論、日本の裁判所がその弁明を聞き入れるかは別として、

寧ろ弁明の内容に理が有るのなら、

その理不尽な裁きを元に大きな波を起こすことも

十分に出来た事態だったのです。

立花もそこまで計算できない程度の人間なので、

所詮は口だけの馬鹿と言っておきます。

 

因みに今、その弁明の内容は記さないようにします。

 

ただし脅迫罪とは別に国政詐欺という話だとまた別に成りますが、

これも陳謝に応じて登院する形を取れば、

免れる罪でも有りました。

一部ではガーシ―の登院の必要性は無いというフザケタ主張をしていますが、そもそも政治家の職場が国会であるとして、

その職場に無断欠勤を繰り返した人間を、

どう評価して職務を行ったと出来るのでしょうか?

 

評決の場合でも、オンラインでの票は受け付けません。

その評決に棄権の意思で有ったとしても

議論に参加すらしていない状態の人間は、

そもそも政治家としての職務であり資質が無いという事に成ります。

投票で選ばれたから好き勝手にしてもいいという意味で、

憲法序文の「国民の信託」が有るわけでは無いのです。

信託という言葉を、一部のガーシ―支持者は曲解してますが、

そもそもガーシ―に投票した人たちだけの話では有りません。

選挙の投票はその地域の代表を

誰にするか選ぶプロセスでしかなく、

選らばれた人は

その地域でその人間を望まなかった投票者も含めての

信託に成るのです。

基本無記名投票なので、

誰が選んだのか解らないから当然とも言えます。

その上で能力の如何は問わずとも、

最低でも国会に登院して国会議員としての職務は

全うしなければ成らないのです。

登院すらせずにその職務を放棄している時点で、

信託に対する背信行為と成ります。

また国庫から給与等を搾取した場合は、

詐欺罪に成ります。

ただし、登院しない事が国会で認められた場合は別ですが、

ガーシ―の理由は認められるものでは無かったという話です。

 

ただし、ここまでは国であり社会の事を

何も考えていない馬鹿に伝えている内容でしかない事を、

言っておきます。

 

寧ろ真っ当な人に伝えるなら、

ガーシ―の様な国政を舐め切った人間が、

我々の社会の仕組みを決定する場所に所属するだけで、

我々にとっては不利益しか残らない。

国民を代表して政治に参加するのなら、

国会に出てちゃんと議論する場に立ってください。

何か社会に変化を与えたい主題が有るのなら、

国会に立って主張しましょう。

その上で法として成立する努力をしましょう。

国会で少数意見として否決されるにしても、

国会で適切な手続きの元、その主張を行わなければ、

国会の議場にすら上がらない訳です。

こうしたプロセスの下で、

国会で発言する機会すら与えられなかったのなら、

それはそれで国民に問いかける主張として述べても

問題ありません。

ある意味、陳謝の場はそういう機会の場であったとも言えます。

そういう努力もせずに、国会に参加すらしない姿勢は、

明らかな職務放棄です。

 

まあ、真っ当な人たちは寧ろ除名は当然と考えるでしょう。

なので国会の判断が不当と主張しても、

何も理解できていない馬鹿の集団として見るしか無くなるのです。

 

ガーシ―が間抜けな理由

日本に帰っても帰らなくても、パスポートが無くなるリスクが生じるのなら、帰ってくる方が賢明だった。

パスポートが無くなれば強制送還はどの国でも同じ扱いです。

それ以外の方法で他国に入国するには、

亡命申請が認められる場合限ります。

 

亡命を認めるだけの価値があるのならそれは可能ですが、

イタリアのシチリアのマフィアのボスですら捕まったので、

ある意味犯罪者の亡命はそう容易くは有りません。

指名手配以前に亡命して、

例えるならコロンビアのマフィア組織に保護されて、

警察や国家組織が手の届かない場所で潜伏するのなら、

ある意味逮捕は免れるでしょう。

まあ、今なら日本の国会議員のネタでも持って、

ロシアに亡命を求めれば受け入れられる可能性も有りますが、

それがガセネタであった場合の命の保証はしません。

 

そう考えるならパスポートを失うリスクは、

どの道早いか遅いかの違いなだけで、

寧ろ状況は変わらないという事です。

 

そう考えるなら潔く帰国する方が良かった。

潔く帰国して仮に逮捕されたとしても、

刑事裁判の場で自身の正当性を主張することは出来た。

そして潔さに加え、

自身の行為に対する正当性を信じての姿勢が、

幾分か伝わる状況ならば、

その弁明を聞き入れてくれる層は拡大できた可能性があった。

現状、自身の正当性を疑い、

ある意味自身の犯罪性を寧ろ恐れた事で、

彼が今更どう主張しても、

逃げたという事実しか残らず、

悪質な人間性がより強調され、

寧ろ刑事裁判上で何を主張しても

多くの人の関心を得られるものとは成らなくなった。

なので彼の行為は脅迫罪で締めくくっても

問題なしで終わるだけのものでしか無くなったのです。

 

まあ、卑劣なチンピラ野郎だとは思ってたので、

変に英雄視される可能性が排除されて良かったと言っておきます。

立花にしても、ある意味大チャンスを

ガーシ―に帰国させない形で調整したので

単なる迷惑騒動者で終わってくれるのは

社会的に歓迎と言っておきます。

 

とりあえず、ある事柄と比較すると、

ガーシ―の行為は脅迫罪か?

と、いう部分で世の中に疑問符を入れる事は出来るのです。

ただし、名誉棄損という所は残りますが、

民事的に損害賠償で

決着付ける形に持っていける可能性は有ります。

 

ただし、現状ガーシ―が国会に登院しなかった行為は、

裁判所の心証の中で、

国家反逆罪という姿勢にも見えてしまう分、

より厳しい形で脅迫罪等の刑事事件として

判断される状況に成ったと言えます。

逆に陳謝に応じて登院した上での逮捕だった場合、

裁判所の情状も考える余地が発生する分、

色々な意味で戦えた可能性は有ったのです。

 

因みに・・・ガーシ―程度の悪だと・・・

亡命できる国に行くと、

寧ろ暗殺する方にも金が回る分、

殺しやすくなるので、

さっさと亡命してもらっても良いかもと思います。

そう考えるならまだ日本の警察に捕まった方が、

寧ろまだチャンスが有るんじゃないのかな・・・

その辺はホリエモン見習っても良いんじゃないのかな…

 

 

どうも…ショーエイです。

昨晩、本編1号をアップしたわけですが・・・

頑張って作っただけの作品になっているので、

改めて修正を入れます。

 

特に英語版の方で、

今一、Leftover(残飯)の意味が伝わりにくいかな…

 

まあ、直すの面倒だったのでそのままにしていたけど、

見直してみるとちょっと表現が足りなさすぎる。

 

ジョークとして持って行くにも、

飛行機内の食事の

「Meat Or Fish」に上手く掛かるように

テロップの調整が必要と判断しました。

 

修正を入れるまで、

何が失敗なのかを見てもらうのも面白いかなと思います。

 

実際に作ってみて、

他の海外を含み、更にはヒカキンさんのを

ちょっと比較して見直すと、

Youtubeとしてあまり宜しくない点が見受けられました。

 

実際にYoutubeはテレビの様な作り込み過ぎは良くないみたい。

 

その一つは、

飛ばし見が出来てしまう点。

 

映画やテレビではオープニングのインパクトが大事だけど、

Youtubeではオープニングは省いた方が良さそう。

寧ろ、コンテンツの中身のみが重要で、

そちらに絞った方が良い感じと判断しました。

 

実際にオッサン先生が知り合いに見せて、

知り合いの反応を観察してみた結果、

長いオープニングで疲れてた感じだった。

見せた人たちが気を使ってみてくれている点は

十分承知した上での人間観察だったので、

かなり参考に出来たらしいです。

 

更にはサブタイトルも工夫する必要がある。

Tama Time Showというサブタイトルも実はよくないです。

 

寧ろニュースの見出しの様な感じのサブタイトルに

変更した方が引きが良いのかなとも思います。

 

とりあえず修正版が出来たら、

ブログの方で比較をしてみようと思うので、

暫くお待ちください。

 

ヒカキンさんの

過去の自身の動画にダメだしするのを見てみたときに、

自分の作品で手を抜いたというより、

妥協した部分を改めて反省した感じ。

 

ちょっと雑に成った感じと

時間釈に拘って引き延ばした感が薄々あったので、

やっぱりこれはYoutube動画としてはダメだという反省です。

 

まあ、一度アップまでの流れは掴めたので、

とりあえずは良しとして、

今あげた動画には、

「これ何がYoutubeとしてダメなのか解る?」

というサブタイトルに直しておこうかなと考えてます。

本編第1号完成!!Youtube企画 | ショーエイのアタックまんがーワン (ameblo.jp)

↑に元記事のリンクを貼っておきます。

 

 

上は本編のグローバル版(英語版)です。

英語版の方がデザイン的に素敵なのですが、

一応、↓の日本語字幕版も作っておきました。

Youtubeの方にチャンネル登録といいねの評価を付けて頂けると助かります。

是非、ご協力の程、宜しくお願いします。

 

どうも…ショーエイです。

とにかくCGと動画編集を学び始めて、

半年で1作品作る目標で頑張ってみました。

半年頑張ればこの位は出来るようになる

という感じの触れ込みで、

先ずは色んな人に見て貰えれば幸いかなと思います。

 

今回の作品はアメリカのテレビショーをモチーフにした感じで、

皮肉を込めたジョークなので、

馴染みの薄い日本の方には伝わりにくいのかなとも思います。

 

解かる人には解ると思いますが、

このブログの方では一応、説明しておきます。

「1980年物の残飯」とは

1980年代の米ソ冷戦時代の名残の事で、

その時代の先入観を捨てられない人たちを差します。

いわば社会主義や共産主義に抵抗感を持つ世代の事で、

一般的には「老害」と言われる感じのニュアンスでもあります。

ただ、「老害」というと

そうではない高齢者の方がたも含むので、

先入観や偏見に捉われた人に限定して、

「Leftover=残飯」と表現した感じです。

英語のLeftとOverだと、

Leftは残り、名残りで

Overは繰り越し、持ち越しの意味にも成り、

「過去を持ち越した」という表現にも比喩できます。

なのでこちらも日本語の「残飯」だとニュアンス的に

ちょっと違ってくる表現かなとも思います。

 

また、難しい部分は、

残飯を投げつけた先が…

と、いう皮肉を用いた表現になりますが…

どれだけの人がこのジョークを理解できるのか、

正直不安です。

 

直接的な表現でないと伝わりにくい

日本の文化では

些か難しいとも思いますが、

ある程度の政治的な知識のある人なら、

結構面白いジョークとして伝わるのではと思います

 

まあ、その辺が伝わらなくても、

2大政党の大統領と前大統領のモノマネを、

ネコが演じているという動画として見て頂ければ、

子供でも楽しく見れるのかなと期待はしています。

 

まあ、最終的にはコントを主体に作ろうと思ってるのですが、

キャラの数がまだ足りてないので、

その辺は今後にご期待ください。

 

因みに制作中の裏話で言うと・・・

ネコの声をアフレコでやったのですが、

意外と難しいと感じました。

声優さんって凄いなと痛感しました。

 

セリフが「にゃー」しか無いのですが、

それなりに上手く表現しないと映像とフィットしないので、

かなり苦戦した感じです。

 

あとは笑ってもらうというより、

あざとく可愛い感じで作る方に注視した事かな。

前述の通り政治などに興味のない人には、

中々上手く伝わりにくいという点で理解していたので、

寧ろキャラクターが可愛く見える方向で頑張った感じです。

 

あまり考えずに見てもらうのが本分ですが、

色々意味を考え出すと、

色んな皮肉が見えてくる動画ではあります。

 

とりあえずは半年程度の技術で

ここまで頑張った作品として評価を頂ければ幸いです。

 

次回はコント集を頑張るつもりなのでよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

どうも…ショーエイです。

3D制作やらビデオ編集やらを真面目に勉強し始めて、

早、半年。

大分、イメージ通りの操作が出来るようになってきましたが、

まだまだ未熟なのかなと自重する毎日です。

 

動画の制作の問題よりも

寧ろ音源で苦戦するとは…と、いう状況で…

やっとオープニングに有ったものが見つかったので、

第一弾の作品を近々公開しようと思います。

元々はWe Are the worldのイメージで考えていたこの部分。

ただ、流石にオープニングにこれ使うとまずいので、

代用の曲をずっと探していたのです。

そうしたら有る時、

キラキラ星が良い感じでフィットする事に気づき、

偶々、ポケットサウンドに良いヴァージョンが有ったので、

それを使う事にしました。

 

ここで曲が決まると後は早いです。

曲の雰囲気に合わせて、

当初の構成を調整して、

今回の作品に仕上げた感じです。

 

さて・・・本編の方ですが、

当初は15分位のコンテンツをと思ってましたが、

とりあえず何か出しておこうという事と、

ショートでも良いから

コンテンツ出来たら出していく方向に切り替えて

頑張ってみようと考え、

今回は5分程度のコントを用意してます。

まあ、元々コミカル方面の漫画原作を目指していたので、

楽しめる内容には届くかなとは言えますが、

半年のアニメーション技術を、

ディズニークラスと比べられると、

それは勘弁してくださいというレベルでお伝えしておきます。

 

グローバル・スタンダードの物なので、

基本字幕として登場する言語は英語です。

内容もほぼグローバルネタで今回は攻めています。

まあ、そこは予告編を見れば解ると思いますが・・・

ただ、映像見れば解ると思う点と、

字幕の英語も簡単なものなので、

多分、大丈夫だとは思います。

 

是非、ブログを見ておられる方で、

本編を見てもらってからでも良いので、

今後応援という形でチャンネルの登録や、

他の人にも紹介する形で拡散にご協力いただけると、

本当に有難く思います。

何卒、よろしくお願いします。

 

まだ一つのコンテンツを作るのに時間は掛かりますが、

出来るだけ効率上げて頑張っていくので、

是非、ご期待下さい。

 

まあ、本編でやる事は

ここのブログで愚痴ってる事を、

皮肉交じりで遊んでる感じです。

 

ある意味、ネコがやっている事なので、

気にしないで楽しんで下さいという感じです。

 

社会ネタやると炎上するかも知れないけど…

言っちゃ悪いけど…猫がやってることだからね。

 

因みにCGを作るのも大変だけど、

意外とアニメーション動かすのも大変です。

何回も調整し直したけど…

正直、まだまだだと思います。

それでも見て貰える状態には成ったかなという事で、

後はアフレコと、ちょっとしたエンディングの制作を残すのみです。

 

ただ…その次には

新キャラを出さないと成立しない内容もあるので、

また時間掛かるかもです。

どうも…ショーエイです。

今まで人間の平均IQ!は120は有ると思ってたのに、

実際は日本を含めてほぼ全世界で100前後らしい…

 

正直…低すぎる!!

 

ただ、今の政治状況を見るに確かに低さを感じるのと、

一般人のSNSの投降であり、政治家を選ぶ基準で考えると、

確かにこの程度なのかなと感じる所です。

 

先ず言っておくのは、

こうしたIQ低いという投降に腹を立てる奴は、

そもそもIQが低すぎる人たちです。

 

因みにこのブログで何度も言っている様に、

IQは上げられます!!

考える事を止めた人、

情報を真に受けて鵜呑みにするだけの人、

こういう人のIQは絶対に上がりません。

 

勿論、職種は関係なく、

色々な方法を模索して考えようとする人はIQが良い人で、

ただ模倣するだけの人はIQが低いままという事も伝えておきます。

 

民意という数値が絶対に考えている人も

IQが低い証拠です。

IQの平均値が100前後程度で、

ほぼ何も考えようとしない人たちが

マジョリティに成っていると、

その民意は論理的な配慮も議論も無く、

ただ単に人気投票で終わってしまうというのが実情。

 

何も考えていないから結果として考えも無しに投票するだけ。

 

その結果、頭の悪い政治家を政界に送り込む始末なのです。

現状、日本の政治家のレベルは低下しつづけ、

平均IQ程度の人がそこに蔓延してます。

有名人だからとか、

一番質が悪いのは応援政党の候補者だからとかで、

こういう政治家を政界に送り込んでいるだけなのです。

彼らが政治家として優秀かどうかなんて関係ないのです。

 

IO120前後で悪知恵働かせるだけの政治家なら、

下の候補者にはアホほど有難いと考える。

いわば…イエスマンばかりで、

考えずに従順に働くだけの人間を選んでいるという話です。

なので頭の悪い人が議会に入って、

頭の悪い議論しかしない訳で、

その頭の悪い政治家が更に頭の悪い候補者を探して、

更に劣化させているという悪循環です。

 

因みに頭の悪い人ほど頭の良い人を怖がる。

頭の良い人ほど、頭の悪い人間と仕事をしたがらない。

よって頭の良い人は寧ろ現在の民主制では疎外されるのです。

 

IQが低く学歴に依存する人は、

IQが高いだけの人を敬遠し馬鹿にしようと頑張るのです。

学歴は確かに努力の賜物で評価されるべきものと、

人間の価値観で考えた場合、

平等の意味で重宝される考えです。

ただしそれはIQという思考力を先天性のものと考え、

不変だと勘違いしたからです。

何度も言いますがIQは変化します。

考える労力を惜しまなければ上がっていきます。

本来、教育ではこういう授業を優先するべきです。

知識ばかり詰め込む教育を努力しても意味が有りません。

特にITが進んだ現在の社会では。

 

考えない人達は直感でものを言います。

IQの高い人たちは理論を追求します。

両者とも失敗はつきもので、成功もあります。

ただし前者は博打と一緒で、

過去のデータから計算して

前例の確率から直感を導き出します。

後者は確率に依存しません。

寧ろ過去のデータから失敗の理由を分析しつつ、

そこを補正しながら確率の高い部分を更に修正します。

 

失敗する意味も異なります。

前者の失敗からは次の確率の高い方法を提案するのみ。

ほぼ誰かの成功例を模倣する感じです。

後者の失敗は、失敗ありきの実験も含みます。

そしてその失敗の理由を分析し更に修正を加えます。

この際に確率として計算するのは、

確率が0で無いか否かです。

ただし、元から0ではない事を理解した上で失敗しているので、

むしろその労力と投資を無駄にすることない次に成ります。

 

いわば前者は失敗で終わりで、

後者は次に繋げる失敗なのです。

 

次に繋げる失敗という言葉は

どこかで聞いたこと有る言葉と思いますが、

そもそも学歴だけの思考力の無い人は

こういう名言だけを用いて部下を労うだけです。

後者はこういう名言を用いずに、

寧ろ次の分析や作戦に移行するだけです。

実際は名言通りの行動を行っているのにも関わらず。

 

学歴のみで知能の低い人間は、

他人の失敗を見て自らの自尊心に結びつける。

こういう人は人の足を引っ張る思考に走るのです。

政治家が揚げ足取りの作業しかしないのはこういう事です。

IQの高い人は他人が失敗しても

自分の利益に成らない事を知ります。

寧ろ興味すらありません。

ある意味、その失敗は分析対象にはするくらいです。

また他人の功績が良い効果を齎す場合は、

適正に評価します。

他人の足を引っ張る労力より、

目標の成功のみが大事な点を理解している分、

揚げ足取りには興味は有りませんが、

無意味な揚げ足取りをしているIQの低い人を見ると、

その生産性の無い行為に腹を立てる事は有ります。

ある意味、こういう人たちの皮肉や暴言は、

論理的で怖いかも知れません。

 

寧ろIQの低い人たちは揚げ足取りで

IQの高い人を妨害するなどしてくるため

鬱陶しい存在にしか成らないのも事実です。

逆にそういう関わり合いが無ければ、

彼らに腹を立てる事も有りません。

成功状態にあるものでも、

自分たちの功績を奪われると思ったら、

平気で妨害してくる。

そしてそれが賢い手段と勘違いします。

例えそれで国であり企業が

他に遅れを取る事に成ったとしても、

生産性の事より成功を妨げてライバルを蹴落とす満足感で。

 

日本の政治家であり官僚であり、

結果として生産性の無い事しか出来ない訳です。

生産性の無い事ばかり蔓延するので、

IQの高い人は彼らを見限ります。

いわばやる事がIQ低すぎる!!

 

ただし類は友を呼ぶという感じで…

何故かそういう連中が団結するのも面白い話で、

寧ろ彼らは上に逆らう事の恐ろしさを動物レベルで痛感するぶんイエスマンとして長いものに巻かれる。

 

そういう意味では年々ドンドンと

レベルが下がるのも理解できる仕組みです。

 

IQの高い人も低い人も自己中心的であるのは変わりないです。

IQの高い人は自分の目標達成のみに集中する感じです。

なので他人との関わりは上手くない人が多いのも事実です。

ある程度の思考力ある人なら受け入れますが、

思考力の無い人は残酷に扱う場合が多々生じます。

誰でもお試しは認める部分が有る為、

実は近づきやすいですが、

思考力の無い…

ある意味論理的な議論が出来ない人はNGです。

IQ低い人の典型で、

他ではこういう方法でやっているなんて

模倣する提案や攻略法的な提案は受け付けません。

寧ろそういう提案でも

「こういう論理でこういう方法が有るみたいです」という

成程という提案で無ければダメなのです。

 

逆にIQの低い人の自己中心的な所は、

自分の功績ばかり気にします。

ただし自分の功績に従う人は自分の駒として大事にします。

寧ろ自分より馬鹿だと思う相手を可愛がります。

一方で猜疑心が強く、自分より知能が高い相手を疑います。

いわば利用されていることに不快感を感じるからです。

頭が悪いから「Give&Take」が

そこに存在する事を理解しません。

一方的に自分が使う側で無いと

安心できないところがあります。

いわば器量が狭いゆえに

自分が他人を利用し裏切る事も平気で考えるように

頭の良い相手は自分の想像を超えて怖く感じるみたいです。

小説などで猜疑心を用いた話は良く目にするのですが、

ある意味面白い関係性で構築されていると楽しめますが、

頭の悪い人達の世界の話で、

逆に歴史上の頭の良い人の世界の話では、

実は辻褄が合わなく成る部分でも有ります。

頭の良い人の話では

寧ろ絶対的な理由があると言っておきます。

また彼らは論理的な話は理解できないので、

簡潔に過去の成功例を出して提案する方を好みます。

裁判所でも判例を重視するのは

法律を論理的に理解できていない人が多いからで、

政治家なんてそれ以下と考えると絶望的です。

日本人が「他国ではこういう事をやっている」

という話に食いつくのは典型的です。

逆に中国や韓国がやっている真似は絶対にしたがらない。

ある意味、下に見ているところの真似は

下に功績を与える感じがあって受け付けないのです。

ただし意味不明な数字を並べてあげる事で、

逆に納得した気にさせる方法も効果的です。

むしろ彼らの自尊心を逆なでしてあげる方法も有ります。

 

これらは現状、日本に限った話では無く、

アメリカも欧州も同じ現象で、

特に政治家の質が

現状最悪なレベルにまで達しているのです。

 

もう一つはIQが高ければ高いほど、

寧ろ嫌われる勇気を持つのも事実なのですが、

低いわけでは無く

中途半端になれば成るほどという言い方にしますが、

そういう人ほど大衆に合わせて上手く迎合してしまいます。

ここの境界線は140位で見積もるべきか…

160無いと厳しいのか…ちょっと解らないですが・・・

高い人は自分が考える事を論理的に説明でき、

それが難しすぎて理解されなくとも

気にすらしないというより、

無理に捻じ曲げても良い結果に成らない事を知るのです。

 

いわば低い方がより打算的な思考が働き、

高ければ高いほど絶対を求める思考に固執するのです。

因みに一般的に考えられる犯罪性で言うと

高い人の方が寧ろ凶暴性が高く成りがちなのかも・・・

核兵器を使う場合も理由があれば排除はしないです。

ある意味、原爆を生み出した科学者たちも、

そういう意味ではIQが高い人たちが集まったという話で、

伝えておくべきかなという事です。

また犯罪組織などでもIQ高い人は多々居ますが、

そういう人は寧ろ義侠心が強くなると言えます。

低ければ寧ろチンピラというレベルの犯罪に走ります。

確かに普通に考えれば

何を考えているか解らないと思いますが、

IQが高い人ほど人を馬鹿にすることで

喜ぶことは有りませんが、

見せしめという意味で使う為、

中々普通の人には境界線の難しい所では有ります。

逆にIQの低い人ほど、

人を馬鹿にして喜ぶのも事実です。

それは人間の自然節理で、

高い人は人を見下しても得るものが無い事を知りますが、

低い人は人を見下して自分より下の馬鹿が居る事に喜び、

自尊心を得ようとするのです。

逆に高い人はそういう低俗というレベルの人間を

嫌う傾向にあり

そういう人間に地獄を味合わせようと考えます。

なのでより残酷な方法を考えるのです。

ただ・・・一般的に頭のいい方のIQ140クラスでも

下を見ようとする人は多々いるので何とも言えませんが、

こればかりは育ちの環境なのかなとも思います。

ただしIQが高く成れば成るほど育ちの環境は克服できるだけの思考力が備わる点はあると言えます。

 

Youtubeなどで馬鹿をやっている動画で、

IQの低い人は他人を辱める方に走ります。

また、そういう動画を好む人はIQが低い人たちです。

逆にIQが高い人は自分を馬鹿にする方に走ります。

寧ろ高い人も低い人も好む感じの構成にしますが、

IQの高い人たちからは寧ろ尊敬される感じです。

志村ケンさんやビートたけしさんはこういう部類に入ります。

確かにたけしさんはたけし軍団を使って

過酷な事やっていますが、

意外と自分もちゃんと混ざっていこうという姿が見られるので、

仲間と馬鹿をやる感じに考えられる。

仮に他人を馬鹿にする感じのものも有りますが、

その対象が誰であるかによってここは異なります。

有名人や政治家を皮肉るのは良く見ますが、

その手法でIQの高さは伺えます。

弱みに付け込んでいるものや、

あえて足を引っ張る目的のものはIQが低いです。

その中に上手く皮肉を込めた笑いに出来るかが、

寧ろ思考力の勝負所と言え、

実はとても繊細で難しい部分でも有ります。

いわば笑いへの配慮が有るか否かで考えるなら、

明石家さんまさんにはこういう上手さが有ると言えます。

 

IQの平均値が100程度という境界線は、

実はかなり難しい。

まあ、平均100の中には、

比較的思考力の高い120以上が20%、

120~100が30%

100~80が40%

80以下が10%

位の分布で有る事を望みます。

因みに70以下に成ると障害扱いに成るので、

寧ろ80以下は少ないとは思いたいのと、

出来れば120以上の人がそれでも多く居る事を期待したいです。

 

正直な所、IQの低さを馬鹿にしている状態は

本意では無いです。

でも、あまりに現状酷すぎて平均100…

いわば平均がアインシュタインの半分という事に

少し失望しているのです。

ある意味、自分は頭が良くないと諦めないで欲しいです。

自分の周囲で関わった人は

そこそこに思考力の有る人たちだったと思うので

平均は120~130位じゃ無いのかなと思ってた。

でも、これってそこそこに高い人たちなんだよね。

ただ・・・Youtubeのどうしようも無い動画や、

ロシア政府ならまだしも、

ロシア人であり、中国人にヘイトを向ける人々を目にすると、

意外と知らない世界で思考力の低い人が多いのにショックです。

あれだけ彼らは人権などでキレイごとを言っているのに。

結局は悪者を見つけてヘイトをぶつけたがる。

 

ウクライナの人の感情は理解するが、

感情だけでロシア人をヘイトするのは寧ろ違う事に気付くべき。

これは西欧諸国も同じです。

彼らはロシア政府打倒を考えているのに、

何故ロシア人まで敵に回そうとするのか?

ロシア人にヘイトをぶつけて、

結果ロシア人がロシア政府が抱く西欧へ対する疑念を

そのまま証明しているだけの行為。

ある意味、逆効果なのでは?

そういう意味ではロシア国民にとって、

ロシア政府の主張がドンドン正当化されていくのです。

 

ちゃんと頭を捻って考えるなら、

我々はロシア人と友好的に

接したいという意思表示をするべきでは?

 

正直な所、戦火の国民同士は

友好的な関係を望んでいるとアピールする方が、

停戦に繋げやすくなる。

逆に両国の国民同士が嫌い合えばあうほど、

戦争はより過熱化されるのです。

 

日韓、日中の関係を考えても同じ。

お互いが嫌い合っても何の生産性も無いのです。

 

まあ、IQの低い人には難しい話では有るけど、

相手が自分を嫌えば、

基本相手を嫌いに成るのは当然の流れです。

知り合った者同士がそれで嫌い合う事を解消することは難しい。

でもそれは個人個人の関係で、

人種や国籍は関係ないです。

それで知らない誰かを

ヘイトで嫌いに成る必要性は有るのでしょうか?

 

いわばこうした思考を伝えることで、

少しでも生産性のある思考に転用してもらえれば、

数値とは別の実質的なIQは向上させていけるのです。

平均的なIQが向上すれば

より平和的な見識がマジョリティとして構成さるため、

民主制の機能の中で

愚かな政治判断にNOを突き付けられます。

今のままでは民主制は

愚かな思考力がマジョリティを占めて、

結果として平和をどんどん遠ざけるだけなのです。

 

まあ数値とはテストで決める意味では無いものとして、

実質的な数値の意味でちょっと解説します。

多少、希望的な意味も含めて上乗せして伝えているかも知れませんが…

因みにIQ140前後だと思うけど、

このレベルに成ると

頭の良い人を上手く活用する事は考えられる感じかな…

ある意味頭の良い人に関して抵抗感が徐々に無くなる。

まあ、理屈っぽい人に共感持てるレベル。

理屈っぽい人が苦手な人は

他人から何でも吸収し学ぶ姿勢と、

自分の見識を捨てる必要性は無いが、

他人の見識として論理的に理解するように心がければ、

到達できるレベルなのかな・・・

 

IQ160を目安としますが、

ここでようやく適材適所を効果的に用いれるレベルで、

自分よりもIQの高い人を認め、

その人が効果的に機能する場所を提供する事が

出来るように成る感じです。

ここでは相手の理屈に共感出来るだけでなく、

自分の理屈を相手にぶつけ議論を楽しめるレベル。

相手の理屈に理があるとするところは認められるレベルです。

かなり頭が良いレベルで知らない事を素直に認められる。

ここは議論を勝ち負けで考えず、

議論とういう場の情報交換で

さらに自身の見識を向上させようと柔軟に考えらえるレベル。

他人の発見を素直に受け入れ更にその中で自分の役割を見出せるというある意味科学者の最低レベルなのかな…

ただし論理が破綻する状況であり、合理性の無い話には抵抗を抱きます。

IQが低い人は相互嫌悪に陥り抵抗感を抱くレベル。

 

まあ、この数値の基準は曖昧ですが、

目安としてそういう思考力で判断する感じです。

因みにネットで見るIQテストは参考に成りません。

一般的にネットでやっているテストは簡単すぎるのと、

下手したら数学的知識があれば、

寧ろ思考力関係なく少し上乗せできるからです。

遊びで全問解いてアインシュタインですか?

とか言われても・・・そんな恐れ多い結果は要りません。

 

まあ、残念な事に、

IQの低い人がIQの高い人を計ることは出来ないのです。

自分より頭良いかもと思ってもどれくらい凄いかまでは、

未知の世界になってしまうのが当然だからです。

バイデンやブリンケンがプーチンの考えを計れないのも、

結局は彼らがプーチンより

頭が悪いからという話でも有ります。

同レベルの思考なら戦争は起こりませんでした。

ゼレンスキーも頭が良ければ、

戦争を回避できただけの話です。

 

実際にテスト問題で数値化するくらいしか

基準は設けられないのでしょうが、

そもそもがテストの解き方を見なければ

その思考力は判断できません。

 

因みに一般的にやっている昔ながらのペーパーテストでは、

実はそういう部分を見られているらしく、

数学の計算式を書いたりしていると下がるらしい。

なのであまり知識の無い時分にやるものだという事です。

 

寧ろ計算式を用いて早く解いてもダメなのと、

どの問題に興味を示したかで計られる感じです。

一部の問題はフェイクにも成っていて、

そういう部分を先に攻略しようとしたりしてもダメみたいです。

まあ、オッサン先生はIQの数値を教えてもらえなかった

異常者扱いだったみたいで、

友人のまた聞きからIQ180以上という事を、

結果を知っていた先生から聞いたという話しでしか知りません。

因みに180以上の数値化はテストで出来ないらしい…

メンサを調べても180上限らしく、

ここを上限に設定しているのは妥当とも言えるポイントです。

何故ならIQ180で

IQ200のアインシュタインを正確な数値として見極められる?

と、いう疑問がそういうレベルの中に生じても

当然と考えるからです。

ノイマンという学者なんてIQ300とか言っているが…

アインシュタインが認めた人と言っても、

そこまで差をつけて数値化するほどかと疑問に感じる話です。

 

因みにここで記すIQの数値は、

アインシュタインをIQ200とした基準で、

その思考力レベルを数値化した感じで出しています。

多分、他のIQ数値も

アインシュタインのIQ200を基準に策定して、

天才の平均180を上限として

後は実績付与という形で数値化している感じだと思われます。

またIQは必ずしも数学的な思考力だけを求めたものでも有りません。

 

 

では・・・簡単なテストです。

テストと言っても思考力の自己診断なので、

答えは有りません。

当ブログの見識はブログを昨年からの記事を読めば書いて有りますが、必ずしも正解という認識は持たなくて大丈夫です。

自分なりの正解を導き出す思考そのものがテストです。

 

政治の問題で行きます。

 

ヘイトや人種差別が好ましくない現代社会に於いて、

ウクライナ人が感じるロシア人に対するヘイトの意識。

どこまでが人として許容できる話で、

どこからは許容するべき話ではないのか、

その辺の境界を策定して見てください。

ウクライナ人が抱く様々な感情の中で考えてください。

まあ、すでに記事の中に当ブログの見識は記してますが…

それゆえの平均より上のIQ120です。

 

答えや正解は不要ですが、

各々がヘイトという意味の本質を考えながら、

矛盾を感じとってその答えを考えようとするなら、

IQ120以上です。

矛盾を感じることなく善悪で判断するなら、

IQ120以下です。

 

いわば・・・この問題の本質が解らない人は

この問題を無視すると思うので、

そういう事という話です。

※当ブログを読んでいて

既に答えに近いものを知っていた人は、

既にIQ120以上確定ですも良いです。

その時点で思考されていたという意味で成立します。

共感はせずとも自分なりに策定できれば良いと思います。

 

因みにこの問題の意図まで理解できると、

IQ140位は確定でもいいのではと思います。

まあ、サイコパスな洗脳や刷り込みとも言えますが、

どう見えるか・・・これヒントです。

 

では、次に難問です。

ロシアのプーチン大統領を「悪人と断定せずに」(戦争を引き起こした彼を悪人としない意味で思考を持つ事事態が通常に難問)ロシアの国益を理解した上で、

ロシアがベラルーシの大統領選や選挙に介入せざるを得ない理由を考えよ。

(民主的には悪事に感じることを悪事で無いという矛盾で思考することが難問)

 

これ…IQ180前後の問題です。

思考力UPの為のヒントを出します。

ヒントを理解した上で思考するだけでもIQ160以上

※条件は矛盾点を把握しつつ思考して苦しむことが条件です。

思考に苦しめない人には無理難題です。

思考に苦しんで何となく意味が見えたらIQ170以上。

 

ヒント…

①ロシアは西側諸国の嫌われ者です。

②善悪を考えるより、何を以て平和と考えるのか。

その上でNATOは「軍事同盟」で有る事を理解する。

③因みにロシアのプーチン大統領の本性は何なのかを思考せずに、悪人でもあり善人でもある可能性で思考する。

 

結果は自分自身で思考力がどの程度か

判断して見てください。

頑張って自分なりに納得の行く答えに辿りつけるのか、

そこがポイントに成ります。

因みにこの問題を馬鹿にして自分はIQ200だと言って、

自己満足するのも有りです。

ただし、その思考力は無意味であることに気づきましょう。

 

先ず、ワンサイドの悪人と見るだけの思考はIQ100以下でも出来る話で、ある意味そう見るだけならバカでも想像できる話です。

 

※因みに考える訓練を積み重ねる事で思考力はUPしますし、

平均100という評価でも、

意外と160位ある人は居るはずです。

過去のIQテストでは評価を受けなくとも、

大人に成って思考する訓練をした人なら既にそれ以上に成っている事は多々にあるという事を伝えておきます。

まあ、ガンダム的用語で言うなれば、

「人間の可能性」の部分でも有ります。

 

因みにIQ180以上は

俗物的思考でプーチンを悪人と見なす事と、

もう一つの政治的理由を見出して、

最低でも天秤に掛けて分析する感じです。

人間の善悪に捉われる内は、

多分IQ140は越えられないという基準で策定します。

 

善悪で考えるレベルなら、

人間の本質を無視して、

法律的な見解を用いた上で

罪人に仕立て上げる思考を働かせませます。

しかし、それでは根本的な解決にならない

外交上の問題であることを知らず、

結果として平和的に解決できる手段に成らない事を

全く理解できていない

ブリンケン国務長官程度と言っておきます。

※↑マジ、頭悪いので…この馬鹿は・・・

政治家にIQ120以下は害悪でしかない!!

 

いわば思考力が無いとこの問題の本質すら理解できず、

無視するだろうからです。

因みにベラルーシをロシアの属国にしたいから

なんて単純な思考は

既にロシアを悪人と見なした方の思考に成ります。

ある意味、誰でもそこは考えられるレベルという事です。

逆にそれ以外の理由は考えられないの?

 

 

まあ・・・こんな事ばかり書いてるから

このブログの数値って伸びないのかな?

知らんけど・・・

 

マジョリティ向けに

もっとレベルを落として作っても良いのだけど・・・

何か抵抗心が出てくる。

 

ロシアが悪者だ!!

そういう思考に合わせる方が簡単なのだけど、

細かい情報まで知っている分…

そういう情報を知らない人が単純すぎて、

寧ろ合わせられないです。

そういう単純な情報…

いわば今ニュースで流れている話しか見えない人に、

詳細を説明しようにも・・・

 

あと・・・

戦争がなぜ起きたり、テロが何故発生したりするのか、

その根源まで理解してしまうと、

彼らとではどうしても見える世界が異なるのも無理ないかな・・・

 

因みにエマニュエル・トッド氏が

どうやら当ブログとほぼ同じ見解で

語っているのを最近知ったのですが…

別段彼の影響受けてる話でも無いです。

寧ろ逆だったりして…なんて冗談言ってもいいくらい。

 

ただこういう事は昔話した事ですが、

同じ目標を以て思考する人は、

同じ結論に到達する。

いわば平和を本気で考える目的で思考する人は、

結論がどうしても同じ感じになるという話です。

 

なのでトッド氏と当ブログは同じ目標で思考しているから、

伝える話が同じに成るのは当然かなという事です。

 

ただし、バイデンの様に思考できない人は、

同じ目標だったとしても、

同じ結論には至る事は有りません。、

なぜなら平和を望むだけで、

平和とはどういうものかを思考すら出来ないから、

悪者を生み出して

自分が正義の味方気取りのパフォーマンスしか考えないのです。

幼稚でしょ…IQ低い人はこういう事に陥って、

むしろそれで平和を破壊するのです。

 

そしてそのパフォーマンスの為、

悪者にされた相手がどういう気持ちに成るのか

全く理解すらしない。

 

これはもっと思考力の低い話で言うなれば、

有名に成りたい、目立ちたいという理由で、

悪ふざけをするのと似たようなレベルです。

 

悪ふざけをされて業務を妨害された側は

悪ふざけをした相手を許せないと考えるのは当然です。

同じ様に悪者にされた側も様々な妨害を受ける訳で、

悪者にしている相手を許せなくなるのは当然です。

 

前者の様にまだ法律の範囲で解決できるなら、

それは訴訟という手続きが効力を発揮します。

しかし後者のケースで国対国の場合、

法律上の手続きは無意味です。

既に悪者にする側が正義をかざしている時点で、

悪者にされた側は公正な判断を仰ぐ手段が無く成ります。

なので戦争と言う粗暴な手段でしか対抗できなくなるのです。

 

これ以上は難しい説明になるので、

簡単なここの部分で終わらせるとします。

 

まあ、簡単な話…

平和を実現する意味で

NATOの様な敵を想定する軍事同盟は必要なのか?

結果として抑止には成らず寧ろ戦争を誘発させた理由になる。

いわばNATOの存在がそういうものだと、

戦争することでロシアは証明する形を取った。

どのようにロシアを悪者に仕立てようとしても、

戦争を抑止する為のNATOは機能しておらず、

結局は最終的にロシアをボコる為の組織でしかないという事。

ここにどうあがいて平和維持という概念が成立するのか?

 

フィンランドにしてもスウェーデンにしても、

ロシアをボコる方に靡いただけで、

平和を考える立場には既に無くなった訳です。

何故、中立的な立場で出来る事を考えないのか…

これは日本も同じです。

 

IQの低い人たちは

集団で否定すればそれで正当だという事をアピールします。

でも、結果としてそれが正当だと主張しても

戦争は止められません。

寧ろ戦争を誘発させた強引な主張でしか無いのです。

 

それでこのIQの低い人たちはどう後始末を付けるのか?

更に悪者を仕立てて平和が訪れるのか?

ウクライナが勝つことに支援してロシアが戦争を直ぐに止めるのか?

ウクライナの人たちが犠牲に成り続ける状況はいつまで続くのか?

 

結局は欧米はサッカーの試合の様な感覚で戦争を見て、

ウクライナが勝つ方に応援しているだけの状態に成っている。

 

結局、彼らの低いIQでも、

自分たちのこの程度の矛盾は見えているはずで、

低いIQゆえにウクライナに勝ってもらって、

自らの失態を隠蔽することしか考えていないのでしょうね。

 

寧ろ失態を認めてしまう方が

即時和平の道へつなげる道筋が立つのだが

IQが低いゆえに負けを認めた後の

支持率低下ばかりが気に成るのでしょうね。

 

IQ高い人なら支持率の事より、

ウクライナ市民の人命を優先して、

誠実に対応する事で、

寧ろ期待すらしない支持率向上につなげるのですが・・・

 

バカはバカなりにあがいて

自分の為に犠牲者を積み上げる土台に立つのかな?

 

因みにNATO解体を条件にすれば即時停戦かつ、

条件を色々付けらる感じで交渉できるのに・・・

それも嫌で死体を積み重ねる選択って・・・

これ平和的な思考なの?

先々の事考えても今のロシアの苦戦なら、

誰も侵略戦争は考えないタイミングだろうし・・・

 

バカが仕切る状態では、

そういう事も見えないのでしょうね。

 

アーメン