子どもの頃、少しおませだったボクは、アンデルセンの『錫(すず)の兵隊』 (鉛の兵隊)のお話を読んで、ものすごくつらかったのを覚えている。
もちろん、恋など知らなかった子どもの頃なのだけれど、
もし、自分が決して結ばれない誰かを好きになってしまったらどうするんだろうと、とても不安だった。
“結ばれない”という意味もよく分からなかったはずだし、第一、淡い初恋すら未経験の子どもの頃に、どうしてそんな風に感じたのかはよく分からない。でも、本当に泣きたいほどつらくて、悲しかったし、もしかしたら泣いていたのかも知れない。
その後も、
中学生の頃、某アイドルにキュンとしたときに、この『錫の兵隊』を思い出した。
思春期の頃、何度か片思いや失恋を繰り返してたときにも、思い出した。
そして、いまでも時々、この“錫の兵隊”のつらさが甦ることがある。
オトナになって、何人かの友だちにこの童話を知っているかどうか訊ねても、じつはほとんどの人が知らないことに驚いた。
ボクのなかでは、もしかしたらイチバン影響を受けたかも知れないお話なのに。
最近、ちゃんとしたストーリーを読み直したくて、ネットや書店で探したのだけれど、なかなか適当な原作が見つからない。
と、いうことで、いっそのこと昔の記憶をたぐり寄せるために書いちゃえ!と思い立った。何せ、ホントに子どもの頃に読んだ、もしくは、読み聞かせてもらったストーリーの再現なので、原作とは似てもにつかない可能性もある。アンデルセンさん、ごめんなさい。
でも、オトナになったいまも、ボクに少なからず影響を与えているのは、ボクの記憶の引き出しにあるこのストーリー。トライしてみる。
錫の兵隊(ボクの個人的記憶バージョン)
ある街の工房で、錫の固まりから、小さな兵隊のフィギュアが25体作られました。
精巧な鋳型から作られた兵隊は、鮮やかに彩色されてい、全員一緒にパッケージされて、おもちゃ屋さんのショーウィンドウに並んだのでした。
小さな男のコがいました。
一人っ子でしたが、ごっこ遊びが大好きで、寂しさなんて感じたことがありませんでした。王様やお后、王子やお姫様の人形を大きなお城の模型の前に並べて毎日遊んでいました。
男のコの誕生日、両親は、兵隊のフィギュアをプレゼントしました。
「WOW! 錫の兵隊だ!」
男のコは大喜びで、早速、お城の前に、25体の兵隊を整列させました。
兵隊はみんなそっくりの姿をしていましたが、ひとりだけ一本脚の兵隊がいました。
鋳型で鋳造する最後に、少しだけ、錫が足りなかったのです。
しかし整列させてみると、一本脚の錫の兵隊も、スクッと、しっかりと立つことができました。身動きひとつしません。
男のコは、その凛々しい立ち姿を見て、「ウン」、と納得したのです。
錫の兵隊たちは、毎日、お城の警備に当たりました。
銃を構え、お城の門前で微動だにせずに立ち番を続けます。もちろん一本脚の兵隊も、その職務を忠実に果たしていました。
お城の中には、王様を始めとする王族と、その従者たち。
門前には、兵隊の他に、サーカスの一団もいました。
そこには、美しい姿をした紙細工のバレリーナの人形がいました。
高く高く足をあげ、キレイなアティチュードのポーズをとっていました。
一本脚の兵隊は、彼女を見て思いました。
「ボクと同じだ…」
そう、彼女も、一本脚でしっかりと立っていたのです。
二人は、毎日、見つめ合う位置に立っていました。
几帳面な性格の男のコは、ひとしきり遊んだあとは、いつも同じ場所に人形を置いたのです。
毎日、毎日、彼女のことを見つめ続けて、一本脚の兵隊は、次第に彼女に惹かれていることに気が付きました。
しかし、自分はお城を守る兵隊。しかも、錫の兵隊です。紙細工のバレリーナと、いま以上に仲良くなれるはずもありません。思いは募りますが、二人がいま以上の関係を築くことはゼッタイに不可能なことなのです。バレリーナのココロも同じでした。
5月の気持ちの良い陽気のある日、男のコがたまたま開けっぱなしにした窓から強く風が吹き込み、カーテンが大きく膨らんで兵隊たちの列をなぎ倒しました。
そのとき、一本脚の兵隊だけが戻るカーテンに巻き込まれて窓の外に落ちてしまったのです。
部屋に戻った男のコは、倒れた兵隊たちを再び整列させながら、一本脚の兵隊がいなくなったことに気が付きました。両親とともにひとしきり部屋の中を探したのですが、窓の外に落ちているなんて思いも及ばず、結局諦めてしまいました。
さて、窓の外に落ちた一本脚の錫の兵隊ですが、道路脇の雑草に埋もれ、しばらくの間は、雨に打たれ、日に晒され、その場に倒れたままでした。たまに野良猫が跨いでいったり、散歩中の犬に匂いを嗅がれたりしました。日が経つにつれ彩色は落ち、みすぼらしくなっていきます。
そんなある日、近所の悪ガキ二人組がその窓の下を通りかかりました。何か面白いことはないかなぁ、と小さな事件を期待しながら手に持った木の枝であちこち突いたり、叩いたり。棒で雑草を払いながら歩いていると、男のコの家の窓の下で、錫の兵隊を見つけました。
「おい!負傷兵発見!」
もう一人を呼び寄せ、この錫の兵隊をどうするか、悪巧みの始まりです。
結局、悪ガキたちは落ちていた木の箱で船を造り、錫の兵隊を乗せて下水に流すことにしました。
「出発進行!」
こうして、錫の兵隊は、男のコの家を離れバレリーナ人形のことを思いながら、暗い下水溝のなかをただただ流されていきました。
途中、巨大なドブネズミに襲われそうになったり、急流の渦に巻き込まれたりしながらも、懐かしいお城とバレリーナの思い出に気をしっかりと持ちながら、ずっと耐えていました。
下水に流されてから、どのくらい経ったのでしょう。
木箱の船は、ついに海に流れ出ます。幾多の困難を乗り越えた錫の兵隊ですが、大海の波にはひとたまりもありません。ついに船はひっくり返り、錫の兵隊は海に沈んでいきました。と、その時、大きな魚がスーッと近寄ってきて、錫の兵隊をひとのみにしてしまいました! 真っ暗な魚の胃袋のなかで、彼は、やはり神細工のバレリーナのことを思っていました。
それからずいぶんと時が過ぎたある日、漁師が船釣りの漁をしていて、大きな魚を釣り上げました。
そしてその魚は市場で売られ、街の主婦が買い求めました。今日は、一人息子の誕生日。友だちもたくさん集まるので、パーティー料理に、いつもより大きな魚が必要だったのです。
家に帰って、早速キッチンで魚をさばきます。腹にナイフを入れると、カチンと何か固いものにあたります。取り出してみると……
「まあ、なんてことなの!」
そうなんです。錫の兵隊は、大きな魚のお腹のなかに飲み込まれて、あの男のコの家に帰ってきたのです!
錫の兵隊が消えた日、お母さんも一緒に探したので、彼のことをよく覚えていました。
しかし、男のコは、少しだけ成長していて、少しだけ、ごっこ遊びに飽きていました。
数ヶ月ぶりに戻った一本脚の錫の兵隊を見て、男のコはつぶやきます。
「壊れている…」
そして、自分の部屋にある暖炉に、錫の兵隊を投げ込んでしまい、すぐに彼のこと忘れてお祝いに集まった友だちの元へ駆けていきました。
暖炉の炎に包まれて、錫の兵隊は、テーブルの上のお城を眺めていました。
そこには、残り24体の兄弟たちとともに紙細工のバレリーナが、昔通りに一本脚のアティチュードで立っていました。
「良かった。もう一度、逢えた。なんて幸せなんだろう!」
彼に残された一本の脚も、熱で溶けていきます。
最後の瞬間に、愛しい人に逢えるなんて。
その時です!
いまは窓も開いていないのに、一陣の風が部屋を舞いました。
そして、紙細工のバレリーナがふわりと浮いて、暖炉の火のなかに飛び込んできたのです。
二人は同じ炎に包まれて、ひとつになりました。
翌日、暖炉の火が消えたとき、その灰のなかに、小さな錫の固まりが残っていました。
そしてその固まりは、まるで心臓のようなハートの形をしていました。
ボクの机の上には、錫ではないけれど、小さなスチールのハートが置いてある。
まるで、錫の兵隊と紙人形のバレリーナの愛の固まりのようなこのぷっくりとしたハートは、軽く振ると、まるで遠くから聞こえてくる教会の鐘のような、深くて透明感のある音色がする。手のひらでぎゅっと握ると、その柔らかな丸みがしっくりと馴染む。
本当は内緒なのだが、寂しいとき、つらいときに、このハートを手にとって、しばし音色と感触を楽しむ。
いまでも、錫の兵隊の気持ちを思うと、しんどくなる。
それでも、子どもの頃は理解できなかった結末の意味が、もしかしたら最近、ようやく分かったかも知れない。
★HEALING SOUND HEART★